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【ギルティ・オブ・ビーイング・ニンジャ】


この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードは物理書籍においては大幅に改稿され、それぞれ上記物理書籍に収録されています。原作者の意向に基づき、このログは一部改訂を行っています。また、第2部のコミカライズが、現在チャンピオンRED誌上で行われています。



 そこはカッパドキアめいた険しさを湛える、神秘的な岡山県の山間……。 

 平安時代の哲学剣士ミヤモトマサシは、かつてこの地に庵を築いてザゼンしたという。その空は厳粛で陰鬱だ。キョートリパブリックから流れてくる汚染大気が墨絵のように重く垂れ込めている。だがネオサイタマに比べれば遥かに空気は澄み渡り、セイシンテキなアトモスフィアに溢れているといえよう。 

 切り立った岩肌。まばらに立つバイオ紅葉の中に、「ン」「ド」「ラ」と書かれた錆だらけの大型カンバンが立ち、谷底から登る白煙によって幽玄さという名のレイヤを重ねられている。俗世間の喧噪とIRCから隔絶された神秘的な世界……ここにはセイシンテキを求める隠遁者たちが集うのだ。 

 その中腹にある、由緒正しい十二階建ての大型オンセンハウス「マサシの悟り」。重金属酸性雨によって朽ちかけたこの灰色コンクリート建造物には、無数のボンボリが吊るされ、霧の中で柔らかに揺れる。長く険しい山道を登ってきたピルグリムたちは、その灯りを見ると思わず安堵の息を漏らすという。 

 この山岳部には非人工的オンセンが点在するが、それらはいずれも、ブディズムやドルイド信仰と結びついた、荘厳で峻厳なものである。ここにはマイコ遊びも女体盛りも存在しない。加えて近年は、高まるテクノピューリタン運動の影響を受け、インターネットや無線LANすらも完全に排斥されている。 

「マサシの悟り」の大駐車場では、二週間に一度、耐酸性雨PVCテントが張られ、大きな市が立つ。ここではテクノピューリタンの入植者たちがふもとで育てた農作物や家畜、あるいはハンドメイドのコケシなどが売られている。時には、巡礼者が持ち込んだデジタル機器や薬と物々交換される事もある。 

 霧けぶるその市場の中に、フジキド・ケンジとドラゴン・ユカノもいた。周囲のピルグリムたちに溶けこむように、ジュー・ウェアを着ている。「いいラマね」ユカノがバイオラマの口を優しく開き、舌や歯を確かめながら言った。「山道に強いです」生体LAN端子を埋めたテクノピューリタンが答える。 

「ラマは本当に必要なのか」フジキドが問う。「文明はここまでです。この先はあなたの足で登れる場所じゃありません」テクノピューリタンは分厚いフードの下で穏やかな笑みを作った。埋められた右のサイバネ義眼の周囲が痛々しく変色していた。サイバネ義手も錆び果て、切除される日は近いだろう。 

「フジキド、私はおそらくあなたより何倍もラマに詳しいでしょう。荷物を運ぶのに役立ちます。それに……ラマにしか見つけられない道も、時には存在する」ユカノが言う。彼女はドラゴン・ゲンドーソーの孫娘であり、愛弟子であり、ニンジャスレイヤーの兄弟子であった。そして今は探索者でもある。 

「まさか、伝説のミヤモトマサシの庵を求めてあの禁断の高地へ?」テクノピューリタンが問う。「そのつもりだ。ガイドは要らぬ」フジキドが答える。テクノピューリタンは何も答えなかった。マッポーの世だ。時折このような世捨人がネオサイタマから来る。彼は二人の魂の安らかなることを祈った。 

 バイオラマを連れた二人は、市場で買った道中での食料を鞍に括り付け、「マサシの悟り」へ戻る。「早速役に立ったでしょう」ユカノがラマを撫でながら言う。フジキドは大型動物の扱いには慣れていない。「すぐに発つか」「霧はあと……二時間ほどで収まる。それまではオンセンで鋭気を養います」 

 フジキドはユカノの神秘的知識に従った。二人の関係は複雑だ。ユカノの正体は数千年を生きるドラゴン・ニンジャ……しかし彼女の記憶は謎めいた理由により断片化され、カラテも伝説的ワザマエからは程遠い。ゲンドーソーの死により、彼女がどれほどの苦悩を経験したか、フジキドは思いをいたす。 

 キョート城からの生還後、ユカノは己のカラテとニンジャ神話知識を取り戻すため、世界中をシュッギョした。エジプト、アステカ、チベット、ローマ……そうした古代ニンジャ文明ゆかりの地を訪れ、幾つかのオーパーツを携えてネオサイタマへと戻ってきたのだ。フジキドを探索行へと誘うために。 

 その意図が明確に語られることは無かった。さも当然のように、兄弟子がそうするように、彼女はフジキドを神秘的クエストへと誘ったのだ。復讐を果たした事によるアンニュイと怠惰から脱し、ニンジャソウルの秘密と向き合うための準備ができていたフジキドにとって、これは実際渡りに船であった。 

 どこか楽しげにラマを引くユカノの後ろ姿を見ながら、フジキドは市場の端へと歩く。現実感の薄い光景だ。それはもしかすると、ネオサイタマからの道中、ユカノが語った驚くべき秘密の断片に由来するのかもしれない。祖たるカツ・ワンソー、キョート城、ハガネ・ニンジャ、妖刀ベッピン……。 

 無論ユカノとて、全ての真実を解き明かした訳ではない。ニンジャかモータルかを問わず、そのような者はこの世界には存在しないだろう。人類は未だ、ブッダやジーザスの正確なドキュメンタリー映画すら作れていない。いや、恐らく永遠に作れないだろう。数千年の時はそれほどまでに長く無慈悲だ。 

 彼女が取り戻した記憶断片によれば、妖刀ベッピンとは、伝説的ニンジャ存在カツ・ワンソーを復活させる鍵であった。しかしキョート城と共に、ダークニンジャと妖刀は永遠に滅びた。オヒガンの彼方に消えたのだ。……冷静に考えれば途方も無い話だ。稚気じみた、フィクション映画の世界の話だ。 

 そして自分もまた、サラリマンではなく、そちらの側に足を踏み入れてしまったのだ。竜や吸血鬼……そういった怪物たちの世界へと。フジキド・ケンジは、猥雑なメガロシティから離れたこのセイシンテキ・アトモスフィアの中でその事実を改めて突きつけられた。「ザッ……」誰かと肩がぶつかった。 

「ドーモ、シツレイ……」ユカノを見ながら物思いに耽っていたフジキドは、ごった返す市場の中で振り返って、小さく会釈した。相手は一瞥をくれて去っていった。ニンジャではない。黒いヤクザスーツを着た、屈強なヤクザだった。大げさなバックパックを背負い、服は砂埃まみれ。巡礼者だろう。

「……」ヤクザは胸元から方位磁針めいた何かを取り出し、再び背後を向き直った。「……」その目元はサイバーサングラスに覆われ、思考を読む事はできない。彼はそれからラマ屋へと向かい、上等なラマがいないか探した。「いいラマだ」「目が肥えていますね」テクノピューリタンが静かに言った。 

「かつて世界中を巡った…」ヤクザはラマの口の中を調べながら言った「…そして数々の罪業を背負った…」「あなたもミヤモトマサシの庵を探して?」「このラマをくれ」ヤクザは無表情にそう返した。「アッハイ」テクノピューリタンは静かな狂気を感じ取り、それ以上、何も聞こうとはしなかった。



 フジキドとユカノを乗せた二頭のラマは、「マサシの悟り」を離れ、サンスイめいた領域へと到達していた。既に標高は2000メートル近い。切り立った黒い岩山の間から、硫黄の香りの神秘的な霧が立ち上る。急斜面にまばらに生えたバイオパインと鳥居が、白い霧の中で墨絵めいたシルエットを刻む。 

 砂利に覆われた山道の右手は岩壁。左手は底の見えぬ崖。その先にはマチュピチュめいた階段状コメ畑の跡。上を見上げれば、すぐそこに黒い重金属汚染雲がわだかまる。岩壁には2フィートほどの細い溝が一直線に走り、色褪せた神秘的なコケシやレッドカウ・ブードゥーが、物言わず立ち並んでいた。 

 メガロシティとは何もかもが違う。まるで別の惑星だ。「空気が澄み渡っている」フジキドが白い息を吐く。「かつて世界はどこもこのようだった」ユカノが記憶のデフラグを試みながら返す。ラマが静かに歩む。ユカノのバストは豊満である。その表情は穏やかで、しばしば岩の間に咲く花の名を語った。 

 旧世紀、人類は宇宙植民を目指した。地球を汚染し尽くし、資源を堀り尽くした人類は、イナゴめいて宇宙に赴くものと思われた。アポロ計画……UNIX……センテ社……Y2K……電子戦争。全ては失望に終わった。空は陰鬱さの象徴となり、人々はインナースペースとサイバースペースに逃避した。 

 シャン、シャン、シャン……という錫杖の音が聞こえてきた。十人ほどのシュゲンジャ達が、列を成してやってくる。分厚いフードを伴った灰色のローブ。中にはテクノ・ピューリタンと思しき者も混じっている。先頭の者は鎖付きの香炉を左右に振り、厳かなオーガニック・センコの煙を振りまいていた。 

「スーズーキーノーマーチーニー」彼らは不気味なチャントを口ずさむ。それは古事記に記された、モンキーとカニの争いの寓話である。これはニンジャクランの抗争を暗喩したものであり、同様の神話が北欧にも残っているが、そのニンジャ真実を知る者は極めて少ない。無論シュゲンジャ達も知らない。 

 その時!「アッ!アイエエエエ!」シュゲンジャ・ドルイドの1人が力尽きてよろめき、崖へと転落!ラマを降りようとしたフジキドを、ユカノが制止する。……シュゲンジャたちは実際取り乱しもせず、崖に向かって拝んだ。即死だろう。静寂が戻る。ラマに跨がった二人は、礼をして彼らとすれ違った。 

 奇妙な風習だ。かつて彼らは自然と一体化することを目指したが、自然環境が汚染され尽くしたため、皮肉にもその半数がバイオサイバネ急進派となって山を下った。代わりにテクノ・ピューリタンが流入し、原罪思想が持ち込まれた。あの列の中にいた子供は、生まれた時からテック原罪を背負っている。 

 ゼンめいたアトモスフィアが漂う。彼らにとって、この神秘的な山岳地帯で死を迎える事は、その屍肉が大自然のサイクルの中に呑まれるという意味で、またIRCという名のテック罪業から永遠に解き放たれるという意味で、二重の祝福を意味するのである。二人を乗せたラマは、短い吊り橋を渡った。

「ユカノ、そろそろ教えてくれてもいいだろう。何故私を、この探索行に誘ったのか」「……フジキド、この山岳地帯のどこかに、古代ニンジャ文明の遺跡が隠されているはずです」ユカノが言った「それを探します」 

 (((ユカノ……ユカノだと!?なぜあのリアルニンジャがこの岡山県に!?))ナムアミダブツ!そこから数百メートル離れた石窟寺院の廃墟で目を剥く、謎のニンジャ存在あり!果たして何者か!?彼は灰色のフードを外し、両手を耳に当て、最新鋭レーダー装置めいてニンジャ聴力を研ぎ澄ました! 

 このニンジャソウル憑依者の名は、ワッチタワー!崩落するキョート城からヘリで脱出した、元ザイバツ・シャドーギルドのアデプトであった!その目は血走り、極度の緊張によって呼吸が乱れる!「……ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ……!大変なことだ……大変なことが起こるぞ……!」 

「おお……おお……やはりリアルニンジャ……ついに我々が罪業から解き放たれる時が来るのか……!」ワッチタワーは静かに嗚咽した。そして誰にも気取られる事なく、静かに動き出す。江戸時代に築かれたという迷宮のごとき石窟寺院の中を、音も無く駆ける。「報せなくては……報せなくては……」 

 暗い衝動に駆られながら、ワッチタワーは常人の三倍の脚力で石窟寺院の階段を上り、吊橋側からは見えない岩肌の窓から飛び出した!「イヤーッ!」バイオパインと鳥居を跳び渡り、山道に着地!「ウオーッ!」竹林の中から突如バイオパンダが出現!「イヤーッ!」「ウオーッ!」スリケンで殺害! 

 バイオパンダの死骸を崖に蹴落としながら、ワッチタタワーは自らを呪った。「呪わしきこの力……!呪わしきこのニンジャソウル……!」キョート城から脱出した彼は、罪の意識に取り憑かれ、ニンジャ修道者となっていたのだ!「だがついに……ニンジャソウルの呪いから解放される時が来る……!」 

 汚染黒雲の中を凄まじいスピードで駆け抜け、ワッチタワーは禁断の台地へと達した。ニンジャ笛を吹きながら、さらに駆ける。数秒後、石窟寺院からローブを纏った別なニンジャ修道者が現れ、ワッチタワーと並行して走った。「ワッチタワー=サン、何を取り乱しているか……」押し殺した静かな声。 

 両者は一直線に駆け、バイオパインを蹴って回転跳躍しながら、修道会の本陣であるマクノウチへと向かう。その間も会話は途切れない。「ブレイドマスター=サン、申し訳ありません、未熟でした」「ワッチタワー=サン、お前にはセイシンテキが足りないのだ……。ゆえに些細な衝動に流される……」 

「反省しております。またしても、邪悪なニンジャソウルの誘惑の前に、屈しました…!」ワッチタワーが沈痛な面持ちを作る。「まあよい。全てはニンジャソウルのためだ……ゆえに我らは衝動のままに人を殺し、罪を犯す。誰もこの呪いからは逃れられぬ……ゆえに我らは隠れ、潜まねばならぬ……」 

「では、いつまで潜むのです?」ワッチタワーがゼンモンドーめいた問い。「この呪わしきニンジャソウルを破壊し……罪業から解放され……再び人間に戻る日まで……」ブレイドマスターが返す。そして質問の意図を理解する。「もしや……」「件のリアルニンジャがこの山に」ワッチタワーが頷いた。 

「何と……」この山で何年以上も修道生活を送ってきたブレイドマスターでさえ、驚きの色を隠せなかった「……タルタロス=サンに報告するのだ」「ヨロコンデー!」二人のニンジャ修道士は同時に前方回転跳躍し、地下遺跡へと続く秘密の古井戸に飛び込んだ!「「イヤーッ!」」 

 二人のニンジャ修道士は、そのまま五十メートルの高さを垂直降下!隠し井戸の側面には、何階層もの横道が伸びている……禁断の台地には、カッパドキアめいた石窟寺院都市の廃墟が隠されていたのだ!二人のニンジャは底に達する直前で一回転し、ドーム天井を持つ祈祷ホールに着地する。タツジン! 

「アイエエエエエ……」「アイエエエエエ……」突然のニンジャの着地に驚き、フード付きの灰色ローブを着た修道士たちが、クモの子を散らすように逃げてゆく。生気のない声。彼らはニンジャではない。この迷宮の如き石窟寺院内に築かれたニンジャ修道院で働く、人間の奴隷たちである。 

 ナムアミダブツ!何故ニンジャ修道院に奴隷が!?ニンジャ修道士たちは罪の意識に苛まれ、意味も無く人間を殺したり虐げたりせぬために、俗世を離れたのではないのか!?…だがこのようなアンビバレント光景に何ら疑問を抱く事なく、二人のニンジャ修道士は冷酷な眼差しで歩を進めるのだった!  

