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【日報】おまえは今すぐ『ダンジョンズ&ドラゴンズ/アウトローたちの誇り』を観にいけ(逆噴射聡一郎)

よくきたな。おれは逆噴射聡一郎だ。おれは毎日すごい量のテキストを書いているがだれにも読ませるつもりはない。しかし今回、真のオリジナルR・P・Gコンテンツである『ダンジョンズ&ドラゴンズ』の映画がダンジョン&ドラゴンではなく「S」のついた真の男本来の姿で日本公開されることを知ったおれは、日本独自の腰抜けプロモの数々を真の男本来のWILLセーヴィングで切り抜け、無事にTOHOアンダーダークにたどり着いたとゆう寸法だ。

逆噴射聡一郎先生プロフィール:社会派コラムニスト。昔からダイハードテイルズ・マガジンに時々寄稿してくださいます。

おれは震え上がる

まず最初に、おれは映画館に行くまで、今回の映画『ダンジョンズ&ドラゴンズ』に対して、何ひとつ期待していなかったと正直に言っておこう。どうせ今回も、以前のSなしD&D映画に毛の生えたような安っぽい腰抜けライドショーのような仕上がりで、それを観た日本配給会社も完全にレイムになってしまい、ショックで寝込んで適当な腰抜けプロモを打っているのだろう・・・・と。

しかしその考えは、完全に誤りであった。映画本編が始まるや否や、おれはいきなりアイスウインドデイルとゆう名の雪深いMEXICOに連行され、監獄レールに繋がれて震え上がった。さらには開始5分で「ハーパーギルド」の名前が出てきた時・・・・・おれはハーパーに対する本能的な恐れの記憶と今回のD&D映画を斜に構えてナメていたことに対する不甲斐なさとが合わさって、再び震え上がった。そして・・・・哭いた。この映画は完全に本気なのだと一撃で思い知らされたからだ。そしてその瞬間から、おれは手に汗握りながら、この冒険の世界を心から楽しんでいた。そのくらいエンタテイメント映画としても面白いのだ。

たとえD&Dの知識が一切なくても、この映画が真の男の映画であることは、ワンシーンごとに滲み出てくるディテールの数々から読み取れるだろう。これは薄っぺらいハリボテや変な説教メタファンタジーなどではなく、まっとうなファンタジー映画だから安心していいと、おまえの内なる狼 -wolf- が告げるMEXICOの野生の同刻を聞くだろう。

まっとうなファンタジー映画というのは、設定が何万ページあるとかジャガイモがとかそうゆう事ではない。この映画に関わってる奴ら全員がD&Dとゆうファンタジーゲームカルチャーの持つ力を完全に信じ切っているとゆう意味だ。この世界がU・S・Aやカリフォルニアではなく、フェイルーンが本当にあって、冒険者たちがそこに生きて奮闘しているんだぞとゆことを、全力で「演じきって」くれているのだ。しかもそれは単なるカルト的な偏愛ではなく、長い年月を経て熟成され、エンタテイメントとしてバランスの取れた、完全な現在進行形エンタテイメント映画のグーパンチだったのだ。



おまえはD&Dを知っているか?

おまえもD&Dの名前くらいは聞いたことがあるだろうし、プレイした事がなくても、何となくは知っているだろう。CAPCOMもシャドーオーバーミスタラを作っていたし、E.Tとかストレンジャーシングスでも、キッズ達がダイスを転がしてデモゴルゴンに遭遇したりしていた。かく言うおれもMEXICOのサルーンではよくD&Dをプレイしていた。

ダンジョンズアンドドラゴンズ・・・それはアメリカ人のゲイリー・ガイギャックスが作った、会話によって進める剣と魔法とモンスターのゲーム・・・RPGの元祖だ。おまえはこのゲームにおいて戦士とか魔法使いとかになり、ダンジョンマスター役のやつが作り上げたダンジョンを冒険し、虫とか蛇とかモンスターを倒したり殺されてキャラを作り直すうちにレベルアップしてドラゴンを倒したりすることもできるようになり、冒険は壮大になり、領主になったりマップが六角形になったり半身的存在になって異次元とかに旅立ったりする・・・・・・そうゆうすごいコンテンツであり、全てのファンタジーゲームとかの大元だ。それが今回、急に映画になったのだ。

しかも今回の映画は、そんな真のコンテンツD&Dを全く知らなかったとしても、単純なアクションアドベンチャー映画として完璧に楽しめる。なぜなら・・・・真の男の映画だからだ。




