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S2第1話【コールド・ワールド】全セクション


 打ち寄せる波も、濡れて光る砂も、そして空も、灰色にくすんでいた。荒涼としたグラデーションだった。空に鳥の影は無い。命の影はひとつだけだ。

 どこか実在感に欠ける光景の中、波打ち際を歩く影の足取りはおぼつかない。赤黒に滲む姿は、この静謐で恐ろしい水墨画の、一粒の焦がし痕のようだった。あるいは血飛沫の一滴か。どちらにせよ不吉な何かだった。

 その者は唯一人。ひどく傷つき、憔悴し、俯いて。立ち止まることはない。


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エイジ・オブ・マッポーカリプス:シーズン2

【コールド・ワールド】

「ヒーヴ、ホー!」「ホー!」「ヒーヴ、ホー!」「ホー!」甲板に居並ぶ男たちは荒波に負けじと声を張り上げる。彼らの手にはバイオバンブー製の強力な釣り竿がある。手にはナノカーボン製の専用ミトンだ。素手でマグロを釣り上げる事などできない。重みに皮膚が裂け、手の甲の骨が破壊される。

 船体には流麗な筆致でオイラン・ウキヨエが描かれ、毛筆カタカナミンチョで「ダイタチ・メガミ」と書かれていた。この船の名である。船長のデイビスはやや後ろで腕を組み、漁師達のキアイを監督していた。彼は傍らに立つ息子のエイブを睨む。「俺無しでやれるか」「ああ。親父」屈強な二十歳。

 「キアイ! 止めるな!」エイブは叫んだ。そしてこぶしを握り締める。「ヒーヴ、ホー!」彼の監督シャウトに応え、漁師たちが叫び返す。「ホー!」エイブは額の汗を拭った。「クソッ……」父親よりも屈強なエイブだが、まるでキアイが足りない。デイビスはカラカラと笑った。「まだ早かったな」

「親父、俺はやれるんだよ」「キンタマ磨いておけ」デイビスは息子の背中をドンと叩いて列に追いやり、三倍以上の声量のシャウトを行った。「ヒーヴ! ホー!」「ホーッ!」すると、見よ! 漁師のひとりが黒い巨塊を海中から跳ね上げた! マグロ一本釣り!「ホーッ!」更に一人!「ホーッ!」更に!

 宙を飛んで甲板に落下したマグロ達は甲板を跳ね、目を剥いて吼えた。「AAAARGH!」すぐさま、屈強な棍棒手達が跳ねまわるマグロに駆け寄り、繰り返し殴りつける。「AAAAARGH!」マグロの断末魔が響き渡る。弱ったマグロに、屈強な槍手が駆け寄り、突き刺してカイシャクする。

 ゴウランガ……これが海の黒ダイヤ、殺人マグロ一本釣り漁の光景だ。釣り手、棍棒手、槍手。それぞれの役職が一糸乱れぬ息を合わせねば、たちまち負傷者、最悪、死者が生じる。船長の号令の質がその命運を分けると言っても過言ではない。全員が最善を尽くし、成果を得る。タフな仕事だった。

 デイビスはダイタチ・メガミ号のクルーを率い、この「真の仕事」に命を捧げてきた。声は塩辛く枯れ、皮膚は赤銅色で、いつも眩し気なしかめ面だ。彼の港はアラスカ、シトカにある。そこからガラパゴス諸島近海まで航海し、マグロを狩る。十分なマグロを積載し終えると、再び北へ帰る。途中、幾つかのポイントで停止し、マグロを狩り直す。シトカには随分近づいた。この漁がこの航海で最後となろう。

「……」彼は甲板上でアグラして動かない赤黒のニンジャを横目で見た。船員たちは邪神像じみたそのニンジャをなるべく視界に入れぬようにふるまっている。不吉だからだ。

 イサベラ島の付近で網にかかった赤黒のニンジャは、あわやデイビス船長を手にかける寸前であったが、何らかの自制を行い、二言、三言かわしたのち、アグラ姿勢で動かなくなった。気絶していた。気絶というべきだろうか? この航海中、彼が目覚める事はここまで一度もなかったのだ。

 死んでいない事は確かだった。熱を持った呼吸を繰り返していたし、装束に触れれば、焼けるように熱かった。オンライン祈祷師に通信を試みたが、『不吉だ』との回答だった。そんな事はこの船の全員がわかっている。だが、海に遺棄する勇気のある者はいなかった。否、道義にもとる。

 かといって動かせる者も居ない。よって赤黒のニンジャはもはや荒ぶる守護神じみて甲板に残されたままであったし、荒天の折はビニールシートを用いて、間に合わせのテント状のものを用意されもした。マグロをチャンバーに叩き込み終えると、「親父……」エイブが近寄って来た。「この後どうする」

「ニンジャか」「決まってるだろ」エイブは囁いた。「もうすぐシトカの海域……って事は、過冬のパトロールがさ……誰とも知れねえニンジャなんか乗せてたら……」「わかっとる」「絶対に不味いよ。どんなイチャモンつけられるかわからねえし」「じゃあお前、どうしろってんだ」デイビスは唸った。「目を覚ますかもしれねえ。ギリギリまで待て」

 結論は出ない。デイビスは唸り、赤黒のニンジャを見る。だが、たとえ相手がニンジャであろうと、海で溺れたであろう者を見殺しにするような生き方を是とした事は無いのだ……「……オー……」そのとき、妙な音が聞こえた。「……オー……」波? 風? 妙な音だった。「……オー……」

「何だ?」デイビスは呟いた。それは前方の海から聞こえてくるようだ。「……オー……」「……!」デイビスは眉根を寄せる。岩影! この海域に!? 何故!?「舵を……!」デイビスは操舵室に駆け込んだ。既に操舵手は必死に旋回操作に入っていた。「アイエエエエ!」甲板から悲鳴が聞こえてきた。

「死ぬ気で避けろ!」デイビスは命じ、甲板に駆け戻る。そして思わずぽかんと口を開き、だらりと手を下に下ろした。「アイエエエエエ!」漁師の一人、二人はその場で失禁し、倒れ込んだ。「アババーッ!」嘔吐している者もいた。……無理もない。ダイタチ・メガミ号は海の怪物を前にしていたのだ。 

「……オー……」今やはっきりとわかる。謎の音は怪物の発する唸り声だ。身をもたげるそれは、岩山めいた甲羅を尖らせた巨大な亀……否……奇妙に老人じみた面影のある巨大な顔の獅子……否……亀と獅子の合いの子のような姿をしていた。波間に動く巨大な柱じみた足は六本ある。「オー……」

「何……だ……こりゃあ……」デイビスの長く過酷な漁師人生のなかでも、このような不条理な魔物を目にした経験はなかった。今や船員のほぼすべてが我を失い、逃げる事すらできずにいた。「オー……」怪物は濁った眼を動かした。その眼差しにはダイタチ・メガミ号への明確な害意があった……!

 獅子の怪物は前足を振り上げた。海が鳴動し、飛沫が雨のように降り注いだ。デイビスは動こうとする。指示をくだそうとする。逃げろ……船内へ……声が出てこない……「エイブ……! イザベラ……!」「……オー……」

「Wasshoi!」

 その時だ! アグラ姿勢のまま微動だにせずにいた赤黒のニンジャが、不意に動いた! 黒い炎につつまれた風車めいて、ニンジャは高く跳ねた。甲板に着地し、黒く焦げた切れ込みを刻みながら一瞬で最前部へ至ると、再び跳ね、直立着地した。そしてアイサツを繰り出したのだ!

「ドーモ。ウラシマ・ニンジャ=サン。……ニンジャスレイヤーです」ゴウ、と音を立て、ニンジャスレイヤーの背中が黒い火を噴いた。デイビス船長はニンジャ・リアリティ・ショック症状から揺り戻され、ようやく叫んだ。「逃げろ! 船内へ! 戻れ! 貴様ら!」

「アイエエエエ!」「アイエエエエ!」しかしデイビス船長は足をもつれさせながら逃げ来る船員たちに加わる事は無かった。「親父! 早く!」エイブが腕をつかんで揺さぶったが、彼は首を振った。「俺の船だ……見届けねば」「親父のバカ! 何を!」

「……ドーモ……ニンジャスレイヤー=サン……」獅子めいた鬣をざわつかせ、巨大な老人じみた顔はもぐもぐとアイサツを返した。「……ウラシマ・ニンジャ……です」「腐肉じみて海をうろつく、生き汚い獣めが」ニンジャスレイヤーはセンコじみて燃える目を細め、罵った。「サンズの水底に帰りおれ」

「ア、ア、」デイビスは震えながら声を押し出した。「だ、誰だか知らねえが、た、助けてくれ、アンタだけが頼りだ」「コワッパ! 黙らぬか」ニンジャスレイヤーは一喝した。メンポがミシミシと音を立てた。「邪魔だ……!」「アイエッ」デイビスと息子はびくりとした。このニンジャには奇妙なアトモスフィアがあった。何かを耐えているような……。

「オオオーンンン……」ウラシマ・ニンジャは邪悪な目を光らせ、頬を膨らませると、黄土色の瘴気を吐き出した。明らかにアブナイ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは両腕を黒く燃やし、振り払った。前方に炎の波が生じ、邪悪な瘴気を焼き払う!「オオオオオ!」ウラシマ・ニンジャが吠える!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは跳んだ! 一瞬後、ニンジャスレイヤーはウラシマ・ニンジャの眼前に至り、強烈な蹴りを繰り出していた!「イヤーッ!」「グワーッ!」魔物が悲鳴を上げる!「イヤーッ!」「グワーッ!」左拳を叩き込む!「イヤーッ!」「グワーッ!」右拳を……片目に突き刺す! 眼球が破裂し、厭わしい黄土色の体液が噴出する! 

「ア……ア……ア」デイビスは呆然としてその戦闘光景を見守る。腹の底が冷え、恐るべき認識が訪れようとしていた。それは端的な認識だった。当然、彼に古事記の知識など無い。ニンジャ真実も知りはしない。だが、理解した。「彼らが帰って来た」。彼らとは何か。それすらわからないが、そう思った。

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは甲板上に飛び戻り、膝立ちに着地した。「AAAAARGH……」ウラシマ・ニンジャはこのような反撃を受ける事をおよそ想定していなかったと見え、苦痛と困惑に呻き、潰された片目から煙を噴き出して仰け反った。そして向きを変えた。「AAAARGH……」

 煙噴くウラシマ・ニンジャの潰れた片目は、急速にそのみずみずしさを取り戻し、すぐにも復元を始めている。「船を出せい!」ニンジャスレイヤーはデイビス船長に命じた。デイビス船長は息を呑んだ。船を出さねば死ぬのだ。あの怪物はあの程度で死にはしないのだ。そうでなくとも、このニンジャに殺される。

 ゴゴゴゴ……ダイタチ・メガミ号は唸りをあげて加速した。「AAAAARGH……」ウラシマ・ニンジャの恨めしげな叫びは徐々に遠ざかってゆく。「ア、アンタ、大丈夫か」恐る恐る近づこうとするのはエイブだった。ニンジャスレイヤーはゆっくりと甲板に手を突き、なにかを堪えていた。

「ヌウウウ……ぬかったか……マスラダ……」ニンジャスレイヤーは不明瞭な唸りを洩らす。装束がブスブスと燃えている。黄土色の返り血だ。明らかに危険な液体を黒炎が焼き消してゆくが、ニンジャスレイヤーはその毒に耐え切れず、うつ伏せに倒れた。

「ア……!」エイブは息を呑んだ。「どう……どうしよう、親父!」彼は熱に苦しみながらニンジャスレイヤーを抱え、振り返った。デイビスも駆け寄った。「どうってお前! お、恩人だろうが!」「……冷やせ……」ニンジャスレイヤーは呟いた。「おれを……氷の……」瞳孔が開き、ぐったりとなった。親子は顔を見合わせた。

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(((マスラダ……ウカツ……))) 切れ切れの意識に、ナラク・ニンジャの声が去来する。(((この愚か者め……))) 罵りはニューロンの同居者の声なのか、彼自身の声なのか、判然としない。彼一人では動けぬ。だがナラクに全てを渡せば……。

 ウラシマ・ニンジャとのイクサ。デイビス船長への叱咤。断片的な記憶だ。かろうじてマスラダは自我を保った。まだらの自我を。もっとうまくやる方法はあっただろうか? 否、そもそものあの時……あの時ああしていれば……マルノウチ…… (((マスラダ!))) 

