見出し画像

【FREE SAMPLE】ウォーカラウンド・ネオサイタマ・ソウルフウード(1):ドンブリ・ポン


 ズゴゴゴゴゴ! ドゴゴゴゴゴゴ! カンカンカンカンカンカン! 扉を開けた俺の耳に飛び込んできたのは、パチンコ店もかくやというラウドなファストチューンだった。

「うわッ!」

 俺は思わず耳を塞いだ。そのしぐさを、早速他の客から白い目で見られた。そりゃそうだ。俺だって、飯を食っている最中にそんな奴が現れたらちょっと頭にくる。早速やらかしたか。俺は弱々しい愛想笑いを浮かべて会釈した。アッパー・ガイオンにはこんな騒々しい飯屋なんて無かったんだ。

「「「ハイ、イラッシャイマセェー!」」」

 ハッピ姿の店員が一斉に声を上げた。俺はまたギョッとしたが、今度は平静を保つことに成功した。店員は三人。カウンターの奥で寸胴鍋をかき混ぜたり、マナイタの上のマグロらしき物体をカットするなどの作業に集中しており、俺の方を見る店員はいない。天井を這いまわる配管パイプが蒸気を噴き出し、カウンターに設置された赤灯がクルクルと光を回転させている。店の隅に積まれた錆だらけの合成ショーユ・ドラム缶が俺を不安にさせた。

 俺は空いているカウンター席に腰かけようとして、踏みとどまった。まずは入り口左手に設置されている自動販売機だ。危ないところだった。ネオサイタマに来てから結構経つが、この券売機システムにはなかなか慣れる事ができない。メニューの表記は極めてミニマルで、似通っており、写真もない。初見で選ぶのは至難の技だ。店内のポスターなどをチラ見して、内容を把握しなくてはいけない。

 いつの間にか俺の後ろにはネオサイタマ市民が四人並んでいた。俺がモタモタしているせいでさっそく列ができたのだ。俺のニンジャ聴力は、チッチッと舌打ちする音を二人後ろから聴きとった……気がする。幻聴であってほしい。俺は券売機に向かった。

 透明のボタンの中にメニューを示す厚紙が挟み込まれている。料理のメニューにさほど種類はなく、ミート・ポン、ネギトロ・ポン、パワー・ポン、ミックス・ポンの四種だが、サイズを選ぶ必要があった。「大」「中」「普通」とカンジが書かれている。端的に過ぎる。その一方でグラム数やカロリーは詳細に書いてある。俺は眉根を寄せた。「中」と普通は違うのか? 値段は「普通」が一番安い。既に結構ヤバイと思った。

「チッ!」

 今度はたしかに聞こえた。俺の外見が実際かよわい女の子だから、ナメてるクチだろう。そう考えると、申し訳ない気持ちよりもむしろ、フツフツと怒りが湧いて来た。俺は素子をスロットに入れると、振り返って、舌打ちした革ジャンのおっさんを睨みつけ、勢いをつけてボタンをプッシュした。「ミックス・ポン・ドンブリ」。しかも「大」だ。おっさんは鼻白んで、実際一歩後ずさり、その後ろの客にぶつかった。ナメんなよ。

 ストコココピロペペー。電子音が鳴り、「ミックス・ポン、大、アリガトゴザイマス!」と合成マイコ音声が感謝。チケットが吐き出された。俺はチケットを取り、カウンター席に座った。そして店員にオーダーを通した。

「アイヨオマチッ!」

 店員はイナセに叫び、俺の注文分の作業に入る。こうして見ていると、非常に効率的な流れ作業で構成されていた。まるでクルマの製造工場のようでもある。三人の店員がひとつのユニットとなって、コメを丼によそい、具をもりつけ、ミソ・スープの味を調えている。

 ミート・ポンはミステリー・ミート、いわゆる「牛コマ」をショーユで煮たものだ。ネギトロ・ポンは魚介。マグロとオキアミとイクラだ。パワー・ポンは……なんだかよくわからないが、ニンニクと銀杏、そしてカフェインと糖分が入っているのは間違いない。俺がオーダーしたミックスは、肉と魚介の半分ずつだ。

「何個にします」「4個くれ」「2個で充分ですよ!」店員が隣の席のやつに身振り手振りで何か伝えている。どうやら、ネギトロ・ポンに乗せるオキアミ・バーの本数を交渉しているようだ。きっと俺も聞かれるんだろう。偶然隣のやつが同じメニューで幸運だった。突然聞かれたら混乱するに決まってる。そして店員にも舌打ちされるかもしれない。

「俺も2個」俺は手を挙げた。店員が睨みつけた。「注文はこっちで訊いた時に答えてください」「なッ……」俺は言葉を失う。この店はさまざまな暗黙の符丁に支配されている。客すらもが巨大なオートメーションの一部となり、配膳システムをつつがなく動かす一員となる……。やがて数分後、あらためて店員が訊いて来た。「はい、お客さん、何個にします」「2個だ」「アイヨッ2個ね!」今度のオーダーは通った。俺は俯き、屈辱に震え、キョートに思いをはせた。

