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【モータル・ニンジャ・レジスター】


この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版が、上記リンクから購入できる第2部の物理書籍/電子書籍第2巻「キョート殺伐都市#2:ゲイシャ危機一髪!」に収録されています。また、第2部のコミカライズがチャンピオンREDで行われています。



1

 その日も、ガイオン空港の朱塗りの瓦屋根建物群を憂鬱に白く浮かび上がらせるのは、憂鬱な霧雨である。旋回するサーチライトを花道めいて、コンコルドやマグロツェッペリン、時には黒塗りのオヤブン自家用ジェット等が離着陸を繰り返す。

 憂鬱なサーチライトと競い合うように、瓦屋根の上にこれ見よがしに並べられた憂鬱で巨大なネオン看板の数々が、ガイオンのアッパークラス市民達にさらなる消費活動を促す。「フランネル製」「えなじゃいず」「優れてエステ」一際巨大なモニタビジョンでは憂鬱な歌をBGMに、板前のマグロ解体だ。

 鎖国状態にある日本であるが、独自の政府を持つキョートリパブリックは例外……言わば江戸時代における出島と似た役割をも担っており、ロシア、アフリカ、時には闇に包まれたアメリカからの、人、物、カネの行き来が、対磁気嵐テクノロジーを有するこのガイオン空港を通じて行われるのだ。

 この日、日没前に着陸した一機の謎めいたジェット輸送機から運び出されたコンテナが、空港敷地内で黒塗りのトレーラーに積載され、税関を通らず、たくみにカムフラージュされた入り口から、謎の地下トンネルへと降りて行った。この地下トンネルは公には存在しない事になっている。

 ……そう、この謎めいたトレーラーを運転するのはクローンヤクザであり、座席後方の不自然なスペースでアグラ・メディテーションしているのは、キョートの闇を支配する秘密組織ザイバツ・シャドーギルドのニンジャである。魔法使いめいた鋭角的な頭巾と顔全体を覆う不気味なメンポ。ソーサラーだ。

 積荷はコーベイン(平形黄金インゴット)を満載した漆塗りの重箱の山。今後ザイバツの手で三ヶ月かけてロンダリングを行ったのち、どこかの組織に収められるであろうダークマネーだ。ザイバツにかかれば、税関などナイトクラブの一般受付に過ぎない。VIPは居並ぶマケグミを尻目に横を通過するのだ。

 秘密トンネルはガイド灯の数も最小限で、単調な直線がどこまでも続く。開通当初はなんらかの軍事的用途があった事だろう。運転ヤクザもソーサラーも無言である。やがて前方に「右:上に」と光るネオン標識。運転ヤクザはハンドルを右に切る。車体にGがかかるがソーサラーのアグラはピクリとも動かぬ。

 車両が浮上した地表はガイオンのタコ区画。五重塔がしめやかに建ち並び、街路に沿ってバイオイチョウが並木されている。公園沿いにトレーラーは進行し、やがてキョート・ライン川の河川敷に停止した。既にそこには複数台の霊柩車が停止している。勿論これらは偽装であり、積載されるのはコーベインだ。

 スキンヘッドの黒人ヤクザが出迎えると、それに応えてトレーラーから降り立ったのはソーサラーである。ソーサラーのマント付きニンジャ装束は赤であり、魔法使いめいて全身をゆったりと覆っている。「ドーモ、ソーサラーです」「ドーモ、スミスです」二者は陰気にアイサツした。

「予定より早いご到着で」「うむ」ソーサラーはくぐもった声で答える。「だが早いに越した事はない。とっとと積荷を分けろ」「ヨロコンデー」スミスが片手をあげると、同じ髪型、同じダークスーツ、同じサングラス、同じ顔立ちをしたクローンヤクザ達が草むらから一斉に姿を現し、トレーラーを囲んだ。

「ん?」この場のヤクザ達のなかで唯一人異なる外見を持つリアルヤクザのスミスは、トレーラーのコンテナの上を見て目を細めた。「何ですかね?あれ」「どうかしたか」ソーサラーも振り返りそちらを見やる。確かにコンテナのシルエットが少し膨らんでいる。ゴミでもひっかけたろうか?マットか何かを?

 二人が見守る中、そのわだかまりはしめやかに立ち上がった。人影であったのだ。まさかトレーラーのコンテナにしがみついていたのか?人が?そんなバカな……いや、なにもバカな事はない。その人影はニンジャだからだ。「ニンジャ?ソーサラー=サン、今日はツーマンセルなので?」スミスが狼狽した。

「殺せ!」ソーサラーは答える代わりに即座に命令した。そして彼自身は回転ジャンプして霊柩車の一台の瓦屋根に飛び乗った。「ザッケンナコラー!」たちまち、各霊柩車の運転席に待機していた残存ヤクザが一斉にドア窓から身を乗り出し、手にしたアサルトライフルでコンテナ上を一斉に射撃する!

「イヤーッ!」コンテナ上のニンジャはキリモミ回転しながら跳躍し銃弾を回避!タツマキめいた回転の中から無数のスリケンが四方八方へ射出される!「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」銃撃ヤクザは一斉に車内に身を引っ込めようとしたが間に合わず、脳天を撃ち抜かれ全員死亡!

「ワッザ!?」スミスは地面を転がって退避し、死んだばかりのクローンヤクザからアサルトライフルをもぎ取ると、霊柩車の陰に身を隠した。「ワッザッ!?」その霊柩車の上、ソーサラーは空中から降り注いだスリケンを両手の指で掴み取り投げ返す!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」敵ニンジャは残像が出るほどの速度で空中回し蹴りを繰り出し、投げ返されたスリケンを全て弾き飛ばした。タツジン!「ザッケンナコラー!」コンテナから積荷を下ろそうとしていたクローンヤクザ達は懐からチャカ(ヤクザカスタム拳銃)を構え、空中のニンジャに発砲!

「イヤーッ!」空中のニンジャはそれらコンテナヤクザの一人の脳天に垂直落下!「グワーッ!」トマトめいてその頭蓋を粉砕し、反動で手近のコンテナヤクザに跳躍!「イヤーッ!」「グワーッ!」そのコンテナヤクザの頭蓋をやはりトマトめいて粉砕し、さらに隣のコンテナヤクザへ!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」空中のニンジャはさらに隣のコンテナヤクザへ!「グワーッ!」トマトめいてその頭蓋を粉砕し、反動で手近のコンテナヤクザに跳躍!「イヤーッ!」「グワーッ!」そのコンテナヤクザの頭蓋をトマトめいて粉砕し、さらに隣のコンテナヤクザへ!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」

「グワーッ!」ナムアミダブツ!河川敷上のクローンヤクザは全滅!そのニンジャは一度も土を踏んでおらぬ!彼はクルクルと空中で回転し、トレーラーのコンテナ上に再着地すると、霊柩車の一台の上で構えるソーサラーにアイサツした。「ドーモ、はじめましてソーサラー=サン。ニンジャスレイヤーです」

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン……」ソーサラーはやや落ち着きを失いながらアイサツを返す。「ソーサラーです。……貴様はネオサイタマの死神……なぜ俺の名を?」「知りたいか」ドウ!近くの五重塔に落雷し、ニンジャスレイヤーのメンポの「忍」「殺」の文字が照り輝く!「……知りたいか?」

「なぜ俺の名を知っているのかときいている!」ソーサラーは雷雨に負けじと叫んだ。ニンジャスレイヤーは冷たい、だがよく通る声で答える。「マルノウチ・スゴイタカイビル」「な……マルノウチ……?」「オヌシはあの日、あの場所にいた。何の落ち度もない市民を虫ケラのように殺し、恥じる事もなく」

 マルノウチ・スゴイタカイビル?ソーサラーがそれを思い出すのに数秒を要した。マルノウチといえばネオサイタマだ。だが最近の電撃作戦の事ではない。あれにソーサラーは参加していない。マルノウチ……随分昔のネオサイタマ遠征だ。指揮官はデスナイト……いや、スローハンドだったか……?

 ドウ!さらに雷が落ちた。ニンジャスレイヤーはぞっとする目でソーサラーを見下ろしていた。ニンジャでなくば失禁していただろう!そしてニンジャスレイヤーは言った。あまりにも滑らかに……執行官めいた凍るような冷徹さで。

「ビーフイーター。センチュリオン。コンジャラー。デスナイト。ディヴァーラー。デジタルワスプ。グラディエイター。インペイルメント。モスキート。パーガトリー。スローハンド。ソーサラー。サンバーン。トーメンター。……デスナイトとグラディエイターは殺した。残り12人。今からオヌシを殺す」

「アイエ!?」ソーサラーは思わず反射的に悲鳴をあげかけた。突然丸裸となり、心臓を鷲掴みされたかのような恐怖感がニューロンを駆け抜けたのだ。こいつは……ニンジャスレイヤーは……くまなく調べ上げたのだ、あの日の遠征の詳細情報を。だが……だが何故?

「バカな……なんだと?どういうわけだ?そんな……何の興味で」ソーサラーは狼狽した。「あの日の遠征はソウカイヤとの戦……貴様が?何だ?ソウカイヤの敵討ちか?そんな……貴様がラオモト・カンを殺したのだろう……」「敵討ちでは無い。ソウカイヤの次は、ザイバツだ。すべてだ」

「え……」「まずオヌシら14人を全てむごたらしく殺す。当然その後ザイバツ・シャドーギルドに属するニンジャは根絶やしにし、解体する。まずはオヌシら14人だ。……ニンジャ。殺すべし」

「ふざけるなーッ!」ソーサラーは飛び上がった。「イヤーッ!」コンテナ上のニンジャスレイヤーめがけスリケンを投げつける!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはそのコンマ1秒後にスリケンを投げ返し、己も跳躍!目の前でスリケン同士がぶつかり合い消滅!その直後に飛び蹴りを叩き込む!

「イヤーッ!」「グワーッ!」飛び蹴りを腹に受けたソーサラーの身体が上下真っ二つになり吹き飛ぶ!なんたる破壊力!ナムアミダブツ……否!?おお、ソーサラーの上半身が、赤いマントのオバケめいて空中で留まったではないか!そして腰から下はそのまま落下、さきの霊柩車の上に着地した!

「ヌウッ!?」飛び蹴り後、回転しながら着地したニンジャスレイヤーを、上半身だけとなったソーサラーが空中から嘲笑った。「ワハハハハ!ワハハハハ!殺ったつもりになったかニンジャスレイヤー=サン!瞠目するがいい!」そして下半身の切断面からミニガンが展開した。サイバネ変形だ!

「面妖な!」ニンジャスレイヤーは警戒しジュー・ジツを構える。「スミス=サン!サポートせよ!」ソーサラーは霊柩車の陰で縮こまるスミスを叱咤した。「俺の体を使え!」「ヨ、ヨロコンデー!」スミスは屋根によじ登りミニガンを構える!上下からの同時攻撃!サイバネ・ブンシン・ジツというわけだ!

「テキッ!」ゴゴーッ!スミスがミニガンをニンジャスレイヤーめがけて連射!轟音とともに薬莢が噴水めいて排出される!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側転してこれを回避、スミスの霊柩車に迫る!「イヤーッ!」アブナイ!上空からソーサラーのエアロカラテ!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは振り向きざまにチョップを繰り出し、ソーサラーの降下チョップを受ける!「テキッ!」そこへ襲いかかるミニガン銃弾!ニンジャスレイヤーはやむなく後ろへ転がって回避、別の霊柩車を盾にする。だがその霊柩車のガソリンに引火!爆発炎上!

「アテが外れたなニンジャスレイヤー!貴様は俺を殺せはしない。ザイバツのニンジャをナメ過ぎだ!」ソーサラーがしつこく飛来し、炎上霊柩車から飛び出したニンジャスレイヤーに襲いかかる。いつのまにかその両手にはナイフが握られている。コワイ!「イヤーッ!」

 襲いかかるナイフ!翻る赤いローブ型ニンジャ装束の中に、サイバネ改造された腰部が見える。アポロ計画めいた鉄の外観!噴射口から圧縮空気を噴き出して浮遊・移動しているのだ。なんたる奇怪なムーブメントか!「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは浮遊するソーサラーをハイキック!

