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【ニンジャズ・デン】

◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログに大幅な加筆修正をほどこしたものです。このエピソードは物理書籍未収録作品です。第2部のコミカライズが、現在チャンピオンRED誌上で行われています。


【ニンジャズ・デン】


 ガミオダ駅の駅前は、華やかなネオン輝くネオサイタマ中心部の装いとは大きく異なる。ロータリーを囲む飲食店群の明かりの奥に広がる闇はどんよりと底無しで、薄ら寒い。ピカピカ光る青い蛍光色「ぎょうざ」看板の店。そこに列を為す、汚れたブルゾンの人々。あるいはその横に座り込む酔漢。

 ここは丁度、ネオサイタマ市街区と郊外のボーダーラインに位置する町だ。リョウゴクやカスガ、センベイに出るには遠く、電車の本数も少ない。濁った夜の闇の先には、全くの等間隔で配置されたショッピングモールを中心にした効率的居住区がぽつりぽつりと配置されている。この町が、際(きわ)だ。

 この町は、外側の闇の侵攻に……等間隔ショッピングモールの安寧に対して、抗っているかのようでもある。だがその抵抗は弱々しく、自信がなさげだ。酔漢や失業者が埃っぽい路地をうろつき、偽造電子喫茶カードを配るプッシャーの声も小さく、犬は痩せている。日が落ちれば、闇と短絡犯罪の時間だ。

「ぎょうざ」食堂のノレンをかき分け、中からトレンチコートの男が現れた。並んでいた労務者達は彼に対して敵意に満ちた視線を投げる。彼らよりも先に店内にいた客達は、彼らの敵である。先の客が食事をしているから、彼らは外でこうして、飯にありつく事ができないまま、待たされる。余裕なき敵意。

 トレンチコートの男が、それらの敵意に取り合うことはない。彼はしめやかにロータリー沿いを歩き、コンクリート花壇の隣のベンチに腰を下ろす。そして、シワの寄った日刊コレワを開く。「これでお前たち生活ぜんぶおしまいの証拠」「政府がこんなことになる」。恐ろしい黒背景に黃文字。

 ゴゴゴウ……滑るようにして、白いワゴン車がロータリーに入ってくる。白いワゴン車は、タクシー待ちをしている女性の前で停まった。年の頃カレッジ学生、やや酔った様子の彼女は、腕時計とワゴン車を交互に見た。ワゴン車のスライドドアが開き、爆音の歌謡音楽が外へ溢れ出る。彼女は目を見開く。

「え?」「ドーモ」車内の闇から、屈強な体躯のタンクトップ男が、ぬう、と身を乗り出した。そして無造作に彼女の腕を掴むと、車内に引きずり込んだ。「アイエエエエエ!」ゲラゲラ笑う声と車内BGMが女の悲鳴をかき消した。「前後ワゴンにようこそ!」「アブナイゼ!」

「アイエエエ! アイエエエエ!」「早く車出しちゃえよ?」泣き叫ぶ女を押さえ込みながら、タンクトップ男が陽気に言った。運転席の男が振り返った。「ドア閉めろよ!」「何?」「ドア! 閉めろって」「何?」ドンツクドンツクブブンブーン。歌謡ボディミュージックのケミカル爆音が会話を阻害する。

「閉め!」「何?」「閉め! 閉め!」「ああドアね」「アイエエエ!」タンクトップ男はシートに女を投げ倒し、スライドドアに手をかけた。「……あン?」彼は力を込めた。ドアが閉まらない。「あン?」「ドア! 閉めろって!」運転席の男が繰り返した。ドンツクドンツクブブンブーン。

「閉めろって!」「何?」「閉め! 閉めー!」手振りを交えて、運転席の男は繰り返した。ブブンブーン……「聞こえねッゾコラー!」タンクトップ男は怒鳴り返した。運転席の男はドアの外を指さした。ここに至りドアが閉まらぬ原因が判明した。トレンチコートの男がスライドドアを押さえている!

「あン?」タンクトップ男は恐ろしい顰め面を作り、ドアを閉めさせない外部者を睨みつけた。「テメ、何してンの?」「……」トレンチコート男はハンチング帽を目深に被り、その表情をうかがい知ることはできない。男は低いがよく通る声で呟いた。「タクシー。乗せてもらおう」

「グワーッ!」道路側の窓ガラスが爆散し、タンクトップ男がスリングショットじみた勢いで車外へ排出された。アスファルトに頭から落ち、したたか全身を打って転がる彼を、走りこんできたタクシーが轢いた。「アバーッ!」インガオホー!

