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【フォ・フーム・ザ・ベル・トールズ】 前編


 ガゴンプシュー! 医療カプセルが開くと、中から女子高生が現れた。「もういいですよ、目を開いてください」闇サイバネ医師が彼女に言った。女子高生は身をもたげ、おそるおそる目を開く。「わあ……」薄暗がりの中、その瞳はネオンカンバンめいた桃色のネオン光を放った。

 ここはネオサイタマの雑居ビルの一室。闇サイバネ医者のサロン。女子高生のテマリは、今ここで日帰りのサイバネアイ手術を終えたばかり。無論、神経バイパスが必要な眼球置換式ではない。女学生が特にファッションとして好む網膜内インプラントだ。

「わあ……スゴーイ!」テマリはまっさらなサイバネ視界で周囲を見渡してみた。ズームイン、ズームアウト。録画。インフラビジョン、赤外線暗視モード。レーザーポインター。IRCレイヤー。狙撃ターゲッター。どれも最高に彼女の脳神経を刺激した。「スゴイ色々見えます! ヤッター!」

「それじゃ、次は色味を調節してみてね」闇サイバネ医師が鏡を持ってきて、テマリの耳元で囁いた。ビルの外に置いてあったカンバンの写真通り、このセンセイはたいへんセクシーな体つきで、上半身は白衣しか着ておらず、顔立ちはハンサムであった。テマリは少しだけ頬を赤らめた。「アッハイ、センセイ……」「色味を調節するのはそこじゃないよ、フフフ」

「アッハイ……」テマリは気恥ずかしさに耐えながら、操作ナビゲーショーン指示に従って、サイバネアイの虹彩の色を変えてみた。退屈な黒から赤へ、パステル調の青へ、あるいはネオン紫へと向かうミステリアスなグラデーション。テマリは自分の瞳の、その美しさに魅了され、興奮していた。ただそれだけで、つまらない現実の向こう側に飛び出せた気がした。「満足だったらここにハンコね」「ハイ。スゴイ満足です」「ドーモ」

「……スゴーイ、スゴイカワイイ……!」テマリはハンコを押した後もまだ医療ベッドに腰掛け、鏡を見ながら、夢中で虹彩の色を切り替えた。さらに瞳に「¥」や「愛」などの神秘的なパターンを描画した。何もかもが思いのままだった。「あの、センセイ、これも……カワイイですか?」

「ん? そうだね、スゴイカワイイ」闇サイバネ医師は壁のLED時計のほうを見ながら、ぞんざいに床のモップがけを始めた。「じゃ、この色は……?」「うん、カワイイカワイイ。さ、次の人が待ってるからどいて。2番更衣室で着替えて、そのあとはすぐお会計ね」サイバネ手術前とは打って変わって、冷たいあしらいだった。

「ハイ……」テマリは手術台から降り、更衣室へ向かった。血の付いたオシボリや切断されたマグロの頭、あるいは注射器やパック製剤などのゴミが部屋の隅やベッドの下に転がっているのが、今は暗視モードで鮮明に見えた。手術前は気付かなかった。それでテマリは少し不安になった。(……でも実際安いし、仕方ないか……)

 テマリは薄暗いロッカー室でセーラー服に着替え終えると、財布を開き、万札を取り出して、それを一枚一枚、シワを伸ばしながら、壁の自動万札挿入口に入れていった。

 ガガー。ガガー。ガガー。しかし、所定の枚数を入れても清算が終わらない。「あれ? おかしいな」不審に思ったテマリは……医師から渡されていた明細を見て、その金額に驚く。「アイエエエ!?」ナムアミダブツ! それはカンバンに書かれていた金額の5倍! センセイ指名料がチャージされていたのだ!

「どうしよう、お金が足りないよ!」カワイイの夢から覚めたテマリは狼狽し、IRC端末を開いて、手当たり次第同級生に救援IRCを送った。だが電子貨幣を貸してくれそうな友達は見つからない。「どうしよう!」このような失態がバレれば祖先に申し訳が立たないため、親を頼ることもできない! ピボッ、ピボッ、ピボッ! 壁にLED表示された更衣猶予時間が、刻一刻と過ぎてゆく!「どうしよう!」

『オッセーゾコラーッ!』ロッカー室の壁に埋め込まれたファンシーな猫型キャラクターの冷徹なカメラアイが明滅! スピーカー部からセンセイのヤクザスラングが聞こえた!