「アイエエエエ……」「アイエエエエ……」オボンを持った豊満な胸の女修道士たちが、伏目がちに畏まり、左右に道を空ける。彼女らには目もくれず、フードを目深に被り直すと、ワッチタワーとブレイドマスターは神秘的な黒いノーレンを潜り、静かな足取りで至聖所たるマクノウチへと向かった。 

「スーズーキーノーマーチーニー……オーモーデーシーコーガーネー……」小さな礼拝堂には、古事記を詠唱する大柄なニンジャの姿があった。身の丈は八フィートにも達する。ニンジャ装束の上からフード付ローブを着ていても容易に解るほどの、偉丈夫。チャントを妨げぬよう、二人は戸口で待つ。 

 その男、タルタロスはフードを外し、群青色のニンジャ頭巾とメンポを露わにした。「……何があった。殺人の罪を告白しに来たか?……あるいはまたオムラ社のツェッペリンが近づいてきたか?」礼拝堂に、タルタロスの低く静かな声が響き渡る。ワッチタワーが囁いた「……リアルニンジャです……」 

 

◆◆◆

 

 夜。曇天に月。山犬の遠吠え。スクープで抉り取られたチョコアイスめいて、黒い岩肌にぽっかりと空いた大穴……この岩山の胎内に建つのは、慎ましやかな木造瓦屋根のオンセンコテージだ。「とても標高」「江戸時代」「古さ」などのノボリが、知られざる築数百年の歴史を奥ゆかしく雄弁に物語る。 

 カコーン……。本物のシシオドシ音が、岩露天風呂に心地よく響く。ここはミヤモトマサシが使ったとされる霊験あらたかな露天風呂であり、入浴の代価は麓から運び込まれる食料や薬だ。入浴者は幸いにも二人だけ。月に照らされたユカノの白肌は、この世のものとは思えぬ艶と神秘性をまとっていた。 

 ユカノは遠雷に気付き、静かに立ち上がった。彼女のヒップは豊満である。脛から先を湯の中に残したまま、地熱で仄かに熱を帯びた黒く艶艶とした岩に座り、それから身を乗り出して、目を閉じて遠雷に耳を澄ました。全ニンジャ感覚でフーリンカザンを感じ取っているのだ。記憶の糸口を探るように。 

「明日はいよいよ、雲を抜けて台地へ登ります」ユカノは湯に戻った。その肌と頬は、微かに紅潮している。それはオンセンから伝わる熱のため……また、湯に浮かぶオボンと、その上に乗った神聖なサケのためであろう。ミヤモトマサシやコウボウも、このようにして崇高なメディテーションを行った。 

「運が良ければ、そこでニンジャソウルの秘密が……解き明かされるか……」バンブー柵の向こうから、フジキドの声が聞こえる。彼もまた、岩風呂の白い湯の中に肩まで浸かり、腕を組んで、ユカノと同じ月を見上げていた。神秘的な薬効成分が、長く過酷な戦いで傷ついた彼の肉体を癒してゆく。 

「贅沢に過ぎる時間だ……」フジキドは半ば無意識のうちに呟いた。「癒す時は、癒す事に集中すべし。御爺様が生きていれば、そう言ったでしょう」兄弟子ユカノが諭す。「それはインストラクションか?」「そうです。御爺様から授かりました」ユカノは笑顔でひとすじ涙を流し、またサケを呷った。 

「うむ…」フジキドが頷いた。「生を楽しんではどうです。何かを愛でるなど…」「ユカノ、お前は楽しんでいるのか?レジェンドニンジャの生を」「…ええ、楽しいですよ」ユカノは穏やかに笑った。そして立ち上がった「先に上がります。独りで辺りを散策します。何かを思い出せるかもしれません」 

「危険ではないか?護衛は」「フジキド、私を誰だと思っているのです」ユカノは言った「私はドラゴン・ニンジャですよ」そして彼女は湯浴みを終え、バンブー柵の向こうに一瞥をくれて、湯気にくるまれながら露天風呂を出た。年代物のワータヌキの置物が、その美しい裸体を見て、目を剥いていた。 

 カコーン、とシシオドシが鳴った。彼は再び、曇天に隠れゆく月を見上げた。……ガンドーもそんなことを言っていた。復讐の後、どう生きるのかと。そんな事を考える暇もなく戦い続けて……。その時フジキドは、背後に物音を聞く。誰かが男湯のフスマを開け、露天風呂に続くヒノキ板を歩いてくる。 

 微かなキリングオーラを感じ取る……相手の奥深くに染み付いた血の臭いを……サイバネ義肢が駆動する微かな音を……殺人者の身のこなしを!反射的に、フジキドの目が険しい復讐者のそれへと変わる。距離は十分ある。背を向けたままニンジャソウルを探る。ニンジャではない。……果たして何者か! 

 男湯のワータヌキ置物は、その偉丈夫を見て愕然とし、目を剥いていた。神秘的な湯気の中に浮かんだその男の姿は……おお、ナムアミダブツ!その顔をテング・オメーンで覆った屈強なるヤクザ!……ブッダエイメン!そんな、まさか!?この男は、孤高のニンジャハンター、ヤクザ天狗では!? 




 テングオメーンの男は濡れた岩の上を歩き、静かにオンセンに浸かった。銃器は携行していない。腹部のサラシにドスダガーが挿してあるが、これはヤクザならば当然のタリスマンであり、明白な殺人意図には繋がらないのだ。タタミ3枚の間合いを維持し、背を向けたまま、フジキドは相手の出方を窺う。 

「……」男はフジキドの方を凝視したまま、押し黙っている。重々しい沈黙が、露天風呂を支配する。染み入るようなバイオミミズクの声と、虚無僧の吹き鳴らすシャクハチの音が遠くから聞こえ、シシオドシ音が鳴った。一触即発のアトモスフィアを察し、髑髏めいた月は曇天に隠れ目を覆っていた。 

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン、ヤクザ天狗です」天狗面の奥で、サイバネアイの発する光が赤く無表情に明滅した。「ドーモ、ヤクザ天狗=サン、ニンジャスレイヤーです」神秘的な湯煙をかき分け、フジキドが振り向く。彼の顔は一瞬にしてニンジャ頭巾とメンポに覆われていた。フシギ! 

 両者の肩から下は幻想的な白い湯に包まれている。間合いを保ったまま、二者は睨み合った。ニンジャスレイヤーは復讐者の目。ヤクザ天狗の目の穴の奥は、底なしの狂気の暗黒のようであった。岩陰でトグロを巻いていたバイオマムシが鎌首をもたげてシュッと鳴いた後、怯えたように闇に消えていった。 

「ヤクザ天狗=サン、オヌシは死んだものと思われていたが……」ニンジャスレイヤーが先に仕掛ける。彼はヤクザ天狗に対し、幾らかのリスペクトを抱いていた。ニンジャスレイヤー誕生前からソウカイヤに戦いを挑んでいた孤高のニンジャハンター……その伝説は当然フジキドも聞き及んでいたからだ。 

「……ニンジャが天に向かって両手を突き上げると、大地は三日と三晩のあいだ暗黒に包まれ、ファラオはニンジャにドゲザした……」ヤクザ天狗は直ぐには対話を行わず、自らが考案したニンジャソウル除けのモージョーを呟いた。そしてオメーンの奥で咳をし、答えた。「……お前も死んだものと……」 

 ニンジャスレイヤーは確かな狂気を嗅ぎ取り、わずかに困惑した。ハッカードージョー、違法スモトリ養成所、地下ヤクザカジノ……ソウカイヤとの戦いの中で彼らは何度かニアミスを行ったが、その度に二者の運命は擦れ違った。これが初めての対話であった。「何故この岡山県に?」フジキドが問う。 

「……ジャンボジェットに乗った神々が地上に声を投げかけ、ピンク色の光で私を聖戦に導く……過去の罪業を洗い流すのだと……」ヤクザ天狗が返した。「……」ニンジャスレイヤーは押し黙った。再度の沈黙。天狗の赤い鼻先は、赤漆塗りのピストル銃口めいてニンジャスレイヤーの眉間を見据えている。

「……マレニミル社」不意に、ヤクザ天狗はその名を呟いた。「スミマセン、今何と?」復讐者は眉根を寄せ、その聞き慣れぬ社名を問うた。「……ニンジャはファラオの胸ぐらを掴んで起こし、長子に死の呪いをかけたが、長子が女の場合は見逃しネンゴロにすると言った……」ヤクザ天狗は咳き込んだ。 

「……すまんな、本当にすまん」ヤクザ天狗が告解する「私がお前たちを解き放った。私の敵はソウカイヤではない。全ニンジャだ。地はニンジャに溢れ、ヤクザは信仰心を失いドネートは滞る。お前たち全てをジゴクへ送り返し、最後にフジオ・カタクラと妖刀を投げ落としてゲヘナの蓋を閉じる……」 

 ヤクザ天狗は咳き込んだ。その光景はさながら、悪霊に挑むエクソシストめいていた。だがどちらが悪霊でどちらがカンヌシかは、常人にはにわかに判別できぬだろう。「……フジオ・カタクラ……」思いがけぬ名を聞き、フジキドのニューロンがざわついた。胸の奥にわだかまる黒い炎が、熱を帯びる。 

「……またの名をダークニンジャ」ヤクザ天狗がその呪わしき名を告げる。(((……フジオを呼ぶぞ!フジオ!今すぐ来い……!)))トコロザワピラーで聞いた少年の声がフィードバックする。「……ダークニンジャは、滅びた」ニンジャスレイヤーが押し殺した声で言う「妖刀と共に、キョートで」 

「滅びた、だと……」ヤクザ天狗が押し黙る。明らかな動揺。この狂人の中で作り上げられた精密細工めいた歯車の一個が、不正動作を起こしたかのように。……動揺していたのは彼だけではなかった。フジキド自身もまた、自らの言葉ではありながら、宿敵の死に対して形容し難い疑念をおぼえたのだ。 

「ブッダエイメン!」ヤクザ天狗が叫ぶ!「滅びたはずが無い!仮に滅びたならば、何故私は贖罪の聖戦から解放されず、未だに……!」サイバネ義手をわなわなと震わせ、立ち上がる!その時!突如山中に謎のカラテシャウトとユカノの悲鳴が響き渡った!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「ンアーッ!」 

 (((ユカノ!?まさかニンジャが!?)))ニンジャスレイヤーのニンジャ聴力は、その悲鳴を聞き逃すことは無かった!「シツレイする!」ニンジャスレイヤーはオンセンの白い湯を激しく撒き散らしながら、無作法に回転跳躍!傷だらけのその肉体は、瞬時に赤黒のニンジャ装束によって包まれた! 

「Wasshoi!」ニンジャスレイヤーは灯篭と屋根を跳び渡り、硫黄の霧に満ちた山道へと着地する!そして着地からわずか0コンマ3秒!彼は前転から弾丸のように走り出し、悲鳴の聞こえた方角へ向かった!「これは……!」小規模な崖崩れが起こり、額にスリケンを受けたラマが死んでいる! 

 果たしていかなるインシデントか!?ニンジャスレイヤーはニンジャ感覚を駆使し、瞬時に状況判断を行った!(((ラマに乗って散策に出たユカノは、少なくとも二人のニンジャに襲われ……攫われたか!)))彼は天頂を睨み、禁断の台地に続く斜面を駆け上がる!走れ!ニンジャスレイヤー!走れ! 

「……」同じ頃、ヤクザ天狗も露天風呂を出て、脱衣場で戦闘態勢を整えていた。姿見鏡の前でフンドシを巻き、高性能サイバネ義肢をワイシャツと砂埃まみれの黒ヤクザスーツで覆い隠す。急いではいるが、決して粗雑な動きではない。彼の動作はミサに臨む聖職者のようなストイックさに満ちていた。 

「……聖戦の時……」微かなモージョーを唱えながら、スーツのボタンを留める。次いで、オレンジ色の大仰なバックパックが、その正体を露わにする。中に隠されていたのは背負い式のジェットパックだ。彼はそれを背負い、耳の後ろに開いた生体LAN端子へとLAN直結を行う。鈍い起動音が鳴る。 

 キューッ、キュイイイーッ!バックパックに収められた無線装置が甲高いハウリングを起こしている。これは嵩張り、重い。放置の判断を下す。役割は十分に果たした。「マサシの悟り」の市でフジキドたちのラマに付着させた盗聴発信器が、偶然にも、ニンジャスレイヤーの正体を彼に告げたからだ。 

 赤漆塗りの二丁拳銃をLAN直結し、ジェットパックの左右にホールド。それから幾つかのガジェットを……生き残るために必要な最低限のガジェットを、バックパックからヤクザスーツに移した。それには奇妙なアミュレット、聖水入りの小瓶、コデックス装のマレニミル社業務日報などが含まれていた。

 ついに聖戦士出撃の準備が整った。だが……ここで、彼にしか解らないある種の不吉な予感が働く。彼は僅かに焦りながら、聖水入りの真鍮フラスコを胸元から取り出し、その蓋を外して臭いを嗅いだ。「……」穢れている……おそらく、そう判断したのだろう。彼は苦しげに首を振り、中身を捨てた。 

 スターン!ヤクザ天狗はフスマを開け、聖戦士の出で立ちのまま、オンセンコテージの共同トイレへと向かう。その足取りは、ある種の悲壮さすら感じさせる。彼の手には真鍮フラスコとスピリタス瓶が握られていた。「アイエエエ狂人!」浴場に向かう途中のシュゲンジャが天狗とすれ違い、恐怖した。 

「……」ヤクザ天狗は自らが考案した神秘的モージョーを唱え、聖水を作り出す。自らの小便とスピリタスが、秘密の割合で配合されてゆく。悠長に見えるかもしれない。だが聖水は、ニンジャに対して二度目の魂の死、トゥルーデスを与えるために、絶対に必要だと、彼は信じていた。彼は狂っていた。 

「裁きの時は来たれり…!」ヤクザ天狗は聖水瓶を懐に収めると、吸血鬼狩り師めいたニンジャハント装備を万端に整え、コテージを出た。もはや彼に迷いは無い。動揺は、狂気じみた信念によって塗り潰された。彼は繋ぎ止められていたラマにうち跨がり、妖しいアトモスフィアに満ちた夜道を駆ける! 

 

◆◆◆

 

「イヤーッ!」斜面を駆け上がっていたニンジャスレイヤーは、黒々と渦巻く重金属汚染雲を抜け、一気に禁断の台地へと回転跳躍着地した。ヴェールを剥がされた月光が、岩がちなススキ野原と江戸時代の廃墟を照らし出す。 

 ピピピピピピ……微かな電子音を、ニンジャスレイヤーは聞き逃さない。(((これは……!)))次の瞬間、彼の赤黒いニンジャ装束に、赤外線ターゲッティング光が照準を合わせる!数十メートル先に、自動防衛兵器セントリーガンが設置されていたのだ! 

 (((何故こんな所にセントリーガンが!?)))その疑念に答える前に、ニンジャスレイヤーは六連続側転で銃弾の嵐を回避した!BRATATATA!「イヤーッ!」続けざま、高い跳躍からのスリケン投擲!「ピガガガガガーッ!」セントリーガンの制御部に突き刺さり、断末魔の電子音声が鳴る! 

「オムラ・インダストリか……?」跳躍から着地したニンジャスレイヤーは、この聖域に残されたハイテックの置き土産を知った。オムラ・エンタテイメント社の巨大な武装マグロ・ツェッペリン二機が、浜辺に打ち上げられ水牛に喰われた哀れなマグロめいた残骸となって、台地に放置されていたのだ。 

「マサシ伝説に目をつけたオムラは、この聖地に高級レジャー施設を築こうとした……我々の贖罪の祈りを妨げたのだ……」暗闇の中から声。簡素なローブを纏ったそのニンジャ修道士は、重い灰色のフードを上げアイサツした「そして貴様も我らの祈りを妨げるか?……ドーモ、ブレイドマスターです」 

「ドーモ、ニンジャスレイヤーです……」ネオサイタマの死神はジュー・ジツを構えた「……その声には聞き覚えがある、襲撃者よ。オヌシらの贖罪行為に付き合う暇は無い。ドラゴン・ユカノを返してもらおう。直ちにだ」「あのリアルニンジャは貴様のともがらか?」ブレイドマスターが双剣を抜く。 

「……だとしたらどうする」距離はタタミ10枚。殺戮者はカラテ突撃のための間合いを探る。ブレイドマスターは低い声で静かに笑った。「リアルニンジャを匿っていた貴様らの罪業は重く、悔悛の余地は……無い!」ブレイドマスターが仕掛ける!同時に、岩陰から二機のモーターヤブが飛び出した! 

