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【サイオン・オブ・ザ・タイラント】

◇総合目次 ◇エピソード一覧


この小説はニンジャスレイヤー第3部後半「鷲の翼編」のTwitter連載時ログをアーカイブしたものです。このエピソードは物理書籍未収録作品です。第2部のコミカライズが現在チャンピオンRED誌上で行われています。



【サイオン・オブ・ザ・タイラント】


1

 ドンコドンコドンドン、ドンコドンコドンドン……勇壮な伝統的ヤクザドラムBGMが、今日もラオモト・チバ邸に流れていた。あたかも、遠い山並みの裏側で鳴る遠雷のように奥ゆかしく。

 外は雪。閉じたショウジ窓越しに、白く冷たい薄明かりが十六畳のタタミ部屋へと伝わってくる。中央に敷かれたフートンの奥から漏れるのは、金髪オイランの艶やかな声。オイランはチバの名を呼びながら、一人、フートンの中で悶える。チバは窓際に立ち、紫ヤクザスーツのボタンを外してすらいなかった。

 三つ隣のタタミ部屋では、近衛たるネヴァーモアとドーントレスが、強化フスマの前で微動だにせず仁王立ちしていた。紺色のニンジャ装束を着たドーントレスは、パンキドーのタツジンであり、忠実なるアクシスであり、シャドウドラゴンの出奔後にアガメムノンから与えられた新たな"監視役"であった。

 チバは冷たい眼差しで、薄暗い室内を一瞥した。見事な仕掛けで回転するボンボリ。その中で蝋燭の炎が揺れ、空を舞う鶴の影絵を室内に映し出している。東西南北の壁。ショウジ窓、フスマ、フスマ、コケシ箪笥、そしてまたショウジ窓。ボンボリ灯の生み出す鶴は、室内の同じ場所をぐるぐると飛び続ける。

 この鶴はまるで、カゴに捕われた今の自分だ。チバは舌打ちし、葉巻の煙を吐く。オイランの甘い声が、フートンから聞こえてくる。彼はショウジ窓に手をかけ、開けた。灰色の陽光が差した。窓の外の日本庭園、雪を被ったバンブーの葉には、赤いネオントンボが乗り、生きているか死んでいるか、動かない。

 薄明かりの中、チバは床の間に置かれた重箱のフロシキを解き、蓋を開いた。和紙で巻かれた純金コーベインと、紫色の布で丁重に包まれたチャカがあった。黒漆塗りの銃身にはソウカイヤ紋の蒔絵装飾があしらわれ、グリップにはカタナの柄めいて紫色の紐が巻かれた、見事なカスタム・チャカガンであった。

 鷲の翼が開くまで、あと七日。あと七日で、アマクダリ・セクトは決定的勝利を収める。あと七日、ジグラットの守りを固め続ければよいだけだ。全てはアガメムノンのお膳立て通り。だがそれは、ラオモト・チバの勝利といえるのか。……否だ。チバは深呼吸した後、意を決し、そのチャカガンを掴み取った。

 今日は虫の居所が悪いのか。チバを訝しんだオイランが、誘うように上半身をもたげた。「ドスエ……?」彼女はショウジ窓の前に立つチバを見た。次の瞬間。SMAAAASH!巨大な影が、窓の前を横切った!門囲いを破壊してきた一台の武装ヤクザトラックが、バンブー林を暴走して広間に激突したのだ!

 ナムアミダブツ!敵対ヤクザクランのテッポダマ・タクティクスか!?所属不明、黒塗りの暴走ヤクザトラックは、チバの居室から四部屋離れた広間に突っ込むと、そのまま電算機室を直撃!たちまちIRC接続障害が発生した!「「「ザッケンナコラーッ!」」」トラックの荷台からはクローンヤクザが出現!

 アルゴスとの接続が断たれた。ドーントレスはパンキドーを構え、謎の暴走トラックに向かおうとするも……後方、二部屋隣のチバ居室で、銃声が鳴り響いた、BLAMN!さては、あちらからも賊か!?あるいは、あの金髪オイランがアサシンの類であったか!?ドーントレスは舌打ちし、後方を振り向いた!

 だがその銃声は、チバからのアンブッシュの合図であったのだ。ネヴァーモアは瞬時に全身から湯気を立ち上らせると、ドーントレスの横顔めがけ鉄拳を叩き込んだ!「イヤーッ!」「グワーッ!?」頬骨が砕け、脳震盪でよろめくドーントレス!広間側ではチバ邸のクローンヤクザ部隊が襲撃者と交戦を開始!

 ネヴァーモアは次なる拳を容赦なく繰り出す!「イヤーッ!」「グワーッ!?」SMAAAAASH!強化フスマを盛大に割り倒しながら、タタミ部屋を転がるドーントレス!「アイエエエエ!?」オイランが訳も分からず叫ぶ!狂犬ネヴァーモアはメンポから蒸気を吐き出し、重々しい足取りで歩み寄る!

「おのれ、パンキ……!」だが狂犬は容赦なくマウントを奪い、殴りつけた!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!き、貴様、裏切ったか!?」パンキ防御で凌ぐドーントレス!彼の疑問に対し、チバは葉巻の煙を吹きながらこう返した。「オニヤス、こんな所で梃子摺っている場合か?」

 ドーントレスは愕然とした。裏切りだ。いや、裏切ったのはネヴァーモアではない。首魁ラオモト・チバが、アマクダリを裏切ったのだ!IRCを潰されアルゴスにも報告できぬ。だが…何故!?「悪く思うな、お前は死ね」チバが冷酷な目で言い放った。直後、ネヴァーモアの拳がドーントレスの頭を砕いた。

「サヨナラ!」ドーントレスは爆発四散した。「ハアーッ…」ネヴァーモアはタタミ部屋の空気を震わせるような荒い息を吐きながら、ゆっくりと立ち上がり、いささか粗野な、だが主君の名に恥じぬザンシンを決めた。「ムハハハハ」チバは満足げに笑い、葉巻を噛んだ。「旗を持て、オニヤス」「……ハイ」

「愚かな奴だった。シャドウドラゴンであれば、こう簡単には行かなかったな」チバは監視者の爆発四散痕に転がるサイバネカメラアイに一瞥をくれ、踏み砕いた。オイランはフートンの中に座り込んだまま、唖然とした表情で一部始終を見ていた。「また帰って来る、お前はぼくを待っていろ」「ハイドスエ」

 低く重いヤクザドラムの音がチバ邸に響く。ネヴァーモアは鋼鉄棒に結わえたソウカイヤ旗を担ぎ、チバのすぐ後ろに控え、邸宅内の長い廊下を歩いた。精鋭クローンヤクザ部隊がフスマを開けて次々現れ、二人の後に続いた。廊下には「キリステ」「ケジメ」「ノー仁義」などのヤクザショドーが並んでいた。

 冷気がネオサイタマを覆っている。重金属雪が渡り廊下で迷い込んでくる。チバはヤクザコートを羽織り、カスタム・チャカガンを懐に収め、白い息を吐いた。右手には葉巻。左手にはホロ・スフィア投影式のコマンド・グンバイを握る。クローンヤクザの一体が重箱と無線装置を持ち、左後ろに控えている。

 チバは葉巻を吹かし、南東に聳え立つ巨大な黒いジグラットの影を睨んだ。鷲の翼が開くまで、あと七日。だがそれは、このラオモト・チバの勝利ではない。ヤクザの勝利ではない。ヤクザは簒奪する。アガメムノンを始末し、アルゴスとアマクダリを簒奪する。自分にはその力がある。己の血にその力がある。

 ザリザリザリ……旧式無線装置が、錆び付いた鋼鉄の犬の唸り声じみて鳴った。『ラオモト=サン、やはり決行されたのですな』「そうだ。アガメムノンはジグラットから離れている」『いずれ組織はあなたのものになるというのに、何たる豪胆さか』「そのような勝利を喜ぶのは豚だけだ。ぼくは豚ではない」

『吾輩直属の手練れをエスコートに向かわせました。間もなく邸宅前に』「アルゴスには察知されていまいな」『無論ですとも』戦争狂は嗄れ声で笑った。「お前は来んのか、ハーヴェスター=サン?いつまで死んだ振りをしている」『死人のほうが動きやすい事もありましてな。では、また後ほど。ご武運を』

