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【ネヴァーダイズ 8:オヒガン・シナプシス】

PLUS総合目次 TRPG総合目次 三部作総合目次

この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版は上記の書籍に収録されています現在第2部のコミカライズがチャンピオンRED誌上で行われています。


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第3部最終話「ニンジャスレイヤー:ネヴァーダイズ」より


【8:オヒガン・シナプシス】




1

「AAAAAARGH!」梟頭の魔人は巨大な翼を羽ばたかせてドクロめいた月を横切り、人とも鳥ともつかぬ奇怪な咆哮を、白いネオサイタマに投げかけた。鉤爪のそれぞれには上半身を無惨に引きちぎられたニンジャの惨殺体を掴んだままだ。「AAAAAAAARGH!」

 魔人が空中でキリモミ回転し、ひねった体のスナップを効かせて後方に惨殺体を連続投擲すると、追跡してきたアマクダリ・ニンジャのクルーシヴルはそれらを逆に飛び石にして跳躍。「サヨナラ!」「サヨナラ!」彼らの爆発四散を眼下に、ニンジャ・モーニングスターで襲いかかった。「イヤーッ!」

 魔人がグイと引き寄せられた。足首にニンジャ・モーニングスターの鎖が巻きつき、無数のトゲが鉤を飛び出させて食らいついた。「GRRRRRR!」「ヌウウーッ!」クルーシヴルはネオン看板「そまきの」の上に着地し、鎖を引く力を強めた。「悪鬼めが!逃がしはせんぞ……!」「AAAARGH!」

 梟頭の魔人は力強く羽ばたき、強引に空中でムーンサルト回転を行った「AAAARGH!」「グワーッ!」クルーシヴルが逆に鎖で空中に引き上げられる!「イヤーッ!」彼はモーニングスターを捨ててスリケンを連投した。魔人は一直線に突進し、交差時にクルーシヴルの首を引きちぎった。「サヨナラ!」

 サイバースピネル、サイスヒール、そしてこのクルーシヴル。追ってきたニンジャを全て殺し、魔人は再び羽ばたいて空を飛んだ。もはやどこを目指すかも彼の頭にはない。これが最後の変身であった。巨大な羽が舞い散り、地上で争う人々の頭上に降り注いだ。

 飛翔のなかで、その羽ばたきが徐々に弱まり、速度が緩み、下降が始まった。開ききっていた梟の瞳孔が収縮を始めた。狂乱に染まりきった梟頭に、訝しむような目の動きが生じた。空に浮かぶキンカク・テンプルは弱々しく明滅している。もはや無限の色彩を放つ数分前の様相と比べるべくもなく。

 魔人は手を見た。人の手を。「何だ?」彼は呟いた。鳥の羽をばら撒きながら、彼は迫り来るオイランバニー看板を見た。「マジかよ?」KRAAAAAASH!「グワーッ!」瓦屋根とネオン灯を撒き散らしながら、フィルギアはアスファルトに落下した。KRAASH!「グワーッ!」

 瓦礫を押しのけ、路地裏で身を起こしたフィルギアは、なかば呆然と、頭上の狭い空のキンカクを見た。「何だそりゃ」「あんた!大丈夫か」何者かが手を差し伸べた。見ると、「忍」「殺」のメンポ……否、「忍」「殺」のプリントを施したTシャツを頭に巻いた非ニンジャである。

 Tシャツ男は手を貸し、フィルギアを立たせた。表通りを、雄叫びをあげた市民が走り過ぎる。「どうなってる?」フィルギアは呟いた。「アンタ、怪我してるな。ハイデッカーにやられたんだろ。大丈夫か」Tシャツ男は言った。フィルギアは指差した。「何だそりゃ」「ファッキンクールだろ。やらないぞ」

「ウオオーッ!」「来たぞ!」「押されるな!」表通りで叫び声。「畜生!行かねえとだ」Tシャツ男は振り仰いだ。「じゃあな。気をつけろよ」言い残し、走り去った。フィルギアは頭を掻いた。しばし黙考ののち歩き出した。「英雄的死に様は許されねえか」トボトボと歩きながら呟く。「柄じゃねえしな」

 フィルギアは変身能力が失われた事を自覚する。キンカクの異常な状態の影響があるのだろう。ここは何区だ?どこまで飛んだ?ツキジの地下は?シマナガシのアホどもは?考えたところで詮無い事だ。死ぬなら死んだし、無事なら平然とイクサを続けているだろう。「短い遊びだったが、まあ楽しかったな」

 やるだけの事はやった。ニンジャスレイヤーは月に行った。キンカクはあの調子だ。アマクダリがこのままネオサイタマを平均化し尽くしてイクサが終わるのならば……「仙人でもやるか。ヒヒヒ、締まらねえったらねえな」彼は表通りに顔を出した。「ウオオーッ!」市民がハイデッカーに押され後退を開始。

「ザッケンナコラー市民!」「スッゾオラー市民!」ジュラルミン盾を構えた同じ顔の連中が、機能停止に陥ったオイランドロイドを破壊……「オイランドロイド?オイ、オイ」フィルギアは訝しんだ。いまだ果敢にカラテを繰り出すオイランドロイドもいたが、一体、また一体と沈んでいく。市民が狼狽する。

 それまでオイランドロイド達と共に戦って……信じられぬ事実だ……共に戦っていた市民達は戦力を半減、叩きのめされ、押しのけられ、崩れ始めた。先ほどのTシャツ市民も垣間見えた。転ばされ、警棒でめちゃくちゃに殴られている。「うわあ。こんな場所まで」野次馬らしき男がフィルギアの横で呟いた。

「ああ?この辺の人?」「様子を見にね!」男は身を乗り出した。「よくない事だよ。反抗してる人の気持ち、まあわからなくもないが、正解とは限らないし」メガネを直し、「状況を見据えないと。正解をね。そうしないと暴徒と変わらない。行いの正しさ。逆もまた真っていうだろ?」「スッゾ市民!」

 オイランドロイドを破って殺到してきたハイデッカーがあっという間に至り、フィルギアともどもメガネ市民に掴みかかった。「アイエエエエ!」引きずり倒されるメガネ市民!「スッゾオラー市民!」ボーで叩く!「アイエエエエ!」「ザッケンナコラー市民!」フィルギアの髪をグイと掴む!

「待て待て待て」フィルギアは苦笑した。「市民!」ハイデッカーがボーを振り上げる。足元ではメガネ市民がストンピングされている。「アイエエエエ!僕は第三者だぞ!ヤメテ!」「スッゾオラー!」振り下ろされたボーをフィルギアは掴み、反射的に頭突きをくらわせた。「イヤーッ!」「グワーッ!」

「イヤーッ!」「グワーッ!」ハイデッカー二人を殴り倒し、再び表通りを見た。フィルギアは心底驚いたように口をあんぐり開いた。排除されたオイランドロイドの差し引きよりもずっと多い、ずっとずっと多い市民が遠い路地から走り込み、叫び声をあげ、合流しながら、ハイデッカーに再び殺到したのだ。

「ウオオーッ!」ナムサン!ハイデッカーが徐々に後退!一人また一人と打ち倒されてゆく!「ククク、これだから」フィルギアは徐々に笑い出す。彼はサングラスを捨てて踏み、飛び出し、手近のハイデッカーを殴りつけた。「イヤーッ!」「グワーッ!」笑いながら彼は人の波に加わった!「ハハハハハ!」

 明滅するキンカクの下、ハイデッカーの白を市民の多色が徐々に侵食し始めた。キンカクの苦しげな揺らぎと同調するかのように、電柱の影、あるいは屋根の上、道路の真ん中でニンジャめいた影がぶつかり合うさまが、人々の網膜に焼き付き、奮い立たせた。恐らくそれは太古の昔の、この土地の記憶だった。


◆◆◆


 DOOM!DOOM!グランド・オイラン級超大型複合艦、キョウリョク・カンケイの副砲群から、モーターオムラの腹部へと反撃の至近斉射が命中!僅かに仰け反る巨体!強靭な強化装甲が表面爆発で赤熱し、操縦席が震動!「ンアーッ!?」論理抵抗軽減済みといえど、未だ強烈な擬似痛覚がユンコを襲う!

 彼女はアーマー・ドレスを着装したまま、鋼鉄雷神の胸部内にある球状コックピット空間に!同様のブースターユニットを持つ戦士が操縦者となることを想定してたのであろう。だが今やこの破壊神の制御玉座に座るのは、黒いサイバーゴスドレスの女帝なのだ!「010この100ファック1111……!」

「001だッ、0011111モーターオムラッ!」ゴウアオオオオーン!唸りめいたモーター回転音がパワーユニットから鳴り響き、機体背部に巨大なパイプオルガンめいて備わった何十本もの噴射口から炎が噴き出す!凄まじい圧縮空気の排出!瞬間、雷神は体勢を立て直し、敵の第二砲撃を両腕で防いだ!

 現在、敵艦の数、12。モーターオムラは正しく電光石火の強襲により、主力グレーター・ジョロウ級戦艦2隻の主砲、並びにキョウリョク・カンケイの3連装49センチ砲を無力化に成功。ツキジへの艦砲射撃を阻止したが、既に両腕のクラスターミサイルは全放出済。敵の反撃を凌がねばならぬ番であった!

 爆発を起こし黒煙を吹きながらも、敵旗艦は未だ戦闘可能。2隻のオイラン級サイバー空母が強引に接合された空前絶後の洋上要塞、伊達ではない。戦艦群もモーターオムラへと砲撃を開始。さらに6隻の無人エスコート艦「カタコーム」からは、ミサイルだけでなくハイタカとシデムシが次々射出されていた!

「001動き続011んだッ!」ユンコはレバーを操作し、周囲を雲霞のごとく飛び回る攻撃ドローンを振り払うように腕を動かしながら、キョウリョク・カンケイを狙う!ガシュン!ガシュン!二本の脚、巨大な鉄塊が重々しく海底を踏み鳴らし、海面から露出した腰をひねり、波を乱し、対地砲撃を狂わす!

『ヌンヌンヌン。発射準備な』「死ねーッ!」第四波でマイコ回路を停止させたユンコは、全身を激しい攻撃性で満たし両トリガー射撃!ゴウアアオオオオーン!DOOOOM!モーターオムラの右肩に装着されたエイトバイエイト64連装アンタイニンジャ砲「オムラ・デストラクター」が一斉に火を吹いた!

 ナムアミダブツ!64連装!メガロ妄想者の夢の実現じみた狂気的過剰火力の真髄である!KA-DOOOM!だがその射線を遮るようにカタコームの一隻が進みきたり、64発を舷側に受け止め轟沈!ハーヴェスターの遠隔采配がキョウリョク・カンケイを守る!「ファック!」ユンコがコンパネを拳で叩く!

 操縦席では再び、狂気のタイサ・ブリーフィングムービーが再生される!『オムラの崩壊は人類文明の崩壊の序曲に他ならなかった!しかし今、一機の巨大決戦兵器が海底より立ち上がる!戦え!オムラ製品コードを持つ選ばれしオムラ戦士よ!そして再びオムラの株価をV…』「ファッキン黙ってて!」停止!

 再び敵の反撃である!BRATATATA!航空戦力タダチニやハイタカの編隊がモーターオムラの周囲を旋回し集中射撃。さらに魚雷めいて射出されたシデムシがまるで人間を攻撃するムカデの群れめいて這い登り、機体接合部を熱線トーチで狙う。巨大かつ重厚な腕では、機動力に長けた小型機に対応不能!

「001010011痛!痛い痛い痛いッ!」ユンコは蟲に這い回られたような擬似痛覚を味わい、腕や頭を掻きむしる!「痛覚閾値、さらに落として!」『ヌンヌンヌン』脳内モニタにはモーターオムラ全身図と色分けされたダメージ、エネルギバーが映し出される。被害拡大。現在軽度ながらも危険な兆候!

「イヤーッ!」さらに、ニンジャ!旗艦護衛用に待機していた湾岸警備隊上がりのアクシス、ベクトリアルが、ハイタカを蹴り渡りながらモーターオムラの機体に着地!背中から二本の赤熱電磁タント・ダガーを抜くと、胸部コックピット外装部に突き立てた!「イヤーッ!」ナムサン!こじ開けようとでも!?

「アイエエエエ!」スクリーンに映し出されたニンジャに気づき、ユンコが叫ぶ!「000110111何か、何かないッ!?」『ヌンヌンヌン』モーターチイサイが視界に割り込み、操縦レバー近くで灯る3個のオムラ紋ボタンを重点!明らかに何らかの使用回数制限!「イヤーッ!」ユンコは握り拳で叩く!

『オムラ!』鋼鉄雷神の両目が明滅し、電子合成音の咆哮が轟く。機体後部に巨大なホロオムラ紋が浮かび上がる。直後!ZZZZZT!数秒間、その全身を電磁バリアが包み込んだ!KBAMKBAMKBAM!機体接触中のシデムシ、さらに周囲を飛行するハイタカが爆発し、ボトボトと海に落下してゆく!

「アバーッ!?」沸騰したベクトリアルの両眼から煙が立ち上り、全身痙攣!「これだ!」ユンコは次のボタンも惜しみなく押下!『オムラ!』再度電磁バリア発生!「サヨナラ!」ベクトリアルは黒焦げになり爆発四散!さらに「イヤーッ!」レバー操作を受け、雷神は両腕を左右に広げながら、機体旋回!

「イイイヤアアーーーーーーッ!」ユンコは左目の∴サイバネアイを真っ赤に輝かせ回転させながら、両レバーを限界まで捻る!KBAM!KBAM!KBAM!KBAMKBAMKBAMKBAMKBAM!モーターオムラの巨大な腕が振るわれた軌跡を中心に、空中で数百個の連鎖爆発の華が広がった!

 DOOM!DOOM!航空戦力を排除したかと思えば、グレーター・ジョロウ級からの艦砲射撃。「あと0011111少しッ!」猛火を凌ぎながら、モーターオムラは敵旗艦キョウリョク・カンケイへと前進した。怒りの拳でエスコート艦を右へ左へと薙ぎ払いながら。……その時、第五の門が閉じていった。

 ユンコは敵旗艦の彼方にそれを見た。それは彼女のシステムエラーかあるいはコトダマの断末魔か。暗黒の水平線から、天頂の満月へと、裁定者じみた杖を持つ巨大なアルゴスの幻影が立ち上った。その膝から下は水平線の陰。巨人の幻影は、開いた左手を掲げると、月を銀の小円盤めかして掌と親指で挟んだ。

 見よ。全てのモータルよ、詳らかにされた真の孤独を知り、跪くがいい。お前たちが忘れ去り、蔑ろにしたものが、いま、お前たちの忘れた荒々しい夢すべてを剥奪する。そしてお前たちが望んだ、均質な未来を引き渡す。奴隷の首吊り縄を引き渡す。飼い慣らされた均質なる魂のための均質の幸福を引き渡す。

「嫌だ!001まだ1111消111111え去0011…って…たまるか!」ユンコは叫び、鋼鉄雷神を前進させた。直後、天頂の銀円盤から、カスミガセキ・ジグラット屋上のキャップストーンへ光柱が降り注いだ。天から下る、再定義第5波。それはジグラットで増幅され、電子魔術じみた軌跡を描いた。

 直後、カスミガセキ・ジグラットから凄まじい精神衝撃波が走った。明滅するタングステン灯めいて瞬いていた黄金立方体は、完全なるモノクロームに変わった。そしてアルゴスの幻影もまた、あたかも、これがすべての奔放なる夢と神話の幕引きであると自ら無言のうちに宣言するかの如く。消え去った。

 シャットダウン。スズキ・マトリックスは否定された。モーターチビからも光が消えた。マニュアル操縦モードにあった鋼鉄雷神もまた、敵艦の手前で拳を振り上げ、凍りつくように動作停止していた。ユンコは目を開いたまま、無表情に、ショウケースの中の美しいオイランドロイド製品めいて固まっていた。

 敵旗艦の副砲が軋みながら旋回し、狙う。背部パワーユニットから凄まじい圧縮蒸気を吐きながら動作停止するモーターオムラ。その巨体に対し、戦闘艦3隻による情け容赦ない艦砲射撃が開始された。爆発が雷神を包み込んだ。それはもはや、戦闘というより、動かぬ巨大な鉄塊の処理と呼ぶに相応しかった。


◆◆◆


 01ナンシー010は緑10010の1011グリッド11101の地平0101の果て、五つ目のゲ0111ート101の変色01010を見た1111。頭上1101の01010キンカク・テ1010ンプル01010は10101黒い立方体と化して11011いる001。だがまだ0彼女は1飛べる。

 0101ユンコ0100モーターオ10ムラ1011が認11識できない状101態だ。「頑張っ101たわね、ユン0111コちゃ101ん」ナンシーは電子涙を010溢れさせた1011。アルゴス111の多眼10101は01ナンシー01に再び焦点を01001合わせようと01010111する。

 010それは電子コン1010マゼロ数秒010000の刹010那もたら1010された011僅かな110111110猶予だ0100った。ナン10101シーは01111己を0101001燃える1011水晶の杭110101と化し011オヒガンと1111メガトリイの接合部を貫いた0100。

 0101カスミ0100ガ101011セキ1110ジグラッ101ト最深010部11に彼女は101至り010そこを起点に垂直に10上昇11111を101010開始し1010た。100101垂直に、宇宙010010111を、月0101のシス001010テムをめがけて0111011。

 01最深部010から100ひとつひ101とつの層01で111セキュリ1ティが剥がされ0隔壁が1010開き、無力10111化10101されていく0101111。11010アルゴスは101己の01体を駆け上が0100る10101痛痒に010111恐011怖の叫びを01001上げた。

 0システム1010白血球10010を101破滅的1111速度で01010再生01001産10111し己の101010血管に1011流し込んだ111101010アルゴ1010100ス1010101は、00体内を駆け101上がる毒矢010を01地上の01喉元0100で11留めた。

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「アババババーッ!」その瞬間、アルゴスとのニューロンリンクにより極めて高い状況判断力を得ていたジグラット内のアマクダリ・アクシスのニンジャ達は虚無に投げ込まれるが如き感覚を味わい、漆黒の立方体から降り注ぐ闇に打たれて恐怖に竦み、これがたとえば、コールドノヴァの直接の死因となった。

 両手から雲散霧消した氷の爆弾をコンマ1秒で再生成したコールドノヴァであったが、オメガがその隙を逃す筈もなかった。ワン・インチ距離に滑り込んだ彼は、「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」三度のチョップ突きを瞬間的に打ち込んだ。

「アバッ!」コールドノヴァは体内にコリを循環してダメージを散らそうとした。マーズはカラテシールドを投げつけて援護しようとした。できぬ!アルゴスの目が閉じられ、彼らの力を補うべき論理ニンジャソウルすら萎縮している!「アバババーッ!」ウルシの毒は無い。だがカラテ衝撃が背中まで通った。

「サ、」コールドノヴァが膨れ上がった。「サヨナラ!」爆発四散!そしてそのときヘンチマンはマーズを捉え、「余所見はいけねェやなァ……」その身体を天地逆さに持ち上げていた。マーズはもがいた。その両脚がネットでまとめて縛られ、抵抗を許さない。タタミ2枚距離にブラックヘイズが着地した。

 ヘンチマンはよろめいた。彼とて瀕死である。仰向けに倒れこむ。だがただでは倒れぬ!それはカラテ奥義!「イイイイイヤアアーッ!」ブレーンバスターである!「アバーッ!」KRAAAAASH!エプスタインが下敷きとなる!「「サヨナラ!」」マーズとエプスタインは爆発四散した!