 

◆◆◆

 

「ここは……」ユカノの漏らす嗚咽が、冷たい洞窟寺院の中で反響した。蝋燭の明かりが揺れる。彼女は両手と首に木板の枷を嵌められていた。「……ンッ……ンンッ…」ドラゴン・ニンジャの力を振り絞っても、枷はビクともしない。そこにはタルタロスの強力なコソク・ジツが篭められているからだ。 

 カツン……カツン……。オーガニック・センコの香りを乗せて、複数の足音が響いている。「神話級ニンジャがお目覚めか」「直視に相応しくない肉体ゆえサラシを巻きました」「我々を誘惑し堕落させようとするからな」「おお、何たる罪業……」「悪魔的……」「原罪……」ニンジャ修道士たちの声。 

「護衛のニンジャは撒いたか」「無論です」「オムラの置き土産とブレイドマスターが、台地で待ち構えておりますゆえ」「仮にそれを突破されたとしても……この迷宮じみた地下寺院都市の廃墟で、奴は死を迎えることになりましょう!」「……ヨロシイ……。フハハハハ……!」「フハハハハ……!」 

 ニンジャ修道士たちが侮蔑の視線とともにユカノを取り囲んだ。「あなた方は何者です」ユカノは睨みつけた。「ドーモ、ドラゴンニンジャ=サン。我々はニンジャ修道会。私はタルタロスです。そして……」「ワッチタワーです」「スモークです」「セノバイトです」「スタラグマイトです」 

「ドーモ、ドラゴン・ユカノです。ニンジャ……修道会……?」ユカノは繰り返した。それは全く未知の概念であったからだ。「左様」頭目のタルタロスが語る「我らはニンジャソウル憑依者となり、人間ではなくなった。我らは邪悪なるニンジャソウルのために罪を犯す。ゆえに、隠れ、潜むのだ……」 

「ニンジャ、それ自体が罪業」フードを目深に被ったその大柄な男が言い、カッパドキアめいた陰鬱な岡山県の洞窟に冷たい声が響いた。男が錆び付いた滑車を回すと、足場は下降を始め、地下遺跡へと達する。ユカノは眼を見張った。男は続けた「故に我らは潜まねばならぬ、再び人間に戻る日まで」 

 そこは天然の鍾乳洞をもとに作られた、広大な古代ニンジャ文明の寺院跡であった。壁面にはしばしば、エジプト死者の書めいた奇怪な年代記が刻まれている。ユカノの記憶がざわめく。彼女とニンジャ修道士たちを載せた足場は、軋んだ音と共になおも下降を続けた。底からはドリルの音が響いてくる。 

「人間に戻る……?」ユカノは問う。「ニンジャである限り、我らは永遠に罪を犯す……捕食動物が獲物を捕えるように……人間を虐げ殺す……この定めからは逃れられんのだ。我らは苦悩し、この聖地でザゼンを組み、禁欲的生活を送り、人間に戻るための方法を探し続けた……」タルタロスは続ける。 

「……そして偶然にも、この遺跡を発見したのだ」ズグーン……重々しい音とともに、足場がニンジャ遺跡の床に到達する。大鍾乳洞には粗雑なバンブー櫓が組まれ、灰色のローブを纏った人間の奴隷たちが、ドリルやツルハシなどで発掘作業を行っていた。その中には捕縛されたオムラ社員もいた。 

「…あなた方は何を罪業と言っているのです」ユカノが怪訝な顔で問うた。それまで抑圧された奥ゆかしさを保っていたタルタロスが突如、フードを外してニンジャ装束を露わにし、両手を広げて威圧的に吠えた「……見ての通り、この邪悪さだ、リアルニンジャよ!……我々はこれを止められぬのだ!」 




「主よ、赦したまえ……我らの罪業を……」麓近くの崖の上でラマ屋のテクノピューリタンは頭を垂れ、サルファ臭が混じった冷たい夜霧の中、ひとり静かに祈りを捧げる。危うい崖に根を張る痩せた一本松は、そのまま彼の精神状態を表しているかのようだ。 

 彼のスキンヘッドには、優れたタイピング速度を誇る戦闘的ハッカーだった頃の名残であろう、反社会的なバーコードタトゥーと「人工的な」「特に」のテクノミンチョが。また、かつて危険なハッキングでニューロンを焼き切った敵ハッカー数のキルマークが、サイアン色の漢字タトゥーで刻まれている。 

 アンコシチュー坩堝めいた猥雑電脳都市ネオサイタマにおける宗教的ケミストリーの結果、テクノピューリタンには様々な教派が存在するに至った。彼の一派はキリスト教的な側面が強く、ゆえに、セプクやキヨミズなどの贖罪行為は許されない。自殺によって罪業から逃れることは、永遠に不可能なのだ。 

 恥を重ねながら、この修行の地で生き、重金属酸性雨で荒れ果てた畑を耕し、ラマを育て、子を産み、育てねばならない……汗を流し、サイバネ義肢を錆び付かせ。「神よ、イチコは赦されたのでしょうか…」ラマ屋は岩の上に置いた耐重金属酸性雨コーティング済みの祭壇に手を合わせ、妻の名を唱えた。

 ラマ屋の妻は、IRC一切不可能という過酷な贖罪生活に実際耐えきれず、次第に病んでいった。彼のコミュニティにいたハーバル・セラピストはこれを見て「マサシの悟りを越えたさらに先、電波汚染されていない清浄な大気が存在する禁断の高地へと向かい、オンセンで療養せねば死ぬ」と告げたのだ。 

「私の判断は正しかったのか、それとも…」娘とラマとコメ畑を放置してはゆけぬため、他の者が皆そうするように、彼も妻をコミュニティ内の巡礼者達に託した。共に山道を歩き、禁断の高地にあるオンセンや聖地やザゼンスポットなどを訪れるべく、巡礼者達が定期的に麓と高地を行き来しているのだ。 

 しかし妻は帰らなかった。彼女はもうIRCやハンドルネームを心配しなくなっていったのだが……ザゼン療養が終わりに近づいたある霧深い日に、山道で足を踏み外し、彼女は谷底へと落下した……。コミュニティの巡礼者たちは、申し訳なさそうにそう告げ、かつ、イチコが解放されたことを祝福した。 

 それだけなら、彼は妻の死を受け入れたかもしれない。だが同行者の中におかしな事を囁く者がいた。「ニンジャが現れ彼女を攫った。私はそれを見た。いつか私もニンジャに攫われるだろう」と。誰も彼を信じなかった。サイバネが普遍化した時代にカミカクシ・キッドナップなど、正気の沙汰ではない。 

 ディラディラディラピビポボ……耳の奥にコモドール64めいた過剰装飾の電子讃美歌が反響し、祈りを妨げる。ハッカー時代に彼が聴いた音楽。それをBGMに何人もの直結者を殺した。撃墜王気取りの、調子に乗った若者。もう遠い昔。この音楽は今や、ニューロンにこびりついて離れぬ冒涜的な罪業。 

 ラマ屋は苦しげに首を振った。「慈悲深き神よ、彼女は救われたのか……それとも未だ……」多くの者は無力であり、祈る事しかできない。自らが殺したハッカーにも家族はあっただろう。インガオホーと言われれば何も言えぬ。だがセプクもできぬのだ。このわだかまりを、誰が聞き遂げてくれるのか。 

 ラマ屋は落涙による頭痛を堪え、風情のある月が浮かぶ夜空を仰ぎ見た。そして畏れと疑念の入り交じった目で、聳え立つ禁断の高地を見た。おお……ナムサン!彼はその事実を知らぬ!妻イチコはいまやラマ屋の祈りの届かぬ所……神々の与り知らぬ場所に囚われていたのだ!邪悪なニンジャ修道院に! 

 

◆◆◆

 

 岡山県。カッパドキアめいた禁断の高地。ここは有史以前から、数多くの政治犯や宗教的異端者の避難所となってきた。その洞窟都市に最初に住み着いたのは誰だったのか……記録は一切残されていない。一説には、ブディズム伝来によって迫害されることになった土着ドルイド教徒であるとも囁かれる。 

 その後、雲の上の石窟寺院都市は何度も無人の廃墟となり、その度に、新たなマイノリティが住み着いた。江戸時代には、政府から迫害されたキリスト教徒が住み着いたこともあり、異端認定されたブディズムの一派がレジスタンス拠点として使った事もあるという。十字架シンボルや銃眼はその名残だ。 

「そして今は、UNIXから逃避する気の狂ったテクノピューリタン共と、この我々……セイシンテキ・キョーヨーを求めるニンジャ修道会の避難所なのだ…」巨漢修道士タルタロスの声が鍾乳洞に響く。彼はフードを目深に被り直していた。その声は厳粛で、凶暴性やニンジャ衝動は覆い隠されている。 

「私に講釈とは、随分と歴史に詳しいようですね」ユカノが言う。その表情は超然としており、恐怖や怒りといったあからさまな感情は読み取れない。タルタロスは返さず、拘束されたユカノを引いて回廊の入口へと向かった。掘り出した金塊を手押し車で運んでいた奴隷たちが、ドゲザして道をあける。 

「答えなさい。何がニンジャのせいなのです?何を罪業と言っているのです?人間も人間から奪い、殺し、奴隷にしてきたでしょう?」ユカノが問う。「イヤーッ!」後ろを歩いていたスタラグマイトが衝動を抑えきれなくなり、何の落ち度も無い奴隷にカラテを叩き込んだ!「アバーッ!」即死!非道! 

「タ……タルタロス=サン、申し訳ありません。またしても内なるニンジャソウルに屈し、罪を重ねました。……後ほど、自らに鞭打ちを課しますゆえ……」スタラグマイトがドゲザする。「リアルニンジャよ、お前の悪意ある問答が彼を苦しめ、無辜のモータルを殺さしめたぞ……」タルタロスが言う。 

「禁欲生活を続けてきた彼らに、お前の言葉は余りに邪悪で刺激的すぎるのだ。しばし口を慎むがよい」タルタロスが告げた。「ッ……」ユカノは歯噛みする。注意深く行動せねば、モータルが虫めいて死んでゆく……それは避けねばならぬ。祖父から授かったインストラクションを守らねばならぬのだ。 

 やがてニンジャ修道士たちは、コケシ型の柱を持つ回廊の入口に到達した。鋼鉄製のフスマが開け放たれる。「さあ来るがいいリアルニンジャよ。我らのために汝の罪を購う時だ……」ユカノを連れたタルタロスは、他のニンジャ修道士たちを鍾乳洞に残して回廊の奥へ進み、後方でフスマが閉められた。 

 

◆◆◆

 

「イヤーッ!」ブレイドマスターは低い姿勢でコマめいて回転しながら前進し、極めて回避困難な中段下段の連続斬りを繰り出した!「イヤーッ!」これを紙一重の連続バック転で回避するニンジャスレイヤー!タツジン!最後にひときわ大きくサマーソルト跳躍を打ち、灯篭を飛び越えて距離を取る! 

 だが彼の着地地点近くに展開していたモーターヤブ2機が、電磁サスマタで突撃!「ピガッ!ピガガガッ!」「一帯はオムラ・エンタテイメント社が所有権を主張するものであり、投降は受け付けておりません!」白塗りの機体に橙色で社章を塗装された武骨な逆関節殺戮機械たちが駆動音と共に迫る! 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは左右からの電磁サスマタ攻撃をブリッジ回避!青色のアーク放電を放つ先端部が空気を灼き、赤黒いニンジャ装束を不吉な色彩で照らす!間髪入れず、彼は低い姿勢で回転!右モーターヤブの膝関節に痛烈なカラテフックを叩き込んだ!「イヤーッ!」「ピガーッ!」 

 KRAAASH!膝関節部が破壊され、白い塗装が放射状にスパーク!右ヤブの機体がよろめく!続けざま、ニンジャスレイヤーは左ヤブが突き出してくる電磁サスマタを低い跳躍で回避して身を捻り、太陽光充電パネルを備えた左ヤブの頭部へとチョップを叩き込んだ!「イヤーッ!」「ピガガーッ!」 

「イヤーッ!」「ピガーッ!」「イヤーッ!」「ピガガーッ!」連続カラテを受け、特注型モーターヤブ2機は大破!大きく弾き飛ばされた1機がマグロツェッペリンの残骸に突っ込んで爆発!その衝撃でツェッペリン搭載のDJシステムが誤作動し、テクノアレンジされた怒りの日が大音量で流れ出す! 

「もはや援護は無いぞ。穴蔵に逃避し、震えながら祈ってみてはどうだ、ブレイドマスター=サン。…むろん、追いつめて殺すが」爆炎を背負いながら、ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構え直した。彼の装束はすでにボロ布めいている。敵が繰り出してきたモーターヤブは計12機。全て破壊した。 

 灯篭に着地し二刀流を構え直したブレイドマスターは、フードの下で歯ぎしりした。そして鋭角に跳躍し、ニンジャスレイヤーに斬りかかる!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ドウグ社のブレーサーが斬撃を弾き、月光の下で赤い火花を散らす! 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは左の斬撃を弾いていなすと、右の一撃が振り下ろされる前に敵の懐へと爆発的瞬発力で飛び込んだ!二刀流の弱点はワン・インチ距離の攻防である!ブレイドマスターが己の失策に気付いた直後、重いカラテがその脇腹に叩き込まれる!「イヤーッ!」「グワーッ!」 

 肋骨を割られたブレイドマスターはワイヤーアクションめいて吹っ飛び、平安時代の灯篭に激突!「グワーッ!」吐き出された血の飛沫が、灰色の修道服を染める!「答えよ。オヌシらの騙る贖罪とやらを。ユカノを使って何をしようとしている」ザンシンを決めるニンジャスレイヤー!既にイポンか!? 

「貴様に何が解る!我らの苦悩が!ニンジャソウルの罪業が!解るか!?」ブレイドマスターは血を吐きながら笑い、立ち上がった。痛みは無い。修道生活の中で抑圧されていた凶暴性と攻撃衝動が爆発的に解放され、ニンジャアドレナリンが彼のニューロンを駆け巡っている。恐るべき宗教的昂揚感だ! 

「その罪業とやらを全てユカノに肩代わりさせ、オヌシらは人間に戻るというのか?くだらぬ絵空事だ。重篤ズバリ中毒者でも、もう少し現実味のある更正プログラムを描くだろう」「竜の舌め!我らを惑わすか!?」再び両者のカラテが激突!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 ニンジャスレイヤーの怒りが、痛烈なカラテとなって敵の鳩尾を抉る!「イヤーッ!」「グワーッ!」ナムサン!それはユカノ奪還のための焦燥めいた怒りか、仄見える修道会の欺瞞への怒りか、或いは妻子の仇フジオ・カタクラの名がもたらした憎悪のケミストリーか!「イヤーッ!」「グワーッ!」 

 重い連撃を受けてもブレイドマスターは倒れない!むしろ殉教者じみた恍惚を味わいながら、捨て身の斬撃を繰り出すのだ!「イヤーッ!」「グワーッ!」バック転が遅れ、腹部を真一文字に斬りつけられるニンジャスレイヤー!傷は浅い!怒りの日が無限反復する中、両者の危険なカラテはなおも続く! 

