S1第3話【サンズ・オブ・ケオス】
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S1第3話【サンズ・オブ・ケオス】

総合目次 シーズン1目次


「オーゴッド」
「サツガイはどこだ」「待て、焦りは禁物だ」
「貴様を殺す」「誰の差し金だ」「……おれ自身……!」
「ウツケめ。風下に立つからだ。どうでもよし」
「貴様……グワーッ!」「離さん!」
「行けよ。試験なんだろ」
「ピ、ピザ食えよ。アツアツの!」
「スシを取れ」


◆◆◆


 悲鳴を上げ続けるヒロインの口に荒々しく猿轡を噛ませ、邪悪な白ストライプスーツのギャングが凄んだ。「ココマデ、ヤメテダゼ!」だが、ロベルト・ストームドラゴンは少しも怯まずカンフーを構え、半身になって小刻みなステップを踏んだ。そして言い放った。「オマエタチモナ!」戦闘が始まった。

 「ハイヤーッ!」ロベルトがシャウトした。襲い掛かるギャングは目にも止まらぬカンフーで円周状に弾き倒された。「フウッ!」更にシャウト。「……ドンナニモ、ナッチマウゼ!」ギャング首領がバッドサインで応えると、リムジンを飛び越えて黒装束のニンジャ達が回転着地し、撥ねながら襲い掛かった。

 ニンジャはカタナと鎖鎌で武装している。コワイ! しかしロベルトは挑発的に手招きした。ニンジャは無言で地を蹴った。闇に生きる戦士なのだ。しかし!「ハイヤーッ! ハイ、ハイヤーッ!」ロベルトのローキック、回し蹴り、サミング、ワン・インチ・パンチの連続打撃によってニンジャすら打ち倒される!

 「ザマアミチマエ!」ギャング首領が罵り、髑髏マークの瓶をロベルトの足元に叩きつけた。「グワーッ!」立ち込める有毒ガス! ギャング首領は素早くガスマスクだ。「ナンダコレハ! ヨクミエナイ!」ロベルトの影が悶えた。ギャング首領は哄笑し、銃を構える……しかし!「ハイヤーッ!」「グワーッ!」

 ヤッタ! これがロベルトの心眼殺法だ。目を閉じた彼はキの流れを読んで跳び蹴りを放ち、見事ギャング首領の頭に命中させたのだ。吹き飛ぶギャング首領、感涙するヒロイン、ロベルトのサムアップがスローモーションとなり、「THE END 終劇」の字幕が浮かび上がって暗転した。潔い終わり方だ。

 ……「ヤッター!」コトブキは握りこぶしを振り上げ、ソファーから少し撥ねて、ドスンと着地した。画面にはスタッフロールが流れ、VHSの再生ノイズが上下にうるさい。彼女は横の盆菓子をまさぐった。ひとつだけ残っている。「……」彼女はやや躊躇い、惜しむように食べた。やがてビデオが終わった。

 ガガコー。機械音が鳴り、テレビモニタの下の骨董デッキからビデオテープが吐き出された。ラベルには「NINJA STARBLOOD」のタイトル。50年以上昔、アメリカで作られた日本コンセプトのカンフー映画である。「……ハア。終わってしまいました」コトブキは独り言を呟き、立ち上がった。

 彼女は広い一室を振り返り、壁一面に並べられた骨董テープのラベルを見渡した。それらはすべて、電子戦争以前の、誰も気にも留めずアーカイブもされていないようなグラインド・ハウス映画、モンド映画、カンフー映画である。コトブキはテープを取り、神妙な表情でそれを棚に戻した。「完了です」

 ビデオは全て見てしまった。菓子も食べ尽くした。旅立ちの時がやって来たといえよう。コトブキはクローゼットからアオザイを取り出し、きっちりと着替えた。正装のつもりだ。彼女は姿見の前で淡いオレンジの髪に櫛を入れ、口角を少し上げて微笑んだ。美しいが、わかる者にはわかる。瞳の奥の刻印……。


【サンズ・オブ・ケオス】


1

 (残せ! アユミを殺したニンジャの道筋を!)(アバババーッ!)ナハトローニンは赤黒の火を吐き、痙攣した。(サツガイ……貴様はサツガイを……アバッ、ハハハ、殺す……殺す気でおるのか……笑止……アバーッ!)(そうだ。サツガイを殺す。必ず)(できるものか……奴は神にも等しい……)

(貴様の見解に興味は無い。言え。貴様らを繋ぐ糸がある筈だ)(……俺は……独りだ……アバーッ!)(サツガイから力を得たニンジャの名を、おれに言え)(……貴様は必ず死ぬ……ブザマにな……だが、よかろう)燃え崩れながら、ナハトローニンは呟いた。(……メイレイン……!)

「メイレイン!」マスラダはバネ仕掛けめいて跳ね起き、戸口に蠢いた影を睨んだ。サツガイ!「イヤーッ!」「アイエエエエ!」KRAAAASH! マスラダの右腕はタキの顔の横の壁に、第一関節まで埋め込まれた。「ア……アイエエエエ……」タキは壁をずり下がった。「……げ、元気そうで何よりだな……」

「……!」マスラダはタキを見下ろして舌打ちし、壁から腕を引き抜いた。それから己の手を見つめ、己の姿に気づく。ところどころ破けたTシャツとズタズタのカーゴパンツだ。装束が失せている。マスラダは下がり、己の頬に触れた。タキは目を閉じ、叫んだ。「オレは見てねえ! お前の素顔なんか知らねえ!」

 「どうでもいい」マスラダは冷たく言った。板張りの床を振り返った。フートンもなにもない、ただの物置きだ。タキは呻いた。「クソが、壁の修理代を請求したいところだ。とにかく一宿一飯の恩義とでも言うべきやつだぜ」「おれは?」「いや、ブッ倒れたからひとまず放置……いや、介抱してやったんだ」

 マスラダはまた舌打ちした。タキがおずおずと目を開けると、青年の足元から熾った赤黒い火がその身体を覆い、例の赤黒装束を数秒のうちに生成していった。「人間なんだな。お前」タキは思わず呟いた。マスラダの手にはメンポすらも生じた。「忍」「殺」。それを無慈悲に装着する。「違うかも知れんぞ」

 「わかってる。お前がオレの死神にならないようオレは努力する。な。まあその……そういう取引きだったわけだし……で、何だっけ、メイレイン。な。そうだよな、次のお前のターゲット……調べてやるさ。前のめりだろ、オレ」「いつお前に伝えた」「いや、さっきお前叫んでたろ。あっちまで聞こえたぜ」

 ……五分後、彼らは地下四階のUNIX室にいた。

 蛍光色のモニタ光を受けながらキーをタイプするタキのすぐ後ろで、ニンジャスレイヤーは腕組みして睨んでいる。タキがぼやく。「やりづれえんだよな。情報屋には情報屋の領分がな、」「ナハトローニンがおれを殺し、後腐れなく問題解決……だったか?」

「……ホッ!」「孫子」「ホ、ホーウ!」タキは肩をすくめて見せようとして、サムライ・フィギュアを倒した。「お前、何だよ、あれオレの本心だと思ってたのか? つうか聞いてたのか? よせって。ホットなオンナの前で薄情な冷徹野郎に振舞ってカッコつけたい時ってあるだろ? そういうトークだって」

「始めろ」「わかったッて! オレ様の目端の利きっぷりをとくと味わえ。お前、オレに巡り合った事はブッダとかオーディンとかに感謝……」「クソッたれデジタル・オーディンの話は二度とするな」「よし、いくぞ!」タキは椅子を引いてタイピングに本腰を入れた。モニタ上をワイヤフレームやIRC小窓が飛び交う。

「メイレイン……どこかで聞いた名前って感じはするぜ」タキがかけているUNIX作業用の色付きグラスに流星めいて画面遷移の光が飛び交う。「お前が何者なのか知らんし、詮索もしねえけど、あんまり詳しくないのは確かだよな! 秘密の闇社会によ。どんだけ知ってる」「ああ、詳しくない」

