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【ホワット・ア・ホリブル・ナイト・トゥ・ハヴ・ア・カラテ】

◇総合目次 ◇初めて購読した方へ

この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードは物理書籍未収録です。また第2部のコミカライズが、現在チャンピオンRED誌上で行われています。


【ホワット・ア・ホリブル・ナイト・トゥ・ハヴ・ア・カラテ】


 ネオサイタマの夜は暗く深い。ツキジ・ディストリクト13番地。サイバーゴスクラブ「ハードワイアード・ノスフェラトゥ」の不吉なネオンカンバンは、重金属酸性雨を浴びてバチバチと火花を散らし、歩道に生えた見事な松の木の刺々しい枝葉を照らした。 

 ミリタリー調サイバーロングコートを着たガスマスク男が守るゲートを超えて階段を下りると、ダンサブルな重低音と電子音が響いてくる。地下は広い吹き抜けを持つカタコンベめいた多層構造で、様々なスタイルの連中が暗黙のテリトリー分けを行い、ダンス行為や直結行為に及んでいるのだ。 

 地下ホールの隅……二人掛けのテーブル席に座ったその白衣の男は、現在時刻を確かめながら蛍光ブルーのカクテルをストローで啜った。彼の白衣は返り血で染まっているが、それはここではファッションと解釈され、誰もそれを咎めない。だが実は……非道人体実験による、新鮮な、本物の返り血なのだ。 

 約束時刻。女は姿を現した。白衣の男、リー先生は、すぐにそれが彼女だと悟った。サイバーチャイナドレスを着たサングラスの女。まるで彼女の周囲に不可視のカラテが漂っているかのように、ゴスたちはモーゼを進ませる海めいて、無意識のうちに彼女のために道を開けたのだ。ニンジャ存在感である。 

「お会いできて光栄ですよ。イヒヒ……まさか、まさか、そんなに適切なドレスコートとはネェ……」リー先生はこみ上げる知的好奇心を堪えきれず、両の口角を笑みで大きく吊り上げる。「おかしな連中ばかりのこのサイバーゴスクラブなら、ニンジャ装束で現れたって、イヒヒ……おとがめ無しなのに」 

 彼の言葉は実際真実である。ホール中央ではメンポじみたガスマスク覆面のサイバーゴスたちが、ニンポめいた動きでダンスしているのだ。だが彼女はボンボリの灯りに集まった珍妙な蛾の群れでも見るかのように、無表情にそれらに一瞥をくれ、席に座った。「現代的な服のほうが機能的だ。面倒も減る」 

「面倒とはネェ!モータルが騒いでも簡単に殺せるだろうに!」リー先生は興味深そうに言った。「虫を潰すのは面倒だろう?それに、観察は退屈しのぎになる。私はマッポーの夜を楽しんでいる。ああいう珍妙な文化、お前のようなモータル、そういうもの全てを」女は言った。「同じ酒を注文してくれ」 

「ドーモ、マイニチ、タノシンデネ」両脚をサイバネ改造し身長9フィートに達する痩身のスキンヘッド・バーテンダーが、窮屈そうに背中を折り曲げながら、蛍光ブルーのカクテルを運んできた。女はそれで喉を潤すと、真っ赤なネイルの指先でライターを擦り、細い薬物タバコに火をつけて吹かした。 

 フルコース料理を前にしたサムライめいて、リー先生は直ちに本題を切り出した。「ではインタビューを開始しようネェ。さて、君の正確な年齢は?」「それはシツレイにあたる」女はアンニュイげに返した。「生物学的な興味だよ。確証が欲しい。神話級ニンジャである確証がネェ」リー先生は億さない。 

「数千年……数えるのをやめた。それに記憶なんてものはUNIXと同じだ。新しいものが入れば、古いものは……上書きされる」女ニンジャが言った。「UNIX!現代的だ!君はUNIXを使う!?」「徐々に使う」若者的な言い草で返す。「ではどうやってニンジャになったかも、覚えていない?」 

「断片的に覚えている」「イヒヒーッ!重点だ!常人がどのようなプロセスでニンジャになるのか!」リー先生は興奮した。ニンジャは答える。「……物心つく前からカラテを鍛えた。過酷な鍛錬だ。ある時は長いハチマキを巻き、それが地面につかぬよう速く駆けた。谷間を吹き抜ける風のように疾く」 

「古事記の通りだ!」リー先生は頷く。女ニンジャはその他にも、歴史の闇に消えた恐るべき真実の数々を気怠そうに語った。「……なるほどネェ、君は過酷なカラテ訓練を積み、精神と肉体を鍛えた。予想通りだ。しかし常人とニンジャの境目はどこに?いつニンジャソウルが生まれる?何か儀式が?」 

「あれは、美しく晴れた春の日……」女は記憶を辿るように言った。「そう……桜が咲き誇る、晴れた日だ。お前には想像もできないだろう。大気汚染も重金属酸性雨も無かった。空気は澄み渡り、フーリンカザンを全身で感じ取る。静かな風の中で、私はセンセイとハナミを行い、メンキョを授かった」 

 ナムアミダブツ……なんと荘厳で情緒溢れる、幻想的な日本美的光景であろうか!「とすると……生まれた瞬間からニンジャの者はいない?」「当たり前だ」「イヒヒヒーッ!やはり!」リー先生は感極まって拍手する。「ニンジャは種族ではない!カラテと精神的儀式によって常人から生み出される!」 

「イヒッ!イヒッ!仮説補強だ、ドージョーこそがミーミーの伝達手段……」知的好奇心が閾値を超えたリー先生は、長年の研究の末に導き出した、あるひとつのニンジャ・サイエンス的仮説をついに投げかける。「重要な生物学的質問だ、ドラゴン・ニンジャ=サン。ニンジャは子孫を……成せない?」 

 長く反復していた曲と曲のギャップが偶然訪れる。シシオドシが鳴ったかのような静寂がホールを包む。それはほんの一瞬か、あるいは数十秒続いたのか。あたかも夜そのものが固唾を呑み、彼女の答えを待っているかのようだった。ユカノは薬物タバコを揉み消してから、静かに言った。「その通りだ」 

「……リアルニンジャ同士でも、モータルとの間にも、子は成せない。そしてニンジャとなったならば、退路は無く、モータルに戻るすべも無い」ゴウランガ!古き竜は呪わしきニンジャ真実を明かし、そして代価を求めるように問うた!「お前はニンジャソウル憑依者に詳しいな。その場合も同じか?」 

「タノシイ!タノシイネェー!」ある種のニューロン伝達で分泌される脳内麻薬物質により、リー先生は震えて歓喜した!「エヘム……!よろしい、では私の偉大なる研究成果を教えましょう……答えは……ハイ!ハイですよ!これはスゴイ!ニンジャソウル憑依者もやはり子孫を残すこと不可能ーッ!」 

「それは確実か?」女ニンジャが問う。「……生物学的に証明したか?あるいは事例……サンプルが発見できていないだけか?」「ヒーッ!何と現代的な科学思考を持ち合わせている!き、君!大変危険で魅力的な知性だ!危険すぎ!死んでしまう!」リー先生は携帯酸素ガス吸入を行って呼吸を整えた。 

「私を甘く見るな、私を誰だと思っている」ユカノは静かに言った。その表情をサングラスで覆い隠したまま。「私はドラゴン・ニンジャだ。お前は知っていよう。私がハラキリ・リチュアルを考案し、ニンジャソウルの保存を試みたのだと」「ヒーッ!ダメ!危険すぎる!」リー先生は痙攣を起こす! 

「ヒィーッ!ヒィーッ!確証!確証は得られた!君を私のラボに案内する!そこでインタビューを続けようネェ!」リー先生は息を整えながら言う。「それがいい」ユカノは残ったカクテルを奥ゆかしく飲み干した。ホールではサイバーゴスたちが何事も無かったかのように反復ダンスを再開していた。 




 ガシュコンガコン、ガシュコンガコン…吊られた冷凍マグロが格子状に並び、規則正しく上下運動を繰り返す光景は、前衛的インスタレーションか超古代文明オーパーツを思わせる。ツキジダンジョン最深部。旧世紀の人間たちは何を企図してこのようなシステムを遺したのか。いまやそれを知る者はない。

 野方図に肥大化し遺棄された地下施設。ここを訪れるのは、旧世紀の非汚染マグロなどを求める命知らずの盗掘団か、それらを狩る許可を政府から得た掃除屋か、あるいは地上での行き場を失った狂人や世捨て人らである。カネと殺人と冒険のスリルが、強烈な麝香のごとく人間を引き寄せ、虜にするのだ。 

「ハァーッ、ハァーッ……」折り重なった敵と仲間の死体、その間で身を横たえる一人の男。彼はライバル盗掘団との戦闘、およびその後の仲間割れで負傷し、唯一生き残ったが、足を負傷し動けないのだ。横に転がる上等な冷凍マグロが、徐々に冷気を失ってゆく。「クソッ、あと少しで大金が……」 

 ガシュコンガコン……主人も存在意義も失った盲目の巨大システム稼働音だけが、全方位から不気味に響いてくる。「誰か助けてくれ!山分けだ!なんなら1:9でもいいぜ!」男はヤバレカバレで叫んだ。危険行為だが、この階層までは掃除屋ですら降りて来ないため、形振り構っては居られない。 

 だが彼の悲痛な叫びは、ツキジダンジョンに潜む最悪の存在を呼び寄せてしまった。「フンッ!ハッ!フンッ!ハッ!」奇妙な掛け声と跳躍音が、闇の中から聞こえてくる。「な、何だ?」男は恐怖した。その声の主が……背中を曲げた不気味なシルエットの怪物が……異常なほど速く接近してきたからだ! 

 それはノミめいた跳躍で数メートルをひとっ跳び!男の横に着地して、顔を覗き込んだ。ナムアミダブツ!男は見た……恐るべき覆面とメンポに覆われた相手の顔を!「アイエエエエエ!」男は原初的恐怖を覚える!ニンジャだ!「これは新鮮だ」ニンジャは男と周囲の死体を観察し、そう言った。コワイ! 

 その真意は掴みかねた。だがロクでもない運命が待っていることは容易に想像できた。「アイエエエエ!」死の運命を悟った男は、闇雲に銃のトリガを引く!だがその直後、背筋も凍るようなカラテシャウトが暗闇の中に響いたのだ!「イヤーッ!」「アバーッ!」……そしてゼンめいた死の静寂が残った。 

 その執事めいたニンジャ装束の男は、新鮮な死体の中からいくつか個体や部位を選別し、奪い取り、銀色の袋やマルチタッパーなどに手際よく納めて担ぎ上げると、再び闇の中を跳躍してゆく!「フンッ!ハッ!フンッ!ハッ!イヤーッ!」大型冷凍コンテナを連続で跳び渡り、奇妙な一団のすぐ横に着地! 

