ニンジャスレイヤー公式/ダイハードテイルズ
S4第6話【アシッド・シグナル・トランザクション】分割版 #1
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S4第6話【アシッド・シグナル・トランザクション】分割版 #1

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第5話【デストラクティヴ・コード】 ←



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 緑の海には昼も夜もなかった。薄い色の空に静かにとどまる黃金の立方体の輝きが、時間を消した。風は数字の「0」と「1」の可視のノイズを含んで、地衣類じみた緑に覆われたビルの狭間を吹き抜ける。0の発見とはすなわち、古代人が人類以前の名状しがたき神秘にアクセスした瞬間であったのだろうか。

 誰も知らぬ決定的なあの瞬間、凄まじい緑が放射状にネオサイタマを呑み込んだ。巨木が摩天楼の狭間に生え出で、天を衝き、埋め尽くしたと思えば、萎び果て、カラカラに乾きながら散っていった。その破片はアスファルトに辿り着くより早く塵芥となり、0と1になり、消えた。

 地衣類の時代が到来した。磁気嵐が発生し、ネオサイタマを取り囲んだ。ネオサイタマはふたたび電子的孤立状態に陥ったのだ。十年前のあの日のように、煌めく01の風が昼も夜もなく瞬き、ニンジャの幻影が陽炎の如く市街各所で観測され始めていた。キンカクの光が触れる場所には緑が生じ。影にはエメツが析出した。緑と黒だ。

 地衣の下からやがてシダ植物が発生し、蔦が伸び、蛍光色のネオン看板の光が内より透けた。緑のビル群の向こう、マルノウチ・スゴイタカイビルは、どこからも特に目立った。分厚い蔦に何重にも覆われた文明のモニュメントは、既に二倍近い威容と化し、巨大なニンジャ玉座の如き形状をとり始めていた。 

 黄金立方体は静かな自転を続けている。立方体の輪郭は次第に詳らかとなり、継ぎ目からは黄金の光が漏れ始めている。重金属を孕むイカスミめいた黒雲がスゴイタカイビルを中心に渦巻き、黄色味がかかった空との間で、タイダイ染めめいたコントラストを生み出している。光の筋は天使の梯子だ。

 様相を変え続ける植物はときに色とりどりの花を咲かせ、ゴーヤめいた実を結ぶと、やがて薄ピンクの肉色に熟して割れ爆ぜ、速やかに朽ち果て枯れて、また新たな緑の蔦を生み出していった。この奇妙な植物を食する市民もいたが、それは虚無の味がし、いささかの滋養も含まれてはいないように思えた。

 ほとんどの人々は当初、邸内に閉じこもり、恐れた。黃金立方体と01の風は、月破砕前の異常を知る者にとってトラウマじみた事象だった。だが、やがて……彼らはフラフラと、日の下……否……黃金立方体の光の下に彷徨い出た。そして……「イヤーッ!」「イヤーッ!」無心にセイケン・ツキを始めた。

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」駅のロータリーであった筈の場所で、市民がうつろに拳を繰り出し続ける。遠目にそれは蝋人形カラテ・ミュージアムのアクション展示物めいている。数十メートル高い位置、緑塗れのビルの屋上に膝をつき、ザナドゥはそのさまを見下ろし、戦慄した。

 狂った黃金の光の下、ザナドゥ自身はセイケン・ツキ欲求が湧いてこない。ニンジャである彼は既にセイケン・ツキを内包しているとでも言うのか。狂いはしないが、充分すぎるほどに心はざわついている。そして……「チクショウ」……彼は呻いた。なんと荘厳でクールで美しい、絶望的な緑であろうか。

 緑化され沈黙するネオサイタマの眺めには、見る者に問答無用で頭を垂れさせるような力があった。内なるニンジャソウルが平伏しようとしている。自分のグラフィティアートと比べ、スケールも次元も何もかも違う、圧倒的な美しさだった。こんなものが出てきちまったら、俺達のアートには、俺達のしてきた事には、何の意味があったんだ?

「し……知るか……そんな事」ザナドゥは自問自答し、首を横に振った。そして手に持つスプレー缶をシャカシャカと振った。緑の蔦や苔に覆われた場所に、描けるのか? 何を描けば? はなから拒絶されているようだ。そして……「イヤーッ!」どこかから屋上に入ってきた市民がセイケン・ツキをする。

「イヤーッ! イヤーッ!」涎を垂らし、開ききった瞳孔で、中年サラリマンが拳を突き出す。「ちょ……やめろって!」ザナドゥは彼の拳を止め、腕を押さえた。サラリマンは抵抗しなかった。「何故です。セイケン・ツキは運動で、健康にもいい」「そういう話じゃねえだろ」「ああ……美しい光ですね」

 ダメだ。ザナドゥは戦慄とともに彼を解放した。たちまち彼は無表情のまま、セイケン・ツキを再開した。「イヤーッ! イヤーッ!」ザナドゥは身を翻し、屋上から別のビル屋上へ跳躍した。そこでも何人かがセイケン・ツキをしていた。「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 彼らは跳び込んできたザナドゥを一瞥した。そしてまたセイケン・ツキを継続した。意識がある。その上で、彼を無視している。「……!」ザナドゥは屋上に立てられた広告看板パネルの裏側に手をかけ、苔を毟り取った。そこに紫のペイントを行った。身悶えするハンニャの意匠だった。

 ハンニャはザナドゥのジツの力によってホロ化し、看板をはみ出して身を起こし、身体をよじらせる。ザナドゥは指差し、叫んだ。「オイ! アンタら! これ見えンだろ? 見てくれよ!」呼びかける。彼らはザナドゥのグラフィティを見る。セイケン・ツキをしながら。「……」ザナドゥは俯き、目を擦り、キャップを目深に被った。そして去った。「イヤーッ!」