「……」タキはニンジャスレイヤーを振り返り、またモニタに目を移した。「まあ詮索はしねえよ」やがて、IRCツリーの枝葉の枝葉の枝葉、それらしい情報集積物が見えてくる。「サンズ・オブ……聞いたことねえな」タキは眉根を寄せる。「サンズ・オブ・ケオス……あ、待て、やっぱ止めだ。諦めよう」

「何だと?」「いや、絶対ヤバイから。絶対ダメ」タキは首を振った。画面には「メイレイン:ニンジャ」という名前に紐づいて、「サンズ・オブ・ケオス」という謎めいた単語が浮遊していたが、タキが特に注意を……恐怖を向けているのは、それではなかった。「ニンジャ:ソウカイ・シンジケート」。

 クロス・カタナのエンブレムが大写しになると、タキは反射的に身を震わせた。「あのな、このネオサイタマには知っての通り世界各国のクソ企業が入り込んでシノギを削ってやがるが、実際に街の裏路地をカラテでシメてるのはソウカイ・シンジケートだ。皆ここと上手くやってる。企業も、ヤクザクランも」

 タキは端末を見せた。「オレも持ってる。ソウカイヤのホットラインを。なぜか連絡取れねえけど」「……」「頭首のラオモト・チバはカミソリのように頭の切れる若き帝王、手下にニンジャがわんさといて、特にヤバイ六人が『シックス・ゲイツ』、人肉のスシを食って精をつけてるらしいぜ。恐怖そのもの」

「そんな連中に興味は無い」ニンジャスレイヤーは低く言った。「だがメイレインは殺す。そしてサツガイの情報を引き出す」「ッデーム! バカ!」タキは熱くなった。「それがソウカイヤとコトを構えるッて事だろ! 奴らに睨まれたら……」「それならばソウカイヤもシックスゲイツも敵だ。殺すだけだ」

「よせ」タキはニンジャスレイヤーを見た。ニンジャスレイヤーは見返した。冷徹な目だった。冷徹な中に、溢れ出る寸前で押し留められた激情がある。「なあ考えろ。お前だけなら知った事じゃねえが、オレまで片棒担ぎにされたら……」「知った事ではない」死神は言った。「取引をしたぞ、タキ=サン」

 「奴らはニンジャの戦士だ」「おれはニンジャを殺す力を得た」「んんん」タキは唸った。押し問答だ。そしてこの男は本気だ。確かにこの男は強い。ナハトローニンも殺した。だが……。「んんん」それにしても、サツガイとかいう奴は、一体こいつに何をしでかした? 迷惑千万だ。タキのニューロンは高速回転した。

 「わかった」タキはやがて言った。「お前はメイレインを仕留めて、サツガイの情報を得る。ソウカイ・シンジケートとは、コトを構えない」何か言いかけたニンジャスレイヤーを遮り、手ぶりを交えた。「この二要素を両立させるのが、現時点でベスト!」「何だと?」「つまりだ。殺して、バックレる」

 ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。「何を……」「だから! サツガイに関係ねえ奴とデカく争ってたら、お前、何十年経っても辿り着けねえんじゃねえのか? エ?」タキは加速する燃える車輪めいてヒートアップした。「組織には絶対知られるな。メイレインは下っ端。今度はマジ。切り離して仕留めろ!」

 目の前のこの死神は、サツガイとそれに連なるニンジャ達に、狭く深く、狂ったように、決断的焦点を絞っている。そこにどうやら交渉の余地が存在している……!「わかったか! ガッツリやるぞ! オレに作戦タイムをくれ!」タキは異常興奮状態で喚いた。リリリン。インタフォンが鳴った。「スシも来た!」


◆◆◆


 ドオン……クロス・カタナ意匠の銅鑼が鳴らされた。四方にカドマツが飾られ、中央の黒大理石の卓には菊のカドーが飾られている。南側の壁は透明で、滝めいて水が流れ、ガラスの奥では嬌声をあげて遊ぶオイラン達の姿が滲んでいた。緊張の面持ちで連座する企業重役達は脂汗を滲ませてカミザの男を見た。

 カミザの革張りヤクザソファでくつろぐのは、ほとんど黒に近い紫の三つ揃えのスーツを着た、威厳ある青年ヤクザだ。肩ほどの銀髪を後ろに撫でつけ、カタナめいた鋭く酷薄な目元。足元に傅く媚薬めいた女ニンジャが葉巻に火をつけると、天井に紫煙を吐き出し、企業重役には視線を返しもしない。

 革張りヤクザソファの横にはボディガードと思しきニンジャが微動だにせず直立している。暴力を人の形に捏ねたようなニンジャだった。はちきれんばかりの筋肉には無数の傷が勲章めいて刻まれていた。どれ程のカラテの持ち主か。だが彼も、この青年に死ねと言われれば、即座にその場で望んで死ぬだろう。

 おお、齢二十半ば手前、己の冷酷さを隠しもしないこの男こそは、ラオモト・チバ……混乱の底に堕ちたネオサイタマを救った英雄にして、恐るべきニンジャ戦士を束ねる非ニンジャの帝王。闇のヤクザ集団「ソウカイ・シンジケート」の、若きオヤブンであった!

「つまり、我が社ジバタメ・エンタープライズがですね」左の企業重役が身を乗り出し、口火を切った。「そもそもジェネレータ権利を取得しているわけなんです。このクロサマ・テクニコはまるでハイエナだ。我が社の格付けダウンの噂が市場に流れた事をこれ幸いと、権利の横取りを……」

「違う!」右の企業重役が負けじと声を張り上げた。「ジェネレータ権利を競売で取得したのは我が社だ」クロサマ社員はマキモノを開いて権利書を取り出した。ジバタメ社の重役が目を見開いた。「権利書だと? 嘘だ」「前権利者のハンコも当然ある」彼は挑戦的に笑い、権利書のハンコを指さした。チバの瞼が動いた。

「ウチにもある!」ジバタメ社の重役は腰を浮かせた。「今、持参してはいないが……」「無ければ無いのだバカめ! 出まかせを言うな」クロサマ社の重役は喚いた。そしてチバに向かって勝ち誇るように言った。「手に取ってご覧になってもかまわない! 権利書はここに!」「ウチにもある!」とジバタメ社。

「ウチにあるものが本物でそっちは偽造! その偽物をよこせ! 判じてやる!」ジバタメ社重役は卓越しに権利書を掴もうとする。「ヤメロ!」クロサマがペンを投げつける。「イディオットめ!」「貴様がイディオットだ!」「貴様がだ!」

 争いを前に目を閉じていたチバが、カッと見開いた。「キエーッ!」若若きオヤブンはヤクザソファから飛び上がり、卓上に着地した。……チン、と音が鳴った。ロング・ヤクザ・ドスを鞘に戻した音である。然り。既に仕事を終え、戻したのだ。恐るべきワザマエのイアイ斬りであった。

 その瞬間、クロサマ重役とジバタメ重役、それぞれの右手首が切り離され、卓上に落ちた。チバはヤクザ革靴で無慈悲に権利書を踏みにじると、ひらりと身を翻し、無造作に卓から降りた。

 二人の重役サラリマンの手首から鮮血が噴き出した。「アイエエエ!」「アババーッ!」悶絶する彼らに、ソファの傍らの女ニンジャが何かを投げつけた。メディ・キットだ。

 「見苦しいわ、下郎ども」チバは吐き捨て、葉巻を噛んだ。「何が権利書だ。尻軽な権利者に二重契約でたばかられた責任の擦り合いを、俺の目の前で始めるとはいい度胸。……俺にとって重要なのは、貴様らがソウカイ・シンジケートの領地に土足で踏み入り、くだらんイクサを始めた事だ。ケジメをつけろ」

