S1第1話【トーメント・イーブン・アフター・デス】
1
BRATATATATA! BRRRRTTTTTT! 雷鳴じみた轟音が空を割った。半壊のビル群の屋上を機銃掃射が蹂躙し、コンクリートの破片と粉塵が噴き上がる。破壊の只中を走り抜ける姿は、赤黒の影だった。
「イヤーッ!」叫びとともに影は跳躍した。林立する高層廃墟を飛び渡る。BRATATATATA! BRRRRTTTTTT! 機銃掃射で執拗に追いすがるのは、二機の黒漆塗り戦闘ヘリだ。重金属酸性雨を降らせる灰色の空に、黒い稲妻が幾度も閃く。
「シャッタード・ランド」。朽ち褪せた高層ビル廃墟は白亜化石めいて立ち並び、足元の地上にひろがるのは、巨獣の爪痕のごとき無数の裂け目と轍。汚染され、放棄された、海抜ゼロの廃墟地帯。残像を伴い、駆け、跳ねる赤黒の影は、墨絵じみた世界に垂らされた、血の一滴のようだった。
走りながら影は振り返った。その視線が漆塗りのヘリコプターを捉えた。「イヤーッ!」鋭い叫び。影の腕が霞み、ヘリの一機が突如、火を噴いた。影が投じたのは鋼鉄の星。スリケンであった。スリケン。ニンジャが用いる極めて強力な投射暗殺武器。赤黒の影は、ニンジャなのだ!
KA-DOOOOM! 致命部位を貫かれたヘリが爆炎に呑まれ、斜めに落ちて、横のビル廃墟の側面に衝突した。赤黒のニンジャはビル屋上の端に向かって速度をあげた。そのまま、跳んだ! ビル群の足元、遥か下、浮島めいて突き出した転覆タンカーの残骸をめがけ!
「イヤーッ!」
空中で身を捻り、仰向けに落ちながら、追い来るもう一機のヘリにスリケンを投げ続けた! 無数のスリケンが鋼の機体の下腹を貫く! 機関砲……燃料タンク……ローター! KBAM! KA-DOOOOOM!
ヘリコプターが火を噴き、斜めに墜落、側面のビル廃墟を削り取り、燃えながら落下して水面に衝突! 巨大な爆発を生じた! 傾いたビル群は瓦礫を崩落させて粉塵と水飛沫を生じ、さらにひどく傾いた。
追手は全て片付けたか? 否! 転覆タンカーから飛び降りた赤黒のニンジャは、水と泥とジャンクにまみれた大地に立ち、霧の先を見据えた。その双眸がジゴクめいた火の閃きを明滅させる。待ち構える彼の眼前に、やがて……霧の中から何者かが歩いて来た。
その者もまた、ニンジャ。
彼らは互いに睨み合い、そして直立し、同時にオジギを繰り出した。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」赤黒のニンジャが告げた。背後で廃墟ビルが横倒しに倒れ、凄まじい破壊音と粉塵が生じた。霧の中から現れたニンジャは名乗り返した。「ドーモ。コーストウインドです」
イクサに臨むニンジャにとってアイサツは神聖不可侵の掟だ。古事記にもそう書かれている。「テリトリーに気易く立ち入った者の運命は決まっている」コーストウインドは言った。「シンプルな運命だ。死、あるのみ」
ニンジャスレイヤーはコーストウインドを睨み返し、威圧的に数歩踏み出す。コーストウインドは訝しんだ。この赤黒のニンジャが、自身を少しも恐れていない事に気づいたのだ。
「貴様を殺す。特に訊き出す情報もない」ニンジャスレイヤーは言った。コーストウインドは目を剥いた。「ほざけ!」二者は地を蹴り、たちまち色付きの風と化した!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」影と影はX字の軌跡を刻み、互いに衝突した。水を跳ね、廃墟の壁を蹴り、飛びわたりながら、幾度も、幾度も! ニンジャ反射神経の持ち主がこの馬に居合わせたならば、互いに空中でチョップを打ち合い、互いの身体を蹴った反動で飛び離れる、異常な戦闘者の格闘を見て取っただろう!
朽ちた壁を駆け上がった二者はやがて、廃海産ビル屋上の両端に到達。お互いをめがけ同時に突進した!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは火を噴くような勢いで急加速! コーストウインドの眼前に到達! 想定外の接近速度にコーストウインドは呻き、咄嗟のチョップを繰り出す!「イヤーッ!」
ミシリ、と音が鳴った。チョップはニンジャスレイヤーの左肩をとらえた。だが悲鳴を上げたのはコーストウインドだった!「グワーッ!?」
ニンジャスレイヤーは肩を割るチョップのダメージを無視し、そのまま両手でコーストウインドの腕を掴み、ねじり上げていた!「イヤーッ!」ひと息で、へし折る!「グワーッ!」
コーストウインドは苦痛に叫び、ニンジャスレイヤーの脇腹を蹴る。苦し紛れだ! ニンジャスレイヤーは燃える目を見開き、打撃に耐えた。へし折れた腕を掴んだまま、今度はコーストウインドの顔面を、もう一方の手で鷲掴みにした。「バカな」コーストウインドは慄いた。「イヤーッ!」「グワーッ!」
サツバツ! コーストウインドの顔面を押さえたまま、ニンジャスレイヤーはその腕を力任せに引きちぎった! コーストウインドは悲鳴を上げ、身をもぎ離した。彼は屋上の縁から下を垣間見る。飛び移る都合のよいビルは周囲に無い。だが彼はもはや構わず、下めがけ跳躍し、逃走をはかった!「イヤーッ!」
コーストウインドの眼下、痛めつけられた大地の亀裂、ビルの土台、廃車やドラム缶が見える。そしてショッピングモール。高高度からの跳躍であろうと、熟練のニンジャならば前転によって落下時のダメージを全て逃がす事が出来る。コーストウインドの視界にショッピングモールの屋上がぐんぐん近づく。
逃げきれる、と感じた瞬間、空中で首の後ろを掴まれた。ニンジャスレイヤーは一瞬の躊躇もなく、彼を追って跳んでいたのだ。コーストウインドは目を動かし、後ろの殺戮者を見ようとした。極度緊張した彼のニューロンは時間を泥めいて鈍化させた。不条理だった。五分前に想像もしなかった運命だった。
「イイイイイイヤアアアアアーッ!」「グワアアアアアアアーッ!」
二人のニンジャは廃ショッピングモールの天窓に衝突し、突き破り、輝くガラスの破片と重金属酸性雨を伴って、落下した……!
