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【ザ・ヴァーティゴvs地底科学世界】

◇総合目次 ◇エピソード一覧


はじめに

俺の名は、愛と宇宙と平和の戦士、エターナルニンジャチャンピオン、ザ・ヴァーティゴ(The Vertigo)だ。AREA4643に出演したり、暴れたりしている。ニンジャスレイヤー本編にも出現したことがあるし、ニンジャかわら版でもお世話になっているね。

さて、ここに書かれているのは、俺が地底鉱山帝国を訪れた際の冒険の一部始終だ。どういう経緯でニンジャスレイヤーアカウントに連載されたのかよくおぼえていないが、とにかく、これはニンジャスレイヤーがキョート・ヘル・オン・アースしているところと話の関連が僅かに認められるので、本編同様にアーカイブされる運びとなった。物理書籍においては「キョート・ヘル・オン・アース」の上巻の巻末に収録されている。

Twitter連載時は三人称の小説で、物理書籍では俺の冒険記の形で入っている。今回アーカイブされるのは前者のバージョンだ。後者の冒険記は一人称スタイルで、俺が書いたものだから、客観的筆致のものとは結構読み味が違う。俺はエレコーゼを意識した格調高い筆致を心がけたものさ。物理書籍はKINDLEなら今すぐ読めるし、是非読み比べてみてほしいね。リンクもここに貼っておく。
それから、ニンジャスレイヤー第2部のコミカライズのリンクも当然貼っておく。このコミックスを絶対に購入してほしい。出たばかりのコミックスだ。買ったら、皆にもできるかぎり勧めてほしい。完全に面白いぞ。
さて、それではあらためて、始めていこう。まずは序文だ。序文はTwitter時も俺の一人称だった。前口上的にな。


◆◆◆


 今、俺は、地底鉱山帝国を訪れている。客としてな。この星には全部で66のドメイン(地中に作られた人工空洞都市をここではそう呼ぶんだ)があったが、うち65は火星人に全て制圧された。この世界の人間の武器では倒せないんだ。それで、俺がヨージンボとして喚ばれた。参ったぜ。

 ……でだ、なんで人類がそんなにヤバくなったかっていうとだ、シュタインウルフガー博士が人類を裏切ったからだ。シュタインウルフガー博士は邪悪な科学者で、いわば、火星人に人類を売ったのさ。奴はドメインの侵入経路や防衛システムの弱点を火星人にバラしやがったんだと。

 今、この地底世界の人類の総人口は2万人しかいない。これはかなり悲観的数字だ。だけど……ほっておくわけには……いかないよな!何しろあいつら、本気で俺の事を救世主だと思ってる。それに、困った事にキツネの野郎が先に招かれていやがった。まずい事に、あいつには借りがある。

 ……キツネ?あん?いや、ちがうちがう、オメーンじゃないよ。狐なんだ。頭が。頭が狐、身体は人間。しっぽも狐。ワカル?だけどな、それをバカにしたらダメだ。奴はマジでヤバいからな。決闘で15人は殺してる。頭が狐である事を笑っただけで殺すんだ。白手袋を地面に投げつけてな。

 まあとにかく、キツネ・ウエスギ卿と俺は、これからシュタインウルフガー博士の野望をくじくための晩餐会議に出席する事になってるってわけさ。ポリッジはなかなかうまいし、鉱石ビールもいける。縞瑪瑙トカゲのステーキは勘弁だがね。

 重要な事を言っておく。俺は、ツイッター世界とこうやって交信できる。君たちは、俺にはわからない事がわかるんだよ。わかるかな。「地の文」を読めるだろ、君たちは。だからさ、俺はこれからおっぱじめる冒険の中で、時々ヒントを訊く事が有ると思う。その時はよろしくな。これが言いたかったんだよ。

というわけで、当時俺はTwitterを通して、皆の助力を仰ぎながら攻略していったものさ。俺は火星にいながらTwitterのクラウド意識を受け取ることができたから、「アブナイぞ!」とか、「そっちに進むといい!」とか、そういう皆の警告を聞きながら冒険していったんだ。

 ……おっ、ウエスギが呼んでる!あいつはパンクチュアルだからな。行かなくちゃ。じゃ、頼んだよ!


 ◆ザ・ヴァーティゴVS地底科学世界◆


1

「ノックを3回もさせんでくれたまえ」ドアを開けると、狐の頭を持つPコートの男がザ・ヴァーティゴを見上げた。「悪い!ちょっとテレパスをね」ザ・ヴァーティゴは頭を掻いた。「もう皆集まってんのかい?」「知らんが、10分前には着席していたほうがよかろう」「そうね」

 二者は真鍮で補強された回廊を歩き進む。水晶のガス灯で照らされた瀟洒な通路だが、人々の陰鬱な雰囲気がこの世界そのものを浸食しているかのようだ。「おそらく博士の件だろう」「居場所がわかったって?」「ああ、きっとそうだ」

 両開きのドアを開くと、うまそうな焼き肉の臭いが二人の鼻孔を刺激した。「ご機嫌麗しう。キツネ・ウエスギです」狐頭の男は頭を下げた。「ドーモ。ザ・ヴァーティゴです」ザ・ヴァーティゴもそれに倣う。「よくぞ参られた。ささ、あちらの席へ」でっぷり太った髭の男が促した。カラマス大臣だ。

「……」ウエスギはザ・ヴァーティゴを肘でつついた。「当然、把握しておるな?」「え、何が」「テーブルマナーだよ。この国の」ウエスギは念を押した。侍女が二人の椅子を引いてくれる。彼らはゆったりと腰を下ろした。「マナーね。バッチリだぜ」ザ・ヴァーティゴは自信ありげに頷く。

 テーブルに並ぶのは、黒ダチョウの香草焼、岩塩のスープ、緑色のキッシュ、炭酸水、黒ワインだ。まず炭酸水で指を洗う。飲み水ではないのだ。それから岩塩のスープを飲む。器を持って直接すする。それからキッシュを一口食べ、味の感想を言う。それからメインディッシュとワインにありつける。 

「……」ウエスギが横目でザ・ヴァーティゴを見る。ザ・ヴァーティゴは頷く。「……」ウエスギが横目でザ・ヴァーティゴを見る。「なんだよ」「いや、貴公が正しく振る舞えるかどうか、ちと心配でな」「信用ねえな!」

ここではフィンガーボウルの使い方がわからない俺が、集合知に呼びかけて、どう使ったら良いかを尋ねたんだ。そして行動をとった。

 ザ・ヴァーティゴは素早く炭酸水に指をひたした。親指と人差し指でつまんで、三方を祓った。「……」「……」ウエスギと大臣が彼の仕草を注視した。

こうなった。

「オホン!」ザ・ヴァーティゴは咳払いを一つした。「これは、アー、私の故郷で、どうしてもやらなきゃいけない、宗教上の習慣てやつでして」「……」ウエスギはしかめ面をした。「スミマセン。いや、ほんと」ザ・ヴァーティゴは炭酸水に指を浸し、普通に洗った。「いただきます!」

「貴方がたのお力、感じ入っております」カラマス大臣は身を乗り出して熱っぽく言った。「さきの戦い、死者は一人も出なかった!」「そりゃよかった」ザ・ヴァーティゴは器を手に取り、岩塩のスープを啜った。二人を注意深く眺めながら、器を戻した。「私の銃が役立って何よりだ」とウエスギ。

「このドメインは人類の希望だ」とカラマス。「いや……希望も何も。ここが終われば、人類は終わりです」彼は悔しげに唇を噛んだ。「終わらんよ」ザ・ヴァーティゴは言った。「俺がいるからな」「その自信のほどを戦いでも見せてもらえると良いのだが!」とウエスギ。 

「……キッシュ?」ザ・ヴァーティゴは微かな声で呟き、ウエスギを見た。ウエスギは気づかない。ザ・ヴァーティゴは息を吐き、キッシュをフォークで刺し、食べた。一つ。二つ。「……」カラマスがザ・ヴァーティゴを見た。ザ・ヴァーティゴは頷いた。「この世界の食べ物は美味ですな!」

ここでのテーブルマナーは手探りだった。やや奇妙な仕草をしてしまったようだ。

「して、シュタインウルフガー博士は?」ウエスギはカラマス大臣を見、それから香草焼きを切り分け、上品に食べた。「そうそう。居場所がわかったとか」ザ・ヴァーティゴは既に香草焼きを食べている。それからキッシュを。「美味ですな。このキッシュは」「……見つかりました」とカラマス大臣。

 第8ドメイン跡地に、大規模な実験施設を作っております。火星人の精鋭もそこに」「フウーム」ザ・ヴァーティゴは顎をさすった。「そんなら、このキツネと二人で早速行ってひと暴れしてやりますよ」「なんと勇敢な!」「あんたらの武器は効かないからな。それなら二人で暴れるのが話がハヤイ」

「……ま、彼の話は乱暴ですが、平たく言えばそうです」ウエスギは香草焼きを賞味し、黒ワインを一口啜った。「お任せ頂きたい」「さすがです」カラマス大臣は感激した。彼らは知る由もない……頭上のシャンデリアの上で奇怪な火星手裏剣を構えるスパイが虎視眈々と狙っている事を!

