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S1第4話【ヨグヤカルタ・ナイトレイド】

総合目次 シーズン1目次


「人間なんだな。お前」「違うかもしれんぞ」
「奴らはニンジャの戦士だ」「おれはニンジャを殺す力を得た」
「見苦しいわ、下郎ども」
(御名前を)(サツガイ)
「ニンジャ同士の戦闘です! 本物なんですか?」
「貴様に用はない。ソウカイ・シンジケート」
(((今のオヌシはサンシタ一匹殺せぬか!)))
「黙れ……ナラク……!」
「ふざけるな……オレにどうしろッてんだ。ファックしていいか?」
「自我があるのでダメです」
「ボロブドゥール……」
「フジキド・ケンジだ」




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 「スウーッ……ハアーッ……」エンドロという名の少年が去った後も、粗末な寝床に身を起こした状態で、フジキド・ケンジは深く深く呼吸をつづけていた。彼の表情は険しかった。焼けるような痛みを堪えながら、苛む力に打ち克とうと、持てるカラテを血中に循環させ続けていた。

 彼の苦しみの源。それは、その脇腹から背中にかけて浮かび上がった奇怪な青い染みだ。染み……刺青……アザ……刻印……得体の知れぬそれが祝福であろう筈もない。身体に絡みつく巨大なムカデの絵を上半身に焼き付けたようであった。それが、〈ロウ・ワンの呪い〉だった。

 「スウーッ……」呼吸に伴い、彼の赤い目が明滅する。目を閉じ、なおも呼吸を深める。呼吸を崩してはならない。チャドーの呼吸を崩してはならない。次の機会を……のがしてはならない……。


【ヨグヤカルタ・ナイトレイド】


 ゴーン……ガゴーン……ゴーン……ガゴーン……巨人が打ち付けるハンマーの響きめいて、曇天のネオサイタマに、巨大重機の立てるくぐもったサウンドが規則正しく響いていた。ネオサイタマの新陳代謝の速度は極めて速い。建物も、人の記憶も、すぐに風化し、新たな混沌に置き換わってしまう。

 作業着姿の人々が行きかい、カンヌシとスモトリが地鎮の儀式を執り行い、安全メットを被ったスーツ姿のサラリマン達が建物の骨組みを指さして手元の資料と見比べている。そこかしこ、「お曲」と書かれたノボリ旗は、ここがオマカリ・レキシ・ファウンドリー社の私有地である事を示す。

 「イヨオーッ!」カンヌシが錫杖を振ると、スモトリ二人がドヒョー上で同時に力強い四股を踏んだ。「ドッソイ!」作業員達は思わず手を止め、そのスピリチュアルな儀式に拍手を送った。そこからやや遠巻き、急拵えのプレハブ倉庫のショウジ戸が開き、安全メットを被ったニンジャスレイヤーが現れた。

 ニンジャスレイヤーは腰を落とし、作業員らに気づかれぬよう進んでいった。この私有地は警備もそれなりに手厚い。武装作業員の巡回には、逆関節オムラロボ、モーターガシラも随行している。ニンジャスレイヤーは土砂山の陰に隠れた。

 「厳重ですね」背中越しに声がした。彼は眉根を寄せ、振り向いた。そこには安全メットを被った作業着姿の女がいた。コトブキだ。「タキ=サンの情報が確かならば、既に"ウキハシ"の設置作業は終わっている筈ですね」「……ああ」ニンジャスレイヤーはコトブキの手元にあるスーツケースを見咎めた。「それは?」「なんでもありません」「お前は帰るんだ」

 (シーッ!)コトブキはサイレント・サインを出し、注意した。土砂山の反対側を巡回警備員が通過していった。(こんなところで押し問答をしていれば、計画がご破算になりますよ。大胆かつ精密な動きが不可欠です)ニンジャスレイヤーは無言で首を振り、やや遠くのフォークリフトの陰へ走った。

 人を避け、ロボを避け、物陰から物陰、奥へと移動する事、約10分。当初の建設現場はまるで入り口をカモフラージュするかのようだった。ネオサイタマの北の端、オマカリ社の私有地には相当な広さがある。ビヨンボめいた高いフェンスが敷地を囲み、遠くの高層ビルはまるで都市の断面めいて見える。

 塹壕めいた窪みに滑り込み、二人は目的地方向を遠く見た。幾つかの黒い影を。「ワザダイイチ8号、自走式の迎撃システムですね」コトブキが説明した。「詳しいな」「予習してきました」コトブキは頷いた。「対立メガコーポの侵入を防ぐ防衛システムです。危険ですよ」

 「おれには問題ない」ニンジャスレイヤーは頷いた。それから何か言おうとして、やめた。ここで来た道を帰らせれば、よほど面倒だ。「お前は走れるのか。あそこまで」目当てのものを指さす。コトブキは頷く。「足手まといにはなりません。わたし、やる気ですよ」


◆◆◆


「ボロブドゥール」それは24時間前、ピザ・タキの地下四階、データ収集を終えたタキは、マスラダにしかめ面でUNIXモニタを見せた。「当然オレは行った事ねえが、色々キナくせえ事は聞こえてくるぜ。せいぜい気をつけるこった。オレは知らねえ」「……で、移動手段はどうだ」「三つある」

 「三つもあるんですね」戸口に立つコトブキが感心した。タキは無視し、「長期、短期、瞬間コースだ。長期はタンカー密航だ。よくわからんが、それなりに日数はかかる。短期コースは空の旅。チケットなんて無え。貨物室に忍び込んで密航だ。寒くて凍えるぜ」

 「……瞬間コースを」「企業のポータルを使う」「それは何だ」「知らねえだろうな。エメツのテクノロジー。正式名称、カイソク級ウキハシ・ポータルだ」タキは指で輪を作った。「輪っかをくぐると、向こう側に瞬間移動する。夢の移動手段だが、開発途上で、企業CEOやらヤクザ・オヤブンが使えるか使えねえかッて代物だ。厳重に守られてンだ」

 「わかった。そこを突破してポータルを使う」ニンジャスレイヤーは頷いた。「どこにある」「ポータルは座標設定にまとまった時間が必要。コロコロ変更する事もできねえ。……それでだ。今現在でボロブドゥールを向いてるポータルを、オレは調べあげた」「プロ意識ですね」「ちょっと黙っててな」


◆◆◆


 かくして、タキが示したオマカリ社の私有地に、ニンジャスレイヤーは忍び込んだ。ニンジャスレイヤーが睨む先、それらしきものが遠く見える。巨大な八角形のコンクリートの柱である。警備は厳重だが、「どうという事はない」ニンジャスレイヤーは安全メットを捨てて塹壕から這い出し、走り出した。

 櫓めいた監視台は赤いサーチライトをぐるぐると回転させ、無人機が要所を浮遊していたが、赤黒の風と化したニンジャには、その手の防衛システムは障害の役目を果たさない。そしてそのやや後方、驚くべき脚力で追いかけるのはコトブキ。付近の無人機がその姿を捉えるが、スリケンを受けて墜落した。

 「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは連続側転で八角柱状のコンクリート建造物に到達した。建造物にはアーチ状の門があり、武装警備員が二人、防衛に立っていた。ニンジャスレイヤーは右の一人に肘を食らわせて倒し、二人目に襲い掛かろうとすると、コトブキがその者を体当たりで打ち倒した。

 「到着した」ニンジャスレイヤーがタキを呼んだ。『本当にやっちまうとは。ニンジャってのはスゲエな』タキが応答した。『じゃあとっとと中に入れ。ケチくせえポータルがある筈だ』「ポータルを動かすのにハッキングは必要無いのか」『無い。動かすつうか、ONもOFFも自由にはできねえ代物だ』

 「そうか」ニンジャスレイヤーは奥へ進む。『隔壁で塞ぐとかはあるかもしれねえが……』「イヤーッ!」KRAAASH! マスターキーめいたニンジャ握力で隔壁のロックを破壊、シャッターフスマを開いて侵入する。

 ……彼の目の前、空間の中央に、小型のドヒョーめいた物体が鎮座している。「これがポータルですね」担いでいたスーツケースを下ろし、ゴロゴロと引きながらコトブキがやってきた。ニンジャスレイヤーはドヒョーの上空1フィートに口を開けた楕円の闇に……薄暗い中でもくっきりと視認できる奇妙な闇に……意識を集中した。