 ソーサラーはクルクルと回転しながら飛行、霊柩車の上のミニガン化した下半身のもとへ!そして合体!「ワッザッ!?」スミスはもんどりうって霊柩車の屋根から転落!「イヤーッ!」ソーサラーは跳躍しニンジャスレイヤーへ襲いかかる!鋭いナイフさばき!これをチョップで迎え撃つニンジャスレイヤー!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが一瞬速い!「グワーッ!」さらに逆の手だ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」やはりニンジャスレイヤーが一瞬速い!ひるんだソーサラーへニンジャスレイヤーはヤリめいたサイドキックを叩き込む!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」ナムサン!再び上空へ分離離脱するソーサラー!だがニンジャスレイヤーはサイドキックを素早く戻すと、地上に残る下半身へツカツカと接近、ジゴクめいたハンマーパンチを振り下ろす!「イヤーッ!」ズガッ!分離下半身は何らかの回避動作を取りかかったが果たせず、無惨にひしゃげ損壊!

「何ーッ!」ソーサラーは叫んだ。ニンジャスレイヤーの蹴りはあらかじめ下半身を破壊するためのものであったか!?「ホーリーシット!」スミスは霊柩車内に駆け込み、急発進!排気ガスを散らしてあっという間に河川敷を駆け上り逃走してゆく。ニンジャスレイヤーはそれを一瞥もしない!

「どのみちミニガンはもはや弾切れだったのだ!俺の戦闘力は全く衰えておらん!」ソーサラーが上空から罵った。そしてスリケンを激しく投擲!「イヤーッ!」「Wasshoi!」ニンジャスレイヤーは垂直に跳躍して回避!ゴウランガ!なんたる高度!ニンジャスレイヤーはソーサラーよりも高く跳んだ!

「イヤーッ!」そしてニンジャスレイヤーは空中 で縦に高速回転!回転の勢いは等比級数的に増してゆく!「な……」ソーサラーはそれを見上げ、驚愕に言葉を失う。そして今更ながらに、この敵がソウカイヤのボスを実際殺したニンジャである事の……そして己を憎悪している事の意味を、知るのだった。

「イヤーッ!」「グワーッ!」高速回転踵落としを脳天に受け、ソーサラーの頭が鎖骨の中に半分めり込んだ!稲妻めいた勢いで下の霊柩車の一台に叩きつけられる!「サヨナラ!」踵落としで致命傷を受けていたソーサラーは霊柩車とともに爆発四散した!ナムアミダブツ!

「御用!御用!」爆発炎上する霊柩車の騒ぎを聞きつけてであろう、ケビーシ・ガードたちのサイレン音が近づいてくる。雷雨に打たれるニンジャスレイヤーの冷たい目にはいかなる感慨も浮かんでいない。このイクサは始まったばかりなのだ。14人の咎人は目的ではない、手段なのである。

 ……「アー、ドーモ、ドーモ、こちらタコ第2分署のウェンダです。ええ、ええ。ひっでぇ有様ですよ」ケビーシ・ガード達が状況保全の「外して保持」とミンチョ書きされたテープを張り巡らせる様子を横目で見ながら、デッカーのウェンダは通信機に向かってぼやき、ヨージで歯をせせった。「……え?」

 通信相手の言葉に、彼は目を見開く。「……このまま?消火して撤収ですか?コンテナは?……開けない、触らない?なんで……ああ……」それから彼は察したように目を細め、溜息を吐いた。「いや、わかります。俺も長生きしたいんでね。ええ、ええ。ハイ、ヨロコンデー」

 ウェンダは通信を終え、撤収を命じられた現場をあらためて見渡した。死んだヤクザ風の男達の奇妙に似た顔立ちも、赤い中に時折黄緑色が混じるどこかおかしな血液も、何もなかった、見なかった、だ。そしてこの、現場にやたらに散乱するバイオ防水半紙も。ウェンダは無造作にその一枚を拾い上げる。

「……?」どの紙も同じプリントであるようだ。そこには漢字で「忍」「殺」と書かれており、そこに連なるように、14の単語がリストされている。「ビーフイーター……センチュリオン……コンジャラー……何だこりゃ。デスナイト……デスナイトには×マーク……」ウェンダは首を振り、紙を捨てた。


◆◆◆


「ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!」トーメンターは路地裏角を駆け曲がり、暗がりの壁にもたれかかって頭を抱えた。「なんでこんな……なんでこんな」荒い息を吐く彼の目は血走り、せわしなく視線を泳がせている。ニンジャ肺活量により呼吸が回復すると、彼は震えながら顔を上げた。「アイエエエ!?」

 彼に悲鳴を上げさせたのは、壁に貼られたバイオ防水半紙の張り紙である。「忍」「殺」!そしてビーフイーター、センチュリオン、コンジャラー……ザイバツ・シャドーギルドのニンジャ達の名前……最後の行には自身の名「トーメンター」!この紙にもやはりトーメンターの名!

 貼り紙が貼られているのは10枚や20枚ではない……何日かに一度の割合で、トーメンターはこの忌々しい貼り紙を目にする。まさかキョート中にばらまかれているのでは?まさか……!目にするたび彼は激昂してそれを剥がし、その場に居合わせた不幸な市民をさらっては、痛めつけて殺したりもした。

 当然、心が晴れる事はない。むしろ彼は日に日に追い詰められる感覚に陥り、憔悴を深めて行った。このリストの中で、デスナイト、グラディエイター、ソーサラー……彼らは故人だ。彼らは同一のニンジャによって殺されている。ニンジャスレイヤーに。ネオサイタマの死神に。

 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。急ぎ足の足音が接近して来るのを彼のニンジャ聴力は聴き取る。「アハ……アハハー」彼はもたれた壁をずり下がり、笑い出した。そして失禁した。撒けなかった。こんなの嘘だ。……そう、今このとき、彼を追跡しているのは、まさにそのニンジャスレイヤーその人……。

「もう嫌だ……」トーメンターは笑いながらヨダレを垂らした。俺が何をした?この14人が何をした?なぜ追われる?狙われる?14人の中の有志はIRCチャネル「#marunouchi_survive」を立ち上げ、情報交換を行っている。14人は数年前のネオサイタマ遠征作戦の参加者だ……。

 そもそもニンジャスレイヤーとは何者なのか?高い位階の連中は把握しているのだろうか?なぜ我々が優先的に狙われねばならない。あれはミッションじゃないか。仕事をしただけだ。こんなの理不尽すぎる。ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。足音はすぐそこだ。トーメンターは笑った。もう疲れた。殺せ。

「エッサ!エッサイ!」足音の主は角を曲がって現れ、トーメンターのすぐ目の前をそのまま通過して行った。それはヒキャク(パルクール配達業者)だった。ニンジャスレイヤーでは無かったのだ。「アハ……アハハハハ!なんだよッ!アハハハハ!」トーメンターは涙を流して安堵し、笑った。

 その直後、トーメンターの目の前に一人のニンジャが垂直落下してきて、着地した。「アハ」トーメンターの笑みが凍りついた。赤黒の装束。「忍」「殺」のメンポ。はるか頭上、ビル屋上から飛び降りて来た彼はトーメンターを見下ろしオジギした。「ドーモ。トーメンター=サン。ニンジャスレイヤーです」


2

「ニンジャスレイヤーとかいう小虫がいきがっておるとか」「……そのようだ」キョート城、薄暗い渡り廊下を並び歩く二人のニンジャあり。彼らはザイバツのグランドマスターニンジャ。パーガトリー、そしてスローハンドだ。闇によってその上半身はほとんど隠されており、外見的特徴は判然としない。

「マルノウチ抗争の参加者をリストし、ビラやショドーで恐怖を煽り立て、狩りたてるのだと……ぷっ!マルノウチとくれば当然、我々の名も含まれるわけだ」「実際アデプトやマスターが殺されている。デスナイト=サンを筆頭に、グラディエイター=サン、他にも何人か」「本気だな。おおコワイ」

「ラオモトを殺した正体不明の存在だ。真偽は不明だが、あのバジリスクも」「ラオモトの事とて真偽は不明よ!誰も見ておらん」「先手を打つ必要があるやも知れん」「小虫は小虫らしく、溜まり池をブンブン飛び回らせておけ!だが、確かに我々がとばっちりでロードの不興を買ってはつまらん……」


◆◆◆


 ドンツクドンツクスパコンブンブン、ドンツクドンツクブブンブーン。ドンツクドンツクスパコンブンブン、ドンツクドンツクブブンブーン。退廃的アトモスフィアを加速する過剰な重低音の只中、フードを目深にかぶった男が狭い階段を降り、フロアに足を踏み入れる。

「宣伝よりも美味だったですね?」とミンチョ書きされたキャッチフレーズの下で水着姿のオイランがしなを作りビールを持つ「ケモビール」の色褪せたポスター。壁という壁に等間隔で貼られるそれは、ある種ミニマルアートめいてすらいる。スローモーションな踊りを踊る男女の間をぬって、男は奥へ進む。

「おい、こっちはVIPだぜ、汚ないの」小さな階段を降りようとしたフードの男の目の前に、強面のロシア人バウンサーが立ち塞がる。キャバァーン!ポイント倍点クルヨ!ストコココピロペペー。壁際のスロットマシンがけたたましい電子音を打ち鳴らす。

「おい、聞こえてんのか、汚ないの」強面のロシア人バウンサーはグイと顔を突き出し、フード男の顔を覗き込んだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」フード男の一瞬のためらいもない頭突きがバウンサーの鼻面に叩き込まれる。バウンサーは一撃で失神!鼻血を溢れさせてへたり込んだ。男は降りてゆく。

 地下二階VIPフロアには上の音楽は届かない。狭い廊下でまず男を出迎えたのは、床に座り込んだグルーピーである。瞳孔の開ききった目は虚空を見つめ、よだれを垂らして、シリコン整形の乳房も露わだ。男はそれをまたぎ越える。右手のトイレからは個室で激しく前後する声と音が廊下まで届いて来る。

「大事ダヨ」と相撲フォントで書かれたノレンをくぐると、そこは青紫色の壁で囲われた退廃的な部屋で、プロジェクターが壁一面にフジサンの映像を映し出し、そこに裸の男女が影法師を投げかける。温泉の岩風呂を模した室内プールが部屋の中央に設えられ、若い彼らは富裕層の退廃子息といったところ。

 男はこのマッポー的光景に何の驚きも見せず、部屋奥で両膝に一人ずつグルーピーを座らせ愉しむ金髪の若者のもとへ向かうと、向かいのソファーに滑らかに腰をおろした(ソファー上で自慰をして見せていたグルーピーは彼に押しのけられ、笑いながら転がり出ると、別の富裕層子息に抱えられていった)。

「ドーモ、イシマツ=サン。お楽しみですね」「このジジイ誰?」金髪をインプラントした若者は総プラチナ歯を威嚇的に剥き出した。「しーらない!」膝にまたがったブルネットのグルーピーが腰をグラインドさせながら笑った。「アレクセイどうしたの?」「寝てますね」フード男は静かに答えた。

「何だ困っちゃうな」イシマツは反対の膝にまたがる金髪のグルーピーを抱き寄せた。金髪グルーピーが自らの豊満な乳房の谷間に粉末ズバリを溜めると、イシマツは鼻を鳴らして吸い込んだ。「スーン!アーッ!……で、お前が何の用?」「ちょっと脅せと言われましてね」「ハハハ面白い!」「イヤーッ!」

 フード男の右手が閃く!次の瞬間、イシマツの上の前歯四本は惨たらしく引き抜かれ、フード男の手の中にあった!「アバーッ!?」ズバリ粉末を摂取しているイシマツと言えど、この痛みと恐怖は現実感を持って襲って来る!「もう少し痛めつける事になるからな」フード男はソファーから立ち上がった。

「アイエエエエ!」「アイエエエエ!?」「アイエエエエ!」ソファー付近でこの突然の暴力を目の当たりにした者たちは口々に悲鳴をあげて逃げ惑う!事情を知らぬ離れた場所の富裕男女やグルーピーはいまだ退廃的に遊戯している。その温度差!

