
【バトル・オブ・フォート・ダイナソー】 #1
キャオキャオキャオキャオ……ワチャチャチャチャ……キャオキャオキャオキャオ……ワチャチャチャチャ……。
アマゾン河流域のジャングルに、トロピカルな鳥の声が響く。かわいらしいコアリクイが子供を背中に乗せ、蟻塚を探しながら、午後の木漏れ日の中を歩く。だが……その平穏は突如として破られた。上空から降り注ぐ何本ものクナイ・ダート! そして地鳴りのごとき恐竜の唸り声によって!
「GRRRRRRRRRRRRR!」
「アイエエエエエ!? アイエーエエエエエエ!」危険領域に迷い込んでしまった不運な男の絶叫が、ジャングルに響く!
たちまち南国鳥もアリクイも震え上がって、空や茂みへと消え去った! だが人間はそうも行かぬ。この大自然の中で、人間はあまりにも無力だ。しかもこの男の周囲には、空から降り注いだ何本ものクナイ・ダートが突き立てられていたのだ!
「アイエエエエ!? クナイ!? 恐竜!?」男はパニックに陥り、まるで理解が追いつかない!
ZGOOOM! ZGOOOM! ZGOOOM!
恐ろしい足音が近づいてきた。そして密林の樹木の枝々をまるでノーレンのように軽々と押し分け、へし折りながら……それは姿を現した!
「GRRRRRRRRRRR!」身長2メートル半はある赤茶色の巨体と、それを包むニンジャ装束! 巨大な顎を備えた頭部と鋭いカギ爪の生えた手足、そして尻尾は、完全に恐竜のそれである!「GRRRRRRRRRR!」その名はヘルレックス! 人間とニンジャと恐竜を混ぜ合わせたかのような獰猛な怪物、ダイナソーニンジャのひとりであった!
「アイエエエエエエエエエエエエ!?」男はヘルレックスを見てさらに大きな悲鳴をあげ、四つん這いになって密林の中に逃げこもうとした。だが、木の影から黒いサスマタが突き出され、背後から彼の首をとらえて這いつくばらせた!「アイエッ!?」
「バカな人間め、逃げられるとでも思ったか」また一人、水色の体のダイナソーニンジャが森の中から現れ、バイオバンブー製の黒いサスマタで男の首根っこを押さえたのだ。こちらも身長は3メートル近い。直立歩行する首長竜のごときニンジャであった。その名はロングモーン。「おまえはどうせエル・キケンの奴だろう。だから殺す」
「GRRRRRRRR……さすがだ、ロングモーン=サン。ダイナソー・ニンジャクランの軍師にふさわしい賢さだ」
ヘルレックスがゆっくりと、唸るように笑った。会話できるのだ。男はそれを悟り、死に物狂いでこう訴えた。
「ま、待ってくれ! 私はエル・キケンではない! 宣教師だ! 食べないでくれ!」男は必死の形相で訴えた。
「宣教師だと?」ヘルレックスは首をかしげて唸った。「宣教師とは何だ、ロングモーン=サン?」
「わからない。やはり殺すしかない」ロングモーンは恐るべき水色の足を男の頭の上に持っていき、カイシャクしようとした。その体重は数トンある。男の頭は一瞬でトマトのように粉砕されるだろう。
「た、頼む! 殺さないでくれ! 宣教師とは、神の遣いのことだ! コカインとは関係ない! いいか! 君たちの噂は聞いていた! 君たちのような強いニンジャが、誰かのために働いているだなんて、まるでおかしな話だ! そうだろう!?」
宣教師は必死でまくしたてた。
「私は、君たちのような強いニンジャに真の自由を与えるために来たんだ! 真の自由と解放を!!」
1
マナウス・シティから遥か西。アマゾン大密林内に隠されたそのコンクリート造りの廃工場は、天井や壁の所々が崩落してツタ植物が絡まり、小さな花をいくつも咲かせていた。その佇まいは、思わずポストアポカリプス・ハイクを詠みたくなるほどの風情とワビサビであった。
「た、た、大変だぜーッ! 大将、緊急事態だーッ!」
そして今、この廃工場内の廊下を騒々しく走る人影があった。そのひょろ長い手足には、爬虫類のミイラじみた特徴が見て取れる。そしてニンジャフードの下に隠されているのは、ルビーのように真っ赤な三つの瞳だ。ただのニンジャではない。これこそは、かつてヨロシサン製薬によって生み出されたバイオニンジャの「ハイドラ」であった。
「うわッ! 何だよセンパイ!」「あぶねェな!」
物資コンテナを二人掛かりで運搬中だった少年型バイオニンジャ、K2とK3が、慌ててセンパイのために道を開けた。この双子は、かつてヨロシサンがカマイタチ伝説になぞらえ三体ひとセットでの運用を前提に開発したバイオニンジャ・シリーズの、貴重な生き残りであった。
