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【ペイルホース死す!】#6

承前

1:昇降機

その名に違わず、〈火の諍い女〉の髪は燃えるように赤い。その双眸は対照的に深く青く、そして冷たく、キャプテン・デスを見た。美しかった。だが少年は死を思った。そののち、吹き飛ばされた。何かが真横から飛来し、脇腹にぶつかったのだ。磨かれた壁に背中から衝突し、少年は咳込んだ。

一瞬遅れて、キャプテン・デスは事態を呑み込んだ。脇腹にぶつかったのは逆向きに飛んできた槍の柄だ。投げたのはザラカ。〈火の諍い女〉の黒い剣は一瞬前にキャプテン・デスがいた場所を縦に斬った。少しも躊躇のない攻撃だった。少年は己の頭が首の付根まで深々と割られるさまをありありと予想する事ができた。ザラカは少年を守ったのだ。己自身の為に。

昇降機の扉が開いた。キャプテン・デスは転がり込んだ。〈火の諍い女〉が向かってくる。そこにザラカが飛びかかった。〈火の諍い女〉はザラカの三連続の蹴りをいなし、逆袈裟に斬り上げた。ザラカは身を反らして躱したが、完全ではなかった。異色の血が天井に跳ねた。

〈火の諍い女〉の黒い刃は極度に高い密度を持った物質で、いわば小さなブラックホールだ。剣の柄に用いられた特異な魔術的テクノロジーが、いかようにしてかブラックホールと周囲の空間の自壊を妨げ、刃の形に保ち、羽根のような軽さをもたらしている。危険かつあり得べからざる、かつてありし大時代の片鱗をのぞかせる武器だった。

ザラカは身体を捻り、鞭のような蹴りと掌打を続けざまに繰り出した。〈火の諍い女〉は丁寧にそれらを防御した。防御しながら、機を見て、後ろに跳んだ。キャプテン・デスは既に昇降機の操作を終えていた。しかし昇降機が上昇を始めるよりも、〈火の諍い女〉が躊躇なく入り込んでくるのが先だった。ザラカの叫びを、昇降機の扉が隔てた。

ゴウ……ごく狭いシリンダー型の昇降機が、風を切って垂直に浮き上がる。キャプテン・デスは上昇の圧力を感じながら、〈火の諍い女〉と対峙する。 冷たい青い目。殺意。黒い重力場の剣が繰り出された。キャプテン・デスの右手が動いた。サーベルを鞘走らせ、鍔に鍔を当て、切っ先を逸らした。

〈火の諍い女〉は眉を微かに動かした。訝しんでいるようだった。キャプテン・デス自身も驚いていた。〈火の諍い女〉が左手を閃かせた。白い美しい指先が少年の首筋を襲う。キャプテン・デスは咄嗟に片膝と左肘を女に当て、ぐいと押した。〈火の諍い女〉はバランスをくずした。重力場の剣がキャプテン・デスを再び襲った。キャプテン・デスは前のめりに屈んで、これを躱した。両者の位置が入れ替わった。

昇降機が停止し、キャプテン・デスの背後で扉が開いた。キャプテン・デスは転がり出た。〈火の諍い女〉が斬撃で追い打つ。キャプテン・デスは刃を振り回しながら後退する。女の剣さばきは流麗で、黒いつむじ風のようでもある。キャプテン・デスは間合いを取ろうとする。

そこは無数の採光窓に囲まれた、巨大なドーム状の広間である。東西南北にアーチ門が設けられ、うち南が、彼らが用いた昇降機のエントランスになっている。二度、三度、四度、〈火の諍い女〉が斬りつける。キャプテン・デスは受け流しながら後退する。二者は広間の中央に移動してゆく。女の表情に懸念が広がる。少年も同様だ。