おれが提供する完璧なD&D知識

この映画は本当にダンジョンズアンドドラゴンズを下敷きにしているので、おれのR・E・A・Lなダンジョンズアンズドラゴンズ知識が活きる。今回は特別に、おまえのために重要な点だけを解説しておく。

・地名

街:映画の中では単に「街」とか言われてるが、こんな街がその辺にポコポコ建っていたりはしない。ここは「ネヴァーウインター」とゆう名前の超でかい城塞都市みたいなものであり、その名の通り、年中暖かく富み栄えている。ネヴァーウインターは要衝なので、陰謀とか侵攻とか疫病とかでいつも壊滅の危機にさらされたり壊滅して蘇ったりしている。そのため今回も当然ながら壊滅の危機にさらされる。

サーイ:スキンヘッドやアンデッドがひしめく危けんな国。今回の騒動は8割がたこいつらのせい。

アンダーダーク:地底世界。やばい奴らが住んでいるが今回はファミリー向け映画なのでやばい奴らは出なかった。

・キャラクター

エドガン:親権を失ったあほのバード(Bard:吟遊詩人)の盗賊。ろくでなしだが憎めないやつ。バードが歌うとバフが入って仲間が強くなる。秘密結社「ハーパー」の一員だったが堕落し、商店街のショーウインドウ破砕窃盗といったせこい犯罪をくり返した末、アイスウインドデイルの監獄にぶちこまれた。

キーラ:エドガンの娘。エドガンがあほだったため、物心つく前に母親をサーイのやつらに殺された。キーラはほとんどエドガンの相棒ホルガの手で育てられたので、真の家族のようになついている。姿を消せるマジックアイテム(窃盗品)を持っている。

ホルガ:屈強で豪快な女バーバリアン。足が太くてかっこいい。いっけん完璧な真のベイブのようにも見えるが、まったく男を見る目がないため、腰抜けハーフリングと恋に落ちて部族を追放された過去を持つ。エドガンと意気投合し、キーラを養いながら、商店街のショーウインドウ破砕窃盗といったせこい犯罪をくり返した末、アイスウインドデイルの監獄にぶちこまれた。

サイモン:魔法もろくに使えない腰抜けソーサラー。なおソーサラーはウィザードと違ってCHAで魔法を撃つので、あほでもなれる。ケチな手品詐欺を繰り返していた。エルミンスターの子孫とか言っているが全く信用ならない。なおエルミンスターは赤いガンダルフみたいな爺さんであり、こいつの名前が出たら気を引き締めるべきだ。

ドリック:ティーフリング(半分悪魔みたいな外見のレア種族)の女ドルイド。白いアウルベアや様々な動物とかに変身できる。ちょっと変で浮いているがいいやつだ。サイモンはドリックに恋しているが、彼女はサイモンのことを「同じ教室にいるあほの腰抜け」くらいに見下げ果てている。

ゼンク:サーイの災厄から逃れてきた真の男でありパラディン。堅苦しいやつだが真の男であり、登場時はセクシーな胸元をそれとなく見せつけてくる。怪魚に飲まれた猫ちゃんなどを日々助けている。ひとりだけレベルが高いので、一緒に戦ってはくれない。

フォージ:エドガンを裏切ったペテン師の小悪党で、いつの間にか成金になって、ネヴァーウインターの主になっていた。おれは昔電子ゲームや非電子ゲームのD&Dをやっている時、フォージみたいなクソ小領主や成り上がり貴族どもによく遭遇して騙されてきたが、そうゆう奴らがどのようなプロセスを経て誕生するのかを今回身をもって知ることができた。しかし財宝を選挙活動資金にして成り上がったりド派手な自画像気球を飛ばしたりするあたりも脳内がカリフォルニアを感じさせ、どうにも憎めない。

ソフィーナ:ポスターでも一番目立っている邪悪なウィザード。その正体はサーイから忍び込んできたレッド・ウィザードだが、普段は青い服を着ていたり、頭巾でスキンヘッドのタトゥーを隠したりしているので、周りのあほたちは誰ひとりその事実に気づいていない。ソフィーナはエドガンらを罠にはめ、邪悪な魔法でネヴァーウインターを奪おうとしている。