 「アイエエエ!」「ケジメ? この手首が!?」「それはケジメとは別だ。単に貴様らが鬱陶しい」チバは言い放ち、葉巻を投げ捨てた。退出である。古傷のニンジャが先導し、チバが続く。のたうち回る重役社員を、女ニンジャが振り返った。「二人で協力してキットを使えば、まだ繋がるかもよ」

 (アイエエエ……)後方に悲鳴を残し、チバは進む。女ニンジャは溶けるように姿を消す。黒漆塗りの廊下、先導する古傷の最側近ニンジャが立ち止まり、前方の闇を示した。「オヤブン」「……」チバは闇を見透かした。そこに、跪くニンジャあり。「ドーモ。ラオモト=サン。ガーランドです」白く退色した短い髪と秀でた額、武骨なメンポが特徴的なニンジャだった。

 ガーランドの左目の上には<六門>のカンジとクロス・カタナを組み合わせた紋章が刻印されていた。古傷のニンジャは殺気をたもったまま脇にのいた。チバは冷たく言った。「ガーランドか。ビジネスの場に貴様が何の用だ?」

 「情報を得た折、ごく近くに居りましたので。無礼を承知で参上した次第」ガーランドは言い、チバのもとへ歩み寄った。そして彼にだけ聞こえる声で囁いた。(例の件。やはり十中八九、メイレインはクロです。ただし確証とまではいかぬゆえ、直接承認を頂きにまいりました)

 チバは頷いた。「よし。殺せ」


2

 ヒートリ・コマーキタネー……ミスージノ・イトニー……。アカチャン。ウマ・コリェール・ジ・ソーパ。複数の広告電線から流れる音楽やプロモーション音声が混じりあい、ホロバスヤマ・バラック屋台街にさざ波めいた環境音を作り出している。

 採掘者、パルクール配達者、ドヒョー労働者、ビタミン・カラーのスーツを着たカブキ達、サイバーゴス、モヒカンヘアーと鋲打ち腕章にサラリマン・スーツを組み合わせたサラリパンクス。アニメボーイ。多種多様の通行人が行き交う。バラック屋台街には盗品が何でも集まる。取り締まる者もない。

 盗品衣類を吊るしたハンガー・ツリーの間から、短い黒髪の男が歩み出た。マスラダである。「ヘイ、これで男前だね、いい買い物した。また来てね」換金素子を受け取って満面笑顔のバッド・ブティック店主は、手を振って彼を見送った。マスラダは歩きながら眉根を寄せ、拳を握り開く。

 人ごみをぬって歩いた彼は、やがて目当てのモチ屋台に辿り着いた。「何にします」「フライド・モチを」「へい」マスラダは椅子にかけ、そこから、「ゴールド銀座」のネオン門をいただく狭い路地を眺めた。(衆人環視の中、物騒な赤黒装束で張り込むわけにはいかねえんだよ)タキの指示である。

 (オレはメイレインの行動ログを取った。奴はソウカイ・シンジケートのニンジャで、普段は地下の金網ドージョーのシノギを監督してる。カラテカとモーターガシラが殴り合うエンターテインメントだ。だがそれはいい。重要なのは、どうも最近、奴が金網ドージョーと関係の薄い地域を往復してるんだな)

 それが、ゴールド銀座だ。マスラダはネオン門の奥の闇を凝視する。(あの路地に奴が入ると、その先のログは無い。消えちまう。そして数時間後にまた現れる。そして帰っていく。要は、あの路地には妙に強いIRC妨害が敷かれてるッてわけだ。怪しいだろ?)「モチどうぞ」「ドーモ」モチを食べる。

 そのままマスラダは待った。店主の視線が剣呑になって来ると、追加でコブチャを注文した。装束やブレーサーの防備が無いこの状態は、彼にとってストレスフルだった。パーカーと細身のカーゴパンツ、そうしたかつての日常的な装いは、今の彼には非日常のものだ。(現れろ)彼は心の中で呟いた。(早く)

 彼のニンジャ第六感は時折、離れた地点で素早く移動する強力なニンジャソウルを捉える。内なるナラクが蠢き、精神に深く楔を打とうとする。そのたび抗う。ネオサイタマには相当数のニンジャが居る。それらに片端から挑めば、無意味な殺しだ。この街には無差別殺戮志望者が掃いて捨てるほどいる。その同類に堕する気はない。

 「お客さん、追加のご注文は」「ゴチソウサマ」マスラダは立ち上がった。彼の視線の先、泥を蹴立てて足早に移動する姿があった。ニンジャだ。襟を立てた黒コート、ネオン傘。垣間見えたメンポの意匠が、タキの事前情報と一致していた。メイレインである。

 メイレインはゴールド銀座の門をくぐった。マスラダも後を追った。路地の暗がりに足を踏み入れた時、彼は既に赤黒の装束と「忍」「殺」のメンポを身に着けた影となっていた。メイレインは尾行するニンジャスレイヤーに気づかない。メイレインのニンジャ第六感を、ニンジャスレイヤーのニンジャ野伏力が上回ったのだ。

 ニンジャスレイヤーは殺意を研ぎ澄ます。メイレイン。サツガイに連なる者。脳の芯が冷え、握りしめた拳が軋む音が骨を伝う。ポン引き、乞食、ストリートオイラン。暗い路地の住人達も、滲む赤黒の霧めいた彼に気づけない。鋭利な刃めいて敵に至る忍び足、相手を引き裂き殺す暴力。彼にとっては同義だ。

 曲がり角に差し掛かると、メイレインは念を入れて一度背後を振り返った。だがその時ニンジャスレイヤーは既に地上にはなく、壁めいた建物群の配管パイプの上に立ち、標的を見下ろしていた。

 『YO。順調か』タキが通信を入れた。『あのな、グッドニュースとバッドニュース、どっちを先に聞きたい?』「バッドから」『やっぱグッドからにする。メイレインの野郎はソウカイ・シンジケートにハネられた。ソウカイヤはソウカイヤで奴との間に何かあったんだ。つまり、奴を殺してもソウカイ・シンジケートはそこまで怒らねえ。抜け目ないオレがソウカイヤに幾つか情報を横流ししたからなんだが……』

 「バッドを」『その、な』タキが言葉を切った。やがて言った。『ソウカイヤのニンジャがメイレインを始末しに向かってる。誰が来てるかは知らんが、オレの感覚だと、こういう身内の粛清にあたるのは、シックス・ゲイツ格のニンジャだな』「何?」『つまり、ちょっと段取りを巻かないと、お前はメイレインを殺せない』

「時間は巻かない」ニンジャスレイヤーはメイレインを睨みながら舌打ちし、否定した。「殺すのはアジトを探してからだ」『そ、その通り』タキは相槌を打った。『今回は情報が要る。奴がスムーズにアジトまで帰るよう、その、念じたり祈ったりしろ。ソウカイヤがそこへ来てグチャグチャにする前に』

 「……!」ニンジャスレイヤーは配管パイプの上で蹲り、その目を殺意に光らせた。メイレインが再び歩き出した。ニンジャスレイヤーは配管パイプから飛び降り、標的につかず離れず、迷路じみて入り組んだ路地に入っていった。やがて現れたのはネオン看板の光すら乏しい、寂れた雑居ビルだった。

 ビルは路地の突き当り。一階はチェーン店のドンブリ・ポン。どうやら閉店して放置の有様。まるで廃墟だが、メイレインは気にせず店の脇の通用口に入っていく。「追う」ニンジャスレイヤーは呟いた。『忘れるな』タキが強調した。『特にサンズ・オブ・ケオスの情報だ。絶対……』通信が不意に途絶えた。


◆◆◆


 ソウカイ・シンジケートのクロス・カタナの御紋を背負っているとはいえ所詮は下っ端、ケチなゴロツキに過ぎなかったメイレインの世界は、あの日の出来事以来、まるきり眩く輝き、美しい高揚で満たされていた。

 神秘だ。

 そう、まるきりそれは神秘体験と言うにふさわしかった。その者は、否、そのお方は、フードを目深にかぶり、畏れ多きその顔をメイレインに見せる事は無かった。彼はメイレインの前に立ち、その衣の胸元を開いた。するとそこには胸板ではなく深淵があった。

 導かれるまま、メイレインは右手を深淵に挿し入れた。彼の右手は、掴み、獲得した。「美」と接続し、力を得たのだ。

 (お前の名前……何だったか……)(メイレインです)(そうか、メイレインというのか。メイレイン=サン)メイレインは涙を滂沱と流していた。(ありがとうございます……!)(何の礼だ、メイレイン=サン)(この力……嗚呼……いったい何を対価とすれば。魂ですか?)

