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【二次選考結果】逆噴射小説大賞2022

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小説の冒頭800文字で競う「逆噴射小説大賞2022」! その二次選考の突破作品集です。
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#パルプ小説

罪喰らうけだもの

 南雲星斗の死は美しいものだった。  夜の埠頭で係船柱に腰かけながら、如月凌馬はゆっくりと紫煙を吐きだした。星斗のアトリエで見た光景が、鮮やかに蘇ってくる。  アトリエにはオブジェがあった。オブジェはアクリル板で仕切られた高さ三メートルほどの正四角柱で、透明な合成樹脂によって満たされていた。そして固体化した樹脂の中には、人間大の塑像が浮かんでいた。  角が一本。  ぎょろりと一つ目。  巨大な顎と滑らかな体。  蹄のある四つ足。  魚のように跳びあがり、大きく身を捩った

ロストジャイヴ

 仕事を邪魔されるのが大嫌いだ。俺が四気筒を駆るこの夜のハイウェイのように、何事も滞りなく片付けたい。 「「「クタバレ運ビ屋ァー!!!」」」  下卑たがなり声の三重奏。火球を吐き出す音三つ。  着弾。全て躱す。二つは路面を爆砕。一つはクルマを吹っ飛ばす。焼け焦げた廃車を轢き潰して迫る馬鹿でかいバギーの駆動音。  野郎は確か三つ首ガロシェ。八雲会最高幹部我島の子飼い。    そう、我島。今回のヤマの依頼主。 (積荷は会頭の遺体です。くれぐれも粗相の無きように)  我島のツ

「おうちはどこなの」と少女は問うた

 東宮生まれ東宮育ちの6年生、桂木杏奈はこの町が大好きだった。だから自販機コーラ一掃事件や血みどろ軍手大量発生事件といった難題も解決してきたし、転校生のマリちゃんに町を紹介して馴染んでもらうのもぞうさもないことだった。そうしてスーパーの店長に「杏奈ちゃんは東宮の顔役だね」なんて言われて以来、杏奈は得意げに自分を“かおやく”と呼ぶのだった。  夏休みのある日、おつかい帰りの杏奈の目に見慣れない姿が留まった。暑い中茶色のスーツを着た、老眼鏡をおでこに上げて電柱に書かれた住所を

しなやかな不死

 二度のまばたきとともに意識を取り戻した猫は、体を震わせつつ立ち上がった。辺りを見回す。どうもほの暗い部屋の中にいるらしかった。  ふと、腹のあたりに違和感を覚えた猫は、咳き込むようにしてその違和感を吐き出そうとした。  一つ、二つ、違和感のもとが音を立てて床に落ちた。二発の銃弾だった。 「なんだ」  音に反応して、部屋を立ち去ろうとした男が振り返った。大柄な、黒づくめの男だった。男は猫を見下ろし、顔を歪めた。 「ま、マジで生き返りやがった!」  男は銃を猫に向けた。銃口と猫

死して屍拾う者無し -Witch of Funeral-

魔術を使う女を生かしておいてはならない -出エジプト記 22章 18節-  †  俺はひとつ息を吸ってから、自らの左腕に短刀を突き立ててみた。ぞぶり、という肉を切る感触。  痛みはない。血も流れない。それどころか、確かに深々と切り裂いたはずの傷が、たちどころに塞がった。  どうやら俺は完全に、化物の仲間入りをしてしまったらしい。 『霧の森』はその名の通り、常に乳白色の淡い霧で満たされている、鬱蒼とした森だ。  木立の陰から、一人の少女が姿を現した。 「理解した? 

「DISARM」

蛇口が吐き出す水音で、便所の外の喧騒が消えた。 右の掌に染み付いた脂を落とし、顔の汗を洗い、鏡を見る。無意識に上がった口角は勝利の証。 毎月第三火曜日、電車も眠る午前二時。都内某所地下一階、閉店後の酒場こそが戦場。 刃物も銃も必要無い決闘、アームレスリング──。腕だけが勝敗を、己の価値を決めるのだ。 先程の挑戦者は、大して手応えの無い男だった。 試合開始直後、組み合った長い指が右手に絡み付く。掌も大きく厚い。体格面では相手が有利。 だが、その程度で勝敗は決まらない。俺は

魔女のいた夏

 少年は扉から出てきた。日射しが青白い顔を照らす。 「ケイゴ」少年の父親が駆け寄る。「よかった……ケガは?」  少年は首を振る。 「他の子たちは?」 「み、みんな、階段の下で倒れて」  大人たちは騒然となった。  ガスか? 酸欠? まず救急車だ、電話を。  岩山にへばりつく木の扉の奥。下へ伸びる階段から、教師が綱を引き上げている。さっき少年が必死に引いていた綱を。  ここに扉などなかったはずという話は、皆もう忘れている。  闇の中から、人の乗った板が現れた。 「おい! 

