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S3第4話【ヨロシサン・エクスプレス】全セクション版

総合目次 全セクション版
分割版:◇1 ◇2 ◇3 ◇4 ◇5 ◇6 ◇7 ◇8 ◇9 ◇10


1

「ヤメロー! ヤメロー!」必死の悲鳴が距離を隔てた廊下にまで聞こえてくる。廊下をしめやかに歩き進むコマヅカイ達は眉をひそめ、足を早めて遠ざかった。「ヤメロー! ヤメロー!」悲鳴の源はホンノウジ・テンプル城、サタの庭だ!

 見よ! 白砂が敷き詰められ、モミジ・ボンサイに囲まれた庭園に今、縛られ正座させられた者達が横一列に並べられている!「ヤメロー! ヤメロー!」「どうか! 俺は悪くないんです!」「助けてェー!」動くこと、かなわず! そしてその列の前に、より高位の罪人あり。青ざめ、だが微動だにせぬ一人。ニンジャである。彼の名はルーテナント。

 やがて、「オナーリー!」若々しいコショウが艷やかな声を発すると、キン、キン、キンキンキンキン……。ヒョウシギのビートが徐々にBPMを上げていき、庭に接するカモイのフスマの奥、異様なアトモスフィアが充満した。フスマには、トノサマの両腕を一太刀で斬り飛ばす英雄戦士が描かれていた。

「……エイッ!」ターン! 巨大なフスマが左右に力強く開かれた。レーザーポインターめいた眼光を室内の薄闇に滲ませ、日の下に現れた異形の王の姿を目の当たりにするや、縛られ横一列となった罪人が全失禁した。「「「アイエエエエ!」」」タイクーン、すなわちアケチ・ニンジャ! その腕、四本!

 フスマが開く風圧が庭を吹き抜け、モミジの葉を散らした。この日、タイクーンは黒鋼のニンジャ甲冑に、感傷的な喪章をつけていた。「……マイトイカラスは素晴らしい聖戦士であった」タイクーンは厳かに言った。その場の者達が息を飲んだ。「……だが、討ち死にせり!」

 隅に座る書記コショウが、主君の美言を一字一句書き漏らさぬよう必死でマキモノにショドーしていく。「そして彼に連なるノブスマ・ストームボーンの無慈悲なる空の騎士達……散りにけり!」罪人たちは声の圧と、この後に主君がいかなる行動を起こすか一切わからぬ恐怖とに、激しく震えた。

 水晶球を抱えたニンジャがカラテを注ぎ込むと、水晶球から空にノイズまじりの記録映像が投写された。ナムアミダブツ。それは惨たらしく炎上するバンクーバーの光景。そして、他都市から到着したUCAの航空戦力による一斉攻撃のさまであった。「惰弱! そうも言えよう。……だがそれは問題ではない」

「主君……畏れながら……!」前に座らされていたニンジャ、ルーテナントが震えながら進言した。彼はノブスマ・ストームボーンを出撃させた、城塞拠点トオヤマのダイカンであった。「彼らにも、作戦にも瑕疵はございませんでした! 何らかの要因によりて、マイトイカラス=サンとメタルファルコ=サンは不慮の戦死を遂げたのです。何かが……!」

「原因など、今はどうでもよし!」タイクーンは力強い言葉で罪人ルーテナントを黙らせた。「それは当然、しかるべき者に調べさせるわ。今、問うておるのは……ニッタ・カタツキの件だ」庭が水を打ったように静まり返る。「何故、ニッタ・カタツキが我が手に無い……!」

「それは……即ち……」「あれはバンクーバーに安置されておった。そこまでわかっておったものが、何故、今、我が手に無いか。現地の軍を根絶やしにする。惰弱な市民を残らず殲滅する。そこまでを求めはせん。たかが茶器ひとつだ。何故、それが果たせぬか!」「不慮の……」「ダマラッシェー!」

「「「アバーッ!」」」後ろ列の罪人の何人かが過剰NRSでショック死した。ルーテナントの目から血が流れた。「貴様らにとってはたかが茶器ひとつ。何故なら貴様らはアレの真の価値を、戦略的価値を知らぬからだ。それはよし! 教えておらぬからだ! だが、奪取できぬとは惰弱! 誰が悪いかッ!」

「そ……それがしにござります」ルーテナントがドゲザした。「不測の事態への二重の対処を怠ったと謗られても申し開きのできぬありさま……ククーッ」男泣きである。タイクーンはそのさまを睨み据える。彼の目からも、一筋の涙が流れ落ちた。「貴様の忠義は疑っておらぬ。ただ、残念也」

 ルーテナントは唸り、懐のドス・ダガーを抜いた。スワ! 叛逆! 否! 彼はそれを逆手に持ち、セプクしたのである! ナムアミダブツ! すると、それまで直立不動で控えていたタイクーンの腹心の一人、インヴェインが動いた!「イヤーッ!」「「「グワーッ!?」」」苦しみながら宙に浮く後列の罪人達!