 一人はリー先生。その隣を歩くのはドラゴン・ニンジャ。いくらか離れて先頭をふらふらと進むのは、大型ゾンビーニンジャのリフリジレイターだ。「アバー……」この知性無き合成腐肉巨漢ニンジャの全身からは、コリ・ニンジャ特有の冷気が常に発散されており、試料を最適な温度に保つ事ができる。 

 執事ニンジャは手際よく死体保存バッグを格納。それから卑屈な態度で手を擦り合わせ、主人が落とす影の下へと、寄り添うように駆け戻った。「万事解決でございます。ああ、一時間も離れておりましたか、どれほど私がリー先生の身を案じたか…」「1分も経っていないネェー、ラヴェジャー=サン」 

「それほど案じていたのです」ラヴェジャーはその背をより一層屈め、リー先生の白衣の影から、その向こう側に居るドラゴン・ニンジャをちらちらと監視した。執事は恐れているのだ。得体の知れぬ竜を。だがリー先生は平然と振る舞う。「ここは自動的に研究試料が手に入るから、本当に楽だネェー」 

 サーカス団じみた一行は、ツキジの闇をさらに下る。どこか遠くから、奇怪なカラテシャウトと何かを殴り続ける音が聞こえてくる。その直後、朽ちかけた謎の計器類からバチバチと火花が散り、フックで吊られた冷凍マグロを延々と殴り続ける謎のカラテ者のシルエットを、影絵めいて壁に映し出した。 

 一行は歩みを止めない。「あれは?」ドラゴン・ニンジャが問う。「カラテゾンビだネェー。私たちのことは襲わない。そういう風に出来ている」リー先生は言った。カラテゾンビもまた、リー先生らが生み出した恐るべきゾンビーニンジャの一体であり、研究所を守るために放し飼いにされているのだ。 

「ああいった玩具を、どれだけ造ってきた?」ドラゴン・ニンジャは煙草の煙を吹きながら無表情に言った。「48体ほど作ったかネェー。すでにゾンビーニンジャ製造研究は完成秒読み段階にあって、あと1体造れば、INW計画は次のステップに行くだろう。でもなかなか、最後の1体がネェー……」 

「何か問題が?」「締めくくりに相応しい験体が見つからないのだ。何しろ49だからネェー。49!不吉な獣の数字!記念碑的な作品にしたいからネェー」「お前自身が49番目になってみればどうだ?」「イヒヒヒヒーッ!面白いユーモアだ!」リー先生が笑い、横でラヴェジャーは顔を蒼白させる。 

「そもそも、私は他人で実験するのは大好きだけど、自分の体で実験するのは大嫌いだからネェー」「同感だ。ここは実に素晴らしい研究環境だな」ドラゴン・ニンジャは咥えていた煙草を放り捨て踏み消した。「イヒヒーッ!その通り!君と共同研究できれば、間違いなくINW計画は飛躍的に前進!」 

「リ、リー先生、よろしいのですか!ほ、本当に、そいつをラボに入れてしまって!」ラヴェジャーが目を伏せ、両手で頭を覆いながら、勇気を振りしぼって問う。その息は粗く、今にも心臓を吐き出しそうなほど緊張している。彼はドラゴン・ニンジャを直視できない。あまりにも危険で美しいからだ。 

 それは顔立ちや容姿といった単純な美的概念ではない。ドラゴン・ニンジャから静かに発散されるキリングオーラ、奥ゆかしい身体平衡、そしてニンジャ存在感が渾然一体となった、人外の美しさだ。無論、それはラヴェジャーがニンジャソウル憑依者であるが故に、より強く感じ取れるものでもある。 

「うるさいネェー、彼女の知性は最高にセクシーなのだ!」リー先生が徐々に怒る。だが執事は引き下がらない!「ドラゴン・ドージョーといえばソウカイヤの敵!憎きニンジャスレイヤー=サンの協力者でございますよ!これがアマクダリに知れたら……!禍だ!禍を招き入れようとしておりますよ!」 

「ニンジャスレイヤー=サンだと?もう一度言ってやろう、随分前に、私は彼と袂を分かった」ドラゴン・ニンジャは鼻で笑う。謎の計器類が火花を散らす。胸元のスリットから微かに覗く、その滑らかな白肌は豊満だ。「確かに、ソウカイヤとのイクサに明け暮れていた時代もあったが……」 

「当時私は偽りの記憶を植えつけられ、中国地方でブザマな生を送っていたのだ」彼女は淡々と続ける。「だが今は違う。記憶とカラテを取り戻した私は、どの陣営にも属してはいない。今の私を突き動かすのは、数千年のアンニュイを打破する知的好奇心の疼きだけ。リー先生、お前の知性は興味深い」 

「素晴らしい!同感だ!そもそも、私は陣営とか派閥とかは実際どうだっていいんだ!ニンジャ真実が解き明かせるならネェー!」リー先生が笑う。「おお!おお!」ラヴェジャーは苦悩のあまり叫ぶ!ガゴンプシュー!三段階の大型隔壁ドアが上下左右上下に展開し、地下秘密ラボへの入口が開かれる! 

「陣営やら派閥やら、実にくだらん。私もイディオットどもが繰り返す程度の低いイクサに飽き飽きしている。さあリー先生、アンセレクテッド・レザレクション現象の原因を究明し…」「いけませんぞリー先生!必ずや禍が!」ラヴェジャーはついに形振り構わず泣き叫び、二人の前に立ちはだかった! 

「ニンジャの紛い物の分際で、私の前に立ちはだかるか?」ドラゴン・ニンジャはサングラス越しに相手を睨めつけた。「アイエエエエ!」顔を背ける執事!「アンセレクテッド・レザレクション現象のせいで、お前のような餓鬼どもが増上慢でのさばっている。塵芥にも等しい、モータル以下の小虫が」 

「アイエエエエエエ!」ラヴェジャーは原初的恐怖を感じ取り、ノミめいた跳躍力で飛び跳ねて物陰に隠れた。まるでそこに、巨大な竜がいるかのような錯覚を覚えたからだ。だが次に彼が物陰から卑屈な姿勢で覗き見ると、リー先生の横にはサイバーチャイナドレスの女が静かに立っているだけだった。 

「……彼は非論理的で、科学者と言うよりは、ただの飼育係だからネェー。有能ではあるのだが」リー先生はドラゴン・ニンジャと白衣クローンヤクザ軍団を連れ立って、メインラボへ続く自動廊下へ向かった。「おお……破滅……破滅ですぞ……」ラヴェジャーは物陰に隠れながら、二人の後を追った。 

「ちょっと考えれば、私が君にカラテで殺されるわけ無いって、すぐに解るはずなのにネェー。何しろ私が死んだら皆が困る!ニンジャサイエンスは頓挫し、人類にとって歴史的損失だ!」リー先生は興奮し、小さく跳ね始めた。ドラゴン・ニンジャは無言のまま、メインラボに並ぶ飼育セルを見ていた。 

「ヤメロー!ヤメロー!」「コワイ!」「アエエエエエエ!」ずらりと並んだ真白い飼育セルには、アマクダリから提供されたサンシタ被検体や犯罪者が囚われ、実験の時を待っている。ナムサン!この狂気の研究所においてはニンジャですら神秘のヴェールを剥ぎ取られ、モルモットめいた扱いなのだ! 

「悪趣味なフリークショウだ」彼女は言った。「さあさ、お立ち会い!私は街はずれに立つ見世物小屋の狂った座長!拍手は結構、研究資金と検体を提供しておくれ!イヒヒーッ!……そういう事なんだネェー、つまりは。イディオットを科学的に説得するのは徒労だと科学的に証明されてるからネェー」 

「そうやってソウル憑依者を獲得するわけか」「これが一番手っ取り早いし、楽しいからネェー。私ほどの天才的科学者になると、なかなか理解者が得られないのだ」この夜、リー先生はいつになく饒舌だった。飼育セルの間を歩くブルーブラッドが、驚きに満ちた目で、自動廊下を進む二人を見ていた。 

 自動廊下は黙々と二人を前進させる。彼女は道すがら、何個かの飼育セルを指差して訊ね、リー先生はそれらの概要を語った。やがて彼女は、極めて興味深い披検体を発見し、サングラスを外して指差す。「あれが気になる」「あれは変種だネェー。ニンジャソウルが2個入っている」リー先生は頷いた。 

「ヤメロー!ヤメロー!」ウィルスで疲弊したその女のニンジャソウル憑依者は、立ち上がり、飼育セルの強化アクリル全面窓を叩いて必死に抵抗した。髪の色が黒から燃えるような赤へ、また黒へと変わった。その飼育セルの前を通り過ぎると、ユカノは再び冷徹なサングラスをかけ直し前を向いた。 

「あれは人工的に?」「私は何もしてないネェー。つまり仮定として……」二人はリー先生の居室へ向かって進んでゆく。「おお……禍が……!」バイオスモトリの陰に隠れながらラヴェジャーは嗚咽する。不吉なウシミツ・アワーを告げるゴシック調の鐘と電子パイプオルガン音が施設内に鳴り響いた。 


「ダメだァ……。ウィルスのせいで、全然力が入らねェぜ……!」真っ白な六畳飼育セルの中で、エーリアス・ディクタスは身を投げ出し、ゼエゼエと息をした。ジツもカラテもままならない。ボタンを押せばスシやチャが供されるが、それらには全て微量のタケウチTku8ウィルスが含まれているのだ。 

 飼育セルは6面のうち5面が白壁、残る1面が透明の分厚い強化樹脂である。ナムサン!ここではニンジャが実験動物めいた存在なのだ!「適温しなさい」の警句が貼られた透明壁の向こうでは、白衣クローンヤクザを連れた研究員ニンジャのブルーブラッドが、彼女の行動を観察しスケッチを取っていた。 

「何かが……何かがおかしいぞ!」ブルーブラッドの指が震え、鉛筆を圧し折る。「先生の様子がおかしい!まるでワオキツネザルみたいに跳ねてたぞ。あんなに喜んでいるのを見るのは……初めてゾンビーニンジャを生み出した時以来…!」彼は頭を掻きむしり、研究ノートを投げ捨ててよろめき歩いた。 

「リー先生、一体何が……!」ブルーブラッドは酷いショックを受け、壁にもたれかかり夢遊病者めいた足取りで歩き、飼育セル場から離れてゆく。白衣クローンヤクザ達が研究ノートを拾い、彼の後を追った。「イタイ……イタイ……」「出してくれ……」悲惨な有様の検体の呻き声が左右から聞こえる。 