「アッ、スミマセン!」テマリは狼狽した! もしやここはヤクザと関わりの深い施設なのではあるまいか!?「あの、お金がちょっと足りなくてですね!」『……』「ちょっと装着感も、あんまり気に入らないので、元に戻してキャンセルってことで、お願いできませんか!? よろしくお願いします!!」『……』

「……」『……』「……」テマリは祈るような気持ちで返答を待った。だが、その答えは無慈悲だった。

『ザッケンナコラーッ!』ガゴンプシュー! 突如、ロッカー室の鍵が電子的にロック!「アイエエエエエエエエエエ!?」テマリは悲鳴をあげ、ドアを叩く! プシューーーッ! 猫型キャラクターの口から凄まじい勢いで不思議なガスが噴出した!

「アイエーーエエエエエエエ!?」テマリは必死にIRCを操作した。だが遅かった。謎めいたガスを吸い込んだテマリは、更衣室の床で痙攣すると、浜に打ち上げられたマグロめいて口をぱくぱくとさせ……動かなくなった。

 重金属酸性雨がいつものようにネオサイタマの空を灰色に染め、「個室ローン」「寿司」「テンプラです」などと書かれた剣呑なネオンカンバンが火花を散らしていた。ブーン、ブーン、ブブンブンブブーン。産業廃棄物回収トラックが重低音ベース音を響かせながら、雑居ビルの前に到着した。

「これ、入っています」「ハイ」スモトリ作業員は日帰りサイバネアイサロンで謎のボディバッグを受け取ると、代わりに闇サイバネ医師に万札束を手渡した。「ドーモ」「ドーモ」『インガオホー』と書かれたネオンカンバンが、女子高生を送り出すようにバチバチと火花を散らした。

 そのまま女子高生回収トラックはメガロハイウェイに乗り、ネオサイタマの南西へと走り去った。


◆◆◆


「ウッ、まぶしい……」テマリは突き刺すような陽射しで目を覚ました。左手を顔の前にかざすと、粉じみた土のパーティクルが風に吹かれて舞うのが見えた。彼女の背中の下にあるのは、湿ったアスファルトではなく、乾いた荒野の土であった。

「どこだろ、ここ……。重金属酸性雨が降ってない。夢かな……?」テマリは仰向けに寝たまま、しばし空を見上げていた。雲ひとつない青空だった。「私、死んじゃったのかな……?」

 徐々に視覚と聴覚が戻ってきた。カーン、カーン、カーン、カーン……石を切り出すような音がどこかから響いてくる。「「「ヨイ、ショ、ヨイ、ショ……」」」誰かの苦しげな声も聞こえてきた。数名ではない。大勢いる。

 ここはもしや、ジゴクだろうか。ジゴクでは、罪人たちがオニたちから永遠の責め苦を受けるという。だが……重金属酸性雨も、汚染大気も、湿った陰鬱なアスファルトも、過酷なセンタ試験もないのならば、ジゴクもさほど悪い場所ではないのかもしれない。「アハハ……どうせこれ夢だよ。私はまだ日帰り手術中で、夢を見てるんだ……」

 テマリは暢気にそんなことを考えながら上半身を起こし、あたりを見渡した。「エッ?」そして酷薄なる現実を目の当たりにし、言葉を失った。

 そこは見知らぬキャニオンの只中に築かれた広大な採石場であった。そして見渡す限り全方位に女子高生がいた。「「「ヨイ、ショ、ヨイ、ショ……!」」」山間のキャニオンに築かれた強制労働施設で、女子高生が何百人も、石の切り出しや運搬、労働バーの回転、穴掘り、あるいはまばらに生える樹木の伐採といった重労働を課せられていたのである! セーラー服姿のままで!