「悪いな! 緊急事態でよ!」ハイドラは先へと進んだ。「おっと、そうだ……!」少し走ってから振り返り、フードを脱いで、三個の赤い瞳でカマイタチ兄弟の顔を交互に見た。「おい! 大将は何してる? お前ら、ずっとここにいただろ?」
「社長?」「社長なら上の調合室」カマイタチ兄弟は肩をすくめ、上階を示した。
「よォし!」ハイドラは連続側転とトライアングルリープで方向転換し、階段の方向へと向かった。
「何だろうな?」「さあ……。オレらは仕事しようぜ」K2とK3は金属製物資コンテナの取っ手に手をかけ、運搬を再開した。
「大将、大将ーッ!」
階段を駆け上り、調剤室の前に到達したハイドラは、『作業中入室禁止』と紙の貼られたドアを右手でドンドンと叩きながら、左手で繰り返しインターホンを押した。だが、返事はない。
「大将ーッ! いねえのか? 緊急事態なんだよ!」
ハイドラはドアを開け、中に入った。広さはタタミ百畳ほどの横長の部屋。室内の壁には2ダース近い排気ファンが取り付けられ、危険な有機溶剤や塩素ガスを屋外へと排出している。そこかしこに雑然と並ぶのは、型式もメーカーも様々のケミカル器具や培養機材や遠心分離機である。まるでケミカル器具の密林だ。
「大将ーッ!」ハイドラはこれらの器具に迂闊に触れないよう、細心の注意を払いながら先へと進んだ。
大きな作業机の上には、立体交差ジェットコースターコースじみたガラス菅やフラスコのネットワークが構築され、中には謎めいた蒸気を吹き出しているものもあった。ビーカースタンドだけでなく、天井から吊り下げられたものも多数存在する。さらにはフライパンや圧力鍋などの調理器具さえもが即席の化学器具として組み合わされ、ゴムチューブとガラス管で繋がれ、それらの各所がダクトテープで完全防水密閉されているのだ。
その先、中央壁際に、無骨な旧世紀型バイオクリーンベンチがあった。そして開襟ワイシャツの上から白衣を纏った男が一人、このクリーンベンチに向かい、調剤作業に没頭しているのだ。
「いるじゃねえか! おい、大将、大将ーッ!」
大将と呼ばれたこの男こそは、サワタリ・カンパニーの大将(キャプテン)にして代表取締役CEO、そして主任技術者のフォレスト・サワタリである。彼は滅菌操作ベンチの中に両手を差し入れてマイクロピペットを操作し、同時に足元のガスバーナー・ペダルを巧みに操作していた。間違いなくニンジャ敏捷性のなせる技だ。
「……ハイドラか」フォレストは振り返り、フラスコネットワークの向こうにハイドラの姿を認めると、徹夜明けの眠たそうな顔で言った。「ニンジャピルの調合中は、邪魔をするなと言っただろう」
「でもよ、緊急事態が発生しちまったんだ!」
「緊急事態だと? まったく……!」
サワタリは試薬反応ストップウォッチを止め、いったん調合作業を中断すると、バイオクリーンベンチから離れ、ハイドラのいる方へと向かった。そして思い出す。前回ハイドラが報告しにきた「緊急事態」とは、河を上ってきた体長十メートル級のバイオネオンテトラの発見についてであった。
「それで、今回の緊急事態は何だ?」
「リオビオ砦が乗っ取られちまったんだよ!」
「何だと!?」サワタリの目つきがおかしくなり始めた。「さては、ベトコンの襲撃か!?」
「いや、ベトコンはいないから安心してくれよ、大将! ここはアマゾンだ!」
「アマゾン……! そうか、そうだった……! ホーチミンの陥落後、俺たちはチェ・ゲバラと共闘するためにアマゾンへ……!」
サワタリはすぐに狂気を制圧し、正気へと戻った。彼はもう以前のサワタリではないのだ。
「リオビオ砦が本当に陥落したというのか!? あそこはヘルレックスたちが守りを固めているはずだぞ! ニンジャ3人で守られた砦、そう易々と陥落するはずが……」
サワタリ社は南米麻薬組織やメガコーポといった外敵の侵略に備えるべく、本社周辺にもフォート・ハイドラなどの隠し砦を有している、そのひとつ、通称フォート・ダイナソーとも呼ばれるリオビオの砦は、その名の通りダイナソー・ニンジャクランの三人によって守られていたのだ。
「そのダイナソー・ニンジャクランの三人が裏切ったんだよ! IRCにも応答しねえし、セントールと営業が物資を届けに行ったら、隠し砦の門が閉まってて、壁にはあいつらが昔掲げてたダイナソーの紋章がスプレーペイントしてあったってよ!」
「裏切っただと……? あの三人がか?」サワタリは怪訝な顔で返した。
