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【アンダー・ザ・ブラック・サン】

◇総合目次 ◇初めて購読した方へ

この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードは物理書籍未収録です。また第2部のコミカライズが、現在チャンピオンRED誌上で行われています。



1

 四人を乗せた中古のビークルは、降り注ぐ強烈な紫外線と噴き上がる砂塵に挟まれ、苦役の呻きめいた軋み音を時折車体パネルの隙間から発しながら、まっすぐに西へ進んでいた。等間隔で設置されたバイオカンガルー注意の看板にまぎれて、時折破壊されたギターやカカシのたぐいも設置されている。

 暑さによるものか、車のせいか、テープが悪いのか、パンク・ロック音楽の金属的ギター・サウンドもどこか生温く、沈黙する車内に一層の倦怠アトモスフィアを加味していた。痩せた黒髪の女は茨タトゥーの眉をしかめ、苦虫を噛み潰したような表情でハンドルを握りしめている。他の三人は……寝ている。


【アンダー・ザ・ブラック・サン】


 ドッドッドッド……ドドドド。ビークルは道路脇に寄せ、停止した。「アー」運転席のエーリアスは頭を振り、伸びをした。水の入ったボトルに手を伸ばしかけて、躊躇い、しかし結局手にとって、飲んだ。「やめちまえやめちまえやめちまえ……」スピーカーからはがなり立てる歌声。「アイアイ」停止。

 エーリアスは腕のストレッチをしながら、車内の旅の仲間を見渡す。助手席には双子の兄のディプロマット。今はドアガラスに肘をつくようにして船をこいでいる。後部座席には双子の弟のアンバサダー、腕組みして俯き、目を閉じている。その隣にはサングラスと長い黒髪の美女。ドアにもたれ、動かない。

 豊満なバストによって持ち上がったラグランのTシャツと腰履きのジーンズの間で、白い腰と臍がなまめかしい。エーリアスは半開きの口を閉じ、目をそらした。ダッシュボードから地図を取り、遠くに見える標識を確かめる。ゴウウウウ!風を切って、ウキヨエトレーラーがすぐ横を通過する。

 もうしばらく車を走らせれば、岡山県の境界にたどり着く。しばらくとは即ち何時間か?長い運転に疲れたエーリアスにはピンと来ない。「誰も運転できねえんだからな……」目をこすり、呟いた。「そんな事は、ありませんよ」「アイエッ?」エーリアスは振り向いた。「ユカノ=サン。起きたのか?」

「しばらく前から起きていました」ユカノは穏やかに答えた。エーリアスは目をぱちくりさせた。「なら言ってくれよ!いたたまれないじゃないか。俺をかわいそうだとおもってくれよ。運転できないのはいいからさ、せめて話し相手になってくれるとか……」「ごめんなさい。考え事をしていたの。それに」

「それに、何」「私は運転ができます」「エエ?いや、実際それは」「貴方の疲れをもう少し気遣うべきでした。貴方がニンジャとしての鍛錬を経ていないという事を、つい忘れてしまいます」言うなり、ユカノは後部ドアを開けて車外へ出た。「できるの?本当に?」エーリアスはうろたえた。

「いいから」ユカノは運転席のドアを開け、半ば引きずり出すようにエーリアスと交代した。ユカノの髪はよい匂いがした。エーリアスはしおらしく交代に応じ、アンバサダーの隣に座った。「こいつらも大概、熟睡しやがって」エーリアスはアンバサダーの肩を揺すろうとした。「おやめなさい」とユカノ。

「彼らの身にふりかかった試練は過酷なものでした。休ませておあげなさい」「俺だってINWに監禁されてよお」「それはだいぶ時間が経ちましたね」ユカノは言い、オーディオ・プレーヤーを再びオンにした。「やめちまえやめちまえやめちまえ……」ウォルルルル!ユカノはアクセルを踏み込んだ。

 ゴウウ!ウキヨエ・トレーラーが再びビークルの横を通り過ぎた。助手席からベースボールキャップを後ろ前かぶりした屈強な男が顔を出し、腕を振った。シュリンプ・ソーダの缶がビークルのフロントガラスを打った。走り去るトレーラー。屈強な男が卑猥なハンドジェスチャーをする。

 ウォルルルル!「ほっとけよ!ほっとけ」エーリアスがやや慌てて言った。「ああいう奴はもうしょうがない!」「何がですか?」ユカノは言った。「わたしはなんとも思っていません!」ビークルが急発進した。エーリアスは後頭部をソファーにぶつけた。「グワーッ!」双子が目を覚ました。「何だ?」

「ジゴク・ドライブの時間だ!」エーリアスは天井を手で押さえながら、やけくそで答えた。やめちまえやめちまえ……ビークルは急加速、15秒後に、シツレイなウキヨエ・トレーラーを追い抜いた。仰天するトレーラー助手席男に向かってエーリアスはキツネサインを掲げ、窓からボトルを投げつけた。

「車の運転はそう難しくはありません」後ろへ消えていくトレーラーをリアビュー・ミラーで見ながら、ユカノは超然と言った。「そうかよ」とエーリアス。「まあ、しばらく頼むよ」「問題ないか?どのくらい寝ていた?」ディプロマットがシートベルトを確かめた。「俺がナビ係だったのに。すまない」

「休んでよいですよ」ユカノが言った。「エーリアス=サンも」「いや、ばっちり目が覚めた。ダイジョブだ」「県境が近いな」ディプロマットが言った。アンバサダーがニンジャ視力で遠方のドライブイン施設の標識を捉える。「腹が減らないか?」

「水も投げちまったしな」とエーリアス。「このままじゃ、次にナメた奴を見かけたときに反撃できないぜ!」ふふふ、とユカノが笑った。助手席のディプロマットはナビ地図越しにユカノを見る。「地図、逆さだぞ」アンバサダーが言った。ディプロマットは地図に素早く視線を戻した。「嘘を言うな」

 寂れたドライブインの駐車場には色とりどりのウキヨエ・トレーラーが駐車し、建物の前に設置された金網の中にはバイオミーアキャットが飼われ、「さわって遊びます」「餌も食べる」と書かれた看板が設置されていた。「いないぞ?」エーリアスが金網に近づく。「砂の中だろう」とアンバサダー。

「こういうのは砂の中に隠れるんだ」「葉っぱを食べるのか?俺、動物、結構好きなんだ……」「動物はこの先に幾らでもいます。ありふれたものです」ユカノが言い、ドライブイン・レストランの中へ入っていく。双子もそれに続いた。「チェッ」エーリアスは金網を振り返りながら、彼らを追った。

 そう、彼らが目指すのは、岡山県。ユカノの言葉に嘘はない。動物は、いくらでもいる。……モタロ伝説、ミヤモト・マサシ伝説、様々な神話伝承が息づく地である。そして彼らの目的地は、オンセンとヤマブシで知られる岡山の町の更に奥、険しい山間の道を進んだその先の場所であった。

 野趣を強調した木製テーブルが並ぶドライブイン・レストランに客はまばらだ。突っ伏して眠るトレーラー運転者や、猥談に花を咲かせるトレーラー運転者、疲れ果てた旅行者等の間を通り、四人はベンダーで思い思いの食事を注文した。今夜の宿は岡山県内でとる。そう長居もできない。

「ドーゾ」席を探すユカノに、アンバサダーが椅子を引いた。「ありがとう」ユカノはにっこり笑った。ディプロマットは弟にやや遅れた。息を吐いて着席した。双子の視線が交錯した。「俺にはサービスしてくれないのか?」エーリアスが軽口を叩いた。柔らかいソバやカレーライス。旨くはない。

 ユカノは店の奥で相撲を取るバイオパンダの剥製を見やった。「一頭増えたのですね」「……」調理場の奥、寡黙な店主が沈黙で肯定を示す。壁には弓矢や猟銃が飾られている。店主はハンティングが趣味なのだろう。「前に来た時も、ここに寄ったのか?」エーリアスが尋ねた。ユカノは頷いた。

 然り。ユカノはしばらく前に岡山県を訪れている。その折は、ニンジャスレイヤー……フジキド・ケンジとの二人旅であった。二人はミヤモト・マサシの遺跡を訪れ、驚くべきニンジャ修道会との戦闘を経て……そののちドラゴン・ドージョー跡地に至った。ネオサイタマへ移る以前の、始まりの修行地に。

 今回の旅はかつての旅と地続きである。確かめるべき重大な懸念があった。その為に双子のジツを必要としている。双子としても、キョートに留まれば立て続けの攻撃にさらされる恐れがあった。彼らにとっては避難の旅でもある。エーリアスは?彼女は……彼は……ユカノと話し合い、同行に至った。

 エーリアスは、元来、彼女ではない。この痩せた茨眉の女では。エーリアスを見るアンバサダーの表情は複雑である。彼はエーリアスとなる以前の彼女を知っているからだ。かつて彼女の名はイグナイトであった。そこへ、止むに止まれぬ事情によって、別の自我が入り込んだ。互いに望まぬ同居だ。

 彼女の中で、時折かつての自我が蘇り、ごく短時間のあいだ、表にあらわれる。今のところはまだ、そうして保たれている。だが、それがいつまで続くだろう。いずれ彼女本来の自我はエーリアスに溶けてしまうのではないか。他者のニューロンを侵略し、自我を破壊し、肉体を奪取するニンジャの中に。

 エーリアス自身、そんな結末は絶対に避けたかった。彼には彼の肉体があり、彼女には彼女の肉体がある。もとのありようを取り戻さねばならない。その鍵がこの旅の果てに在るのではないか。雲を掴むような話かも知れないが、確信めいた手応えもある。エーリアスは窓の向こう、キョート方角を見る。

 彼らが後にしてきたキョートの上空には、今も変わらず、黒い渦が在り続ける。誰もそれを気に留めはしない。エーリアス以外の誰一人として。エーリアスだけが、その黒い渦を……禍々しいネガティヴ・サンを一個の対象として捉えている。だが、それ以上考えようとすると、思考は乱れ、滑ってしまう。

 ユカノはフジキドとの旅から帰ると、キョート港から国外へ出、世界を放浪した。彼女は様々なものを見聞きし、様々な遺跡を訪れた。旅の中で彼女の懸念は徐々にはっきりした形をとっていった。だが、フジキドにそれを伝えるには、まだ早い。漠然としすぎている。今の彼には、今のイクサがある……。

「おう見ろよ」「おう!おう!おう!」彼らのふとした物思いを破ったのは、屈強な二人連れのトレーラー・ドライバーの入店であった。「さっきは楽しいことしてくれやがったじゃねえか、オイ!」「飯なんか食ってやがる!」「ヒヒッ、仲良くダブル・デート重点してやがる!」「うらなり野郎!」

 ナムサン!先程、一行のビークルにシュリンプ・ソーダ缶を投げつけ挑発したドライバーではないか!またこうして居合わせてしまうとは!「スッゾオラー!」「ソマシャッテコラー!」屈強な肉体、まくり上げたTシャツ、肩に「生意気にも悪魔」の漢字タトゥー、拳には盛んな拳闘経験を示すタコ!

「アイエエエ!」近いテーブルの旅行者が恐れた。ドライバーは彼の頭をむんずと掴み、皿のソバに叩きつけた。「アイエエエ!」「ヒューッ!」「奴らジングモ兄弟だ!しょうがねえ奴らだぜ!」「やってやがる!」他のテーブルの同業者が囃し立てた。兄弟は一同を睨んだ。「立てや、ボーイフレンズ」

「ンだとォ……」エーリアスが応じて立ち上がろうとするのを、ユカノは留めた。かぶりを振って、ウインクしてみせた。エーリアスはユカノとジングモ兄弟を、それから双子を見た。エーリアスはユカノに複雑な表情で頷き返した。そして隣に座るディプロマットの腕を揺さぶった。「コワイ」

「何を……これはどういう」「男を見せてください」ユカノはサングラスを外し、請い願うように双子を見た。「助けて」双子は互いを見合った。アンバサダーが今回も早かった。彼がまず椅子を蹴って立ち上がった。「やるのか、うらなり野郎?」ジングモ兄弟の一人が凄んだ。「俺はカラテ12段……」

 30分後!一同は再び走行するビークルの中にいた。「やめちまえやめちまえやめちまえ……」テープが一巡し、再び同じコーラス部分が戻ってきた。「県境を越えた」助手席のエーリアスが運転席のユカノに言った。アンバサダーとディプロマットは後部座席の端と端に離れて座り、窓の外を睨んでいた。

 周囲には徐々に岩と緑が増え始めた。ビークルは自然の中へ……岡山県の領域へ入っていった。「本当だ!いたぞ」エーリアスがガラスにかじりついた。「さっきのバイオミーアキャットだ」「おそらく違う動物でしょうね」ユカノは微笑んだ。「多分、栗鼠の類です」「とにかく動物だよ。すげえな」

 ガイオン市街には神聖な動物として鹿が離されている。牛車の文化もある。だが、自然の中の動物となると、やはり物珍しいのだ。「ちょっと岡山まで入ればゴロゴロ動物がいるもんだな」「ラマもいますよ」とユカノ。「車で到達できるのは町までです。そこからは動物の助けが要ります」

「俺、乗ったこと無いぜ。あたりまえだけど」エーリアスが言った。「アンタらも無いよな?」後部座席の双子を見る。「無いさ」とディプロマット。「私に任せて下さい」ユカノが言った。「我々はいわばドラゴン・ドージョーの領域に向かっています。私は慣れています。記憶は断片的ですが」

 アンバサダーは目を閉じている。エーリアスは嘆息した。先程のドライブインでの乱闘だ。要は、アンバサダーがちと張り切りすぎて、ディプロマットの不興を買ったかたちである。ふざけてけしかけたのはユカノとエーリアスだが、それで兄弟が険悪になるとは、困惑だ。重傷者も無く済んだ。

 ユカノに目配せすると、彼女は無言で小さくかぶりを振り、運転に集中した。エーリアスは地図に目を戻した。あの双子には歳よりずっと思慮深いところ、歳より思いがけず幼いところが同居しているな、とエーリアスは感じた。ともあれ、エーリアスにはそれ以上踏み込んで考えるつもりはない。

 やがてビークルは険しい山岳部へ分け入った。岩肌はカーボンナノチューブのネットで落石から護られ、時折「凶悪な野獣が現れる」と書かれた菱型の道路標識が旅人を威圧した。大胆なスピードと的確な車体コントロールを伴うユカノの運転技術によって、一行は日が暮れるより早く宿に到着した。

 車を降りると、驚くほど気温が低い。ユカノはサングラスを外し、ストールを巻いた。暮色がオンセン由来の白煙と溶け合い、大駐車場の空気の色彩にシンピテキを与えていた。大型のオンセンハウス「マサシの悟り」を、一同は眺めた。「強烈な煙の臭いだ」アンバサダーが言った。「本場のオンセンか」

「本場のオンセンは効能も確かなの」ユカノが言った。「疲れを癒してくれる。予定より早く着きましたが、無理は禁物です。今日はこれで休みましょう」「まるで観光に来たようで、どうも気後れするな」ディプロマットが呟いた。ユカノは微笑した。「日々、楽しみを見出す事は、罪ではありません」

 あの時もこの場所で同様の会話をした。ユカノは思い起こした。弟弟子は遠く東のネオサイタマに在る。現在と繋がりのある記憶というのは、心地良いものだ。とりとめのない物思いにふけりながら、先に立って歩き出したエーリアスの後を追う。前回は大変な出来事の連続だった。今回も同様だろう。

 ドラゴン・ドージョーは、マサシの遺跡の更に奥、ラマですら到達できぬ切り立った崖を越えた先にある。超自然めいた稲妻が頭上の暗雲の中で渦巻き、青銅のドラゴン像が天地を睥睨する地において、チャドーの庵は朽ちること無く残されていた。ユカノとフジキドは庵を掃除し、シュラインを清めた。

 庵のタタミは永い年月を経てなお瑞々しさを内に秘めており、掃き清められると、すぐさま往年の緑を取り戻した。平安時代の何らかのニンジャ・エンチャントメントの産物と思われた。そこで二人は向い合って正座し、チャをかわした。ユカノは語った。兄弟子としてではなく、ドージョーの開祖として。

 ニンジャとは、インストラクションと修行を経、クランの教えを内に宿して運ぶ者。肉親が子へ遺伝子を渡すがごとく、アーチ・ニンジャは人にインストラクションを施し、ニンジャたらしめる。人は過酷な鍛錬と思索を通し、カラテとセイシンテキを鍛える。本来カラテはセイシンテキと不可分なものだ。

 一方で、キンカク・テンプルに生じた何らかの変化が、ニンジャソウルの降下現象を引き起こした。無作為にニンジャソウルによって選ばれた人間は、正規のドージョー・インストラクションを経験することなく、劇的な肉体変化を経て、ニンジャとしての力を身につける。

 ユカノは……ドラゴン・ニンジャは、現在、これを憂慮していた。インストラクションなきニンジャ達が世に溢れ、生じるケオスを。古代ニンジャ社会において、ニンジャは道を修め、非ニンジャはそれを生産活動によって支えた。現代社会の価値観にそぐわぬ制度ではあるが、当時としての秩序があった。

 太古のニンジャは、ニンジャ全盛期である平安時代ともまた違う、ある種孤高の在り方をしていたという。永い時とともにニンジャの在り方は次第に歪み、邪知暴虐の存在を続々と生じ、滅びの種をみずから撒いた。そして江戸戦争に至ったのだ。