「え、上!?」ザ・ヴァーティゴは突然叫び、立ち上がった。「クセモノダー!」彼は叫んだ。「何!」ウエスギが椅子を蹴って立ち、腰の銃を構えた!銃の先端部は縞模様の球体で、ウエスギが引き金を引くや、リップル状の光線が飛び出す!POW POW POW POW!

 シャンデリア上で今まさに火星手裏剣を投げつけんとしていたアッサシンは、オーバーテクノロジー拳銃の光線を食らうと痙攣して即死した。ザ・ヴァーティゴが素早くキッシュの皿を掴んで退避させる。アッサシンがテーブルに落下、破壊した。「嗚呼!」カラマスは飛び下がり、侍女が悲鳴を上げる。

「ありがとうございます!危ないところでした」カラマスが汗を拭った。ザ・ヴァーティゴはキッシュを食べながら、「礼には及びません。しかし美味ですな、これは」「既に敵の手が!」ウエスギは懐からモノクルを取り出し、装着して火星人を見下ろす。「ご覧なさい。なにか隠し持っておるようだ」

 ウエスギは膝をつき、八角形の大理石を取り出す。彼の狐尻尾がパタパタと動いた。「これは軌道コンパス!」「何だそりゃ」ザ・ヴァーティゴがキッシュを食べながら覗き込む。「軌道コンパスはこの地までの進行ルートを映し出す。つまり逆に辿ればこのアッサシンの出発点が……第8プラント!」

「おい、じゃあ軌道コンパスとやらのルートを辿れば、安全に博士のところまで行けるんじゃないか?」ザ・ヴァーティゴは言った。ウエスギは頷いた。「おそらく」「そうか」彼は通りがかった侍女に囁いた「何時に仕事あがるんだい?」「いけませんわ」侍女は微笑んだ。

 ウエスギはザ・ヴァーティゴをしかめ面で二度見した。しかし立ち上がり、カラマスに向かって言った。「こうしてはおれません。早速出発致します」「本当ですか?その前にスパを試されては」「スパだって?」とザ・ヴァーティゴ。ウエスギは被せるように言った「いえ、結構。時は金なりと言います」

「わかりました!おい、彼らをプテラノドン厩舎にお連れせよ」「わかりました」衛兵の一人が敬礼し、二人を案内する。ウエスギとザ・ヴァーティゴは早足で続く。「何をやっておるか!破廉恥な」「いや、テレパスで指示が……」「テレパスを口実にするでない!」ウエスギはピシャリと言った。

 二人の異世界戦士は厩舎につながれたプテラノドンにまたがった。プテラノドンは二人乗りで、前にウエスギ、後ろにザ・ヴァーティゴが座る。「クエーン!」プテラノドンが叫んだ。「おほッ!なかなか面白そうだ!」ザ・ヴァーティゴが歓声を上げた。ゴウン……飛行口シャッターが開いてゆく。

「軌道コンパスの調子は?」とザ・ヴァーティゴ。「うまく動いている」とウエスギ。「よし!ハイヨー、シルバー!」ザ・ヴァーティゴは手綱を振るった。「クエーン!」プテラノドンが飛び立つ……巨大鍾乳洞を通過し、黄色い空の下へ!


2

「この世界にはかつて23億の人類がいたという」プテラノドンの背中から、キツネ・ウエスギは眼下の乾いた大地を見下ろした。「だが、地上をかような不毛の荒野たらしめる災禍を経て、その総人口は地下の蒸気機関アーコロジー群で暮らす500万人にまで減少していた」

 黄色い空のあちこちで稲妻が閃き、地平線を巨大な竜巻が洗っている。「その500万が2万になったんだろ」「そうだ」ウエスギは航空ゴーグルを装着している。「ドメインと呼ばれるアーコロジーは66あったが、今は1つしか機能していない。我々が今、後にしてきた都市だ」「知ってる。悪い博士だ」

「いいかね、この荒野で気をつけないといけないのは、ガラス竜だ」ウエスギはザ・ヴァーティゴを振り返った。「調べておらんだろうから、先に言っておく。ガラス竜は旧文明の自動殺戮飛行機械で、自ら落雷を呼び寄せてエネルギーとするから、今なお機能停止せずにいるのだ」「アレだな」「何?」

 ウエスギは前を向き直り、叫んだ。「何たることか!」前方、猛スピードで接近してくるのは、全長500メートルはあろうかという巨大な飛行体だ。あまりにも大きく、距離感がつかみにくい。巨大なガラスの翼を持ち、竜や鳥よりは蝶に似た形状をしている。「ガラス竜だ!」「やっぱりそうだよな!」

ここでは集合知の皆に、ガラス竜を撃退するためのアイテムを送り込んでもらった。

 蝶の羽根は稼働することはない。なんらかの浮力や推進力で飛行しているのだ。「これ、なんかの役に立つ?」ザ・ヴァーティゴは丸い金属板を取り出す「今、ポケットに入ってきたんだけど……光線を跳ね返すんじゃ……」「何?ガラス竜は戦ってどうこうするものではない!旋回だ!そして降下だ!」

 キアアアア、ガラス竜が吼えた。「耳が!耳が!」二人は身悶えした。蝶の羽根が発光し、表面に不穏なパルスが閃く。ザ・ヴァーティゴは手綱を操りプテラノドンを旋回させた。「クレバスに逃げるんだ!クレバスに!」ウエスギが地表を指差す。荒野へ降下する彼らの周囲に稲妻が乱れ飛ぶ。「危ねえ!」

フランクリンバッヂとか核爆弾とか、そういうものが送り込まれてきた。問題は、質量がデカイものが一気に来ちゃったことだね。俺のポケットはかなり入るけど、厳しかったな。キツネ・ウエスギ卿は俺の事情なんかわかってくれないし、だいぶ冷たい目線を浴びた。

 プテラノドンは地表の裂け目、深い谷へ入り込んだ。恐るべきガラス竜は遥か上空、ここはまるで別世界だ。「怪我の功名だ。この谷の先に目的地が」ウエスギが軌道コンパスを確認した「……どうした?」「いや、ポケットが」ザ・ヴァーティゴが呟いた「一斉に物が詰め込まれて、壊れちまったみたいだ」

「正直申して、貴公のその夢見がちな物言いには苛々させられる」ウエスギが言った。「冗談は時と場所をわきまえよ」「いや……うん、すまなかった」「軌道コンパスが示す先は第八プラントだ。そこにシュタインウルフガー博士の根城がある」「捜すのかい?骨が折れそうだな」

「ドメインに入った後も、引き続き、このコンパスが役に立つはずだ」「そうね、前、前!」ザ・ヴァーティゴが指差した。「いかん!」ウエスギは向き直り、オーバーテクノロジー拳銃を構えた。真鍮の小型ヘリ戦闘機が二機!椅子に腰掛ける火星人と、椅子の背から生える回転翼というデザインだ。

 POW!POW!POW!リング光線が放たれ、ヘリ戦闘機の一機を包み込んだ。火星人は弾けて死に、ヘリは谷の側面に衝突して爆発した。「イヤーッ!」ザ・ヴァーティゴはもう一機のヘリの羽根めがけ、円い金属板を投げつけた。ヘリの羽根が損壊し、やはり谷の側面に衝突して爆発した。 

「クエーン!」プテラノドンが警戒の叫び声をあげた。前方を塞ぐのは真鍮の要塞だ。この星の言葉で「第8ドメイン管理下第8プラント」とペイントされた巨大なシャッターがある。ザ・ヴァーティゴはプテラノドンをホバリングさせた。「どうやって入る?」「私の銃は温存したい」ウエスギが言った。