 ノイズ混じりの通信はそこで切れた。チバは微かに眉根を寄せ、しばし思案した。葉巻を燻らせながら、再び彼方のジグラットを睨みつけた。チバの目的は、ジグラット心臓部へ侵入する事。そこに配置されているアガメムノンの手駒を排除し、アルゴスの制御権限を奪う事。この血で。チバは自らの手を見た。

 ……数週間前。タマ・リバー屋形船の船内で見た鮮烈なデータの光が、フラッシュバックする。あの日、チバの網膜に焼き付いたUNIXモニタのデータ。座敷にはチバ、ネヴァーモア、クローンヤクザ、オイランだけがいた。チバは一人、UNIXを操作していた。敵の目と耳から完全に隠されたその場所で。

 10月10日の混乱は、チバに思いがけぬ手札をもたらしていた。月面サーバから盗み出されたアマクダリ重要機密データの破片。それが鍵となり、かつてチバの手勢の一人がとある医療機関から盗み出していた遺伝子解析データの照合結果暗号を、ついに読み解かせしめたのだ。

 屋形船に構築されたスタンドアロン環境で、彼はデータと対峙した。もはやこの世に存在せぬ母親が、何者であったのか。そして父は無論、母親自身さえも知らなかったであろう、その血筋について。チバは声を震わせた。「ぼくが、鷲の一族の末裔だと……?」アガメムノンは、全てを調べ尽くしていたのだ。

「成る程な」チバはグンバイで口元を隠し、額の汗を拭って深呼吸すると、やがて燃えるような怒りに支配された。「何故あの男がぼくの前に現れたか。何故あの男が、ぼくを傀儡君主に仕立て上げたか。これで全て分かった。奴のスペアなのだ。あいつは、ぼくをそのように利用しようと考えていたか……!」

 もはや面影も覚えてすらおらぬ、金髪オイランの母親であった。チバはこの夜、自らの血の半分は勇壮なるラオモト家のヤクザの血であり、もう半分は、あの冷徹なるアガメムノンと同じ祖の血であると知った。そしてアガメムノンは、それを秘していた。チバがアルゴスの血液認証システムを突破できる事を。

 チバの中で全てが繋がっていった。何故アマクダリはモータルとニンジャの地位が等しくあらねばならぬのか。何故セクトが盤石となった後も、己が生かされ続けたのか。アガメムノンに従い、何も知らぬふりをしていれば、玉座が与えられたのやもしれぬのだ。それが、チバには、何より気に食わなかった。

 底知れぬ瞳に雷をたたえた、アガメムノンのアルカイックな笑みが、データを凝視するチバの脳裏に浮かんだ。もはや、この遺産を拒否することは何者にも不可能であろうという、神のごとく尊大な笑みが。故に、反抗した。あの男には決して予測できぬであろう、野蛮なヤクザの反抗を、チバは選択したのだ。

「ぼくをナメおって」チバはUNIXから機密フロッピーを抜き、それを屋形船の座敷から暗黒のタマ・リバーへと放り捨て永遠に処分した。……この事実を知っている人間はおそらく、アガメムノン、チバ自身とネヴァーモア、そして10月10日以降に機密データ提供を秘かに支援したハーヴェスターのみ。

 ……短い回想を終えたチバは、黒い岩が飛び石めいて配置された日本庭園を抜け、バイオパインが並ぶ正門前へと向かった。まばらに降る雪の中を、あの赤いネオントンボが飛んで行く。小さき暴君に率いられた精鋭クローンヤクザ部隊の行列が一斉に早足で進み、正門付近に並び、厳めしい待機姿勢をとった。

 正門前、ラオモト家所有の武装ヤクザベンツの横には、紺色の大型装甲車。そこから降りたアクシス制式突入装備のニンジャが3人。ヘヴィレイン、ワイプアウト、コロッサス。皆、ハーヴェスターに鍛えられた忠実なるアクシス。彼らはまずチバを、次いで、ネヴァーモアが掲げる奇妙な襤褸布を一瞥した。

「……ドーモ、お待ちしておりました。極秘裏にジグラット突入を行うための最小セルを用意しました」雪の中、ヘヴィレインは一礼し、チバに特殊装甲車に乗るよう促した「ラオモト=サンは、こちらへ」「…見て解らんのか?ぼくはネヴァーモアと護衛クローンヤクザ2人を伴う。武装ヤクザベンツでよい」

「しかし……」ヘヴィレインは眉根を寄せた。確かに、特殊装甲車の堅牢さはベンツより優位。だが「…どうした」チバはゆっくりと立ち止まり、ヘヴィレインのフルメンポの奥に微かに覗く目を見据えた。チバはあらゆる敵の目を知っていた。狂人の目。裏切者の目。あるいは勝ち誇り、あざ笑う者どもの目。

「……万が一の場合に、説明がつきません、こちらへ」ヘヴィレインは再び、促した。腰にずらりと吊った大ぶりなグレネード弾が、制式プロテクターに擦れ、硬質プラスチック音を発した。「解った。武装ヤクザベンツは随行させる。かまわんな?」「無論です」ワイプアウトが電子音声で返し、オジギした。

 チバは独り装甲車へ向かった。背後から見送るネヴァーモアに対し、グンバイを掲げて見せながら。クローンヤクザとネヴァーモアは頷き、武装ヤクザベンツへ向かった。彼らの背を狙い、ワイプアウトは無表情に、音もなく、両腕に仕込んだミニガン”統治2022s”を展開した。正門前を血で染める為に。

 ヘヴィレインは年端もゆかぬ少年の後ろに続き、彼を鼻で笑った。だが、殺戮の銃弾が撒かれる直前。ネヴァーモアは振り向き、長柄の鋼鉄軍旗の一撃でワイプアウトを殴りつけたのだ。「イヤーッ!」「グワーッ!?」銃弾痕にまみれたソウカイヤ旗。クロスカタナの紋章が、凍てつくネオサイタマに翻った。

「SHIT」ヘヴィレインが後方を振り向いた。ネヴァーモアは頭突きを食らわせてワイプアウトを雪の中に転倒せしめ、コロッサスに挑みかかっていた、チバは軍配のホロ・スフィアを操作していた。正門に待機していたクローンヤクザ部隊が一斉にヤクザスラングを叫び、ドスダガーを抜いて突進してきた。

 ナムアミダブツ! たちまちラオモト邸正門前は血とクローンヤクザの死体で満たされてゆく!チバはこの3人から裏切りの臭いを嗅ぎ取っていたのだ!「クソが……!」混戦の中、ヘヴィレインはクローンヤクザを次々銃殺しながら、ネヴァーモアを狙いグレネードに手をかけた。

 だが、一瞬の躊躇。憤怒の形相で立つネヴァーモアの傍に、殺傷してはならぬと命じられていた確保目標、チバがいたのだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」隙をつき、ネヴァーモアの振り回す鋼鉄軍旗がヘヴィレインのフルメンポを砕く!逃走機会!チバはオニヤスが理性を失わぬうちに、共にヤクザベンツへ!

「ソマシャッテコラーッ!」護衛クローンヤクザは散らばった荷物を積み込みながら、外からドアを閉めにかかる。BLAMN!銃弾が飛び、クローンヤクザの額に穴を穿つ!「アバーッ!」護衛を載せている暇など無し!DRRRRRRRRR!ネヴァーモアがハンドルを握り、武装ヤクザベンツが走り出す!