 ディセンション・ニンジャの無秩序な増加は、ニンジャ・インストラクションの長期の経年劣化をほんの短期間に圧縮したかのような様相を呈している。再び繰り返されるメイルシュトロームに棹さす事は全くの無益であるかも知れぬ。しかしドラゴン・ニンジャは、せめて彼女なりに抗いたいと考えた。

(私はドラゴン・ドージョーを再興したいのです)ドラゴン・ニンジャは……ドラゴン・ユカノは、目の前のニンジャスレイヤーに……フジキド・ケンジに、その思いを伝えた。(記憶もほころび、本来のカラテも失われて久しい私ですが、私はその為に生きたいのです)彼女の頬を涙が伝った。

(ナラク・ニンジャを内に宿しながら、その憎悪と邪悪に呑まれる事のなかった貴方の魂に、ドラゴン・ゲンドーソーは未来を見たのです。……彼の確信のもととなった教えを、開祖たる私自身が蘇らせられぬ体たらく。笑ってください)泣きながら、彼女は笑った。(でも、私もそう思います。フジキド)


2

 ドラゴン・ドージョーをささやかながらも再興し、未来にドラゴン・ニンジャ・クランのインストラクションを遺すこと。受難、記憶の破壊、克服、放浪を経た彼女が見出した、彼女自身の生きる目的であった。(ナラク・ニンジャに呑まれることのなかった貴方のありようを通して、私はそう考えました)

(私はニンジャを殺すものだ)フジキドは言った。ユカノは彼の目をまっすぐ見た。そして静かに問うた。(では私を殺しますか?全てのニンジャを殺しますか)やや長い間を置いた。フジキドはかぶりを振った。ユカノは頷いた。(物事はそう短絡できるものでもありません。あなたも重々わかっている事)

(復讐は成った。そして私は)(あらためて、迷うようになった?考えねばならぬように?)ユカノは瞬きせずフジキドを見つめた。(灰色の在りようが、あなた自身を苦しめてもいる。明快でない思考の拠り所が。ですが、それはそういうものだと……生き続ける限り逃れられぬ問いだと、私は思います)

 フジキドは目を伏せ、無言でチャを飲んだ。(その懊悩を大切になさい)ユカノは言った。(ナラクに呑まれることのなかった貴方ならばこそ、その揺らぎをそうして抱える事ができる。今はそれでよい。そのまま在ればよい)(ユカノ)フジキドがユカノを見た。ユカノは微笑んだ。(すっきりしました)

 チャを交わした二人は、ドージョー全体を念入りに清め、ミソギをした。東西南北に立てられたボンボリの火の間で、ドラゴン・ニンジャはマイを舞った。幾つかのチャドー伝授が行われた。静かな数日だった。二人はその後、キョートの空港で別れた。ユカノは再び海の外へ。フジキドはネオサイタマへ。

 ユカノはフジキドを誘わなかった。ドージョー復興は彼女自身の成すべきことであり、フジキドにはフジキドの人生が、生きる道がある。彼女はそのように考えていた。巡り巡ってフジキドがドージョーに戻るのならば、それもよし。だがそれは無数にある彼自身の選択肢のひとつに過ぎない。

 ドラゴン・ドージョー発祥の地を見出したユカノが再び旅の空に戻ったのは、この折にドージョー内で見出したある品に、ある懸念に基づく。今もユカノは懐にその品を持っている。黒い釘を。何の装飾もない、大ぶりの、黒鉄の釘は、月明かりの下で、何らかのルーンカタカナをあらわす。

 ユカノは過去にこの釘を作成した記憶を持たなかった。長い年月のなかで失われた記憶だろうか。否。彼女の内なる本質がそう告げていた。この釘はドラゴン・ニンジャ・クランに由来せぬ超自然力によって作られ、外部から持ち込まれたものだ。

 彼女は世界を旅した。再び大英博物館を訪れ、ガラスケージのなかで変わり果てたゴダ・ニンジャのミイラにアイサツした。そこに紐付く盗掘ブローカーを辿り、チベット、オーストリア、ブルガリア、アステカ、シエラレオネ。ドージョーにあったものと同様の釘を、彼女は幾つかの箇所で発見した。

 テクノロジー・ケオスの坩堝と化した鎖国日本と比較すれば、世界はドラゴン・ニンジャにとって退屈ですらあった。それでも時には危険な目にも遭った。彼女は彼女自身のカラテでそれを切り抜けた。幾つかの出会い。狂ったフランス人や狐の頭部を持つ男。旅を経て、彼女の懸念は答えに近づいていた。

 帰国した彼女はフジキドの協力者であるナンシー・リーと接触を持った。電子コトダマ空間の知識が必要だった。ドサンコ・ウェイストランドにおいてアンテナが指し示していた物は何だったのか?そしてエーリアス。彼女は黒い渦をキョート上空に見るという。情報の断片は不吉な答えを示唆していた。

 即ち、キョート城!ロード・オブ・ザイバツとともに滅び、消滅罪罰罪罰罪罰とともに滅び、消罪罰罪罰罪罰罪罰もに滅び罪罰罪罰罪罰罪罰ート城はいまだアノヨの狭間にあり、主なきままに罪罰罪罰罪罰きままに存在し続けているのではな罪罰罪罰罪罰ではないか?

 彼女自身が造らせた超自然の砦が、アノヨの狭間において、いまだ主なきままに放置されているとすれば?真実を確かめねば。場合によっては何らかの手を打たねばならない。彼女自身の責任において……!「だれ?」ユカノは振り向いた。ディプロマットは少し狼狽えた。「いや、俺、私はただ、夜風に」

 ユカノはキョート・ヘレニズムを真似たテラスにいる己を見出した。手元のテーブルにはユズ水のグラスがある。氷が溶け、ガラス表面は汗をかいている。しばしの湯冷ましのつもりが、すっかり物思いに沈んでしまった。「ごめんなさいね」ユカノは浴衣をかき合わせた。ディプロマットが目を逸らす。

「邪魔をしたようなので」ディプロマットは屋内へ戻ろうとしたが、ユカノは留めた。「いいえ。共用のスペースですよ。私が長居してしまって」風が吹き、ユカノの長い髪が揺れた。空には星と月。満月である。「もうこんな時間」ユカノは星々を見上げ呟いた。「判るのですか?」「ええ。星の角度で」

「角度ですか」ディプロマットは目を細める。ユカノは頷いた。「22時22分です」「ああ」ディプロマットは携帯端末の時間表示を確認し、息を呑んだ。「これもニンジャのみわざですか」「我らは野山を駆け回り、星明かりの下でハイクを詠んだものです」ユカノは言った。「これで信じますか?」

「信じていますとも」ディプロマットは言った。「あれほどのイクサがあったのですから」「そうね」ユカノはユズ水を飲んだ。「遠い昔のようです。みな、遠い昔のように思えてしまう。でも、キョート城がいまだ在るのだとすれば……いけませんね、ドージョーに至るのはまだ先です。憩いましょう」

「エーリアス=サンは?」「エーリアス=サンですか?」ユカノは訊き返した。「部屋の中の……ベランダの個別オンセンです。大浴場は嫌なんですって。奥ゆかしいのね。あなたの弟は?」「どうして訊くんですか」ディプロマットは棘のある答え方になってしまった事に自ら狼狽した。「その……」

「今日は少し様子が違いますね、あなたたち」ユカノは言った。ディプロマットは首を振った。「問題ありません。どうだっていいじゃないですか……必ず、しっかりと送り届けますよ、貴方を」「どうだっていいだと?」第三の声。ユカノとディプロマットはテラスの入り口を見やった。アンバサダーだ。

「何をしようとしてるンだ、お前!」アンバサダーはディプロマットに指を突きつけた。「お前だと」ディプロマットは叫び返す。「シツレイな!」「シツレイ?一分一秒でも先に生まれれば偉いッてやつか?お前の大好きなネンコかよ」「な……」ディプロマットはアンバサダーの物言いに鼻白んだ。

「ユカノ=サン、離れてください、その色ボケ野郎から。危険だ」アンバサダーはユカノに向かって言った。「隙を見て貴方の腰に手を回してきますよ!」「お前、素面で言っているのか?ふざけるなよ」ディプロマットが前に出た。「色ボケ野郎はどっちだ?盛りのついた犬めいて、気を引こうと!」

「犬だと?なら貴様も犬だ!双子だからな。忌々しい!」アンバサダーはディプロマットの肩を押した。ディプロマットは押し返した。「フザケルナ!」「貴方達、」「おい兄さん、ナミダ=サンはどうしたんだよ。ユカノ=サン!こいつにはね、甲斐甲斐しく世話を焼く女がいるんだ。それを、なんだ?」

「邪推だ!」ディプロマットは遮った。「お前は自分がユカノ=サンに下劣な想いを抱いているから、俺の事をそうやって決めつけるだけだ。幼稚なんだ、お前は!」「兄貴づらしやがって。今更思慮深く振舞おうッたって、鼻の下を延ばしたさっきのザマはしっかり見てるんだぞ。ニンジャのみわざ……」

「貴様」ディプロマットは怒りに顔を紅潮させた。アンバサダーはせせら笑った。「アトモスフィアに任せて、ポエットな求愛ハイクでも詠みかねない勢いだったろ。……いや、ダメか」アンバサダーは真顔になる。残忍な一撃の予備動作めいて。「ずっと庵に閉じこもってた奴に、そんな甲斐性は無いか」

 次の瞬間、ディプロマットの拳がアンバサダーの頬に叩き込まれた。アンバサダーはうつ伏せに倒れ込んだ。「俺……」ディプロマットは固めた拳を震わせた。「俺はなァ」起き上がろうとするアンバサダーに掴みかかる!ナムサン!「俺だってなァ!」「兄貴ぶりやがって!俺はいつも……」「畜生ッ!」

 双子は獣じみてテラスの床を転がり、互いを殴りつけた。それはもはやカラテですらない掴み合いだった。罵倒は言葉にならず、怒りの唸りと叫びにかわった。ユカノは顔をしかめ、長い息を吐き、髪をかきあげ、腕組みした。そして言った。「ソコマデ!」

 凛としたユカノの静止が夜気を震わせた。双子は呆気にとられた。それからふたたび睨み合い、殴り合いを再開しようとした。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ユカノはアンバサダーに、ディプロマットに、ケリ・キックを叩き込んだ。双子はそれぞれ別方向に倒れ込んだ。

「正座なさい!」ユカノが苛立たしげに言った。アンバサダーは鼻血を拭って身を起こし、ユカノに何か言おうとした。「正座なさい!」ユカノは繰り返した。彼は逆らわなかった。ディプロマットも言う通りにした。「黙って見ていれば、なんと幼稚な」ユカノは二人の前を行ったり来たりした。

「貴方がたの諍いの原因は何です」ディプロマットとアンバサダーは顔を見合わせた。やがてアンバサダーが言った。「ユカノ=サンに関して、お互い牽制しあうものが」「私のせいだと言いたいのですか」ユカノはアンバサダーを睨んだ。「互いに身勝手に争っておいて、その責任を私に帰するのですか」

「そのようなつもりは決して」ディプロマットが身をよじった。「少なくとも私は」「俺もありません。本当です」アンバサダーがディプロマットを遮った。「……とても不快です」ユカノは言った。「私達は旅の仲間です。お互いを尊重し、目的に向かう。貴方がたは私を個人として尊重していますか?」

 双子は黙った。ユカノは続けた。「それとも私はあなた方を誘惑しましたか?諍いを強いましたか。いつ。どのように。言ってごらんなさい」「そんな事は決して……」「あなた方の間に何らかの鬱屈がある事は理解しました。互いに言い出せずに来たのですか?ですが、そこに私を交えないでください」

 もはや双子は意気消沈し、俯くばかりである。「争い事を好むならば、今ここで決闘なさい。カラテかハイクで決着をつけるがいい。私が立ち合いましょう。そうしますか」双子は互いを見た。「いいえ」「いいえ」「では、これで終わりにしましょう」ユカノは手を叩いた。「立ってよい」

 一同が、倒れたテーブルを直し、テラスから屋内へ戻ると、エーリアスが廊下の壁に寄りかかり、待っていた。「戻ってこねえと思って様子を見に来たら、何やってンだ、アンタ達」「よい経験になりました。明日に備えましょう」ユカノは答えた。エーリアスは双子を見た。双子はバツが悪そうに頷いた。


◆◆◆


 ……翌朝は早い!四人は朝靄の中、出張市の行商人テントをまわって、山岳装備を調達した。ユカノが奇妙な生き物の手綱を引いてきた。ラマだ。ラマは口の端しからよだれを垂らし、クチャクチャと何かを噛んでいる。「すげえな」とエーリアス。ディプロマットは手綱の一つを取り、弟に渡した。

 四人はラマの背にゆられ、朝靄の中を進む。炎天下を車で走り抜けた翌日は、冷えた空気の中、険しい山道だ。過酷な旅程であるが、彼らは皆ニンジャであり、気候の変化には常人よりもよく耐える。移り変わる山間の風景と荘厳なアトモスフィアも癒しとなった。「悪くない旅だ」エーリアスが呟いた。

「よほどの峻厳さを覚悟していたが、これならば」ディプロマットは言った。「晴れて来たな。空も青い」とアンバサダー。ユカノは穏やかに彼らの会話を聞いていた。ものの数十分で、起伏ある地面には徐々に刃じみた石片が混じり出し、青々とした苔類は刺々しい茨の類いに姿を変えた。

 いつしかピクニックじみた会話はなりを潜め、ユカノ以外の三人は、ラマの足元を不安げに見下ろしたり、急に現れる断崖に息を呑んだりするようになった。特殊な蹄鉄をつけたラマは、マキビシと鉄条網のトラップ地帯じみた険しい山道を、耳を振りながら、事もなげに登ってゆく。

 悪魔じみたイラクサの狭間から霞めいて立ち上るブヨの類いにも、彼らは大いに閉口した。さいわい、薬草を含んだ山岳スプレーが覿面に効く。「これでどこまで?」エーリアスが尋ねた。「一時間も経っていませんよ」ユカノは答えた。「ここはまだ人の領域。体力はこの後の登攀の為に温存しましょう」

 実際、ラマの働きは大きかった。ほとんど手綱操作を必要としない程に、よく訓練されている。加えて、乗り手がニンジャであることも関係していようか?平安時代、ニンジャは様々な騎乗用動物を御し、地海空を駆けた。ラマの遺伝子にも、ニンジャ存在に対する畏怖が刻み込まれているのかもしれない。

 やがて空には黒雲が立ち込め、冷たい雨が降り始めた。東から流れてきた雲は重金属成分を含んでいる。この日の四人は昨日のラフな服装とは打って変わり、高山地帯の民族を思わせる意匠と近代的なPVCテックをハイブリッドさせた旅装に身を包んでいた。彼らはフードを被り、陰鬱な雨に備えた。

 もはやエーリアスには、打ちつける雨に負けぬ大声を出してまで「あとどのくらいか」を訊く元気もない。体力はラマの上で温存だ。なにしろ、ゴール地点の先にあるのは花畑ではなく、便利なラマすらついてこれぬ、ニンジャの領域であるのだから。双子はそのやや後方を並んで進み、目配せをかわす。

(ついて来ているか)ディプロマットは弟にテレパスを送った。(よしてくれ)アンバサダーはテレパスを返した。(都会暮らしの俺らには、願ってもないレジャーだろ。兄さんこそ、へばったのか)(……)しばしの沈黙の後に、兄は答えた。(……次はオキナワにしておくか)(違いない)

 既に山道にはイラクサすらなく、ただ土と砂と石片ばかり、遠方の空では稲妻が脅かすように閃いた。そんな中、三人と同様の厚い旅装に身を包んでなお、先導するユカノは超然と美しかった。その佇まいはただ視界の中にあるだけで三人に希望と余裕をもたらし、ともすれば挫けかける心を揺り戻した。

 やがて彼らは断崖の風穴洞で休息をとった。ユカノはニンジャ・ピルを小袋から取り出し、三人に手渡した。「平安時代のニンジャはこうした携行食を日常的に用いていたものです」「多少重荷になっても、スシ・ベントーがよかったんだがな……」エーリアスは不服げに口に含み、目を見張った。美味だ!