「ア、アバッ」イシマツは脅えた。彼とて屈強な体格の持ち主だ。カネモチの常として、自宅のジムで毎日鍛えているからだ。オーガニック・スシを日常的に食べ、栄養もいい。だがフード男の何の躊躇もない凶悪な暴力!プラチナ入れ歯の前歯四本で、イシマツは完全に屈服した。「ヤメテ」

「やめませんよ、ダメですよ、イシマツ=サン。もう少し痛めつけられないと」フードの男はイシマツの襟を捕んで無理に立たせた。「こんなにアホらしい騒ぎを毎日やらかしてるわけじゃないですか。あなた、どうしてこんな贅沢ができるんです?お父さんのダーティーマネーのおかげでしょ?」「え……」

「ノブレス・オブリージュ。わかります?イシマツ=サン。そういう事でしょう?インガオホーでしょう?こういう目に遭うリスクがあるから、貴様らのようなバカどもは普段楽しく騒いでいられるんだよ。わかるか?エエッ?」襟を掴んだまま平手打ちにする。コワイ!

「助けて」「イヤーッ!」「アバーッ!?」ナムサン!今度は下の前歯四本だ!歯茎から血が噴き出す!「イヤーッ!」「アババーッ!」さらにジゴクめいたフックがミゾオチを直撃!イシマツは吹き飛んでソファーの後ろの壁に激突!もはや室内はパニックだ。誰もが出口へ殺到している。

 フード男は懐からカメラを取り出し、手際良くイシマツの負傷写真を十数枚撮った。「今日はこれで終わりだ。パパにも良く言っとけよ。明日のこの時間に両手指全部をケジメされないように、よくお願いしとけよ。わかったな」「……アバッ……」「ザッケンナコラー!返事しろオラー!」「は、ハイ……」

「ったく面倒かけやがる」フードの男はテーブルのカクテルからストローを抜き取り、そのそばにある粉末ズバリの小山に突っ込むと、一息に吸い込んだ。もはや室内には誰もいない。この男とイシマツと、オーバードーズで動かなくなっている数人の男女を除いては。

 部屋の外へ出ようとしたフード男は、ノレンをくぐる途中で動きを止めた。廊下に一人。直立不動でこちらを見ている。

 人影はニンジャ装束を着ている。ニンジャか、ニンジャのフリをした狂人だ。そしてフードの男は目の前の相手が狂人ではなくニンジャである事を知っている。ただし、狂ったニンジャかもしれない。いや、きっとそうだ。狂ったニンジャなのだ。この赤黒の装束と「忍」「殺」のメンポの持ち主は。

 フードの男は先手を打ってアイサツした。「ドーモ。はじめましてニンジャスレイヤー=サン。ビーフイーターです。……近々来ると思っていたぜ」「ドーモ、ビーフイーター=サン。ニンジャスレイヤーです」赤黒のニンジャはジュー・ジツを構えた。「ニンジャ殺すべし」

「昨日トーメンターを殺したのはお前だな」問いかけながら、ビーフイーターは己の不利を感じていた。彼の武器はジェットハルバード。今は刃を外し、折り畳んで腰の後ろに収納してある……長い竿状武器で、ロケット推進装置で速度と威力を増す仕組み。こうした狭い室内での戦闘には適さないのだ。

「そうだ」ニンジャスレイヤーは無感情に答えた。「首を刎ねて殺した」「……悪趣味なリストを作りやがって」ビーフイーターは構えた。「あんなもので俺はビクつきはせんぞ」そして思案した。どうする。ある時点で屋外に出るべきだ。この場の素手の戦闘では己のワザマエを存分に発揮する事ができない。

「なぜリストを作った。なぜマルノウチ抗争の参加者だ」ビーフイーターは問うた。「お前にとって何の意味がある」「サンズ・リバーでエンマ・ニンジャに聞いてみるがいい」ニンジャスレイヤーは言い捨てた。「そしてリストに無いザイバツのニンジャも実際殺す。安心してジゴクで待つがいい」

 狂ってやがる。ビーフイーターは毒づいた。あの夜に関わる何らかの怨恨である事は間違いない。巻き込まれたクズ市民の遺族か何かか?……だが、こいつの考えはその復讐の範疇を逸脱している。リストは単に書かれた者を不安がらせ精神的に痛めつけようというモノなのだろうか?……狂ってやがる……。

 ビーフイーターは腰に下げたトマホークを掴んだ。これはジェットハルバードの先端部で、長い柄の先にこのトマホークを接続するのが本当なのだ。不完全な状態であるが、閉所ではこの手斧形態で戦闘する事になる。だが「環境に文句を言う奴に晴れ舞台は一生来ない」というミヤモト・マサシの言葉がある!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがチョップ突きで仕掛ける。望むところ!ビーフイーターはトマホークで応戦した。「イヤーッ!腕を切り落としてやる!」だがニンジャスレイヤーはすぐに突きを引っ込め、コンパクトにしゃがみ込むと、腹筋めがけてパンチを連打!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」

「グワワーッ!」パンチを受けたビーフイーターの体が1インチ浮き上がる!そこへニンジャスレイヤーは回し蹴りを繰り出す!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ビーフイーターは咄嗟にトマホークを振り、これをガード!足甲とトマホークがかち合い、両者バック転で相離れる!

「イヤーッ!」すかさずニンジャスレイヤーがスリケンを二枚投擲!「イヤーッ!」ビーフイーターはトマホークを振り回す。刃の反対側の噴射口がジェット推進!ハヤイ!一瞬で弾き飛ばされるスリケン!「イヤーッ!」さらにビーフイーターはそのトマホークをお返しに投擲!

 ジェット推進で高速回転する刃がニンジャスレイヤーを襲う!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはブリッジでこれを回避!「イヤーッ!」ビーフイーターは前方へ高速ジャンプし、ブリッジしたニンジャスレイヤーを飛び越え背後を取る!

「イヤーッ!」起き上がったニンジャスレイヤーが裏拳でビーフイーターを攻撃!ビーフイーターは側転を繰り返しトマホークをキャッチ!斬り返す!「イヤーッ!」交錯する二者!ブレーサーとトマホークの柄がぶつかり合い火花が散る!「イヤーッ!」すかさずニンジャスレイヤーがサイド膝蹴り!ハヤイ!

「グワーッ!」ビーフイーターは脇腹に膝蹴りを受けてトイレ内に吹き飛び、床を転がる。ツカツカと追ってトイレへ入ってくるニンジャスレイヤー!「おのれ……」ビーフイーターは起き上がりながらメンポを装着。フードつきツナギの変形機構が働き、ニンジャ装束となる!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがチョップを振り下ろす。「イヤーッ!」ビーフイーターもチョップで応戦!ここではトマホークですら振るうには狭すぎる。あんなリストを作って追い詰める程に用意周到なニンジャスレイヤーの事だ。クラブ地下というロケーション設定は偶然ではあるまい。尾行の産物!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」二者は激しくカラテ攻撃を繰り返す!このトイレの便器や手洗い台はVIPらしいクリスタル陶器製であり、内部の空洞が水で満たされて、バイオ金魚が泳いでいるのが見える。戦闘する二者のサツバツと、便器の内部で悠々泳ぐバイオ金魚。その世界はあまりにも対象的だ。

 だが、人もバイオ金魚も例外ではない。おのれの責任とは別のところから降って湧いた災難が平穏の日常をあっけなく崩す……そんな事は宇宙的にありふれた事象なのだ。このように!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの隙をついてビーフイーターはトマホークでクリスタル便器に斬りつけ破壊!

 たちまち中の水が砕けたクリスタルとともに撒き散らされる。突然に水を失ったバイオ金魚たちは、てんでに2メートル近い高さまで飛び跳ねる!「イヤーッ!」ビーフイーターはもう一つの便器も破壊!やはり金魚が!ショッギョ・ムッジョ!

 多数のバイオ金魚が驚くべき跳躍力で跳ね回る様を目くらましに、ビーフイーターがニンジャスレイヤーの首筋に水平チョップ!「イヤーッ!」「小癪なマネを!イヤーッ!」チョップを打ち返すニンジャスレイヤー!それを受け、勢いを利用してビーフイーターはトイレの出口めがけ転がって退避!

「追ってこいニンジャスレイヤー=サン!」ビーフイーターは階段を駆け上がる!無言でこれを追うニンジャスレイヤー。死神めいた勢いである!

 ドゥクドゥクブブーン。ドゥクドゥクブブーン。ドンドロンドンドロロンドン。壁に大量に貼られた「ケモビール」広告を尻目に、二者はフロアに突入する。人々をすり抜け走るその姿を運悪く目にした若者は、その場で失禁してひっくり返り悲鳴をあげる。「ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」

「イヤーッ!」やや空が白みはじめたガイオン地表のワラビ・ストリートへ回転しながら飛び出したニンジャスレイヤーへ、一足先に待ち構えていたビーフイーターがアンブッシュを仕掛ける。得物は己の身長以上に長い槍!その先端部には先程のトマホークが接続され、ジェットを噴く!これが彼の真の武器!

「イヤーッ!」信じ難い斬撃スピードでビーフイーターのジェットハルバードが襲いかかる。「イヤーッ!」いまだ空中のニンジャスレイヤーは瞬時に状況判断、ハルバードの柄を蹴って斜めに飛び離れ、このアンブッシュを回避!スリケンを連続投擲しながら着地する!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」ジェットを噴射させたままビーフイーターは猛スピードでコマめいて回転!スリケンを激しく撃ち落としながらニンジャスレイヤーへタツマキ攻撃を仕掛ける。死のカルーセルだ!「Wasshoi!」ニンジャスレイヤーは低く身を沈め、そこへ突っ込んでゆく!ナムサン!なんたる自殺行為!

 だがニンジャスレイヤーの非凡なニンジャ反射神経は高速回転する刃の位置を見極めていたのである!彼は先端のトマホークを潜り抜け、それよりも内側、柄の部分まで一瞬で間合いを詰めていた。「何!?」ビーフイーターが呻く。ジェット推進で勢いのついたハルバード回転は急には止まれない。

 ニンジャスレイヤーはブリッジ寸前まで上体を反らし、ハルバードの柄をかわしつつ、そこへ両手でしがみついた。そしてビーフイーターもろとも高速回転!ゴウランガ!死のカルーセルに乗り込んだのだ!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」しがみつき共に高速回転しながらニンジャスレイヤーはビーフイーターの顔面めがけ蹴りを連打!「グワーッ!グワーッ!グワーッ!」ビーフイーターは蹴りをまともに受けざるを得ない!クルシミ!ニンジャスレイヤーは蹴り続ける!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」

「グワーッ!グワーッ!グワーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「グワーッ!グワーッ!グワーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「グワーッ!グワーッ!グワーッ!」たまらずビーフイーターはジェットハルバードをハンマー投げめいてニンジャスレイヤーもろともに投擲!

