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【ビースト・オブ・マッポーカリプス後編】#7

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 二者の頭上には黄金の立方体が冷たく輝いている。生育を続ける巨大な蔦、あるいは木の幹は、冷たい黄金立方体をめざし、垂直に伸び続けている。太陽を掴もうとあがく罪人めいて。だが、あまりにも遠いのか、あるいは距離という概念が愚かなのか……黄金立方体は少しも近づくことがない。

 のたうち伸びる蔦という足場は、不安定ではあったが、彼らのニンジャバランス感覚をもってすればイクサにいかほどの支障をもたらす事もない。非ニンジャであれば1秒と保たず足を滑らせ遥か下のネオサイタマへ落下してしまうだろう。

 極彩色だった空は、いつしか藍、黒に変わってゆく。(((懐かしき哉、とでも言おうか))) ナラクの声が残響した。(((この樹の野放図な生育が導く先は、やがては真空、星の海よ。だがマスラダ。早々に決着をつけよ。上昇続かば、いずれ空気が失われ、カラテすらも困難となるであろう)))「ああ。やる」ニンジャスレイヤーの拳が燃えた。「終わらせるぞ」

 不意に、野花の香りが漂ったように思った。それはマスラダの知らぬ香り。アヴァリスの土地の記憶だった。地上の音届かぬ筈のこのイクサ場に、蹄の群れの音、クロヤギの嘶きが聴こえた。アヴァリスは笑った。ニンジャスレイヤーは跳んだ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」アヴァリスの身体が暗く輝く!

 えぐるようなニンジャスレイヤーの鈎の手を、アヴァリスは腕を回して払う。ニンジャスレイヤーの首布が燃えながら翻り、カウンターウエイトを作り、逆の腕の速度を支えた。アヴァリスは信じがたい柔軟性で首を横に倒し、断頭チョップを回避! だが、反らしたその胸に、後ろ回し蹴り!「イヤーッ!」

 アヴァリスは狼狽えず、強烈なメイアルーアジコンパッソの踵を胸で受けた。ズム、という奇妙な手応えに、ニンジャスレイヤーは怯んだ。奇怪な弾力、反発力だ。泥のように柔らかく、だが、エメツ合金のように硬い。速い速度に応じる、肉の躍動……「イヤーッ!」「グワーッ!」

 次の瞬間、ニンジャスレイヤーは背中から背後の幹に叩きつけられていた。アヴァリスの瞬間的な反撃打であった。ワン・インチ・パンチめいて、コンマゼロ数秒の全身の微震動を伴う、力の解放……。掌を上向けたチョップ突きが、ニンジャスレイヤーの喉を、砕いていた。

「……!」ニンジャスレイヤーの喉から黒炎が溢れた。彼は血走った目を見開いた。全身にナラクの炎を循環させる血流が制御を失い、音が遠くなり始めている。狂った骨笛の音が風のように漂い始める。壁めいた樹木から身を剥がし、着地する。アヴァリスを凝視する。まだだ。まだ亀裂は生きている……!

 アヴァリスの肉体に、消えることのない亀裂が残っている。攻め続けろ……攻め続けねば…… (((マスラダ! マ……))) ナラクの声がザラザラとささくれる。乾く。アヴァリスの緑黒は、万色を溶かし込んだ混沌の色。奪った力を統合し……「嗚呼」アヴァリスは呟いた。「オクダスカヤーノフの土のにおいだ」


◆◆◆


 ……その、遥か下!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」地上!枯れ果てた植物衣を纏うネオサイタマのビル群に、無数のニンジャ達のセイケン・ツキ・カラテ・シャウトはいまだ規則正しく響き渡っていた!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャ達は天のキンカクに、始祖カツ・ワンソーの威光にカラテを捧げるべく、必死の形相で中腰姿勢を取り、叫びながら、右拳を前に突き出し、右拳を戻しながら左拳を前に突き出す動作を、虚しく繰り返す。

 虚しく? 本当にそうだろうか。

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