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プレシーズン4【キタノ・アンダーグラウンド】

◇ニンジャスレイヤー総合目次 ◇初めて購読した方へ


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 バチッ……バチチチッ。アンティーク蛍光灯が音を立てて明滅し、足の踏み場もない「仕事場」を、おぼつかない周波数で照らした。光のリズムがUNIXモニタの冷たい明かりと絶妙に不同期。タキの目覚めをとりわけ不快なものにした。

 タキはうつ伏せに突っ伏したまま、キーボードをタイプした。「HOT」「ボインチャン」「気が強い」「サービスクーポン」……ブラックスクリーンに緑の文字が並ぶ。

 01010101。申し込みボタンにカーソルが無意識移動。タキはそのまま……「オッ、あぶね」ガタンと椅子の音を立てて起き上がり、慌てて360度を見回す。それからもう一度モニタを見る。「あッぶね」

 タキの「仕事場」はキタノ・スクエアビル地下四階。地上のピザ屋の秘密のハシゴを降りれば、この閉鎖空間。配管パイプやジャンク類、ホット・トイ、配達ピザのダンボール・ケース、電子戦争以前の値打ちもののゲーム機、何かの辞典、マキモノ、トロフィー、LANケーブル、LANケーブル。彼の城だ。

 ハシゴを上がってピザ屋に出れば、おせっかい焼きのウキヨに気遣いされるし、不機嫌などうしようもない奴がいる可能性もある。奴は忙しく出入りしている。そのままどこかへ行っちまっても一向に構わない、トラブルのときに戻ってきてヨージンボになるならば。

 とにかくここはタキの心の解放スポットだ。タキの好きなもの、便利なものが、絶妙なバランスで、快適に、彼の手の届く位置に配置されている。

「フー……ッたくよ……誤入力はヤバいッての」タキはローライズ・ジーンズからはみ出た尻を掻きながら、あらためてモニタに集中した。「HOT」「ボインチャン」「気が強い」「サービスクーポン」指差し確認。更に、「特別サービスクーポンコード」を入力した。「これでよし。首の皮一枚だな」

 なにしろ特別クーポンコードの入力によって、値段が25%も変わってくる。シビアにコスト管理をしなければならない。タキは弾き出されたオイランガールのデータを冷静な目で確かめ、予約を入れた。……ビビーッ。ノイズBEEP音が鳴った。モニタには「残金不足」の表示。「は?」タキは眉根を寄せた。

「いや、おかしいだろ」タキは独り言を言い、念の為オイランサービスIRCサービスに再度入り直して、再度予約処理を行った。やはり「残金不足」。タキは蒼くなった。「嘘だろ」配線の沼に沈んでいるファイアウォールの点滅を確認する。緑。「嘘だ。絶対ハッキングだろ。こんな筈ねえッて」残高確認。

「いや、本当にあったんだって! おかしいんだって。マジによ!」タキは独り言で主張した。「絶対こんな筈はねえンだ。先月は結構仕事は入ってたしよォ……」彼は電子ウォレット情報を開き、繰り返し確かめた。答えは冷徹だった。ほぼゼロ。だが理由はわかった。賃料だ。二ヶ月前から賃料が二倍になっている!

 タキが間借りしているのは、キタノスクエアビルの地上のピザ屋と、地下四階のこのスペース。ピザ屋は陰惨な事故物件であり、タフな交渉の末に賃料を相当にマケさせる事ができた。それ以来、彼は好きにやってきた。それがここへ来ていったい何故……? 通告はあったか? あったかもしれない。

「とにかくクソが。どうにかしねえと」彼はジャンクの山を探した。オイランポルノ・ピンナップをめくった。「確か新円の物理ホロプリント紙幣……挟んでた筈なんだ、クソッ! クソが!」彼は癇癪を起こし、ジャンクを蹴飛ばした。「痛てェ!」脚を痛めた! 彼は震える手で今度は虎の子の秘密ウォレットにアクセスした。……ヨロシドル口座だ。

 残高は54.00ヨロシドル。到底足りない。だがまだ退路は残されている。彼はクソッタレなネザーキョウの冒険を通してヨロシサンのCEOに恩を着せ、ヨロシサンの株券200株の譲渡を受けた。そこからもたらされるシケた配当金は端金で、遊び金にしかならない。だが、株券を崩せばまとまったカネになる。

