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【デス・トラップ、スーサイド・ラップ】

◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードは物理書籍未収録のエピソードです。また、第2部のコミカライズが、現在チャンピオンRED誌上で行われています。



1

 エンガワ・ストリート。廃ビル屋上。ウシミツアワー。

 人体模型、ダーツ、ランドリー、ワータヌキ、ネオン看板、「不如帰」のショドー、冷蔵庫、タフなラジカセ……巨大な露店じみた雨除けテントが屋上の4分の3を覆い、その下に雑多な物品が集められた様は、ここを根城にする者たちに似てケオスそのもの、そして、ソファーに座るは、一人のニンジャ。

 ニンジャの向かいには半壊のテレビが据えられ、NSTVオイラン放送が、前線に展開するキャンプの録画映像を流している。「制空権……」「武装重点で非常に安心、むしろ開戦以前の方が危険……」「皆さんご存知の通り、我が国の資源自給率は実際99.5%、キョート港、多少の嗜好品のみ……」

 高揚感と勇気と明るさに満ちた24時間緊急特番はブロックノイズがうるさく、やがて、画面には半裸オイランアナウンサーと違う影が重なった。「ザリザリザリ……起せよ。民衆よ、欺瞞を……ザリザリザリ……我ら……ザリザリザリザリザリ……」おぼろな影が語りかける。「私はバスター・テツオ……」

 ザリザリザリ……「ゲリラ中継……この灯火を絶やす事はできない……あなた方は同志である……なぜならば平和闘争は人類の根源的意志であり……決起せよ……闘争、イッキ・ウチコワシは……」ソファーのニンジャの目は血走り、瞬きすることがない。瞬きできないようにされているからだ。拘束されて。

 ゲリラ放送はNSTVの処置によってすぐに封じ込められ、ミュージック・クリップが流れ出した。「前を向いてー、勇ましくー……家族!」ナショナル・ロックバンド「パワー・ブシ・サマ・シックス」の緊急PVだ。長髪髭面のメンバーが国防軍を慰問する映像である。ニンジャはもがく。

 カッ!複数のサーチライトが照射され、屋上に光と影のコントラストを作り出した。読者のあなた方も、このニンジャの姿をはっきりと視認できるようになった。全身に鉄条網が荒々しく巻きつき、座り姿勢のままで拘束されているのだ。瞬きすらもできない状態で。だが、メンポの奥、舌は自由のようだ。

 ひどく痛めつけられたこのニンジャと、つけっ放しのテレビ以外にも、注目点はある。たとえば、チャブには開栓されたばかりのコロナ瓶が数本。床に転がり、勿体無く泡を垂れ流している瓶もある。まるで、つい先程まで、もっと多くの住人がこの場にいたかのようである。

 バラバラバラバラ……集まってきたヘリコプターのローター音がナショナル・ロックのギターをかき消す。「早く!頼む!早くしてくれ!」ニンジャは激しく身体を揺さぶった。「急いでくれ!」『状況説明は可能か、ガルーダ=サン』ニンジャにインプラントされた骨伝導秘密インカムに声が響いた。

「急いでくれ!俺が死ねばセクトに損失が……大変な損失だ!」『状況を説明せよ』「アーッ!」拘束されたニンジャ……ガルーダは極度興奮の叫びをあげる。なんたる不覚悟!?否、彼は致死量に近いZBRを注射された直後であった。ゆえに適切な情報提供が行えないのだ。「死んでしまう!」

 彼、アマクダリ・セクト構成員のガルーダは、この廃ビルに棲まうニンジャ集団「サークル・シマナガシ」に囚われ、激しい拷問に晒された。隙を見て彼は骨伝導秘密インカムを用い、セクトへ救難信号を送信する事に成功した。だが……ナムサン。その試みはシマナガシの者たちに察知されてしまった。

「早く助けろ!助けてくれ!」『……正確な情報を』「いるんだろう!ヘリに!ニンジャが!よこしてくれ!器用な奴を!いるんだろう!誰だ!ファイアブランド=サンは?誰でもいい!クローンヤクザでは多分間に合わない……」『然り。爆発物反応だ。大変にリスキーだ。間に合うまい』「え……」

 サーチライト照射が止められた。ヘリの音が遠ざかり始めた。「ヤ……ヤメロー!」ガルーダは狼狽した。「何の権限があってこの俺を!アクシスのニンジャを!誇りなき死!?貴様ーッ!」『私はスターゲイザーだ。ガルーダ=サン』「え……」『なるべく骨は拾ってやる。クズどもはそう離れていない』

「ア……」彼は目を動かし、両脚の間のケミカル爆弾を絶望的に見下ろした。液晶インジケータが「0」を点灯させた。「アア」KRA-TOOOOOOOM!極大の爆発が廃ビル屋上を洗う!赤々と照らされるウシミツの曇天!爆発を避けたヘリコプターから、幾つもの影がストリート目掛け飛翔する!

「アッハッハハ!ヒヒヒヒ……派手にキメた」やや離れた路上から廃ビルの爆炎を見上げた長髪の男は、手を叩いて笑い、それから溜息をついた。「……気に入りの棲家だった」「……」その傍ら、アフロヘアーの男はスコープを下ろして舌打ちした。「奴ら。察しやがった。誰もやられてねえ」

「いいさ」長髪の男、フィルギアは、アフロの男、スーサイドに肩を竦めて見せる。「奴らも雑魚は寄越さねえ」「来たぜ来たぜ!」四人の中で一番の巨躯が金色の眼光をギラつかせた。ニンジャ視力によって、ヘリから飛び降りたニンジャ達を視認したのだ。「一匹!二、三……あン時のカスが居やがる」

「スターゲイザー」フィルギアの呟きはややシリアスだった。「直接叩きに来たかァ……ちとマズイかもな」「既に充分マズイだろ」スーサイドが吐き捨てる。金色の目のアナイアレイターは最後の一人、ルイナーを見やる。「戦力外野郎!生き延びる事を重点しやがれ」「可能ならな」ルイナーは呟いた。

 ルイナーの右腕は肩のところで千切れかけ、それをアナイアレイターの鉄条網で補強してある。闇医者の応急治療は受けたが、いずれサイバネ手術が必要となるだろう。「ネズミ袋だ。囲まれてるだろ」とスーサイド。「あの鳥野郎ナメやがって」「今の花火でチャラにしてやろうぜ」フィルギアが笑う。

「来やがる、来やがる」アナイアレイターが武者震いした。彼のニンジャ第六感は他の者を圧する。彼に憑依したニンジャソウルは古のニンジャ六騎士、フマー・ニンジャその人なのだ。「集まって来てやがる……ニンジャのカスども……非ニンジャのクズども!」散開だ。落ち合う場所は決まっている。

「オイ」スーサイドがフィルギアの肩を掴んだ。「ニンジャスレイヤー……死んだのか」「さあな」「このままやるのか」「ああ、予定は変更無し……掴むなよ、ゾッとしねえから……」フィルギアはスーサイドの手を剥がした。「あいつの助けがないとキツイけど、棲家も割れちまったし。頑張ろうぜ」

「クオオオー!」「クオオオー!」「クオオオー!」有機機械じみた叫びがシャッターの降りたビル群の壁に響き渡り、早速、最初の包囲敵が彼らのもとへ到達した。スクエアなシルエットの黒い人型マシーン……オナタカミ社の可変殺戮ロボニンジャ、ドラグーンである!

「虚無的日々にサラバ!幻想設備一家一台!」広告ビジョンのテレビCMがノイズに呑まれ、ゲリラ中継に再び乗っ取られる……「……潜在的同志たちよ!集え……決起せよ!今こそ……ザリザリ……」「ブルシット」フィルギアが呟いた。「AAARGH!」アナイアレイターが叫び、ジツを発動させる!

 フィルギア、スーサイド、ルイナーは、うずくまるアナイアレイターを中心に、三方向に駆け出した。アナイアレイターの金色の目が闇を裂き、直後、恐るべき鏖殺鉄条網が全方位にめちゃくちゃに放たれた!「フォハハハハ!」「アババーッ!」「アババーッ!」ドラグーンは棘の塊に呑まれてゆく!

「ザリザリ……諸君!我々イッキ・ウチコワシは不屈の……ザリザリザリザリ……お聴き苦しいノイズ申し訳ありませんドスエ。編成局長のケジメ放送は明日正午に……」「ソーベリベリ、ソーベリベリ」ビルを飛び渡るスターゲイザーは広告ビジョンの上に直立。淡々と歌を呟き、ストリートを見渡す。

 ネオンの光、車の制御灯、ドラグーンの放つ光……マズルの炎……スターゲイザーは両手を広げ、大気のイオンの匂いを嗅ぐ。離れた地点を数人の部下ニンジャが飛び渡ってゆく。サークル・シマナガシは烏合の衆だが、個々のニンジャは侮れぬ。何らかの措置を取る必要有り。それがこの夜となった。

「分散か。それはそれは。悪手と出るのではないかな……」放棄された鉄塔の頂点に佇むニンジャ、パスファインダーの呟きを、スターゲイザーは聴く。飛び渡ってゆく部下の影は、ダートボムズ、サーガタナス、ソフトマインド。路上をドラグーンやヤクザと共に行く者も更にいる。殲滅戦なのだ。

 パスファインダーのニンジャソウル感知力は極めて強力、広域だ。彼が陣営のニンジャにIRCリンクを続ける限り、殲滅対象を見失う事はそうそう無い。ソフトマインドはスターゲイザーの直接の部下ではないが、今回のミッションにあたって派遣された存在だ。他の者達よりも一段強い。

 今回のミッションの最上の結果は即ちサークル・シマナガシの全滅、皆殺しであるが、なかなかそうも行くまい。スターゲイザーは現実主義者である。一人か二人を仕留め、セクトにケチをつけに来る気が起こらぬ程度に萎縮してもらう。「奴らの動き、示し合わせがあるか……」パスファインダーが呟く。

「夜は長い」スターゲイザーはメンポの奥で微笑した。鉄塔上のパスファインダーが答えた。「そう楽しんでおられぬやも知れませんな。思いのほか早く終わるやも……さて。スーサイドを捕捉」「遊んでやれ」

 

◆◆◆

 

「スッゾオラー!」BLAMBLAMBLAM!クローンヤクザ隊のアサルトライフル十字砲火の只中、スーサイドは横跳びに転がり、手近の者の方向へ片手を伸ばした。「イヤーッ!」その手から白いコロイド光が放たれ、クローンヤクザを捉える。「アバーッ!」ヤクザは痙攣!生命力が逆流する!

 命を吸われたクローンヤクザは即死。一方、スーサイドの体躯は内なるエネルギーに輝くようであった。銃弾が四方八方から浴びせられるも、彼は平然としている。跳ぶように駆け、怪訝そうにチャカを撃ち続ける次のヤクザの顔面を掴んだ。「イヤーッ!」「アバーッ!」光を飛ばすよりも実際速い。

 一瞬で生命力を奪ったスーサイドは、対角のビル屋上に居並ぶヤクザに両手を延ばした。吸収直後の状態ならば、そこにも届く。「「アバーッ!」」機関砲ヤクザ達がまとめて白い光に絡め取られ、即死して落ちてきた。スーサイドの身体は更に輝きを強める。背後に機械咆哮。「クオオオオオーン!」

 スーサイドは振り返る。スモトリ以上の巨体をもつ、キュイラジアー級のロボニンジャである。装甲リキシャー形態から変形する恐るべきロボニンジャは、オナタカミが今回の開戦タイミングで投入した鋼鉄の悪魔だ。当然、スーサイドは始めてこれにお目にかかる。「クオオオー!」

「イヤーッ!」繰り出された鋼鉄のアームパンチをスーサイドは右手で掴んで止めた。「クオオオー!」「……いけるか?」スーサイドとキュイラジアーは共に激しく震え出す。力比べだ。スーサイドの身体の光が一際強まる。彼は舌打ちした。「クソッ!」CRASH!鋼鉄の腕を、おお、引きちぎった!

「クオオオーン!」怯んだキュイラジアーへ一歩踏み込み、「イヤーッ!」右拳!「イヤーッ!」左拳!「イイイヤアーッ!」大振りの右フック!「グワーッ!」キュイラジアーは唸りを上げ、やや吹き飛んで転倒した。ナムサン。その胸甲はひしゃげ歪むが、倒しきれていない。スーサイドの光が失せた。

 力が要る。彼は次なる敵を求める。「「クオオオー!」」別の路地からエントリーしてきたのはドラグーン。二機だ。「チィーッ」彼は振り返り、舌打ちした。ロボニンジャの生命エネルギーは非常にプアーだ。生体脳と髄液程度しかパワーソースがない。背後ではキュイラジアーが復帰しつつある。

 BRATATAT!ドラグーンが機銃掃射を開始する。「イヤーッ!」スーサイドは跳び上がって壁を蹴り、そのまま壁を3歩歩いて再び跳んだ。「イヤーッ!」ドラグーンの側頭部にとび蹴りをくれてやり、肩を蹴って更に跳んだ。空中の彼めがけ、シュルシュルと煙を噴きながらロケット弾が飛来!