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「……イヤーッ!」「アバーッ!」更に一人、アスファルト上へ、「威勢が良い」と書かれたTシャツの男がスリングショットじみた勢いで車外へ排出された。アスファルト上、タンクトップ男の隣に、したたか叩きつけられた。

 歌謡ボディミュージックが鳴り止んだ。その後、反対側のドアから、先ほどの女性が降り立った。無事である。この極限じみた体験に酔いも覚めたか、震えながら車内を振り返った。彼女はしかし、車内に向かってオジギをした。そして駆け去っていった。

 再びワゴンの車内に注意を戻そう。今やトレンチコートの男は後部座席に深々と掛け、顔面蒼白の運転者が震えるさまを腕組みして眺めている。「車を出せ」トレンチコートの男は命じた。「アイエエエエ……」SLAM! 叩きつけるようにスライドドアを閉めた。「アイエエエ!」

 白いワゴンは滑るように走り出した。「……」トレンチコートの男は無言である。運転者はそれこそ椅子にショック機構があるかのように、椅子ごと音を立てて震えている。「……」トレンチコートの男は無言である。運転者は既に失禁している。「どち……どちらへ行けば……いいですか、グスッ」

「サーペントは同類の暗号を読む」トレンチコートの男は腕組みしたままコトワザを呟いた。「当然、貴様はこの地の『ブラッドバス・シアター』とやらの位置を知っておろう。このまま向かえ」「アイエエエエ!」運転者が再失禁した。「ブラッドバス! シアター! アイエエエエ!」

「場所を。知っているな」「だけど、だけど殺されッちまいます! あそこに行くなんてダメだよ……」運転者は泣き声を出した。「通、通行証なんて持ってねえ! 俺、俺はギャングとかヤクザじゃねえんだよ! 遊び半分なんだよ!」「遊び半分だと?」ぞっとするような声が発せられた。

「遊び半分でファック・アンド・サヨナラか。犠牲者もたまったものではないな」「アイエエエ!」「どのみち私に人倫を説く資格などない」トレンチコートの男……フジキド・ケンジ、またの名をニンジャスレイヤー……は、独りごちた。運転者は悲鳴を上げながら車の速度を上げる。

「このまま向かえ」「助けてください」運転者は言った。「真人間になります」「……」ニンジャスレイヤーは無視した。ゴウ……ゴウ……広告ポールの傍を通過するたび、割れ窓の外で風が唸る。やがてワゴンは脇道へ曲がり、胡乱で小さい商業区画を抜けて、無個性でだだっ広い大通りに合流した。

 広さのある庭、同じ形をした一戸建ての建物とマンションとが交互に並び、数区画ごとにガソリンスタンド。電子喫茶。そのリフレイン。サキハシ知事の治世、急速に拡がっていった光景だ。ネコソギ・ファンド社によるコケシマート買収が、その流れに更に拍車をかけた。

 コケシマート傘下のコケシモールは、周辺地域にひと通りの高品質で明快な、迷いのない、シンプルな充足をもたらす。泥縄の個人経営では到底提供できぬサービスを。人々はモールに勤め、モールで消費し、モールで恋愛し、ねぐらに帰ってゆく。モールの一つ一つが、いわば、独立した経済単位だ。

 催眠的な景観リフレインの中を白いワゴンは進んでゆく。「もしかして、パスあるんですか? あんたヤクザ戦士なんですか?」運転者が恐る恐る質問した。「違う」ニンジャスレイヤーは否定した。そして訊き返した。「それほどまでに恐れるブラッドバス・シアターとは、実際どのようなものだ」

「知らないで行くのかよ……あそこによ……」「用があるから行くのだ」「アイエエエ……」運転者はいまだ震えている。恐れだ。ブラッドバス・シアターへの恐れは、突然現れ実力を行使したこの男をも上回るか。「あそこはヤバイんだよォ……法律は……法律はねえんだよ……」

 斟酌の余地無き非道犯罪に手を染めるこのヨタモノの口から「法律」とは、何たるナンセンスか。それほどに異様な何かが、ブラッドバス・シアターにはあるというのか。通過する街路灯の明かりを受け、ニンジャスレイヤーはハンチングの下で無感情である。恐慌寸前の運転者とは対照的に。

 やがて、黒々とした山のシルエットが遠くに見えてくる。その麓付近、やや高台、曇り夜空にライトを投げかける巨大な建物らしきものを、ニンジャスレイヤーは確認した。ノイシュヴァンシュタイン城じみた、妙な建築物を。「あれです。行きたくないよ」運転者は泣いた。「行きたくない」

 白いワゴンはしめやかな走行を続ける。ニンジャスレイヤーは腕組みし、物思いに沈む。「ブラッドバス・シアター」……彼はこの物騒な名称を掲げる謎の無法地帯へ今から赴き、ヨナヨという名のオイランドロイドを救出せねばならない。

 やがて、ゆるゆるとワゴンは停止した。唐突に没個性な景観から抜け出し、バンブーの林を前にしていた。運転者ははばからず泣いている。「エッヒ、アグッ、もッ、も進めません」運転者は言った。「も、無理、です、死にたくない無理……無理だよォ……」「……」フジキドの目が闇に光った。

 スライドドアが開き、ニンジャスレイヤーがしめやかに車外へ降り立つ。運転者はハンドルを抱えて泣き続けている。「これいじょ、進、め、ないよォ……殺されるの、いやだよォ……」ニンジャスレイヤーが力任せにドアを閉じると、泣き声は中に閉ざされた。曲がり道は竹林に消えてゆく。

 ニンジャスレイヤーは歩き出した。足の下でザクザクと落ち葉が音を立てる。前方、この竹林斜面を上がった先にある喧騒を、彼のニンジャ聴力は既に捉えている。ブラッドバス・シアターの住人が発する、宴じみたサウンドだ。


◆◆◆


(ヨナヨは特別なオイランドロイドだ)依頼者であるソゴ・セシモトは、ニンジャスレイヤーとの探偵契約の成立後も、厳しく懐疑的な態度は崩さなかった。前金は5%。残りが成功報酬である。(ヨナヨは絶対に表に出してはならなかった。絶対に。信じたくない事態だ)