「情けねえぜ……こんなハメに陥って……」彼は売却ボタンを叩いた。するとビビー。またしてもエラーBEEPだ。『この株には、ロックアップ期間が設定されています。この株は1年が経過しなければ売却できません』「ファック、ファック!?」タキはUNIXデスクを叩いた。「ファックファック!?」

 タキはパニックに陥り、その場でグルグル回転した。「ファック!?」もはや問題はオイランサービスの次元ではなかった。残高ゼロ!? 今月末の賃料がいきなり丸ごと支払いできなくなる!?「ファック!?」コトブキにドゲザして……従業員に借金!?「アイツ、そんなに貯めてるとは思えねえ!」

 その時だった。ガラクタの向こう、奥のシャッターの上の「ON AIR」のランプが緑点灯した。この地下四階アジトはキタノスクエアビル地下街に隣接しているのだ。情報屋のタキに用がある人間は、こちらの窓口を使う。物理で訪れる人間は稀だが……今はブッダの遣いにも思えた。カネがやって来たか!

「ファック……邪魔だ! ファック!」タキはジャンクを蹴散らし、掻き分けて、這うようにシャッターに向かった。向かいながら、彼の脳裏には不吉な予感がよぎった。のぞき穴の向こうに立っているのは、カネ……とは限らない。タキが忘れた不義理の相手がヨージンボを連れて待ち構えているやも。

 確率は五分五分、いわばコインの裏表。「死ぬか……生きるか」タキは呟いた。この運試しから逃れる選択肢はない。「死ぬか……生きるか!」シャッターに辿り着く! インタフォンを掴み取る!「ゴホン!アー……どちらさんで」『タキ=サン! 助けてくれ!』「……いいぜ。プロフェッショナルに任せろ」

 タキは体内でドーパミンが噴き出すジュワという音を確かに聴いた。そして身体の震えを押さえながら安全カメラ映像を見た。「あン? ミボシ=サンか。久しぶりだな。いいタイミングで来たぜ」『助けてくれ!』「わかってる。アンタの力になれるのはオレだけ。金額次第……」『今すぐ、ここを開けてくれ!』

「ハ? 親しき中にも礼儀あり、オレはナアナアの付き合いはしねえ……」『アイエエエエ! 開けてくれーッ!』「オイ! カネ!」『グワーッ!』タキは慌てた。安全カメラ映像を確かめたが、よくわからない!「カネ! ファック! 死ぬな、カネ!」タキは慌ててシャッターを引き開けた!

「アイエエエ!」狭く開いたシャッターをくぐるように、ミボシが入り込んできた。ミボシはラジオマニアの中年だ。「アバー」「アバーッ……」彼を追うように、ゾンビーが店内に手を入れてきた!「「アイエエエ!」」タキとミボシはユニゾンで悲鳴を上げた。ゾンビー? 違う! そんな筈はない。とにかく追い出さねば!

「テメエら……やめ……ヤメロッコラー!」「アバー」「アバーッ!」タキは入り込もうとする者らを蹴飛ばし、押し出して、ミボシとの二人がかりでシャッターを下ろすと、なんとか施錠した。ドズン! ドズン! シャッターが外から叩かれる。タキは震えながら安全カメラの映像を再度確認した。

 外にいるゾンビー……否……いかにも打ちひしがれた者達は、それからしばらく表をウロウロしていたが、やがて諦めて去っていった……トボトボと。「奴ら、俺らと同じ、キタノスクエアビル地下街の住人だ」ミボシが言った。「住処を追い出されて、なりふりかまっていられねえのかも」「何だと?」

「そして俺も……遅かれ早かれそうなる。俺にももう、帰る場所、無いからな」ミボシは疲れ果てて座り込んだ。「そして、アンタもだ」「待ッ……話が見えねえんだが……」「ヘッ。話が見えねえ? 儲かってンだな。許せねえぜ」と、ミボシ。タキは闇の中で瞬きした。「ア……! 賃料……!」

「そうだよジアゲだよ!」ミボシは声を大きくした。「突然の賃料値上げ……このビル地下街の奴らは全員だ! 到底払えッこないカネで俺らを追い出しにかかってやがるンだ! キタノスクエアビルの大家の野郎はよ!」「なんてこった」タキは呻いた。

「その挙げ句、あんなゾンビーみてえに。大変だぜ……」「ハ? ありゃタノシイ・ドリンクのヤリ過ぎだ。ゾンビーのワケねえだろ。しっかりしろよ、タキ=サン。お前がそんな風だと困るんだよ。気をしっかり持て」「クソッ、ちょっと待ってくれ」タキは会話を止めた。「考える時間を少しくれ」