「イヤーッ!」飛んでゆくジェットハルバードからニンジャスレイヤーは高く跳躍して離脱した。その奥で、遠く飛んで行った驚異的なサイバネ武器は「ワーンコ楼」と書かれた高級レストランのネオン看板に突き刺さり、激しい火花を撒き散らす!ビーフイーターはカラテを構えた。「ええい!来い!来い!」

「イヤーッ!」「イヤーッ!」ビーフイーターの延髄めがけニンジャスレイヤーは空中蹴りを繰り出す!一方のビーフイーターは対空ポムポムパンチを斜めに突き出し迎撃!ゴウランガ!ニンジャスレイヤーは蹴りながらそのポムポムパンチを両腕で抱えて無効化!延髄に蹴りが突き刺さる!「グワーッ!」

 攻撃はそれだけで終わらぬ!ニンジャスレイヤーはビーフイーターの延髄に叩き込んだ蹴り足を軸に一回転!回転を終えると両脚がビーフイーターの首を挟み込んでいた。その瞬間は肩車にも似ている!直後、ニンジャスレイヤーはビーフイーターを挟んだまま、上体に勢いをつけて後ろへ倒れこむ!ナムサン!

 次の瞬間、ビーフイーターの天地は逆さまになり、ニンジャスレイヤーの両脚によって、致命的な速度で脳天を地面に叩きつけられていた。ゴウランガ!なんたる不可思議なジュー・ジツの奥義……なんたる暗黒カラテ!「グワーッ!」破壊されたビーフイーターの頭蓋から血と脳漿が溢れ出す!

 ニンジャスレイヤーは起き上がり、ビーフイーターを振り返る。「ハイクは読めるか」「ア、ア、アバッ」「……」ニンジャスレイヤーは痙攣して死にゆくビーフイーターの頭の上へ足を振り上げた。カイシャクだ。「イヤーッ!」「アバッ、サヨナラ!」あたまを踏み砕かれ、ビーフイーターは爆発四散した。

 二秒後、既に彼の姿は無く、かわりに例のリストがプリントされたバイオ防水半紙がその場に散乱しているのだった。


◆◆◆


「……フー」錆色のニンジャはUNIXと直結していたLANケーブルを首筋から引き抜くと、椅子から立ち上がった。部屋の真ん中にはスマキにされた初老の弱々しい市民が転がっており、二人のニンジャが侮蔑的にそれを見下ろしながら、各々、スシを食していた。

「俺の分はあるか」「勿論」オーガニック・イカ・スシを咀嚼しながら、黒字にファイアーパターン刺繍装束の大柄なニンジャは重箱をひとつ差し出す。錆色のニンジャはそれを受け取り、オーガニック・アナゴ・スシを口の中へ放り込んだ。「やれやれ、ビーフイーター=サンも殺されたと言う事だぜ」

「まことか。ディヴァーラー=サン」装甲タイルを貼りつけた重装ニンジャ装束を着込んだニンジャ、センチュリオンが眉根を寄せた。錆色のニンジャ、ディヴァーラーは頷き、「さっきだとよ。デジタルワスプからノーティスが来た」「なんたる増上慢……」センチュリオンが怒りをあらわにした。

「モスキート=サン、インペイルメント=サンはどこ吹く風だ。奴らネオサイタマだからって余裕こいてやがる。川向こうの山火事ってな」ディヴァーラーは言った。「ムカつくぜ」「放っておけ」吐き捨てるように言いマグロを二つまとめて口にいれた大柄なファイアーパターンニンジャは、サンバーン。

「とにかくワシらにとって火急の問題なのだ、これは」サンバーンは言った。「やるべき事をやるのみ」センチュリオンは頷いた。「死んだ奴らは心構えが足りなかったのだ。イクサの心構えが」「ンー!ンー!」初老の男は猿ぐつわを噛まされていたが、必死にもがいた。「黙れ!」

「で、そのジジイってワケだよな。クククク」ディヴァーラーがほくそ笑んだ。サンバーンはスマキ市民を無造作に蹴った。「ンーンンー!」「パーガトリー=サンの助言は流石。所詮ニンジャスレイヤーなど組織立たない狂人のテロリスト、行き当たりばったりもいいところよ」

「イクサだ。篭城期間は終わった。打って出るべし」センチュリオンは勢い込んで立ち上がった。「今度は奴がネズミめいて逃げ回る番だ!」「違いない……クククク」「ガンバルゾー!」サンバーンが禍々しいバンザイ・チャントを唱えた。他の二人もそれに続く。「ガンバルゾー!」「ガンバルゾー!」

「ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!」「ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!」「ンンー!ンンー!」……


3

 シメジ・サンロウはアンダーガイオン第二層で零細の印刷所を構えるキョート市民である。第二層といえば、全体からみればそこそこの位置に収まっているとも見える。下にはまだ十数層もある。だが所詮それは無意味な比較、詭弁だ。太陽を奪われ苦しい日々を送る階級である事に変わりはないのだから。

 彼は近隣の求人情報誌やパチンコ・カジノ、合法マイコセンター等をクライアントとし、苦しいながらも日々の衣食住に感謝しつつ暮らしていた。……さて、人は昨日まで安定した暮らしが送れていれば、今日も明日もそうであると考えがちである。昨日までこのイカダは無事に川を下れた。だから明日も、と。

 だが実際、明日この川が滝壺に落ちないと、過去の経験を根拠に決める事はできない。忘れがちな事である。そしてシメジも例に洩れずそうであった。

 シメジにとっての「滝壺」はなんであったろうか?……彼の印刷所の経営が立ち行かなくなったのは、いくつかの突然の法改正を原因とする。まず、取引先の合法マイコセンターの女体盛りサービスが違法化し、立ち行かなくなった。そのマイコセンターではツキジ仕込みの板前が腕を振るうスシが売りだった。

 マイコセンター「美の味覚」は、「欲求が満足するオイシさ」をキャッチフレーズに、マイコの魅力とうまいスシをハイブリッドさせて評判を得ていた老舗だ。女体盛りが奪われれば、この店に存在意義は無くなる。実際、突然の法改正にともない、このマイコセンターを利用する客は20分の1に縮小した。

 なぜ女体盛りが突如違法になったのか?理由などない。タテマエ的な理由はもちろんある。衛生面。道徳的観点。しかし真の狙いは、認可を行う公的機関の権益拡大にある。無意味なチェックポイントを増やしたり変えたりする事で、その都度、認可機関のワイロやアマクダリの口実とするのだ。

 それをきっかけとして経営難に陥る店があろうと、認可機関は当然痛くも痒くもないし、弱者の抗議に耳を貸す事もない。かくして、アンダーガイオン第一層の老舗マイコセンター「美の味覚」は脆くも廃業し、シメジは大口のクライアントを失ったのである。

 シメジには養わねばならない家族がいた。妻は他界した。三人の子供はハイスクールに通っている。そして寝たきりの母がいる。稼ぎは常にギリギリであり、印刷機械の月々のローンが支払えなくなればシメジの暮らしはおしまいだ。彼はどうしたか?手を差し伸べたのは地元のヤクザクランであった。

「ポイズンオシルコクラン」が持ち掛けたビジネスは、やはりマイコセンターの広告チラシであった。ただし、違法の地下マイコセンターだ。女体盛りどころの話ではない。激しく前後するし、被虐嗜好の客を囲んで警棒で叩く事もする。テングダケを使う店もある。

 こういった違法マイコセンター店が大っぴらに摘発を受けて逮捕される事はさほど無い。簡素な設備であるから、すぐに店を畳み、また開業する事ができる。それを逐一追いかけていても、マッポはキリがないからだ。だが、重厚な設備を要する印刷業者はそうはいかぬものである。

 リスクは大きい。摘発されれば大変な事になる。だがポイズンオシルコクランの提示した報酬を、追い詰められたシメジが禁欲的にスルーできるはずもなかった。このままでは子供達はハイスクールへ通い続ける事ができなくなるし、親の薬も買えない。彼は話に飛びついた。バレぬようにやるだけだ。

 そう、シメジは常に考えていた。昨日まで大丈夫だったのだから、今日も明日も大丈夫。昨日まで摘発されなかったのだから、今日も明日も。……そして、滝壺に落ちた。

 彼の印刷所に自信たっぷりに踏み込んで来たデッカーは、卑猥な裸体写真が配置された広告チラシをその場で押収し、道徳を説いて去った。あっという間に彼は100日の営業停止処分を受けた。100日?無収入?無理だ!では下層におりて鉱山で働くのか?バカな!それではとても家族を養えない!

 そんな彼に手を差し伸べたのはやはりポイズンオシルコクランだった。ヤクザはシメジに言った。「この印刷所の印刷機を買い取ってやる。ひと財産になるだろうが。その間に仕事探せよ」提示された二束三文の買取額を前に、シメジはようやく気づく……最初からそれが目的だったのだ!なんたる陰謀!

 ……「で、そこへニンジャスレイヤーのご登場ってわけか?エッ?」サンバーンがシメジを蹴った。猿轡は解かれたが、スマキのままである。「アイエッ!ニ、ニンジャ……ええ、タカギ=サンのことですか?」「タカギ?誰だ」センチュリオンが首を傾げる。「タカギ・ガンドーだ」とディヴァーラー。

「ガンドー?」「タカギ・ガンドー……なるほど、つながる、つながる」ディヴァーラーが一人納得しながら、「ケチな探偵野郎よ。シテンノのブラックドラゴン=サンとその弟子が、そいつのケチな探偵事務所でニンジャスレイヤーに遭遇した。弟子は生き残ったがブラックドラゴン=サンは死んだ」

「……!」「ガンドーを捕らえる命令を直々に受けたニンジャもギルドにいるはずだぜ。ニンジャスレイヤーの手引きをしてシテンノの一人を殺させた重要参考人だからな。しかしニンジャスレイヤーの奴、探偵野郎の事務所にたまたま居合わせたのかと思ったが、その後もビジネスしてやがったとは」

「ガンドーとやらと共謀して、ふざけたビラ作り……」センチュリオンが吐き捨てるように言う。「ニンジャスレイヤーめ……」「ところで生き残った弟子はどうなったんだ?」サンバーンがイカのスシを二つまとめて食べながら口を挟む。「まだアプレンティスだろう?誰の預りだ?次もシテンノか」

「そんな話はいい!ニンジャスレイヤーを殺すのだ!」センチュリオンが机を叩いた。だがディヴァーラーは手を振って制し、「熱くなるのは戦闘時でいいぜ、センチュリオン=サン……あれだ、そのアプレンティス、今はパープルタコ=サンの預りだとよ」「おう!そりゃまた!」サンバーンが笑う。 

「そりゃさぞかしお盛んだろう!ワシもパープルタコ=サンに弟子入りしたいものよ!あの豊満な胸と淫らな腰!」「バカな」ディヴァーラーも笑い、「あのメンポの下がどうなっているか、知っておろうが」「後ろからなら同じことよ!」「スカートの下もどうなっておるか、わからんぜ」

「それぐらいにしておけ!」センチュリオンが怒鳴った。彼は古強者めいて、冗談の嫌いな堅物なのだ。「作戦の委細を話せディヴァーラー=サン!」「ああ、すまんすまん。俺じゃない、サンバーン=サンが悪いんだぜ」「ハッハハハハ!」

 ニンジャ達の謎めいた、そして狂気じみて下卑たやり取りを、簀巻きのシメジは涙目で床から見上げていた。「話をまとめるとだ。このクズが」「アイエッ!」ディヴァーラーはシメジを蹴り「ニンジャスレイヤーに通じた探偵野郎の依頼で、例の挑戦的なチラシを印刷していたわけだ」「アイエエ……」

「こんな意味のわからん受注をするとは、金に困ったのか?ん?」ディヴァーラーはシメジの髪を掴んで顔を覗き込んだ。「そうですよ。こ、こうするしか無かったんですよ。私には家族がいるんです!モグリの仕事でも必要だったんだ」シメジは気丈に答えた。三人のニンジャはそれを嘲り笑った。

「デジタルワスプがハッキングでだいたいの内容を把握している。ニンジャスレイヤーでもガンドーでも構わん、再度印刷されたチラシを受け取りに来た時が審判の日だ。ニンジャスレイヤーなら殺せばいいし探偵野郎なら拷問してエサにした後ニンジャスレイヤーもろとも殺す。単純な話さ!」