ニンジャスレイヤー エイジ・オブ・マッポーカリプス
第1話
【トーメント・イーブン・アフター・デス】
誰か、聞こえてるか。
オレの名前は、まあ、タキとでも呼んでくれ。
ここはネオサイタマの遥か東。くそったれの99マイルズ・ベイだ。今じゃシャッタード・ランドとかいう気取った名前でも呼ばれる、暗黒の港湾地帯だ。
人口は公式にはゼロ。少し南に行けば、錆びた迷宮みてえな仮設バラック街と違法漁船だらけの浜辺にぶつかる。そこで採れるバイオ伊勢海老の殻を剥いて、オレは育った。だからオレの指先は黒い。
オレは死ぬ思いでカネを稼ぎ、旧式のUNIXデッキを手に入れた。そしてハッキングを覚えた。9歳の時だ。神童ッてワケさ。だけど15の時、姉貴分だった一個上のハッカーが、オレの目の前で死んだ。しくじってニューロンを焼かれたんだ。今でもたまに見るんだよ、彼女のユーレイを。昔から霊感が強くてよ。
オレは犯罪への幻想を捨て、何かマシな生き方を探そうと決めた。だが、ロクな考えは思いつかなかった。指先どころか、ニューロンの中まで真っ黒に染まってンのかも知れねえな。犯罪はもう、日常の一部になっていた。
これきりだと毎回自分に言い聞かせながら、シケたハッキングで小金を稼ぎ、どうにか店を構えた。そう、オレの店だ。ネオサイタマ。薄汚いキタノ・スクエアビル地下街4階9号。不吉なナンバーで安かった。49。4は死。その後の9は苦。
死してなお苦しむ。
それが49。日本じゃ最も不吉なナンバーだ。店の名前は「ピザタキ」。そう、ピザだ。事故物件になった1階のピザ屋を吸収して、隠れ蓑に使ってる。オレが売るのはピザと情報ってワケだ。情報屋はハッカーより安全だ。ヘマをしても、姉貴みたいにニューロンを焼かれる事はない。そう考えて、オレは49のジンクスを笑い飛ばした。
……甘かったな。
オレはビズで下手を打ち、ヤクザに拉致された。それでネオサイタマからこの故郷に戻ってきた。拘束されてな。全くありがてえ話だろ。言い忘れたが99マイルズは非合法組織のアジトの掃き溜めだ。奴らはハッカーの扱いにゃ手慣れてるらしく、オレの首の生体LANソケットに錠前を掛け、IRC端末と電子通信機器を没収しやがった。
とんだ権利侵害だ。これでオレはIRC-SNSに自撮りをアップする事もできない。死んだも同然のデジタル蛮人だ。奴らもそうやってタカをくくり、監視カメラつきの部屋にオレを放置した。壁に貼られた「テ ン シ ョ ン」「攻撃的」のショドーが威圧的だ。マジで威圧的だ。もうダメだ。もう24時間生存できたら奇跡だぜ。
インガオホー? その通り。だがブッダはオレを見捨てなかった。不幸中の幸いがある。30分ほど前のことだ。このヤクザ違法取引地帯に、どっかの命知らずのアホが侵入したらしい。オレを監視して虐めていたヤクザどもは血相変えて出動し、そいつを狩りに行った。余程の事があったんだろう。
それに加えて……この部屋の監視カメラはミハル・オプティ社の旧式モデルで、あまり解像度が高くない。つまり。
誰か聞こえるか! ここから助け出してくれ! オレにゃカラテもカンフーも銃もねえ! オイ誰か!