「イヤーッ!」「グワーッ!」ヴァニティはネヴァーモアの顔面にまたも素晴らしいストレート・カラテパンチを叩き込んだ。ネヴァーモアはタタミ3枚距離後ろに滑った。しかし……倒れない!「スッゾ……コラー!」拳を振り上げ、再び襲いかかる!主君のもとへ行かせぬ覚悟!ベンケ・ニンジャもかくや!

「イヤーッ!」右拳!「グワーッ!」「イヤーッ!」左拳!ネヴァーモアが仰け反り、白目を剥いた。ヴァニティは……「イヤーッ!」「ンアーッ!?」ネヴァーモアの拳がヴァニティのメンポに叩き込まれた。ネヴァーモアは無意識下で己の頬を張り、意識を揺り戻した。「ワドルナッケングラー!」

 では彼の主君たるチバは?彼は開かれた奥の隔壁へ滑り込み、ジグラット内のレリックUNIXメインフレームを目指し、息を切らせて走っていた。「ハアーッ!ハアーッ!見て……おれ!」その身体がふわりと浮いた。「シツレイ」ブラックヘイズは侘び、チバを腰で抱えたままニンジャ脚力を全開にした。

「急げ!ブラックヘイズ!」「ナンシー・リーのハッキングです。その首尾がいかほどか、詳細まではわかりませんが」走りながらブラックヘイズは言った。ナムサン!二重スパイ!「直接のアクセスによって月を切り離し、地上のアルゴスを手中とするにはまたとない好機!」「然りだ!」

 隔壁フスマが今にも開ききるのを待たず、ブラックヘイズはレリックUNIXメインフレーム室へ突入した。「あれだ!」「イヤーッ!」指さす地点へ回転ジャンプ!ブラックヘイズに降ろされるや否や、チバは血圧測定器めいたデバイスに右腕を根元まで差し込んだ!パワリオワー!

 ゴグググググ……レリックUNIXが聞いたことの無い駆動音を響かせ、邪悪な光が乱舞した。「ムッハハハハハ!ムッハハハハハ!ムハハハハハハハ!」UNIX光の照り返しを浴びながら、チバは叫んだ。「最後に笑うのは、このぼくだ!サラバだ、ニンジャスレイヤー!アガメムノン!死ね!」

 モニタに映し出されたウサギ・カエル進捗バーが97パーセントで停止。チバのまぶたがピクリと動いた時、それは100パーセントに達した。「再定義プロセスだと?フン……」チバは目を細めた。「ならばジグラット上でふざけた真似をしておるフジオにも落とし前をつけさせてくれよう」プログラム実行!

 010010アルゴス1010は0101喉元01010で010101留め01た毒矢010を伝って0101死の蔦01010が010101伸びる0010さま10を10怖れた。

 アガメムノンは憎悪に白く煮える目を瀕死状態のニンジャスレイヤーに注いだまま、床のジェネレータ・デバイスに掌を当て、極度給電を続けた。デン・スフィアの洗礼を受けたニンジャスレイヤーは文字通り黒焦げとなって沈んだ。しかし殺せていない。それではダメだ。カイシャクせねばならない。だが!

「ヌウウーッ……!」ZZZTTTZZZTT……掌からデバイスに黄金の雷が吸い込まれ、ジェネレータ出力が通常の400%にまで高められている。彼は全身全霊をかけ、月基地を起動させた際に匹敵する電力供給を行っている。ジェネレータは一度火を入れられれば追加給電を必要としない。通常ならば。

 彼は火花を散らす複合UNIXを一瞥する。そこにはシーカーの腕が刺さったままだ。忌々しいフロッピースリケンの被害を、シーカーの自己犠牲が留めた。しかし再定義プロセスを進行させる為に緊急のクロックアップが必要となった。デン・スフィアで死神を倒した彼だが、最優先は当然再定義プロセスだ。

「葬る……葬ることができるというのに!」アガメムノンは全力の雷を送り込みながら、怒りに顔を歪めた。鷲の王が敵一匹を倒すか否かに心を乱す、その事実自体が彼を更に怒らせ、その事実自体が更に彼を怒らせた。クロックアップによって第四・第五の再定義は完了した。計画自体はつつがなし!

 カリッ。黒焦げの指先がかすかに動き、床を掻いた。アガメムノンは驚かなかった。当然だ。ニンジャスレイヤーは生きている。アガメムノンは高速思考する。複合メインフレームの安定化まであと何秒を要する?それまでデン・スリケンの一発も放てぬ状況だ。死神はどこまで食い下がってくるか。

 殺さねばならぬ……殺さねば。アガメムノンは稲妻を注ぎ続ける。コココココ……ジェネレータが心地よい響きを発しはじめた。来たか。「……ーッ」パワリオワー!第6段階が成った。シーカーの腕が電気を発して砕け散り、複合UNIXが健全な輝きを取り戻した。アガメムノンは右手を向けた。「ハーッ」

「イ……」アガメムノンはデン・スリケンを、「グワーッ!」エネルギーの逆流!ジェネレータが稲妻を吸い寄せ、アガメムノンを縛りつける!「これはッ!」キャバアーン!キャバアーン!月ガラス一面が突如モニタ機能をアクティベートして真黒く染まり、ラオモト・チバのアスキーアートが映し出された。

『ニンジャスレイヤー=サン アガメムノン=サン ここが 貴様らのハカバだ ラオモト・チバより』冷徹な文字が流れた。ズゴゴゴ……不穏な地鳴りが月基地を襲った。何かが始まろうとしていた。「ヌウウーッ!」アガメムノンはジェネレータのくびきを振り払おうとする!……「スウーッ。ハアーッ」

 ニンジャスレイヤーは手をついた。焼け焦げた装束繊維が剥がれ、燠火めいて、新たな力が熾りつつある。「スウーッ……ハアーッ……」ぼやけた視界が黄金の雷光を捉える。アガメムノンはニンジャスレイヤーをカイシャクできずにいる。「スウーッ……ハアーッ……」ZZZZOOOM……更に巨大な揺れ。

 モニタが斑らに点灯した。アラート表示と、月基地の見取り図が映し出された。「シャトル格納施設の壊滅な」。これで帰還手段は絶たれた。ニンジャスレイヤーは力を込めようとあがき、身を震わせた。起きあがれるか。「スウーッ……ハアーッ……!」チャドー。フーリンカザン。そしてチャドーだ。

 アガメムノンは身にまとう強烈なデン・ジツによってもはや人型の稲妻めいていた。彼は縛られていた。複合UNIXが悲鳴を上げた。「ヌウウーッ!」アガメムノンが唸った。「貴様が何度起き上がってこようと、私はそれを上回る力で必ずや滅ぼす!」「スウーッ……!ハアーッ……!」

 アイエエエ……アイエエエ……アイエエエ……いまだ怨嗟の声はニンジャスレイヤーの体内に木霊している。それはチャドー呼吸と波を同じくして、寄せては返す。ニンジャスレイヤーはマルノウチ・スゴイタカイ・ビルを見ようとする。ギンカク・テンプルを見ようとする。「忍」「殺」のメンポが軋む。

 ギンカクも、マルノウチも見えぬ。だが残滓が彼の身体の中を循環している。循環させるのはナラク・ニンジャだ。ナラク・ニンジャとはフジキド・ケンジであり、ニンジャスレイヤーである。「ニンジャ。モータル。ニンジャ。モータル」彼は譫言めいて呟く。焼け焦げた装束が散り、黒い液体が溢れ出す。

 ZZZZOOOOOOOM……「酸素供給システムにエラーな」の表示が灯り、『基地は いただいている おまえたちの カンオケだ ラオモト・チバ』の文字が流れた。「愚か者め!」アガメムノンは激昂した。「鷲の一族でありながら……メガトリイのレリックを……ヌウウーッ!」

「スウーッ……ハアーッ……!」ニンジャスレイヤーの中心で銀の立方体が輝きを増した。もはや、オヒガンとの繋がりを殆ど感じることができない。ただ、彼の中にそれはある。「スウーッ……ハアーッ……!」アンコクトンが染み出し、溢れ出した。人の死と怨嗟が彼の足元に黒い泉を作り出した。

 KABOOOOM!どこかで爆発音!「イイイイヤアアーッ!」アガメムノンが稲妻を注ぎ尽くす!KABOOOOM!足下でジェネレータが爆発した。しかし、ナムサン!抉れた地面に生み出されたのは小型の太陽めいた球体である。それがUNIXへ稲妻の帯を繋いだ!「チバよ!」アガメムノンは嘆いた。

「スウーッ……!ハアーッ……!」ニンジャスレイヤーの中心で銀の立方体が激しい光を放つ。そのスペクトルは不可視だ。しかしそれはアガメムノンの輝きにすら呑まれぬ神秘の光である。Yari-of-The-Hunt!死神の体内のギンカクはセンジンの死の泉を循環させ、黒い炎で燃やした!

『再定義プロセス強制再開な』怜悧なマイコ音声が響き渡った。アガメムノンは稲妻を呼吸し、己が足下に生み出した小太陽を離れた。そしてついにデン・スリケンを投げた。「イヤーッ!」KBAM!黒い飛沫が稲妻に焼かれ、赤黒の火花と化してニンジャスレイヤーの周囲を舞った。

 赤黒の炎は渦を巻いてニンジャスレイヤーの傷の中に吸い込まれていった。黒い泉は原油めいて火を燃やし、その炎はニンジャスレイヤーの身体を這い登り、彼の装束に、力に、カラテに変わっていった。ニンジャスレイヤーは床を殴りつけ、立ち上がった。「ニンジャ」ジュー・ジツを構えた。「殺すべし!」

「滅びよ!私が貴様というニンジャを殺すのだ!」アガメムノンが稲妻をひるがえした。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクでデン・スリケンを跳ね飛ばした。「イヤーッ!」「イヤーッ!」さらに一発!やはり跳ね飛ばした。背中がブスブスと音を立てる。焦げた空気を纏う。

「イヤーッ!」「イヤーッ!」コンマ01秒後、二者はワン・インチ距離に接近し、カラテを繰り出した。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」DOOM!DOOM!衝撃波が周囲の壁に円形の亀裂を次々に刻む。「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 DOOM!DOOM!壁に円形の亀裂が重ねられてゆくなか、モニタには「消火プロセス開始」「酸素供給システム正常化」の文字が流れた。ナンシー・リーの支援。チバの乗っ取りプロセスを妨害にかかっているのか。ニンジャスレイヤーは稲妻の拳をいなし、赤黒の拳を繰り出した。

「貴様を排除し!」アガメムノンが稲妻の剣を振り下ろすと、ニンジャスレイヤーはヌンチャクのイアイでこれを弾き返した。「世界構築を完遂するのが我が使命だ!」「儂を排除すればと?」ニンジャスレイヤーは嘲笑った。「儂一人で済むものか。全ての者を排除せねばならぬ目論見なぞ、畢竟、絵空事よ」

「絵空事大いに結構」アガメムノンが吠えるように笑った。「それをこそ完遂するのが鷲の儀であり、メガトリイの叡智であり、ヨロシサンの最終テックである!人類はエントロピーに抗わねばならん。イレギュラーに汚染された思考を捨て、鷲の羽根となって整然と並び、アルゴス駆動のリソースたるべし!」

「言いも言うたり!」ニンジャスレイヤーが哄笑した。「オヌシの頼みの綱はそこで腐りかけたガラクタ機械てか!案ずるな、オヌシを殺すだけでは終わらせぬ。このくだらぬ城を叩き潰し、アルゴスを滅ぼし、サンズ・リバー畔りの積み石めいてオヌシが必死に企てた虚ろの伽藍を全て無駄足としてくれる!」

「愚か者め!アルゴスとはすなわち概念だ。アルゴスを滅ぼすことはできん。アルゴスを動かすには私一人あればよく!」アガメムノンのデン・ヤリがニンジャスレイヤーのブリッジ回避をかすめた。「世界を動かすにはアルゴスがあればよい。ただ私一人が健在であればよい!」「ゆえにオヌシを殺す!」

 ニンジャスレイヤーのウインドミル下段廻し蹴りをアガメムノンは垂直上昇で躱し、周囲に垂直の稲妻を落とした。「私を殺すだと?ゼウスに抗う不遜を知れ!」稲妻は四方八方、放射状に地を這う。ニンジャスレイヤーは床を転がり、わずかな隙間を捉えてくぐりぬけ、スリケンを投擲した。

 アガメムノンは宙を浮いたまま横へ移動し、稲妻の盾でこれを防いだ。ニンジャスレイヤーはフリップ跳躍したのち、コマめいて高速回転した。稲妻の盾は分裂し、8体のデン・ブンシンを作り出した。「イイイイヤアアーッ!」ナムサン!ヘルタツマキ!ブンシンは生まれた瞬間に爆散消滅!

 KABOOOM!爆発の中から不可視速度のデン・スリケンが襲い来る!ニンジャスレイヤーは投擲の中ですでにヌンチャクを構えており、それをヌンチャクで弾き逸らした。アガメムノンが電撃速度でワン・インチ距離に至り、雷光を爆発させる!「イヤーッ!」KABOOOM!「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーは吹き飛ばされながら回転し、身体バランスを取り戻そうとする。アガメムノンは高く振り上げた拳を足元に叩きつけた。「イイイヤアアーッ!」ナムサン!デン・スフィアである!ニンジャスレイヤーは着地しながらゴロゴロと転がり、さらに飛び離れた。その方向に複合UNIX!

「姑息な真似を!」アガメムノンは瞬時にデン・スフィアを打ち消し、UNIXに向かって片手を翳した。たちまちUNIXは小型のドーム状電磁バリアに覆われる。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは月ガラスを蹴り、トライアングル・リープした。スフィアを止めることができればそれで十分だ!

 KRAASH!リープ・トビゲリを防いだアガメムノンはニンジャスレイヤーにチョップを繰り出す。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはチョップを打ち返す。目にも留まらぬ速度のチョップ応酬!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 近接距離であればデン・スリケンは放てない。比較的これはニンジャスレイヤーの間合いであるが、「ヌウッ!」ニンジャスレイヤーはセンコめいた残光を閃かせて真後ろを向いた。電気じみた速度で後方タタミ4枚距離に移動したアガメムノンがデン・スリケンを放つ!「イヤーッ!」KABOOM!

「グワーッ!」ヌンチャクが一瞬遅れ、稲妻が死神を焼いた。右胸に穿たれた穴から銀の光が漏れ出た。「その忌々しいカラテ・エンジンを!」アガメムノンがワン・インチ距離に移動し、デン・ダガーを繰り出した。「直接破壊する!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは左掌を貫通させて阻んだ!