 ビルからビルへ。しばしばサラリマンやオーエルが集団でセイケン・ツキしている。普段ならば、さすがにニンジャの身体能力を目の当たりにした市民は悲鳴をあげたり驚愕したりする。だがそんな反応もなかった。彼らの虚無的な表情は、安息と、そして、絶望が混じり合った、自我のあらわれだった。

(俺よりこの緑が強い)ビル崖から跳び、蔦にしがみつき、体を持ち上げ、また走る。(……そういう事だろう。チクショウ。俺が足りてない。俺のアートが力不足なんだ……!)千々に心乱れた彼の指先が、蔦を掴みそこねた。「グワーッ!」滑落し、苔の上を転がった。

「クッソ……痛てェ……」起き上がり、周囲を見ると、ビルとビルの隙間の闇に、闇より黒い質量の輪郭が見えた。「……エメツ?」ザナドゥはよろめき、それを確かめる為に向かった。実際それはエメツだった。大きい。まるでカネモチの水晶庭園インテリアじみて、エメツは配管の隙間に生えている。

 ……エメツだけではなかった。

 ザナドゥは身を固くし、後退りした。エメツのそばの影がグツグツ煮えていた。薄く光る01のノイズが散り、ゆっくりと身をもたげるのは……顔のない、ニンジャじみたものだった。そのものはグイと背筋を伸ばし、明確にザナドゥをめがけ襲いかかった。「イヤーッ!」「アイエッ……!」ザナドゥは逃走!

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」顔のないニンジャ……いわばフェイスレスは、側転を繰り返しながらザナドゥを追った。「ヤメロ!」ザナドゥはむなしく叫び、駆け足の速度を速めた。「イヤーッ!」蔦と苔まみれのトンネルの側面を走り、区画の境を越えた。KATANA隊員がセイケンしていた。

 フェイスレスは追ってこなかった。KATANA隊員たちと接触があっただろうか。それもわからない。騒ぎは聞こえてこなかった。彼は必死に走った。交差点。信号も働いていない。そして道路のあちこちで、無人の事故車が放置されていた……。

 交差点の中で、市民がうつぶせに倒れていた。すぐそばで、歪んだブレーキ痕を残し、青果トラックが交差点に面した店に衝突し、ショーウインドウを破壊していた。その付近で、当初は略奪にやってきたと思しき不良モヒカンがセイケンしていた。薄暗い店内では仲間とおぼしき別のモヒカンがしゃがみ、呆れたようにそれを眺めていた。

 だが今はそれどころではない。うつ伏せに倒れた市民……嫌な予感がして、ザナドゥは彼女のもとへ駆け寄った。「オイッ!」「……う……」フードパーカーと黒いスカート姿の娘は、ザナドゥの呼びかけにこたえた。息がある。

 フードをずらして出てきた顔に、彼は血の気が引いた。実際それは彼の知る娘……グラフィティ女子高生のヨウナシであった。「オイ、怪我は? 撥ねられたのか!?」ヨウナシはザナドゥの腕の中で薄目を開けた。「お前、ザナドゥ、奇遇……」

 ヨウナシは彼女を抱えるザナドゥをすぐに認知し、その直後に気を失った。湿った感触をおぼえ、ザナドゥはヨウナシの脇腹に触れていた手を見た。赤い血がべったりとついていた。「ヤバい……!」どうしたらいい? 何もわからない……!「と……とにかく病院か何処か……!」

 ザナドゥは身体の負担にならぬやり方を意識しながら、ヨウナシを抱え上げ、そしてしめやかに走り出した。幾つの街区を移動しただろう。何処も同じありさまだった。緑、緑、緑。セイケンする人々。やがて……緑が開けた。タマ・リバーの土手に、彼はたどり着いた。眼下、くすんだ川の水面が出迎えた。

「え?」ザナドゥは異様な感覚に襲われ、一瞬、我を忘れた。土手には屋台が並び、テントが並び、タマ・リバー流域には人の営みが確保されていた。そこに緑の侵食はなかった。「ナンデ」立ち尽くすザナドゥに、近くに居たサラリマンが近づいた。「もっと前に。こっち。進んだほうが良い。こっち来て」

「ア……アッハイ」ザナドゥは言われた通り、前に進んだ。煮凝った空気を破り抜けるような感触。ニンジャ第六感のチリチリした感覚が失せた。「アレ? 足元……」ザナドゥはスニーカーの爪先を見た。コンクリートの灰色を見た時、自然と涙が出た。「緑、入らないほうがいいよ」サラリマンが言った。

 彼はザナドゥの抱えるヨウナシの状態に気づいた。「アレ、その子けっこうヤバいんじゃないの?」「あ、ああそうだよ! クルマに轢かれたんだ!」「そりゃヤバいじゃないの。エート……」サラリマンは手をひさしにして、川べりのテント群を見渡した。「確かナースが何人か集まってたンだよな」

 サラリマンは錯乱の名残りか、ネクタイをハチマキじみて額に巻いていたが、構うべきではない。ザナドゥは彼に頭を下げ、しめやかに斜面を降りて、テント群を目指した。土手には草が生えていたが、「ちゃんとした」草だった。安堵の中で、彼はようやく気づいた。タマ・リバーの水面の上空。オリガミ。

「オリガミ……」赤黒のアブストラクト・オリガミは、実際、ザナドゥがよく知るものだった。それは空中に確固として静止していながら、動き流れ続けているように錯覚された。川べりに誰かが置いたマシーンが吐き出すシャボン玉が、ふわふわと流れていた。


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