……なんてな! 無理だ、無理。このままじゃ無理だよな。仕方ねえよ。オレも覚悟を決めねえとな。これっきりだ。オレはもごもごと口を動かし、舌を使って奥歯を外す。それを舌の上で転がし、噛み砕いた。角砂糖みたいに割れた粉を、肩の上に吐いた。
オレの肩の上にこぼれたのは、耳カキ三杯程の、偉大なるかぐわしき黒いコナ。合成麻薬ブラックベルトだ。原料は微量のZBRとシャカリキ、そして爪切りのヤスリで削った黒いエメツ。エメツってのは実世界とディジタルを繋ぐ夢の新物質で、こういう悪さにも使える。……悪い夢ッてやつだ。わかるか? 吸うんだよ。
こいつを吸引した途端、ブッ飛んで死ぬかもしれない。だがそれでも、ニンジャに拷問されて死ぬよかマシだろ。
兄弟、調子はどうだい。ヤク中のお袋さんは元気か? オレは肩の上のブラックベルトに語りかけた。なあ、もうお前だけが頼りだぜ。
正直なところ、オレは今にも失禁しそうなほどビビって混乱してる。しかし結局、オレは意を決した。やるしかねえんだよ。オレは目を閉じ、肩へと鼻先を近づけた。
SNIFF! SNIFF! オレはブラックベルトを吸引した。
00101010111111010100101011
ワーオーオー。オレは偉大なるダライ・ラマみたくザゼンを組み、極彩色のマンデルブロ・マンダラじみたネットワークを飛翔する。
ワケが解らないだろ。デッキ無しで精神をIRCに侵入させる。そしてハックする。YCANOとかいう伝説的ハッカーが編み出した、まだ殆ど知られてない禁断の裏技だ。
なぜそれをオレが知ってるか? テンサイだからだ。オレは速い。ヤクザどものセキュリティ・ネットを軽く俯瞰、敷地内をうろつくアホを発見した。
コイツだ、コイツ。オレはIRCで『ドーモ』と送る。
……レスポンスが随分遅い。ビビってんのか低速タイピングのザコなのか。じれったくてたまらねえ。どっちにせよ今オレのアンテナにかかったのは相当トロい野郎だ。よくネオサイタマで生きてこれたな! こんな奴が今のオレの命綱とは、先が思いやられるぜ。
『聞こえてんのか? 聞こえてんだろ』オレはじれったくなり、そのアホに向かって続けた。『オイ、デジタル・オーディンの神託を授けて進ぜよう。生き残りたけりゃ、オレの言う通りに動くんだ。さもなきゃ、ヤクザどもにとっ捕まって、99マイルズ・ベイに浮かぶマグロ死体になるぜ』
2
地面一面を埋め尽くす瓦礫を踏みしめ、ニンジャスレイヤーは立ち上がった。赤黒の装束から焼けた血がしたたり、かりそめに傷を塞いでゆく。軸足の下のコンクリート片が砕けた。バランスを崩し、たたらを踏み、傷の治癒と激烈な倦怠感に耐える。彼は焦げた息を吐き、前傾姿勢で周囲を見渡した。
そこは崩壊したショッピングモールの一角。潮風と日光に晒され風化した「こういち君」「Kiefer」「タモ」「икра」といったミンチョ文字看板は、さながらこの人口ゼロ地帯に捧げられた墓標か。ニンジャスレイヤーは頭上を見上げた。砕けた天窓が目に入った。短期記憶が揺り戻される。
ニンジャアドレナリンが血流に乗ると、朦朧状態はほんの数秒。『0101イルズ・ベイに01010かぶ0101…マグロ死体になるぜ』記憶に混じるIRC音声メッセージ。「……デジタル・オーディン? マグロ死体? どこの誰だ」彼は眉根を寄せ、吐き捨てた。やがて離れた地点で瀕死のニンジャが蠢いた。彼はそちらに向かった。殺す為にだ。
一歩一歩、瓦礫を踏みしめ接近するほどに、墜落衝撃で吹き飛んでいた短期記憶が鮮明に戻って来る。瀕死のニンジャの名はコーストウインド。つい先ほどアイサツし、彼がこの致命傷を与えた。敵。右腕は付け根から失われ、鎖骨と肩甲骨が破壊されている。長くはあるまい。カイシャクせよ。
このニンジャは、ヤクザクラン「デビルズカインド・キョダイ」の所属だ。間違いない。だが、今回の目当てはこいつではない。(((殺せ)))「殺す」彼は精神の奥底に湧き出したアブストラクトな殺意に頷き返す。ニンジャを殺していった先に、あの "サツガイ" がいる。それが本能でわかる。(((然り!)))