 マルノウチ……アユミ……あの時マスラダはアユミの…… (((マスラダ!))) 闇の中で彼の目はセンコ花火めいてすぼまり、燃える。頭を抱え、声なき叫びをあげる。あの時ああしていればアユミは…… (((マスラダ!))) サツガイ!……サツガイ……!(((そうだ! 執着せよ!)))

「サツガイ……サツガイ……」マスラダはブツブツと呟いた。まどろみが訪れる。「……サツガイ……」

 やがて、闇の外から諍いの声が聞こえて来る。(エッ……どういう事です?)(状況が変わったのだ。状況がな。貴様、俺に意見する気か?)(め、滅相もない。ですが……)

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「か、過冬のダンナにどうして悪意なんて持ちますかい。め、滅相もない」デイビス船長は両手をひろげた。「ですが……それではクルーを到底養えやしませんし、次の航海に出る事も……」「俺には関係の無い話だ」カットスロートはつまらなそうに言った。「そうだろう。お前らの人生など知らんよ」

 カットスロートは楽しげに、デイビス船長の目の前を左右に歩く。後ろで手を組み、まるでセンセイめいて。遠巻きの船員たちが不安げに見つめる。ダイタチ・メガミ号には小型の高速船が横付けし、へりにフックをかけて停止している。

 ダイタチ・メガミ号の甲板には、カットスロートの他にも、四名の「過冬(カトー)」が乗り込んできていた。四つ子のようにそっくりだ。クローンヤクザである。

「マグロ漁業は人気の仕事だ。誰もが海の男になりたいと見える。ハ!」カットスロートはせせら笑った。「船さえあれば人はまた雇える。それでよかろう? それでもなおエクストラ税が払えない無能者は、冷たい海の底に転職するといい。中古の船を欲しがる連中も数多居る!」ナムサン! 関税横領の現場だ!

「……七割は無理だ」デイビスは低く言った。「本当に無理です」「ンンーそうか……」「無理ですよ」「わかった」カットスロートは頷いた。デイビス船長は謝罪しようとした。カットスロートはそれを制した。そして、「……イヤーッ!」「アバーッ!」デイビス船長の胸が、裂けた。

「親父ーッ!」エイブが飛び出した。「グワーッ!」強烈な蹴りがエイブを捉えた。エイブは甲板を跳ね、転がり、痙攣した。カットスロートは舌打ちし、船員たちを睨んだ。「チッ。しっかりと合理的理由を説明してやると、すぐに付けあがる。弱肉強食の掟もわからんアホどもめ」

 カットスロートを指を鳴らした。クローンヤクザ達がズカズカと前進し、冷凍チャンバーに向かう。「そ……そこは!」エイブがうつ伏せ状態で呻いた。「ほう」カットスロートは目を細めた。「マグロ以外の積み荷も隠している? これはいよいよ重罪」「そこは……アバッ……」

「貴様ら。中に何がある?」カットスロートは一同を見渡した。船員たちは口ごもった。「気に入らんな……」カットスロートが顔をしかめて呟いた時には、無作為の数名の身体が裂け、血が噴き出していた。「「「アバーッ!」」」

「無抵抗不服従のアトモスフィアが気に入らんな。非協力的だ」カットスロートは生き残った者らを睨み渡した。「この船はマグロ漁船だな? マグロ以外のものを積んでいたらただでは済まんぞ。ここは過冬の海だ。そんな簡単な事実も取りこぼすバカには、わからせねばならん。そういうクズ野郎の首を切って海に投げ落とす。それが俺の仕事だ。……やれ」

 指示を受け、クローンヤクザは冷凍チャンバーを開けようと試みた。「開きません」振り返る。ダイヤル式だ。「……番号は?」カットスロートはエイブを見た。「……!」エイブは血泡を吐いた。「強く蹴り過ぎたか?」ニンジャは嘲笑った。「どちらにせよニンジャの握力にものを言わせる。同じ事だ」

 カットスロートはクローンヤクザを押し退けた。そして冷凍チャンバーのダイヤルを握り込んだ。「……イヤーッ!……イヤーッ!」KRASH! ダイヤル錠は砕け散った。「くだらんな」カットスロートは分厚い扉を引いた。冷気が吐き出された。赤黒のニンジャが目の前に立っていた。閉じていた目が開いた。

「凍った……ニンジャ?」カットスロートは呟いた。「え? 目?」ピキピキと音が鳴った。溶ける音だ。赤黒のニンジャの装束にこびりついた白い霜が瞬時に溶けてゆく。カットスロートはもう一度、この謎のニンジャの目を見た。この時点で既に、凄まじい怒りが己に向けられている事を知った。

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「イヤーッ!」「グワーッ!?」カタパルトめいて冷凍チャンバーから射出されたカットスロートは、甲板を転がり、先端部のへりに衝突して呻いた。「グワーッ!」ダメージは重かった。受け損ねた。恐るべき速度だった。彼は見た。黒く燃えるニンジャが進み出るさまを。

「ニ……ニンジャだと……? 船員ども……!」カットスロートは咳き込み、起き上がった。「ニンジャを匿っていただと!? 貴様ら!」彼は怒声を張り上げたが、かたずをのんで見守る船員たちは悲鳴を噛み殺し、黙ったままだ。

「アバッ……ア、バッ」デイビス船長は急速に冷たくなりながら、赤黒の影に焦点をあわせようとした。自分に致命傷を与えた過冬のニンジャに向かってゆっくりと進むその姿。周囲の空気が熱に歪み、その背中は燃えている。この世のものとは思えない。(ああ。俺は神話の中にいる)デイビスは死んだ。

「貴様……貴様は一体」カットスロートは呻いた。赤黒のニンジャはジゴクめいた目で過冬のニンジャを見据えた。そしてアイサツした。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」「ニンジャ……スレイヤー……」その不吉な名と「忍」「殺」のメンポに、カットスロートは恐怖をおぼえた。

 恐怖。むしろ恐怖の対象は組織の内にいた。シンウインターを始めとする過冬の苛烈なるニンジャ達。だが今はこの正体不明の存在こそが、彼を死の顎にとらえようとしている……!「やってしまえ」見守る船員の誰かが呟いた。「やってしまえ……!」

「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。カットスロートです」カットスロートはアイサツを返す。ゆっくりとしたオジギの中で、彼はニューロンを高速回転させ、最善の迎撃策を探った。胸部に受けた蹴りは重い。このまま一対一のイクサに入れば不利……さいわい彼には数の力がある!

 オジギの頭を上げながら、彼はニンジャスレイヤーに向かって指を突き出した。「ヤッチマエ!」ナムサン! 四人のクローンヤクザが一斉に懐からサブマシンガンを取り出し、一斉に掃射を開始した!「「ザッケンナコラー!」」それだけではない! 漁船に横付けした過冬高速船甲板にはロケットヤクザだ!

 BRATATATATATATA! BRATATATATATATA! 浴びせられる銃弾!「アイエエエ!」「アバーッ!」悲鳴を上げ、あるいは血を流して倒れ込む船員! ニンジャスレイヤーは……消えた。甲板には半円を刻むような焦げ跡が生じた。その先端にニンジャスレイヤーがいた。「「「「グワーッ!」」」」緑の血が噴出した。

 ニンジャスレイヤーの両手にはそれぞれ一つずつ、緑の血に脈動する心臓が握られている。空中にはクローンヤクザの頭が飛んでいる。ニンジャ動体視力をお持ちの方は捉えられたであろう。二人の首を蹴りで刎ねながら近づいたニンジャスレイヤーは、もう二人の心臓を続けざまに摘出し終えていた。

「スッゾオラー!」その時、横付けした過冬船の甲板からロケットヤクザが立て続けに垂直飛翔した。彼らはジェットパックを背中に背負い、額に信管を埋め込んだサイバネヤクザである。クローンで、自我が無く、ゆえに捨て身の武器ともなる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは生首を掴んだまま回転!

「イヤーッ!」回転の中から、ニンジャスレイヤーは黒炎に包まれた生首を投擲した。生首は飛びながら超自然の炎によって燃焼し、速度によってその炎が吹き消されたとき、それはスリケンと化していた。……KABOOOM! KABOOOOM! ロケットヤクザ迎撃! 空中爆発だ! 

(バカな!)カットスロートは目を剥いた。不測の事態に備え配備していた対ニンジャ自爆兵器を、初見かつ一瞬で迎撃しただと? しかし彼は狼狽を殺し、そのままニンジャスレイヤーに襲い掛かった。攻撃の隙を作れれば十分だ!「イヤーッ!」チョップを振ると、真空の刃がニンジャスレイヤーを襲った!

 ナムサン! これこそがカットスロートの武器、ソニックブレード・ジツ! 不可視の真空刃が鋼鉄をも切り裂く!「イヤーッ!」だがニンジャスレイヤーは回転しながら身を沈め、これを躱した。胴体を両断する横薙ぎの斬撃であったが、ニンジャスレイヤーは地面に這うほどに身を沈めて回避したのである!

「イヤーッ!」「グワーッ!」身を起こしながらの蹴りがカットスロートの脇腹に突き刺さった。「イヤーッ!」カットスロートは蹴られながらソニックブレード・ジツを再び繰り出した。……近すぎる。刃は空しく飛び、甲板を裂いたに留まった。「イヤーッ!」「グワーッ!」ショートフック命中!「ゴボーッ!」カットスロートはメンポの隙間から嘔吐し、怯んだ。

 ニンジャスレイヤーは燃える目を見開き、カイシャクの拳を振り上げる。……その時だ! 過冬高速船甲板にはいまだクローンヤクザが一人! 肩に構えたミサイルランチャーからミサイルを射出! BOOOOM! 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはカイシャクをキャンセルし、高く跳んだ。追尾してきたミサイルを……蹴り返した!「イヤーッ!」……KABOOOOM! 過冬高速船はミサイルを受けて爆発し、沈没してゆく……! だがこれはカットスロートには好機!「イヤーッ!」空中にソニックブレードを連射!

 SLASH! SLAAASH! 避けきれない! 鮮血が走り、船員たちがそのさまを見上げて悲鳴をあげる。だがニンジャスレイヤーは血の筋をマフラーめいた首布に吸わせながら着地し、甲板を蹴って、身構えようとするカットスロートのワン・インチに迫った。「イヤーッ!」「グワーッ!」鈎爪めいた右手打撃!

「バカな……」160度ねじ曲がった首を震わせ、カットスロートは呻いた。ニンジャスレイヤーは打撃の勢いで回転し、再び鉤爪めいた右手を振り下ろした。「ニンジャ……殺すべし! イヤーッ!」「アバーッ!」カットスロートの首が打撃で捻じ切れた。「サヨナラ!」爆発四散! 

「ア……ア……ア!」船員たちが畏怖と共にこの死神を見守った。エイブは甲板を這い、へりに手をかけて身を支えた。「ニ……ニンジャスレイヤー……嗚呼……」彼は血を吐いた。そして甲板の上で動かない父親を見た。「……親父」

「……」ニンジャスレイヤーは苛烈な炎を宿す目でモータルを見渡した。エイブはそのさまに息を呑む。「忍」「殺」のメンポは生き物のように軋み、センコ花火じみた瞳孔は拡大と収縮を繰り返す。赤黒の装束はなかば燃えているようだった。次に死ぬのはこの船の俺たちか。エイブはそう思った。

 だが、その時だ……灰色の海が震えた。飛沫の霧を透かして、悪夢じみた影が浮かび上がった。「オオオオオオー……!」霧を透かし、その目がボンボリじみて光った。怪物は撃退されきってはいなかったのだ。恐らく傷を癒し……執拗に追跡し……今この時……「オオオオオオ!」霧を割って、怪物が! ウラシマ・ニンジャが現れた! そして大木じみた前肢をダイタチ・メガミ号に……叩きつけた!

 KRAAAAASH! ただの一撃でダイタチ・メガミは無残にも真っ二つに折れ、膨れ上がった波が被さって、悲鳴を上げる船員たちをさらっていった。「AAAAAARGH……!」ウラシマ・ニンジャは牙の並んだ口を開き、黄土色の瘴気を吐き散らした。ニンジャスレイヤーは猫じみて背を丸め、カラテを漲らせた。

 ニンジャといえど、この灰色の海で船を失えば、死の運命は免れまい。ゆえにこそ彼はあのとき船員を生かしたのであろうか。だがそれももはや無意味か……エイブは破砕する船のへりにしがみつき、無駄な思考をさ迷わせた。「イイイイイヤアーッ!」ニンジャスレイヤーが、跳んだ!