 日本有数の知性を集めたINWの研究員ではない皆さんには、にわかには理解できないかもしれない。何故ブルーブラッドことトリダ・チュンイチが、これほどの胸騒ぎを覚えているのか。……それは、今日この日まで、リー先生の喜びは常に、隔絶研究環境であるINWの中にのみ存在したからだ。 5 

「アマクダリから大規模援助?いや、そんな事であんなに喜ぶはずは無い。あれは先生の知的好奇心が限界を超えた状態……」トリダは頭を抱えながら歩く。「アバー……アバッバー…」横を通り過ぎる大型拘束ストレッチャーの上では、血痕まみれの医療用シーツに隠された大型肉塊が身をよじっていた。 

 飼育セルの前からトリダが居なくなると、エーリアスは体を起こし苦し気にアグラ姿勢を取った。そして魂の同居人を勇気づけるように、ニューロンの中で独りごちる。(((まだ希望はあるさ……)))だがセルの前を大型肉塊台車が通り過ぎてゆくと、彼女の心臓は再び恐怖で鷲掴みにされるのだった。 

「アバー……アバッ!」シーツの下からイカめいた触手が伸び、拘束台車を押す白衣クローンヤクザに絡み付き絞め殺そうとする。セルの壁に血飛沫が飛んだ。スモトリがウイルス注射を打つと肉塊は大人しくなり、喧噪は遠ざかった。(((……ここは狂ってる)))エーリアスは閉じていた目を開いた。 

 次は自分があれと同じ運命を……或いはさらに悲惨な運命を辿るかもしれぬのだ。エーリアスは深呼吸し、ショドーを見て精神を整えた。(((さっきのはきっとユカノ=サンだ。何か様子が妙だが……きっと、俺たちを助けにきてくれた……。そうさ、なあ、もう少しの辛抱だ。シマッテコーゼ…!))) 

 ガラガラガラ……大型肉塊を載せた拘束台車は大型スクリーニング室を横切ってゆく。ここでは数十人の白衣クローンヤクザ達が、滅菌ブースを使って培地シャーレに対し機械的ストリークを続けているのだ。台車を率いていたクローンヤクザは、オレンジ色のボブカット白衣女性を発見し、立ち止まる。 

「フブキ=サン、検体が予想以上に痛みを感じて暴れています」白衣ヤクザが電子カルテを見ながら無表情に報告。「危険量まで打って眠らせなさい。今日は忙しいの」PVCナース服を着たその豊満なバストの持ち主は、フブキ・ナハタ女史。リー先生の助手の一人であり、ニンジャならぬ常人である。 

「ヨロコンデー!」白衣クローンヤクザは頷き、台車を押して暗い地下牢へと向かった。厄介ごとを全て解決し終えたフブキは、挑発的なオレンジ色のハイヒールを鳴らしながら、個人研究室へと向かって歩く。「これでようやく、特別な仕事に取りかかれるわ」彼女は上機嫌になり、鼻歌が混じり出す。 

 ガコンプシュー!三段ロックドアが開き、圧縮空気が排出される。フブキの研究室は広い。壁の棚には奇怪なホルマリン漬けがオブジェめいて並び、何個かの容姿端麗な男女や動物の生首ホルマリン漬けが、ぼんやりと彼女の動きを目で追った。大机の上には、作りかけのホールケーキとフライドスシ重箱。

「先生、今年も忘れてるに違いないわ……今日が誕生日だって。あのバカのトリダは、こういう事に頭が回らないし」フブキは滅菌ゲートを潜り、タイトな白ゴム手袋を嵌め、妄想に身をよじる。「アーン!リー先生、そんな……いけませんわ!」彼女の高度な知性はかなり先までシミュレートするのだ! 

 フブキは最後の仕上げを終え、真っ赤なオーガニック・イチゴをケーキに乗せると、スシ重箱とケーキを実験用シーツで隠して金属製台車にセットした。そして鼻歌を歌いながら、リー先生の個人研究室へと向かって廊下を歩き出す。サプライズがあったほうが良かろうと、至極真面目な顔を作りながら。 

「おお……おお……フブキ=サン、なりません!破滅が……破滅が……!ナムアミダブツ!何たる恐るべき夜か!」悲痛な面持ちのラヴェジャーが駆け寄りフブキに追いすがる。「ラヴェジャー=サン、私は忙しいのよ」台車を押し歩き続けるフブキ女史。廊下の反対側からは、壁にもたれて歩くトリダ。 

「竜が……竜が……滅びを……滅びを……!」ラヴェジャーはフブキ女史に振り捨てられ、廊下で悔し気に涙を流す。二人の助手は同時にリー先生の個人研究室の前に立ち、IRCインターホンを押した。ガゴンプシュー。四段隔壁が開き、リー先生と、見慣れぬサングラスの女ニンジャが姿を現す。 

「リ、リー先生、そ、その方は?」トリダがどもる。「観察眼!その通り!彼女はドラゴン・ニンジャ=サン!今日から共同研究者としてINWに迎えることになった!」「共同、研究者?」フブキの表情が凍り付く。「討論すべき事が山ほどあるからネェー。時間が無い!君たちは各自で進めておいて」 

「ドーモ、ドラゴン・ニンジャです」「ドーモ、ブルーブラッドです」トリダはオジギする。ニンジャ頭巾からのぞくルビー色の瞳に、彼は畏れの表情を浮かべていた。彼はリアルニンジャの存在感を感じ取った。楽園に忍び込む蛇を。そして研究者の知性は、内なるニンジャソウルの闇に塗り潰され…… 

「イヤーッ!」ブルーブラッドは二枚のスリケンを投擲!ドラゴン・ニンジャはリラックス姿勢から瞬時の動き!飛来するスリケンを指先で巧みに摑み取る!「キェーッ!」ワザマエ!ラヴェジャーも身構えていたが、あたかもシシオドシが鳴り響いたかのような沈黙!誰一人もそれ以上は仕掛けない! 

 サングラス越しに敵を睨みつけるドラゴン・ニンジャ。立ち竦むブルーブラッド。サツバツ……!この程度はニンジャの世界ではチャメシ・インシデントである。さらにスリケンを投げ返そうと思えば、彼女には容易な事であっただろう。だが彼女はそれを選ばなかった。目的はイクサではないからだ。 

「……私はリー先生と科学的に話し合うためにここに来た」彼女は掴んだスリケンを品定めするように指で撫で、観察してから、それを研究室のゴミ箱に放り捨てた。屈辱!トリダもラヴェジャーも、彼女がカラテ反撃することを願っていた。だがここから力押しすれば、リー先生に叱責されるのは自明! 

「リー先生、そいつ敵でしょ!おかしいですよ!こんなの!せめてぼくが護衛を!」ブルーブラッドが言葉で食い下がる。ブザマ!「…リー先生、これは時間の浪費だ」女ニンジャが溜息をつく。「すまないネェ。彼は有能な助手だったがニンジャになってから少しおかしい。次やったら地下牢だネェー」 

「あのリー先生、ちょっとお話が」力無く廊下に倒れ臥すブルーブラッドをよそに、フブキ女史が問いかける。「アーッ、フブキ君!後にしてくれ!私はもう知的興奮で死んでしまいそうなんだ!イヒヒーッ!」ガゴンプシュー。四段隔壁ドアが閉まり、リー先生とドラゴン・ニンジャは研究室に消えた。 

「……こんなことが!」ブルーブラッドは這い歩きながら自室へと向かう。「ドラゴン・ニンジャ!ドラゴン・ドージョー!憎きニンジャスレイヤーの仲間じゃないか!敵だ!敵だぞ!先生をどんなジツでたぶらかした!それとも胸か!?ビッチめ!」「……」それを尻目に、フブキは台車ごと踵を返す。 

 ガラガラガラ……彼女は陸揚げされたマグロめいて驚き、口をぽかんと開けていた。ニンジャのイクサを見て急性NRSに陥ったか? 否、彼女は長年の研究の中で、とうに正気を失っている。あたかもキュリー夫人が白血病を患ったかの如く、ニンジャサイエンスいう名の狂気が彼女を蝕んでいるのだ。 

 カツカツカツカツガラガラガラガラ。ハイヒールの靴音と台車の車輪音。ガガガーン!ガガガガーン!被検体がシャッターを内側から叩き、落雷の如き不吉な音が廊下に鳴り響く。「ああ、リー先生!いーけませんわー!」フブキは衝撃のあまり歩きながら歌い出す。「何故、わたしの、サプライズー!」 

「おお、あれは、竜です、蛇です!」ラヴェジャーが白ハンカチで涙を拭いながら追いすがる。「アーン、リー先生、あなたは、騙されてーいるのー!?」フブキは台車にもたれかかる。「おお、あれは、竜です、蛇です、禍です!」「ラヴェジャー=サン、まあ、可哀相、醜い顔が、さらに醜いー!」 

「おお、いたわしや!このような事態、アマクダリに知れたなら!」ラヴェジャーは彼女を助け起こそうと手を伸ばす。それを平手で振り払うフブキ。「アーン!でも先生、とても楽しそーうー!じゃあー踊りましょうー!明日になれば、リー先生、きっとーいつーもの通りー!」立ち上がり台車を押す! 

 彼女は軽やかに自室へ向かう。「さあケーキは冷蔵庫にー!ゾンビーには注射ー!リー先生、アーン!永遠にわたくしが献身!」ガゴンプシュー!彼女は冷蔵庫にケーキを仕舞う。棚に置かれたニンジャ生首ホルマリン漬けの目が動き、無表情に彼女の動きを追った。執事は部屋の前で深い溜息をついた。 

 ……そして陽が登り、再び沈んだ。不吉な獣が翼を広げたかのような深い闇の帳が、ツキジ・ディストリクトを覆う。冷酷な重金属酸性雨。胸騒ぎを催す雷。北東から吹き付ける風は冷たく、未亡人めいた辛辣さを孕んでいた。そのような夜が何日も続いたのだ。 

 リー先生は自らの広い個人研究室に籠り、何日もドラゴン・ニンジャと話し続けた。稀に装甲隔壁を開き、ラボ内を出歩く事もあったが、そのような時でも時間を惜しむように、決まってドラゴン・ニンジャを伴っているのだった。リー先生の顔は知的な喜びと興奮に満ちていたが、疲労も明らかだった。 

 執事は毎夜、メインラボに据えられたる平安ゴシック様式の鐘をつき鳴らす中で、災厄の予兆を本能的に感じ取った。それは大きなものなのか小さなものなのか……いずれにせよ、この暗黒ラボにいよいよブッダが裁きの鉄槌を下そうとしているのでは……非科学的な彼は、かくのごとく恐れるのだった。 




 ゴゴーン!ゴゴゴゴーン!激しい雷鳴。 

 ウシミツ・アワー近く。ツキジ上空には雷雲。重苦しい重金属酸性雨。「アイエエエエ!何て恐ろしい夜なんだ。陰鬱なノイズが直結中に僕らのニューロンへ忍び込むだろう!」「ああ、それは戦慄すべきブツメツの夜!」地下クラブから出てきたサイバーゴスたちが空を見上げ、ロマンチックに嘆息した。 

 ……一方その頃、ツキジ地下に広がるコンクリート迷宮の奥底に隠された、INWの地下秘密研究所では。ガシャーン!ガシャーン!「アーッ……」「アバーッ……」知性を持たぬはずのゾンビーニンジャたちが、気もそぞろに檻を揺らす。「ヤメロー!ヤメロー!」地下牢の一室にはブルーブラッドの姿! 