瀕死のコーストウインドは、ニンジャスレイヤーを、赤黒の装束を、「忍」「殺」の漢字が刻まれたメンポを見上げ、恐怖した。「狂人……!」這って逃れようとする。その背をニンジャスレイヤーは踏みしめる。「念のため訊いておく」彼はジゴクめいて言った。「"サツガイ" を、知っているか!」
「知らぬ……!」コーストウインドは血を咳き込んだ。「知っていたとしても教えぬ。その者がお前の目指すものか。ならば、望み果たせぬまま野垂れ死ね。狂人に似合いの末路よ」「貴様に用はない」ニンジャスレイヤーは踵を捻じり込んだ。「おれの目当てはデビルズカインド・キョダイのオヤブン、ストリングベンドだ」
「オヤブンの名……貴様……」コーストウインドは絶望した。どのみち、この死神に売れる情報は何もないのだ。呪うしかなかった。「オヤブンが必ず貴様を殺す!絶対にだ。許さ……」コーストウインドは目を見開いた。敵の眼差しに込められた尋常ならざる憎悪が、彼の怒りを掻き消した。そして残ったのは、恐怖だった。
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの踵が頭部を踏み砕いた。カイシャク!「サヨナラ!」コーストウインドは爆発四散した。吹き込む潮風が爆発四散痕の灰をさらい、吹き流した。ニンジャは死ねば肉体すら残さない。半神めいたニンジャの生態を詠んだ「死して屍拾う者無し」のコトワザが示す通りである。
頭上、砕けた天窓の上では旋回するバイオカモメが影を為し、ゲーゲーという泣き声が重金属酸性雨と共に降り注ぐ。ニンジャスレイヤーの身体が雨に触れて蒸気を発する。燃える血が身体の傷を癒し、装束を再生してゆく。超自然の憎悪が体内を循環し、戦う力を、殺す力を呼び戻す。
「ストリングベンド……どこだ……!」ニンジャスレイヤーは頭に手を当て、呻いた。ニンジャの痕跡を……その息遣いを感じ取るべく。近い筈だ。既に敵のはらわたに近づいている。デビルズカインド・キョダイは小規模のクランだ。ニンジャは今のコーストウインドとオヤブンのストリングベンドのみ。
ニンジャの魂の響きを聞く事で、敵のおおまかな居場所を特定できる。ここは人口ゼロ地帯……ニンジャがいれば、目立つ……「どこだ……!」『ヤッタ! オイ、アンタ! 聞こえるんだな!』ザリザリ。ノイズ交じりの声がニューロンに木霊した。外からの音だ。「誰だ……貴様は」『タキと呼んでくれ!』
ニンジャスレイヤーは呻いた。先ほど、外から流れ込んできた声。「デジタル・オーディンとかいう……」『それだ! それ、オレだ』「何がオーディンだ、ふざけるな。名前……タキ=サン」『ああそう、その調子!』「何者だ」
『アンタこそ何者だ。是非教えてもらいたいもんだ。だけど、それは後回しでいい』「……」ニンジャスレイヤーは眉根を寄せ、訝しんだ。タキは切羽詰まって言った。『急ぎの取引がしたいんだ……アンタと!』
「取引だと?」『シーッ! お前が今居る場所は廃モールだ。夢のピンクチャンに入れ!』「何だそれは」『店の名前だ! 廃墟の! 看板! 急げ!』ニンジャスレイヤーは瞬時に状況判断し、タキの指示に従った。「イヤーッ!」テナントへ滑り込み、棚を背に息を殺す。
ギャション! ギャションキュイイーン。ギャションキュイイーン……! 巨大質量が立てる鈍い歩行音と共に、全長10メートルの四脚型大型ロボニンジャがモールの表ゲートから入って来た。複数の走査光を投げながら、両腕のレールガンを構え、ノシノシと瓦礫の上を進んでくる。『あれ、モーターマサシな』
「モーターマサシ?」『ホラ見ろ。アンタありえねえモグリだ。危険地帯をフラフラとスットロく動いてッから。いや、こっちの話。マサシは持ち主不明のまま、一帯で不毛な狩りを続けるAIだ。アンタ浮浪者? 感謝しな、オレが警告しなきゃ死んでたぜ。たとえアンタがニンジャであろうとブッ殺される』
「ニンジャ……」『ハハハ、図星だって? ニンジャなのか、お前?』タキは笑い飛ばした。『冗談やめとけ』「用件を言え」『ああ、取引な。救出してくれ! 他でもない、このオレをだ。残念ながら、今のオレはニッチもサッチも行かん状況。デッキも無い。椅子に縛られて、処刑時刻を待ってるッてワケよ……』
「取引と言ったな」『その通り! 対価を用意する! 一攫千金したいだろ? どうせお前、汚染地帯で寿命を気にしながらガラクタ漁りする人生だろ? 脱け出せるぜ。こんなチャンスねえぞ! あのな、』「誰に捕まった」『重要じゃないさ』「誰だ」『大したヤクザじゃない!』「デビルズカインド・キョダイか」
『ンー、ンー……』タキは口籠り、危険をごまかした。彼は知る由もない。ニンジャスレイヤーにとっては逆にそれが願ったり叶ったりだという事を。「よし。案内しろ。ただし相応の代価をもらう」『え? 勿論だ! だが急いでくれ。そこは危険だ。マサシが来る。店の奥の扉の先に進め。地下へ降りられる』
棚と棚の間を進む。ギャションキュイイーン……モーターマサシの足音が遠ざかり、ニンジャ聴力の可聴範囲からも出ていった。ニンジャスレイヤーは「関係者専用」とかろうじて読み取れる古い金属扉を開けた。部屋の中央、破壊されたソファの付近の床に円形の闇がある。開け放たれたマンホールの竪穴だ。