 『それらしいものは? 見えるか? 信じて飛び込め』楕円の闇の奥に、何かが見える。恐らくは転移先の地平だ。彼のニンジャ第六感は「ゴー・アヘッド」と伝えていた。一も二も無し。ニンジャスレイヤーはポータルに飛び込んだ。

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 ワモン・タエイシの遺影の前の灰にマスラダはセンコを刺し、決まった通りの祈りを捧げたが、冥福を祈るよりも、(おやじさんが死ぬまでに、おれは何者にもなれなかったな)という悔恨に近い気持ちが半分以上を占めていた。育ての親のワモンは悪い死に方はしなかった。よく笑い、よく生きた。

 ワモンは小さなドージョーのカラテ・センセイであり、過去にはもっと規模の大きい孤児院の面倒を見ていたらしい。マスラダとアユミは、老境を迎えたワモンがそうした仕事を信頼のおける人手に渡したのち、ほとんど気まぐれのように引き取った孤児だった。

 マスラダもアユミも実の親の記憶は持たなかった。それでよいのだ、とワモンは幼い二人に請け合った。それでもマスラダは物心ついたのち、実の親について深く調べた事がある。結果、ワモンの言葉には嘘はない事がわかったし、それ以上しらべればロクな事にならないと知った。家族はワモンとアユミだ。それでいい。

 成人したのち、二人はワモンに追い出されるように社会に出た。次にワモンに顔を合わせたのは、臨終の三日前だった。病状については隠していたらしい。

 「サヨナラ」マスラダは呟き、振り返った。すると視界に入ったのは、よろめくアユミだった。正座から立とうとして呻き、バランスを崩したのだ。「痺れた……」アユミは苦笑した。マスラダと目が合った。

 「久しぶり」アユミが小声で言った。「背が伸びた」マスラダは頷いた。アユミは01101アユミは倒れている。血溜まりが拡がる。マスラダはアユミを庇った筈だ。マスラダはスリケンの前に立ちはだかった、命を賭して。八本の刃を生やしたスリケンはマスラダを貫き、アユミ010010「アユミ!」

 0100101マスラダは緑の格子模様が遠く輝く暗黒の空間に漂い、0と1に霧散する血の涙に濡れていた。我に返った。遠く狂おしい笑いが聞こえる。誰のものかはわからぬ。前方に見知らぬ地平が見える。着地せよ。さもなくば彼という存在は曖昧な世界に呑まれ、塵めいて砕けてしまう事だろう。

 「マスラダ!」

 ナラクの声が響き渡った。マスラダは世界に焦点を合わせた。

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 途端に彼は小型のドヒョーめいた土台の淵に着地していた。コトブキがマスラダを見ていた。その足下には武装警備員がのびている。マスラダはひどい吐き気を覚えたが、ニンジャ耐久力がすぐにその怖気を中和し、無感覚にした。

 「ついたのか」ニンジャスレイヤーは闇を見回した。行きのポータルとまるで変化のない空間だ。だが空気が違う。温度が、湿度が違う。「開けて出ましょう」コトブキは隔壁を指さした。「イヤーッ!」KRAAASH! マスターキーめいたニンジャ腕力が隔壁を破壊。二者は外へ出た。

 隔壁の外側の脇に立っていた警備員がぎょっとして二人を見た。ニンジャスレイヤーは首筋にチョップを打ち込んで倒した。そこは見覚えのない夜の丘だ。複数のサーチライトが上空に投げかけられている。イン・ヤン模様めいた二つの月と、黄金の立方体。空にあるのはネオサイタマの夜と同じか。

 「水の臭いだな」「プロゴ川です」コトブキは強い風に揺れる髪を押さえ、遠くを指さした。「方角は西ですね……うわあ!」コトブキは指さした方向に見えたものに驚き、口を押えた。「見てください、川向う」「見える」闇の中、遠くわだかまるのは、溶けた黄金めいた明かりの塊だった。

 それは黄金ではなく、ライトアップされる石造遺跡群であり、この地、否、周辺海域と島々を含めた広域を支配する謎めいた王の居城でもある。(((ニンジャ……ニンジャぞ!))) ナラクの声が稲妻めいてニューロンに刺さった。イクサの最中でもない今、それは特異な反応だった。

 鼓動が強く打ち、ニンジャスレイヤーは堪えた。コトブキが怪訝そうに見た。「早くこの場所を離れましょう。巡回警備も来ますよ」「わかっている」(((これは……何たる……! ニンジャソウル憑依者ではない……! あの川向うだ……マスラダ! 何者だ……あれは何者だ……近くへ……!))) 

 「駄目だ、ナラク!」ニンジャスレイヤーはソウルを御した。目から赤い血が流れ、コトブキをさらに驚かせた。ナラクの感じた異常はしかし、マスラダ自身も感じるところだった。それほどに強かった。この地の者たちは常にこのような邪悪なアトモスフィアを西に感じながら暮らしているというのか? 

 GGGGRRR……石造遺跡群の背後に巨大な長虫……否、百足だ……百足が身をもたげるさまを、彼は幻視した。心臓が更に強く打った。(((今わかった! あれはムカデ・ニンジャだ!))) ナラクが唸った。「行きましょう!」コトブキがニンジャスレイヤーの手を引いた。「巡回警備に見つかります。東! ヨグヤカルタ市街へ!」

 走りながら二人は言葉をかわした。「間違いないです、川向うに見えたのはシャン・ロア=サンの城です。王様です。きっと敷地に踏み入ったら逮捕されますよ」コトブキは言った。「目の病気ですか、ニンジャスレイヤー=サン」「問題ない」邪悪で巨大なアトモスフィアから背を向け、彼らは走った。


◆◆◆


 タタン! タン! タタタタタタン! タタタタタタタン! タタタタン! 窓の外、見下ろすストリートで光を帯びたスモークが明滅し、子供達が興奮して叫びながら走り回る。タタタタタタン! 連続する破裂音は鳴り止まぬ。窓から見下ろすニンジャ、ロングゲイトはもはやこの喧噪にも慣れ、平然としていた。

 振り返ったベッドは天蓋付きだ。部屋の隅に置かれたインセンスも良い。非常に良い宿が手配されていると言えよう。実際それは社の期待の表れだ。今回予定されている折衝はなかなかにタフなものとなる。「フー……」ロングゲイトは氷の中からシャンパンを取り出し、クリスタル・グラスに注いだ。

 ヨグヤカルタは美しい街だ。家々は紫や緑や金に照らされ、川沿いのボンボリは水面に明かりを揺らしている。多少冒険的なエキサイトメントがほしい観光者であれば、夜市に繰り出すのもよいだろう。ロングゲイトはその手のものにさほど興味はない。彼はコウ・タイ・シュメイ社のエージェントである。

 タタタタタタタン……タタタタタタタン。バクチクの破裂はヤケクソめいてもいた。ヨグヤカルタの市民達は皆、なにかをひどく怖れ、それをアッパーな感情で上塗りしているように思える。ロングゲイトは苦笑した。困難なビジネスの緊迫感が、周囲の環境に勝手なイメージを植え付けてしまっている。

 彼はUNIXデッキを開き、サンズ・オブ・ケオスのIRCフォーラムに接続する。サンズ・オブ・ケオスはプライヴェートの互助組合だ。熱心な者もいれば、さほど頻繁には接続しない者もいる。直接顔を合わせるものもいれば、地球の裏側で好き勝手暮らしている者もいる。

 しかし構成メンバーには共通点がある。全員がニンジャであり、全員が……「サツガイ」と接触した体験をもつ。サツガイに接触した者は皆、それまでの自身の能力とは全く脈絡のない強力なジツを与えられている。ロングゲイトも然りだ。あれはゾッとするような、冷たく苦しい体験だった。

 しかし実際それでロングゲイトは極めて強力なニンジャとなった。もともとカラテに長けていた彼にとって、与えられたジツはまるでパズルのピースを埋める福音だった。短期間で一気にのし上がった彼は、今やコウ・タイ・シュメイのCEOから全幅の信頼を得ている。望むものは何でも手に入る。

 彼はこめかみを強く掻いた。そうだ。何でも手に入る。満ち足りぬものなど無い……! それからクリスタル・グラスを空にし、フォーラムに近況メッセージを打ち込む。「ヨグヤカルタに来ている。ちょっとしたビジネス。見ての通り、宿は素晴らしい」当然、ビズの内容は明かすわけがない。守秘である。