「ああリー先生!蛇が!ぼくたちの楽園に蛇が!ぼくを、あなたを、殺してしまう!」ガガガガーン!落雷により電力が地下施設へ送り込まれ、各所に配された電磁コイルが火花を散らす。「アバーッ……」隣の牢に囚われた大型肉塊が電気ショックを受け、イカめいた触腕を伸ばす。「アイエエエエエ!」 

「イヤーッ!イヤーッ!」ラヴェジャーが無慈悲なサスマタを岩牢の中に押し込み、大型肉塊に躾を施す。「アバー……。ウウウウウ……ラメシイ……」怪物は口惜し気な呻き声を(果たしていかなる不浄な器官から吐き出したのかは不明だが)残し、ブルーブラッドを襲っていた触腕を瞬時に引き戻す。 

「ラヴェジャー=サン!出してくれ!こんなのはおかしい!」「ツキジの主の命令は、絶対なのです!」ブルーブルッドの叫びを尻目に、ラヴェジャーは駆ける。「滅びだ……!竜の毒がINWを蝕む!混沌だ!許されん!執事の喜びはこのラボが秩序のうちに存続し、主にお仕えし続ける事なのに!」 

 背徳と狂気の地下実験室を跳ねるように駆けながら(おおブッダよ、その途中に出くわしたあらゆる怪物から我らの魂を護りたまえ)、執事は白ハンカチで涙を拭う。「もっとカラテがあれば!狡猾な知恵があれば!」主はやつれ、アマクダリ上層部とのIRC会談をキャンセルし、その使者すら拒む始末。 

 フブキの個人研究室の隔壁が開き、執事を迎え入れる。研究台の上には、カラフルな黴の生えたケーキがひとつ。「ああー、リー先生、何故解ってくだーさらないのー!」フブキが胸を押さえながら歌う。UNIXにはソウル被検体NSR-U057……エーリアス・ディクタスの映像が映し出されている。

「いけませんわ、リー先生!志半ばで、死んでしまいますわ!この私にカラテさえー、あればー!ニンジャソウルさえ、あればー!」フブキはよろめき、苦悩に満ちた頭を抑え電源バーを倒す。「アバーッ!アバッバッバッババーッ!」棚に置かれたホルマリン漬ニンジャ生首が電流を浴びて震える。非道! 

「なりません!カラテは呪い!ニンジャソウルは呪いですぞ!フブキ=サン、貴女はお美しく豊満なそのままで!……あと少し!あと少しで、証拠が揃います!」彼とフブキが突き止めた事実……アマクダリのデータベースによれば、被検体NSR-U057はニンジャスレイヤーの協力者可能性なのだ! 

 フブキにはトリダに無い高度なプレゼン能力がある。そして明晰なる彼女は、この証拠がリー先生を科学的に説得するには不十分であると計算している。「ああ、全てを捧げ、お助けしたいのーにー!私のー胸は改造されたシリコン!リー先生、何処にあるのでしょーう、あなたの病を癒すカソリコン!」 

「リー先生が招き入れたのです、竜を!禍を!今夜はブツメツ!ああ、先生はカロウシしてしまう!」ラヴェジャーは涙を拭いUNIX画面を見た。これまでに何度も繰り返し再生された、飼育セルを映す監視カメラの録画映像だ。そしてその時、彼のニンジャ動体視力は、ある決定的瞬間を……捉えた! 

 

◆◆◆

 

「ドラゴン・ドージョーを作った理由……?」薄暗い研究室で彼女は言った。その声は、岡山県の山岳地帯に平安時代から現代まで残ると言い伝えられる孤独なエコーのごとく神秘的だった。「ドージョーやクランを作るのは我々の本能だ。人が子を成すのと同様に、我々はインストラクションを授ける」 

「本能?何故かネェー?」リー先生が問う。実際彼は疲労困憊していたが、知的興奮により沸き出すオーガニック脳内麻薬物質が、彼のニューロンと肉体をブーストさせ続けていた。「いつイクサで果てるとも知れぬ身。センセイより授かったものを次世代に託す。それは当然の欲求では?」竜が答える。 

「ならば君たちは、祖たるカツ・ワンソーのミーミーを伝搬している事になるネェー。彼は何者か?俄然興味が湧くネェー!」リー先生は室内を歩き回りながら続ける。「何故クランやドージョーは衰退し途絶えたか?それは本当にエド戦争だけが原因か?あと少しで思考の壁を越えられそうなんだが!」 

「父祖の名を口にしないでくれと言ったはずだ」ドラゴン・ニンジャは落ち着かぬ様子で薬物煙草に火をつけ、それを吹かす。完全なるベンチレーション装置により、煙は直ちに室外へと排出される。「……かつて我々は父祖に弓を引き、彼の肉体を破壊してキンカク・テンプルへと魂をインキョせしめた」 

「では、それと呼ぼう。…平安時代、ニンジャたちはやがてそれが復活を果たして反逆者を罰し、この世界を再びカラテで支配すると考えた。その最終戦争にマッポーカリプスやゲコクジョ……様々な呼び名を与えた。では復活の根拠は?」「……最初は恐れだった。直感的な」彼女は一拍置いて答える。 

 ドラゴン・ニンジャは煙草を揉み消し、再び静かに語り始めた。カツ・ワンソーの名は、あたかも全能なるロード・ブッダの名を恐れるデーモンの原理めいて、リアルニンジャらの魂に響くのであろうか。「……漠然とした恐怖が確信に変わったのは、夢を操るジツの使い手らがそれを見つけたからだ」 

「それ、とは?」リー先生が机に手を置き身を乗り出す。鼻息が彼女の豊満な胸に届くほどの距離だ。「……ジツによって精神を飛翔させていたあるニンジャが、何らかの手違いを起こした。虚空に浮かぶキンカク・テンプルらしきものへ接近し、そこに眠る巨大なカラテ存在を感じ取り、発狂したのだ」 

「イヒヒーッ!何というニンジャだ?」「覚えていない。あるいは元々知らなかったか。すでに語った通り、最も重要な記憶はズタズタに分断され、リカバリ不能の状態となった。破損したデータはもはや戻らない。ソウル憑依者の中には、私を全知全能の存在と考え恐れる者もいたが、愚かな間違いだ」 

「だから私は……」彼女はサングラス越しにリー先生に視線を送った。「科学的な方法でもう一度真実に辿り着く必要がある。私はそれを求めているだけなのに、それを理解しない輩が敵だと言ってイクサを仕掛けてくる」「なるほどネェー、同感だ!私も生まれついての天才だからネェー!気が合う!」 

「それに、その不完全な記憶が最高にセクシー!私は解答書なんて求めてない!そんなのはちっとも面白くないからネェー!」リー先生が叫ぶ。「私はお前の身を案じている。これ以上続ければカロウシするだろう。お前は所詮モータルの身で、私のもたらす太古の知識は毒だ」彼女は先生の頭を撫でた。 

 だがリー先生の探究心は留まる所を知らない。いつもならば助手のフブキ・ナハタが彼の天才的頭脳の衰えを案じ、少々強引にでも休みを取らせるのだが。「やはり個々のソウルではなく、大局的な話をすべきだと思うネェー。つまり、ニンジャソウルの無差別憑依現象について、もう一度立ち戻るのだ」 

「我々が当然だと思っている事の中に、何か矛盾点や刷り込みがあるのかもしれないネェ。そもそも何故君たちはハラキリ・リチュアルを行ったか?」「……父祖の復活に備えるため。そして、我々のカラテとジツの力が衰える……いわゆる立ち枯れの時代が訪れたからだ」ドラゴン・ニンジャが答える。 

「……では、今のこの時代は?」リー先生が何かを閃きかける。彼女は静かに言った。「アンセレクテッド・レザレクションが始まって以来、大気には再び不穏なカラテが満ち始めている。まるで導火線に火がつけられるのを待っているかのように。私はそれを感じるのだ。そして父祖の復活も近いと」 

 彼女は続けた。「父祖はいずれ蘇り、この世界を歩むだろう。ニンジャ神話にもそうある。そのとき何が起こるか? ……まだ解らぬ。再びこの地上を暗黒のカラテ帝国が支配するのやもしれぬし、世界は滅ぶのやも知れぬ。唯一確実なのは、かつての大戦で父に叛旗を翻した我ら全てを、罰することだ」

「フゥーム!ムムム!つまりディセンションとアセンションの均衡が、どこかで反転し……そうか……これを見たまえ!」リー先生は知的興奮のあまり、彼女の胸に顔半分を埋めながら、手元のUNIXリモコンを操作した!ピボボッ!高度な電子音が鳴り、緑色のグリッドが大型モニタに映し出された! 