 (MWAHAHAHAHAHA! MWAHAHAHAHAHA!)フードの下で、彼は心底おかしそうに笑った。(魂! BWAHAHAHAHAHA! オカシイ! 俺が何故、そんなつまらぬものを欲しがる。何もいらない)

 右腕を引き抜くと、「快」の感情がメイレインの脳天を貫いた。彼は仰け反り、震えた。(嗚呼……!)(ガンバレ、メイレイン=サン)(何を……?)(知らんよ)瞬きすると、彼は背を向けており、既にタタミ五枚ほど離れていた。(貴方の名前を……)(俺の?)(御名前を)(サツガイ)

 以来、すべてが美しい。ドブ水の臭いは美しい。表面の油膜は美しい。腐乱死体に湧く虫は美しい。殺しは美しい。死んでゆく人間が美しい。なかでも己自身は宝石のように美しかった。そして、「宝石」は自分一人ではなかった。ただ感じる事が出来た。ネオサイタマ。世界。共有できる仲間を感じた。

 思えば、かつての己は他者を羨み、妬むばかりの存在だった。ニンジャとなって常人をはるかに勝る力を得てからも、境遇はさして変わらなかった。世界の裏側のレイヤーにはニンジャが既に溢れており、彼らはメイレインよりもよほど価値があるように思えた。サンシタはどこまでいってもサンシタだ。

 だが今は違う。彼はサツガイに選ばれた。そして世界には、彼同様にサツガイに祝福された、恵まれたニンジャが複数存在する事を知っている。彼らを結ぶのがサンズ・オブ・ケオス。愚かなナハトローニンはメイレインの誘いを取り合わなかった。互助を軽視し、差し伸べた手を拒絶した。理解しがたい。

「フー……」階数表示。廃れたビルの5階に彼らの「礼拝堂」はある。今このとき、同胞たちの存在は感じない。誰もが戻りたいときに戻ればよい。緩やかな連帯なのだ。「礼拝堂」すらも不定でよい。上昇するエレベータ内で、瞑想的に思考は巡る。この上昇の感覚すら美しく心地よい……(イヤーッ!)

 声は足元はるか下から聴こえた。反射的にメイレインは跳び下がり、エレベータの壁に背中をつけた。床の中央付近が隆起し、裂け、錨、あるいは鏃めいた、鋭利ななにかが飛び出した。それはまるで爪のように金属の刃で床を噛んだ。ギギッ……ゴギギギギ。軋み音が鳴り、エレベータが震動した。

「何だ!?」メイレインは身構えた。上昇が停止し、衝撃に呻く。床が下に向かってひしゃげ始めた。鉤爪が食い込み、下へ引っ張っているのだ。「これは」メイレインは目を見開く。どうやらそれはフックロープ状のなにかである。彼のニンジャ第六感は、このまま放置すれば何が起こるかを予感として伝えてくる。極めて危険だ。

 鋼のロープは異様な熱を放つ。接触部周囲の空気が歪み、ひしゃげた床がブスブスと黒ずみ始めた。「イヤーッ!」今度ははっきり聞こえた! KRAAASH! エレベータの床が完全に裂けた!「グワーッ!」メイレインは否応無く下へ零れ落ちる! 側壁の凹凸に反射的に手をかけ、危うくぶら下がる!

(何が……? 何が起きた?)メイレインの鼓動が速まる。彼は首を巡らし、エレベータ・シャフトの下に目を凝らした。赤黒の眼光が見返した。フックロープを投げた者か。メイレインは己に向けられた剥き出しの殺意に打たれた。まごついてはおられぬ。彼は四階のエレベータ用扉を振り子の勢いをつけた蹴りで破り、フロアに進入した。

 この雑居ビルに他の住人は無い。棲みついていた連中はあらかた彼と他の何人かで殺して奇麗にした。そしてプライバシーを守るべく、IRC監視対策ユニットもひときわ強力なものを導入してある。(とにかく5階だ)メイレインは廊下を走り出した。(非常階段から5階に上がり、礼拝堂へ)

 礼拝堂にはUNIXがある。仲間に異状を伝えるべし。闇社会の住人である以上、命を狙われる謂れは一つ二つある。常に覚悟し備えてきた。何よりサツガイに与えられた力がある。「美」に護られている! 

 メイレインは屋外非常階段へ飛び出す。すると、ガン! ガンガンガン! 下から駆けあがって来る音!「来たな」彼は呟き、階段を駆け上がった。ガンガンガンガンガン……二者の足音が鉄の非常階段をうるさく鳴らす。下の音は疑いようもなくメイレインを追跡してきている。「おお、サツガイ=サン……! 同胞たちよ……!」走りながらメイレインは祈る……。


◆◆◆


 「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは非常階段を五階まで上がり切り、逃げるメイレインの影を追って屋内へ走り込んだ。前方左手で、音を立ててシャッターフスマが閉じられたところだった。全力疾走の勢いをスライディングでブレーキし、一切の躊躇なしにシャッターフスマに蹴りを見舞う!

 KRAAASH……シャッターフスマは鉄屑と化して室内を撥ね跳び、無数の白い羽根が、奥の窓から入り込む光の中を舞った。ミーティング・ホールめいた広い室内を、数羽のバイオ鳩が狂ったように飛び回っていた。踏み込んだニンジャスレイヤーの死角からレーザークナイが襲い来た。「イヤーッ!」

 ニンジャスレイヤーはこの種のアンブッシュ(奇襲)が来る事を事前に織り込んでいた。ゆえに彼のニューロンと身体は極めて速く反応した!……「グワーッ!」呻き声をあげ、レーザークナイを取り落したのはメイレインだ! 間髪入れずニンジャスレイヤーはケリ・キック!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 メイレインは床をバウンドし、観葉植物を薙ぎ倒し、壁の聖画の額を砕いた。ニンジャスレイヤーはオジギを繰り出した。「ドーモ。メイレイン=サン。ニンジャスレイヤーです」「ゴボッ」舞い散る羽根の中、メイレインは咳き込み、そしてアイサツを返した。「……メイレインです。何者……なぜ俺を」

「サツガイという男を知っているか」「……ふむ」問いを聞くや、メイレインのアトモスフィアが変わった。「サツガイを、知る? それは哲学的な問いではないかね」彼は笑い出した。「ふふふ、知るなどおこがましい。冒涜だよ。俺は無知を知る」神がかりの言葉に凄みが宿った。彼は呟いた。「サツガイ」

 「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはもはや問わず、激烈な憤怒とともにスリケンを投擲した。メイレインは腿のホルスターから予備のレーザークナイを引き抜き、スピンさせてスリケンを弾き消す。床を蹴ったニンジャスレイヤーがタタミ1枚距離に迫る。メイレインはヤリめいたサイドキックを横に躱す!