現代アメリカとファンタジーが重なり合う

この物語の舞台は、映画用にでっちあげられた適当なハリボテ世界ではなく、フェイルーン・・・つまり由緒正しいD&D世界のひとつ、フォゴットンーレルムである。ウォーターディープとかネヴァーウインターとかアイスウイんドデイルとかの地名が容赦なく出てくるたびに、おれの胸は若かりし日の冒険の記憶にあふれて高鳴った。

この世界では、人間とかエルフとか角が生えたやつとか鳥人間とかが一緒くたになってウロウロしており・・・・・いい奴もいれば悪い奴もいて・・・・人間の人種も多種多様に入り混じっている。この入り混じった感じは自由なるアメリカで生まれたファンタジーらしさがあり、作品にポジティブな開放感をもたらしていた。既存の古典の設定をむりやり壊すのではなく、最初から多様な世界として作られてるので無理がない。おれは最近ちょうど、そうゆう感じの映画を摂取したいなと思っていたので、タイムリーに嬉しく思った。

アメリカらしいといえば、この映画はファンタジーではあるが父と別居の娘にまつわる世知辛い話が根幹に据えられていたりとか、ホルガが別れた夫に会いに行って今の奥さんと鉢合わせしたりとか、高級商店のショーウインドーを叩き割ってマジックアイテム宝石を盗んでみたりとか、盗んだ財宝を選挙活動資金に充ててネヴァーウインターの大統領みたいになってみたりなど、そうゆう現代社会っぽいノリをそのままファンタジーで彩っている。しかしそれによってイマジネーションが卑近になったりとか、嫌な風刺っぽい感じやゲンナリする夢のなさが出たりすることは全然なく、むしろある種のサイバーパンクのような、現代を語り直す写し鏡としてのフィクションの面白さを実現できているとおれは感じた。その変換が巧みなのだ。

なんだかこの世界は風通しがよく、どんどん時間が前に進み、「冒険に行こうぜ!」「生きるのは色々可能性があって楽しいんだぜ!失敗もあるけどな!」という前向きな陽性のバイブスを、観ているおれに伝えてくるかのようだ。つまり、この映画は現実世界のさまざまなことをポジティブな形でファンタジーに変換し、過剰なメタ視点とかで興醒めさせることなく、現代社会の倫理観リアリティを保持しつつも「ファンタジーの魔法」が解けないような、欲張りで丁寧な作りこみになっているのだ。

そして、この話で一番大切なのは「冒険」・・・この物語にはダンジョンズアンドドラゴンズらしい冒険、罠、マジックアイテムをゲットしてパワーアップする楽しさがうまく詰め込まれていて、エキサイティングをもたらすと同時にD&Dっぽい感覚を楽しむこともできる。ガーディアンsオブギャラクシーのあの軽妙なノリと、ワクワクする雰囲気が好きならば、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』はまさに今おまえが見るべき映画だ。おまえは今すぐ映画館に行ってD&Dをキメてこい。



主人公チームは全員ならず者

まだおれの言葉が信用できない奴のために、内容についてもう少し書いておこう。この映画は、雪に閉ざされし地の刑務所塔から始まる。2年ごとの模範囚の審問の場で、どうやら昔はブイブイ言わせていたであろう奴が、恩赦釈放を得るために、自己弁護を始める。

男の名は「エドガン」。もともとは国際警察みたいな立場にいた高潔なエージェントであり・・・貧しくとも家族を大事にして生き・・・そうゆう話が展開される。なるほど、この男はきっと無実の罪とか、やむにやまれぬ事情で投獄されたやつなんだな・・・・とおれは思った。そうしたら、色々あって落ちぶれたそいつはコソ泥みたいな仕事をやりまくって財宝ゲットを始めた・・・なんだと!? こいつらは思い切り普通に犯罪者だ! おれは完全に呆れるとともに苦笑し・・・この開き直ったノリ・・・・・この映画は実際めちゃくちゃ面白いやつなのでは? と襟元を正した。

会話のテンポは良く、適度にふざけており、ガーディアンズオブギャラクシーとかマイティソーバトルロイヤルとかみたいなノリを感じさせつつも、さらに現代的にバランスが取られ、実に軽妙だ。おれはどんどんスクリプトに引き込まれていった。エドガンは相棒である筋骨隆々の女バーバリアンと共に刑務所塔を脱出し、そして昔の仲間に引き取られて暮らしている娘を取り戻すための冒険を開始する・・・・・・そうゆう筋書きだ。


