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【サプライズド・ドージョー】


この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版は、上記リンクから購入できる物理書籍/電子書籍「ニンジャスレイヤー ネオサイタマ炎上 1」で読むことができます。

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ニンジャスレイヤー第1部「ネオサイタマ炎上」より

【サプライズド・ドージョー】


1

 大型ハーレーを駆る巨漢のアースクエイクと、サイドカーに座ったヒュージシュリケンは、Y-12型バイオヤクザの乗ったベンツ軍団を引き連れて、ネオサイタマの北、中国地方へと向かっていた。ソウカイ・シンジケートの敵、ラオモト・カンの敵、目障りなドラゴン・ドージョーを襲撃するためだ。

 マッポーレベル大気汚染は日本列島全域に広がっており、中国地方もやはり、昼も夜もなく暗い。救いといえば、都心部ほど強烈な酸性雨が降らないことだろう。

 それでも彼らが走り抜けるメガロ・ハイウェイの下では、酸性雨の影響を受けて皮膚がケロイド状になった水牛たちが、招かれざる客たちのエンジン音を聞きつけ、うらめしげにモーモーと鳴いていた。

「そろそろインタビューが必要だな」ハイテク・ナビゲーショーン・レーダーを見ながら知能派のアースクエイクが言い、ハーレーを止める。「俺がやろう、得意分野だ」ヒュージシュリケンはサイドカーから飛び降りたかと思うと、ハイウェイの下に広がる、青色のネオンサイン眩しい女衒街へ消えていった。

「オイラン」「サイコウ」「ヤスイ」などの猥雑なネオンサインが明滅する暗い路地裏を、ヒュージシュリケンは威圧的に闊歩した。どこのオイランハウスにも、日本政府より力を持つヨロシ=サン製薬のロゴマークが入っている。

「まずい、ニンジャだ……」「なんでニンジャがこんな所にまで……」「ニンジャがこっちに来る……」女衒街のごろつきや市民たちは、直径2メートル近いセラミック製大型スリケンを背負ったニンジャ装束の男を見て、声を潜めた。笠を目深にかぶり、目を合わせないようにする。

「そこのお前。ドーモ、ヒュージシュリケンです」運の悪い違法ICチップ売人が、ヒュージシュリケンのインタビュー相手に選ばれたようだ。売人は声を震わせながらアイサツする、「ドーモ、カンバギ・モトオです」。

「カンバギ=サン、お前はドラゴンドージョーがどこにあるか知っているか?」ヒュージシュリケンは、うつむく行商人に対して威圧的に質問した。 「知りません」カンバギは誠実な男だったし、実際知らなかった。

 ヒュージシュリケンはにこやかな顔になる。「カンバギ=サン、俺は三度の飯より拷問が好きだ。お前が売っているICチップを見ただけで、それを使った拷問を100個は思いつく」。それを聞いて、カンバギは恐怖のあまり震えた。

「どうだ。答えないと、まずはお前の小指を折る」 「やめてください知りません」カンバギが答える。 すると、ヒュージシュリケンは覆面の下で満面の笑みを浮かべてから、ニンジャならではの力と掛け声でカンバギの指をへし折るのだった。 「イヤーッ!」 「アイエエエエエ!」

「どうだ。答えないと、次はお前の薬指を折る」 「やめてください本当に知りません」カンバギが答える。 すると、ヒュージシュリケンは覆面の下で満面の笑みを浮かべてから、ニンジャならではの力と掛け声でカンバギの薬指をへし折るのだった。 「イヤーッ!」 「アイエエエエエ!」

「どうだ。答えないと、次はお前の中指を折る」 「やめてください本当に知りません」カンバギが答える。 すると、ヒュージシュリケンは覆面の下で満面の笑みを浮かべてから、ニンジャならではの力と掛け声でカンバギの中指をへし折るのだった。 「イヤーッ!」 「アイエエエエエ!」

 その時、ヒュージシュリケンの胸元からブザー音が聞こえる。知能派のアースクエイクからだ。ヒュージシュリケンは億劫そうに、携帯電話のアンテナを伸ばす。 「ヒュージシュリケン=サン、ヘルカイトからの偵察情報が届いた。ドラゴン・ドージョーを発見したらしい。もう戻ってきてくれ」

 ヒュージシュリケンは舌打ちする。ヘルカイトめ、余計な手出しを。まだ俺の独創的な拷問はこれからだというのに……ICチップすら使っていないではないか。……少なくとも、あと2本は指を折って、あの男の右腕を完全にストライクにするまでは納得がゆかん。

 そう思って足元を見ると、カンバギ=サンの姿が無い。しかし、ナメクジの這ったような失禁の跡が、オイランハウスの谷間にある路地裏へと続いている。電話中に逃走を試みたのだ。むろん、ヒュージシュリケンはそれを知っていた。あえて逃がしたのだ。追いついて拷問を再開するために。

 暗い路地裏は、オイランハウスや違法ICチップ工場から流れ出る排気ガスや廃液のパイプまみれだ。時折、いかにも有毒そうな青白い火花が散っている。一見煌びやかな女衒街も、裏路地に一歩足を踏み入れれば、化粧を落としたオイランのようにおぞましい。

 その裏路地は、錆び付いたトーフ・コンテナやヨロシ=サン製薬の麻薬的風邪薬コンテナが無秩序に積み上げられて行き止まりになっていた。そこで笠をかぶった男が、絶望したようにうなだれている。ヒュージシュリケンは嗤った。逃げ切ったと思わせておいて再び捕える。サイコウの快感だ。

「カンバギ=サン、拷問の続きだ」ヒュージシュリケンが言い放つ。「ドラゴン・ドージョーはどこにある?」 「ドラゴン・ドージョーの場所を知ってどうする?」笠をかぶった男は、後ろを向いたまま答えた。その声は、哀れなカンバギ=サンの声ではなかった。良く見れば、背丈も違う・・・。

「ヒュージシュリケン=サン、はじめまして、ニンジャスレイヤーです。次はこちらがインタビューをする番だ」ニンジャスレイヤーは笠とぼろ布を投げ捨て、赤黒いニンジャ装束を露にした!