 ナムサン! インヴェインのジツが彼らを念動し、浮遊せしめているのだ。左手でジツを用いながら、インヴェインは腰のカタナに手をかけた。そして、「イヤーッ!」「「「アバーッ!」」」後列罪人の首が一度に切断された! そして、「イヤーッ!」返すカタナ! ルーテナントの首が飛んだ! カイシャク! 

「サヨナラ!」ルーテナントは爆発四散し、タイクーンは様々な感情に肩を震わせた。「ルーテナント=サン。散り際、見事であった」ケジメは終わった。俯いていた彼が顔を上げると、もはや容赦なき暴君のアトモスフィアが凶悪な双眸から溢れ出している。「探せ。ニッタを」

「既にセンシが放たれております」インヴェインが告げた。タイクーンは頷いた。彼は呟く。「或いは、もはやバンクーバーに無いとなれば……」その目の光が深まった。「惰弱な者どもの考える事など、知れておる」彼はバンクーバーから伸びるレールラインに思いを馳せた!


【ヨロシサン・エクスプレス】


「アイスクリーム、イカガデスカ。コーヒーもあります」にこやかに微笑み、カートを押すのは客室乗務員姿のコトブキ。「お弁当もあります。味がオイシイですよ」……ガタン。ドアの一つが開き、客が「コーヒー、3つもらえますか」と尋ねた。「ハイ。お待ちくださいね」

 コトブキは真空ポットを取り、紙コップに注いだ。彼女は客室の様子をうかがう。「……アリガトゴザイマス」「幾らですか?」「お客様はラッキーなので、無料ですよ!」「エッ、本当に?」「悪いなあ」「空襲でバタバタしたし迷惑料だな!」客は自発的に解釈し、喜んだ。

 客がドアを閉めると、コトブキはほっと胸を撫で下ろした。ザックがコソコソとついてきて、話しかけた。「姉ちゃん、すごいヤバかったんじゃないか」「うまくいきました」「どう? 空いてる部屋、ありそうかい?」「きっとありますよ。タキ=サンもそう言っています。どんどん確認しましょう」

「まあ、そうだよな。後ろなんかブッ飛んだしよ」ザックは最後尾車両の破壊を思い出して震え上がった。最後尾車両はあの後、徐々に自己修復を始めた。繭状の分泌物が車体切断部からシュルシュルと吐き出され、かりそめの白い皮膜を作り始めたさまには仰天した。

 なにしろこのシンカンセンはヨロシサン・インターナショナルの最新バイオ科学の粋、ヨロシンカンセンだ。流線型の洗練されたメタル装甲の下に、そうした便利で素晴らしいテクノロジーが沢山隠されているのである。荷物コンテナの間にバイクのシグルーンを隠した彼らは、空き客室探しを開始したのだ。

「マスラダ=サン達は?」「大丈夫。アニキとサラリマンのおっさんは個室トイレに隠れてら」ザックはグッドサインをした。「そうですか。大変な事になりましたね。サガサマ=サンも巻き込んでしまい……」「いいんじゃねえの。ギブアンドテイク。駅で一人で放り出すの、悪いじゃん」「いえ……そもそも彼は……ええと……」

 サガサマはあの後、チカハ本社に連絡を試みたが、最終的に返ってきたのは「現地の状況に応じて対処する権限を与えます」という答えだった。つまり自力でそのままヨロシンカンセンを使って移動を続けろという事で、特に車両への働きかけは何もなかった。しがないものであった。

「とにかくよ、アニキ達をあんなとこに閉じ込めて居られねえや。他の客が使うかも知れねえし。早くしねえと」「その通りですね」コトブキはカートを押した。このカートも、車両を移動する中で発見したものだ。緊急発進のせいで、客室乗務員が欠員しているのかも知れなかった。