 

◆◆◆

 

 黴臭い埃の臭いと、ランプ油の燃焼する香りが混じる。タルタロスの掲げるランタンが、ピラミッド地下迷宮めいたニンジャ遺跡の回廊を照らす。彼の横には、コソク・ジツによって自由を奪われたユカノが並んで歩いていた。 

 左右にはエジプト死者の書めいたニンジャ壁画が彫られ、忘却の彼方に消えた古代ルーンカタカナが刻みつけられている。仮に、常人がこれを目撃すれば、急性ニンジャリアリティ・ショックによって実際発狂するだろう。ユカノはそれらのニンジャ真実断片を観察しながら、回廊の奥深くへと進んだ。 

 これを解読できる者は、ニンジャとモータルを併せてもごく少数。もし、世界中に点在する古代ニンジャ遺跡を巡った者がいるならば、これら壁画やマキモノの中に、数多くの食い違いや矛盾点を見いだす事だろう。そしてユカノは、そうした歴史の断片化と矛盾を知る数少ない探索者のひとりであった。 

「神話の時代……すなわち暗黒の時代……」一定の歩調を保ったまま、タルタロスはランタンの灯りで壁画をなぞった。数千年の時の流れを僅か十数メートルの長さで説く、壮大なパノラマ壁画だ。「……バトル・オブ・ムーホン……ニンジャの祖たるカツ・ワンソーの死……平安時代の幕開け……」 

「……バトル・フォー・セキバハラ……最終戦争のために貴様らが行ったハラキリ・リチュアル……すなわちキンカク・テンプルへのソウル退避……リアルニンジャの敗北……江戸時代の訪れ……すなわち立ち枯れの時代……黄昏の時代……」そこで壁画は終わり、青銅の扉が二人の前に立ちはだかった。 

「ドラゴン・ニンジャ=サン、お前は数々の罪を犯した。古くは楽園から知恵の実を奪うようモータルを誘惑し、数々の国を滅ぼし、平安時代にはキンカク・テンプルの秘密を明かして戦争のために多数のニンジャソウルを蓄えた。……それが悠久の時を経て、罪無きソウル憑依者を苦しめているのだ!」 

「一方的な物言いですね」ユカノが返した。「この期に及んで、まだ罪業から逃れようとするか。その舌と目で我らを誘惑しようとするか、竜め。我がジツで、欺瞞を暴いてくれる。無垢という名の、人間めいた偽りの精神の薄皮を、一枚ずつ剥ぐようにしてな……」タルタロスは青銅の扉を押し開けた! 




 鶴のレリーフが施された青銅扉が、耳障りな軋み音とともに押し開けられる。その奥には、一段高くなった古の茶室が隠されていた。荘厳なチャブの上に置かれた水晶ニンジャ髑髏。壁に掛けられた様々な表情のオメーン。絵巻物。ショドー。部屋の隅、紫座布団の上にはニンジャ装束を着たミイラが二体。 

 そこがある種のニンジャヴォールト、すなわち封印された秘密の保管庫であり宝物庫であることは、容易に察せられる。縁の下に並べられた茶壺やコーベインの山だけでも、果たしてどれほどの金銭的価値があることか。だが中でも最も目を引くのは、茶室の中央に据え置かれた奇怪な黄金の装置であった。 

「あれは……!」捕縛されてから初めて、ユカノの顔に微かな恐怖の色が浮かぶ。失われた記憶の断片が、磁石に引き寄せられる砂鉄めいて、自動的デフラグを開始しようとする。その黄金の装置は、イシダキと呼ばれる江戸時代の残虐拷問器具に似ていたが、それよりも遥かに荘厳な装飾が施されていた。 

「これは何だ、ドラゴン・ニンジャ=サン」タルタロスがユカノを従えて茶室へ上がり、黄金イシダキへ近づく。「覚えて……いませんね」本能的な危機を感じたユカノは、両腕に再び力を篭める。だが努力は無駄であった。木枷に発光ルーンカタカナが浮かび上がり、コソク・ジツの力が自由を奪うのだ。 

「……では思い出させてやろう」タルタロスが告げた。木枷の表面を滑るルーンカタカナ文字が、UNIXシステムメッセージ洪水めいて速度を増す。するとユカノの両足は一歩、また一歩と黄金イシダキへ近づき……おお……ナムアミダブツ!ユカノの白い脛が、たくさん並んでいる小さな三角柱の上に! 

「イヤーッ!」タルタロスは装置の横に置かれた大きく重い黄金板を持ち、ユカノの腿の上に!ナムサン!その黄金板には、死せるファラオが冥界の丘を突破するために事前に読んだとされる死者の書めいたニンジャマップが刻まれていた!「ンアーッ!」神秘的な機構が働き、ユカノが苦しみに悶える! 

「イヤーッ!」タルタロスは装置の横に置かれた大きく重い黄金板を持ち、ユカノの腿の上に!ナムサン!その黄金板には、死せるファラオが冥界の丘を突破するために事前に読んだとされる死者の書めいたニンジャマップが刻まれていた!「ンアーッ!」神秘的な機構が働き、ユカノが苦しみに悶える! 

「イヤーッ!」タルタロスは装置の横に置かれた大きく重い黄金板を持ち、ユカノの腿の上に!ナムサン!その黄金板には、死せるファラオが冥界の丘を突破するために事前に読んだとされる死者の書めいたニンジャマップが刻まれていた!「ンアーッ!」神秘的な機構が働き、ユカノが苦しみに悶える! 

 ナムアミダブツ!三枚である!三枚もの黄金板が、正座するユカノの腿に置かれたのだ!黄金の質量は一般的な石の質量とは比べ物にならないほど大きい事が知られている。神秘的機構を差し引いても、その苦痛たるや……この責め苦を受けるのがモータルのオイランであれば、とうに失神していただろう! 

「……黄金板は全部で10枚ある。この装置がニンジャソウルに関する何らかの機能を持つ事は、ルーンカタカナから読み解けた。そしてこの装置が、他ならぬドラゴン・ニンジャ=サンによって考案されたこともな……」タルタロスが低く押し殺した声で告げた。「……ッ!」ユカノは歯を食いしばる。 

「この装置を描いたマキモノがモータルの世に流布し、あの野蛮なイシダキ拷問器具となったのだろう。おお……何たる邪悪!これもまた、お前が遺した罪業の一端だ。自らが考案した装置で拷問を受ける気分はどうだ、ドラゴン・ニンジャ=サン。これぞインガオホーよな」タルタロスが言い放った。 

 ユカノは身体をがくがくと震わせるばかり。「お前は邪悪だ、あまりに邪悪なのだ、ドラゴン・ニンジャ=サン。かつてお前がどれほどのモータルを気紛れに殺め、邪悪をばらまき、戦争を引き起こしたか?どれほどの国を滅ぼしてきたか?しかもそれを罪と感じず、嬉々として生を謳歌しているとは!」 

 だがユカノは虚ろな目で中空を見つめ、直結ウィルス攻撃を受けたハッカーめいて全身を小さく痙攣させるのみ。激痛のためか?……否、断片化された彼女の記憶に、何らかのショックが与えられているのだ!「気絶は贖罪後まで許さぬ…イヤーッ!」タルタロスがさらに黄金板を重ねる!「ンアーッ!」 

「……あなた方は……ニンジャソウルの邪悪さに辟易し……人間に戻りたいと言っていたのでは……?それとこの野蛮な拷問が、どう関係しているのです……?この装置の正体を知りたいのですか、それとも……?」額に汗粒を浮かべたユカノは、フードを目深に被った涼しい顔のタルタロスを睨む。 

「……ようやく罪を認め、全てを懺悔する気になったか?ではまずこの装置は何か……答えよ、ドラゴン・ニンジャ=サン」「アセンションのための試作装置……」ユカノは言う。それは取り戻したばかりの過去の記憶の断片。「……ニンジャソウルをオヒガンの黄金立方体に届けるための神秘の装置」 

「……キンカク・テンプルで行った一斉ハラキリ・リチュアルが、ニンジャソウルを生み出したのでは?」タルタロスが疑念を露わにして言った。「この装置は残念ながら、正常には……期待されていたほどの精度では機能しませんでした。……その後に、改良され、洗練されていったのです」とユカノ。 

「……その弁明は、我らの見解とは若干異なる。だが、お前がソウル憑依者を生み出した張本人である事実に何ら変わりはない……」タルタロスが返す。ユカノは深く呼吸を整えながら言った。「そろそろ……私の問いにも答えたらどうです?ソウル憑依者を人間に戻す方法を……知っているのですか?」 

「ニンジャソウルのみを砕く事は不可能。我々は長い試行錯誤の末に、それを悟った。しかしこの遺跡におけるザゼンは、私に別な可能性を示唆した……苦悩の原因、全ての罪業の根であるドラゴン・ニンジャが罪を認めドゲザし、セプクする事で、我らの罪は購われるであろうと」タルタロスは言った。 

「……購われる?……誰が赦すのです?……神ですか?……神はモータルのためのものですよ」ユカノが怪訝な顔で……そして心底残念そうに言った。直後!「ダマラッシェー!」タルタロスは押し殺していた凶暴性を突如爆発させてユカノを一喝し、さらに黄金板を積み重ねる!「ンアーッ!」 

「竜め!我らを誑かそうとしても、そうはいかんぞ!その苦痛に呻く声のひとつひとつすら、我らの贖罪の糧となるのだ!私は今、確実に自らの罪の浄化を感じている!」タルタロスは残る全ての黄金板を掴んだ!ナムサン!この装置が動作すれば、いかなる凄惨な運命がユカノを襲うのであろうか! 

 しかしユカノは神秘的なチャドー呼吸から、木枷に向かって息を吹きかけた!果たしてこれは、いかなる太古のアンタイ・ジツか!直後、木枷に浮かぶカタカナは、その禍々しい光を失ったのだ!ゴウランガ!「イヤーッ!」コソク・ジツが破られ、ユカノは黄金板を撥ね飛ばしながら爆発的に跳躍した! 

 空中でユカノの全身に赤い龍の刺青が浮かび上がる!刺青は幻影めいて彼女の身体の周囲を螺旋状に舞った。それは薄汚いサラシを全て焼き払った直後、彼女の身体を包む威厳に満ちた赤と金のニンジャ装束となったのだ!「イヤーッ!」ユカノは空中で木枷を粉々に破壊しつつ、チャブの上に回転着地! 

「お前の如き下郎のためにセプクする気はない。モータル、何ができるか見せてみろ」ドラゴン・ニンジャは片手の甲を突き出し、手招きするように挑発姿勢を取った。彼女に慢心は無い。タルタロスの構えるジュー・ジツからは、アーチニンジャ級と目される油断ならないカラテが漲っていたからだ! 

 

◆◆◆

 

 広大な鍾乳洞で待機する4人の邪悪な修道士ニンジャたちは、灰色の質素なローブでニンジャ装束を覆い、陰鬱なフードで目元を隠し、立ち尽くしている。4人の修道士ニンジャとはすなわち、スタラグマイト、スモーク、未熟なるワッチタワー、そしてタルタロスの右腕たるセノバイトである。 

「ニンジャ遺跡の奥で、いかなる儀式が行われているのですか」ワッチタワーが囁き声で問う。彼はザイバツ崩壊後にここへ流れ着いたばかりであり、全教義に精通しているわけではない。だがドラゴン・ニンジャの実在という貴重な情報をもたらした彼の功績は、修道会内でも実際重視されているのだ。

「贖罪の儀式です。我々を罪業から解き放ち、再び人間として地を歩ませるための」セノバイトが穏やかに答える。彼はニンジャソウル憑依直後に最愛の人を殺し、贖罪の旅に出て、数々の罪を重ねつつここに至った。「ドラゴン・ニンジャが神聖なスケープゴートとなるのですね?」とワッチタワー。 

「いかにも。しかし短絡的理解はいけません。平安時代末期……ソガ・ニンジャとドラゴン・ニンジャは、永遠に戦争を続けるため、ファラオめいた永劫の魂を手に入れるために、ハラキリ・リチュアルを行わせましたね。後世の人間……我々のような罪無き者の立場など気に留めることもなく」「ハイ」 

「何度その名を聴いても、私は自らの罪深さに実際セプクしたくなります」ワッチタワーは深く恥じ入った。かつて彼が盲目的に仕えた主君は、ソガ・ニンジャのソウル憑依者であったからだ。「我々はセプクしません、絶対に。それは邪悪なニンジャソウルに屈した事になります」セノバイトが諭した。 

「ソウルを弄んだ事は神への冒涜です。その罪を我々が被る謂れは無い」セノバイトは首から提げたホーリーシンボルを強く握った。「全ての元凶であるドラゴン・ニンジャが我々に対して心の底から謝罪し、ドゲザし、セプクした時……神は全てを赦し、我々はこの永劫の呪いから解き放たれるでしょう」

「しかし数千年を生きたあの厚顔無恥で邪悪な竜が、そう簡単に罪を認めるでしょうか?ましてセプクなど」とワッチタワー。「故にタルタロス=サンが拷問の罪を負うのです。一日で無理ならば一月、一月で無理ならば一年…」セノバイトは静かに十字を切りながら答える。ナムサン!贖罪に拷問とは! 

「仮にそうなった場合、タルタロス=サンは、我々にも贖罪の機会を与えてくれるだろうか?竜にこの手で鞭を叩き込み、石を投げたい」スモークが言った。「当然の権利があるでしょう。しかし……今の発言はやや邪悪ですね……。嗜虐心を満たしたいだけなのでは」セノバイトが顔をしかめた。 

「オオッ……罪深い……またも邪悪なニンジャソウルに心を支配されてしまった……」スモークはハッと気づき、首を振って自らの発言を否定すると、セノバイトの前で片膝をつく。「顔を上げなさい、無理からぬことです……無理からぬことなのです……」セノバイトが再び穏やかな声に戻る。 

「全てはドラゴン・ニンジャの罪業ゆえです。あの古竜は、存在するだけで我々を罪へ誘うのです。あの古竜はそうして他者を惑わし、サキュバスめいて精を吸い、肉体を保ちながら生き長らえてきたに違いないのですから……下手に手を出せば魂を魅了され奴隷にされるでしょう」セノバイトは説いた。

「……あの神話級ニンジャに唯一対峙できるのは、鋼の精神力を持つタルタロス=サンのみ。かつて彼はこの遺跡で、いかなる罪をも冒さぬまま、まる一年もの間ザゼンとカラテトレーニングを続けたのですから……」セノバイトは自戒の念も含めながら、そう締めくくった。 

「……セノバイト=サン、ありがとうございます。確かに罪が浄化されていっている確信があります。さらなる贖罪のために、少しこの場を離れさせて頂きたいのですが……」ワッチタワーが深々と礼をし、言った。「何処へ?」スタラグマイトが問う。「上の礼拝堂で、祈りを捧げてこようと思います」 

「善いことです。我々が人間に戻る日は近い……その時、神に祝福された我々は、ニンジャよりも人間よりも遥かに尊い存在となっているでしょう……」セノバイトが了承した。ワッチタワーは頷くと、壁や採掘器具に寄りかかって咳をする奴隷たちには目もくれず、滑車リフトのひとつで上へ向かった。 

 キュコキュコキュコ……ワッチタワーは奴隷の力を使わず自らの手で滑車を回し、リフトを上昇させた。「イヤーッ!」そして縦穴から無数に伸びるトンネルのひとつへと回転跳躍して飛び降り、フードを被り直して静かに礼拝堂へと向かう。「アイエエエエ……」奴隷たちが竦み上がって道を空ける。 

 少し離れた石窟礼拝堂では、数名の奴隷修道女が、ニンジャ修道会の贖罪のために祈りを捧げていた。カッパドキアめいた洞窟の中で響く、暗いハミング。戸口の外では、数名の奴隷が目を閉じ涙を流す。微かに漏れ出す彼女らの澄んだ声は、哀れな奴隷たちの心を一時的にではあるが慰めるのだった。 

「イヤーッ!」そこへ現れたワッチタワーが、奴隷に突如カラテを叩き込み殺した!「アバーッ!」非道!「盗むなかれ。祈りはお前達のためのものではない」「アイエエエエ!」他の奴隷たちが逃げ出し、持ち場へと戻る。奴隷修道女達が異変を察知し、震える。その中にはラマ屋の妻、イチコもいた。 

「後ほど自らに鞭打ちを……」ワッチタワーが石窟礼拝堂に足を踏み入れる。壁面に刻まれた明かり取り窓は、さながら質素なステンドグラスのよう。その窓枠であるホーリーシンボル装飾が、傾いた月に照らされ、背徳修道士めいたニンジャに十字の烙印を押した。その目は邪悪な欲望に輝いていた。 

「アイエエエエ……」無力なる奴隷修道女にとって、ニンジャ修道士の影は絶望の象徴であった。それは柵を乗り越え子羊を襲う狼。農作物を食い荒らすイナゴ。「……何故祈りを止める?……私がニンジャだからか?」ワッチタワーは品定めするように、礼拝堂の隅で抱き合う奴隷修道女たちを睨んだ。 

「私がニンジャだから……怯え、祈りを止めたのだ……!その通り、私は罪業にまみれている!」ワッチタワーはイチコに対し嗜虐的な視線を向けた。「アイエエエエ!」奴隷修道女たちは救いを求めて叫ぶ!おお、ナムアミダブツ!もはや敬虔な祈りを聴き遂げる神々は死に絶えたのか!?……その時! 