「ゴアアアアア!」ウラシマ・ニンジャが吠えた。ニンジャスレイヤーが掴みかかった。海に呑まれながら、エイブは神話的イクサ光景を目に焼き付けた。「親父」彼は声にならぬ言葉を呟いた。水、泡、残骸。破滅が全てを飲み込んだ。

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 ドオン。……ドオン。灰色の波が、灰色の砂浜を洗う。寄せてかえす波の狭間に、赤黒のニンジャは倒れ、動かない。

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 ドオン。……ドオン。灰色の波が、灰色の砂浜を洗う。寄せてかえす波の狭間を、赤黒のニンジャは歩く。赤黒のニンジャの首根を掴み、ズルズルと引きずっている。

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 ドオン。……ドオン。灰色の波が、灰色の砂浜を洗う。寄せてかえす波の狭間を、赤黒のニンジャは進む。いつしか再び一人。(((マスラダ。バカめ。未熟))) ニンジャは呪詛を漏らしながら、足を引きずるように進む。 

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 ドオン。……ドオン。灰色の波が、灰色の砂浜を洗う。寄せてかえす波の狭間を、赤黒のニンジャは進む。メンポは砕け、剥がれ落ちる。波に足をもつれさせ、倒れかかる。マスラダは歩く。その足跡を灰色の波が消してゆく。

「現れたか」砂の上に佇む長い髭の男が、マスラダを目で追う。裾の長い、鈍色にくすんだ衣が、この浜辺のグラデーションの一部を形成している。「そう何度も助けはせんと、俺は言ったぞ」男は顔をしかめた。マスラダはただ前を見て、よろよろと進み続ける。 

「アイツ、どうするつもり」鈍色の男の傍ら、ダウンジャケット姿の小柄な少女が問う。「ゾーイ」鈍色の男は少女を見る。少女は不服げだ。「アンタはどうせ、ちょっかいかけるに決まってる」「奴が否応なく俺のもとへ向かってくるのなら、それは仕方ない。運命だ。そういうものだろ」

 既に彼女の隣に男はいない。ゾーイがふたたび波打ち際を眺めると、残骸めいた赤黒のニンジャが進む先、鈍色の男は立っている。「ちぇ」ゾーイは肩をすくめた。

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「おい」呼び止める声。ニンジャスレイヤーは視線を向けた。そこには鈍色にくすんだ長衣の男あり。「ここはまともな人間の立ち寄る場所ではない。本来はな」「……」ニンジャスレイヤーは歩を進める。男の横を、通り過ぎる。男は頭を掻いた。 

「おい」前方には再び灰色の男がいた。ニンジャスレイヤーは歩を進める。「お前……チッ」髭の男は眉根を寄せた。「混じっているな。この前よりもずっと」「……」ニンジャスレイヤーは男の横を通り過ぎる。男は振り返る。「どこを目指す。お前」声が終わるか終わらないかのうちに、もう、前にいる。

「おい」男は再び呼びかけた。「……」ニンジャスレイヤーは足を止めた。「去せよ。力なき影め」ニンジャスレイヤーは言った。男は息を吐いた。「失せるのはお前だ、死神。本来はな。ここは我が領域、何人たりとも……」「オヌシのドージョーか?」ニンジャスレイヤーは遠く霞む丘を見た。

「ドージョー……んん、そういう事にしておいてもいいが」男は少し考えこんだ。「正直、一も二もなく追い返してもいい。だが実際お前は……」「知ったことでは無し」ニンジャスレイヤーは薙ぎ払った。黒炎はブスブスと燻り、そのカラテはおぼつかない。離れた前方に男が立ち、「限界だろ」と言った。

「黙れ、影」ニンジャスレイヤーは言った。しかし、もはやカラテは繰り出さなかった。「……ここは何処だ」「アラスカだ」男は答えた。「お前が居たのはナスカだが。随分遠くまで流されて来たものだ。俺はお前を呼んではいないが……そういう事もあろう。オヒガンを飛翔する体験は俺に知見を与えた」

「影に用はない」「……そのまま野垂れ死ぬか? ナラク・ニンジャ=サン」男はニンジャスレイヤーに呼びかけた。「……」ニンジャスレイヤーは男を凝視した。男の輪郭はどこかおぼつかず、0と1のノイズが微かに生じている。「儂の名を……」

「お前とは初対面ではないからな」男は言った。「俺はお前を放っておいてもいい。目くらましのジツで、お前をこのまま好きな方角へ歩かせてもいい。お前は死ぬ。今のお前では。敵すら見出せず、虚無の中でな。憑依者が死ねば、お前も終わりだ」

「グググ……知った事を」ニンジャスレイヤーは嘲笑った。「こ奴は衣よ。捨てて別のものを纏えばよし」「ほう。そうか」男は挑戦的に言った。「それなら今、捨ててみればいい。そしてギンカクに帰るがいい。俺が見届けてやる」

「……」「マスラダ・カイか。お前がかろうじて引きずって歩いて、かろうじて生かしている。俺の知らん若者だし、お前の事も俺は別にな……利害関係もありゃしない。だが」「……」

「俺は実際、どちらでもいい。興味はある」男は肩をすくめた。「その哀れな若者を助けてやりたい気持ちも多少はある。あんまりじゃないか。なあ……」バチバチと音を立て、くすんだ衣がノイズに擦れた。「……俺はどちらでもいい……」海風が吹き、鈍色の男は消えた。

 ドオン。……ドオン。灰色の波が、灰色の砂浜を洗う。寄せてかえす波の狭間を、赤黒のニンジャは進む。やがて陸の方向へ歩みを向ける。砂浜に傾斜が生まれる。砂浜は丘に続いている。丘の上に、建物の影が見える。ニンジャスレイヤーはそこを目指す。

 苔が丘を覆っている。ニンジャスレイヤーは歩きながら砂浜を見下ろす。波間にグリズリーの姿がある。空には弱弱しい太陽が照っている。然り、これは現実の光景だ。それでも空は灰色だ。

 丘は岩がちになり、背よりも高い石塊が視界を遮る。ニンジャスレイヤーは立ち止まらず、その狭間を通過し、歩いてゆく。やがて明らかに人の手がくわわった石の並びが現れた。ニンジャスレイヤーは石段を踏みしめ、上がってゆく。見上げると、そこにダウンジャケットを着た少女が立っている。

「ハーミットは誰とも会わぬ」少女は石段に立ちはだかり、目を閉じたまま、荘厳に両手を広げた。「ニンジャよ。下山するがよい。彼のメディテーションを乱すべからず……ア!」少女は慌てた。ニンジャスレイヤーは彼女の言葉に構わず、無雑作にその横を通過したからだ。「ちょっと待って! ダメ!」

「……」ニンジャスレイヤーは一度振り返ったが、少女を冷たく一瞥しただけだった。少女は憤慨した。「ちょっと!」「ゾーイ。構わん。そのまま通せ。勝手をするな」声が聞こえた。「敵意を感じまい。俺の客だ」「……」ニンジャスレイヤーは石段を登りきり、その先の、こじんまりとした庵を見た。

「アタシは警告したからね! こんな奴にちょっかいかけるなッて!」少女の不満の声を背に、ニンジャスレイヤーは石を並べたおぼつかない道を進み、庵の段を上がった。彼はフスマ戸に手をかけた。そして言った。「入るぞ」「ああ。入れ」声は近い。ニンジャスレイヤーはフスマを引き開ける。ターン! 

 そこはタタミ敷きの四角い小部屋であった。それはシュギ・ジキと呼ばれるパターンで、十二枚のタタミから構成されている。四方全てがフスマであり、それぞれには雲、バンブー、灯火、フジサンの見事な墨絵が描かれていた。タタミの中央に座する男を見て、ニンジャスレイヤーの目の表情が動いた。

「ゾーイがシツレイした。最近いろいろと物騒でな」くだけた口調で話すのは、鈍色のニンジャ装束を着、髭を生やした、年齢のわからぬ男。今度は影ではない。質量と実在感が確かだ。「ここへ立ち寄ったのは実際賢明な判断だと言っておく。ナラク・ニンジャ=サン、いや……」「ニンジャスレイヤーだ」

「そうだな。マスラダ=サンがお前を抑制してもいる。斑の状態ッてわけだ」「……」「近隣の漁師連中には、ハーミット(隠者)、グレイハーミットで通っている。いちいち近隣の奴らをここに近づけさせやしないがな。お互い不幸になる」男は座り直した。「オヌシの名は違う。それではない」ニンジャスレイヤーは言った。

「名前まで覚えてるか? 光栄だね。ああ、俺だぜ」年齢のわからぬ男は頷き、自身の長く伸びた髭を撫でた。「俺はシルバーキーだ。久しいな。"ニンジャスレイヤー" =サン」

 ターン! フスマが開き、憮然としたゾーイが現れた。その手にはホット・マッチャの缶入り飲料があった。ベンダーで売られる、アルミ缶入りのマッチャ。ネオサイタマ・スタイルだ。それをシルバーキーに投げてよこした。「そいつにもやってくれ」シルバーキーはニンジャスレイヤーを示した。

 ゾーイは不満そうにニンジャスレイヤーを睨んだが、言われた通りにした。彼女は無雑作に虚空から缶入りマッチャを取り出した。01のノイズがチリチリと舞った。「ほら」ゾーイはニンジャスレイヤーに缶入りマッチャを投げた。ニンジャスレイヤーは無言でそれを受け止めた。

「美味いぞ」シルバーキーはプルタブを開き、ゆっくりと飲んだ。「ンン、熱過ぎる! いつもだ」「なら、そういうものなんでしょ」ゾーイは素っ気なく言い、部屋から出て行った。「反抗期なんだ」シルバーキーは言った。ニンジャスレイヤーをじっと見る。やがて彼も観念したようにチャを飲んだ。

「見ての通り、アイツはああいう事ができる。俺がここに居を構えている理由は、アイツだ。アイツを守る必要があるんでな。俺はこの場所に自分の肉体を繋ぎ止め、存在を維持……」シルバーキーは超自然的な事象を平然と語った。そして気づいた。「悪い。旧知の相手に話しているような気になっちまう」

「……」「お前、今はどっちだ。まだナラクか」「ニンジャスレイヤーだ」「ナラクが多いか? それとも……」「……」ニンジャスレイヤーはタタミに叩きつけるように缶を置いた。「何者だ。シルバーキー=サン」「ニンジャであり、ニンジャスレイヤーを知る男であり……」言い淀み、「お前を助けよう」

「何故だ」「放っておけば、お前は破滅だ」彼は低く言った。「俺はこの地を動けはしないから、メディテーションを行って世界を観測する必要がある。お前の存在は嫌でも感じた。……知っているんだよ。ニンジャスレイヤーを」「……」「そのタトゥーでよく隠せてはいるが、俺のニューロンには引っかかる」

「フン」ニンジャスレイヤーの瞳が明滅した。シルバーキーは続けた。「お前の破滅はお前だけの問題じゃない。最悪の場合、世界の広範囲に多大な迷惑が生じる可能性も考えなきゃならん。俺はあまり放置したいとは思わんね」「どうでもいい」「お前の目的は知らんが、それも達成できない」「チッ……」

「その反応は、俺を受け容れるッて事でいいか」「……」「まあいい。お前にしちゃ上出来だ」シルバーキーはしかめ面で言った。「俺の本業は治療師。マインドに入るのが俺のジツだ。行使にあたって、ラポール(信頼関係)の構築は大前提」「力が必要だ」「だろうな。くたばりかけのニンジャスレイヤー=サン」

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「申し訳ありません!」ザパリコン社の営業部長パモダは、部下の見ている前でドゲザした。サラリマンにとって、ドゲザは社会的オナーを全て失うハラキリじみた行為。まして部下の眼前となれば、明日以降、社内での彼はニュービー・サラリマンにすら顎で使われる立場になりかねない。

 パモダの額は床に張り付いた。氷の床なのだ。「納期に間に合わなかったという事実は動かしがたいものでありまして、すなわちそれは我が社の落ち度であります! 明確であります! しかしながら、なお我々は……」「ンッンッンッンッ……」革張りのソファに深く座った男は、喉を鳴らして笑った。

 ソファの左右には男装の女性型ウキヨが一人ずつ立っている。どちらも帯刀しており、この氷の床のように冷ややかな目線をパモダに向けている。「さて。どうしたものか。この愛らしい愚か者を」尊大な男は青銅のキセルから煙を吸い込んだ。「フー……お前はどうだ? ミギ」「斬首」「ヒダリ」「餌に」