 「フー……」ロングゲイトは柔らかいソファに深く沈み込み、息を吐いた。今回の彼のビジネス、それは、ボロブドゥール王シャン・ロアの支配する海域におけるコウ・タイ・シュメイ社の輸送船の安全保障を取り付ける事だ。旅客船、輸送船が、シャン・ロアの支配する海域の付近で消息を断つ。異常な頻度だ。

 交渉の権限はロングゲイトに一任されている。シャン・ロア側は相当ふっかけてくるだろうが、許容範囲は多めにとってある。問題無い。撥ねつけられたとしても、次に繋ぐことができればよい。相手は一筋縄でいく相手ではない。シャン・ロアはニンジャである。

 直接の証拠は無いが、彼にはわかる。ニンジャ……それも相当に強力な……でなくば、ヨグヤカルタの住人の中でも特に神がかった連中が、王の用いる<ロウ・ワンの秘儀>とやらについてあれほど一貫性を持って語る事も無いし、警察機構の者達があんなガラスのように生気のない目と乾いた肌をして口も利かない事の説明にはならない。

 シャン・ロアの抱える「大臣」とやらが、明日の夜、ロングゲイトと面会する予定だ。その段取りまでは取り付けた。あとはロングゲイトの覚悟と精神力次第だ。「なに……殺し合いをするわけでもなし」低くつぶやく彼の目が静かに光った。その手の周囲の空気が陽炎めいて揺らいだ。「殺し合いか……」


◆◆◆


 ヨグヤカルタ。暖かい風が吹き、よく晴れているが、空には靄がかかったような奇妙な感覚がある。スモッグともまた違う、奇妙な重圧感だった。ニンジャスレイヤーは安宿のUNIXデッキをじっと見ている。暗い部屋に斜めに日が差している。

 「ヨグヤカルタに来ている。ちょっとしたビジネス。見ての通り、宿は素晴らしい」ニンジャスレイヤーは低く呟く。画面に映っているのはサンズ・オブ・ケオスのフォーラムに昨晩書き込まれたロングゲイトらしき者のログだ。隠す必要すらないと考えているのだ。実際隠さずとも支障はない。通常ならば。

 サンズ・オブ・ケオスの連中の間ではサツガイに接触した事を隠そうとする傾向は薄く、むしろ、同じ境遇にある同志を求めようとする意識が強いようだ。神秘の共有か。メイレインの戯言がニンジャスレイヤーの脳裏をよぎる。敢えてサツガイの足跡を辿り、それを殺そうとする者がいる事は想像の外なのだ。

 ニンジャスレイヤーの瞳に映り込むのは、他愛のないバカンス写真や異様な儀式写真だ。なんの謂れも無くアユミを殺した男に連なる者たちの生活。こいつらは何なのか。そのあまりに日常的なあり方が逆にどこか虚無的で、得体のしれぬものを感じさせた。

 『オーケー、ビジネスとやらは今夜くさいな』タキが通信を入れてきた。「どんなビジネスだ」『"ボロブドゥール"に来てるからには、王国の人間と会談だろ。ここは独裁国家だぜ。シノギをするにもシャン・ロアを通さねえと』「あれか」ニンジャスレイヤーは呟いた。西の遺跡を覆う百足めいたアトモスフィア。

 「シャン・ロアはニンジャなのか」『知らねえ。決定的な正体は出回ってねえよ。その王様、人前に出ねえんだ。噂は何でもある』「噂?」『奴隷の血を飲んでるとか、魔法を使うとか、兵隊は全員脳をいじられたロボットみたいな奴らだとか、なんでもさ。実際、そっちの街はどうだよ?』宿の外の路地から、コトブキとストリート・チルドレンの声が聞こえてくる。縄跳びをしたり、チョークで落書きをしたりしているのだ。

 『そういや、あのオイランドロイドは?』「さあな。近くに居る」コトブキはカムフラージュ作業着からスーツケースで持ち込んだ衣服に着替え、ああして戯れている。『お前、アイツには気をつけろ』タキが声を低めた。『アイツ、ウキヨだぜ。つまり、マジに自我があるオイランドロイドだ』

 「……そのようだな」『ウキヨが起こした事件、聞いたことあるか』「幾つかは」血生臭い殺戮の数々。『気を許すなよ』「元から、そうだ」ニンジャスレイヤーは言った。「あいつにも、おまえにも」『ご立派だね』タキは多少気分を害したように言った。

 『ともあれ、アイツはUNIXに接続できる。必要ならアイツ経由でオレが何かしらの作業をする事も可能。今回必要になるかは知らねえが』モニタにヨグヤカルタの地図が映し出され、マーカーが3点灯った。『これ、オレがアタリをつけた高級料亭。ヨグヤカルタで最上級のやつ。このどれかだ』

 「三つのどれかか」『ア? 不満なのか? これでも相当絞り込んだぜ。あとはお前がどうにかするんだ。ニンジャなんだから、どうにかなるだろ?』タキは言った。ニンジャスレイヤーは沈思黙考する。この三軒を巡り、ニンジャアトモスフィア感知を試みるか。サツガイ接触者であれば特定もできよう。

 『シャン・ロアの役人と会談するところを狙え。奴もウカツな行動はできねえ』「そのつもりだ」『オレ、タダ働きなんで、ブリーフィングこれで終わり。じゃあな。せいぜい気張れや。オーバー』通信が完了した。「タダ働きではなく貸し借りだ」ニンジャスレイヤーは呟き、アグラ姿勢で目を閉じた。「おれが貸しているんだ……」


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 タタン! タタタタン! バクチクがそこかしこで破裂し、空に花火が打ち上げられる。まるで毎夜が祭りだ。電子看板は「lebih suka sushi daripada sepek」「おマニ」「電話王子様」「kuza」等の文字を光らせ、建物群は赤紫や緑、青などにライトアップされている。

 つらなる屋台には熟した果物を満載した籠やケバブが並び、ウイルス分解蠅がたかっている。そしてタイヤキだ。この魚型のアンコ菓子はこの地域で歴史的に人気であり、よいものとされる。マスラダは生成りのシャツにキャスケット帽を目深にかぶり、雑踏に紛れて歩く。そのやや後ろをアオザイ姿のコトブキ。

 「肉、肉がある」「安いですよ」「エキサイトしないか!」屋台の店員、あるいは街頭スピーカーが強力にプロモーションを重ねてくる。マスラダはコトブキを振り返った。缶入りの炭酸チャ飲料を飲み、片手にケバブを持っている。「決済できました」コトブキが説明した。マスラダはプリントアウト地図を見る。

 市を抜けて数ブロック北へ進んだところに二軒目の目星がある。一軒目は朱塗りの宮殿じみた高級料亭で、セキュリティも厳重だった。進入するのは相当に骨と思われたが、ニンジャの……そしてサツガイのあの気配はなかった。この先の料亭ならば、ストリートの雰囲気からして、やや容易の筈だ。

 「GRRRR!」「アバーッ!」「アンジンライアー!」「アバババーッ!」不意に、前方で騒ぎが起こった。パニックを起こし、人々が流れてくる。その先で市民が無残に食いちぎられている。黒いオイルで汚れた筋肉チューブと錆びた骨格が剥き出しの、野生化した軍用ハウンドだった。

 「大変です!」コトブキが向かっていこうとするが、付近に詰めていたと思われる王国兵数名がすぐさま死体を蹂躙する野犬ドロイドを取り囲み、炸裂銃で銃殺した。「ガオオオン!」「……」「……」王国兵は光の無い目で周囲を見渡した。ヨグヤカルタ市民は悲鳴を抑え、王国兵から目を逸らした。

 たちまち夜市ストリートから嘘のように活気が失せ、恐怖がその場を支配した。(カロウシタイです)コトブキがマスラダに小声で説明した。(ヨグヤカルタの治安を維持している王国兵です。禍々しい言葉の響きどおりの雰囲気がしますね)彼らの光のない目は、ウキヨにとっても訝しいものか。

 彼らは何かを捜しているようだった。マスラダのニンジャ第六感は危険を予感した。彼は足を早めた。コトブキは慌てて後を追った。路地にそれ、坂を上り、下り、美しいランタンの並ぶ水路に出る。水路に面して、よく整えられた生垣と、黄金色に照らされた料亭「柿埜宿場町」の看板が現れた。

 二人は立木の陰に隠れ、様子を窺った。「……」やはりニンジャの気配はない。となれば三軒目か。「どうですか」「いない」マスラダは時間を惜しみ、すぐに移動を再開しようとした。違和感をおぼえ、水路の対岸に視線をやった。ドクン。鼓動が強く打った。彼は眉根を寄せ、対岸を注視した。