「あそこにヘリのハッチがあるだろ」ザ・ヴァーティゴは指差した。要塞のシャッターの上に円い真鍮の出入り口がある。「あるな」「あそこから入ろう。とにかくカラテだ。シャッターをネンリキで壊すのは疲れる」ザ・ヴァーティゴはプテラノドンを着陸させた。

 二人はシャッター脇のツルツル滑るスロープを上がって行った。「イヤーッ!」ザ・ヴァーティゴは懐からテツノオノを取り出し、ハッチを叩き壊した。「よし行こうぜ!」割れ鐘のような警報音が鳴り響いた!「いかん!これは私も予想して然るべきであった」「いいよもう!行こうぜ!」

 トンネルを走る二人を、火球銃で武装した火星人の編隊が出迎える。ドウ!ドウ!ドウ!喇叭状の銃から次々に火球が放たれ、二人を襲った。「これはいかん!」ウエスギとザ・ヴァーティゴはジグザグに走り、火球を回避する。ザ・ヴァーティゴは懐にテツノオノをしまい、ガトリング砲を取り出した。

 重火器を右から左へ振り回し、薙ぎ払う。火星人は次々に悲鳴を上げて倒れてゆく。「恨みは無いが、お互い様って事で頼むぜ」二人は折り重なって倒れた火星人を通り過ぎる。「こっちだ」トンネルを抜けると、ウエスギが右を指差した。彼らの眼下には目が眩むような巨大地下鉱山都市の全景が広がる。

「なんだか、俺たちが後にした最後の生き残りドメインと代わり映えがしないなァ」「我々はこの世界の文化様式に不慣れだ。シマウマAとシマウマBの個体の区別がつかないのは、我々がシマウマに親しんでいないからだ。それと同じ事であるな」ザ・ヴァーティゴはウエスギの顔を見た。「……うん」

 ブロロロ、ブロロロロ……ローター音を響かせ、ヘリ戦闘機が次々に上昇してくる。坂を上がってくる火星人兵。リフトエレベーターからも。二人は路地裏に駆け込んだ。「どこだ博士は?」「十中八九、プラントの研究塔だ」ウエスギは答えた。「おそらく,こちらだ。ついて来たまえ」

 二人は坂を上がってゆく。前方から轟音と共に無限軌道戦闘車両が角を曲がって出現し、行く手を塞いだ。機関車のようなフォルムの真鍮の装甲が、ガス灯の明かりを受けて威圧的に光った。「侵入者を発見だ」拡声器から声が聴こえ、砲塔が回転した。「ヤバイ!」後ろからも兵団が接近!「ヤバイ!」

「イヤーッ!」ザ・ヴァーティゴは片手をかざし、握り込んだ。バムフ!砲台が爆発した。発射の瞬間にネンリキで砲塔を握りつぶしたのである。POWPOWPOW!ウエスギは追ってくる兵団にオーバーテクノロジー拳銃の光線を浴びせた。火星人達は痙攣し、バラバラに分解して死んだ。「急ごう!」

「その銃、怖いなあ!」ザ・ヴァーティゴは走りながらウエスギに言った。ウエスギは答えた。「エーテルナム結晶を増幅器に用いている銃だ。製造には一定の重力環境が必要だが、あいにくその星は爆発して消滅し、ブラックホールになってしまった。二度と作れない」「作れないほうがいいよ」

 二人は無限軌道戦闘車両を苦労して踏み越え、先に進む。「こいつを乗っ取るのは無理だな。道幅一杯だから切り返しが大変だ。動かし方もわからないし」「先を急ごう」彼らは蒸気リフトエレベーターに飛び乗り、降下する。降下先の駐車場らしき広場に、蛇腹状の脚を10本備えた巨大な機械が見える。

「嫌な予感がする」ザ・ヴァーティゴは呟いた。「あれ、動くんじゃないか」「うむ」ウエスギは頷いた。呼応するように、巨大機械のパンケーキじみた形状の胴体が鳴動し、切れ込みの中で緑の光を放つ稼動アイカメラがせわしなく動いた。

「侵入者を発見だ!」内蔵拡声器から火星人が声を轟かせ、パンケーキの表面に円い穴が二つ開き、蛇腹状の腕がニョキニョキと生えた。腕の先は蟹のハサミのような形をした真鍮のマニピュレーターだ。「命にかえても排除!」「やっぱりあんな事言ってるぜ!」エレベーターが到着!二人は走り出した。

 彼らは巨大カニ機の体の下へ走り込んだ。ウエスギが手近の脚に向かって走った。腰のサーベルを抜き、鍔のスイッチを押すと、刃が真っ赤に光り始めた。「何だそれ?」「ヒート剣だ。銃のエネルギーは温存したい」「ヒート剣?」「とう!」ウエスギは跳びながら剣を振り抜き、脚部を切り裂いた。

 凄まじい切れ味である!真鍮がまるでバターのようだ。高熱の刃の為せる技である。二人は体の下から駆け出し、全力疾走した。カニ機が怯み、ハサミを振り回す。脚部損傷のためにうまく追えないところ、ザ・ヴァーティゴは走りながらガトリング砲を構え、銃弾をしたたか撃ち込んだ。

 カンカンカンカンカンカン、真鍮のボディを銃弾が跳ね、歪み、ついには火と煙を吐き出した。「ギャーッ!」拡声器から乗組員の断末魔の悲鳴が轟き、カニ機は崩れ落ち、爆発した。「あれがプラントの研究塔だ」「あれだな!」二人は下からのサーチライトでライトアップされる巨大な塔へ向かう!


◆◆◆


 シュタインウルフガー博士は沈痛な面持ちで、爆発炎上するカニ機を窓から見下ろしていた。「なんという事でしょう……」彼女は呆然と呟いた。振り返ると、白髭のギョーム将軍は輝く死出の甲冑に身を固めており、悲壮な決意で彼女を見返すのだった。「最後の戦いです」

「父様ァ!」ジルベルト姫がギョームにすがりつこうとしたが、侍女が留めた。シュタインウルフガー博士は涙を拭った。「力及ばず……申し訳ありません」「何をバカな」ギョームは言った「ここまで戦えたのは博士のお力添えあっての事」「ですが……」「おかげで、誇り高き戦士として死ぬ事ができる」

「死ぬなどと」博士の言葉は尻すぼみに消えた。もとより戦力は少ない。こうも疾風怒濤の勢いで入ってこられては……「敵は……何なのでしょう」「戦士を召喚したのです。間違いありません」ギョーム将軍は言った。「第一ドメインの地下には、我々の王家に伝わる召喚秘法の装置がある」

「それを動かしたと……」「そうです」ドォン!破砕音。「敷地内に入って来たと思われます」ギョーム将軍は禍々しき戦兜を被った。「貴方はもとより我々とは無関係の人間だ。可能ならばお逃げなさい。可能ならばの……話であるが」「ワアアー!」ジルベルト姫が号泣した。

「御免!」ギョーム将軍は部屋を飛び出した。シュタインウルフガー博士はしばし逡巡していた。ジルベルト姫が目に涙を溜めて彼女を見た。博士は姫の頭を撫で、部屋を足早に出た。 


◆◆◆


 ザ・ヴァーティゴとウエスギは研究塔の前の広場で背中合わせに立ち、包囲する敵と対した。火星人達は甲冑を着込み、厄介な火球銃で武装している。「一気に突破だ」ザ・ヴァーティゴは言った。「塔に飛び込んで、敵をブッ倒しながら最上階だ」「……乱暴であるが、平たく言えばそれしかあるまい」

「控え!控え!」バリトン声が轟き、塔の門が開いた。そして光り輝く禍々しい甲冑で全身を鎧った戦士が姿を現した。「我が名はギョーム将軍である!私は一騎打ちを申し出る!」「ギョームだと?」ザ・ヴァーティゴが叫んだ。「火星人に知人かね」とウエスギ。「何回かやりあった名前だぞ!」

「どちらが先だ!」ギョーム将軍は巨大な剣を振り上げた。「ならば私が受けよう!」ウエスギが進み出ようとした。その肩をザ・ヴァーティゴが掴んだ。「待て」「何だ!」「頭の中がザワザワしてるんだ」「また貴公のその……場をわきまえぬ冗談か!」

「冗談じゃないんだって!テレパシーだ。戦っちゃいけない……んじゃないかな……」「ええい!」ウエスギは振り払った。「死地である!話は後で聞いてやる!」「我が名はギョーム将軍だ!汝の名を申せ!」「キツネ・ウエスギである!とう!」「でえい!」巨大な剣が振り下ろされる!ウエスギは回転しながら側面に回り込んだ。

なにか事情のあるギョームを殺させちゃいけない。皆の声が俺には聞こえていた。三人称で話が進んでいたから、読者の皆は俺の目からは見えない事情が色々見えていたわけだ。だから、ここで俺は、ウエスギ卿をどうやって説得すればいいか、集合知の皆に助言を求めた。

◇殺しちゃダメなんだよな?どうしよう!ウエスギの奴をどうやって止めればいいんだ?◇

 キツネ・ウエスギは薔薇戦争をサーベルの技量ひとつで渡り歩き、爵位をも得た凄腕の傭兵剣士なのだ。無骨なギョーム将軍の巨大剣への対応は、まるで赤子の手をあやすがごとくであった。将軍の死角からサーベルが……。「アーッ!」ザ・ヴァーティゴのニンジャアドレナリンが高速で血液を駆け巡る!