「アイスクリーム、イカガデスカ。お弁当もありますよ。ビーフ。チキン、スシ……」「……姉ちゃん、ストップ」ザックがコトブキの服を引っ張って、足を止めさせた。彼は前方の客室のドアの前に佇む姿に注目した。黒いセーラー服を着た若い娘が、様子をうかがうように、ドア窓に顔を近づけている。

「どうしました」「なんで部屋に入らないんだろ」「自分の部屋かどうか、心配したのでは?」「いや……にしちゃ、確認が長くねえ?」ザックは洞察力を働かせた。じっと見ながら、彼の胸は高鳴った。肩の長さの黒い髪、白い肌、凛としたアトモスフィアに、落ち着かない気持ちになった。

 やがてセーラー服の少女はドアを開け、滑り込むように室内に入った。垣間見えた桜色の瞳に、ザックは心奪われた。だがもっと大事なことがある。彼はコトブキを見た。「ピンと来た。今の人、ウチと同じだ」「同じ?」「同業者……業者じゃなくて、ええと……同じアレだよ。密航者だ」「まあ!」

「俺のカンは鋭いんだ。そうと決まりゃ、恐いこと何もねえよ。姉ちゃんは客室乗務員なんだ。こういうのはドンと行くんだよ!」「そうですね!」二人は客室のドアの前に行き、ノックした!「スミマセン、よろしいでしょうか」「……」一呼吸の時間の後、ドアが少し開いた。

「……なにか」油断ない桜色の目がコトブキをじっと見る。コトブキは笑顔で尋ねる。「ちょっと確認したい事がありまして……ご利用されているこちらのお部屋なんですが……」「俺、俺の予約、かも知んない部屋だぜ!」ザックが身を乗り出した。客室には彼女ひとりだ。「なんでアンタ一人なんだよ!」

「それは、」彼女は言葉に詰まった。だが、一瞬の当惑を塗りつぶしたのは強い警戒心だった。ザックは気圧され、息を飲んだ。しかし、すぐにその威圧は和らいだ。「スミマセン。やっぱり、部屋を間違えたみたい」彼女は素早く頭を下げ、コトブキをかわし、廊下に出た。

「ア……待って!」ザックは思わず、呼びかけた。「アンタも居られるよ! じ……事情あるんだろ!」「ザック=サン?」コトブキは驚き、セーラー服の少女も訝しげに振り返った。「お、俺ら、全部で4人なんだ! アンタが加わっても、部屋、大丈夫な広さだよ。同じ立場だろ、アンタ?」「ザック=サン……」コトブキは高速思考する。


◆◆◆


 ……数分後。

「いやあ、本当によかった。あのまま耐える事になるかと……」サガサマが入室し、それをザックが迎え入れた。サガサマはコトブキに笑いかけ、それから、その少女に曖昧な笑みを向けた。「同室の方が……?」「色々あってさ。完全に空いてる部屋がなくてさ。問題ないだろ?」

「ははは。それはもう。私は正直、途方に暮れていますからね……」「スミマセン」と、少女。「いえ、いえ」サガサマは愛想笑いで応じ、向かい合うシートに座った。「アニキも早く!」ザックが急かし、マスラダを招き入れた。「……」マスラダは少女を見た。少女はマスラダを見返した。ザックは訝しんだ。

「どうしたの?」「……いや」マスラダは首を振った。少女の方は、もうすこし長く、探るようにマスラダを見ていた。「いや、とにかく、よかった!」サガサマは率先してリラックスした。チカハの名刺を取り出し、少女に差し出した。「私、サガサマ・ミネと申しまして。チカハ社に勤めております」

 マスラダはドアを閉め、シートに座った。少女はサガサマの名刺を受け取り、アイサツに答えた。「ドーモ。……ヤモト・コキです」見た目はティーンエイジャーでありながら、桜色の瞳に、どこかはかり知れぬ謎を内包した少女だった。……然り。マスラダには、ひと目で彼女がニンジャだとわかった。


2

 ヨロシンカンセン! それは、北米大陸を横断し、バンクーバーからニューヨークに至り、折り返してLAに至る壮大なるレールラインだ。かつてこの鉄道が物流の要であった時代もあるが、ウキハシ・ポータル関連技術が発展した今、それは専ら、ヨロシサン・インターナショナルの威光の象徴として悠然と走る観光列車である。

 貨物車両4両、Sクラス客室6両、食堂1両、SSクラス客室6両、食堂1両、先頭車両と連なる巨大シンカンセンの利用者は基本的にカチグミであり、客室には寝台が備わっている。荒野を貫き、山脈を貫き、湖を貫き、壮麗なるヨロシンカンセンは誇り高くヨロシサンを逍遥、乗客に安全と満足を提供する!