『穴を下りた先にオレはいる。助けてくれ。ヤクザのアジトにあるものは何でも好きにしろ。金庫の万札も、クスリも、権利書も。全部くれてやる。オレがアンタに正しいルートを教えて導く。で、アンタがオレを救出。シンプル』何がシンプルなものか。「ニンジャは居るか?」『居……る。一人だけ』
ニンジャスレイヤーの沈黙を、タキは違った意味にとった。ニンジャは死と危険の象徴なのだ。『オイ、ビビるな! リスクを冒せよ! じゃなきゃ未来はねえぞ?』彼はまくし立てた。『アンタ実際のニンジャと会った事あるか? 噂だけだろ? 大丈夫だ! 必要以上に恐れるな。だがナメるのもダメ、的確に……』
ニンジャスレイヤーは梯子を降りた。「ガイドしろ。タキ=サン」『勿論。頼むぜ。もうすぐアンタはカート・コベイン似のハンサムハーフガイジン・ガイが椅子に縛られてる場所に辿り着く。それがオレ』「ニンジャは近いか?」『近いが、一人は出てッて不在』「"一人は出ていった"? つまりそれは、二人だろう」
『あ、ああ、初めからそのつもりで言ったんだ。ごまかしたわけじゃない。あの、カート知ってる? 昔の……』タキは話を逸らしにかかる。二人。すなわちコーストウインドとストリングベンド。前者は既に仕留めた。「知らない。T字通路だ」『左だ』ニンジャスレイヤーは左に向かう。劣化し、ひび割れたコンクリート壁。ソウルの音に耳を澄ます。ニンジャが近い。朧にそれを感じる。
幾度か分岐路を経て、照明は更に乏しく、闇は深まった。ニンジャ視力がなければ相当難儀する状況だ。ニンジャスレイヤーは思った。タキはそこらの浮浪者を行き当たりばったりに助けに来させようとしていたのか? 切羽詰まっておかしくなっているか、薬物が残っておかしくなっているか、どちらかだ。
『待て! そこで止まれ。右の壁に触れ』ニンジャスレイヤーは従った。手がすり抜けた。『そうだ。遮光ノレンになってるわけだ』IRC電子音声に実声が重なり、闇の中から聴こえてきた。遮光ノレンをくぐると、ニンジャスレイヤーは薄明りに照らされた狭い部屋に足を踏み入れていた。
男が居た。
椅子にワイヤーで縛られ、座らされている「ハンサムハーフガイジン・ガイ」は、脂っぽい金髪を肩まで伸ばし、無精髯を生やした、薄汚い男だった。アッと声をあげ、青い目を見開く。「ドーモ! オレがタキだ! ハジメマ……」歓喜の言葉を唱えかけて凍り付き、口を歪めて悲鳴を上げた。「ニンジャナンデ!」
「通信相手は、おれだ」ニンジャスレイヤーは冷たく言った。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」「ア……」タキは全てを察した。繋がったのだ。バタついたヤクザ連中。放置されたタキ。迎撃に出たニンジャと兵隊。つまり、デビルズカインド・キョダイのアジトに外敵が侵入……眼前にいる奴が張本人。
「どう……どうりで」NRS症状から回復したタキは、薬物影響下でギラギラ輝く青い目でニンジャスレイヤーを見据えた。「躊躇も無しに向かってきやがると思ったら。てっきりアホなのかと……そういう事かよ。迎撃のヤクザやニンジャと出くわしたろ? 撒いたのか?」
「殺した」黒漆塗りヘリコプター。クローンヤクザ達。コーストウインド……。ニンジャスレイヤーはタキを見据えた。「アー……」タキは言葉を探した。「まあ、まあいい。助けろ。この首輪、ちぎって壊してくれ。LANが出来なくてゾッとする。いや、アンタとの通信にはエメツを使ったんだけどね」
ニンジャスレイヤーは値踏みする目でタキを凝視する。タキが不意に叫んだ。「ヤバイ! 後ろ!」だがニンジャスレイヤーはタキが警告するより早く背後を振り返り、両手にスリケンを掴んでいた。コンマ1秒後、ノレンをくぐって三人のヤクザが飛び込んできた。全員が角刈りで同じ顔。クローンヤクザだ!
「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」「アッコラー!」クローンヤクザは一斉にチャカ・ガンの引き金を引こうとした。それより早くニンジャスレイヤーは人数分のスリケンを投擲し終えていた。「グワーッ!」緑色のバイオ血液を額から噴出し、三人が骸と化して倒れた。
だが!「バカな!」タキは叫び、驚愕した。ニンジャスレイヤーもほとんど同時に、タキの視線方向、肩の後ろを振り返った。バチバチ鳴る火花を伴って、気配を消していた何者かが背後に出現した。死角の敵の奇襲に対し、ニンジャスレイヤーの反応速度は驚異的だった。しかし、それでも足りぬ!
「イヤーッ!」「グワーッ!」電光が迸り、監禁室がストロボ明滅した。「アイエエエ!」タキが悲鳴を上げた。彼の目に焼き付いたのは、何もない場所から火花と共に現れたニンジャが、激しい光を放つ掌打をニンジャスレイヤーに後ろから叩きつける決定的瞬間だった。肉を焦がす臭気と煙が溢れた!
ナムアミダブツ! 何たる鋭くかつ鮮やかなステルス装束の機構を用いたアンブッシュ攻撃か! 瞬殺されたクローンヤクザの突入すらも囮に過ぎなかった! 彼はニンジャスレイヤーの注意をそらし、背後へ忍び入り、致命的打撃を決めたのだ!「ア、ア……ストリングベンド=サン!?」タキが呻いた!