 蜂蜜めいた甘さと滋味がエーリアスの身体を慰め、腹の底から心地よい熱が広がっていった。「もっとくれ」「ダメです」ユカノは苦笑した。「それ一粒で昼食には十分なのです。お腹が破裂します。これは比喩ではありませんよ!」「嘘をついてるよな」エーリアスは双子を見た。「やめとくけどさ」

 洞窟の中央に獣除けの香を焚き、彼らはアグラ・メディテーション姿勢を取った。「退屈しのぎにでも聞いてください」目を閉じたまま、ユカノは言った。「ニンジャソウルのディセンションについてです。今回の旅と無縁の問題ではありません。むしろ、非常に密接に関係している」

 まるで呼応するかのように遠雷が轟き、一瞬の光が洞窟を照らした。「ニンジャソウルのいわゆるディセンション現象は、電子戦争をきっかけに激化しました。複数の文献がそれを裏付けています。ディセンションとはなにか。貴方がたをニンジャたらしめたものはなにか。それはキンカク・テンプルです」

「キンカク・テンプルは開闢以来、この世とは別の位置に在り続けました。ニンジャ大戦において我らハトリの軍勢に敗れたカツ・ワンソーは、その魂をキンカク・テンプルに逃しました。我らは敵の大将を真の意味で滅ぼすことはかなわなかった。我々は、徐々にその事実を認めねばなりませんでした」

「平安時代において、我々は澱のような不安を抱えていた。それはカツ・ワンソーの帰還についての懸念です。我々は協議を重ねました。私、即ちドラゴン・ニンジャも、当然その協議の中に居た。あまりにも遠い昔の事です。世界を巡った今でも、その記憶をつぶさに思い出すことはできませんが……」

「キンカク・テンプルはニンジャ・ソウルの保管庫なんだろ?でも、カツ・ワンソー……」エーリアスが口を挟んだ。ユカノは答えた。「もとはカツ・ワンソーのもの……いえ、それすら定かではない。我々には憶測ができるのみです。ともあれ、ニンジャ達がソウルをキンカクに納めたのは、後世の事」

 ユカノは話を戻した。「我々はカツ・ワンソーを滅ぼす……それが不可能ならば、せめて、永くそれをキンカクに封じ、決して現世へ再び降りて来られぬようにする手段を求めました。途方も無いクエストです。任を受け、旅に出たのはヤマト・ニンジャ。ドラゴン・ニンジャと同様、六騎士の一人です」

「ヤマト・ニンジャはかつてナラク・ニンジャを討伐した真の勇者」ナラク、と口に出すユカノの舌はぎこちなかった。「彼はひどく傷つき、人里離れた地に隠れるように暮らしていました。しかし我々は彼を再び見出し……白羽の矢を立てた。争いや権力を好まぬ彼に、全てを押し付けるかのようにして」

「カツ・ワンソーを、キンカクに封じる手段を探せと?」ディプロマットが尋ねた。「いいえ」ユカノは否定した。「我々は永年の研究と占いの結果、その鍵となるであろう超常物の答えを出すに至った」ユカノは言葉を切った。深く息を吸い、吐いた。そして言った。「黄金の林檎です」

「神話じみてきたな」とアンバサダー。だが、おお、今まさにユカノが語っているのは、神話そのものなのだ。三人はあらためて畏怖に打たれる。「目を閉じてください」とユカノ。思わず目を開いた彼らの動きを感じ取り、注意した。アグラ・メディテーションを正しく行い、体力を回復する必要がある。

「ヤマトはそれを発見できたのか?」エーリアスが尋ねた。「定かではない」とユカノ。「ドラゴン・ニンジャは結果を知っている筈です。しかし今の私には古代文献と不完全な記憶を通して不確かな推論を導き出すしか方法がない……確かなのは、それがヤマト・ニンジャの最後の探索行となった事」

「彼が不可解に姿を消したその時には……ハガネ・ニンジャの治世もとうの昔に終わりを告げていた。ヤマトの探索行はあまりに長く、彼自身が報われることはありませんでした。しかしその痕跡を元に、おそらくドラゴン・ニンジャらは、キンカク・テンプルを用いたソウル保管の方法を発見したのです」

「黄金の林檎がカツ・ワンソーの心臓、あるいは致命の毒、そうした類のものであったならば、それはカツ・ワンソーが籠もるキンカク・テンプルに対する何らかの手段であった筈。林檎そのもの、あるいはそれにまつわるものが、キンカク・テンプルの秘密の一端に、ドラゴン・ニンジャらを導いた……」

 雷鳴が轟いた。「江戸戦争の終結とハラキリ・リチュアル。ニンジャ達はキンカク・テンプルにソウルを逃し、時を待った。ドラゴン・ニンジャは何を成そうとしていたのでしょう。恐らくそれは正しく実行されなかった。そうでなくば現代における過剰なディセンション現象の加速は……こんな事は……」

 ユカノの息は荒い。彼女は内なる何かと戦い、苛まれていた。「なあ、個人的な興味で訊くんだが!」エーリアスが遮った。ユカノは我に返った。二者は見つめ合った。ユカノは息を吐き、苦笑した。「私が目を開けてしまいました」「いいんだ」エーリアスは気遣わしげに頷いた。「質問いいか」「ええ」

「アンタにとってドラゴン・ニンジャとは?アンタ自身か?自分自身のように話す時もあるが、その、過去の人間として名を呼ぶ時もある、そういう状態ってのは、その……どっちなのかな。ユカノ=サン。それとも、ドラゴン・ニンジャ=サン……」エーリアスはおずおずと訊いた。ユカノは答えた。

「私は、ユカノです」「……」エーリアスは頷いた。「なんか安心したよ」「そうですか」ユカノは微笑んだ。「誇りあるクランの最後の末裔として、私は使命を果たし、責任を取りたいのです。ドラゴン・ニンジャの記憶と自我は、砕けた鏡のごとく在る。私はそれらの影を繋ぎあわせ、解き明かしたい」

「世界を回ったのも?」「途上です」ユカノは頷いた。「カツ・ワンソーの陣営の者ら。あるいはハトリの騎士。更には、ソガ・ニンジャ以降の歴史。私を語る言葉は語り手の視点に左右され、互いに矛盾が生ずる。堕落と災厄をもたらす龍?あるいは支配者?あるいは英雄?真実とは矛盾の継ぎ接ぎです」

「難儀だな」「難儀です。結局、私自身が史跡を巡り、私なりの答えを見つけるしかありませんね。無数の私の影を拾って」「その結果がユカノ=サンってわけだな」エーリアスはアグラを崩した。ユカノは頷く。「私自身が私を決めます」「それだ」エーリアスは指差した。「俺も俺を決めるんだ」

「そう、決めに行きましょう」ユカノは洞窟の外を見やった。激しい雨は去り、雲の切れ目から光が差し始めた。「ドージョーに何者かの手が入ったと気づいた時、私は不安でした」ユカノは懐に手をやった。「でも、それもまた、私が過去に為した事を掴む機会にできるやも。そう考えるようにします」

「そうだな」「過去の私の行いが現代に齟齬を生んでいるならば、それは正さねばなりません」二人は双子を見た。非常に感受性の強い彼らは、メディテーションを更に深めていた。二人は双子を妨げなかった。彼らはこの深い集中を通して、登攀の為の力を引き出すだろう。

「なんにせよ、俺をキョート城まで運んでくれりゃ、あとはどうにかするさ」エーリアスは呟き、洞窟の出口に立った。「さあ、すっかり晴れた!」


3

 風穴洞からやや上がった地点で、彼らはラマと別れねばならなかった。「帰りもよろしくね」ユカノはラマ一頭一頭の頬を撫で、アイサツしていった。この山道でラマは放たれたまま過ごし、自ら餌を探して、あるじの帰りを待つことができるのだという。

「こっからは?」エーリアスは岩壁を見上げた。「ニンジャ脚力……いや……ニンジャ腕力の出番ッてわけ?」「そういう事になります」ユカノは頷いた。「ハーケンとか、カラビナを使っていくんだよな?経験が無いんだけど……」「詳しいですね。不要です」「ニンジャだから?」「そう」

 ユカノはエーリアスの表情にやや語気を強める。「ニンジャならば岩壁の裂け目に指を掛け、クナイを突き立て、登る事ができるものです。自身の力を信じなさい」「アンタらは?」エーリアスは双子を見た。「クライミングの経験はないが、問題無し」「ザイバツのマスターニンジャだったな、クソッ」

「要はカラテだ」ディプロマットは身体のストレッチを行う。「いつでも行けます」アンバサダーがユカノに頷いた。ユカノはエーリアスに優しく言った。「しっかり助けてあげます。じきに慣れます。ね」「本当か」「遠くに雨雲が」ユカノが遠い空を指し示した。「今しかないですよ」「どうにでもなれ」

 ……60分後!「ハァーッ!ハァーッ!」エーリアスの手が岩棚のふちにかかり、己の細い身体を苦労してリフトアップすると、仰向けに転がり、荒く息を吐いた。「ハァーッ!」「たいしたものだ」先に待っていたアンバサダーが飲料水のボトルを手渡した。それからディプロマット、ユカノが続いて来た。

「天候が心配です」ユカノは近づく黒雲を物憂げに見た。「ペースを上げようぜ」親指を立てたのはエーリアスだ。「調子に乗ってないか。平気か」ディプロマットが訝しんだ。「慣れだ。そして慣れた」「本当だな」「問題ない。大変な事はさっさと終わらせちまおう」「わかりました」ユカノは頷いた。


◆◆◆


 ……30分後!「ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!」エーリアスは抉れた岩壁に指を挿し込み、おぼつかないクナイを足の下に、氷粒を含んだ風の中で耐えていた。「ニンジャの試練……」エーリアスはぼんやりと呟いた。周囲を影めいた存在が登ってゆく。仲間達か?否、それはかつてありし影……。

(エーリアス=サン!)「ハァーッ……ハァーッ……」(エーリアス=サン!)ドラゴン・ドージョーへ至る道は、それ自体がニンジャの試練……サンシタのドージョー破りや野盗の類は近づく事すらかなわず、入門志願者をふるいにかける……試練……「ウワーッ!」「エーリアス=サン!」

 ユカノの叫びが耳に飛び込み、エーリアスは重力の消失を覚えた。一瞬の事だ。エーリアスは命綱と格闘するユカノの苦悶の表情を見上げた。命綱?自分の腰に繋がっている。宙ぶらりんだ!エーリアスは我に返った。「イヤーッ!」クナイを岩壁に突き刺し、身体を保持した。「オーケイだ!オーケイ!」

「支えます、大丈夫」ユカノは苦痛に耐えながら笑ってみせた。「私はドラゴン・ニンジャですよ」エーリアスはなんともいえない感慨に襲われた。岩壁に張り付いた姿勢で数秒。それから気力を奮い立たせ、再び登り始めた。黒雲はいよいよ近づき、神域を侵す者たちを威圧する。

 だが、黒雲よ、控えおれ!汝が阻まんとするは、この地の主、ドラゴン・ニンジャその人なり!風雪は徐々にその勢いを弱め、さらに30分ののち、一行は遂にその頂きを見出したのである!ゴウランガ!彼らは白い霞溜まりの中に神秘的な建造物の輪郭を見出した!ゴウランガ!

 一行はこの偉大な冒険の達成を喜びあい、ドラゴン・ドージョーに向かって駆け出さんばかりだった。だがすぐにエーリアスが、そしてユカノが、表情を曇らせた。彼らは顔を見合わせた。ユカノは頷き、「イヤーッ!」枯れ木めいて並ぶ古代石柱を垂直に駆け上がって、ドージョーの様子に目を凝らした。

 彼らを警戒させたのは、アトモスフィアである……清冽な湧き水に垂らされた重油の一滴めいて、重く濁った存在感を、彼らのニンジャ第六感は感じ取っていた。ユカノは手を翳して目を細める。質実剛健なドラゴン・ドージョーの外壁、鬼瓦、中庭……ナムサン!中庭に複数のテント!異物である!


◆◆◆


 土に突き立てたニンジャ幅広剣に体重をもたせかけ、物憂くボンボリの光の揺らぎを見つめる大柄なニンジャは、伝令のニンジャが駆けてくる物音を先に察していた。「申し上げます!申し上げます!」「そう騒がずともよい」ベオウルフは伝令を睨んだ。「首尾を言え」「スパルトイ=サン、帰還!」

「小僧がか?他の連中はどうした」ベオウルフは大儀そうに立ち上がり、天蓋を出た。ドージョーの白砂を蹴立てて歩く偉丈夫に、伝令は追いすがった。「プリースト=サン、マーチヘア=サンは……その……帰還せず!スパルトイ=サンも負傷をしており……」「霊薬のストックは?まだあるだろう」

「アッハイ……」伝令は言葉を濁した。霊薬は奇怪きわまる半獣のニンジャの背より生ずる。ディムライトは胸の悪くなるような生き物であり、ゆえに、その為だけにテントがひとつ、用意されている。しかし文句を言うものは誰もいない。ディムライトの生やすキノコの霊薬はキャンプの生命線だ。

 ドラゴン・ドージョーに設置されたこの拠点の居住性は決して良くはない。では、彼らの帰るべき地はどうか。……比較は難しい。時間の流れと切り離された超常の空間に身をおくことは、決して快いものではないからだ。「運べ!」奴隷が数人、負傷したニンジャを抱え、ディムライトのテントに向かう。

「オ……オオーッ!オオーッ!畜生ーッ!」負傷ニンジャが叫び声をあげている。スパルトイだ。ベオウルフは苦笑し、ディムライトのテントにエントリーした。「何にやられた。ドラゴン・オートマトンか?」「違うッ!人形にこの俺が、遅れを取るかッ!」辮髪のニンジャはのたうち回りながら答えた。

「うるさくてかなわん」ベオウルフは腕を組み、奴隷医師にあごをしゃくった。「霊薬を処方せよ」「アイ、アイ……しかしこのペースで消費するとですな……」奴隷医師はテント内中央でドゲザめいてうずくまる存在を厭わしげに見た。その背、脊髄沿いに、奇妙に光るキノコが生えている。まばらに。

「俺に意見するか、モータル」「アイエッ!そのようなことは」奴隷医師は震え上がり、ディムライトの背から光るキノコをひとつ、もぎ取った。「アイエエエエエエ!」生き物は獣じみた叫び声を上げた。「アイエエエエエ!」奴隷医師は悲鳴を畏れ、自らも叫んだ。なんたる奇怪な光景か!

 ベオウルフは製薬光景から目をそらし、スパルトイを見下ろした。彼の装束は黄と黒の迷彩模様。師からついにオーカー色を禁じられ、この装束を選びとった。愚かな若僧であるが、師と同様、たしかなカラテの持ち主。そう無駄に休ませるわけにも行かぬ。多少の強行軍は必要悪だ。

 奴隷医師は擂鉢とビーカーを用いて、ディムライトのキノコから霊薬を精製した。光る液体を椀に注ぎ、差し出すと、スパルトイは身を起こし、ひったくるようにして飲み干した。「畜生、畜生……遥かにいい」若いニンジャは唸り、狂おしげに首を振った。「遥かにいいんだよ……」「報告せよ、小僧」

「第四レベル」スパルトイは呟いた。譫言じみた言葉は、時間経過とともに徐々に明晰になってゆく。「第四レベルに降りた先で、俺らは襲われた。プリーストとマーチヘアは役に立たねえ。アンブッシュを喰らって、一発で首無しだ。俺は戦った。どうにか撤退した」「敵は?」「ニンジャのミイラだ」

「フーム」ベオウルフは顎を擦った。その目が油断なく細められた。平安時代の……否、もっと昔のニンジャであるやも知れぬ。ドラゴン・シュラインの護りは、命持たぬゴーレム達に留まらなかった。想定の範囲内だ。むしろシュラインの奥底に眠るものについて……彼らの見通しが裏付けられる結果だ。

「急がねばならんぞ、小僧。立てるか」「当たり前だ。遥かにいい……」スパルトイは跳ね起きた。「ウーッ……俺はナメられっぱなしにする気はねェぞ……俺の恥は師の恥だからな……ニーズヘグ=サンがミイラ野郎に負けたって事になるからよ」「わけのわからん事をほざく奴。すぐに準備せよ」

「アンタも行くのかよ」「当然だ」ドラゴン・ニンジャのシュラインを護る存在となれば、ナズラ・ニンジャか?それともキエン・ニンジャか。伝承だのみの情報であるが……どのみちミイラだ。往時のカラテは残っておるまい。その先に眠るもの、それは九分九厘、探し求めてやまぬ品だ。

 これまでの伝承収集の蓄積が語っている。ドラゴン・ニンジャがシュラインに安置し、側近のニンジャが寝ずに護る品……即ちそれは、ヤマト・ニンジャの槍!ヤリ・オブ・ザ・ハント(YoTH)に他ならない!ベオウルフは遂に、最大のイサオシをその手に掴む機会を得たのだ!