 KRAAASH! ニンジャスレイヤーの蹴りが聖画を完全に粉砕した。メイレインは側転からのフリップジャンプで飛び離れようとした。その足首にフックロープが巻き付き、とらえた。「イイイヤアーッ!」ニンジャスレイヤーは強引にロープを振り抜き、対角の壁にメイレインを叩きつけた!「グワーッ!」

 ロープがシュルシュルと戻り、ニンジャスレイヤーの右のブレーサー(手甲)に巻き付いた。ニンジャスレイヤーは決断的打撃を叩き込むべく、着実に接近する。メイレインがどの方向へ逃げようと、必ずそれを阻んで打撃を叩き込む。「哲学だの無知だの、まだやるか?」ニンジャスレイヤーは問うた。

 追い詰めながら、ニンジャスレイヤーはこの空間の状況を把握しようとした。飛び回る鳩、聖画や聖餅、蝋燭、神棚、ここは様々な神秘的要素のキメラだ。祭壇めいた場所にUNIXデッキがある。メイレインを殺し、あれから情報を抜く。「クッ……クックックッ」メイレインは肩を震わせ笑った。

 「お許しくださいサツガイ=サン。貴方の力をみだりにふるう事は自ら禁じておりましたが」メイレインは俯いていた顔をあげた。痛みと法悦に霞んだ目が見開かれた。ニンジャスレイヤーはメイレインを数度殴打するつもりで近づいていたが、そのとき正体不明の危機感が首筋を粟立たせた。「イヤーッ!」

 BOOM! 超自然の唸りが室内の空気を震わせた。ニンジャスレイヤーは横に跳んで転がった。その一瞬の状況判断が彼の命を救ったのだ……! 彼がいた場所に奇妙な黒い球体が生じている。球体の中に、緑色に光る格子が見える。ギュイイイ……音を立てて球体が収縮し、消えた。メイレインの目が笑う!

「アッハッ!」メイレインが叫び笑った。「アッハッハッハッハ!」BOOOM! 闇の穴がニンジャスレイヤーの足元で口を開けた。ニンジャスレイヤーは逆方向へ撥ね、再度逃れた。跳躍は危険だ。着地際ほんの数インチ先の空間に、闇の穴が生じた!「アッハッハッハッハ! なんという美だろう!」 

(((なに!))) ニューロンがざわめき、激しいナラクの念が伝わって来た。(((ムシアナ・ジツだと? これはマイニユ・ニンジャのユニーク・ジツだ! ツバメ・ニンジャ・クランのサンシタには到底縁なきジツぞ。サツガイの仕業であること間違いなし。まったくもって、何たる醜き歪みか!)))

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは牽制のスリケンを連続投擲しながら後退する。「アッハッハッハッハ!」メイレインは眼前に闇の穴を生じてスリケンを飲み込ませて消し飛ばすと、いかなる原理か、そこから黒く放電する斧を引きずり出した! それはまるで物理法則の歪みの具現化だ! コワイ!

(((よいか! あれはアンタイ・ウェポンだ。決して打ち合うべからず。破滅ぞ))) ナラクが伝えた。メイレインは笑いながら向かってくる。ニンジャスレイヤーはスリケンを投げつつ後退!(打開策を言え)(((かつて儂はヌンチャク・オブ・デストラクションを用い、攻略した。だがそれはドラゴン・ニンジャの武器ゆえ、今は参考にならぬ……)))

「アッハッハッハッハ!」メイレインは床を蹴った。暗黒の斧が斬り裂いた場所には何も残らぬ。羽根も、床も。ニンジャスレイヤーは連続バック転で飛び離れる。次第に勢いを増すメイレインの攻撃! 既に背後は壁だ。メイレインが壁を切り裂く! アブナイ!「サツガイ=サン! 嗚呼! アッハッハッ!」

 ブウン、ブウンと音を立て、斧が床を壁を斬り裂き、抉り取る。ニンジャスレイヤーは回避に徹する。横へ転がり逃れる。「アッハッハッハッ!」メイレインが、暗黒の斧がそれを追う。今や形勢逆転、追われるのはニンジャスレイヤーか。「アッハッハッハッ……」KRAAASH! 床が抜けた!

 ZZZTOOOOM……BOOOOOM……瓦礫と共に二者は下階へ落下する!「イヤーッ!」落ちながらニンジャスレイヤーはスリケンを投擲! 狙い過たず、メイレインの左目を潰す!「グワーッ! 嗚呼嗚呼嗚呼アッハッハッハッ!」メイレインは狂い笑う。「美の前に、痛みなど、快……快也!」

 着地と同時に床を蹴り、ニンジャスレイヤーは更に襲い掛かった。「イヤーッ!」メイレインは暗黒の斧を捨て、闇の穴を用いた直接攻撃に切り替えた。しかし捉えられぬ! 彼はメイレインの死角、潰れた左目側に動いている。即ちフーリンカザンである! 崩落する瓦礫が降り注ぎ、粉塵が空気を汚す!

 更に、ここまでで既に幾つかの事実が明らかとなっていた。メイレインは闇の穴とアンタイ・ウェポンを併用できない。遠距離に闇の穴を生じる事はできない。そして何より……「イヤーッ!」「グワーッ!」死角からの回転踵蹴りがメイレインの側頭部を捉えた! メイレインは床をバウンドし、吐血!

 何より、いかに強力な神話のジツを得ようと、それを用いる者のカラテが乏しければ、いかようにも料理の方法はあるという事!「グワーッ! サツガイ=サン!?」怯むメイレインの肩にスリケンが突き刺さる。「グワーッ!」「だいたいわかった」ニンジャスレイヤーは低く呟いた。そして宣告した。「殺す」

「来るな!」ヤバレカバレ! メイレインは闇穴を繰り出す。ニンジャスレイヤーは慎重に足を止めて設置攻撃を回避!「来るな!」闇穴から槍斧を引き出す!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーのスリケンが大きく弧を描き、アンタイ・ウェポンの柄をくぐってメイレインの右目を捉えた!「グワーッ!」

「これも、快か?」ニンジャスレイヤーは呟いた。「哲学抜きでサツガイの事を話せ」「AAARGH!」メイレインは絶叫し、めったやたらに槍斧を振るう。ニンジャスレイヤーは側転で躱しながらスリケンを投げ返す。KRAASH! あっという間に床が斬り裂かれ、再び崩落した。二者は三階へ落下!

 ZZZTOOM……!「……」着地したニンジャスレイヤーはカラテを構えた。「エッ?」声をあげて振り返ったのは、淡いオレンジの髪の美しい女だった。この階の住人? ここは廃墟ではなかったか? 女が着るアオザイや、壁一面のビデオテープ・ライブラリ……「AAARGH!」メイレインが叫んだ。

 二人のニンジャ戦闘者には知る由もない事だったが……この建物の三階には出口無き部屋が存在していた。所有者は閉鎖空間の中にオイランドロイドを飼育しようとしたのだ。オイランドロイドを閉じ込め、愛好する電子戦争以前の偏ったカルチャーで室内を満たした直後、その者は心臓発作で死去した。

「ARRRRRGH!」メイレインはアンタイ槍斧を無茶苦茶に振り回す。ニンジャスレイヤーは慎重に距離を取る。視力を奪われたばかりのニンジャが聴力をもちいて相手を捕捉する事はおよそ不可能。攻撃機会はすぐに巡って来るだろう。だが、メイレインの後方、驚きと共に彼らを見つめる女は……。

 「ニンジャ、ナンデ?」彼女はぽかんとして口を開いた。調度を破壊し、床を、壁を破壊するメイレインと、距離をとるニンジャスレイヤーを交互に見た。「ニンジャ同士の戦闘です! 本物なんですか?」「AAAARGH!」ビュッ、闇の刃が彼女の顔の数インチ手前を薙いだ。オレンジの髪が幾筋か散った。

「ちょっと!? やめてください!」女は憤慨して叫んだ。メイレインは叫び声に反応し、そちらへ……(((好機! 格好の囮だマスラダ! 奴があれに襲い掛かる瞬間を狙え。背中から心臓を貫き、かたをつけるべし!))) ナラクが促す。ニンジャスレイヤーは床を蹴った。「イヤーッ!」槍斧が斬り裂いた。

