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【ア・カインド・オブ・サツバツ・ナイト】

この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版は、上記リンクから購入できる物理書籍/電子書籍「ニンジャスレイヤー ネオサイタマ炎上2」で読むことができます。

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ニンジャスレイヤー第1部「ネオサイタマ炎上」より

【ア・カインド・オブ・サツバツ・ナイト】


 重金属酸性雨がしとしとと降り、ツチノコストリートのシンボル的存在である武田信玄の像を静かに腐食させる、ごくありふれたネオサイタマの夜だった。ストリートギャングとヤクザの抗争が基盤屋地帯で起こり、サイバー神輿を担いだペケロッパ・カルトのデモ隊が巻き込まれて不幸な死傷者を出していた。

 見世物好きな下層市民らの視線と、上空を飛ぶネオサイタマ市警マグロツェッペリンの漢字サーチライトがストリートに注がれる横で、ニンジャ装束に身を包んだ男がネオン街の上を人知れず飛び渡っていた。男の目はズバリ中毒者のごとく血走り、見えない猟犬を恐れるかのように、しきりに後方を振り返る。

 男の名はレオパルド。ソウカイヤの末端ニンジャだ。レオパルドはオイランハウスが詰まった50階建てビルの屋上を走り抜け、燈篭を蹴って、隣のビルの壁へと飛び移る。彼は両腕に長いダイヤモンドチタン製の爪を装備しているため、垂直に切り立った壁でも野生のレオパルドのように巧みに登れるのだ。

「ハァーッ! ハァーッ! ハァーッ!」レオパルドの息は荒い。ニンジャとは思えないほど乱れている。背中をさらすのは危険であり、できるだけ速く壁を登り切りたいのであろう。彼の焦燥感を嘲笑うように、灰色の壁から生えたオイラン看板がカトゥーンめいた吹き出しで『寂しい秋な』と警句を発していた。

「ハァーッ! ハァーッ! ハァーッ! アアーッ!」焦る気持ちが、レオパルドの手元とバランスを狂わせる。壁に爪跡を残しながら、彼はぶざまに2メートルほど滑り落ちた。直後、カカカカッという鋭角な音! 一瞬前までレオパルドの背中があった場所に、四枚のスリケンが突き刺さる! サイオー・ホース!

「呪われろ、呪われろ!」レオパルドは小さく毒づきながら、壁を蹴って飛び降りる。敵はまだ自分を追ってきているのだと解った。日本において4は死を意味する不吉な数字であり、4枚のスリケンには冷徹な殺しのメタファーが込められている。冷や汗が一瞬遅れて掌ににじみ、胃が鉛のように重くなった。

 レオパルドは空中で巧みに身をひねり、燈篭のあるビル側の壁に爪で張り付いた。2つのビルの間には、タタミ3枚分程度の距離がある。さらに壁を蹴って反対側のビルへ。また壁を蹴って元のビルへ。爪と脚力を活かした連続ジャンプで、垂直に切り立ったコンクリートメガリスを素早く飛び降りてゆく。

「奴は……奴は何者なんだ……もしかして……もしかして……!」20階付近で、反対側のビルに手頃なガラス窓を発見したレオパルドは、飛び込み選手のように勢い良くダイブする。ダイヤモンドチタン製の爪によって、強化ガラスはショウジ戸のごとく軽々と破られた。

「アイエエエエ!」突然のニンジャの侵入に驚き、部屋の主が悲鳴を上げる。暗い室内には、全面にLANケーブルが渡されていた。100本はある。ケーブルの色も、青や赤や白など様々だ。おそらく、部屋の主はハッカーだろう。観察と状況分析を一瞬で行いつつ、レオパルドは前転で着地の衝撃を殺した。

 割れたガラス片が床に落ちるよりも速く、レオパルドは男に駆け寄る。ダイヤモンドチタン製の爪をUNIXモニタの放つ緑色の光でぎらつかせながら、脅迫を行った。「高速IRC端末を出せ」「アイエエエエ!」男はパニックに陥り失禁するばかりだ。「速くしろ、出さねば殺す!」「アイエエエエエ!」

 男は恐怖のあまり何も喋れないらしく、6本指のひとつで机の上を指さす。やはりこの男はハッカーだ。タイピング速度を増すため、危険なサイバネ手術を行って指を1本増やしているのだ。机の上にはレオパルドの期待通り、違法改造が施されたスゴイテック社製の最新型IRCトランスミッターがあった。

「上出来だ」レオパルドは左腕に備わったダイヤモンドチタン製の爪で、ハッカーの心臓を突き刺す。「アイエーエエエエ!!」ナムアミダブツ! レオパルドはIRC端末を引ったくると、セキュリティロックのかかったドアを蹴破って部屋を脱出した。