 KRAAAAASH!断崖絶壁にあるはずの明かり取り窓の装飾が外側から砕かれ、銀色の背負い式ジェットパックを装備した謎の男が、石窟礼拝堂へと突如乱入してきたのだ!果たして何者か!?……ヤクザスーツにテング・オメーン!……その両手には赤漆塗りのオートマチック・ヤクザガン! 

「何者だ、貴様は……!」ワッチタワーは呆気にとられ、謎の侵入者を指差した!「贖罪の天使、ヤクザ天狗参上!」有無を言わさぬバリトン声が、石窟礼拝堂に響き渡る!(((贖罪の天使……贖罪の天使だと!?まさか神々が実際遣わした……!?)))ワッチタワーは狼狽し、オジギ姿勢を取る! 

「ド、ドーモ、ヤクザ天狗=サン、ワッチタワーで……」邪悪なニンジャ修道士が反射的アイサツを繰り出した刹那!「……!」ヤクザ天狗は淀み無くオートマチック・ヤクザガンの論理トリガを引き、無慈悲なるアンブッシュ連射を行った!おお、銃口から火竜の舌の如く吐き出される、裁きの弾丸よ! 

「グワーッ!?」ワッチタワーの全身に重金属弾が叩き込まれる!ニンジャの習性を知り尽くした熟練のニンジャハンターならではの先制打!「イヤーッ!」ワッチタワーは反射的にスリケンを投擲する!だがその動きを予測していたヤクザ天狗は、斜め前方へのジェット噴射ジャンプでこれを回避! 

「ARRRRRRRGH!」ワッチタワーは激しい怒りに苛まれ、狂乱状態の獣めいてヤクザ天狗に飛び掛かり、カラテを挑みかかる!だがテング・オメーンの中に隠されたサイバネアイは、すでにこの礼拝堂の構造をスキャニングし、緑色ワイヤフレームめいた最適飛行パターンを構築していた! 

「天狗を畏れよ!」ヤクザ天狗はジェットパックを使った巧みな水平飛行から、礼拝堂の壁を蹴って軌道を変更!アンブッシュで重傷を負ったワッチタワーを完全に翻弄!「スッゾコラー!」そして上空からオートマチック・ヤクザガンを連射!「グワーッ!」ワッチタワーの片足が切断される! 

「ザッケンナコラー!」「グワーッ!」「スッゾオラー!」「グワーッ!」無慈悲!まるで上空旋回ヘリから狙撃されるサバンナ野生動物の如し!その常軌を逸した光景に混乱した修道女たちは、マイコ回路を誤動作させたオイランドロイドめいて立ち上がり、いつしかカルミナ・ブラーナを歌っていた! 

「アイエエエエ!贖罪の天使……贖罪の天使だと……!」修道服を自らの血で真っ赤に染め上げたワッチタワーは、ぼろ布のような外見となって礼拝堂から転がり出て、石窟都市の回廊を飛び跳ねるように逃げてゆく。だが細く狭い回廊は、背後から迫るヤクザ天狗にとって絶好の攻撃スペースであった! 

「……そしてニンジャは謎めいた煙玉で疫病をばらまき、ファラオの家畜を全て殺した……」ヤクザ天狗は秘密のチャントを唱えながら左右の論理トリガを引く。BBLAMN!「グワーッ!」残る片脚も背後からの射撃で切断され、地を這うワッチタワー。血が、体温が、全身から急激に奪われてゆく。 

「こんな……こんな贖罪は……望んでいない……」ワッチタワーは恐怖を感じながら、天井を仰ぐ。ヤクザシューズの靴音と奴隷修道女の歌声が近づく。狂気と憤怒の表情だけを刻んだテング・オメーンが、彼を見下ろす。「すまんな、本当にすまん、私がお前たちをジゴクより解き放ったのだ……」 

 BBLAMN!リデンプションと名付けられた銃が論理トリガを引かれ、ティンパニの一撃めいた重さでワッチタワーの左腕を破壊!「グワーッ!」BBLAMN!アブソリューションと名付けられた銃が論理トリガを引かれ、ティンパニの一撃めいた重さでワッチタワーの右腕を破壊!「グワーッ!」 

「ま……待ってく……まだ……贖罪の心の……準備が……」ニンジャは息も絶え絶えにそう哀願した。奴隷修道女たちの怒りに満ちた歌声と眼差しが浴びせられていた。ヤクザ天狗は胸を抑えて小さく咳き込んでから、二枚のセンベイを取り出してワッチタワーの目を塞いだ。そして聖水瓶の蓋を空けた。 

「ブッダエイメン!」ヤクザ天狗は高アルコール濃度の聖水をワッチタワーに振り掛けると、有無を言わさず火を放った。それは彼が独自に考案した、ニンジャを蘇らせぬための秘密のモージョーである。彼は狂っていた。 

 魔女裁判被害者めいて生きたまま裁きの業火に包まれたワッチタワーは、苦痛と恐怖の中で絶叫!そして爆発四散!「サ……サヨナラ!」「……」ヤクザ天狗は立ち尽くしたまま、傍で死んでいる二人の奴隷に短い祈りを捧げる。ヤクザガンの跳弾を受け巻き添えになった者たち。聖戦の尊い犠牲である。 

「アイエエエエ……」修道女たちは、この常軌を逸した儀式を直視したことでショックを受け、戦慄にうちひしがれてその場に立ち尽くしていた。彼は何者なのか。贖罪の天使。ニンジャを殺すヤクザ、そんなものが存在するのか。本当にヤクザなのか。あるいは天狗なのか。そのどちらでもないのか。 

「……」ヤクザ天狗は無言でオートマチック・ヤクザガンをリロードしてから、周囲をサイバネアイで見渡した。回廊で呆然と祈りを捧げている奴隷の片手がズームアップされる。その奴隷の指がケジメされているのを、ヤクザ天狗の脳内UNIXに備わったヤクザディテクト回路は見逃さなかった。 

「……」ヤクザ天狗はその男に歩み寄った。「あ……貴方はもしや……ヤクザ天狗=サン……!」その奴隷は、ネオサイタマから流れ着いた、しがない元ヤクザのピルグリムであった。刑務所の中でヤマヒロという男から聞いた伝説が、今、彼のニューロンの中でスパークし、涙となって零れ落ちていた。 

「お前はヤクザか?」「そうです」「すまんな……私が犯した大罪のせいで……」ヤクザ天狗は労苦をいたわるように彼の背中を叩いた。そして過酷な運命を告げた。「立ち上がるのだ、聖戦士見習いよ」「ハ、ハイ……」ヤクザは少し怯え、静かに頷いた。ヤクザ天狗はオメーンの奥で泣いていた。 

 

◆◆◆

 

「ブレイドマスター=サンが遅い……あのニンジャを仕留めるのに手子摺っているのでしょうか?」セノバイトは不思議そうにそう囁いた。「ブレイドマスター=サンのカラテは強大だ。恐らくは、久方ぶりのカラテを満喫しておるのだろう……見ろ、噂をすれば影よ」スモークが言う。 

 キュコキュコキュコキュコ……錆び付いた手回し滑車の音が聞こえる。残されたニンジャ修道士たちは、斜め上方からゆっくりと下降してくるその滑車リフトを見上げた。そこに乗っているのは、灰色のフードを目深に被った修道服のニンジャである。 

「随分と遅かったな、ブレイドマスター=サン」スモークが声をかける。キュコ、キュコ……中空で滑車リフトは止まる。その上に立つ男は、ニンジャ修道士たちを見下ろし、ジゴクの底から響くような不吉な声で言った。「……奴隷を逃がすために、鉄柵をいくつか破壊してきたものでな……」 

「奴隷を逃がす?何を言っている?」スモークが問う。「間もなくニンジャ修道会は滅ぶからだ…!」滑車リフトの上から、ブレイドマスターは生首を放り投げて寄越した。「これは……!」スモークは爪先の前に転がった生首を見て驚嘆する!ナムサン!それはブレイドマスターの生首!? 

「貴様、まさか……!」ニンジャ修道士たちがカラテを構える!「そのまさかだ。ブレイドマスター=サンはユカノの力を借りずとも、独力で贖罪とやらを果たしたぞ。オヌシらも後を追うがいい……イヤーッ!」彼は欺瞞に満ちた灰色の修道服を脱ぎ捨てる!その中から現れたのは赤黒のニンジャ装束! 

「ドーモ、ニンジャスレイヤーです……!」彼はニンジャ修道士たちを睨め下ろし、ジュー・ジツを構えた。……遠く離れた麓では、禁断の台地に立ち上るモーターヤブ爆発の火柱に気付いたラマ屋が、それから何十分も静かに祈りを捧げ続けていた。何らかの救済の奇蹟を信じて。



 地下ニンジャ遺跡に隠された茶室で、ユカノとタルタロスはジュー・ジツを構え、タタミ五枚の距離で対峙していた。少女めいたあどけなさを残すユカノの口元は、いまや冷酷なメンポによって覆い隠されており、赤金のニンジャ装束から覗くその双眼は、気高い龍を思わせる鋭さであった。 

 対するニンジャ修道士タルタロスは、7フィート強の見上げるような大男。チャブの上に陣取ったユカノですら、全く高所の利を得たとは言えない。灰色のローブに覆われた彼の肉体はストイックに引き締まっており、何気ない動作の一つ一つからも、巨体に見合わぬ瞬発力を隠し持っている事が窺える。 

「……」ユカノは挑発的に手招きし、構えを崩さぬままチーターめいたしなやかさで横歩きし、チャブから降りる。両者は茶室を出て、縁側へ……そして縁側から降り、石畳の上へ……。この間、完全なる無音。一触即発のアトモスフィア。嵐の前の静けさである。 

 両者の距離は未だタタミ五枚。地下遺跡に凄まじいカラテがみなぎる。「…イヤーッ!」沈黙を破って先に動いたのは、タルタロス!足元の白石が粉々に踏み砕かれるほどの爆発的瞬発力で一気に間合いを詰めると、ユカノめがけて重いカラテフックを叩き込む!「イヤーッ!」沈み込んで回避するユカノ! 

 ユカノはそのまま敵の腹部めがけ、ヤリめいたチョップを突き立てる!「イヤーッ!」「グワーッ!」修道服が血に染まる!だが浅い!これを見抜いていたタルタロスは素早い膝蹴りを繰り出していたからだ! 

 ナムサン!この重い膝蹴りには、オスモウ・ダンプカーの衝突にも等しい強力なカラテが籠っている!「イヤーッ!」だがユカノは紙一重のバック転でこれを回避したのだ!ワザマエ!「イヤーッ!イヤーッ!」追いすがり連続カラテを繰り出すタルタロス!「イヤーッ!」ジュー・ジツで受け流すユカノ! 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

「イイイヤアアアアーッ!」ユカノは敵のケリキックを高く跳躍して回避すると、天井を蹴ってイナズマめいた速度で落下!そのまま鋭角のトビゲリを敵の頭部に叩き込んだ!「グワーッ!」ナムアミダブツ!これはドラゴンニンジャ・クランに伝わる殺人カラテ技、ヒショウ・ドラゴン・ツメではないか! 

 だが巨漢タルタロスは崩れない!何たるニンジャ耐久力か!彼は背後のユカノめがけ裏拳を繰り出す!「イヤーッ!」SMAAASH!ユカノの装束から微細な砂埃が飛ぶ!「ンアーッ!」防御を崩されたユカノは石畳の上でウケミを取り、打撃によるダメージを最小限に回避する!何たる高度なカラテか! 

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」タルタロスは石畳に転がったユカノにストンピングを加えるべく右左右と大股で前進する!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」間一髪!これを素早く横に転がるカラテムーブで回避するユカノ!すぐ横で石畳にヒビが入り、地下ニンジャ遺跡自体が微かに震動する! 

「イヤーッ!」ユカノは隙をついてバネのように立ち上がる!起き上がりを狙ったタルタロスの重いケリ・キックをジュー・ジツで捌く!直後、神秘的なムーブメントから自らの両手首を合わせ、あたかもドラゴンの顎めいた構えを作ると、敵の腹に痛烈な掌底を叩き込んだ!「キエーッ!」「グワーッ!」

 ナムアミダブツ!タルタロスの巨体がワイヤーアクションめいて弾き飛ばされる!これは伝説のカラテ技、ダブル・ドラゴン・アゴではないか!全体重を乗せたその一撃は強く重い!「グワーッ!」壁に叩き付けられるタルタロス!一方のユカノは舞うようにザンシンを決めてから、挑発的に手招きした。 

「ヌウーッ……」タルタロスはボロボロの修道服を脱ぎ捨てると、黒ニンジャ装束を露わにし、静かに立ち上がった。そして首をごきごきと鳴らし、腕を回すと……先程とは異なるカラテを構える。油断ならないアトモスフィア! 

「私の目的はあくまでも、お前に懺悔させる事だ。タイガーを捕える時は棒で徐々に叩け……一撃で死体に変えてしまっては元も子もないという、ミヤモトマサシのコトワザを守ってみたが……」タルタロスが高いインテリジェンスを見せる「お前は手強いドラゴンであり、どうやら手加減は無用だ……」 

「これは……!」ユカノが身構える!「フージン!イヤーッ!」謎めいたカラテシャウトが地下ニンジャ遺跡の壁に響く!その直後、タルタロスを中心として、ジゴクめいた凄まじい突風が巻き起こったのだ! 