 ベンツは私道を激走し、急カーブを刻み大通りへ!チバはその先の光景に目を疑った!「ハイデッカーだと……!?」何たる事態!ハイデッカーの道路封鎖だ!後方からは装甲車が迫る!「速度を落とすな!」「ハイ」アクセルが踏み込まれる!チバはシートベルトを締めながら舌打ちし、通信機を作動させた。

「ハーヴェスター=サン、これはどうケジメするつもりだ?」『一体何が?』「とぼけるな。何故、この区画にこれほどの数のハイデッカーが」SMAAASH!「「「アバーッ!」」」強行突破!『警備でしょう』「ナメるなよ!これは包囲というのだ!旗色が悪いと見て震え上がったか?老いぼれの犬め!」

 オニヤスが運転する武装ヤクザベンツは、銃弾を弾きながら疾走する。チバの怒りが伝播したかのように、彼の両肩からは湯気が立ち上り、ハンドルはみしみしと音を立て軋んだ!『愚かな真似はやめ、投降していただきたい。保護します』ハーヴェスターは言った。「裏切ったのだな!腰抜けのカス札めが!」

『考え直して頂きたい。輝かしい大戦争が待っておるのですぞ』嗄れ声が言った。『抵抗者共がおれば砲声一発でガレキの下に埋め、無敵の要塞に得意満面で立てこもる阿呆共がおればアクシス部隊が蹂躙し、それを知り総崩れになった敵兵共を追い散らし鋼鉄の車輪とスリケンで殺戮する、そのような戦争が』

 仕掛けられた網を強引に引きちぎる猛犬の如く、ヤクザベンツは右へ左へとカーブを切って走り、ハイデッカー包囲網を突破せんとする。『そうした戦争には、それなりの秩序が必要でしてな。ヤクザの矜持とやらで、その秩序を台無しにされては、我輩らの立つ瀬がありません。坊ちゃん、保護いたしますぞ』

 してやられたか。チバは舌打ちし通信を切った。「あいつら全員、ブッ殺しますんで」「当然だ。振り切れオニヤス。プランBだ」「ハイ」狂犬は怒りを絞り出すようにアクセルを踏んだ。チバは前方の検問所を睨み、笑った。「お前は相変わらず、運転がヘタだな、オニヤス」「すいやせん、ラオモト=サン」





2


『我輩もまこと驚きましたが……これでラオモト=サンがアマクダリにとって用済みとなり排除されるという最悪のシナリオは、杞憂となりましたな……』決行の2週間前。スシデリバリーを装ってチバ邸に届けられた旧型通信機から漏れたのは、表向き死んだ事となっている幹部ハーヴェスターの声であった。

 アマクダリ幹部十二人の一人、ハーヴェスター。湾岸警備隊上がりのこの男が強い野心を持っている事を、チバは知っていた。そして理路整然と構築されたアマクダリ・セクトの支配構造の中で生き残り、神にも等しきアガメムノンの寝首を掻くには、かくの如き曲者を味方につけるしかない事も知っていた。

 アルゴスの台頭以前から、チバはアガメムノンの監視の目を逃れながら、シズケサらの密偵を巧みに用い、この男と取引を重ねてきたのだ。『我々が度々葉巻を燻らせながら語り合った、性急なるクーデター計画も、もはや必要無くなった。喜ばしいことです。我輩も危険を冒した甲斐があったというもの……』

『まさか、ラオモト=サン自身の血にこのような力が隠されていたとは……』通信機の向こうで嗄れ声が笑った。チバはハーヴェスターの腹の中を探るために、何度かフェイストゥフェイスでサケを交わした。かの老将もまた、アガメムノンとは根本で相容れぬ存在であることは確かなのだ。だが、見通せぬ。

 相手は通信機の向こうにいる。10月10日以降ハーヴェスターとは直接顔を合わせられていない。ニンジャスレイヤーとの洋上での戦いの後、海に落下して一命を取り留めた彼は、そのまま死者として動き、キョウリョクカンケイに残されたデータ痕跡を手にし、配下を使ってそれをチバと共有していたのだ。

「喜ばしいだと?ぼくは不愉快だ」チバは通信機の向こうの相手にも伝わるよう、舌打ちしながら返した。「すべては奴のお膳立て通りというわけだ。差し出された餌を喰らい続ければ、豚となる。それはヤクザの生き方ではない。ぼくの考えは変わらん。アガメムノンを殺す。アマクダリを丸ごと奪い取る」

 短い沈黙があった。どう出る。チバは汗を拭い、通信機を睨みつけた。老兵は、痛快そうに呵々と笑った。『さすがはラオモト家の御子息!火薬庫!火種!誠に喜ばしきことですな。そうでなくては。ここまで硝煙の匂いが漂ってくる!』「持ち上げるな」チバはやや不機嫌そうに眉根を寄せ、葉巻を燻らせた。

『滅相も無い。我輩の本心です。なに……ご心配召されるな。我輩はフジサンの頂で、御父上ともサケを酌み交わした仲……』ここでチバは切れ味鋭く、言った。「鷲の翼が開く前に、事を起こす」『鷲の翼が開く、前に……?』「アガメムノンは建造中のシャトルを視察に出る。その隙をつきアルゴスを奪う」

『何故、それほどまで性急に事を進めようとするのです?まずはこの大戦争を進め、アマクダリの勝利を確定させ……然る後、簒奪すれば良いではありませんか』「ヤクザ・ネットワークは虫の息だ。骨のある奴から死んでゆく時代だ。これ以上は待てん。ぼくの中のヤクザの本能が、それを告げているのだ」

『ラオモト=サンの目的は、勝利ですか?それとも、矜持ですか?』ハーヴェスターは問うた。「その両方だ」チバは言った。『……残り一つとなった我輩の目には、最早勝利しか映らぬのです。ただの勝利ではない。大勝利。緻密に構築された大戦争。征服すべきはネオサイタマだけではない。世界全土です』

「お前は、奴の統制下に置かれた戦争で満足なのか?いつまでも戦争が続くと思っているのか?」チバは決裂を覚悟で言った。相手は葉巻を吹かし、答えた。『……戦争は永遠に無くなりませぬ。戦争とはそのようなものなのです。ですが、大戦争だけは、緻密に構築せねばならない。そのために命を捧げた』

『アマクダリの旗が、アクシスの部隊旗が、この地上を埋め尽くし、永遠に終わらぬ炎と殺戮と砲撃の中で、威風堂々たなびく。そのような光景を、輝かしき大戦争を夢見て散っていった部下どもの魂に対し、我輩は大勝利だけをもって報いねばならぬ。我輩が鍛え上げた精鋭共です。それを、ご理解くだされ』

「要するに、お前の組も若い奴らが大勢死んだ。勝利を目前にして台無しにされては、オヤブンのメンツが立たん、それを考慮しろというのだろう?」『…ヤクザの言葉で言うなら、そのような物かもしれませんな。それならば、ご理解いただけますかな?我らは世界全土を焼く程の大戦争を望んでおるのです』

 危険であることは解っていた。だが、チバにはここで確かめざるをえなかった。「ゆえに、好機を待てと?」『その通りです。仮に成功したとしても、今このタイミングでクーデターを起こせば……アマクダリは真っ二つに割れますぞ』「……ムハハハハハ!案ずるな。そのためにお前と計画を練るのだろう?」

「アガメムノンとその側近以外、全てを奪う。ぼくが失った者に比べれば、それでも安いくらいだがな。アマクダリの代紋は維持する。アクシスのメンツも立てる。…いいか、これがアガメムノンを排除する二度とない機会だ。二度とはないぞ」『何故です?』「奴に従えば、ぼくのヤクザの矜持が死ぬからだ」

 ハーヴェスターは再び煙を吹いた。『……死にはしませぬ。ロマンが死のうとて、屈辱に耐えてでも生き延びれば、機は巡る。……我輩は、お父上がいつであったか発された言葉に、大変感銘を受けましてな。イクサにロマンなど不要であると。これこそが、清濁併せ呑む生粋の暴君の言葉かと、震えました』

 チバは深呼吸し、首を横に振った。「……ハーヴェスター=サン、案ずるな。熱くなりすぎるなと言っているのだろう。むろん、ぼくは子供じみた衝動に流される気などない。勝つことだけを考えている。あと2週間、手を尽くすのだ」『無論です、我輩も乗りかかった船』

「感謝する、頼りにしているぞ」チバは言った。『めっそうもない。我らは並び立つものです。御父上も果たせなかった、輝かしき勝利に向かって』「うむ。馬鹿げた話だが、ぼくのものであるはずのこの組織にはもう、お前しか頼れる幹部はいないのだ。……この通信機とともに送られた葉巻、うまかったぞ」

◆◆◆

 然して2週間後。ラオモト・チバとネヴァーモアは、ハーヴェスター麾下のアクシス部隊に追われ、武装ヤクザベンツの中。前方にはハイデッカーの即席検問所。忠実なるネヴァーモアは命令通り、いささかもアクセルを緩めはせぬ!

 後部座席で葉巻を吹かし、コマンド・グンバイを操作するのは、ラオモト・チバ。彼の紫ヤクザスーツの胸ポケットには、純白のハンカチではなく、ヤクザの花、アメリカナデシコが一輪、いささか下品なほどの鮮烈さで挿されていた。「変わり映えせん風景だ!」チバは前方の包囲網を睨みつけ不敵に笑った。

「華でも咲かせてやれ!」チバがホロスフィアを操作すると、武装ベンツのフロント部に埋め込まれた2個の黄金ハンニャ・オメーンからヘヴィマシンガンが突き出した!「ザッケンナコラーッ!」ネヴァーモアが唸り、踏み込む!BRATATATATA!「「「グワーッ!」」」前方のハイデッカーを銃殺!