 ヨロシンカンセンは美しく工学的に理にかなった流線型で、荒野を徘徊する文明消失者達の攻撃など全く問題にしない。自己再生機能、電磁バリア、一般的なキャノン砲も当然備えたヨロシンカンセンの車両は極めて安全であり、危険は全くない。時折出回る闇情報は全てフェイクニュースだと社は主張する。

 マスラダ達の入り込んだ客室はSクラス。寝台はスペースを重視して3段式、6名が利用できる。多少窮屈さは感じるが、机にラップトップUNIXをひろげた作業も可能だ。SSクラスにもなれば、まるでホテルのスイートルームめいた快適さであるという。「思ったほど速くないんだな」ザックは窓に顔をつける。

「観光列車ですからね。もっとも、現状ではこれが唯一の安全なバンクーバー脱出手段という事になってしまいましたが」サガサマはザックの相手をしてやった。マスラダは腕組みしてじっと座り、ヤモトも無言だ。乗務員姿から1930年代をオマージュした服装に着替えたコトブキはネット接続を試みていた。 

『モシモシ。おう、上手く行ったか?』IRCコールにタキが応じた。「ハイ、万事問題ありません。タキ=サンの言っていた通り、客室は空いていました!」『マジか。そうか……まあ、オレの計画に漏れはないからな』タキはやや考えた。『あとはノースダコタのあたりで適当に降りて、北上しろ』

「わたし達、怒られたりしませんよね?」『ア? 何を心配してやがる。キアイだろ。本来の利用客は今頃バンクーバーでくたばってる。お前らが空き室を有効利用してやってンだ。問いただしてくる奴の方が意味不明だぜ。ドンと構えてろ』「予約状況はハッキングするのですか?」『ア? まあ心配すんな』「ウーン、わかりました」

『あんまり気にせず楽しむが良いぜ、ヨロシンカンセンをよ。食堂車とかもあンだろ? 雄大な北米の車窓を楽しみながらステーキとか食うんだろ? うらやましいぜ。ネザーキョウに入ったらそういう贅沢は出来ねえしな』「なんとかやってみます。オーバー」諸々確認し、通話終了。

「スミマセン、通話終了です」コトブキはLAN直結を解き、皆を見渡した。「色々あって、お腹がすきましたよね? 食堂車に行ってみましょう」「俺、払えないよ」「大丈夫ですよ。わたしは大黒柱です」心配するザックにコトブキが請け合った。「私もご一緒してよろしいですか」と、サガサマ。

「勿論です! 旅は出会い……そして心と心が触れ合う場です」コトブキは喜んだ。「ヤモト=サンも、是非」「ン……」ヤモトは驚いたような反応をして、それから微笑んだ。なにかに集中していたようだった。「アタイは、今はいいです、ありがとう」「そうですか」

「アニキ! ……寝てら」ザックは腕組み姿勢で俯いたマスラダを揺さぶろうとした。「メシだぜ、アニキ」「疲れているんです」コトブキがザックを止めた。「彼のぶんは、パックに入れて、包んできてあげましょう。ヤモト=サンのぶんも!」「……ありがとう」ヤモトは素直に頷き、礼を言った。 

 ザックはヤモトの奥ゆかしい受け答えに顔を赤らめた。彼がこれまで体験したことのない文化圏をバックグラウンドに持つ、可憐な佇まいなのだ。そして瞳は謎めいた桜色で、それ自体が薄く光っているようにも見えた。目が合いそうになったので彼は慌てて目を逸らし、コトブキとサガサマを追った。


◆◆◆


 ゴウウ。ドアが閉まると、室内の空気は急激に圧を増したようだった。マスラダは目を閉じたままだったが、その眉間の皺は深くなった。ヤモトは彼を凝視し、測ろうとした。超自然の意識の渦が生じ、マーブル模様を描く。ボロボロの赤黒いフードパーカーを着た青年。ニンジャである。