「イヤーッ!」「グワーッ!」ストリングベンドと呼ばれたニンジャは更なる電熱エネルギーを注ぎ込み、トドメの一撃とした。ニンジャスレイヤーは崩れるように前のめりに倒れた。何たるカラテか。アイサツさせる暇すら与えず、勝負は決していた。「い、いつから隠れていた……?」タキが震えた。
「……ずっとだ」ストリングベンドは答え、酷薄な眼差しをタキに向けた。タキは首を振った。「違う。オレが雇ったんじゃない」「うむ。ヤクをキメたお前がベラベラ通信をしている間、俺はそこでステルス・アグラし、見守っておった。経緯は全て把握している」
「で、オレ、どうなる?」「楽しくなりそうだ。タキ=サン」「サイコパスめ。ずっと見ていやがったのか。サイコパスめ」「まずは足の指から行くか、タキ=サン」「待ってくれよ、少し……」
3
ドクン……ドクン……ニンジャスレイヤーの周囲で音がぐるぐると回る。ニンジャとタキの会話は徐々に遠ざかり、心音がニューロンに木霊する。停止に向かう弱々しい心音が。焼け焦げた身体を包む焼け焦げた装束。
闇。
(治れ)ニンジャスレイヤーは唸った。毒づこうとした。(治れ。クソッ。治れ……何故……)痛みすら感じなかった。死だ。死が巨大な骨の爪となって彼を捉える。(まだ戦う……)(((ウカツ……)))(まだだ……!)(((なんたるウカツ……)))(戦わせろ!おれを……おれはニンジャを……!)
ニンジャスレイヤーは……マスラダ・カイは、抗うように片手をかざした。「嘘だ」マスラダの手を、アユミが掴む事はない。彼の目の前で、アユミが血の中に崩れてゆく。マスラダは己を見下ろす。なぜ生きている。胸に穴があいている。「嘘だ。何故」マスラダは震える。「何故、おれなんだ」
アユミ。血の海。散らばるオリガミ。マスラダのオリガミだ。血で赤く染まる。マスラダは血の涙を流す。「何故、おれが生きてる」何度も問い直す。「何故、おれだ」何度も問い直す。「何故おれが生きて、アユミが死んでいる」何度も問い直す。マスラダを貫いたスリケンが、アユミの胸に墓標めいて。
両膝をつく。視界がぐらつく、そして、踵を返す瞬間のあの男の眼差しが、赤黒い視界に焼きつく、「サツガイ」……忘れるな。容赦なく消えてゆく記憶の断片をかろうじて掴み取る。忘れるな。サツガイ。サツガイ。サツガイ。サツガイの眼差し。虚無、いや、侮蔑だ、いや、悦んでいる……(((殺すべし))) 遠い声。
「なぜ生きている」(((殺すべし)))「サツガイを」(((殺すのだ)))「殺す……!」(((ニンジャを殺す!)))「ニンジャを!」マスラダは叫んだ。眼前に不定形の炎が熾った。その者はじろりとマスラダを見た。そしてアイサツした。(((ドーモ。はじめまして。ナラク・ニンジャです)))
「何故生きている」(((ニンジャを殺す為だ))) ナラクが答えた。「何故アユミが死んだ。何故おれが生きている」マスラダは責めた。「おれが死ぬべきだったのに!」(((名乗れ。アイサツせよ))) 怒気がマスラダを打ち据えた。マスラダはアイサツを返した。
「……ドーモ……マスラダ・カイです」
ゴウ。ニューロンが風を切り、映像記憶が散り散りになった。マスラダとナラクはいまだ対峙していたが、その後ろに見えるのは、椅子に縛られたタキと、彼をさいなむストリングベンドだった。そして、ブザマに倒れた己自身の姿だった。映像はおぼろで、時間はほとんど静止して見えた。
マスラダは目の前のナラクを見た。そして気づいた。このアイサツは過去の記憶……彼のもとに初めてナラクが現れた瞬間の記憶の反芻だった。心臓が打つ。再びの反芻。視界一杯に血の中のアユミ。スリケン。「ヤメロ!」(((忘れるなマスラダ。思い出せ。何度でも。火をくべよ。何度でもだ)))
「苦しい」マスラダは哭いた。ナラクは囁いた。(((然り。ニンジャだ。ニンジャがオヌシをこのジゴクの責め苦に落とした。忘れるな。儂が何度でも思い出させてやる)))「サツガイ……サツガイが、アユミを。何故おれが生きて。何故アユミが」(((サツガイというニンジャを殺したいのだろう。させてやる)))
「死ねない」(((然り。ニンジャを殺すのだ)))「傷を治せ……!」(((火をくべるのだ、マスラダ。思い出せ。執着がオヌシに立ち上がる力を与える。忘れるな)))「なぜ、おれが死ななかった!」(((ニンジャ、殺すべし!)))