「イヤーッ!」スーサイドはロケット飛来方向へ空中で身を捻り、手をかざした。ビル屋上でRPGを構えたヤクザに白い光が届き、絡みつく。「イヤーッ!」逃さぬ!吸命殺!「アバーッ!」ロケットヤクザが落下死するのを見届ける間もあらばこそ、空中で彼は両腕を交差し、ロケット弾を迎えた。

 KABOOOM!「グワーッ!」スーサイドは爆発に巻き込まれ、吹き飛んで、ネオン看板「知美」を破壊しながら再び路上へ転がった。ナムサン。レザージャケットは煙を噴いているが、彼自身は無事である。吸い取ったエネルギーが危うく彼を守った。彼は再び走りだした。「ふざけやがって……」

「さて、どこまで逃げるつもりか、小僧!」嘲るような声が寂れたビル壁に反響した。スーサイドは前方、ドラグーン2機とともに佇み腕を組むニンジャの影を睨んだ。「来やがったな」彼はアスファルトにツバを吐いた。「どこまでだって?死ぬまでだ!」「それは安心だな!ならばそう長くはない」

「肉が来てほしいと思ってたところだ」スーサイドは不敵に笑った。「ポンコツどもは栄養が少なくッてな」「ロボニンジャ重点展開は貴様のジツを警戒しての事だ。スーサイド=サン」「そりゃドーモ。ちったァ有名になったか?スーサイドです」「サーガタナスです」二者はオジギを繰り出した。

「バラバラに別れ、こうして各個撃破のお膳立てを自らやらかしてしまう。まさに烏合の衆」嘲る犬めいた意匠のメンポの奥でサーガタナスは目を細める。スーサイドはぶらぶらと手を振り、力を抜いた。「ウチにはどうしようもねえイディオットがいるんだ。巻き込まれちまうンだから、仕方ねえだろ」

「「クオオー!」」ドラグーンが吠え、機銃を構えた。スーサイドが走る!BRATATATATAT!マズルが闇を裂く!「イヤーッ!」サーガタナスは垂直に跳躍!螺旋を描く逆棘ワイヤーをそれぞれの腕先から三束ずつ繰り出し、スーサイドを狙った。SNAP!「イヤーッ!」スーサイドは前転!

 一瞬後、彼の居た地面にサーガタナスのワイヤー先端が突き刺さった。サーガタナスの腕先から切り離されたワイヤーは、突き刺さった箇所を中心に、ビュルビュルと音を立て、周辺を鞭めいて打ちまくった。「グワーッ!」直撃は免れたが、スーサイドはこのジゴクめいた鞭打ちにさらされる!

 BRATATATATATAT!そこへ襲い来る火線!スーサイドは身を屈め、銃撃を多少受けながらさらに懐深くへ潜り込もうとする。走りながら彼は両手を突き出す。「イヤーッ!」「「グワーッ!」」ドラグーン二機が怯んだ。白い光。スーサイドは上を睨んだ。サーガタナスが降下してくる。

 内なる輝きは数秒で失われてしまう。スーサイドはそれを待たず跳躍し、サーガタナスを迎え撃った。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」打ち合いを制したのはスーサイドだ。サーガタナスは空中まわし蹴りを受け、吹き飛ばされて、ビル壁で受け身を取る。

 スーサイドは転倒したドラグーン2機の間に着地。追撃にかかろうとするが、踏みとどまる。目の前に新たな自律鞭が突き刺さり、ビュルビュルと音を立てて周辺を打ちまくり、行く手を阻むのだ。「面倒臭え奴だ!」「こちらも同じ感想だ。やはり貴様のジツが厄介」「チィーッ」スーサイドは身を翻す。

「クオオオー!」目指す別の裏路地を、走りこんできた別のドラグーンが阻んだ。彼は手前の非常に狭い下り坂の路地へ方向転換した。BRATATATAT!火線が追いかける!「大切なお仲間は無事かな?!」サーガタナスの声が追ってくる。攻めれば離れ、逃げれば追う。付かず離れず。厄介だ。

「合流点はどこだ?案内してみないか?」狭い路地にサーガタナスの嘲りが反響する。スーサイドが壁に手をつくと、血痕が残った。戦い続けるにはもっと生命エネルギーが要る。クローンヤクザ。あるいは浮浪者?怯える市民を殺すのは趣味ではない。そもそもここは殆ど遺棄されかかった区画……。

 確かに「ポイント」はここから近い。しかしこれではサーガタナスの挑発が本当になってしまう。敵のニンジャを連れて行く事になる。それではダメだ。受け持った相手にはケリをつけねば……ギャルルルル!前方からバイク形態のドラグーンが坂を上がってくる。ナムサン!挟まれたか?「イヤーッ!」

 その時だ!路地に面した建物のトタン窓が内側から破砕し、新手のニンジャが飛び出した。そのニンジャは肘先から飛び出したブレード状の武器を闇にきらめかせ、坂下のドラグーンに向かい合った。スーサイドは状況判断しようとした。破砕したトタン窓の中から更に一人、上体を乗り出した。「お前!」

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「グワーッ!グワーッ!」肘先ブレードのニンジャはマイめいた猛烈な斬撃を繰り出し、ドラグーンのタイヤを、車体を、風のように切り刻んでゆく。「お前!お前以外に誰がいる。来い!」「何だ?」迷っている暇はない。来た道から追っ手の物音が近づいている。

「ちッくしょう」スーサイドはトタン窓に手をかけた。「モタモタするな」石灰色に渦巻き模様の装束を来たニンジャはスーサイドの腕を掴み、廃ビルの中へ引きずり込んだ。「グワーッ!」「詳細を聞いてねえのか?……まあ、そうなるか。カマイタチ=サン!調子に乗るな。戻れ」「ウフハハーッ!」

 攻撃音を窓の外に、石灰色のニンジャはスーサイドを振り返った。「うちの大将とお前ンとこの奴が取り決めをした。そういう……戻れ!カマイタチ=サン!調子に乗ってんじゃねえぞ、死ぬぞ!」「ウフッハハハーッ!」「なら死ね!……で、お前を回収する」「テメェは、何だ?テメェらは」

「サヴァイヴァー・ドージョー」そのニンジャはオジギした。「ディスカバリーです。お前、スーサイドでいいんだよな」「……ドーモ」「話がわからんか?無理もない。俺も面倒に面倒が重なったッて気分で……ああ、面倒ってのは、俺らの方でも厄介事があってな、期待に添えねえかもしれんぞ、と」


2

「厄介事?」「ゾンビーさ」ディスカバリーは手振りを交えて言った。「知ってるか?ゾンビーをよ。ゾンビーのニンジャだぜ」「一人知ってるよ」「一人?知ってる?……アー、それでだ。ウチは普段、地下で暮らしてる。ゾンビー共と縄張り争いをしてるってわけで」「ガガピガガー!」ドラグーン断末魔!

「イヤーッ!」回転ジャンプで屋内に飛び戻ってきたカマイタチが、前かがみになり、首を傾げて、スーサイドを下から睨み上げた。猫じみた瞳には剣呑な敵意がある。「お前、どれぐらいカラテできるンだ、ア?」「こいつがカマイタチか」「そうだ。下がれ!」ディスカバリーがカマイタチをどやした。

「ついて来い」ディスカバリーは奥のフスマを引き開け、スーサイドを導く。「俺達の事を知ってるか。サヴァイヴァー・ドージョーを」「知らねえな」「無理もない。用心深いゲリラ部隊……部隊、だからな。ジャングルのノリでな」フスマの奥の厨房、床に四角く開いた地下通路入口の鉄蓋を持ち上げる。

「この先、下水路だ。カマイタチ=サン、後ろどうだ」「急いだほうがいいに決まってる!チンタラしてンなよ」階段を降り、二重構造の鋼鉄フスマを引き開けると、独特の臭気がスーサイドの鼻孔を打つ。「まだ半分も話が見えねえ」「歩きながらだ。これ、ワイヤー、引っ掛けるな。ブービートラップだ」

「ウチの奴があんたらのボスと話を通してたッてのか?」「そいつ個人とは、もとから時々やり取りはあった。地上の奴とコネクションがあると何かと便利だ。下水にゃ俺らの他にイカレ頭のジジイが棲みついてるが、そこでなんでも揃うとはいかねえんでな」再びワイヤー。またぎ越える。

「あの野郎また黙ってやがった」スーサイドは用心深く続く。後ろでカマイタチが闇に目を光らせ、水路の左右を跳びまわり、安全確認らしき事をしている。「ドージョーはバイオニンジャの集まりだ」ディスカバリーが言った。「知ってるか。バイオニンジャ。ゾンビーよりはマシだ。生きてるからな」

 幾つかの交差路を曲がり、滝めいた下水の落ち込みへ。ディスカバリーは率先してハシゴを降りてゆく。「で、だ。俺らはツキジ・ダンジョンのゾンビーどもと冷戦状態にある。いや、実際おっぱじまってる。縄張り争いだ。そこの元締めはウチの大将と同様、元ヨロシサン製薬の奴なんだが」

 一行は、一際広い水路に飛び石めいて浮かぶ足場を渡ってゆく。「残念ながらウチの大将とその死霊大王……リー・アラキってンだが……は格が違うっていうかよ……こっちはある意味指名手配……あっちは今でもカイシャとコネが残ってる。で、最近、雲行きが怪しい」「出てきたのか?カイシャが」

「じきだ」とディスカバリー。「そうなりゃ俺らはオシマイだ。バイオニンジャはヨロシサン製薬に作られた。ヨロシサン製薬にはな、自社の製品を好きに服従させ(サブジュゲイト)られるニンジャってのがいるんだ。わかるか。そいつにドゲザしろって言われたら、しちまうんだ。バイオニンジャは」

「そりゃどうしようもねえな」「そういう事」ディスカバリーは突き当りの鉄扉に手をかけ、押し開く。足元を驚いたバイオネズミが駆け去る。「だから、俺らは俺らで、今後を考えないといけねえのさ。エクソダスを」「イヤーッ!」後方でカマイタチと、ネズミの断末魔。「ハハーッ!よく肥ってる!」

 スーサイドは通路の壁に埋め込まれたプレートを見る。「8鯖」。「目的地だろ」とディスカバリー。スーサイドは頷く。集合地点だ。各自、アマクダリ・セクトを撒いた後、地下へ下り、このポイントに集まる予定だった。この非常時に備え、網の目状の下水路地図は普段から各自所持している。

「気に入らねえな」「知らずに取り決めができてた事か?避難計画も伝わって?」「当然だろ」「そりゃ、面白くはねえよな。まあ、サイオーホースじゃねえか。死んだら終わりッてよ」ディスカバリーは笑った。「今度は俺らが助けてもらう番だしよ」「それも気に入らねえ。まだ話が半分ちょっとだ」

「後々ニンジャブリーフィングをする事になるだろうよ」ディスカバリーは壁に横向きに設置されたマンホールじみた蓋状扉の前で立ち止まった。「カマイタチ=サン。敵を見張ってろ」「チッ。わかったよ」ディスカバリーは扉に手をかけ、スーサイドを振り返った。「いいか。イカレじじいには礼儀」

「礼儀?ヘッ」「いや、笑い事じゃねえ。殺し合いになる」ディスカバリーは言った。「ここはドージョーの陣地じゃねえ。ジジイの家だ。実際ウチの何人かは顔を合わせるのも控えてる。ジジイを殺しちまったらドージョーにとって損失だ。ジジイは若者を」スーサイドをじっと見て、「若者を憎んでる」

 鉄扉が開き、中の暖かい空気が漏れ出た。ディスカバリーは扉を乗り越えた。スーサイドが続く。彼は心中で呟く。シマナガシの面子は、何人辿り着いている?「ドーモ。連れてきたぜ」ディスカバリーが言った。「おう」スーサイドに片手を上げてみせたのはフィルギアだ。ストーブを囲んで座っている。

 ストーブの周り、フィルギアの他に二人。ヒゲモジャの老人がスーサイドを凝視する。軍服じみた装束は大量の勲章で飾られている。もう一人は迷彩ニンジャ装束に身を包み、熱にうかされたような独特の眼差しを持つ男。ベトコンじみた編笠と満載の背嚢を脇に置いている。彼もまたスーサイドを見る。

「名前」老人は低く言った。膝に置いた手には、いつの間にかショットガンピストルが構えられている。ディスカバリーは老人に見えぬよう、スーサイドを肘で突いた。スーサイドはオジギした。「ドーモ。はじめまして。スーサイドです」「……」顔を上げる。ピストルは構えられたままだ。

「……」フィルギアは口を半開きにして、無言のままにスーサイドを、それから老人を見た。やがて迷彩装束のニンジャがショットガンピストルの銃身に手の平を当て、ゆっくり銃口を下げさせた。「やめておけ。友軍だ」「若い奴には最初が肝心。でなくば即座につけ上がり、ワシを侮る。絶対に許せん」