返ってきたアドバイスは……つまりはウエスギ卿を激怒させる……という事で、俺は心底ぞっとした。実際、提案された内容はマジでヤバいものだったし、成功如何は、俺とウエスギ卿の信頼関係に全てがかかっていた。

◇ようし……わかったぜ……やってやろうじゃねえか……やってやるよ!◇

「おい!狐野郎!」

 ウエスギのサーベルがギョーム将軍の兜を一撃で跳ね飛ばした。ウエスギはトドメの斬撃を振り上げかけたところで手を止めた。そして弾かれたようにザ・ヴァーティゴを睨んだ。「何と申したか?」「これだ!」ザ・ヴァーティゴは壊れたポケットから油揚げを取り出し、振って見せた。

 ウエスギの剣を持たぬ方の手が霞んだ。何かが飛んで来た。一瞬後、ザ・ヴァーティゴは喉元にひやりとした鋼の感触を味わった。ウエスギが正面にいた。その手から伸びるサーベルは白手袋と油揚げを貫通し、さらに、ザ・ヴァーティゴの装束装甲を貫いていた。「……」

「14へ進め」「……」「何でもない」「……」キツネ・ウエスギは刺突姿勢のままピクリとも動かず、ザ・ヴァーティゴを睨み据えている。もう1インチ切っ先を押し込めば、ザ・ヴァーティゴとて死ぬだろう。

「……だが、有難いぜ。殺さないでくれてよ。俺とあんたの仲だもんな」「……」ウエスギは刃を引いて、鞘に戻した。ザ・ヴァーティゴはウエスギに対する侮辱が死を意味する事を、十二分に知っている。そしてウエスギも、ザ・ヴァーティゴがそれを知っているという事を、知っている。

 油揚げ、白手袋がポトポトと地面に落ちた。「まだ許すかどうか決まっておらんぞ」ウエスギは腰に手を当て、冷たく言った。手袋を脱いだ左手は狐の前足めいて、フサフサした毛に覆われている。ザ・ヴァーティゴは息を吐いた。「覚悟も無しにこんな真似しねえよ。あんたが言う事聞かねえから……」

 ウエスギは咳払いして、ギョーム将軍を見た。白髭の武人は剣を地面に下ろし、二人の侵入者を見る。ザ・ヴァーティゴは頷いた。「このギョームは会った事ないギョーム=サンだな」「で?テレパスがどうした。戦うべからずとは?」とウエスギ。「戦う為に呼ばれたのだぞ」「エート、つまりだな……」

ここで俺は再び集合知の助言を求めた。得られた答えは、ジルベルトに言及する事で、お互いの人間らしい感情に訴える事ができる、というものだ。俺が見ていないシーンを読者の皆は読めているから、そういうアドバイスができたんだな。感謝だ。

「彼は王家の人間だ。娘がいて、名前はジルベルト=サンだとよ」ギョーム将軍が目を見開いた。「人間?」ウエスギが目を細めた。ザ・ヴァーティゴは腕組みした。「人間、だろ?おかしくないか?火星人って……人間だろ、どう見てもさ」「それはシマウマの……いや……確かにそうだな」

「ギョーム将軍!」塔から走り出て来た女性に、その場の全員の視線が集中した。「シュタインウルフガー博士だな」ウエスギが言った。「情報通り、確かに麗しい御婦人だ。人類の敵……人類の。ふうむ」「こんがらがって来たぜ。俺は」ザ・ヴァーティゴは言った。「こいつらの言い分も聞きたい」


3

あらすじ:地底世界第八ドメイン第八プラントに突撃した俺とウエスギはついにシュタインウルフガー博士の居場所、研究塔に辿り着いた。だけど、どうも様子が変!テレパスで伝えられた秘密情報からすると、こいつらは敵じゃないのかもよ?ウエスギ狐野郎!話を聞……ギャー!(彼は真顔で書き終えた)

 一通りのやり取りの後、ザ・ヴァーティゴとウエスギは塔の中に通され、ギョーム将軍、シュタインウルフガー博士と共に会議室の円卓を囲むのだった。

「あんたら火星人が人類に攻勢をかけて、このままじゃ種の滅亡だって話だ」ザ・ヴァーティゴはギョーム将軍に言った。「アサッシンの火星手裏剣だってあるぞ。そもそも、そのアサッシンの軌道コンパスを使って、俺たちはここに来たんだ」

「その通りだ」ウエスギが言葉を継いだ。「人間と同じ容姿であるからといって、私にはさしたる問題ではない。事実如何では引き続き容赦せぬぞ」「物騒な事言うなよ」「貴公こそ、何を馬鹿な。召喚者の課す使命を反故にして、この世界に留まり続ける気か」「契約の前提が嘘ならナシになる筈だぜ」

 ウエスギは咳払いして話を戻した。「シュタインウルフガー博士は人間でありながら侵略火星人に寝返った。ギョーム将軍を獄から逃がし、この第八ドメインに潜伏、他のドメイン情報を火星人に伝えて人類に対する奇襲攻撃を仕掛けさせた。恐るべきテクノロジー戦闘機を生産し……」「待ってください」

 シュタインウルフガー博士はウエスギに言った。「そもそも!ギョーム将軍は火星人ではありません。人類です」「何を……」「見てわかりませんか?」「シマ…」「シマウマの話はしないでいい」ザ・ヴァーティゴはウエスギを遮った。「でも火星人なんだろ?この火星手裏剣」彼は机に手裏剣を置いた。

「それは王家の紋章だ」ギョーム将軍は厳かに言った。「その手裏剣は我ら王家の十字紋章を武器にした由緒ただしき武器だ。火星などと」「ええ?じゃあシュタインウルフガー博士のカニの化け物とかはどうなんだよ」「あれは我が王家に伝わる防衛機械なのです。博士の作ではない。博士は哲学者なのだ」

「ちょっと待ってくれよ……クラクラしてきた」ザ・ヴァーティゴは椅子に深くもたれた。「ナンデ?だって、火星人の襲撃で、人口が……ドメインが……」「貴方がたは宮廷の外を歩かれましたか?」シュタインウルフガー博士が言った。「賓客扱いで、外に出る事が無かったということは?」

「……それは、実際そうではある」ウエスギはヒゲをいじった。「カラマス大臣と侍従の者たち。賢人ゴラン。宮廷図書館……情報源は限られていたが……」「憎きカラマス」ギョームが唸った。「カラマスは謀反を起こし、王家の人間と、それに連なる者達を虐殺した」

 ギョームはシュタインウルフガー博士を見た。「彼女の助けで、私は宮廷を逃れた。そしてこの第八ドメインに身を隠し、生き残った者達と、反撃の機会を伺っていた」「……」ウエスギはザ・ヴァーティゴを見た。「火星人やその武装に関する、我々の前提知識そのものが、謀りであると?」

「シャンデリアから襲ってきた邪悪なスパイ。手には火星手裏剣。あらかじめ教えられていた特徴そのままだった。参ったな」「カラマスの狙いは、王家に伝わる召喚テクノロジー機械であったに違いない」ギョームは言った。「呼び出すのは貴方がたに留まるまい」