 

◆◆◆

 

「ヤクザ天狗=サン……信じられねえ……助けにきてくれたんですね……ネオサイタマから……俺を……」ヤクザピルグリムのケンサイは伝説の存在を見つめていた。彼のニューロンは酷く混乱しており、現実と神話の境目が朧げになっている。無理もない……彼はニンジャの奴隷となっていたのだから。 

「……その通りだ。ヤクザ天狗は全てを見通す」贖罪の天使は犠牲者たちの口に小さなオモチを差し込むと、礼拝堂内部を素早く観察しながら答えた「お前が助けを求め、私はここに現れた……ニンジャハントの依頼を履行するためにな」ヤクザ天狗は壷の蓋を開け、中に詰まったコーベインを確認する。 

「……!貴方はもしや、マサシの悟りで出会ったヤクザ……!」ケンサイは、ニンジャ修道会に攫われる前に出会った、謎めいた湯治の男を思い出した。その男もまた、ヤクザ天狗の伝説を語った。ニンジャに苦しめられるヤクザが助けを乞えば、必ずやヤクザ天狗が現れると。ゆえに彼は毎夜祈ったのだ。

 実際その通りであった。かつてケンサイは、ラマ屋の妻がニンジャに攫われるのを目撃して以来、重度のニンジャ恐怖症に苦しめられていた。そんな時、オンセンで出会った謎のヤクザは、ケンサイに密かに盗聴器を仕掛け、禁断の台地に蠢くニンジャ修道会の影に気付いたのである。 

 だがヤクザ天狗はそれを否定も肯定もしなかった。代わりに、彼は突如振り返り、ケンサイを殴りつけたのだ!「ワメッコラー!」「グワーッ!」尻餅をつくケンサイ!「アイエエエエエ……」恐るべき狂気を目の当たりにした他の奴隷や修道女たちが顔を背け、そそくさと礼拝堂から遠ざかってゆく。 

 ナムサン!何故殴られなくてはいけないのか?ケンサイは目を白黒させる!「……すまんな、本当にすまん」ヤクザ天狗は手を差し伸べ、ケンサイを助け起こした。そして告げる。「……ありったけのコーベインを背負って飛び降りろ。あのステンドグラス窓の下で、聖なるラマがお前を待っている……」

「アッ……ハイ」ケンサイは唖然とした顔で頷いた。「ではさらばだ!またニンジャが現れたら、私を呼ぶがいい!」ヤクザ天狗は踵を返し、ステンドグラス窓へ向かう。背負い式ジェットパックが火を噴く。「……そんな!?ヤクザ天狗=サン、行っちまうんですか!?」ケンサイは驚愕し、叫んだ。 

「……」ヤクザ天狗はジェット噴射を止め、ゆっくりと向き直る。その厳格なるテング・オメーンは、いかなる表情も、いかなる意図をも相手に悟らせない。「アッ……」ケンサイは逆頬を殴られる可能性に気づき、息を呑み、自らの口に手を当てた。ヤクザ天狗は歩み寄り、彼の修道服の襟首を掴んだ。 

「お前の依頼は果たし終えた。これ以上何を求める?」「……し、下には、もっとニンジャがいるんです。助けて下さい、ヤクザ天狗=サン!奴らを狩り殺して下さい!」ケンサイは押し殺した声で祈った。このまま逃げても、またいずれニンジャの餌食にされることは、火を見るより明らかだからだ。 

 ヤクザ天狗はしばし沈黙する。こうなる事は、初めから分かっていた。ゆえに彼は初めから、オメーンの奥のサイバネアイで涙も無く泣いたのだ。「……ではそれを依頼するか?私と契約するか?」「します」ケンサイは祈った。「……もはや後には退けんぞ!」天狗は己と見習いの両者に対して言った。 

「……ならばついて来い。お前が支払うべきドネートは不足している」ヤクザ天狗は大股で礼拝堂を出で、回廊を威丈高に歩いた。「ハイ」コーベインの麻袋を背負ったケンサイがそれに続く。「万一の場合は、これで身を守れ」ヤクザ天狗は歩みを止めず、予備のドスダガーを後ろのケンサイに渡した。 

「ニンジャと戦えってんですか?」ケンサイは驚く。「囚われた時にはセプクに使え。ニンジャはこのヤクザ天狗がジゴクに送り返す……!この私が奴らを解き放ったが故!」ヤクザ天狗は咳き込む。「ニンジャ……ニンジャとは何なんですか?」「レギオン……過去の時代の悪霊なり。悪霊に罪は無し」 

 

◆◆◆

 

「Wasshoi!」ニンジャスレイヤーは滑車リフトから跳躍して敵のスリケンを回避!着地と同時にカラテを挑む!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」コケシ扉の前で応戦する修道会!「アイエエエエエエ!」「アイエーエエエエエエ!」奴隷たちが岩陰や横道へと逃げてゆく。好都合だ。 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」連続側転で回避行動をとったセノバイトとスモークが、左右から同時に鎖を投げ放つ!「ヌウーッ!」ニンジャスレイヤーの両腕に鎖が巻き付く!その表面には、タルタロスが予め篭めていたコソク・ジツの妖しいエンシェント・カンジが光り輝いている!アブナイ! 

「バカめが!この鎖は貴様の抵抗力を奪う!これでオシマイだ!ニンジャスレイヤー(ニンジャを殺す者)とは大仰な名前だったな!」スモークが叫ぶ!「竜の舌よ、お前もドラゴン・ニンジャの後を追ってセプクするがいい!懺悔の時間はたっぷりとある!」セノバイトが残忍な笑みを浮かべる! 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの背中に縄のような筋肉が盛り上がる!彼は左右の鎖を掴み、おもむろに振り回した!「グワーッ!?」大きく体勢を崩したセノバイトとスモークは、壁に叩き付けられる寸前で鎖を離し、壁を蹴って回転跳躍!「コソク・ジツが破れた!?」「何たるカラテ!」 

 ニンジャスレイヤーは鎖を放り捨てると、ユカノが連れ去られたニンジャ遺跡の門へと走り、その扉を開け放つ!その瞬間、ジゴクめいた暴風が回廊の奥から吹き出し、ニンジャスレイヤーの体を吹き飛ばした!「グワーッ!?」ナムサン!糸の切れたタコめいて飛んだ後、彼は鍾乳石を蹴って着地した! 

 果たして何が起こったのか!?……ジツである!タルタロスがニンジャ遺跡の奥底で行使した恐るべきフージン・ジツがため、地下迷宮内を時速666kmめいた暴風が吹き荒れ、外部からの進入を不可能にしていたのだ!ナムアミダブツ!ドラゴン・ユカノはこの苦境を独力で打破せねばならぬ! 

「見たかニンジャスレイヤー=サン!貴様らに勝ち目は無い!」「生きてこの石窟寺院都市から逃れる事はできんぞ!」ニンジャ修道会はスリケンを連続投擲!「ならば…イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは連続側転でスリケンを回避した後、咄嗟の状況判断を行う!まずは目の前のニンジャを殺すべし! 

 ネオサイタマの死神はセノバイトに飛び掛かる!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ガードを突破し、相手の顔面に重いストレートが叩き込まれる!これは捕獲時のユカノを遥かに凌駕するワザマエ!修道会にとっては完全に予想外の事態である! 

「イヤーッ!」右!「グワーッ!」「イヤーッ!」左!「グワーッ!」「イヤーッ!」右!「グワーッ!」「イヤーッ!」左!「グワーッ!」渾身のカラテストレートを繰り出しながらニンジャスレイヤーは一歩ずつ前進し、一方のセノバイトは大きく仰け反りながら一歩ずつ後退する! 

 だがその時、ニンジャスレイヤーの横にある大きな鍾乳石が突如動き出し、固い両腕をハンマーめいて振り下ろした!「イヤーッ!」「グワーッ!?」虚を突かれ、背中に痛烈な不意打ちを受けて頽れるニンジャスレイヤー!ナムサン!果たしてこれはいかなるジツか!? 

 鍾乳石は徐々にその形を変え……ローブを纏ったスタラグマイトへと変わった!何たる危険で特殊なドトン・ジツか!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがしゃがみ姿勢から繰り出したレッグスイープを回避すると、スタラグマイトはバック転で再び鍾乳石の群れの中に飛び込んでいった! 

 ニンジャ修道会のフーリンカザン、侮り難し!彼らのカラテは弱いが、息の合った連携攻撃を持つのみならず、地の利を完璧に把握している!「ヌウーッ……!」セノバイトにトビゲリを撃ち込むべく、タメを生み出すニンジャスレイヤー!だがセノバイトを庇うようにスモークが立ちはだかった! 

「イヤーッ!」引き絞られた矢のように、ニンジャスレイヤーが低空トビゲリを放つ!「ケムリ・ダマ!イヤーッ!」スモークが太古のニンジャ武器ケムリ・ダマを掲げ、おもむろに地面に叩き付けた!キゴーン!甲高い音が鳴り響いたかと思うと、スタングレネードめいた神秘的な煙が立ち上る! 

 ニンジャスレイヤーの低空トビゲリは、煙幕の中を一瞬で通過する!だが……手応えが無い!彼が着地後の前転から素早く振り返ると……フシギ!煙は一瞬で掻き消え、それと同時に、セノバイトとスモークの姿も消え去っていたのだ。ニンジャスレイヤーは立ち上がりジュー・ジツを構える。 

 一体敵はどこへ……ニンジャスレイヤーはケムリ・ダマが生み出した閃光と平衡感覚撹乱の影響を振り払った。何らかのジツをかけられた可能性が高い。額に汗が滲む。静かに前進する。四方に対して抜け目ないカラテ演舞を行う。その直後である。掻き消えたと思われた煙が、彼の背後で密度を増した! 

「「イヤーッ!」」「グワーッ!」左右に出現したセノバイトとスモークの蹴りが、同時にニンジャスレイヤーの腹部と背中に命中した!ニンジャスレイヤーは反射的に、全方位への回転蹴りを繰り出す「イヤーッ!」だが敵はバック転回避で遠ざかり、再び体が煙のように変わって見えなくなる! 

 セノバイトとスモークは、本当に煙に変わってしまっているのか?…否、これはケムリ・ダマの神秘的な煙を潜る事によってかけられた、恐るべきゲン・ジツの一種である!敵はニンジャスレイヤーからだけほとんど姿が見えなくなり……「「イヤーッ!」」「グワーッ!」一方的な連携攻撃だ! 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは全方位にスリケン投擲を行う!だが天然のバリケードめいた鍾乳石だらけの地下石窟寺院において、ヘルタツマキはその効果を殆ど発揮しない!ならばザゼンからのチャドー呼吸か!?「「懺悔せよ!イヤーッ!」」「グワーッ!」そこへ再び連携カラテが決まる! 

 ピーピピーピピーピピー……鍾乳洞の天井近くで、サイバネアイの微かな動作音。天井の丸穴の暗闇で、冷徹なるテング・オメーンがニンジャたちのイクサを密かに見下ろしていた。そして勝機を確信し……動く!「神々の戦士……ヤクザ天狗参上!」シュゴウン!シュゴウン!勇ましいジェット噴射音! 

 BRATATATATATATATA!ヤクザ一個小隊にも匹敵する面制圧力を誇るオートマチック・ヤクザガンニ挺拳銃が、炎の軌跡を描きながら弾丸を高速射出!「グワーッ!」セノバイトとスタラグマイトが銃弾を受ける!「今だ、ニンジャスレイヤー=サン!」上空を旋回する贖罪の天使が叫ぶ! 



「イヤーッ!」タルタロスが重々しい足取りで一歩踏み出すたび、フージン・ジツによって彼の足元から凄まじい暴風が巻き起こる。ナムサン!まるで歩く台風だ! 

 遺跡に貼られた太古のショドーが引き裂かれ、神秘的なニンジャミイラの破片が飛ぶ。「これは……ティフォン・ニンジャの……!」ユカノはメンポの奥で歯を食いしばり、前傾姿勢で身構えるが、今にも吹き飛ばされそうだ。 

「この呪わしきジツのせいで、私は何度も大量殺人を冒した……その罪業を貴様に叩き付けてくれる!イヤーッ!」タルタロスが再び大きく足を踏み出す!時速666kmめいた突風が容赦なくユカノを襲う!「ンアーッ!」耐えきれず、壁に向かって吹き飛ばされるユカノ!アブナイ! 

 だがその背中をニンジャ遺跡の石壁に叩き付けられる直前……ユカノは嵐の中を飛ぶ龍のごとくしなやかに身を捻り、屈伸状態のまま壁に対して垂直着地した。ワザマエ!「イヤーッ!」ユカノはそのままタルタロスの放つ暴風を支えとし、壁を走り始める!何たるニンジャ平衡感覚か! 

「イヤーッ!」ユカノは壁走りを決めながら、両腕をムチのようにしならせ、目にも留まらぬ速度で何枚ものスリケンを投げ放つ!だが「イヤーッ!」タルタロスが腕を振ると、つむじ風の障壁が発生!スリケンは渦に呑まれた小舟のように勢いを止め、渦の中で旋回し、壁に向かってバックラッシュする! 

「イヤーッ!」ユカノは投げ返されたスリケンに対し、壁面を走りながらの連続側転で回避!すぐさま壁走りが再開される。その方向は、敵を中心とした右回り……一見暴風は真正面から吹き付けているように見えるが、実は台風めいて渦を巻いている。彼女はその風を背に受け、疾走速度を増していた。 

「イヤーッ!」タルタロスは手を鉤爪のように強ばらせ、空中を引き裂くようなムーブを見せる。すると剃刀のように鋭い突風が吹き付け、ユカノの装束や肌を切り裂いた。その危険な攻撃を少しでも減らすため、ユカノはスリケンや壁に掛けられた青龍刀を投擲しつつ壁を走り続ける。スピードを求めて! 

 ユカノは鋭い龍の目で観察を続けながら、壁を走る。タルタロスのニンジャ修道ローブは、ジツを使う一瞬しかはためかない。台風の目だ。ドラゴン・ゲンドーソー孫娘時代の記憶と等価バーターによって取り戻した太古の記憶の断片は、彼女にこの恐るべきジツを突破するための知識をもたらしていた。 

「諦めてドゲザせよ、ドラゴン・ニンジャ=サン!お前たちが邪悪なハラキリ儀式を行ったせいで、我々がどれほどの苦しみを味わったか!責任を感じ、嗚咽とともにセプクするがいい!」タルタロスがさらなる暴風を巻き起こす!…好都合だ。敵はまだ、この風がユカノの力になっていることを知らない。 

「イヤーッ!」カラテあるのみ。ユカノは答弁を行わず疾走速度だけを増す。スピードはエネルギーを、そしてエネルギーはカラテを生み出してゆく。敵との距離を測る。タタミ十枚。遠い。最高速度に達しても、トビゲリは届かないだろう。彼女のカラテや記憶は未だ不十分なのだ。ならばどうする。 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」タルタロスの放つ烈風をかいくぐり、ユカノは壁に掛けられた古のニンジャギアを少しずつ拾い集め、抜け目無く装備する。敵のソウルは強大。だがタルタロスの中にその記憶や人格は残っていない。ティフォン・ニンジャの面影が脳裏をよぎる。永遠とは何と長い時間か。 

「イヤーッ!」ユカノは壁に立て掛けられたイシダキ黄金板の1枚を掴むように、飛び込み前転を決めた。そして壁に対して垂直を維持したまま、疾走と飛び込み前転の勢いを腰から上半身に伝え……古代オリンピック競技めいた爆発的躍動感とともに、黄金板を敵めがけ投擲する!タツジン! 

「無駄なあがきよ!イヤーッ!」タルタロスがひときわ強力な旋風障壁を巻き起こす!その重量をも顧みず、黄金板は空中で制止し、バックラッシュに向けた回転を開始する。何たる危険なフージン・ジツか!だがこれこそが、ユカノが待ち望んでいた一瞬であった! 

 ユカノは壁を蹴って跳躍し、大気圏突入シャトルめいた絶妙な角度でタルタロスへと接近!まずは茶室の柱を右足で蹴りタタミ3枚!さらに空中の黄金板を左足で蹴り渡ってタタミ3枚!そこから電光石火のトビゲリを放ちタタミ4枚!ワニの背中を飛び渡り矢を射たというニンジャ神話が現代に蘇る! 