「タキ=サン……」「一個一個整理な。まず……ッて事は、ミボシ=サン、お前はオレに仕事を持ってきたワケじゃないッて事?」「見りゃわかるだろ」ミボシは薄暗いUNIXライトのもとで手をひろげた。「こんなアワレなドン詰まりのファック野郎から、どんなカネをせびれると思うんだ?」

「この、ドン詰まりのファック野郎!」「実際、俺はもうアンタだけが頼りだよ、タキ=サン。俺が住んでた区画は既に実力行使の手が回ってきちまった。いいか。ジアゲ野郎はクローンヤクザを動員してきやがった。マジで追い出しにかかってるンだ」「何だと? なんでそんなキアイ入れてやがる」

「わ、わからねえよ。だけど、よくわからねえ理由で急に家賃を倍にしてきやがって。俺はちょうど肝臓をサイバネ改造したばっかりでよ。サケのやり過ぎで……家賃が倍にならなけりゃ、やっていける筈だったのに……」「オレ……オレは立ち退かねえぞ」タキは呻いた。「急に倍、追い出し、ふざけんな」

「じゃあ、カネ払うのか?」「……」タキは少し考えた。コトブキにドゲザして……「いや、払わねえ」「どうするんだ? ヤクザが来るぜ。それもクローンが」「今のオレには腕の立つヨージンボがいる。お前、ご無沙汰だから知らねえだろうけど」「マジか。で、どうするんだ?」「実力行使だ」

「実力!?」「そうとも。どれぐらいすげえかッていうと、ソウカイヤの屋敷に一人で乗り込んで、全員ボコボコにしてやったぜ。オレの命令でな」「マジなのか!? まるでニンジャじゃねえか」「しかもオレの言葉ひとつで何でも命令を訊く」「お前、頭イッちまったな」その時だ。ビビー。ON AIRが緑!

「今度は誰だ?」「オイ、入れンなよ、タキ=サン」安全カメラを確認するまでもなく、ドズン、ドズン、シャッターが激しく叩かれた。タキはミボシを押しのけ、応答した。「誰だ!? カネをよこせ」『助けてくれ! 俺はタタラギだ! 殺される!』「クソッ……」タキはシャッターを開けた。

「助けて!」タタラギが転がり込んできた。タタラギはセル画マニアの中年で、タキは彼に少しマージョンのツケがある。「アバー」「アバーッ!」やはりゾンビーめいた近隣住人がセットだ! タキとミボシは彼らを蹴飛ばし、押しのけて、タタラギを引きずり込み、シャッターを閉めようとした。

「ゾンビーどもめ! 去れ……エ?」タキは彼らの肩越し、地下街通路の向こう、赤い炎の明かりの閃きを見た。「アバー」「アバーッ!」ゾンビー住民がタキにすがりつく。タキが狼狽えているうちに、炎の明かりの正体が接近してきた。火炎放射器で武装したクローンヤクザの集団だ!

 ゴウウ! ゴウウ! 炎を噴射しながら、規則正しい足取りで近づいてくるのはダークスーツ姿の三人のクローンヤクザ! まるで三つ子だ。クローンだからだ。背中に燃料タンクを背負い、炎を噴射して……「アバーッ!」逃げ遅れた住人が火だるまになる! 彼らは止まらず、着々とした足取りで接近してくる!

「ヤバい、ヤクザが来た! シャッター早く閉めろよ!」タタラギが喚いた。「ク、クソッ、コイツら! 出てけ!」「アバー」「アバー」タタラギとミボシは、逃げ込もうとする住民を何度も押し返す。タキは思わず躊躇した。黒焦げで崩れ落ちた、あの住人……迫るクローンヤクザ!「店の前で死人は困る!」

「バッ……お前何言ってんだ!」「コイツらタノシイ中毒だぜ!」「アバー」「アバー」「中、入れ! 入ってろ!」タキは彼らをジャンク店内に押し込んだ。その時には既にクローンヤクザが目と鼻の先!「ザッケンナ家賃滞納!」「スッゾ契約更新!」威嚇的に天井に火炎放射!「待て!」タキは叫び返す!「オレは家賃滞納はしてねえぞ!」

 地下街にタキの声が反響した。「……」「……」クローンヤクザ達は待機状態で、互いの顔を見た。タキは喚いた。「オレは少なくともまだ滞納はしてねえ! カ……カネモチだからな。二倍の家賃なんざ、屁でもねェんだよ。今のところはよ。ナメんなよ……!」

 クローンヤクザの一人が携帯端末を取り出し、タキの住所を入力した。『今日の時点では家賃OKドスエ』マイコ音声が返答した。「……」「……」クローンヤクザは再び互いの顔を見た。タキは勢い込んだ。「な? わかったろ、訴えるぞテメェら……」「ナマッコラー!」「グワーッ!?」殴打!