 完全防弾処理が施された武装ヤクザベンツは、黄金に縁取られた鎧武者の黒いガントレットめいて、簡易検問所を突き破った!CRAAAAAASH!「「「グワーッ!」」」フロントガラスにコンクリ片と死体がぶつかる!チバは後部座席でホロスフィアの操作を続ける!「西へ向かえ!」「ヨロコンデー!」

 キュガガガガガガ!凄まじいブレーキ痕を刻みつけながら、武装ベンツは荒々しい急カーブを決める!チバはホロスフィアを操作しIRCアクセスを試みる。だが、ブロックされている。アルゴスは既に事態を察知しているのだ。BLAM!BLAM!跳弾の金属音!後方からヘヴィレインらの装甲車が迫る。

「プランBのポイントへ急げ!まだアクシスを総動員できんはずだ!急げ!」総動員をかければ、チバの離反がセクトに知れ渡り、アマクダリは割れる。「ハイ!」ベンツは激走!「「「「「スッゾコラーッ!」」」」ラオモト家の家紋を掲げた武装ベンツ4台が、左右のホテルの駐車場から出現!伏兵である!

 武装ベンツ4台は後方を守るように隊列を組む!窓から顔を出したクローンヤクザたちが後方のアクシス装甲車とハイデッカー特殊車両に一斉射撃!「「「「ザッケンナコラーッ!」」」」BRATATATATATA!「イヤーッ!」応戦!装甲車ルーフに躍り出たワイプアウトが、両腕の重火器で薙ぎ払う!

 DOOOM!KA-DOOOOM!ミニガン斉射を受けた二台の武装ヤクザベンツは、たちまち爆発!前方に転がりながら跳ね飛び、ソウカイヤ紋のクローンヤクザたちを窓から撒き散らす!「グワーッ!」「アバババババーッ!」ビル街の間を走るメイン・ストリートは、凄まじい銃火と血によって覆われた!

 護衛ベンツ部隊で時間を稼ぎ、チバの車は砲弾めいてさらに加速する。振り切られる。巨漢コロッサスも装甲車のルーフ上に立ち、目標を睨む。『坊ちゃんは傷つけんようにな』通信機からハーヴェスターの声。「無論です」コロッサスは指令通り、後方を見た。輸送機ナイミツの機影が低空飛行で迫っていた。

 ナイミツはアクシス装甲車の上空で瞬時に減速。「イヤーッ!」コロッサスは片手を伸ばして跳躍し、ナイミツ下腹部のニンジャ輸送ハンガーに捕まった。ZOOOOM!直後ナイミツは再加速し、武装ベンツ護衛軍団から射撃を弾きながら、ターゲットめがけ飛翔した!恐るべきニンジャの積荷を投下すべく!

「ナイミツか!?」チバがホロスフィア上のレーダー反応に異常を認めた直後。投下された巨漢ニンジャのコロッサスが武装ヤクザベンツのボンネット上に着地。「イヤーッ!」ヘヴィマシンガンを踏み砕き破壊し、凄まじい握力で車体を掴むと、足を道路側に投げ出して、ムテキ・アティチュードを行使した。

 ギュガガガガガガガガガ!凄まじい火花を散らしながら、コロッサスを支点に、武装ヤクザベンツは暴れ牛のごとく道路上を2回転!徐々に速度を減じ、停止せんとする!後方から追っ手が迫り来る!「おのれーッ!ハーヴェスターの用兵か!」チバが葉巻を吐き捨て、コマンド・グンバイに命ずる!

「スッゾコラーッ!」燃え上がる鋼鉄カンオケと化した護衛ヤクザベンツの一台が、コロッサスの背後へと捨て身の体当たり!「グワーッ!?」KA-DOOOM!凄まじい爆発!その衝撃で拘束を逃れたチバの武装ヤクザベンツは、ビリヤードの玉めいて突き出され、スピンしながら辛うじて前方へと逃れる!

 爆煙を背負いながら、武装ヤクザベンツは走り続ける。「スッゾコラーッ!」オニヤスは全身から怒気を立ち上らせながら、苛立たしげにアクセルを踏む。だがスピードが出ない!フレームの損傷が既にレッドアラート状態だ。追っ手を振り切るのは不可能!「オニヤス、ここまでだ!……打って出ろ!」

 追い上げてきたアクシス装甲車とハイデッカー特殊車両から、制圧火器を構えた部隊が素早く前進する。「目標車両停止!囲め!囲め!」最前列にはワイプアウト!だが、標的は逆に打って出た!「イヤーッ!」運転席のドアを蹴り開け、ネヴァーモアだけが躍り出たのた!「愚かな!奴をネギトロに変えろ!」

「「「スッゾコラーッ!」」」ハイデッカー部隊の一斉射撃!ワイプアウトも両腕のミニガンを斉射する!BRATATATATATA!だが、見よ!ネヴァーモアは銃弾を弾きながら、突き進んでくる!「何だと!?」その手には、取り外した武装ヤクザベンツの分厚いドアが、突入盾めいて構えられている!

 ネヴァーモアは突進し、腰だめで斉射するハイデッカー部隊もろともワイプアウトを弾き飛ばした!「イイイヤアアアアーーーッ!」「グワーッ!?」SMAAAASH!間髪入れず、ネヴァーモアは盾を放り捨て、カラテストレートを叩き込む!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ラオモト・カン直伝のカラテストレートを受けたワイプアウトは、脳震盪を起こし、たたらを踏む!「トドメオサセー!」遠く離れた武装ベンツから、チバが叫ぶ!「イヤーッ!」ネヴァーモアはワイプアウトの首を正面からロックして締め上げると、ハカマに挿していたソウカイヤ紋のドスダガーを、抜いた!

 カイシャクの構えだ!「ワイプアウト=サン!」全身にまだ硝煙をくすぶらせたまま、コロッサスはネヴァーモアめがけタックルを仕掛けんと迫る!攻撃を中断し回避せねば、トラックの衝突にも近い衝撃を受ける事となろう!だが狂犬は全身から憤怒の湯気を立ち上らせ、目の前の敵を確実に殺しにかかった!

「イヤーッ!」「グワーッ!」ネヴァーモアはワイプアウトの首の骨をへし折ると同時に、ドスダガーを敵の後背部、急所であるキドニーめがけ突き刺した!情け容赦ないヤクザ・ダーティ・ファイトだ!「サヨナラ!」ワイプアウト爆発四散!直後コロッサスの体当たりが命中!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 爪先から頭まで、全身を真っ白いアクシス制式プロテクター装備で覆ったコロッサスの体当たりを受け、ネヴァーモアは弾き飛ばされる!体をくの字に曲げ、クローンヤクザベンツ残骸に背中から命中!「グワーッ!」「包囲、急げ!」コロッサスはハイデッカーに命令を飛ばし、チバの車両に向かわんとする!

「ザッケンナコラーテメッコラー…!」だがネヴァーモアは頭を振りながら立ち上がった。衝突時のガラス片で頭と背中を傷つけられ、血を流しながら。彼はメンポから凄まじい蒸気を吐き出し、ジューウェア型ニンジャ装束をはだけた!その背には、敬愛するラオモト・カンとソウカイヤ・キリステ紋の刺青!

「イヤーッ!」「アバーッ!」ネヴァーモアの拳の一撃が、ハイデッカーの頭をウォーターメロンめいて軽々と粉砕!「イヤーッ!」「アバーッ!」粉砕!首なし死体が血飛沫吹いて倒れる!「イヤーッ!」「アバーッ!」粉砕!さらに狂犬は巨漢コロッサスへと挑みかかる!「「イヤーッ!」」拳と拳が激突!

「ヌウーッ!?」衝撃でびりびりと拳が痺れ、コロッサスは一歩後ろに退く!狂犬は拳から血を流しながらも、形振り構わぬストレートで食らいつく!叩きつける!その目は完全に、獣のそれだ!「イヤーッ!」「グワーッ!」白いブレストプレートに拳が命中!SMAAASH!軋み、プロテクターが砕ける!