 水路の向こう、路地に入っていこうとする者が不意に足を止め、振り返った。マスラダは息を呑んだ。トレンチコートを着て、ハンチングを被った男の目は赤かった。その瞬間、二者の視線が重なった。極めて強い殺気同士が衝突した。ニンジャである。すぐにわかった。だがどこかおかしい……。

 「い……いましたか? あれですか?」コトブキが声をかけた。マスラダは首を振った。違う。サツガイを感じない。「ロングゲイトではない」彼は囁いた。ヨグヤカルタにも多数のニンジャが存在する事だろう。サツガイの気配だけが導(しるべ)だ。無視していい相手の筈だった。だが……。

 既にその男は闇に紛れ、見えなくなっていた。「行くぞ」マスラダはコトブキを促し、走り出した。向かうは三つ目の高級料亭だ。タタタタタタン! タタタタタタタン! 遠くでバクチクが爆ぜている。


◆◆◆


 信号停止中のリムジンのドアガラスを叩くのは七色の飾りをつけたサングラスをかけたプッシャーだ。「キク。スゴイ」歯を見せて、後部座席に座るロングゲイトに笑いかける。運転手は手ぶりで去るように伝える。「写真撮るよ!」「ネオサイタマからようこそ!」さらにストリートチルドレンが囲む。

 「蹴散らしますか」運転ヤクザが振り返った。ロングゲイトは微笑した。「いや、会合場所はここからそう遠くあるまい。先にこのまま現地へ入れ」「ロングゲイト=サンは?」「気分転換でもするさ」いきなり彼はリア・ドアを開いて車外に降りた。たちまち子供達が縋り付き、装束を掴み、笑顔で見上げた。

 「お気をつけて」運転手は苦々しげに言い、信号が変わるとともに車両を発進させた。窓のない黒塗りのバンが三台、それに続く。冗談めかしてそれらに手を振ると、ロングゲイトは子供たちを引き連れてストリートに入った。プッシャーは脈なしと諦め、次のカモを探した。

 「お恵みよ!」「すごい車に乗ってたね!」まとわりつく子供達に邪険にせず、かといって財布を掏られるウカツもせず、小銭を恵んでやりもせず、ロングゲイトは果物屋台に向かった。氷の中に、適切にカットされ串に刺された見慣れぬ果実が埋まっている。きらきらと美しく、この街の夜景のようでもある。

 「お前達にカネをやったとしても……」ロングゲイトは子供達を見渡した。「大人のお小遣いになってしまうだろう? 違うかね」子供達は互いに顔を見合わせた。苦笑いしている子供もいる。「だから、お前達が楽しいものをやる。おやじ。人数分の氷菓を」「テリマカシ!」屋台の主人は満面の笑顔になる。

 支払いを終え、子供達を見る。子供達は息を呑み、ロングゲイトと屋台の主人を交互に見ている。ロングゲイトは笑った。「どうした。ほら。受け取りなさい。一人一個。喧嘩するなよ」ワッと歓声をあげ、子供達は屋台に群がった。彼は子供の頭を撫でてやり、自ら作り出した騒ぎから離れて路地を進む。

 配管パイプの陰、力失せた浮浪者が見上げた。ロングゲイトは親指で銀貨を弾き、くれてやった。彼は上機嫌だった。ステッキを持っていれば口笛でも吹きながらクルクルと振り回したかもしれない。そのさまを自ら想像し、軽く失笑した。やがて路地は開け、狭い石段に繋がる。

 ロングゲイトにこの手の接触をどっぷり楽しむ趣味はないが、突発的な接触もまた、経験すればそれなりに楽しいものだ。彼は石段を登り、金箔の塗られた重ねトリイをくぐって、庭園に入った。噴水や蔓草の棚が秩序ある無秩序によって配置され、かぐわしい香りが漂う。庭の奥の坂の上に目指す建物がある。

 あれが、会合の場所として設定された最高級料亭「ペラサーン・スカ・シータ」だ。ボロブドゥールの役人にも、ロングゲイトにもメンツがある。贅を尽くした料理ともてなし、美しい女たち。坂を上ってゆくと、車両用通路から敷地に入ったリムジンと黒いバンが並んでいた。ロングゲイトは満足げに頷いた。

 ここは街の中でも高台だ。崖の手摺越しに、ランタンの映る水路や美しくライトアップされた建物群、石の塔、屋台のテント、広場を歩くWi-Fi象などを眺め渡す事ができた。料亭の門の脇にはカロウシタイが三名、銃剣を構えて並んでいる。濁った目をロングゲイトに向け、あいまいにオジギをする。

 「ドーモ。ロングゲイトです」コウ・タイ・シュメイ社のIDをかざすと、カロウシタイは無言で脇にのいた。ロングゲイトは微笑して頷き、宮殿めかした石造りの建物に足を踏み入れた。美しく着飾った男女が出迎え、ホールを経由して二階の個室へ案内した。縦長の窓には飾りガラス。卓には金の燭台。

 「ドーモ。コウ・タイ・シュメイのロングゲイト=サン」呼び声に振り返る。現れたのは裾の長い僧服めいた風変わりな衣装に身を包んだ男だった。顔を覆う薄緑のヴェールに刺繍されているのは、ロウ・ワンの印と呼ばれる魔術的意匠である。「遠路はるばるようこそ。私はグレイウィルムです」

 「ありがたいです」ロングゲイトは二度オジギし、なめらかな手つきで名刺を取り出した。透かしの入ったオフホワイトの名刺だ。匠のワザである。グレイウィルムは「うん」と呟き、受け取ると、しげしげと眺め、いきなりそれをツルリと飲み込んだ。ロングゲイトは微笑した。気圧されるべからず。

 「始めましょうな」グレイウィルムは目を三日月状に細めて笑うと、椅子にかけた。ロングゲイトも向かいに座った。給仕は二者の間を邪魔する事少しもなく、見事な奥ゆかしさで食器を並べ、サケを白磁の盃に注いだ。「カンパイ」「カンパイ」

 まずは他愛もない会話が交わされた。グレイウィルムはボロブドゥールの高官であり、シャン・ロアとも直接の目通りが許されている男だ。そして当然ながらニンジャである。ロングゲイトは極めて慎重に接した。グレイウィルム即ちシャン・ロアというほどの気構えで、注意深く臨んだのだ。

 灰色のソースを垂らした鶏、ゼリー状のなにかに寄せられた果実、揚げた魚。そしてスシ。どれも美味だ。ロングゲイトは当然、得体のしれぬ毒や自我を希薄化させ交渉能力を低減させる物質などに耐性を備え、また、極めて敏感にそれらを嗅ぎ分ける。これらの料理は申し分のないもてなしだ。素晴らしい。

 「さて……」食器が下げられると、グレイウィルムは視線を窓にさまよわせ、微かに姿勢を直した。それが合図だった。まずロングゲイトは、用意した細長い飾り箱をうやうやしく取り出した。「キョートのヨーカンです。グレイウィルム=サンはお好きでしょうか」「うん」高官は微笑み、受け取った。

 当然それはただのヨーカンではない。箱の底にはコーベイン(小判)が敷き詰められている。グレイウィルムは重さでそれを知っただろう。「で、何だったかね? 今日のこの面談というのは……」「然り」ロングゲイトは奥ゆかしく頷いた。「近海における、弊社の船の安全を保障して頂きたく」「ふむ?」

 「このところ、海賊やシー・モンスターの類の活動が活発という観測がありまして……弊社の船も被害にあっております」「それは大変な事だ」「ハイ。大変です」「王は憂慮されるだろう。ええと……」「コウ・タイ・シュメイです」「うん、ええと……コウ……出てこない」「供物を用意しております」

 「供物」グレイウィルムの目がギラリと光った。「それは何かな」「ガイオン(キョートの都)の生娘、50匹」ロングゲイトは身を乗り出し、力強く言った。更に懐からマキモノを取り出し、卓上に広げて見せた。それは目録であった。「当然ながら、血統のわからぬ胡乱な種ではありませぬ。集めるのに骨が折れました」

 「ほほお!」グレイウィルムは喜色をあらわにした。「なんとな! ガイオン? 当然、地表産よな?」「然り」ロングゲイトは好機の紐を掴み、引き寄せる。「一定以上の社会的地位を持つ個体ばかり。やはりその身に高潔と屈辱が染みておらねば、王も悦ばれぬであろうかと」「まことに!」