 レオパルドは片手で高速IRC端末を操作しながら、粉塵の降り積もった廊下を駆け抜ける。ここは廃雑居ビルのようだ。重犯罪刑務所の独房棟のごとく、中央部分は階段と吹き抜けになっており、天井は崩落している。時折漢字サーチライトの光が空から差し込み、ハイクめいた神秘的なシルエットを描いた。

 風のように廊下を抜け、重金属酸性雨の雨粒に濡れた階段を駆け下りながら、レオパルドはIRC端末でソウカイ・ネットのデータベースにログインする。自分を追ってきている敵が何者なのか、これで確かめることができるはずだ。

(特徴……奴の特徴……!)レオパルドは30分前の出来事を思い出す。ニュービーである彼は、エリート部隊であるシックスゲイツからマルナゲされたケチな調査任務をこなすため、スゴイタカイ・ビルの屋上へと向かったのだ。そこで見たのは……ソウカイヤ所属とは思えぬジゴクめいたニンジャであった。

 雨の中で互いを認識した後、赤黒いニンジャ装束をまとった敵は、不気味なほど静かにオジギをした。そして「ドーモ」とアイサツし、名を名乗った……はずだ。だが、彼は敵の名を聞いていない。ウシミツ・アワーの鐘と同時に、敵の片眼が赤く光った。それを見た彼は恐怖に呑まれ、逃げ出していたからだ。

#SOUKAI_NET :SYSTEM_BOT:いつもお世話になっております
#SOUKAI_NET :LEOPARD:ニンジャ検索重点
#SOUKAI_NET :SYSTEM_BOT:ニンジャの特徴を入力してください、よろしくお願いします

#SOUKAI_NET :LEOPARD:赤黒いニンジャ装束、極めて高い身体能力、猟犬のごとき執念深さ、「忍」「殺」と彫られたメンポで口元を隠している #SOUKAI_NET :SYSTEM_BOT:検索中です、よろしくお願いします

 なかなか検索レスポンスが返ってこない。だが、もう助かったも同然だろう。レオパルドは階段を駆け下りながら、安堵を覚えていた。敵がソウカイヤ所属のニンジャでないと解れば、ソウカイ・ネットを介して救援を要請できるはずだ。あの忌々しいシックスゲイツの連中が、これほど頼もしく思えるとは。

 ……その時! 崩落した天井部分から、赤黒い影が稲妻のごとき速度で飛び降り、暗い廊下を駆け抜けるレオパルドの前に立ちはだかった。そのニンジャは改めてオジギをし、呪わしき名を名乗る。それと全く同じ名が、驚きのあまり床に取り落とされたIRC端末にも、検索結果として確かに表示されていた。

「ドーモ、ニンジャスレイヤーです」敵は鋼鉄メンポのスリットから蒸気のような息を吐き出しつつ、無慈悲な声で言い放った。違法薬物シャカリキ・タブレットの摂取で昂ぶったレオパルドのニューロンが、自分がネオサイタマの死神と向かい合っていることを理解するまで、さほど時間はかからなかった。

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。レオパルドです……」ソウカイヤのニンジャは、反射的にアイサツを返す。崩落した天井から時折忍び込む漢字サーチライトの光が、むき出しになった鉄骨や足場をアバラ骨のように浮かび上がらせる。2人のニンジャはジュー・ジツの構えを取り、静かに向かい合った。

 凄まじく張り詰めたテンション。死の静寂が辺りを覆う。不法居住者たちの誰かが、ビルの音響システム室を占拠しているのだろう……聖人を殺せと歌うアンタイブディズム・ブラックメタルバンド『カナガワ』のおそるべき冒涜チューンが、錆び付いた大型換気ファンの回転音に混じって微かに聞こえてきた。

『…第49章/魂は飛翔するブディズムの暗黒征服時代へ/とても淋しいキョート山脈の冷たい雨が俺の不死なる肉体を冷やし/恐れいった水牛達が悲嘆の鳴き声を上げる中/目玉を咥えたハシボソガラスは高く飛ぶ!/血濡れのマサカリを振り下ろし/聖徳太子の首を切断せよ!/俺はその血を祭壇に捧げ…』

『……ロード・ブッダの首を切断する!』 錆びたマグロナイフ同士を擦り合わせるような、耳障りなブラックメタル・ヴォイスが絶叫をあげた時、偶然にも大型換気ファンが重金属酸性雨を浴びてバチバチと火花を散らす。それが合図だった。二つのニンジャの影が同時に飛ぶ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 地上階でブランケットにくるまり眠っていた若い不法居住者らが、カタナのように鋭い掛け声を聞いて目を覚ます。彼らは眼をこすりながら吹き抜け部分の廊下を見上げるが、ニンジャの動きは眼にもとまらない。二者は空中でイナズマのように交錯した後、2秒前まで相手が立っていた位置へと着地した。

 両者とも、すぐに前方宙返りを決め、体を捻って後ろを向き、再び相手と向かい合う。ジュー・ジツの構えを取り、互いのダメージと力量を一瞬にして推し量る。ニンジャスレイヤーの袖がわずかに切り裂かれた一方で……レオパルドが両腕に装備していた爪は、ジャンプパンチで破壊されていた! タツジン!

