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【二次選考結果】逆噴射小説大賞2022

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小説の冒頭800文字で競う「逆噴射小説大賞2022」! その二次選考の突破作品集です。
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#逆噴射小説大賞

「DISARM」

蛇口が吐き出す水音で、便所の外の喧騒が消えた。 右の掌に染み付いた脂を落とし、顔の汗を洗い、鏡を見る。無意識に上がった口角は勝利の証。 毎月第三火曜日、電車も眠る午前二時。都内某所地下一階、閉店後の酒場こそが戦場。 刃物も銃も必要無い決闘、アームレスリング──。腕だけが勝敗を、己の価値を決めるのだ。 先程の挑戦者は、大して手応えの無い男だった。 試合開始直後、組み合った長い指が右手に絡み付く。掌も大きく厚い。体格面では相手が有利。 だが、その程度で勝敗は決まらない。俺は

魔女のいた夏

 少年は扉から出てきた。日射しが青白い顔を照らす。 「ケイゴ」少年の父親が駆け寄る。「よかった……ケガは?」  少年は首を振る。 「他の子たちは?」 「み、みんな、階段の下で倒れて」  大人たちは騒然となった。  ガスか? 酸欠? まず救急車だ、電話を。  岩山にへばりつく木の扉の奥。下へ伸びる階段から、教師が綱を引き上げている。さっき少年が必死に引いていた綱を。  ここに扉などなかったはずという話は、皆もう忘れている。  闇の中から、人の乗った板が現れた。 「おい! 

ウルトラハッポーブレインデッドセンパイキッスオブベロシティ

「祖母ちゃんのさ、あ、兎じゃないほうの祖母ちゃんな、口の中に紙切れが入ってたんだよ。丸めたやつ。レシートかと思ったけど、けっこう固めの紙でさ、広げてみたらよくわかんねえ記号が並んでんの。あれやっぱ暗号かなあ」  僕の先輩は昔やらされたよくない薬の影響で、たまに誤作動を起こす。  他人名義で借りている2DKの部屋をうろつき、まるまる盛り上がったアフロヘアをぼりぼり搔き、どんよりした目つきで意味不明なことを呟き、ゲロを吐いて倒れる。  比較的まともな時は、だいたい僕からせびったハ

「不殺生共同戦線」

剃り上げられた丸い頭。橙色の衣。小脇には鈍色の鉢。 僧侶達が列を成して托鉢へ歩み出す、朝6時のバンコク──。 ある僧列に、スーツ姿の男が駆け寄った。 駆け出しから13年付き合った間柄だ。たとえ5年振りでも、剃髪姿であっても、チャイは相棒の姿をすぐに見付け出せた。 「ダオ!」 僧名に慣れた今では懐かしき愛称。嫌が応にも反応せざるを得なかった。仲間の僧に一言告げ、ダオは僧列から離れた。 「…何の用だ」 感情の乗らぬ声を、チャイの早口が上書きする。 「タレコミがあった。

ぬめる

じっとりとした汗に塗れていた。 「本当にここでいいんですか?」 井上がどこか不安げに声を出す。 ”荷物”は重く、そのくせ持ちやすい取手になるような部分はない。 ブルーシートでぐるぐる巻かれた長さ2メートル弱の”荷物”の前を俺が、後ろを井上が持っている。 「仕方ないだろ、指定されたんだ」 「だって、普通はほら、海とか、山とか」 井上は俺の弟分だが、この手の”仕事”に関わるのは初めてだった。 俺も含め、普段はガキを連れてしょっぱい詐欺をしているやつがこんな体を使う”仕事”をするこ

C-Food

 その男がレストランに現れた時、店にいた全員が確かに雷鳴を聞いた。客たちは慌てて窓の外に目をやったが、そこには美しい夕焼けがあるだけだった。それから彼らはようやく闖入者に気がついた。  濡れた男だった。たった今、海から上がってきたかのように全身が濡れている。男の格好はどう見ても船乗りだったが、それがさらに彼を「異物」に見せていた。この町が漁業で栄えていたのは昔の話だ。今は世界中から人々が訪れる美食の都、港には漁船の代わりに大型クルーザーやヨットが停泊している。  給仕たちが男