 倒れ込むタキに、クローンヤクザがケリを入れる!「ソマシャッテコラー!」「グワーッ!」「ワッチャリメレッケラー!」「グワーッ!」二人がかりで蹴られるタキ! もう一人のヤクザが店内に侵入! サイバネアイが光を発する!「匿われている賃料滞納者を発見。処分します」「「アイエエエ!」」

 タキは蹴られながら店内を見ようとした。だが、蹴られる!「チョクレッコラー!」「グワーッ!」「アチャレッコラー!」「グワーッ!」店内でミボシ達の悲鳴!「「アイエエエ!」」ナムサン! このままでは……「ハイヤーッ!」「グワーッ!」

 カンフー・シャウトが発せられ、店内の闇の中からクローンヤクザが地下街に射出されて柱に叩きつけられた。「ハイヤーッ!」直後、追うように飛び出してきたのは……明るいオレンジの髪、アオザイ姿の美しい娘、コトブキである!「タキ=サン! この状況は!?」

「ア、アバッ、お前……」タキは限界だった。意識が遠のく。柱に叩きつけられたヤクザにはまだ息がある!「後ろだ!」タキは警告した。「ハイヤーッ!」「グワーッ!」コトブキは後ろ回し蹴りで倒したが、タキを痛めつけていた二人は……「イヤーッ!」「「グワーッ!」」二人の足が宙に浮いた!

 タキは見た。二人のクローンヤクザの後ろには赤黒装束のニンジャがいた。二人の首を後ろから掴んでいる!「グワーッ!」「アバーッ!」もがくクローンヤクザを、赤黒装束のニンジャは……ニンジャスレイヤーは、締め上げながら、ゆっくりと吊り上げた。「なんだ、これは」


2

 その日キタノ・ディストリクトの空はスモッグで黄色く、広告音声が歪んで聴こえた。「ファッキング不快な番地ですよね」サラリマンはセンパイ・サラリマンに語りかけた。「見てくださいよ、でっかいドブネズミ!」「よせよ、そういうの指差すのは。ほら、あそこだ、例のピザタキは」「あそこか……」

 彼らはメガ・ピザ・チェーン「ピザスキ」の営業サラリマンである。大資本と効率的経営によってネオサイタマのピザ・シーンを掌握にかかるピザスキは、かつてこのキタノ・ディストリクトに出店を試みたことがある。しかしキタノ支店は敢えなく閉店した。何故か?

 その理由はネザーキョウのタイクーンによる物理的店舗破壊。いわば天災に巻き込まれたようなものだ。しかし彼ら営業サラリマン、ノミタケとチャノ・センパイは真実を知らない。上から聞かされた理由、それは、あの個人経営ピザ店「ピザタキ」に出店妨害をかけられたからだというものだ。

「明智光秀に店舗が破壊された」という報告ではピザスキの本部長は納得しなかった。天災のせいにするのはヤルキが足りないという断定だ。そこで一応の理由が決められた。しかし彼ら営業部隊の兵隊が真相を知っているはずもなかった。「まずは敵情視察だ」「ハイ。実際にピザを食べましょう」

「ウチのピザはチェーン店だから安いし、味もまあまあ飽きないよな」チャノが言った。ノミタケはウンウンと頷いた。「キャンペーンもやってますしね。個人経営のケチくさい店に負ける要素ないでしょ」「どんな対策立てりゃ良いのか……ダンピング、恫喝、まあ、食って考えようぜ」

 彼らはピザタキのドアを開けようとした。……開かない。「休業か?」「中で声が……」ノミタケは扉に耳をつけた。「よせ。怪しまれる」チャノはノミタケを引っ張り、窓に回った。そして外から店内の様子を見ようとして……凍りついた。「アイエッ」「センパイ? アイエッ!」店内に……ゾンビー!?

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