「馬鹿な!」レオパルドが眼を剥く「ダイヤモンドチタン製の爪だぞ!?」。ニンジャスレイヤーは殺人機械のように猛然とダッシュし、流れるようなカラテを叩き込んだ! コワイ! ガードを易々と抜け、ランスキックが命中! 「イヤーッ!」「グワーッ!」レオパルドのアバラ骨が無惨に破壊された!

 もはやカラテの差は圧倒的。ベイビー・サブミッションにも等しい。レオパルドは廊下から吹き抜けへとダイブし、野生のネコ科猛獣のように回転して地上階のコケシマート跡地に着地する。敵は化け物だ。逃げるしかない。薬物の力で痛みは感じないが、肺から聞こえる嫌な音がレオパルドを不安にさせた。

「Wasshoi!」赤黒い影が飛ぶ。廊下の手すりを蹴ってナラク・アビスの死神のように跳躍し『ビョウキは気分の問題』、『新鮮なトーフ』、『実際安い』と無機質な極細ゴシック体で書かれたカンバンを連続で飛び渡り、遺棄されたトーフディスペンサーの回廊を走り抜けるレオパルドの前に着地した。

「ドーモ、レオパルド=サン。ニンジャ……殺すべし!」ニンジャスレイヤーは一切の慈悲を見せることなく、カラテをくり出してきた。レオパルドもカラテで応戦する。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」再びガードを突破され、レオパルドの左腕がカラテチョップで切断される!

「グワーッ! グワーッ!」肘から先を失ったレオパルドは鮮血を撒き散らし、もんどり打ってトーフディスペンサーに激突する。スモトリを模したディスペンサーのレバーが偶然にも引かれ、腐って粘液状になったトーフがレオパルドの左腕の傷に注がれた。「アイエエエエ! アイエエエエエエエエエエ!」

「カイシャクしてやる」ニンジャスレイヤーは低く重い声を発しながら近づいてくる。カイシャクとは、動けなくなった敵に残虐な絶命攻撃を加えるクー・デ・グラースの一種だ。何としても回避せねば。レオパルドは残された力を振りしぼる。体を起こして短く駆け込み、カラテ・ドロップキックをくり出す!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーもUNIXのごとき反応速度でこれに応じ、斜め45度のポムポム・パンチで撃墜を試みる。ナムアミダブツ! レオパルドの股間が破壊されてしまうぞ! だがその瞬間、レオパルドは空中で体勢をひねり、突き出されるニンジャスレイヤーの拳を両の足の裏で……蹴った!

「イヤーッ!」パンチの物理的破壊力を膝のスプリングで吸収するのみならず、その力をジャンプ台代わりに使い、レオパルドの体は斜め後方にキャノンボールのごとく吹き飛んだ! ゴウランガ! これぞレオパルドの切り札! 彼がニンジャソウルの憑依によって得たのは、常人の3倍近い脚力であった!

「ウオオオォーッ!」時速300キロを超える凄まじい速度! レオパルドの体はコケシマートの窓を突き破り、そのまま夜のネオサイタマに消え去った。「ウカツ!」ニンジャスレイヤーは呟き、再び追跡を開始する。不法居住者らは唖然とした顔で囁き合った後、毛布を被って覚束ない眠りに戻るのだった。

 ここは薄暗い高層マンションの一室。その雰囲気は異様だ。この部屋には、廊下もリヴィングもキッチンも無い。がらんとしたワンルームに、4ダースほどのタタミが敷かれている。一面に深いオーガニック・センコの香りが染み付き、足を踏み入れた者は思わずオジギせざるをえない神聖さだ。

 廃テンプルの建っていた場所にマンション建設計画が持ち上がり、本堂がその一室に押し込められたのだろうか。燭台で作られた道の先には紫のカーテンが張られ、ツーハンデッドソードを握る戦闘的ブッダ像が厳しい顔を覗かせていた。その上には、「インガオホー」と書かれたショドーが額に飾られている。