「アハハ、夢だよねこれ……?」テマリは力なく笑い、立ち上がった。そしてすぐそばで角材を運搬していた四人組の女子高生に歩み寄り、彼女らに話しかけた。「「「「ヨイ、ショ、ヨイ、ショ……」」」」「オハヨ! ねえ、ここは何処?」

「ヨイ、ショ、ヨイ、ショ……ああ……あなたは新入りですね。カワイソウ……」一番後ろにいたオサゲ・ヘアの女子高生が、テマリに微笑みかけた。「新入り……ってどういうこと?」「ここは……女子高生収容所ですよ……ヨイ、ショ、ヨイ、ショ……」

「女子高生、収容、所……」その言葉が、テマリのニューロンを雷撃の如く震撼せしめた。いつか聞いた不吉な都市伝説が、テマリの脳裏に蘇る。返済不能なローンを抱えてしまった女子高生は、ネオサイタマから遠く離れた収容所へと連れて行かれ、そこで終わりなき労働を強いられるのだという。もしここが伝説の女子高生収容所だとしたら……ジゴクのほうが遥かに慈悲深い結末だ。

「新入りの人、あなたの名前は何ですか?」「私は……テマリ」「こんにちは、テマリ=サン。私はミラです。もう6ヶ月以上もここにいます。仲良くしましょうね」ミラの過剰なまでに丁寧な喋り方は、重篤なIRC中毒症状を思わせた。「仲良く?」「ええ。あなたも私の横に来て、この角材を担いでください。そうすれば目立ちませんよ」

「アッハイ」言われるがまま、テマリはそれに従った。ミラと並んで、肩に角材を載せ、掛け声とともに歩く。「「「「「ヨイ、ショ、ヨイ、ショ……」」」」」汗がにじむ。天頂から照りつける太陽が、見る間にテマリの体力を奪ってゆく。「ねえ、これ、夢だよね……?」「夢ではありませんよ、重いでしょう?」角材と現実の重みがテマリの肩にミシミシとのしかかっていた。

 テマリは恐る恐る問うた。「ミラ=サン、あなたはどうしてここに収容されたんですか……?」「私ですか? IRC端末のローンをハッキングで踏み倒そうとして、ここに運ばれました。我ながら愚かなことをしたものです。テマリ=サン、あなたはどんな借金を?」「サイバネアイの手術でボッタクリされて……」

「なるほど。そんな人がここには何人もいますよ。だから仲良くしましょうね。ここからは絶対に逃げられませんから、諦めるのが一番です」「それで、いつまで働けば、出してもらえるの?」「いつまで? いいえ、給料はありませんから、永遠に出られませんよ」「そんな……」「万が一脱走を図ろうものなら……」

 その時、採石場で叫び声!「アイエエエエエエ! もう嫌だァアアアアアアアアアア! おうちに帰りたいよオオオオオオオオ!」金髪パーマの女子高生が突如フリークアウト! 砂利を積んだ荷車を放り捨て、逃亡を開始したのだ! 「「「ヨイ、ショ、ヨイ、ショー……」」」だが他の石材切り出し女子高生らは見て見ぬ振り! 黙々と強制労働に従事する!

「邪魔だ! どけーーッ! イヤーッ!」「ンアーッ!」「イヤーッ!」「アイエエエエエエエ!」目の前にいる邪魔な女子高生を次々つきとばしながら、金髪パーマの脱走女子高生は形振り構わず走り抜ける!

「に、逃げていくけど?」テマリは言った。「シッ、見ちゃダメです。気にせず、運びましょう」ミラは鋭く言った。

 その直後、テマリの視界の端に、奇妙なものが映った。(あれ、今)左斜め前方。見張り塔らしき建造物の屋上で、黒づくめの男が、腕を組んで笑っていた。(蜃気楼かな……?)テマリは本能的な恐怖を覚えながらも、サイバネアイでそれを拡大視した。

 男は黒い頭巾を被り、口元をメンポで覆っている。見えるのは目元だけ。そして、両目を真っ白に発光させていた。それは、ニンジャであった。(……ニンジャ?)テマリは声を震わせ、呟いた。(……ニンジャナンデ?)自分の膝がガクガクと震えるのがわかった。

 見張り塔のニンジャは、体の前で両手を奇妙に回転させ、空中にブロックサインのようなものを刻んでから、脱走女子高生の方向を両手で指差し、叫んだ。「イヤーッ!」鋭いカラテシャウトが採石場に轟き渡った。