「こちらはキャプテンジェネラル=サン!」フィルギアは緊迫した空気の隙間を縫うように、老人を紹介した。そして迷彩装束のニンジャを。「こちらはサヴァイヴァー・ドージョーのフォレスト・サワタリ=サンだ。お歴々、あいつがスーサイド=サン。人見知りなんだ。キャプテン、頼むよ。な」

「フーッ!フーッ!」キャプテンの顔は真っ赤だった。自己の中で怒りを増幅させるタイプなのだ。「座っていいか」ディスカバリーが言った。キャプテンジェネラルはかろうじて頷いた。フィルギアがショットグラスにスピリットを注ぎ、キャプテンに差し出した。そしてスーサイドにも。「カンパイを」

 スーサイドは儀式めいてキャプテンジェネラルとグラスを打ち合わせ、一息に飲んだ。老人は長い溜息をつき、おとなしくなった。「アナイアレイターとルイナーはまだなんだな」スーサイドは尋ねた。フィルギアは頷く。「もう少し待つしかない」笑っていない。「長くは待てん」とフォレスト。

「Bブロックのナリコがゾンビ兵の接近を知らせている」「マジか」ディスカバリーが唸った。「よりによって今日かよ」「ある意味サイオーホース……」フィルギアが言った。「皆集まって、話も早い」「ある意味だと?」スーサイドは舌打ちした。「上はアマクダリ、下はゾンビー、上等にも程がある」

「リー先生はアマクダリ・セクト最高幹部の一人だ」フォレストが厳かに言った。「地上の敵とイモータル・ニンジャ・ワークショップが今あらためて連携を取り、挟撃殲滅戦に切り替えた可能性を踏まえねばなるまい。猶予は無いぞ」「もう少し待つ」「ワシの庭を荒らす不届き者どもめ……」

「待った後は?」とスーサイド。「わかってるだろ。移動する」フィルギアは言った。「いよいよネオカブキチョ、ニチョーム。"当初の"予定通り……ちょっと早まっちまったけど、ホームも吹っ飛んじまったし、待ったなし……」「そこにエクソダスか?地下から?」ディスカバリーが言った。

「あの街からセクトの連中を排除するなり、取り込むなりして、封鎖する」フィルギアは言った。「地下テリトリーはあんたらの物にすりゃいい」「……」スーサイドはフィルギアを、それからフォレストを見た。キャプテンジェネラルは腕を組んだ。「ワシの庭を荒らしたら許さん。ASAPで出て行け」

 遅かれ早かれ、ニチョームの自治組織はアマクダリと政府によって潰される。ニチョームにはイクサの動機がある。たとえばそれが郊外や荒野の出来事であれば、最終的には問答無用のニューク攻撃が待っていよう。ネオサイタマの中心付近であればこそ、交渉の落とし所を作ることが出来る……。

 排除、封鎖、解放。ヘイヴン(避難所)の再設定……全てのヨタモノの……。スーサイドは奥歯を噛んだ。ネオサイタマの外では戦争。街にはアマクダリ。背水の陣は想像よりもずっと近かった。開戦が全てを早めてしまった。ガラクタが壁際に寄せ集められた部屋を見渡す。壁には「不如帰」のショドー。

「遊撃隊と合流し、そののち進撃を開始」フォレストはうわ言めいて呟く。スーサイドは床をイライラと踏んだ。「遅えぞ……遅えぞ!」ナムサン……その同時刻、シマナガシの頭目たるアナイアレイターはアスファルトに打ち倒され、スターゲイザーに踏みにじられている最中だった。

 

◆◆◆

 

「貴様……テメェ畜生……」もがくアナイアレイターの目から金色の輝きが徐々に薄れてゆく。ストリートやシャッター街をめちゃくちゃに這いまわり、覆い尽くす、呪いイバラじみたアナイアレイターのスリケン鉄条網が、その成長を止めて、錆びながら崩れてゆく。スターゲイザーは無感情に見下ろす。

「お前は、そうだな、俺が直々に止めねばならないニンジャである事をひとまず誇りに思っていい」喋るスターゲイザーの右腕は付け根のところでストリングチーズじみて引きちぎられている。そこへ骨が生まれ、筋繊維が、肉が、皮膚が生まれて、元通りになった。手を握り、開いた。

 時間を巻き戻す事にしよう。サークル・シマナガシはアナイアレイターをその場に残し、スーサイド、ルイナー、フィルギアが別々の方向へ散開した。アナイアレイターはうずくまり、狂笑とともに鏖殺鉄条網を四方八方へ無秩序放出する。彼に憑依した伝説のニンジャ、フマー・ニンジャのジツである。

 フマー・ニンジャは平安時代よりも旧い時代に生き、バトル・オブ・ムーホンにおいて東軍を率いた神話級ニンジャ、ニンジャ六騎士の一人である。マスタースリケンの二つ名を持つ彼が投擲したスリケンは、敵を見ずとも、どこへ投げようとも、敵が何人いようとも、必ず全ての敵に届き殺したという。

 ニンジャソウルの自我は憑依後ほどなくして溶解する。しかしフマー・ニンジャのソウルは特に悪質であった。単なるストリートギャングのリーダーに過ぎなかったアナイアレイターはこの強大かつ暴虐なイービルスピリットに容易に侵された。熱せられ再び冷やされた飴細工じみて、彼の自我は歪んだ。

 彼の中には既にフマー・ニンジャの意志は無い。粗暴な若者の自我をベースにした、キメラじみた混乱が在る。ディセンション。強大なソウルの憑依はそのニンジャにとって幸運だろうか?だが、実在すら疑わしいような古代神話英雄をヨタモノが不用意に宿せば、概ね望ましい結果には繋がるまい。

 散開から数秒。アナイアレイターがフマーのジツを解き放った。この力に手綱はなく、敵味方の区別はない。ネオサイタマの重金属を触媒に、彼のニンジャソウルは際限なくスリケン物質を生成、それらは容赦なき鉄のイバラと化して、敵味方の区別なく、周囲の者達を蹂躙するのだ。

「アバーッ!?」「アバーッ!?」「アバババーッ!」シマナガシを包囲しかかっていたクローンヤクザ部隊は鏖殺鉄条網を逃れる事かなわず、ヤクザカーやドラグーンも為すすべなく絡め取られて、ある者は空中で引き裂かれ、ある者は建物に縫い付けられ、ある者はネオン看板オブジェと化した。

 パスファインダーの監視ポイントに自らを置き、まずは高所から全体の動きを把握せんとしていたスターゲイザーは、災害じみたジツの発動者を仕留めるべく動いた。これを以て、フィルギア、スーサイド、そしてルイナーは包囲網第一波を突破し、個別の追跡者達との戦闘に突入したのである。

 ルイナーの負傷は重いが、戦えぬわけではない。彼は機転を利かせ、後ろから追い来た鏖殺鉄条網に、立ちはだかろうとしたニンジャを見事巻き込む事に成功していた。「アバーッ!?こんな、俺様の……バカな!」マンゴネルと名乗り、アイサツを済ませたばかりの敵ニンジャは引き裂かれ爆発四散した。

「スッゾオラー!」BRATAATATATATAT……押し寄せる鉄条網の狭間で、生き残ったクローンヤクザ達がアサルトライフル銃撃を開始!「イヤーッ!」ルイナーは横飛びに転がって銃撃を回避、それでも飛来した弾丸のうち一つを左手の中指・人差し指・親指で圧縮するように掴んで止めた。

「イヤーッ!」「グワーッ!」ルイナーは進行方向へ現れた別のクローンヤクザの眉間めがけ弾丸を弾き飛ばした。クローンヤクザは額を割られて即死!倒れ込むその者からサブマシンガンを奪い取ると、走りながら後方を撫でるように銃撃した。TATATATATAT!「グワーッ!」「グワーッ!」

「クオオオオーン!」変形しながら立ち塞がるは可変装甲車ロボニンジャ、キュイラジアーだ!サブマシンガン銃弾むなしく鋼鉄のスモトリ鎧じみたキュイラジアー装甲に弾かれる!「イヤーッ!」ルイナーはサブマシンガンをキュイラジアー顔面部に投げつける。撹乱だ!次の瞬間彼はその懐にあり!

「イヤーッ!」ルイナーは身を沈め、下から上、抉りあげるように左腕を動かした。緩慢にすら見える彼のカラテを、キュイラジアーの鋼鉄装甲は易々と受け容れる。まるで溶かすように装甲を破ったルイナーの左手は内燃機関につながる焼けたケーブルを掴み、惨たらしく引きずり出した。「イヤーッ!」

「ピガ、ピガガガーッ!」KABOOM!爆発したキュイラジアーを避けて後ろへ転がると、彼は先ほどのサブマシンガンを再び拾い上げた。噴き上がるキュイラジアー残骸黒煙めがけ、ルイナーは引き金を引き続けた。TATATATAT……煙を見通し、認識していたのだ。奥にまだ一人。ニンジャだ。

 マシンガンなど気休めにもなりはしない。黒煙を越えて回転ジャンプでエントリーしてきたニンジャが着地と同時にオジギし、カラテを構えた。「ドーモ。ミスティルテインです」「ドーモ。ルイナーです」ルイナーは目を細めた。ミスティルテインの左横に、アグラ姿勢の別のニンジャがジワリと滲んだ。

「ソフトマインドです」滲む輪郭のアグラ姿勢者は、ニヤリと笑ったようだった。ルイナーは踵を返した。負傷した彼が二人の手練れニンジャに勝てる筈もなし。ルイナーは状況判断する。スーサイドないしフィルギアを追撃に向かった者等がスライドして来た可能性が高い。どちらかが包囲を突破したか。

「他の連中はいざ知らず。手負いのお前は確実に仕留める。楽だからな」ソフトマインドとおぼしき声が投げかけられる。その声音は不気味だった。「ザッケンナコラー!」「スッゾコラー!」後方からはクローンヤクザ部隊の生き残りが追い付いてくる。ルイナーは怪訝に思う。鉄条網の働きが弱いか?

 BRATATAT……TATATAT!BRATATAT!「グワーッ!」「グワーッ!」退路に立ちはだかるクローンヤクザ達が銃撃に破れ、一人また一人と死んで倒れてゆく。いかなクローンヤクザといえど、ニンジャ動体視力の持ち主と真っ向撃ち合えば勝ち目なしだ。ルイナーは大通りへ飛び出す。

「……」ルイナーは左を見る。走行車両が道いっぱいに展開。バリケードじみて塞ぐ。そして右。散開ポイント方向へ戻る事になる。彼は眉根を寄せた。道を戻る不本意もある。だがもう一つの懸念は、アナイアレイターの鉄条網だ。彼のニンジャ視力は、錆び崩れてゆく枝葉を確かに視認する……。

「絶望だなァ……お前絶望だ」眼前ワン・インチ距離、視界が塞がる。輪郭をおぼろに沸騰させるニンジャの嘲り顔があった。ソフトマインド。「どうやっても無理、無駄」「イヤーッ!」ルイナーは横腹へ水平チョップを繰り出す。ソフトマインドはやや離れた地点に再出現する。「聞きたくないよなァ」

 ルイナーに腰から切断された残像がぼやけながら失せてゆく。数フィート先でアグラするソフトマインド。「事実は曲げられない。お前は死ぬ。どうしようもない。努力は無駄」「イヤーッ!」ルイナーは後ろへまわし蹴りを繰り出す。「イヤーッ!」ミスティルテインだ!ルイナーの蹴りをブリッジ回避!

 ミスティルテインはブリッジ姿勢からプロペラめいて両脚を回転させながら跳ね上げ、ルイナーを蹴りに行く!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ルイナーはバックフリップでこれを回避!「しっかりやれよミスティルテイン=サン……しっかりと」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ぶつかり合うカラテ!

「ようく見ているからな……」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ミスティルテインとルイナーは木人拳じみたワン・インチ距離の打撃戦を開始した。「なかなかいい。消耗させろ……アスファルトで干からびる逃げ遅れのミミズのようにしてやれ」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 ルイナーの右腕には大きな不安があり、カラテ応酬も防戦主体とならざるを得ない。彼はミスティルテインと打ち合いながら退路を探る。不気味なソフトマインドはアグラ姿勢の輪郭をにじませ、ニヤニヤと笑ったままだ。なぜ攻めてこない?何か考えがあるとみえる。

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「キンボシだぞ、ミスティルテイン=サン。ガンバロ……そのヨタモノを殺して最小努力・最大報酬だ……」「イヤーッ!」ヤリめいたサイドキックを、ルイナーはバックフリップ回避!着地点にソフトマインド!「イヤーッ!」空中踵落とし!「おやおや……私を虐めるな」

 ほくそ笑みと黒い影の拡散を残し、やや離れた位置に再びアグラ姿勢のソフトマインドが出現した。「無駄だ、無駄……俺に構うなど絶望を上塗りするばかり」「貴様の相手は俺だ!イヤーッ!」ミスティルテインがジャンプパンチで襲いかかる!「グワーッ!」ルイナーのメンポがひしゃげる!