「ヌウーッ!」ニンジャスレイヤーは間に割って入り、背中を斜めに裂かれながら、女を抱えた。そのまま対角の壁を蹴って撥ね、二回転して着地した。背中から血が噴き出す。(((愚かな。しかもそれは人形ぞ))) 呆れ果てたナラクの声。驚くほどに重い身体を下ろすと、「驚きました」と女が言った。

「AAARGH!」メイレインはテレビモニタを、ビデオテープの棚を、めちゃくちゃにえぐり壊した。「ライブラリが!」女が叫んだ。壁が裂け、開かずの部屋は外の廊下と繋がった。「まあ! わたし、殴って穴を開けようと思っていたんですが」女は傍らのニンジャスレイヤーに説明した。ニンジャスレイヤーは横目で見た。

 「助けてもらえた事を感謝したいのですが、そのせいで怪我を」「離れていろ」ニンジャスレイヤーはカラテを構えようとして、唸り、膝をついた。「でも、背中が!」女が心配した。「離れてろ!」「ひどい怪我ですよ! 至近距離でショットガンを食らわせたみたいに!」女が説明した。

 ニンジャスレイヤーは前傾姿勢になり、双眸を赤黒く燃やした。床に亀裂が走り、背中から煙と血と火が噴き出し、燃え上がった。赤黒の装束が傷を覆い、ふさいでゆく。一方メイレインは徐々に失われた視覚に代替する感覚器官を鋭敏化させ、状況に適応する。「サツガイ=サンニ! 仇ナス! 涜神ノ徒!」

 ドクン! ドクン! ニンジャスレイヤーは己の鼓動の音を聞いた。普段の倍は早く打っていた。倒れたアユミを見下ろしたあの時と同じように。あの時と同じように!(((あの時と!))) ナラクが吠えた。サツガイ!「構うものか」ニンジャスレイヤーは言った。「おれは涜神の徒だ……奴が神ならば!」

 ドクン! ドクン! ドクン! 心臓が作り出した血とカラテと憎悪とナラクの火が、血管を焼きながら彼の右腕を流れ、その手に握るスリケンに流れた。「AAAARGH!」メイレインがアンタイ槍斧を振り上げ、ニンジャスレイヤーの方向へ踏み出した。ニンジャレイヤーは投げた! スリケンを!「イヤーッ!」

 スリケンは赤黒に燃える血を纏い、螺旋軌道を描いてメイレインめがけ飛翔した。奥義、ツヨイ・スリケン!「AAARGH!」メイレインはアンタイ槍斧を振り抜く! KABOOM! スリケンが斧にぶつかり、対消滅!「バカな!?」熱狂の中であってもメイレインは驚愕を禁じえない!「イヤーッ!」

 既にニンジャスレイヤーは自らも床を蹴って飛んでいた。瞬時にメイレインのもとへ達し、鉤爪めいて強張らせた左手で顔面を掴んだ。「イヤーッ!」メンポを掴み、後頭部を床に叩きつけた。「グワーッ!」力任せにメンポを剥がす。「グワーッ!」右拳を振り上げる。「ニンジャ、殺すべし!」

 「サツガイ=サン! どうかジゴクの救……」「イヤーッ!」拳がメイレインの顔面を砕いた。赤黒の炎がメイレインの脳を焼き焦がし、耳と眼窩から赤黒の火が噴き出した。「サヨナラ!」メイレインは爆発四散した。塵と火を含んだ風が吹き、破壊された壁の穴から廊下へ抜けていった。


3

 ザンシンの姿勢を維持できず、ニンジャスレイヤーはよろめいた。「大丈夫ですか」女が遠慮がちに問いかけた。「激しい戦闘でしたね」「……お前は……ここの……」ニンジャスレイヤーは問うた。女は瞬きし、まずオジギをした。「ドーモ。コトブキといいます」「……ドーモ。ニンジャスレイヤーです」

 ニンジャスレイヤーはあらためて、破壊された室内、崩落した天井、メイレインの爆発四散痕を見た。「クソッ……おれは」「部屋の破壊は、お気になさらず! わたしは丁度、ここから出ていこうと考えていましたから」「違う」ニンジャスレイヤーは首を振った。瓦礫に埋もれたUNIXデッキを見出した。

 これは上階から床ごと落下してきたものだ。瓦礫をどかし、デッキから記憶装置を剥がし取る。タキの調べたところによれば、メイレインはサンズ・オブ・ケオスという名の正体不明のネットワークに繰り返しアクセスしている。本人の口から情報を引き出す事はできなかったが、ここに手掛かりがある。

 「ニンジャのミッションですね」コトブキがコメントした。殺意に昂った意識が徐々に平常に戻るに従い、ニンジャスレイヤーはあらためて訝しさを覚えた。ナラクの言葉や、抱き上げた時の重さ、どこかおかしい物言い。目を見ると、瞳の奥に四枚の翼をひろげたオイランの意匠の刻印が見えた。

 「わたしはオイランドロイドですよ」コトブキはアオザイの埃を払いながら言った。ニンジャスレイヤーは眉根を寄せる。「つまり……」「いえ、あなたの言いたい事はわかります。わたし、自分で考えて喋っています」「そうなのか」「本来のわたしの仕様とは違うみたいですね。よくわかりません」

 コトブキは静かな微笑を浮かべ、親切に説明するのだった。「この部屋は開かずの間だったんです。誰もいないし、他にする事もないので、ずっとビデオを見ていました。ビデオも見終わったので、壁を壊して出ていこうと思いました」「開かずの間? 身寄り……所有者……はどこに?」「もう居ないようです」

「とにかく、邪魔をした」ニンジャスレイヤーは要領を得ない会話を切り上げ、壁穴をまたいで廊下に出た。振り返ると、アオザイ姿のオイランドロイドは微笑みを浮かべたまま彼をじっと見送っている。目をそらし、歩き出す。その頭にピリピリした感覚が走り、タキのIRC通信が混ざり込んだ。『通じた! オイ!』

 タキの口調は性急だった。『そこ、どこだ!』「ビルの中だ。メイレインは殺した。デッキの記憶装置は回収した」『は? ビルの中? なんで通信が生きてる』「さあな。ビルが派手に壊れて床が抜けた。通信妨害の類が死んだのかもしれない」『そうか……違う、いや、そうだが違う! ヤバイ、急げ、逃げろ!』

「何だと」『時間がかかり過ぎてるぞ、お前! 最初にやった話は覚えてるんだろ』「ソウカイヤか」『そうだ、ソウカイヤってのは特にヤバイんだ。何で連絡をよこさなかった。オレの勘だと、そろそろ……オイ?』ニンジャスレイヤーはカラテを構えた。視線の先、非常階段をゆっくり上がって来た影あり。

『ニンジャスレイヤー=サン? どうした?』「ドーモ。はじめまして」現れたのは、白く退色した髪と武骨なメンポ、黒く有機的なニンジャ装束、左目の上に<六門>のカンジとクロス・カタナの意匠を刻印したニンジャだった。「ガーランドです」「ドーモ。ガーランド=サン。ニンジャスレイヤーです」

 アイサツされれば答えねばならない! ニンジャの掟だ。ガーランドはアイサツで縛り、ニンジャスレイヤーから逃走の機会を奪ったのだ。『モシモシ? 今、ガーランド……まさかガーランドつッたか?』タキの声が狼狽えた。『オイ、逃げろ。あと、ピザ・タキの方には逃げるな。わかったか。来るなよ!』

「ニンジャスレイヤー……と名乗ったな」ガーランドは目を細めた。『いいか、ガーランドはソウカイ・シックスゲイツのニンジャだからな!』タキが喚いた。ニンジャスレイヤーは睨んだ。「おれに、何か用か」サツガイの影響下にあるニンジャであれば、ナラクはその歪みを看破する。こいつはどうだ。