 ピボッ、ピボッ、ピボッ……緑色のマトリクス上に、左から右へと光点がプロットされる。「イヒヒーッ!これこそは、ソウカイヤとアマクダリから提供された機密データをもとに作った重点チャートだ!X軸はすなわち時系列!Y軸には確認されたニンジャソウル憑依件数とその振れ幅が示されるのだ!」

 ピボッ、ピボッ、ピボボボッ…プロットされる光点は見事な扇形を描き出してゆく。ナムサン!これはすなわち、ニンジャソウル憑依現象が加速し、さらにサンシタから高位のアーチニンジャまで、より幅広いニンジャソウルが復活を果たしているという科学的事実!「このチャートの起点は、何年だ?」 

 ドラゴン・ニンジャの問いに、リー先生は心地良さそうに頷く。「2000年だネェ。もちろんこれは、それ以前に憑依現象が一切起こっていない、という意味ではない。前近代の悪魔憑きや狼憑きはニンジャソウルの憑依現象ではないかという仮説もあるにはあるのだ。まあそんなのは誤差のうち!」 30 

「要するに、君が先程感じていたカツ・ワンソー復活の兆し……それはこのように科学的にも証明されているわけだ!」リー先生はUNIXリモコンを操作しながら甲高い声で説明する。「その名を軽々しく口にのぼせるなと言っただろう」ドラゴン・ニンジャが舌打ちし、神秘的なカラテサインを作る。 

「フゥーム、君は科学的な知性を持ち合わせた最高にセクシーな神話的存在だが……そこは妙に迷信的で前時代的だ。これもニンジャの本能かネェー?」「コトダマを侮るな。……それは姿形の無いものにさえ、しばしば力をもたらす」ドラゴン・ニンジャは静かにそう言い、ひと呼吸置いてから続けた。 

「つまり、2000年に何かが起こり、想定外な大規模ディセンションの引き金を引いた……世界で何が起こった?」「まさか、覚えていない?」彼女は頷いた。「成る程ネェー!君の不足ピースはこれか!Y2K!小規模ポールシフト!フジサン噴火!戦争!……そりゃあもう、色々起こったとも!」 

 ドラゴン・ニンジャも、世界的な大変動と長い戦争の開始については承知していた。だが彼女は、この中で最も重要なY2Kの災厄を知らぬ。ゆえにリー先生は2000年問題と恐るべきUNIX災害の数々を語った。むろん、リー先生ですらも、Y2Kの全容と真実については未だ知り得ぬのだが……。 

「つまり2000年のオショガツが訪れた瞬間、世界中でUNIXが爆発し科学者やシステムが多数死んだ。磁気嵐も頻発。ネットやUNIXテクノロジーの多くが闇に埋もれた。やがて枯渇するIP資源を巡り電子戦争だ!」リー先生は締めくくる。「それよりも問題は、ディセンションとの因果関係!」

「つまり!」リー先生は鼻息を荒げる!「ディセンション開始が2000年に始まることになっていて、余波で災害が起こったのか? そして2000年問題はそれによる偶然の被害だったのか? それとも逆に2000年問題がディセンションの原因なのか!?ヒィーッ!重点だ!死んでしまいそうだ!」

「おそらく後者だろう」ドラゴン・ニンジャは熟考の末に答えた。疲弊したリー先生のニューロンを案じ、その頭を優しく撫でながら。「私もソガ・ニンジャも、2000年にディセンションが開始することなど企図していなかった。父祖の復活は、さらに数千年以上も先のことだろうと考えていた」 

「言うなれば、モータルの生み出したハイテックが、早すぎるマッポーカリプスの扉を開いたのだ」「ムゥー!掴めてきた……全体像!2000年……ソウルの流れが逆転……?やはり旧世代UNIXとY2Kの情報も必要だネェ!ペケロッパ・カルトか!メガトリイ社か!」先生はやめ時がつかめない! 

「そうか、コトダマ空間!コトダマ空間という言葉を知っているかね!」ゴウランガ!リー先生は何らかの飛躍的洞察を得た!「それは?」「ハッカーの伝説だ!文字列と01で構築された上方世界!ニューニューニューウェイヴ神秘主義者の戯言と思っていたがネェー、これはもしかすると、スゴイ!」 

「モータル、もうこの辺りにしておこう。我々は今持っている知識を全て交換した」ドラゴン・ニンジャの声音から一瞬だけ無表情さが失われる。それは峻厳にして穏やかな、夜そのものが囁くような声だった。「私はこの知識をもとに、再び世界を巡る。そしてUNIXに詳しい者にインタビューする」 

「待ちたまえ!まだ交渉が終わっていないぞ!」リー先生が重要な約束事を思い出す。「安心しろ。私は満足した。約束のものを置いていく。知識の次は物々交換だ」彼女はフロシキの中から数個のニンジャ文明オーパーツを取り出した。マキモノやチャワン……そして小型オベリスクめいた水晶構造物! 

「こ、このクリスタル構造物……!イヒヒーッ!これだ、これが欲しかった!」リー先生はその表面に彫られた神秘的な古代ルーンカタカナを指でなぞりながら、息を荒げる!「お前の持っているオーパーツ目録を見たが、これの代価となる物は実際少なかった」ドラゴン・ニンジャは溜息とともに言う。 

 世界最高峰のニンジャサイエンス科学者であり、ニンジャ神話研究家でもあるリー先生のオーパーツ・コレクションは、実際凄い。中には黄金コケシや黄金ジェットなど、かつてマレニミル社がバイカル湖やマヤ遺跡から盗掘した、極めて稀少なニンジャオーパーツすらもが含まれているというのに……! 

「イヒーッ!これ!このクリスタルについて今すぐ実験と議論をしよう!」「しかしこの目録の中から、辛うじて候補になるものといえば……黄金星座板。あの実物を確認したい。今直ぐにだ」興奮するリー先生の提案には応じず、女ニンジャは淡々と自らの要求を伝えた。それがニンジャだからだ。 

「黄金星座板!さすが着眼点がスゴイ!あれについてもぜひ話したい!」リー先生はすぐにUNIXリモコンの秘密のボタンを押した。壁の小型ドアがパカリと開き、スシメカアームが黄金星座板を手元に運ぶ。著しい疲労と過剰興奮が、この天才科学者の判断力を鈍らせているのはもはや間違いない。 

「……」ドラゴン・ニンジャは、東西南北にニンジャ装束の人型が描かれた不可思議な黄金板を指でなぞる。そして小さな声で、ハイクめいた言葉を唱え終えた。「これを貰おう。しかし……まだ少し損をした気分だ。オーパーツではない何か……例えば、物珍しい被検体などをひとつオミヤゲにしたい」 

「被検体ネェー。全く問題ない!何かそんなに重要な検体がいたかなあ!」リー先生が考えを巡らす。ドラゴン・ニンジャはかぶりを振った。「重要性など無い。戯れだ。この前案内してもらった時に、色々と見せて貰ったろう。実験の退屈しのぎに、何かカワイイなソウル憑依者を所有したいのだ」 

「クラーケンはどうかネェー!間違いなくイカニンジャ・クランの高位ソウル憑依者だ!」「狂っているのは好みではない」ドラゴン・ニンジャはリー先生の背中を撫でた。それは誘惑や籠絡のためではなく、モータルの脆い肉体を労るためだ。実際この交渉を手早く済ませねば、望まぬカロウシを招く。 

「ではブルーブラッ……いや、駄目だネェ。……ああ!あの変わり種だ!二重人格の女ニンジャでペットのように小さい!」「……悪くない」「交渉成立!待てよ!すると君はもう帰る?でもまた戻ってくるんだろう?そして共同研究再開だ!」その時、突如隔壁扉が開いた!「先生!いけませんわー!」 

「何だ!何だ!君たちは!非常時以外、私の研究室は、外部からアンロック不許可!」リー先生はこの突然のシツレイに対して、拳を振り上げて激しく怒った!「非常時ですの!非常時ですのよ!ああ!そこの女が、先生を殺してしーまーうー!」怒りに震えたフブキ女史が、豊満な女ニンジャを指差す! 

「おお!先生!先生!リー先生!それは竜です、蛇です、禍です!」ラヴェジャーは勇気を振り絞り、廊下に置いた被検体を引っ張って、目の前の床に叩き付けた!「グワーッ!」それはドラゴン・ニンジャが持ち帰る筈だったエーリアス!ウィルス衰弱した彼女の両手両足には枷がはめられ身動き不能! 

「リー先生、このシツレイは一体どういう事だ?」ドラゴン・ニンジャは立ち上がり、リー先生を椅子にもたれかけさせると、冷徹な無表情のまま静かに薬物煙草を吹かす。「すぐに黙らせるからネェ!何て無能な助手達だ!私の研究を邪魔してばかり!まったく!誰も!私の天才的思考を理解しない!」 

「リー先生!その女ニンジャは嘘をついてますわ!言う事は全てデタラメ!オーパーツもガラクタに違いありませんわ!」「科学的根拠はどこにある!?」リー先生が怒る!「だって、その女の目的は、最初からこいつを助け出すことだったんですのよ!これを!」フブキはUNIXリモコンを押した! 




「ソウル被検体NSR-U057はニンジャスレイヤーの協力者!」フブキ・ナハタがUNIXリモコンを操作すると、アマクダリ・ネットから取得したニンジャ情報がモニタに映し出される!「それだけではありませんわ!ラヴェジャー=サン!」彼女はUNIXリモコンを醜い執事ニンジャに手渡した! 

「竜よ!竜よ!おかしな動きを見せようものなら、私は一瞬でこの被検体NSR-U057を殺せるぞ!」ラヴェジャーはドラゴン・ニンジャに対して0コンマ1秒たりとて警戒を解かず、UNIXリモコンを操作する!ドラゴン・ニンジャ、エーリアス、リー先生、三者ともに無言でモニタの映像に注目! 

 モニタに映し出された映像……二日前、ドラゴン・ニンジャがリー先生とラボ内を見学した時のものだ。彼女はリー先生の許可を得て何種類かの飼育セルに入り、被検体の状態などを調べていた。早回し。「そしてドラゴン・ニンジャ=サンが被検体NSR-U057のセルに入った時の映像がこれです!」 

 むろん、飼育セル内への進入は複数台の監視カメラで入念に記録されていた。さらにセル外ではリー先生やクローンヤクザ、ラヴェジャーらが監視。「この時は何もおかしな点は無かったのです!しかし、後日カメラ映像を繰り返しチェックした私は……!おお!これです!この瞬間を重点チェックです!」 

 そこに映し出されたのは……ナムアミダブツ!監視カメラの録画フレーム単位では色付き残像にしか見えない、一瞬の高速動作!ウィルス衰弱した被検体に触れながらソウル感知を行っていたドラゴン・ニンジャの手首が、残像化し見えなくなった!「明らかに何かを手渡した!さらにその30分後……!」 

「電灯は落ち、誰もいません。だが……見てください!ここ!ここです!床に座り込んだ被検体が、検体ウェアを触り、何かに驚いている!微かな表情の変化!」ラヴェジャーがしてやったりといった顔で指摘する!「圧倒的ニンジャ器用さのせいで、被検体すらも渡されていた事に気付いていなかった!」 

 ラボ内にシシオドシが鳴ったかのような静寂。ドラゴン・ニンジャは無表情のまま煙草を吹かす。床に転がるエーリアスは苦虫を噛み潰したような顔でUNIXモニタを見上げていた。「つまり、明らかに何かを手渡した、というのは、その被検体の反応からの推測なのかネェ?」リー先生が怠そうに問う。 

「ハイ。残念ながらその後、被検体は……注意深く動き……結局何を渡されたのかは撮影できておりません」ラヴェジャーが言う。「じゃあ全然ダメだネェー。明らかに、だなんて結論づけられないし……まったく非論理的だ!キーッ!」リー先生は突然激昂し、フブキとラヴェジャーの元に歩いてゆく! 