◆◆◆


 キョート城、薄暗い渡り廊下を並び歩く二人のニンジャ……パーガトリー、そしてスローハンドである。闇によってその上半身はほとんど隠されており、外見的特徴は判然としない。二人のグランドマスター・ニンジャは歩きながらボソボソと用心深い言葉を交わす。

「既にトーメンターとビーフイーターも」「……速度……」「このペース。我々はまだまだニンジャスレイヤーを侮っておったか?ギルドのニンジャ資産への打撃は無視できん……」「待てパーガトリー=サン」スローハンドが足を止め、パーガトリーを制した。廊下前方に小柄なニンジャが立っている。

「ドーモ。御機嫌よう、お二方」ロード・オブ・ザイバツの懐刀、パラゴンである。腰の後ろで手を組み、闇の中、陰気な上目遣いで二人のグランドマスターを見上げる。「最近……特に親密のご様子ですな、お二方は」「ドーモ」スローハンドはあくまで無感情にアイサツを返した。

「……良くない事が起きておるのかな?」パラゴンは陰気に言った。「この数日のうちに結構な数のニンジャが死んでいる。おかしなリストの噂も聞いた。噂、噂だが」「……」スローハンドはパラゴンの不気味な視線を受け止める。パラゴンは続ける。「どうも、話が上まで上がって来ない気がしてな」

 パーガトリーはスローハンドへ一瞬、視線を送った。スローハンドは滑らかに答える。「我々もまさにその話をしておったところ。そのリストに実際、私とパーガトリー=サンの名前もあると知ってね。つい先程の事だ。どの者かがボトルネックめいて、重大な情報を隠匿していた可能性がある」

「ほう!」パラゴンは目を見開いた。「そうだとすれば、実に不届きな者がいたものだ!」「全くだ」パーガトリーが瞬きしながら答えた。「ザイバツ全体の利益を損なう行いだ。現に、対策が取れぬまま何人も死んでいる」「実に!」パラゴンは頷いた。その目はパーガトリーを凝視している。

「だがご安心めされよ。不届き者の特定は実際済んでいる」スローハンドが言った。「数日以内に身柄を確保する。そして貴公にも報告できよう」「実に楽しみだ……!」パラゴンは頷いた。「ロードもお喜びになる。自己保身に堕して被害を拡大させたニンジャの居場所はザイバツには無いからな!」

 ……去り際のパラゴンが二人に向けた目は底なし沼めいて暗く、相手を震撼せしめる迫力を持っていた。弱者であれば失禁していただろう。だが二人とてグランドマスター位階のニンジャ。いっさいの感情を表に表す事は無い。彼が去ったのち、パーガトリーが口を開いた。「毒蛙め……」

 そしてスローハンドに問う。「だが貴公『目星をつけている』とか言ったか?なにか策でもあるのか。それとも咄嗟の出任せか?実際パラゴンが嗅ぎ回ると厄介だぞ……」「安心せよ」スローハンドが答えた。「あの日マルノウチに行きながら、たまたまリストに名を書かれていないアデプトが一人いる」

「なに?」パーガトリーはスローハンドを見た。スローハンドは目を細めた。そして超然として言った。「我らは其奴のせいで、今回の件も寝耳に水だった……ゆえに、対策や報告が遅くなった……そういう事だ」「貴公……」「フフフフ……そしてニンジャスレイヤーには同時に三人を差し向けた……」


◆◆◆


「コマーキノー、ンー、シネマーダヨー」「アカチャン……」「ミスジーノー、イトニー」林立する広告ビジョンはオイランがジョッキになみなみと注がれたビールを持って笑う映像を揃って流し、スピーカーからは呪術めいた宣伝BGM。「ハースゴイ、ナンカスゴーイ、ケモビール、ダヨネー」

 しらじらしく青空の絵がペイントされた頭上の隔壁にも広告は輝き、人々を落ち着かせない。装甲ワゴン車の車内にもケモビールの物憂い歌は届いてくる。ディヴァーラー、サンバーン、センチュリオンはむっつりと黙っている。運転者はクローンヤクザ、シメジは簀巻きのままシートの後ろだ。

「この角を曲がると目的地です」カーナビゲーションを左目にインプラントしたクローンヤクザはハンドルを操作しながら告げた。「よオし!」助手席のサンバーンが拳を打ち合わせる。「ケチな路地だな。見ているだけで錆臭くてたまらんぜ」ディヴァーラーが鈑金工場の並ぶ道路沿いを見て呟いた。

「錆か……ニンジャスレイヤー……我が古代ローマカラテの拳の錆にしてくれる」センチュリオンは熱に浮かされたような口調で呟く。「ンー!ンーッ!」シメジは再び猿轡を噛まされていた。ワゴン車の前方に、つつましいチョウチン看板が見えてくる。「シメジカンパニー」のカタカナミンチョ文字。

「オタッシャデー」三人のニンジャを降ろすと、ワゴン車はしめやかに走り去った。サンバーンが簀巻きのシメジを山賊めいて担いでいる。ディヴァーラーがタバコを一服し、道路に投げ捨てた。「シミったれた印刷所だなァ?これがお前が守りたかったなけなしの財産か」「ンー!ンーッ!」 

「結局死んだら終わりだな、エエッ?」とサンバーン。「ンー!ンーッ!」「自覚が無かろうと、ザイバツに楯突いた者はこうなるのだ。ニンジャでないという事実……それだけで貴様らは等しく原罪を背負っている。諦めろ」とセンチュリオン。「ンンーッ!」シメジは悔し涙を流すしかない。

 三人のニンジャはノシノシと、ガレージめいたトタン屋根の印刷所建物内へ入ってゆく。作戦はシンプルだ。この一時間後のウシミツ・アワーに、ニンジャスレイヤー、もしくはガンドーが、追加発注していたチラシを受け取りに来る。そこで見出されるのは床で簀巻きにされたこのシメジというわけだ。

 シメジは餌だ。簀巻きの内側には、かつてイッキ・ウチコワシのテロリストであったニンジャ、アブサーディティが設計したシート型爆弾がノリマキめいて巻かれている。現れたのがニンジャスレイヤーであれば、シメジもろとも爆破して殺す。ガンドーならば囲んで警棒で叩き、気絶させて拉致だ。

「どっちにせよお前の人生は今日で終わりだ!」心底面白そうにディヴァーラーはシメジを罵った。「こいつをそこに捨てろ、サンバーン=サン!」作業机の上を指さす。「後はそこらに隠れて待つべし!」「ヨロコンデー!ハッハハハ……ウォッ!」シメジを担いでいたサンバーンの笑いが遮断された。 

 よろめいたサンバーンの腕から突如として簀巻きが逃れる!真上へと!「何を!?」簀巻きのシメジがバンジージャンプの逆じみて、天井めがけ跳ね上がる。三者のニンジャ反射神経は一瞬のその異常なインシデントを捉えていた。天井から投げ下ろされたロープ鈎が簀巻きを引っ掛け、引き上げたのだ!

「上だ!」「屋根の上?」「バカな!」「アイエエエ……!」簀巻きのシメジは悲鳴を上げながら、開け放たれた天窓の向こうへ消えた!そして、おお、ゴウランガ!上で滑車めいた機構が働いているのか、簀巻きを引き上げながら、ロープのもう一端、別の重りがバンジージャンプめいて落ちてくる!

「バカなー!」天井から長いロープで落ちてきた物体を視認したディヴァーラーがまず驚愕の叫びを上げた!ナ、ナムアミダブツ……ロープにくくりつけられているのは、紛れも無い首吊り死体……ニンジャの死体!サイバー暗視スコープメンポを装着したそのニンジャは……「デジタルワスプ=サン!」

「バカな」ディヴァーラーは驚愕のあまりよろめいた。デジタルワスプが収集したチラシ発注情報をもとに、憎きニンジャスレイヤーを罠にはめて殺す算段を進めてきたというのに、これは一体……計画がバレていた?デジタルワスプが既に殺されていた?追い詰めて狩るのは我々?ニンジャスレイヤー?

 センチュリオンが叫ぶ、「ディヴァーラー=サン、気を確かに……体勢を整え」「イヤーッ!」「アバーッ!?」

 サンバーンとディヴァーラーは反射的にその場を飛び退き、振り返った。「バ……バカなー!」ディヴァーラーは叫びながら、己が無限ループする悪夢の中に放り込まれた感覚に陥りかけていた。これは何度目の「バカな」だ?なぜセンチュリオンが死んでいる?頭を……頭をカワラ割りで砕かれて!?

 天窓から垂直落下しながらのカワラ割りパンチ・アンブッシュで頭部をトマトめいて砕かれ、うつ伏せに死んだセンチュリオンの背中の上、片膝をついた暗黒の存在が顔を上げる。その眼光がディヴァーラーとかち合う。天窓から差し込む隔壁ライトがメンポの「忍」「殺」のレリーフを照らす。

「「バカな……」」サンバーンとディヴァーラーは同時に後ずさり、同時に呟いた。赤黒のニンジャ装束に身を包んだ死神はゆっくりと立ち上がり、アイサツした。「ドーモ。ディヴァーラー=サン。サンバーン=サン。……ニンジャスレイヤーです」


4

 天窓から垂直落下しながらのカワラ割りパンチ・アンブッシュで頭部をトマトめいて砕かれ、うつ伏せに死んだセンチュリオンの背中の上、片膝をついた暗黒の存在が顔を上げる。その眼光がディヴァーラーとかち合う。天窓から差し込む隔壁ライトがメンポの「忍」「殺」のレリーフを照らす。

「「バカな……」」サンバーンとディヴァーラーは同時に後ずさり、同時に呟いた。赤黒のニンジャ装束に身を包んだ死神はゆっくりと立ち上がり、アイサツした。「ドーモ。ディヴァーラー=サン。サンバーン=サン。……ニンジャスレイヤーです」

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ディヴァーラーです」「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。サンバーンです」恐るべき殺意に気圧されながら、二人のザイバツ・ニンジャは素早くアイサツした。ニンジャスレイヤーは彼らの名乗りを待つ。アイサツは神聖な時間であり、侵すことは許されない。

 一方で、アイサツに持ち込むよりも前に一撃のアンブッシュで惨たらしく殺されたセンチュリオンであるが、これをもってニンジャスレイヤーを責めることはお門違いだ。これすなわち、アイサツする実力すら持ち合わせなかったセンチュリオンの不覚。「ドヒョウ前に犬死に」のコトワザ通りである。

 二者のオジギが終了したコンマ02秒後、ニンジャスレイヤーはセンチュリオンの死体を踏みしめ、ディヴァーラーへ飛び掛った。ナムサン!空中からの側転飛び蹴りだ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ディヴァーラーとの間に割り込んだのはサンバーン!丸太めいた腕が蹴りをガードする!

「イイィ……」ガードしたサンバーンの自由な方の手に力がこもる。何らかのジツだ!ニンジャスレイヤーはガード腕を蹴ってバック転し、飛び離れる。「……イヤーッ!」サンバーンの掌が明るく輝き出す。そしてそれを空中のニンジャスレイヤーめがけて突き出した!直後、オレンジの火球が爆発!