 ヤモトの瞳の光が強くなった。では、この青年のソウルは。(……!)言いようのない奇妙な感覚だった。覚えのある、なにかの、欠落の輪郭を見ているようだ。この者のソウルは残り火めいているが、その火そのものが強い……とても強い……「……」マスラダが片目を開けて、ヤモトを睨んだ。

 ヤモトは防御的な笑みを浮かべたが、ぎこちなくなった。「……キミ、ニンジャだね。アタイと一緒」単刀直入に伝えた。「奇遇だね」「ああ」マスラダは頷いた。ヤモトは緊張を少し解いた。少なくともこのマスラダはシ・ニンジャのクランではない。そもそも、そうであればもっと遠くからでも解る筈だ。

 彼女はサラリマンのニンジャには言及せずにおいた。彼らの間でどこまで腹が割れているかもヤモトにはわからなかったからだ。「皆は食堂に行ったよ」「そのようだな」二人は視線をさまよわせ、車窓に目を向けた。背の高い草に覆われたなだらかな山と水がどこまでも広がる。

「ネオサイタマの人?」「……ああ」「ますます奇遇だね」ヤモトは言った。「アタイも出身はネオサイタマ。生まれはキョートだけど」「キョートか」マスラダは思いを巡らせた。「……観光旅行の最中に、バンクーバーで焼け出されたクチか」「フフッ」ヤモトは真顔で笑った。そうでない事は明白だ。

「ちょっと個人的な用があって、このシンカンセンに乗った」「そうか」「キミ達は旅の途中……」「ああ」マスラダは頷いた。彼はヤモトを詮索しなかった。柔らかい無関心といったところだ。しかし詮索させもしなかった。ヤモトにはそれで十分だった。「急に同室になって申し訳ないけど」「なんでもいいさ」

 会話は途切れたが、これで互いの警戒は薄れた。少なくとも敵ではない事がわかった。ヤモトは当初のマスラダの警戒心に、少し興味をそそられた。ヤモトがマスラダ達を警戒したのは、必要からだ。

 彼女は今、シ・ニンジャ・クランのニンジャソウルを宿す者達に命を狙われている。シのニンジャのイクサは、時として周辺に甚大な被害をもたらす。それはヤモトの本意ではない。ゆえに彼女は現在、旅に身を置き、常に居場所を変えながら、遭遇するシのニンジャを返り討ちにしてきた。

 ……一方、このマスラダの事情はなんだろうか。ただならぬアトモスフィアと警戒心の正体は。

 この様子では、直接訊いたところで答えはすまい。ヤモトはもっと「強い」やり方でこのマスラダのソウルを探る事も出来るが、現実的ではなかった。自身の力を抑制した今の状態では、それは不可能だ。ヨロシンカンセン内にシの者が乗り合わせている可能性が捨てきれない今、力の解放は危険過ぎる。

 思いを巡らせながら、ヤモトは窓のそばに一枚のオリガミを舞わせる。彼女は宙に浮いたオリガミに意識を向け、折り始めた。これは彼女の日常的なメディテーションの一環である。既にニンジャであることを明かしたならば、隠す必要もない。オリガミはぼんやりと桜色を帯び、ひとりでにツルの形になる。

 やがてツルの腹部が膨らみ、翼を横に広げて、窓辺に着地した。マスラダはそれを目で追っていた。「……オリガミ」ヤモトは呟いた。「ああ」マスラダは頷いた。その瞳の奥の複雑な感情の動きをヤモトは訝しんだ。やや躊躇ったが、「どうぞ」と一枚差し出す。タバコの貸し借りめいた礼儀作法であった。

 マスラダはオリガミを受け取り、握り潰した。ヤモトは息を呑んだ。そして彼の手をじっと見た。彼の手の甲には、裂けて塞がったような、イクサのひどい傷痕がある。「……」マスラダは手を開いた。すると、惨たらしく潰れたと思われたオリガミは、彼の手の上で、抽象的な火のような形に折られていた。

「スゴイ、上手」ヤモトは率直に呟いた。だが、マスラダはそれをすぐにまた握り込んでしまった。手を開くと、黒い炭がパラパラと散った。「……勿体ない」「いいんだ」マスラダは呟いた。だがそれは拒絶ではなかった。彼の言葉は穏やかだった。「上手だ。本当に」ヤモトは繰り返した。