「私がゴラン達に召喚機械の操作法を伝えました。私は知っていたのです」シュタインウルフガー博士が言った。「私の責任です」「旅人である貴方に、我が国の政治事情などわかろう筈も無し。貴方のせいではありません」ギョームが言った。「彼女は召喚機械の操作方法を知る。つまり、停め方も」

「それで、機械を停められたら都合が悪いから、俺たちに博士を殺させようッて事か?」「……成る程な」ウエスギは腕を組んだ。そしてギョームと博士を睨んだ。「貴公らをこのまま拘束し、連れ戻る」


◆◆◆


「戦士達がギョーム将軍とシュタインウルフガー博士を捕縛し、帰還しました」伝令が敬礼した。カラマス大臣は椅子から腰を浮かせた。「やったのか!」彼は額の汗を拭った。「そうか……やったか」彼は賢人ゴランと顔を見合わせた。「通しますか」と伝令。「待たせよ。しばし、わしら二人だけに」

 伝来が施錠して謁見の間を引き下がると、彼らは沈痛な面持ちでもう一度目を見交わした。「仕方の無い事だ」「……その通りです」

『その通りだ!』彼らのすぐ後ろの空間から奇怪な声が発せられた。『貴様らが生き残る唯一の立ち回りだ。にもかかわらず、その悲しげな態度。気に食わんぞ』「め……めっそうもございません」彼らは弾かれたように振り返り、声の主の居場所に見当をつけて土下座した。

『貴様ら二人の態度如何で、このケチなドメインの二万人の命運も決まるぞ』透明の存在は威圧的に声を放った。『我々が人類500万人殺すのと、残る2万人を殺すのでは、どちらが簡単かな?』「どうか!どうか」カラマスは床に額を擦り付けた。「それだけはどうか」

『そもそも、なぜ博士を連れて帰らせた?もはや転送機の技術は、そこの老いぼれが十二分に学んだであろう。すぐに処刑せよ』「そうはいきません」カラマスが訴えた。「連れて来られたからには、正規の裁判を経ません事には……反乱の種にもなります。ただでさえ強引な手段であったのですから……」

『勘違いしておるな』透明の存在が冷たく言った。『貴様は家族の命と引き換えに私に国を売った、卑劣な屑である。屑は屑らしく、首尾一貫して振る舞うがよい。貴様の子供は六人。口ごたえすれば、一人ずつ殺すだけだ。恥を捨てて家族を取ったというのに、今更不平を言えばそれすら無駄になるぞ』

「こらえなされ」ゴランは苦渋の表情で諭した。「人類のための選択です」『違うな!すべて利己的で卑しい行動よ。貴様ら自身の命、家族の命。その為に人類を裏切ったのだ。貴様ら二人は卑しく醜い!』「ウーッ」カラマスは床に額を擦り付けたまま泣いた。

 彼らを威圧するこの透明な存在こそ、火星人である!かつてこの星に来襲した火星人は65のドメインを全て滅ぼし、500万の人類を殺し尽くした。各ドメインの発電施設の核となる貴重なエネルギー源、太陽スペクトル反転体を全て奪い、引きあげて行った……彼一人を除いて!

 彼はこのドメインの担当火星人の一人であった。このドメインを襲った宇宙船は撤収時に運悪くガラス竜の攻撃に晒され、撃墜された。唯一の生き残りであった彼は傷を癒し、機会を窺い、大臣とゴラン賢人を脅して謀反を起こさせたのだ。彼は透明の支配者として人類に君臨した!

『博士をとにかく殺せ』火星人は言った。『転送装置を停止されたり、ハッキングされては、元も子もない。ゴラン、お前を生かしておる理由は転送装置だ。しっかりと認識せよ』「……」ゴランは歯を食い縛った。『火星の座標設定の進捗はいかに?』「順調です。自動計算させています。もうすぐです」

『おお……母なる火星』火星人はうっとりと言った。『美しき7つのリングと14の衛星に護られた、まことの王の星。みずみずしい果実と水と生き物たち。それに引き換え、この星の汚らしきことよ。ゆけ、カラマス。博士を処刑せよ。戦士は引き続き騙しておけ。晩餐の鉱石ワインに、眠り薬を混ぜよ』

「承知しました」カラマスは言った。「我が子らは……本当に無事ですか」『くどい』火星人は言った。真空管モニターが点灯した。積み木で遊ぶ六人の子供が映し出される。『宮廷の西の塔の9階、獅子の部屋から動かしておらん。見ての通り危害は加えておらん。忠誠の原動力ゆえ』「……」

『おかしな真似を考えるでないぞ。獅子の部屋の前には火星アーマーを配備してある。貴様らの貧弱な武器など一切効かぬからな。粛々と私への忠誠を上塗りせよ』「勿論です」『ゆけ!そして、ゴランは私と来い。地下3階の蜥蜴の間だ。転送機の進捗を確かめる』「承知しました……」


◆◆◆


「随分待たせる事じゃないか」プテラノドン発着場でウエスギ達は焦れていた。「どうか。どうか今しばらく」兵士達は彼らを取り囲み、動かそうとしない。「我々は言わば英雄ではないのかね?貴公も何とか言ったらどうだ」ザ・ヴァーティゴを見る。「ああ……うん……こいつは参ったなァ」

◇よし、今から皆のアドバイスを遡ってみるぜ。しかし、このまま待たされると、何かマズイのかなあ?◇

ここで俺は様々な意見を入手した。

◇まいったな。大臣の他に、ほんとうの火星人がいるってのか。鉱石ワインは薬入り?しかし、ウエスギに詳しく話すには人目が多いなあ◇

 ザ・ヴァーティゴは懐から紙とペンを出した。「この後、図書館で借りておいて欲しい本のリストだ」「うむ」ウエスギは受け取った。衛兵達は様子を見守ったが、取り上げる事は無い。実際ギョームと博士をこうして捕らえてきたのだから。「大変お待たせしました」と新たな衛兵が走ってきた。

「こいつらは、牢獄に連れて行くんだな?」「ええ、そうです」「俺が連れて行こうか?」衛兵達が言葉をかわした。「いえ、貴方がたには晩餐の席が用意されます」

「晩餐か。イイね」ザ・ヴァーティゴは陽気に言った。「早く一杯飲みたいぜ。もっと急ごう」衛兵を急がせる。衛兵の数人が分かれ、ギョームと博士を護送。別の方向へ去って行った。

「いかん。プテラノドンに忘れ物だ」ウエスギが踵を返した。「なんだ?ついて来るのか?」衛兵が一人、その後を追った。「一応……」「まるで囚人だ。奴らと同じではないか」「いえ。でも一応……」「まあよい。ならば来い」「後でな!」ザ・ヴァーティゴは手を振った。


◆◆◆


 廊下を足早に歩き進み、やや小さな部屋に案内される。長いテーブルには銀の皿が並ぶ。それから不可思議な果物類。向かいの席のカラマスが立ち上がり、両手を広げた。「よくぞ戻られた。素晴らしい成果です。これで我が国の憂いは絶たれ申した。何とお礼を申し上げたらよいか」「いやいや」

 ザ・ヴァーティゴは椅子にドッカと座った。「ウエスギ卿は?」「忘れ物です。喉が乾いた!もう我慢できない!」ザ・ヴァーティゴは侍女を急かした。ゴブレットに鉱石ワインが注がれる。「マナーとか、いいよな?疲れちまってるんだ」「なんと……そうですか」カラマスは瞬きした。「そう仰るなら」

「ワオーッ!」ザ・ヴァーティゴは勢いよくゴブレットを逆さに傾け、浴びるように身体を仰け反らせた。そのまま勢いよくテーブルに突っ伏した。「……」カラマスがおずおずと身を乗り出した。「ザ・ヴァーティゴ殿?」「グオーッ、グオオーッ!」彼はうつ伏せのまま鼾をかきはじめた。

「……ザ・ヴァーティゴ殿?」「グオーッ!グオオーッ!」「ほほう……何という事だ。よほどお疲れだったか」カラマスは低く言った。彼は侍女に命じ、衛兵を呼ばせた。「彼を地下三階へ」「ハイ」「グオオーッ!グオオーッ!」「それから、早くウエスギ卿を呼びなさい。彼にもワインを振舞わねば」