 実際、ソゴのセキュリティは厳重であった。箱入り娘ヨナヨ。知りたがりのハッカーの脳を無慈悲に焼く偏執的な電子攻性プログラムと24時間体制のアサルトライフル警備兵。電子・物理両面の保護下に置かれた彼女を拉致する事など、できはしない……盗人がニンジャでもなければ。

(ヨナヨは特別だ。だからカネになる! 技術革新……美的……夢を当てにした糞共のカネだ! 役立たずのセキュリティも。この部屋も。エエ? 貴様に出したそのオーガニック梅干しも! 全部そのカネだ。あれがいなくなれば俺はおしまいなんだ。わかるか!)その時のソゴの目は、狂気の熾火めいていた。

(身代金の要求が無い。つまり俺よりカネを出す奴がいるんだ)ソゴは苛立たしげに言った。(決まってる……奴らだ。知ってるか、探偵? ピグマリオン・コシモト兄弟カンパニー、知ってるか、貴様?』彼が口にしたのは、人工知能分野で20256個の特許を取得している、謎めいた企業の名だった。

(俺が進めているプロジェクト……クソッ! ヨナヨの革新性に嫉妬しやがったんだ! 警戒してやがる! ヨナヨが世に出れば、奴ら、飯の食い上げになると……クソッ!)ソゴは頭を抱える。(おしまいなんだよ! 奴らの横槍に負けてたまるかよ!)ニンジャスレイヤーを睨みつける。(絶対に連れて帰れ!)


 ……「お客さん?」バンブーの陰から現れたバラクラバ黒服男が、ニンジャスレイヤーにライトを当てた。「パス?」クチャクチャとガムを噛みながら、促した。その後ろには同様にバラクラバを被った男がサブマシンガンを構え、遠慮なく照準している。

 バンブー林の暗闇に複数の敵意の存在がある。既にここはブラッドバス・シアターの領域内だ。ニンジャスレイヤーが懐から無地のカードを取り出すと、黒服男はハンドスキャナを向け、情報を読み取った。ハンドスキャナの液晶に「寿」のカンジが点灯。「お客さんようこそ」黒服男がオジギをした。

 彼らの一人に先導され、闇の中を進むうち、獣道は石畳に変わる。斜面を登り切った先、赤くペンキで塗られたフェンス門が現れた。「アイエエエ!」「アハハー!」悲鳴と嬌声。そして火炎放射じみたオレンジの明かりが空を舐めた。黒服男は平然としている。門の反対側の黒服に合図を出す。

 ギイイと音を立て、フェンスが開かれた。「タノシンデネ」厳かに呟いた黒服は、持ち場に戻ってゆく。ニンジャスレイヤーは庭園の光景を見渡した。「アイエエエ!」「アハハハー!」左を見ると、ドラム缶の焚き火を囲むヨタモノ達。犬の首輪をつけられた女を押しやり、囃し立てる。

「アハハー!」薬物影響下にあると思しき半裸のヨタモノ達は、スピリタスを口に含んで焚き火に吹きつけ、火炎放射じみたエフェクトを楽しんでいる。虜囚が恐怖に身をすくませると、彼らの歓声はより騒がしくなる。右を見れば「あぼかど」と書かれた汚い屋台。蛍光緑に発光するカクテルを振る舞う。

「兄さんスッキリしようよ」薄汚い女が隣に駆け寄って来る。「館行くの? 館より外がいいよ」その顔には痣があり、目元が腫れている。「……」ニンジャスレイヤーは女を眺め、ヨナヨでない事を確かめると、無視して歩き出した。ドラム缶の隣に繋がれた女が泣き叫んだ。彼女も違う。

 道なりに屋台が並び、ヨタモノ達に酒や薬物や肉を供する。みな、目の焦点がおぼつかず、男女とも上半身はだいたい裸で、短絡的文言の刺青が誇らしげだ。途中、ゴミ食物ガラクタが無秩序に堆積する大穴の横を通過した。ゴミの中に頭蓋骨がある。確かにある。ニンジャスレイヤーは歩き続ける。

 遠目にはノイシュヴァンシュタイン城じみていた「館」は、実際のところ、そうした城の形状を模して作られた退廃ホテルであった。正確にいえば、退廃ホテルの廃墟だ。朽ちかかった壁は石ではなくコンクリートで、ヒビ割れをごまかすように乱雑な白ペンキが幾重にも塗られている。

 館の大扉の脇には、やはり黒服。「……」無言でスキャナを取り出す。ニンジャスレイヤーは頷き、先ほどの無地のカードを再び提示する。「寿」。「スゴイタノシンデネ」男はフジキドの肩を叩いた。

 途端に、オレンジの温かい明かりと、ざわめき、グラスをぶつけあう音、稚拙なピアノとバイオリンの演奏、そうしたものが押し寄せ、迎え入れる。まるでオスモウ興行中の相撲バーじみた混雑と活気だ。だがここに居る者達が共有しているのはスポーツの楽しみではない。

 人々を避けながら、まずはバーカウンターを目指す。ステージ上では、椅子に縛り付けられ、猿轡を噛まされた男が、命乞いめいてくぐもった叫び声をあげている。革のマスクを被ったスモトリが、背後の壁にかけられた黒板に、チョークで数字を書いていく。もう一方の手には鎌バット。