 ……ひとつ、ふたつ、みっつ。マスラダが眺める中で、ヤモトはオリガミを淡々と折っていった。オリガミを折ることで、彼女のニューロンが冴え渡り、ヨロシンカンセンの車両群を俯瞰するような感覚に没入する。この車両内には、奪取、あるいは破壊すべきレリックがある筈。

 その品はバンクーバーの博物館に所蔵されていたが、騒ぎの中、安全の為、このシンカンセンで運ばれている。シのニンジャがあれを狙ってこのシンカンセンに乗り込んでいる可能性は……考えたくはないが……決して低くないのだ。「……フーッ」4つ目のオリガミで、ヤモトは探知を断念した。

 全力を傾けられないのはもどかしかった。この姿は一長一短だ。だが、解放にはまだ早い……。「腹が減った」マスラダが立ち上がった。「食堂車があると言ったな」「うん」ヤモトも立った。「皆のところに行こう。アタイもいいかな」「ああ」彼らは連れ立って部屋を後にした。


◆◆◆


 S食堂車両において、二人がコトブキ達のテーブルに合流した時、SS食堂車両のテーブルの一つでは、奇妙な二人連れが向かい合い、リブステーキにゆっくりとナイフを入れていた。一人は白い髪を後ろで結った奇妙な男。もう一人は顔面に鉄板をネジ止めした奇妙な男。どちらもニンジャであった。

「ガツッ! グアツッ!」鉄板の男が破砕音を立てて貪るさまを、白髪の男は辟易したように眺めながら、切りわけた肉をゆっくりと咀嚼した。「ンー。そうだな、実際いい肉だ」「ウムッ、ウマイッ……グアツッ」「もう少し静かに食うといい、キャスケット=サン」「何故だ」「恥ずかしいぞ」

 他のテーブルの客はカチグミらしい奥ゆかしさで、彼らを見ないように努めている。だがニンジャである彼らにはその恐れが伝わってくる。「くだらん。気取るな。これが俺のありのままだ。共に戦うならば、俺のありのままを知るべきだ、サクリリージ=サン」「十分過ぎるな」「もっと知れ」

「フー……」サクリリージは首を振った。彼の皿の上では、肉が削がれた骨の一本一本が直立し、チャカチャカと音を立てて踊っていた。キャスケットはその骨を手で掴み、挑戦的にバリバリと噛み砕いた。「さてどうする。腹を満たしたら、先頭車両から潰していくか?」「お前に知性は期待するまい」

「うむ。では早速……」「駄目だ、と言った」サクリリージは立ち上がろうとしたキャスケットの肩を掴み、押さえ込むように座らせた。「ニッタ・カタツキもヤモトも、ここでみすみす逃せば、どうしようもなく面倒だ。俺が主導する。いいな」「ああ、そうだった」キャスケットは喉を鳴らして嘲笑った。


3

「ヤモト=サン、ネオサイタマなのか!?」皿に山盛りのアイスをよそって歩いてきたザックが、テーブルの会話を耳に挟んで驚いた。「わたし達もそうですよ」と、コトブキ。「マジかよ!」ザックは目を輝かせる。「超スゲエんだろ。サイバネ手術とかネオン看板とか。スゴイタカイビル、高いんだろ」

「高いですよ」コトブキは頷いた。「でも、わたし、自分の足で行った事がないですね」「俺も行ってみてェなあ! あと、この……このアベ一休」ザックは擦り切れたTシャツを引っ張って一同に見せた。「ネオサイタマの昔のパンクバンドなんだぜ。俺はインターネットしてたから、メチャ詳しいぜ!」

「まあ! 音楽なんですね。今度聴いてみます」「そうだよ! サガサマ=サンはネオサイタマ、どうなんだよ」「ええまあ、社用で行ったり来たり、ある程度馴染んでいますね」「なんだよ。ネオサイタマ行ったことないの、俺だけかよォ」「今いる場所を気にしろ」マスラダはカツレツにナイフを入れる。

 彼はザックを見た。「このシンカンセンは東海岸、ニューヨークまで行く。どこまで行くか、どこで降りるか、決めたか。ザック」「……ええと……」少年は答えに詰まった。「俺は、クールな文明国なら、どこでも良いさ」「おれはネザーキョウに戻る。北だ」マスラダは言った。「だから、考えておけよ」「……」ザックは俯き、山盛りのアイスを食べ始めた。