「この破壊は貴様がやったのか?」「そうだ」「付近に他のニンジャの存在を感じぬ」ガーランドの声にドスがきいた。「……メイレインを……殺したか。貴様」「殺した」ニンジャスレイヤーはやや腰を落とし、軸足に力を込める。このガーランドはサツガイのニンジャではない。己の負傷も重い。犬死にを避けねば。

「それが、どうかしたか」ニンジャスレイヤーは睨み返した。関節がミシミシと音を立てた。ガーランドは右腿の得物に手をかける。「ベイン・オブ・ソウカイ・シンジケート(ソウカイヤの災い)の伝説」彼は呟いた。「真偽を確かめるとしよう」殺気が空気に満ちた。「イヤーッ!」二者は同時に動いた。

 ニンジャスレイヤーはスリケン二枚を連続投擲しながらバック転を打ち、間合いを取る。スリケンはガーランドに届かず、弾けて散った。龍の尾めいた得物が宙を裂き、彼の手元でうねった。得物で墜としたのだ! ニンジャスレイヤーは身を捻って背を向けながら着地。脱兎のごとく駆け出す! 逃走である!

 向かうは廊下奥のエレベーター! しかしガーランドはこの戦闘拒否に何程も心動かさない。ただ淡々と陸上選手じみたスプリントでニンジャスレイヤーを追う! コトブキは首を左右に動かし、二人のニンジャが眼前を通過するさまを見た。淡いオレンジの髪がなびいた。「またしても戦闘です」彼女は呟いた。

 ニンジャスレイヤーは躊躇せずエレベータ扉を蹴破り、シャフトのワイヤーに捕まって、真下へ落下した。エレベータは頭上四階付近で引っかかったままだ。降りながらワイヤーを支点にぐるぐると回転して勢いをつけ、一階のエレベータ扉を跳び蹴りで破壊しながら転がり出た。間髪入れず、後方で着地音!

 ニンジャスレイヤーは速度を上げる。マフラーめいた布がなびき、滴る血が地面に落ちて蒸発した。ガーランドはスプリントで迫って来る。ニンジャスレイヤーは斜めに跳び、「司馬」のネオン看板を蹴って更に跳んだ。だが!「イヤーッ!」「グワーッ!」跳躍が阻まれ、引き戻される。足に巻き付く武器!

 ニンジャアドレナリンによって時間感覚が泥めいて鈍化するなか、ニンジャスレイヤーは足首に巻き付いた恐るべき武器を認識した。それは鞭の一種だった。だが並の鞭ではない。ニンジャの武器だ。鞭には無数の小型クナイが生えている。その生え方はバイオ松の実を思わせる。刃が足首に食い込み、傷つけている……!

「グワーッ!」背中から地面に叩きつけられたニンジャスレイヤーは肺の空気を吐き出して呻いた。足首を苛む凶悪なクナイウィップにチョップを振り下ろし、切断しようとした。ガーランドは手首のスナップだけで鞭の拘束を解き、引き戻すと、確信的足取りでツカツカと接近してきた。「貴様、手負いか」

 ニンジャスレイヤーは牽制と共に起き上がる。「それがどうかしたか」左右に廃家屋。パイプから染み出した汚水が足下に水溜まりを作る。背後には壁めいて廃車が積み上げられていた。跳躍すればクナイウィップの餌食となるだろう。ニンジャスレイヤーはイクサの選択肢を吟味し、カラテを構え直す。

「カラテのワザマエは……なかなか油断ならぬ様子」ガーランドの目がギラリと光った。「貴様らに用はない。ソウカイ・シンジケート」ニンジャスレイヤーは言った。「だが、これ以上おれに関わるならば……」拳が、関節が、強烈な熱を帯びた。赤黒の眼光が強まった。

「ハイヤーッ!」

 その時、ガーランドの斜め後ろ! 不意にアンブッシュをかけたのは、あろう事か、先ほどのコトブキだった。彼女は流麗な跳躍からの二段回し蹴りで、いきなりガーランドを襲った。ガーランドは瞬時に反応し防御、蹴り返した!「イヤーッ!」「ンアーッ!」弾き飛ばされ、転がるコトブキ!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは考えず、この機に乗ずる! クナイウィップは長いリーチを生かして敵の接近を許さず、肉と骨を削り取る武器。だが突然の出来事が思わぬ接近機会を生み出していた!「イヤーッ!」繰り出す連続チョップ! しかしガーランドは激しい打撃を奇妙なカタでしのぎきった!

 それはガーランドの身体を這うように動き衝撃を散らすムチの防備! 神秘的なブドー、ムチ・ドーの極意だ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはなおも暴風めいて掴みかかる!「トラヒトアシ」ガーランドは呟き、地面スレスレまで身を沈めて回避! そして……「イヤーッ!」奥義、ホーミングウインド!

「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの身体は斜めに撥ね飛ばされていた。一体何が!? それは攻防一体の致命カラテである。ガーランドは捻じりながら伏せた身体を瞬時に解き放ち、竜巻じみた鞭の螺旋で彼を撥ね飛ばしたのだ! KRAASH! ニンジャスレイヤーは廃家屋の窓を破り、中に叩き込まれた!

 ゴウランガ! だが、当のガーランドは不満気である。 「奴め。できる」ヒュパン! 彼はムチで地を打ち、眉をしかめて廃家屋を睨んだ。それから先程アンブッシュを仕掛けてきた謎のオイランドロイドの気配を探った。既にこの場を離れたと見える。「できるが……ニンジャスレイヤーだと……?」彼は呟いた。


◆◆◆


 斜めに明かりが挿し込む薄暗い屋内、赤黒い影が起き上がり、うつ伏せに倒れ、再び起き上がった。「ヌウーッ……!」眼光が闇に閃き、反射的に周囲の敵を探した。(((不甲斐なし!))) ナラクの失望の唸りがニューロンに突き刺さる。(((あの程度のニンジャ一匹殺せぬか!))) 

「黙れ……ナラク……!」ニンジャスレイヤーは苦痛をこらえ、焼ける息を吐いた。シックス・ゲイツのニンジャであるガーランドのヒサツ・ワザを、ニンジャスレイヤーは空中で敢えて受け、その衝撃力を利用して高く跳んだ。そのまま窓を破り、この廃屋の室内に退避したのだ。

 すぐに敵は追ってくるだろう。ニンジャスレイヤーは力を振り絞り、戸口から反対側へ出ると、手摺を飛び越えて路上に着地した。こちらの路地も人通りが少ないが……「こっちです!」声の方向を見ると、小型トラックの荷台のホロが持ち上がり、中からコトブキが呼びかけていた。「何をしている」「早く!」

「クソッ……」『オイ! どうなった! ニンジャスレイヤー=サン!』ナラクの存在感がノイズに薄れて消え、タキの通信が再びニューロンに入ってきた。ニンジャスレイヤーはIRCを遮断し、コトブキが手招きする荷台に飛び込んだ。「このまま静かにしていれば大丈夫です」コトブキが囁いた。「こういうシーンがありました」

(シーンだと?)(映画です)コトブキはホロをかぶせ、外界から遮断した。(でも、わたしの視聴記録に照らすと、22パーセントの確率で他の邪魔が入ったり、見つかったりして、無残な死を迎えます。そうならないよう祈ったほうがいいのかも)ニンジャスレイヤーは答えず、目を閉じ、気配を殺いた。

 やがてバタン、バタンとドアを開閉する音が聞こえ、カーラジオの音が漏れ聞こえた。ドルルルッ。車体が震動し、走り出す感覚があった。ニンジャスレイヤーは引き続き息を殺す。逃げ切れるか。彼のニンジャ野伏力は敵の感知能を最後まで欺けるか。一方、隣のコトブキは冷たい荷物めいて微動だにしない。