「餌か」男はつまらなそうに、床を透かして見える水中の影を見た。白豹の上半身とイルカの下半身を持つ恐るべきバイオシーパンサーである。「お前はどうだ? どちらがいい。パモダ=サン」「セ、セプク致します」パモダは頭を伏せたまま言った。「社員をどうか放免してやっていただけませんか」

「何と」男は身を乗り出した。その残忍な目は爛々と輝き、感情の乗ったその姿はボンボリ・ライトに照らされて威圧を増した。まるで10フィートを超えて見えた。「何と、この男。己の立場を顧みず、おれに命令までする度胸を見せるか! 何たる部下思いの男!」「アイエエエ! 命令など滅相もなく!」

「アイエエエエ!」パモダの部下たちは棒立ちになり、直立失禁に至った。二人のウキヨは軽蔑的にそのさまを眺めた。「……よかろう、お前のその覚悟を買う」男はソファに深く座り直した。「え?」パモダは床に頭をつけたまま呻いた。「許そう。おもてを上げよ」「ほ、本当ですか!」「疑うのか?」

「あ、ありがとうございます」「おためごかしは要らん。お前も、社員どもも晴れ晴れと仕事をせよ。過冬はお前たちモータルの為にこそあるのだからな……ンッンッンッンッ……おもてを上げよ」「ハイ!……アイエッ……アイエッ」「どうした」頭が上がらないのだ。顔面が氷の床に張り付いている。

「アイエッ……」「どうした? おれはお前らを助けてやりたい……最大限の寛大さを発揮したい。納期の遅延も許してやりたい。過冬がこうむる損害も全て泣いてやりたい。そこで小便垂らしている愛らしい部下どもも無傷で返してやりたい。許してやりたい……! おもてを上げるのだ……さあ……!」

「アイ……アイエエエ……」「何という事だ。何たる豪胆」男は意外そうに目を見開く。「おれの寛大さを全て撥ね付け……いまだ当てつけめいて頭を下げ続け……おれに罪悪感の楔を打ち込みにかかるその勇気……なんと素晴らしい」「め、めっそうも、アイエエエ……」「よくわかっ……」「アバーッ!」

 パモダは強引に己の顔を氷の床から剥がした!「アバババーッ! アバババーッ!」凄惨! 痙攣しながらよろめくパモダ! ナムアミダブツ!「ンッンッンッ……ンハハハハハハ! 本当にやるとは!」男は面白そうに笑う。そしてウキヨを見た。「斬首も餌も創意が足りん。いや、そんなものは要らんが」

「アバババーッ!」「用は済んだ。退場せよ」「アバババーッ! アバババ、アバッ」カチン。ミギのカタナが音を立てて鞘に戻った。パモダの腹が裂け、死んだ。「何をやっている。ミギ」「セプクできる力は無さそうでしたので」「それはセプクとは言わんのだ。まあいいか。帰れ、貴様ら。帰ってよし」

「アイエエエ……アイエエエ……」部下たちは意外にも、そのまま、本当に退出を許された。既に男はこのやり取りそのものに興味を失っていた。心底どうでもよかったのだ。ヒダリはパモダの死体の周囲の床を円くくり抜いた。死体は落下し、バイオシーパンサーに迎えられた。

「何をやっている。ヒダリ。それでは餌だ。創意工夫の話をしたばかりだろう。まあいい」男は物憂げに溜息をついた。「どうした?」「IRC通信です」ミギは携帯端末を差し出した。「例の件かと」「ああ。例の件。よかろう」男は端末を受け取った。「モシモシ。シンウインターだ。何の用だ?……ンン? 例のガキ?」

 端末の通信相手は何事かを報告していた。男は相槌を打ちながら聞いていた。最後に「まあ、よしなにやっておけ」と言った。音声通話を終え、欠伸をした。ミギが素早く端末を受け取った。「……」ミギは無言だったが、やや知りたげにしていた。男は教えてやった。「あの何とかいうガキの居場所だと」

「ゾーイ。シトカの孤児院で育ち、逃走し……」データを暗唱するようにミギが答えると、男はもう一つ欠伸をした。「ああ、そんな名前だったかも知れんな。いい名前だ」男はキセルの灰を落とした。「そのなんとかいうガキの居場所だ」

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 磔のイチローは炎の中で焼け萎び、黒く焦げ、炭化していった。それでも彼は睨み、怒りに歯ぎしりするのをやめはしなかった。然り。「イチロー」がかつての彼の名であった。寒村に育ち、流行り病で妻子と孫を失った、孤独な老人の最期は、ニンジャ・ダイカンによる凄惨な見せしめの処刑であった。

 死にながら、彼はニンジャを呪った。愚かな村人を呪った。世界を呪った。彼の呪いは、カツ・ワンソーを呪う古代のニンジャの遺志と容易に結びついた。儀式は稚拙であったが、災いは巨大だった。イチローがナラク・ニンジャとなった瞬間であり……最初の「ニンジャスレイヤー」の誕生の瞬間であった。

 ニンジャスレイヤーの手は常に獲物のニンジャの血に濡れ、炎に洗われ、死にゆくものの呪詛にまみれ、燃える相貌は邪悪な復讐の喜びに霞んでいた。シ・ニンジャの罠にかかり、ヤマト・ニンジャの神秘のヤリに仕留められるその日まで。

 あるとき彼はニンジャを殺し、そのニンジャに苛まれた女をも殺す為、禍々しい爪を振り上げた。女は泣いた。「イチロー=サン」思いがけぬ名が彼の精神を揺らした。「わたくしです。シマです……イチロー=サン」それはかつて村の0101外へ嫁いで01001いった女の名であ0101り……0100101

 010010江戸時代、いや、平安時代末期だろうか。ススキの原には、軍馬やバトルオイランや鎧武者の死体山。銃痕めいた赤い夕焼け。地平には果てしない火縄銃兵の隊列。千の銃口が彼を狙う。頭の血が目を覆う。視界が真っ赤に染まる。だがキルジマの憎悪は屈せず。呼吸を整え、なおも破れ霞を構える。

 彼は力を込めてカタナを握りしめる。視線の先には宿敵デスリーパーが、夕陽を背負いながら無慈悲なるバヨネット・ドーを構える。「ニンジャスレイヤー=サン、死ぬがいい。セキバハラが貴様のオブツダンだ」01010000101001

 0100101分厚い黒煙を切り裂き、軍用機関車車輛の背を走るニンジャスレイヤーは、ついに先頭車輛に至った。赤黒のマントが速度を受けて翻ると、その装束は、眼前で憎しみと共に彼を睨みつけるサナエ・イタリ……倒すべき魔人の姿を真似るかのように、イビツな軍服を形作った。

「こんな場所までよく追って来たものだ」サナエは冷たく笑い、真鍮注射器をためらいなく首に突き刺した。「ならばニンジャの真実を見せてくれよう」「私も見せよう」ニンジャスレイヤー、ザキ・クロカワは真っすぐにサナエを見据える。「ニンジャを殺す者の真実を」01001001

 1001000またある時は冷戦時代……ニンジャスレイヤーは陰謀の目撃者としてアロンゾ少尉に殺された悲運の男であり……01000101またある時、彼はベルリンの壁崩壊の喧騒の陰で孤独に復讐を果たした盲目の女であり……またある時は……01001001

 01000101彼らの人生は一様に短かった。激しいイクサが、憎悪が、彼ら自身の命と心を燃やし、滅ぼしてしまう。するとナラク・ニンジャはそのたび眠りにつき、あらたな復讐に備えるのだ。それは永劫に続くイクサである。やがて0100100011

 0101001「年代物ってもんじゃねえぞこれは!」シルバーキーがトリイ・ゲートを指差した。「見ろよ」彼らは巨大な空洞に居る。はるか頭上のトリイ・ゲートには腐りかかった木の板がオフダめいて掲げられ、そこには毛筆カタカナで「ナラク」と確かに書かれている。

 トリイの奥、シメナワの巻かれたオベリスクは銀色に光り始めた。シルバーキーはまさにマスラダが対面したシルバーキーであり……共に立つのは、ニンジャスレイヤー、フジキド・ケンジであった。「ナラクよ!」フジキドは叫んだ。「この後どうする!道を示せ!」010010011

 01001010フジキド・ケンジ00100100マスラダは彼という人間に覚えがあった。ニューロンの濁流に押し流されるマスラダの切れ切れの意識は、そのときはっきりと悟ったのだ。ヨグヤカルタのあの男0100100101

 0010101 恐るべきダークニンジャの一撃は過たずニンジャスレイヤーを捉えていた。フジキドは力尽き、己を仕留めたダークニンジャにもたれた。「忍」「殺」のメンポはひび割れ、威圧的なその漢字は失われた。ザイバツ・シャドーギルドの包囲ニンジャ達が、ノイズと化して帰還してゆく。

 シルバーキーは黒髪の美しいニンジャと共に、固唾を飲んで、この悲壮なイクサの行方を見守っていた。このとき、フジキド・ケンジはニンジャスレイヤーとしての人生を終えるに至った。ナラク・ニンジャは彼のもとを離れ……0101001001……0100000100……

 0100……べし……殺すべし……「ニンジャ」……ニンジャ……ニンジャスレイヤー達の無数の言葉は歴史と共にマスラダのニューロンに押し寄せる。ナラク・ニンジャは狂気に等しい憎悪をもって、彼らの凶運の運び手となる。「ニンジャ、殺すべし!」0100101……マスラダは目を見開く。アユミは死んだ。 

「ああ」マスラダは己の手を見下ろす。アユミは死んだ。アユミはニ01001001「マスラダ!」ナラクの怒声が乱れ飛んだ。「忘れるな、サツガイがこの運命を招いた! 奴を滅ぼすまでオヌシのイクサは終わらぬぞ!」「AAAAAAARGH!」マスラダの目から赤い涙が溢れる。体が焼け、脳が焦げ、血が噴き出す!

「サツガイ! サツガイ! サツガイ!」マスラダは叫んだ。繰り返し。ナラクの憎悪が無ければ耐えられない。それが彼という存在を掻き消してしまう事になろうとも……「それじゃあ、あんまりだ」進み出たのは銀色の男だった。マスラダは凍りついた。男は頷いた。「俺だ。これが俺の仕事だよ」

「AAAAAARGH!」ナラクの咆哮が暴風めいて襲いかかり、押し包んだ。シルバーキーはこめかみに指を当て、もう一方の手を前に翳した。赤黒の風はシルバーキーを拒絶する。たちまちシルバーキーの意志は憎悪に焼かれ、その光は削り取られ、銀は鈍り、黒くくすんでゆく。

「わかるさ。これはこれで、お前の考えた凌ぎ方だ」シルバーキーは呟いた。「だけど……」「AAAAARGH!」「……ヌウーッ……!」シルバーキーは堪えた。マスラダは四肢に力を込め、再び立ち上がろうとした。彼は見据えた。押し寄せる憎悪を。「ナラク」マスラダは呼んだ。ニューロンの同居者の名を。

 削り取られたシルバーキーの輪郭はかりそめのカーテンじみて、致命的憎悪の濁流からマスラダをかろうじて守った。マスラダは深く息を吸い、吐いた。ソーマト・リコールじみて、彼のニューロンに言葉の記憶が蘇った。「己の内なるニンジャソウルを御するべし。手綱を握るのは、己自身」

 それはシキベ・タカコがもたらした伝言だった。だが、ソーマト・リコールの中でマスラダにその言葉を発したのは、言葉を伝えた人間だった。フジキド・ケンジ。マスラダが彼の目を見返すと、その顔はまた別の者となった。知らぬ老ニンジャだったが、名はおのずとわかった。ドラゴン・ゲンドーソー。

 マスラダの中で何かが繋がった。言葉は血肉を備え、鎖となった。「ナラク」マスラダはもう一度名を呼んだ。猛り狂う暴風じみた邪悪なニンジャソウルが、不意に凪いだ。

 0100101……マスラダはVHSテープの停止ボタンを押している己を認識した。ブラウン管TVには砂嵐が流れていた。そこで見ていたのか。振り返ると、いくつかのテーブル席にカウンター。見慣れた店内だ。「……」マスラダは眉をしかめた。窓ガラスの向こうに街はない。そして床に人間が一人。のびている。

 本来、そこに居るはずの無い男だった。「……」大の字に倒れていたシルバーキーは、やがて目を開け、頭を振って、起き上がった。そして言った。「なるほど。これがお前のローカルコトダマ・イメージか」「……」「ピザ屋か?」「……」マスラダは椅子に腰を下ろした。「どういう事だ。これは」