「スウーッ!ハアーッ!」ニンジャスレイヤーは刺突を押し留め、電熱に苛まれながらチャドーを行う。内なるギンカク、ナラクの中のヤリオブザハントがチャドーに応え、同一IP上のアンコクトンを引きずりだして黒炎の種に変え、かりそめに傷を塞ぐ。アガメムノンは逆の手を掲げ、雷光を輝かせた。

「イヤーッ!」アガメムノンは白熱するチョップでニンジャスレイヤーの首を刎ねに行った。ニンジャスレイヤーは腰に引き絞った右拳を突き出した。「イヤーッ!」……時間が凝縮し、白いチョップと赤黒のジキ・ツキがお互いの身体を目がける……「グワーッ!」KRAAAAAASH!

 吹き飛ばされたアガメムノンが月ガラスに叩きつけられ、表面をノイズが走った。ニンジャスレイヤーは追撃を行えなかった。がっくりと膝をつくと、右胸を塞いでいたかりそめの炎が失せ、血が溢れ出した。一方アガメムノンは爆発四散して真下の床の上に瞬間移動し、死神に憎悪の眼差しを向けた。

「虫酸が走る……貴様ごとき邪霊が我が世界に毒を落とすさまに」アガメムノンは両手それぞれに稲妻の剣を作り出した。「私がどれほどの時を費やしてきたかわかるまい。私が母体から生を受けるよりも遥か以前から、鷲が、人類が、オヒガンのケオスによってどれほど辛酸を舐めてきたか、わかるまい」

 アガメムノンは全身に稲妻を走らせながら、一歩一歩、歩みを進める。ニンジャスレイヤーはチャドー呼吸を繰り返し、そのさまを見つめる。ジキ・ツキは入った。アガメムノンが万全であれば、あの距離からデン・スリケンを撃ってニンジャスレイヤーを殺す。だがそれができぬゆえ、双剣を作り出した。

「私は遥か過去よりオヒガンと戦い続けてきた。人が人として完結する為に、かのケオスは百害。鷲の支配こそが唯一の正道だ。……ニンジャを殺す者だと……?」アガメムノンは輪郭を保とうと努めている。それがわかる。爆発四散した肉体を稲妻に変えて再構成した。そのダメージは絶対に重い。

「スウーッ……ハアーッ……」「ニンジャを殺す者よ。我こそは鷲の王。ケオスの侵食を阻む為、絶対悪たるオヒガンを切断し、以てニンジャを消去する有資格者なり。無軌道殺戮者よ。お前の行為は不完全である。真にお前の目的の完遂、ニンジャ殲滅を望むならば、ただ王の前に首を晒し、道を開けよ」

 アガメムノンは双剣の一方を突き出し、一方を振り上げた。抵抗あらば突き出した剣で捌き、振り上げた剣で真っ二つに殺す構えである。「……人類が舐めたオヒガンの辛酸か」死神はチャドー呼吸の中から声を発した。「徹頭徹尾わからぬ。興味も無し。だが、オヌシの行いはわかるぞ。ニンジャよ」

「イヤーッ!」アガメムノンは稲妻の剣を振り下ろし、膝をついたままのニンジャスレイヤーの首を叩き落としにゆく。死神は身を沈め、うつ伏せに倒れ込む。力尽きたか?否!否!それは極めていびつなカラテの最初の一手だった!「イヤーッ!」地を這う蛇めいて、彼は床すれすれのチョップを繰り出した!

 チョップはアガメムノンの足首にわずかに届かぬ。否!チョップ手はその実、ヌンチャクを親指で挟み込むように握る奇妙な構えであった。ヌンチャクがイアイめいて繰り出され、アガメムノンの足首を破砕した。「グワーッ!?」ニンジャスレイヤーは昇り竜じみて螺旋を描きながら身を起こす。回転。

 足首。脇腹。肩。側頭部。蛇……否、龍が獲物に巻きつきながら這いのぼるがごとき連続打撃が、下から上へアガメムノンを襲った。右胸から溢れる赤黒の血は燃えながら螺旋の軌跡を描いてアガメムノンを取り囲み、燃え上がった。ニンジャスレイヤーは既にアガメムノンの上空にいる。

「イイイ……」死神は上空で強引にキリモミ回転した。「イイイイヤアアーッ!」回転の中からフックロープが放たれた。その直後、パアン!奇怪な破裂音が轟き、アガメムノンが飛沫めいた電光を散らし、猛烈な衝撃におののきながら痙攣した。「グワーッ!」その頭部にカギつきフックロープが巻きついた。

「ウウウ……」ニンジャスレイヤーの背中に縄めいた筋肉が盛り上がった。空中で彼はロープを背負い投げた。アガメムノンの体が空中に跳ね上がる!「グワーッ!」アガメムノンに抵抗する力はない。彼は内側から爆発を繰り返している。死神は鷲の王ごと、ロープを……「ゥWasshoi!」叩きつける!

 ニンジャスレイヤーがアガメムノンを叩きつけた先は、電磁バリアに覆われた複合UNIXデッキであった。KRAAAAAASH!バリアを飲み込みながらアガメムノンはUNIXデッキに衝突!KRA-TOOOOOOOM!UNIXデッキは爆発四散し、ロープが千切れ、アガメムノンの体が跳ね返った!

 死神は赤黒の血の軌跡を残しながら、連続バック転でアガメムノンを追う!「Wasshoi!Wasshoi!Wasshoi!」そして、飛んだ!「……Wasshoi!」斜め上一直線のドラゴン・トビゲリが腹部に突き刺る!「グワーッ!」その時UNIXの爆発がジェネレータに届き、誘爆した。

 ドクロめいた月はネオサイタマの騒乱を見下ろし、「インガオホー」と呟ZGGGGGGTOOOOOOOOM!KRA-TOOOOOOOOM!KABOOOOOOOOOOM!DOOOOOM!DOOOOOOOM!DOOOOOOOOOOOOOOM!月が巨大な爆炎を噴き上げた!

 爆発と粉塵が真空中に流出するなか、ニンジャスレイヤーとアガメムノンも宇宙の闇に放り出された。(アバババッ)アガメムノンは自らの内なる稲妻に焼き滅ぼされながら真空中で叫んだ。(アババババババーッ)ニンジャスレイヤーの目が赤く燃え上がった。(イヤーッ)スリケンを後ろに投げ、飛んだ。

 直径10メートルほどの稲妻の球体が展開した。その中央に、滅びゆくアガメムノンの身体があった。アガメムノンは月の重力から解き放たれた。ゼウスの力は彼を地球に逃がしてくれる。あの時のように。……ナムアミダブツ……ニンジャスレイヤーは既に稲妻球体の内側に入り込んでいた。

「私はネオサイタマに帰る。必ずだ」ニンジャスレイヤーは決断的に言い放った。「だがオヌシは殺す」「オ……ノ……れ」大気が充満した球体内で、アガメムノンは目を剥き、ニンジャスレイヤーを見た。そして、なおも決断的に振り上げられた拳を。「イヤーッ!」拳が繰り出された。


◆◆◆


 爆発と粉塵が真空中に流出するなか、ニンジャスレイヤーとアガメムノンも宇宙の闇に放り出された。(アバババッ)アガメムノンは自らの内なる稲妻に焼き滅ぼされながら真空中で叫んだ。(アババババババーッ)ニンジャスレイヤーの目が赤く燃え上がった。(イヤーッ)スリケンを後ろに投げ、飛んだ。

 直径10メートルほどの稲妻の球体が展開した。その中央に、滅びゆくアガメムノンの身体があった。アガメムノンは月の重力から解き放たれた。ゼウスの力は彼を地球に逃がしてくれる。あの時のように。……ナムアミダブツ……ニンジャスレイヤーは既に稲妻球体の内側に入り込んでいた。

「私はネオサイタマに帰る。必ずだ」ニンジャスレイヤーは決断的に言い放った。「だがオヌシは殺す」「オ……ノ……れ」大気が充満した球体内で、アガメムノンは目を剥き、ニンジャスレイヤーを見た。そして、なおも決断的に振り上げられた拳を。「イヤーッ!」拳が繰り出された。

 アガメムノンの視界の端に、月面基地の広範囲爆発が見えた。崖一面に埋め込まれた多層並列UNIXが、吹き飛ぶ。電子基板と鷲の宮殿の残骸が、回転しながら宇宙空間の暗黒を漂う。バチバチ……てんから『オハヨ』…脳内でニューロンの電子火花が散る。……くだる『ワタシノ』……ソーマト・リコール!

…『オハヨ。ワタシ ノ ナマエ ハ ARGOS デス。ワシノ イチゾク ノ カタ、ゴキゲンヨ』多層並列UNIXが電子音声で呼びかけた。少年は目を大きく見開いた。「機械に臆する必要なし。精神をフラットに保て。これも我が一族の下僕なり」鷲頭装飾の杖を突く偉大な父が、少年の横で言った。

 シバはゴクリと唾を飲むと、聡明なる精神をフラットに戻し、少年とは思えぬアルカイックスマイルと尊大な声で返した。「ドーモ、アルゴス=サン、僕の名はシバだ」『シバ=サン ヲ オボエ マシタ』「何十年後か、いずれ地球の支配者となり、人間を家畜めいて飼いならす者だ、よく覚えておくのだぞ」

 …再加速!ニンジャスレイヤーの右ストレートが、アガメムノンの頬に捻じこまれる!「グワーッ!」衝撃!メンポと奥歯が割れ砕け、飛び散る!鮮血!よろめく!「イヤーッ!」間髪入れず、死神は左ストレートを繰り出す!だが「イヤーッ!」アガメムノンは咄嗟に体勢を立て直し、チョップで上に弾いた!

「イヤーッ!」アガメムノンの報復の膝蹴り!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの脇腹に命中!肋骨が軋む!「跪くがいい!」「ヌウーッ!?」パンチの突進力と膝蹴りでベクトルを制御され前方回転、背から倒れるニンジャスレイヤー!「死ね!」倒れた死神の頭蓋骨めがけ、カワラ割りパンチが迫る!

「イヤーッ!」死神はウケミから体をブレイクダンスめいて猛回転させ蹴り払う!「ヌウーッ!」後方に弾かれるアガメムノン。そのニンジャ装束は二股の白袴と白道着。右肩をはだけ肌が露わ。伝説に謳われる最高神ゼウスの如し。だがいまや、その純潔なる白装束は、他ならぬ彼自身の血飛沫に汚れている。

「……お…のれ…ニンジャスレイヤー=サン……!」勝機を逃し、拳を震わせて憤怒に歪む彼の顔は、正しく傲慢なる神の形相!「ARRRRRGH!」全身からアーク放電!今なお、これほどの力とは!そして崩壊しかけた肉体と血を強固に再構築し、雷球内にカラテ重力場を生じせしめるその力の源とは!?

 膨大なる力が全身を駆け巡る!超常の力が、ニンジャの力が漲る!ただのニンジャソウル暴走ではない!「こ、れ、は……!」アガメムノンは両手を強張らせ両目を異常発光させる。両者は直ちに、その意味を理解した!これまでのプロセスが急激に巻き戻され、オヒガンが再び異常接近しているのだと。即ち!

「再定義は失敗に終わったか。懐かしい故郷も今しがた爆発したぞ。次はオヌシの無駄な足掻き全てが、アマクダリと共に砕け散る番だ……!」「貴……様……!」「来るがいい!アガメムノン=サン!」放電回避を終えた死神は、敵を真っ赤な憎悪の目で睨み、手招きする!胸の銀色立方体が不吉な輝を放つ!

「貴……様だけは…殺す!」咆哮!暴走放電を終え再び拳を握るアガメムノン!メンポから凄まじい蒸気を吐き、マフラーめいた襤褸布を風なき風にはためかせる死神!「オヌシを殺す!」雷球の内側、オクタゴン柔道場じみた閉鎖空間でカラテが幕を開ける!「「イヤーッ!」」真正面から激突する拳!火花!

 拮抗!ニンジャスレイヤーとアガメムノンは、血に濡れた拳を前に突き出しぶつけ合ったまま、腰だめ姿勢でカラテを構える!「「ヌウウウウーーーッ!」」両者はそこを中心点としながら、殺意の眼差しを向け合い、同心円状にじりじりと横歩きする。全身に膂力漲り、カラテが張り詰め、両者の腕が震える!

「「ヌウウウウウーーーッ!」」食いしばった歯の奥から漏れ出すのは、顔を血でべっとりと染め、両眼を殺意に煌々と輝かせた、二匹の怪物の唸り!睨む!斥力!「「イヤーッ!」」再度激突する拳!「「イヤーッ!」」拳!「「イヤーッ!」」カラテチョップ!火花!「「イヤーッ!」」チョップ!雷光!

「「イヤーッ!」」0111001111111!ナムアミダブツ!何たる衝撃!まさに天界で激突する神々のカラテ!一撃一撃がぶつかり合うたび、雷球は荒れ狂う原子核じみて宇宙空間を飛び回る!莫大なエネルギーが放射される!一撃一撃がぶつかり合うたび、星々は白い筋へと変わり後方へ流れ去る!

 雷球が、暗黒の海に不規則なカラテの軌跡を刻む!流星の如く……!





2

「「……ハァーッ!……ハァーッ!……ハァーッ!」」カスミガセキ・ジグラット斜面!アマクダリに完全包囲されて退路を断たれたシャドウウィーヴとドラゴン・ニンジャは、互いに背を守りながら、決死のカラテを構える!「GRRRRRRR!」狂乱したベアハンターが襲いかかり、再び二人の血が飛ぶ!

 ザイバツニンジャは、いずこ!?見よ!ユーレイの如きモノクロ幻影となって動き、なお敵に抗わんとするパープルタコやニーズヘグの姿を!だが再定義第6波により、彼らはもはや現世に影響を及ぼせぬ状態。唯一ダークニンジャのみがベッピンの力で現世に残り、ホワイトドラゴンを単身押しとどめ続ける!

「GROWL!」満月の狂気に目を輝かせ、強大なるワーベアがカギ爪を振るう!(イヤーッ!)灰色のスパルトイが蛇矛を振るうも、そのカラテシャウトも、斬撃も、ベアハンターをすり抜け、地上の戦乱に干渉すること能わず!「グワーッ!」シャドウウィーヴが側転回避!だが背を切り裂かれ血飛沫!

 包囲網から、シャドウウィーヴを狙い何十発ものスリケンが飛来!「イイイヤアアーーーーッ!」手負いのユカノがマストダイ・ブレイドを閃かせ援護!飛来するスリケンを全て、斬り払う!だが、致命的な隙!「GRRRRRRRR!」ベアハンターが両腕を高々と掲げ、殺戮の前の鬨の声を上げた!その時!

(Wasshoi!Wasshoi!Wasshoi!……Wasshoi!)ドクロめいた月はネオサイタマの騒乱を見下ろし、「インガオホー」と呟ZGGGGGGTOOOOOOOM!KRA-TOOOOOOOM!KABOOOOOOOM!DOOOOOM!DOOOOOM!DOOOOOOOOOM!

 ゴウランガ!アマクダリの冷たき秩序の象徴じみて天頂に君臨していた月が!アルゴスの月が!復讐のカラテによって爆発し、砕けたのである!アクシスリンク、完全途絶!「GRRRRRRRRRR!?」ベアハンターが狼狽する!全身の傷から立ち上っていたヘンゲヨーカイ・ジツの再生の煙が……消えた!

 それは、月の裏側の月面基地だけではない!月内部空洞に築かれていたメガトリイ地下施設網とジェネレーター群が連鎖爆発を起こし、凄まじい火柱を吹き上げたのだ!即ち、勝機!「キエーーーッ!」ユカノがマストダイ・ブレイドを構え、回転跳躍!「GRRRR!?」ベアハンター動けぬ!影にはクナイ!

「グワーーーーッ!」前方回転斬撃を受けたベアハンターの首が切断され、宙を舞う!湯気が上がるほど熱い血飛沫が高く!高く!ユカノに、シャドウウィーヴに、それを呆然と見つめる周囲のアクシスに降り注ぐ!首無し大熊はなおもユカノを狙い腕を降り下ろさんとしたが、倒れ、爆発四散!「サヨナラ!」

 それに続くは、再定義の急激な巻き戻し!煌々と輝く黄金立方体!ロウソク・ビフォア・ザ・ウィンドの如く忘滅の彼方に消えかけていたザイバツニンジャが再実体化を果たす!「「「イヤーッ!」」」イクサの再開である!「イヤーッ!」ダークニンジャもまた窮地を脱し、妖刀の斬撃で空に鋭角の傷を刻む!

「アクシス!総員に告ぐ!」空気を震わせるような大音声!ハーヴェスターが檄を飛ばす!撤退か!?否!「アクシス旗の下に、死ぬまで戦え!湾岸警備隊に撤退の二文字無し!貴様らの魂はこの旗の下で不滅なり!」抑制されていた無数のニンジャの咆哮が、それに続く!真のニンジャの戦争が幕を開けた!

 ダークニンジャは風めいて着地し、背後のホワイトドラゴンを振り返った。ホワイトドラゴンの左腕が落ちた。その切断面は超自然の熱によって焼け焦げ、コリのジツによって繋ぐ事はもはや不可能である。「……」冷厳なる女王の眼差しにかすかな驚きの揺らぎが走った。キィィィ……ベッピンが鳴いた。

「女王の!」その間にブリザードが飛び込んでくる。「為に!」氷の大斧を作り出し、ダークニンジャに斬りかかった。忠臣を盾に、ホワイトドラゴンは右腕にカラテを集束し、氷の手甲を育てた。右腕自体がさながら水晶の龍の首だ。彼らからやや離れ、ザイバツとアマクダリのニンジャはもはや乱戦状態!