「カマラス様!ウエスギ卿が!」そこへ一人の衛兵が血相をかえて現れた「おお、来たかね?お通ししなさい……」「いえ!ご乱心です!」「乱心?」カラマスは眉をひそめた。


◆◆◆


 カーン、カーン、カーン!パオーウー、パオーウー!半鐘とサイレンが中庭にうるさく鳴り響く。「やれやれ、これは意外に早い事よ」ウエスギはサーベルを死んだ衛兵の服に押し当て、血を拭った。それからギョームと博士の拘束を切断した。周囲に衛兵の死体が転がる。彼は敵に容赦しない男だ。

 ウエスギは着いて来た衛兵を容赦なく殺し、それからギョームと博士の後をこうして追ったのである。「私とて、もう少し穏やかな解決方法が好みだが」彼はザ・ヴァーティゴから「図書館で借りておいて欲しい本のリスト」として渡された作戦メモを見、躊躇なく実行に移した形だ。

「貴公らの処刑を急いでいるという話が本当ならば、悠長をしてもいられん」ウエスギは言った。「だが、よいか?貴公らの正統性を担保するのは、現時点では、あの狂人のテレパスだけだ。たった今、私の剣術を目の当たりにしたな?もし謀っておれば……わかるな」「信じてくれていい」とギョーム。

 ウエスギは新情報を手短に説明した。火星人、子供の人質、それゆえの謀反。「よいか?つまり、人質を先に押さえれば事態を打開できるやも知れん。軍隊とやり合うのは骨だ。西の塔はどちらだ」「あれだ」「よし。身を守れ。さらば」彼は疾風怒濤の勢いで駆け出した。パオーウー!パオーウー! 

 バリバリバリ、見張塔から戦闘ヘリが降りて来た。「フン!この城にもあるのじゃないか」ウエスギは走りつつオーバーテクノロジー拳銃の引き金を引く。POWPOWPOW!「ギャーッ!」乗り手は無惨な悲鳴を上げて死に、ヘリを墜落させた。ウエスギは殺到する衛兵を斬り殺し、西の塔に飛び込む。

 エレベーター?遅い!ウエスギは踊り場までひとっ飛びする勢いで階段を駆け上る。木箱を抱えた職員が階段をおっかなびっくり降りて来る。「あっ!え?わ!わ!」「邪魔だ!」風のようにそのすぐ横を駆け抜けると、あわれな職員は木箱を下にぶちまけて粉砕した。

 9階だ!ウエスギは回転跳躍してフロアに着地した。この階には無数の部屋がある。蠍、狼、竜、獅子、猿、鸚鵡、蟷螂、鼠、猫、鷲、兎、蛙、甲虫。「ムムムーッ!」ウエスギは唸った。目的の部屋はどこだ!「キキーン!」そこへ、甲高い叫び声!ドシドシと足音を立てて近づく巨大な甲冑あり! 

 貴公!獅子の部屋はどこだ!」「キキーン!」赤い金属で作られたゴリラ風の甲冑ロボットが両腕を振り上げた。両腕の先は旋盤になっており、非常に残忍かつ危険な迫力を放つ。火星アーマーである!ザ・ヴァーティゴはそこまでメモに書ききれなかった。だがウエスギは怯まない。「成る程、敵か」

 ギューン!右手旋盤が音を立ててアンダースローで放たれた。火花を散らして床石を削り、ウエスギめがけ垂直に滑る!ウエスギは開脚ジャンプで飛び越え、着地と同時にうつ伏せにつぶれた。ギューン!背中のすぐ上を左手旋盤が水平に飛び過ぎた。火星アーマーは新たな旋盤を装填!「キキーン!」

 POWPOWPOW!うつ伏せのウエスギはオーバーテクノロジー拳銃の引き金を引く。アーマーの巨体がリング光線を浴びると、赤い塗装が跳ね飛び、金属色が剥き出しになった。この赤い塗装が曲者で、触れる金属を……つまり弾丸や刃の一切を超化学反応で腐らせ溶かしてしまうのだ。だが剥がれた!

 ギューン!右手旋盤が床石を削りながら垂直に放たれた。ウエスギは右に転がり、オーバーテクノロジー拳銃を撃ち込んだ。POWPOW!ギューン!今度は左手旋盤だ。ウエスギは左に転がり、オーバーテクノロジー拳銃を撃ち込んだ。POWPOW!「キキーン!」アーマーが怯んだ。ウエスギは前転!

 前転で懐に潜り込むと、ウエスギは起き上がりながらヒート剣で下から上に逆斬撃!「ハイーッ!」さらに身を翻しながら横斬撃!「ハイーヤッ!」熱の刃が十字の傷を深々と刻み込んだ。アーマーがよろめいた。サーベルを音立てて鞘に収めると、巨体は活動を停止し、仰向けに倒れて動かなくなった。

 ウエスギはフロアを駆け回った。獅子の部屋!獅子の部屋!獅子!「ここだ!」ウエスギは獅子がレリーフされた金属ドアをキックした。ドアが歪んだ。さらにキックした。ドアが音を立てて内側に倒れた!「助けにきたぞ!」

 積み木で遊んでいた6人の子供達がギョッとしてウエスギを見た。「……」それから、歓声をあげて取り囲んだ。「狐さんだ!」「狐さんだ!」「狐さんだー!」「カワイイー!」「狐さんカワイイー!」「尻尾がフサフサだ!」「ぬいぐるみみたい!」「ちがうよきっと本物だよ!」「ゴワゴワしてる!」

 ウエスギは眉根を寄せ、肩を震わせた。「……こどもたち」「狐さんが喋ったぞ!」「もっと喋るよ!」「フサフサだよ!」「ゴワゴワしてるから本物だ!」「……」「かわいい!」「きっとお父さんのプレゼントだよ!」「お仕事で会えないからだ!」「……」

「……子供たち。おじさんは狐では無いんだ。人間なんだよ。世の中には、見た目と中身が不本意に違っている人が、いるんだよ」「不本意ってなに?」「かわいい!」「抱っこして!」ウエスギは子供を抱いてやった。「どうして狐なの?」「魔女の呪いだよ。怖いんだぞ」「でもかわいいよ!」

「やれやれ」しがみつく子供達を引きずるように、ウエスギは天井近くの遠隔カメラに近づき、ダイヤルを操作した。「こちらキツネ・ウエスギである。応答せよ。応答せよ」


◆◆◆


「次に我が剣のサビになりたい者は誰か!」ギョームは会食の間を包囲する衛兵を睨め回した。今、彼は道中得た剣を両手それぞれに一振りずつ握っている。一方で衛兵達を威嚇し、もう一方で、シュタインウルフガー博士が押さえつけるカラマスの喉元に突きつける。足下に死んだ衛兵が一人。

「こんな事を……やめろ」カラマスは呻いた。「やめてくれ」「じき、お互いにとって様々な事が明らかになる」ギョームは厳しく言った。その時だ。「こちら、キツネ・ウエスギである。応答せよ。応答せよ」壁に埋め込まれた真空管モニタが点灯した。「何……」カラマスが目を見開いた。「これは!」

 彼が目の当たりにしたのは、キツネ・ウエスギに抱きつく自らの子供達であった。「人質は確保した。もはや謀反の必要は無かろう。それともまだやるか?ならば、この子らをこのまま貴様に対する我らの人質として使う。どちらでも構わん。話し合え。とにかく兵を下がらせるがいい……こら、やめろ!」

「おお……おお」カラマスは震え出した。そして泣き出した。「おおお……」博士が力を緩めた。カラマスは膝をつき、号泣した。ギョームは刃を引いた。「おおお……」カラマスの涙は思いがけぬ奇跡を前にした歓喜の、そして、重い自責の涙であった。「おおお……」


◆◆◆


 鼾をかくザ・ヴァーティゴが衛兵達に運ばれてきたのは、地下三階、蜥蜴の間である。「グオーッ!グオーッ!」「うるせぇし重い!」「全くです」衛兵達は拘束具つきのベッドにザ・ヴァーティゴを寝かせた。「固定しなさい」青ざめたゴランが命じた。彼の足元には複雑な円文様が金粉で描かれている。

 博士の後ろの壁際には怪物じみた真空管の塊が鎮座している。転送機械だ!計器類がせわしなく動き、真空管モニタ上を緑の文字列が流れていく。ゴランは時折そちらを振り返り、真鍮タイプライターをタイピングする。