おれは興奮する

主人公であるエドガン。こいつの特技はリュートの演奏と歌、そして楽観的な態度だが、それ以外には大した力も魔法も持たない。そして娘がいる。その相棒のホルガは筋骨隆々の女バーバリアンで、素手のパンチやキックや盗んだ斧で敵をボコボコに倒し気持ちがいい。二人は悪党で、薄汚い格好をしていて、一発成功する事で頭がいっぱいだが・・・・邪悪とまではいかない。金持ちからしか盗まないし、殺しもしない。こいつらの旅は遠景カメラで、雄大な自然を、徒歩とか馬とかで移動する。すごく美しいフェイルーンの景色だ。そのさまは、おれに最高の名作コナン・ザ・グレートの移動シーケンスを想起させ・・・エモーショナルな気分にさせる。

エドガンのもとに集まるのは、腰抜けソーサラーや、ちょっとズレたドルイド女とかだ。こいつらは全員が欠点や環境の不運を抱えたルーザーであり、今までロクな目に遭ってこなかった連中だ。そうゆう連中が一念発起し、自己実現するために、やけっぱちで危険な冒険に身を投じるというストーリーに、おれは感情移入牛、拳を強く握らされることとなった。やがて、ドルイド女が見事な動物変身能力を駆使してスパイ映画の潜入ハッカーよろしく情報収集したり(ワンカットで次々に動物変身を繰り返すさまは非常にエキサイティングだ!)、腰抜けのソーサラーがついに真の男として覚醒したり、あるいはゼラチンキューブやディスプレイサービーストのような初心者向けmンスターがちゃんと脈絡を持って配置されたりするたびにおれは心を躍らせた。こうして物語は、ラストバトルへとなだれ込む。

レッド・ウィザードとの最終決戦も、一見ド派手なようでいて、同時に「このゲームを進行しているのは良心的なDMだな」と思わせる配慮も随所にあり、そうした細かな気づかいの多重構造も見逃せない。アドベンチャー全体も「このレベル帯ならこの位の脅威がふさわしいだろう」と納得させるものであり、そのためビホルダーとかイリシッドとかが出ないことに対してK・I・D・Sも納得せざるを得ないし、それらが自然な感じに多重構造のエンタテイメントしている・・・・とにかくバランス感覚がうまいのだ。

分厚い原作愛とカルチャーの歴史そのものに対するRESPECTO、そしてエンタテイメント映画としての、マチュアで優れたバランス感覚と包容力、そして今現在のエンタメに求められるド直球で前向きで決断的なグーパンチの力が合わさり・・・・真の男の映画『ダンジョンズ&ドラゴンズ』と化した。あとは、おまえが観にいくだけだ。


おまえには失敗する権利がある

この映画はすごくテンポが良いが、次々に素晴らしく問題解決していけるわけではない。例えば中盤、「やったと思ったらやっぱり駄目だった!」「トラブル発生で準備が台無しに!」が繰り返されて、おまえは一瞬やきもきするかもしれない。だが、このグダグダは意味のある良いグダグダで、R・E・A・Lなものである。これは「S.W.E.P.8最後のジェダイ」のコードブレイカーを探してカジノ惑星とかウロウロして結局全部無駄で無意味でした、みたいな徒労シーケンスとは全く質を異にするものであり、もっと生々しく、いきいきした七転八倒のさまだ。

さっき少し述べたが、主人公エドガンたちは全員、社会からはみ出した負け犬たちだ。だから、冒険の道中はグダグダし、うまくいったと思ったらやっぱりダメでプランを変更したりすることを繰り返す。こいつらのポンコツぶりは口先だけではないのだ。しかし、一度冒険に失敗したからといって、それでもうチャンスはなくなるのか? そんなことはない。「人生に失敗はつきものだ」「何事にも例外はある」「何度でもチャンスはある」「あほや腰抜けでも真の男になれる・・・・!」そうゆう力強いメッセ=ジが、この物語では何度も何度も、ひたすらストレートに反復して繰り返されていた。

ドンづまりの負け犬たちが、諦めず、奮闘し、真の男本来の姿へと立ち返ってゆき、家族の絆が再生するとゆうわかりやすい筋書きは、まさに王道のストーリー・・・・・王道のグーパンチである。それを奇をてらわずに、最新の文脈でやっている。しかも、全体としては原作ゲームを踏まえた多重構造でもあり、前提知識なしで見た時に満点のファンタジー映画であると同時に、D&D映画としても全く申し分がないのだ。