「ネザーキョウに行くのですか?」サガサマが驚いた。初耳だったのだ。コトブキは頷く。「はい。わたしとマスラダ=サンは、そこに目的地があります」「なんと。ニューヨークのウキハシ・ポータルを使われるのかと」「色々あるのです」

「ネザーキョウ」の言葉を耳にしたとき、ヤモトの表情が微かに動いた。マスラダはそれを一瞥したが、特に問わなかった。遅れて来たマスラダとヤモトが食事を終えると、一同は部屋へ戻った。テーブルを離れる際、ヤモトは逆方向を見た。奥の車両はSSクラス客室。あちらに行くには上位の権限が必要だ。

 バンクーバーをある程度離れ、安全を確保すると、ヨロシンカンセンは速度を落とした。観光列車なのだ。なだらかな丘陵地帯は平和なものだった。文明消失者が武装して襲ってくることもない。外敵殲滅と線路修復をこなすレールライン巡回ヨロシアーミーにあえて挑む者は少ないのだ。

「何にもないな」ゆっくりと過ぎゆく湖や山々をぼんやりと眺め、ザックは呟いた。オレンジ色の暮色。『この静かで美しい世界……守りたい。ヨロシサン・インターナショナルの願いです。ヨロシサンは様々なエコ活動、生態系の最適化に取り組んでいます。いつでもヨロシサン』観光ガイドマイコ音声。

『列車はもうすぐロッキー山脈のトンネル地帯に差し掛かります。皆さん、お疲れではありませんか? ヨロシンカンセン搭乗者の貴方がたには選ばれしカチグミの充実感を常に提供したい。ヨロシサン・インターナショナルの願いです。広く快適な寝台。レストランでは安全な食事と栄養素』

 ゴウ。窓の外が闇に包まれ、気圧が変化した。「トンネルはヒマなので、皆さん寝ましょうね。わたしはアラーム機能があります。冗談ですが」「ははは、私は本当にアラーム機能ありますよ。腕のサイバネにね」サガサマがコトブキの言葉を受けてサラリマン・ジョークを飛ばした。一同は顔を見合わせた。

 ゴウ。ゴウ。ゴウ。「耳が嫌だな」ザックが気にした。「気圧です」と、コトブキ。既にマスラダは寝台で寝ている。「ふあ……トンネル区間がちょうど夜になっているように調整されている筈ですよ」サガサマは欠伸した。彼は何らかの日報を机のUNIXでまとめる作業を続けていた。「寝るのが吉です」

 ザックは諦め、自分の寝台に入り込んだ。長い間寝返りを打っていたが、やがて寝息を立て始めた。コトブキもウキヨの睡眠に入る。……ゴウ。ゴウ。ゴウ。サガサマは作業を続けていたが、じきに机に突っ伏して、そのまま眠った。UNIXが自動ロックされ、アブストラクトなスクリーンセーバーが映る。

 ……ゴウ。ゴウ。ゴウ。ゴウ。スクリーンセーバーの光を受け、ひとり佇むヤモトの横顔が様々な色に移り変わる。彼女は部屋を出て行こうとして、立ち止まり、客室を振り返った。「……」たっぷり1分、警戒めいて見渡した後、彼女は音もなく出ていった。


◆◆◆


 ……「なッ……貴様!」……「イヤーッ!」「グワーッ!」「おのれ! 社敵か? 侮るなよ、この私はヨロシサンのニンジャ……」……「イヤーッ!」「グワーッ!」……「イヤーッ!」「アバーッ!」……「アバッ……ア、ア……」「フフフフ」……「ヤメロ……やめ、」「イヤーッ!」「サヨナラ!」……


◆◆◆


 朝になった。サガサマが言ったように、深夜から明け方にかけて、ヨロシンカンセンは速度を調整してトンネルを通過し、美しい自然と明るい陽光の中で、客達はゆっくりと目覚める……筈であった。「ア、アイエエエエ!?」悲鳴があがったのはSS客室車両だった。たちまちエマージェントな空気がS車両にまで伝搬し、人々は訝しんで自室から出てきた。

