逆噴射小説大賞2019:エントリー作品

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陽炎、短夜に立つ

 薄明の中、呪い師の低い祈祷が辺りに響く。女は跪き項垂れたままそれを聞いていた。まるで斬首に臨む咎人のように。
 女の背後には三人の祈祷者、それを篝火がぐるりと取り囲み、さらに外側には帝、即ちやがて女の夫となる筈の男が簡易的な玉座に座している。呪い師が詠唱を終えた次の瞬間、女は心臓が跳ねるような感覚を覚え、そのまま地に伏して倒れた。意識が遠のき、遠くで誰かが呼ぶ声がする。
 暫く痙攣していた女が目

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冥魔、夜半に哭す

 それはまさに怪物であった。拗けた枯れ木の如きおどろおどろしい痩せぎすの腕、この世全ての邪悪を煮詰めたかのような恐ろしい濁り目。狂乱の時が過ぎ奇妙に凪いだ面持ちの怪物は己が築き上げた地獄の景色に淀んだ目をどろりと這わせ、徐にその手に貼り付いた朱殷を舐め取った。

「——不味い」

 動くものは何一つ見当たらぬ中、ただ一人だけ、その一部始終を物陰からじっと見つめる男がいた。怪物と同じような虚ろな

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💐thank you for reading💐

天国歩行者[ヘヴンズ・ウォーカー]

「ですから、今ご説明した通りです。貴方は、昨晩ご逝去されました。享年34歳です」

 銀縁の眼鏡をかけた黒い背広の男はすまし顔で繰り返した。逝去、享年。耳慣れない言葉に頭の中は大混乱だ。

「まあ、記憶の混乱は時々あることですので、ご心配なく。それで、これからの順路ですが……」
「待て待て待て待て。ちょっと待ってくれ」

 銀縁野郎が手元の黒いファイルを開きながら話を続けようとするのを、俺は

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💐アリガトゴザイマス💐

路地裏人狼奇譚

 銃弾を全身に浴びた僕は背後の壁に勢いよく叩きつけられた。息が出来ない。そのまま地面に崩れ落ちる僕の耳に、さっきまで僕を組み伏せていた化け物の断末魔が響く。ざまあみろだ。けれど、こっちもそれどころじゃない。目が霞む。もう指一本動かせない。僕は死ぬのだ。どこかの町の、どこかの路地裏で、何もわからないまま、寂しく、惨めに、ぼろ雑巾みたいに穴だらけになって。ああ、最後にとびきり甘いココアが、飲みたかった

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💐アリガトゴザイマス💐