「ああ、そういう風に報告を受けてる! それでセントールたち、濁りエメツも回収できねえで、フォート・ハイドラに帰ってきたんだ!」ハイドラは出撃命令を待ちのぞむ戦闘機のような心地でまくし立てた。「ダイナソーのやつら、いつかこうなると思ってたぜ! どうする、大将!? やるか!? やるしかねえよな!?」
「フゥーム……」だが、サワタリはすぐには返事をしなかった。興奮するハイドラを尻目に、顎をかきながら室内を歩き、ケミカル機材のチェックを再開した。「ダイナソーの連中が…‥」サワタリは眉根を寄せ、ビーカーフラスコ複合体の目盛りを一個一個読み、鋭い目つきでその値を入念にノートに書き記した。横にある電磁式自動かく拌マグネットの回転数、温度、ガラス器具内のプレッシャー数値なども全てである。
そのようにしてしばし思案した後、サワタリは言った。
「ハイドラ、今回の件はお前に任せる。お前が解決しろ」
「えッ?」
「聞こえなかったか? 全てお前に任せると言ったのだ!」
「何でだよ、大将!? ナメられたままでいいのかよ!? カイシャやって腑抜けになっちまったのか!?」
「いいかよく聞けハイドラ。俺が動けん理由は、ブラックタイガーの合成が遅れているからだ」
サワタリは、作業机の上に置かれた最新式遠心分離機と大型コーヒーサイフォンとの奇妙な混合物を指差した。そこにはポタポタと、光沢を帯びた美しい黒エメラルド色の液体が落ちてきていた。これがブラックタイガー原液である。
この地で産出される低純度黒エメツと、バイオフロッグの体から分泌される神秘的な緑色のガマ油、そして秘密のハーブ各種を混ぜ合わせて作られるブラックタイガー丸薬は、バイオインゴットなしでもバイオニンジャたちの生存を可能にする。いわばサワタリ・カンパニーの生命線なのだ。
「この培養フェイズは絶対に中断できん。いま俺とフロッグボーイがこのキッチンを離れれば、二週間後にはブラックタイガーの貯蔵が枯渇するぞ。そうすれば、どうなる?」
「ブラックタイガーが、枯渇……」
ハイドラは表情を曇らせた。かつてインゴット欠乏症に陥って苦しんだ経験や、遺棄研究施設のカプセル内で衰弱状態にあったK2、K3の姿が脳裏をよぎった。インゴット欠乏症ほど苦しく惨めなものはない。
「わかったか? なら、とっとと行ってこい」
「でもよ、オレ一人であいつらをブチのめせってのか? ヘルレックスひとりでも、大将と同じくらい強いんだぜ!?」
「ブチのめすだけが解決策ではない。そもそも今回の件は、何かの勘違いだろう……」サワタリはブツブツと呟くように言いながら、ブラックタイガー原液の匂いを確かめて言った。「ダイナソーの連中はプリミティブゆえ、時々そういう事態に陥るのだ。これまでも全てそうだった……」
「だからって、勘違いで反乱を起こされたら、たまったもんじゃねえぜ! あいつらきっと、リオビオを任されたもんだから、調子に乗って、自分たちをこのジャングルの王か何かだと思い始めちまったんだよ!」
「さっきから言っているそれは、本当に事実か? お前自身の目と耳で確認したのか?」
「いや。営業と一緒に行ったセントールのやつが……」
「それ見たことか。憶測でものを語るな!」
「でもあいつら、恐竜だぜ!」
「恐竜差別はやめろ。お前の悪い癖だ。恐竜でもなんでも、今はカンパニーの一員だ!」
「でもよ」
「ハイドラ、お前はカンパニーの最年長者だ! そろそろ俺なしでも、この程度の緊急事態を解決する力を持て! 覚えているな……」
サワタリは背を向けながら歩き、部屋の奥にある大型ガラスサウナ室の前に立った。そしてその中でガマ油成分を分泌するバイオフロッグと、その背中で心地よさげに昼寝するフロッグボーイを見た。窓からは、シダ植物のブラインドによって切り取られた午後のアマゾンの日差しが差し込んでいた。
「……フロッグマンはそうしていたぞ。分隊を率い、別動作戦も指揮することもできた」
それで十分だった。ハイドラは納得した顔を作り、深く頷いた。
「わかった。言いたいこと、全部わかったぜ、大将。ダイナソーの件は、オレが責任を持って解決してみせるからよ」ハイドラは、昼寝する身長1メートルほどの生意気そうなバイオニンジャに向かって、ガラス越しに小さく声をかけた。「じゃあな、フロッグボーイ。イヤーッ!」
ハイドラは一刻も早くフォート・ダイナソーに向かうべく、全身にカラテをみなぎらせ、窓から外へと飛び出した。極楽鳥が鳴くアマゾンの密林と熱気、そして凄まじい湿気がふたたび彼を出迎えた。
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