「ああ、リー先生!大丈夫ですわ!何を渡されたかは、これからこの2人に答えてもらいますわ!できればドラゴン・ニンジャ=サンから直接嘘を明かして欲しかったから、無傷のまま連れてきましたの!」「ムーッ!」フブキはリー先生を豊満な胸で有無を言わさず抱きとめると、執事に指示を送った! 

「何を渡したのか、答えてもらいましょう」ラヴェジャーが卑屈な上目遣いで、ラボの中央にいるドラゴン・ニンジャを睨む。「……知らんな」ドラゴン・ニンジャは煙草を吹かした。「イヤーッ!」「グワーッ!」ラヴェジャーはサスマタでエーリアスの首元を拘束!ドラゴン・ニンジャは未だ動じず! 

「なるほど、では次はこちらに聞いてみましょう」ラヴェジャーは醜い顔を卑屈に歪めてから口を大きく開き……「オゴゴゴーッ!」ナムアミダブツ!何たる唾棄すべき嫌悪感を催さずにはいられぬ光景か!彼の喉奥から這い出したヌメヌメと黒光りする物体は…握り拳ほどもある大型奇形ムカデの頭部! 

 コワイ!これこそはINWの執事ニンジャが隠し持つ、恐るべきマインドラヴェージ・ムカデ・ジツである!「最初からこれを使っていれば良いのに!」リー先生が怒る!「アーン!リー先生、成果発表プレゼンの一環ですわ!」「なるほどネェ!」リー先生は得心した!彼のニューロン疲労は限界だ! 

 ズゾゾゾゾゾゾゾ……そのおぞましき大型節足動物はラヴェジャーの口から這い出し、地面をゆっくり歩いてエーリアスの顔へと近づく!どれほどの長さがあるのか、未だ半身は執事ニンジャの腹の中だ!「アイエエエエエエエエ!アイエエエエエエエエ!」弱々しく身悶えする被検体NSR-U057! 

「…それを傷物にするつもりか?」ドラゴン・ニンジャは静かにサングラスを外し、眉間に滲んだ僅かな汗粒を密かに拭い去ると、執事を威圧的に睨んだ。しかし彼女を追い出すためにヤバレカバレに走ったラヴェジャーは恐怖を克服し、口からムカデを吐きつつドラゴン・ニンジャを睨み返したのだ! 

「オゴッ!ヒッヒッヒッヒ!神話級ニンジャなら知っていましょう、このジツは奇怪ではあるが何も傷つけない。中に入られた相手は、和やかにこころよく本心を語ってくれる。後遺症の無い精神毒。オゴッ!そこが強みです……!」ラヴェジャーはムカデを咥えたまま、卑劣なるサスマタに力をこめた! 

「ドラゴン・ニンジャ=サン、我々は不思議に思っておりました。何故このような回りくどい方法を取るか?貴女が本当に神話級ニンジャでこの被検体が目的ならば、カラテで奪えばよい。その機会は十分あった」執事が嫌悪感に満ちた口調で言う。「ウワーッ!」エーリアスの頬にムカデの脚が触れる! 

「どうだこの淫売め!蛇め!リー先生をたぶらかしおって!お前は実はペーパータイガーだ!ニンジャ存在感で私を怯えさせるのが関の山だ!その嘘を全て暴いてやる!」「ンーッ!ンゴーッ!」おお!エーリアスが表情を歪め、その口を押し拡げてムカデが!ムカデが!ドラゴン・ニンジャは動かない! 

 ナムサン!このままエーリアスは下劣なるジツによりハズカシメされてしまうのか!?「ンンーッ!」髪が一瞬赤くなり、再び黒に戻る!危うい状態だ!そんな非道行為が行われれば、傷が残らずとも、彼女はじきにセプクするだろう!だが彼女はウィルスで衰弱し、ジツはおろか立ち上がる事すら困難! 

 ムカデがその頭部を奇怪に窄めて這い進み、エーリアスの喉へと近づいた…その時!「グワーッ!」高圧電流が走ったかのように突如ラヴェジャーの体が痙攣し、鼻血を流して倒れたのである!同時に仰け反って這い出すムカデ!「イヤーッ!」ドラゴン・ニンジャが目にもとまらぬ速さで連続側転を打つ!

 何故!?驚きの声が上がるよりも速く、廊下に待機するクローンヤクザ軍団やゾンビーニンジャが行動を起こすよりも速く!「イヤーッ!」ユカノは限界まで引き絞られ張り詰めた矢の如く、驚くべき速度でエーリアスを抱き上げると、そのまま鋭角トビゲリ姿勢でフブキとリー先生の頭上を飛び越えた! 

「ザッケンナコラー!」チャカガンを抜く白衣クローンヤクザ!「キエーッ!」鋭いカラテキック!「グワーッ!」即死!「ザッケンナコ」「キエーッ!」「グワーッ!」「ザッケンナ」「キエーッ!」「グワーッ!」「ザッケン」「キエーッ!」「グワーッ!」「ザッケ」「キエーッ!」「グワーッ!」 

「オ、オーパーツ……水晶は…イヒッ!残ってる!でも……アーッもう君たち全然ダメ!今すぐ彼女を連れ戻せ!フブキ君、君がいながらこの失態!」混乱をきたし廊下に出ようとするリー先生!「アーン!ニューロンがお疲れになっていますのね!」フブキは素早く彼の首筋に注射を打つ!「アーッ!」 

 瞬時に体を傾け眠りに落ちるリー先生!その貴重な頭脳はいつものようにフブキ・ナハタの胸で保護される!廊下ではヤクザの断末魔が遠ざかってゆく!「グワーッ!」「グワーッ!」ドラゴン・ニンジャが逃げてゆくのだ!「早く起きなさい!」フブキは白目を剥いて倒れたラヴェジャーを蹴りつけた! 

「イヤーッ!」エーリアスを抱えながら回廊を駆けるドラゴン・ニンジャ!その全身はいつしかニンジャ装束に包まれ、口元はメンポ布で覆われている!「すまねえな……ユカノ=サン。全く情けねえよ。マグロを買いにきて捕まるなんて……。あいつらのテリトリー、ツキジ地上まで広がってるとは…」 

 岡山県への危険な旅に出ることになっていたエーリアスは、世話になったワザ・スシに置き土産を残すべく、ツキジを訪れた。だが冷凍倉庫地帯に足を踏み入れた際、不運にもINWの手の者に捕獲されてしまったのだ。彼女の帰りが遅い事を案じたユカノは、策を練り、単身潜入を果たしたのである。 

「毒は?」「ああ、丸薬が効いた……」エーリアスは精一杯の笑みを作る。飼育セルで密かに手渡されたもの……それはタケウチウィルス解毒剤が練り込まれた丸薬だったのだ!「ザッケンナコラー!」曲がり角から白衣ヤクザ出現!「キエーッ!」「アバーッ!」「今は逃げる!」ユカノは短く言った! 

 ガゴン!回廊の前方で突如隔壁が閉じる!「クソッ……俺たちの動きがトレスされてるのか?」「イヤーッ!」「ウワーッ!」エーリアスを抱えたままドラゴン・ニンジャは急停止、鋭い後方バック宙を決め、交差路へと戻った!「アバー……」「アバー……」追跡してくるゾンビー・ニンジャの群れ! 

 彼女は一瞬だけエーリアスを降ろす。そして懐からニンジャギアを取り出した。それは高性能バクチクが組み合わされたナリコ・トラップである!回廊を塞ぐように、彼女はトラップの紐を素早く張り渡し終えると、エーリアスを抱え直し、別の道を駆け出した!BOOM!後方でトラップ発動の爆発音! 

「……やったぜ!」エーリアスは小さくガッツポーズを作る。だがドラゴン・ニンジャの目から険しさは微塵も失われていない。ゾンビー・ニンジャは、知性こそ低いものの、通常のニンジャソウル憑依者を易々と凌駕する恐るべき強敵。あの程度のトラップでは、ほんのわずか足留めするのが限界だ。 

「もっと!もっとよ!ラヴェジャー=サン!もっともっとゾンビーをー!」メインラボの大型UNIXを操作し、隔壁システムを制御しながらフブキはIRC通信を送った。「さあ出てこい、お前たち!サスマタに突かれたくなけりゃ!明日の餌を食いたけりゃ!」執事は地下牢からゾンビーを解き放つ! 

「すすめ!すすめ!メインラボ!」「アバー」「アバー」「アバ」「アバ」「アババー」ガシャーン!鉄格子やシャッターが次々開け放たれ、ゾンビーたちはラヴェジャーの命令に盲目的に従う!「ダメだね、僕は行かないぞ」岩牢の奥に残るはブルーブラッド。「ナンデ?」サスマタ構えた執事が問う。 

「僕はまだ招かれていない。リー先生がここに入っていろと言ったんだ」「INWの一大事ですぞ!それなのに!」ラヴェジャーは困惑する。「お前たち、リー先生に背いたな。僕には解る。あのビッチにはきっと罰が下るんだ!」ブルーブラッドは蒼褪めた顔に笑みを浮かべた。鋭い牙が口元に覗いた。 

 ラヴェジャーは鉄格子を乱暴に閉めると、クラーケンが載せられた拘束ストレッチャーを押し、メインラボへと急ぐ!「アーッハハハハハ!アーッハハハハハハハ!そいつの扱いは気をつけた方がいい!ヒーッヒッヒッヒッヒ!イーッヒヒヒーッ!」ブルーブラッドの狂気じみた高笑いが響いていた。 

 ドラゴン・ニンジャたちは巧みにゾンビーの追っ手をかわし、クローンヤクザを殺戮しながら逃げた。ガオーーン……ガオーーン……飼育セルや無菌ベンチなどが並ぶ広大なハイテク・メインラボに、平安ゴシック様式の鐘の音が鳴り響く!ナムアミダブツ!不吉なるウシミツ・アワーが到来したのだ! 

 無菌ベンチに座り黙々と培養作業を続ける白衣クローンヤクザたち!「イヤーッ!」ドラゴン・ニンジャはその頭を跳び渡りながら、追っ手を回避し続けた!「アバー」「グワーッ!」「アバー」「グワーッ!」後方から押し寄せる異形の群れ!哀れな白衣クローンヤクザたちが次々と餌食にされる! 