 部屋の中央には、江戸時代に鋳造されたと思しき青銅製の大きな鐘が、寂しげに佇んでいる。丸いリベットまみれの鐘の側面には、鹿、フェニックス、ドラゴン、鯉といった聖獣の姿とともに、この寺院の名「ヘルソード・テンプル」を意味する荘厳な漢字が、礼儀正しく上から下へとモールドされていた。

 鐘に背を預けて座り込み、肩で息をするニンジャの姿。レオパルドである。ネオサイタマのビル街の暗闇を逃げ続けた彼は、偶然にもこの廃テンプルを高層マンションの中階部に発見し、鉄格子のはめられた窓を破壊して侵入した。ソウカイヤから支給された応急キットを使い、今しがた止血を終えたばかりだ。

 ズバリ・アドレナリンを注射したおかげで、レオパルドは腕を切断された痛みを感じずに済んでいる。だが、いかなる薬物を使っても、彼の心臓を鷲づかみにした恐怖の鉤爪を振り払うことはできない。「忍」、「殺」。ライトを浴びた鋼鉄メンポと、そこに刻まれた文字が、彼の脳裏にフラッシュバックした。

「ハァーッ! ハァーッ!」レオパルドの息は荒い。目は飛び出しそうなほどに剥かれ、血走っている「ハァーッ! ハァーッ! ニンジャスレイヤー! ちくしょうめ! 奴は狂っている、奴は狂人だ……!」。このように恐怖を言葉にしなければ、自分が発狂してしまうのではないかと彼は不安になった。

「そうだ……スシ……スシを……」レオパルドの片腕が、腰に吊ったバイオ笹タッパーに伸びる。その中には、無菌状態で保存された素晴らしいマグロのスシが4個。割られた窓から忍び込んでくるネオンの薄明かりだけを頼りに、レオパルドはそれを掴み、口に運ぶ。手が恐怖でがたがた震え、コメが崩れた。

 震える手で3個目のマグロを口の中に押し込み、咀嚼し掛けた時……ドア越しに微かな物音が聞こえた。並の人間であれば、とうてい聞こえなかっただろう。だがレオパルドの持つニンジャ聴力は、それをキャッチしてしまうのだ。(((まさか、ニンジャスレイヤー)))恐怖のあまり、スシを吐き捨てる。

 レオパルドは素早く鐘の背後に身を隠した。それから鐘の表面に耳を当て、ニンジャ聴力を研ぎ澄ます。廊下の物音が壁、床、そして鐘を通じて、高性能ソナーのように鮮明に聞伝わってくる。部屋のドアの前から、心臓の音が3つ。レオパルドは安堵した。少なくとも、ニンジャスレイヤーではないだろう。


◆◆◆

 ヘルソード・テンプルのドアの前には、サイバーウェアに身を包んだ2人の男と1人の女が立っていた。そのうちの1人、左腕のプロテクターに小型ノートUNIXをマウントした男は、右耳の後ろに備わったバイオLAN端子から特殊ケーブルを延ばし、インターホンの露出ソケット部へと直結させている。

『あと45秒で防壁突破。攻撃準備いいか?』と、男のサイバーサングラスにLED文字が流れた。セラミック・カタナを握るもう1人の男のサイバーサングラスにも、『ラジャー』と赤い文字が流れる。『この部屋で限界ね』と、札束や素子の詰まったボストンバッグを抱えるサイバー・オイランウェアの女。

 彼らは俗に「ハック&スラッシュ」と呼ばれる、高層集合住宅ばかりを狙う小規模な武装集団の一つだ。電子錠を突破するハッカー、家人を始末するスラッシャーがパーティの最小構成であるため、そのように呼ばれるようになった。このパーティはどうやら、交渉役を果たすオイランを加えた3人編成らしい。

 ボン、というくぐもった爆発音がインターホン内部で鳴り、ドアの電子錠が解除された。同時に、ドアノブに貼り付けられたコケシ型デヴァイスが細い金属棒を伸ばして回転させ、物理錠を解除する。ハッカーとスラッシャーが勢い良く室内へと雪崩れ込み、オイランはドアの外に立って出張サービスを装う!