「イヤーッ!」ブリザードは大斧を振り下ろす。ダークニンジャは刃に手を添わせた。そして呟いた。「キリステ」彼はブリザードを見、立ちはだかる彼の身体を透かして奥のホワイトドラゴンをも見た。「ゴーメン」ダークニンジャは再びホワイトドラゴンとすれ違い、着地していた。デス・キリ。

「アバーッ!」ブリザードの斧の柄が断たれ、身体が真っ二つに断たれた。ホワイトドラゴンの身体も裂けた。彼女はダークニンジャに向き直った。「サヨナラ!」ブリザードは爆発四散した。ホワイトドラゴンは右腕を突き出し、巨大な龍を繰り出す。だがダークニンジャはこれで決めるつもりだった。

 己の軍勢へ致命のコリ・ジツを撃たせぬ為の途方のない斬り結びのなかで、彼はホワイトドラゴンのカラテを十二分に学習し終えていた。螺旋を描いて襲い来る巨大な氷の龍の顎めがけ、彼は迷わず突き進んだ。「イヤーッ!」再び彼はホワイトドラゴンの背後に着地した。二度目の裂傷。「イヤーッ!」

 ホワイトドラゴンは焼ける傷口から氷の薔薇を飛び出させ、ダークニンジャを襲った。ダークニンジャの目が光り、再び彼は背後に着地した。狙い澄ませた三度目の刃が、ホワイトドラゴンの心臓から肩の上へ抜けた。「亡」。カンジ・キルの刻印がコリの女王に烙印を刻んだ!「グワーッ!」

 ホワイトドラゴンはネオサイタマ中の全冷気を体内に取り込むべく、滅びゆく肉体の中でカラテを異常循環させた。ダークニンジャは刃を構え、ザンシンした。「ムベナルカナ!」ホワイトドラゴンは絶叫し、ダークニンジャを睨む。肉体を触媒にジグラット空中庭園全てを巻き込むコリ・ヌーク・ジツの構え!

 コリ・ヌークが成れば、ジグラットが、カスミガセキが呑まれ、撒き散らされた滅びが、永遠にネオサイタマを冬に閉ざすであろう。肉体を犠牲にした地下深くのホワイトドラゴンは、不本意な100年の眠りに再びつくであろう。キイイイイイイ……ダークニンジャはベッピンに再びカラテを注ぎ……止めた。

『何を!』超自然の声が周囲のニンジャのニューロンをどよもした。『するか!無礼者!』それはホワイトドラゴンの声だった。何に対して向けられたものなのか?ダークニンジャはベッピンを鞘に戻した。「AAAARGH!」ホワイトドラゴンが断末魔の悲鳴をあげる。内側から引き裂かれるがごとき声を。

 パキパキと破砕音を鳴らしながら、ホワイトドラゴンの氷の身体に微細な亀裂が生じた。『バカな!グワーッ!』「私が本当にしたい事……そうね」彼女は呟いた。「今更それを探し求める時間もないけれど」パキン……氷の風が放射状に吹き抜けた。『サヨナラ!』氷の白が消し飛び、黒髪の女性が佇んだ。

「私はコヨイ・シノノメ」彼女は力強く、自身の名を口にした。口の端から赤い血が流れた。ダークニンジャはザンシンを解いた。立ち尽くすコヨイとすれ違い、乱戦の場へ向かっていった。コヨイは空を見た。ジグザグに飛翔する一つの流星を見、微かに笑った。「サヨナラ」力失せ、彼女の亡骸は倒れた。


◆◆◆


 DOOOM!DOOOM!DOOOOM!暗黒の洋上!停止したモーターオムラ!それを包囲した満身創痍のキョウリョク・カンケイ艦隊から、情け容赦無い至近距離艦砲射撃が続く!DOOOOM!ZGRA-TOOOM!着弾!左肩が爆発し、腕が海に沈む!頭部は既に無い!腹部、胸部からも炎上!爆発!

 ゴウオオーン!鋼鉄の巨獣の遠吠えめいた排気音だけが、洋上に響き渡る。胸部、球状コックピット内でもそこかしこでUNIX小爆発が起こり、天井から垂れ下がった切断ケーブル類がバチバチとアークの火花を飛ばす。『機体損傷率50%を遥かに超過な』システム音声が響く。ユンコの瞳に光は……無い。

 ナムアミダブツ!このままオムラの遺産全ては、スズキ・マトリックス理論の結晶とともに、黒い海の藻屑と消えてしまうのであろうか!?ゴウンゴウンゴウン……モーターオムラを永遠に葬り去り、ツキジを攻撃すべく、キョウリョク・カンケイ艦隊が砲塔を旋回させ、最後の斉射準備に入った!その時!

(Wasshoi!Wasshoi!Wasshoi!……Wasshoi!)ドクロめいた月はネオサイタマの騒乱を見下ろし、「インガオホー」と呟ZGGGGGGTOOOOOOOM!KRA-TOOOOOOOM!KABOOOOOOOM!DOOOOOM!DOOOOOM!DOOOOOOOOM!

 月面で凄まじい爆発!アマクダリIRCが乱れ、砲撃プロセスが停止した!一方、モーターオムラの胸の中では、モーター回路が灼けつくような猛回転を開始!100101011∴EROS∴10001∴THANATOS∴11000101∴SUZUKI MATRIX∴00101011!再び、蘇る!

 キュイイイイイ!甲高い回転音が鳴り、ユンコの左のサイバネアイが赤く輝く!001100101111……!ユンコはコトダマ空間を飛翔し、七つのトリイゲートを抜ける!背部ユニット、開き、排熱!回転!生命の熱に満ち溢れ、叫ぶ!「ARRRRRRRRRRGH!」右目にはマイコ回路の光が灯る!

「ARRRGH!」ユンコは獣じみて咆哮し、火花散らす操縦レバーを握る!艦隊を睨む!『……オムラ製品コードを持つ選ばれし戦士よ!全てを破壊し湾岸を焦土に変えよ!破壊と殺戮のためだけに作られた真の…!』「ファック!ノー!」KRAAASH!ユンコはサブモニタの狂気的ムービーを鉄拳粉砕!

「ボディを作った奴がそんなに偉いかッ!」ユンコは滅びゆく鋼鉄雷神の制御システムと精神を危険なほど深く同調させながら、叫んだ!どんな機能をもって作られたかが問題なのではない!たとえこの体が、殺戮と破壊の寵児として作られたのだとしても!「モーターオムラ!一緒にやるぞ!まだ戦えるッ!」

 ゴウアオオオーーーーン!背部パワーユニット、再稼働!圧縮排気!ゴウランガ!半壊し、爆発寸前の機体が、再び動き出した!『オムラ!』最後の電磁バリア発動!「ARRRRRRGH!」ZZZZZZT!KBAM!KBAMKBAMKBAM!至近砲撃を行っていたオナタカミ無人艦が連鎖爆発!轟沈!

 残す敵は一隻!旗艦キョウリョク・カンケイのみ!モーターオムラは軋みながら、黒焦げの無人艦隊と爆炎を掻き分け、もうひとつのオムラの遺産へと迫る!「ARRRRRRRRRRRGH!」対するキョウリョク・カンケイ、IRCの乱れより復帰!生き残った全砲門をモーターオムラ胴体に向け……斉射!

 DOOM!DOOM!DOOOM!猛爆発の炎が、洋上をあかあかと照らす!無数の人間を殺し、街を消し炭に変えるはずだった炎が!それを押し返すように突き出される、巨大な炸薬ピストンパンチ!ZGGGGG!両者を包む凄まじい爆発!KRA-TOOOOOOM!DOOOOOM!DOOOOOOM!

「アッ」ツキジと接する湾岸労働者地区の高台。サイバー双眼鏡を覗く一人の肉体労働者が、その壮絶な光景を見て、思わず息を飲んだ。艦砲射撃に先立ち避難勧告が出され、人の数は少ない。流れ弾の一発が、あわやストリートに直撃しかけた。だがそれでもここを離れられぬ者たちがいる。彼はその一人だ。

 あれは幻影か。それとも。オムラは、オムラは死んだ。終わったはずなのに!祈るように覗く。双眼鏡の向こうで、爆炎が……晴れた。沈みゆく巨大双胴空母。力尽きたように仰け反り、後方へと倒れゆく巨大戦闘兵器。両者、相撃つ!鋼鉄の雷神が、倒れ、沈んだ!KRA-TOOOM!凄まじい爆発と水柱!

 だが、終わりではなかった。「アアアアアアアア!」ガクガクと双眼鏡を持つ手が震えた。爆炎を抜け、上空へと螺旋飛翔する影が見えた。旋回するアーマードレスの三点ブースターは、オーボンの夜の空に、ほんの一瞬、ハナビじみたオムラ紋を刻んだのだ。脱力し、両膝をつく男の頬を、一筋の涙が伝った。


◆◆◆

「イヤーッ!」「アバーッ!」アマクダリ・ニンジャのレッドスナッズは、入室エントリーと同時に手近のコードロジストを斬り殺した。「手こずらせやがって!」彼は両手甲から飛び出した小型ブレードを打ち合わせ、UNIX作戦室を睨み渡した。「アイエエエ!」崩れ立つ人員、トランス状態のハッカー!

「どうなってやがる。どうなってやがる!」レッドスナッズは狂乱的にメンポ呼吸孔から涎と泡を吐き出し、瞳孔の極度収縮した目を血走らせた。「アルゴスどうなってやがる。アマクダリどうなってやがる。人生どうなってやがる!AAAAARGH!」「イヤーッ!」その右肩に後ろから掌がめり込んだ。

「え」レッドスナッズは振り向こうとしたが、右肩から腰にかけてメキメキと破壊しながら降りる掌によって、彼はもはや肉塊めいて床に潰れた。「サヨナラ!」爆発四散したレッドスナッズの痕を蹴り散らかし、ルイナーは作戦室を見た。「こいつだけだな……グワーッ!」槍の穂先が背中から脇腹へ抜けた。

「イチノタチ!」アマクダリのヴェルヴェットスピアが槍の柄を捻り込む。「グワーッ!」「死ねーッ!」しかし彼の首に鎖が巻きつき、締め上げる!「グワーッ!」後ろからヴェルヴェットスピアを締め上げ、廊下へ引きずり出すのはスーサイド。鎖は白く光り、もがく力を奪い去る。首骨折!「サヨナラ!」

「クソが……何匹残ってやがるんだ」スーサイドは腕のスナップで鎖を再び拳に巻きつけ、飛び出した。雪崩めいて襲い来たアマクダリ・ニンジャとペイガンに、彼らは最後の死力を尽くしてあたった。ナンシーからの通信は絶えて久しい。突然のペイガンの連鎖爆発四散は、しばしの猶予をもたらしたが……。

「ザッケンナコラー市民!」「スッゾオラー市民!」ハイデッカーが後から後から入り込んでくる。縦横に走り回る鉄条網は逃げ惑う人々を檻めいて隔て、怒気溢れる金色の目が侵入者を見据える中、ジェノサイドは一方だけ残った鎖バズソーを振るい続けた。「遠さねえッつってんだろうが!」

「押し潰せ!もはや敵は手負いだ……」ダイヒョウが周囲にハイデッカーの陣を張らせた。フロア内のクローンヤクザ脳者はモラル・ジツの影響を受け、自我を持たぬ者達にあるまじき残虐性と闘争心をブーストされている。「蹂躙せよ!」「スッゾオラー市民!」「ザッケンナコラー市民!」巨大ヤジリ陣形!

 ジェノサイドの緑の目に苦悩めいた影がよぎった。バズソーを振り戻し、殺したとして、到底この巨大ヤジリ陣形のハイデッカーを皆殺しにはできまい。スーサイドらはやや遠い地点を守っている。殲滅が始まるか……!「しゃがめェ!ゾンビー野郎!」アナイアレイターが吠えた。

 ジェノサイドは振り返り、慌てて倒れ込みながら呟いた。「何だ……そりゃあ」市民を隔てていた鉄条網がゾゾゾと音を立ててアナイアレイターのもとへ帰っていく。アナイアレイターの片腕の先へ。彼の手のひらの上には……ゴウランガ……あまりにも巨大な、一枚のスリケンがあった。「スリケン・ジツだ」

「な……」ダイヒョウは言葉を失った。「イイイイイイヤアアアーッ!」アナイアレイターは鉄条網を還元して生成した異常巨大鏖殺フマー・スリケンを……投げた!「「「「「アバーッ!」」」」」ストライク!ハイデッカーが一人残らず首を刎ねられ死亡!一人残らずだ!なんたるストライクか!

「ああ畜生」ジェノサイドは己の帽子を惜しんだ。ダイヒョウは床に伏せようとした。巨大鏖殺スリケンはダイヒョウの頭上を虚しく通過する寸前に爆発し、四方八方へ鉄条網を再び撒き散らした。「アバーッ!?」ダイヒョウは為す術もなく縛られる!その首をジェノサイドのバズソーが切断!「サヨナラ!」

「ハーッ……!」ジェノサイドは呻き声をあげ、床に手をついた。アナイアレイターを振り返った。金色の瞳を明滅させ、毒づく力ももはや無し。ジェノサイドはバズソーを引き寄せる。あとどれほど敵が残っている。「「「イヤーッ!」」」アマクダリ・ニンジャが3人、回転ジャンプでエントリーする。

「ドーモ。ハリカルナッソスです」「アローレインです」「クラリオンです」勝ち誇ったアイサツののち、ハリカルナッソスは残忍に目を細めた。「手負いのゾンビーに、ンン……あれが例のアナイアレイター……健気よの」アローレインは両腕のマルチプル・ボウガンを構え、クラリオンはジツを漲らせた。

「終わりだ」「もう一発いけるか」ジェノサイドがアナイアレイターに言った。「悪いが弾切れだ」アナイアレイターが答えた。「仕方ねえ。ハイクでも考えとけ」ジェノサイドがよろめき立った。ハリカルナッソスは絶望を上塗りすべく、言い放つ。「我々の後ろにもセクトの軍勢が続いておる」

「そうだァー……セクトのよォー……」気だるげな声が後ろから答えた。「だいぶ数があったよなァー……」ハリカルナッソスは振り返った。目を見開く。「なんだと?」「どいつもこいつも……歯ごたえのねえクローンに雑魚ニンジャ……お前らはどうなんだァー……」闇の奥から長髪のゾンビーが進み出た。

「ジェーノサイィード……エルドリッチだぜェー……なげェなげェ道のりをよォー……降りてきてやったぜェー……会いたかっただろォー……」「ちっとも嬉しくねえな」ジェノサイドは唸った。「またにしてくれ」「ダメだ」BANG!両手ショットガンが火を吹いた。「グワーッ!」

 クラリオンの胸が爆ぜた。ジェノサイドは瞬間的に彼の陰に跳んだのだ!「イヤーッ!」お返しにバズソーを繰り出す!「グワーッ!」アローレインの右腕が刎ね飛ぶ!「ハァー!」エルドリッチは舌を垂らして笑い、銃を捨てて鎖鎌を構えた。「イヤーッ!」「グワーッ!」アローレインの左腕が吹き飛んだ!

「クソバカが」アナイアレイターは鉄条網を幾重にも張り巡らせた。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」二人のゾンビーはチェイン・ウェポンを猛烈な勢いでぶつけ合った。火花が散り、挟まれたアマクダリ・ニンジャ達はズタズタに切り裂かれてゆく!「「「アバババーッ!」」」

「ハァーハァーハァーヒヒィーヒィー!」エルドリッチは狂笑し、「邪魔だ!邪魔だ!クソ邪魔だ!クソ!邪魔だ!」ジェノサイドは打ちあうほどに怒りを燃え上がらせて、バズソーを繰り出す勢いを強めた。ズタズタの肉塊と化した3人のニンジャが次々に爆発四散したが、二者にはもはや見えていなかった。

「これは」新たに奥の闇からエントリーしかかったニンジャが、物陰に再び隠れた。「いけません、リー先生」ラヴェジャーは主人を振り返り、制止した。「やはりエルドリッチです。我らの戦闘に乗じ、こんな深部にまで」小脇に抱えるのは、仮死状態となって白目を剥いたブルーブラッドだ。

「嗚呼、嗚呼!」リー先生は頭を抱えた。「何故!ジェノサイド……ジェノサイド=サンとエルドリッチは極力鉢合わせてはならないのだ!特にこのような極度状況下では!」彼はラヴェジャーにぶつかるほどに顔を近づけた。「わかっているのかね!再定義プロセスが失敗し逆流現象が起こっているのだぞ!」

「承知しております!」ラヴェジャーは脂汗を垂らした。「しかし、もはや我々に余剰戦力は無く」然り……破壊され尽くしたラボを放棄した彼らは深層のナンシー・リーらと合流すべく避難する過程でアマクダリ戦力と死闘を繰り広げ、もはや手勢のゾンビー全てを失っていた。「だが、ンンーッいかんぞ!」

「どのような事象が?」「仮定の話であるが、ジェノサイド=サンのゼツメツ・ソウルがエルドリッチの肉体と再融合する可能性すらある!そうなれば彼はゾンビーではなくなってしまう!単なるニンジャだ。そのような結果は許容できん!嗚呼!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

「いや、しかし……あれは止められませぬ……」ラヴェジャーは悔し涙を流した。「ンンッ!?」リー先生はびくりと体を震わせた。「これは?」彼の白衣の中から脈打つ光が放たれている!彼は懐から素早く光の源、すなわちニンジャ・クリスタルを取り出した。「フ、フブキ君?」「石です、旦那様!」

「しかし見よ!再定義失敗によるフィードバック現象が……フブキ君?肉体を失ってなお……まさか……」「おかわいそうに」ラヴェジャーは涙をぬぐった。「石でございます、旦那様。石なのです」「見よ!ラヴェジャー!而して、嗚呼!」「石……アイエエエ!」クリスタルから投射される光の先に、姿!