 直後、ニンジャの両目から眩いレーザー光線が放たれた。それは接触した空気を焼き焦がしながら飛び、脱走女子高生を背中側から貫いた。「アイエエエエエエエエエ!?」金髪パーマ女子高生は球状の光爆とともに、足首から先だけを残して、原子分解した。その場に残されたのは、アンクル丈になった白い靴下と、革靴だけであった。

「エッ、今……」テマリは泣きそうな顔でミラのほうを見た。「あの見張り塔から監視されているのです。脱走は、不可能です」「そんな……」テマリは意識を木材運搬と足並みに集中した。黒い耐重金属酸性雨シューズと白いソックスは、すぐに粉っぽい土で赤茶色に染まっていった。

 ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……。

 やがて夕暮れがキャニオンを染め上げる頃、厳かな鐘の音と、繁華街の呼び込みを連想させる退廃的な電子合成音楽が、広大な採石場に鳴り響いた。労働を終えた女子高生たちは頭を垂れて列をなし、巨大トーチカじみた灰色のコンクリート複合施設へと戻っていった。


◆◆◆


 それから4週間が経過した。

 テマリは来る日も来る日も石材を切り出し、手押し車で運び、あるいはチェーンソーで木を伐採し、仲間とともにそれを運んだ。施設内には下着やセーラー服が各種サイズ十分量用意されており、毎日クリーニング済みの新しいものに交換させられた。革靴も同様であった。

 建物の中には雑魚寝スタイルの百畳タタミ部屋、食堂、シャワールームと大浴場、プリ・クラ、自動販売機、ヘアサロン、ネイルサロンなどが複数備わっていたが、それ以外には、何もなかった。ここではTVも、IRCも、受験勉強も許されないのだ。サングラスをかけた黒いスーツの男たちが施設を管理していたが、逃げ出そうとしない限り、女子高生に暴力を振るうことはなかった。

 毎日が屋外労働というわけではなく、施設内でひたすらオリガミなどを折る日もあった。水曜日は穴掘りの日だった。テマリはミラと一緒に穴を掘り、夕方にはそれを埋めた。穴を埋め終わると、この強制労働に何の意味があるのか、と、テマリはミラに問うた。おそらく、これには何の意味もありません、とミラは深刻な顔で答えた。

 その言葉を聞くと、果てしない徒労感と虚無の弾丸がテマリの心臓を突き抜けた。自分たちが作成した木材やオリガミも全て、後ほど焼却場で燃やされているのが解った。女子高生である自分が作ったものなのに、女子高生である自分が掘った穴なのに、そこには何の価値も認められず、消し去られるのだ。

 テマリは自分からかけがえのない女子高生性が失われてゆくのを感じ取った。あれほど疎んでいた口やかましい家族も、過酷なセンタ試験勉強も、今はむしろ懐かしく、恋しいものであった。

 このまま勉強も出来ずに年老いていったら、どうなるのだろう。食事はそれなりに健康的なメニューが組まれていたし、労働中に倒れた場合は救護室に運ばれた。だが、たとえ強制労働で死ななくとも、どうなるのだろう。その時、自分には、一体何が残されているのだろう。

 何もない。虚無である。テマリはその現実を直視した。

 ミラが言うには、この施設を運営する闇カネモチたちは、女子高生のそうした絶望を邪悪な愉しみとして味わうためだけに、この強制労働施設を運営しているという。ゆえに、監視カメラのようなものも置きはしないし、そうした盗撮猥褻動画を売ったりもしない。ましてや女子高生らに客を取らせることもない。この施設は何の利益も生み出さず、むしろカネと若さを際限なく浪費しているだけなのだ、と。

「ミラ=サン、どうにかして、ここから逃げ出す方法は無いのかな?」労働を終えたテマリは、室内用のセーラー服に着替えながら、ミラに改めて聞いた。「ありませんよ。仮に見張り塔の範囲から逃げても、その先には電磁フェンスがあるらしいですから」「そう……」「テマリ=サン、まだ脱出とかそんな甘いことを考えていたんですか? 呆れてものが言えません」