2

「遅い、遅すぎる……。女衒街に向かったヒュージシュリケンに、何かあったか?」サイドカー付ハーレーに跨るアースクエイクは、痺れを切らしてエンジンを空吹かす。もはやタイムリミット。ソウカイ・シンジケートに情けは無用。ドランゴン・ドージョー襲撃計画に遅れが出てはならん。…その時だった。

「グワーッ!」うめき声とともに、血みどろのヒュージシュリケンがハイウェイの上に前方回転ジャンプで姿を現した。瞬時に非常事態を察知した知能派のアースクエイクは、素早くハーレーを発進させて、相棒をピックアップした。Y-12バイオヤクザ軍団も、一斉に12台のベンツを発進させる。

「あの野郎……! あの野郎……!」ヒュージシュリケンはサイドカーに備わった救急箱の中からヨロシ=サン製薬謹製のズバリ・アドレナリンのアンプルを取り出し、慣れた手つきで左の静脈と背中に注射した。

 中央のハーレーを護衛する護送船団のように、ベンツ軍団は時速150キロでメガロ・ハイウェイを走り抜ける。ヨロシ=サン製薬やオムラ・インダストリの尊大で虚飾的なネオンサインが、走馬灯のように現れては消えていった。

 アースは相棒に一瞥をくれた。痛みは治まったようだが、15センチほど飛び出してしまった左目は、もうどうにもならないだろう。リー先生のサイバネティック手術を受けて、カメラアイでも埋め込むしかあるまい。

 スリケンを得意とするヒュージシュリケン=サンには、大きな痛手だ。こいつも、もうシックスゲイツに長くは居られまい。アースクエイクはコンピューターのように冷酷に、現在置かれた状況を分析する。

「誰に襲われた?」とアースクエイク。 「ニンジャスレイヤーだ」とヒュージ。重金属酸性雨に肺をやられた水牛のように、ヒューヒューという声で答える。「チタン製胴当てを、チョップだけでへし折った。恐るべきジュツだ。知能も高い。狭い裏路地に誘い込まれ、大スリケンをついに使えなかった」

「ヘルカイトからの情報によれば、ドラゴン・ドージョーは、この先の廃インターチェンジを降りてすぐの場所だ。しかしニンジャスレイヤーが何故、ドラゴン・ドージョー襲撃を邪魔するのか? 不可解だ。偶然だろうか?」とアースはひとりごちる。ローマ時代の哲学者めいた顔で沈思黙考した。

 横ではヒュージシュリケンが、ズバリ・アドレナリンの副作用によって、沖に打ち上げられたマグロのように口をぱくぱくさせ、体を痙攣させていた。

 時折、悪夢にうなされてうわ言を発する子供のように、「アース、もっとスピードを……奴が来る……地獄の猟犬が、俺たちを追いかけてくる……」とくり返すが、沈思黙考に入ったアースクエイクの耳には届かない。

 そして、アースクエイクのハーレーに備わったオムラ・インダストリ製のハイテク・ナビゲーショーン・レーダーが、ベンツ軍団の異常をキャッチした。最後尾を走るベンツが、突然隊列を乱し、あろうことかハイウェイから落下したのだ。直後、数十メートル下の沼地で、水牛たちを巻きみ火柱が上がる。

「何だ!?」アースがレーダーの解像度を上げ、分析を試みる。その間にも、2台目のベンツがコントロールを失い、「ビョウキ」「トシヨリ」などと書かれた中央分離帯のヨロシ=サン製薬ネオンサインに突っ込んで、そのまま炎上した。

「奴だ!」副作用を脱したヒュージは、体をねじってニンジャの目でハイウェイの暗闇を覗き込む。

 謎のニンジャが、時速150キロメートルという猛烈な勢いでハイウェイを走っていた。

「Wasshoi!」という掛け声とともに、新たなベンツの一台の上に回転しながら飛び乗る。肉体強化された体操選手の着地のように、寸分のぶれもない。そのメンポには、「忍」「殺」と禍々しい文字が彫られている。おお、彼こそは、すべてのニンジャを殺す者。ニンジャスレイヤーに他ならない!


3

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは時速200キロで疾走するベンツの屋根に回転しながら着地したかと思うと、操縦席に座るクローンヤクザに向かって、おもむろに手刀を突き刺した。厚さ2センチもあるソウカイ・ベンツの車体を、ユバドーフのように容易く貫通したのだ。

「グワーッ!」突然天井から突き立てられた手刀が、クローンヤクザの頭蓋骨を熟れきったアボカドのように粉砕する。たちまち、頭を失った操縦ヤクザの首動脈から、緑色のクローン・バイオエキスが壊れたスプリンクラーのように噴き出し、ベンツの車内を鮮やかに染め上げた。

 操縦ヤクザの操縦を失ったベンツは、また一台、中央分離帯のプラズマネオンサインに映し出されるオイランの顔へと飛び込んでゆき、爆発を遂げた。爆発の直前、ニンジャスレイヤーは爆炎を背に追いながら跳躍し、次のベンツへと飛び移る。

 後ろでは、クローンヤクザたちの断末魔の悲鳴を覆い隠すように、重金属酸性雨がしとしとと振り、緑色のバイオエキスをハイウェイの下の水牛たちに届けていた。

「ワッショイ!」ニンジャスレイヤーが、新たなベンツの屋根に着地する。時速210キロの風が、赤黒い忍装束をばたばたと吹き流す。そのシルエットは、まるでナラクのシニガミのよう。

「殺せ!」ヒュージシュリケンは、クローンヤクザ軍団に単純明快な命令を下す。全ベンツのウィンドウから、一斉にクローンヤクザたちが身を乗り出した。双子のように同じ顔同じ髪型の三十人のヤクザが、まったく同じタイミングで胸元からチャカを抜き、一斉にマズルフラッシュを輝かせたのだ。

「ワッショイ!」ニンジャスレイヤーはその攻撃を予測していたかのように、時速220キロで走るベンツの屋根を蹴って高く跳躍した。そして体をオリンピックの高飛び込み選手のようにキリモミ回転させながら、恐るべき勢いで三百六十度にスリケンを射出したのだ。

 ニンジャの身体能力に、ソウカイ・ベンツのスピードが合わさり、恐るべき死の回転が生み出されたに違いない。ソウカイ・ベンツ軍団は、自慢のスピードゆえに墓穴を掘ったのだ。

「イヤアアアーッ!」死のキリモミ回転、そしてスリケンの乱射。 「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」 7人のバイオヤクザが死んだ。

 ニンジャスレイヤーはまるでタツマキのように、キリモミ回転ジャンプを続けながら、ベンツからベンツへと飛び渡った。跳躍するたびに無数のスリケンが乱れ飛び、着地のたびに爪先がダイヤモンド製ドリルのようにベンツの屋根をえぐって、操縦ヤクザの頭をアボカドのように粉砕するのだった。

「イヤアアアーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」

 恐ろしい! ナムアミダブツ! なんたる殺戮! ワニの背中を飛び渡りながら矢を射たという、平安時代のニンジャ神話のような、恐ろしくも雅な殺戮劇が、酸性雨降りしきる夜のメガロ・ハイウェイに展開された。

 12台のベンツは次々と脱落し、残すは、アースクエイクとヒュージシュリケンの乗るサイドカー付ハーレーの前方を守る1台のみとなった。ニンジャスレイヤーはキリモミ回転をやめ、残された一台のベンツの屋根にふわりと着地する。

 その上にすっくと立ち、胸元で威圧的に腕を組み、ぼろぼろのマフラーのようなニンジャ布を250キロの疾風にはためかせた。 「ヒュージシュリケン=サン、アースクエイク=サン。観念せよ。お前たちは、何故ドラゴン・ドージョーの場所を探している?」

「馬鹿奴、答えるものか」とヒュージ。無言で拒絶を示すアース。 「ならば死んでもらう。慈悲は無い」ニンジャスレイヤーは、その場でゆっくりと回転を始め、足腰をバネのようにきりきりと収縮させた。ヘルタツマキを再びくり出すつもりなのだ。

 ヒュージシュリケンも最後の賭けに出ようとしていた。頭の中でニンジャスレイヤーの動きを予測し、対抗策を練る。……まず、ニンジャスレイヤーの跳躍と同時に自分もサイドカーの上に立ち上がる。

 …飛んでくるであろう三から五枚のスリケンをすべて指でつまみ、背後にそらす。万が一、六枚目が来た場合は後ろを向いて、背負っている巨大スリケンで身を守る。その後、全力で巨大スリケンを投擲するのだ。勝機はこれしかない。

「ワッショイ!」ニンジャスレイヤーが跳躍する。ヒュージシュリケンもサイドカーの上に立つ。五メートル上空まで上昇した死のタツマキは、予想通り、闇を切り裂いてスリケンを投げつけてくる。

 三枚、四枚、五枚、ヒュージは人差指と中指でこれをつまみ、背後へ受け流した。六枚目。ヒュージは背を向け、巨大スリケンで身を守る。

 予想外の七発目。ヒュージは巨大スリケンで身を守る。八発目、九発目。何故だ? これではいつまでも反撃に転じられない。ニンジャスレイヤーはいつまでスリケンを投げ続けるのだ? 

 ヒュージが巨大スリケン越しに空を見上げると、ニンジャスレイヤーは片腕をヘリコプターの羽根のようにまっすぐ伸ばし、回転の力で空中静止を実現していたのだ。もはや反撃に転じれない。このままニンジャスレイヤーは永遠にでもスリケンを投げ続けてくるだろう。

「ここまでか! ナムアミダブツ!」ヒュージが辞世のハイクを読もうとしたその時、黒い風が吹いた。

「イヤーッ!」闇を切り裂いて、空から巨大なカイト(凧)とそれに乗ったニンジャが出現し、ニンジャスレイヤーに襲い掛かったのだ。 「グワーッ!」予想外の攻撃を受けてニンジャスレイヤーは回転のバランスを崩し、ハイウェイの下へと真っ逆さまに転落して、水牛の群れをミンチ肉に変えた。

「間に合ったか、ヘルカイト」野太い両腕でニンジャスレイヤーのスリケンを受け止め続けていた知能派のアースクエイクが、落ち着き払った調子でつぶやいた。「俺の発進したエマージェンシーIRCメッセージを、ヘルカイトが受信したのだ」

「……おのれ、またも……」死を免れたものの、ヒュージの腹の奥には、ニンジャスレイヤーとヘルカイトに対する殺意の炎がめらめらと燃えていた。 どうなる、ニンジャスレイヤー! 三人のソウカイ・ニンジャが、ドラゴン・ドージョーへと迫る!


4

 コンクリートの腐肉と錆び果てた鉄骨の骨で形作られる、殺風景なゴーストタウンを、サイドカー付ハーレーが威圧的に走っていた。ヘッドライトが闇を切り裂くと、線香を突き立てられたトーフのような、解体途中で遺棄された中層集合住宅やオフィスビルが、デジャヴのように何度も何度も繰り返し現れる。

 あらゆる色彩や熱を失ったこの世界で、躍動的に黒光りするハーレーは、さながら、滅亡したオキナワ海底都市の調査に訪れるソナー潜水艦のように異質だ。そして、そこに乗った二人のニンジャもまた、明らかに異質な存在であった。

 C227廃インターチェンジでメガロ・ハイウェイを下りたアースクエイクとヒュージシュリケンは、ヘルカイトからのナビ情報に従ってさらに中国地方を北上。三十数年前に遺棄された、ヒカリ=サン・シンガク学園都市の廃墟へと進入していたのだ。

 中心部へと向かう国道沿いには、重金属酸性雨に曝されて色褪せたノボリが、まるでハカバのように何本も立てられていた。『最高の学習環境』『実際安い』などの空虚なメッセージが、ネンブツのように何度と無くアースクエイクとヒュージシュリケンの目に飛び込んできては、また消えてゆく。

 ごく稀に、ミュータント化した野生の水牛や、酸性雨耐性を獲得したと思われる灰色の竹林が現れ、二人を驚かせた。ネオサイタマの外縁は、まさに深海世界のごとき驚異にあふれている。だが、それらに注意を払う暇は無い。ニンジャたちの目的は、ドラゴン・ドージョーを発見し、放火することなのだ。

 ヒカリ=サン・シンガク学園都市は、数十年前のスクラップビルドで計画的に強制発展させられ殺された地方都市のひとつだ。このようなゴーストタウンは、日本列島全域に、掃いて捨てるほど存在する。住民はゼロ。あらゆるインフラも遮断されている。二十四時間常に、ウシミツ・アワーのような静けさだ。

#6gates :Earthquake:ヘルカイト、本当にここにドラゴン・ドージョーが?
 アースクエイクは、ハーレーに備わったデヴァイスを使い、上空のヘルカイトにIRCメッセージを送る。マッポーレベル大気汚染下では、衛星写真など撮影できない。アクチュアルな偵察が必要なのだ。

#6gates :Hellkite:エグザクトリー。俺のカイトに備わったソナーが、この廃都市から不自然なニンジャ反応をキャッチ。そのまま中心部へストレート。
 サイドカーでは、七本目のズバリ・アドレナリンを注射したアースクエイクが、マグロのように口をぱくぱくとさせていた。