「フブキ君!」「ドーモ」はにかみながらアイサツしたホロ映像は、確かにフォーティーナインであった。「この状態は、しかし!無事なのかね」「無事ではありませんわ」フブキは霊的な目を伏せた。「先生を抱きしめる事が二度と……」「ジェノサイド=サン!」リー先生はクリスタルと共に走り出た。

「ジェノサイド=サン!よすのだ!この状況下でやりあってはならん!場合によってはお前という存在が失われ、単なるつまらないニンジャとなってしまう!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「あれほど希求していた生前の状態に永久に戻れなくなるのだぞ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「耳を貸すのだ!」

「イヤーッ!」「イヤーッ!」チュン!鎖がかすめ、リー先生の眼鏡が砕けて落ちた。「前が!」よろめいたリー先生の手からニンジャ・クリスタルが転がり落ち、荒ぶる二人のゾンビーの間に映像が投射された。「喧嘩を!おやめなさ……」バチュン!決然と手を差し伸べたフブキを二人の攻撃が搔き消した。

 二者は訝しみ、手を止めた。クリスタルから再び映像が投射された。「喧嘩を!おやめなさい!」フブキが決然と言った。「……」「……」エルドリッチとジェノサイドは行動を決めかね、互いに一歩下がった。「そうだ。やめるのだ。やめるのだ……やめるのだ」リー先生が両手を掲げた。「やめなさい」


◆◆◆

「スッゾスッゾスッゾオラー市民!」UNIX戦略室に、血まみれのハイデッカーが飛び込む。「スッゾスッゾスッゾ……」「アイエエエ!」BLAM!BLAM!UNIXデッキが被弾して火花を散らした。今この場に戦闘員無し!「スッゾスッゾ……ムン」ハイデッカーの後頭部にバールが振り下ろされた。

 ハイデッカーは気絶して倒れた。すでに満身創痍の個体であった。サヌマがバールを下ろし、座り込んだ。「フーッ……よしてくれ本当に。こういう役目じゃないんだから」「ヤッタ!」元オムラ整備班が喝采し、ホリイがサムアップした。戦略室を緊迫感ある沈黙が押し包んだ。「……終わりか?やったか?」

 ハッカーは没入を続け、意識ある者達は汗を浮かべながら視線をかわした。「……」「……」「オイ!」スーサイドが飛び込んできた。「そっちに一人行っ……ああ」足元に気絶ハイデッカー。「状況はどうだ!」サヌマが見た。「そいつで最後だ」スーサイドが言った。「さしあたってはな」安堵の歓声!

 ナンシーの指先がぴくりと動いた。LAN直結した彼女はシバカリとデッキを向かいあわせ、論理ハッキングをなおも続けている。アマクダリ・セクトを止めぬ限り、彼らに真の安全が訪れることはない。そしてさらなる憂慮への対処……。

 0101001010ナンシーの目の前には紫と青、二色のツタ植物絡まる巨木イメージがそびえ立っていた。遥か天井から世界を睥睨していた月世界UNIXは粉々の電子デブリと化して漂い、空には彼女がよく知るあの黄金の立方体があった。ゆっくりとそれが降りてきていた。

「ちょっとまて」ナンシーの足元から燃える姿がせり上がった。「ツキジ方面のパーティーはハケたって伝えに来たんだが。あの賑やかしは何だね」ナンシーはシバカリのアカウントを振り返った。「キンカク・テンプルが接近している」ナンシーの身体に走った電子亀裂は修復しつつあった。「このままでは」

「このままでは?」「再定義前のオヒガンと物理世界の距離は釣り合いが取れて安定していた。でも、これでは……あまり望ましい状態にはならないでしょうね」「たとえば?UNIXがまとめて爆発?」「当然それはある」ナンシーは真顔で頷き、シバカリを鼻白ませた。「それだけではすまないでしょうね」

 こうしている間も黄金の立方体は徐々に大きくなり始めていた。「全宇宙のUNIXが連鎖爆発を起こせば、それだけで何百万もの人間が死ぬ。文明も蒸気機関の時代に戻る。そしてキンカクの中の超自然存在が物理世界に干渉を始める」「ロマンチックだ。どう止める?」ナンシーは青い蔦に絡まる紫を見た。

 紫の蔦は地下深くから伸びている。カスミガセキ・ジグラットの中心部。紐付いているアカウントはラオモト・チバだ。「アルゴスは死んだ。月基地メインフレームの破壊が直接の死因ね。チバはアルゴスを根こそぎ略取しようとしていた。私が阻止している間に、ニンジャスレイヤー=サンが本体をやった」

 巨大隕石めいて降下してくる黄金立方体のパルスを浴びながら、正体不明の虚ろな姿が飛翔している。不吉だった。「チバはシステム・アルゴスへのアクセス権を持つ。そうね……死体とはいえ、まだ死にたて。賭けるしかない」「なら決まりだ。行け」シバカリは言った。虚ろな姿を見上げ、「時間を稼ぐ」

 虚ろな影は飛びながら数百、数千に増え、また単一に戻り、また増え、を繰り返していた。尋常の存在ではない。電子自然でもない。何らかの意思を持っている。「あれが物理世界に触れた時に起こる事象を想像したくないんで、さっさと行くさ」「わかった。幸運を」ナンシーは訊き返さない。二人は別れた。

 シバカリは大樹の周囲を高速旋回し、電子デコイをばらまいていく。一つ一つがシバカリと同一の姿をもち、幾つかのジェスチャーをランダムで繰り返している。ナンシーは紫の蔦の根元に向かって飛翔する。「ーモ……インクィジター……ター……ター……」かすかな声を上に聞きながら。

「ドーモ」「ドーモ」「ドーモ」「ドーモ」オジギするデコイをばら撒きながら、シバカリはさらに速度を増した。高揚感が彼のニューロンを満たした。テンサイの壁を突き抜け、ヤバイの領域へ。「ドーモ」その者はシバカリの存在を感知し、アイサツした。「インクィジーターですですでターですィジター」

 シバカリは螺旋を描いて飛んだ。虚ろな姿が追跡を開始した。正体不明の輪郭にノイズが走り、草色のニンジャ装束が垣間見える。「傲慢なハッカーを戒める子守唄」シバカリは呟いた。「お目にかかれて光栄だが、ニンジャなのかい、あんた」「インクィジターターターターターターターターターター」

 ……「どうした!再定義プロセスが!」チバはデッキに右腕を差し込んだまま狼狽する。「ブラックヘイズ!これはどういうことだ」「あいにく専門ではないが……」ブラックヘイズは目を細めた。「プロセスがふいになったものと」モニタには「中断しました。再開する場合はシステム再起動」とある。

 表示されている選択肢はYESしかない。押さざるを得ない。するとモニタが真っ黒になり、一切のコマンドを受け付けなくなった。フウウウン。停止音がむなしく響き渡った。「ナメるな!」左拳でデッキを殴りつけた。「アガメムノンもニンジャスレイヤーも死んだ筈!」「エビデンスが欲しいところです」

「イヤーッ!」「ンアーッ!」そのとき、レリックUNIXホールにエントリーしてきたのはサイサムライとヘンチマンであった。彼らが引っ張ってくるのは、両手を後ろでサイ手錠拘束されたヴァニティだ。他のアクシスを片付けたオメガ達がネヴァーモアに手こずるヴァニティを包囲。彼女は降参した。

 ニンジャスレイヤーやザイバツの者であれば容赦なくカイシャクしたであろうが、ソウカイヤもヴァニティも引き際は心得ていた。ヘンチマンはその場に崩れ落ちた。動く気力も失せ果てたのだ。「オメガ=サンは?」ブラックヘイズが振り返った。「引き続き増援を警戒している」サイサムライが答えた。

「ネヴァーモア=サンは?」「人事不省だ。オメガ=サンが処置している。それよりも」サイサムライが言った。「ドーシンからの緊急情報だ。一部施設でUNIXが連鎖爆発を開始している。まずいぞ。……これは?」「UNIXが機能停止した」「成る程」サイサムライはUNIX接続デバイスを展開した。

「サイケーブル」彼はデッキに発光するケーブルを接続し、腕部デバイスを操作した。モニタが再点灯し、なんらかのリカバリが始まった。「その右腕は外さないように願います」「ヌウーッ、でかしたぞ」チバは額の汗を拭い、ヴァニティを見た。「フン。負け犬め。アマクダリは終わりだ。命拾いしたな」

 手錠がミシミシと音を立てた。「こんな玩具で私を縛れはしないが、いわば礼儀」ヴァニティは呟き、肩をすくめた。「私に抵抗の意志はない。我々はアルゴスにデータリンクしていた。その同期が断たれた……即ち再定義プロセス失敗を意味する。何が起きているか、火を見るより明らかだから」

 傭兵達は目を見かわした。「ハーヴェスターの状況はどうだ。あの老ぼれ犬は」「ザイバツ・シャドーギルドと戦闘を継続中」「フジオめ。奴も命拾いしたか」彼は呟き、素早く思考した。アマクダリは早晩瓦解しよう。「戦闘停止の号令を出せ。ヴァニティ=サン」チバは言い、すぐに撤回した。「いや待て」

「……」「ここの安全は確保できた。ハーヴェスターの残存戦力は?」「ニンジャが数十名。ただしペイガン達は爆発四散したわ。一方ザイバツ側は数で劣るものの、士気が高い」「よかろう」チバは頷き、せせら笑う。「戦闘停止命令は、老ぼれが死ぬに任せた後だ。存分に戦わせてやれ。くたばるまでな!」

 ヴァニティは一呼吸置いたのち頷いた。ナムサン!ハーヴェスターへの増援を許さず見殺しにするつもりだ。チバは己が受けた屈辱を許さぬ。ダークニンジャが倒された場合も、それはそれで仇敵の一人を葬り去る事には変わりがない。なんたるWINWIN計画か!そして、「UNIXコントロール復帰!」

 画面に映し出されたのは、ナンシー・リーであった!「貴様ッ!」チバは怒りに目を血走らせた。彼女が大人しくハッッキングの相乗りをそのまま許せば、アルゴスを生きたまま手中に収められたであろうに!『ドーモ。ご機嫌麗しゅう』ナンシーは言った。『嫌味の応酬もしたいけど、あいにく緊急事態なの」

「交渉余地は無い」『UNIXの連鎖爆発が始まっている。再定義の余波ね。そこも危ないわよ』チバはサイサムライを見た。追認の頷き。「撤回する。話を聞こう」『さすがね。支配しようにも、人類が絶えてしまったら虚しいものでしょう。貴方の鷲の遺伝子を使って、システム・アルゴスを動かしたい』

 0100111ナンシーは右手を見た。チバの手、鷲の一族の手だ。彼女は大樹の根に触れた。絡まる紫の蔓草がナンシーを受け入れ、青の蔓草と同化した。コンフリクトが解消し、大樹はナンシーをすんなり受け入れた。ネットワークの無限の地下茎が蠢き、ネオサイタマ全域にその力が拡がってゆく。

 異常加熱し、爆発四散の運命を免れぬかと思われた各地のUNIXは、上空のキンカクの影響からしばし解き放たれ、冷却を開始。「ンンンン……!」システム・アルゴスの危険なアーキテクチャに蝕まれながら、ナンシーは己の意識を保とうと努めた。全ネットワークが光を放ち……キンカクが……止まった。

「ンンンン……!」ナンシーは自己崩壊の危機を予期しながら、タイピング速度をなお速めた。これで拮抗状態。しかし少しでもタイピングが緩めば、すぐさまキンカクは地上へ墜ちてくる。ベクトルをゼロにし、座標を安定させねばならない。だがその為にどれほどの力が必要となるのだろう?

 インクィジターは襲ってこない。シバカリを追っているからだ。「ンンンンンン……!」ZZZZOOOM……巨大なキンカクが震えた。全世界が鳴動した。ナンシーの右には黒髪の女が、左には巨大な老婆が姿を現し、彼女の手を支えた。キンカクの中の何かが超自然的周波数の咆哮を放った。

 DOOOOM……物理世界において天地が鳴動し、ネオサイタマが裂けた。咆吼に応え、オキナワで、オーストラリアで、ドサンコで、アルメニアで、大英博物館で、地球のへそで、ネオサイタマ某所地下数千メートル地点で、アラスカで、様々な場所で、無期限の眠りにまどろむニンジャ達が薄く目を開けた。

「インクィジターターターターターター」何千、何万にも増え、再び単一に戻りながら、虚ろな狂神はシバカリのデコイを呑み込んでゆく。シバカリは電子肉体の右足部の消失を感じた。「やれやれ。柄にも無い事はするもんじゃない」彼は振り返り、遥か遠い地平を見た。「いや……アッパレか。俺ごときが」

「インクィジターターターィジタージターターター」「ドーモ、ドーモ、ドーモ」シバカリは笑い、両手を広げた。単一に集束したインクィジターの輪郭を透かし、彼は遠い地平で留まる巨大なキンカクと、女神に挟まれたナンシーと、裂けゆくネオサイタマと、蠢くニンジャ達を見た。「遠いぞ、ここは」

「イヤーッ!」インクィジターはシバカリを貫き、消滅せしめた。邪悪なニンジャは狂笑とともに身を翻し、遠く離れたキンカク干渉者ナンシー・リーをあらためて焦点に収め、飛んだ。葬り去る為に。

 キンカクの墜落に抗うナンシーはかの者の接近を感じる。シバカリはもたなかった。「コトダマに包まれてあれ」彼女は呟いた。ZGGG……キンカクが鳴動する。インクィジターが近づいてくる。ナンシーは戦慄する。「思えば遠くまで来たね、ジャーナリストのナンシー=サン」黒髪のバーバヤガが囁いた。

「ファー、ファー、ファー……」老婆のバーバヤガが愛おしそうに笑った。「アンタはよくやったよ。本当にね」ナンシーの額を電子汗が流れ落ちた。「長い旅も、お終いのようだわ」「おやおや。諦めの早いこと」老婆が目を丸くした。「どうしてだい?」ナンシーはインクィジターの影を遠い空に目視する。

「あれをご覧」黒髪のバーバヤガが指差した。電子格子の海を漕ぐ小さな舟を。「そこに在るものを力で押し退けようとすれば、あらゆる力が反撥する。当たり前の事さね」老婆が喉を鳴らした。「よく学んだだろ」ナンシーは舟を漕ぐ海賊帽のニンジャと、舟べりにしがみつく銀のニンジャに焦点を合わせた。

「来るぞ!来るぞ!来るぞ!」コルセアは櫂を漕ぐ力を強めた。「こんな事ァ言いたくねえが」シルバーキーは遠い空から飛んでくる邪悪存在を見た。「俺はアイツと何度か追いかけっこをやってるが、パンチの一発も当てた事はねえぞ。役に立てるか……」「バカ!世界存亡の危機だ。胸踊らせろ!」

 コルセアはシルバーキーを叱責した。「地上の状況がわかっておるだろう!このうえでキンカクが落ち、或いはインクィジターが顕現すれば最後」「ああ。ああ」シルバーキーは頬を張り、上を向いた。「そりゃやるさ。やるんだけどよ。手段の検討…何だ?」舟の行く手にトライアングル・トリイが浮上した。

「あれは」コルセアは驚くべき速度で舟を漕ぎ、トライアングル・トリイに接舷した。電子格子の海に浮かぶそれは、カスミガセキ・ジグラット頂点部そのものだ。トリイで囲われた空間がバチバチと音たてて輝き、01011……赤い装束のニンジャが現れた。そのバストは豊満である。「ユカノ=サン!?」

「おやこれは!ドーモ、ドラゴン・ニンジャ=サン。カ……」「ドーモ。ドラゴン・ニンジャです。時間がありません」「……コルセアです」海賊帽を正した。ユカノはシルバーキーを見た。「ジグラット頂上のシステムからネットワークにアクセスしています」それからキンカクを。「何ということ……」

「俺は、その……オヒガンの異常な流れだ」シルバーキーは手振りを交えて説明した。「キンカクが異常になって、近づいたり遠ざかったり、実際俺は死にかけたが、このオッサンに助けられて、今こうして……ヤバイんだ」「再定義は阻まれました」ユカノは頷いた。「ですが、その揺り戻しで、キンカクが」

「そしてインクィジターだ」シルバーキーは遠い影を示した。「まずあいつをどうにかしねえと、キンカクを止めるにしたって……」「あれは」ユカノは眉根を寄せた。「"インクィジター"というの?」ユカノは訝しんだ。そして言った。「あの者は私が止めます」「何だと?」「キンカクを頼みます!」

 電子波が小舟を揺らした。コルセアが転覆せぬよう格闘するなか、シルバーキーとユカノは同時に飛んだ。シルバーキーはナンシー・リーの方角へ。ユカノは真上へ……インクィジターを遮るように。2電子秒後、狂った影はユカノの眼前で停止した。「ドーモ。インクィジタータータータージターター」

 ユカノは手を合わせ、厳かにオジギした。彼女はその者の名を口にした……。「ドーモ。ヤマト・ニンジャ=サン。ドラゴン・ニンジャです」その名を聞いたインクィジターの身体が沸騰めいて乱れ、草色の装束に身を包んだニンジャの姿をつかのま取り戻した。「久しいですね」ドラゴン・ニンジャは言った。

「ド……ラ……ゴ……ン」六騎士の一人にして悲劇の勇者の目に哀切が溢れた。ユカノは言葉につまり、涙を流した。二者を包む空気が水飴めいて凝り、歪んだ。遠い地平ではナンシー・リーを守るように、銀色のニンジャが宙にとどまり、キンカク・テンプルを見上げていた。

「俺だ。なんだか随分久しぶりに思えちまうな」シルバーキーは背後のナンシーを振り返った。「それに、おっかねえ姉さんがた!ナンシー=サン、俺のこと、わかるか?」「当たり前じゃない」ナンシーは笑い、目をぬぐった。「どうも涙もろいわ。異変のせいで」「ああ、異変のせいだな。ケリをつけよう」

 シルバーキーはキンカクに向かって両手をひろげた。「ナンシー=サン、バーバヤガ=サン。俺にタイピングを送り込んでくれ。そうすりゃ……来たッ!」三者が流し込む情報を背中に受け、シルバーキーは強烈な輝きを放った。「アアアアア!」その輝きがキンカクを覆うほどに拡大し、拮抗する!

