逆噴射小説大賞2019:エントリー作品

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シトロエンの孤独

「ああ……海の匂いだ」

 鉛色の雲が垂れ、松の防砂林は昼だというのに日暮れの影を落とす。女がハンドルを握る黒いシトロエンは、古い映画のような色彩の中を疾駆する。助手席の男は何も言わなかった。

「相変わらず錆臭いなあ」

 女は分かっていた。錆びの匂いは、海浜公園の遊具や野球場のフェンスが、潮風で緩やかに殺される匂いではない。

「あんたと出かけると、いっつもしまらなくて笑っちゃうよね」

 助

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ふかふかのいきもの
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