「グリフォン=サン!」スパルトイを伴いテントを出たベオウルフが呼ばわると、最適の位置に跪くニンジャの影があった。「ここに」「小僧が首尾を持ち来たった。第四レベルへの路だ。今から向かう。貴様も来い」「まことに?」「嘘をついておれば小僧はセプクだ」「嘘などつくかよ!正念場だ!」

 彼ら三人は肩を怒らせ、得物を携えて、最奥のモデストな建造物の中へ降りていった。雷が唸り、ポツポツと雨が降り始めた。……ユカノが外壁を越え、自らのドージョーの敷地内へ忍び込んだのは、彼らの出陣の約1時間後の事であった。

 

◆◆◆

 

「これは……」ユカノは息を呑み、中庭を見渡した。複数の墨色のテントや、炎を発するボンボリ、黒い旗の類いを。結んだ口元が怒りに震える。彼女はしめやかに壁沿いを歩き、ドラゴンの彫像の陰に身を潜めた。その傍に、ディプロマットが跪いた。「他所の者らですね?」「許せません」とユカノ。

「占拠者は即ち……」「確かめる必要がありますね」ユカノは懐の鉄釘に手を当てた。「何者であるかを」「弟とエーリアス=サンは外に待機しています」ディプロマットが言った。「こちらに難があれば、すぐに動く」双子は彼らの間でのみ通ずるテレパシーのジツを有している。

「人の気配」ユカノは目を閉じ、物音を聴き、ニンジャソウルの揺らぎを求めた。やがて目を開いた。「ニンジャも居ます。騒ぎを起こせば、多勢を呼ぶことに……」会話を止め、彼女は彫像の台座の陰に身を沈めた。ディプロマットもそれに倣う。

 やがて、靄の中、歩いて来た者あり。ニンジャである。そぞろ歩きのアトモスフィアだ。このような秘境に侵入者など無いと考えているのだ。物陰から視認したディプロマットは大いに衝撃を受けた。ユカノはディプロマットを見た。ディプロマットは白砂に指で字を書いた。(ギルドのニンジャです)

 ユカノは眉根を寄せた。ザイバツ・シャドーギルドのニンジャが、ドラゴン・ドージョーに?ギルドの残党?(奴はボロコーヴ。かつて、キョート城勤めのニンジャでした)ディプロマットは書き加えた。(カラテはさほどでもなし)キョート城。ザイバツ。ユカノは疑念が今まさに形を成した事を悟る。

「肉は喰いたし……」ボロコーヴは呟き、歩きながら懐からスキットルを取り出し、一口飲んだ。ドラゴンの彫像の真横で足を止めた。ユカノとディプロマットは祈るように縮こまった。「……」ボロコーヴはドラゴンの彫像を見上げた。「ぞっとしないアトモスフィアよ」そしてそのまま歩き去った。

 ニンジャの背が靄の中へ消えると、二者は短く息を吐き、互いを見た。奇襲をかけ、インタビューするのがよかろう。だが、この地の状況把握が完全ではない。ニンジャはあれ一人ではないのだ。飛びつけば別の敵と出くわす可能性がある……。ユカノはディプロマットに合図し、近くのテントへ向かった。

 ディプロマットは墨色のテントに手を触れ、中の気配を感じ取ろうとした。気配無し。二者は中へ滑り込んだ。ディプロマットは出入り口付近に立ち、誰かが入ってくれば即座に攻撃する構えだ。テントの中には机と、広げられた山岳地図、積まれたマキモノがあった。ユカノはそれらをあらためる。

「本格的な探索部隊」ユカノはマキモノのひとつを開いた。見取り図だ。このドラゴン・ドージョーの。「ザイバツ・シャドーギルドの残党が、我が地に流れ着いて棲家とした……そのような事情では無いようです。もとより可能性の一つにも含めていませんが。この者らは明白な目的のもとで訪れている」

「目的とは」「……」ユカノはマキモノをひとつひとつあらためる。「ドラゴン・シュラインの奥」彼女の声は緊迫していた。「ドラゴン・シュライン?」「このドージョーの敷地内にあるシュラインから、山の内側に築かれた墓所へと降りる。入り口は厳重に封印されています」

「そこには何が」「……」ユカノは悔しげに首を振った。「わかりません。ですが、むやみに暴いてよいものではない筈」「封印があるのなら……」「ええ。健在ならば」ユカノは肩をすくめた。「少なくとも以前の来訪時は無事でした。鉄釘を見つけた私は不安を感じ、封印が衰えていない事を確かめた」

 その時である!「確かここに……」呟きながらテントに入り込んで来た者あり!ニンジャではない。ディプロマットは躊躇なく、男の進行方向に両手をかざす。男は超自然の穴をくぐり、「アイエ」消失した。ディプロマットは両手を握り込むと、そこにはもう、なにもない。ポータル・ジツである!

「弟の元へ送りました」ディプロマットが言った。「インタビューさせますが……此奴らの母体がギルドならば、モータルが重大情報を握っているとは考えにくい。おそらく山岳ガイドないし小間使いの奴隷の類い。期待はできません」「そして、ニンジャは今の罠にはかからないでしょうね」「恐らく」

「便利なものですね」「お互い近くに居ますから」ディプロマットは言った。「シュラインを確かめますか?」「……」ユカノは思案し、やがて言った。「最悪の事態を想定しておきましょう。そしてどのみち、今から我々がシュラインに降りたところで、何ができるでもない。この野営地を探るのが先決」

 ユカノは懐から鉄釘を取り出して見せた。既にこの品については一行に説明を済ませてある。世界を周り、数箇所で同様の痕跡を見出す中で、彼女はある程度の推論を立てていたのだ。「これはおそらく転送装置の類いです。この釘と、漢字サークルが必要となる。彼らは再び釘を打ち込んだのでしょう」

 ユカノはマキモノを次々にあらためてゆく。「わざわざこの難所へ戻り、おそらく、再び鉄釘を打ち込んだ……そして大勢を呼び込んだ。たいした執着です。彼らはこの地を始めとして、世界各所に同様の仕掛けを残し、転送のしるべとしている。しかし今は彼らの求める物よりもまず、大本の正体を……」

 ユカノは言葉を切った。「何です?」ディプロマットはテント内の虚空一点を見つめていた。「ランチハンド」彼は呟いた。「奴も生きていたか!」視線の先に、鬼火めいた赤い火が生じていた。火は手脚を生やし……「外へ。急いで!」ディプロマットはユカノの手を掴み、テントの外へ走り出た。

(さっきの奴はやはり詳しくない。要領を得ないんだよ。やはりニンジャを捕まえてこないと……)アンバサダーの声がディプロマットのニューロンに響いた。(兄さん?どうした!)(ランチハンドだ!)ディプロマットは応えた。アンバサダーの緊張が伝わってきた。(見つかったのか)(わからん!)

「GRRRR!」走り出す二人の背後、テントの中から、燃える犬が飛び出し、追って来た。燃える犬、否、火そのものだ。犬の形をとった炎の塊だ!「GRRRR!」「イヤーッ!」ディプロマットは両手を翳した。炎の犬はディプロマットへ真っ直ぐ襲いかかった。そしてポータルに呑み込まれた!

 ユカノはディプロマットと共に庵めがけて駆け出した。かつてフジキドと瞑想した場所だ。「ランチハンドはギルドのマスターニンジャだ。今の魔犬が奴のジツです」「では、見つかった?」「おそらくはまだ!奴は数匹の魔犬を呼び出し、従える。魔犬は嗅ぎなれぬ生命に反応し、ああして現れるのです」

 ディプロマットはブッダに毒づいた。「魔犬の護りまで想定できるわけがない……!」別の魔犬が行く手を遮るように出現した。ポータルは自ら当てに行く事ができないジツだ!「イヤーッ!」ユカノはキリモミ回転跳躍し、生じかかった魔犬に空中回し蹴りを叩き込む!「GRRRR!」炎が爆ぜて散る!

 だが間髪入れず、更なる魔犬が出現!更にやや離れた位置にもう一匹!「何だ?騒がしいぞ」「トラブルか?」テント群の方向から遠い声!ユカノはカラテを構えた。「覚悟を決めるしかありませんね。使役者を仕留めねば」「このジツがわかるのですか」「不完全ながら、記憶があります」

「アイエッ!これは!」魔犬に包囲される二者を、駆けつけたモータルが指差した。「男に、女です!誰か来てください!私に落ち度はありません!急に現れた!誰か!」「黙らぬか!」ディプロマットが叱責した。当然無意味だ!「誰か!」モータルが逃げ去る!「アオオーン!」魔犬が襲いかかる!

「イヤーッ!」ディプロマットが魔犬の横面を殴り、間髪入れずユカノが踵落としでトドメを刺す!「アオオーン!」別の魔犬がディプロマットに背後から襲いかかる!「グワーッ!」ディプロマットの腕に魔犬は燃える顎で喰らいつく!「イヤーッ!」ユカノが魔犬の首を斬り落とす!その手にはサイ!

「GRRRR!」「GRRRR!」更に二匹が虚空より出現!「イヤーッ!」さらに回転ジャンプで靄を越えて推参したのはボロゴーヴ!目を見張る!「何故こんな地にニンジャ……貴様ら……何!?ディプロマット……」「イヤーッ!」ユカノがサイを投擲!「イヤーッ!」ボロゴーヴはブリッジ回避!

「イヤーッ!」「アオオーン!」ユカノが魔犬を蹴り、「イヤーッ!」「アオオーン!」ディプロマットが魔犬を殴りつける!ボロゴーヴは素早くブリッジから復帰し、その勢いを乗せてアイサツした。「ドーモ。ディプロマット=サン。ボロゴーヴです……ナムサン!ドラゴン・ニンジャ=サンだと!?」

「よくご存知ですね」ユカノは冷ややかに見返し、アイサツを返した。「ドーモ。ボロゴーヴ=サン。ドラゴン・ニンジャです」「ドーモ。ディプロマットです」「ザイバツの大敵!いや、しかし……ウヌッ……」ボロゴーヴはカラテを構えて後ずさり、唐突な大量の情報を処理しようと努めた。

「貴様らがこの地に何の用だ?」ボロゴーヴは呻くように問うた。ユカノの目が燃え上がった。「恥知らずにも、よくぞ申した!このドラゴン・ドージョーが誰のものと考えておるか、下郎!」「ヌウウーッ」ボロゴーヴは言葉に詰まった。「何処より参った、ボロゴーヴ=サン」ディプロマットが尋ねた。

「我らは……我ら罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰「何処より参った、ボロゴーヴ=サン」ディプロマットが尋ねた。「我らは……我ら罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰った、ボロゴーヴ……」ユカノがディプロマットの肩を掴んで制し、言葉を継いだ。「キョート城です。貴方がたはキョート城より来た!違いますか!」

 ゴウランガ!虚空より生じた魔犬すらも、今この張りつめた空気をあえて破って襲いかかりはしない!ユカノの眼力がボロゴーヴを貫く!彼女のニンジャ洞察力は気圧されたボロゴーヴの瞳孔収縮から真実を読み取った!「でッ……デアエー!デアエー!」ボロゴーヴは後退しながら叫んだ。「イヤーッ!」

 庵の方向から回転ジャンプで新たなニンジャが推参!ダークイエローの装束を着たニンジャは着地と同時にアイサツした。「ドーモ、ドラゴン・ニンジャ=サン。ディプロマット=サン。ランチハンドです。今の話は聞かせてもらった。イヤーッ!」彼は足元に鞭を数度振るう。新たな魔犬が生じる!

「かつての所有者が誰であるかなど知ったことではない」ランチハンドは吐き捨てるように言った。「我らの探索行を妨害しに参ったか?ご苦労なことだ。ドラゴン・ニンジャよ、無事に帰れると思うなよ……いわば秘宝が一つ増えた。貴様を召し捕って持ち帰れば、あるじは大層お喜びになるであろう」

 ユカノはなおも問おうとしたが、ランチハンドはボロゴーヴのようにはいかなかった。彼は威圧的に鞭を振るい、しもべの魔犬に命じた。「かかれ!」「GRRRRR!」「GRRRRRR!」「アオオーン!」ナムサン!包囲網は今や八匹!それらが一斉に襲いかかったのだ!

 ユカノとディプロマットは炎の犬にカラテで応戦する。「イヤーッ!」「アオオーン!」「イヤーッ!」「アオオオーン!」徐々に苦戦!多勢に無勢か!ランチハンドは腕組みして下がり、ボロゴーヴの傍らに立った。「さて。ここに至る経緯に興味がある」「それは私もだ」ボロゴーヴは答えた。

「奴らに魔犬は倒せぬ。魔犬は生き物ではない。超自然の存在だ。虚しい努力よ……力を削ぎ、消耗しきったところを捕縛し、ベオウルフ=サンに突き合わすとしよう」「異存なしだ」ボロゴーヴは頷き、二者の苦闘を見守る。やがて彼は眉根を寄せた。「しかしディプロマットとは……フム……弟は?」

「イヤーッ!」ユカノは二本目のサイを魔犬に投げつけて殺すと、回転して勢いをつける!「GRRRRR!」いちどきに四匹が飛びかかる!ユカノは回転の中で刃を振り抜いた!「イヤーッ!」「「「「アオオオーッ!」」」」見よ!彼女の抜き放った剣は古のマストダイ・ブレイドだ!魔犬四匹が爆散!

「イヤーッ!イヤーッ!」ランチハンドはすぐさま五匹の魔犬を召喚した。「無駄だ、ドラゴン・ニンジャ=サン!この私が包囲の手を緩めることは決して無いぞ!」ユカノはランチハンドを睨み返す。この数秒があればディプロマットには十分だった。彼は両手を高く翳した。ポータルが口を開けた。

 攻めあぐねていたボロゴーヴは、己の推察が正しかったことを知った。離れた地点で、ディプロマットの弟が……アンバサダーがポータルを繋げたのだ。アンバサダーの側からポータルをくぐって……おお……現れた……内なる炎に明るく光り輝く女が、ユカノとディプロマットの傍らに着地した。

「あれはイグナイト」ランチハンドは訝しんだ。「……ではないのか?しかし、クソッ!来たれ!イヤーッ!」更に五匹の魔犬をあらたに呼び出す!「かかれッ!」「イヤーッ!」ポータルから現れた赤毛の女は両手をひろげ、胸を反らせた。一瞬後、彼女の眼前に巨大な火球が生じ、魔犬を飲み込んだ!


4

「ウム……」ディプロマットは瞬間的な気絶状態から復帰し、熱と炎の中を見渡した。エーリアスの燃える目がディプロマットを見返した。否。エーリアスではない。まばゆく赤い髪の女は両手をぶらぶらと振って、腕先の炎を払い飛ばした。そしてアイサツした。「ヘル・オー。ブレイズです」

 魔犬は爆発に呑まれ、くすぶる炎と化していた。「ドーモ。ランチハンドです。やはりお前はイグナイト=サンだな」「ハ!似たようなもん。気にすンなよ。ランチハンドのおっさん」ブレイズが首を鳴らした。ランチハンドは鞭を鳴らした。「おめおめと生きておったか」「そりゃアタシのセリフでもある」

 ボロゴーヴは火の粉を払い、カラテを構え直した。「ギルドに今再び仇なす貴様ら下郎……」「うッせえ!黙れ」ブレイズはボロゴーヴを気迫で黙らせ、ランチハンドと睨み合った。「おッさん、昔のよしみで命だけは助けてやってもいいぜ」ブレイズの掌に火の輪が生じ、消えた。「縛るけどさ」

「貴様が、この俺を?」ランチハンドは身をそらして笑った。「やれやれだ、全くやれやれだぞイグナイト=サン。しばらく会わんうちに、すっかり己の恥に蓋をして顧みぬ厚顔ぶりに磨きをかけたと見える!」「よかったろ?成長を喜びなよ」「身の程知らずのバカとなって現れた事、素直に喜べんな」

「アタシみたいな前途有望な若者は、三日会わなきゃ別人だ。マサシも言ってる」ブレイズはカラテを構えた。「アタシはイクサの中、ずっと改善を繰り返してきた!インプルーヴド・カトン・ジツだぞ。ジツであり、カラテ!」両肘が赤熱し、熱蒸気を噴いた。「昔のアタシじゃない」

「ブレイズ=サン」ユカノがブレイズを見た。ブレイズは頷いた。「とりあえず、アタシがこいつをやっちまうからさ。こっからのプランは?漢字サークルとかいうのを、どうにかすンだろ?探しといてよ。アタシにとってもメチャクチャ大事なんだ」「わかりました!」ユカノは迷わなかった。身を翻す。

「待てッ!ドラゴン・ニンジャ=サン!」ボロゴーヴはディプロマットとともに走り出したユカノめがけ、回転ジャンプで襲いかかった。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ブレイズのインタラプト飛び蹴りがボロゴーヴの脇腹に叩き込まれた。転がるボロゴーヴを飛び石に、ランチハンドを襲撃!

「イヤーッ!」ランチハンドはブレイズめがけ鞭攻撃を繰り出す。ブレイズは空中で突如加速!背面からのジェット噴射だ!「イヤーッ!」「ヌウーッ!」ランチハンドは咄嗟に両腕をクロスし、ジャンプパンチを防御した。「イヤーッ!」更に回し蹴りだ!「イヤーッ!」ランチハンドはガード!よろめく!

「イヤーッ!」ブレイズが殴りかかる!ランチハンドはカラテ腕さばきでガード!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ブレイズが押す!押してゆく!じりじりと後退するランチハンド!二者のミニマル木人拳応酬の周囲に、ボンボリじみた炎が複数生ずる。ランチハンドのジツだ!

「確かに成長著しいな、イグナイト=サン」「今はブレイズ」「ブレイズ=サン。だが悲しいかな、あまりに直線的なそのカラテ」「イヤーッ!」ブレイズのショートフック!その手首にランチハンドの鞭が巻きついた。素手のカラテからイアイじみて瞬時に繰り出した拘束鞭だ!

「イヤーッ!」ブレイズが逆の手で殴りつけにゆく。ランチハンドは上体をそらして回避!「イヤーッ!」鞭が伸び、余剰の部分がそちらの手首に巻きつく。両手首を八の字拘束だ!「グワーッ!」更に周囲の鬼火が魔犬の形を取り、着地!「さて、お前に避けられるか」ランチハンドは顔を近づけ凄む!

「AAARGH!」ブレイズは吠えた。拘束鞭が赤熱を始める。「イヤーッ!」ランチハンドはバック転で飛び離れる。入れ違いに包囲の魔犬がブレイズめがけ一斉に飛びかかった!「「「アウオオオーン!」」」KRA-TOOOOOOOM!

「ブレイズ=サン!」ユカノとディプロマットが背後の爆発を振り返った。だが、ナムサン!戻る暇などありはしない。爆発を背に、高速前転で追跡してきたボロゴーヴが跳ね、フライング・カラテクロスチョップで襲いかかったのだ!「イヤーッ!」「グワーッ!」ディプロマットが打ち倒される!