 ZZOOOOM……キンカクが震え、電子格子の海には巨大な波が走って、コルセアは舟の転覆を必死でこらえた。(イヤーッ!)シルバーキーが激しい光を放った。ZZZZOOOOOOOM……キンカクがかすかに押し戻され……激しい輝きを返す!(グワーッ!)シルバーキーの光がかき消される!

 ヤバいじゃねえか!アイツ、大丈夫なのか?クソッ……ボンド&モーゼズにパイを差し入れるフリをして殴りつけ……いや、それはダメだ。

 俺のニューロンは異常加速した。アイツを助ける為に、俺は……。【投票】【30分】

 俺の中に、自己犠牲的選択、あるいは何らかの策、あるいは介入が行えない無力感、そしてその他の様々な行動……様々なニューロン閃光が走った。

 俺は飛んだ。

 シルバーキーは力を失い、電子の海に落下した。キンカクの表面が波打った。ナンシーのタイプ速度はあまりに速まり、その思考は白く吹き飛んだ。電子の水平線に鋭い光が走った。それは螺旋を描いてあっという間に彼らの元へ至る。サーフボード上でバランスを取る謎めいたニンジャと、更に一人。

「イヤーッ!」彼らは電子波の飛沫を散らし、高く跳ねた。サーフボードめいたそれは、その実、黒く薄い長方形のモノリスであり、その上でフードつき黒装束を着たニンジャは、巨大なキンカクに挑むようにカラテを構えた。「イヤーッ!」その背からピンク色の影が跳躍した。モノリスが再び着水した。

 ドウ!巨大な飛沫を立てながら旋回した黒フードのニンジャは、二人の女神に挟まれて立つナンシー・リーを一瞥し、それから、落下するシルバーキーのもとへピンク色の影がまっすぐ向かうさまを見届けた。ナンシーは彼の頭上に「ヴォイドサーファー」というアカウント名を見た。

「イヤーッ!」ジェット電子飛沫を噴き上げ、ヴォイドサーファーは再び加速した。その上の空では人影が金属質の細い繊維のかたちをとり、シルバーキーを押し包んで、時折ピンク色に脈打つ銀の装束を生成した。シルバーキーは不可視のトランポリンめいた何かに跳ね返されたかのように、上へ飛んだ。

 ナンシーと二人のバーバヤガは、ネオサイタマ全ネットワークを流れる電子情報をタイピングによってオヒガンのエネルギーと化し、シルバーキーに送り込む。シルバーキーは銀色の翼めいた超自然のアンテナを展開し、その全てを受け止めた。グレーター・ネンリキに装束が脈打った。「「イイイイイ……」」

 シルバーキーは両手を前に突き出し、「「イイイイイヤアアアーッ!」」銀の奔流を叩きつけた!流れはキンカク・テンプルの周囲数インチの高度に張り巡らされた不可視の障壁に接触し、ひとときその表面を覆いすらした。キンカクが……流される!「「イイイイイイイイヤアアアアアアアアアーッ!」」

 ゴゴウン……墜落と逆方向のベクトルが付与されたキンカクは押し戻され、空へ浮き上がり、何らかの巨大な邪悪の咆哮の気配を残して、再び高い空の上で静止した。ドラゴン・ニンジャの眼前で、ヤマト・ニンジャは束の間取り戻したアイデンティティーを再び薄れさせ、おぼろな影へ姿を変えた。

 インクィジターは大量の0と1のノイズを散らせて上空を旋回し、遠いどこかへ飛び去った。ユカノはゆっくりと降下した。舟の上のコルセアが彼女を受け止めた。「アッパレ。さすがはドラゴン・ニンジャといったところ」「私は……」ユカノは言いかけて、首を振った。「トリイへお願いします」「勿論」

 010101ユカノはトリイ内に設置されたUNIXから手を離し、振り返ってヴェニヴィディヴィシの爆発四散痕が風に流されるさまを見た。物理時間は数分も経過していない。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」襲いかかってきたクレイモアにチョップ突きのカウンターを食らわせる。喉を貫通!

「アバーッ!」斜面を転がり落ち、爆発四散すると、その地点にもアマクダリ・ニンジャとザイバツ・ニンジャが走り込み、ぶつかり合った。乱戦である。ユカノは息を整えた。巨大なクレバスや断崖が生じたネオサイタマの上空を、稲妻発する流星が落ちる。ユカノはダークニンジャを見る。正念場は先の先。

「グワーッ!サ……ヨ…ナラ!」空中へと高く打ち上げられるようにカラテミサイル連打を浴びたサイレントキルが爆発四散!だがパーガトリーもがくりと膝をつく。恐るべき古代ローマカラテの一撃を凌いだ直後、キルスウィッチと共に後方から現れたサイレントキルが、彼の背にカタナ斬撃を浴びせたのだ。

「スパルトイ!何をしておるか!スパルトイ!」パーガトリーが血眼で叫ぶ。「イヤーッ!」蛇矛を振るって介入し、アルデバランの攻撃を押し返すスパルトイ!「ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!」ザンシンし、息を荒げる。ナムサン!再定義巻き戻しでザイバツが得た有利は、ほんの一瞬!

 短期決戦を挑んだザイバツだが、いまや血でぬめったカタナめいてその切れ味を落としている。加えて再定義からの復帰がカラテ・ボディブローの如く体力を奪っているのだ。対して、斜面上のアクシスは未だ戦意を維持。タガを外され、ニンジャ本来の闘争本能をむき出しにしザイバツを押しつぶしにかかる!

「イヤーッ!」BLAMBLAMBLAM!その中心で血飛沫と銃弾の竜巻の如く戦い、戦太鼓の音の如くアクシスの戦意を高揚させ続けるのは、無論ハーヴェスター!「撤退無し!降伏も無し!最後の一兵まで戦うべし!」アマクダリ・セクト滅ぼうとも、アマクダリ・アクシスこそが彼のドージョーなのだ!

 ハーヴェスターは死刑台の端から世界を俯瞰するように、痛快そうな笑みを浮かべる。彼は大局的な敗北を悟っていた。月は爆発し、殺戮のワールドツアーを開始するはずだった艦隊は、満載にしていた良心の呵責など欠片も持たぬ殺戮の軍勢、即ち大量のクローン海兵や自律兵器群とともに海の藻屑と消えた。

 だが停戦など以ての外である。ハーヴェスターは血煙と硝煙を胸いっぱいに吸い込み、二丁拳銃を構え直した。この片眼を奪った電子戦争の苦々しき記憶。抗戦に十分量の弾薬と兵士がまだ残っていた中、下された停戦命令。彼一人、隊長を残し壊滅。若気の至り。その火種が眼帯の奥には燻り続けているのだ!

 ニンジャになったとて何を為すべきか思いつくことすらできぬ者らを、片端からアクシスとして鍛え、目的を与えた。己がその軍旗である。故に、斃れるわけにはゆかぬのだ。未だ数の上では圧倒的優位。だが己が倒れれば総崩れを起こすであろう。敵が取りうる戦術は、ハーヴェスターにとって明白であった。

「後退無し!」それを戦争狂と呼ぶべきか、あるいはニンジャソウルの憑依によって歪められ生み出された異質の狂気か。いずれにせよ、ハーヴェスターの頭にあるのは、アクシスの名の下に行われるイクサの継続のみである!「「「イヤーッ!」」」大将格の首狙い、ザイバツニンジャが波状攻撃を繰り出す!

 ハーヴェスターは四方から迫る敵を睨んだ。側近は居ない。ピストルカラテの邪魔だ。彼の足元には大量の湾岸警備隊制式拳銃が無造作に撒き散らされている。黒く無機質で、刻印も装飾もなく、徹底的に無慈悲なまでに均質かつ機能的に作られた、拳銃と銃弾。だがその全てが装填状態でミリグラム誤差範囲。

 銃弾を吐き出すためだけに作られた、一分の無駄もない整然たる兵器!法の名の下に執行される暴力こそが秩序!規律だって振り下ろされる数千数万の鉄槌と撃鉄!寸分の狂いも無く整然と構築されたる防御陣地!(この美しきよ!)血みどろの濁流が押し寄せてくる。イクサの熱狂に酔う西のニンジャたちが!

 ハーヴェスターは暗黒武道ピストルカラテを構え、四方を睨み一回転。その爪先は最低限の動き、かつ殺戮のマシナリーじみた正確性で、拳銃を激しくスピンさせながら上空へ蹴り上げる!ギュルルルルル!二挺!四挺!六挺!計十二挺。ワザマエ。ミズゲイあるいは衛星じみて計算され尽くした別々の高さに!

 撃鉄!「イヤーッ!」BBBBBBLAMN!左右オートファニング12発撃ち尽くし反動カラテ!「グワーッ!」ボイリングメタルを蹴り飛ばし、逆のギガントに銃弾命中!「グワーッ!」「「イヤーッ!」」敵の二波!「イヤーッ!」ハーヴェスターは拳銃を捨て、空中で回転する二挺に即座に持ち替える!

 BBBBBBLAMN!再度、左右12発撃ち尽くし!「イヤーッ!」全方位に銃弾とカラテをバラ撒き敵の攻勢を弾き返す!反動カラテで回転しながら地を這うように低姿勢で動き、「イヤーッ!」迫るヘビ・ケン・ムチの薙ぎ払いを回避!ギュルルルルル!踵でさらに二挺の新たな装填済拳銃を蹴り上げる!

「イヤーッ!」BBBBBBLAMN!捨て、交換!「イヤーッ!」BBBBBBLAMN!捨て、交換!ハーヴェスター!歩く要塞の如し!血飛沫!銃弾の雨!ミリタリーコートニンジャ装束の長い裾を硝煙に浸しながら、反動回転カラテ蹴りでディミヌエンドの胸骨を砕く!「イヤーッ!」「ゴボーッ!?」

「東の!」ニーズヘグが叫び狂気じみて笑う!「イヤーッ!」多節鞭が飛ぶ!頬を掠め、鮮血!その狙いは空中でスピンする拳銃!一挺、二挺、叩き落される!「イヤーッ!」BBBBBBLAMN!ギュガガガ!銃弾で多節鞭をそらし、反動蹴りで増援を薙ぎ払い、新たな銃を蹴り上げる!軌跡と軌跡の衝突!

 そこへ背後から迫る影!『UNSEEN ASSASIN INC 1』乱戦の中、血みどろのイスパイアルは、狭域無線LANでハーヴェスターへと叫んだ!彼は狙撃ポイントからここまで、姿見えぬ敵を追い続けていたのだ!「イヤーッ!」ハーヴェスターは背後から繰り出されたダガーの一撃を、かわす!

「シマッタ……!」ステルス状態から攻撃を繰り出したのは、ミラーシェード。全方位弾幕を抜け一瞬の隙をつくべく、彼はタックル気味の刺突攻撃を繰り出していた。それが、仇となった。ハーヴェスターは反動カラテで回転しながら背を地に預け、屈伸した。両踵の上、アサシンの朧げな輪郭を、捉えた。

「部下の仇、討たせてもらおう!イヤーッ!」ハーヴェスターは哄笑しながら、両脚で勢いよくミラーシェードを斜め上方に打ち上げた!「グワーッ!?」反動カラテのスピンを受けながら飛ぶミラーシェード。BBBBBBLAMN!斜め下から追い撃ちされる銃弾の雨が突き刺さり、その速度をなお、増す!

 ダークニンジャ、アクシスを斬り払いながら進むも、至らず!ハーヴェスターは隙を作らず、即座に反動スピンでブレイクダンスめいた動きを繰り出し、ロングコートの裾を翻して立ち上がりザンシン!「グワーッ!」ミラーシェードは全身に銃弾を撃ち込まれ落下激突!「サヨ……ナラ!」壮絶なる爆発四散!

 ニーズヘグ、得物を剣状に変え、斬りかかる!至近距離のイクサである!「「イヤーッ!」」BLAM!BLAM!「「イヤーッ!」」BLAM!BLAM!BLAM!銃弾と剣撃!高速の反動カラテが激突!クィリンの置き土産、ガンマ・バースト・ジツにより、ニーズヘグは既に全身から夥しい遅効性出血!

 火花!凄まじき剣戟と弾幕!空中の拳銃ストックが徐々に減る!仕掛ける!「イヤーッ!」BBLAMN!「グワーッ!」ニーズヘグの脇腹に浅く被弾!追撃の反動カラテ!「イヤーッ!」なお弾き、剣を振るう!その一撃がハーヴェスターの腹を掻っさばく!「グワーッ!」BBLAMN!最後の一射で反撃!

 ニーズヘグ、血飛沫を振り絞りながら銃弾を回避するも、反動カラテで高く蹴り上げられる!「グワーッ!」無防備!ハーヴェスターは即座に空中に残った最後の二挺へと持ち替え、追撃を行おうとした。その左腕が、根本から、ゆっくりと滑り落ちていった。

 上下に蛇行しながらニーズヘグの元に引き戻されるヘビ・ケン・ムチが、空中でギャリギャリと鳴っていた。「グワーッ……!」片腕だけ給弾を行うハーヴェスター。彼は最早、ニーズヘグのカイシャクを行えぬばかりか、アルデバランの首を刎ねながら死のダートめいて迫る斬撃に対抗する事もできなかった。

 ヘビ・ケンに腕を奪われたハーヴェスターは、均整を失ったブザマなピストルカラテを繰り出した。ダークニンジャは薄い弾幕を掻い潜り、心臓にベッピンを突き立て深々と押しこんだ。「グワッ」動きが止まる。ドクン!ドクン!刃を滑る血。ヤミ・ウチ。血とニンジャソウルを啜り上げる、恐るべき技!

「呪われろ…!」ダークニンジャはなお、ベッピンを捩じり上げた。「グ……ワーーッ!」ハーヴェスターは恐怖の叫びをあげた。彼に憑依したソウル自身が、カツ・ワンソーの気配を感じ、泣き叫んでいるかのようであった。その叫びこそが、アクシスを砕くためにダークニンジャの求めていたものであった。

「サ……ヨ……ナラ!」ハーヴェスター、爆発四散!「キリステ、ゴーメン……!」ダークニンジャが血振りし、禍々しいザンシンを決めると、アクシスの指揮は崩壊した。衝撃のあまり、その場に膝をつき降参する者もいた。血にまみれたザイバツは、嬉々としてそれら惰弱者の首を刎ねた。殺戮が始まった。

 クモの子を散らす総崩れであった。未だ数の上での圧倒的優位であるが、潰走が始まれば数は問題ではない!ある者はブザマに逃げ回り「イヤーッ!」「グワーッ!」ある者はなお抗戦し「イヤーッ!」「グワーッ!」爆発四散してゆく!斜面上の生き残りを皆殺すよう、ダークニンジャは容赦なく命じた!