「300!」「ハイ300きました」「302!」「302」「……330」「330だと?じゃあ332だ」「ズルイ!」「500!」「500だと……?」ステージのかぶりつきに用意された椅子にかける者達は、サイズの合わないスーツを着、全ての指にこれみよがしな宝石指輪をつけた中年達だ。

「何にします」バーテンが尋ねた。「トックリ」ニンジャスレイヤーは答えた。バーテンは素早くトックリをカウンターに置いた。ニンジャスレイヤーは切り出した。「”オーナー”はどの部屋にいる」「……」バーテンは表情を動かさない。「オーナーですか。オーナーはお忙しいです」「用がある」

「用ですか? へええ……」バーテンはグラスを拭き始めた。「オーナーに用がある人は少ないです」「そうか」「つまり、用がある人は、そういうわけで、私なんかにオーナーの居場所、聞かないですよ」抑揚のない声でバーテンが言った。ニンジャスレイヤーはバーテンをじっと見た。「そうだろうな」

 バーテンは上階への階段を見た。「案内してくれるか」ニンジャスレイヤーは言った。バーテンは頷いた。「ええ、VIPルームに」「連れて行ってくれるのは、奴らか?」階段を足早に降りて来る身長2メートル超の黒服二人組。降りながら、邪魔な通行者の頭を掴み、手摺に叩きつける。「アバーッ!」

 ふらつく酔客を突き飛ばしながら、彼らは決断的足取りで近づいてくる。ニンジャスレイヤーは無言で立ち上がった。ステージではオークションが決着。黒板に「2055」とチョークで書かれ、ステージ上に上がった中年貴婦人にスモトリが鎌バットを手渡すと、ホール全体が湧き返る。「ワオオーッ!」

 バーカウンターの彼らだけが大騒ぎに加わらない。やがて、降りてきた屈強な黒服男がニンジャスレイヤーの肩をグイと掴んだ。「お客さん奥行きましょうか!」ニンジャスレイヤーはその手首を掴んだ。「案内を」「グワーッ!?」黒服男が悲鳴を上げる。「してもらえるか?」「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーは黒服男を握力で悶絶させ、腕を捻りあげて引きずり倒した。「イヤーッ!」「グワーッ!」豹のように素早く、もう一人のネクタイを掴む!「案内せよ!」「グワーッ!」他の客達はこのアサルトに気づかない。気づいたとしても、それが何だ? ここはブラッドバス・シアターだ!

「アハーハー!」ステージ上では貴婦人が鎌バットを生贄の顔面に叩きつけんとす! 拍手と「コロセー! コロセー!」のゴア・チャントが響き渡る。顔面めがけ……「アイエエエ!?」貴婦人は得物を取り落とし、転倒した。傍らのスモトリが助け起こすと、貴婦人の手にはスリケンが突き刺さっていた。

「アババーッ!?」貴婦人が床をのたうち回った。「ブー! ブーッ!」客のブーイング! スモトリは鎌バットを拾うと、自分が生贄を殺すべきか、オークション二番手に権利を譲るべきか、思案を始めた。スリケンを投げ終えたニンジャスレイヤーは黒服男の背中をどやし、スタッフルームに押し入った。


◆◆◆


「これが?」ストライプのスーツを着たアルビノの男は、クリスタル・チャブを挟んで向かい合うブロンズ装束のニンジャを見た。そして、もういちど、床に転がされた女を二度見した。「……これが?」「そうだ。この……このカスだ」メンポ(面頬)越しにも、このニンジャの苦々しい表情はうかがえる。

「激しく前後するドスエ?」女は呟き、床から見上げた。その声はやや震えていた。「人間です」アルビノの男は冷静に言った。「見りゃわかる」とニンジャが言った。「だが、俺が判断するわけにもな。破壊検査というわけにもいかん」「成程」アルビノの男は頷き、「人間です」あらためて断定した。

「……フー……」ブロンズのニンジャはため息をついた。この部屋からは人払いをさせてある。床にはバイオホワイトタイガーの毛皮。壁には「太宰府」と書かれたショドーが飾られている。「お前さんがそう言うなら、そうなんだろうぜ」「満足です」アルビノの男は立ち上がった。

 アルビノの男は携帯端末を取り出した。端末背面には四枚の翼を生やすオイランの意匠が彫り込まれている。ピグマリオン・コシモト兄弟カンパニーの社章だ。アルビノの男が携帯端末を操作すると、部屋の隅のUNIXから入金音が鳴り響いた。キャバァーン!「約束報酬の50パーセントを振り込みます」

「50? こいつが生身か機械かなんて話は俺には関係ねえ。とにかく、ソゴの嘘八百は明らかになった。誰の働きでだ?」「貴方です」エージェントは無感情に答えた。「ゆえに50パーセントはお支払いします」「……」ブロンズのニンジャは舌打ちした。「まァいい。要らねえんだな? そこのゴミカスは」

「……」アルビノのエージェントは女を見た。女は恐怖にカチカチと歯を鳴らしながらエージェントを見た。エージェントは頷いた。「当然です。無意味ですね。お好きになさってください」「アイエエエエエ!」女が泣き叫んだ。エージェントはニンジャにオジギし、退出した。