 キョート共和国のドンブリ店にインダストリの要素はない。つまり、ノレンをくぐってカウンターに座ると、ジュー・ウェアを着て包丁を持った初老のリアル・イタマエが、カウンターの上に置かれた冷蔵ガラスの中の具材を指差し、どれにするかを聞いてくるのだ。座ってチャを飲みながらゆっくり注文を決められるし、内容もイタマエと相談してオーダーメイドできる。それか、もっとジャンクにいくなら屋台のドンブリだ。

 俺はそういう昔ながらの温かみがあるドンブリ店が好きだ。こっちのイタマエには本当に悪いが、キョートのほうが味付けも美味い。だが、ネオサイタマで安くいくなら、どうしてもこの手のインダストリアルな店という事になる。今の俺の経済状況では、ドンブリ・ポンのような店で日々を生き抜くしか……。

「アイヨオマチッ!」

 カウンターに載せられたドンブリを前に、俺は凍りついた。コメの上に交互に幾重にも重ねられて山のようになっているのはミステリー・ミートとネギトロ・マグロだ。その上から、ゼリー状の脂肪分ときつい赤色のソースがかけられている。ドンブリのふちにはトッピングとして二本のオキアミ・バーが差し込まれ、存在を力強く主張している。俺はドンブリを手に取り、引き寄せた。ずしりとした重量感があった。食いきれるか? 否、愚問だ。さっき俺に舌打ちした客と目が合った気がした。俺は試されているのだ。これは戦いだ。やってやるよ……!

 俺は箸を取った。どこから攻めればいいんだ? ひとまずオキアミ・バーをのけ、生まれた隙間に箸を入れ、山を端から崩すようにして、かきこんだ。強烈なケミカル・ウマミと辛味が舌の上で爆発し、脳に突き抜けた。予想していたよりさらに短絡的な味だ。しかし少なくとも食えない味ではなかった。俺は箸を進めた。途中で止めればこの勢いが続かなくなる気がした。一気にいかないと。俺はかきこみ、水を口に含んで味覚を戻し、オキアミ・バーを崩してコメに混ぜた。再開だ。俺は食べ、また食べ、また食べた。なによりつらいのは、飽きてくる事だった。俺は自分の先程のカラ元気を呪った。「大」だと? 何をやっていやがる……!

 そのとき、視界の端、隣の客が金属製のタッパーからトングでツケモノを掴み取り、コメの上に乗せているのが目に入った。明らかにそれは客が注文した品ではなく、この店のカウンターにもとから備え付けられているもののようだった。俺は水を飲みながら、他の連中の様子に視線を走らせた。……やはりだ。マスタードやケチャップのポンプと同じで、ツケモノは取り放題なのだ。俺は強烈な緑色に染まったツケモノを取り、ドンブリに乗せた。ツケモノとコメを口に入れる。歯ごたえと強烈なケミカル・ウマミと塩気と酸味が爆発し、脳に突き抜けた。ドンブリのソースとはジャンルの違う味だった。俺は味覚が揺さぶられ、味の飽きがリセットされたように感じた。これならいける。満腹中枢に信号が伝わる前に食い切ってしまうしかない。

 俺は勢いを早めた。肉、ネギトロ、ツケモノ、肉、ネギトロ、ツケモノ……恐ろしいのは、だんだんその強烈な味の感覚に慣れ、これが普通の食事だと感じられてくることだった。そして俺は既に満腹だった。満腹なのに食べていた。ドンブリを空にするために。早くこの場所を後にしたかった。そして忘れてしまいたかった。この戦いを終わらせて……。

「ゴチソウサマ……!」「「「アリガトゴザイマシター!」」」

 箸を置き、席を立った。段差でよろめかぬよう注意した。ああ、食ってやったよ。ざまあみろだ。俺は周囲を見渡した。俺の苦闘をかえりみる人間などいない。当たり前だ。俺は今更ながらに後悔していた。なんてくだらない意地をはっちまったんだろう。

 店を出ると、風が冷たかった。だが、意外と平気だ。コメ由来の糖質が俺の思考を鈍らせ、ケミカル辛味成分が腹の中で反応し、全身をほてらせている。成る程な。少なくとも、この過酷なネオサイタマのストリートに適したエネルギーは与えてくれるッてわけだ。俺は「地獄お」のマフラーを巻きつけ、足早にその場を去った。ネオサイタマ市民たちは表情を殺して表通りを行き交う。俺の頭上で「程々に」と書かれたネオン看板がバチバチと音を立てて明滅した。今日はとびきり熱いセントーにつかって、寝てしまおう。メシは……明日いっぱいは食べなくていいかもしれないな。



【ドンブリ・ポン】

ネオサイタマ最大手のインダストリアル・ドンブリ・チェーン。「安くてうまいドンブリがポンと出る」を旗印に経営規模を拡大した。特に若い世代に人気である。強烈なファストBPMミュージックが店内に流れ、ケミカル・ウマミの刺激を増進。安価に味覚をブーストしつつ、客回転数の向上にも成功しているようだ。普通サイズのネギトロ・ポンはワンコイン価格で食べる事ができる。

このノートは「ニンジャスレイヤープラス」から試し読み用に抜粋されたサンプル記事です。


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

🍣🍣🍣キャバァーン!
4
「ニンジャスレイヤー」などを連載する、オンライン・パルプノベルマガジンです。