 中心部にはいくつかの巨大建築物が存在し、周囲の集合住宅を睥睨していた。その中でも最も高く、現在では巨大なハカイシのように聳え立つのは、ヒカリ=サン第五十七総合大学とヒカリ=サン進学塾のツインタワービルの廃墟。

 その横には、かつてこの都市のすべての文化中心として機能していたであろう、スーパーマーケットとジーンズショップと映画館と病院が合わさった、タケノコ・ヤスイ・ショッピングモールの無残な廃墟があった。

#6gates :Earthquake:あの一番大きなビルディングか?
#6gates :Hellkite:ノー。中心部を突っ切り、そのまま北上してくれ。
 ニンジャたちの通信に声は要らない。オムラ・インダストリによりセキュリティ対策がなされたIRCがあるからだ。過去のログも読める。

#6gates :Earthquake:ゴシック様式のジンジャ・カテドラルが、2時の方向に見えてきた。
#6gates :Hellkite:エグザクトリー。トリイを潜って接近しろ。 作戦目標に近づいている。
 手応えを感じたアースクエイクは、ハーレーをフルスロットルで前進させた。

「おい……おい……アースクエイク」ズバリ状態から覚醒したヒュージシュリケンは、まだ余韻が残っているのか、うわごとのように呟いた。 「どうしたヒュージ?」とアース。「おい……おい……お前はヘルカイトを信用するのか……?」とヒュージ。「どういう意味だ」

「奴は…先月シックスゲイツに加わったばかり。その時ナンバー6だったガーゴイルは、武装ヘリ作戦中に、不可解な死を……」 「ニンジャスレイヤーに殺されたのだろう」 「ナビを担当したのはヘルカイト…」 ヒュージはまたズバリ状態に入って瞳孔を開き、喘息マグロのように口をぱくぱくとさせた。

 アースは、帝政ローマの哲人のような顔で沈思黙考に入った。ヘルカイトか、ヒュージシュリケンか、どちらを味方にすべきか。将来性の面ではヘルカイトだろう。しかし、シックスゲイツが3人も同じ作戦にあたるのが、問題の発端なのだ…。ラオモト=サンは、俺たちの誰かを始末する気ではあるまいか。

 冷酷な算段を続けながらも、ハーレーのスピードは落ちない。平安ゴシック様式の厳しいトリイを潜る。不気味な灯篭が道の両脇に立ち並び、侵入者に無言の警告を発する。

 その先には、高さ十数メートルほどの無骨なジンジャ・カテドラルが聳え立っていた。そしてアースクエイクは、カテドラルの障子戸の向こうに幽かにゆらめくボンボリの灯りの列を、確かに見た。


5

 重金属酸性雨で朽ちかけたジンジャ・カテドラルの内部には、広さ五十畳ほどの、おごそかなドージョーが隠されている。このゴーストタウンには、電気も水道も無い。ボンボリと蝋燭の灯りだけが、ドージョーの北に正しく配された大仏像と、その周囲を守る24体のニンジャ神話の神々の像を照らしていた。

 これらの像は、長い時の流れの中で無残に破壊されてきた。無数の手を持つ神、鬼を踏みしだく神など、様々な神像があるが、いずれもその頭部や手足を失い、特に酷いものは足首から下しか残されてはいない。そしてそれは、平安時代から続いた24のニンジャクランの、哀れな末路の象徴でもあった。

 修行用の木人。自動スリケン投擲機。壁にはぼろぼろの旗が掲げられている。翼を広げた竜の姿がシンボルマークとして刺繍され、その下にはカタカナで「ドラゴン」と縫い上げられている。ここが由緒正しきドラゴンニンジャ・クランの本拠地、ドラゴン・ドージョーであることの、何よりの証拠であった。

 強いインセンスの香りが、古く厳めしいカテドラル内に満ちている。その中心では、竜の刺繍入ニンジャ装束を纏う一人の老人が、ドラゴンの旗を背に十枚もの座布団を重ねて正座をし、深い瞑想に入っていた。彼こそはドラゴン・ドージョーの主、日本最後のリアルニンジャ、ドラゴン・ゲンドーソーである。

 彼の前で正座をし、固唾を呑みながらじっとドラゴン・ゲンドーソーの命令を待つのは、白いニンジャ装束に身を包んだ10人のニュービー・ニンジャたち。そして、覗き窓から外の様子を伺うドラゴン・ゲンドーソーの孫娘、若くたおやかなユカノであった。ユカノのバストは豊満であった。

 鳥居に仕掛けたブービートラップが作動し、立て続けにナリコが鳴ってからというもの、ドラゴン・ドージョー内は緊張感と静寂によって支配されていた。ナリコが作動し続けるということは、野良水牛ではなく、何か明確な悪意を持った外敵がドラゴン・ドージョーへと近づいていることを意味する。

 命令を下すべきゲンドーソーは、目を閉じたまま動かない。しかし、ユカノもニュービーたちも、ゲンドーソーに寄せる全幅の信頼ゆえに、取り乱す気配は無かった。ナリコがさらに鳴る。第七警戒態勢。あと3段階で、敵がこのドージョーにやってくる。酸性雨に濡れた鴉が、トリイの上でゲーゲーと鳴いた。

(……ニンジャスレイヤーは、やはり現れなんだか……)ドラゴン・ゲンドーソーは、瞑想の中でひとりごちた。ナリコが鳴る。第八警戒態勢。(……だが、それでよいのかもしれぬ……)ナリコが鳴る。第九警戒態勢。ついにゲンドーソーは、カッと目を見開いた。「あらゆる侵入者を、生きては帰すな」

「イヤーッ!」第十警戒態を告げるはずだった繊細で風流なナリコの音は、しかし、南側から障子戸を突き破って突入してきた無作法な武装ハーレーの爆音と、巨漢のアースクエイクが放つ怒号によってかき消された。

 ハーレーは後輪をコンパスのように滑らせ、タタミに焦げ痕を刻みつけながらその場でぐるりと一回転し、着地の衝撃を吸収する。ハーレーから吐き出される無骨なハイオク臭と、重金属酸性雨が蒸発するときの、あの独特の湿った悪臭が、ドージョー内に満ちるインセンスの香りを完全にかき消してしまった。

 ハーレーはタタミの上で停止し、空吹かしのエンジン音が敵を威圧する。アースクエイクの不吉で威圧的な眼光が、座布団の上に座るドラゴン・ゲンドーソーに注がれた。そして一礼。

「ドーモ、初めまして、ドラゴン・ゲンドーソー=サン。ソウカイ・シックスゲイツのニンジャです。ドラゴン・ドージョーに放火に来ました」丁寧なアイサツは、敵にさらなる恐怖心を植え付ける。 「ドーモ、ソウカイ・シックスゲイツ=サン。ドラゴン・ゲンドーソーです」

「イヤーッ!」ドラゴン・ゲンソーソーのアイサツが完全に終わらないうちに、ヒュージシュリケンはサイドカーに搭載した煙幕弾とプラスチック爆竹の発射スイッチを、勝ち誇ったような掛け声とともに押した。たちまち、ドージョー内は猛烈な煙と騒音に包まれる。ナムアミダブツ! 何たる卑劣か!

