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2016年10月26日発売、日本テーマ小説アンソロジー「ハーン:ザ・ラストハンター」収録作品プレビュー(4)

親愛なる読者の皆さんへ:今回は、日本の篠山県を舞台としたモダン・サヴァイヴァル・ホラー「ジゴク・プリフェクチュア」と、宇宙の豆腐コロニーを舞台としたSF小説「阿弥陀6」をプレビューとしてご紹介しましょう。


【阿弥陀6】

スティーブン・ヘインズワース著


豆腐スペースコロニーの寂寥と狂気を描く、SFサスペンス!


「そろそろ始めるか、なあ、ディンク」 

フロストは観念して身体を伸ばし、壁に取り付いた半球のドロイドに話しかけた。

「ティク・トン・トン・ティクティク」

 ドロイドは等間隔で配置された4つのLEDアイを明滅させて応える。

 フロストは必要とされるメンテナンスを前にして、気が進まず、仮眠を挟んでいた。しかしあまり長く放置すれば本社にアラートが送信されてしまう。いよいよ尻に火がついた。さほど困難な作業ではないが、彼は豆腐を疎ましく思い、憎んでいた。或いは、恐れてもいた。

 フロストは壁を蹴った。自動ドアが開き、通路に誘う。8対の短い足を小刻みに動かしてついてくるディンクと共に通路を真っ直ぐ進みながら、フロストは壁に設けられた監視窓を横目で見る。 窓の中は浸漬液で満たされている。この壁の向こう側の空間が一個の巨大な水槽(ヴァット)なのだ。浸漬液の中には等間隔で「芯」となる微細な人工蛋白の種が浮かんでいる。ごく小さい欠片で、ほとんど問題にならないサイズだ。それらを中心に、豆腐は結晶化する。水槽の中には既に日数が経過した「豆腐の種」も存在している。このまま奥へ行くほどに「年長者」だ。最終的に豆腐は1メートル立方体にまで成長する。それらを収穫し、ケースに梱包する。ケースを和紙でくるみ、純金が含有された飾り紐で結び、「賀正」の漢字を捺印する。これで「駒木野の豆腐」の出来上がりだ。

 スペースコロニー「阿弥陀6」で働く唯一の人間、フロスト。彼の相棒であるドロイドのディンク。彼らの周囲には、無限に広がる暗黒の宇宙。

「……何だ?」 

 パネルは反応しない。船内に戻れない。手動操作に切り替えようとする。受け付けない。フロストは毒づき、隔壁を殴りつける。

「オイ、どうした。ふざけるな」

 故障だと? このタイミングで? つい今の安堵が遠ざかり、ひやりとした危機感と絶望の手触りが再びフロストの首筋に触れた。彼は再度、背後の闇の宇宙を振り返った。指輪のような太陽を。マニ車の音は聞こえない。

「ふざけるな」

 フロストは反射的に酸素残量のインジケータを見た。90.2%。当然、余裕はたっぷりある。だが確実に減り続けている。

 フロストたちを襲う不可解なアクシデント。

「ディンク。他の入り口を使うしかない」

 フロストはディンクに話しかけた。当然、無機質なドロイドに返事は期待していない。ただの習慣だ。このエントランスがダメだとなると、一番近い場所はどこだ? 阿弥陀6は全長500メートル。半径25メートルのスピンドルにエントランスが2つ。そしてオカラ廃棄口が推進部に設けられている。オカラは排出時に8基のブースターによって焼きつくされ、不必要に宇宙を汚すことはない。

「ティクティク、ティクティク」

 滑るようにスピンドル表面を移動してゆくフロストに、ディンクが追随する。複数の足を器用に動かして、不平一つ言わず。ディンクはフロストの唯一の友達だ。話し相手であり、手足の延長であり、油断なき従者である。人間よりもよほど上等な存在だ。欲求を持たず、こだわりを持たず、執着を持たない。だが速度はフロストが宇宙を滑るようにはいかない。フロストはディンクが追いつくのを待ちながら、数メートル感覚で突き出している手摺を伝ってゆく。第二の隔壁に辿り着いたとき、彼の酸素残量は72%になっていた。思ったより減りが速い。順序良く行かないとまずい事になるだろう。 

「ディンク」

 フロストが呼びかけると、ディンクは小型アームを展開させた。先端部のペンチのようなパーツを器用に用いて操作パネルにはたらきかける。

「アクセス拒否」。明確な拒絶の表示がフロストを驚愕させた。

 拒否? どういう事だ。故障ではないのか。この阿弥陀6のシステムに何らかの修正が……? しかしそんなことはメインフレームに直接アクセスでもしない限り不可能だ。例えば船内に別の誰かが居でもしないかぎり。 酸素残量67%。フロストは呻いた。