少年は所詮、名もなき奴隷に過ぎず、訓練を受けておらず、体も貧相である。しかし目の前の恐るべき戦士の攻撃に、かろうじて対応している。この星に突入し、出迎えた兵士と斬りあった時もそうだ。銃と同様、おそらく剣にも、使い手の技量を支える不可思議な仕掛けが秘められている。だがそれだけではない。

彼は少しずつ理解し始めていた。継承の意味。金星のあの日、あの場所……乳色の髪の恐るべき男が彼に触れた時、あの時すでに、少年はもはや名も無き奴隷の少年ではなく、キャプテン・デスであった。他者のアイデンティティを押し付けられ、かつての自己はいびつな形で過去に押しやられつつあった。

彼の剣技は〈青ざめた馬〉を率いる恐怖すべき男が磨き上げた剣技、すなわち、キャプテン・デスの剣技の片鱗である。キャプテン・デスとは彼自身だ。戦っているのはキャプテン・デスなのだ。では彼はなぜ今この双子王の星に至り、光芒会議を敵に回し、戦士を敵に回し、無謀極まる戦いを行っているのか。いかにも奇妙な事に思われた。

キャプテン・デスの攻撃を、〈火の諍い女〉は苦もなく防いだ。女は防御から流れるように斬撃に転ずる。鏡のように磨かれた床を蹴り、宙を舞った。キャプテン・デスはこの戦いの目的を思い出そうと必死だった。

……姉だ。姉が売られてきた。それを助ける。それが目的だ。少年は安堵した。そしてその瞬間、〈火の諍い女〉の姿は彼の視界から消えた。戦闘に死力を尽くせば目で追えたかも知れない。だがその問いこそ、彼がキャプテン・デスとなった理由そのものなのだ。このコンマ数秒の不注意を誰が責められようか。

2:四つの門

キャプテン・デスの外套の背が斜めに裂け、血が噴き出した。〈火の諍い女〉が彼の頭上を宙返りに飛び越え、死角から斬りつけたのだ。キャプテン・デスの身体から力が抜けた。膝をついた少年の後ろに〈火の諍い女〉は着地した。少年の髪をグイと掴み、上向かせた。

「お前はキャプテン・デス。間違いない」初めて女が声を発した。冷たく澄んだ、水晶の鈴のような声だった。「だが、どういう事だ? その姿は」「お前だ……お前……」少年は呻いた。「知っているぞ……殺した……お前が……」「……」〈火の諍い女〉は眉をしかめた。少年は朧な夢を重ねて見ていた。少年は問うた。「何故殺した」

「何故だ。〈戦士〉よ」広間の東門から別の声が飛んできた。「この星は我が領土。これ以上の主権侵害は寛大な私であっても許可できぬ。特に、大気圏外に静止している者が放つ矢は、我が土地を手酷く傷つけておる。無視できんな」

霞む目で、キャプテン・デスはその者を視認しようとした。東のアーチをくぐって現れたのは、煌めく衣に身を包み、金銀の輝きと共に歩いてくる、背の高い男だった。あれが〈東の白夜〉だ。事前情報で確認した通りの、扁平で、どこか石めいて見える不気味な顔の持ち主であった。

ZM……ZMZMZMZM。威嚇めいて、彼の周囲に十数名の近衛兵がブリンクアウトした。兵士達は無言で光弓を〈火の諍い女〉とキャプテン・デスに定めた。「その者キャプテン・デスは、我が騎士団にて拘束し、我が国の法をもって裁く。〈戦士〉といえども……」

「〈戦士〉は光芒会議の承認を得ている。会議の承認すなわち太陽系の命令だ。逆賊となりたいか」答える〈火の諍い女〉の注意が逸れた一瞬を、キャプテン・デスは突いた。腕輪の防衛機構を働かせる。青白い電光が閃き、女が苦痛に顔を歪めた。キャプテン・デスは女から身をもぎ離した。