「慌てるな!」とゲンドーソーが叫ぶのは、一瞬遅かった。彼の声は爆竹の騒音によって切り裂かれ、仲間の耳には届かない。思いがけぬ事態に取り乱したニュービー・ニンジャたちは、古事記にも記された伝統的なニンジャの攻撃陣、ヤジリの型で武装ハーレーの方向へと闇雲に突き進む。

 ヤジリの型は、ボーリングのピンのように並び一点突破で突き進む、突破型の攻撃陣である。確かに、ヒュージシュリケンとアースクエイクという強力なソウカイ・ニンジャ2人を相手にするには、この攻撃陣が最適の選択肢だ。

 だが、それはヒュージシュリケンの思う壺だった。ズバリ・アドレナリンの効き目も良く、痛みはほとんど消えている。ヒュージはハーレーから素早く飛び降り、2回後方にバク転した後、背中に背負った前長2メートルの巨大セラミック・スリケンをニュービー・ニンジャたちに投擲した。 「イヤーッ!」

「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」ニュービーたちの首を、巨大スリケンが次々と切断する。10人のうち9人の首が飛び、タタミに転がった。首を斬られたニンジャ達の死体は前傾姿勢のまま直立不動となり、首からスプリンクラーのように血飛沫を撒き散らす。

「良い援護だ、ヒュージ」とアースクエイク。だが、ヒュージシュリケンは自らの失態に呆れ、愕然としていた。……以前の俺であれば、確実にストライクを決めたはずだ。まさか、敵を1人討ちもらすとは……これが、片目を失うということか。俺は、俺の存在意義は、どこへ行ってしまったのだ……。

 その時だ。天井から、細くしなやかな影が飛び降りてきた。 「キエーッ!」天井に張り付いていたユカノが、包丁を胸の前に両手で抱えて、一直線に降下攻撃をくり出したのだ。片目を失ったヒュージシュリケンにとって完全な死角である、左側面めがけて。

「グワーッ!」ヒュージの肩に包丁が突き刺さり、大スリケン投擲に必要な筋肉が完全に切断された。噴水のように血が噴き出す。 しかし、それは知能派のアースクエイクにとって、思う壺だった。すぐ隣にいたアースの野太い腕が、ユカノの足をつかんで宙吊りにする。ユカノは悲鳴をあげた。

 アースはユカノの奇襲に気付き、あえてヒュージを囮にしたのだ。 (……ヒュージよ、お前はもうオシマイだ。最後に、俺の役に立ってくれたな)アースは忍者メンポの中で、満面の笑みを浮かべていた。ヒュージシュリケンは激痛と絶望の中で、タタミの中にうずくまり、血の染みを広げてゆく。

「ドラゴン・ゲンドーソー=サン、観念せよ。抵抗すれば、この女がどうなっても知らんぞ」勝ち誇ったアースクエイクの大音声が、ジンジャ・カテドラルの中に朗々と響き渡る。ドラゴン・ゲンドーソーも、愛する孫娘を人質に取られ、完全に戦意を喪失しかけた。その時だ。

「ワッショイ!」禍々しくも躍動的な掛け声が響き渡ったかと思うと、ジンジャ・カテドラルの天井が崩れ下ちた。そして、轟々たる重金属酸性雨とともに、赤黒いニンジャ装束に身を包んだニンジャスレイヤーが、この死闘に乱入してきたのである!


6

「Wasshoi!!」禍々しくも躍動的な掛け声が響き渡ったかと思うと、ジンジャ・カテドラルの天井が崩れ落ちた。そして轟々たる重金属酸性雨とともに、赤黒いニンジャ装束に身を包んだニンジャスレイヤーが、この死闘に乱入してきたのである。

 ジーザスとショーグンと6人のニンジャが描かれた荘厳なステンドグラスが、耳障りな音を立てて跡形も無く砕ける。屋根の崩落と同時に、天井裏を住処としていた百羽近い鴉たちが、慌しくドージョー内を飛び回った。

 鴉の羽根で作られた黒い渦に抱かれながら、ニンジャスレイヤーがゆっくりと舞い降りてくる。ステンドグラスの破片が、ボンボリの灯りを反射してホタルのように輝く。その姿は、巨大な黒いフロシキを纏っているかのように不吉で、かつ神々しかった。ユカノはその危険な美しさに、思わず涙を流していた。

 重金属酸性雨に痛めつけられた無数の黒い羽根が、ボンオドリを舞っているかのように輪舞しながら、タタミへふわりと舞い落ちる。直後、思い出したかのように、土砂降りの酸性雨とガラス片がドージョー内へと叩きつけた。同時に、ニンジャスレイヤーはドージョーの中心へと立膝状態で着地する。

 一瞬の静寂。ジンジャ内のすべての視線が、ドージョーの中心に集まった。それからニンジャスレイヤーは、目にもとまらぬ速度でタタミを蹴り、猛烈な勢いで跳躍すると、ドリルのように空中回転して静止した。メガロ・ハイウェイで12台の武装ベンツを葬った、あのヘルタツマキをくり出そうというのだ。

「待て、この女がどうなっても……」アースクエイクが、宙吊りにしたユカノを盾のように突き出す。たわわな胸が揺れる。だが、ニンジャスレイヤーは意に介さない。タツマキはさらに回転を速める。

 今、彼の体を突き動かしているのは、家族を失った苦悩せる元サラリマン、フジキド・ケンジではなく、全ニンジャの抹殺のみを望む、恐るべきナラク・ニンジャの魂だったからだ。

 ドラゴンドージョーの死闘から時を遡ること、1時間前。メガロ・ハイウェイでヘルカイトによる奇襲を受け、高架下へと真っ逆さまに落下したニンジャスレイヤーは、そのまま死んだように昏倒していた。数十分後、ようやく意識が目覚めるも、体はまだ動かない。