「イヤーッ!」ヘヴィレインのトビゲリが命中!だが着地から回し蹴り放とうとした次の瞬間、ネヴァーモアの反撃カラテストレートが決まる!「イヤーッ!」「グワーッ!」弾き飛ばされるヘヴィレイン!トレーニングを重ね、シャドウドラゴンとも鍛錬を重ねたオニヤスは、今やソウカイヤの拳そのものだ!

「イヤーッ!」ネヴァーモアは血を振り飛ばしながら、再びコロッサスに殴りかかる!主君ラオモト・チバを守り、ソウカイヤ旗の前に平伏さぬ全ての者を叩き潰す、ただそのために!「イヤーッ!」だが、コロッサスも手練!ムテキ・アティチュードを使い、自らの肉体を鋼のごとき硬さへと変じた!

「イヤーッ!イヤーッ!」ネヴァーモアは意に介さず、コロッサスの顔面を殴り続けた。拳の命中箇所に凄まじい湯気が立ち上り、コロッサスの巨体が、一撃ごとに後ろへと下がって行く。純粋なる暴力がやがてコロッサスのジツをも砕くかと思われた、その時、一本の弓矢が飛来し、狂犬の肩に突き刺さった。

 ネヴァーモアは弓矢の勢いに押され、一瞬、片足立ちでよろめいた。彼は自分の肩に突き立ったそれを睨み、引き抜いた。湯気が上がるほど熱い血が噴き出した。どこかのビルの屋上から再び弓矢が飛んできた。ネヴァーモアはそれを辛うじてブレーサーで弾いた。コロッサスがムテキを解き、彼を殴りつけた。

「ハ、数の勝利だな」ヘヴィレインは頭を振り、脳震盪を振り払う。彼はビル上のソリティアに敬礼を送り、すぐにコロッサスの援護に入った。いまや3対1。いや、7対1。ヘヴィレインは血を吐き捨てながら鼻で笑った。後続の装甲車が到着し、4人のアクシス制式装束ニンジャが降り立った。ペイガンが。

 然り、ペイガンである。人工論理ニンジャソウルを擬似的に憑依させた実験ニンジャ体。アクシスは既に、ペイガンを戦力として組み込んでいたのだ。「シャッコラーッ……テメッコラー…!」だがネヴァーモアは、立ち上がった。それどころか、なお怒りを燃やし、拳を握った。そして無謀な戦いが始まった。

 遠いカラテシャウト。通信機から嗄れ声が漏れる。『あの忠犬の事は諦めなされ。それで我輩が万事、巧く事態を収拾させます』「お前も結局、アガメムノンの犬か?」『いいえ、我輩は戦争の犬です。……古いプライドが坊ちゃんの視野を狭めていますな。それではこじんまりとした、青臭いヤクザのままだ』

(((ネヴァーモア)))チバは車内から彼方の死闘を一瞥しながら、歯を食いしばり、コマンド・グンバイのホロ・スフィアを操作し続けた。灰色の雪が空を、血みどろのストリートを覆う。『御父上の如く広い視野を持ち、世界を支配する情け容赦なき暴君となるのです。これはさしずめ、最後の試練…』

 チバは意を決し、目を見開いた!「残念だったな!ぼくは鷲の一族でもなければ、ラオモト・カンの影でもない!」チバは懐から紫紐グリップのチャカガンを抜いた!追い詰められたヤクザの最後の矜持、セプクであろうか!?否!「貴様は必ずタマ・リバーに浮かべてやる!」BLAM!銃弾が通信機を破壊!

 チバはドアを蹴り開け外に飛び出した。(((女々しい混血の半端者に、ヤクザの矜持などわかるものか、当主は俺だ)))兄ヨルジの死に際の言葉がニューロンに蘇った。チバは笑い飛ばし、灰色の空に銃弾を放って残響を破った!重い鋼鉄軍旗を握り、支え、天に叫んだ!「ぼくはここだ!ここにいるぞ!」

 それは、チバが企てたプランBの到着であった。彼はトコロザワ・ピラーの最上階から、時速300キロを超える砲弾めいた速度で飛来していた。彼が纏う一見簡素なウルシ色ニンジャ装束は、命知らずのベースジャンプ・ウイングスーツじみた強靭な繊維で作られ、風を孕んで飛ぶための機構が備わっていた。

「ンアーッ!?」狙撃手ソリティアが滑空攻撃で薙ぎ払われ、ビルの最上階から真っ逆さまに転落した。同時に、地上では何者かの発射したグレネードが連続爆発。「DAMNIT!」ヘヴィレインはそれを四連続側転で回避し、アサルトライフルを構えた。だが、ネットが既に彼を捕らえていた。黒い霞網が。

「これは…!」ヘヴィレインは霞網の中でもがきながら該当ニンジャの検索を行った。アイサツがそれに先んじた。「ドーモ、オメガです」「ドーモ、ブラックヘイズです」彼らの左上腕にはクロスカタナの腕章!チバが重箱に詰めさせたコーベインは、この歴戦の傭兵ニンジャたちを雇う手附金であったのだ!

 アイサツ終了直後、アマクダリの物量の波が彼らに対して押し寄せた。すなわち4体のペイガン、ハイデッカーの2個小隊、そして輸送トレーラーから吐き出されたばかりの多脚戦車シデムシである!銃弾の雨!次いで「イヤーッ!」ペイガンの1体が車両残骸上のオメガに向け回転カカト落としで飛びかかる!

 オメガはこれを回避し、カラテを構え向かい合う。だが巧みな時間差で、後方から2体目のペイガンが挟撃を仕掛けてくる。正面のペイガンのカラテパンチ、さらに2体目のペイガンが後方から繰り出す周り蹴りをも回避すると、オメガは前方の敵の脇腹めがけ鋭いボディブローを叩きこんだ!「イヤーッ!」

「グワーッ!」命中。連打を叩きこむチャンス。だが後方に新手。「イヤーッ!」オメガは振り向き、1体目のペイガンなどもはや眼中に無いかの如く次なる敵と対峙した。左様、既に勝負は決していたのだ。「ゴボーッ!?」1体目のペイガンはくずおれ、毒液を撒き散らして爆発四散した!「サヨナラ!」

 オメガは次なるペイガンの蹴りを連続で受け流すと、顔面めがけてカラテフックを繰り出した。先ほどと同じく、ウルシ・ジツを込めた致命的な一撃を!「イヤーッ!」「グワーッ!」命中!殴られた箇所を中心に、体液が有毒物質と化す!ペイガンの皮膚はたちまち変色し悶え苦しむ!「グワーッ!?」

 悶え苦しむ毒液の袋を、オメガはヤリめいたキックで蹴り飛ばした。後方のハイデッカー小隊めがけて!「イヤーッ!」「グワーッ!」ウルシ毒液を撒き散らしながら飛び、ペイガンは爆発四散!「サヨナラ!」飛沫がハイデッカー部隊に浴びせられ、苦痛と混乱を生み出す!「「「グワーッ!?」」」無慈悲!

『データに不足』アルゴスは即座に、爆発四散したペイガンらのバイタルデータを追跡調査開始。ウルシ・ジツの正体を探り、天下網に蓄積するために。戦場のペイガンは全てニューロンリンク状態にある。攻撃命令を受け、3体目のペイガンがシデムシとともに挟撃。4体目はヘイズネットが絡めとっていた。

 BRATATATA!シデムシのガトリングガンが火を吹く!燃える銃弾の雨だ!「イヤーッ!」さしものオメガも4連続側転でこれを回避!シデムシが追う!「急げ!増援が来るぞ!」チバが叫ぶ!KBAM!KBAM!『グワーッ!』再び何処かから発射されたグレネード弾が、シデムシに背後から命中!

「まだ伏兵がいるのか!?」コロッサスは狂犬を殴りつけながら、グレネード弾の出処を睨み、ハイデッカーに射撃を命じる!「いぶり出せ!」BRATATATA!「イヤーッ!」銃弾を回避し、硝煙を潜ってビル陰から現れたのは灰色コートの巨漢!「ケッ、見つかっちまったか。ドーモ、ヘンチマンです」

 ヘンチマンの投擲したグレネード弾は、オメガが銃弾回避から反撃に転じるための十分すぎるほどの隙をもたらした。ウルシ色装束のニンジャは射撃をかいくぐり、上半身をもたげた多脚戦車の懐へと飛び込んで行く。そして飛び込み前転着地から、ウルシ・ジツを機械関節部へ!「イヤーッ!」『ピガーッ!』

 アーチ級ソウルがもたらす超自然の毒は、敵が機械か肉体かを問わぬ。高電導率の腐食毒液を殴りつけた箇所の内部に発生させ、回路を焼き切るのだ。「イヤーッ!」『ピガーッ!』弱体化した箇所へと回し蹴り!「イヤーッ!」『ピガーッ!』多脚戦車は胴体を真二つに切断されたムカデめいて無様に蠢いた!