 ニンジャスレイヤーはホロの闇の中、険しい顔で目を閉じていた。彼はじっと屈辱に耐えた。彼ははなから逃げるためにガーランドへ攻撃をかけた。己の重い傷を鑑みた逃走だ。状況判断によって、彼は犬死にを免れた。記憶装置も懐にある。だが、ブザマだ。彼はこのブザマを、己の未熟を、胸に刻んだ。

 一方、ガーランドは付近の三叉路で、闇から染み出すように現れた別のニンジャと対峙し、アイサツを終えたところだった。「事情は知らんが」そのニンジャは重々しく言った。「ここはサマズ社の重点テリトリー。オヌシとやりあえば、俺は死ぬだろう。だが、だとしても協定無視の看過は出来ぬ……」

 ガーランドはニューロンを研ぎ澄ませた。ニンジャスレイヤーはそう離れていない筈。だが、アトモスフィアを感じ取れない。よく隠れているようだ。目の前のサマズ社のニンジャ、ブラッシュウッドの存在も彼の感知能の邪魔になっている。「……フーッ」ガーランドは息を吐いた。「サマズ=サンと戦争をする気はない」

「助かるわい」ブラッシュウッドは頷いたが、カラテ警戒は維持している。「よき日を」「オタッシャデ」ガーランドは跳躍し、電線から屋上へあがると、中立領域の方角へ移動をはじめた。メイレインの死は間違いあるまい。しかし……走りながら、彼はラオモト・チバへIRCをコールした。

『ガーランドか』怜悧な音声が返った。「ドーモ。メイレインは死んでおりました」『クズ同士、仲間割れか? アジトには他にどこのニンジャが居た』「……ニンジャスレイヤーが、奴を殺しました」『……』チバの沈黙。ガーランドは屋上から屋上を飛びわたり、汚い川と船上生活者地域を見下ろした。

 やがてチバは言い放った。『捨て置け』「……」ガーランドは主の答えの意を汲み取ろうとしたが、まずは了解した。「かしこまりました」『戻れ。ガーランド』「は」

 ニンジャスレイヤー。少し調べてみる必要があるか。船上生活者を見下ろすガーランドの瞼がひくつき、<六門>の刻印が揺れた。


◆◆◆


「これだ」ニンジャスレイヤーはタキに記憶装置を放った。「おう」タキは慌ててキャッチし、ケーブルを繋いだ。「ホントに撒いたのかよ、なあ?」髪を掻きながら、彼はタイピングを開始した。「もしお前、アレだったらお前……」「撒いた。間違いない」ニンジャスレイヤーは低く言った。

「……」タキはニンジャスレイヤーを見た。ニンジャスレイヤーは見返した。「お前、けっこう怪我してんじゃねえか。オレでもわかるってのは相当……」「特にない」「特に、特にね」タキは目を逸らす。モニタに視線が吸い込まれる。「ああ、これだ、メイレインのアクセス……"サンズ・オブ・ケオス"」

「メイレインは妙な事を言っていた。信仰だ」ニンジャスレイヤーは言った。タキは眉をしかめ、「……ッて事は、このお友達どもは信仰仲間か? なんだこりゃ」それは複数枚の画像データ。展開すると、一枚はペントハウスのバーベキュー・パーティーらしき写真。一枚はひどく血生臭い磔の死体を囲む写真。

 囲む対象は一方は鉄板、一方は死体だが、囲む者らは同じだった。皆、ニンジャだった。どちらも「SONS OF CHAOS」とショドーされた垂れ布をバックにしていた。「信じられねえ話だが、ノー・セキュリティだぜ」タキはフォーラムのIRCチャット・ログを見ていった。「何なんだ、こりゃ?」

「メンバーのリストはあるか」ニンジャスレイヤーはモニタを覗き込んだ。「ある」タキは唸った。今回取得したニンジャ名は五人。「メイレインの野郎、頭湧いてンのか。ソウカイヤ以外のニンジャとこんな写真を撮ってりゃ、そりゃ詰められるッてもんだろう」「礼拝堂を築いて集まっていたようだぞ」

「礼拝堂?」「もう奴らは集まらない」破壊されたからだ。「こいつらの手掛かりを探せ、タキ=サン」「そう簡単に個人情報が抜ける奴ばかりとは限らねえぞ」「やるんだ」「クソッ、お前」タキは頭を掻いた。そして戸口で直立不動のオイランドロイドをイライラと指さした。「だいたい、これ何だ!」

「これ呼ばわりは不適切だと思います」コトブキが言い返した。タキはニンジャスレイヤーを振り返った。「なんでこんなもん拾って来た!」「ついて来た」ニンジャスレイヤーは答えた。「ふざけるな……オレにどうしろッてンだ。ファックしていいか?」「自我があるのでダメです」コトブキが断った。

「理由はわからんが、彼女がおれを助けた」ニンジャスレイヤーが言った。「理由は話しました」とコトブキ。「あなたはわたしを庇いました。そのギブ・アンド・テイクです」「用が済んだなら、帰れ、帰れ」タキが言った。コトブキは「考え中です」と答えた。

 やがてUNIXがニンジャの一人の居場所を割り出した。

「まあ……そうか」タキは情報を睨み、椅子にもたれた。「こいつらがネオサイタマ在住とは限らねえんだ。クソ能天気野郎ども」「どこだ?」「他の連中の情報はサーチを遮断してきやがる。ちと骨だな。こいつから行っとくか?」「どこだ?」「めでたいぜ」タキは座標図を指さした。

 「ボロブドゥール……」ニンジャスレイヤーは呟いた。タキは首を振った。「泳いで行け」「泳ぐと、とても時間がかかりますよ」コトブキがモニタを覗き込んだ。「アッ? このポンコツを黙らせろ、ニンジャスレイヤー=サン!」「行く方法がある筈だぞ」「……」タキは唸った。「こういう時はカンが回りやがるな、お前……」


◆◆◆


 黒い闇の地平付近には街明かりがわだかまり、黄金か鍛冶場の炉の溶鉄のようだった。対岸のこちらは、ゴミと乾いた骨が土手めいて積まれた凄まじいありさま、まるでその遠い明かりは楽園めいていた。だが事実は違う。誰もが知っている。あの黄金こそがジゴクであると。

 パァン! 近くで聞こえた銃声に身をすくませる事も無く、十歳にも満たない少年が、金属の小鍋を持って、あばら家に走ってゆく。まるで離れのガレージか何かのような、ひどく粗末なバラック建築物である。入口に張られた迷彩模様のノレンを掻き分け、少年は中を覗き込んだ。「……死んだ?」

「死んではおらん」声が返った。「良かった」少年は笑顔になった。「飯を取って来たぞ、おっさん」闇の中、毛布をかけられて横たわっていた男が身を起こした。男の目は闇の中で赤く光っていた。何度見ても、恐ろしい。少年の首筋に鳥肌が立った。「おっさん、一人で食えるか」「うむ。感謝する」

「感謝? ヘヘッ! 感謝だってさ!」少年は照れ笑いをして、椀に鍋の中のごった煮を注いだ。「とにかく食えよ。腹減ってるだろ。栄養取れよ」赤い目の男は椀を受け取り、ゆっくりと啜り込んだ。ズズッ……「ゲホッ!」咳き込み、また啜る。少年はそのさまをじっと見つめる。男は空の椀を差し出す。

 少年は椀に再びごった煮を注いだ。「元気出てきたか」「……」男は椀の中身を平らげた。椀を返すと、目を閉じ、深く、深く息を吸った。「スウーッ……ハアーッ」少年は周りを見回す。男の呼吸に伴い、空気が音を立ててうねっている。「おっさん?」

 「フジキドだ」男は言った。「フジキド・ケンジだ」


【サンズ・オブ・ケオス】終わり

第4話【ヨグヤカルタ・ナイトレイド】に続く


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