 朦朧とした意識の中で、彼は繰り返しうめいた。(((寝ている場合か……起きろ……起きろ……俺は、命の恩人であるドラゴン・ゲンドーソー=サンとユカノ=サンを助けねばならない)))と。

 同時に、否定的な感情が彼の中でくすぶった。(((待て、俺が行って何になる。俺が一方的に好意や恩義を感じているだけだ。二人は俺に恐怖を抱き、距離を置こうとしていたではないか。俺が死ねば良いと思っているかもしれない)))と。実際、フジキドはゲンドーソーに教えを乞い、拒否されている。

(((恐れられて当然だ……俺はニンジャスレイヤー、すべてのニンジャを殺す者なのだから)))。だが、このままでは、ソウカイ・シンジケートの魔手がドラゴン・ドージョーに伸びてしまう。

(((ゲンドーソー=サンは、そう簡単にはやられないだろう。だが、無傷で済む保証もない。ユカノ=サンも! ああ、俺はあの二人を助けたい! それだけなんだ!))) 急がねば! 急がねば! だが、意識だけが焦燥を続け、傷ついた身体は微動だにしない。

 ソウカイ・ニンジャ3人との死闘で失った体力はまだ戻らない。ケロイド水牛たちがニンジャスレイヤーの周囲に群がり、モーモーと貪欲な喉を鳴らし始めた。酸性雨耐性の新種タケノコさえも溶かす、強力な胃液をぼたぼたと滴らせながら、長い舌をぶるぶると左右に揺らす。

 水牛の舌が、ヘドロ沼地の中に仰向けで埋まったニンジャスレイヤーの全身を嘗め回した。屈辱感と焦燥感が、ニンジャスレイヤーの胸を焦がす。そして不意に、ニンジャスレイヤーの心の内で、もうひとつの新たな声が響いた。これまでに何度もフジキドをそそのかそうとしてきた、あの怨念に満ちた声が。

「「「フジキド・ケンジよ、ここから先は俺に任せろ。俺の暗黒カラテの力があれば、この傷ついた肉体を動かし、ソウカイ・ニンジャどもを皆殺しにできるぞ」」」……と。時刻はまさにウシミツ・アワー。妖魔が跋扈する闇の時刻であった。いつものフジキド・ケンジならば、この声を無視していただろう。

 ALAS! だが、何たる悲劇か! 二人の恩人を強く想うあまり、未熟なるフジキド・ケンジは、その恐るべき声に応えてしまったのだ。フジキド本人はおろか、ドラゴン・ゲンドーソーでさえもその正体を掴めなかった、正体不明のニンジャソウルの声に。

(((俺の体に宿る、名も知らぬニンジャよ、俺の代わりにこの体を動かしてくれ。…憎い! あのソウカイ・ニンジャたちが憎い! 殺したい! そしてすべてを終わらせて、冷たいフートンに入って、死者のごとく安らかにこの身を横たえたい!)))その瞬間、フジキドの意識は完全に消え去った。

 ニンジャスレイヤーの右手が、死体の痙攣のように、ぴくぴくと動き始めた。ケロイド水牛の舌を素手で掴み、引きちぎる。水牛の返り血でメンポを赤く染めながら、ニンジャスレイヤーは笑い声を上げる。それはフジキド・ケンジの笑いではない。地獄の底から響いてくるような、ナラク・ニンジャの笑いだ。

 かくしてフジキド・ケンジの精神を追いやり、肉体のコントロールを奪ったナラク・ニンジャは、ケロイド水牛の群れを一瞬でキャトルミューテーションした後、ヒュージシュリケンの残した血の痕跡を追って、音速の如きスピードでメガロ・ハイウェイを駆け抜けた。

 余りのスピードによって衝撃波が発生し、中央分離帯で光るヨロシ=サンの電光掲示板が割れ、「暴力団追放」「緑を大切に」「お先にどうぞ」と書かれた古き善き時代の錆びきったカンバンが、障子戸のように何枚も突き破られた。その後わずか数分で、この怪物は廃インターチェンジを通過した。

 学園都市の廃墟を疾駆しながら、ニンジャスレイヤーはメンポの奥に不吉な笑みを浮かべていた。殺人衝動を堪えきれず、哄笑が漏れる。口元からは涎が垂れ、右目は瞳孔が開きすぎ、黒い瞳がゴマのように小さくなっていた。首をへし折る感触に飢え、左手は休みなくチョップの動作を繰り返していた。

「「「フジキド・ケンジよ、でかしたぞ」」」ナラク・ニンジャの声が脳内でエコーした。「「「じっと精神的フートンの中で見ておれよ。三人のソウカイ・ニンジャだけではない。ドラゴン・ドージョーのニンジャたちも皆殺しだ。俺は、その返り血の中でお前を起こしてやろう!」」」

 場面は再びドージョーへ。「サツバツ!」暴走するニンジャスレイヤーは、メンポのスリットから地獄の蒸気を吹き出し、なおも回転を速めた。危険な回転だ。鴉の羽根を巻き込み、漆黒の巨大なタツマキを形成する。「イヤーッ!」両腕が触手状の生き物のように休み無く動き、スリケンを全方向へ射出した。

「グワーッ!」スリケンがアースクエイクの全身に突き刺さる! 「アイエエエエエ!」スリケンがユカノの足にも突き刺さる! 「グワーッ!」倒れ伏すヒュージシュリケンの背中にも突き刺さる! 「グワーッ!」残っていた最後のニュービー・ニンジャも巻き添えを食って死んだ!