「イヤーッ!」更にケリ・キック追撃!「グワーッ!」「イヤーッ!」そしてカイシャク・ストンピング!「イヤーッ!」ディプロマットは横へ転がった。ボロゴーヴはストンピングを留まった。一瞬前までディプロマットがいた位置に危険なポータルが口を開けていた。「策士!腐ってもマスターか!」

「然り。本来わたしは貴様ごときアデプト風情が畏れ多い口をきけるニンジャではないぞ、ボロゴーヴ=サン」ディプロマットがカラテを構えた。「なにが本来か!破門者めが。そもそもギルドはもはやかつてのギルドではない」吐き捨てるボロゴーヴの声には一言で説明し得ぬ複雑な感情がこもっていた。

「ユカノ=サン。目指す場所はわかりますか」「おそらくは」「ならば、見出したのち、我々を呼んでください。必ず駆けつけます。追加の増援が無い事を見ると、少なくとも現時点でこのキャンプに他のニンジャは無し」ディプロマットはボロゴーヴを遮る。「後ほど!」「わかりました!」「貴様!」

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」二者のカラテ応酬を背後に、ユカノは白砂の上を駆け、松の木とドラゴン・ウォーリアー彫像の横を抜けた。第二の塀のアーチ門をくぐった先はゼンめいた枯山水の広場であった。

 水無き人工の湖の向こう岸には懸念のドラゴン・シュラインがある。しかしながら今はそれを詳しくあらためる時間がない。ユカノは最悪の可能性を想定する……ザイバツ・シャドーギルドのキャンプがシュライン攻略を目的としたものならば、場合によっては中から戻った者らと鉢合わせするやもしれぬ。

 KABOOOOM!再び遠くで爆発音がした。ブレイズとランチハンドのイクサが続いているのだ。ユカノは水無き湖に踏み出す。湖の中ほどにある、島を模した隆起に向かう。本来は石の舟を使って渡ることが作法だが、緊急時である。ユカノは胸を痛め、ギルドへの怒りを新たにした。

 隆起に辿り着いたユカノは、前回の来訪時と同様、そこに不穏な漢字サークルを発見した。まっさらにした筈の地面に、再び「綱」の漢字が刺青めいて刻み込まれている!サークルの中心には、ユカノが抜いた筈の鉄釘が、新たに埋め直されている。やはりだ!このポイントは龍脈の通う要所だ。確信犯!

 ユカノは怒りを抑えた。前回と今回とでは状況が違う。彼女はあの後再び世界を巡り、不穏なジツに関する推測と知識を積み重ねてきたのだ。この漢字サークルこそ、アノヨを司る門にほかならない。門の向こうには罪罰罪罰罪罰ョート罪罰の向こう罪罰罪罰罪罰罪罰向こうには、キョート城がある筈!

 ユカノはサークルに近づいた。懐に持参した鉄釘は既にユカノに属している。鉄釘を置き換える事で、門を制するのだ。しかし、ZZZAP……釘はにわかに墨色の電光を放ち、ユカノを攻撃した!「……!」ユカノは歯を食いしばった。以前のユカノの行いを踏まえた何らかの防備だ。「コシャクな!」

 ユカノは漢字サークルから一歩下がった。当然、この程度の妨害に挫ける覚悟でこの地に戻ってきたのではない。彼女は背筋をのばし、両掌をあわせ、深く呼吸した。「スウー……ハァーッ……」チャドー。フーリンカザン。そしてチャドーせよ。この地はもとよりドラゴン・ニンジャの領域!

「スウー……ハァーッ!」ユカノは刮目した。そして垂直に跳躍!「キエーッ!」空中で赤い月めいて回転したドラゴン・ニンジャは、真下の漢字サークルへ……漢字サークルの中心に突き立てられた新たな鉄釘めがけ、稲妻めいた勢いで降下した!天地逆さの彼女が伸ばした手には彼女の鉄釘がある!

 KRAAAAAAASH!落下の勢いを乗せて繰り出された彼女の鉄釘は、新たなザイバツ鉄釘を垂直粉砕破壊!そのまま硬い岩の芯に深々と打ち込まれたのである!(((グワーッ!))) ユカノは超自然の方角で何者かがあげた苦悶の叫びを聴いた。おそらくはこの忌まわしき装置の管理者であろう!

 ユカノは回転ジャンプから着地、もはや拒絶の電撃を放つこともない漢字サークルに向かってザンシンした。……まず第一段階は成った。これでユカノはこの装置を用いることができる。プロトコルを次の段階に進めねばならない。三人と合流せねばならない。

 しかし、おお、ナムサン……そのとき超自然の呻き声を聴いたのは、ユカノ一人ではなかった。時同じくして、枯山水の向こう岸の更に奥、ドラゴン・シュラインの鉄門を内より開き、中から帰還した者たちもまた、ニューロンをどよもした異変の音に眉根を寄せ、互いに目を見交わしたのである。

「聴いたかよ、ベオウルフ=サン。今の、ネクサスの野郎だろ」スパルトイがベオウルフの背に呼びかけた。ベオウルフは頷いた。「軽視できるインシデントではない」「こいつと関係あンのかな?」スパルトイは己が鎖で牽引する台車を忌々しげに振り返った。台車の上のニンジャが身動ぎした。

「チッ」スパルトイはそのニンジャを睨み、舌打ちした。スパルトイは英雄的イクサをこそ好むのであって、台車を引っ張るような苦役は奴隷の仕事と考えているからだ。「何だ?」グリフォンが目の上に手をかざした。彼の視線は枯山水のアンカーに注がれている。「どうした」「ニンジャ」「何だと」

「なにかまずい!」ベオウルフは瞬時に判断し、走りだした。グリフォンもまた疾走を開始した。「オイ!どうしたんだよ!」スパルトイはついてゆこうとしたが、任された台車を再び忌々しげに振り返った。「オイ!どうすりゃいいんだよ!」彼は混乱し、台車を蹴った。「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ……ユカノのニンジャ第六感が、向こう岸から接近してくる敵の存在を報せた。ユカノは走ってくる二人のニンジャを認めた。そしてそのずっと後方、シュラインの近く、黄色と黒の装束を着たニンジャと、その者が牽引する台車の上に拘束された今一人のニンジャ……ピンク色の装束と銀のメンポを見た。

「あれは……?」ユカノは眉根を寄せた。拘束されたニンジャがかすかに首をもたげ、ユカノを見た。二者の視線がかち合った。だが訝しむ間は与えられまい。ユカノはマストダイ・ブレイドを抜いた。接近してくる二人のニンジャの恐るべきカラテの充実を、彼女は見て取った。

やあ。台車に縛られてる俺に気がついた? 俺は宇宙の戦士ザ・ヴァーティゴ。今は神話の時代で激しく冒険したりしている最中なわけだけど、このアーカイヴズにおいては、因果律をふっとばして読者の君に語りかけているぞ(過去の世界の冒険が何なのかって? ニンジャスレイヤーPLUSを購読してほしい。そうすればわかるはずさ)。

つまり、今の俺はここでこうして縛られちまってるってワケ。ドラゴン・シュラインに入り込んできたザイバツ・シャドーギルドのニンジャに殴られちまってさ。後頭部をガツンだ。まあ、色々あって意識朦朧状態の俺が、アンブッシュされちまった。そういう事をされちまうと、俺ぐらい強力なニンジャでもなかなか立ち直れず、場面転換しちまうわけだよ。

TPSのゲームとかでもあるだろ? ラスト・オブ・アスとかさ、扉をくぐると、くぐった先にいるやつが後頭部にガツンしてきて、気絶して、場面転換するよな。アレだ。え、なんで俺がドラゴン・シュラインにいたのかって? そんなの知らないよ! ピンチなんだ! もう説明している時間はない!

「「イヤーッ!」」二人のザイバツ・ニンジャは同時に回転跳躍、一気に間合いを詰めて、マストダイ・ブレイドの攻撃がわずかに届かない地点に着地した。「ドーモ。ベオウルフです」「ドーモ。グリフォンです」ユカノは素早くオジギを返した。「ドーモ。ドラゴン・ニンジャです」

 ウオオーッ!ウオオーッ!

 遥か後方では、台車にくくられたピンクと銀のニンジャがもがいた。鎖の拘束は硬く、抜け出すことかなわず。スパルトイは舌打ちし、再び台車を蹴りつけた。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イサオシが取られちまう!」スパルトイは鎖を肩に掛け、台車を引き始めた。「なんて重い野郎だ。この野郎」

 グワーッ!

 俺は着痩せするタイプなんだ。いちいちうるさい野郎だぜ。

 ユカノは目の前の二人の敵の肩越しに、スパルトイらを見た。ザイバツはドラゴン・シュラインの中で何者かを捕らえたのだろうか?ドラゴン・シュラインを守るドラゴン・ニンジャ・クランのニンジャ達の記憶の断片がユカノのニューロンを行き過ぎる。あの囚われたニンジャは違う。

「三神器に飽き足らず、我がドージョーを土足で踏み荒らす下郎ども」ユカノはベオウルフらと睨み合った。ベオウルフは鼻を鳴らした。「愚かな。今更戻ってきた貴様こそが場違いだ、ドラゴン・ニンジャ=サン。宇宙時代すらも稚気じみた夢。まして貴様ごとき生き腐れはタペストリーの中が似合いぞ」

「怪しからん」ユカノは冷たく言った。「過去に執着し、盗掘まがいの行いを繰り返す者らの口から、さような誹りは滑稽極まる」「殺しますか」グリフォンがベオウルフに確認した。猛禽めいたフルフェイス・メンポの奥で、残忍な眼光が閃いた。ベオウルフはニンジャ大剣を構えた。「命は奪うな」

「フン……努力はしましょう」グリフォンが踏み込んだ。ベオウルフは逆側へ回り込む。ユカノは身を沈め、攻撃の予備動作に入る!「「「イヤーッ!」」」 三者は同時に跳躍!グリフォンは驚くべき空中制動から、均整の取れた非常に美しい蹴りを放った。ユカノは蹴り返し、ベオウルフに斬りつける。

「イヤーッ!」ベオウルフはニンジャ大剣を振り下ろした。恐るべき質量である。ユカノは刃でこれを防ぎ、回転しながら枯山水の湖の上に着地した。ナムサン……いにしえのマストダイ・ブレイドでなくば、得物は折られ、無惨に袈裟懸けの斬撃を受けていたことだろう。

「イヤーッ!」グリフォンは着地と同時に白砂を蹴り、流れるような二段回し蹴りを繰り出す。「イヤーッ!」ユカノはブリッジでこれを回避。延髄を破壊する強烈な蹴りを危うく躱しながら、ベオウルフの足首に斬りつける。「イヤーッ!」ベオウルフは白砂にニンジャ大剣を突き刺し、刃を止める。

 畜生、ユカノ=サン多勢に無勢だぞ。幾らなんでもしのぎきれまい。俺がこんな情けない状態じゃなけりゃ、助けてやってもいいんだが! ウオオーッ! ウオオーッ!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ユカノは左右からの絶え間ない攻撃に防戦に回らざるを得ない。どちらも手練れであった。彼女はもどかしさをおぼえた。ニンジャ大戦のおりのドラゴン・ニンジャは、もっと鋭く、もっと速く、もっと強かった。

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」……「ヘッ……俺がキメてやろうじゃねえか」スパルトイは指をボキボキと鳴らした。「任務なんて知った事かよ。俺も加勢だ。こんな弱そうな野郎、どうせ何もできやしねえ」ピンクのニンジャはガタガタと身体を揺さぶった。

 失敬だぞ、君!

 ネンリキ、ネンリキって君たちは言うが、そんな……こんな縛られた状態でなにができるっていうんだ! 俺は栓抜きとか丸鋸じゃないぞ! ウオオーッ! ウオオーッ!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」……「イヤーッ!」スパルトイは獲物のヘビ・クリスを抜き、ベオウルフらのイクサに加わるべく、走り出した。ピンクのニンジャはガタガタと台車を鳴らし、もがき続けた。

 

◆◆◆

 

「イヤーッ!」アンバサダーはドラゴン・ドージョー敷地内に着地した。「アイエエエエエ!」遠く後方では捕縛されたままのギルド奴隷が泣き叫んだ。構わず走る。ナムサン……眼前に広がるのは、燃え盛るテント群である。彼は舌打ちし、炎の中を駆けた。ほどなく、炎の発生源を見出す。

 陽炎の中で対峙する二人のニンジャ……一方はイグナイト……否、ブレイズ。もう一方はランチハンド、かつてイグナイトを薫陶したマスターニンジャである。「GRRR!」燃え朽ちるテントの中から炎の魔犬が飛び出し、アンバサダーに襲いかかる。「イヤーッ!」アンバサダーはチョップで叩き殺す。

「呑み込めまい。痩せ我慢も度が過ぎれば見苦しいぞ」ランチハンドが嘲笑った。ブレイズは身体の内から光を放ち、胸を掻き毟るようにして耐えていた。「うるせえ!」その赤い髪が逆立ち、揺らめいて、さながら超自然の炎めいた。「平気だし!ちょっと待ってろ!」「断る」ランチハンドが踏み出す。

「蹴りのひとつでもくれてやれば、お前が抑え込んでいる我が熱は、たちまち内側からお前を焦がし尽くす」ランチハンドはブレイズを見下ろした。「反省し、ギルドに戻るか?裁判を受けるぐらいの根回しはしてやってもよい。インストラクションが無駄になるのは多少惜しいからな」「うるせえ!」

 ランチハンドは鼻を鳴らした。「所詮、昔の話だな」そしてカイシャク・ムーブに入った。アンバサダーは追いすがる魔犬に己の背を焼かせるに任せ、無理矢理にそこへ突入した。ランチハンドは振り返った。「イヤーッ!」「イヤーッ!」振り向きざまのチョップをアンバサダーは受けた。「イヤーッ!」

「イヤーッ!」逆の手によるチョップ突きを、ランチハンドは素早くいなした。「来たな。双子の弟」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」打ち合った二者はタタミ2枚分の距離を取り、瞬時にアイサツした。「ドーモ。アンバサダーです」「ドーモ。ランチハンドです」

「ロード亡き後、貴様らは何を」「イクサよ」ランチハンドが笑った。「「イヤーッ!」」二者のカラテが再びぶつかり合う!吠え猛る魔犬がその周囲に一匹、また一匹とあらたに産み落とされ、悪夢めいて駆け巡る。強烈な熱の中、アンバサダーは敵のカラテと周囲の魔犬の介入を警戒せねばならない!

 アンバサダーが仕掛ける!「イヤーッ!」ショートフック!「イヤーッ!」ランチハンドの断頭チョップ!「イヤーッ!」アンバサダーの足払い!「イヤーッ!」ランチハンドの跳び肘打ち!「イヤーッ!」メイアルーアジコンパッソ!「イヤーッ!」メイアルーアジコンパッソ!

「イヤーッ!」メイアルーアジコンパッソ!「イヤーッ!」メイアルーアジコンパッソ!「イヤーッ!」メイアルーアジコンパッソ!「イヤーッ!」メイアルーアジコンパッソ!「イヤーッ!」メイアルーアジコンパッソ!「イヤーッ!」メイアルーアジコンパッソ!ゴウランガ!にわかにカラテ炎熱竜巻!

 ウオオーッ! ウオオーッ! とにかくユカノ=サンを助けるんだ! もたないぞ! 俺を解放しろ! 誰か呼んでこい!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「GRRRRR!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「アウオオーン!」メイアルーアジコンパッソ回転の中へ時折しびれをきらした魔犬が飛び込み、カラテを受けて四散する。すると新たな魔犬が虚空より現れ出でる!

「イヤッ!イヤーッ!」ランチハンドのメイアルーアジコンパッソ!更にその回転力を乗せた回し蹴り、アルマーダ!更にその回転力を乗せた跳び回し蹴り!「イヤーッ!」アルマーダ・マテーロだ!「イヤーッ!」アンバサダーはバック転で怒涛の連続攻撃を回避!着地点の魔犬をカワラ割りで殺す!

「イヤーッ!」そしてシカめいたバックキック!「イヤーッ!」ランチハンドは横に躱し、アンバサダーの蹴り足を掴む。「イヤーッ!」そしてスクリュー回転!「グワーッ!」アンバサダーは水平キリモミ回転しながら白砂に叩きつけられる。「「「GRRRR!」」」三匹の魔犬が襲い掛かる!

「イヤーッ!」アンバサダーはウインドミル回転して白砂を周囲に噴き上げ、垂直跳躍して回避!アンバサダーが空中から見下ろすと、三匹の魔犬は地面に開いた超自然の穴に吸い込まれた。ポータル・ジツだ!「イヤーッ!」その右手にランチハンドの鞭が巻き付いた。「イヤーッ!」「グワーッ!」

 空中へ繰り出したランチハンドの鞭に捉えられたアンバサダーは斜めに振り下ろされ、地面に叩きつけられる。ランチハンドは既に回転ジャンプしていた。回転の勢いを乗せた容赦なきストンピングである!「イヤーッ!」「イヤーッ!」炎の輪がランチハンドの跳躍軌道上に出現!中からブレイズが出現!

「ヌウッ!」ランチハンドが咄嗟のアンブッシュから身を守ろうとする。ブレイズはその襟首を掴むと、歯を剥きだして笑った。「いつまでも伸びてると思ったか!ちょっと待てッつったろ!」「貴様!」「イイイヤアアーッ!」ブレイズの背中が炎を噴いた。空中でランチハンドもろとも風車めいて回転!

「グワーッ!」恐るべき炎熱火炎風車の中でランチハンドが苦痛に吠える!アンバサダーは頭を振って起き上がった。「GRRR!」「GRRR!」次々に襲いかかる魔犬をカラテで打ち倒してゆく。ここで落下地点にポータルを開けばランチハンドを始末できる。だがブレイズを巻き込むことになる。

「イヤーッ!」「グワーッ!」炎の塊は回転しながら落下!まさにこれは火山弾が降り注ぐが如き強力なカトン・アラバマ・オトシとでも名付けられようか!KRAAASH!「グワーッ!」炎が光る風と化し、放射状に拡散した。アンバサダーがカラテ警戒して見守る中、その傍らにブレイズが出現した。

「殺ってない」ブレイズはアンバサダーを見た。それから、カトン・アラバマ・オトシの着地点を指さした。吹きすさぶ光の風が逆回転で収束を始めた。その中心に炎が吸い込まれてゆく。大の字に倒れるランチハンドに。「カトン・ウケミだ。あいつ、絶対起き上がる。死ぬタマじゃない」

 アンバサダーがブレイズを見た。ブレイズは言った。「アタシはバカじゃないぞ」「何?」「あいつといつまでも殴り合ってちゃ、やる事やれねえだろ!兄貴達のとこに行かなきゃだろ」「その通りだ」アンバサダーは頷き、炎を吸い込むランチハンドを一瞥した。そしてブレイズとともに走り出す。

 よし、いい感じか!? 誰かユカノ=サンに加勢できるか? そんで俺を助けてくれるか?