 エージェントはVIPルームを出、ところどころ繕い切れないヒビ割れが目立つ廊下を進んだ。壁には「アソビ」「何か面白い事ない?」「ケンカ」「バカ」等の恐るべき文言が鮮血めいた赤スプレーで書かれている。彼はそれらに対し何の感慨も抱いていない様子だ。そのまま廊下の曲がり角に差し掛かる。

「……」彼は異様な何かを前方から感じ取り、足を止める。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」……カラテ・シャウト、そして悲鳴。やがてひとつの足音が近づいてきた。角を曲がって現れたのは、赤黒装束を身にまとうニンジャであった。

 アルビノの男は一歩後ずさった。赤黒のニンジャが放つアトモスフィアは恐るべきものだ。だが、男は失禁や恐慌には至らない。彼がつい今しがた、VIPルームでこのブラッドバス・シアターのあるじとおぼしきニンジャと、平然とやり取りしていた事を思い出していただきたい。

「ドーモ。始めまして」アルビノの男はなんと、先手を打ってオジギを繰り出したのである。さらに、頭を上げながら自らの懐に手をいれ、滑らかな動作で名刺を差し出した。「私の名前はエシオです。ピグマリオン・コシモト兄弟カンパニーのエージェントをしております」

「ドーモ。エシオ=サン」ニンジャスレイヤーは反射的にオジギを返し、名刺を受け取った。アイサツ行為は神聖不可侵だ。「ニンジャスレイヤーです」「お噂は存じております。お会いできて光栄です」エシオは滑らかに言った。「ニンジャを殺しておられると」「その通りだ」とニンジャスレイヤー。

 ニンジャスレイヤーはエシオに右手を差し出した。スリケン投擲めいた仕草であったが、その手には黒いカードが……彼自身の名刺があった。「ニンジャスレイヤー」とだけ書かれている。他には何の情報も無い。エシオはこれを受け取り、名刺ケースにしまう。「見ての通り私はニンジャではありません」

「この城の関係者か」「いえ」エシオは首を振った。「我が社として、確認すべき事がありました。その為に訪れたのです」「……」ニンジャスレイヤーはピグマリオン・コシモト兄弟カンパニーの社名と、今回のオイランドロイドの件を容易に関連づける。「成る程。確認か」「……確認です」

 エシオは脇にのいた。そして己が歩いてきた廊下を見やった。「オーナーのニンジャに御用があるのでしょう。あるいは……そのニンジャの強奪品に?」「そのどちらもだ」ニンジャスレイヤーは無感情に言った。「彼女は無事でした」エシオは冷たく言った。「少なくとも、私が見た数分前にはね」

 ニンジャスレイヤーは一歩踏み出す。さらに一歩。エシオは目を閉じ、会釈をした。「……」「……」二者が交錯する。廊下の空気が重苦しく渦巻く音が聞こえてくるようだ。ニンジャスレイヤーは……走り出した。その背中を、エシオは一秒間、見送った。


◆◆◆


 ターン! 隣室と繋がるフスマが勢いよく開かれ、待機していた手下ギャングがぞろぞろと現れた。「いけすかねえサラリマン野郎だったですよね、ボス!」「女どうします」「……」ブロンズ装束のニンジャ……その名をヒートシーカー……は、バッファロー革のソファーに踏ん反り返り、彼らを睨んだ。

「見ての通りだ」ヒートシーカーは低く言った。そしてヨナヨの着物を掴み、引き裂いた。「アイエエエ!」白く艶かしい背中が露わとなる。「専門家のお墨付きだ。正真正銘、生身の人間。インチキの代物よ」「アイエエエ!」ヨナヨは泣き叫び、布切れと化した着物で豊満な胸を隠そうとした。

「ただの肉だ、これは。ソゴ・セシモトはこの女にドロイドのフリをさせ……」「ファ、ファックしていいですよね、アバーッ!?」ヒートシーカーの言葉を遮ったモヒカンの額にスリケンが刺さり即死!「ダマラッシェー……」ヒートシーカーは不機嫌そうに呟き、白い息を吐いた。

 手下達は恐怖に緊張し、揃って気をつけ姿勢を取る。モヒカンは愚かだった。ヒートシーカーのもとで好き放題の専横が出来るのは、単に許されているからに過ぎない。このブラッドバス・シアターを根城にガス吸引行為やファックに勤しんでいた彼らのもとに、このヒートシーカーが現れたのは一月前。

 何の前触れもなくこの城に押し入ったヒートシーカーは、まず、不良集団の元々のボスであったジュウタロを、彼らに正座見物させたうえで半日かけてゆっくりと殺し、死体の首を刎ねた。更にその頭を割って頭蓋を取り出し、この部屋のキモン方角のダッシュボードに、これ見よがしに飾らせた。

 程なくして、このブラッドバス・シアターは、郊外の鬱屈した不良青年の溜まり場から、より大規模な、血なまぐさい無法の砦へと生まれ変わった。地域の人々の堕落は驚くほどに早かった。さながら悪魔に魅入られたかのように。 

 周辺地域には何もない。コケシモールには、あまねく住人を充足させる物資と娯楽が十二分に供給されている。だがそれは漂白された画一的な充足である。竹林の奥、凶悪で過激な悪徳を用意するブラッドバス・シアターは、まるで、その漂白過程から零れ落ちた声なき声の掃き溜めのようでもあった。