「とにかく動くな!〈戦士〉よ!」〈白夜〉がサーベルの切っ先を向けて牽制した。「掃除屋風情が……卑しき者は我が領土において好き勝手をするなと言っておる。当然お前も動くな、キャプテン・デス! 必ず極刑となるであろうが、我が国は法治国家であるゆえ裁判を経て審判を下す……」

「"我が国" だと? おぞましや!」西からも声。アーチをくぐって現れたのは〈西の夕闇〉だ。その両脇に大型武器を携えた陶製兵がブリンクアウトする。「なぜお前がこの憩いの大広間に汚れた足で踏み入りおるか。ここは先般の第122次城内戦役において我が側の領土と決しておる筈。主権侵害に異議を申し立てる!」

〈火の諍い女〉とキャプテン・デスを挟み、二人の王子は睨み合った。〈火の諍い女〉は微かに笑った。呆れたように。その時、KRAAAAASH……床が破砕し、竜人が垂直に飛び出すと、強烈な羽ばたきの風でドームの者たちを圧倒し、空中で身を翻して、〈火の諍い女〉めがけ襲い掛かったのである。時は再び動き出した。

滑空しながらの蹴りを受け、〈火の諍い女〉は床を転がった。ZAP! ZAP! ZAP! 双子王の手勢が光弓による激しい銃撃を交差させた。キャプテン・デスは北門めがけ走り出した。そして、「ピオ。ピオ」コートの襟元をかき合わせ、しもべに対する通信をリクエストした。「状況はどうだ」

『ミメエとギャスを保護しました。引き続き衛星軌道上の〈戦士〉と交戦中です』ピオの声が返ってきた。忠実なるしもべは付け加えた。『おそれながら、船長。お怪我を?』ピオはキャプテン・デスの生命反応を読み取るすべを持っているのだろう。「平気だ」『医療器具を用いて下さい』

「ザラカ!」少年は竜人に声を飛ばした。耳のすぐ横を光弓の筋が通過した。その方向へ撃ち返すと、兵士は胸を撃ち抜かれて息絶えた。「ザラカ! 上だ!」「何?」ザラカは〈火の諍い女〉の攻撃をかわし、掌打を見舞った。戦闘中の彼に、キャプテン・デスはあえて命じた。「頼む。まず天上の〈戦士〉だ!」

3:陽動者

「イィーハーハァーハァー! ヒイーイヤァーッ!」ギャスは口角泡を飛ばして狂喜の叫びを上げた。彼が馬を駆るところ、槍を構えた兵士達は無惨に首を刈られ、鮮血を噴き上げながら死んでゆく。彼らの馬の周囲には回転する刃が二つ、衛星めいて旋回している。ナイフを持つ手が宙に浮かび、向かってくる兵士を殺戮しているのだ。

「俺様は無敵だァーッ!」「アンタただの運転役だろうに!」後ろにまたがるミメエが笑いながら呟いた。然り。攻撃しているのはミメエが切り離した手である。だがギャスは省みない。「死にたい奴は前に出やがれェーッ!」馬の背に手綱を叩きつける。

「アオオオ……」タロス級の陶製自律兵が続けざまにブリンクアウトし、歩兵を踏み潰しながら向かってくる。丘向こう、靄にかすむシルエットは目的地たる双子王の城塞だ。「このまま最短距離を取り、城門へ」ピオが指示した。ギャスは舌打ちした。

馬は鋼の蹄鉄で地面を蹴り、ジグザグに跳ねた。ZOOOM! ZOOOOOM! 1秒後、天から光の矢が降り注ぎ、彼らを追った。〈戦士〉の軌道上からの狙撃である。「虫、テメェ、バリアは!」「再充填にはまだ時間が」「じゃあウンブダの野郎だ! あいつ、何をやってやがるんだよォー! 止めやがれ!」ギャスは後方を何度も振り返った。「黙って走らせなよォ……要はあのクソッたれの城にブチ込めばいいんだ」ミメエがギャスの顔を押して前を向かせた。