 2メートル50の異常巨体であるアースクエイクにとって、スリケンの傷など百発喰ったところで致命傷にはならない。だが、目に突き刺されば話は別だ。

「グワーッ!」片目を潰されながらも、知能派のアースクエイクは冷静さを失わず、素早く作戦を変更した。敵は、女子供の人質など意に介さぬ、狂った殺戮者なのだと悟ったからだ。何の役にも立たないユカノを放り捨てて、アースは両腕で身を守った。

 ドラゴン・ゲンドーソーは裏返した強化タタミを盾に使い、スリケンの雨を防いでいた。だが、これでは身動きも取れない。「やはり、あのサラリマンには、邪悪なニンジャソウルが憑依しておったのか……! ユカノ! 逃げよ!」ゲンドーソーが叫び、ユカノは一瞬の躊躇の後でそれに従った。

 ここで思いがけぬことが起こる。アースクエイクが、ほんの一瞬だけ目を離した隙に、タツマキが忽然と消え失せていたのだ。渦巻状になっていた黒い鴉の羽根だけがぱっと散り、ニンジャスレイヤーの姿はどこにもなかった。

 アースクエイクは目を暗視モードに切り替える。バイオヤクザのように、赤外線視覚装置をインプラントしているわけではない。サイバネティック手術などなくても、ニンジャたちは精神集中の力だけで、自在に自らの目を暗視モードに切り替えられるのだ。

 アースはソナーレーダーのように気配を探る。酸性雨でボンボリの火がひとつ、またひとつと消え、ドージョー中心部は暗闇に変わってゆく。何かが向かってきた。手で捻り上げる。ただの鴉だ。また何かが向かってきた。やはり鴉。そう思った瞬間、不意に背後からニンジャスレイヤーが飛び掛ってきた。

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは、アースクエイクの首元めがけてカラテをくり出す。冷凍マグロの頭さえも一撃で粉砕するほどの、恐るべき殺人カラテを。だが、ニンジャの不意を打つことは容易ではない。アースは身を捻って向き合い、両腕でこれをガードした後、自慢のビッグカラテをくり出した。

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」暗闇の中で、二者のカラテと血飛沫が乱れ飛んだ。「イヤーッ!」「イヤーッ!」時折、ボンボリのひとつが息を吹き返して灯り、壮絶なニンジャの死闘を、タマガワ河川敷の花火フェスのように浮かび上がらせ、またすぐに消えていった。

「イヤーッ!」冷酷な殺人カラテをくり出しながらも、ニンジャスレイヤーの目からは血の涙が流れていた。命の恩人であるユカノとゲンドーソーの叫び声が、フジキドの魂を呼び戻し暴走を止めたのだ。だが、もう手遅れだ。((…こんなはずではなかった。あの二人を守りに来たはずだったのに…))。

「イヤーッ!」「イヤーッ!」一進一退の攻防が続く。…いや、ニンジャスレイヤーが力負けを始めていた。ナラク状態の彼なら、容易くアースクエイクを肉塊に変えられただろう。だが、暴走が止まり、暗黒カラテが失われた反動で、彼の体を猛烈な虚脱感と疲弊が襲い始めていたのだ。

「イヤーッ!」アースクエイクの痛烈なストレートが、まともにニンジャスレイヤーの腹に決まった。「グワーッ!」フジキドの体は砲弾のように三十メートル吹っ飛び、仏像の一つを粉々にする。壁に張られた「ナムアミダブツ」のスローガンが、ニンジャスレイヤーを遠回しに嘲笑っているかのようだった。

 体が動かない。スリケンもない。孤立無援だ。 一気に勝負をつけるべく、アースはドージョーの床を軋ませながら駆け込んでくる。あの巨体で頭を踏みつけられれば、ニンジャスレイヤーとて死ぬだろう。暗黒カラテの力はもう湧き上がらない。((そうだ、俺は死ぬべきなのだ))とフジキドは思った。

(((守るべき相手を殺そうとするなど、人の所業ではない)))フジキドは苦悶した。(((俺はもう身も心もニンジャになってしまったのか……? あの夜、俺を、そして俺の妻子を殺したニンジャのように。……そうだ、俺は死のう。フートンが欲しい。セプクできるならしたい……)))

「立て、ニンジャスレイヤー=サン!」その声に無意識に反応し、ニンジャスレイヤーはネックスプリングで体を起こして、バク転を五回決めた。彼をセプクから救ったのは、戦闘体勢を整えたドラゴン・ゲンドーソーであった。

 ゲンドーソーはアースクエイクの前に立ちはだかり、その周囲をグルグルと猛スピードで走り回って、巨漢ニンジャを翻弄した。そして叫ぶ。「よいか、ニンジャスレイヤー=サン。力に力で対抗してはならん。インストラクション・ワンだ。お前もわしと同じ動きをせよ」

「Wasshoi!」息を吹き返したニンジャスレイヤーは、ドラゴン・ゲンドーソーとともにアースクエイクの周囲を猛烈な速度で回転した。あまりの速さに残像が生まれる。スピードはエネルギーを、そしてエネルギーはスリケンを生み出してゆく。ニンジャスレイヤーの手にスリケンが戻った。

 高速移動しながら、師匠と新たな弟子は心で語り合った。(((なぜ俺を助けたのです、ドラゴン・ゲンドーソー=サン。俺にリアル・ジュージュツを教えることを、あれほど躊躇していたのに)))

(((わしは今日、お前の流した血の涙を見、そのソウルに漆黒の影とコンジキの光を見たからだ。ニンジャスレイヤーよ、お前はキンカク・テンプルの高みに昇るべき崇高なソウルを宿している。わしがお前をそこへ導こう))) (((センセイー!!)))

「ゆくぞ、ニンジャスレイヤー=サン! イヤーッ!」二人はアースクエイクに向かってマシンガンのごとくスリケンを投げつけた。二人の息はぴたりと合い、アースクエイクの前後左右から同時にスリケンが射出された。一発も外れは無い。

「よいか! これぞ、インストラクション・ワンの極意。百発のスリケンで倒せぬ相手だからといって、一発の力に頼ってはならぬ。一千発のスリケンを投げるのだ!」ゲンドーソーが禅問答のように深いジュージュツの真理を叫ぶ。

「グワーッ!」アースクエイクの全身へと、無数のスリケンが突き刺さってゆく。軍隊アリに襲われたドサンコ・グリズリーのように、その巨体が黒いスリケンによって見る間に覆われてゆく。知能派のアースは、自慢の思考回路をフル回転させ、冷静に戦況を分析しようとした。

 だが、答えは明白、勝算ゼロだ。コンピューターディスプレイのように冷淡なアースの脳裏には、今、「ナムアミダブツ」の7文字だけが表示されている。もはや打つ手無しか。

「ヒュージ! 起きてくれ! 俺に支援を!」アースクエイクは自尊心を捨てて無様に叫ぶが、ヒュージはタタミに伏したまま動こうとはしない。「インガ・オホー」の6文字が、アースの脳裏にタイピングされた。

 アースクエイクの全身を、絶望が支配した。この勝機を見逃さず、ドラゴン・ゲンドーソーとニンジャスレイヤーは、巨漢の左右から同時にジャンプキックをくり出す。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 左右からの鋭い飛び蹴りがアースの頭部に命中し、バリキ・ドリンクのCMのように、野太い首を勢いよくねじ切って上空に飛ばした。「サヨナラ!」アースクエイクの生首は、空中で断末魔の叫びを上げて爆発する。