 ルイナーはたたらを踏み、左腕のガードを掲げた。だがミスティルテインがハヤイ!「イヤーッ!」内から外へ右腕を動かしたミスティルテインは、ルイナーのガードを外側へ開いてしまった。そして左手による無慈悲なサミング攻撃をルイナーの顔面めがけ繰り出した!「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 ナムサン!ルイナーの右肩が裂けた。繋ぎ止める鉄条網の隙間から血が零れた。だがルイナーはミスティルテインの肩に右手を置く事に成功していた。そう。成功だ。右手を置く。ミスティルテインは血走った目を見開き、己の身体の異常の兆しを悟る。そして片膝を突いた。突かされたのだ。

「ははは。痛々しいな。ミスティルテイン=サンをくれてやろう。だが、それ以上使い物になるか?その腕は?」ソフトマインドが嘲る。ルイナーは右手を下へ下へと押し込んだ。「……イヤーッ!」「グ……グワーッ!?」ミスティルテインがもがく。うずくまるように背を丸める。丸めさせられたのだ!

 ルイナーは更に右手を押し込む!鉄条網がバシバシと音を立てて解け、抉れた傷から血が流れ出す。だがルイナーは止めなかった。ミスティルテインはほとんどドゲザめいた姿勢になっていた。プレス重機で押し潰されるようにして、その屈強な身体は歪み、捻じ曲げられてゆく。「グワーッ!アバーッ!」

「イヤーッ!」ルイナーは左手で右肩を押さえる!そして更に押し込む!「アバーッ!アバーッ!サヨナラ!」折りたたまれるような不気味な姿勢を取らされながら、ミスティルテインは圧縮死!爆発四散!「イヤーッ!」回し蹴りを繰り出しながら振り返ると、ソフトマインドはやや離れた位置でアグラ!

 ソフトマインドには少しも動揺や悲愴の様子はなく、追撃の意志もない。ぼやけた影はただ目を細め、笑っているのだ。「イヤーッ!」ルイナーがその顔面へケリ・キックを繰り出す。やはり黒い残像が砕けるように散り、やや離れた位置にソフトマインドが出現する。ルイナーは走り出した!

「俺に必要以上にかまっていても仕方がないぞ……死ぬ前に出来るだけあがくといい」ソフトマインドの声が追ってきた。「何をやろうが絶望だ。それを学ぶために、ガンバロ」右肩を押さえながらルイナーは加速する。大通りをこのまま行けば戻ることになるが、途中の脇道に別のマンホールがある!

「さあどうする……真っすぐ行けば来た道だろう?お前の仲間が死んでいるだけだ。そこで待っているのはスターゲイザー=サンだ。なかなか厄介だったからな、あのニンジャは。スターゲイザー=サンでなければ務まらぬ……さあ。撤退したほうがいい。他の仲間の元を目指すといい……!」

 走るルイナーのニンジャ視力は、前方遥か先で錆び崩れてゆく鉄条網の残骸光景を焼き付けている。やがて道路沿いに廃業ボーリング・センター建物が現れる。ここを右へ曲がり、そして坂を降りれば、地下水路への入り口がある。その先に合流地点がある。ルイナーは状況判断した。彼は微かに笑った。

「さァそろそろ道に……フム?」「後回しだ」ルイナーは言った。更にスプリントの速度を上げる。ソフトマインドはやや驚く。「何?自殺行為。ヤバレカバレか」目的地点はスターゲイザー、足下のアナイアレイター!走りながらルイナーは笑い叫んだ。「イザって時に情けねえ野郎だ!お前はよォ!」


3

「オイ」アナイアレイターは目だけを動かし、敵を見上げた。「オイてめェ」「どうした」スターゲイザーは殆どリラックスして見えるが、油断はなかった。彼はアナイアレイターの危険を正しく認識している。腕一つ奪った相手。周囲には百年放置された廃墟めいた破壊痕が広がる。鉄条網のジツのせいだ。

「てめェ覚えてろよ」アナイアレイターは呻いた。「シマナガシをナメた奴がどうなるか……」「侮ってはおらん」スターゲイザーは言った。再生した腕を動かし、「もっともこの通り、お前の攻撃は私に何も残せはしなかったわけだ。辺り一帯のビルを壊してイキがる、それが限界だな」

 アナイアレイターの手に血管が浮き、アスファルトに爪を立てた。「イヤーッ!」「グワーッ!」スターゲイザーはアナイアレイターの頭をストンプした。「イヤーッ!」「グワーッ!」もう一撃!「……イヤーッ!」「グワーッ!」死にはしない。アナイアレイターのニンジャ耐久力は非凡である。

「うっかり殺す心配がないのはいい」スターゲイザーは言った。そうしている間も、彼は獲物にストンピングを繰り返している。「情報を引き出すもよし、その危険なニンジャソウルをリー先生に献体するもよしだ」「後悔!後悔させて!やる!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 やや離れた地点で、仁王立ち姿勢のドラグーンが関節部から火花を散らし、崩れ落ちた。周囲のヤクザや可変ロボニンジャは先程アナイアレイターのジツに蹂躙されたばかりだ。それを合図とするように、後方のビルの「サシミビアー」の廃看板に亀裂が広がり、砕け、下の地面にバラバラと降り注いだ。

 バラバラバラ……鬼瓦フライングパンケーキの推進音が上空を近づいてくる。スターゲイザーはストンピングを繰り返す。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」遊んでいるのではない。アナイアレイターを殺害せず、戦闘能力を奪う為に、ここまで執拗に攻撃せねばならないのだ。

「お迎えが!来たぞ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「もう少し!仕上げてからだ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」上空から彼らのもとへサーチライトが投げかけられた。「歓迎」の漢字が映る。「追加の人員を降ろせ。見ての通りここは散々だ」彼はIRCで指示する。

 ロープが垂らされ、追加のヤクザトルーパーが次々に降下する。スターゲイザーは時間を溜め……「イヤーッ!」ダメ押しのストンピングを叩き込んだ。「グワーッ!」そして振り返る。視線の先には、全力疾走で接近してくるニンジャの姿。スターゲイザーはノーモーションでスリケン投擲!「イヤーッ!」

 接近ニンジャ……ルイナーは、負傷した右肩を押さえながら地面すれすれへ上体を屈め、これを回避。疾走止まらず!「イヤーッ!」スターゲイザーは更なるスリケン投擲!「イヤーッ!」ルイナーは転倒するかのような危うい前転で回避!ルイナーの後方、追ってくるニンジャ更にあり!ソフトマインドだ!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ソフトマインドはスリケンを三枚、ドライブ放物線投擲!「イヤーッ!」ルイナーは更にアスファルトを前転!コンマ5秒前に彼の身体があった箇所に、ソフトマインドのスリケンが続けざまに落ちてくる。「アッコラー!」「スッゾー!」ヤクザトルーパーが照準!

 BRATATATAT!掃射開始!「イヤーッ!」ルイナーは更に地面を転がり、崩れ落ちたドラグーンのボディの陰へ飛び込むと、一秒足らずのシェルターとした。BRATATATAT!掃射継続!スターゲイザーは更なるスリケンを投擲しかけ、一瞬止めた。彼は状況判断した。そして舌打ちした。

 彼が迷い、悔いたのは、なお生かすべきか否か、その判断だ。アナイアレイターの金色の目が再び激しく光った。「イヤーッ!」スターゲイザーはアナイアレイターを一撃で殺せぬと判断し、三体で固まって掃射を行うヤクザトルーパーにとび蹴りを食らわせ、吹き飛ばした。「アバーッ!」だが遅い!

 アナイアレイターの指先から地面を伝った幾条かの鉄条網は、死にながら吹き飛ぶヤクザトルーパーの足先をギリギリのところで捉えた。手足をネジ曲げながらあさっての方向へ飛ぶヤクザトルーパーの身体を鉄条網が伝い、アサルトライフルに伸びた。ライフル銃口へ。そして射出される銃弾へ。

「イヤーッ!」スターゲイザーはガード姿勢を取らざるをえない!キリモミ回転するヤクザトルーパーの銃からは黒い線が四方八方へ吐き出され、宙を走る。糸をひく銃弾。糸ではない。鉄条網じみたアナイアレイターのジツが絡みついているのだ。うち一つが上空のフライングパンケーキに到達する。

 ナムサン!スリケン素材たる金属を得、銃弾の推進力を得たアナイアレイターのスリケン・ジツ、恐るべきあがきである!機内で何らかの被害を受けたフライングパンケーキがコントロールを喪失し、近くの「野球バット」ネオン看板に体当たりした。KABOOOM!

「まだウカツであったか!」スターゲイザーは顔をしかめ、アナイアレイターから伸びる鉄条網を踏みちぎった。「イヤーッ!」ルイナーにはこの一瞬で十分であった。ドラグーンを蹴り上り、跳躍したルイナーは、空中から襲いかかる猛禽のごとく、スターゲイザーに鉤爪めかせた左手を振り下ろした。

 KABOOM!ドラグーンが爆発した。乱射弾の一つが到達していたのだ。鉄条網がその鋼鉄の身体から飛び出し、ソフトマインドに襲いかかる。ソフトマインドは黒い霞を残しながら点々と再出現し、これを回避するが、スターゲイザーへの援護は行えそうもない。「イヤーッ!」スターゲイザーが応戦!

 スターゲイザーはルイナーの喉首を掴んで止めようとした。だが右腕の動きが阻まれる。片腕をかろうじて上げたアナイアレイターの腕先から鉄条網が飛び、スターゲイザーの腕に巻き付き、引き止めていたのだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」ルイナーの左手が、スターゲイザーの頭部を削ぎ落した。

 スターゲイザーの頭部が吹き飛び、噴水めいた鮮血が迸り出る。ルイナーは着地動作も行えず、地面に叩きつけられた。アナイアレイターは力尽き、うつ伏せに倒れる。ルイナーは呻き、何とか再び起き上がった。アナイアレイターのフードを掴み、引きずり上げた。「立て!」

 首なしのスターゲイザーが後ずさる。鮮血の噴出があっという間に収まってゆく。やがてそこに頭蓋骨が、頬肉が、皮膚が生まれ、スキンヘッドの頭部が再び生じる。心臓部の太陽紋プロテクターが微かに光り、身体に巻き付くファイバーチューブが脈打ち続ける。ルイナーとアナイアレイターは走り出す。

「サーガタナス=サンと同期しました」頭部再生を続けるスターゲイザーの傍らに、ソフトマインドがアグラしている。「合流ポイントの絞り込みがほぼ完了しました。やや時間を取られる事となりはしたが……」「……」スターゲイザーはソフトマインドを見る。やがて発声器官が戻る。「うまくない」

「奴らの合流ポイントは地下水道内。しかもサーガタナス=サンの部隊が、例の下水道のウジ虫連中の攻撃を受けました。異な状況です」「地下だ」スターゲイザーは呟いた。ソフトマインドは発言意図を捉え兼ね、説明を続ける。「確かにバイオニンジャが現れた意味……」「地下はうまくない」

 

◆◆◆

 

 スターゲイザーはミッション外IRC通信回線をアクティベートした。彼同様、セクトの「12人」の立場にあるリー・アラキへのホットラインである。リー先生はしかし、セクトの計画にそこまで協力的ではない。最高幹部の地位でさえ、先生にとってはWin-Win関係のタテマエに過ぎないのだ。

 だが今回はヨダレを垂らして共同作戦に推参する事だろう。リー先生は新鮮なニンジャの検体を常に望んでいるし、名のあるニンジャのソウルとなれば尚更だ。サヴァイヴァー・ドージョーが何故シマナガシの周囲に見え隠れするかは知ったことではないが、INWとドージョーは敵対関係。これも好都合。

 ソフトマインドの「ヒズキ・ジツ」は強力なジツだ。対象ニューロンの軒先を必要以上に荒らさぬ極めて紳士的なやり口であるがゆえ、拒絶し振り払う事も不可能だ。あのルイナーはもはやジツの影響下にあり、追跡は容易。上からはセクトの手勢が、下からはINWが、寄り集まった有象無象を挟撃する。

 それでもスターゲイザーは状況を楽観できない。気に食わないのは作戦展開区域だ。彼は本質的に部下を、他者を信頼しておらず、最重要の局面では自ら手を下したいのだ。しかし……。『天下』インジケータが瞬き、INWとのホットラインが繋がった。

 

◆◆◆

 

「フロッグマン!こちらHQ、状況を!」「ザリザリ……戦闘……ザリザリザリザリ……開……」大型トランシーバーが発するノイズにフォレストは顔をしかめた。LAN環境のない電子空洞地帯で遠隔通信を行うにはこうしたアイテムが不可欠だ。「戦闘開始」彼は一同を見た。「限界だ。出発する」

「しゃあねェ」スーサイドがまず立ち上がった。「そンなら、行こうぜ」「奴らもどうにかするさ……」フィルギアが呟いた。キャプテンジェネラルは無言で片手を差し出す。鷹のような睨みである。フィルギアは老人にタバコとモルヒネを渡した。「ゾンビーとの交戦開始」ディスカバリーが言った。

 キャプテンジェネラルの棲家を離れ、一同は筒状の地下通路を歩き進む。「戦闘地点はBブロックだ。必要な隔壁を下ろし次第、斥候部隊は川沿いに移動して、我々本隊と合流する」フォレストが暗く言った。ザリザリ……トランシーバーがうるさい。フォレストは機械を揺さぶった。「ザリザリ……大将」

「通信状況が良くない。敵兵の規模はどうだ」「10.5人」割れ鐘めいた音声がトンネルに響く。「その小数点以下は何だ」「一人に半分がくっついたようなゾンビーがいるんだ」「成る程」「奴ら、本腰入れて潰しに来たぜ、大将」「被害状況は」「ピンピンしてらァ」

 ザリザリ……「合流ポイントは予定変更無しだな?」「無しだ」「敵はこっちのルートだけとは限らねえぞ。注意しろ!数が多くてよ。ニンジャじゃないゾンビーもいる!そいつらが兵隊になってカサを増してやがるんだ」「学徒動員か。奴らめ……」「ザリザリ……イヤーッ!イヤーッ!」戦闘音!