「アオオオオ!」タロス級が悲鳴を上げる兵士を掴みあげ、 馬に向かって投げつけた。馬の足元に叩きつけられた兵士はバラバラに砕け、鎧の装甲と四肢が手榴弾めいて撒き散らされた。回避が間に合わねば馬から振り落とされ、たちまち往生してしまっただろう。「へひィ! ウンブダ! ウンブダ畜生ッ!」次々に兵士が投げつけられ、血と肉と鉄が飛散する。

「その調子でキリキリ操縦しなよ。迷惑かけたら殺すからね」ミメエがギャスの耳元で叫んだ。そうするうちも、馬の周囲を踊るように舞う刃は射掛けられる矢を弾き飛ばし、追いすがる兵卒を切り裂き、吹き飛んできた生首を真っ二つにしてゆく。

「アオオオオオオ……」タロス級の巨人が更に数体ブリンクアウトする。鈍重な足を振り上げ、土を蹴散らし、石塊が降り注ぐ。「迂回だ! 迂回するしかねえ!」ギャスは馬首を右に向け、方向転換を行った。「最短距離を取りなさい、ギャス!」ピオが咎めた。「制裁に繋がる行為……」「犬死にだッてンだよ!」

ZOOOOOOOM……ZOOOOOOOOOM……光の矢が追い来る。「殺されッちまう! 殺されッちまう!」光の矢が……止まった。走りながら、ギャスとミメエは訝しげに顔を見合わせた。「……ウンブダ? やったのか?」彼らの推測は外れていた。ウンブダだけのはたらきではなかった。城郭のドームの天窓が砕け、その中から天をめがけて飛翔した存在があった。逆さの稲妻のように。

4:沈黙をもたらす

「狙撃手!」ミリリイオーキはスラスターから断続的に圧縮空気を吐き、羽ばたきながら、地上からの攻撃を躱す。「そろそろ、しつこいぞ。僕は気の長いほうだけど」ドウッ。ドウッ。発射音が装甲を伝わる。手応えがない。そして、予測地点をやや離れて、撃ち返しが来る。

ミリリイオーキはエテルのざわめきを察知して狙撃を回避する事ができる。だがそのせいで、見えている凶賊に集中することができない。クルワルは死んだから、フレンドリー・ファイアを気にせず自由に撃てるようになった。しかし狙撃手の厄介さがいよいよ増している。こうしているうちにも狙撃の精度は上がり続けている。

「やはり狙撃手が先……集中しないといけない」ミリリイオーキは呟いた。「狙撃手、狙撃手。まず狙撃手をやらないと。参ったなあ。クルワルの奴、残念だったな」ミリリイオーキは呟いた。「あいつは良い奴だったし、やられちまうなんてさ。何だ?」

最後の「何だ?」は、全く彼の意識に無い存在に対する驚愕だった。それは星からまっすぐに飛び来たり、ミリリイオーキの眼前に静止した。腕組みをし、身体を伸ばし、皮の翼を大きく広げていた。ミリリイオーキの翼よりも、大きく、優雅だった。

「竜……」身を守る、あるいは逃走する発想が神経系統を駆け抜けた時、地上からの狙撃がミリリイオーキの左の翼を射抜き、それを妨げた。竜人ザラカは既にミリリイオーキの兜を掴んでいた。ミリリイオーキは踠いたが、ザラカが逃すはずも無い。ミリリイオーキは悶え、手足を反らせ、痙攣した。ザラカはミリリイオーキの頭を胡桃のように握り潰した。

〈戦士〉の残骸を彼方めがけ放ると、ザラカは双子王の星を無感情に眺め、そのまま宇宙のエーテルを漂った。広げた翼は延命された太陽の光と風を捉え、悪竜に力をもたらす。それでも、舞い戻るだけの力を再び得るには時間を要するだろう。