「ソゴ・セシモトはそこの女に、オイランドロイドのフリをさせていた。高い知能、きわめて滑らかな動作、人間と変わらぬ最新オイランドロイド発明と嘯いてな」ヒートシーカーは瞑想的に言った。手下達は熱心に頷きながら聴いている。モヒカンの死体と、床で震える半裸のヨナヨに、時折視線が泳ぐ。

「そうしてカネモチの投資を引き出し、自転車操業に勤しんでいたというわけよ。たいしたファック野郎だ……」「ハイ、ファック野郎ですよ!」スキンヘッド刺青男が合いの手を入れた。「アバーッ!?」額にスリケンが突き刺さり即死!「わかったフリをするな、バカども」「「ハイわかりません!」」

 ヒートシーカーはヨナヨの髪を掴み、立ち上がらせた。「アイエエエ!」そして山賊めいて担ぎ上げた。「アイエエエエ!」「ピグマリオン・コシモトからは50%の謝礼が振り込まれた。残りはどうする」「ハイ、わかりません! アバーッ!?」長髪男がスリケン即死!「考えろ。バカめ」

 この部屋に残る手下は四人。三人は死体と化した。ヒートシーカーはスモトリ崩れを睨む。スモトリ崩れは恐怖からくる震えのあまり、白目をむきかけている。泡を吹きながら答える。「そのう、ソ、ソゴを脅します」「……その通りだ。カスめ」ヒートシーカーは冷たく頷いた。

「秘密が外部に漏れればソゴはおしまいだ。ゆえに、俺は優しさを見せてやる。俺が奴のビジネスパートナーになってやろう。上納金は九割。良心的と思うか?」「ハイ!」「では九割五分だ」「イヒッ……イヒヒ!」手下達は笑い出した。ニンジャの暴虐が自分達ではなく、他者へ向かう。その嬉しさだ。

「カシラ……その女とファックするんで?」チョンマゲ男が訊いた。ヒートシーカーは抱えたヨナヨを見た。「当然だ」「どうか……俺たちにも」「フン」ヒートシーカーは侮蔑的に鼻を鳴らす。「くれてやる。搾りカスをな」「や、やった!」手下達は狂った笑顔を浮かべた。ナムアミダブツ……!

「死体は庭で焼け!」ヒートシーカーが命じ、隣室の更に奥のフスマへ向かって歩いてゆく。ヨナヨは絶望しきったか、抵抗すらせず、ヒートシーカーの腕の中で揺られている。「ハ、ハイヨロコンデー!」スモトリ崩れが勢いよく返事した。

「エッ?」その時。手下の刈り上げ男が戸口を見て凍りついた。

「Wasshoi!」その瞬間、鬼気迫る叫びと共に前転跳躍でVIPルームにエントリーしたのは、赤黒の風……否、赤黒のニンジャであった!「アイエエエ!?」手下達の驚愕悲鳴!「食い止めろ!」ヒートシーカーはニンジャ反射神経を稲妻めいた速度で働かせて状況判断! 即座に手下達へ命ずる!

「「「「ハ……ハイヨロコンデー!」」」」手下四人は即座に各自のサブマシンガンを構え、赤黒のニンジャめがけ乱射! BRATATA……「イヤーッ!」「アバーッ!?」赤黒のニンジャは手近のコーンロウ男を決断的に蹴り殺す!「イヤーッ!」「アバーッ!?」スモトリ崩れを殴り殺す!

 BRATATATATA……「イヤーッ!」「アバーッ!?」銃撃を続ける男をヤリめいてサイドキック殺!「や、やりません!」最後に残った刈り上げ男はサブマシンガンを放り出し、その場でドゲザ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは頭のすぐ横の床をストンピング! 亀裂! 刈り上げ男は失禁!

「イヤーッ!」KRAAASH! ヒートシーカーは蹴りでフスマを破壊! 退廃ウォーターベッドの横を通り過ぎる!「イヤーッ!」KRAAASH! さらに奥のフスマを破壊! その先の非常階段へ走る!(((赤黒の装束……間違いない……あれがニンジャスレイヤー……! 実在したとは!)))

 ジゴクめいたチェイスが始まる! だがヒートシーカーに恐怖は無い。ニンジャといえど敵は一人。こちらは多勢、しかもここは勝手知ったるホームグラウンドだ。(((フーリンカザンは我にあり……ネズミ袋に陥った狂人は八つ裂き刑に処し、死体をアマクダリ・セクトに売りつけてくれる))) 

「イヤーッ!」螺旋状の屋内非常階段をニンジャスレイヤーは駆け下りる。下方に見え隠れするヒートシーカーの背と、抱えられた女。ブガーブガーブガー! 何らかのIRC操作が行われたか、施設内に不穏な警報音が鳴り響き、踊り場に接する中二階のトイレからスモトリが飛び出した。

「ドッソイ!」革マスクを被ったスモトリ戦士は巨体で行く手をふさぎ、手摺の鉄パイプを引きちぎって危険な得物にした。「ノコータ! ハッキヨホ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーも手摺の鉄パイプを引きちぎって構えた。「ノコータ!」「イヤーッ!」「ノコータ!」「イヤーッ!」

 数度の打ち合いで鉄パイプはめちゃくちゃにひしゃげた。スモトリが後ずさり、ニンジャスレイヤーは鉄パイプを捨てながら決断的に踏み込んだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」腹を蹴り上がる! そして、ナムサン! 目潰し攻撃を繰り出した!「イヤーッ!」「アバーッ!」