「ローカル……ええと、お前の頭ン中だよ」シルバーキーは己のこめかみを指差した。彼は窓の外をしきりに気にした。水に赤黒の染料を落としたような色彩の渦が、絶えず動き続けていた。「お前の記憶はブロックされている。強力にな。それはそれで仕方ない。取り急ぎの処置はできた」「処置?」

「お前は記憶を受け入れられない。だが、何かあって扉が開いちまってた。ナラクは……」その名を発してから、シルバーキーはまた外を気にした。意志をもった邪悪な渦を。「……無理やりそこを呪いで堰き止めて、お前を酷使する事で、遠ざけておこうとした。目的はともかく、手段が無理だ」 

「今は?」マスラダは問うた。ナスカ以来、久しく味わわなかった自己コントロールの感覚を自覚していた。シルバーキーはカウンターの椅子に座った。「お前自身が扉を閉じた。”手綱” だな」彼は肩をすくめた。「少なくともこれでお前は一息つけるさ……」

「礼を言う」マスラダは呟いた。シルバーキーは微笑した。「礼を言えるのか。いい事だ。……さあ。用は済んだ。現世に帰るとしようじゃないか」シルバーキーは膝を叩いて立ち上がった。扉から去ろうとして、振り返った。そして言った。「いいか。”手綱” だ。くれぐれも。奴に任せ過ぎるな」

「……」「奴はお前を燃料にして力を引き出す。際限無くだ。どうなるか、薄々わかるだろ。続かんぞ」「……ああ」シルバーキーは髭を触った。しばしの黙考ののち、言った。「……マスラダ・カイを大切にしろ」そしてマスラダの額に触れた。 

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 ニンジャスレイヤーはフートンを跳ね除け、身を起こした。肉体の重みを奇妙に感じた。「施術は終わりだ」シルバーキーはかたわらのザブトンでアグラしていた。「あのあと数日経過しているが、許せよ」「数日?」「ああ」シルバーキーは立ち上がり、フスマを開けた。 

「お前の場合、身体がボロボロだったからな。だが……わかっちゃいたが、たいした回復力だよ、ニンジャスレイヤー=サン」「……」ニンジャスレイヤーはシルバーキーの首筋に紫色のむごたらしい締め痕が残っているのを見た。それから己の手を見た。

「アンタは……」「俺か?俺はな……」シルバーキーはニンジャスレイヤーを促し、エンガワから庭に降りた。「俺は十年以上前、”先代のニンジャスレイヤー” に助けられた。そッから色々あってな。磁気嵐が無くなって、奴も旅に出た。俺は俺で、そのあと肉体を失ったり、まあ色々と経験してきた」

「肉体?」「ああ」そういう事もあるのだろう。ニンジャスレイヤーは差し当たりそう理解した。「最終的に俺はこの地に……このシュラインに領域を定め、肉体を繋ぎ止めた。俺はこの地でゾーイを保護している。育ててるなんて言ったらおこがましいが」「おこがましいよ」ゾーイの声。

 カキの木の陰から、例の少女が現れた。ニンジャスレイヤーを見、「あ、起きた。まあよかったね」「こいつ反抗期なんだ」シルバーキーが繰り返した。「ねえ。アンタ、このオッサンどう思う。ヒゲなんか生やして」「神秘的アトモスフィアで市井の人々を遠ざける為だ。面倒を避けられる」「似合わない」「こいつ反抗期なんだ」 

「最初に会った時、缶を取り出した。どうやった?」ニンジャスレイヤーはゾーイに話を振った。「なにかのジツか」「それはな……」シルバーキーに向かってゾーイは指を立て、黙らせた。「アタシに質問したんだからアタシが答えるんだよ」

「ああ、偉い娘だ」シルバーキーがしかめ面でそう言った時、もうゾーイの手の中には生きたリスがあった。「リスの情報を引っ張り出した。コトダマ空間から」ゾーイはリスを地面に降ろした。リスはキョロキョロと見回し、やがて走り去った。「取り出すだけ。簡単よ」ゾーイはオリガミを見せた。

「……これは……」「簡単」ゾーイは呟き、ニンジャスレイヤーに手渡した。「見ての通り、世に知られたらヤバイ力だ」シルバーキーは言った。「そして悪いことに、彼女の存在を知っているのは俺たちだけではないッて事で、さらに悪いことに、知っているのが最悪のニンジャだッて事だ」 

 ゾーイはただ、肩をすくめて見せる。シルバーキーは続ける。「見ての通り、彼女は無から有を取り出す。コトダマ空間……形而上のモノを形而下に抽出するんだ。どこまで複雑な情報を取り出せるかは、俺にもよくわからん。ゾーイ自身にも」木陰へ消えてゆくリスを見やる。「あのリスは、暫くしたら死んじまうだろう。創られた生物は不完全だ」

「最悪のニンジャとは?」ニンジャスレイヤーは尋ねた。シルバーキーは答えた。「シトカの支配者だ。シンウインター。"過冬" のボス。ニンジャで、最悪だッてのは……そうだな……うまくやってる。完全にうまくやってるという事。奴は経済を握り、国を握ってる。この世界に確固たる居場所を作ってる」

 ゾーイは二人の会話に注意を払わず、幾つものオリガミを手の上に生み出し、弄んでいる。シルバーキーは続けた。「シンウインターは世の中をどうでもいいと思ってる。人間やら、神秘やら、何もかもどうでもいいと考えている。ただ力を拡大する事、それで暇を潰してる。そういう奴がゾーイをどうする?」

「……」「ゾーイの親はわからない。シトカの孤児院に居た彼女の力が明るみになったのはつい最近の事だ。彼女の力はすぐにシンウインターの耳に入った。ただでさえ、奴は領域内のニンジャやら、ウキヨやら、力のある連中に目を光らせてる。そして単純に結論付けた。物質化。それはいい。カネになる」

「カネ?」ゾーイは呟き、素子を出した。シルバーキーは苦笑した。「こっちかな」ゾーイは黒いオリガミを取り出した。エメツのオリガミ。光を通さぬ黒さ。マスラダは息を呑んだ。「どうした?」と、シルバーキー。マスラダは首を振った。ゾーイはそれを紙飛行機に変え、飛ばしてしまった。

「まあ、色々あってな。俺は間一髪、ゾーイを助けた。そしてこの地に逃れた。この浜は、"相" が良かった。このシュラインの周辺に領域を確保した。俺の力と、ゾーイの力を用いてな。副産物と言っちゃなんだが、俺もここなら、立ったり座ったり、走ったり、運動したり、飯もうまい」「オニギリどうぞ」

「太らせるんじゃない」シルバーキーはしぶしぶゾーイからオニギリを受け取り、食べる。「……ま、そういうわけでな。細々と暮らしてる」「過冬」マスラダは呟いた。船上の惨劇の記憶が断片的にニューロンに去来し、感情の昂ぶりに、瞳がセンコめいて微かに光る。「奴らがここを見つけたらどうする」

「初めから入場を許さない」シルバーキーは言った。「ここは現世だが、コトダマ空間に近くもある。近づいてくる望まない相手を迷わせるのは簡単なものさ」「……そういつもうまく行くのか」マスラダは食い下がった。シルバーキーはやや訝しんだ。「どうした? 何か気になるか」

「別に」マスラダは首を振った。「だが、何にだってやりようはある。それがニンジャだ。おれにはそう思えるがな」「……お前のニンジャ第六感が告げているか」「経験だ。あんたはどうだ」「……」シルバーキーは己の髭に触れた。そしてこの若者をもう一度見た。「……お前の感覚は軽んじられないな」

「隠れながら、このままずっとここで暮らすつもりなのか?」「いや。ゾーイが落ち着くまでだ」「ザゼンとかをさせるんだよ」ゾーイが補足した。「力の正体を知るとか、コントロールとか、隠者っぽい事を言うワケ。ここにいたらアンタも付き合わされる」「遊びじゃない」シルバーキーは顔をしかめた。

「あんたには礼を言う」マスラダはあらためて言った。「ここからシトカは近いか」「……一番近い都市ではある」「ウキハシ・ポータルはあるか?」「ネオサイタマに帰るつもりか。残念ながらポータルは過冬が閉じちまってるが……まあ、行ってみるのがいいだろう」「ああ」

「だがな、ニンジャスレイヤー=サン」シルバーキーは眉をしかめたまま言った。「本当はお前にはもう少し時間をかけたいんだ。施術も不完全で、現状、扉を閉じただけだ。本当は…」「故に、ここで修行せよ。ニンジャスレイヤー=サン」ゾーイが伝導者ポーズをとった。「って隠者みたいに言いなよ」

「混ぜっ返すな!」「おれはシトカに行く」マスラダは固辞した。「できるだけ早く確かめたい事もある」「ああ。まあ、そうだろうな」シルバーキーは頷いた。「だが少なくとも一度戻って来る事になるだろう。お前はな」「……」「荷造りはこっちでしてやる。今日はゾーイと魚を獲って来てくれるか」

「魚?」「近くで獲れる。日課だ。こいつも何でもかんでもコトダマから易々作ってるようじゃいけない……」「行く?」ゾーイは手にバケツと竿を持っていた。マスラダはしばしの黙考ののち、頷いた。「いいだろう」

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 シュラインの裏手から岩場を降りてゆくと、白く凍り付いた湖に辿り着く。ゾーイはスパイクシューズに履き替える。マスラダは満足なニンジャバランス感覚を発揮できるほどに回復していた。二人は少し湖の上を進む。ゾーイはバケツを横に置くと、手回し式の掘削機を取り出し、マスラダに差し出す。

「要らない」マスラダは固辞した。チョップを氷に突き込み、円く抉り抜く。「便利だね」「お前もな」マスラダは折りたたみ椅子を取り出したゾーイを見た。ゾーイは肩をすくめた。「どうぞ。釣り竿」「ああ」二人は並んで座り、釣り糸を垂らした。風が氷上を吹き抜ける。

 氷も、遠景も、頭上の空も、凍り付いた灰色だ。「そのまま大急ぎで出ていくと思った」ゾーイは言った。「ああ」「どうしてこんな釣りなんかしようと思った?」「ああ」「ねえ」「……引いたぞ」「……!」ゾーイは銀色の魚を釣り上げた。「……ンーッ」ゾーイは満足げに唸り、魚を針から外す。

 ……「かかった?」「いや」二つのバケツの一方はカラのままだ。「アンタ、ここに来た時に比べると、ずっと良くなったと思うよ」「そうだろうな」「アイツ、変な奴でしょ。グレイハーミット=サン」「おまえ達は仲がいい」「アタシがいないと何にもできない奴だよ」「そうなのか」「そうそう」

「そうか」「信じてなさそうだね。厄介なガキだと思ってるだろうけど……」「引いてるぞ」「……釣れた! アンタも真面目にやってよ」「おまえの方が得意だな」「実際、得意だけどね。こんな場所じゃ、できる事も少ないし」「他に何を」「ゲームとか……ソリもやる。犬は消えちゃうけど」

「あの男が昔の話をする事はあるか」「昔の話? さあね。あんまり……でも多分、別れた女がいるよ、きっと」バケツの中で魚が跳ねた。「だいぶ獲れた。……ねえ、一匹もダメ?」「そのようだな」マスラダは頷いた。「仕方ないね」ゾーイは笑った。そしてマスラダを見た。「……なにか待ってる?」 

「……」マスラダは一呼吸の間を置いてから言った。「ああ。わかるか」「何を」「さっき、あいつがニンジャ第六感の話をしたろ」「……ニンジャ第六感……」「あいつは侵入者を遠ざけられると言っていたが、今のあいつは万全ではない」マスラダは無意識に己の首に触れた。

「それって……マジなの?」「ああ。微かだが、感じる。ここは生命が少ない。だから、わかる。ざわつく」「……」ゾーイは唾を呑んだ。冗談ではない事がわかっているのだ。マスラダは言った。「世話になった。それを返す」 

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 コーオーオー……怒り狂った獣めいた走行音を放つ装甲車の名はウインターショーグン。助手席にはニンジャ。ルーフから上半身を出し、スコープを覗いているのもニンジャである。そしてモンスター装甲車に続く楔型陣形のバイク群には、寒冷地仕様の白スーツに身を包んだクローンヤクザが搭乗している。