愚かなことだ。竜は淡々と思考する。〈火の諍い女〉はキャプテン・デスの手に余る使い手。ザラカが相手をせねば、あの少年は遅かれ早かれ死ぬ事になる。捨て石の奴隷を助けるために、わざわざ唯一の命綱たるザラカを、こうして切り離した。愚かで、不可解だ。

そして、キャプテンが死ねば、すべては水泡に帰する。ザラカも、ミリリイオーキの攻撃を逃れた地上の奴隷達も、所詮、ほんの暫くの仮初めの命を得たにすぎないのだ。あの黄色い太陽のように、おぼつかない延命を。だがそれでもキャプテンの呪わしき命令は絶対である……。

5:ウンブダ

重力場の剣。その黒色の刃がキャプテン・デスをめがけた。キャプテン・デスは後ろへ倒れ込んだ。〈白夜〉の兵が少年の転倒に巻き込まれて躓き、刃の軌道上に入り込んだ。キャプテン・デスは鎖骨から上を切断された出来立ての死体から這い出し、走り出した。

〈火の諍い女〉はさらに二人を斬り殺し、後を追おうとした。その踵付近に銃弾が跳ねる。女は振り返って刃を掲げる。四半秒後、そこへ第二の銃弾が飛来し、弾け飛ぶ。彼女は銃弾の角度を見やった。ドーム外からの攻撃だ。飾り窓を貫き、より遠くの地点から。針葉樹の頂点付近に影が蠢いた。狙撃者の姿は一呼吸の後にはすでに滲むように溶けて消えていた。

人の兵、陶磁の兵が左右から殺到し、互いに殺しあった。流れ弾、狂った剣、怒声と槍と四肢の残骸が飛び交い、〈火の諍い女〉を飲み込んだ。黒い刃が一度閃くたびに、三つ、四つの兵が死に、あるいは破壊されたが、敵対する二勢力はこのドームを決戦場と心得たか、少しも勢いは衰えず、ぶつかり合って、女の足を止めてしまっていた。

「忌々しい事だ」女は北のアーチ門へ走り込むキャプテン・デスを睨み据えた。その視界が敵の血で真っ赤に染まった。彼女の髪色なのか、返り血なのか、もはやわかりはしない。キャプテン・デスは北のアーチ門を越え、昇降機に踏み入った。戦さの高揚に任せた〈白夜〉の兵が突入してくるが、二挺拳銃がそれを退けた。

ゴウウ……黄金のシリンダー昇降機が冷たい上昇を開始すると、キャプテン・デスはようやく深い息を吐き、背中から崩れるように腰を下ろした。コートを脱いで、慣れぬ医療器具を背中に用い、血を止める。ようやく己の怪我が浅くない事を知った。

正しい処置ができているか不安だったが、与えられた時間は短い。再びコートに袖を通し、回転式弾倉に銃弾を込め直す。「ピオ。上がっている。衛兵はやり過ごした」『……』応答は無い。交戦中か。あるいは既に破壊されてしまっただろうか。ザラカは衛星軌道上の〈戦士〉を仕留める事ができただろうか。

「血の姫はやがてシロツメクサの美姫に移り、おお、杯? それは確かに積乱の惑いにも似て……」昇降機の中に呟きが木霊した。キャプテン・デスは飛び上がるように立ち上がり、剣に手をかけた。チリチリと小さな電光が閃き、声の主が出現した。「聖なるかな。それは戦士の酒杯、否、二つの手の中で遊び踊る凶運か……」

「ウンブダ」キャプテン・デスは呻いた。この者が直接に現れるとは。だが、ザラカは宇宙、ミメエ、ギャス、ボゾが陽動作戦を行っているとなれば、確かにこうして動けるのは瞬間移動が可能な彼だけだ。そして彼が動けるという事は、軌道上の敵が死んだ事を意味する。「助けに来てくれたのか。他の皆は?」