たとえば、中盤のなかなかうまくいかない一連の悪戦苦闘と行き当たりばったりの即興・・・・・これには、RPGを今後おまえがやる時の、「失敗を楽しむ予行演習」のような意味もあるとおれは思った。もし、この映画を観てD&Dやりたくなったおまえが実際にルールブックを手にして友達とプレイした時・・・・絶対に最初は思ったほど上手くはいかない筈だ。おまえはD&Dのゲーム中にもしょっちゅう、マジック兜の成功判定が何回やっても出ないみたいな行き当たりばったりに陥るだろうし、情報収集に詰まって寝始める奴すらいるだろう。それを最大限楽しむための予行練習をするという意味でも、この七転八倒には大きな価値があるとおもった。

またそもそもゲームに限らず、人生とは本来そうゆうもので、失敗や無駄がつきものなのだ。いいか、よくきけ。完全に1ミリの失敗も無駄もない人生をめざして、人生RTAとか人生コスパとかを計算し始めると・・・・途端におまえの人生は味気ない味無しドリトスみたいにパサパサの無味乾燥になってしまうだろう。「これは絶対失敗しないノウハウです!間違いない!コスパ最強!」みたいなことを言って情報商材とか売りつけてくるコンサル野郎は、おまえの人生から大切なものをスポイルしかねない。そんなCORONAビールもサルサもない味気ない人生よりも、失敗や例外はつねに起こることを前提に、一緒にいる仲間たちと楽しくやって、それでもメゲずに冒険して前に進んだほうがいい・・・・・スクラップ&ビルド・・・・そうゆう真の男のためのMESSE-ZIが込められているのだと、おれは受け取った。


最新の倫理観バランス

またこの映画では、仮に失敗や行き当たりばったりでも、そうゆうシーケンスのひとつひとつがそもそもテンポ良く、実に楽しいし、仲間たちの絆は強くなっていっている。「失敗もあるんだよ」ということを、こんなにポジティブに、かつ楽しく描くことができるのは、原作に対するRESPECTも大きいとおれは感じた。「僕もこんな冒険を気の合う仲間たちと体験してみたいな」と思わせるだけで、すでにこのシーケンスは成功しているし、それが単なる子供だましではなく、大人が見ても楽しめるようなひねりも随所に加えられているから退屈しない。実に巧みだ。

またおれが特に感心したのは、全体的な倫理観のコントロールだ。それは別に何か目新しい倫理観を押し付けて来るわけではなく、作品の中での約束作り・・・「これから一緒に楽しむためにここは飲み込んでね」とゆう内容の提示がうまいとゆうことだ。たとえばこの映画では、必要以上に露悪的に社会の暗部にフォーカスしたり、「でも、こいつら現代社会の法律に照らしたら悪人ですよ!いいんですか皆さん!?」みたいに混ぜっ返したりしない。窃盗くらいでガタガタいわないし、死体を掘り起こして喋らせたりそのまま放置したりしても、まあいいか、くらいの感じで進んでいく。「この映画はこういう感じの倫理観なんでよろしく!」というのを最初に設定して、そのルールが守られているので、おまえは何の不満も抱かないだろう。

ファンタジーエンタメとゆうのは、多かれ少なかれ、世相を反映する。しかしファンタジーは本来異世界なのだから、現代の倫理観をダイレクトに反映しすぎるとファンタジーの魔法がとけてしまうし、だからといって無視しすぎたり、あえて露悪的にやったりすると、今現在進行形のエンタテイメントとしての品位や面白さが損なわれてしまう。今作は、そこをスクリプトやシナリオの面白さで、実に巧みに回避し、本筋の面白さを際立てている。

例えば、あほと腰抜けが揃ったパーティーの中で、ドルイドのドリックは一見すると何の欠点もない不思議ちゃんに見えるが、マイノリティー存在である彼女も「人間に対する偏見や不信」とゆう弱みを抱いている。しかしそれらはマイルドに表現され、わかる人が見ればわかるレベルにおさえてある。そうゆうのを必要以上に先回りして塞いで隠して「無かったことにする」のではなく、加減して、本筋である「エドガンとホルガとキーラの家族の物語」に自然とフォーカスしているのだ。

そして何より、この映画の登場人物たちは「ファンタジー異世界で頑張って生きるキャラクターたち」であると同時に、ちょっと引いて俳優レベルで眺めてみた時にも「D&Dというカルチャーの力を全力で信じて本気で楽しんでいる大人たち」のように見えて、その多重構造が実に心地よくおもえた。こうしたバランスの取れたポジティブさを、変に斜に構えることなく、真正面から描くことは、ここ数年の良作映画のセオリーであるとおれは感じているが、それをさらに強力に感じさせてくれたのが今回のD&Dであった。


