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デッドリー・ヴィジョンズ:【ドライヴ・フォー・ショウ】


 白い球がネオサイタマの昼下がりの曇天に放物線を描き、ゴミゴミとした建物群の狭間に吸い込まれていった。「ナイッショ! ナイッショですチギノ=サン!」ケンソン・システムズ社の営業社員ハズマは、力一杯の拍手とナイッショの合いの手で、チギノ本部長を褒め称える。

 彼らが今いる場所はアジサイ・チョット・ビルの屋上だ。ご存知の通り、一般的なネオサイタマのビルの屋上には、枯山水庭園が造られている事が多い。このビルの屋上もその一種であったが、やや様子が違った。ゴルフのティー・グラウンドがあるのだ。

 奇妙であった。ティー・グラウンドはあるが、ピンフラッグもホールもない。これはバッセンと呼ばれるバッティング練習施設のゴルフ版とでも言うべきもので、人口比の居住地面積が極度に狭いネオサイタマで人気の設備である。郊外に出なければゴルフ場にアクセス出来ないが、バッセンならば少なくともスイングの練習はできるという寸法だ。……しかし、ビルの屋上にそんな設備を?

 チギノ本部長は振り終えたゴルフクラブを肩に担ぎ、爽快な笑顔でグッドサインを出して応えた。チギノ本部長はハズマのカイシャの元請け企業であるカイカ・ソリューション社の本部長であり、カイカ社が所有するこのビルで最も偉い人物であった。

 ケンソン・システムズ社はカイカ社の社内システム開発の2割を請け負っていた。ケンソン社のエンジニア達は窓のない専用のフロアをあてがわれ、ビル内に居住して、日々、UNIXデッキと格闘している。この請負シェアを8割まで拡大せよ。それがケンソン社のアシガラ課長がハズマに下した至上命題であった。

 このビルのエスイー・フロアでは、シェア過半数を支配しているドンロン・システムズ社のエンジニア達が我が物顔で廊下を歩き、ケンソン社のエンジニアに唾を吐きかけたり、テウチにするなど日常茶飯事だ。これを問題視するアシガラ課長は茶室にハズマを呼び出し、プレッシャーをかけた。追い詰められたハズマがこぎ着けた起死回生のネゴシエーション……それがこの屋上セッタイ・ゴルフであったのだ。

「いやあ、本当に素晴らしいゴルフ技術を目の当たりにし、私、感動しております!」ハズマはチギノ本部長におべっかを使った。「飛距離もさることながら、こんなに真っすぐ、きれいに飛んでいくゴルフボールなど、見たことがありませんよ! プロも裸足で逃げ出すのでは?」

「ハッハッハ、褒め過ぎだよ、君ィ」チギノ本部長は嬉しそうに笑った。ハズマは強調した。「褒め過ぎなどという事はありませんよ。私、正直者であることを買われて採用されておりますからね! そんな縁もあって、安月給のカイシャで頑張っておる次第……おっと、ここでもつい正直ぶりが出てしまい……アハハハ!」「ハッハッハッハ! バカだな君ィ!」「バカでございます! アハハハハハ!」

「……よし。君、振ってみたまえ」チギノ本部長は上機嫌で、ゴルフクラブをハズマに差し出した。「僕が稽古をつけてやるから。人に教えるのも大好きなんだ、僕は」「よろしいのですか!? ありがたき幸せ!」ハズマは繰り返しオジギし、ゴルフクラブを捧げ持った。チギノ本部長はその背後に立ち、フォームをレクチャーした。

「ゴルフは呼吸だよ。イチ、ニ、サンで、こうやるんだ。こう。……こうだ!」「エイッ!」フルスイング! 白球が放物線を描き、飛ぶ!

(や……ヤッタ!)ハズマは飛んで行く白球を目で追い、心の中で快哉した。絶妙な力加減だ! かなり飛んでいる事でチギノ本部長のインストラクションの良さを証明できるし、一方でチギノ本部長の飛距離は決して超えない奥ゆかしさも備えている。首の皮が繋がった……シェア8割獲得も夢ではない!

「……ハッハッハッハ! ゴウランガ! さすがだね、君ィ!」チギノ本部長は手を叩いて喜んだ。「素晴らしい飛距離だ! 本当にスゴイ!」「ありがとうございます! チギノ=サンの素晴らしいレクチャーのおかげでございます!」ハズマは素早くドゲザした。「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「頭を上げ給え、君ィ」「そ、それでは我が社のエンジニア請負シェアの件……?」ハズマはさりげなく話題を修正した。チギノは頷いた。「しっかり前向きに考えておくよ、気分がいい!」「ありがとうございます!」ハズマはハンケチを取り出し、チギノの靴を磨く! ナムサン! ハズマの油断なきセッタイ戦略が功を奏したのだ!

「ンー……それでは次は僕の番だな! 元気のいいハズマ=サンに負けないように、飛ばさなくてはな!」「が、頑張ってください!」「うむ!」チギノはゴルフクラブを景気よく振り回し、構えた。

「この屋上バッセンは、当然この僕の設計でねェ。普段は枯山水の起伏を利用してパットゴルフの練習もできるし、今日のように打ちっぱなしをするにも最適だよ……」シャツを捲り上げたチギノの腕に力がこもり、血管が浮き上がった。「なにしろ、本部長の僕はこのビルで一番偉いからね。道楽だよ、ハッハッハ! こうやってランチタイムの後は……イヤーッ!」

 白球が飛んだ! 素晴らしい飛距離だ! ハズマは必死に拍手した。「ナイッショ! ナイッショッ!」「オッ……いいぞ。これで三連続だ!」チギノは手をひさしにして、ボールが飛んだ方向を眺めた。そちらには公園があったが、到底ハズマの肉眼ではその詳細は見えはしない。「視力がよろしいんですね、さすが……。……? どうされました?」ハズマは尋ねた。

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