 シデムシ頭部にウルシ・パンチを叩き込みカイシャクせんとするオメガに、4体目のペイガン!「イヤーッ!」短いカラテラリーから、正拳突きを繰り出すオメガ!白いプロテクターで守られた両腕でブロックするペイガン!だが、無駄であった。「アババーッ!?」ガードに用いた両腕が超自然の毒に染まる!

 オメガがザンシンを決める傍ら、ペイガンはまたも爆発四散!「サヨナラ!」カラテパンチでジツを流し込み、防具すら貫通し、対象の体液を様々な有毒物質へ変性させる。体当たりで弾かれたソリティアは生存している。パンチ直撃が致命打となるのだ。アルゴスはジツの詳細を分析。即座にIRC共有した。

「バカな……何たる」コロッサスはオメガに向き直り身構えた。だが彼の相手は血塗れの狂犬であった。「何よそ見してんだテメッコラーッ…イヤーッ!」「ヌウーッ!」「ヘリが来やがったぞ!イヤーッ!」シデムシ頭部を踏みつけたヘンチマンが、赤熱サイバネ拳で殴りヤクザ生体脳を破壊!『グワーッ!』

 チバは武装ベンツのトランクに乗り、東の空を見た。アクシスの高速輸送ヘリ部隊だ。第一波が4機。その先には第二波、第三波が接近している。西と南からは、ハイデッカーの地上包囲網が迫る。アマクダリの無尽蔵の如き兵力は、今やチバに牙を剥くのだ。彼は舌打ちし、道路の先を睨んだ。そして見た。

 トコロザワピラー側から現れた一台の黒塗りヤクザトレーラーが、西側のハイデッカー包囲網に突っ込み、爆発炎上したのだ。そしてその爆煙を抜け、トレーラーに積まれていた一台の違法改造装甲バギーが、チバの掲げるソウカイヤ旗を目印に激走してきた!「急げ!ここだ!」チバが最後の伏兵に向け叫ぶ!

 後方からローター音。チバのすぐ上空を、威圧的な影を落としながら、高速輸送ヘリが飛び去る。風圧に晒され、チバの掲げるソウカイヤ鋼鉄軍旗が揺らぐ。「クソッ!」チバは飛び去る輸送ヘリに反抗の銃声を浴びせる。後方ではそれらのヘリから投下されたばかりのアクシスが、傭兵と戦闘を開始していた。

 第一陣として降下を果たしたのは、チリングブレード、マーズ、ファーストブラッド、そしてコールドノヴァ。湾岸警備隊系列のニンジャは皆無。それは即ち、事態が一線を越え、チバのクーデターが全アクシスの知るところとなった事を意味していた。今や全アクシス、全アマクダリが敵として牙を向くのだ。

 アルゴスとハーヴェスターの指揮が、電子ネットワークの葉脈のごとく、全軍へ即座に浸透してゆく。彼方、カスミガセキ・ジグラット上空には、もはやサーヴィターと武装ツェッペリン編隊が黒雲の如く集結を始めた。さらにアクシス、ハイデッカー、ペイガンが情け容赦なくトコロザワへ送り込まれてくる。

 月面のアルゴスより天下網に下される命令電波は無味乾燥の極み。『傭兵を全て殺せ』『ネヴァーモアを殺せ』『ラオモト・チバを無傷で確保せよ』唯それのみ。何が起こっているのか、何が起ころうとしていたのか、その仔細を構成員が知る必要はない。彼らはアマクダリという一個の巨大な支配装置なのだ。

 飛び交う銃弾の中、コールドノヴァとブラックヘイズがカラテを交わす!「あちらと思えばこちら!チョロチョロと立ち回る小物めが!胡乱なレジスタンスに肩入れしていたのではなかったか?イヤーッ!」コールドノヴァが腕を振ると、ヤリめいて鋭い氷の結晶列を生ぜしめる冷気の衝撃波が、道路を走った!

 ブラックヘイズは紙一重の側転で回避!「レジスタンス?まさか。先のない貧乏人に用はない」葉巻爆弾を投ずる!「ハ!では、ラオモト・チバに前途があるとでも?ブザマな冷凍禁固刑だけが待つであろう、あの増長した哀れなガキに!?」コールドノヴァは腕を振り、葉巻を氷の凍結壁の中へと閉じ込めた!

「見解の相違だな。ソウカイヤの跡継ぎは今後の顧客として悪くないと思わんかね?イヤーッ!」ヘイズネットがコールドノヴァを絡め取る!「これも使い古された手だ!イヤーッ!」網を凍りつかせ破壊!「どちらにせよアマクダリの未来とやらは徹頭徹尾御免被る!」傭兵は跳躍し、氷の衝撃波を回避する!

 アクシス二波到着を前に、既に押され始める傭兵軍団!敵の大半はアルゴスとリンクし、仲間や戦場のカメラを視界として共有しているからだ。ニンジャかハイデッカーか監視カメラか市民のサイバーグラスかを問わず、ネットワーク接続された眼があれば、アルゴスに指揮されたアクシスの戦力は増し続ける!

 最も厄介なオメガに対しては、マーズが付き纏う。二個の円形カラテシールドを自己の周囲に浮かべて攻撃を防御しつつ戦闘する恐るべき手練だ!「イヤーッ!」オメガのウルシ・パンチ!「イヤーッ!」カラテミサイルの如くバチバチと光り輝くエネルギー盾が、それを防いだ!有毒物質を流し込む術はなし!

「オムラ最強のニンジャ!これは驚きだ!隠遁者が何故ここにいる!?」マーズは精神を集中し、浮遊カラテ盾で拳を止めながら、問うた。「隠居を決め込んだ覚えはない」「貴公ほどの男が時勢を読み違えるとは笑えん冗談だぞ!」「私は動くべき時に動き、仕えるべき者に仕える。それだけだ。イヤーッ!」

「ヌウーッ!」ケリ・キックを受けたマーズは、四連続バック転で衝撃を受け流し、浮遊シールドを周囲に高速回転させる!攻めあぐねるオメガへ、チリングブレードが連携攻撃を仕掛ける!極低温の剣、コリ・ケンで切り掛かる!「イヤーッ!」「イヤーッ!」オメガはこれを紙一重回避し、チバを一瞥した!

 チバは最早動かぬ武装ベンツの上で、ソウカイヤ旗を掲げ続けていた。流れ弾が彼の頬をかすめた。いかな保護命令が下されているとて、銃弾は気紛れだ。巨大バギーは若き暴君を守るべく、ハイデッカーを踏みしだき、銃弾を弾きながら迫った。「イヤーッ!」その前進を止めるべくペイガンが飛びかかった。

 突如、助手席からバギーのルーフ上へと一人のサムライニンジャが躍り出た。江戸戦争様式鎧甲冑の継ぎ目には、七色のUNIX光が輝いていた。そのサムライニンジャは素早く抜刀した。『サイサムライケン』UNIX音声が起動を告げた時、彼はもう、ペイガンめがけカタナを袈裟斬りに振り下ろしていた。

「グワーッ!」ペイガンは空中で真二つに切断され、バギーのフロントに激突し、血飛沫をぶちまけながら爆発四散した!「サヨナラ!」「チクショウめ!」運転席のドーシンが毒づき、強制ワイプアウトボタンで血飛沫を払いのけ、チバの横へと無骨なドリフトカーブを決めた。「ドーモ、サイサムライです」

「ようやく潮時だ。イヤーッ!」オメガはチリングブレードとマーズの連続攻撃を回避しながら、硝煙の中へ逃れる!「イヤーッ!」ブラックヘイズも惜しみなくネットを展開し、撤退戦を開始!「イヤーッ!」ヘンチマンはサイバネ腕から煙幕グレネードを放ち、もう片腕で抜かりなくコーベイン重箱を回収!

 ギュアオオオオオオオ!凄まじい唸りを上げ、チバを乗せたサイバギーが逃走を開始する!だが無論、ニンジャ脚力を容易に引き離すことなどできぬ。追いすがるアクシス・ニンジャたち!後方からはヘリ部隊が迫る!BRATATATATA!上空からはナイミツの機銃掃射が浴びせられる!