 ロングゲイトは高揚した。彼の仕込んだマジックが花開く瞬間だ。この時の為に生きている。交渉材料の企画・手配は彼に一任されている。コウ・タイ・シュメイは彼に逆らえない。彼の酷薄なる手管に逆らえない。彼のカラテに逆らえない。異国の邪悪なニンジャであろうと、欲の力には逆らえない。

 「して、実際ガイオンの生娘の心地とはどのような」「50と言いましたが、運搬して参ったのは実のところ51匹」ロングゲイトは指を鳴らした。押し殺した呻き声が聞こえ、クローンヤクザが交渉材料を引きずって来た。首輪に繋がれ、蠱惑的なドレスを着せられた女だ。「貴方にこれを」「嗚呼!」

 「当然、血は楽しまれますな?」ロングゲイトは席を立ち、ナイフを打ち合わせるシェフめいて、チョップの形の右手に左掌を滑らせた。「うん」グレイウィルムの笑みはヴェール越しにもわかった。クローンヤクザが荒々しく鎖を引く。「アイエエッ……助けて」女が呻いた。

 ロングゲイトは噴き出した。「プハハハ! 冷静になれ。商品に乞われて助ける商人がどこにいる」「ンフフフフ!」グレイウィルムも声をあげて笑った。クローンヤクザは合図を受け、女の髪を掴んで背伸びさせた。「血を抜くにはやはりボトルネックカットチョップが最も新鮮です」ロングゲイトは言った。「私は何度も試しました」

 「アイエエッ……アイエエ……!」女はもがくが、クローンヤクザに吊られて足は床から微かに離れている。卓上に真鍮の盆が用意された。ロングゲイトはチョップ手をさすりながら悠然と室内を歩いた。グレイウィルムが卓を掴み、血走った目を見開いた。そしてその6メートル頭上。天井の裏。

 「忍」「殺」のメンポ文字が赤い熱を発し、その双眸もまた赤黒いセンコ花火めいて闇に閃く。ニンジャスレイヤーは天井材越しに腹ばいになり、微かな隙間越しにその残虐な光景を見据えていた。ミシミシと音が鳴った。噛み締める己の歯の音だった。彼は最適なアンブッシュ機会を待つ策を捨てた。

 SMAAASH! 拳を叩きつけられた天井材が打ち抜かれ、正方形のタイルが下へ射出された。「アバーッ!」クローンヤクザの脳天に天井材が直撃し、爆ぜ割れた。ロングゲイトとグレイウィルムが反射的に身構え、女はぐったりと倒れ込んだ。ニンジャスレイヤーは垂直落下し、三点で着地した。

 そしてその一呼吸後のことだった。

 「Wasshoi!」

 窓越しに決断的なシャウトが響き渡ると、窓の飾りガラスが外からの突入衝撃で割れ砕け、室内に色とりどりのガラスが飛散した。鎖分銅めいた勢いで突入してきたのは、黒い装束のニンジャだった。装束のところどころに熾火めいた橙色の光が灯っていた。

 ニンジャスレイヤーの瞼がぴくりと微かに動いた。黒橙のニンジャのメンポには「殺」「伐」のカンジが刻まれていた。一方は部屋の奥、一方は窓際。二人の侵入者は同時に身を起こした。……すべきことは決まっている。アイサツは神聖不可侵の行為。古事記にもある。

 四人のニンジャは直立し、アイサツに備える。室内の空気が重苦しく渦巻いた。「……ドーモ。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーがアイサツした。睨み据える瞳に赤黒の炎が走った。応えるように、次にアイサツしたのは、黒橙のニンジャだった。「……ドーモ。サツバツナイトです」

 「ドーモ。ロングゲイトです」「ドーモ。グレイウィルムです」襲撃を受けた二人が彼らのアイサツに応えた。全員のニューロンが極限高速で回転した。個室の時間の流れはほとんど停止しているに等しかった。事態を完全に把握している者はこの場に誰もいなかった。 

 「サツバツナイト!」グレイウィルムが唸った。ロングゲイトはグレイウィルムの切迫した声音から、これがシャン・ロア側の刺客ではない事を確認した。彼はテーブルを蹴り倒し、グレイウィルムと背中合わせに立ってカラテを構えた。(もう一匹は如何に)(恐らくサツバツナイトの手の者!)

 一方、ニンジャスレイヤーは不可解な感覚をおぼえた。つい先ほどに感じたのと同様の違和感だ。黒橙のニンジャの正体は、水路越しに見たあの者だ。侵入? 何が目的だ。手掛かりはグレイウィルムの敵意である。グレイウィルムと……即ち、シャン・ロアとコトを構えているニンジャか。

 天井裏でナラク・ニンジャが示唆した敵の情報がフィードバックする。グレイウィルムはムカデ・ニンジャ・クランのニンジャソウル憑依者。そしてロングゲイトはカゼ・ニンジャ・クランのソウル憑依者だ。尤も、ロングゲイトはサツガイから力を得ている。セオリー通りには行くまい。

 「ニンジャ……スレイヤー……!」黒橙のニンジャが目を見開き、呻いた。(ナラク!)マスラダはニューロンの同居者と同調した。この者は不可解だ。少なくともニンジャソウル憑依者ではない。(((生きておったか))) ナラクの声が響き渡る。マスラダは問う。(何者だ)

(((あれはサツバツナイト。太古の暗殺術、チャドーの使い手よ。厄介なリアルニンジャだ))) リアルニンジャ。すなわち、キンカクのソウルを憑依させて変異した者ではなく、自ら修行によってニンジャとなった者を指す。(((マスラダよ、だがまずはサツガイのニンジャからだ。殺せ!)))

 「イヤーッ!」しかし、最も早く動いたのはグレイウィルムであった。これには幾つかの要因が複合している。とにかく彼はサツバツナイトを既に知っており、動じる事がなかった。かざした両手の袖から、のたうつ影がそれぞれ飛び出し、サツバツナイトとニンジャスレイヤーを同時に襲った。

 おお、それは実際ひとの腕ほどに大きい、生きた百足であった。ムカデ・カナシバリ・ジツ! 使い魔めいたジツの魔物はサツバツナイトとニンジャスレイヤーの滞納能力を超えた速度で襲い掛かり、荒縄めいて巻きついた。

 「イヤーッ!」二人のニンジャはそれぞれに襲い来た百足の頭をチョップで砕き、殺した。だがそれで終わりではなかった。「オゴーッ!」グレイウィルムのヴェールがまくれ上がり、その口から第三のムカデ・カナシバリが吐き出されたのだ。一際大きい百足がニンジャスレイヤーに襲い掛かり、拘束する!「ヌウーッ!」

 「善哉! まずはこれでよし」グレイウィルムは拘束状態のニンジャスレイヤーからサツバツナイトに向き直った。「サツバツナイトを殺せ、ロングゲイト=サン。こ奴は大王のジツで弱っておるゆえに!」「承知」ロングゲイトはサツバツナイトに襲い掛かった。

「イヤーッ!」素早いショートフックが謎めいた衝撃波を撃ち出す! 空気で出来た超自然の刃が、身構えるサツバツナイトを切り裂いた。さらにグレイウィルムが眼球を狙う突きを繰り出した。「イヤーッ!」「イヤーッ!」サツバツナイトは円を描くように手を動かし、顔を傾け、同時攻撃にかろうじて耐えた。

(((あれはロウ・ワンの呪い!))) ナラクが唸り、サツバツナイトの身体に刻み込まれたムカデ型の呪いを視界に炙り出した。(((奴めムカデ・ニンジャに後れを取ったか。マスラダ! ともあれ好機ぞ。拘束を脱し……)))

 「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはアイソメトリック力を込める。百足がミキミキと嫌な軋み音を立て、外殻の隙間から紫色の汁が溢れ出た。この不快な拘束が引きちぎれて爆ぜ飛ぶまで、二秒。あるいは三秒。

 泥めいて鈍化した時間の中、マスラダは……ニンジャスレイヤーは、サツバツナイトを凝視した。その身体を冒す呪いと、呪いに抗う謎めいた力の流れを見た。

 「スウーッ……ハアーッ……!」特異な呼吸音と空気のうねりが室内に生じていた。サツバツナイトの全身を流れる力は、呼吸によって生み出される神秘的なカラテだった。黒橙のニンジャは深く吸い、深く吐きながら戦っている。それが呪いの力を抑制している。そしてそれゆえに、ニンジャ二人の連続攻撃に反撃の糸口を見い出せずにいる。

 だが、それでもよく耐えている。グレイウィルムの奇怪なチョップ突き攻撃と、ロングゲイトの衝撃波を伴うカラテに晒されながら、かろうじて致命傷を回避している。腕の動き。脚の動き。カラテのカタ。マスラダは、ある種新鮮な驚きをもってその動きを見た。

「イヤーッ!」百足が爆散した! ニンジャスレイヤーは一瞬たりとも躊躇せず、全力のカラテでロングゲイトの背後を襲った。「イヤーッ!」ロングゲイトが消えた。次の瞬間、背に強烈な衝撃を受けたのはニンジャスレイヤーの方だった。「グワーッ!?」割れ窓方向へ弾かれながら、彼は己の身に起こった出来事を反芻しようとした。

 肩甲骨ごと背中を削ぎ、抉り取るはずの鉤爪攻撃が到達する寸前、ロングゲイトは確かに消えた。そしてニンジャスレイヤーの背後に出現した。そしてニンジャスレイヤーを逆に後ろから攻撃したのだ! 状況判断がこの信じがたく冷徹な答えを弾き出していた……「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは屋外へ射出された!