 首を失った巨人の体は、ミズゲイのように高さ10メートルほどの血柱を噴き出してから、ずうんとタタミの中に沈んだ。崩落した天井では、無数の鴉たちが群れ集って、招かれざる余所者の死を見下ろしゲーゲーと鳴いていた。

 力を使い果たし、タタミにくずおれるニンジャスレイヤー。「よくやったぞ、インストラクション・ワンは合格だ」とゲンドーソー。だがフジキドは罪悪感が蘇り「センセイ、やはり駄目です…セプクさせてください…」と呻く。ドラゴン・ゲンドーソーは静かに歩み寄り、声をかけようとした。その時だ。

「イヤーッ!」瀕死の状態にあったヒュージシュリケンが、最後の執念で吹き矢を吹いた。 「グワーッ!」注射針がドラゴン・ゲンドーソーの首元に突き刺さる! ヨロシサン製薬が極秘に開発していたアンチニンジャ・ウィルスが、日本最後のリアルニンジャの体内へと容赦なく侵入していった!

「グワーッ!」もだえ苦しみ泡を吹くドラゴン・ゲンドーソー。全身の血管がどす黒く変わり、ミミズのように表皮に浮かび上がって、皮膚を内側から突き破らんばかりに暴れ回った。 「イヤーッ!」最後の一針を、ヒュージシュリケンはニンジャスレイヤーに向かって吹き出す。

 だが、ニンジャスレイヤーは細さ0.5ミクロンの極細毒針を見切り、それを人差し指と中指だけでつまみ、後方に受け流した。 「おのれ!よくもセンセイを!」ニンジャスレイヤーはヒュージシュリケンに止めをさすべく体を起こし、酩酊ゲイシャのようなおぼつかない足取りで歩む。

 血を失いすぎたヒュージシュリケンは、薄れ行く意識の中で呟く。(((畜生が、スペアも取れなかったか。だが、最後にドラゴン・ゲンドーソーを道連れにしてやった。俺を囮に使いやがったアースクエイクも、良い気味だぜ……

 だが、俺もついにここまでか。もうアンチニンジャ・ウィルス「タケウチ」の弾も切れた。せめて足が動けば、ハーレーに積まれた小型戦術核、バンザイ・ニュークを起動させ、任務を果たせるというのに。あと少しだったのに……。畜生が、俺の体はもう駄目だ……)))

「ヒュージシュリケン=サン、貴様はやはり、もっと早く殺しておくべきだった…」ニンジャスレイヤーは肩で息をしながらヒュージの横に歩み寄り、右足の裏をヒュージの後頭部に乗せた。そして最後の力を振り絞って足を上げる。これでオシマイにしよう。

「サヨナラ!」ニンジャスレイヤーが足を振り下ろしながら叫ぶ。だが、それとまったく同時に、強烈なサーチライトの光が上空から照射された。「グワーッ!」暗視状態になっていたニンジャスレイヤーの目は、突然の猛烈な光を浴びてショックを受け、一時的な盲目に陥ってしまう。ウカツ! 何たる未熟!

 騒音が聞こえてくる。ヘルカイトによって先導されたソウカイヤの武装ヘリ軍団が、屍骸に群がるハゲタカのように襲来したのだ。6台の武装ヘリから、ドージョーに向けてガトリングガンが斉射される。一秒三十発という猛烈な射出速度のため、弾丸は雨の中で燃え上がり、ドージョーを火の海に変えていった

「AAARGH! いかん、ニンジャスレイヤー=サン、逃げるのだ!」精神力でウィルスの発作を一時的に抑えたドラゴン・ゲンドーソーが、激痛に耐えて立ち上がる。「イヤーッ!」五連続のバク転と側転。「イヤーッ!」そして流れるようなブリッジで、ゲンドーソーはガトリングガンの射撃をかわした。

「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはまだ、両目をおさえて悶え苦しんでいる。敵はすぐに、ゲンドーソーからニンジャスレイヤーへと攻撃目標を変えるだろう。このままでは蜂の巣である。「ニンジャスレイヤー=サン! わしの声に続け! ハイ! これだ!」

 ドラゴン・ゲンドーソーは爆発寸前の体に鞭打ち、大仏の前にある黒いタタミを叩いた。タタミがぐるりと回転し、シークレット・パスウェイが現れる。「こっちだ、ニンジャスレイヤー=サン! 急げ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはただ、センセイの声の方向へと闇雲に走るしかなかった。

「ヘルカイト=サン、逃げられてしまいます」と、武装ヘリを操縦するY-12型ヤクザ。平然とヘルカイトが返す「ノープロブレム。俺たちの任務は、ドージョーの放火。ハーレーを狙え。バンザイ・ニュークを起こしてやれ」

 師を背負ったニンジャスレイヤーは、地下下水道を時速120キロで走り抜け、ジンジャ・カテドラルから数百メートル離れたマンホールを抜けて地上へ姿を現した。ドラゴン・ゲンドーソーは、ニンジャスレイヤーを地下に導いた直後から、意識を失っていたのだ。

 ニンジャスレイヤーがジンジャ・カテドラルの方向を向くと、クモの子を散らすように、武装ヘリ軍団が飛び去するところだった。不穏な動きだ、とニンジャスレイヤーは察する。数秒後、メガトン級の爆発がジンジャ・カテドラルの中心部から発生した。バンザイ・ニュークだ。

 視界が揺らいだ。大気が揺れたのだ。衝撃波が来る……! 本能的に危険を察したニンジャスレイヤーは、学園都市の廃墟を全速力で駆けた。光のドームが背後からじりじりと迫ってくる。光に呑みこまれた哀れな水牛たちは、鴉たちは、タケノコたちは、一瞬にして蒸発していった。

 走れ! ニンジャスレイヤー! 走れ! 猛爆発を背負いながら、ニンジャスレイヤーはカラテの力で走り続ける。

 だが、戦いに次ぐ戦いの疲労が、非情にも足をもつれさせる。爆発の衝撃を逃れるためにツインタワー・ビルを垂直に駆け上っていたニンジャスレイヤーは、足を滑らせ落下した。そして二人のニンジャは、バンザイ・ニュークによって生み出された光のドームの中へと霞むように吸い込まれていったのだ……。


【サプライズド・ドージョー】終


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