 アンバサダーのニューロンにはボロゴーヴとカラテ応酬するディプロマットの視界が混線する。ボロゴーヴも油断ならぬカラテのワザマエを持つが、ディプロマットが徐々に押している。(俺たちは一緒にいると、どうもダメだ)アンバサダーは密かに考えた。(主体性を互いに押しつけてしまうのか……)

「イヤーッ!」「グワーッ!」ディプロマットのチョップがボロゴーヴの鎖骨に叩き込まれた。「イヤーッ!」「グワーッ!」腹部にローブロー!ボロゴーヴがよろめく。決定打!ディプロマットは断頭チョップを構える。その時である。「アイエエエエ!」弾丸めいた勢いで叫びながらのしかかる影あり!

「な……グワーッ!?」ディプロマットは巨大な質量に抑えこまれ、困惑しながら呻いた。「これは……!」「アイエエエエエ!」「グワーッ!」ディプロマットにむしゃぶりつく影は、不気味に長い軟体じみた首と、濁った目を持っていた。目はヒカリゴケめいて光っていた。そしてメンポをつけている。

「ディムライト!よくぞ来た」ボロゴーヴは後ずさりながら歓喜した。「やってしまえ!そいつは敵だ!ギルドの敵だぞ!」「アイエエエエエ!ギルド!アイエエエエエ!」「ヌウーッ!」「しっかり押さえつけろ!」「アイエエエエエ!」ボロゴーヴはメンポの下で舌なめずりし、首刈りナイフを抜いた。

 ナムアミダブツ……この者の名はディムライト。背骨にそって霊的キノコを生やす、キノコ・ニンジャ・クランのニンジャソウル憑依者の中でも特に極端な発現のかたちをとった存在だ。そしてこの者はディプロマットの知らぬニンジャだ。ギルドには居なかったニンジャである。これは何を意味するのか!

 然り!ギルドは生きている!滅び行く残党の寄せ集めではなく、生きて、組織の血液を循環させ、何らかの目的のもと、版図を拡げつつあるのだ!「アイエエエ!」「グワーッ!」ディムライトの霊的な涎が滴り、ディプロマットの顔の横の砂に染み込んだ。

「押さえておれ!押さえておれよディムライト=サン!」ボロゴーヴが命じた。「この裏切り者を斬首するゆえに、グワーッ!」ボロゴーヴの叫びがディプロマットから遠ざかった。ディプロマットのニューロンにアンバサダーの視界がフラッシュバックした。ジャンプパンチを叩き込んだ瞬間の光景が!

 ディプロマットは不意に重みから解放された。「アイエエエエ……」ディムライトの唸り声が遠ざかった。アンバサダーに襲いかかったのだ!ディプロマットは身を起こし、ぞっとするような霊的キノコをまばらに生やした巨体の背に向かっていった。「イヤーッ!」「アイエエエエ!」

 こちらザ・ヴァーティゴ!ユカノ=サンはグリフォンにヤリめいたサイドキックを当てたが、すかさずスパルトイが側転しながらカバーに入りやがった。有効打が決められないんだ。そりゃそうだぜ。スパルトイのクソ野郎、あの台車蹴り野郎、あの野郎のクソ位階がどうだか知らないが、他の二人は相当だ!
 クソッ、せめて俺が自由なら……俺が自由ならネンリキを使ったり色々して助けに入るってのに……とにかく自由じゃないから助けられない。鎖があるからな。ああッ! ユカノ=サン! ニンジャ大剣が彼女のブリッジ回避をかすめたぞ! ヒヤヒヤさせてくれるなよ! そこへスパルトイ! ヤメローッ! ウオオーッ!

「イヤーッ!」「アイエエエ!」「イヤーッ!」「アイエエエエ!」ディプロマットが今度はディムライトの上からのしかかり、脇腹を殴りつける!殴りつける!「よせ!ディムライトは貴重な存在だ!」ボロゴーヴが訴えた。「それ以上の狼藉は許さん」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 アンバサダーの蹴りがボロゴーヴの顔面を捉えた!彼は地面で受け身を取り、すぐさま手近のブレイズに襲いかかる!首刈りナイフが恐るべき速度でブレイズを狙う!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ブレイズの目が燃える!その肘が火を噴き、燃える拳がボロゴーヴのメンポに叩ここまれた。「グワーッ!」

 ボロゴーヴは火の粉を散らしながら白砂を転がった。「多勢に無勢!許せん奴らだ……ウヌーッ!」「アイエエエエ!」しゃにむに振り回すディムライトの長い腕がブレイズ達を繰り返し襲う。まともに受ければ骨が折れるだろう!ディプロマットはすかさずディムライトをチョークした!「イヤーッ!」

「アバーッ!」ディムライトは狂ったように跳ね回り、ディプロマットを振り落とした。両腕を振り上げ、振り下ろし、地面に叩きつける。ディプロマットは後ろに転がって起き上がると、アンバサダーとブレイズを促した。「こいつらにトドメを刺すのは後でいい。ユカノ=サンが先決」三人は身を翻す!

 来た! こっちだ! 早く! 俺でもユカノ=サンでもどっちでもいい! 助けを!

 ……「イヤーッ!」「ンアーッ!」グリフォンのサイドキックがユカノの肋に命中した。彼女のガードがやや下がる。そこへスパルトイが空中から襲いかかった。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ユカノはクロスガードで耐えた。マストダイ・ブレイドで反撃すれば、続くベオウルフの攻撃に対応できない。

「イイイイヤアーッ!」ベオウルフは二回転ののち、大振りの横斬撃を繰り出す。自然災害じみた圧倒的質量と速度!これは他のニンジャ達の攻撃にかかりきりにさせてこそ得られる隙の大きい攻撃であり、まさにフーリンカザンといえよう!

「「イヤーッ!」」セットプレーじみて、予めこの斬撃を予期していたスパルトイとグリフォンは同時に跳躍退避。だがユカノは避けきれない!「ンアーッ!」赤い装束が斜めに裂け、血が噴き出た。ほんの少し、ほんの少しだけ、切っ先のその端がかすめただけなのだ。それだけで胸元に斜めの裂傷!

 ハヤクシローッ!

 バランスを崩して片膝をつくユカノの背に、後光めいた炎の輪が出現した。「トドメは俺がもらった!イヤーッ!」スパルトイがユカノの肩口にヘビ・クリスを突き刺しにかかった。ユカノが反射的に左手をかざした。ヘビ・クリスがユカノの左掌を貫いた。スパルトイは目を見開く。ユカノの後ろ……。

「グワーッ!」スパルトイはワイヤーで背中を引っ張られたように吹っ飛び、枯山水をバウンドし、ピンクのニンジャが括りつけられた台車に叩きつけられた。「グワーッ!」カトン・テレポートで一気に距離を稼いだブレイズによる決断的アンブッシュだ。グリフォンとベオウルフが一瞬動きを停めた。

 グワーッ!

 ブレイズがグリフォンとベオウルフを睨んだ。それからユカノを見た。「間に合った?ダイジョブか」「ええ」苦痛に青ざめながら、ユカノはにっこり微笑んだ。そして掌のクリスを一息に引きぬいた。「……平気です!」「寄ってたかってやってくれたじゃねえか、お前ら!」

 自由だ! ハハーッ!

「ドーモ。ベオウルフです」「ドーモ。グリフォンです」「ブレイズ」ブレイズはユカノを庇うように立った。向こう見ずとも言える度胸であった。ベオウルフ、グリフォン、どちらもかつてのギルドにおけるマスター位階に匹敵するカラテの持ち主だ。

「双子もすぐ来る」ブレイズはユカノに言った。ユカノは装束を裂き、素早く左手に巻きつけた。「……その後ランチハンドのおっさんも来るけど」「急ぎましょう」「お前は……」ベオウルフが小首を傾げた。ブレイズは留めた。「さっきやったンだ、そういうの。話してやンない。それより、あいつ何」

 そうだ、俺だ! いいぞ。俺はな……イヤーッ!

 ブレイズが顎をしゃくった方向、ピンクと銀の装束を着たニンジャ有り。足元には破砕した台車のパーツが散らばり、スパルトイがのびている。「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャはスパルトイに容赦なきケリ・キックを見舞うと、遠くからアイサツを繰り出した。「ドーモ。ザ・ヴァーティゴです」

 さあ、やってやろうじゃねえか!


5

「ザ・ヴァーティゴ」ユカノは自らの口からもその名を発音し、その立ち姿から記憶の残滓を手繰ろうとした。キョート城、最後の戦いの折、飛び来たった超自然のニンジャ存在がニンジャスレイヤーやユカノ達とロード・オブ・ザイバツ達のイクサに割って入り、シルバーキーを残して去った。その姿……。

 あの時、このニンジャの影は分解しつつある01ノイズのおぼろなかたちにすぎなかったが、彼女のニンジャ第六感は記憶のリンケージを見失いはしなかった。「ドーモ。ドラゴン・ユカノです」彼女はアイサツした。「ベオウルフです」「グリフォンです」「……アー。ブレイズ」

 俺はいわば恩人かもしれない……だが、そのことを鼻にかけることもないナイスガイでもある。そこは強調しておきたい。そして君、エート、あのときはイグナイト=サン、いやいや、シルバーキー=サンというべきか? その両方だな。俺のことを知っているだろう? なんとなくでもわかるだろう。

 ザ・ヴァーティゴはブレイズを指差した。ブレイズは苛立たしげに首を傾げた。「あン?アタシは知らねえぞ……頭痛い」頭を掻いた。「胡乱なニンジャめが」ベオウルフはユカノ達とも、ザ・ヴァーティゴとも渡り合えるよう、ニンジャ大剣を注意深く構えた。グリフォンは身を沈めた。跳躍の予備動作だ。

 覚えてない? 君は寝てた? まあ、シルバーキー=サンの方に聞いてみりゃイイよ。今は名前違うんだっけ?エー……まあ思い出すさ。あの後大変だったろう。多少小耳に挟んではいるんだ。今は多分ドラゴン・レイ・ラインだとか、キョート城だとかの諸要素がキツネ・ウエスギ卿を誘導役にして俺をここに……

「イヤーッ!」ベオウルフは横薙ぎの斬撃を繰り出した。ハヤイ!「イヤーッ!」ブレイズは負傷したユカノを咄嗟に押し、自らも横へ転がってこれを回避した。斬撃を飛び越すようにグリフォンが跳躍した。高い!高高度から流麗にその身を捻りながら、ザ・ヴァーティゴに襲いかかる!

 危ねえ!

「イヤーッ!」ザ・ヴァーティゴはこれに跳躍で応えた。二者は空中で互いに五度の打撃応酬を行った。そののち逆方向に跳び離れた。「イヤーッ!」グリフォンは滑らかな空中回転の中から、羽根めいたスリケンを風のように繰り出した。「イヤーッ!」ザ・ヴァーティゴは片手を前に突き出す。

 羽根スリケンは空中で静止した。グリフォンは眉根を寄せた。一瞬後、彼自身の放ったスリケンが、返し矢めいて襲いかかった!「これは!」「ネンリキ・ジツだ、お友達」ザ・ヴァーティゴはグリフォンを指さし、ノイズがかった声で言った。「ヌウウーッ!」グリフォンは二連続回し蹴りで弾き飛ばす!

「イヤーッ!」既にザ・ヴァーティゴは落下するグリフォンめがけ再跳躍、強烈な飛び蹴りを見舞っていた。「グワーッ!」グリフォンは身体をくの字に折り曲げ、枯山水の中で数度の斬撃を躱すユカノとブレイズの上を通過。滑らかな制動の後、ドラゴン彫像に足の爪を食い込ませて停止した。 「できる」

 決まったぜ……!

「あいつ、味方なのか?」ブレイズがザ・ヴァーティゴを横目に見た。「願わくは」とユカノ。「イヤーッ!」ベオウルフのニンジャ大剣が襲いかかる!「イヤーッ!」ブレイズは前へ飛び出した。地面すれすれに屈んだ彼女の背を、巨大質量がかすめる。ユカノはマストダイ・ブレイドを構える!

「イヤーッ!」ユカノはマストダイ・ブレイドの刀身に肘先を添わせ、もう一方の手で支えて、この恐るべき破壊的斬撃を受けた。ナムサン!タタミ一枚ほども後ろへ押されつつも、ユカノはこれを受け切った。「スゥー……ハァーッ!」深く呼吸!彼女の負傷は決して軽くはない。次は耐えられるか?

「敵か味方か?その質問には、シンプルには答えづらい」ザ・ヴァーティゴは言った。彼は自身のこめかみを指で叩いた。「君のニューロンに、もう一人居るだろ。そいつは俺をよく知ってるはずさ。忘れちまっていたとしても、わかるはず……」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 ザ・ヴァーティゴはスパルトイのトビゲリ・アンブッシュをいなし、次の瞬間には足元の地面に叩きつけ、踏みしめていた。「小僧。さっきみたいにやってみろよ。俺を蹴ってみろよ。できるならな」「グワーッ!クソ野郎ーッ!」「イヤーッ!」その足を再び振り上げ、カイシャクを狙う!

 一方ベオウルフとユカノは刃を挟んで競り合いを開始する。ベオウルフは意外なまでの敵の奮闘に舌を巻き、神話級ニンジャに対する畏怖めいた感情を新たにした。ユカノの額には玉の汗が浮かんだ。刃をくぐったブレイズが、ベオウルフの懐に飛び込んだ。「イヤーッ!」さながら炎の風である!

 チィーッ! ダメか。運のいい小僧だぜ!
「イヤーッ!」俺はスパルトイのカイシャクをあきらめ、再び飛び来たったグリフォンの滑空両手ヴァジュラ攻撃をガードした。ハヤイ! しかも厄介な武器を使う奴だ。侮れんぞ……その瞬間、スパルトイはウインドミル足払いを繰り出してきた。俺はこれを避けられず、転倒! これは俺のウカツではない。

「イヤーッ!」ブレイズはベオウルフの腹部を燃える拳で狙いにいく。「ヌウウーッ!」ベオウルフはユカノと競り合いながら、腹筋を鋼めいてアイソメトリック硬化させ、これを受ける。「イヤッ!イヤーッ!」ブレイズはさらに二段!三段!拳を叩き込む!ベオウルフは耐える!「痒いわ!」

 一方、ザ・ヴァーティゴはスパルトイをカイシャクし損なった。ドラゴン彫像を蹴って驚くべき加速を生み出したグリフォンが、両手に構えたヴァジュラで滑空攻撃を繰り出したのだ。ザ・ヴァーティゴは超自然的なまでの反応速度でこれを察知し、ガードした。それほどまでに速い急襲だった。

「イヤーッ!」次の瞬間、ザ・ヴァーティゴはスパルトイの足払いによって地面に打ち倒された。スパルトイは彼を蹴りつけた。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「そのまま釘付けにせよ!イヤーッ!」グリフォンは垂直跳躍!モズ・ニンジャ・クランじみた落下攻撃か!

 こいつ、もうヤメローッ!

「イヤーッ!」「ンアーッ!」ユカノはついに押し負け、弾き飛ばされた。彼女は空中で身を捻り、スパルトイにマストダイ・ブレイドを投げつけた。一瞬の状況判断だ!「イヤーッ!」「グワーッ!」ベオウルフの頭突きを受け、ブレイズが片膝をつく。ベオウルフの腹部は赤く焦げ、装束は崩れている。

「イヤーッ!」「グワーッ!」次の瞬間、ブレイズは顎先をベオウルフに残忍に蹴り上げられた。ベオウルフは空中のブレイズを胴体から水平真っ二つにすべく、ニンジャ大剣斬撃の予備動作に入った。「イヤーッ!」だが、斜め下から素早い跳躍でブレイズの身をさらったのは新手のニンジャである!

「イヤーッ!」斬撃はブレイズをとらえそこねた。アンバサダーはブレイズとともに白砂の上を転がった。それを守るようにディプロマットが立ちはだかり、カラテを構える。ベオウルフは唸った。「双子!コシャク!」「イヤーッ!」ディプロマットを飛び越え、そこへ襲いかかるはユカノだ!

「うおっ!」スパルトイはマストダイ・ブレイドを慌ててブリッジ回避する。認めたくないが筋のいいやつだ。だが俺にチャンスを与えるには十分すぎるぜ。
「イヤーッ!」「グワーッ!」俺はウインドミル足払いでスパルトイを転倒させた。一瞬だ!勝機は一瞬なんだ。ここからの俺の恐ろしさを見てろ!行くぞ!

「グワーッ!」ベオウルフは斬撃直後の隙をつかれ、ユカノの空中回し蹴りを食らって、白砂を転がった。転がりながら、ベオウルフはニンジャ大剣の柄を二つに割った。なんらかの機構により、大剣の大部分が鞘めいて脱落。その下から小振りの二刀が姿を現した。彼は受け身を取り、二刀流を構える!