(((これはマバタキ・ジツ!))) ナラクが呻き、超自然の熱が背骨の亀裂を繋いだ。ニンジャスレイヤーは気絶をこらえ、空中で回転してバランスを取ると、右腕のフックロープを放った。瞬間的に投擲されたロープの鉤爪はロングゲイトが咄嗟に掲げた左手甲に巻き付いた。ロングゲイトが笑った。

 「二対一とはいかぬ様子……」「うん、充分だ」グレイウィルムが弓弦めいて目を細め、笑った。「イヤーッ!」ロングゲイトは己を引っ張るフックロープの力に敢えて逆らわず、ニンジャスレイヤーを追うように飛んだ。飛びながら彼は連続で回し蹴りを放った。「イィーヤヤッ!」衝撃波がニンジャスレイヤーを襲う!

 バオン! バオン! 耳をつんざく破裂音。かざした腕が空気の衝突で弾かれる。空中は無防備の極み。ニンジャスレイヤーは立木の枝を見た。フックロープをロングゲイトの腕から戻し、あの枝へ……「イヤーッ!」鉤爪から解放された瞬間、ロングゲイトは消えた!

(((ヌウーッ、これは!))) ナラクの狼狽がニューロンを波立たせる。空中にあって、ニンジャスレイヤーはロングゲイトに羽交い絞めにされていた。ゴウウウ……風が耳元で唸る。(((これは暗黒カラテ奥義、アラバマオトシ! コシャク……!))) 天地が逆転し、ナラクの叫びが振り払われた。

 「イヤーッ!」ロングゲイトはニンジャスレイヤーと共に大地めがけ落下を始めた。たちまち彼らはキリモミ回転を始めた。かつてのテキサス独立戦争、アラバマの地を殺戮の血で染めた伝説のニンジャ、デスフロムアバブのヒサツ・ワザが、今このヨグヤカルタの地で無慈悲に振るわれようとしている! 

 落下の中、無限に等しく引き伸ばされた主観時間の中で、ニンジャスレイヤーは……マスラダ・カイは、赤く燃える目を見開いた。墜ちれば、死か。サツガイに至る事も無く、この地で果てるか。……ふざけるな。おれは犬死にする為に生きながらえたのではない。

 世界が消し飛び、闇の中に彼は浮かんだ。「スゥーッ……」まず生じたのは呼吸だった。大地が彼の脳天を迎え入れるまでに、猶予はおそらく僅か一呼吸。どこまでやれる。どこまで耐えられる。否。耐えるのだ。必ず。ニューロンに焼き付いている黒橙のニンジャを、マスラダは紐解く。複雑に折られたオリガミも、開けば正方形のワ・シ一枚。

 限界まで吸い込んだ息は内なるナラクの暗黒の炉にくべられ、赤黒い邪悪な炎と化した。チャドー呼吸。否。マスラダはチャドーを知らぬ。ゆえにそれは……。「フゥーッ……!」圧縮されたナラクの炎が全身に逆流する! ニューロンが白く焼け、燃える森、マスラダの見知らぬ記憶が閃く!

 「スゥーッ!」ニンジャスレイヤーの赤黒の装束がひときわ強く黒く燃えた。ロングゲイトが動揺する。強烈な熱に呑まれたロングゲイトの羽交い絞め拘束力が僅かに弱まる。その機を逃さぬ!「フゥーッ!」

 地面への衝突、コンマ五秒前。ニンジャスレイヤーは焼ける手を背後のロングゲイトの首の後ろへ回し、強引に重心コントロールを奪った。「イヤーッ!」二者は地面に衝突した。衝突点を中心に、黒炎が渦巻状に大地を走った!「「グワーッ!」」爆発の中で二者は互い違いに弾き飛ばされ、向かい合って着地した。

 ニューロンの情景の断片は黒炎の中に燃え落ち、溶けるように消えた。ニンジャスレイヤーは膝をつき、目の前の敵を睨んだ。「スゥーッ……フゥーッ」黒炎が爆ぜながら彼の装束の表面を幾度も走った。逃しきれないアラバマオトシのダメージを黒炎が更なる憎悪の力に変えてゆく。「スゥーッ……フゥーッ……!」

 「貴様。何者だ」ロングゲイトはカラテ警戒し、間合いをとった。ニンジャスレイヤーは身を起こし、低く呟いた。「……成る程な」再び味わうあの感覚。オリガミを知ったあの時と同じ、己の前に続くあの気の遠くなるような道の入り口。一歩踏み出す。ロングゲイトは一歩離れる。「何者だ!」

「おれはニンジャスレイヤーだ」マスラダ・カイは言った。「おれは貴様を殺しに来た。サツガイという男を知っているな」握り込んだ拳が音を立てる。カラテだ。「サツガイ……」ロングゲイトが呻いた。「サツガイが……貴様の目的なのか……!?」一歩踏み出す。双眸が赤黒く燃える。

 ロングゲイトは衝撃と狼狽を一瞬で克服し、ソニック・カラテを構え直した。二者の間の空気がコンマ2秒張り詰め……解き放たれた!「Wasshoi!」ニンジャスレイヤーは地を蹴り、ロングゲイトをめがけて跳んだ!


3

 「さてもさても!」グレイウィルムは嘲り笑った。ロングゲイトがニンジャスレイヤーと共に屋外へ飛び出し、二対一の利は崩れたが、依然として主導権はグレイウィルムのものだった。「成る程、あれはどうやらお前の雇った刺客ではないな。ではやはり、お前は何も考えず再び倒されに参ったと!」

 「スゥー……ハアーッ……」サツバツナイトは深く呼吸しながらグレイウィルムの打撃を防ぐ。関節が三つあるかのような長いリーチをもったグレイウィルムの腕から繰り出されるしなやかなチョップ突きは、常にサツバツナイトの反撃範囲外。一対一となったのちも攻撃の糸口は与えられなかった。

 「わかるぞ、サツバツナイト=サン。今まさにこの時も、お前は呪死の崖めがけ転がり落ちておる最中よな。表情一つ動かさぬが、その実、精彩を欠いたカラテそのものが雄弁也。ロウ・ワンの呪いは一分一秒ごとにお前の心をくじき、命をくじく!」ムカデめいた突きがこめかみをかすめる!