 ウインターショーグンには過冬の残忍なエンブレム漢字がペイントされている。しかしこの曖昧な無人地には、それを見て恐怖に失禁する非ニンジャのクズすらいない。「クソッたれな銀色……凍った世界」スコープで覗くニンジャは呟いた。「どこもかしこも……オイ、グリズリーだ。グリズリーだぜ」

 索敵していたニンジャ、ホワイトアウトは車内に戻り、助手席のニンジャに声をかけた。「それがどうした」助手席のニンジャ、レックメイカーは、ミラー越しに吐き捨てた。「お前、気にならんのか? 多分サーモンを獲ってるんだぞ」「くだらん話を今すぐやめろ」レックメイカーは舌打ちした。

 運転ヤクザは剣呑な空気に対し、自然体で無言である。忠実なる寒冷クローンヤクザなのだ。「ハーアア……余裕ってやつを持てねえニンジャと組むのは苦痛でならねえ」ホワイトアウトは言った。「キンタマ縮み上がってやがる……」「チッ」レックメイカーは再度舌打ちした。「下衆め。不快だ」

「ま、お前がピリピリするのもわかるぜ。ガキが逃げた時、実際ニンジャが死んでるからな。次はそれがお前になる……そういう可能性も捨てきれねえもんな……!」レックメイカーの殺気ある視線を受けても、ホワイトアウトは黙らなかった。彼らは同じ過冬のニンジャであるが、吸収前のクランは異なる。

「だが安心しとけや、レックメイカー=サンよ」ホワイトアウトがヘラヘラと笑う。「この俺がいるからには、ケチなジツなんざ無意味だからよ…ククク……お前がヘマやらかしてザルニーツァ=サンにケツを叩かれる事も無いだろうぜ」「……」なにかがレックメイカーの逆鱗に触れた。殺気が膨れ上がる。

「ここで……不慮の事故にでも……遭っておくか……?」レックメイカーは押し殺した言葉を吐いた。ホワイトアウトは腹の据わったさまでその凝視を受け止めた。ホワイトアウトの目は白く光った。やがて鼻血が流れ出した。ドクン……ドクン……心臓の音が車内に響いた。レックメイカーは震え出した。

 ……どちらからともなく、おそるべき拮抗は解消した。二人のニンジャは同時に息を吐いた。レックメイカーは再度舌打ちし、前を向いた。「ハー……ッたくよォ」ホワイトアウトは大儀そうにシートにもたれかかった。「カネにならねえ争いは止めとこうや」「なら、黙れ」「ああ、そうかよ」

 運転ヤクザは忠実なる寒冷クローンヤクザであり、すぐ隣で繰り広げられた応酬に対してもノーコメントだ。楔ヤクザバイク隊を率いたウインターショーグンの逆V字シルエットが走行する先、曖昧に霞む丘が見えて来る。蜃気楼じみてその影が霞む。だがそのときホワイトアウトはルーフ上に再び現れる。 

「ハハア」ホワイトアウトはニヤリと笑った。そしてこめかみに指を当てた。「イクサが始まるッてなァ……!」

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「!」シルバーキーは目を開いた。ザゼンした彼の視界にコトダマ空間が重なり、緑に輝くグリッドと、黄金の立方体が見えた。キンカク・テンプル。その冷たい光は常に彼と共にある。光が照らす地平に、自我の光点が幾つか。小さいが健やかなゾーイと、赤黒で不安定な、だが力強い輝き。「ああ」これだけ距離が近いとアトモスフィアすらも伝わる。

 あれから、十年も経った。「今」のニンジャスレイヤーから当時の面影を感じ取ると、シルバーキーの口元は苦笑めいて微かにほころんだ。(((マスラダ・カイか。奴にも運命とカラテの導きのあらん事を))) だが、今はそんな感傷も余分だった。ニューロンがヒリつく。危機の感覚だ。

 シルバーキーは地平に視線を向けた。向かってくる複数の自我の光。自我なき光。ニンジャと、クローンヤクザ。(((なんとまあ、大仰な事だ。よくこの場所を探し当てたものだよ……))) シルバーキーは銀の浜辺に感覚を同期させる。砂と海と空。

 アラスカのこの地は、彼のローカルコトダマ空間によく似ている。ゆえに、よく「混ざる」。シルバーキーは砂と海と空気の粒を操る。風が流れ、方位が意味を失う。(((お前たちはこのまま向かってくるが、残念ながら通り過ぎてしまう。ここには何もないんだ。わかるな))) 彼は呟いた。彼自身の身体はシュギ・ジキの中央にある。だが、この領域そのものでもある……。

「いいや、わからんな!」ホワイトアウトが嘲った。シルバーキーの鼻から鮮血が溢れた。隠者は狼狽した。(((!)))「イヤーッ!」ホワイトアウトは両手を高く掲げ、ジツを発動した。0100100101……ノイズをまき散らす白い光の球が残忍な太陽めいて空高く飛翔し、炸裂した!

「グワーッ!」シュギ・ジキのタタミに血が零れた。シルバーキーはタタミに手をつき、こらえた。「こいつ……!」「あっけねえ野郎だぜ! 孤児院じゃ、こんな奴に手玉に取られたのか? 笑わせる」ホワイトアウトはシルバーキーの目の前に立ち、見下ろした。「なあオイ、本調子じゃないッて言ってくれや。つまらねえ」

「お前……! イヤーッ!」シルバーキーはバック転で後退し、間合いを取った。銀の浜辺で彼らは向かい合った。「ドーモ。ホワイトアウト=サン。グレイハーミットです」「ふうん、俺の名前を勝手に読んで、テメェの名前を隠すか。いけ好かねえぜ……」ホワイトアウトは目を細める。

 シルバーキーの身体の輪郭がバチバチと爆ぜた。「フン。見えやしねえ。まあいい」ホワイトアウトは呟いた。そしてアイサツに応え、オジギした。「ドーモ。グレイハーミット=サン。ホワイトアウトです」二者はオジギから顔を同時に上げた。01の風が渦巻き、エゴとエゴが衝突した!

 0100000111KRAAACK……浜辺の光景が砕け、シルバーキーはシュギ・ジキに戻って来た。隠者は頭を振ってニューロン・ダメージの回復に努める。「野郎……初手はなかなかだ。クソッ。だがお前も無事では済まんだろ……!」鼻血を腕で拭う。

 ゾーイに思いを馳せる。今すぐにでも駆け出し、助けに行きたい。しかしそれは悪手。彼は物理世界のカラテに乏しい。彼がすべきことは己のユメミル・ジツを最大限に発揮する事だ。さいわいゾーイにはマスラダが……ニンジャスレイヤーがついている。「すまん……力を借りる事になった……!」彼は荒い息を吐きながら、正しいザゼン姿勢を取り直した。

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「……!」ニンジャスレイヤーは目を見開いた。ゾーイは彼を見た。「竿が引いてる」「ゾーイ。隠れる場所は決めてあるのか。こういう時に」「こういう時?」「イザだ」ゾーイは賢い。聞き返す事は無い。緊迫した表情で、彼女は頷く。「洞窟がある。よくそこでラジオを聴くの」「後で迎えに行く」

 ニンジャスレイヤーは立ち上がった。感じる。敵意あるニンジャの接近を。年端のゆかぬ娘を傍らにおいて戦えば、巻き添えにする事になる。ゾーイの後ろ姿を数秒見守ったのち、彼は動き出した。ニューロンにダイタチ・メガミ号の惨劇の光景がフラッシュバックした。彼の目は憎悪に燃え上がった。

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「ンンンーッ……!」走行する装甲車のルーフから上体を出し、仰け反った状態で痙攣していたホワイトアウトは、恍惚めいて息を吐き、集中を解いた。頭上には白い太陽が燃えている。「手ごたえはなかなか……しぶとさを見せてきやがったなァ!」ホワイトアウトは鼻血を拭った。「滾るぜ!」

「報告しろ。ホワイトアウト=サン」レックメイカーの声がIRCインカムから聞こえた。「同じ車輛なのに通信なんざ使うんじゃねえや」ホワイトアウトは答えた。そして前方を睨み、ニヤリと笑った。「さあ見えてきたぜ。俺のジツがバッチリ照らしてやってるからよ……あのしみったれたシュラインだ!」

 その時である! 前方から燃える飛翔体が飛んできて、楔陣形でバイクを駆る寒冷クローンヤクザの眉間を貫いた。「グワーッ!」KRAAAASH! バイクが横倒しになり、スピンしながら後方へ消えていく!「アバババーッ!」KABOOOM! 燃料炎上爆発!

「スリケン!」ホワイトアウトは呟き、車内に滑り降りた。「アブナイゼ! グレイハーミットの野郎の他にもう一匹ニンジャが居やがる。ヨージンボか? テメェの出番だぞ、レックメイカー=サン! 活躍の機会が残ってて良かったじゃねえか」「フン」レックメイカーは裏拳でドア窓を叩き割った。

 ヒュルルルル……更にスリケンが飛んできて、寒冷クローンヤクザのこめかみに突き刺さった。「グワーッ!」バイクはつんのめり、真上に跳ねて、そのまま後方に消えていった。「さっさと処理しろや! ヤクザも無料じゃねえんだ。知らねえけど」ホワイトアウトが急かした。「俺はジツに集中するぜ」

 白い太陽が輝きを増し、吹きすさぶ雪混じりの風を溶かす。「イヤーッ!」レックメイカーは装甲車から回転ジャンプし、飛来したスリケンを空中で蹴って弾いた。更に蹴りをもう一発。手近のバイクヤクザの頭部に叩き込む。「グワーッ!」ナムサン! バイクヤクザは転落! レックメイカーは機動力を獲得!

 ドルッ……ドルルルルオン! レックメイカーは強烈にバイクを猛らせた。「見えたぞ!」彼はメンポの下で獰猛に舌なめずりした。然り! 彼のニンジャ視力は前方の氷の上で仁王立ちするニンジャ存在を捉えていた。赤黒に燻る影を!「イヤーッ!」バイクがウイリーしたのち、急加速した!

「イヤッ! イヤーッ!」赤黒の影はスリケンを二連投擲! しかしレックメイカーは巧みなバイク操作で回避すると、そのまま轢殺にゆく!「イヤーッ!」ドルルルオン! だが赤黒のニンジャは……避けない!姿勢を沈め、水平にチョップを構えたのだ!「……イヤーッ!」

 SLAASH! 影が交差した。バイクが真っ二つに焼き切れた。前輪と後輪が互い違いに飛び、氷上に散った。レックメイカーは既に空中に逃れていた。フリップジャンプから着地し、赤黒のニンジャと向かい合った。「ドーモ。レックメイカーです」「ドーモ。レックメイカー=サン。ニンジャスレイヤーです」

「イヤーッ!」オジギ終了からコンマ2秒! 二人のニンジャは切り結んだ! 拳と拳が衝突する!「イヤーッ!」KRAASH! 衝撃波が氷を揺らし、広範囲に亀裂を生じた。「こいつ……」レックメイカーは目を見開く。「できる奴か……!」「イヤーッ!」さらにサイドキック! レックメイカーを吹き飛ばす!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは受け身を取るレックメイカーを横目に、蹴り脚を戻しながらフックロープを投擲した。「グワーッ!」走り去ろうとしていた運転ヤクザのバイクが燃える鉤爪に捕らえられた。ニンジャスレイヤーはロープを巻き上げ、バネ仕掛けめいてバイクに跳ぶ!「イヤーッ!」

「こいつ!」レックメイカーは唸り、走り出した。……「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは運転ヤクザを蹴り落としバイク強奪! ニンジャスレイヤーはそのまま他のバイクヤクザに体当たりをかけて転倒殺! ギャルルルル! さらにドリフト! 装甲車の横腹に体当たりをかける!「イヤーッ!」KRAAASH!

「グワーッ!」ハンドルを取られた装甲車がスピン! バイクヤクザを跳ね飛ばしながら氷上に停止した。クオルルルルル! クオルルルル! エンジンストップ状態!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投げて前輪タイヤを爆破すると、後ろから殴りかかって来たレックメイカーの拳に向き直った! 

「イヤーッ!」KRAAAASH! 再び拳と拳が衝突! 乗り捨てたバイクが衝撃波を受けて遠く吹き飛ぶ。「イヤーッ!」「イヤーッ!」更に拳と拳が衝突!「ヌウーッ!」レックメイカーは呻いた。ニンジャは衝撃で互いに押し戻される。「何者だ……貴様!」レックメイカーは目を見開く。

「……おれは既に名乗ったぞ」ニンジャスレイヤーは低く言った。「おれはニンジャを殺す。貴様をな」「グレイハーミットに雇われたか。ビジネスの相手を間違えたな。貴様」レックメイカーの装束の過冬エンブレムが白い太陽の光を受けて光った。「この地では我々が法律だ」

「そうか。貴様らは法律か」ニンジャスレイヤーは赤熱する拳を固く握り、ツカツカと前進する。「殴りがいがありそうだな」「……!?」レックメイカーは訝しむ。異邦人である事は間違いがない。このような非過冬のニンジャ存在の情報は無い。恐れを知らぬ物言い、無知なのか?