「あっちじゃ始まったかよ!チェッ!」カマイタチが不満げに、「暴れたりねえんだよな!」虚空に肘のブレードを振り抜いた。「シーッ!黙れ!」フォレストは一喝し、湿った地面にコンマ2秒でうつ伏せになった。「……接近音、複数だ。ディスカバリー!バイオ信号は?」「来てねえな!」「敵襲!」

「敵襲!」フィルギアはわざとらしくカラテを構え、すぐにやめた。「……俺ら、どうすりゃいい?」「適当にしてな」ディスカバリーが答えた。「イヤーッ!」カマイタチが回転ジャンプ、先頭のフォレストの横に着地!程なく、前方の闇の中から水を蹴たてる音が近づいてきた!

「ザッゲンナゴラー!」「ズッゾオラー!」濁った叫び声を口々に放ちながら、おぼつかない足取りで出現したのは……おお、何たる悪夢的事象か?泥まみれのスーツを着、灰色の傷ついた肌、まさに死体でありながら、手に手にドスを持って殺到するそれらは!クローンヤクザのゾンビーではないか!

 ゾンビーに詳しい読者諸氏はこの時首を傾げたのではないか?なにしろリー先生が開発したゾンビーニンジャとは、死体にニンジャソウルを強制移植して作り出す存在だった筈。このクローンヤクザゾンビ達にニンジャソウルが宿っているだろうか?明らかにその様子はない。フロッグマンの当惑も尤もだ!

「イヤーッ!」その瞬間、既にカマイタチとフォレストは交差するように跳躍、着地と同時に、両手のマチェーテと両肘のブレードで、それぞれ二人ずつのクローンヤクザゾンビーの首を刎ね飛ばしていた!「「アバーッ!」」「ザッゲンナゴラー!」「ヂェラッゴラー!」次々に押し寄せる新手!

「ウフハーッ!」「アバーッ!」カマイタチは狂喜!その名通り、江戸時代、エド・モモヤマの治世を騒がせた妖怪事件じみた殺戮風となり、クローンヤクザゾンビーの四肢や頭を切断してゆく!「イヤーッ!イヤーッ!」「アバーッ!」フォレストはついに竹槍を取り出し、まとめて三体ずつ突き殺す!

 他の三人は乱戦に加わることを控え、イクサの趨勢を見守る。ディスカバリーは喚いた。「マジでゾンビーだ!どうなってンだ!」「クローンヤクザは短命だ」フォレストは闘いながらヨロシサン研究員時代の片鱗をのぞかせる。「廃棄されるばかりの死体の再利用としては、奴なりに理にかなっておる!」

「理にかなうッて……原理はどうやってンだ」「ソ連の技術革新が我々の予想を越えた速度で進んでいると考えざるをえない。いよいよ油断ならんぞ……イヤーッ!」フォレストは竹槍を投げた。「アバーッ!」クローンヤクザゾンビ四体が串刺しとなる!これでヤクザゾンビ全滅!戦闘勝利か?……否!

(アバーッ……アバーッ)右の壁の奥、くぐもった音の響きと叫び声。カマイタチは肘骨の返り血を振り払い、顔をしかめる。「この音何だ?」「……」フォレストはククリナイフを構え、壁に向かって油断無き中腰姿勢を取る!「敵の増援だ!総員戦闘態勢!」KRAAASH!「アバーッ!」ナムサン!

 右の壁が破砕し、吹き飛ぶ瓦礫が一同を襲う!もうもうたる粉塵の中から現れたのは、スモトリよりも大きい巨体の持ち主……今度こそゾンビーニンジャの何者かである!「アバーッ!」巨人ゾンビーはフォレストに巨大な金属バットを叩きつける!「イヤーッ!」フォレストは側転回避!

 巨大なゾンビーニンジャはニンジャ頭巾の上から鉄製野球ヘルメットを被っている。野球リーガーの死体にニンジャソウルを憑依させたのだろうか?否、フィルギアは巨人を指さし叫んだ。「オイオイ!ありゃ『スラッガー殺人鬼』のテキサス・ケインじゃねえの?ド級のサイコ野郎……のゾンビーだぞ!」

「ブモーッ!」野球スモトリゾンビがテキサス・ケインの名に明確な反応を見せた。金属バットでフィルギアを襲う!「イヤーッ!」フィルギアは反対の壁側までバック転して回避!「マジであのケインかよ?」スーサイドが叫んだ。「ブッダファック!マジかよ」「誰だ?」ディスカバリーが尋ねた。

 スモトリ崩れの男が野球場に数十人の市民を閉じ込め、一晩かけてバットで皆殺しにした大惨劇を、ネオサイタマ在住の者であれば多少なりとも知っている。そんな者すらもリー先生はゾンビー素体として確保しているのか?然り!「俺はもはやケインではない……ドーモ……マッシャーです!」

 自我を保つゾンビーだ!「イヤーッ!」フォレストがマッシャーのオジギ終了タイミングにククリナイフを投げつけた。「ブモーッ!」マッシャーは金属バットでククリナイフを跳ね返す!さらに返すカタナめいて、スーサイドとディスカバリーをまとめて殴りに行く!「ブモーッ!」

「イヤーッ!」ディスカバリーは危うくこのスイングをブリッジ回避!「イヤーッ!」一方、スーサイドは下ではなく上へ跳んだ!マッシャーの動きは鈍い。スーサイドは振り落とされまいと抵抗しながら、首根へむしゃぶりつく!「この……イカレ野球野郎!」「ブモーッ!」

 更にこの壁穴からは新手のクローンヤクザゾンビー群が出現!彼らに襲いかかる!「「ズッゾオラー!」」「イヤーッ!」フォレストが果敢に迎撃!一方、カマイタチはこの闘争に加勢することができない。「ワドルナッゲングラー!」進行方向からもクローンヤクザゾンビー第二波が押し寄せてきたのだ!

「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「前進!前進せよ。止まってはならん!」敵を斬り殺しながらフォレストが叫ぶ。そのすぐ横に金属バットが叩きつけられる!アブナイ!「ブモーッ……」だがマッシャーの動きは全く精彩を欠いている。スーサイドのジツである!

 スーサイドは巨体に取り付き、後ろからヘッドロックをかけていた。彼の身体は白い光を放ち始めている。反比例するかのように、マッシャーの動きはぎこちなくなってゆく!「アイサツがまだだったなァ……俺はスーサイドだ!」「ブモーッ……!」「イヤーッ!」スーサイドが更に力を込める!

 マッシャーは苦悶し、金属バットを振り上げ、振り下ろした。「ブモーッ!」「「アバーッ!」」クローンヤクザゾンビ数体がまとめて叩き潰される。スーサイドは締め上げる力を固く維持し、マッシャーをまるで荒馬を御すが如く駆り立てるのだった。「ブモーッ!」「「アバーッ!」」

「ブモーッ!」「「アバーッ!」」「ブモーッ!」「「アバーッ!」」ナムアミダブツ!ペルシア帝国の象兵はしばしば驚異的身体能力を誇るアレクサンドロスの精鋭によって鞍から蹴落とされ、せっかくの象を奪われて、自軍を殲滅される憂き目にあったという。この悲惨な同士討ち光景はまさにそれだ!

 マッシャーはクローンヤクザゾンビを殺戮しながら前進してゆく。ついにはカマイタチらを追い抜き、奥から現れた第三陣へと切り込んでいった。「ブモーッ!」「「アバーッ!」」「ブモーッ!」「「アバーッ!」」やがてマッシャーは力尽き、何人かを巻き添えに倒れ込んだ。

「イヤーッ!」スーサイドは回転ジャンプでカマイタチの目の前に着地。もはやマッシャーは動かない。二度目の死を、覚めない死を迎えたのだ!「ジェロニモ!」フォレストが竹槍を再び構えると、僅かに残る敵めがけ突撃してゆく。「ジェロニモーッ!」カマイタチもそれに続く!

 残るクローンヤクザゾンビを殺戮し、一同はT字分岐路の突き当りに到達した。右か?左か?「斥候はどうだ」凄惨なありさまのフォレストがディスカバリーに尋ねた。ディスカバリーはこめかみに手を当てる。「予定通りだ。左……」ドォン!ドォン!不吉な太鼓の音が鳴り響いた。T字分岐路の右だ。

 もはや聞き耳を立てずとも判る。ドォン!ドォン!太鼓の音とともに、恐ろしい数の喚き声が聞こえてくる。クローンヤクザゾンビの集団であろうか?否、それだけではあるまい。マッシャーが如く、何体ものゾンビーニンジャが紛れているはずだ。「急げ!」フォレストが左へ走り出した。

 他の者達もフォレストに続き、再び走りだす。後ろから太鼓の音が追ってくる!ドォン!ドォン!一同は長い下り斜面を降り、やがて、太い柱が等間隔で並ぶ巨大な地下ホールじみた場所へ辿り着いた。柱には警戒色のシートが巻かれ、「危険場」の漢字表記……ドォン!ドォン!太鼓の音が追ってくる!

 見えない程に高い天井に、追っ手の太鼓が反響する。先行していたフォレストが不意に立ち止まった。彼は両手にマチェーテを構えていた。カマイタチ、スーサイドも、やはり戦闘姿勢を取った。フィルギアは唸った。そこには人ではなくコヨーテが居た。ディスカバリーは感じ取った。包囲する敵意を。

 ドォン!ドォン!ドォン!ドォン!太鼓の音は脳をハンマーで殴るような爆音で彼らを苛んだ。ディスカバリーは息を呑んだ。ナムサン……今や、数百対もの目が彼らを取り囲んでいたのである。ドォン!ドォン!ドォン!ドォン!ドォン!


4

「貴様ら」フォレスト・サワタリはマグライトで包囲者のゾンビー顔を照らし渡し、凄んだ。「腐れ脳にいまだ勇気がある奴から前に出るがいい。バラバラに解体してくれるぞ」「ヂェラッゴラー」「ズッゾー」濁った呟きを発する山ほどのクローンヤクザゾンビ。割れたサングラスの奥、血走った眼が光る。

 ゾンビー達は攻撃機会を伺いながら、いまだ動かず。ドォン!ドォン!太鼓轟音!「畜生!」ディスカバリーが耳を押さえ、呻いた。「なんて騒音だ」彼の眼は血走り、息は荒い。ヨロシ信号受信にも支障が生まれてしまうだろう。これが騒音兵器の恐ろしさだ。士気を挫き、抵抗意志を奪ってしまうのだ。

「大将!大将どうにかしろよ」カマイタチが言った。「ジリジリしちまうよ!」「黙れ!」フォレストが叱咤した。「機をはかり一点突破だ!」「ンなこと言ったってさァ」「ザッゲンナゴラー!」包囲ゾンビの一体が飛び出す!その首が折れ曲がり、倒れて痙攣!コヨーテ着地!首への閃くような一撃だ。

 雪崩を打って襲い来るかとおもいきや、クローンヤクザゾンビーは辛抱強く……ゾンビーに辛抱という概念があるのならば……包囲網を維持し続ける。まるでそれはお預けを食っている猟犬のようでもあり、不穏だ。チャラチャラと音が鳴り、彼らの手に持つドス・ダガーが光を受ける。

 コヨーテが唸りながら、次の敵を見定めようとする。イクサは膠着状態……だがそれは明らかに崩壊寸前のダムだ。敵は崩壊のきっかけを待っている。打ち鳴らされる太鼓によって導かれる、その……「ア……」コヨーテが引きつった。フィルギアは不意に変身を解いた。彼は震え、座り込んだ。ドォン!