忌まわしき黒炎が、焼け焦げたマスラダの肉体を駆け巡る。血流が蘇る。筋肉が蘇る。装束が蘇る。ブレーサーが蘇る。メンポが蘇る。火と血が混じりあい、カラテを復元してゆく。そしてニンジャスレイヤーは再び立ち上がった。メンポの亀裂、「忍」「殺」の文字が、赤黒く燃えあがった。
「何故! おれが!」マスラダは血の涙を流した。(((ニンジャ、殺すべし! 執着し、力を無限に引き出せ!))) ナラクの哄笑がニューロンを激しく揺らした。マスラダは右腕を掲げた。赤黒い炎が蛇めいて巻き付いた。炎の縄の先端には禍々しい鉤爪が備わっている。鉤爪が手首を噛み、マスラダは拳を握った。
(何故だ!)ナラクは答えない。(何故おれを死なせなかった、ナラク!)ナラクは答えない! マスラダのまわりで現世の時間が流れ始めた。ストリングベンドは驚愕の眼差しを向け、身構えた。マスラダは燃える目で睨み返した。そして……アイサツした。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」
「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン」ストリングベンドはアイサツを返した。「……ストリングベンドです」アイサツされれば、返さねばならない。アイサツの最中に攻撃を仕掛けてはならない。アンブッシュ攻撃を仕掛けた当の相手であろうとそれは同様。極めて重大な掟だ。破る非礼は許されぬ。
オジギを終えると、あらためて二者はカラテを構え、互いの間合いを測る。ストリングベンドは明らかに不可解を感じている。ニンジャスレイヤーは内臓を灼かれ、焼け焦げて沈んだ。立ち上がる事など出来ぬ筈だった。しかし彼は呪われたフェニックスめいて、禍々しい邪気の炎を纏って立ち上がったのである。
ストリングベンドはやや腰を低く落とし、攻撃に備える。ニンジャスレイヤーの手の内がわからぬからだ。その右掌は再び超自然の光を帯びた。一方、ニンジャスレイヤーはニンジャを睨み、ジツを睨んだ。コウボウ・ジツ。このニンジャが自ら得たジツではない。サツガイが与えた力。彼にはそれがわかる。
(((グググ……コウボウ・ジツはヒカリ・ニンジャクランの秘技))) 内なるナラクが示唆した。(((掌に極光を生じ、その熱以て敵を焼くジツ也。此奴には過ぎたる力、所詮は付け焼き刃と知れ。此奴に遅れを取るようでは、このさき千度死んでもサツガイには至らぬぞ。執着が足りぬ。執着せよマスラダ!)))
極めて恐るべきジツ。二度受ければ……。彼のニンジャ自律神経は、己が「まだどれだけ戦えるか」を知らせた。多少の傷であれば、内なるナラク・ニンジャのソウルがマスラダの執着、怒り、憎悪を触媒として超自然の火を熾し、かりそめに傷を塞ぐ。だがその力には限りがある。次は致命傷となろう。
ストリングベンドの掌が陽炎めいて揺らいだ。二者は間合いを維持したまま、じりじりと互いに横に動いた。椅子に固定されたタキが脂汗を浮かべて呻く。無残にも、サンダルからはみ出した右足親指があらぬ方向にへし折られている。たった今やられた傷だ。これから始まる拷問のプロローグか。
タキは血走った目で二者を見つめ、ビクリと身体を痙攣させた。それが合図だ!「「イヤーッ!」」二者は同時に床を蹴った! タキを中央に、彼らはワン・インチ間合いを保ち、木人拳めいて打撃を逸らしつつ、狭い室内で旋回する!ニンジャスレイヤーは幾度も打撃を受けながら、右掌の回避に集中した。
ZGGGT! 致命的な掌がオゾンの臭いを散らしながら繰り出され、ニンジャスレイヤーの側頭部を僅かに削り取った。赤黒の血が噴き出し、焼けたこめかみと装束を塞ぐ。浅い。「成る程」ニンジャスレイヤーは呟く。アンブッシュに頼ったのはジツの欠点ゆえか。万全の威力を確保するには一定の充填時間を要するのだ。
そしてこの傷を代償に、彼はストリングベンドの脇腹にチョップを叩き込む事に成功していた。更に、「イヤーッ!」捻じった腰のバネを戻し、逆の手で顔面に拳を叩き込んだ!「グワーッ!」ストリングベンドはまともにこれを受けた! 床をバウンドし、背中から壁に叩きつけられる!「グワーッ!」
ニンジャスレイヤーは追撃を畳みかけようとする。だがニンジャ第六感がかろうじて危険を報せた。飛びかかるニンジャスレイヤーにストリングベンドが迎撃の前蹴りを浴びせ、怯ませ、コウボウ・ジツでトドメを刺すビジョンが見えた。ニンジャスレイヤーは踏みとどまり、代わりに、右腕を打ち振った。
「イヤーッ!」蛇めいてしなる右腕先から赤黒い炎の縄が放たれた。それは手甲に巻き付いた奇怪な武器であり、縄の先端は禍々しい鉤爪になっていた。ストリングベンドは不意を突かれ、反射的に右手で打ち払おうとした。黒炎は無慈悲に巻き付き、鉤爪が手首を噛み、炎熱が苛んだ!「グワーッ!」
「イヤーッ!」燃える目を見開き、膂力を込めた。背に縄めいた筋肉が盛り上がり、足下の床に亀裂が生じた。ストリングベンドは一瞬堪えたが、次の瞬間にはその両脚が宙を離れ、ロケットめいた勢いで引き寄せられる!「イヤーッ!」「グワーッ!」回し蹴りがストリングベンドの顔面を捉えた!
メンポが破砕し、よろめくストリングベンドを前に、ニンジャスレイヤーは間髪入れず襲い掛かった。もはやコウボウ・ジツを絡めたカウンター攻撃を行う余裕はない! 獲物から離れた黒炎の鉤爪が、腕に融け戻る!「イヤーッ!」「グワーッ!」破砕した顔面に、渾身の右拳を叩き込む!ナムアミダブツ!