『やはり見立て通りだ』超自然の声がゴランを威圧した。『旅人の生命力を流用することで、転送装置に十分過ぎるエネルギーを用意できる。わかったか』「はい」ゴランはベッドの上の真鍮メーターの動きを見、冷や汗を流した。『火星とこの地を接続する所要時間も大幅に短縮できる』「はい」

『すごいポテンシャルだ。褒めてつかわす』「ハイ……これで……これでこの惑星は、もう、構わずに……後にしていただけるので」衛兵達が去ったのち、ゴランは不可視の僭主と怯えた声で会話する。それを聴くものは他にいない。「グオーッ!グオオーッ!」ザ・ヴァーティゴ以外は。

『さっさと繋げ』超自然の声が命じた。ゴランはタイピングした。キャバァーン!「は……早い。座標設定が完了しました。旅人から放射されるエネルギーがこんなにも……」『素晴らしい!』その時である!蜥蜴の間の床文様が金色の光を放ったのだ!不穏なパルスが空気中に明滅する!「これは?」

 バチバチと怪音が鳴り、何かがこの室内を満たした……不可視の火星人が突如として可視化された。「アワアアアー!」ゴランは涎を垂らして地面に転げ、這って逃れようとした。円柱状の肉の柱に埋め込まれた十数個の昆虫めいた目が瞬きし、恐慌に陥ったゴランを見た。

 肉の柱の頂点からはイソギンチャクのように多節の触手が十数本生え、ブヨブヨと脈動する。それらが寝台のザ・ヴァーティゴや転送装置、そしてゴランを触覚のようにして撫でる。『スペクトルが……そうか、そうか。火星のオゾンの匂いだ。なんと懐かしい』触手の先端の口が一斉に喋った。

「行ってください!さっさと消えてくれぇ!」ゴランが泣き喚いた。その身体に触手が巻きつき、持ち上げた。「ギャーッ!」『当然だ!だがしかし……手土産に太陽スペクトル反転体をいただいてゆかねばな!』「そんなーッ!」「イヤーッ!」ザ・ヴァーティゴは一息で拘束具を破壊し起き上がった!

『何だと?』「アンタ、このまま帰ると思って黙って聞いてりゃ、結局何だァ?その太陽……何とかスペクトル何とか!かっぱらいかよ!?図々しい奴だなァ!コラァ!俺なんかお前、本当に寝てるとか色々言われて、でもお前そのまま帰るかもしれねぇからコラァ!待ってて、そしたら、お前ーッ!」

『これだから獣の文明はダメだ。金属もロクなものを製錬できぬ』触手が閃き、襲いかかる!だが、見よ!「イヤーッ!」ザ・ヴァーティゴの手にはテツノオノ!振り抜く!切断!『ギャーッ!?』さらに身体ごと回転し、投げつける!「イヤーッ!」ゴランに巻きついた触手を切断!『ギャーッ!』

 プッ、プップッ!触手先端の口が一斉に腐食性の液体を吹きかける。だがザ・ヴァーティゴは側転してこれを回避!その手にはガトリングガンがある!踏み込み、ゼロ距離からのフルオート射撃!「食ってみろ!」BRATATATATATAT!『ギャアーッ!』BRATATATATATATAT!

 BRATATATATATATATATAT!『ギャアーッ!』BRATATATATATATATAT!『ギャアバババ!』BRATATATATATATATAT!『アババババーッ!』BRATATATATATATATATAT!

『アアア!』「たいしたことねぇなあ!さんざん面倒かけやがって!」ザ・ヴァーティゴはアウトオブアモーしたガトリング砲を懐にしまうと、素手のカラテで殴りつけた。「イヤーッ!」右!『ギャーッ!』「イヤーッ!」左!『ギャーッ!』「イヤーッ!」『グワーッ!』「イヤーッ!」『グワーッ!』

「イヤーッ!」『グワーッ!』「イヤーッ!」『グワーッ!』「イヤーッ!」『グワーッ!』「イヤーッ!」『グワーッ!』「イヤーッ!」『グワーッ!』「イヤーッ!」『グワーッ!』「イヤーッ!」『グワーッ!』「イヤーッ!」『グワーッ!』「イヤーッ!」『グワーッ!』

 ガトリングでズタズタに破壊された硬質の表皮にカラテの拳が繰り返し叩きつけられ、肉を抉り、打ちのめす!ザ・ヴァーティゴは更にキアイを入れ、拳を叩き込む!「イイイイヤァァーッ!」『アババババーッ!』右腕を第一関節まで埋め込む!抉り抜く!『アバババババーッ!』こぼれる火星人臓器!

 圧倒的カラテだ!火星人何するものぞ!……と、その時である。その周囲に次々と、同様の不吉なシルエットが具現化を開始した。『アバババババーッ!我らが同志よ!同族よーッ!来たりたまえーッ!助けたまえーッ!』火星人が悲鳴をあげた。そのすぐそばに別の火星人が具現化!

『道を繋いだのはお前か、行方不明であったXXXZXではないか』『そうだ!こいつを殺せ!私を火星へ連れ帰り治療を!』『何を言っておる』新たな火星人は冷たく言った。『我らは母星から避難して来たのだ。残念ながら火星はスペクトル反転機の連鎖爆発で死の星となった。大変だ。邪魔をするな』

「戻れ!戻って来い」ザ・ヴァーティゴはテツノオノを呼び戻した。回転しながらテツノオノはザ・ヴァーティゴの手に戻る。「お前ら!入場券も無しに入って来るなァーッ!」テツノオノを鬼神のごときカラテで振り回す!ゴランは蜥蜴の間からまろび出る!「アイエエエエ!」「そうだ!逃げろ!」

 ザ・ヴァーティゴは殺しながら後退する。蜥蜴の間にひしめく火星人!溢れ出す!後退!殺戮!後退!「畜生!どうすンだ!畜生どうすンだ、これは!?」火星人が!……溢れ出す!


◆◆◆


 さて、顛末ってやつを語る時がきたようだ。

 ……私は今、ミーミーの背でこの書をしたためている。報告が遅くなった事をまずはお詫びしたい。ミーミーとは何か?ふにゃふにゃした巨竜、災害、歪められたあわれな生き物。

 名状し難き知性生命体、酷薄なる火星人の群れは古代転送機から際限なく溢れ出してきた。私は武装を再び召喚し、カラテとジツをもってこれらに対した。かの地底世界の存亡をかけた戦いである事は明らかであった。

 火星人達は極度に発達した文明技術を駆使し、周囲の星々へ天翔る船を駆り、略奪の限りを尽くしてきた。彼らは他の文明に興味を持たない。資源を奪い尽くし、母星へ持ち帰る、なべてその繰り返しなのだ。この地底世界もその犠牲となったのである。

 だが、侵略火星人の言葉によれば、最終的に彼らの行いが、母星の文明の崩壊に帰結したのだ。火星人の生き残り達は転送通路が地底都市惑星と繋がった事を幸いとし、雪崩れ込んできた格好である。私は彼らの身勝手な行いを、種族としての道徳観の相違を踏まえてなお、浅ましいと断ぜずにはおられぬ。

 私はその時、激昂していたと言うべきであろう。もとより私は戦士であり、敵に容赦をする事は滅多に無い。私は撃ち、切り裂き、押し潰し、火星人を殺した。だが、超自然の転送通路を通って湧き出してくる火星人の勢いはそれでも止まず、私は後退を余儀なくされた。この惑星の滅亡が脳裏をよぎった。

 その時であった。無謀にもこの地下へ駆け下りてくる者が二人あった。私はそちらを見やり、咎めようとした。それはキツネ・ウエスギとシュタインウルフガー博士であった。「何をなさる。いたずらに命を捨てるか。特に博士。おやめなさい」だが、彼女の決然たる表情は、自暴自棄の類とは程遠かった。

「策があるのか?」私はウエスギに問うた。彼は誇り高き男であるが、あるいはそれ故にか、頭に血が登ると、しばしば非常に短絡的な手段に訴えるからだ。

 彼の場当たり的な行動を埋め合わせる為に私が経験してきた余分の困難は枚挙にいとまが無い。だが、今は話を先に進めるとしよう。ウエスギは私を見た。そしてオーバーテクノロジー拳銃のダイヤルを回した。「これをやれば、充填エネルギーは底をつく。ゆえに失敗は許されぬ」「何をするつもりだ」