「オイッ!」スーサイドがフィルギアの首根を掴み、立ち上がらせた。フィルギアはスーサイドに答えず、ただ、震える指先で、闇の中から視界内にかろうじて浮かび上がった巨大な影を指し示すばかりだった。「……」スーサイドは怪訝な顔をした。巨大な影。クローンヤクザゾンビが脇に退いていく。

 ドォン!ドォン!太鼓を打ち鳴らす二体のスモトリゾンビーすら小さく見えるほどの巨大な影は、背中の翼を窮屈そうに折りたたみ、超自然の炉めいた緑の眼を燃やした。そして、おお、ゴウランガ……その巨大なアンタッチャブル恐怖存在は、ゆっくりとオジギをしたのだ。「ドーモ。カラミティ、デス」

「アア、アア、ダメだ、ダメだ」フィルギアは頭を抱え震えだした。「ナンデ……あんなものが」「オイッ!奴は何なんだ!確かにスゲエけどよ、あのクソ化け物が……何だ?」スーサイドは問うたが、フィルギアはもはや役に立たない。「後でZBRを打ってやる」フォレストが低く言った。「迎撃準備だ」

 クローンヤクザゾンビが脇に退いていき、邪悪な影に通ずる道ができた。カラミティの肩の上に、別の影があった。ニンジャ装束の上から白衣らしきものを着ている。「ドーモ。フォレスト・サワタリ=サン。ブルーブラッドです」吸血鬼じみた眼を光らせ、そのニンジャはアイサツした。「ゴキゲンヨ!」

「……ドーモ。フォレスト・サワタリです」フォレストは敵へアイサツを返した。頭を戻しながら素早く弓矢を構え、矢を射た。「イヤーッ!」ハヤイ!「グワーッ!」ブルーブラッドは鎖骨の間に矢を受け、カラミティの肩から落ちかかった。危うくバランスを取りながら、笑った。「ハハハ!無礼者!」

「なンだあ?」スーサイドが訝しんだ。「オイ、いい加減にしろ!」フィルギアの耳元で叫んだ。フィルギアは我に返り、「アア、アイツからは逃げるしかない、フォレスト=サン。ダメだ。逃げよう。肩の奴はどうでもいい。デカイ奴、あれだ。ダメだ。ただのゾンビじゃねえ。平安時代よりも昔の……」

「ンンー」ブルーブラッドが芝居がかって耳に手を当てた。「詳しい奴がいるのか?聞き捨てならないぞ。僕のほうが詳しい!こいつの素体はサルベージが大変な手間だったんだ。いいか、僕の手柄だ。カラミティはなァ、僕が手塩にかけてこうして……」「ゴウオオオーン!」カラミティが吠えた!

「「「アバーッ!」」」放射状の風が巻き起こり、カラミティの足元のクローンヤクザゾンビをなぎ倒した。ブルーブラッドは肩から落ちかかるのをこらえ、「いいか、ドブ水の害虫ども!こいつを出してきた僕の意図がわかるか?貴様らをINWの素材として全回収するべき時がいよいよ来たのだ!」

 ドォン!合いの手めいて、スモトリゾンビーが太鼓を鳴らした。「当然断る!」フォレストがマチェーテの切っ先を向けた。「ゲリラ戦において、きらびやかな新兵器など何の意味もなし。それをわからせる時が来た。全てはフーリンカザンだぞ!」「黙れ、サラリマン!」ブルーブラッドが罵る。

「貴様の妄想に付き合ってやるほど僕は寛容じゃないンだよ!」右腕付け根を矢が貫通!「何がフーリンカザンだ!360度を見渡せ!全部ウチの兵隊だぞ!」左腿付け根を矢が貫通!「そしてこのカラミティ!今この場でお前ら全員捕まえて、ヨロシサン製薬の取り分はゼロ……」左肩を矢が貫通!

 フォレストは弓からマチェーテへ再び持ち替え、ディスカバリーにトランシーバーを渡した。「どうだ!」「ガガピー」ディスカバリーは耳を近づけ、顔をしかめる。「ザリザリ……到……ザリザリ到達し、」「大将!フロッグマンだ」「よし」フォレストはいかめしく頷いた。「聞け!ゾンビーの小僧!」

「いいや聞く耳持たない。アイサツは終わりだ、ドロップアウト者」ブルーブラッドは矢を抜きながら言い放つと、カラミティのこめかみを叩いた。「やれッ!カラミティ!」「オオーン!」カラミティが仰け反る!ブルーブラッドは飛び降りる!カラミティが大きく口を開き……吐いた!緑の火を!

 ZGGBOOOM!「「アバーッ!」」消し炭と化すクローンヤクザゾンビ諸共、ニンジャ達は炎に呑まれかかった。「イヤーッ!」彼らは危うくこの大火を跳んで躱す!「グワーッ!」ディスカバリーの背中に火が移る!地面の水に転がって消火!そこへ間髪入れず、カラミティの右腕が振り下ろされる!

 KRAAASH!水が、コンクリート塊が爆ぜ、クローンヤクザゾンビのバラバラ死体が吹き飛んだ。「グワーッ!」ディスカバリーが柱に叩きつけられた。「イヤーッ!」カマイタチは回転ジャンプで柱を蹴り、更に別の柱を蹴った。そしてカラミティの頭部めがけ跳躍攻撃を仕掛ける!

「イヤーッ!」フォレストは転がりながらマチェーテを投擲!狙いはカラミティの眼だ。だがカラミティはこれを蚊でも扱うように片手で払いのけ、空中のカマイタチを逆の手で殴りつけた。「オオーン!」「グワーッ!」カマイタチは身体をくの字に折って吹き飛び、柱に叩きつけられた。「グワーッ!」

「逃げろ!」フィルギアは叫んだ。そこへ巨大な死肉が飛んできた。ナムサン……カラミティが無造作に手近のスモトリゾンビーを掴んで投げたのだ!「グワーッ!」KRAAASH!巨大な死肉の隙間から蛇が逃げ出す!「じきだ!もうすぐだ!」フォレストが叫んだ。「死力を尽くせ!」

「ザッゲンナゴラー!」「イヤーッ!」「アバーッ!」フォレストが身を翻すと、迫り来た二体のクローンヤクザゾンビーの首が刎ね飛ばされた。その陰からブルーブラッドがアンブッシュ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」長い爪とフォレストのマチェーテがぶつかり合う!「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 数度の切り結びから、不意にブルーブラッドが身を引いた。フォレストは舌打ちした。壁じみたカラミティのケリ・キックが時間差でブルーブラッドの後ろから飛んできたのだ!「グワーッ!」四肢をバラバラに吹き飛ばすケリ・キックは、しかし不発!カマイタチがフォレストを横から蹴り飛ばしたのだ!

 フォレストを蹴った反動を利用して斜めに跳んだカマイタチは、別の柱を蹴り、再び攻撃を仕掛けた。回転!そして両肘のブレードで斬りかかる!「イヤーッ!」その時、カラミティの翼が天井を覆わんばかりに拡がった。カマイタチは目を見張った。翼がカマイタチを強烈に打った!「グワーッ!?」

 撃ち落とされるカマイタチめがけ、カラミティは大きく身をのけぞらせ……火を吐いた!ZGGGBOOOM!「カマイタチ!」フォレストは弓矢を構え、カラミティの左目を射抜いた。だが止まらない!カマイタチが呑まれる!「アバーッ!」BOOM!容赦なき炎!カマイタチ爆発四散!「サヨナラ!」

「オオオ!」カラミティが咆哮し、スーサイドを蹴りつける!「グワーッ!」蹴りがかすめただけで、その身体はキリモミ回転しつつ吹き飛び、受け身も取れずに水に叩きつけられた。「ゴウオオオーン!」「見たか害虫共ッ!」ブルーブラッドが勝ち誇った。「カラミティ!抑えろ。せめて死体を残せ!」

「ゴウオオオーン!」「グワーッ!?」カラミティはブルーブラッドに巨大な腕を振り下ろした。「何をやッてる!まだ敵はいるんだぞ!」危うく直撃を逃れたブルーブラッドは巨大な悪魔に向かって喚いた。「言う事を聞け!」「ゴウオオオオオーン!」「調整が……」「イヤーッ!」「アバーッ!?」

 フォレスト・サワタリは両手のマチェーテをV字に振り抜き、着地した。その後ろ、切断されたブルーブラッドの身体が舞い、首は切り離されて闇の中へ消えた。「……!」フォレストはバシャバシャと水を跳ね、気絶したディスカバリーを抱え上げた。カラミティは更なる炎を吐きかけるべく身を反らす。

「全軍!備えよ!」フォレストが叫んだ。「畜生」スーサイドが頭を振り、起き上がろうともがく。フォレストはその腕を掴み、立ち上がらせた。フクロウが羽ばたき、フォレストの目の前を飛び回った。フォレストは耳に手をかざした。ゴゴゴ……やがてその音はスーサイドにも聴き取れる大きさとなる。

 カラミティでさえ、その音に注意を奪われた。地響きを伴うその音……その水音……濁流の音は、等比級数的に大きくなっていった。フォレストはスーサイドを睨んだ。「備えよ」「……」スーサイドは絶望的に肩を竦めた。一瞬後、汚水の奔流がこの大ホールに突入した。KABOOOOM!

 濁流の中に、押し流される白いワニが見え隠れする。巨大な流れだ。フォレストとスーサイドは力の限り高く跳び、柱を蹴って更に跳んだ。だが、それでも呑まれた。「ウオオオオン」カラミティの困惑の咆哮もやはり呑まれた。クローンヤクザゾンビは全滅。鉄砲水めいた流れは全てを押し流す。全てを。

「ガボッ!ガボッ……」スーサイドはもがいた。水面に持ち上げられ、沈められ、また持ち上げられる。彼は耐えた。(((ニンジャだ!俺はニンジャだぞ!)))イカダらしきものが視界の端を行き過ぎた。それから、巨大な蛙だ。蛙と目があった。巨大な口が開き、舌が伸び、スーサイドを絡め取った。

 激流の中スーサイドは意識を保とうと務めた。柱や壁に叩きつけられれば死ぬ可能性もある。白いワニ達がマグロめいて流されてゆく。カエルの背にはニンジャが一人。そして、二つのイカダ。イカダにもニンジャが何人か。彼は幻覚を見たと思った。そこにはアナイアレイターとルイナーが含まれていた。

「あれはアクマ・ニンジャだ」フィルギアの呟きを、その場の者達は聞くともなく聞いている。「アクマ・ニンジャ・クランの開祖……いや、開祖ッてのも違うよ……あいつを崇拝するニンジャ達が作ったのがアクマ・ニンジャ・クランで、あいつ自身は、もっと強大な、神話伝説の怪物だ」

 スーサイドは配布されたオカキを義務的に咀嚼しながら、廃棄された下水道職員詰め所を見渡す。先の破滅的な合流を経て、人数は倍以上になった。初めて目にするサヴァイヴァー・ドージョーの者達は皆、人外のバイオ存在だ。「ツキジ・ダンジョンッてのは、元は地下街……昔に何で廃墟になったのか」

「人間……欲望。破滅、堀り返す」全身が長い毛で覆われたニンジャ、ファーリーマンが、非難がましく呟いた。「文明の驕り、恐怖を容易に忘れさせる。忘れてはならない自然の摂理」彼の応急処置は適切であり、アナイアレイターと、特にルイナーは、ようやく多少マシな治療を受けることができた。

「……」フィルギアはファーリーマンに一瞥をくれ、話を続けた。「当たらずとも遠からずじゃねえかな……アクマ・ニンジャは恐ろしい奴で、カツ・ワンソーが地下深くに封じたンだ。コリ・ニンジャ・クランにやらせてさ。それが、今のツキジ・ダンジョンの下だったのかも」「自然に感謝せねば……」

「だから俺はブルッちまってさ……臆病なんだ、俺」フィルギアは言った。「いくらそれが死体だからってさ……そンなもんゾンビーにしちゃいけねえよ……さすがに目眩がするぜ」「反自然の所業!」ファーリーマンが拳を握りしめた。「……ここからカブキチョ地下へ、どう行く」スーサイドが尋ねた。

 フロッグマンらドージョーの別働隊は地下水門のバルブを操作し、地下大ホールに別区画の汚水を注入した。イカダを伴い、濁流とともにエントリーしたフロッグマンの巧みな働きによって、濁流に呑まれたフォレストらは無事回収されたのだ。フロッグマンは地図を取り出し、床に拡げた。

「この先の区画は、無計画な増設と廃棄の連続で、立体的な多層の迷路になっている」フロッグマンは言った。「敵を撒くにはもってこいだ」「ああ、INWとアマクダリの挟み撃ちだ」ディスカバリーが呟く。「カマイタチの奴はよ……」「うむ」フォレストは頷いた。「だが弔いは後だ。作戦は続く」

「行こうぜ。落ち着かねえ」スーサイドが立ち上がった。フィルギアは目で追った。「景気をつけてえなァ。どうもうまくなくッてさ……」「ダセエ奴」アナイアレイターがガラガラ声で言い、懐からコロナ・ビールを出した。フィルギアは笑った。「持ってきたのか?ビルから?意地汚え奴!」「褒めろよなァ」

 儀式めいてこれを一同で回し飲んだ後、陰鬱な逃避行が再開された。フロッグマンが先頭、油断ならぬセントールが最後尾だ。最初の角を曲がるか曲がらぬかの時点で、早くもディスカバリーはこめかみに指を当て、眉根を寄せた。「集まってきてる……ヨロシ信号だ。この感じはクローンヤクザだ」

「アマクダリか?」「だな」「解せん」フォレストの目は険しかった。「このクチトンネル区域はネットワーク網からフリーだ。電子通信を用いて我々を追尾する事は不可能だ。なぜ……」「来たぜ、来た!」ディスカバリーが前方の闇を指さす。フロッグマンがマキモノを構え、ハイドラが前へ飛び出す!