「ハァーッハァーッ!」BLAMBLAM!ヘヴィレインは銃弾を後方にばら撒きながら、斜面を逃げ下る。命の収穫が始まった。血塗れの顔に殺意の目をギラギラと輝かせたザイバツ達が、容赦なく彼らを攻撃する。今や多勢のアクシスは狩られる側、刈り取りを待つコメ。いや、逃げ道を塞ぐ邪魔な肉塊か。

(何故こいつらは……この状況下で……愉しそうに殺し合えるのだ!ニンジャめが!化け物どもめが……!)ヘヴィレインはブザマに逃げ去る。後方からザイバツニンジャたちの笑い声が聞こえ、魂を凍りつかせる。なりふり構わず逃げる。頭のすぐ横を、追撃のスリケンがかすめる。

 高位ソウルのニンジャ共を同じドヒョウ・リングにまで引きずり下ろし、銃弾で何の感慨もなく狩り殺すという先程までの高揚感は、消えていた。アマクダリは崩壊した。視界の隅。大型モニタ。巨大触手生物の残骸と破壊された建築物。カイジュウ?生体兵器?湾岸警備隊の暴走?戦争な?乱れ飛ぶテロップ。

 このようなものが流れてよいはずはない。市民叛乱が遂にNSTV局を襲ったか。あるいは暗黒メガコーポ群が再び主導権を奪い合うべく、暗闘を開始したか。見覚えのない社用ツェッペリン群が南の空を航行している。この国の政治を操るのは、結局はカネと暗黒メガコーポ……醜く果てしない野望と欲望だ。

(今解った!俺はこの狂った無責任な世界を誰よりも憎んでいた……!だが俺ごときには破壊できぬ……!アマクダリがそれを為すはずだった……!そのために俺はハイデッカーを率い、愚かな市民どもに規律という名の鉄拳を叩き込み、UNIX直結で得意満面になっている馬鹿者どもを引き摺り下ろした!)

 アドレナリンが湧き上がり思考がブーストする!(たわいもない情報操作に踊らされ日和見の暴動に明け暮れる阿呆どもを銃弾で黙らせた!最後にはアルゴス=サンがこの世界を秩序で支配し、そして俺は今際の際に、見よこれが貴様らの望む世界だと、奴らの襟首掴み思い知らせてやるはずだった!それを!)

「イヤーッ!」後方から殺意に満ちたカラテシャウト!ヘヴィレインの背にスリケンが突き刺さる!「グワーッ!」ここは未だニンジャのイクサの最中であると告げるように!「おのれ!せめて!」ヘヴィレインは大通りへと跳躍回転着地し、四連続側転からハイデッカー大型トレーラーの荷台へと飛び込んだ!

「何処へ逃げようと無駄だ…!」スパルトイは怒りに燃える眼差しでヘヴィレインを追い、コンテナ内へと乗り込んだ。敵もまた油断ならぬ手練だ。追いつめられ頭だけ穴に入れるウサギめいて、このコンテナに逃げ込んだか?そうではあるまい。スパルトイは警戒を怠らぬまま、目の前のフスマを開く。

「バカな……行き止まりとは……!」蛇矛を構えたスパルトイが足を踏み入れたのは、タタミ敷きの四角い小部屋であった。それはシュギ・ジキと呼ばれるパターンで、十二枚のタタミから構成されている。四方は壁であり、それぞれにはチューリップ、ひまわり、彼岸花、水仙の見事な墨絵が描かれていた。

 奴はどこへ。スパルトイは四方を警戒しながら、ついに部屋の中央へと達する。……まさにその時であった。ヘヴィレインが後方のひまわりの壁中央を音もなく回転させ、姿を現したのは!「イヤーッ!」「グワーッ!」BRATATA!湾岸警備隊アサルトライフルの三点バーストがスパルトイの脇腹を抉る!

 スパルトイは体勢を立て直すと、背後の敵めがけて蛇矛を繰り出した!「イヤーッ!」だがヘヴィレインはこのトラップ部屋の戦闘に精通している!「イヤーッ!」彼はひまわりの描かれたシークレットドアを回転させ、再び消えたのだ!蛇矛の切っ先は不運なひまわりを切り裂いただけで、虚しくも止まった!

 ヘヴィレインは潜み殺意を研ぐ!(アルゴスが天頂に登ったあの時、死体のように鈍いこの俺でさえ解った!何がなし遂げられようとしていたかが!それを!馬鹿共めが!この馬鹿馬鹿しいニンジャの力など!俺たちは"端末"に過ぎず、組織の力なくば何事も成せぬのだという真実に、改めて気づくがいい!)

 スパルトイは四方を睨み、気配を追う!そして水仙の壁めがけ、蛇矛を突き刺した!「イヤーッ!」だがヘヴィレインの動きは俊敏かつ狡猾であり、チューリップの扉を開き現れた!「イヤーッ!」「グワーッ!?」BRATATA!ライフルの三点バーストをスパルトイは辛うじてブリッジ回避するも、被弾!

 だがスパルトイは未だ戦意を失わぬ。蛇矛を構え、目を閉じ、ソウルを追う!残る扉、二つ!ヘヴィレイン、潜む!(何故貴様らはこの狂った世界で愉しみ、笑っていられる!?許せん!不愉快だ!死ね!生命維持装置を外された世界ともども、醜くもがき苦しみながら、死んでゆけ!)「「イヤーッ!!」」

 突き刺された、彼岸花!蛇矛は回転した壁ごと、ヘヴィレインの心臓をひとつきにした!BRA、TATA、TA……彼はなおもがき、トリガを引き、銃弾は天井に突き刺さった。そして「サヨナラ!」爆発四散!スパルトイは顔を歪めながら矛を引き抜き、ザンシンした。そして力尽き、その場に座り込んだ。


◆◆◆

「う……は」ヤモトはナンバンを杖に膝をついた。左の肋が折れ、腕が上がらぬ。「イヤーッ!」サクリリージが頭蓋骨のメイスを振り上げた。二撃目だ。レッドハッグはアンブレラにインターラプトをかける。既にフェイタルの姿は屋上にない。ヤモトの目にシが燃え、折れた肋骨が体内で軋み、接合される。

「イヤーッ!」サクリリージにスカラムーシュが後ろから掴みかかった。既にカタナは折れ、ガントレットの爪も撃ち尽くしている。「この……クズが」感情の起伏が薄いサクリリージの目に、さすがに苛立ちが浮かんだ。しかし防御が優先だ。「イヤーッ!」ヤモトのイアイが頭蓋骨のメイスを撥ね飛ばした。

「イヤーッ!」返す一撃をサクリリージが肋骨の短刀で受けた。「イ……」スカラムーシュは足元の血で滑り、転倒した。彼はうつ伏せで咽せた。「ゲホッ!ゲホーッ!」ヤモトはサクリリージと睨み合う。この屋上バトルフィールドを何人ものニンジャが訪れ、何人も死に、あるいは転落して去った。

 途中、力が失せ、ジツすら使えなくなった瞬間すらあった。その苦しい時間を救ったのはレッドハッグだった。彼女は今やナックルダスターを装着し、素手のカラテに切り替えている。アンブレラとサクリリージは極めて強力なカラテの使い手であり、他のニンジャが入れ替わる中、継続してヤモトを苦しめた。

 今既にキンカク・テンプルは再び空にあり、ヤモトは力を取り戻し、激昂する己のニューロンにシ・ニンジャの意志が染み出すにまかせていた。(敵を倒す。ニンジャを。アマクダリを)ヤモトは何度も繰り返した。(そのためなら、たとえ……)オリガミが狂ったように渦巻き、再び空を染めた。

 KBAM!下で爆発音。そして足元の揺れ。ヤモトは歯を食いしばった。屋上が傾き、スカラムーシュは滑り落ちながら苦心して起き上がった。サクリリージとアンブレラが後退し、互いに目を見合わせた。その時はじめてヤモトはネオサイタマのありさまに気づいた。「……!」KRACK……KRAASH!

 すぐそばで、建ち並ぶビルを押し崩しながら、アスファルトが上へ反り返り、巨大な断崖を作り出した。DOOOM……「くッそ……」スカラムーシュはもはや立ち上がることができない。だがサクリリージらの戦闘継続意志は見る間に収縮していく。「どうした。ア?」レッドハッグが頭を掻いた。「ゲホッ」

 彼らアクシスは今まさに、司令官たるハーヴェスターの死を知り、ヴァニティから発せられた戦闘停止命令を知った。アルゴスのデータリンクも停止して久しい。先ほどの月の爆発。何もかも繋がる。胸中を渦巻く衝撃を彼らが表に出す事はなかった。DOOOOM!次の地鳴りに合わせ、彼らは跳んで去った。

「ウ……ウアアアア!」ヤモトは慟哭した。オリガミが四方八方へ散った。サクリリージらを目がけるものもあったが、空中で逸れ、周囲のビルにぶつかり、爆ぜた。ヤモトの耳には遥か遠い場所で身じろぎする強大なニンジャ達の息遣いが聞こえていた。鋭敏化した神経はやがて薄れ、感覚は絶えた。

「嬢ちゃん。嬢ちゃん。もういい」スカラムーシュが座り込んだまま言った。「おれ……俺が言う事でもねえが。よくやった」DOOOOOM……DOOOOOM……「止まらねえよ、これは」崩落するビル、広がる亀裂、そのあわいで市民は崩れ立つハイデッカーを倒し、道路を走って行く。

「でも」ヤモトは目を拭った。「敵が」「終わりだ。多分ね」レッドハッグがヤモトの肩に手を置いた。「それにしても、がむしゃらにやったじゃないか、アンタ」「……!」「肩貸してくれんか。姉ちゃん」スカラムーシュがレッドハッグに言った。「立てやしねえ」レッドハッグは無言で手を差し出した。

 DOOOM……遠いどこかで火の手だ。傾きかけたビル屋上の3人のシルエットは途方に暮れているようにも見えた。雪の代わりにちぎれた桜色のオリガミが舞っていた。そのビル付近の路上、行き交う人々に混じり、呼ぶ声があった。「ヤモト=サン……ヤモト=サン」アサリは見上げた。オリガミの場所を。

「イヤーッ!」そのすぐ隣に回転ジャンプ着地した女は、いきなりアサリの肩を掴んだ。「今、ヤモトって言った?知ってるのか?」アサリは気圧されながら頷いた。「トモダチです……!」「アタリだ」イグナイトは頷き、手のひらでオリガミのかけらを受けた。宿る桜色の光を見、「死んでない。よかった」

 イグナイトは撤退する敵ニンジャを追い、やがて諦めて戻って来た。その過程でアマクダリ・セクトの崩壊を知った。彼女は屋上で動かないシルエットに気づいた。「奴らも終わったんだ」「ヤモト=サン……!」「……」イグナイトはすぐに察した。「よいしょ」彼女はアサリを抱き上げた。「アイエエエ!」

「アタシ、腕っぷしはあンだよ」イグナイトはアサリに言った。「こんな状況だし、逃したらハグレちまうって。アタシもこれからヨタモノの様子を見にいかなきゃ。ヨタモノ知ってる?まあいいや。イヤーッ!」しがみつくアサリを抱え、彼女は屋上めがけ跳んだ。キンカクと割れた月は、いまだ空にある。

「女王……女王よ……」数区画離れた場所では、ズタズタに傷ついたニンジャが、足を引きずって惨めに歩いていた。もはやそのニンジャの威圧力は欠片も残っておらず、足跡にわずかに霜柱が残るばかり。「我が人生……グワーッ!」走る市民達に押しのけられ、チリングブレードはゴミバケツに倒れこんだ。

 生ゴミの中で嗚咽する存在を一瞥するにとどめ、裏路地から出てゆくのはやはりニンジャだった。どこか焦燥した様子で足早に進むのは、かつてイッキ・ウチコワシに属し、ザイバツへ渡り、アマクダリ・セクトに鞍替えし……そしてこの異常な夜に、自暴自棄な衝動に衝き動かされたニンジャだった。

 絶望や困惑をないまぜにした泣き笑いじみた奇妙な表情をメンポで隠し、彼は亀裂に躓きながら、民衆の走る方向へ向かう。既にその手にバクチク類のストックは無かったが。報道ヘリが飛んでいた。断続的な地鳴り。足元には浸み出した地下水か、あるいは海水か。白み始めた空に流れ星がジグザグに閃く。


◆◆◆

 エントリー者の生体情報をセンサーが感知し、美しい音楽が流れ出した。その者は壁に手をつき、萎えかかった足を引きずって、奥へと進んだ。「ハアーッ……ハアーッ……!」その者の有機クリスタルボディはイビツだった。皺が寄り、亀裂が生じ、割れた箇所からは正体不明の無色の滲出液が染み出す。

 古巣ザイバツとのイクサで致命傷を負い、ジグラットから転落したトランスペアレントクィリンは、全ての始まりの地・ヨロシサン製薬本社ビルへの帰還を果たした。彼の肉体は人体の数百倍の新陳代謝・自己修復力を持つ。だがこうまで傷ついては、肉体の完全復元には「本社代表取締役会」の助けが必要だ。

「なんと悩ましい事か」白の通路を歩き進みながら、大師は呟く。アガメムノンは失敗した。あらゆるデータがそう告げている。これはヨロシサンにとっても大きな後退を意味する。オヒガンを閉ざす事で市民の建設的意志を完全剥奪し、ピュアテックで完全漂白した後に来るべき世界。理想ヨロシ社会。

 彼は網膜のヨロシ時計をリセットした。再定義社会は人類総ヨロシ化に適した更地だ。全人類へのヨロシ幸福DNA注入。地球全土のヨロシ・ホスピタル化・全人類の患者化。繁殖・成長・進化のヨロシサン管理。無限めいた専用ケージの中で人々はエネルギー生産労働を循環させ、鷲の王の礎となる。

 ヨロシはインフラ自体であり、王を内包する。理想社会だ。だがその実現も遠のいた。「アジェンダを再作成せねばならぬ」彼は無感情につぶやき、胸の傷を押さえた。取締役会セキュリティ・フスマが開いた。彼は円卓室のエレベーターで深部へ降下する。やがて彼は……白亜の巨大な泉を前にした。

 彼は緑の液体、取締役会に、ゆっくりと身を沈めた。「フーッ……」バイオクリスタルボディが多色スペクトルに輝き、圧倒的速度で傷を癒す。再定義プロセスの失敗により、地球規模での天変地異の時代が来る。この数十分のうちに、無視出来ぬ事象が複数、バイオLANを通して彼の耳に入ってきている。

「ヨロシサンには混迷の新時代を導く義務がある……」緑のプールに満たされたヨロシサン取締役会の意識とトランスペアレントクィリンは交合し、その知性を澄み渡らせる……BZZZZ!「アバッ!?」BZZZZZZZT!「アバババーッ!?」BZZZZZZZZZZTTTT!「アバババババーッ!」

 ナムサン!緑のプールがマイクロ波で瞬時に沸騰し、中に抱かれたトランスペアレントクィリンを苛む!ボディが白濁し、激しく痙攣!そこへ、拍手しながら物陰から進み出た者あり!「事前に情報は得ておりましたが、直接目にすると、実際おぞましき様相でありますな」「サブ、ジュ、ゲイター=サン!?」

「然り」指を鳴らすと、UNIXデッキの陰から複数のペイガン464が姿を現した。彼らは高速タイピングで取締役会破壊プログラムを走らせたのだ……!「マインドコントロールが施されていない個体です。我が社の新たな幹部社員達という事になりますな」「アバババーッ!いかにして、そのような!」

「ニチョーム戦が福音です。ニューロン攻撃を受けて壊死した脳組織に制限プログラム部位も含まれていた。サイオー・ホース」「場当たりの感情でこのような愚行を!歴史、レリックの重み!代表取締役会の叡智が損なわれてしまう!」「フー」サブジュゲイターは息を吐いた。「大師。何故私を作られた?」

「な……」「子は親を殺すもの」彼は親指を下に向けた。ペイガン464の一人がツマミを最大にした。ZZZZTT!「アバーッ!」クリスタルボディは融解。爆発四散して、煮え滾るプールに飲み込まれた。「サヨナラ!」神秘は軽々しく、永遠に失われる。「ハハハハハ!」サブジュゲイターは哄笑した。

「これでヨロシサンは私のもの……」「アバーッ!」その時だ!デッキに接続していたペイガン464が痙攣し、「サヨナラ!」突然の爆発四散!「何ッ!?」サブジュゲイターはデッキに駆け寄った。「上階サーバー室からのアクセスだと?これは……まさか」モニタに『本社総破壊プログラム進捗』の表示。

「イヤーッ!」天井のタイルが外れ、落下してきた影がペイガン464の脳天をバンブーで串刺しにした。「アバーッ!」「イヤーッ!」共に降りてきた影達が瞬時に散開し、残るペイガン464がカラテを構える前に殺害した。ナムサン……極限まで研ぎ澄まし狙い澄ました、無慈悲なアンブッシュであった。

 怒りに満ちたバイオニンジャが包囲する。「ドーモ。フォレスト・サワタリです」サヴァイヴァー・ドージョーの頭は代表してアイサツを決めた。464は一瞬で全滅し、ペイガン技術は絶えた。サブジュゲイターは呻いた。ドージョーの侵入は予期していた。だが本社セキュリティは堅牢。これは早すぎる。

「バカな」「俺を只の愚かな脱走末端兵士と思ったか。何年も救援なし孤立無援でジャングルを彷徨い、メコンの泥水を啜り生き存え、外から貴様らの非道を眺めれば、力も知恵もつける。己がかつて加担した非道行為の正体も」フォレストはナム幻覚を振り払うべく、目の前の現実を直視すべく首を振った。