 スラッシャー役を務めるヤマダの精神状態は、今日行った計3回の一家皆殺しを経ても、まだまだフラットだった。彼は今日、18歳のセンタ試験学生から、上は70前後の老夫婦まで、合計8人を殺している。スラッシャーの役目は、冷静さを失うような殺人狂にはつとまらない。冷酷な屠殺者が必要なのだ。

 だが、冷静なヤマダでさえも、この状況には一瞬困惑せざるを得なかった。ナムアミダブツ! まさか押し入った先が廃テンプルだったとは! 『今日は潮時だ、そうだろう?』と苦笑いを作るヤマダ。だが、ハッカーの考えは違った。『金目のレリックがあるかもしれん。太古のカタナや、スクロールなどだ』

『ナムサン! お前一人でやれよ!』とヤマダ。『ああ、俺はアンタイ・ブディストだからな』とハッカーのツヨシ。室内が安全であるとわかったツヨシは、土足で戦闘的ブッダ像に向かって進み、その足元に置かれた大型オファリング・ボックスの中をライトで照らした。コワイ! 何たる冒涜的行為か!

 ツヨシはサイバーグラスの暗視機能で中身を調べるが、札束や素子どころか、コインすら入っていない。ブッダ像が持つ、燃え上がる炎のようなツーハンデッドソードも漆塗りの木製で、大した金にはならなそうだ。ツヨシは唾を吐きながら、背後を振り返る。ドアの近くにいたはずの、ヤマダの姿が無かった。

 ツヨシは慌てて、サイバーグラスのサーチモードをONにする。グラスの液晶面に緑色のサークルが現れ、タタミの上に転がったヤマダの死体を発見。さらに、ヤマダの首筋に刺さった小物体を自動ズーム。『分析結果:スリケンです』と表示された直後、鐘の背後に隠れた片腕のニンジャが飛び掛ってきた。

「アイエ…!」ツヨシには悲鳴を上げる余裕も無かった。「イヤーッ!」レオパルドは折れた爪でツヨシの体を胸から股間まで上下に切りつける。ケブラーブルゾンが切断され、中に着ていたアンタイブディズム・ブラックメタルバンド『カナガワ』のブッダ解剖Tシャツも切断され、ツヨシの肉も切断された。

「俺を脅かしやがって……!」すでにショック死したツヨシの襟元を掴み上げ、オファリング・ボックスに頭を突っ込ませる形で残酷なカイシャクを行った後、レオパルドはタタミに座り込んで呼吸を整えた。タッパーを開き、残っていた最後のスシを口に運ぶ。忍び込むネオン光が、マグロを七色に光らせた。

 びくびくと痙攣するツヨシとタナカの死体をぼんやりと見ながら、レオパルドは考えた。(((いつから俺は、こうなってしまったんだ。もしかして俺は、あの夜に死んでいたんじゃないだろうか?)))皮肉なものである。彼もかつては、そこに転がるタナカと同じ、スラッシャーとして身を立てていたのだ。

(((ちくしょう、ちくしょう……ニンジャになれば全てが解決すると思っていたのに……この世界の王になれると思っていたのに……!)))レオパルドは最後のスシを味わいながら苦悶した。そしてツヨシの血がタタミの上を流れるのを見ながら、彼は回想する。ニンジャソウルに憑依された、あの夜を。





 レオパルドにはもう1年以上も前の事のようにも思えるが、実際には今から約1ヶ月前の出来事だ。ハッカー2人、スラッシャー1人、スモトリ1人の構成で、ここと良く似たマルノウチ界隈の高層マンションをアタックしていた。ニンジャになる前の彼の職業は、スラッシャー。武器はカタナだった。

 ペケロッパ・カルト出身の優秀なハッカー2人が、奇怪なジャーゴンを唱えながらドアの電子錠をハックした。直後、四人は部屋の中へと殺到したのだ。室内には、黒い革張りのソファー、クリスタル製のテーブル、壁にはぎらぎらとした鋭い輝きを放つカタナ、大型金庫、その上にはタヌキの置き物が……。

 すわ、ヤクザ事務所か? 4人の直感を裏付けるように、豪奢なヒノキ材テーブルの後ろには、『キング・オブ・ゴリラ』と威圧的なカタカナで書かれたショドーが、悪趣味な金縁の額に入って飾られていた。キング・オブ・ゴリラといえば、ネオサイタマでも有数の暴力的ヤクザ・クランだ。

 だが不思議なことに、敵の気配は無い。何らかの理由で、ヤクザたちが全員出払っているのか? それとも休業日なのか? どちらにせよ、僥倖である。営業日のヤクザ事務所にアタックをかけていれば、返り討ちにあっていただろう。さらに今、自分たちはヤクザ事務所の金庫を開けるチャンスすら得たのだ。

 事を急ごう。ヤクザたちが不意に帰ってくる前に、金目のものを全て盗み出すのだ。ハッカーの1人は金庫の物理カギ解除を試み、もう1人のハッカーは直結するためのLANポートを探した。スモトリとスラッシャーもドアや窓の外を警戒しながら、机の引き出しを開けにかかった。その時である!