 鉄道警備隊が車内を忙しく行き来し、やり取りする。何が起こったか、すぐに知れ渡った。殺人だ! SS客室を利用していたヨロシサン・エージェントとマネージャーの男が、惨たらしく殺されていたのである!「……アッ!」客室入り口で呆然とする警備員の後ろで、ザックは息を呑んだ。彼は騒ぎを嗅ぎつけ、冒険心からSSエリアに忍び込んでいた。

「お坊ちゃん! ご自身の部屋にお戻りを!」客室乗務員がザックに気づき、慌てて抱え上げた。「ヤメロー!」「全く何をやってる!」他のSS野次馬客が集まってきた。「殺人だと!?」「オイ、そんなことより、殺された奴はSS客室を使ってたヨロシサンの社員ッて本当か?」「なんだと!」「不祥!」

「お客様! これはですね……エート、ヨロシサン社員であっても警備上の問題から客室を利用することが……」「ウソつけッコラー!」「とにかく危険なのでご自身の部屋にお戻りを……アッ!」ザックはSS野次馬客がクレームをつけはじめた隙をついて乗務員を振り払い、S車両に駆け戻った。

「ハア、ハア……危なかったぜ!」荒い息を吐き、ベンダーからオレンジジュースをコップに入れるザックに、S食堂利用客が恐る恐る尋ねた。「ぼうや、まさか、向こう側に行ったのかい? なにか物騒な事が起きたような感じだが……人が死んだという噂、本当かい?」「殺人だよ! 床に血がドバッと!」「アイエエエエ!?」

「マジでヤベエ殺られ方だよ! だって……」「ドーモ、すみません! ウチの子が。夢見がちなのです」サガサマがザックの口を押さえ、テーブルに連れ戻した。「ザック君! 無茶はいけませんし、車内にパニックを生じるのも賢くありませんよ!」「ゴメンだけど、マジなんだ……」小声で答えるザック。

 彼らは食卓で顔を近づけた。「何があった」マスラダが尋ねる。「ええと……ヤベエんだ、アニキ。夜のうちに、一個奥の車両のSS客室で、人が殺されたぜ。まだ片付いてなかった。俺もばっちり目撃できたけどさ、血とかマジすごかった。頭を割られて死んでた……死んだのは二人らしくて」「らしい?」

「乗務員の奴らが言ってたぜ。カイシャのニンジャなのに殺された、って」ザックは言った。ニンジャ、と言う時、彼の言葉は震えた。プリンスジョージでの己の体験を鮮明に思い出したのだ。「きっと、だから死体が一個しか見えなかったんだ。ニンジャは爆発して消えちまうだろ」「そうだ」「ヨロシサンのニンジャがこのシンカンセンに」サガサマは訝しんだ。

「うん。間違いない。それで、社員が贅沢してたのかよッて、他の客に文句言われてたからね」「警備員にニンジャを使っていたのでしょうか?」コトブキは考えた。「ここの警備が日頃の仕事なら、客室を充てがう事もないだろう」マスラダが指摘した。

「何か特殊な目的があって乗車していたヨロシサンのニンジャが、殺された……という事になります。成る程、剣呑ですね」サガサマは腕を組んだ。それから彼は苦笑した。「はは……しかし、となればサイコ殺人鬼の類いではないという事で、暗殺や企業紛争のセンですか。ならば、我々には無関係だ。よかった」

「そんな! 正義はどこにあるのですか! 殺人事件ですよ!」コトブキが怒り、サガサマは慌てた。「アイエッ、そういう意味ではなくてですね……あくまで実質的な安全の観点……」「ヤモト=サンは、どう思いますか?」コトブキがヤモトに水を向けた。ヤモトは上の空だったので、ビクリとして彼女を見た。

「……そうだね」ヤモトは考えながら言った。「アタイもサガサマ=サンと同じ考え。アタイ達はただの乗客だし、鉄道の人たちが対処する事だよ。気をつける事としては、彼らの仕事の邪魔をしない事じゃないかな」「ウーン……」「放っておけば、それはそれで面倒だぞ」口を挟んだのはマスラダだった。

「そうです、事件の真実……」コトブキを遮り、「おれ達は正規の乗客じゃない。犯人探しやら何やらを警備員の連中が始めて、客室一つ一つをあらため始めたら、うまくない。こんなところで降ろされれば面倒だ。目的地にはまだ十分近づけていない」

「そうだよ。ヤバいじゃんか。どうする?」ザックが心配した。コトブキが立ちあがった。「わたしに、よい考えがあります」

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