 サワタリ研究員はモニタ上の進捗バーを横目で見た。「ヨロシプラント襲撃のたびに搔き集めたADMINパターンのパッチワークは、ジグラット・オフィスのデータをもって一応の完成を見た」彼の腕には無数のネームタグが巻きついている。バイオニンジャ達の。「ここで全て終わらせる」「バカな!」

 サブジュゲイターは泡を食った。「音声認識オープン!サブジュゲイターより命ずる!」彼は今や最上位社員だ。「代表取締役会に侵入者だ!排除……グワーッ!」「ニイーッ!」サスマタが彼を釘付けにする!「バイオニンジャめ!この男が何をしようとしているか、わかっているのか!」警報音が鳴り響く。

「そんなもん、わかってら」答えたのはハイドラだった。「その通り」ディスカバリーが頷いた。「構わねえよ。大将が覚悟しての事だ。俺らはついていく」「ヨロシサン、完全破壊。バイオインゴット、根絶」ファーリーマンが厳かに言った。フォレスト・サワタリは無言。警報音と赤いランプ。

 取締役会が消滅しバイオインゴットが失われれば、バイオニンジャのみならず、地上に生きる重改変バイオ生物も、重バイオサイバネ臓器移植者も、全てがジゴクを味わい滅びるやもしれぬ。だがそのジゴクと引き換えに、二度とヨロシサンの気紛れと傲慢によって理不尽なる悲劇が生み出される事はない。

「ヌウウーッ!」サブジュゲイターはサスマタを逃れようともがいた。サワタリはマチェーテを手にした。進捗4.1%。背後の謎めいたモニタが写す太陽系モデル図は、地球から遠い天体へ向けた、あるおぞましき交信の計画を示す。だがこの場所で争う者達がその正体を知る事はない。大師は死んだのだ。

「やめろ……!」今度はサブジュゲイターが警告する番だった。つい今しがたCEOの座を簒奪した男が!「そんな事をすれば……!」「お前とも腐れ縁と言っていいな」ディスカバリーが言った。「お前も腹を決めろ」進捗バーが伸びてゆく。ファーリーマンとハイドラはボーを構えて入り口を警戒した。

 フォレストはマチェーテを振り上げた。彼の心中に、様々な思いが去来した。「……」「こっちはまかせとけ。終わるまで、誰も入れねえぞ。早くそいつを殺せよ!」ハイドラが叫んだ。サブジュゲイターは血走った目でフォレストを睨んだ。フォレストは……マチェーテを下ろした。「……やめにする!」

「そうだ!よしなさい!」サブジュゲイター。「黙れ!」ディスカバリーが叫んだ。「止め?何のために、こんな苦労して本社まで!」ハイドラが唸った。「ふざけるな大将!」グエン・ニンジャのソウルは勝利を求める。犠牲を払い、戦い続けてきた。勝利。解放。自由。破滅に繋がろうとも……「やめだ!」

「ヨロシサンとて、この世界にこうして在る以上、曲がりなりにもインフラストラクチャとして食い込んで……世界の一部として在るのだ。お、俺は貴様らの命を奪ってまでヨロシサンを……潰せん……今ここでその結論に至った……!」「ナメるな!」ハイドラが地団駄を踏んだ。「ナメるなーッ大将ーッ!」

 ブガーブガー!「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」白衣クローンヤクザが雪崩れ込んでくる。ハイドラとファーリーマンは次々に彼らを殺害した。緑の血液が飛沫を上げ、壁に、UNIXデッキに、取締役会に跳ね散る。落下時にプールに沈んでいたカエルが這い上がった。サワタリは抱え上げた。

「ナサケネエ大将」カエルがもごもごと喋った。サワタリは肩を震わせた。懐に再びカエルをおさめ、進捗の停止ボタンを殴りつけた。ガギュン……サーバー復帰音が響いた。ディスカバリーは観念し、サスマタで押さえつけられたままのサブジュゲイターを全力で殴りつけた。「イヤーッ!」「グワーッ!」

「もう一発だ!イヤーッ!」「グワーッ!」ヨロシ・ジツのコンフリクトによってサブジュゲイターのニューロンが白熱し、気絶せしめた。「クソッタレが!この社長野郎生かして、ズラかるしかねえんだろ!ふざけるんじゃねえ!」「軍法会議は事後に甘んじて受ける。だが今は総員、俺の決定に従え!」

「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」アビ・インフェルノ緑色!ヤクザ死体無数!「0点だ!今日の大将はよォ!」ハイドラは叫んだ。しかし指示には従った。UNIX机によじ登り、元来た天井穴へ一人また一人とよじ登り、去っていった。

 ブガー……ブガー……警報音鳴り響く中、AEDショックでサブジュゲイターが覚醒したのはおよそ五分後。「CEO!」管理社員のシモチダがサブジュゲイターの肩を揺さぶった。「ご指示を」「CEO、私か!」混濁した意識下で彼は呟き、取締役会プールを振り返った。紆余曲折あれど野望は成ったのだ!

「早速それでは運営会議だ。新たなアジェンダを……」「まず現在の状況への対処指示を願います」シモチダは遮った。「先程まで本社前広場で足止めしていたネオサイタマ市警49課が社内に侵入しました。強制捜査です。何らかの破壊プログラムで、セキュリティが機能しておらず……!」「何だと!」

 警告音の中、老いた男の声が社内放送で鳴り響く。『NSPD49課、ノボセ・ゲンソンである。違法クローンマッポ導入と製造、贈収賄に関し強制捜査令状を有している。各社員その場でホールドアップし待て!』『TVでも報道されてッぞ!証拠隠滅は死刑だ!』別の声が付け加えた。ナムアミダブツ……!


◆◆◆

 地球大気圏外!暗黒の宇宙空間をジグザグに焼き焦がしながら進む、荒々しきカラテの流星!おお……見よ!その内側に二人のニンジャを閉じ込め、死のカラテを続けさせるゼウス・ニンジャの雷球内では、未だ血で血を洗うようなカラテの激突が続いていた!

 ニンジャスレイヤーの拳!「イイイヤアアヤーッ!」「グワーッ……!」アガメムノンの拳!「イイイヤアアヤーッ!」「グワーッ……!」「「イイイヤアアヤーッ!」」SMAAAAASH!両者のカラテ後ろ回し蹴りが激突し、互いを弾き合う火花!血振りされたカタナめいて血の飛沫が一瞬霧の如く舞う!

 睨み合う!ニンジャスレイヤーのカラテアッパーカット!「イヤーッ!」「ゴボーッ!」アガメムノンの肘打ち下ろし!「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの右拳!「イヤーッ!」「グワーッ!」アガメムノンの左拳!「イヤーッ!」「ゴボーッ!」血を吐き、なおも剥き出しの殺意で睨み合う!

 ゴウ!両者の視界全方位が赤く変わる!すわ、火花散るほどの殺意の凝視が一触即発のカラテ・アトモスフィアに火を付けたか!?否!これは大気圏突入!「「グワーッ!?」」尋常ならざる熱!さしもの雷球も赤熱!外側を炎に包まれ赤黒く染まる!「ARRRRGH!」ゼウス・ニンジャのソウルが吠える!

 アガメムノンが再び全身放電!「ARRRGH!」雷の速度で迫る!下段足払い!中断回し蹴り!そしてディレイド・デン・ダブル・セイケンヅキの連撃!ライジン!「イヤッ!イヤーッ!」「グワッ!グワーッ!」打撃命中から一拍遅れての電撃ショック!弾き飛ばされ背後の雷球金網に激突!「グワーッ!」

 ナムサン!ナラクニンジャが己自身を燃やし、ニンジャスレイヤーの肉体の即死を防ぐ!(((ヌウウウウーッ!このままでは持たぬぞ、フジキド!)))雷球は未だ大気圏内の熱摩擦!雲海の彼方!スモッグが円形に吹き払われた日本列島が、混沌のネオサイタマが、視認できる距離にまで近づく!

「薄汚い大地だ!アルゴスを失い、もはや世界を正しく再起させるすべは永遠に失われた!終わりだ……!貴様が!台無しにしたのだ!貴様は……私の……!」アガメムノンは両腕を振り上げ、ゼウス・ニンジャの全身全霊の内なる稲妻を放出した!ただ目の前のこの男、ニンジャスレイヤーを消し去るために!

「滅びよ!ニンジャスレイヤー=サン!イイイヤアアアアアアアアーーーーーーッ!」二人の立つオクタゴン金網柔道場めいた雷球の内側が、白光で満たされ、溢れ出た雷は地上に降り注いだ。

 一瞬ホワイトアウトした視界は再び、赤く染まる!ニンジャスレイヤーは……ナムサン……生きている!「……ハァーッ!……ハァーッ!」彼が眼前に掲げたヌンチャクは、ドロドロの飴めいて融解!燃えながら、黒い炎を吐き出すブレーサーに呑み込まれる!アガメムノンが驚愕に顔を歪める!「貴様は……」

 ニンジャスレイヤーはブスブスと肉の焦げた黒い拳を振り上げる!右カラテストレート!「イヤーッ!」「グワーッ!」左カラテストレート!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イイイヤアアアアーーーーーッ!」鼻骨を砕く渾身の右カラテストレートが決まった!SMAAAAAASH!「グワーーーーーッ!」

 KRA-TOOOOOOOOOOOOOM!彼らを守っていた雷球が、無数の稲妻と化し、散った!地球重力場が彼らを迎える。異常接近していたオヒガンは既に本来の位置へ。ゴウ!度し難い熱が彼らを包む!ナムアミダブツ!このままでは燃え尽きてしまう!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはジュー・ジツで巧みに身体制御を行い、大気圏内でマウントを奪うかの如く、敵を地球側に押さえつけた!「グワーッ!?」大気摩擦により、アガメムノンの背中はヒートプレートめいて赤黒く燃え上がる!死神は拳を振り上げ、打ち下ろす!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 睨み合う!そしてニンジャスレイヤーが読み勝ち、右パウンドを打ち下ろした!「イヤーッ!」「グワーッ!」左パウンドを撃ち下ろす!「イヤーッ!」「グワーッ!」ナムアミダブツ!何たる航空宇宙工学の常識を打破する理不尽なるカラテ!一瞬でもバランスを崩せばニンジャスレイヤーは燃え尽きるのだ!

 そして連打!ニンジャスレイヤーの左右のパウンドが、情け容赦なく打ち下ろされる!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

「「ARRRRRGH!」」なお生き足掻かんとする、アガメムノンとゼウス・ニンジャ!遠き地上都市に満ちる電力を吸い上げんとする!眼下のネオサイタマの都市光が明滅!何たる執念か!だが死神の決断的な拳が!「「イイイイイヤアアアアアアアーーーッ!」」「「グウウワアアアアーーーーーッ!」」

 無慈悲なるカラテが!カラテが!カラテ…あるのみ!「「イイイヤアアアアーーーーーーッ!」」「サ!」「「イイイヤアアアアーーーーーーッ!」」「ヨ!」「「イイイヤアアアアーーーーーーッ!」」「ナ!」「「イイイヤアアアアーーーーーーッ!」」「ラ!」インガオホー!アガメムノンは爆発四散!

 KA-TOOOOM!ハナビめいて飛散し、黒く燃えくすぶりながら、地上へゆっくりと降ってゆくアガメムノンの爆発四散灰。その爆煙を突き抜け……ニンジャスレイヤーは頭から真っ逆さまに落下し始めた。既にカラテを絞り尽くし、力尽き果てた死体の如く、身じろぎしない。

 襤褸布めいたマフラーが長く天頂に向かって伸び、バサバサとはためく。おお……ナムサン!大気摩擦熱高度は突破したといえど、このままでは……!その時、KA-BOOOM!黒い小爆発が彼を包んだ。「グワーッ……」ニンジャスレイヤーは苦しげに呻き、数メートル跳ね上げられ、落下速度を緩めた。

 再度、糸の切れたジョルリめいて急加速落下。KA-BOOM!そして、黒い小爆発。「グ……ワーッ……!」フジキドはそのたび、全身を苛む凄まじい苦痛に顔を歪め、体を上方へと荒々しく突き上げられた。それはナラク・ニンジャが引き起こした、武骨なるスラスター制御の如き不浄の炎の爆発であった。

 空を黒い炎で焦がしながら、満身創痍のニンジャスレイヤーは落下してゆく。抗い難いギンカク・テンプルの磁力に魂を引き寄せられるかの如く。ネオサイタマへ。マルノウチへ。そしてスゴイタカイ・ビルへ。ニンジャスレイヤーはソーマト・リコールめいた瞑想の中、頭から真っ逆さまに降下していった。

 そして目を開き、諦め、だが祈るように、ニンジャ視力を凝らし、彼方を見た。引き裂かれた世界を。そして広場を。……生き残った慰霊碑!そして予想だにせぬ光景!夜通しの祈りを捧げる大勢の者!キュウリやナスビで作られた霊の馬!オーボンの夜に死者を迎え、共に踊り、再びアノヨへ送り返すための!

(((おお……おお……!)))ナラクの声が響き、血の涙が絞り出される。「ゆくぞ、ナラク……!」スゴイタカイビルの屋上、彼の聖域が近づく。神を殺した怪物は、猛スピードで落下してゆく。このまま強化コンクリートへと脳天から真っ逆さまに叩きつけられれば、ウォーターメロンめいた死を迎える。

 無人の屋上が近づく。彼はバンザイ姿勢を取った。そしてコンクリート面へ。まずは指先と掌、スナップを使い頭から肩、背中へ。この動きは……前転!前転である!両腕を広げ片膝立ち姿勢を決める!「イヤーッ!」タツジン!彼は数百メートルの高度からの垂直降下飛び込み前転で落下の衝撃を殺したのだ!

 全身が軋み、未だブスブスと燻り、悲鳴をあげていた。ニンジャスレイヤーは姿勢を揺らがせ、苦しげに顔を歪め、後方へと倒れた。「……ハァーッ!ハァーッ!」大の字で倒れたまま、チャドー呼吸を行った。「……スゥーッ!……ハァーッ!……スゥーッ!……ハァーッ!」シャバ、即ち屍の構えである。

「……スゥーッ!……ハァーッ!」彼は懸命にチャドー呼吸を繰り返し、ネオサイタマの空気を肺の隅々、肉の隅々に満たした。(((フジキドよ)))ナラクの声は弱まりとて、未だニューロンの裡にあり。休眠には陥っていない。それほどまでの力が、ギンカク・テンプルには蓄えられていたのであろうか。

 既に胸の傷は塞がれているが、満身創痍。そして……たとえ傷が塞がれていようとも、それを知る者達がいた。探索の果てにその真実に辿り着いていた者たちがいた。彼らは血の風の如く、今日のイクサの終着点に向けて、ビルを飛び渡ってきていた。

 一団は急いていた。オヒガンは再び本来の位置へと離れゆき、逆さに浮かぶキョート城が狭間へと引き戻されかけていたからだ。彼らはこの千載一遇のイクサにおける最後の獲物を求め、ビル屋上へと高く跳躍した!「「「「イヤーッ!」」」」ヤリ・オブ・ザ・ハントの破片とナラク・ニンジャの力を求めて!

(((フジキドよ!)))それは、警戒の声!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーもまた雷撃に打たれたかの如く、目を大きく見開き、素早くネックスプリングで立ち上がり、カラテを構えた!血と死の匂いを漂わせるザイバツニンジャたちは、スゴイタカイビル屋上の外周に立ち並び、死神を完全に包囲した!

 ニンジャスレイヤーは未だ肩で息をしながら、四方へと順にカラテを向ける。傷だらけの腕から血の滴が垂れる。パーガトリー。ニーズヘグ。パープルタコ。あるいは見覚えのない新参のニンジャたち。いずれも手練か。…だが無論ニンジャスレイヤーの眼差しは、そのいずれでもない、一人の男へと注がれる!

 敵陣から、その男が歩み出た。カタナめいて鋭い目。その足の下には、無数の骸が見えるようであった。両者が睨み合うと、この世ならざる、侘しげな殺意の風が吹き抜けた。「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン、ダークニンジャです」フジオ・カタクラは妖刀を抜き放ち、タタミ四枚の距離で向かい合った。

 決着を、付けねばならぬ。「ドーモ、ダークニンジャ=サン、ニンジャスレイヤーです…!」フジキド・ケンジはアイサツを返し、カラテを握る。ごく短い静寂。直後、ただならぬアトモスフィアに狂ったか、数百の鴉が畏れをなし、屋上四方のガーゴイルから一斉に飛び立った。それを合図に、両者は動いた。


【8:オヒガン・シナプシス】終わり 最終セクションへ続く


N-FILES

アマクダリによる再定義プロセスが終わりを迎えんとするまさにその時、月はニンジャスレイヤーのカラテと、チバが引き起こしたUNIX連鎖爆発によって、壮絶な爆発四散を遂げる。このエピソードはシリーズ最終章のため、これまでの各部のシリーズ最終章と同様、フィリップ・N・モーゼズとブラッドレー・ボントが交互でシーンを担当するリレー執筆形式となっている。



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