 サイサムライは防弾ルーフ上から飛び降りると、踵に備わったサイローラー走行システムを起動させ、バギーと並走しながら、敵の急先鋒たるチリングブレードと切り結ぶ!「「イヤーッ!」」その向こう、並走するハイデッカー車両から撃たれた銃弾が防弾ガラスに阻まれ、チバの顔の直ぐ横で火花を散らす!

「おい……!ネヴァーモア!?」チバは心臓をえぐられるような嫌な予感に襲われ、防弾窓を開け、助手席の窓から後方に向かって叫んだ。ナムアミダブツ!ラオモト・カンの刺青を血に染めて狂乱した忠犬は、未だ後方、戦場の真っ只中に取り残されている!「あいつを連れてこい!間に合うはずだ!」

「呼びかけましたが、声も聞こえぬ状態です」ルーフ上からブラックヘイズが言った。「あいつがいなかったら、実際総崩れでしたぜ。ありゃあ、死ぬ覚悟でしょう」横ではヘンチマンがサイバネ腕で銃弾を凌ぎながら言った。チバは叫んだ。「許さんぞ!クルマを取って返せ!あいつを回収しろ!絶対にだ!」

「残念ながら、クルマを戻す暇はない。全滅しかねない状況です。ですが」ブラックヘイズは上空と、後方の戦況を見やった。そして目を細め、最も勝算のある選択肢を選んだ。「契約は契約。限界まで、やってみましょう」彼は自ら跳躍し、追走ハイデッカー車両を飛び渡り、ネヴァーモアのもとへ向かった。

 追撃するアクシスにとっても、ブラックヘイズの行動は完全に予想外であり、無益な行為としか思えなかった。上空を四機の輸送ヘリが飛び去り、サイバギーの追撃に専念した。ハイデッカーの銃弾が彼を狙った。彼は巧みな跳躍でこれを回避した。マーズの投じたエネルギー盾を紙一重の車上側転で回避した。

 前方、コロッサスやヘヴィレインを相手に、血みどろの殴り合いを続ける満身創痍のネヴァーモアが見えた。ハイデッカーが遠巻きに取り囲み、ネヴァーモアが勝利したとしても、即座に銃弾を浴びせる構えであった。「ちと骨だな、間に合うか」ブラックヘイズは接近しながら上空を、そして前方を一瞥した。

 ブラックヘイズの目には、前方、チバ邸の方角から猛然と走り来る、黒い影を纏ったモンスターバイクが見えていた。アイアンオトメ。その鋼鉄の獣の如き排気音を、彼が聞き間違うはずはなかった。それは影のクナイの如き鋭さで、一直線に、こちらへ向かってきていた。傭兵は、それに賭けることにした。

 歴戦の傭兵は一つ読み誤っていた。いま鋼鉄の獣に跨る男は、ネオサイタマの死神ではなかったのだ。だが、それは大きな問題ではなかった。何故なら、彼もまたアマクダリに対し堪えきれぬ憎悪を抱くひとりの復讐者であり、完全無欠なるシステムと忌々しい現実を転覆させんとする、叛乱者であったからだ。

 ゴアオオオン!鋼鉄の獣アイアンオトメは咆哮を放ち、車体をほとんど横滑りさせるように、ハイデッカー部隊を蹴散らした。影と火花を散らしながら車体を立て直したシャドウウィーヴは、すれ違いざま、コロッサスとヘヴィレインの影めがけ、二本のクナイ・ダートを突き立てた。シャドウ・ピン・ジツ。

 ヘヴィレインは、アサルトライフルの引き金を引けず、狂犬の頭に銃口を向けたまま立ち尽くした。ネヴァーモアは、影を縫われ凍りついたコロッサスめがけ、拳を繰り出さんとしていた。だがブラックヘイズの放ったヘイズネットが、狂犬を背後から捕えた。アイアンオトメは振り返らず、チバを追った。

 逃走するサイバギーのルーフ上には、ヘンチマンとサイサムライ。左右と後方、計5台のハイデッカー装甲車両が徐々に距離を詰め、上空からは高速輸送ヘリがハゲタカの如く貪欲にサーチライトを投下している。後方にはさらなる車列。アクシス部隊も装甲車両のルーフ上に立ち、前ヘ前へと飛び渡ってくる。

「イヤーッ!」ヘンチマンはありったけのフラグ・グレネード弾をサイバネ腕から発車し、追跡を振り払わんと試みる。KBAM!KBAM!「イヤーッ!」コールドノヴァはルーフ上でバック転回避!「イヤーッ!」新手のアクシスニンジャ、アンブレラは、鋼鉄和傘を開いて爆風とフラグ金属片を悠々防ぐ!

 それが中央から右翼にかけての戦況。チバ側の不利は明白。一方、最左翼前列のハイデッカー車両上では、ファーストブラッドがカラテを構え、サイサムライと睨み合っていた。サイサムライはカタナを大上段に構え、揺るぎ無く、一分の隙もなし。どのように飛び込もうと先手を取って切り捨てられる構えだ。

 両者ともに足場劣悪。間合いはタタミ4枚。勝負は一撃で決するだろう。敗北者は凄まじいスピードで道路に落下し叩きつけられるのだ。ファーストブラッドは何度も構えを変え、サイサムライもそれに素早く応じる。攻めあぐねたファーストブラッドは舌打ちし、一旦構えを解き、その場で二度小さく跳ねる。

 次の瞬間、ファーストブラッドの姿が、消えた。刹那!「ハイヤーッ!」「グワーッ!?」サイサムライは懐に飛び込まれ、痛烈なワン・インチ・パンチを叩き込まれていた!ナムアミダブツ!タタミ4枚もの距離を、一瞬で!?これこそはファーストブラッドが用いる謎めいた歩法、「トビ・タテ」であった!

 何が起こったのかも解らぬまま、サイラムライの胴鎧にリプル状の衝撃波が走り、ルーフ上から弾き飛ばされる!「ヌウーッ!」辛うじて空中制御、道路に叩きつけられる直前にサイローラーシステムを両踵と片腕で展開し、持ちこたえる!「不覚を取った!」バギーを追いながら、ヘンチマンに告げる!

「ハイヤーッ!」ファーストブラッドは踵落としでサイバギーの防弾ガラスを割り、チバを奪うべく手を伸ばす。ヘンチマンが振り返り、ボックスカラテを挑みかかる!「舐めくさりやがって、イヤーッ!」「ハイヤーッ!」ルーフ上の至近距離戦闘!「イヤーッ!」火力が減じたと見るや、アンブレラが飛ぶ!

 サイサムライの腕付根部分が展開し、電磁パルスを纏ったクナイが出現!『サイエレクトリッククナイ』「イヤーッ!」UNIX音声が終わらぬうちに、それをアンブレラに投擲!「イヤーッ!」空中、アンブレラは閉じた傘で弾き返す!「イヤーッ!」KBAM!ヘンチマンがサイバネ腕を対空ジェット射出!

「チィーッ!」敵は傘を開いて盾に用い、直撃を回避!アンブレラを後方車両へ押し戻したが、ヘンチマンも無論、隙を晒してしまっている!「ハイヤーッ!」「グワーッ!」膝蹴りが脇腹に!「クソが!」引き戻した腕で薙ぎ払う!敵は側転回避し、バギーボンネット上へ!そこから「トビ・タテ」を狙う!