ファンタジー映画としても凄い

おれは何度でも言うが、これはD&D映画として素晴らしいし、ファンタジー映画としても上出来だ。D&Dマニアでも楽しめるし、D&Dを知らないKIDZが初めて観るファンタジー映画としても申し分ない。「長い歴史を持つ重厚なファンタジー」と言っても、その分厚さは上から重苦しくのしかかって来るようなもののではなく、頑丈で頼もしい足場として作用している。分厚くスプリングの聞いたフカフカのベッドとかソファーを思い浮かべてみろ。今回の『ダンジョンズ&ドラゴンズ』はまさにそのような、安心してファンタジーの世界に身をゆだねられる映画になっている。

さらに、この映画の素晴らしい点として、今回のスペクタクル起承転結も、大局的には単にフェイルーン世界の一側面を切り取ったものでしかない、世界が外側にもっと広がっていることを、奥行きとして感じさせる・・・・余白の作り方がうまいことだ。原作付きのものをファミリーでも楽しめるようにメディアMIXする時、たまに牙を抜いたような腰抜け改変が行われたり、初心者をむしろナメくさった配慮によるnerfが行われることもあるが・・・今作に関してはそこについて何ら心配する必要がない。D&Dを知っていいても知らなくても、大人でも子供でも楽しめる、とにかく上質で包容力のあるエンタテイメントになっている。なお、この見立てに関してはエアプではなくおれが劇場に行った時に周りに座っていた親子連れのキッズが映画をチョー楽しんでいたので完璧に照明されているといえるだろう。

無論、おれも初見時は最後まで油断せず、ヒリつくような緊張感とともにあった。終盤に突然「ゲームばっかりしてないで、現実世界における君自身の人生を考えたり、彼女を作ったり、クジラについて考えたりしなさいネ」みたいにメタ発言されて突然はしごを外される事がないか落下衝撃に身構えたが・・・・そうゆう心配も完全に杞憂だった。とにかく全てが最後まで真摯にD&Dやファンタジー文化に対して丁寧に向き合ってくれている。そこがとにかく素晴らしく、おれは家族の絆が再生されるラストシーンで思わず目頭が熱くなり、テームインパラの流れる仕掛け絵本形式の最初のエンドロールで心地よくなり、そのあと日本版のわけがわからないエンディングテ=マにわけがわからなくなって劇場を後にした。


いますぐ映画館に行け

未だここを読んでいるおまえは、今すぐ映画館にいって真の男本来の姿勢を取り戻し、フェイルーンの冒険に旅立て。するとおまえは完全にD&Dの力に目覚め、帰りにスタートセットを買ってSALOONのベイブやトレホを集めてアドベンチャーしているだろう。ふた昔前は日本でもD&D文明が栄えていたらしいが、ひと昔前には衰退しており、おれがどれだけD&Dの面白さや3Eのシャブさについて周りに伝えても「D&Dとかバタ臭いから日本じゃ絶対流行らない」「D&Dとかもう誰も知らない」「イモエンじゃ売れない」「ワォーハンマーwww」みたいなことを抜かしてプロデューサー気取りの頭でっかちなことばかり言われてきた。その時、確かにそこに生まれている新しいプレイヤーたちの本気な感じを、だれもまともに聞こうとしなかった。おれが本気でドリトスのことを伝えてもまわりのやつらは全員ドンタコスしか食わなかったのとおなじだ・・・・。それはなぜか? 裏でタルサドゥームが糸を引いていたからだ。

だが時代は変わった。『ダンジョンズ&ドラゴンズ/アウトロー立ちの誇り』とゆう真正面からのストレートパンチで、球体以前のタルサドゥームにひと泡吹かせるべき時が来たのだ。D&Dもシャブではなくなり、ファミリーでも遊びやすい感じの5Eになっていた。当時「S」のない『ダンジョンアンドドラゴん』を観て無力感に襲われたり、あるいは単純に時が流れて仲間とバラバラになっていつの間にか真の男の冒険心や遊び心を忘れてしまったおまえも・・・・・・当時のパーティーを全員呼びあつめて『ダンジョンズ&ドラゴンズ』を見に行き、失われた20年を今すぐとりもどせ。おれから言いたいことは以上だ。

(逆噴射聡一郎)


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