 サツバツナイトは蹴り返すが、グレイウィルムは奇妙な軟体性を発揮して悠然と躱し、死角から蹴りつけた。「イヤーッ!」「グワーッ!」サツバツナイトが弾かれ、転がって、花瓶を破壊しながら受け身を取った。グレイウィルムは間髪入れずに躍りかかった。床を蹴り、撥ねて、車輪めいて回転する。

 「イヤーッ!」丸まった百足めいた姿勢から瞬時に繰り出されたのは断頭斧めいた踵落しだ。サツバツナイトはその瞬間、俯き加減だった顔を上げ、赤い目を閃かせた。深い呼吸を止め、左腕を捻じり、肘を前に出す奇妙な防御姿勢をとったのは、目に見えぬほどの時間……ほんの一瞬だった。

 グレイウィルムの勝ち誇った目が見開かれた。彼は何故か胸の中央にサツバツナイトの右拳をまっすぐに受けていた。おかしい。そう思ったとき、グレイウィルムは螺旋回転しながら吹き飛び、壁を砕き、廊下に叩きつけられていた。「グワーッ!?」驚愕、痛み、畏怖、不条理。嘔吐しながらのたうつ。

 頭蓋骨もろとも切断する極めて強力な踵落しは、サツバツナイトの腕を破壊しながら脳天に至る……筈であった。イメージと現実の齟齬が襲い掛かり、直前の記憶がソーマト・リコールする。グレイウィルムは慄いた。踵落しはサツバツナイトの左腕、肘先を捻じる不可思議な防御姿勢に触れた。その瞬間、サツバツナイトは左腕の捻じれを解放した。打撃が無効化され、逸らされ……崩れた姿勢に、右拳が襲って来た。

 「バカな……これは」グレイウィルムは床に手を突き、起き上がろうとする。サツバツナイトが廊下に出てきた。一歩一歩、床を踏みしめ、ゆっくりと近づいてくる。グレイウィルムは呻く。「お前は敗れた筈……我が王に……!」「然り」サツバツナイトは頷く。「シャン・ロア。恐るべきニンジャだ。確かに後れを取った」

 「オゴーッ!」グレイウィルムが身体を反らし、口からアンブッシュ・ムカデを吐く! だが苦し紛れだ!「イヤーッ!」サツバツナイトは瞬時に反応し、飛び出しかかったムカデの頭を踏みしめ、床に縫い付けた。「オゴーッ!?」「……だが、オヌシではない」黒装束の橙の火がブスブスと音を立てる。

「そして……」サツバツナイトはチョップを振り上げた。「次は不覚を取らぬ。奴には後悔させてくれよう……」「おのれ!」グレイウィルムは身を守ろうとする。その手段がない。サツバツナイトの身体から、ミシミシと骨肉が軋む音が聞こえる。呪いだ。だが彼を即死させる力ではない。チョップを止められない……!

 「イヤーッ!」「アバーッ!」振り下ろされたチョップはグレイウィルムの脳天を砕き、脳漿を飛び散らせた。致命傷を受けたグレイウィルムの口にサツバツナイトは手をこじいれ、「イヤーッ!」力任せに引きちぎる!「アバーッ!」それはのたうつ舌だ。表面に焼き鏝めいた百足の印がある……。「サヨナラ!」高官は爆発四散した。

 サツバツナイトがザンシンする姿はひどく苦しげだった。爆発四散者の灰が風に散る。彼は顔をしかめ、掌の上でいまだのたうつ舌を黒革のキンチャクに入れると、注意深く紐で縛って懐にしまった。「まずは一匹……」低く呟き、その声は深い呼吸にとってかわった。「スウーッ……ハアーッ……」

 戦いに力を使い過ぎた。グレイウィルムの殺意をとらえ、かろうじて勝機を掴んだ。危ういイクサであった。だがこれが第一歩だ。シャン・ロアは尋常のニンジャではない。彼は己の子らを護り、子らに護らせる。グレイウィルムもその一人。ムカデの王を倒し、呪いを解くには、いまだ機は熟さず……。

 「ニンジャ……スレイヤー……!」そして彼は口にした。赤黒装束に身を包んだニンジャの名を。彼はニンジャスレイヤーを知っている。果たして、いかなる呪いがあの者をニンジャスレイヤーたらしめているのか。だがもはや彼にあの者の後を追う力はない。この国を離れる力もない。縛られているのだ。

 呼吸が乱れ、咳き込み、よろめく。背中を丸め、呼吸を立て直す。騒ぎをききつけ駆け付けた料亭の給仕が、黒橙の影を目の当たりにして立ちすくみ、静かに失禁した。 


◆◆◆


 バオン! バオン! ロングゲイトのソニック・カラテ衝撃波が、密集するバンブーを根こそぎに吹き飛ばす。青々としたバンブーがガサガサと音を立てて斜めに倒れてゆくなか、ニンジャスレイヤーは連続側転して急接近し、鉤爪めいた手で薙ぎ払った。ロングゲイトの姿が掻き消える!

 「イヤーッ!」直後、背後からロングゲイトが襲い掛かった。「イヤーッ!」だがニンジャスレイヤーは大振りの薙ぎ払いの勢いを乗せ、真後ろに回し蹴りを繰り出していた。蹴り足がロングゲイトの脇腹を捉えた!「グワーッ!」

 ロングゲイトは受け身を取り、バック転で間合いを取る。赤黒い眼光の軌跡が闇に閃く。ロングゲイトが林から庭へ逃れたコンマ2秒後、ニンジャスレイヤーが前傾姿勢で飛び出す。「イヤッ! イヤーッ!」バオン! バオン! カラテ衝撃波が撃ちだされ、赤黒装束を切り裂く。致命には程遠い!「ヌルいぞ」彼は呟いた。

 中距離間合いを制するカゼのカラテ衝撃波。ワンインチ距離に踏み込めば、その利を殺せる。その欠点をマバタキ・ジツの瞬間移動が補っている。しかし変幻自在と思われた立ち回りも徐々に単調になっていた。瞬間移動ののちの奇襲も予測がつく。ロングゲイトはアラバマオトシを逃れて猛追するニンジャスレイヤーの気迫に呑まれようとしている。

 勝てる。この勢いを逃すな。ニンジャスレイヤーは黒炎の炉にカラテを注ぎ込む。KRAASH! 二人のニンジャの戦闘に巻き込まれ、庭の石灯籠が砕けて散った。ニンジャスレイヤーはロングゲイトのワン・インチに再び接近し、鉤手で抉り抜いた。ロングゲイトが消えた。ニンジャスレイヤーは打撃を振り抜き、しならせた手首からフックロープを放った。「グワーッ!?」捉えた!

 ニンジャスレイヤーの360度を薙ぎ払ったフックロープは斜め後方に出現したロングゲイトの肩を捉え、巻き付いて動きを封じた!「イヤーッ!」「グワーッ!」すかさずニンジャスレイヤーはスリケンを投げつけ、腕の付け根に命中させた。ロングゲイトは身をもがきながら、掌を前に突き出した。「マッタ!」

 「イヤーッ!」「グワーッ!」ロープを引き絞ると、ロングゲイトはバランスを崩し、片膝をついてこらえた。「マッタ……ニンジャスレイヤー=サン!」「ならば話せ」ニンジャスレイヤーの目が燃えた。「おれはおれの目的を話した。お前はサツガイについて話せ……!」「話す……本当だ!」

 ドクン。二者の鼓動が同時に強く打った。風が木の葉を揺らし、夜空に花火が打った。「サツガイは……我々に力を授ける」ロングゲイトの額を汗が流れ落ちた。「知っている」ニンジャスレイヤーは冷たくはねつけた。「話せ」「サ……サンズ・オブ・ケオスは、彼に接触したニンジャの互助組合だ」

 「……」ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。ロングゲイトは咳き込んだ。「サツガイは前触れなしに現れ……ただ与え、去る」「奴の目的は何だ」「わからぬ……」「貴様らの目的は何だ」「共有……そう」ロングゲイトは呟く。「共有だ。だがすべてを明かしていない者がいる……二度触れた者……!」

 「二度だと!」「奴は共有していない……だが奴は俺より真実に近い……俺よりも……!」ロングゲイトの声に感情が滲んだ。「これでは足りぬのだ! 奴め……!」更なる感情の吐露はしかし、押し留められた。殺気が蘇った。「ああ、やはり善行は積むもの。運がやって来た」そして叫んだ。「やれ!」 

 「「「ザッケンナコラー!」」」直後、ニンジャスレイヤーの背後、塀の上にずらりと並んだ増援のクローンヤクザが一斉にアサルトライフルを掃射した!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは反射的にスリケンを複数投擲して何人かを殺したが、多勢に無勢! 銃弾の嵐! BRATATATATATA!

 「ヌウーッ!」ニンジャスレイヤーは銃弾に晒されながらロングゲイトに向かう。血飛沫が撥ね、装束を焦がしながら再生する。ロングゲイトはソニック・カラテを構える。「これがフーリンカザンだ! 死……」KRAAASH! 塀を破砕し、ドリフトしながらリムジンが走り込んできた!