「アッコラー!」「スッゾオラー!」暗視スコープゴーグルを装備し長靴を履いたクローンヤクザが前方角から飛び出し、アンブッシュ銃撃をしかけようとする!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ナムサン!フロッグマンの素早いマキモノ攻撃とハイドラの飛び蹴りで瞬殺!

「ザッケンナコラー!」「チェラッコラー!」更に多数の足音が右前角から接近してくる。フォレストが三連続前転で前へ出、弓矢で丁寧に額を撃ちぬいて、彼らを殺害していく!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「左斜め下の坂道、降れ!」フロッグマンが叫んだ。

「スッゾー!」「スッゾコラー!」BRRRT!TATAT!マズル光がトンネル迷路の壁を白黒に照らし出す。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「グワーッ!」「ニイイイーッ!」「アバーッ!?アバババーッ!」寄せては返すヤクザ波を、機敏なフロッグマン、ハイドラ、セントールが迎撃する!

「敵にニンジャがいねえ」アナイアレイターが訝しむ。「我が部隊の規模を測っておるのだ!イヤーッ!」「アバーッ!」フォレストがクローンヤクザを弓矢で射殺しながら答えた。「我が小隊と貴様ら協力的民兵が一箇所に集まり、ニンジャ密度が非常に濃い。敵軍もおいそれとは手が出せん」

「気に入らねえな」スーサイドが言った。「気に入らねえ。奴らにいいように転がされてるみてえだ。それッてのはよ」「チッ……進行方向だ」ディスカバリーが言った。「待ち伏せされてる。迂回だ」「これだ」スーサイドは唸った。「さっきから、どうなってやがる!」

「ザッケンナコラー!」「スッゾコラー!」「ニイイイーッ!」すぐさまセントールとその背にタンデムしたファーリーマンが迎撃に向かう!「ハァーッ」ルイナーは仲間に守られながら、その足取りが乱れがちだ。「オイ」スーサイドが振り返る。「平気かよ」「理解できてきた」ルイナーは呟いた。


5

「理由は俺だ」「……」彼らは足を止め、訝しげにルイナーを振り返った。ルイナーはこめかみを指さした。「多分、居る」「何がだ!」スーサイドは声を荒らげた。フィルギアが手で制した。「居るッてのは」「ジツを喰らってる。まだ影響下だったんだ。ウカツだ。離れて感覚が無くなったからよ……」

「さっき話したソフトマインドって奴?」「ああ。俺に、ついて来てやがる。最初は単なるテレパス野郎だと思った。ずっと話しかけてきた。ナメたクチをきいてきやがるだけの、おかしな奴だ。きっとその時、ジツは完成していたんだ」「聞き捨てならんぞ」フォレストが言った。「貴様自体が発信機と?」

「敵、全滅」セントールとファーリーマンが息を弾ませて戻ってきた。「停滞、良くない。急がねば」「ゴチャゴチャうるせえ!取り込み中だ!」アナイアレイターが叫んだ。そしてフォレストに一歩踏み出した。「テメェ、何が言いてェんだ、オイ」「……」ルイナーが手で制した。そして頷いた。

「フー」フィルギアは肩を竦めた。諦めたように頷き返した。「アァ?」アナイアレイターの金色の目が剣呑に光った。バシバシと音を立て、振り上げた腕に新たな鉄条網が巻き付いた。フィルギアはサングラスを外し、言い放った。「しょうがねェ」「……」アナイアレイターはフィルギアの目を見た。

 アナイアレイターの腕から鉄条網がほどけた。腕をおろし、水を蹴った。「そいつ見とけ。スーサイド」「ああ」フィルギアはサングラスをくるくると弄びながら、フォレストとルイナーを見た。「俺ら、こういう時の覚悟はできてる」「そういう事だ」とルイナー。彼は目配せした。次の分岐路で別れる。

 01000101……ソフトマインドは内心、せせら笑う。ルイナーは部隊の逃走方向を偽るべく、ただ一人離脱するというわけだ。だが……ヒズキ・ジツは発信機などという生ぬるいものではないのだ。ソフトマインドはルイナーの視覚、聴覚に相乗りしている。先程の会話は全てが筒抜けであった。

 今この瞬間も、ルイナーのニューロンに声を送り撹乱する事は可能だ。だが今はその時ではない。ソフトマインドはジツの気配を引き続き殺す。現在、ルイナーに相乗りする視界と、やや離れた地点を移動するソフトマインド自身の視界が、二重に重なり合っている。彼はIRC通信を行い、本隊に指示する。

 010010001……分岐路において、ルイナーは他の者達に最後のアイサツをかわした。フロッグマンが進み出、マキモノを渡す。迷水路の地図だ。ルイナーは踵を返し、もはや振り返りはしない。迷水路を歩き進む。やがて走り出す。もはや使い物にならぬ負傷した腕を押さえ、他の者から遠く、遠く。

 壁には「44」「益々」等の標識ショドーのペイント、水際に等間隔のごく僅かなLEDライト、ルイナーのニンジャ暗視力をもってしても、そう遠くまでは見通せない。ルイナーは走る。彼は思い出していた。シナキ・ストリートの高架下の逃走。追手はサンダーファング・ヤクザクラン。ありふれた一夜。

 当時、ルイナー達は調子に乗っていた。絶頂だった。ルイナーはニンジャであり、ヤクザはモータルで、カモだった。サンダーファングの連中の上前を跳ねたのも、調子に乗っていたからだ。そのオヤブンがニンジャでなければその後も……もう数週間、数ヶ月……調子に乗り続けることができただろう。

 高架下の逃走は失敗に終わった。闇の先にはヤクザバリケードとサンダーファングのオヤブンが待っていた……。今回はどうだろう。その点、恐ろしさはない。ルイナーは逃げるために走っているのではない。逃がすためだ。行き先は廃線路……廃ステーション「コモドマ」。

 見えた。廃線路からホームへ上がり、「拷問」「金が全て」「ワンクスタ」「スラムダンク」等のショドー・グラフィティに満たされた壁に手をつき、破壊された改札を抜け、廃地下ショッピングモールに出た。ルイナーは「楽しいワインのパーティは」の色褪せた広告ポスターの横で立ち止まった。

 シュルシュルシュルシュル……微細で奇怪なモーター音。一つ、また一つ、徐々に近づいてくるのを、彼のニンジャ聴覚が捉える。そして拍手。足音。「ドーモ、オツカレサマドーモ」ソフトマインドが拍手しながら現れた。「餌にかかった魚が少なくて申し訳ない……全ての努力は無駄……犠牲も無駄」

 シュルシュルシュルシュルシュル……「イヤーッ!」ルイナーは跳んだ。KBAM!一瞬後、彼の足元で爆発が起こった。「グワーッ!」ルイナーは衝撃波によって吹き飛ばされ、柱に叩きつけられた。一瞬の閃光を透かして、ルイナーのニンジャ視力は、甲虫めいた金属塊が炸裂するのを捉えていた。

 シュルルルル……片腕で身体を支えたルイナーのもとへ別の接近音。ルイナーは横へ転がる。KBAM!「グワーッ!」回避が間に合わない!彼は跳ね飛ばされて床に倒れ込んだ。「アイサツする前に死んでしまうのではないか?」ソフトマインドが笑った。「囮の役にも立たぬ弱敵……」

 ルイナーは頭を振って起き上がる。背後に気配。闇を透かして見ようとする。不自然な輪郭。ステルス装束か。「ドーモ」その方向からアイサツが聴こえた。シュルルル「ダートボムズです」「イヤーッ!」ルイナーは側転回避を試みる。柱の陰から甲虫めいた爆弾が飛び出す!KBAM!「グワーッ!」

 まだ早い。死ぬにはまだ早い。時間を稼ぐ必要がある。ルイナーはチャントじみてニューロンに反芻する。死ぬまで走れ。死ぬまで走れ。死ぬまで後何周走れる。まだ早い。シュルルルル……KBAM!「グワーッ!」「然り、お前が無い知恵絞って誘導できたのは僅か二名」ソフトマインドの声が飛んだ。

「セクトの部隊は既にお前ら主力部隊の包囲を終えている頃よ。サンズリバーで先に待て」ソフトマインドが肩を揺らして笑う。彼は決して届かぬ距離を維持している。だがその声はルイナーのニューロンに直接届くのだ。「これが、近づきカラテを当てるしか能のないサンシタに対するフーリンカザンだ」

 ルイナーは片腕をだらりと垂らし、片腕でデスパレートなカラテを構える。ダートボムズのステルス装束が柱の陰から別の柱の陰へと渡る。決して届かぬ距離だ。ルイナーは目を細めた。「ウヌッ?」柱の陰で、ダートボムズの訝しむ声が発せられた。「何……アバーッ!?」そして鮮血が噴き出す音!

「何でこんなところにトラバ!」喚きながら、柱の陰からダートボムズの身体がはみ出し、床に倒れ込んだ。「トラバサミ!ヒューッヒューッ」ダートボムズは激しく痙攣し、喉のあたりから鮮血と、笛めいた音を迸らせる。「……」柱の影が膨らみ、虚ろな熱を帯びた眼光が瞬いた。そして消えた。

「ダートボムズ=サン!どうした」ソフトマインドが叫んだ。「ヒューッ、ヒューッ、ヒューッ……」ダートボムズは痙攣を続ける。ルイナーはソフトマインドを睨み据える。タッ……タッ……タッ……闇に響く柔らかい音は、同行者が壁を蹴り渡る音だ。「オイッ!」ルイナーは怒声を張り上げた。

 ソフトマインドは反射的にルイナーを見返した。その一瞬の隙。並のニンジャであればあっさりと命を奪われていただろう。だが彼はアマクダリ・アクシスの手練。そのニンジャ第六感は、壁と柱をピンボールめいて反射跳躍した後に斜め後ろ上から斬りかかってきた別の敵の攻撃を、寸前で察知した。

「イヤーッ!」ソフトマインドがブリッジを繰り出した直後、致命的斬撃が、一瞬前まで彼の首のあった場所を通り過ぎた。「チィーッ!」飛来したニンジャは舌打ちし、床に手をついて側転跳躍。やや離れた柱の横に着地した。そしてアイサツを繰り出した。「ドーモ。フォレスト・サワタリです」

「ドーモ。フォレスト・サワタリ=サン」ソフトマインドはオジギを返す。緊迫状況下であり、かつ彼の心には疑念が満ちていたが、アイサツは絶対。古事記にも書かれている。頭を上げながら彼は問う。「これはいかなる事だ」「いかなる事も何も」フォレストは編笠を直した。「貴様がマヌケなのだ」

 ルイナーは息を吐き、額の脂汗を拭った。倒れるにはまだ早い。いかにしてソフトマインドとダートボムズを誘い込んだか。フィルギアの機転が効いた。奴はわざわざサングラスを外して喋りはしない。外した後は、嘘八百だ。その手の秘密めかした非常プロトコロルを、シマナガシは幾つも共有している。

 フィルギアが話しながらサングラスを外す。不自然極まる仕草だ。これですぐに伝わった。ルイナーは視線を外し、分岐路でも振り返らず離脱した。それ以上の打ち合わせはない。その後フィルギア達が何を試みるか、そこまではわからない。だが、なるようになる。ルイナーはそう思っていた。

 離脱後の彼らが、仮にルイナーを犠牲にする作戦を打ち合わせたとしても、それはそれで構わない。奴らは少なくともアマクダリの思い上がった連中に一発喰らわせるだろう。片腕を負傷し、もはやこのイクサではカラテの役に立てぬ彼が、その助けになれれば、それで十分なのだ。

 ルイナーはダートボムズの攻撃をひたすら耐え、何らかの変化を待った。……結果はご覧の通りだ。やってきたのはフォレスト・サワタリ。驚くべきニンジャ野伏力。重傷下のルイナーでは、彼の二重尾行じみた追跡に気付くことすらなかった。「つまりだ……ソフトマインド=サン」フォレストが言った。

「俺がこうしてベラベラ喋っておるのは、即ちこの戦闘空間を俺が既に掌握し終えた事実を示す。準備には充分すぎる時間があった……貴様に逃げ場はない。斥候を落とす事が現在の我が部隊の最優先行動だ。つまり貴様をだ」フォレストの目に無感情な殺意が淀む。「いよいよナムの地獄を見せてやるぞ」

 ソフトマインドのニンジャ第六感は、周囲に複数、ただならぬ悪意の発信源を感じ取った。彼は摺足で一歩後ずさった。「なるほど、実際それはブラフでは無いようだが……」「イヤーッ!」フォレストがマチェーテを投擲した。回転する危険な刃は一直線にソフトマインドの首を狩りに行く!