「まとめて相手してくれよう」ベオウルフはユカノとディプロマットを睨んだ。二刀あらば、彼は目の前の敵全てに対応することができよう。要は至近距離の敵のみが敵だ。彼は後方で垂直降下するグリフォンを一瞥する。ザ・ヴァーティゴがスパルトイを逆に転ばせ、起き上がった。

「イヤーッ!」ザ・ヴァーティゴはあさっての方向へ片手を突き出す。否、その方向には理由がある。その先には、スパルトイを捉えそこねて飛んでゆくマストダイ・ブレイドがあった。……マストダイ・ブレイドは不可視の力に強く引かれ、一瞬で飛び戻った。ザ・ヴァーティゴはそれを掴んだ。

「イヤーッ!」グリフォンが直上からザ・ヴァーティゴに襲いかかる!ザ・ヴァーティゴの眼光がメンポの隙間でギラついた。「イヤーッ!」彼はマストダイ・ブレイドを掬い上げるように繰り出す!一瞬後、グリフォンが着地!一方のザ・ヴァーティゴは斬撃の勢いのまま、回転しながら上へと跳んだ。

 くるくると回転するザ・ヴァーティゴは、霧めいて散る血の衣を纏っていた。それは……おお、ナムアミダブツ……その血液はグリフォンのものである。グリフォンが膝をつき、手をついた。その胸元から脳天にかけ、ばっくりと裂けた。「サヨナラ!」グリフォンは爆発四散した……!

 ……グリフォンは死んだ。マストダイ・ブレイドのノボリグルマ・キリが、奴の正中線を真っ二つにしたからだ。人生、対立する二集団のどちらに肩入れするか問われる瞬間はおおむね訪れる。引きこもっていようがな。なんにせよ、俺はユカノ=サン達を助けよう。このドージョーは彼女の地なのだ。

「イヤーッ!」スパルトイは死んだグリフォンを一瞥すらせず高く跳び、ザ・ヴァーティゴに食らいつく。ヘビ・クリスを用いた素早いカラテだ。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」空中で斬り合いながら、二者は落下。地上ではユカノとディプロマットがベオウルフと打ち合う。

「この後どう動けば」ディプロマットがベオウルフの左手剣の相手をしながらユカノに言った。ユカノは右手剣を崩そうと近接打を繰り出しながらディプロマットに答えた。「漢字サークルは浮島にあります。既に釘は私のものを打ち終えた。仕上げにはあなた方のジツが必要です。しかし……」

「イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」二刀流となったベオウルフによる伝説の聖徳太子のごとき複数近接攻撃は、ユカノとディプロマットの二者の相手をしてなお、互角以上であった。彼はこうした一対多数のイクサを想定した特殊な訓練を積んで来ているのだ。

「イヤーッ!」「イヤーッ!」俺とスパルトイは着地と同時に互いの得物を再びぶつけ合い、鍔迫り合いの体勢に入る。スパルトイは必死に食らいついて来る。前途有望なニンジャだ。生かしておいたところで二度会うこともないだろうが、この地には他にもニンジャがいる。殺しておくのがよい。

 アンバサダーはブレイズを助け起こした。「う……」彼女はいまだ朦朧としていた。「立てるか」「ユカノ=サンを」ブレイズはベオウルフらの方向を示した。アンバサダーは加勢しようとする。その間に鬼火が一つ二つと生じ、魔犬の姿をとって、分断してしまう。「来やがった」ブレイズが毒づいた。

 俺は鍔迫り合いに負けたと見せて身体を引き、スパルトイのバランスを崩させた。そして当て身を食らわせる。「イヤーッ!」「グワーッ!」スパルトイがよろめく。「イヤーッ!」俺はスパルトイの胸を真横に切り裂いた。「グワーッ!」スパルトイの血が奴の黄色黒色の装束と宙とを染めた。
 浅い。奴め、フェイントにかかったと判断するや、すぐにブリッジ回避に移ろうとしていたのだ。それが奴の命を救った。俺は正直、舌を巻いた。スパルトイは倒れこみ、そのまま後ろへ転がった。追い打ちをかけようとする俺の周囲に超自然の鬼火が生ずる。アカイヌ・ジツの使い手が現れたか。
「イヤッ!イヤーッ!」マストダイ・ブレイドと肘打ちで、俺は魔犬の二匹を叩き殺した。すぐに次の犬が生まれる。スパルトイが叫びながら地面を殴りつけ、起き上がる。タフな奴だ。「イヤーッ!」俺はユカノに向かってマストダイ・ブレイドを投げた。武器が要るだろう。

「イヤーッ!」一瞬後、ランチハンドが炎の軌跡を描きながら、枯山水バトルフィールドに回転ジャンプでエントリーしてきた。「イヤーッ!」ザ・ヴァーティゴはマストダイ・ブレイドを投げた。ユカノに投げ返したのだ。魔犬の一匹を破壊しながら、刃は持ち主の手に戻った。

「これで五分」ユカノはマストダイ・ブレイドを構え、ベオウルフに言った。ベオウルフは嘲笑った。「これは大きく出たものよ」「おまえは無傷ではない」焦げた腹からは幾筋かの煙が立ち上る。「だが、時間切れだな。ドーモ。ランチハンド=サン」「グリフォン=サンは?」「死んだ」「成る程」

「ハァーッ!ハァーッ!敵を俺に近づけるな!よいな!」ランチハンドに続いて枯山水バトルフィールドに現れたのはボロゴーヴである。「否、俺よりも、ディムライトにだ!こいつを無事に戻さねば……」「アイエエエ!」ボロゴーヴの手に握った鎖は、奇怪なディムライトの首輪に繋がっている。

 霊薬キノコか! キノコ・ニンジャ・クラン! 一つ二つ、むしってやろうか?

「ドーモ。ザ・ヴァーティゴです」ザ・ヴァーティゴはスパルトイとのイクサを一瞬止め、新手の者たちにアイサツを繰り出す。ボロゴーヴはビクリとした。「新たな侵入者……」「敵だ!」ベオウルフが言った。「グリフォン=サンを殺った。手練れておるぞ」「アナヤ!」ボロゴーヴが叫んだ。

「とっとと帰還しろ!」ランチハンドが足元に鞭を繰り出し、続々と魔犬を呼び出しながら命じた。「ヨロコンデー!」ボロゴーヴが浮島めがけ走り出す。鎖を荒々しく引くと、ディムライトが喘いだ。「アイエエエ」「エイッ!来るのだ、ディムライト=サン!己の霊薬に責任を持て!」「アイエエエ!」

「帰還と言ったか!」ユカノがベオウルフに斬りかかった。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ベオウルフは打ち返し、逆の手の剣を繰り出す。「貴様が知る必要などなし」「あいにく、貴様らの仕組みに無知ではない」ユカノは不敵な笑いを見せ、ディプロマットとアンバサダーに言った。「浮島へ!」

「イヤーッ!」跳びかかる魔犬をブレイズが滅ぼし、作られた道をアンバサダーが飛び出した。ディプロマットもユカノにベオウルフを任せ、向かった。「なにを……」「もはやそのサークルは貴様らの占有物ではないということ!」ユカノはベオウルフの攻撃を激しい打ち込みで寄せつけない!

「イヤーッ!」「グワーッ!」ザ・ヴァーティゴのヤリめいたサイドキックがスパルトイの腹に刺さった。ザ・ヴァーティゴはボロゴーヴとディムライトに向き直った。「アイエエエ!」「イヤーッ!」ナムサン!ボロゴーヴは意を決し、浮島のサークルへ走り込んだ。「オタッシャデー!0101010」

 ボロゴーヴの身体は即座に01ノイズに分解され、霧散した。01ノイズは彼が掴んでいた鎖を伝った。「アイエエエ!」ディムライトもまた、吸い寄せられるようにサークルの上へ走り込んだ。「アイエエエ01000101101」ディムライトの身体も同様に01ノイズに分解され消滅した!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」ユカノとベオウルフは激しく打ち合う!「何を知っている!ドラゴン・ニンジャ=サン!」ユカノは無視した。彼女は双子に叫んだ。「急いで!今のニンジャは必ず増援を連れて戻る!私が阻止します!今ならあなた方は敵が開いた道を利用できる。ずっと速く繋げられる!」

「チィーッ」ベオウルフは舌打ちした。「なにかまずい!ランチハンド=サン!阻止せよ!」「ヌウウウーッ!」ランチハンドはその命令に応えることができない。両腕を赤熱させたブレイズが向かってきているからだ!「ラウンド2といきたいけどさァ」ブレイズが口の血を拭った。「アタシも限界だ!」

 双子はトランス状態となる!「かかれ!」ランチハンドのこめかみから血が噴き出す。枯山水の魔犬全てが双子に襲いかかる!「イヤーッ!」ブレイズはランチハンドに殴りかかる!「イヤーッ!」ランチハンドの鞭がブレイズに襲いかかる……ブレイズが消失!一瞬後、炎の輪が浮島に生じた!

 ランチハンドは虚をつかれて背後を振り返った。彼女の目的は初めから双子!火の輪から出現したブレイズは、双子を庇い、大きく身を反らせた。「弾き返してやるよ!」「「「GRRRRR!」」」魔犬が跳びかかる!ブレイズは今や、人型の炎と化した!「イイイヤアアーッ!」KRA-TOOOOM!

 ……円形の焦げ跡が浮島を囲むように残り、ブレイズが膝をついた。その髪はもはや黒い。砂に手をついたのはエーリアスである。ランチハンドはそれをもはや無視した。双子はサークルの淵で片手を繋ぎ合わせ、もう一方の手をサークルの中心の釘に翳していた。ランチハンドは彼らの首を刎ねに行った。

 それはさせねえ!

「イヤーッ!」ランチハンドがアンバサダーに……否、カラテ・エキジビションのビール瓶めいて、双子の両方を一撃で殺害する断頭チョップを繰り出す!「イヤーッ!」その手首を掴んで止めたのは……ザ・ヴァーティゴだ!「ヌウーッ!」「それはさせねえ。あいつ知り合いなんだ」エーリアスを見た。

 エーリアスは頭を振って立ち上がった。ベオウルフの攻撃を防ぎながら、ユカノが叫んだ。「エーリアス=サン!」「ダイジョブだ。彼女は無事!」エーリアスが叫び返した。「やっとだ!やっと返してやれる」双子の翳す手の先……常ならぬ二重のポータルが開いた!「時間ねえぞ!」

「ええい!」ベオウルフがユカノに激しく打ち込む!ユカノはここが正念場と耐え続ける!「何をしておるのだと訊いておるのだ!」「多少順序が入れ替わったけれど、もとより我々の覚悟のうえ!」ドラゴン・ニンジャの目が決意に燃えた。それはベオウルフをして、つかのま畏れさせた!

「イヤーッ!」ザ・ヴァーティゴはランチハンドの手首を捻り、風車めいて回転させると、地面に叩きつけた。「グワーッ!」「ザ・ヴァーティゴ=サン!」エーリアスが呼びかけた。ザ・ヴァーティゴは見返した。「俺か?多少なりとも覚えてくれていて嬉しい……」「昔のよしみで、一つ頼むよ」

「いいぜ。昔のよしみ。いい言葉だ」ザ・ヴァーティゴは頷いた。「で、なにを」「三人の後を頼むよ」エーリアスは早口に答えた。二重ポータルが完成しつつあった。「俺もユカノ=サンも、キョート城に飛ぶ為にここへ来た。別れのアイサツもできねえ。こんなグチャグチャな状況になるとは……」

「てめえら……不届き者……畜生……」スパルトイは嘔吐して起き上がった。「いけね」エーリアスは慌てた。「そういうわけだからよ!」「イヤーッ!」ユカノはベオウルフの攻撃を素早く弾き、タタミ一枚分飛び下がった。「下郎!ドラゴン・ニンジャのチャドー奥義、今こそ見せてやろうぞ」

 ユカノは腰を落とした。ベオウルフは油断なく二刀を構える。いかなるカラテがこようと、彼のワザマエがあれば必ず対応できよう。既にドラゴン・ニンジャのカラテ段位は見切っているのだ……。「そのままそうしていてね」ユカノは微笑むと、不意に後方へフリップジャンプした……ポータル方向へ!

 その瞬間、双子はトランス状態を脱した。二重ポータルが完成したのである!「「今だ!」」双子が言った。「アア」エーリアスは二重のポータルに向かって叫びかけ、糸がふつりと切れたように気を失った。二重のポータルに波紋が走った。

 次に、ユカノ。一度、サークル付近の砂に手をつき、身を捻って再跳躍する。双子とユカノは互いを見た。彼らの時間感覚は泥のように鈍化した。エーリアスが言ったとおり、名残を惜しむ時間はない。そして、イクサは終わっていない。

「イヤーッ!」俺はユカノと入れ替わるように、ベオウルフの前に着地した。ベオウルフはかなりやるニンジャだ。ランチハンドもすぐに復帰するだろう。まあとにかく、どうにかしてみよう。

 ユカノとエーリアス……否、シルバーキーは……イクサの只中に三人を残して行かねばならない。ユカノ達とて同じだ。キョート城が無人の廃墟ではないことはもはや明白なのだから。だが、もはや待ったなしだ。

 状況が彼らをそのように導いたならば、それぞれが、それぞれのカラテによって打開せねばならない。彼らはニンジャなのだから。ユカノと双子は精神的に頷き合った。時間感覚が戻った。「イヤーッ!」ユカノはポータルに飛び込んだ。

 すぐに双子はポータルを閉じ、カラテを構え直した。ランチハンドが体勢復帰し、スパルトイと並び立った。ベオウルフはザ・ヴァーティゴと睨み合う。ブレイズ……否……イグナイトが、辛そうに起き上がった。その髪はまだ黒い。だが、彼女はイグナイトだ。「あいつ、行った」イグナイトは呟いた。


6

「「今だ!」」双子が言った。エーリアスは二重のポータルに向かって身を乗り出した。当然、初めての行いだったが、滞りはなかった。他者の精神に潜り込むユメミル・ジツの手順と似ていた。イクサの光景が視界から弾け飛んだ。彼は冷たい砂を踏んだ。ドージョーの白砂ではない。浜辺の砂だった。

 彼は振り返った。浜辺には焚き火があった。その傍らに、赤い髪の女が立つ。お互いを見る。「とっとと行きな」イグナイトは不機嫌そうに呟く。「ああ」シルバーキーは頷いた。「本当に、すまなかった」「バァカ!」イグナイトが砂を蹴った。シルバーキーは手を振った。「絶対また会おう。現実でだ」

「その前に、てめェの心配しろッての」イグナイトは言った。「行き当たりばったりにも程があンだよ」「そう言うなって」シルバーキーは笑った。そして念を押した。「約束だぞ」「わかったから、行けよ!」「オタッシャデ!」シルバーキーは走り出し、浜辺に開いた二重のポータルに飛び込んだ。

 0100101000100010001……01000100100010……010001001000101ーモ0100010010010001ンクィジター010100100010イ0010100010001クィジタ010010010001ジター0101101ンクィジター010

「グワーッ!」シルバーキーは冷たい感覚に呻いた。背中を冷たく長い否定的情報の爪が掠めたのだ。無限に重なり合う0と1のガスめいたノイズで作られたトンネルを飛びながら、シルバーキーは追い来る凶悪な笑いを引き離そうとする。前方に急カーブ。シルバーキーは論理の歯を食いしばり、舵を切る。

 ZANKZANKZANKZANKZANK……トンネルの壁から無数の人型が隆起し、シルバーキーをあざ笑うようにオジギを繰り出す。「ドーモーモーモーモーモ、インクィジターターターターター010111ター01010111」「イヤーッ!」シルバーキーは稲妻めいたトリッキーな軌道を描く!

「オイッ!もうちょっと遊ぶか?」シルバーキーは飛びながら後方を見、追いくる発狂存在を挑発した。人間型のノイズ塊一つ一つが長い手の形を取り、震えながら殺到する。まるでステュクスだ。だがシルバーキーには多少余裕がある。後からユカノが飛んでくる筈。先にこいつらを引きつけてやろう。

 やや後方、強い赤の光が視認できる。来た。ユカノだ。「インクィジターターターターターターターターターター010101110111」「イヤーッ!」シルバーキーはトンネルに車体を擦り付けるボブスレー選手めいて、ノイズ火花を放ちながら加速した。伸び来る手が絡まり合い、牙を剥いた。

 ユカノがシルバーキーとインクィジターの横を高速で行き過ぎる。(((うまく行ってるぞ)))シルバーキーは論理汗を拭った。インクィジター。押し寄せる。前からも……横からも。(((でも、こいつらの事、いつまで相手すりゃいいのかな……)))「ドーモーモーモーモーモー010101」

 (((ヤバイか?)))シルバーキーの脇腹を冷たい感覚が掠め、多少、抉り取っていった。「ヤバイ……グワーッ!」カーブを避けそこね、シルバーキーはバウンドした。01ノイズに拡散する己の論理肉体をあわてて再構成しようとした。「ドーモーモーモーモー」インクィジターが集まる……!