「こんなことはあり得ない」

「ティクティク、ティクティクティク」

 ディンクはLEDを明滅させる。気遣うように。フロストは目を閉じた。深呼吸をしかけて、やめた。酸素が無駄だ。パニックに陥ってはならない。指先に触れる阿弥陀6の硬さを思え。宇宙の深淵は背後に。それは虚無だ。虚無について懊悩することに意味は無い。確固たるものを思え。美しいスピンドルを。神秘的な工程で豆腐を生み出すロストテクノロジーを。マニ車の回転を……。

 豆腐スペースコロニー「阿弥陀6」。静謐なる宇宙を彩るのは、マニ車の黄金、闇の黒、豆腐の白。そして、孤独。



【ジゴク・プリフェクチュア】

ブルース・J・ウォレス著

※この小説には一部ショッキングな描写があります。

 太陽が昇る王国、日本。皆さんご存知の通り、極東の神秘の世界は決して、スシ・サムライ・ニンジャで片付けられるものではありません。我々FEEEEE(ファー・イースト・エヴリー・エルダー・エンスジアスティック・エヴォルヴメント)社が提供するのは、神秘の国の表層を撫でるおきまりのツアー・プランではありません。よりディープ、より学術的、より神秘的、より美味しい……つまり、何よりも素晴らしい体験。あなた自身の人生を変える旅をお約束します。

 「ははは。ファック」

 ジョシュアは涙声でつぶやき、広げたチラシを再びグシャグシャに丸めて捨てた。人生を変える旅。全くだ。何も嘘は言ってない。彼は右足首に嵌められた石の輪、血と錆がブレンドされた鋼鉄の鎖が、テレビの横のドラム缶に巻きつけられて固定されているさまを見やった。そう、間違いなく彼の人生は変わった。最悪の方向に。間違いない。つまり、この旅行を最後にジョシュアは死ぬであろうから。

 満たされぬ思いを抱えたまま、カナダから格安秘境ツアーで日本へとやってきた男、ジョシュア。

 ヘイデンが歌い終えると、バスの中を歓声が満たし、皆が一斉に拍手した。ヘイデンは照れ臭そうに肩をすくめ、息を吐いた。

 「さあ、これで、まだ歌っていない方はいらっしゃらないですね?」

 バスガイドのキクコがヘイデンからマイクを受け取り、微笑んだ。貸切観光バス、バスガイド、そして車内カラオケ。残念ながらスシはついてこないが、カナダ発、篠山県を旅する一週間のツアーがわずか500ドルというのは破格である。

「なかなか雰囲気溢れる景色だと思わないか。松の木がこんなに」

 ジョシュアは窓側に座るアシュリーの手を取った。アシュリーは表情を曇らせていたが、ジョシュアに笑いかえした。ジョシュアはアシュリーの髪に触れた。

「どうしたの? 調子が悪そうだね。確かにこのバスと山道は……その……快適とは言えないけれど」

「ううん、大丈夫」

 ジョシュアはそれ以上聞けなかった。付き合いだして3年、ここ最近の彼らは特にギクシャクし始めている。お互いに不満はない……筈だ。ジョシュアはグラフィック・デザイナーで、アシュリーはフィットネス・クラブのインストラクター。年は同い年で、27。

 ツアーバスに乗る彼の横には、恋人のアシュリーがいた。この旅行は彼にとって再生の旅、あるいは修復の旅になるはず……だった。ツアーバスが篠山県の奥地に差し掛かるまでは。

「何だ!」「一体なにがどうした?」「鹿でも飛び出したのかい?」

「皆さん、怪我はありませんか?」

 キクコが立ち上がり、乗客を見渡した。

「どうしたんだ、一体!」

 運転席の真後ろに座っていた乗客が食ってかかった。ドライバーは振り返り、腕で汗をぬぐった。

「岩が」

「岩だと?」「通行止め?」「どうしたんだ?」「崖崩れか何かか?」

 ドライバーが指差す先、進行方向に積み上げられた岩塊に、乗客達は息を呑んだ。積み上げられている。間違いなかった。岩肌が崩れたとか、そういう可能性はゼロだった。ジョシュアが日本を訪れるのはこれで2度目だ。1度目は姫路城を観光した。その際の城の石垣に似ていた。観光バスの青みがかったフロントガラス越しに見るそれは、当然、姫路城よりももっと粗雑なものであったが……。

 突如、襲撃を受けるツアーバス。

「皆さん、大丈夫です。今から方向を転換しまして、ひとまず……」

 KRAAAASH!