「ムフン!」ソフトマインドは鼻を鳴らした。その輪郭がぼやけ、じわりと滲むと、残像に重なるように、アグラ姿勢のソフトマインドが現れた。その頭上をマチェーテが飛びすぎる。なんたる奇怪な回避動作か?だがフォレストはマチェーテ投擲と同時に斜め跳躍を繰り出していた。「イヤーッ!」

 その直後、ブツリと紐状のものが切断される音が闇に微かに響いた。ソフトマインドの背後の空気が揺れたと思うと、一瞬後、柱を中心に、旋回する振り子めいて、禍々しい木杭が突進してきた!「ウヌーッ!」ソフトマインドはアグラ姿勢のまま頭を巡らせた。その輪郭がぼやける。木杭攻撃を回避!

 今のトラップはマチェーテがトリガーを切断した事で発動されたと見てよかろう。抜け目ない男!一体いつ?ソフトマインドが訝しむ間もあらばこそ、別の柱を蹴ったフォレストがバイオフロシキを解き、中の物体を投げ落とした。……鍋?ソフトマインドは目を見開く。アナヤ!KABOOM!

「イヤーッ!」ソフトマインドのアグラ輪郭がぼやけ、再出現した。だがそれでは足りぬ!鍋の中にはみっちりとネジ釘が詰められており、それが爆散、彼の周囲の狭い空間を一瞬にして蹂躙したのだ!「グワーッ!」キリモミ回転しながら跳躍したソフトマインドの身体に金属片が突き刺さる!

 ルイナーは柱から柱へ移動しながら、出来る限りこの戦闘の範囲外へ逃れようとしていた。通路のあちこちに剣呑な物体が配置されている。見よ。例えばあれはトラバサミだ。実際ダートボムズは回避行動の最中にこの一つにかかり、動きを封じられた一瞬の内に、為す術無く首をナイフで裂かれたのだ。

 これらの設置はいつ為されたか?ルイナーがダートボムズの追尾爆弾を必死にやり過ごしていたその時であろう。音と震動、閃光。容赦なき波状攻撃は、一方で、隠れ潜むフォレストの隠密性を倍増させた。となれば、一秒でも長くあがこうとしたルイナーの行いは無意味ではなかったのだ……。

 ルイナーは数歩足を引きずり、膝をつき、手をついた。支える力はすぐに失せた。緊張の糸を切るには早い。彼は己を叱咤しようとしたが、この闇にあるはずのない緑と黄色のスペクトル光が邪魔をした。無限に放射される光の中に、ルイナーは倒れた。ナムサン……彼の直ぐ側には横倒しの小瓶があった。

「チイッ」ソフトマインドは舌打ちした。彼のニンジャ自律神経は空気中の尋常ならざる化学物質の存在を意識していた。メンポの対毒機構を以ってしてなお、それは猛威を振るう。この場にいる者の中で、その正体を知るのはフォレスト・サワタリただ一人。気化させた幻覚ショーユである!

 ソフトマインドは壁に張られた何らかの危険なワイヤーにたたらを踏む。振り返った彼は身を隠す影を垣間見る。フォレスト。バイオフロシキをゲリラじみて顔に巻きつけている。気体に対する守りか?「イヤーッ!」ソフトマインドはヒズキ・ジツを試みる。だがすぐにリンクが断たれた。集中できない。

 ソフトマインドの肉体は既にこの危険な気体への順応を開始している。そう強い毒ではない。たとえ対毒処理を施した専用のフロシキで身を守ろうと、殺傷力の高いガスを無差別に撒けばフォレスト自身の破滅ともなる。「面倒な真似を……」ソフトマインドはトラバサミを避け、通路を渡る。

 この毒から完全な精神コントロールを取り戻すまでに恐らく十数秒はかかろう。だがそれは、何たるイクサにおいては気の遠くなるほどに悠久の長時間か。かような胡乱なニンジャを相手に、アクシスのニンジャが後手後手に回っている。面白くない事だ。ソフトマインドは顔を上げた。槍が飛び迫った。

「イヤーッ!」ソフトマインドは飛来した竹槍を裏拳で払い飛ばした。彼は眉根を寄せた。竹槍の末端には別のワイヤーが結ばれている。スコココ……奥の闇で不審な音が鳴った。コココ……ココココ……音が回りこむ。ソフトマインドは弾かれたように振り向く。ナイフが飛来!

「イヤーッ!」ソフトマインドはこれを水平チョップで弾き返す。今度は横から別のナイフが飛来!「イヤーッ!」これをも弾き返す。何たることだ。ブービートラップの引き金か?次の攻撃はどこだ。彼のニューロンは毒への順応と共に速まり、主観時間が泥じみて鈍化する。

 彼は敵の姿を探した。返り討ちのすべを。己の過去のイクサの中から、この状況に役立つノウハウを掘り起こそうとした。ソーマト・リコール現象である。もはや彼は認めざるを得なかった。ダートボムズを用いた集中攻撃に乗じられ、この地をトラップ空間に作り換えられたその時点で……。

 シュゴウン!弧を描いて、木杭トラップが飛来する。ソフトマインドはブリッジ回避を行おうとする。だが、できない。なぜだ?後ろから羽交い締めにされている。木杭の先端はソフトマインドの心臓付近の装束を、皮膚を貫き始めている。(((やれやれ。所詮イクサの幕切れなど、こんなものよ)))

 ソフトマインドの回避を一瞬封じたフォレストは、巻き添えを食わぬよう、即座に羽交い締めを解いた。離れ際、フォレストはソフトマインドの首筋にククリナイフを走らせ、切り裂いていた。フォレストが横へ転がる。木杭がソフトマインドの胸を貫き、背中側から飛び出す。首から血が噴き出す。

 ソフトマインドはメンポの奥で口を歪め、己のウカツ、フーリンカザンの完成を笑おうとした。だが、間に合わなかった。「サヨナラ!」ソフトマインドは爆発四散した。

「ナムは地獄……昨日の友が今日の死体となり、今日の希望は明日の凶運を呼ぶ」フォレストはブツブツと呟いた。「ナムはイサオシ無き死のフィールド……ベトコンは貴様の力の十全の発揮を待ってはくれんのだ……」編笠を目深に被り、彼は身を屈めて歩いた。うつ伏せに倒れたルイナーが身動ぎした。

 

◆◆◆

 

「……」パスファインダーは湿った床の上でじっと伏せていたが、やがてゆっくりと身を起こした。「途絶えた」トンネルには即席の通信拠点が設けられ、無線ヤクザが作業している。ここは既にLANネットワークの届かぬ電子空白地帯内。この拠点から地上の中継ポイントへは音声交信が行えるのみだ。

 チュウイイイー、チュウイイイー……無線ヤクザが台上のオフラインUNIXのアナログダイヤルを操作すると、計器類の針がゆらゆらと蠢き、スピーカーからは、地上のスターゲイザーの音声がノイズを纏って流れだす。『…は、どうか』「あまり順調とは言えませんな」パスファインダーは腕組みした。

 地上へ向けてチューニングしたチャネルに割り込むように、短距離無線の音声がスピーカーを荒らした。『アバッ!グワーッ!アバーッ!』『どこから……上から?アーッ!』『イヤーッ!』『グワーッ!』『ニイイイーッ!』『バケモノ!バイオのバケモノが!アバーッ!』

「手こずるな……」『地の利は奴らにありか』「実際そういう事です」パスファインダーはウロウロと歩きながら答えた。「ソフトマインド=サンは死んだ可能性が高い」『そうか』「我々のみならずINWをも出し抜いた。実際見事なものです」『敵を褒めても仕方がないぞ』「攻めきれておりません」

『まるで蟻の巣だ!ここは!文明じゃない!タスケ、アバーッ!』『イヤーッ!』『スッゾオラー!』『イヤーッ!』『グワーッ!』『パスファインダー=サン。サーガタナスです』指揮官ニンジャからの通信だ。『数では依然我々の優勢ながら、どうやら敵は勝手知ったるエリアに到達した様子……』

「洞窟?」『あらかじめ築いてあったのではないかと思料します。敵はそうしたトンネルを縦横に移動し、クローンヤクザ達を分断、包囲、挟撃……そしてまた隠れてしまう』「ナンセンス」パスファインダーは苦笑。「まるでベトコンだ」『実際ベトコンです』「ヨロシイ」パスファインダーは頷いた。

 彼はオフラインUNIXを振り返った。モニタには地下通路図が表示され、波紋を発するマーカーが複数点滅している。包囲部隊が発する無線信号だ。「ネオ・カブキチョ・エリア?」パスファインダーは呟いた。彼は鼻を鳴らした。「退路を断ってゆけ。じわりじわりと封じ込めるべし」『ヨロコンデー』

「現状は……」パスファインダーはスターゲイザーに説明しようとした。スターゲイザー音声が遮った。『概ね把握できた。ま、こんなところだろう。何人か殺したかったが、サヴァイヴァー・ドージョーと合流されてはな』「は」『根こそぎ一箇所に掃き集め、檻のサル山にでもしておけ』

「実際このペースならば、一時間もかからず、地下の封鎖処理は完了しましょう」『深追いには注意を払え。ニンジャの犠牲を増やすな。今はまだそのときではない』「は」『クローンヤクザと遊ばせておけ。じき、機を見て叩き潰す。ヨロシサンのサブジュゲイターだったか?あれのジツも必要となろう』

「……という事だ」パスファインダーはサーガタナスに言った。「よしなにな」『ヨロコンデー』『下だ!下から……アバーッ!』『スッゾオラー!』『ニイイイーッ!』『非クローンの士気が挫けてきています』「やむを得んだろう」パスファインダーは頷いた。「スターゲイザー=サン、地上は……」

『検問体制を構築していく。速やかにな』「仕事が増えますな」『リスク管理はかえって容易になった……ひとまず、そう考えておくとしよう。まずい酒は飲みたくない』「ごもっともで」『HQ!HQ!また半人半獣の……』『ニイイーッ!』『アイエエエエ!』

 

◆◆◆

 

 ……ニチョーム・ストリート、未明。デジタル・クラブの建物に囲まれた狭い十字路のマンホールが、ガタガタと音を立てた。やがてそれは内側からずらされた。円い闇の中から手がズイと突き出し、アスファルトに触れた。最初に出てきたのはフィルギアである。

「……」フィルギアは身体の埃を払う仕草をし、伸びをした。「……アー……朝の空気……実際新鮮な……」それから、取り囲む人々を見渡し、そのままホールドアップした。「……イヒヒヒ、悪いね」「さァて、何匹這い出してくる。貴様らゴミクズ共」包囲者のリーダーらしき者が凄んだ。

 スキンヘッドにサイバーガスマスクというその風貌、ひと目で只者でない事がわかる。ニンジャである。それも、アマクダリの。腕章には「天下」の漢字を意匠化したエンブレムが誇らしげに刺繍されている。「ちょっと待ってね」フィルギアは鷹揚に答えた。「何人だったかな……今出てくるから……」

 BLAM!返答代わりの威嚇射撃である。笑顔のフィルギアの頬に赤い痕が刻まれる。アンティーク・ピストルをスピンさせたのち、そのニンジャは威嚇的に顔を突き出した。「調子ィーに、乗ってやがるゴミ虫は何匹かなァー?」フィルギアは虚ろな笑顔を崩さず、包囲者達の顔を見ていく。

 サイバーガスマスクのニンジャの他にもニンジャがいる。緊迫した表情でフィルギアを睨む大柄なボンズ・ヘアー。フィルギアはこの者を知っている。ネザークイーンだ。かつてニチョーム自治会が健在だった頃、用心棒じみた力仕事をこなしていたニンジャ。その傍らには、ジャージ姿の黒髪の娘。

「つまりだ、つまり」サイバーガスマスクのニンジャはフィルギアから顔を離し、消臭剤を己に繰り返し噴きつけた。「つまりつまりつまり、この俺、ディクテイター様の指揮下、我が町ニチョームのボンクラどもが、秩序を乱しに現れた劣等ゴミクズ野郎どもを袋叩きにしてしんぜ……」「イヤーッ!」

 マンホールの蓋を跳ね上げながら、垂直に何かが飛び出し、宙から包囲者達を睨みおろした。敵意と攻撃性に溢れる金色の目で。「まだだぞ!」フィルギアがアナイアレイターを見上げた。アナイアレイターは残忍な笑みを浮かべる。そして、落下する。「エッ?」ディクテイターが、ぽかんと見守る。

 ネザークイーンが、そして黒髪の娘……ヤモト・コキが、カラテを構える。アナイアレイターが両足で力強くアスファルトを踏みしめると、大地が揺らいだ。「エ?」ディクテイターがもう一度、怪訝そうに声を発する。フィルギアは小首を傾げる。「さて、どうすッかな」


 【デス・トラップ、スーサイド・ラップ】終



N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)

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