「アブナイ!」その手を掴んだのは、赤く光る論理肉体!ユカノだ!「共に!」「す……すまねえ!」シルバーキーは握り返した。結びついた二者は二重螺旋を描きながら急加速!ZANKZANKZANK……後方ではインクィジターがノイズの壁に衝突し、飛沫を上げる……!「「イヤーッ!」」

 010111101……「グワーッ!?」シルバーキーの論理肉体に、キラキラする否応ない物体がまとわりついた。網だ。それが彼を船上に引きずり上げた。「イヤーッ!」「グワーッ!」「ンアーッ!」そして、ユカノも!「大漁!大漁!」濡れ鼠めいた二人を、船上の男は笑ってみせた。

「ヒヒヒ!これはこれは、セクシーな美女!人魚かね?……あと、男」「ちょっと待ってくれ、どういう……アンタは何だ」「ドーモ。カロン・ニンジャです」男はアイサツした。ニンジャ装束を着、ニンジャ頭巾の上から海賊帽を被っていた。網の中で二人は震えながら沈黙。「すまん、カロンは嘘だ」

「カロンでも何でもいいよ。何だいアンタは」シルバーキーは網と苦闘しながら、船の周囲を見渡す。暗い水だ。不穏だ。頭上には黄金の立方体が冷たく自転する。「網が……」ユカノが呻いた。「これはしたり」海賊帽のニンジャは己の頭をピシャリと叩いた。そして器用に網を外した。

「俺にはたくさんの名前があるが、特に気に入っているのは、コルセアだ」彼は自分の海賊帽を指差した。そしてオジギした。「ドーモ」「ドーモ。シルバーキーです」「銀の鍵!成る程!」「ドーモ。ドラゴン・ニンジャです」「うむ、哀しい、絡まり合った女!今の名は?」「ユカノ」「成る程!」

「アンタ、ここで何してんだ?ここは……ほら、ここ、現実じゃなくて……」シルバーキーは立方体を指さした。コルセアは眉根を寄せた。「現実だと?ここも現実だろ。まあ、言わんとする事はわかる。俺は、そうさな、航海よ。概ね死んだものしかない世界。さみしがりやの男よ」「そうなんだ……」

「しかしな、インクィジターで度胸試しかね?お前たち。度胸と蛮勇を一緒にして、全く……そういうデートは、よしたがいい」「あれは何です」ユカノが尋ねた。「奴はな……」コルセアは目を細め、キセルを取り出して火をつけた。「哀れなバケモノよ。かつては真っ当なニンジャだったのさ」

 コルセアは論理煙を吐き出した。「……奴はな、今でも守っておるのよ。少なくともそういう話だぜ」「何を?」「奴自身も忘れちまったんだとさ。あの様子じゃあ、さもありなんよ」シルバーキーとユカノは顔を見合わせた。コルセアは水面を見た。「潮の流れが変わったろ?婆さんの言ったとおりだ」

「私達は……」「皆まで言うな!」コルセアが制した。「わかっとる。旅の途上!人は皆、旅の途上よ。おれがいつまでもこうして留めたらいかんからな。つい話し込んじまうのよ。サルガッソーには死体や思い出ばかりだからな。それで、潮の流れ!お前たちが、その潮の流れに乗って、目指す先、な?」

「そう、それだよ。こんな話してる時間は……いや、実際の時間がどうなのか、わからないけど」シルバーキーはもごもごと言った。「とにかく、行かなけりゃ」「そうさな。今は潮の流れがせっかく整ってるんだからな。それを狙ったんだろ、お前たち」コルセアの言葉は暗喩の塊だ。ユカノは頷いた。

「引き留めて悪かったが、俺が助けてやったとも言える。あのままインクィジターと追いかけっこしながら飛ぶのはコトだったぞ、お前たち」「礼を言います」とユカノ。「慣れていないのです」「慣れる?それは、さまようッて事だ。勧めんよ!」コルセアは首を振った。

「それじゃ、予定通り旅程を進めろ」コルセアはキセルの灰を落とし、やおら、オールを漕ぎ始めた。「飛翔の勢いをつけてやる」ギーコ……ギーコ……粗末な船は速度を上げてゆく。ユカノとシルバーキーは船のへりにしがみつく。ギーコ……ギーコ……加速……加速……流れ去る……010110……

 01001……00……海が、船が、帽子を傾けて格式ばったオジギをするコルセアが、後ろへ流れ去り、二人はいつしか新たな01ノイズのトンネルを飛行していた。やがて前方に黒い太陽が現れる。シルバーキーは即座に気づいた。現世でキョート上空に見ていたものが、この太陽の影であったのだと。

 黒い太陽には、一箇所、オゾンホールじみた小さな孔があった。シルバーキーはそこへ吸い込まれてゆく二つの輝きを見た。先に転移を行ったザイバツ・ニンジャだ。ユカノとシルバーキーは彼らを追った。力の限りの加速。なぜなら……「「「何者だ!」」」然り!城内の者が異物を察知するからだ!

 侵入が察知されるであろう事は想定内、やむなき事だ。加えて、それはドージョーへの増援を遅らせる事にもなろう。「「「汝らに入城の資格無し!」」」黒い太陽の孔が塞がれてゆく!ユカノとシルバーキーは二重螺旋飛行の速度を限界まで引き出し、拒絶を拒絶する!「「イイイイヤアアアーッ!」」

 二者は暗黒の障壁とぶつかり合う!「マズイな、弾かれる」シルバーキーがユカノの手を掴んだ。「とにかく、どうにか落ち合おうぜ!」「わかりました」「後でな!」「後で!」010111010111罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰011111罪罰罪罰1011罪罰00101011……011101……

 

◆◆◆

 

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ベオウルフの二刀流連撃がザ・ヴァーティゴを押し続ける。フルメンポの下、ザ・ヴァーティゴの表情は窺い知れない。しかし苦境にあるのは明らかだった。一方ランチハンドの魔犬は双子とイグナイトの周囲をグルグルと走り回り、いつでも襲いかかる構え!

「イヤーッ!」右斬撃!ザ・ヴァーティゴは横へ身を反らして回避!「イヤーッ!」左刺突!ザ・ヴァーティゴは逆側へ身を反らして回避!「イヤーッ!」一回転したのちメイアルーア・ジ・コンパッソと右斬撃のコンビネーション!「イヤーッ!」ザ・ヴァーティゴはバック転で回避!

「イヤーッ!」そして後方に蹴り!「イヤーッ!」スパルトイはこれをガード!「イヤーッ!」斬りつける!「イヤーッ!」ザ・ヴァーティゴはブレーサーで弾き返す!「ベオウルフ=サン!こいつ、鈍ってきてやがるぜ!」スパルトイがあざ笑った。「へばってるんじゃねえか!」

「イヤーッ!」ザ・ヴァーティゴは片手をスパルトイに突き出す。「グワーッ!」スパルトイがネンリキで弾かれた。受け身を取り起き上がる。「効かねえ」「これは?」ザ・ヴァーティゴは己の掌を見つめ、首を傾げた。「イヤーッ!」そこへベオウルフが再び接近!横斬撃!「イヤーッ!」側転回避!

「イヤッ!イヤーッ!」二撃!三撃!絶え間ない攻撃がザ・ヴァーティゴを襲う。ザ・ヴァーティゴは危うくそれらを躱しながら後退する。「待て!待つがよい。どうもおかしい!」「ぬかせ!イヤーッ!」「イヤーッ!」ザ・ヴァーティゴは回転ジャンプ回避!「適応なのか……?」謎めいて独りごちる。

「イヤーッ!」ベオウルフが蹴りを放つ!ザ・ヴァーティゴは横から受ける!「グワーッ!」「イヤッ!イヤーッ!」吹き飛ぶザ・ヴァーティゴめがけ、スパルトイが追い打ちめいてアフリカ投げナイフめいたスリケンを投擲!ザ・ヴァーティゴは転がってこれを回避!「イヤーッ!」そこにベオウルフ!

 跳躍しながら振り下ろす二刀!ザ・ヴァーティゴはこれを避けられない!彼は咄嗟に手元のものを掴み、盾めいて掲げた。「イヤーッ!」二刀がザ・ヴァーティゴの両肩を斬り下ろす……事は、阻まれた。ピンク装束のニンジャが手にしたのは、巨大な刀身だ。ベオウルフは眉根を寄せる。分離した大剣。

「ヌウウーッ!」得物を挟み、二者はせめぎ合う。スパルトイは攻めあぐねる。一方、魔犬は今や赤い炎の輪を作り出し、三人のニンジャを押し包んでいた。今や呼吸しがたいほどの強烈な熱がドージョー空間を満たしていた。ランチハンドは両手のジツに力を込め、圧殺の機をうかがう!

「すまぬ」ザ・ヴァーティゴは炎の輪の方向へ叫んだ。「当初立てた水も漏らさぬ立ち回りはできそうもない!こうも本来の力が制限されては、否、本来ならばとうに位相がずれて然るべき長時間の経過、これは甘んじて受け入れねばならぬ制限やも……」「狂人め!黙るがいい」ベオウルフが力を込める。

「黙るとも。理解できまい」ザ・ヴァーティゴは呟いた。「今や俺にできることといえば、イヤーッ!」「グワーッ!」不意にザ・ヴァーティゴは力を抜いてベオウルフの勢いを狂わせ、瞬時に二倍の力で押し返した。「イヤーッ!」さらに片手を突き出し、ベオウルフをタタミ二枚遠くへ弾き飛ばした。

「俺にできる事は、この程度の」彼は手にした大剣刀身に人差し指を押し当て、ねじり込むようにすると、ルーンカタカナを刻み始めた。鉄塊が震え、ざわつき始めた。彼がカタカナを刻むに従い、それは形状を変え始めた。ベオウルフとスパルトイはカラテ警戒する。やがてそれは巨大な斧の形を取った!

「この程度の手品よ!」ザ・ヴァーティゴはそれを両手で打ち振り、ビュウビュウと風を切った。ゴウランガ……そこには「テツノオノ」と刻まれている!「我はザ・ヴァーティゴ、超自然の旅人にして、盟友キツネ・ウエスギ卿の身を案じ、この地にしばし留まる者なり。そして今は彼らに加勢せん!」

「オペラ野郎!」スパルトイが応酬した。「その舌引っこ抜いて……」「イヤーッ!」ザ・ヴァーティゴはいきなりテツノオノを彼めがけ投げつけた!「グワーッ!」巨大な質量は回転しながらスパルトイの肩口を切り裂く!スパルトイは砂の上に倒れ込んだ。「グワーッ!グワーッ!」

 テツノオノは回転しながら旋回!「ヌウッ!」ランチハンドは飛行軌道上に己が位置している事を察知、ジツの集中を切ってバック転した。炎の輪の速度が緩み、中の三人の姿が垣間見えた。アンバサダーとディプロマットに守られ、砂を踏みしめて立つイグナイト……その黒髪が今、再び炎の色に染まる!

「諸君らの力が必要だ!」ザ・ヴァーティゴが叫んだ。「イヤーッ!」ベオウルフが斬りかかる。「イヤーッ!イヤーッ!」ザ・ヴァーティゴは斬撃を次々にいなす!イグナイトは歯を食いしばり、顔を上げた。その目が燃える!「イヤーッ!」旋回する魔犬が静止!「「イヤーッ!」」双子が割って出る!

「コシャクな……」イグナイトが魔犬の動きを封殺している。ランチハンドはイグナイトの抵抗を破ろうと、再び両手に力を漲らせる。しかしそこへアンバサダーとディプロマットが襲いかかる。「「イヤーッ!」」ランチハンドは対応せざるを得ない!「イヤーッ!」「「イヤーッ!」」「イヤーッ!」

 ランチハンドは主導権をあっという間に双子に奪われた。二者の動きはまるで4つの腕と4つの脚を持つニンジャだった。完璧な連携……LAN直結した脳改造ハッカーのごとき、あまりに完璧な!「「イヤーッ!」」「グワーッ!」「「イヤーッ!」」「グワーッ!」

「イイイ……」イグナイトの髪が逆立つ!彼女の周囲に静止する魔犬が空中で痙攣した。双子に圧倒されるランチハンドは魔犬を制御できない!「イヤーッ!」魔犬が爆発!赤い光線めいて四方八方に飛散!そして空中を旋回して飛び戻るテツノオノ!

「イヤッ!イヤッ!イヤーッ!」ベオウルフの攻撃をザ・ヴァーティゴは凌ぎ続ける!ベオウルフの背後にテツノオノが戻ってくる。ナムサン!胴体切断待ったなし!「イヤーッ!」しかしベオウルフはニンジャ第六感でこれを察知!ギリギリまで引きつけ、ムーンサルト回転跳躍でこれを回避した!

 アブナイ!胴体切断待ったなし!「イヤーッ!」だがザ・ヴァーティゴもまた、このタイミングを完全に読んでいた。しかも彼は、飛来したテツノオノの中心点に強烈な蹴りを叩き込んだのだ!ムーンサルト回転から着地したベオウルフは目を剥いた。その顔面が、跳ね返ったテツノオノの大質量を受けた。

 ベオウルフの主観時間は数千倍にも圧縮された。極度のソーマト・リコール現象だ。彼はメンポごとひしゃげて破砕する己の顔面を感じた。トマトめいて潰れる頭蓋骨、吹き飛ぼうとする脳髄を。「サヨナラ!」彼は叫ぼうとした。ベオウルフの頭部が弾け飛んだ。同時に、彼の身体は爆発四散した。

「畜生ォー!」スパルトイは気力で起き上がり、ザンシンするザ・ヴァーティゴになおも襲いかかろうとした。「結果を持ち帰れ!愚か者!」双子の攻撃を受けながら、ランチハンドが叫んだ。「畜生ォー!」スパルトイは地を蹴り、直角に方向転換。アンカーに飛び込んだ。一瞬でその身体が消滅した。

「「イヤーッ!」」「グワーッ!」アンバサダー、ディプロマットが同時に繰り出したヤリめいたサイドキックが、ランチハンドの腹部を捉えた。吹き飛んだ彼の方向にはイグナイトがいた。「グワーッ!」ランチハンドはイグナイトの足元に叩きつけられた。彼はハイクを詠もうとした。

 イグナイトはカイシャクの足を上げた。……舌打ちし、下ろした。そして、「イヤーッ!」アンカー方向へ蹴り飛ばした。「グワーッ!」ランチハンドは01ノイズに変換され、消滅した。双子がイグナイトを見た。「あれ、アタシのセンセイだからよ」イグナイトは顔を歪めた。「ドサクサで殺すのもな」

「……」ディプロマットはなにか言いかけ、肩をすくめた。アンバサダーが息を吐いた。「拘束して尋問するなり、あったろう」「何をだよ」イグナイトが言った。「そりゃあ……」アンバサダーは考えた。「……ムム……」双子ももう、限界だった。ニューロン・リンクは極度の精神消耗を伴うのだ。

「向こう側にはユカノ=サンともう一人、」「だから、アタシのセンセイなんだよ!あれじゃ納得いかねえし」イグナイトは両手をひろげた。「さっきはそう思ったンだ!」「あのう、よろしいか」やや離れた地点から、ザ・ヴァーティゴがためらいがちに声をかけた。「あン?」イグナイトが睨み返した。

「増援が戻ってくるとまずい。見たところ、諸君は立っているのもやっとだ。この地にこれ以上の用があるか?あるならば……」三人は顔を見合わせた。「いや、やるべき事をやった。当面は」ディプロマットが答えた。ザ・ヴァーティゴは頷いた。「無いのならば、この場を離れたがよい」

「異議なし」イグナイトは砂を蹴りながら頷いた。「なあ、顔見せろよ」「いや、これは」ザ・ヴァーティゴは銀の仮面を撫でた。「そういう風には出来ておらん」「下山か」ディプロマットは呟いた。「骨折りだが急いだほうがいい」「無事なテントがあれば、なにか手に入るか……」「焼いちまったし」

「私も同行願えぬか」ザ・ヴァーティゴが言った。「この地には不案内だ。人里まで案内してもらえると、助かるのだが」「アタシもそこまでわかってないけどね。寝てたりしたからさァ」「行こう」ディプロマットが頷いた。「どちらにせよ、恩人だ。助けられた」「異議なしだ」とアンバサダー。

 四人はトボトボと歩き出した。下山したのち、しばらくは岡山県で状況を見定める事になるだろう。ユカノ達が帰還する場所がどこなのか、このドラゴン・ドージョーなのか、別の地点に現れるのか……それすらも判然としない。 

「岡山県を出た後、どうする」「キョートには居られまい」「兄貴と暮らすのか?」イグナイトがアンバサダーを見た。双子は互いを見た。やがてディプロマットが口を開いた。「否……それはもう、よかろう」「そうだな」アンバサダーも頷いた。「それがいいよ。シケてそうだし」イグナイトが言った。

 

◆◆◆

 

「重点!重点!重点!」電子ナリコが激しい警報音を打ち鳴らす中、ユカノは用心深く回廊を進む。歩くにつれ、徐々にこの城の記憶が蘇る。ドラゴン・ニンジャにとって非常に馴染みのある場所である。彼女は後に残してきた三人の事を思った。ギルドは侵入者の挑発にしばらく気を取られるだろう。

「重点!重点!重点!」城内のアトモスフィアは奇妙である。かつてのザイバツとのイクサの折とはまるで違う。まるで明晰な夢の中に居るかのようだ。ユカノは前方から近づいてくる足音を耳に捉えた。手近のショウジ戸に聞き耳を立て、無人であることを確かめると、滑り込んだ。茶室。フスマの中へ。

「侵入者……」「由々しき」「ボロゴーヴ=サンが」「ドラゴン……」「内外に敵か」声が近づき、また遠ざかる。闇の中、ユカノは息を吐いた。まずはシルバーキーと合流すべし。そして、現在のギルドを支配する者の正体を……その組織の謎を探り、持ち帰るべし。

 ユカノの脳裏に、あの日のイクサが蘇る。ロードとともに消失した者。「……ダークニンジャ……」彼女は呟いた。彼が狭間に消えたのだとすれば、今のギルドを束ねる者は何者であろう。闇の中、彼女は思案する。

 地の利は彼女にあると言ってもよい。この地は彼女の要塞なのだから。「おじいさま」ユカノは目を閉じた。

【アンダー・ザ・ブラック・サン】終





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