「フン……よかろう」レックメイカーは腰を落とし、カラテを漲らせた。「二番目に好きだぞ……貴様のような無謀者は」そして、彼が一番好きなのは、そのような無謀者の心をカラテで折る瞬間だ……!「イヤーッ!」レックメイカーは殴りかかる! ニンジャスレイヤーはやはり殴り返す!「イヤーッ!」 

 KRAAASH! 拳同士が衝突した! ニンジャスレイヤーは引き下がらない! レックメイカーは歯を食いしばり、逆の拳を振り上げた。ニンジャスレイヤーの目が燃えた!「イヤーッ!」レックメイカーは殴りかかる! ニンジャスレイヤーは……拳を掴んだ!

「ヌウーッ……!」レックメイカーは腕を引こうとする。吸い付いたように離れない! なんたるニンジャ握力か! やがてミシミシと音が鳴り、拳の骨が軋み始めた。レックメイカーは逆の手で再び殴りつけた。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはその拳をも掴んだ! 二者は押し合い体勢だ!

(チィー……!)装甲車内でアグラし、ジツに集中していたホワイトアウトだが、至近距離でカラテ応酬するレックメイカーの状況を見て取ることも可能だった。(何をやってやがる……とっととカラテで潰せ、ヨージンボを!)罵りながら、彼は白い太陽に力を注ぎ続ける。

 この戦闘を突破したバイクヤクザは二名いる。このままホワイトアウトがグレイハーミットのまやかしを無効化し、ニューロンを破壊してしまえば、後は彼らをシュラインに到達させ、ゾーイを捕らえる事もできよう!「俺のニューロンをどうするッて?」グレイハーミットが彼の前に立った。

 二者は銀の浜辺で再び向かい合い、睨み合った。ホワイトアウトは首を傾け、肩を揺らして笑った。「いいや、強がりだね……冷や汗ダラダラ垂らしやがって」彼の洞察は実際、真実かもしれない。グレイハーミットの髭面は極度集中に険しく、額を01ノイズの汗が流れ落ちる。

「確かに俺は甘かったな」グレイハーミットは呟いた。「備えが足りてなかった。ニンジャスレイヤー=サンにつっこまれるのも道理だ。お前のようなコトダマ適正のあるニンジャを繰り出してくる……過冬ってのも懐が深いものだ……」「……!」ホワイトアウトの目から血が流れる。

「俺が本調子じゃないッて……? 買ってくれてありがとうよ。お前らが来る前に、まあ実際色々あってな。カロウシ寸前だよ」グレイハーミットは凄みのある笑みを浮かべた。「だが、俺もさ……これでもそこそこ修羅場をくぐって来たニンジャなんだ。これくらいでヘバッたら……笑われちまう!」

 ホワイトアウトの輪郭がバチバチと音を鳴らして爆ぜ、01の飛沫が散った。「ヌウウ……ヌウーッ!」ホワイトアウトはジツへの集中を深めようとする。白い太陽が燃え上がる。目から、耳から、血があふれ出す。グレイハーミットの装束の表皮が剥がれ、鈍い銀色の姿が見えて来る……シルバーキー……!

「AAAAARGH……!」ホワイトアウトの自我は白い太陽さながらに燃え始めた。彼は自我を保とうとした。「こいつ……こいつ……!アバーッ!」……010010101001……白い太陽が膨張し……弾けるように消失した。その下で、ニンジャスレイヤーはレックメイカーの両腕を押し戻し始めた。

 レックメイカーは押し返そうとする。だが、燃えている……ニンジャスレイヤーは……! その背に縄めいた筋肉が浮かび上がる!「バカな」レックメイカーの足元の氷に亀裂が生じる!「バカな!」「イイイヤアアーッ!」ニンジャスレイヤーの両手は、レックメイカーの拳を握り潰した!「アバーッ!」 

 両手から血を迸らせ仰け反り怯んだレックメイカーの額に、ニンジャスレイヤーは渾身の頭突きを見舞う!「イヤーッ!」「グワーッ!」額破砕! ニンジャスレイヤーはなお踏み込む!赤黒の目が燃える!「ニンジャ、殺すべし!」「貴……」「イヤーッ!」「グワーッ!」拳!「イヤーッ!」「グワーッ!」

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 レックメイカーはよろめきながら後退した。その背が装甲車の車体に接触した。ニンジャスレイヤーは上体をねじり、カイシャクの拳を握りしめた。「イイイイイ……イヤーッ!」「グワーッ!」KRAAAASH! レックメイカーもろともに装甲車が破砕!「アバーッ!」フロントガラスが砕け、運転ヤクザが射出!

 KABOOOOM! 燃料タンクが衝撃で引火! 爆発! KRA-TOOOOM! 車内でフラットライン(脳死)したホワイトアウトにとっても、この一撃はカイシャクとなった!「「サヨナラ!」」爆発四散! 氷が砕け、装甲車を呑み込んだ! ゴウランガ! ナムアミダブツ!

 氷の破砕に呑み込まれまいと後ろへ跳んだニンジャスレイヤーは、最短時間のザンシンの後、付近に横倒しになったバイクを引き起こし、跨った。そして急発進させた。クローンヤクザが何人か向かっている。白い太陽は消え、おそらくシルバーキーの守りは力を取り戻す。だが放置してよい状況ではない。

 ニンジャスレイヤーはシルバーキーのシュラインを目指し、氷上を一直線に加速する。今このとき、マスラダ・カイの目は赤黒く燃え、内なるナラク・ニンジャは力強くカラテを燃やし続けていた。

 そして……その数マイル後方、同一ベクトルに進むもうひとつのバイクがあった。ニンジャである。その装束はクロームの甲冑じみていた。そしてやはり過冬のエンブレムが刻印されていた。

 コーオオオオオオオ! 暴走する獣の怒号めいた走行音とともに、ニンジャのバイクの走行速度は666キロに迫ろうとしていた。甲冑がミシミシと音を立てて、このニンジャ自身の拘束の度合いを極限まで強めていく。極限まで引き締められ、スレンダーなシルエットを作り出す。甲冑そのものが肉体と化したかのようだ。

 ニンジャの名はザルニーツァ。甲冑の関節部は断続的に放電を繰り返す。痩せ細ってすら見えるシルエットは、専ら、この外骨格によって生み出されたものだ。その不穏なニンジャアーマーは生物的かつ機械的な鱗(スケイル)を重ねたものであり、頭から爪先までを覆う。

 フルフェイス・メンポの表面に覗き穴らしきものは無い。美しいが、どこか邪悪な印象をもった鎧だった。鎧はつねにミシミシと音を立てて軋んでいる。故障ではない。「補正」が生ずる音だ。

 カタナ・オブ・リバプール社の試作品であるイサライト・アーマー。企業秘密合金のカラテ伝導率は極めて高く、防御時には比類なき剛性を発揮する。重ね合わせた装甲みずからが筋肉めいて力を生み出し、駆動し、使い手を助ける。骨折しようとも、戦闘能力を維持する。

 ザルニーツァの目的は明確だ。忠実なる過冬の戦士は、ただその目的の達成の為に、ヨモツ・ニンジャの血の矢めいて、まっすぐにバイクを飛ばす。やがて前方に赤黒のニンジャを発見する。ザルニーツァは追い抜きをかけた。

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「イヤーッ!」追い抜かせまいと、ニンジャスレイヤーは後方から通過して来る相手をめがけ断頭チョップを繰り出した。だが過冬のニンジャは車体側面に思いきり身体を倒して躱し、追い抜いた。

 馬の体を盾に銃撃を避けるカウボーイめいて身体を倒したニンジャの操車術は極めて巧みだ。頭の1インチ下に氷がある。動きを誤れば、その頭はネギトロめいて削り取られるであろう。

「イヤーッ!」ニンジャは後方のニンジャスレイヤーめがけプラズマ・クナイ・ダートを投擲した。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投げ返してクナイを相殺し、さらに余分のスリケンを投げた。

 ギュイイイ! 過冬のニンジャは車体を小刻みに蛇行させ、慣性をもちいて車上に復帰。スリケンは当たりはしない。覗き穴の無いフルフェイスヘルムを傾けてニンジャスレイヤーを一瞥すると、バイクを加速。引き離しにかかった!

 ニンジャスレイヤーは目を見開いた。燃える眼光が後ろに流れる。ヤクザバイクが断末魔じみた悲鳴を上げる。フルスロットル。しかし追いつけない。前方に丘……先に到達するのは敵……!

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 ザルニーツァはインテリジェント・モーターサイクルをドリフトさせながら停止し、回転跳躍から石段に着地。一気に駆け上がると、数呼吸のうちに頂の庵に到達した。手練れのニンジャはフスマに手をかけた。……ターン!

「……バカな。行き止まりとは」ザルニーツァが足を踏み入れたのは、タタミ敷きの四角い小部屋であった。それはシュギ・ジキと呼ばれるパターンで、十二枚のタタミから構成されている。四方は壁であり、それぞれには雲、バンブー、灯火、フジサンの見事な墨絵が描かれていた。

 もはや先へ進むためのフスマは見当たらない。そも、それが不自然だ。フスマではなく壁なのだ。「姿を現すがいい。グレイハーミット=サン」この謎を解くべく、ザルニーツァは右手にプラズマ・クナイを握り、物音ひとつ立てぬ精緻な足運びで、部屋の中心部へと進んでいった。 

 イサライト・アーマーの多重装甲が生き物じみて光を脈打たせた。ザルニーツァのカラテが全身を駆け巡り、ニンジャ第六感をブーストする。心臓の鼓動音はザルニーツァ自身のもの。否……そこにノイズを聴く。ドクン。音とともにザルニーツァは虚空にあり、頭上に黄金立方体が輝いた。

「グレイハーミット=サン。貴様が、そうか」ザルニーツァは無感情に呟いた。バチバチと音が歪み、髭面のニンジャのイメージが視界に膨れ上がる。四方の壁を透かして、銀色の浜辺が透けて見える。「ああ。俺だ。俺がグレイハーミットだ」隠者は答えた。「あの娘の元へは行かせんぞ。お前はここで殺す」

「ドーモ。グレイハーミット=サン。ザルニーツァです」ザルニーツァはアイサツを返した。そして言った。「私を殺す? 貴様にそんな余力があるとは思えん。プレッシャーを感じぬぞ」挑発ではなかった。淡々とした確信である。「ホワイトアウト=サンはサンシタではない」

 隠者の図像が激しく光り輝いた。(((ならば……試してみるがいい!……イヤーッ!)))「イヤーッ!」

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  (((グワーッ!)))「……!」ゾーイは洞穴の中でハッと顔をあげた。彼女は逡巡した。出たらいけない。出れば事態は……(((グワーッ!))) シルバーキーの悲鳴がふたたびニューロンに鳴り響いた。ゾーイは深く息を吸った。「ニンジャスレイヤー=サン」祈るように呟く。彼は間に合うか。

 (((グワーッ!……グワーッ!)))「シルバーキー=サン!」ゾーイは洞穴の出口に立つ。一面の氷。(((来るな……ゾーイ……絶……グワーッ!))) もはや一刻の猶予もなし。彼女は洞穴を飛び出した。……シルバーキーの庵に向かうまでもなかった。 彼女は切り立った崖を振り仰いだ。

 崖上には丈高いニンジャが逆光になっている。ニンジャはシルバーキーの首を掴み、腕を前に突き出して、吊るしていた。「ゾーイはどこだ。答えろ。私に面倒をかけるか、すぐに終わらせるかだ」「……!」ゾーイは岩陰に引っ込み、口を手で押さえて、そのさまを凝視した。なにか打開策はないか。

「何の話かの……最近……ワシはまだらボケで……グワーッ!」「……」ニンジャは首を絞める力を強め、不敵にとぼけた回答をやめさせた。シルバーキーの負傷状態は既にズタズタといっていい。だが、このニンジャの本来のカラテからすれば、それでも容赦はしていたであろう。生かすだけの。

「あれを渡せば、この地の安全は保障する」ニンジャは言った。「過冬が貴様のこの領域を犯す事は二度とないと約束しよう」「……」シルバーキーは震えた。血が足を伝い、ポタポタと零れ落ち、ずっと下の氷に赤い点を生じてゆく。

 ゾーイは震えながら、岩陰から進み出る。「……やめて」

「そこか」ニンジャはゾーイを見下ろした。「ドーモ。ゾーイ=サン。ザルニーツァです」「ザルニーツァ=サン……約束を守ってくれる?」「よせ……子供の出る幕じゃない」シルバーキーはかすれ声を出した。ザルニーツァは言った。「子供のほうが話がわかっているようだ」

「私が行けばいいんでしょう。だから」「このシュライン領域を侵犯する事はない」ザルニーツァは頷いた。ニンジャは何かを待っていた。すぐにわかった。「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」クローンヤクザ二名が飛び出し、ゾーイの両腕を掴み、押さえ込んだ!「ンアーッ!」ナムサン!