 革マスクから露出した薬物影響下の血走った両目を、ニンジャスレイヤーは無慈悲に突き壊した。そのまま空中で身体を捻り、後ろ回し蹴りを放った。「イヤーッ!」「アバーッ!」スモトリの首が120度回転、巨体がキリモミ回転しながら転げ落ちた。

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは先を急ぐ。「イヤーッ!」KRAAASH! 鉄扉を蹴り開けると、ニンジャスレイヤーは再びあの大ホールにエントリーしていた。正門方向には館の外へ我先に逃げてゆく人だかりの背中が見える。しかし、警報音の中で逃げずにいる者達も意外なほど多い。黒服。バーテン。ステージ上のスモトリ。客の何割か。

 まずステージ上のスモトリが、鎌バットを放り捨て、その手にマグナム銃を構えた。背後の黒板には「やっつけて殺す」と書かれている。バーテンはカウンター上に立ち、ショットガンを構えた。黒服達は一斉にチャカ・ガンを構えた。よだれを垂らして笑う客達は、手に手に物騒な斧を構えた。

 貴婦人は憤怒の形相でリボルバーを構えた(負傷した手には包帯)。ピアニストは両手に投げナイフを構えた。バイオリニストは火炎瓶を構えた。オイラン・ダンサーはアサルトライフルを構えた。桟敷席の上でヒートシーカーが勝ち誇った。「モスキート・ダイブ・トゥ・ベイルファイアな!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヒートシーカーめがけスリケンを投擲した。「イヤーッ!」ヒートシーカーは指先でスリケンを挟み取った。「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。ヒートシーカーです」オジギする彼の隣の椅子には、豊満な胸をさらけ出されたヨナヨが座らされている。

「ドーモ。ヒートシーカー=サン。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーはオジギを返した。「ブザマに逃げまわり、5分、10分寿命を延ばして何とする。凝ったハイクでも詠んでみせるか? そこの娘を渡せ」「わかっておらんな、貴様という奴は」ヒートシーカーは言った。

「相手をするのはこの屑共だ。俺の手となり足となる忠実な蟻だ。俺は救い主……何一つ展望の無いこの者らに、天にも昇る体験を与える! こいつらは刺激の為に喜んで命をも投げ出す。見ろ、そいつらは貴様を犬ほども恐れておらぬ!」「ハヤク!」斧持つ客の一人が叫んだ。「ハヤクコロシタイ!」

「イピー!」白兵戦武器の者達が殺到してくる! そして銃口が一斉に火を噴く! BLAM! BLAMBLAMBLAMBLAMBLAM!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投げた……敵にではない。頭上めがけてだ! スリケンは遥か上、天井付近のシャンデリアを吊る鎖を一撃で切断した!

「何?」ヒートシーカーは眉根を寄せた。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが跳んだ。次の瞬間、シャンデリアが支えを失い、残る鎖があらかた引き千切れて、ホールめがけ落下したのである! KRAAAASH!「アバーッ!」「アバーッ?」「アババーッ!」粉塵! スパーク! 炎が噴き上がった!

「イヤーッ!」ステージ上に回転着地したニンジャスレイヤーは、銃を構え直すスモトリの爪先をストンピングで踏み砕き、股間をパンチで破壊した。「アババーッ!?」「イヤーッ!」そして側転した。飛来した投げナイフが空を切り、黒板の「やっつけて殺す」の文字の横に突き立った。

「「アバーッ!?」」バイオリニストとピアニストの額には無慈悲なスリケンが突き刺さっていた。側転しながらニンジャスレイヤーが投擲したのだ。バイオリニストの火炎瓶の狙いが逸れ、貴婦人に命中した。「アバーッ!」倒れこむ者たちを、シャンデリアから燃え広がる炎が呑み込んでゆく。

 BLAM! BLAM! BLAM! BLAM!「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「アバッ!?」「アバーッ!」「アバーッ!」「アバーッ!?」撃ち込まれる銃弾を紙一重でかわしながら、ニンジャスレイヤーはスリケンを投げ返してゆく。BLAM! BLAM!「イヤーッ!」「アバーッ!」

 撃ち返しが途絶えた。ニンジャスレイヤーは桟敷席を睨み……「イヤーッ!」瞬時にブリッジした。ショットガンの散弾が上を通過した。「!?」バーテンは銃撃アンブッシュ失敗に驚愕、第二射を……「イヤーッ!」「アバーッ!」バーテンの顎先にバックキックが直撃。顔下半分が吹き飛んだ。

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側転して走り出した。バキバキと音を立て、木材が燃えながら崩れ落ちる。KABOOOM!「アイエエエ」力なく呻くヨナヨの腕を荒々しく引っ張り、ヒートシーカーは屋上へ通ずる階段を駆け上がる。「バカな……冗談ではないぞ。ふざけているのか?」

「アイエエエ」「来い。貴様は奴との取引材料だ」KABOOM……炎上爆発音を背後に、二人は胸壁の上、夜空の下に走り出る。胸壁には「ストロング夜」と書かれた非点灯の退廃ネオン看板。ブラッドバス・シアターとなる以前の屋号だ。ドクロめいた月が彼らを見下ろし、「インガオホー」と呟いた。