 問答の最中も、私はテツノオノを休む事なく振り回し、押し寄せる火星人を殺し続けた。ウエスギは言った「いいか。転送装置の扱いを知るのは彼女だけだ。三人一度に行く。この拳銃が火星人を排除し、転送装置へ一直線の道をつくる。貴公はネンリキを使い、殺到する火星人を押し戻せ。操作中ずっとだ」

「火星への接続を切るという事だな」私は素早く察した。博士は頷いた。「よかろう」私はウエスギを促した。……放たれたオーバーテクノロジー拳銃全出力は地下室を真昼のように照らした。輝く超自然の粒子が有機物を溶かし、火星人だまりに一直線のトンネルを穿った。何と恐ろしい武器であろう。

 我々は弾丸列車の如く突入した。私はネンリキで必死に殺到する火星人を押し返した。博士は真鍮のキーをタイプした。「どうだ」ウエスギが博士を急かした。「そう長くはもたぬぞ」博士は額の汗を拭った。「閉じない。どうして」我々は顔を見合わせた。火星側で何らかの干渉が為されていたのだろう。

 私のネンリキも限界に近い。「そうか、おしまいか」ウエスギは祈るように言った。「思えば波乱怒濤のごとき我が人生であった。悔いはある。魔女め、この死に様を嘲笑っておろうな」「待て」私は覚悟を決めた。「ならば最後の手段だ」私はかつての冒険で入手した聖遺物を懐から取り出した。

「それはなんだ」「最後の手段だ」そう、実際それは私にとって最後の手段であった。「上では、人類間の問題は解決したか。ギョームや、カラマスの事は」「うむ」ウエスギは頷いた。「カラマスは降伏した。彼らは彼らで未来を決めるだろう。だがそれも、この火星人がいなくなればの話だぞ」

「そうだ。火星人をとにかく切り離す」「方法があるのか」「ある……我々は旅人だ。義務は果たす。ウエスギ君、きみも旅人であるからには覚悟を決めてほしい」「よかろう」「博士、貴方を逃がす時間は無い」「構いません」博士は言った「私も旅人です。何処からか来たのです。記憶はありませんが」

「なんと」「私は彷徨い、この都市に救われました。そして博士として迎えられ……ですが今話す時間はありませんね」「よし」私は聖遺物をかざした。火星人が押し寄せる。私は呪文を唱えた。かつてこの聖遺物で追い払った悪竜を再び呼び戻す呪文を。なんと皮肉な事だろう。

「ミーミー、ミーミー、ミームー、ミーミー、ミーミー、ミーミー、ミームー、ミーミー、ミーミー、ミーミー、メーメー、ミーミー、ミーミー、ミーミー、我が元へ来たれ、我が元へ来たるべし」途端に、かの厄介者は現れいでた。地下室の天井が円くくり抜かれ、フニャフニャした竜が顔を出した。

「ミーミー」名状しがたき形状をした大長虫、鱗の無いミーミーは、フニャフニャした口を開いておぞましき鳴き声を上げた。そして私を見た。「解放と引き換えに汝はミーミーに何を望む」「火星人を倒してもらいたい」「ミーミーは聖遺物がほしい」「解放と引き換えだ。貸し借りはもはやない」 

「ミーミーは聖遺物がほしい」「駄目だ」「ミーミーは聖遺物がほしい」「断る」「ミーミーは聖遺物がほしい。それがあるからミーミーは不本意であった。だからミーミーは聖遺物がほしい」火星人達は驚愕らしき感情とともに闖入者を見ていた。だが彼らが目的を思い出すのは時間の問題だ。

「いかんのか?」ウエスギは問うた。私は答えた。「手綱を捨てるようなものだ。だが……他に方法が無いのも確かだ」私は苦渋の決断をした。火星人は増え続ける。「では約束せよ。この惑星の人類に危害を加えるべからず」「よかろう」「受け取れ」私は聖遺物を投げた。ミーミーはそれを飲み込んだ。

 この取引により、火星人という種族はこの世界から絶滅した。ミーミーは天井の穴からスルスルと降りて来た。そして逃げ惑う火星人を一人たりとも逃さず、収縮性のある口を開いて呑み込み、全て食い殺した。そしてまた姿を消した。垂直に上昇し、空へ、宇宙へ、火星へ向かったのだ。

「ミーミーはすぐに戻ってくる。私の元へ」私は説明した。「急いでくれ」我々はさらに出現した数人の火星人を倒した。……それ以上現れる事はなかった。シュタインウルフガーは装置を素早く操作し、火星と強制接続されていた転送路を切断した。「どうする」ウエスギは問うた。「どこへ飛ぶ」

 その時である。まるで、答えるかのように、転送装置の真鍮受話器が鳴ったのだ。シュタインウルフガー博士は反射的にそれを取った。「もしもし」……彼女の髪留めが割れた。そして金色の髪が流れた。私はマリゴールドを微かに連想した。おお。美しきマリゴールド。

 だが、あの夏の日の思い出は影のように消えてしまう。なぜならシュタインウルフガー博士は別人なのだから。彼女は白衣を脱ぎ捨て、影のような黒衣姿をあらわした。「自身を思い出したのか」「……ええ」博士は頷いた。私は言った「ミーミーは私とウエスギ君とで、どうにかする。先に行きなさい」

 彼女は答えようとしたが、既にその姿は消えていた。私とウエスギは天井の円穴から再び顔を出した邪悪な長虫を見やった。「ミーミーは火星人を滅ぼした。次はお前と、お前だ。お前と、お前は、この惑星の人類では無い」「待て」「ミーミーは滅多に待たぬ」「では滅多に待て」「わかった。何だ」

「私は彼女を助けねばならない」「ミーミーは助ける必要が無い」「ああ。ミーミーは助ける必要が無い」「そうか。それならミーミーはいい」「そうだ」私は注意深くミーミーの頭の上に跨った。「彼女を追え」「ミーミーは助ける必要が無い」「そうだ。追ってくれればいい」「それならいい」

 ウエスギもまたミーミーに跨る。「よきところで降ろしてもらおう」彼は呟いた。私は耳打ちした。「くれぐれもミーミーの扱いには気をつけてほしい。御せているわけではない。危険なんだ」「無論だ」我々は毛の無いフニャフニャしたミーミーにしがみついた。悪竜は垂直に地下から飛び出した。

 ミーミーは加速する。やがて、シュタインウルフガー博士……否、ナンシー・リーの背中が見えてくる。そして大鴉が。あの大鴉が外部からナンシー・リーに干渉し、この深淵において消失しつつあった彼女の自我を救った。彼女は何と言った?ゲート?ゲート?パラサムゲート?銀の鍵を持っていると?

 ミーミーが大鴉を追い越す。すぐに後ろに見えなくなる。ともあれ彼は、あの電話でナンシー・リーを救った。讃えよう。そして私の前方、そのナンシー・リーが、たった今、光の中に消えた。肉体の錨に戻ったのだ。彼女は上手くやれるだろうか。今の私にはわからぬ。ゆえに私の手記もここで終わる。


◆◆◆


 ……「……いじょうです、と」ザ・ヴァーティゴは大仰なサインを最後にしたため、ノートを懐へしまった。「何だそれは」後ろでウエスギが不審げに呟いた。「あいや、ポエム!いや、日記というか」「日記?私を悪し様に書いたであろう」「ナンデ?」「長虫はどうする。乗り捨てるか」

「何を言ってるんだ!そんな事したら、大変な事になる」ザ・ヴァーティゴは言った。「こいつはエントロピーの塊、粗悪な複製品の集合、悪貨、邪悪な竜だ。そして、やわらかい。捨てるなんてとんでもない!」「では、どうする」「俺を追いかけさせていれば、さしあたりは大丈夫かもしれない」

「大丈夫かもしれない」ウエスギはおうむ返しにした。「大丈夫」ザ・ヴァーティゴは言い直した。「あいつはとにかく俺の事を追いかけるンだから。逃げながら聖遺物をまた探すさ。どこかの冒険で」「それはよかった。頑張りたまえ。私の預かり知らぬところでやるのだろうからな」「勿論、勿論さ」

 ザ・ヴァーティゴは前方の闇を指差した。「近い!近いぞ。感じるぞ!うまくいくかな?いかないかな?コインの目はどっちだ?ナンシー=サン、ミーミーは実際速いんだ、時間猶予はほんのちょっとだぞ……!」


【ザ・ヴァーティゴVS地底科学世界】完


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