「シュシューッ!」医療用シーツに包まれた肉塊……クラーケンから何本もの触手が伸びた!「イヤーッ!」ドラゴン・ニンジャは装束の一部を切り裂かれながらも、それを紙一重の側宙で回避!「キエーッ!」「ザッケグワーッ!」マシンガン白衣ヤクザをトビゲリ殺し一直線にメインゲートへ向かう! 

 メインゲートへ到達すれば、拝借したカードキーを使い、この悪夢の研究所から脱出が可能だ。その先にはまだ地下迷宮のごときツキジ・ダンジョンが待ち構えてはいるが、この絶望的ゾンビーニンジャ密度からは解放されるだろう。……だが!「アバー」ゲートを塞ぐようにリフリジレイターの巨体が! 

 ナムサン!両手が塞がった状態で勝てる相手ではない!「時間が無い」「足手まといにはなりたくねえ」エーリアスは自分の足で立つ!彼女の手足を拘束していた医療用枷は、先程ドラゴン・ニンジャがカラテで強引に破壊した。エーリアスは今、追加のニンジャ・ピルの力で辛うじて動いている状態だ! 

 ウシミツ・アワーの鐘が鳴る中、ドラゴン・ニンジャはジュー・ジツを構え、目の前のゾンビー・ニンジャに対して短いアイサツを交わす。牽制スリケンを投げ放ってから、瞬時に懐へ駆け込んだ!「イヤーッ!」「アバー」「イヤーッ!」「アバー」「イヤーッ!」「アバー」「イヤーッ!」「アバー」 

 ヒショウ・ドラゴン・ツメ!ダブル・ドラゴン・アゴ!叩き込まれる殺人カラテの奥義!だが動くニンジャ死体であるリフリジレイターには致命打とならない!「アバー」「イヤーッ!」冷気を纏った大腕が彼女を捕まえようと振り回される!アブナイ!僅かでも接触すれば、温度差で張り付いてしまう! 

「シュシューッ!」さらに後方十数メートルの位置からクラーケンの触手が伸び、エーリアスたちを狙う!「もっと!もっとよ!頑張りなさい!」フブキはクラーケンや後続のゾンビーニンジャに対して、濃縮ゾンビーエキスを注入して回る!非常に危険だが、彼女にとってはチャメシ・インシデントだ! 

 このままでは囲んで棒で叩かれ死ぬ!頭部に狙いを変更し、一撃決着を狙うか?「イヤーッ!イヤーッ!」否!ユカノは当初の狙い通り、カラテ連撃を敵の脚部に集中させ続ける!そして……「キエーッ!」SMAAASH!「ア、バー」リフリジレイターの膝がついに破壊され、巨体がよろめき倒れた! 

 ついに脱出路が!だがその直後!「アイエエエエエエ!」ザンシンを決めるユカノの後方斜め上から突如悲鳴が!エーリアスだ!彼女はクラーケンが伸ばした長いイカめいた触手によって絡めとられ、高々と逆さ吊りにされていたのだ!「アイエーエエエエエエエエ!」 

「アーン!クラーケン=サン、流石はリー先生の栄えある作品第44号!リー先生、後でビデオをお見せいたしますわ!」「おお、おお!不吉です!ウシミツ・アワー!お戻りください!フブキ=サン!ここはあまりに危険すぎる!あとは私めとゾンビーニンジャで!」執事ラヴェジャーが懇願する! 

「イヤーッ!イヤーッ!」ドラゴン・ニンジャは連続スリケン投擲とカラテで触手を攻撃するが、超自然的な柔軟性を持つゾンビーイカ触手に対しては有効打とはならない!さりとてクラーケンの本体を叩こうとすれば、ゾンビーニンジャの大群の中へ自ら身を投じることになってしまう……自殺行為だ! 

 エーリアスは精神集中を行う。ユメミル・ジツを接触対象であるクラーケンに注ぎ込むためだ!潜行イメージ。洞窟めいた暗黒。朧げな光。こちらを見つめる無数の目が開く!「アイエッ!?」彼女は逆ハッキングを受けたかのように痙攣し、ジツを中断!死者の精神に触れる事がいかに危険かを悟った! 

 もはや打つ手無しか!?ガオーーン……ガオーーン……荘厳な電子パイプオルガン音に合わせ、弔鐘の如き陰鬱さで鐘が鳴り響く!その軋んだ音はショッギョ・ムッジョの運命を告げるかのようだ!「竜よ!竜よ!死だ!滅びだ!崩壊だ!」ラヴェジャーがサスマタを構えドラゴン・ニンジャへ突撃! 

「キエーッ!」ドラゴン・ニンジャは凄まじいカラテシャウトともにスリケンを投げ放った!その狙いはラヴェジャーか?クラーケンか?否!巨大吊り鐘の錆びた動作機構部!スリケンは僅か数ミリの隙間に楔めいて突き刺さり不安定状態を作る!タツジン!オート突き棒は異常に気付かず無慈悲に強打! 

 DOOOOM!鐘が傾き機構部が崩壊!触手を潰しながらラボへ落下!「ウワーッ!」拘束を脱し放り投げられるエーリアス!DOOOOOM!鐘は偶然にもジゴクの轟雷めいた音を立てクラーケン本体へ転がってゆく!「アブナイ!」執事は直感的にフブキの危険を悟り駆け戻る!「ンアーッ!」悲鳴! 

「イヤーッ!」ユカノはエーリアスを抱き留めると、稲妻めいてメインラボから脱出を果たす!「おお!おお!」一方のラヴェジャーは、転がる大鐘の下敷きになりクラーケンとともに無惨な半身ネギトロと化したフブキ女史を発見!ALAS!彼女は人形めいたぽかんとした顔で、天井を見つめていた! 

「フブキ=サン…そんな…!INWが……ほ、崩壊する!」ラヴェジャーは頭を抱えてへたりこみ、憎々しげに大鐘を睨んだ。飼育セルに激突し辛うじて停止したそれは皮肉にも、平安時代に邪悪なアンデッドを滅ぼしたとされるブディズムの伝説的聖人、聖徳太子の装飾物が誇らしげに上を向いていた。 

「……お前たち……殺せ!殺せ!殺せーッ!地の果てまでも追いつめ、奴らを殺せーッ!神話級ニンジャが何だ!神が何だ!お前たちは神の法をねじまげた怪物だ!殺せーッ!」ラヴェジャーは愛するフブキの喪失に激しいショックを受け、泣き叫びながらサスマタを掲げ、ゾンビーたちに命令を下した! 




 フブキ・ナハタはもう助からない。彼はこの施設内にある生命維持装置の性能を熟知している。ならばせめて安らかに。ラヴェジャーは涙を拭い、サスマタを構え、自らもドラゴン・ニンジャを追跡すべく立ち上がった。そのイクサの中で爆発四散しても構わないという、ハラキリめいた覚悟を決めていた。 

 だが、呼び止める微かな声。「ラヴェジャー=サン……」フブキだ。彼は一瞬躊躇した後、うやうやしく身を屈め、蒼白してなお美しいフブキ女史の耳元に自らの醜い顔を近づけた。シツレイを承知で。「私の脳は、顔は、胸は、無傷かしら」「……おお、フブキ=サン、全てが美的……美しいままですぞ」 

 フブキもそれ以上は問わない。腹から下がどのような有様かは知っているからだ。ラヴェジャーはそこで会話を止め、ツキジ・ダンジョンへ向かおうとした。このままここに留まれば……フブキが何を望むかは容易に予測できたからだ。「リー先生……ケーキを……」女史はラヴェジャーに何事かを告げる。 

「おお、まさか、フブキ=サン!なりませんぞ!ニンジャソウルは呪い!ましてやゾンビーニンジャなど!永劫の呪いです!」ラヴェジャーは涙の粒をぼろぼろと零しながら警告を発した。「何卒、この美しさのままプラスティネーション埋葬を……」「ダメよ……!リー先生!永遠に御側におりますわ!」 

「なりません!」ラヴェジャーがサスマタの柄で床を叩く!だがフブキは最後の力を振り絞り、自らの首元に濃縮ゾンビーエキスを注射!ナムアミダブツ!「ンアーッ!」フブキ女史は痙攣し、生命活動を停止!「ALAS!」ラヴェジャーは胸が張り裂けるような苦悶を味わい、天を仰いで両腕を広げた! 

「お前たち!進め!進めーッ!」ラヴェジャーはゾンビーニンジャたちに怒鳴ると、サスマタを投げ捨て、死せるフブキ・ナハタの上半身を抱え上げた。「アバー……。ウウウウウ……ラメシイ……イタイ……イタイ……」クラーケンの呻き声を後に、ラヴェジャーは逆方向へ駆けた。ナハタ女史のラボへ! 

「ハッ!ハッ!ハッ!」ラヴェジャーはノミめいてラボと回廊を巧みに飛び跳ね、ケーキが乗った荷台とともにまっしぐらにリー先生のラボへ!急がねば!常人に濃縮ゾンビーエキスを注入した場合、その死体は理想的なニンジャソウル強制移動憑依の受け入れ状態となるが、制限時間は限られているのだ! 

「リー先生、お許しください!災厄を招き入れたのはこの私めだったのかもしれません!ですが、どうか今すぐ目覚めてフブキ=サンに処置を!身勝手をお許しください!」ラヴェジャーはラボの床で寝息を立てるリー先生の腕に、秘密の気付け剤を注射する!「アイエエエエエ!?」身を起こすリー先生! 

 リー先生の天才的ニューロンは瞬時にブーストされた!目の前にはフブキの死体、腐ったケーキ、そしてニンジャ生首のホルマリン漬けが!「これは……フブキ=サンからの誕生日プレゼントで御座いました」ラヴェジャーは嗚咽とともにケーキを抉り、中から小型密閉ケースを取り出しリー先生に捧げた! 

 その中に納められていたのは、先程フブキが自らに注射した新型濃縮ゾンビーエキスの組成フォーミュラと、記念すべき第49体目製造のために彼女が構築したプロジェクトメモ!「フブキ君……随分と思い切った事をしたネェー!」リー先生は笑みを浮かべ、血まみれの白衣をなびかせて立ち上がった! 

 リー先生は隔壁を開き、ソウル分離装置があるラボ心臓部へ向かう!「イヒヒーッ!成る程ネェ!フブキ君、確かにそうだ!記念碑的作品に相応しい知性!刺激的なプレゼン!」「おお、リー先生!彼女は蘇るのですか!?いや、駄目です!必ずや悲劇が!いや、しかし!ああ!」嗚咽するラヴェジャー! 

「素晴らしいネェ!フブキ君!君の望みどおりにしてあげよう!イヒヒヒーッ!私の最高傑作だ!取って置きのニンジャソウルをくれてやる!」リー先生は興奮して飛び跳ねながら、フブキの上半身死体を抱えて片方のカプセルへ、そしてニンジャ生首ホルマリン漬けをもう片方のカプセルへと納めた! 