「ここが決闘場か。ヒートシーカー=サン」炎を逆光にしながら、追い来たニンジャスレイヤーが進み出る。「よかろう。ニンジャ……殺すべし!」「やってくれたな、ニンジャスレイヤー=サン。だが、いくらモータルを殺したところで俺の優位は揺るがぬ。そして、貴様は考え違いをしている……!」

「考え違いがあるというならば、正してみよ」歩みを止めず、ニンジャスレイヤーはジゴクめいて言った。その目に赤黒の光が灯り、レーザーポインターめいてヒートシーカーの網膜に焼きつく。ヒートシーカーは呻くヨナヨの顎を掴み、ぐいと向けた。「これを渡せと言ったな? 貴様はバカを見ているぞ」

「……」「ソゴ・セシモトに請われたか? ケチな殺し屋め。いいように利用された事も知らずにな。この女は新型オイランドロイドでも何でもない」ヒートシーカーは言った。「生身の人間だ! 肉だ! 全身を整形し、薬漬けで自我を弱めたそこらのクズに過ぎぬ。バカな投資家同様、貴様もいい面の皮だ」

「貴様は考え違いをしている」ニンジャスレイヤーは低く言った。「私は」近づく。一歩。二歩。「私はニンジャを殺しに来た。……貴様をな」「それ以上近づくな! 近づけば」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投擲!「チィーッ!」ヒートシーカーはヨナヨを突き飛ばし、スリケンを回避!

 ヒートシーカーはそのまま地を蹴り、襲いかかった。「イヤーッ!」袈裟懸けチョップを繰り出す。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはショートフックを脇腹に打ち込みにいく。両者の攻撃はお互いを同時に捉える。「「グワーッ!」」互いに怯む! KABOOOOM! そして足下でなんらかの爆発音!

 このブラッドバス・シアターはもうダメだ。見よ、庭から門めがけ雪崩めいて逃げる市民達! 彼らは押しあい、互いに殺し合いを始めた。地獄図を眼下に、胸壁上では二人のニンジャのイクサが続く!「なぜニンジャを殺す! 狂人め! イヤーッ!」「イヤーッ!」ぶつかりあう打撃!

 ヒートシーカーは目を見開いた。「支配と簒奪! それが自然! 我々ニンジャの行いは人のカルマそのものだ。屑共の人間性を解放してやろうというのだ! イヤーッ!」「イヤーッ!」再び打撃がぶつかり合う。KABOOM! KABOOM!「アバーッ!」群衆が松明めいて燃え、穴の中に折り重なってゆく。

「イヤッ! イヤーッ!」「イヤッ! イヤーッ!」コンパクトな掌打応酬!「イヤーッ!」ヒートシーカーが喉元を突きにいく!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはそれを払いのけると、返すカタナめいて腕をしならせ、側頭部に裏拳を見舞った。「グワーッ!」さらに肘打ちを叩きつけた。「グワーッ!」

 この打撃でヒートシーカーのメンポは砕け、剥がれ落ちて、バラクラバめいたマスクのみとなった。ニンジャスレイヤーは右手拳を弓めいて己の顔の横まで引き絞った。これはカラテ奥義「ジキ・ツキ」の構え! その目が赤黒の炎をひときわ強く燃え上がらせる。彼は言った。「吟味の価値もない屁理屈だ」

 白目を剥きながら、よろめくヒートシーカーは身を守ろうと両手を動かしかけた。「イヤーッ!」既にその時、死神の決断的カラテ、ジキ・ツキの拳は放たれていた。「アバーッ!」顔面を恐るべきジュー・ジツで破壊され、ヒートシーカーは二歩下がった。そして、「サヨナラ!」爆発四散した。

 風と煙が吹きすさぶ。ニンジャスレイヤーはヨナヨを見た。ヨナヨは目を伏せた。「……人間でごめんなさい」「知っていた」彼は手を差し出した。「ここも、じきに火がまわる」「はい」ヨナヨは手を取り、ゆっくりと立ち上がった。

 ヨナヨに表情は乏しい。長期的な薬物の投与とIRC接続反応が引き起こす、独特の、離人症めいた感情欠如の症状だ。だが彼女は涙を流していた。ニンジャスレイヤーは彼女を抱き上げ、そして躊躇わず、胸壁から跳んだ。「イヤーッ!」


◆◆◆


 ニンジャスレイヤーはソゴにヨナヨを返さなかった。否、どのみち返そうとしても無理な話だ。依頼を行った数時間後に、ソゴは自室で拳銃自殺を遂げていた。「私の中では、これで永遠」。机の上に、そんなハイクが残されていた。 

 諦念の滲むハイクだ。ヨナヨが攫われた瞬間、どうあがいても彼の運命は終わっていたのだ。秘匿していた真実は第三者の目に触れ、早晩明らかになる。それで全てが水泡に帰する。……では彼は、そもそもなぜ依頼を? それはわからぬ。だが少なくとも、依頼のおかげで、ヨナヨは命を救われた。

 事件の後、ヨナヨは一人、コケシモール内のマイコセンターで働き始めた。少なくとも数ヶ月にわたる勤務記録が残された。その後の行方は不明だ。……ニンジャスレイヤーは、ソゴを、ヨナヨを、この事件を、どう評価するだろう。割に合わぬ仕事か。あるいは。

 当然、彼がそれを語る事はない。 

【ニンジャズ・デン】終



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