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プレシーズン4【ライオット・オブ・シンティレイション】分割版 #2

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「世界を胸に」。サペウチ・モリドーコム社の企業PR看板には、CEOのサペウチ・モリドー氏が希望的な表情で遠くを見つめる写真と奥ゆかしいキャッチコピーが使われている。タブチャ・スクランブル交差点に面したビルの屋上に、この巨大看板は誇らしく掲げられているのだ。……だが、今は。

「CEO……」「CEO」「その……CEO」オツヤめいた朝礼会議室で、重役社員たちは上目遣いでサペウチCEOを見る。CEOはブッダじみたアルカイックな微笑みで応えた。「なにかな? どうした、そんな浮かぬ顔をして?」カタカタカタ、と音が鳴る。CEOが持つコブチャ・マグが皿に細かくぶつかる音だ。

「申し訳ありません!」本部長がドゲザした。「厚顔無恥なるヴァンダリズム行為は絶対に許せません! しかし、タブチャ・スクランブル交差点の高高度は複数のメガコーポの共同管理下にあるわけでして……まず申請を行わなければならず……」「いつだね?」「アッハイ、現在協議を」「いつ、だね?」

「その……くわえて、あの看板は単なる印刷ではなく、スリーコート・ホログラム塗装によって、CEOのご尊顔とキャッチコピーを見事に際立たせていたわけですが、部分的な塗り直しなどをするとかえっておかしな事になります故、正規の業者によってきっちりとリ・ペイント作業を行う必要が」「いつ?」

「善処しています!」専務が本部長の隣でドゲザした。「ズズーッ」CEOは笑顔のままコブチャを飲んだ。「困ったね」"ブッダのサペウチ" で知られるサペウチCEOが取り乱す事はめったにない。大看板に黒スプレーでなぐり書きされた「ファック」と卑猥な桃が、卓上UNIXモニタに映っていた。

「とにかくASAP(アズ・スーン・アズ・ポッシブル)で犯人を見つけ出します」ドゲザ専務が顔を上げた。オニの形相である。「……そして、殺します」「……」サペウチCEOはコブチャを飲み干した。「とにかく、対処してね」UNIXモニタのサブ窓には、市場開始と同時に下落する株価チャートが映っていた。


◆◆◆


 KRAASH! 黒スーツの男達が部屋に押し入り、機銃掃射した。BRATATATATA! BRATATATATA! 蜂の巣になるザナドゥ!「ンアーッ!」……彼は悲鳴を上げて目を覚ました。「どこだ?」アルコールでぼんやり重たくなった頭を振ると、さらに痛くなった。「クソッ」ひどい安酒をやってしまった。そして、夢。

「フザケ……」カラスがつつくゴミ袋から身を起こした彼はそのまま配管パイプに手をつき、嘔吐した。「オゴーッ。ゲボーッ」吐くと頭痛は増したが、いくぶんスッキリした。カラスが飛び立ち、「嘔吐厳禁」の注意書き看板の上にとまって、ザナドゥを見つめた。「見てんじゃねえぞ!」

 彼は口を拭い、周囲を見た。どうやらここはストリップ・バーの裏路地だ。昼の明かりが目に痛い。昨日はあの後、ずっと心が休まらず、飲み歩いてハシゴ酒をしてしまった。ひどく稚拙で、悪意そのものの桃。そしてファック。うまく言葉にできない「ショックな気持ち」が、彼を駆り立てていた。

 彼は目についた自動販売機にトークンを入れ(幸い、財布はスられていなかった)、天然飲料水「枯山水」を買って、ラッパ飲みした。「クソだ……」幸い、今日は仕事を入れていない。立て直すべきだろう。ジンジャ・シュラインにでも行って、賽銭を投げてみるか。それもいい。

「何が桃だよ。クソが」歩きながら彼は毒づいた。(桃ウケルね)ヨウナシの無邪気なコメントが妙に効いた。あんなただのクソと、自分が誇らしくジツまで込めた作品を、ヨウナシに同じレベルで受け止められたらどうする。そんな恐れがあって、あの時まぜっかえす事もできなかった。それも情けなかった。

 道を曲がると、ガード下は極彩色のペイント、無数のブロックバスタ・ミンチョ体の文字で埋め尽くされている。ザナドゥは立ち止まった。「ドゥームする」「パワーチャン」「ここで喝」「自由な!」「ジョンジとコウタロウ」。内側から弾けかえるような勢いで。

 このグラフィティを見ているだけで、これを描いた連中の姿が浮かぶようだ。少し気持ちがアガりかけ、また下がる。あのクソ落書きが、ザナドゥのみならず、こいつらも一緒くたに貶めているように思えてきた。「……ナメるなよ」衝動的にこの壁を真っ黒に塗ったり、壁を壊したりしたくなって、また恥じた。

 要は自信だ。確かなものだ。そういうものがザナドゥにはない。ネオサイタマくんだりまでやって来て……ヒキャクの片手間のグラフィティを、彼自身、信じ切る事ができていない。だから気持ちが侵食されてしまう。「酒が残ってるンだ。クソだ!」独り叫び、壁を背にする。……路地の奥、誰かが隠れた。

 ザナドゥの背筋がゾッと凍った。もう、そこには誰もいない。気のせいか。違う。同業の奴? 違う。確かに彼は感じた。ニンジャのアトモスフィアを。尾けられていた? 彼は息を呑み、そちらと反対の方向へ走り出した。彼の耳は、追随してくる足音を聞いていた。恐怖が強まった。

 彼は四ツ辻を左に曲がった。足音もついてくる。(何故?)ザナドゥは走った。(何故追ってくる?)「ハッ、ハッ、ハッ……」彼は速度をさらに上げる。ニンジャの脚力だ。彼は色付きの風と化した。「アイエッ!?」並走状態になったソバ配達のバイクが驚き、ジグザグ走行する。足音は……離れない!

「イヤーッ!」彼は「電話王子様」のネオン看板を蹴り、トライアングル・リープして「コミットメント縦横に」の看板を蹴って、さらに高く跳んだ。跳びながら後方眼下を振り返った。雑居ビルの影の中で、ニヤニヤ笑う目が見上げた。目には明確な害意があった……。「イヤーッ!」ザナドゥは高架上へ!

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