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【アクセス・ディナイド・666】#2

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 その日の夜、オノマチ係長とホイスラーは休日で人気のないオフィスに居た。「とはいえ、こちらの入館証を身に着けてください」オノマチはホイスラーにカードを渡した。ホイスラーは頷く。首から下げているロザリオやオマモリ、数珠、アミュレットに、神秘的でない仲間が加わった。

「ああ。これらの品に、節操がないとお考えでしょうねえ」ホイスラーはにっこり微笑んだ。「わかります。しかし、神秘修練者は、究極、人の想いというものが結局は収斂するという観点から、ありがたいもの全てを採用するわけです。この、どれかが効く。あるいは、このどれもが効くのです」

「そういうものなのですね……」「そうです。邪悪を祓うという行為は、古今東西の民族が有しております。ということは、畢竟、何を信じるかではなく、その、信じる力……邪気を祓うという目的意識ですね。意志の力それ自体に、邪悪を攻撃する作用があると考えられるのです」「成る程……」

 彼らは問題の地下2階に到達した。既に防寒着を装着し、準備は万端である。「ホイスラー=サンは独学で神秘修練者に?」「いえ、師匠がおります。オヒガン的存在に抗するすべは、師から学びました。私はニンジャですが、予備知識無しで祟り殺される可能性を試すほど大胆ではありません」

「オヒガン……とは?」「霊的な次元とでもお考えになればよろしい。話せば長くなります。ときにオヒガンは現世と重なり、オヒガン存在が現世の我らに悪を為す場合があります。それがいわゆる、オバケですよ。子供を怖がらせる方便にも使われるアレですな。オバケを倒すには霊的な攻撃手段が必要です」

「一体全体、どうしてオバケなどという生々しいものが、我が社のサーバールームに。社屋は新築ですし……」「はははは。土地は違います。江戸は? 平安時代は? いかなる殺人や怨恨がこの座標に留まっておるか、我らには結局わからんでしょう。そもそも、サーバーというのは霊的なものです」「ええっ!?」

「インターネットとは、要はオヒガンなのです」ホイスラーは言った。「サーバーは電子ネットワークの、いわば、島。道が集まってきます。非常に密度が濃くなる。そういった場には、注意が必要です」「そんな……」隔壁が閉じ、洗浄プロセスが始まった。ホイスラーは機嫌良さげに蒸気に打たれる。

「このような諸知識を一般の方が持たぬのは罪ではありません。ゆえにこそ神秘修練者のビジネスチャンスがあるワケで! はははは! 私もね、暴力ばかりの生業では疲れるなと。特殊分野で楽をして稼ぎたいと考えたのが」「は、はあ」洗浄プロセスが終了し、前後の隔壁が開いた。「……」ホイスラーは真顔になった。

「……ちと、まずいか」彼は呟いた。オノマチは不安になった。「え?」彼らの背後で隔壁が閉じた。ホイスラーは着たばかりの防寒着を引き裂くように脱ぎ捨て、装束姿になった。剥き出しの腕は古傷塗れで、数珠、腕輪、高級時計が幾つも装着されている。「渡したオマモリ、落とさぬように」

「エッ、そ、そんな、大丈夫……ですよね?」「最善を尽くしますよ。プロですからね」ホイスラーは、ややぎこちない笑顔で答えた。「いやあ、寒いですな」「その為の防寒着ですよ……!」「動きにくいんでね。しっかりやらないといけない、この感じは」彼は歩き出した。オノマチは慌てて追う。

 巨大な墓石めいた等間隔配置のサーバー設備がUNIXライトの薄明かりを床に漏らし、唸るような駆動音を鳴らすなか、彼らは懐中電灯を頼りに前進する。「……」ホイスラーが足元を照らした。「アイエッ!」オノマチは悲鳴を口で抑えた。死体だ。「モチモリ=サン……」オノマチは呟いた。

 恐怖に歪んだモチモリの顔には……ナムサン……文字らしき何かを表す傷が、つけられている。オノマチは昨夜の探索時、トモノビ=サンの顔に見た漢字らしきものの正体がこれだと分かった。「ア、ア、アイエエエ!」「静かに! オマモリを握りなさい!」ホイスラーがピシャリと言った。

「ヒーッ! ヒーッス!」オノマチは「強さ」と書かれた布オマモリを握りしめ、深呼吸して、見たこともない文字から目を逸らす。一方、ホイスラーは懐から何かを取り出し、死体にかがみ込んだ。そしてモチモリの顔にそれを乗せた。……イカのスシであった。「イカは白い。白いスシは聖なる力を持つ」

「イカが?」「これでよし。一時的に浄化しました」ホイスラーは立ち上がり、周囲の闇を見た。「既に11人が死んでいるとおっしゃいましたな」「はい」「それらのご遺体はここに放置されているわけですな」「遺憾ながら……」「非常にまずいぞ。敵は想定以上に狡猾です」「何……何ですか!?」「呪いが11個ある!」

「そ、それって!」「死に顔に刻まれた印をご覧になりましたな。死体を呪い、邪力の源とします。そんなものがこの空間内に11個も設置されているとなれば……!」「ア、アイエエエ」「当然、私はイカのスシを11個も持ってきてはいません。出来る限り浄化していくが、敵のフーリンカザンは強い……!」

(シイイイイイイ……)「アイエッ!」オノマチはオマモリを握りしめた。「い、いま、聞こえ……今」「……」ホイスラーは無言で頷き、声と逆方向に促した。「直接対決に臨む前に、出来る限り敵の力を削ぎます。私も死にたくないんでね……」「あの、一時撤退というのはいかがでしょう?」

「オノマチ!」ホイスラーは顔を近づけ、低く凄んだ。「キアイ入れろ」「ア、ア、ア……」「……シツレイ。放置に放置を任せた結果が、現状です。違いますか?」「ハイ……」「私は出来る限りの手を打つ。そう申し上げました。私はプロだ。いま回れ右すれば、敵が今後どうなるか、わからんのです」

「ハイ……!」「そもそも、いま回れ右をすれば、狩られますな。後ろに居ますからなあ。はははは」「……!」「生き延びるべく、浄化を進めましょう。なあに。顧客の命は守ります。退治するにしても、逃げるにしてもね。任せなさい」「た……頼みます……!」ホイスラーはオノマチの背中をドンと叩いた。

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