「イヤーッ!」ドラゴン!「グワーッ!」荒れ狂う暴風を突き抜けて、痛烈なトビゲリがタルタロスに命中。背後へと回転着地するユカノ。よろめくタルタロス。だが浅い!完璧な状態のドラゴン・トビゲリであれば、敵はソクシしていたはずなのだ。 

「グワーッ!黙示録の蛇めが!」タルタロスは地団駄を踏み、闇雲な突風を巻き起こそうとする!「イヤーッ!」ユカノは機先を制し、太古のニンジャギアのひとつ、マンリキ・チェーンを投げ放った。耳障りな音とともに、鎖がタルタロスの腕に巻き付く!もう片方の端はユカノの腕に巻かれている! 

 一瞬後、フージン・ジツによって発生した台風がユカノの体を浮かす。だがアンカーを得た彼女は、もはや壁に向かって吹き飛ばされることはなかった。「イヤーッ!」彼女は鎖をしっかりと掴み、巧みに身体制御を行いながら、タルタロスの体を中心軸として空中をアクロバット旋回する!ゴウランガ! 

 ユカノが空中を四旋回する間に、細く長く、しかし驚くほど頑丈な鎖は、タルタロスの首元に蛇の如く絡み付き締め上げていた。「グワーッ!」インガオホー!自らのフージン・ジツが、そのまま己の首を絞める事となったのだ!ニンジャ筋力を己の首に集中させ続け、辛うじて窒息を免れるタルタロス! 

 ユカノは敵の正面、タタミ2枚の距離にひらりと着地する。台風の目に入った。タルタロスは首を絞められ力を減じているが、未だ戦闘可能な状態であり、ユカノにとっては自らの即死可能性を秘めた危険なカラテ距離である。だが鎖を放す事はできない。…チェーンデスマッチめいた死闘が始まるのだ! 

「おのれ…ドラゴン……貴様の…罪を…」「口を開けば原罪、罪業……気が滅入りますね。モータル、私は無慈悲です。カラテで決着をつけましょうか」ユカノは腰に吊っていた古のニンジャギアのひとつ、禍々しい刃を備えたグルカナイフめいた短剣、マストダイ・ブレイドを静かに引き抜くのだった。 

 

◆◆◆

 

「イイイヤアアアーッ!」ニンジャスレイヤーの繰り出した渾身のカラテチョップが、ヤクザ天狗の制圧射撃によって燻り出されたスタラグマイトの首を、ボトルカットめいて容赦なく切り飛ばした!「グワーッ!」血飛沫を吹き出した直後に胴体は後ろに倒れ「サヨナラ!」スタラグマイトは爆発四散! 

 全弾を数秒で撃ち尽くしたヤクザ天狗は、上空を威圧的に旋回しつつ最後のマガジン交換を行う。ハンターの思考回路が冷静に引き際を計算し始める。彼は左手首の黄金ヤクザウォッチを一瞥した。その針は8時9分3秒で永遠に止まり続けている。彼はそこから何らかのメッセージを読み取り、頷いた。 

「ケムリ・ダマ!イヤーッ!」冷静さを欠いたスモークが、残されたケムリ・ダマをニンジャスレイヤーめがけて投擲する。キゴーン!凄まじい破裂音とともに、色とりどりの煙と閃光が撒き散らされた!だがニンジャスレイヤーは咄嗟に滑車リフトへと跳躍し、これをかわしたのだ!「イヤーッ!」

 回転着地したニンジャスレイヤーは、煙の中から飛び出したニンジャに気付く。セノバイトだ。手負いの修道士ニンジャは、あれよあれよという間に鍾乳洞の壁面や採掘やぐらの足場を蹴り渡り、上層へと続くトンネルに飛び込んだのだ!下にはまだスモークが残っている。虻蜂取らずの危険性あり!

 その時、ヤクザ天狗がジェット噴射を止め、ニンジャスレイヤーと背中合わせに滑車リフトに着地した。「行け、ニンジャスレイヤー=サン、行け。あの女ニンジャのもとへ。逃げたニンジャは、このヤクザ天狗がハントする」 

「貴方はどこまで知っているのだ」フジキドは驚嘆する。「天狗は全てを見通す!」それは入念な盗聴と狂気によってである「あの女ニンジャを殺す時が来たならば、私を呼べ。それは本来、私が購うべき罪業……。お前たちを生み出したのは、他ならぬこの私なのだから……サラバ!汝らに咎無し!」 

 それは果たして何を意味していたのか。ヤクザ天狗は彼にしか解らぬ謎めいた信念に突き動かされ、滑車リフトの足場を蹴ると、セノバイトが消えていった脱出トンネルへと危ういきりもみ飛行で飛び込む!もはや憂い無し!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは扉を守るスモークに飛び掛かる! 

 たちまち始まるカラテの応酬!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」油断ならないカラテだ! 

 スモークもまた、強力なニンジャソウル憑依者であったのだろう……殉教者じみた捨て身のカラテである。だがそのヤバレカバレも、無数のイクサを戦い抜いてきたニンジャスレイヤーには通用しなかった。ワザアリすらなく高まり続けたカラテ攻防が、いま、無慈悲なる終着点を迎える! 

「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの痛烈なケリ・キックが、スモークの鳩尾をえぐった!敵はたまらず前屈みの状態になる!「イヤーッ!」「グワーッ!」さらにニンジャスレイヤーのハンマーチョップが叩き下ろされ、上半身が一段と沈み、強制オジギめいた姿勢を生み出す! 

「イイイヤアアアーッ!」ニンジャスレイヤーは己の膂力を振り絞り、スモークの体を上下逆さまに持ち上げた!これは恐るべきジュー・ジツの禁じ手、パイルドライバーの体勢ではないか!「ヤメロー!ヤメロー!」必死で抵抗するスモーク!だがもはや彼にカラテは残されていなかった! 

「ニンジャスレイヤー=サン!貴様に何故こんな事をする権利がある!我々は罪業を悔い、静かにこの岡山県の秘境で贖罪の祈りを捧げていただけなのに!」「とてもそうは思えんな。重篤ズバリ中毒者でももう少し筋の通った弁明をするだろう」ニンジャスレイヤーは奴隷たちの採掘やぐらを見渡した。 

「待て!ニンジャスレイヤー=サン!我々はニンジャにしてはかなり控えめで邪悪ではない方だ!仮に我々が修道士とならず、都市に潜んでいたら、ニンジャソウルのためにもっと大勢の人間が奴隷となり死んでいただろう!我々は最低限を守っている!」天地逆さの状態のまま、スモークは叫ぶ。 

「なるほどニンジャらしい身勝手な理論だ。オヌシらの語る贖罪行為の意義と、人間に戻る秘法とやらについては、後ほど詳しく検討するとしよう……ハイクを詠め!」「ヤメロー!ヤメロー!」力無くもがくスモーク。床に転がるスタラグマイトの生首と目が合う。 

「イイイヤアアアアーッ!」ニンジャスレイヤーは決断的カラテシャウトの後に小跳躍し、掘削機械めいた無慈悲さでスモークの脳天を固い岩肌に叩き付けた!「グワーッ!」スモークの頭蓋骨が、脳神経が、ニューロンが、容赦なく破壊される!「サヨナラ!」スモークは爆発四散! 

「ユカノ……」ニンジャスレイヤーは爆煙の中から立ち上がると、ニンジャ遺跡の回廊へと続くコケシ門に向かった。暴風が止んでいる。フジキドはかすかな不安を抱きながら、鋼鉄扉を開けた。「ユカノ……!」壁画やカタカナが刻まれた地下迷宮のごときニンジャ回廊を、焦燥感とともに駆け抜ける。 

 フジキドの胸に去来する不吉な予感……それは無論、ユカノが生贄にされ爆発四散したのではないかという焦りだ。あるいはあの時のように、何か別な存在に変わり果てていたとしたら……自分は何を為すべきか。彼女はようやく自我と記憶の一部を取り戻し、奇跡的にもユカノのままであったというのに。

 ソウル痕跡を辿り、彼は迷宮を駆けた。壁面に描かれたニンジャ神話の秘密も、今は何の意味も成さない。あの日、邪悪なるニンジャソウルに呑まれ、闇に堕ちる寸前だった自分を救い上げてくれたゲンドーソーとユカノ。彼らがいなければ、己もスモークの如く成り果てていたかもしれないのだ。 

 ソウカイヤを滅ぼし、ザイバツ・シャドーギルドを粉砕したネオサイタマの死神は、少しの間だけドラゴン・ゲンドーソーの弟子に戻った。「センセイ、私に力を……」メンキョを授かる事なくセンセイと死別した弟子として、彼は短い祈りとともに、荘厳な鶴のレリーフが施された青銅扉を押し開けた。 

 石造りの広間……その端にある荒れ果てた茶室では、満身創痍のドラゴン・ユカノが静かにザゼンし、チャドー呼吸を繰り返していた。傍らには、マストダイ・ブレイドが突き刺さったタルタロスの生首。彼女は独力でこの強敵を爆発四散せしめたのだ。ニンジャスレイヤーは彼女の名を呼び、歩み寄る。 

 傷だらけのドラゴン・ユカノは瞑想を終え、静かに立ち上がると、メンポを外して微笑んだ。「フジキド、私の事はいいから、オンセンで体を休めなさいと言ったではないですか」「ユカノ、肩を貸すか?」フジキドの表情は未だ固い。「兄弟子の意地があります」女ニンジャは掌を突き出して言った。 

「そうか。この地下遺跡は一体……」ニンジャスレイヤーはようやく張りつめたキリングオーラを解放し、茶室内を見渡した。「古代ニンジャ文明の遺産です…」ユカノはイシダキ黄金板の表面に描かれた神秘的な地図を見ながら答える「…恐らくは、ハラキリ・リチュアルの直後に築かれたのでしょう」 

「恐らくここを築いたのは、落ち延びたワンソー陣営のリアルニンジャたち。ザゼンによって休眠に入ろうとして失敗し、ソクシンブツと化して滅びたのかもしれません」「記憶を取り戻したのか」「少し失いましたが」ユカノが言った。足を引きずりながら歩き、朽ち果てたニンジャミイラを調べる。 

「アイエエエエエエ!ニンジャ!」不意に、青銅扉の戸口で叫び声が上がった。そこには麻袋を背負った奴隷修道士がひとり。ケンサイである。彼は回廊の壁画によって重篤NRS症状を起こしており、その目をぎらぎらと狂気に輝かせていた。 

 ケンサイはヤクザ天狗に課せられた使命どおり、ニンジャオーパーツを探していたのだ。「アイエエエエエエ!アイエエエエエエ!」そして暴風により戸口の近くに運ばれていた水晶ニンジャ髑髏を拾い上げると、一目散に逃げ出していった。「あの髑髏は……」「さほど重要ではありません」とユカノ。 

「……フジキド、ハラキリ・リチュアルとキンカク・テンプルの秘密について知る覚悟はありますか」ユカノは問うた。「無論だ」とニンジャスレイヤー。「数千年前……カツ・ワンソーが討ち取られ、黄金立方体が現出した後……」ユカノは超然とした口調で、太古の秘密を語り始めた。 

 ……カツ・ワンソーとの戦争で勝利を収めた東軍は、彼が完全には滅び去っていないことを危惧していた。カツ・ワンソーは肉体を失っただけであり、ニンジャソウル……すなわち霊魂とでも呼ぶべきものは黄金立方体に逃げ込み、いつか復活を遂げるのではないかと。 

 黄金立方体はワンソーが死んだ一瞬しか現出せず、その後は何者の目にも見えなくなってしまった。だがその後、いくつかのニンジャクランは、夢の世界の果てに、オヒガンと呼ばれる死の世界の片隅に、あるいはザゼンやチャドーの瞑想の境地において、黄金立方体の存在を朧げに感じ取るようになった。

 黄金立方体はいつしか、キンカク・テンプルやヴァルハラなど、様々な名で呼ばれるようになった。やがて到来するであろうワンソー復活の日は、ラグナロックやゲコクジョウと呼ばれ、最終戦争に備えるべくニンジャたちは様々な武器を作り上げた。三神器やキョート城も、その過程で生まれたものだ。 

「私達はソウルとオヒガンの関係に強い興味を抱き、探索を行いました。しかし、ソガ・ニンジャのために築かれたキョート城は、余りにも危険で無謀……ゆえに使用される事のない……オヒガンへと直接侵攻するための要塞でした」ユカノは茶室の縁側に降りると、回廊の歴史壁画に向かって歩いた。 

 ……ドラゴン・ニンジャたちは、より安全な道を探ろうとした。そんな中で、キンカク・テンプルにバックドアがあることを突き止めたニンジャがいた。カツ・ワンソーがそうしたように、ニンジャたちもまた、自らのソウルをキンカク・テンプルに実際蓄えることができる可能性が示唆されたのだ。 

「……他ならぬドラゴン・ニンジャもまた、そうした試行錯誤の中で事故を起こし、自らのソウルと記憶の一部をキンカク・テンプルに不完全な形でアセンションさせました。ハラキリ・リチュアルが完成する遥か以前の出来事です……」まるで他人事のように淡々と、ユカノは語った。 

「……ユカノ、何故リアルニンジャたちはそうまでしてハラキリ・リチュアルを行った?」ニンジャスレイヤーが問う。それはドラゴン・ゲンドーソーでさえも知らぬ、遠い過去の時代の記憶であった。「……ニンジャの支配に黄昏が訪れたのです」ユカノは遠く懐かしい世界を見る目で言った。 

「ワンソーの死が関与していたのかもしれませんが、詳細は不明です。……いずれにせよ、平安時代が訪れ、ソガ・ニンジャたちが政権闘争に明け暮れるようになると、イクサは減り、ジツは生み出されなくなり……次第にニンジャの力も衰えていったのです。立ち枯れの時代が既に始まっていたのです」 

「……そして江戸戦争が起こりました。エド・トクガワが、武田信玄や松尾芭蕉などの強大なウォーロードを率いてニンジャの支配に叛旗を翻したのです。特に松尾芭蕉は、神秘的なハイクの力によって多くのニンジャを破滅に追いやったと言われています……」 

「言われている……江戸戦争に居合わせたわけではないのか?」「私はハラキリ・リチュアルの作法を完成させて間もなく、あの忌々しいソガ・ニンジャによって、この国から放逐されましたからね。ニンジャ六騎士の生き残りは、あまりにも影響力が強すぎ、彼にとって目障りだったのでしょう……」 

「ソガは当初、ハラキリ・リチュアルを否定しました。彼が求めるのは永遠の支配であり、ソウルの永遠性ではなかったからです。おかしな話でしょう、フジキド……ニンジャソウルを蓄える事はできても、復活の方法は不明だったのです。ワンソーがどのように蘇ろうとしていたのか不明だったように」 

「しかし江戸戦争で追いつめられたソガ達に、逃げ道は無かったのでしょう。儀式の場として、物理的なキンカク・テンプルが築かれました。そして最終戦争の日に復活することを信じ、ソガ・ニンジャを筆頭とする多くのニンジャが、そこで正座し、ハイクを詠み、ハラキリ・リチュアルを行った……」 

 ここで突如、ニンジャ遺跡が大きく揺れ始めた!手負いのユカノはバランスを崩し、ブザマにも床に両手をつく。おお、ナムアミダブツ!先程まで繰り広げられていたタルタロスとユカノの激しいカラテ激突が、ニンジャ遺跡に致命的な損傷を与えていたのだ!壁や天井に巨大なクラックが刻まれ始める! 