「金庫物理カギ、解…じょ…? アバ…アババババババーッ!」金庫の前にいたハッカーが、絶叫とともに卒倒した! 三人が驚き振り向くと、タヌキの置き物の頭が左右に割れ、ガスが噴出していたのだ! すぐにガスは部屋中に満ち、四人は電流プールに放り込まれたマグロのように横たわり痙攣していた。

 明らかなトラップだった。暴徒鎮圧用のガスであろう。意識ははっきりしているが、体がまったく動かない。冷や汗だけが流れる。十分後、事務所のドアが開き、10人程の人影がどかどかと入り込んできた。ヤクザかと思ったが、違った。片腕がダイヤモンドチタン製義手のデッカーと、数名のマッポだった。

 マッポたちからノリベ=サンと呼ばれるそのデッカーは、近くにいたスモトリの頭を踏みつけながら、スプレーをかけられた瀕死のコックローチに説教をたれるような口調で、こう言った。「ヤクザクランの事務所だと思ったか? 残念だったな、ここはネオサイタマ市警の第49課が作ったトラップルームだ」

「やれ、無力化しろ、虫どもはまだ動いているぞ」と、デッカーは嘲笑うように言い放った。過剰夜勤で死んだマグロの目をしたマッポたちが、自動人形のように動いて四人を囲み、腰に吊った警棒やジッテやマッポブーツの爪先で徹底的な暴力を加えた。(((アイエエエエ!)))四人は声も出せなかった。

「ハァーッ! ハァーッ! ノリベ=サン、こいつスモトリです! 蹴っても痛みを感じません!」マッポの一人がそう報告すると、ノリベは冷たく言い放った。「お前の銃をこいつの手に握らせろ」「ヨロコンデー!」マッポが倒れたスモトリの手に銃をあてがうと、ノリベはデッカーガンのトリガを引いた。

「…やめてください、許して…逮捕してください……」飛び散ったスモトリの脳漿を浴びて顔面蒼白におちいったペケロッパの1人が、声帯ではなく掌にインプラントしたスピーカーから電子音声で訴えた。「残念だったな」ノリベはペケロッパの腹を蹴りつけながら言う「スガモ重犯罪刑務所は満員だぜ!」。

「アイエエエエエエエ!」ペケロッパ・ハッカーの掌から、平淡な電子音声の悲鳴が漏れる! それを合図に、他のマッポたちも暴行を再開した。この当時はまだレオパルドではなくヨモダと呼ばれていたスラッシャーも、自分の肋骨がへし折れ、内臓が破裂し、頭がトーフのようになっていくのを感じていた。

 次第に視界が真っ白になり、何も聞こえなくなり、意識が遠のく……。その時だ。不意に、ヨモダの全身が強烈な電気ショックを浴びたかのように、仰向けの姿勢のまま数十センチ跳ねた。驚いたマッポたちが、蹴りを入れる強さを増す。だが、ヨモダは不思議と恐怖を感じなかった。激痛も消え去っていた。

 次第に、感覚が戻る。まずは視覚。何もかもが鮮明に見えた。目に精密ズームカメラをインプラントされたかのように、自分を見下ろし蹴り続けるデッカーの網膜に映る自分の顔、さらにその自分の顔の網膜までもがズームアップされた。次に聴覚が戻った。室内の全心音と、ペケロッパの心停止が聞こえた。

 残りの感覚が全て戻る。より強く、より鋭敏になって。それから、心臓が燃えるように熱くなり始めた。自分の胸の中に、姿見えぬ同居人が宿ったかのように感じられた。全身に力が満ち始めた。目の前にいる全ての敵を殺せるという自信が湧いた。ガスにやられたはずの指先に力を入れる。すると、動いた。

 他の3人を全て始末し終えたデッカーが、アビスのような銃口を突きつけながら、頭の横に近づいてきた。マッポたちが一斉に蹴りをやめ、手を後ろに組んで休めの姿勢を取る。「犯罪者どもに明日は無い」49課のおそるべきフォールン・デッカーは、ナルシスティックな決め台詞とともに、トリガを引いた。

 ヨモダの目には、トリガを引こうとする敵の指の筋肉の動きが見えた。「イヤーッ!」胸の奥底から、カラテめいた掛け声が突然沸きあがってきた。と同時に、神経ガスにやられたはずのヨモダの体は素早く右に側転して銃弾を回避し、ブレイクダンスめいた動きで周囲のマッポを蹴散らしたのだ! タツジン!

 ヨモダは確信した。理由は全くもって不明だが、自分は伝説の半神的存在、ニンジャになったのだと! そして彼が得たのは、数々のニンジャ的基礎能力に加えて、常人の3倍を超える脚力! ネックスプリングから素早く身を起こし、デッカーガンの再射撃を回避する! それから窓へと駆け、ダイブした!