 誰もが呆気にとられた。バスのフロントガラスが真っ白になった。なにかが車内に飛び入り、それがキクコを背中から貫いた。

「槍」

 誰かが呟いた。確かにそれは槍としか言いようがない。先端を鋭利に削られた10フィートの物体が、キクコの胸元から飛び出し、そのままつっかえ棒のように、血泡を吹いて前のめりに倒れる彼女の身体を支えていた。

「がぼッ。がぼッ。がぼッ」

 バスガイドは濁った音を発しながら、三度強く震え、動きを止めた。

 それが惨劇の始まりだった。
 


 恐慌が車内に広がった。ジョシュアの肩を右から揺する者があった。そちらを見る。ヒロだ。

「これを」「何?」「これを!」

 強い調子で差し出されたのは……肘先ほどの長さの柄の、手斧である。

「頭を下げなさい。窓から離れて!」

 ジョシュアは従った。アシュリーにも同じように頭を下げさせた。KRAAASH! その1秒後、窓ガラスが爆ぜ、槍がジョシュアの膝の横に突き立った。ジョシュアは悲鳴をあげた。KRAAAASH! KRAAAASH!

「あああああ!」「あああああああ!」

 絶叫が聞こえた。誰か負傷したのだ。ヒロは素早く立ち上がった。ジョシュアは目で追った。ヒロは右手に何か持っている。ジョシュアは理解する。ボウガンだ。彼は何の躊躇も無く、後部扉を手動で開放した。彼はジョシュアを振り返った。

「外へ! ここでは不利です」

 同じツアー参加客の日本人、ヒロ。彼は篠山県の秘密を知っていた。


 二人はウロから抜けだした。ヒロはボウガンを構えた。

「銃声は他の連中を呼び寄せます。それに、ジョシュア=サン、撃ったことは?」「無いさ」「私もです。だから、土壇場でこの武器が信頼できるかどうか。銃は最後の手段と考えてください」「違いない」

 斜面を滑らぬように気をつけながら、彼らは木の根をまたいで進んだ。どこもかしこも、鬱蒼と茂る竹と松の林だ。日本の森はジョシュアの知る植物相とまるで違う。陰があり、神秘的な雰囲気を持っている……。

「ひッ!」

 ジョシュアは思わず声をあげた。ヒロが振り返った。ジョシュアは頭上を指差した。松の木の枝に、逆さに吊るされたそれを指差した。

「神よ……!」

 ヒロはジョシュアの指差す先を見て、凍りついた。肉屋の冷凍室のようにも見えた。それは大きくて、赤く白い肉の塊だった。ブンブンと音を立てて蝿がたかっていた。肉塊はひとつではない。なんの肉なのか、考えたくもなかった。慄いて目をそらすと、奥側の斜面の底に寄せ集められた鉄くず、ガラクタの類いが視界に入った。一緒くたに投棄されている無数の白い破片は当初コンクリートに見えたが、そうではない。骨だ。砕かれた骨。そのままの骨。腕骨。肋。頭蓋!

「オマベノゲスタエド!」「イデバゾ! シロイノ!」

 声が飛んだ! 二人はそちらを見た。人だ! 靄をかき分け現れたのは三人。一人はアロハシャツ。一人は革のジャンパー。一人は花柄のパーカー。背格好と年齢感が服装に何一つ噛み合っていない。ジョシュアは直感する。全て略奪品なのだ。略奪品を、なんの意識もなく、ただ身につけているのだ。持ち主は皆……松の木に吊るされた肉塊から汁がしたたり、ジョシュアの肩に落ちた……。

「チヨスモゲ!」「カスゲゼ!」

 ガコッ! ヒロのボウガンが音を立てた。革のジャンパーの男が胸を撃たれて倒れた。残る二人が唸りを上げて襲いかかってきた。ヒロはボウガンを捨て、ナイフを手にした。パーカーの男がジョシュアに飛びかかってきた。ジョシュアは悲鳴を上げて後ろに倒れ込んだ。パーカーの男はジョシュアにのしかかり、食らいついた。手にした金槌を振り下ろそうとする。くさい息がかかる。ジョシュアは男の手首を押さえ、金槌から逃れようとする。二人はゴロゴロと斜面を転がった。

 殺さねば、生き残れない。

ショック!! 日本の奥地に食人族! 衝撃のソリッド・ゴア・ホラー【ジゴク・プリフェクチュア】


続きは物理書籍で!

【阿弥陀6】や【ジゴク・プリフェクチュア】の他にも、様々な小説が詰まった日本テーマアンソロジー集【ハーン:ザ・ラストハンター】は、2016年10月26日発売!

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