断罪のイゴーロナク

 ……その日、俺は連続首切り殺人犯を追っていたんだ。 「続けて、刑事さん」  そいつは有名な殺人鬼だったんだ。犠牲者の首をチョンパした後、遺体に魔法陣かなにかの証を残すんだ。オカルト狂いだと思うだろ?  だが、タレコミから犯人のねぐらを特定して……奴が築いた生首の祭壇を見たとき、奴の異様な風貌を見たとき、俺は得体のしれない恐怖を感じたんだ。多分、バカみたいに固まってたと思う。 「それから?」  奴の犠牲者の仲間入りさ。鉈か何かが、俺の首をスッと抜けて、フィクションみ

魔道

1984年 日本 長野県 「山で天狗が死んどる」  森林組合の男性による110番は、駐在所の巡査が到着するまで悪戯だと思われていた。  応援要請を受けて正午に臨場した矢島は、白樺林のヒグラシが静まる時間になっても検視を続けていた。早急に報告を上げるべきだが、好奇心が「まて」と言う。  もう一度、オオワシの死骸に触れる。精根尽きたのか仰向けに倒れ、翼を広げたまま絶命している猛禽類の後肢、この大腿部から先を人間の――子供の脚とすげ替えた犯人は、異種移植を成功させたというのか。

ジャヤバヤの使徒

 アリが死体から心臓を引き抜くと、また太陽が森を照らした。くすんだ赤色が日光で鮮やかになる。かぶりつきたい欲求を抑え、アリは心臓を腰紐に結えた。 「最後だ」  ブディが死体を背中から下ろした。屈強な軍人ばかり死んでいる。ブディが運んでアリが心臓を集めた。  村は爆弾が落ちたような有様だった。最初はバラヤ族の仕業と思ったが、死体は全て頭を撃ち抜かれていた。  なぜ軍隊が?  アリは思案しながら残党を探す。入口近くに黒いバンが泥にはまっていた。  ブディが辺りを警戒する。見たとこ

ラバーマインド・プロテクション [逆噴射小説大賞2022]

人気のない河川敷。 横たわる身元不明の死体。 その腹に両手を突っ込んで内臓をまさぐっているのは甥っ子のカズだ。 今日はやけに時間がかかっている。 俺は無意識に煙草に火をつけた。 「ジジイ、現場は禁煙だぞ」 顔を上げずにカズが言った。 「俺はまだ五十だ。ジジイはねぇだろう」 言いながら俺は煙草を捨てた。 カズは無言のまま死体の腹の中から例の物体を取り出した。 数年前から身元がわからない変死体から発見されるようになった代物だ。 何度見ても理解に苦しむ。 そいつは

殉教には微かに足りぬ

 49人目も溺死だ。聖職者の心臓に鉛玉をブチ込むのは流石の依頼者も気が引けるらしく、俺はバスタブで揺れる死体から証拠のロザリオをもぎ取る。 『お前は必ず裁きに遭うぞ! 私の“神”が、きっと——』  今際の言葉はどれもテンプレで、聞き飽きた。信仰も多様性の時代で、人々は“神”に代入される言葉を各々で持ち合わせている。8人目は“寄人”、25人目は“えんら様”、ホテルのボーイは……もう忘れてしまった。  最悪なことに、そのどれもが俺の苦境を救ってはくれなかった。人は死んだら肉と

【メタルアーム、そしてコーク。】

 コークが必要だ。  ガンマは手刀で自動販売機を両断した。  缶が雪崩れ、ぶつかり合い、音を立てて路上に散らばる。  夜間モードで速度が乗った自動運転輸送車がタイヤを缶に取られ、金属警備員を数体巻き込みながらビルのエントランスに突っ込んだ。  ガンマは惨状を無視し、コークを探す。  衝撃音で居場所がバレる可能性がある。  モタモタしてはいられない。  難しくない任務のハズだった。  ビルに侵入、地下のサーバを破壊、逃げるだけ。  ところが目標手前で数十体の重金属警備員に

【デスメタル乳首破壊光線】

 バンドの練習に行くと、メンバーの二人はすでに肩慣らしを始めていた。俺は二人に声をかけてギターケースを下ろし、防音室の隣の部屋に入る。  狭苦しい事務室でPCの電源ボタンを押した。十数年モノのPCは殺してくれと悲鳴を上げながら起動。この断末魔にインスパイアされて書いた歌詞は1つや2つではない。3分ほど聴き入ってから目を開けると、モニタには青空と農場の緑。  メーラーを立ち上げ、出演や対バンの依頼がないかザッとチェック―――――一通のメールに目が止まる。  差出人の名は『ブル