 カブーム!「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」三人のニンジャ……サンバーンすらも……は突如発生した小型コロナめいた爆発に吹き飛ばされた!そしてその爆発の中に巻き込まれたセンチュリオンの死体はなすすべなく爆発四散!備えていたサンバーンがまず起き上がる。「行け!」

「何!」ディヴァーラーが叫ぶ。サンバーンは叫び返した。「行け!もはや作戦は白紙だ。貴公は撤退し策を練り直せ!ここはワシがやる……どのみちワシのジツは本気でやれば仲間を巻き込む」「サンバーン=サン……クソッ!」ディヴァーラーは踵を返し駆け出した。「オタッシャデー!」

「さあ。ワシが相手だ」サンバーンが構えた。その両掌が再び白く輝き出す。彼の両掌にはサイバネ手術が施されている。己のカトン・ジツが生み出す熱を不可思議な電磁力の働きによって集積し、 爆発する火球を作り出すのだ!印刷所の闇が激しく照らされる!「だが刺し違えるつもりは無い!必勝!」


◆◆◆


「アイ、アイエエッ!?」屋根の上で簀巻きを解かれたシメジは、下で発生した爆発と、天窓を染めた閃光に震え上がった。「ブッダ。始まりやがったな」額の汗を拭う白髪の大男はタカギ・ガンドー。チラシ作成の依頼者である。「離れるぜ。あんたも死にたくねぇだろ」シメジはただ呆然とした。

「言っておいた通り、保険は満額かけてあるか?印刷所に保険は。満額」ガンドーはズバリ・ガムを噛みながらシメジを見る。シメジは頷いた。「え、ええ、ええ」「オーケイ、オーケイ。まあ、こんな事、起こらないに越したことは無いがよ……」天窓の下を見下ろし、「実際狂ってやがる」

「ニンジャ」シメジがニンジャリアリティショック症状で朦朧としながら呟く。「迷惑かけたな」とガンドー。「だが、おっぱじまったら、とことんやるしか無いんだよ」彼の言葉は自分自身に言い聞かせるようでもある。ガンドーが先日ニンジャスレイヤーに協力を申し出たのは義侠心からではない。

 アナカ=サンの一件で、既にガンドーがザイバツ・シャドーギルドのブラックリストに入った事は間違いない。場所が割れた探偵事務所は店を畳んだ。正体不明のニンジャ集団と裸一貫で事を構えるなど、それこそ正気の沙汰では無い。ならば、やられる前にやる。「泥棒がバレたら家に火をつけろ」だ。

 しかしながら、そう腹を決めた彼であっても、協力者ニンジャスレイヤーが短期間のうちに見せた狂気じみた蛮勇ぶりには、いまだ馴染めぬものがあった。彼を駆り立てるものの正体は何であろうか……?彼はさらに一粒、ホイルを剥がしたズバリ・ガムを口に運ぶ。「ズラかるぜ」


◆◆◆


「イヤーッ!」サンバーンが手を突き出すと、握りこぶし大のオレンジの球体が再びニンジャスレイヤーめがけて飛んだ。「ヌウッ……!」ニンジャスレイヤーはガード姿勢を取る。着地直後で回避が間に合わないのだ。彼は既に三発の火球をやり過ごしていた。カブーム!火球が膨れ上がる!

 既に印刷所内は破壊の跡むごたらしく、印刷機や机が吹き飛び、あちこちで炎が燃え出していた。「いつまで逃げられるかな……小虫めが」サンバーンの両手に、またしてもオレンジの球体が輝き始める。実際ニンジャスレイヤーは火球攻撃にさらされ続け、いまだ攻撃に転ずる事ができていない!

 ニンジャスレイヤーはチャドー呼吸を整えながら、攻撃の糸口を掴もうとしていた。これほどの大量破壊ニンジャを相手にした経験は彼には無い。だが、その攻撃は派手ではあるが雑と言える。精密なカラテを犠牲に破壊力を得ているタイプだ。つけ入る隙はあるはずだ。すなわちフーリンカザン! 

「イヤーッ!」サンバーンが右手を突き出す!オレンジの球体が高速飛来!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは身を投げ出し前転回避!カブーム!後方で炸裂する熱球体!「イヤーッ!」サンバーンが左手を振る。もう一発の火球がニンジャスレイヤーの回避地点めがけて飛ぶ!

「イヤーッ!」前転からスプリングジャンプを繰り出し、ニンジャスレイヤーは跳躍!カブーム!後ろで炸裂する熱球体!二者は接近!「イヤーッ!」跳躍するニンジャスレイヤーへサンバーンが前蹴りを繰り出す。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは棒高跳びめいて体をひねり、蹴りを回避! 

「イヤーッ!」前蹴りをすり抜けたニンジャスレイヤーは、フットボールのオーバーヘッドキックめいたアクロバティックな蹴りを繰り出す!「グワーッ!」サンバーンの肩に蹴りがめり込み、鎖骨が破砕!だがサンバーンは堪えた。後ろ手にした左掌が白熱し、そこにオレンジの火球が圧縮される!

「ニンジャスレイヤー=サン!こいつをくれてやる!」サンバーンの左手が閃く。ナムアミダブツ!なんたる犠牲的攻撃!この距離で爆発を生ぜしめれば二者が受ける熱エネルギーは同じだ。サンバーンは体格で勝る己のニンジャ耐久力に賭けているのだ!カブーム!「「グワーッ!」」

 二者は爆発を受けて弾かれるように吹き飛んだ。サンバーンは先程同様に覚悟の上であり、空中で二回転してバランスを取って着地した。ニンジャスレイヤーは?ナムサン、床を転がり起き上がった彼の赤黒の装束は引き裂かれて煙が立ち昇り、そのダメージが大きい事を物語る!

「ギルドにたてつく愚か者……」サンバーンが両掌を掲げた。それぞれの手に集積する熱の塊!ニンジャスレイヤーは首を振って集中力を取り戻し、ジュー・ジツを構え直した。サンバーンが問う。「なぜワシらをつけ狙う?ギルドはお前を許さぬであろう。お前はどう足掻こうと犬のように死ぬ定めだ」

「マルノウチ・スゴイタカイビル」ニンジャスレイヤーは言った。「あの場でオヌシらとソウカイヤが虫けらのように殺した市民の名など知るまい。犬のように追い立てられて殺されるのは私ではない。オヌシらだ」「だから何なのだ、くだらん」サンバーンは言い返した。「命には優劣がある」

「スゥーッ……ハァーッ……」ニンジャスレイヤーはチャドー呼吸を深める。今はウシミツ・アワー。しかし己の中のナラクが蠢く気配は無い。この場で彼に力を貸すのは、チャドー。フーリンカザン。そしてチャドーだ。「死ね!犬め!イヤーッ!」サンバーンが火球を投げつける!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは同時にスプリントを開始!飛来する火球をジグザグに駆けて回避、サンバーンに迫る!だがサンバーンの手にはもう一つ火球がある。これを投擲!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはこれをもジグザグ走行で回避!タツジン!「まだだ!イヤーッ!」

 なんと!サンバーンの手には既に新たな火球が作り出されている。これを再び投擲!「イヤーッ!」だがニンジャスレイヤーはさらにジグザグ走行して回避!「イヤーッ!」また新たな火球を投擲!「イヤーッ!」「イヤーッ!」またしても回避!爆発を背に、逆光のニンジャスレイヤーが迫る!迫る!

「何……」サンバーンのニューロンがスパークする。動きの鋭さが増しているのか?それとも……それとも、このカトン・ジツに慣れたというのか?この短時間で?ニンジャスレイヤーが身を沈めワン・インチ距離へ迫る。反撃か?バック転で回避か?「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーの突き出す拳がサンバーンの腹筋に打ち込まれ、くの字に折り曲がった巨体が吹き飛ぶ!渾身のポン・パンチである。サンバーンは印刷所の壁に背中から叩きつけられた!「グワーッ!」サンバーンは吐血しながら、必死で両掌に新たな火球を作り出そうとする!

「Wasshoi!」おお、だが、見よ!既にニンジャスレイヤーは回転しながら跳躍、壁を背にしたサンバーンの目の前であった!火球の投擲が間に合わぬ!「イヤーッ!」着地と同時にニンジャスレイヤーがサンバーンの腹部に右拳を叩き込む!「グワーッ!」

 サンバーンは掌の火球を叩きつけようと、「イヤーッ!」だがニンジャスレイヤーの左拳がサンバーンの腹部に叩き込まれる!「グワーッ!」掌の火球を叩きつけ「イヤーッ!」右拳が腹部に!「グワーッ!」掌の火球「イヤーッ!」左拳が腹部に!「グワーッ!」掌の……「イヤーッ!」「グワーッ!」

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 壁に釘付けでサンドバッグめいて殴られ続けるサンバーンの内臓が破砕し、メンポの呼吸孔からとめどなく吐血!震える両手から力が失せ、火球はぶつけられる事のないままに蒸発して消滅した。ニンジャスレイヤーが拳を引き、直立した。左掌を前に突き出し、右拳を弓のように引く。「スゥーッ……」

 おお、ゴウランガ!その予備動作はジュー・ジツの処刑的打撃技、「ジキ・ツキ」のそれだ。限りなく直線的なパンチであるが、ポン・パンチからの連続ボディブローを受けたサンバーンに、これを回避する力は残されていない……「イヤーッ!」「グワーッ!」

 CRAAAAASH!印刷所の壁をブチ抜き、サンバーンの巨体が投げ出される!そして外の街路灯柱を叩き折り、さらに隣接するガレージの壁に大の字にめり込んだ!「サヨ……ナラ!」サンバーンはがっくりとうなだれ、爆発四散した。

 壁の穴を乗り越え、もはや火の海と化す印刷所から外へ進み出たニンジャスレイヤーは、その場に膝をつき、しばし堪えた。上半身から血が染み出し、不気味に織りあがって装束を修復した。その姿勢のまま彼は感覚を研ぎ澄ませていた。ディヴァーラーのニンジャソウル痕跡を野伏めいて読み取るべく。


5

「ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ……」ディヴァーラーは荒い息を吐きながら、賽銭チェストにもたれて死んだボンズを見下ろしていた。このテンプルの主である。殺したのはディヴァーラーだ。無実の市民を殺した事で、彼の恐怖心は驚くほどに中和され、心拍数も平常に戻りつつあった。

「フー……こんな時は聖職者を殺すに限るぜ」凶悪なニンジャの顔を取り戻したディヴァーラーは本堂のフスマを蹴って破壊し、闖入した。深夜であるから、他に働いているスタッフの姿は無い。木彫りの巨大なボーディサットヴァ像がアルカイックな笑みで彼を見下ろす。「邪魔するぜ」

 木彫り像の脇の一段高いスペースはボンズブースとなっており、台座の上にモクギョとUNIXデッキがある。普段は詰めかけた信者相手にこの台座からボンズが説法を行うわけだ。ディヴァーラーは回転ジャンプして台座の向こう側へ着地し、電源が入ったままのUNIXとLAN直結した。

 彼は素早くキーをパンチし、パーガトリーにノーティスを送る。||デジタルワスプ=サンが殺され、今日の襲撃計画が漏れています。サンバーン=サンとセンチュリオン=サンが実際死にました|| ……リプライが遅い。ディヴァーラーは苛々と、無意味なpingコマンドを繰り返した。

(サンバーン=サン、センチュリオン=サン、サラバ)ディヴァーラーは悼んだ。サンバーンから一分ごとに送られてくるべき生体通信信号が途絶えている。つまり、勝てなかったのだ。(こんな事があっていいハズは無い……俺達が侮っていたというのか?あいつはまるでデタラメだ。どうにかせねば)

 永遠とも思える待機時間は数分程度であった。パーガトリーからのリプライである。||そちらへコンジャラー=サンを送った。必ず仕留めるべし|| ……コンジャラー!そうだ、リストにはまだ奴がいた。ディヴァーラーは大きく息を吐いた。これで勝てるかも知れない。今度はアンブッシュは無い。

(ニンジャスレイヤー……まぐれ勝ち続きで調子に乗ってやがる。そうそう奇跡が繰り返されると思うな)ディヴァーラーは暗く思いを巡らす。そして禍々しい鉤トゲで覆われた己のブレーサーに触れた。(コンジャラー=サンとの連携殺法だ。骨の髄までソウルを削り尽くして、ドゲザさせて殺してやる)

 ディヴァーラーは武者震いした。(これだけ騒ぎになっているんだ。奴を仕留めれば位階昇進の目もある)そこまで考えた彼のニューロンに一筋の違和感が引っかかった。(騒ぎ……騒ぎ。騒ぎになっているか?コンジャラー=サンもあの14人の一人……ザイバツは……ロードはどう判断されているのか)

 違和感は澱みとなってディヴァーラーの闘争心に影を落とす。(まるであの日のミッション参加者の中で話を完結させているような……ニンジャスレイヤーに対し、グランドマスターはともかくシテンノも出て来ない……ザイバツは何をしている?)ディヴァーラーは首を振る。(いや。何を他力本願な)

 そうだ。これはパーガトリー=サン、スローハンド=サンの計らいであろう。ザイバツ全体に公になるまえに事態を収拾すべしという事だ。実際このまま事実がロードや円卓全体に伝われば、当事者はまず間違いなくケジメ……セプクまである!それはダメだ。名誉を守らねば!「やるしかない!」


◆◆◆


 ドンツクドン……。ドンツクドン……。石段を昇り「慈悲仏寺」のオフダが掲げられたトリイ・ゲートをくぐると、テンプルの方角から重低音のビートが聴こえてくる。ディヴァーラーのニンジャソウル痕跡もその方角だ。追跡はうまくいっている。テンプルの中か?ニンジャスレイヤーは警戒を強める。

 ドンツクドン……。ドンツクドン……。ゼン・レイヴめいたビートは、ウシミツアワーを過ぎて無人のテンプルの敷地にあって不気味だった。頭上は息苦しい隔壁。トモエ紋様が凹凸で描かれた白砂を貫く石畳を注意深く踏みしめ、ニンジャスレイヤーは進む。賽銭チェストに血の痕。 

「……」ニンジャスレイヤーは殺人の痕跡を一瞥すると、開け放たれた本堂の中を睨んだ。ジュー・ジツの構えを取り、摺り足で中へと進んでゆく。ナムアミダブツ!ボーディサットヴァ像の首筋に、死んだボンズが逆さ吊りになっている。なんたる禍々しい犯行の現場か!