「鎖持てそれら使徒は今や城郭の顎に至る、或いは静かな沼を喰らいし悲しきものすらも……?」ウンブダはガラスペンで素早く図面を描いていく。そして少年に恭しく差し出した。「美姫、即ち我が主の喉元に突きつける刃となりしか」「地図」キャプテン・デスは図面を受け取り、呟いた。この先の区画……後宮の地図だ。進むべき道、救うべき唯一の家族に至る道だ。

「今や世界は至れり。注意めされよ、薔薇こそはその棘を以て何よりも勇者の死の源であろうゆえに……どうか」ウンブダはキャプテン・デスの手を両手で握りしめ、頭を垂れた。そして姿を消した。昇降機が停止し、黄金の扉が開いた。キャプテン・デスは両手に拳銃を構え、磨かれた大理石の廊下に踏み出した。後宮に。

まず彼の鼻腔をついたのは凄惨な血のにおいだ。少年は足を速める。白い腕が見える。駆け寄ると、侍女の死体。緑のリボンが血で染まっている。恐怖に目を見開き、その胸には刃で抉られた無残な傷がある。そこから溢れ出した血が床に筋を引いて、少し離れた床でうつ伏せになった侍女の死体の血だまりと繋がっている。

「GRRRRR!」唸り声の方向に顔を向けると、戸口に現れたのは青いヴェールで顔を覆い、禍々しい形状の剣を構えた人の兵だった。少しの逡巡も見せず、人の兵はキャプテン・デスに襲いかかった。BBLAMNN! キャプテン・デスも容赦しなかった。二挺拳銃は過たず人の兵の脳天と首を射抜き、殺した。

双子王は互いに常に争い、互いの手勢を殺し合わせている。一方は陶製の機械を以って。一方は肉体を改造した人の兵を以って。突入に先立ち、キャプテン・デスは予備知識として双子の対立図式を既に学んでいる。戦いの中でもそうした諍いが彼の有利に働いた。彼らは何故そんな事をするのだろう。それはわからぬままだ。名前すら与えられずに育った奴隷の少年には、光芒の貴族の思考は遠すぎた。

緑と青は双子王それぞれの象徴色だ。青の兵が緑の侍女たちを殺戮しているのだろう。死体は新しい。「青ざめた馬」という外敵の侵入があってなお、双子王は争い続けているのだ。ともに防衛網をしき、ともに「青ざめた馬」と戦いながら、少しも互いへの攻撃の手を緩めていない。理解できない。

「GRRRR!」「GRRRR!」隣室から血塗れの刃を手にした人の兵が飛び出してくる。キャプテン・デスは引き金を引き続けた。撃ち尽くし、弾倉が開き、空薬莢を排出し、人の兵がボロ雑巾のようになって大理石の床に横たわる。青いヴェールがはだけると、兵達の顔は枯れしなびて獣のように牙を剥き出した異形だ。

少年の胸中に恐怖が木霊した。それから遅れてふつふつと湧いてきたのは、道理のわからぬ怒りだった。どうしてこの者達は死ななければならない。どうして自分は殺さねばならない。キャプテン・デス? 青ざめた馬? 何だって、こんな事をさせるのだ? 何に対して怒るべきなのか? 

少年にとって、怒りはいかにも慣れない感情だった。少年は怒りを弾丸に込め、銃倉に装填していった。「ねえさん」少年は呟いた。「ねえさん。出て行こう。こんな場所からは」

6:侍女長

侍女長は大理石の槌矛を躊躇なく振り下ろし、人の兵の頭を叩き潰した。血と肉が寝所の床に跳ね散った。銃弾と硝煙で城内を汚すことまかりならず。槌矛は剣や光弓よりもなお強い護身の武器である。

「御安心めされよ、イルダ様」侍女長が頭をさげると、微細なモーターがキュイキュイと音を立てた。侍女長の生身の部位は脳と顔面を除いて他に無かったが、その生身の顔すらも、機械めいて表情は皆無だ。