 「アバーッ!」塀の破壊に巻き込まれ、クローンヤクザが二人死んだ。だが銃撃は止まぬ。BRATATATATA……ギャルルル! リムジンは飛び出し、ニンジャスレイヤーを射線から遮るように停止した。車体側面が蜂の巣! 運転席から叫ぶ声!「ニンジャスレイヤー=サン! ヤッチマエ! どうぞ!」

 声の主はコトブキ! 四の五の言っている暇など無し。ニンジャスレイヤーは決断的に踏み込む。急加速。ロングゲイトがマバタキ・ジツで逃れるよりも一瞬早く、燃える手がその首筋を掴んだ。ロングゲイトはニンジャスレイヤーと共に消え、共に現れた。「バカな……」

 「イヤーッ!」「グワーッ!」強烈な頭突きがロングゲイトの額を砕いた。離さぬ。逃がさぬ!「イヤーッ!」「グワーッ!」膝蹴りを叩き込む。ロングゲイトが身を守ろうとする。ニンジャスレイヤーはロングゲイトを掴んだまま、死の拳を決断的に振り上げる!

 「イヤーッ!」「グワーッ!」さらに一撃!もはやロングゲイトの意識は朦朧となっている。殴るほどにニンジャスレイヤーは感じる。内なるナラクの炉が怒りに満ちた炎を吐き出すのを。

 (怒りだ。怒りが、おれとナラク・ニンジャを繋いでいる)ニンジャスレイヤーの目が燃えた。マスラダ。ナラク。奪われ、砕かれ、なおこの世に在る者同士だ。怒りがサツガイに至る道を拓く。だが呑まれてはならないのだ……。「イヤーッ!」「グワーッ!」

 イクサは流れだ。拮抗が堰を切れば、一方の破滅へ容易に雪崩を打つ。拮抗をいかに崩し、怒涛めいて相手を圧倒するか……それがカラテなのだ!「イヤーッ!」「グワーッ!」ロングゲイトは追い詰められている。ゆえに起死回生の反撃の機をうかがっている。決してそれを許さぬ!「ニンジャ殺すべし!」

 「イヤーッ!」ロングゲイトがショートアッパーを繰り出す! ニンジャスレイヤーは首を反らして至近カゼ打撃を回避した。ワンインチ距離、かつ追い詰められた状況下でロングゲイトが取り得る行動は容易に絞り込める。終わりだ。背後で衝撃波を受けたバンブーが砕け、倒れてゆく。ニンジャスレイヤーはロングゲイトの顔面を掴み、持ち上げ、叩きつけた。

 「グワーッ!」後頭部から庭の石に叩きつけられたロングゲイトの頭が爆ぜた。「サヨナラ!」ロングゲイトは爆発四散した。時同じく、クローンヤクザの銃撃によって鉄屑と化したリムジンの車内からこちら側へコトブキが転がり出る。KABOOM! 燃料タンクが爆発した。

 「か、勝ちましたね?」倒れ込むように駆け寄ったコトブキの首根を掴み、ニンジャスレイヤーは付近の石灯籠の陰、ひとまずの安全地帯へ投げつけた。オイランドロイドは猫めいて空中で回転し、しなやかに着地する。ニンジャスレイヤーは塀を振り返り、一列に並んだクローンヤクザにスリケンを投げる。

 「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」射的の的めいて、左から右へ、塀の上に並んだクローンヤクザは次々に倒れ、反対側へ落ちていった。「お見事です!」アサルトヤクザが全滅すると、コトブキが駆け寄って来た。当然無傷ではない。銃創が複数。「でも、まだ来ますよ!」

 「無茶な真似を」ニンジャスレイヤーは呟いた。「平気です。これはガレージで治せますから」コトブキは裂けた左上腕の傷に触れた。「それより、ほら!」指をさすと、門をくぐって突入してくるのはカロウシタイの者達!「ブヌー!」「メネワスカン!」口々に叫び、早回しの人形芝居めいて襲い来る! 

 「裏から逃げるぞ」ニンジャスレイヤーが促したが、コトブキは首を振った。「迎え撃って、正門を突破しないとダメです。門の外に駐車されているクルマが大変なんです!」理由を問いただす時間などない。カラテを構え直すと、たちまち半月刀で武装したカロウシタイとの白兵戦が始まった。

 「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「ハイヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーが二人倒すうちにコトブキはカンフーで一人倒す。奥の者達が銃撃を始めたが、ニンジャスレイヤーはスリケンを投げ返して殺していった。最後の一人をコトブキが飛び蹴りで仕留めた。 

 「これです!」コトブキが走っていった先には、並んで止められた三台の黒塗りバンだ。バックゲートを拳で叩き、耳をつけ、「中に人が居るんです! 泣き声が!」施錠パネルに手で触れる。「わたし経由でタキ=サンにパネルをハック……」KRAASH! ニンジャスレイヤーが錠を破壊。こじ開けた。

 力任せにゲートを引き開けると、巨大なバンの車内には、絶望したうら若い娘たち。恐怖とともに二人を見返す。ニンジャスレイヤーは顔をしかめる。経緯の詳細は天井裏でよく聞いた。あのサツバツナイトは何者だ? グレイウィルムを倒したのか? 今すぐ考えるべき事ではない。首を振り、隣の車両の錠を破壊しにゆく。

 「みんな、逃げて! はやく!」コトブキが外を指さし、手ぶりで急がせると、娘たちはおずおずと車外へ降り立ち、互いに顔を見合わせる。ニンジャスレイヤーは三台目のバックゲートを破壊し、コトブキを睨んだ。「こんな事をしたところで、きりがないんだぞ」「義を見てせざるは勇無きなりです」

 「お前ら。悪いが後は自分で面倒を見ろ」ニンジャスレイヤーは娘達に言い放った。コトブキは不満そうにしたが、実際、できる事はここまでだ。滞在を延ばせば、シャン・ロア、即ち国家そのものが牙を剥いてくる事にもなろう。「お気をつけて」コトブキは頭を下げ、ニンジャスレイヤーの後を追う。

 ブガーブガー……料亭の警報が鳴り響く中、彼らは坂道を駆け下り、雑多な街路へまぎれた。花火が夜空に散り、水路をボンボリ船が流れて行った。『ヨー、何かゴチャゴチャやってやがったか? 終わったかよ』タキの通信が入った。『ポータルをくぐる時間はキッチリ合わせていくぞ。いいか』「ああ」 

 『お前らの出現に合わせて、こっち側……つまりネオサイタマ側の施設の攪乱をオレがやる必要があるんだ、わかるよな?』「わかっている」『ミヤゲはそっちのサイバーシーシャだな』「ふざけるな」ニンジャスレイヤーは物陰で装束を捨てて旅装姿になり、何食わぬ顔で巡回カロウシタイと交差する。

 歩きながらマスラダは拳を握り、開いた。ロングゲイトのヒサツ・ワザを打ち破った瞬間のあの感覚が、ニューロンにいまだ焼きついていた。本能のままの戦いでは、いずれ望まぬ死が待つか。考えるべき事は多くあった。

 「ナラク。サツバツナイトを知っているのか」(((知っておる))) ナラクは答えた。(((奴がかつてのニンジャスレイヤーだ、マスラダ))) マスラダは足を止めた。後ろでコトブキがつんのめった。マスラダは眉根を寄せた。「かつての? 何故このボロブドゥールにいる」

(((知らぬ。時を経たゆえに。奴はサツバツナイト。厄介なリアルニンジャだ)))「そうか」(((奴にサツガイのにおいは感じぬな))) マスラダは歩き出した。ロングゲイトの死に際の言葉が気になった。二度サツガイに接触したニンジャがいる……新たな情報だ。サンズ・オブ・ケオスの連中がニンジャスレイヤーに対する警戒を共有する前に、その者を捉える必要があるか。

 『ザリザリ……畜生、どこにいる? ノイズがキツい』ナラクが沈み込むと、砂嵐の中からタキの通信音声が聞こえてきた。『時間を言うぞ。間違えンなよ』「ああ」夜市にさしかかると、薄汚れた子供が「観光案内するよ!」と近寄って来た。「お小遣いをくれてもいいよ!」

「案内は要らない」マスラダは首を振った。子供は諦めなかった。「お小遣いくれよ!」マスラダは不意に思い立ち、懐からワ・シを一枚取り出し、渡した。「自分でやってみろ」不思議そうに見上げる子供に、マスラダはフクスケの折り方を教えた。

 そうするうち、コトブキがスーツケースを持って戻って来た。「お待たせしました」『返事をしろ! 時間を聞いてたか』「問題ない」ドオン……ドオン……花火が頭上で弾けた。通りの向こうから、ドラゴンダンス・ヤグラが歓声と共に近づいて来た。ヤグラが通り過ぎ、子供が折りあがったフクスケを誇らしく見せようとしたとき、既にマスラダとコトブキの姿はそこに無かった。


【ヨグヤカルタ・ナイトレイド】終わり

第5話【アセイルド・ドージョー】に続く




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