 鋼鉄のモンスターバイクは、サイバギーを猛追する。だが前方には、過密状態でガードを固めながら走るハイデッカー車両群が。針の穴を通す程の隙間も無し。質量が速度を阻む。物量と多勢の勝利を礼賛せよと言わんばかりに。これぞ現実なりと言わんばかりに。だがシャドウウィーヴは抜け道を知っていた。

「イヤーッ!」黒い片腕から影が爆発的に湧き出し、車体を包んだ。次の瞬間、ハデス・ニンジャのジツを纏ったアイアンオトメは、敵車両から伸びる長い影の中へとダイヴした。世界の裏側へ。影の領域へ。アイアンオトメのAIが一時接続を絶たれ機能停止。シャドウウィーヴはアクセルを限界まで回す。

 もはや前進を阻むものはなかった。シャドウウィーヴと鋼鉄の獣は、凄まじい速度で影の領域を渡り、最前列ハイデッカー車両の前方に伸びる影の中から、高く飛び出した。『ハローワールド、ハローアゲイン』再起動したアイアンオトメのAIは、低級電子音とともに高らかに歌う。オイランマインドの歌を。

 跳躍したバイク上、シャドウウィーヴは己の影の左腕を右手で深々と引っ掻く。3本のクナイ・ダートが生み出される。「イヤーッ!」彼はサドル上で限界まで上半身を引き絞り、捻り、ダートを後方へ投げ放った。アルゴスの眼がこれを捕捉する。シャドウ・ピン・ジツへの警戒をアクシスへと行き渡らせる。

 マーズが咄嗟にシールドを前方に飛ばし、二本を弾く。だが残る一発は、バギーのボンネット上に突き刺さった。ファーストブラッドは敵の後方出現に対応できず、トビ・タテ直前に影を縫われたのだ!「イヤーッ!」ヘンチマン、機を見るに敏!「グワーッ!?」殴り飛ばされ落下するファーストブラッド!

 アイアンオトメは、巨大なタイヤを道路に擦りつけ、焦げ跡を残しながら着地。サイバギーと短い併走状態に入った。「お前は……!」チバがそちらを見た。それは実際、予想だにせぬ介入者であった。かつてシャドウドラゴンの中に囚われ、アガメムノンに使役されていた哀れなニンジャが、そこにいたのだ。

「ドーモ、シャドウウィーヴです」彼はチバに対してのみ、そうアイサツすると、心底不快そうに、傭兵ニンジャたちの腕章を、また車内の軍旗を見た。影から解き放たれた彼は、最早どの集団にも属する気はなかった。彼はこの吐き気を催すような醜い現実とともに、組織という組織全てを蔑み嫌悪していた。

「おかしな奴だ、お前も来るか?カネは弾むぞ」チバは笑った。シャドウウィーヴは神経質そうに舌打ちした。「これきりだ」直後、交差点でアイアンオトメは左へと急カーブを決め、袂を分かった。ほぼ入れ違いに、後方からナイミツが低空飛行で急接近した。ハンガー部にはブラックヘイズが掴まっていた。

 彼らはナイミツを乗っ取っていたのだ。誰が?無論、オメガである。飛びつき、こじ開け、侵入して殺害し、アルゴスが気づくよりも早く、奪い去ったのだ。強靭なるニンジャであれば、誰でも当然そうするように。ハンガーには、無論、絡め取ったネヴァーモアも吊り下げられていた。

 全ては一瞬だった。ナイミツの機動力は、全てを圧した。鹵獲されたナイミツからの機銃掃射は、アクシスに少なからぬ隙をもたらした。「イヤーッ!」ブラックヘイズは後方からの奇襲の機会を逃さず、ヘイズネットを射出し、アクシス2人を絡め取った。チバは満足そうに、窓からグンバイを掲げてみせた。

 ナイミツはサイバギー真上を低空飛行。後方から浴びせられる銃弾を、オナタカミの黒い強化装甲が弾いてゆく。銃弾の雨を凌ぎながらサイサムライが追いつき、バギーのリアバンパーを掴み、ドーシンに命じた。「解っておるな!」ドーシンは数ある緊急時用ボタンの中から『磁力』を叩いた。「イヤーッ!」

 ZBAM!サイバギーのルーフ部から、強化ワイヤー付きの大型電磁石が射出され、ナイミツの下腹部へとコバンザメめいて吸着!ZZOOOOM!直後、ナイミツは後続の武装ヘリを引き離し、サイバギーごと空高く飛翔した。チバの生身の体を、凄まじい加速圧と風圧が襲う。彼は歯を食いしばって耐えた。

 ナイミツは激しく揺れ、ビル上空を掠めて大きく右へと旋回し、追跡を振り切って安全圏へと逃れた。「ハァーッ、ハァーッ……」豪胆なるチバも、加速圧による肉体負荷には勝てず、後部座席でぐったりと憔悴していた。チバは荒い息を吐いて汗を拭い、遠ざかるジグラットを、そしてラオモト邸を一瞥した。

「北だ、北へ撤退しろ、オメガ=サン。アジトで態勢を立て直す。既に敵は、ジグラットの守りを固めている」チバは、窓の外で呻く満身創痍のネヴァーモアを見た。プランBに切り替えた時点で、即座のジグラット突入は不可能と踏んでいた。チバは葉巻を探し、不機嫌そうに言った。「必ずここに戻るぞ」

◆◆◆

「火種は、北へ逃げおったか」眼帯の老将はIRC接続を解除すると、胸壁から北の地平線を眺め、しかめ面で葉巻を吹かした。彼はカスミガセキ・ジグラットの頂にいた。ジグラットの周囲には既に12隻もの戦闘用マグロツェッペリンが集結し、装甲の継ぎ目から冷たい青色のUNIX光を明滅させていた。

 これらマグロツェッペリンの下腹部には、1ダース近いシデムシが格納され、戦闘の時を今や遅しと待っている。ジグラット壁面にはアルゴスとニューロンリンクを果たしたアクシスが既に数十人近く待機。また針鼠めいて突き出されたジグラットの対空砲群は、もはや羽虫一匹通さぬほどの構えだ。

 アガメムノンは月へと赴き、鷲の翼を開く。インターネット再定義の間、月面のアルゴスとリンクしたジグラット内の旧世紀UNIXシステムを防衛することが、地上に残るアクシスの任務である。ジグラットには、過剰とすら思える程のニンジャ戦力およびハイテック戦力が、予定を早め集結を開始していた。

 ハーヴェスターは特徴的なエンジン音に気付き、東に目を転じ、眉根を寄せる。徐々に強まる雪の中、ヘリポートへ大型ヘリが接近していた。機体側面にはヨロシサン製薬の奇妙な社内専用漢字が掲げられている。エスコートを果たすべく、量産型エアロバイクに乗ったアクシス・ブラックダート隊が近づいた。

 上等なスーツを纏った男が、ヘリから降り立った。有機クリスタルボディの体を持つ、その存在自体がオーバーテックじみたバイオサイボーグ。かつてはザイバツ・グランドマスターの一角。今は、ヨロシサン製薬首脳陣の一人。キュアの爆発四散で生まれた空席は、この男によって、同日のうちに埋められた。

 その男の放つニンジャ存在感に気圧され、エスコート隊は引き下がった。地上を闊歩する神の如き、超然たる足取りで、彼はジグラット防衛戦総司令官のもとへと向かった。鷲の翼が開かれる日に向けて、ヨロシサンが惜しみない戦力支援を行うことを伝えるため。そして、防衛戦の現場を自ら視察するために。

「ドーモ、ヨロシサン本社のトランスペアレントクィリンです」「ドーモ、ハーヴェスターです」二者はアイサツを交わした。「ラオモト=サンがジグラット防衛戦の総指揮を執ると聞いていたが」「少々、事情が変わりましてな」ハーヴェスターは嗄れ声で笑い、防衛戦力の配置について楽しげに語り始めた。

「かくの如き防備に挑む者あれば、自殺行為としか思えぬな」「何時の時代にも、そうした愚か者はいるのです」老将は葉巻を燻らせた。「また雪が増えましたな」ジグラットの周囲で再び冷気が渦巻いた。この度の寒波を招き寄せたのは、ジグラットの内奥、コールドチャンバー室で眠る女ニンジャであった。

 ホワイトドラゴン。コリニンジャ・クランの女王。トランスペアレントクィリンがその名を呟き、ハーヴェスターは目を細めて頷いた。

 あと七日。アマクダリは揺るぎない勝利に向けて戦力を集結させてゆく。一方、暴君の息子とクロスカタナ紋を掲げる傭兵部隊は、ネオサイタマを離れ、いずこかへと潜伏を果たした。彼らはセクトの心臓たるジグラットを影から狙う、鋭いドス・ダガーの如き存在……すなわち剣吞なる第三勢力となったのだ。




【サイオン・オブ・ザ・タイラント】終わり

第3部最終話【ニンジャスレイヤー:ネヴァーダイズ】へ続く




N-FILES

自らにアガメムノンと同じ〈鷲の一族〉の血が流れていることを知ったラオモト・チバは、アマクダリの傀儡となることをよしとせず、忠臣ネヴァーモアとともに危険な賭けに出た。ソウカイヤを継ぐ少年は真のヤクザとなり、危険な第三勢力となる。メイン著者はフィリップ・N・モーゼズ。

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