 そのまま隣のビルの屋上に飛び渡ったヨモダは、重金属酸性雨が降りしきる夜のネオサイタマをレーザービームのように駆けた。それから不意に、顔を隠したい衝動に駆られ、サイバーブルゾンの中に着ていたTシャツを脱ぎ、覆面のように顔を覆った。襟の部分から目を出し、袖を縛った。ニンジャだった。

 彼は体中に打撲痕を作り、顔中から血を流しながらも、笑っていた。「ニンジャだ! 俺はニンジャになったのだ!」と。全身に無限の力がみなぎっていた。彼の胸は、何人でも人を殺し、万札をいくらでも奪えるという自信に満ち溢れた。それどころか、この世界の王になれるのではないかとすら思えた。

 ……それから四日間、ヨモダは思うがままに殺し、奪い、スシを喰った。無敵の存在に生まれ変わった事を、彼は確信した。だが五日後、彼の自信は打ち砕かれた。奪ったばかりの大トロ粉末アタッシュケースを抱えてビル街の屋上を走っていた彼の前に、三人のソウカイ・ニンジャが姿を現したからだ。

 ソウカイニンジャの1人は、トラッフルホッグと名乗った。彼らはソウカイヤの野良ニンジャ抹殺チームであり、ヨモダにソウカイヤへの忠誠か、さもなくば死を迫ったのである。「忠誠を誓うならばソウカイ・シンジケートのバックアップを得られるぞ。トレーニング施設やイントラネットも使い放題だ」と。

 トラッフルホッグ以外のニンジャが明らかに自分よりも強大であると察知したヨモダは、おとなしくドゲザし忠誠を誓った。実際、残りの二人はシックスゲイツであったため、直感は正しかったといえよう。だが(((トレーニングを積み、いずれ寝首を掻いてやるさ)))という彼の考えはいささか甘すぎた。

 ソウカイヤのニンジャとなったヨモダに待っていたのは、スラッシャーとなる前のサラリマン時代よりも過酷な日々であった。じわじわと迫り来るカロウシか、ラオモトやシックスゲイツによるカイシャクか、という点ではどちらも死と隣り合わせだが、ソウカイ・シンジケートはよりサツバツとしていたのだ。

 ラオモトの前に連れ出され、忠誠の証としてドゲザをし、レオパルドというコードネームを与えられた夜の事を、彼はいまだに覚えている。ラオモトの全身から発散される殺気と、七つのニンジャソウルの前に、彼の魂は圧倒され、恐怖し、誰に強いられるでもなく、ひとりでにドゲザしていたのだから。

 レオパルドは、このラオモトという男には一生かかっても、どんなにシツレイな手を使って襲ったとしても、絶対に勝つことが出来ないだろうという歴然たる力の差を味わったのだった。ニンジャとなり、俗悪な暴力と憎悪の世界から脱出したかと思えば、さらにその上に暴力と憎悪の世界があったのである。

 そして、ラオモトよりも遥かに恐ろしい恐怖として彼のニューロンに巣食ったのが……「忍」……「殺」……!


◆◆◆

「アイエーエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」回想から現実に引き戻されたレオパルドは、頭を左右に激しく振りながら悲鳴を上げた。不意に、ドアが外側から開かれる。レオパルドは恐怖に凍りついた。集中を乱していたせいで、敵の接近に気付かなかったのだ。

 それはニンジャスレイヤーではなかった。「アレエエエエエーッ!」オイランが後ろから誰かに蹴り飛ばされ、ふらふらと廃テンプルの中に入ってきたのだ。オイランが床に倒れ、胸の谷間に隠した小型銃を引き抜いて後方を振り返った瞬間、ドアの向こうからデッカーガンが発射され、オイランの頭が弾けた。

「無力化しろ」聞き覚えのある声が、廃テンプルに響く。その声に続いて、高性能緑色ライト付きサスマタを構えた10人ほどのマッポが、土足のままタタミの上に乗り込んでくる。「アイエエエ? ノリベ=サン、犯罪者が倒れて死んでいますよ?」マッポたちは指差し確認を行いながら不思議そうに言った。

「仲間割れか? 奴らには良くあることだが」デッカーガンを油断無く構えたノリベが、気だるそうな声を出しながらテンプルに入ってくる。「首の辺りに何か刺さっています。これは……鉄の……トゲトゲとした……スリケ、アバーッ!」報告中だったマッポの額に闇の中からスリケンが飛来し、突き刺さる!