「……その後、理が崩れました……正しい儀式手順を踏まなかったニンジャソウルも、キンカクへと吸い上げられるようになり……やがて……西暦二千年頃を境に、突如ディセンションが……」「続きは後で聞くとしよう」ニンジャスレイヤーはイクサと記憶回復で憔悴し切ったユカノを背負い上げた。 

「……フジキド、私は自分の足で走れます」ユカノは衰弱し切った声で言った。「私はセンセイを背負った事もある」ニンジャスレイヤーは言い、回廊の出口に向かって駆けた。彼の後方、タタミ数枚の場所で、天井が次々崩落し、ニンジャ神話壁画や数々のオーパーツを忘却の彼方に消し去ってゆく。 62 

 ユカノは後方から迫る轟音を聞き、記憶の一部が痛めつけられるような口惜しさを味わった。と同時に、記憶流入でドラゴン・ドージョーの記憶が完全に失われなかった僥倖に感謝した。鎖を引き千切った先、孤独という名の暗黒の大宇宙の中で、今はそれだけが彼女の自我を繋ぎ止めるアンカーであった。



 ニンジャスレイヤーとユカノが古代ニンジャ遺跡で再会を遂げた頃……重傷を負った最後のニンジャ修道士が、石窟寺院都市のごつごつとした坑道を駆けていた。 

 異端ブディズム、古代ドルイド、江戸時代クリスチャン、そしてテクノピューリタン……様々な時代の宗教的マイノリティたちが残していった遺物や壁画が、たちの悪いテクノ・ミクスチュアじみて視界に飛び込み、消えてゆく。それはまるで、ニンジャ修道会の真の黒幕たるこの男の心象世界めいていた。 

 常人の三倍近い超人的脚力で暗闇の中を駆けるその男の名は、セノバイト。灰色の粗末なニンジャ修道服は、べったりと血に濡れている。オートマチック・ヤクザガンの斉射によるアンブッシュを受け、体内に数発の重金属弾頭弾丸が埋まっているからだ。逃げねば。ニンジャ生存本能が彼を突き動かす。 

「アイエエエエ!」「コワイ!」狭い坑道内にランプの灯りが揺らめく。脱走を図っていた奴隷修道士と修道女が、後方から迫るセノバイトに気づき、左右に別れてドゲザした。セノバイトは速度を落とさない。先刻まで彼の顔に貼り付いていた穏やかな笑みは、醜悪な苛立ちに変わっている。アブナイ! 

「イヤーッ!」「アバーッ!」あたかもアリを殺すかの如きカジュアルさで奴隷二人の頭を踏み潰しながら膝を抱えて前方回転跳躍!「またしても罪を……!これもまた、父殺しの原罪ゆえ…」彼は顔を苦悶に歪め、修道会が奉ずる秘密の神の名を唱えながら駆けるのだった!「……カツ・ワンソー!」と! 

 上階層へと続く縦穴と、垂れ下がった昇降用ロープが見える。これを昇り切れば、外界への脱出路はすぐそこだ。またどこか新たなセイシンテキ・スポットを探し、修道会を再興するのだ。セノバイトが安堵を覚えた、その時……背後から猛烈なジェット噴射音とともに追いすがるニンジャハンターの影! 

 彼こそは神々の使者、ヤクザ天狗!「ダッテメッコラー!」恐るべきヤクザスラングが坑道に響き渡る!BBLAMN!二挺拳銃が火を噴いた!「イヤーッ!」敵の追跡を察知するが早いか、セノバイトはブッダの垂らす蜘蛛の糸めいたロープに飛びつく!見よ!ニンジャがモータルに追われ、逃げるのだ! 

 重金属弾の奔流がセノバイトの足首から下を浚った。激痛をニンジャ・アドレナリンで耐えながら、セノバイトは死に物狂いでロープを昇り切り、突き当たりに明かり取り窓のある長い回廊に到達する。獣のようにブザマに四つん這いになり飛び跳ね進む。タタミ二十枚の距離が二百枚のように感じられる。 

 シュゴウン!シュゴウン!短いジェット噴射音に続いて、セノバイトの後方にある昇降穴の暗闇からぬうっとテング・オメーンが突き出す。「……」サイバネアイが敵を再捕捉し、残弾数や残燃料などをヤクザ天狗の脳内UNIXに伝える。「ブッダエイメン!」聖戦士は回廊に着地し、二挺拳銃を構える! 

 だが…ナムアミダブツ!論理トリガを引こうとしたその時!「ゲホッ!ゲホーッ!」彼は苦しげに左胸を押さえ、その場に踞ったのだ!おお、運命の車輪は彼をも責め苛むのか!銃口が逸れるのを見るや否や、セノバイトは後方に4枚のスリケンを投擲!「イヤーッ!」「グワーッ!」サイバネから火花! 

「……ケンナコラー!」ヤクザ天狗は立膝の状態から重い上半身をもたげ、二挺拳銃を連射!BLATATATA!その狙いは不確かで、セノバイトは銃弾の雨をかいくぐりながら彼に飛び掛かった!「イヤーッ!イヤーッ!」「グワーッ!」素早いチョップが振り下ろされ、ヤクザ天狗の肘が損傷! 

 カラテで応戦するヤクザ天狗!だが「イヤーッ!」「グワーッ!」まるでベイビー・サブミッション!今まで二十近いニンジャを浄化してきたヤクザ天狗だが、それは全てオートマチック・ヤクザガンによる奇襲戦法によって勝ち得たキンボシである!至近距離のカラテでニンジャに勝利するのは不可能! 

 ヤクザ天狗の腹に重い一撃!「イヤーッ!」「グワーッ!」さらに一撃!「イヤーッ!」「ゴボーッ!」回転して吹っ飛び、四つん這いの姿勢になるヤクザ天狗!テング・オメーンの内側から吐瀉物が漏れる!飛び掛かるセノバイト「イヤーッ!」「ダッテメッコラー!」ジェット噴射だ!「グワーッ!」 

 ジェット近距離噴射を浴び、セノバイトの修道服が燃える!ヤクザ天狗は残された力を振り絞って立ち上がり、痙攣するサイバネ腕で聖水瓶の中身をぶちまけた!「グワーッ!」さらに激しく炎上!「さらばだ!」ヤクザシューズで床を蹴り、窓へと飛翔する!「ARRRGH!」セノバイトがすがりつく!

 KRAAAAASH!ヤクザスーツの聖戦士と、彼の腹にしがみついたニンジャ修道士は、ジェットパックの生み出す爆発的な推進力によってきりもみ回転しながら回廊を飛び、明かり取りのステンドグラス窓を突き破った!その先は当然ながら断崖絶壁! 

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」肘打で振り落とそうとするヤクザ天狗!闇雲なカラテで抵抗するセノバイト!その光景はあたかもハシゴ上でアチーブメント・ウェポンを奪い合うリキシの如し!残燃料で時折奇跡的に体勢を立て直しながら、撃墜戦闘機めいて無慈悲に落下! 

「「グワーッ!」」幸運にもセノバイトが下になり、ついに両者は麓近くの崖の上に墜落!見事な一本松を激しく揺らす!「アイエエエエエエエエ!」禁断の台地に向かって祈りを捧げ続けていたラマ屋は、天界から追放された天使の如く突如現れたヤクザ天狗とニンジャを見てパニックを起こし、失禁! 

 両者は墜落の衝撃で咳き込み、痙攣していたが、間もなくしてセノバイトが身をもたげ、ヤクザ天狗に馬乗りになった。「狂人め……!」すでに炎は消え、全身からジゴクめいた異臭を放っている。その目に輝くのはニンジャじみた殺意のみ!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」 

「私は贖罪の天使……神々の戦士」「イヤーッ!」「グワーッ!」セノバイトのハンマーパンチ乱打が、ヤクザ天狗を容赦なく打ち据える。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「……!」「イヤーッ!」「……」バチバチバチ!全身のサイバネが火花を散らす! 

 己の拳すらも砕けたセノバイトは、血走った目で、敵のLANケーブルを噛み千切る。無惨!その闘争本能はまさに、敵をアノヨへ道連れにせんとする邪悪なニンジャのそれだ!「ヤクザ天狗だと!?神々の戦士だと!?狂人めが!」「……」身じろぎひとつしない聖戦士!ああ、そんな!まさか! 

 かつて最愛の人を殺めた時の罪悪感と背徳感が、セノバイトの心を支配する!無表情なオメーンが、神々の代弁者の如く、彼を糾弾するように睨みつける!「ファラオは……ニンジャを……」ヤクザ天狗は己の魂を守るべく、謎めいた狂気的チャントを発する!その凄味の前にセノバイトは一瞬たじろぐ! 

 ドラゴン・ニンジャと共に突如現れたこの狂人が、本当に贖罪の天使だったとしたら……修道会の救済のためにカツ・ワンソーが遣わした使徒だったとしたら……突拍子もない疑念がセノバイトの中に沸き上がる!「バカな!二挺拳銃の天使などいるものか!貴様は只の人間だ!その正体を暴いてやる!」 

 セノバイトは嗜虐的な笑みを浮かべながら、ヤクザ天狗を押し倒すような姿勢を取る。「……ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!」真上からテング・オメーンを睨みつけ、血塗れの両手を伸ばした!「……」ナムサン!遂にヤクザ天狗はその正体を暴かれ、惨たらしい死を迎えてしまうのか!?……その時! 

 BLAM!「グワーッ!」突如銃声が響き渡り、セノバイトの額に大穴が穿たれた!果たして何が!?……おお、見よ!テング・オメーンの鼻が開き、反抗的な硝煙を燻らせているのを!オメーンの鼻に隠された秘密ピストルが一発限りの弾丸を放ち、ニンジャ修道士の頭蓋を貫通したのだ!ゴウランガ! 

「……ファラオは二挺拳銃を構え……ニンジャを蜂の巣に……かくして禍……途絶えたり……!」ヤクザ天狗は途切れ行く意識の中で、自らが考案したモージョーを懸命に唱え続けた。セノバイトの額に開いた大穴の向こうで、病んだ月が「インガオホー」と呟いた。セノバイトは身をのけぞらせ、後方へと力無く倒れ行き……爆発四散!「サヨナラ!」

 真の全弾撃ち尽くし。またしても紙一重の勝利であった。だが今宵のヤクザ天狗に、立ち上がるための力はもう残っていない。彼は力尽き果てていた。

「アイエエエエエ……」岩陰で一部始終を見ながら怯えていたラマ屋とラマが、おそるおそる彼に近づいた。「あなたは一体、何者なのですか……?」「贖罪の天使、ヤクザ天狗……」「贖罪の……天使……!?」ヤクザ天狗の横に跪いたラマ屋の両目から、わけのわからぬ涙が溢れ出た。

「かつて私は世界を巡り、そして許されざる罪業を背負った……」「おお……おお……あなたは、もしや……!」彼は思わず、手を組んで祈った。この男は……テック原罪にまみれているはずの重サイバネヤクザは、外見こそ呪わしきものであるが、しかし何か聖なる存在であると直感したのだ。何か聖なる存在が、己の祈りに答えるように空から降ってきて、邪悪なるニンジャを銃殺したのだと。理性を超え、ともかく彼はそう信じたのだ。

「お前は……善良なるカタギのラマ屋か……」「ハイ」「私に祈るな……私を遣わした神々に祈れ……。そして私を……村へ運べ……。お前の妻は、神聖なるラマを連れた私の従者とともに、山から降りるであろう……」「イチコが……!? なぜあなたがそれを……!?」「カネを……ドネートを支払え……聖戦を……続けねばならぬ……」ヤクザ天狗はそこで意識を失った。ラマ屋はとめどない涙を流した。「感謝します……感謝します……!」

 このヤクザ天狗という男は、テクノピューリタンから見ても、キリスト教徒から見ても、ブッダ教徒から見ても、あるいは一般市民の目から見ても、等しく目を背けられ黙殺されるべき、異形の存在であった。しかもヤクザであり狂人なのだ。このような者を村に連れて帰れば、ラマ屋がコミュニティ内でムラハチにされることはまず間違いなかろう。

 だがラマ屋は、苦心して彼をラマの背に乗せ、丘を下ったのだ。それは晩年のミヤモトマサシが深いザゼンの中で得たという、「物事の表面ばかり見ないで内側を見る」という崇高な悟りにも似ていた。そして、それは途方もなく勇気ある行動であった。ひとたび己の中に築いたテクノピューリタンのテック原罪主義を盲目的に恐れることなく、ラマ屋は己の出した答えに従い、人としてこの行動が善なるものであることを信じたのだ。

 ……そして二日後。ラマ屋の行動は報われた。

 人々は、神聖なるラマを連れたケンサイに先導されて山を降りる解放奴隷の一団と、「マサシの悟り」の大駐車場にて邂逅した。空には白、灰色、黒、そして黄色みがかったターコイズが混ざった複雑なマーブル模様が描かれ、慈悲深き陽光が神々しい天使の梯子となって、荘厳なる宗教画めいた奇跡的光景を現出させていた。解放された奴隷たちの中には、愛しき妻イチコの姿もあった。ラマ屋は幼い娘と共に抱き合い、天を仰いで神に感謝した。

 驚き、喜び、祈り、歓呼……様々な声が大駐車場を包んでいた。駐車場の隅で、ラマ屋の押してきた車椅子に乗る一人の厳しい重サイバネヤクザは、眉根一つ動かさず押し黙ったまま、胸元から方位磁針めいたアミュレットを取り出した。そしてサングラス越しに、「マサシの悟り」の屋上へと鋭い睨みを向けた。

 フジキドとユカノが、「マサシの悟り」の屋上から大駐車場を見下ろしていた。さらに岡山県奥地へと進み、古のドラゴン・ドージョーの探索を続けるため、二人はモータルに背を向け、霞の中へと消えていった。

 斯くして「マサシの誇り」と禁断の高地の一帯から、ニンジャ存在は祓われた。ニンジャ文明遺跡も崩落し、全てのニンジャ実在痕跡は失われた。まるで初めからニンジャなどいなかったかのように、全ては深く神秘的な岡山県の霞の中へと消えたのだ。

 ニンジャであることの罪。ニンジャは、その全てが邪悪であり罪深い存在なのだろうか? ニンジャソウル憑依者とリアルニンジャの間に、果たしていかなる違いがあるのか? ヤクザは何も言わず、謎めいたチャントとともに、秘密のアミュレットを己の懐へと仕舞った。彼の中にはその答えがある。フジキドの中にも答えがある。あるいは逆に、その判断基準を外部に求める者達もいる。それもまた答えなのだ。

 何事にも、唯一の正しい答えなど存在しない。そして己の出した答えを守るには、信念と共に抗い続けなければならない。その答えは各々のうちにあり、各々の答えはいずれ衝突する。正しい者が常に報われ生き残るとは限らない。全てはカラテなのだ。そしてそのカラテが生み出す一瞬の火花の中にこそ、ニンジャの救済と罪深さがあるのだ。

 大駐車場に繋がれたラマは、くちゃくちゃと草を食みながら、つぶらな瞳で空を見上げた。霧がまた濃くなり始めた。崖の上に立つ一本松の枝葉が、過酷な高地の風に翻弄されて揺れている。清濁渾然一体となり渦巻く禁断の高地の空は、新世界と旧世界のあわいに浮かぶまぼろしの門めいて、危うくも幽玄なる美しさを湛えていた。

 


【ギルティ・オブ・ビーイング・ニンジャ】終



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神秘的な岡山県の山奥には、古のドラゴン・ドージョーが隠されているという。古き時代の記憶と向き合うため、また長い戦いの傷を癒すため、ユカノはフジキドとともに岡山県の神秘的なオンセンに向かった。だがそこには、邪悪なるニンジャ修道会と、天狗面の男の姿も……! メイン著者はフィリップ・N・モーゼズ。

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