「〈夕闇〉様の命により、我らは全存在をかけて貴女をお守り申し上げる次第」ドオン……異を唱えるかのように、くぐもった音が聞こえ、足元が振動した。「わたし、これからどうなるの」イルダは尋ねた。侍女長は頷いた。「〈夕闇〉様は完全にして無欠の統治者であらせられます。十日後の婚礼儀式をもって、貴女は正式に第23代王妃となります」

「23? それまでの22人は?」「……?」侍女長は訝しげに首を傾げた。「彼らは何?」イルダは震える手で、たったいま侍女長が作り出した血だまりを指差した。侍女長は質問に答えるべきか吟味していたが、やがて頷いた。「〈白夜〉様が繰り出す兵力です。われらと違い、肉体の力に頼っております。我らは永き闘争の関係にあり、それがこの星の統治の方法でもあります」

「私を殺しに来るの?」「とんでもございません」侍女長は無表情に否定した。「貴女を所持するか否か。それが今回の内戦の勝敗を決めるのです」「所持」「〈夕闇〉様と〈白夜〉様が互いに相争うことが、この星の繁栄に不可欠です。コンフリクトなくば世界は冷え、停滞が待つでしょう。まるであの黄色い太陽のように……」

侍女長は槌矛を構え、戸口に向き直った。「GRRRRRR!」唸りを上げ、人の兵が突入してきた。侍女長は機械的に槌矛を振り下ろして闖入者を殺害した。「中央広間が現在の主戦場です。〈白夜〉様は広間に主力を向ける一方で、イルダ様を奪還し、逆転をも視野にいれておいでです」「GRRRRRRR!」更なる人の兵が飛び込んでくる。侍女長は機械的に殺戮する。

イルダは必死に考えようとした。しかし、わからなかった。彼女は奴隷にすぎない。世界を知らない。目の前の嵐をいかにやり過ごすか、どう行動すれば相手に従順さを伝える事ができるか、それを必死に考えていた。〈双子王〉の存在は彼女の理解を超えていた。困惑の奥底から、死への恐怖が少しずつ立ち上ってきた。

「死にたくない」イルダは呟いた。侍女長は機械的に答えた。「貴女は死にません……」「GRRRR!」「GRRRRRRR!」人の兵! 雪崩れ込んでくる。侍女長は一人目を左に叩き潰し、二人目を右に叩き潰した。三人目は侍女長の足首を狙った。侍女長は槌矛を振り下ろし、叩き潰した。それを飛び越え、四人目が飛びかかった。

侍女長は仰向けに倒れた。その顔面に、平型ナイフの刃が水平に突き立っていた。機械の身体が2度痙攣し、動かなくなった。イルダは呻いた。「GRRRRR……」侍女長を殺した人の兵は喉奥から唸りを漏らし、ゆっくりと、イルダに向かって手を伸ばした。

イルダは逡巡した。イルダは奴隷であり、求められれば与えるものだ。従順である事が価値につながる。それが生まれながらに染み付いている。……生まれながらに? イルダは後ずさった。「来ないでよ……」呟く自分の声を、彼女は他人の声のように聞いていた。

人の兵が近づく。イルダが下がる。ふくらはぎにベッドが当たり、倒れこむ。人の兵は戸口を振り返った。BLAM。黒いコートの少年がその脳天を撃ち抜いていた。イルダは身を起こし、少年を見た。「……誰」イルダは問うた。少年は怯んだ。やがて答えた。「キャプテン・デス。〈青ざめた馬〉のキャプテン・デスだ」

「キャプテン・デス?」「出て行こう」少年は決然と言った。「もう、たくさんだ」「……」イルダは震えた。だが、頷いた。そして呟いた。「もう、たくさん」 

#7に続く

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🍣🍣🍣キャバァーン!
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