 ノリベの号令のもと、マッポたちは一斉にサスマタを投げ捨て、腰のホルスターからマッポガンを抜く! スリケンが飛んできた方向めがけ、闇雲に銃を乱射した! ツーハンデッドソードを持った戦闘的ブッダ像が破壊される! 闇の中から新たなスリケン! 1人、また1人とマッポたちが死んでゆく!

「アイエエエエエエ!」ついに最後のマッポが倒れ、残るはフォールン・デッカーのノリベだけとなった。ノリベは高性能サイバーサングラスに備わったスキャニング機能を作動させ、鐘の上に立つニンジャ装束の男を認識する。そこから飛来する四枚のスリケンを、デッカーガンの射撃でたやすく破壊した。

「ドーモ……ノリベ=サン、レオパルドです」鐘の上に立つニンジャは、屠殺者のように無表情な声で言った。「俺を知っているのか?」ノリベは尊大な態度でそう返し、レオパルドの移動パターントレスを行いながら、デッカーガンのトリガを引いた「だが俺は犯罪者の名前などいちいち覚えておらんぞ!」。


◆◆◆

 数分後、レオパルドが破壊した窓からヘルソード・テンプル内へと、赤黒い影がしめやかに着地する。ニンジャスレイヤーであった。割られた窓から微かに忍び込んでくるネオン街の灯りが、フューネラル・ボンボリのような陰鬱さで、廃テンプル内を照らす。タタミの上には、十数個の死体が転がっていた。

 中央部に、向かい合って倒れるレオパルドとデッカーの姿が見えた。レオパルドはデッカーガンのゼロ距離射撃を受け、右膝から下が無かった。頭部の無いデッカーは、サイバネ義手を付け根付近から切断され、時折バチバチと火花を散らしていた。デッカーは絶命していたが、レオパルドにはまだ息があった。

 レオパルドはぼんやりと天井の木目を目で追いながら、ソウカイヤの救援を待っていた。同時に、助けなど来るはずも無いことを予感していた。何しろ、ニンジャスレイヤーに遭遇したときから現在まで、小型救援IRCメッセージ発信機の電源は、常にONだからだ。使い捨てられたのだと薄々気付いていた。

 ニンジャスレイヤーが視界に入る。不思議と、恐れはもう無かった。胸の奥に憑依したはずのソウルは、「忍」「殺」の恐怖によって去勢されたかのようであった。あるいは、もはや自分には存在価値など無いことを、レオパルドが悟ったのが原因だろうか。ネオサイタマの死神は、慈悲の天使のように見えた。

「見逃してくれといったら、どうする?」もはや動く力すら残っていないレオパルドは、試みに聞いた。「駄目だ。全ニンジャを殺す」と、その狂人は答えた。「もう殺しはしない、と言ったら?」「常人が蟻を殺すように、ニンジャは人を殺す。いずれ、また、必ず殺すのだ」と答えた。

「見てきたような言い草だ」とレオパルドが、血の咳混じりに言う。彼の肺は、ニンジャスレイヤーのカラテと、デッカーの戦闘義手によって、両方とも破壊されていたのだ。「いかにも、見てきた。人の心がニンジャソウルの前に屈するのを」ニンジャスレイヤーは苦々しい口調で付け加えた「ジゴクを」と。

「カイシャクしてやる」とニンジャスレイヤー。レオパルドの視界いっぱいに、彼の足の裏が広がった。それが少しだけ遠ざかり、カイシャクのためのタメが作られる。「ハイクを詠め」ニンジャスレイヤーが冷酷に告げる。「寂しい秋な……実際安い……インガオホー」。デッカーの義手がバチバチと鳴った。

「ニンジャ、殺すべし」フジキドの足が容赦なくストンピングされ、レオパルドの頭部を破壊する。「サヨナラ!」という叫び声と共に、レオパルドの肉体は爆発四散を遂げた。フジキドは、胸に嫌な昂揚感を覚えて舌打ちする。魂の同居人であるナラク・ニンジャの影響が、間違いなく及んできているのだ。

 数十分後、住民の通報を受けて2人組のデッカーとマッポ・アシスタントたちが到着する頃、ヘルソード・テンプルには十数個の死体と、人型に焼け焦げたタタミだけが残されていた。それ以外は、何も、何も残らなかった。

 ネオサイタマではごくありふれた、サツバツとした夜だった。割られた窓の外では、しとしとと重金属酸性雨が降り続いていた。誰にも見られることなく、動脈血のように赤黒いニンジャの影が、ビル街の暗闇を飛び渡っていた。昂ぶりすぎた殺忍衝動を、淋しい秋の夜風で冷ますかのように、速く、速く……。


【ア・カインド・オブ・サツバツ・ナイト】終


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