「アイエエエ!」タキが椅子の上で恐怖に叫び、暴れた。ニンジャスレイヤーは致命傷を受けたストリングベンドの首を掴み、床に叩きつけた。「グワーッ!」掴んだまま睨み下ろす!「き、貴様、何故我がヤクザクランを……何故ここまで……どこのテッポダマだ!」
「サツガイを、知っているか」
「サツガイ……」「イヤーッ!」「グワーッ!」「サツガイを知っているか」「待て。取引を」「イヤーッ!」「グワーッ!」「貴様は知っている」「……」「貴様はサツガイを知っている」「……!」彼の目に異質の恐怖がよぎる。「奴がお前に何をしたのか知ら……」「イヤーッ!」「グワーッ!」
「イヤーッ!」「グワーッ!」「おれは生かされた。奴が全ての始まりだ」ニンジャスレイヤーは瞑想じみて呟いた。そして目を見開いた。「サツガイを! 知っているか!」「関わりは! 関わりは、した!……だが、し、知らぬ……奴の事は……」ストリングベンドの瞳孔が収縮した。嘘は言っていない。
「ならば一人、ニンジャを売れ」ニンジャスレイヤーはジゴクめいて言った。「サツガイに繋がるニンジャの名を言え。そうすればカイシャクしてやる。さもなくば!」「アバーッ!」熱によってストリングベンドの目が白濁した!「ナハト……ローニン……」瀕死のニンジャは呟いた。「ナハトローニン」
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはチョップを振り下ろし、首を刎ねた。「サヨナラ!」ストリングベンドは爆発四散した。
4
「……!」タキは椅子の上で痛みと恐怖に震えながら、二人のニンジャの死闘と、その決着を、目の当たりにしていた。
ニンジャスレイヤーは暫し立ち尽くしていた。そのあと、決断的足取りで奥の事務室へ突入した。タキは椅子に縛られたまま、事務室から聞こえてくる凄まじい破壊音を聴いた。ファイル類やデータを収奪する音だ。「マジか。ありえねえ」タキは慄いた。
やがて喧騒が止み、ニンジャスレイヤーは戻ってきた。タキを一瞥。そのまま去る。「待てッ!」タキは叫んだ。ニンジャスレイヤーは足を止めた。「と……取引だろ。助けろよ」
「助けた。後は好きにしろ」「こ、この状態で? 動けねえのに。奴らに生き残りが居たら? オレはどうなる!」実際、終わりだ。人口ゼロ地帯。ヤクザ! 屑漁り! 絶望が待つ! ニンジャスレイヤーはもはやタキに構わず、そのまま去る……「サツガイ!」タキは叫んだ。足が止まった。
「ア……アンタの……探す男は……サツガイ」タキは言葉を絞り出した。「オレは、サツガイを……知ってる」「本当か」ニンジャスレイヤーは振り返った。タキは前のめりになった。「マジだ。探せる、に近い意味だけどな。なあ、オレをほったらかして殺したらオレの価値はゼロ。違うか?」
「……」「頼む。親指を折られて、脂汗がダラダラ出てる。歩けやしない。独りでここを這って出ろって? ヤクザがいなくてもモーターマサシに殺られる。恨むぜ。夢枕にも立つ!」
ニンジャスレイヤーが近づく。タキの声がうわずった。「い、今……情報を教えてそれきりッていうのはダメ。オレが提供するのはクリティカルな情報を辿る方法。解決策だ。アンタ、どうせニンジャを一人一人辿ってるんだろ。手探りなんだろ? ネオサイタマの人口、知ってるか? 人探しに何十年かけるつもりなンだ?」
ニンジャスレイヤーはタキをじっと見た。タキは目を逸らし、祈るように目を閉じた。ニンジャスレイヤーは拘束具を破壊し、タキを開放した。「ウォホ! すげえ馬鹿力! 流石ニンジャ。褒め言葉な。あと首の生体LAN錠も……」ニンジャスレイヤーは首輪を引きちぎった。
「それと、足。これじゃ足手まとい……」ニンジャスレイヤーは荒い溜息をつき、タキを背負った。「悪いね!」「サツガイについて話せ」「奴は……いや、待て」タキは声を潜めた。「ここじゃマズイ。マズイ理由があるんだ。それほどヤバイ奴だ。準備が要る」「……」「まず、ピザタキに帰るぜ。ピザと情報を扱う、オレの店なんだ」
ニンジャスレイヤーはタキを背負って歩き出し、やがて走り出した。タキは舌を噛まぬよう苦心した。「いいぞ! ネオサイタマ、キタノ・スクエアを目指せ! ……ええと、そう、ピザタキに帰ったら、情報を共有して、精査だ。アンタ、言っちゃなんだが、オレを助けられて幸運だったと思うぜ。マジでな……!」
◆◆◆
……つまり、拷問部屋に現れたのは赤黒いニンジャだったのさ。
口元のメンポには、恐怖を煽る書体で「忍」「殺」。奴は満身創痍で、全身から血を滴らせていた。オレをさんざビビらせたニンジャを速攻でブチ殺した。その時オレはといえば、ダサい事に、恐怖で震え上がって歯をガチガチ鳴らすばかりだった。だが、アンタだって同じ目に遭えば絶対そうなる。
……サツガイの情報? 解決策? そんなもん、全部クチから出任せだ。今日を生き延びさえすれば明日がある。オレは必死で、奴に話を合わせ続けた。生きた心地がしなかった。実際マジで恐ろしかった。どうやら、オレが拾ったのはただのアホじゃなかったらしい。
オレが拾ったのは、死神だったんだ。
第1話【トーメント・イーブン・アフター・デス】終
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