「ゾーイ……グワーッ!」力を振り絞って暴れるシルバーキーを、ザルニーツァはなお高く上げた。そして左手にプラズマクナイを構えた。「この地は保障する。お前は処刑する」言い放ち、プラズマクナイを脇腹に突き刺した。引き抜き、心臓に突き刺した。ゾーイが叫んだ。ヤクザをふりほどけない。

 マシーンめいた淡々とした動きだった。シルバーキーはザルニーツァを見た。ゾーイは泣き叫ぶ。泣き叫び、クローンヤクザを振り払おうとする。ザルニーツァが何か言う。シルバーキーの血が脇腹から、胸から迸る。血が真っすぐに落ち、氷の上に撥ねる。血と、0と1が、溢れ出す。

「Wasshoi!」

「グワーッ!」「アバーッ!」ゾーイの右のクローンヤクザの首がねじ切れ、コンマ2秒後、左のクローンヤクザの顔面が破裂した。緑の血が高く噴いた。ゾーイは涙に噎せながら、弾丸じみて飛び来たった存在の色付きの影を見た。影は回転着地した。時間が彼に追いつき、走行痕が氷の上に焼き付いた。

 アイサツは古事記にも記されし絶対の掟だ。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」赤黒のニンジャは崖上のザルニーツァにアイサツした。ザルニーツァは淡々と返した。「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。ザルニーツァです」そしてシルバーキーから手を離した。

 KABOOOOM! もはや役に立たず乗り捨てたヤクザバイクが離れた地点で爆発した。ニンジャスレイヤーは己の鼓動を聴く。ドクン。ドクン。ドクン! 感覚が鋭敏化し、流れる時間が泥めいて鈍化する。シルバーキーがゆっくりと落ちてくる。ザルニーツァもまた……飛び降りる!

 この瞬間、ニンジャスレイヤーは恐るべき状況判断を強いられていた。ザルニーツァの狙いは明白だ。このままゾーイを襲い、拉致するのが目的だ。そして、落下してくるシルバーキー……死んでいるのか? 否……否! 決めつける事は許されない。確かめてもいないのだ!

 どちらを選ぶ! シルバーキーか! 受け止められず、受け身も取れずに落下すれば、ニンジャといえど爆発四散は免れない! あるいはザルニーツァか! 飛び降りてくる過冬のニンジャを迎撃せねば、ゾーイは無事では済まぬ。道中の切り結びでも、このニンジャが只者でない事は明らかだ!

 そしてたとえシルバーキーを受け止めたところで、既に死んでいれば何もかも無駄! 事態は……!(((殺せ!マスラダ!))) ナラク・ニンジャが炎めいた叱責を浴びせた。(((死体など放置せよ! あのニンジャを殺せ! 何を躊躇っておるか! くだらんぞ……!))) そして意外にも続く声!(((俺に構うな!))) 

 キイイン……耳鳴りが鳴り響き、時間はほとんど停止状態に近かった。ナラクの声に割って入ったのはシルバーキーの声だった。(((ゾーイをシンウインターに渡すな。あの娘を奴らに渡すな。大変な事になる。絶対にダメだ。俺は……もう助からん)))

 ドクン。ドクン。

 (((なあ。こういうのは仕方ないんだ))) シルバーキーは言った。(((生きてる奴を頼む)))(……黙れ。シルバーキー=サン)マスラダは呟いた。(((殺せ。マスラダ。殺すのだ!))) ナラクがニューロンを燃やした。(((何を迷うておる!)))(黙れ、ナラク!) 

 ゴウ! 時間が解放された!「黙れ!」ニンジャスレイヤーは叫んだ! そして跳んだ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ザルニーツァが落ちながらカラテを構える! 黒い炎が弾けた!「……!」ニンジャスレイヤーはシルバーキーを受け止め、回転着地した。一瞬後にザルニーツァは氷上に着地した。

「……! ……!」腕の中、シルバーキーはニンジャスレイヤーを見上げた。虚ろな目に、驚愕と、叱責の色があった。ニンジャスレイヤーはすみやかにシルバーキーの命が流れ去ってゆくのを感じている。だが抗わねばならない。(((バカ!ウカツ!))) ナラクが憤慨した。ニンジャスレイヤーはザルニーツァを見た。 

 ピシィ……ザルニーツァのフルメンポに亀裂が生じ、装甲が剥離した。右目があらわになった。「……!」彼女は驚愕したようだった。落下時の一度のカラテ。防ぎ切った筈の攻撃だった。「……!」ゾーイが逃げ出そうとする。だがザルニーツァは動いた。彼女はゾーイの腕を掴んだ。

「バカ……野郎……」シルバーキーはかすれ声を発した。ニンジャスレイヤーはメンポの中で奥歯を噛みしめ、憤怒の形相で、シルバーキーの心臓を押さえた。溢れ出る0と1を、超自然の黒い炎が焼き溶かし、溶接じみて論理傷をかりそめにふさいでゆく。ザルニーツァはゾーイを抱え上げ、振り返る。

 氷のように冷たい青い目が、マスラダの赤黒の憎悪の目と視線を衝突させた。「ゾーイ!」ニンジャスレイヤーは叫んだ。「ほんの少しだ。ほんの少しの間だ! 耐えられるか!」「耐えるッ!」ゾーイはニンジャの背で叫んだ。もはや泣いていない。「すぐに行く……!」「わかってる! そいつをお願い!」

「今すぐ……」シルバーキーは声を絞り出した。「黙れ!」ニンジャスレイヤーは激昂を押し殺し、黙らせた。「それ以上おれにくだらん事を言うなら……!」「ゲホッ!」シルバーキーは喀血した。ニンジャスレイヤーは装束を裂き、シルバーキーの物理傷を力強く縛った。

 一方、状況判断したザルニーツァも、まごまごしてはいない。ゾーイを抱えたまま、乗り来たインテリジェント・モーターサイクルにすみやかに跨り、発進させる。バシュッ。バシュッ……。彼女の装甲は蒸気を放出。極度戦闘モードを解除し、オーバーヒート回避にかかる。モーターサイクルを加速させる。

 遠ざかり、陽炎となるザルニーツァを、ニンジャスレイヤーは火がつくほどに睨み据えていた。シルバーキーの鼓動が弱まると、ニンジャスレイヤーは掌を叩きつけて心臓を鼓舞した。やがてシルバーキーはぜえぜえと息を吐き始めた。「畜生……」シルバーキーは呻き、涙を一筋流した。

「奴らは……アンタの話通りなら、すぐには危害は加えない。おれがシトカに行って、取り返す」ニンジャスレイヤーは言った。シルバーキーは震えた。「……」「それで借りを返す」「……俺は……すまん……」シルバーキーの言葉は弱々しい。「……頼む。ニンジャスレイヤー=サン。……頼む……」

 シルバーキーは、そのまま気を失う。氷上を風が吹き抜け、ニンジャスレイヤーのマフラーめいた布をはためかせる。凍った世界のなかにマスラダはいる。そこでは太陽は弱々しく、なにもかも朧で、灰色にくすんでいる。しかし、彼が成すべきことは明らかだ。


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エピローグ

 イサライト・アーマーが展開し、ザルニーツァを牢獄じみた装甲から解放した。邪悪な企業鎧は彼女の持ち物ではない。戦闘データ、機体データのすべてが採取される。過冬は複数の暗黒メガコーポと繋がりを持つ。鎧はその象徴めいている。裸のままに彼女は整備室を横切り、オンセン・サウナに向かう。

 鍛え上げられ、新旧の傷にまみれた長身と、冷たく鋭い眼差し。ザルニーツァは冷水を被り、板で仕切られた屋外のオンセンにエントリーした。オレンジ色の湯に首まで浸かり、メディテーションじみて厳かに目を閉じる。サケのトックリを乗せた盆がどこからともなく流れてくる。そういうシステムだ。

 ザルニーツァは忠実なる過冬の戦士であり、サケを嗜むこともない。トックリの盆はむなしく流れ去っていった。

 彼女はシンウインターの言葉を反芻していた。

(ニンジャスレイヤーだと?)回収させた装甲車のブラックボックスに残された映像を娯楽めいて横目で眺めながら、シンウインターは目をすがめた。(レックメイカーとホワイトアウトを……フン……成る程な……)

(洋上で連絡を絶ったカットスロート=サンですが、他殺体で発見されました)別の報告が届くと、シンウインターは一瞬だけ興味深げにした。(それはそれは。繋げて考えると面白い)面白くもなさそうに、彼は言った。

(ニンジャスレイヤーはネオサイタマのニンジャです。記録があります)(フン。ネオサイタマか)シンウインターは胡桃大のエメツ・ボールを手の中でゴリゴリと擦り合わせた。報告者は付け加えた。(おそらくはソウカイ・シンジケートのテッポダマかと)(……さもあろうな)一瞬の殺気。

(調べておけ)(ハイヨロコンデー)深いオジギとともに報告者は去る。(ンン……ああ。あのなんとかいう娘の様子はどうだ)シンウインターはザルニーツァを思い出し、問いを投げる。(大人しいものです)(それは賢い娘だ。無駄が嫌いなのだ。俺にはわかる。適当に世話をしておけ。じきに使う)

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 パーツ屋台、ロシアヤクザの炊き出し鍋、吊るされたバッファロー肉、辻説法師等でごったがえす表通りから幾つか路地を入った先、水蒸気立ち込める石畳の裏道に蛍光オレンジの明かりを投げかけるのは、昼から泥酔者がくだをまく安酒場「筋」だ。屋号はサイバネアイ持ちの屈強な女主人の名に由来する。

 スージーは今日も丸太めいた腕を振るって氷解をアイスピックで滅多刺しにしながら、店内のろくでなし達を見るともなく見ていた。「今日、ツケてくれよ。アバーッ!」泥酔者の手の甲に無造作にアイスピックを突き刺し、彼女はノレンをくぐって現れた見慣れぬ客を見やった。

「あらカワイイ」スージーは呟いた。ロシア帽を被り、フェイクファーを多くあしらったコートを着た女は、泥酔者の胡乱な視線の中、スーツケースを転がしながらカウンターまで歩いてきた。そしてトークンを置いた。「スシをください」「スシ? サーモンならあるよ」「チャもありますか」「……あるよ」

「長旅だったんです!」女は晴れやかに言った。「……ああ、そりゃよかったね」スージーはこの明るいオレンジ髪の女の奇妙なアトモスフィアにやや気圧されながら、心の中で(今日は妙なガイジンが多いね)と呟いた。窓際のテーブルに座っている三人も、見るからにヨソの奴らだ。

 今も彼らはスラング混じりの言葉を交わしながら、スシ・パイをフォークの先でかき混ぜている。別の旅行者。おそらくネオサイタマの人間だ。現在、シトカのポータルは閉じられているのに、どうやって来たやら。身なりもまっとうな職業の者でないことがすぐにわかる。女が一人。男が二人。

 男の一方は明らかにヤクザだ。獰猛な目をしており、指には武骨な指輪が嵌っている。もう一人の男は整った顔立ちで、眼鏡をかけているが、ファッションのあちこちに嫌ったらしい雰囲気を伴わせている。こいつも明らかにヤクザだ。女はヘラヘラした笑いを口の端に浮かべている。しかし、凄みがあった。

 スージーが知る由もない事だが、彼らはソウカイ・シンジケートのニンジャであり、それも特に恐ろしい六人……「シックス・ゲイツ」として知られる者たちのうちの三人だった。ヴァニティ。ホローポイント。インシネレイト。当然、彼らは観光に訪れたわけではない。今のスージーが知る由もない事だが。


【シーズン2・第2話に続く】

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