 ニンジャスレイヤーは全方位に警戒の感覚を張り巡らせた。ドンツクドン!ドンツクドン!カカカカカカカカ……イヨォー!ボンズブースのウーハー付きスピーカーシステムから流れる大音量のビートがブレイクに入る……その時!「イヤーッ!」 

 背後のタタミが跳ね上がり、床下から錆色のニンジャが飛び出した!錆色のニンジャすなわちディヴァーラーは空中パンチで襲いかかる!「!……イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはニンジャ反射神経で危うくこのタツジン的なドトン・アンブッシュに反応、チョップを打ち返す!

「ハッハー!バカめが!」空中からディヴァーラーは素早いパンチの連撃を繰り出す。ニンジャスレイヤーのチョップが押し返される。いや、どこか様子がおかしい!「ヌウッ……これは」ニンジャスレイヤーはさらなる反撃を断念、ガードしながら後ずさる。「イヤーッ!」ディヴァーラーの回し蹴り!

 ニンジャスレイヤーはこれをガード!「ヌゥッ!?」ニンジャスレイヤーは呻き、後ずさる。「苦しいか!ニンジャスレイヤー=サン!」ディヴァーラーはさらに踏み込みながらのラッシュを繰り出し、叫んだ。「これが俺のカラテだ。名を『ケズリ』と言う!」両手両足装甲の鉤トゲが貪婪に輝いた!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ギャリギャリギャリ!ディヴァーラーの格闘装甲がニンジャスレイヤーにぶつかるたびにゼン・ビートを切り裂き轟くグラインド音!「おのれ……これは」「ハッハァー!」なぜだ!なぜ反撃しないニンジャスレイヤー!

 否!反撃しないのではない、出来ないのだ。ニンジャスレイヤーは奇妙な感覚に襲われていた。ディヴァーラーの攻撃を受けるたび、その鉤トゲ装甲が与える衝撃……まるで骨の芯をヤスリがけされるかのような不快な痛みが生ずるのである。痛みだけではない。瞬発力が殺されているのだ。コワイ!

「ハッハァー!俺のケズリからは逃げられん!逃げられんのだ!」ディヴァーラーは小刻みな攻撃を繰り出す。一撃の重さでは無い。手数を重視した攻撃だ。狙いは明らかであった。反撃機会を与えず、この不可思議なジツを伴った攻撃で、ガードの上から小刻みなダメージを与え続けようと言うのだ。

「イヤーッ!」右フック!「イヤーッ!」左ショートアッパー!「イヤーッ!」右ローキック!「イヤーッ!」左ジャブ!「イヤーッ!」右フック……ナムサン、これは科学的に体系化された近代カラテのループ・コンビネーション・メソッド!ケズリの力が無くとも抜け出すのが至難なワザマエ!

「ホラホラどうした!ホラホラどうした!」ディヴァーラーは嘲りながら熾烈なラッシュを繰り出し続ける。グラインド音が轟き、ニンジャスレイヤーはジリジリと後退。ボーディサットヴァ像に背中を押し付けられた。なおも続くコンビネーション。そのニンジャ持久力に息切れの文字は無いのか!?

 これはいかなる事か?実際これは単なるニンジャ持久力の産物ではない。恐るべき事だが、ディヴァーラーはニンジャスレイヤーのエネルギーを削り、その際、ドロボウめいてそこから幾らかを己のエネルギーに転化しているのだ。彼の名前通り、相手を喰らい尽くすまで終わらぬ悪夢的カラテ空間!

「ヌウッ……ヌウウーッ」ニンジャスレイヤーは耐え続ける。耐え続けるしかないのか?このままではジリー・プアー(徐々に不利)だ……それだけではない。不吉な予感が彼のニューロンを苛む。この異様な感覚……ディヴァーラーの攻撃は彼の内奥のニンジャソウルを傷つけているのではないか?

 彼のニューロン内で不本意な休眠状態にあるナラク・ニンジャがディヴァーラーのカラテに滅ぼされ、失われるとすれば。それは何を意味するのか。トコロザワ・ピラーにおけるあの葛藤と対話、克服は全くの無駄となり……復讐を成し遂げる力の源が、己の半身が、永遠に失われると言う事ではないか?

「ホラホラどうした!ホラホラどうした!」ディヴァーラーのラッシュは続く。勢いは増し続け、ニンジャスレイヤーのエネルギーは……ニンジャソウルは傷つけられ続ける。これ以上それを許すわけにはいかぬ!これ以上は!「ホラホラ!ホラホラ!……何!?」ディヴァーラーが目を見開く!

 ディヴァーラーが驚愕したのは攻撃を止められたからではない。逆である。己の左フックそして右ストレートが、ガードを外したニンジャスレイヤーの身体を想像以上に深々と捉えたからだ。そう、ニンジャスレイヤーは突如ガードを下ろしたのである。無限に続く攻撃に狂ったか?諦めたか?

 ディヴァーラーのニューロンには二つの信号が交差するようにスパークしていた。ニンジャスレイヤーのガードが崩れたのだ、さらに攻撃を畳み掛けトドメを刺すべし。否、否!なにかおかしな事が起こっているのだ。敵はデジタルワスプを出し抜き、センチュリオンを、サンバーンを殺した強敵なのだ!

 ニンジャスレイヤーは実際どうであったのか。残念ながら答えは後者だ。殴られるがままのニンジャスレイヤー。燃えるような殺意を宿した双眸がディヴァーラーを睨み据える!「イ……イヤーッ!イヤーッ!」三撃!四撃!ディヴァーラーが攻撃を叩き込む。止まらない……止められない!

 ループ・コンビネーションは攻撃をガードされる反動を利用し、さらなる連続攻撃の勢いに活かす。だが突然にガードを捨てたニンジャスレイヤーに対し、ディヴァーラーは狙い以上に踏み込んでしまっていた。攻撃のリズムが乱れ、間合いが崩れた。与えたダメージは実際大きいが、これでは……!

「バカか!?死なない為にガードするんだろうが!そのガードを捨てるとは!」ディヴァーラーは罵ったが、その声には今や正体不明の敵に対する恐怖が溢れていた。「おッ……おとなしく削り殺されればよかったと、ジゴクで後悔するがいいぜ!イヤーッ!」顔面を狙う渾身のパンチ!

 これがトドメだ!顔面を砕かれ死ね!……だが彼の心は己がニンジャスレイヤーのジゴクめいた反撃を受けて吹き飛ばされるビジョンで満たされていた。バカな?何を悲観する。見ろ、この必殺の一撃!だが先程のラッシュ攻撃と比べれば精密さに欠け……ああ、そら見たことか。ニンジャスレイヤーが、

「イヤーッ!」「グワーッ!」次の瞬間、ディヴァーラーの体は弾かれて吹き飛んだ。ニンジャスレイヤーの肩から背中にかけての広い範囲が、勢い込んで拳を繰り出すディヴァーラーを捉えていた……何たる一瞬の踏み込み!ニンジャスレイヤーの足の下のタタミは圧力でクレーター状に潰れていた!

 ディヴァーラーは一瞬にして反対の壁に叩きつけられ、地面に落ちた。まるでダンプカーに正面から衝突されたような衝撃……その瞬間的な破壊力はいったい何トンであろう?何をされた?背中を壁めいてぶつけられたのか?これはいかなるカラテか?「アバッ……アバーッ!」全身が軋む!吐血!

「ハイクをゴホッ!ハイクを詠め」ニンジャスレイヤーがよろめきながらディヴァーラーへ接近する。その後ろで巨大なボーディサットヴァ像の全身に亀裂が走り、砕けた。ディヴァーラーが撃ち込んだニンジャ腕力の衝撃はこれほどのものであったのだ。当然ニンジャスレイヤーとて無傷ではない!

「畜生!畜生まだだ!」ディヴァーラーが震えながら四つん這いになり、立ち上がろうともがく。吐血がタタミを汚す。悲しいかな、ニンジャスレイヤーがガードを下ろした瞬間、この結末は約束されていた。ディヴァーラーのニンジャ第六感は彼自身に、まこと冷徹に、この結末を予告していたのだ。

 ディヴァーラーはなんとか立ち上がる。また転びそうになり、たたらを踏む。一歩。二歩。ニンジャスレイヤーが接近する。「ハイクを詠め」「まだだ畜生!」歩きながらニンジャスレイヤーがチョップを構えた。彼とディヴァーラーとの間に五体のおぼろな影が立ち上ったのはその瞬間の事であった。

 ホログラム映像めいて時折砂嵐ノイズに揺らぐ五体の影は、その全てが同じ直立姿勢を取り、同じターコイズ色の装束を着、メンポの隙間から同じ目をのぞかせて、同じようにニンジャスレイヤーを睨んだ。ニンジャスレイヤーは足を止めた。五体は同時にオジギした。「ドーモ。コンジャラーです」


6

「ドーモ、コンジャラー=サン。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーは即座にオジギを返し、身構えた。全く同じ外見、全く同じ動きを取る五人……これら全てがコンジャラーか。一見クローンヤクザめいているが、フジキドのニンジャ第六感はそれがもっと別の何かであると告げていた。

『ディヴァーラー=サン』五人が同時に背後へ首を巡らし、ユニゾンした。『さっさとズバリを射て。まだやれるな』「おうともよ……」ディヴァーラーは震えながら頷いた。彼は懐からガン型注射器を取り出し、手首に注射した。「フーッス……」

 ヨロシサン製薬謹製ズバリ・アドレナリンの直射ちがもたらす覚醒作用は強烈だ。特にニンジャが用いれば、ニンジャ新陳代謝との相乗効果によって激しい身体ダメージをも一時的に忘れさせる。当然それは未来からのエネルギーの前借りであり、副作用は激しい……使用量次第で実際死ぬ事もあるのだ。

 しかしディヴァーラーもコンジャラーも今この場でズバリの使用を躊躇いはしない。これはパラドックスであるが、死ぬ覚悟の無いニンジャから死ぬのだ。『ニンジャスレイヤー=サン……ザイバツに仇なす愚か者め』コンジャラーが言った。『馬鹿げたリストを作りテロ行為を繰り返しているな。何故だ』

「ザイバツに私の存在をわからせる為だ」ニンジャスレイヤーは答えた。「オヌシらを恐怖させ、より上位の者たちを否応無しに引きずり出す。最終的にはオヌシらの首領を殺す」『なんと恥知らずな』五人は同時に呆れた。『キョートの秩序に楯突く気か。無知とは恐ろしい』

「その無知な愚か者に殺される気分はどうだ」ニンジャスレイヤーは言った。コンジャラーは同時に首を振った。『口の減らないヨタモノめ。どのみち、この騒ぎはお前の目論見通りにはならん。ロードの耳には入らんだろう。我らがこの騒ぎを封殺するからだ。無駄だ』「……」

『そして何より、お前はそもそも今ここで死ぬわけだ。ただこの場でブザマな死骸をさらすのみ』コンジャラーの殺気が膨れ上がる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは牽制のスリケンを一度に二枚投擲!「イヤーッ!」コンジャラーが五体同時にニンジャスレイヤーめがけてダッシュする!