「ラヴェジャー=サン!電力準備!」「ハイ!」ラヴェジャーが飛び跳ね、極めて危険な高電圧ブレーカーを一つ一つ上げてゆく!バチバチバチ!室内にテスラコイルめいた放電現象!「いつもより電力重点だ!限界まで上げろ!ラボが吹き飛んでも構わないーッ!」リー先生が興奮で過呼吸状態に陥る! 

「ハイ!」ラヴェジャーは最後のレバーに手をかけ、一瞬躊躇する!何がフブキの幸福なのか?そして己の身勝手は?……歯を食いしばりながら彼はブレーカーを上げた!UNIX機関システムに直結したジェネレーター群の電力が、全てこの装置に集まってゆく!リー先生の頭髪までもが逆立ち始める! 

「作動!」リー先生はINW装置の動作ボタンを押下する!ギュウイイイーン!生首の入ったカプセルに異音が鳴り響き「アバ……アババババババーッ!」生首が爆発四散!カプセルの内側が血に染まる!そこへツキジ上空を覆っていた黒雲から落雷!「グワーッ!」レバーを抑えるラヴェジャーが感電! 

「ラヴェジャー=サン!何としても電力を保て!」リー先生が寝転がりながらヒステリックに叫ぶ!重いブレーカーレバーは凄まじい力で電力をダウンさせようと下に動く!「イヤーッ!」自らのカラテを限界まで搾り出し、ラヴェジャーはブレーカーレバーを上げ続ける!電気ショックが全身に走る! 

「見たまえ!生首から搾り出されたヨミ・ニンジャのニンジャソウルが、間もなくフブキ君の死体に憑依するぞ!」だがその時!「ウウウウウウ……ラメシイ……!」突如、制御を失ったクラーケンがラボに乱入!自らを苦しめ続けたフブキのカプセルに向かって、巨大肉塊が触手を伸ばし飛び掛かる! 

 バリバリバリ!高圧電流がクラーケンにも襲いかかる!「シュシューッ!」知性無き巨大肉塊は闇雲に暴れ触手を装置に叩き付けた!KBAM!制御系UNIXに連鎖誤作動が発生!KBAM!憑依先として維持されねばならないはずのフブキの死体が爆ぜ、一瞬でカプセル内側が血に染まる!想定外! 

「そ……そんな!フブキ=サン!グワーッ!」絶叫するラヴェジャー!「電力を止めるな!ブレーカーを上げ続けろ!」リー先生は天才的状況判断でカプセル落下ボタンを叩く!「シュシューッ!」クラーケン本体は頭上から降ってきたソウル抽出カプセル内にトラップ!触手を切断される! 

「シュシュシューッ!」KBAM!クラーケンの腐肉塊も爆ぜる!だがこの先どうする!?ゾンビーニンジャからのソウル再憑依は不可能……それどころか憑依先を即座にコンタミ爆発四散せしめる!「リ、リー先生!ど、どうするのです……!」執事が叫ぶ!「うるさいネェー!今考えているのだ!」 

 CABOOM!CABOOOM!UNIXが連鎖爆発を開始!直後、何故リー先生がそのような行動をとったのか……常人たる我々には理解し得ないであろう!彼は狂気的閃きの中で仮説を構築し、ドラゴン・ニンジャから得た稀少なニンジャ水晶オーパーツを触媒としてINW装置にセットしたのだ! 

「グワーッ!」ラヴェジャーは一縷の望みとともに高圧電流レバーを支え続けた!KABOOOM!フブキの納められていたカプセルが爆発!凄まじい煙がラボを覆う!……直後、装置は力を失い、ゼンめいて停止した。感電が止まる。膝をついたラヴェジャーは、煙幕の中にフブキ・ナハタの幻を見た。 

 同じ頃。ドラゴン・ニンジャは再びエーリアスを抱き、ツキジ・ダンジョンを駆けていた。ラボからの激しい追撃、さらに地下迷宮を徘徊している数々のゾンビーニンジャからの攻撃をかい潜る。逃げの一手でカラテゾンビの猛攻を辛くも振り切った直後……二人はただならぬニンジャ存在感を察知する! 

 エーリアスのみならず、ドラゴン・ニンジャさえもが、戦慄に汗を滲ませた。地下全体に冷たい悪意の根が張り巡らされたかのような感覚!何か恐るべき存在が壁などお構い無しで一直線に追いすがってくるような感覚!あるいは魂を凍らせる超自然のブリザードが吹き付け吸い戻されるかのような感覚! 

「ヤバイ、きっとヤバイ、直感で分かる……後ろから……何か…来るのか?」エーリアスは唇を紫色に変色させて体を震わせた。体温が失われてゆく。「後ろを振り返るな」ドラゴン・ニンジャはまず彼女に、次いで何者かに、断固たる口調で言った。「死者よ、それは私のものだ。いずれ返してもらう」 

 ガゴゴゴン……!前方で突如回廊がスライドし、回転し、マグロ冷凍庫が出現して、迷宮が表情を変える……!それは本来このツキジ・ダンジョンに備わった機構であるが、今回ばかりは、何者かが失われしツキジ制御マザーコンピューターを動かし、彼女らの行く手を阻もうとしているかのようだった! 

「ユカノ=サン……ヤバイぜ……どうやって脱出……」「大丈夫、私はドラゴン・ニンジャですよ」ユカノは怯え切ったエーリアスを柔らかな言葉で勇気づけてから、己のニンジャ嗅覚を研ぎ澄ます。フーリンカザン。薬物煙草の吸殻が道しるべとなる。それは江戸時代に失われたリアルニンジャの知恵! 

「イイイヤアアアーッ!」ドラゴン・ニンジャは己のカラテを振り絞り、暗黒地下迷宮を駆け抜けた。エーリアスは超自然の冷気が引き潮めいて遠ざかってゆくのを、そしてドラゴン・ニンジャの体温を感じ、静かに眠りに落ちる。かくして彼女らはヨミ・ニンジャの恐るべきテリトリーから脱したのだ。 

(((リー先生は生き残っただろうか……)))。ドラゴン・ニンジャは懐の黄金星座版の感触を確かめながら、あの希有なモータルの身を案じた。彼ならば、あの水晶オーパーツの科学的動作機構を解明できるかもしれないからだ。そうなれば、未だ謎に包まれしオヒガンへの扉が開かれる日も近い。 

 彼女は己の目的のために動く。彼女はINWの存続を企図していたのだ。だが、あの水晶を一時的にでも託したのは、果たして正しかったのか?答えはいずれ出るだろう。生死を賭けたカラテの中で。あるいはマッポーカリプスの最終戦争の中で!(((今はまず、岡山県へ!そしてキョート城へ!))) 

 中央研究室はしばし、死の静寂に包まれていた。音を放つのはただ、焦げ付きバチバチと爆ぜる大型コイルの残骸のみ。連鎖爆発を生き残ったUNIX群が制御システムの自律回復を行い、立ちこめていた煙が排気されてゆく。「ゲホッ!ゲホーッ!」リー先生は煤まみれで立ち上がり、眼鏡を外した。 

「フブキ……君…?」リー先生はそれを見た。青みがかった灰色の肌になったフブキ・ナハタが、完全に生前の姿で、INW装置の近くで浮遊していた。浮遊……そう、浮遊である!「ネガティブ・カラテの力か!作品ナンバー31番スペクター=サンに酷似!」リー先生はふらふらと歩いて接近する。 

「フ…フブキ=サン…美的!リー先生、これは幻ではなかったのですね!災厄は去った!」ラヴェジャーは歓喜の表情で涙を流した!リー先生が叫ぶ!「イヒヒーッ!素晴らしい!だが問題は知性だ!自我だ!スペクター=サンは残念だった!君は……君はどうなんだ!フブキ君!作品ナンバー49番!」 

 その声を聞き、フブキは我に帰ったかのように周囲を見渡す!輪郭が僅かに揺らぎ、水に溶かされた墨めいて不確かになる。その胸の奥には水晶が浮かび、彼女の肉体とソウルを辛うじて安定化させていた。「アーン!リー先生!いけませんわ!」フブキは自らの全裸に気づき、恥じらうように身をよじる!

 するとどうだ!エーテル体めいた白衣ニンジャ装束が精製され、生前の如く彼女の体を覆ったではないか!「素晴らしい!記念碑的作品だ!」リー先生は両手を広げ甲高い声で笑う!「リー先生!」フブキが空中を滑るように接近!……だが、彼女はリー先生に触れることなく、彼の肉体を通過したのだ。 

「アーッ!」リー先生は無慈悲なるカラテドレインを受け、その場に卒倒!「リ!リー先生!リー先生!?」フブキは困惑する!「おお、おお、何たる悲劇だ!何たる夜だ!」ラヴェジャーは絶望的な眩暈とともにその場に頽れ、ブッダを呪った! 

「ああー、リー先生!確かに永遠に助手を務めたいと、カラテがあればーと、誓いましたわー!」フブキは額を押さえ、苦悩の中で踊るようにラボ内を旋回浮遊する。あたかも吸血鬼の気配を感じた蝋燭の炎が身じろぎするかの如く、彼女の幽体に通過されたUNIXの01画面に不吉なノイズが走った。 

「ああ、この胸の空虚ー!こんな残酷な結末が待って、いるだーなんて!」「おお、おお!その美しい指先が!柔らかな唇が!豊満な胸が触れる事は、もう無いのです!」執事は涙を流しながらリー先生を抱えた。「カラテをー」「呪いを」「授かーるにはー」「何と恐るべき」「「戦慄すべき夜ー!」」 

 破損していたブレーカーが落ち、断末魔めいて火花が散る。照明が完全に死に絶えた。暗闇の中、フォーティーナインがユーレイめいて朧げに発光する。「……リー先生、でももう大丈夫。このツキジに二度と敵は忍び込ませませんわ。私がお守りいたします。先生、永遠にこのダンジョンで一緒に……」 

 次の瞬間、INWラボの制御UNIXに超自然的なノイズが走り、電子制御されていた数十カ所の隔壁ドアやゴシック様式鉄格子が、一斉に閉じた。


 

【ホワット・ア・ホリブル・ナイト・トゥ・ハヴ・ア・カラテ】終


N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)

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ツキジでINWに捕獲され、地下ニンジャソウル実験室に入れられてしまったエーリアス。彼女を助け出し、またリー先生がコレクションしているニンジャオーパーツを手にすべく、ドラゴン・ニンジャは単身INWに向かい、リー先生のインタビューに応じることとなった……。メイン執筆者はフィリップ・N・モーゼズ。

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