「スミマセン……でも、私、不安で……フリークアウトしちゃいそう……」「なるほど、これはもう仕方ないですね」それまで俯いていたミラは突然、テマリの手を握った。「エッ、何を」「テマリ=サン、一緒にシャワー室に行きましょう」「エッ、シャワー室に?」唐突な申し出に、テマリは眉根を寄せて訝しんだ。緊張で、手のひらがじっとりと汗ばんだ。

「シャワー室で、何をするの……?」「決まっているじゃないですか。二人で一つのシャワー室に入って、泡だらけになって体を洗うんです。それしかありません。あなたのことは最初見た時からカワイソウだと思っていました……! 慰めさせてください……!」

「そんな……!」卑猥! テマリは恐るべき背徳行為の誘いを前にして頰を赤らめ、恐怖に震えた! 女子高生強制労働施設に、さらにこのような罠が待ち構えていたとは!「テマリ=サン、もう限界ですよ! こうして慰め合うしかないんです! そして外のことを考えないのが一番です!」

 ミラはタガが外れた笑顔でテマリの手を握り、グイグイと引っ張った。「みんな隠してますけど、こんなのはここではチャメシ・インシデントなんですよ!」「でも!」テマリはミラから漂ってくる汗のいい香りで思わず屈しそうになったが、頭の中で家族とブッダの顔を思い浮かべ、踏みとどまった。

「ミラ=サン、やっぱり、ちょっと、ダメだよ……! お願い……! ヤメテ……!」テマリはその手を振り払って、逃げ出した。「テマリ=サン……」ミラは悲しい顔を作り、テマリを追おうとはせず、一人でシャワー室へと向かった。

 テマリは泣きじゃくりながら百畳敷きのタタミ部屋へと向かった。(((地味な感じのミラ=サンが、まさかあんな獣のような行為に及ぶなんて……!)))テマリはもはや誰も信じられないパラノイア心理状態へと陥り、浴場にも行かず、就寝用のセーラー服に着替えると、キリタンポめいてフートンに包まり、雑魚寝部屋の隅でブザマに震えた。

(((みんな、おかしくなってるんだ……。もう誰も信じられない。私の人生もオシマイだ。ここで青春を削り取られていくんだ。ならばいっそ、明日、無理を承知で脱走してみようか。あの見張り塔のニンジャのレーザー光線に貫かれて消滅するなら、強制労働で磨り減って死ぬよりも、遥かに楽かもしれない。……そうだ、そうしよう……)))

 テマリが絶望に飲まれかけた、その時。「ん……?」彼女は部屋の隅に、見覚えのない女子高生を発見した。よく見ると、その女子高生のセーラー服は皆の着ているそれとは違っていた。「新入り、かな……?」新入りは、その日の間だけは元々のセーラー服を着ている。自分もそうだった。だが、どうもアトモスフィアが妙だ。

 テマリはサイバネアイでさらによく観察した。その女子高生はぴんと背筋を伸ばして正座し、あたりの様子を抜かりなく観察しているようであった。その少女の眼差しは力強く、研ぎ澄まされたカタナのように凛々しく、曇りなく、美かった。そして……その瞳は微かに、桜色の燐光を帯びていたのだ。

「わあ、綺麗……物凄く高そうなサイバネ……」テマリは思わず、その不思議な少女の瞳に見惚れた。そして……目が合った。感づかれてしまったのだ。謎の女子高生が立ち上がり、近づいてくる。

「アイエッ!?」テマリは狼狽し、キリタンポめいて丸めたフートンの中へと頭を引っ込めた。謎の女子高生はテマリの横へと歩いてきて、すぐ横で正座した。テマリは亀のように頭を隠し、ブザマに震え続けていた。

 だが五分、十分、三十分……どれだけ経っても、謎の女子高生は彼女の横から立ち去ろうとしない。もしかしてこれは、狂気が見せた幻覚だろうかとテマリは考えながら、ゆっくりと頭を出した。

「君が、テマリ=サン?」それは幻覚ではなかった。謎の女子高生が優しく問いかけた。「アッハイ、あなたは……?」テマリは怯えきった声で言った。謎の女子高生は、テマリを安心させるようにそっとフートンの上に手を置くと、周囲の女子高生に聞かれないよう、小さな声で言った。

「アタイの名前は、ヤモト。君を助け出しに来た。だから、この女子高生収容所のことを、教えてほしいんだ」


(後編へ続く)


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