 同姿勢で殺到する五人のコンジャラーはスリケンを避けようともせぬ。二枚のスリケンそれぞれに二人が射抜かれる。するとその二人は溶けるようにかき消えた!コワイ!『イヤーッ!』残る三人がニンジャスレイヤーめがけジャンプパンチを繰り出す!

 ニンジャスレイヤーはバック転で距離をとり回避!三つのジャンプパンチを同時にガードするのは危険と判断したのだ。三人のコンジャラーは着地し、三人同時に両手を組み合わせた。なんらかのジツだ。ニンジャスレイヤーはスリケンでインターラプトを試みる……「イヤーッ!」「ヌウッ!?」

 コンジャラーの陰から飛び蹴りを繰り出してきたのはディヴァーラーである!ニンジャスレイヤーは咄嗟にブリッジで蹴りを回避!このケズリカラテを受ければ面倒な事になる。その隙にコンジャラーはジツを完成させた。見よ!三人のニンジャの両脇に再び新たな二人が浮かび上がったではないか!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはウインドミル蹴りを繰り出しディヴァーラーを攻撃。「イヤーッ!」デァヴァーラーはバック転で素早くコンジャラー群の背後へ飛び離れる!「面妖な……」ニンジャスレイヤーは五人のコンジャラーを睨む。ブンシン=ジツなどと……これではまるで古事記だ。 

『いい表情だ』五人のコンジャラーが腕組みして言った。『絶望といったところだな』「……残念ながら、私はオヌシをどんなやり方で痛めつけて殺すか、ただそれしか考えておらん」ニンジャスレイヤーは言い返した。『残念ながらそれは不可能だ』コンジャラーは言った。『死ぬのはお前なのだ』

 通常ならここでニンジャスレイヤーは返答がわりになんらかの攻撃を仕掛けるところだ。だが彼は仕掛けなかった。仕掛けられなかったのだ。ディヴァーラーから受けた一方的なケズリカラテのダメージが実際大きい。手数をいたずらに増やせばカラテは雑になり、容易に破られるだろう……。

 ニンジャスレイヤーは刮目した。長引かせれば敵の思う壷だ。一息に決するべし!ニューロンが異常加速し、迫り来る一人と五人、いや五体の動きが鈍化される。ディヴァーラーは斜めに跳んで壁を蹴る。三角飛びで空中から襲い掛かる腹づもりだ。コンジャラーはやはり五体同時にダッシュを開始する。

 油断ならぬ二人の敵からの同時攻撃。そして己は激しい消耗下……いわばこれは武田信玄の兵法書にある死地、「前門のタイガー・後門のバッファロー」を地で行く状況だ。どうする?どう対処するニンジャスレイヤー!「イヤーッ!」彼は身を投げ出し、前転した!

「イヤーッ!」上空から襲い来る空中ケズリ踵落とし!だが飛び込み前転が一瞬速い!「Wasshoi!」「何ーッ!?」ディヴァーラーの踵がすぐ後ろのタタミを粉砕するのを構わず、ニンジャスレイヤーはコンジャラー五体が同時に繰り出すミドルキックを前転でかいくぐる!「Wasshoi!」

『ムッ……』コンジャラー五体が同時に蹴りを空振りし、同時にニンジャスレイヤーを振り返ろうとする。だが遅い!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」転がりながらニンジャスレイヤーは後方へスリケンを四連続投擲!タツジン!『グ、グワーッ!?』コンジャラーが苦悶!

 ゴウランガ!前転を継続しながらのスリケン!咄嗟の動きだが、これは暗黒カラテ「スリケンボール」の奥義に似かよっている。ニンジャ大戦においてハトリ・ニンジャは2時間もの間ずっと前転しながらスリケンを投げ続け、戦場を駆け抜けて、万軍を滅ぼしたと伝えられる。これはまるでその一端だ!

 しかも転がりながら投擲されたスリケンはコンジャラーのただ一体を選び、その背中に集中的に突き刺さっていた。「グ、グワーッ何故だ!」攻撃を受けたコンジャラーが苦しむ。そして、おお、他の四体が同じ姿勢で苦しみながら溶け消えた!「何ィーッ!?」ディヴァーラーも驚愕し叫ぶ。

 いかにしてニンジャスレイヤーはコンジャラーの恐るべき超自然のブンシン・ジツを破ったのか?全ては彼のニンジャ洞察力にある。彼はコンジャラーの攻撃がその実ひとつをのぞいて実体無き鏡像である事をほぼ確信していた。スリケンを受けて消滅したのがその証拠だ。

 ニンジャスレイヤーが集中力を注いだのはコンジャラーの視線だ。全員が同じ動きをするのであれば、ニンジャスレイヤーを視界の中心に据えているのは本物だけで、他の四体の視線はズレている。簡単な事だ。視線のかちあった一体を彼は記憶し、前転回避後に背後からスリケンを投げたのだ!

「バカな……バカな!コンジャラー=サンのブンシン・ジツが破られただと……」「まだだ!時間を稼げディヴァーラー=サン」コンジャラーは背中から出血しながら跳躍、ニンジャスレイヤーから距離を取る。破壊されたボディサットヴァ像のもとで彼は膝をついた。「まだやれる!」

「ウオオーッ!俺が相手だ!」ディヴァーラーがコンジャラーのカバーに入る!「その体で!」彼は激昂した。「もう一度俺のカラテをノーガードで受けられるのかよッ?エエッ!?お前は手詰まりなんだよォーッ!」鈎棘の生えたブレーサーがボンボリの光を禍々しく反射する!

 ニンジャスレイヤーの決断的な双眸にはしかし、少しの逡巡も無い。「……手詰まりだと?」両手にカラテを漲らせ、彼はディヴァーラーに突き進む。「オヌシは既に私に敗れた。蛇足だ」「イヤーッ!」ディヴァーラーが襲いかかる! 

 振り下ろされるディヴァーラーのケズリ左手チョップ!だがニンジャスレイヤーは上体をそらしてこれをギリギリのところで回避!「イヤーッ!」さらに繰り出されるケズリ右手チョップ!だがニンジャスレイヤーは床に両手をつき、逆立ちになってこれを回避!

「イ、イヤーッ!」ケズリ右脚ケリ・キック!だがニンジャスレイヤーは逆立ちからそのまま側転し回避!「イヤーッ!イヤーッ!」左脚!右脚!ケズリ連続回し蹴り!だが側転から着地したニンジャスレイヤーは、背を向けた状態で上半身を深く沈め、ディヴァーラーの軸足のもとへ潜り込んで回避!

 連続攻撃を回避しつつ、衛星軌道めいて周囲を巡りながら徐々に間合いを詰めてゆくさまは、さながらマイを舞うかのような荘厳な動き!当たらなければ削られもしない!これがジュー・ジツ!これがチャドー!フーリンカザン!そして両手を地面に突き両脚を突っ張らせた背向け姿勢!「バカな……」

「イイイ」弓を限界まで引き絞るがごときこの姿勢は、必殺の一撃の予備動作……!南米格闘技カポエイラにも見られる暗殺カラテ技、逆さ半月蹴り、すなわちメイアルーアジコンパッソ!ディヴァーラーは死の予感におののく。だが回避が間に合わぬ!「待っ…」「……イイヤァーッ!」「グワーッ!」

 極限まで脚を突っ張らせて反動力を載せた逆さ半月蹴りは死神の鎌めいてディヴァーラーの側頭部を直撃!おお、ナムアミダブツ!一撃でその頭部を切断した!「サヨナラ!」ボディサットヴァ像の方向へ飛んでゆくディヴァーラーの首が叫ぶと、その身体は爆発四散した!

 吹き飛んだ首は破壊されたボディサットヴァ像の首から吊るされたボンズに当たり、その下で膝をつくコンジャラーの目の前に落下した。だがコンジャラーとて強力なニンジャだ。悲鳴など上げはしない!ディヴァーラーが命を捨てて稼いだ時間により、彼のジツは完成したのだ!「見るがいい!」

 コンジャラーが叫び立ち上がる……ゴウランガ!一瞬後、そこには実に40体もの同一存在が、ボディサットヴァ像のもと、ずらり立ち並んでいるではないか!『『『いかなニンジャスレイヤーと言えど、俺の最大ブンシン=ジツを破ることはできん』』』40体が同時にニンジャスレイヤーを指さす!

 しかしニンジャスレイヤーはメイアルーアジコンパッソの回転反動を殺さず、その場でコマめいて回り続けていた。その地球的自転速度は見る間に等比級数的に上がってゆく……タツマキめいた回転だ!40体のコンジャラーは何らかの予備動作を阻止すべく、ニンジャスレイヤーめがけ一斉に駆け出す!

『『『イヤーッ!』』』40体のコンジャラーは同時に跳躍!同時にニンジャスレイヤーめがけ跳び蹴りを繰り出した!なんたる流星めいた回避困難突撃!これではニンジャスレイヤーも先程のセオリーを用いる事はできない!だが彼は回転し続ける……その回転が臨界点に達した、その時!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーのタツマキ回転の中から、放射状にスリケンが射出された!数には数!おそるべき枚数のスリケンが宙を飛ぶ!ニンジャスレイヤーへなだれこむ跳び蹴りのコンジャラーはスリケンに射ぬかれ消滅!また消滅!さらに消滅!……消滅!消滅!消滅!消滅!消滅!

「な、グワーッ!?」コンジャラー本体がスリケンを受け地面に落下!その時既に残る鏡像体は3体に過ぎなかったが、それらも消失!ニンジャスレイヤーは陸上選手めいて、落下したコンジャラーに向かってスプリントを開始する。コンジャラーは慌てて立ち上がろうとした。「待っ…」「イヤーッ!」

 ダッシュしながらの地獄めいた蹴り上げがサッカーボールめいてコンジャラーの顎下を直撃!おお、ナムアミダブツ!一撃でその頭部をそのまま蹴りちぎった!「サヨナラ!」ボディサットヴァ像の方向へ飛んでゆくコンジャラーの首が叫ぶと、その身体は爆発四散した!

 コンジャラーの頭部はボディサットヴァ像に吊るされたボンズにぶつかり、落下して、ディヴァーラーの頭部の隣にコロコロと転がった。ナムアミダブツ……高速自転から繰り出す嵐のごときスリケン投擲「ヘルタツマキ」は、ディヴァーラーが存命であれば発動前に阻止できたやも知れぬ。だが……。

 ディヴァーラーを葬った、極限まで力を溜めたメイアルーアジコンパッソにしてもそうだ。コンジャラーがジツを待たずインターラプトに入れば、あるいは。だがしかし、彼らとてチームワークに乱れがあったわけではない。判断のミスがあったとも思えぬ。そう、全ては……インガオホー。


◆◆◆


 ニンジャスレイヤーのスリケンが飛び、死んだボンズを吊るす縄を切断した。哀れなボンズの死体は砕けたボディサットヴァ像の膝の上に落下した。抱かれるように。ニンジャスレイヤーはボンズの瞼に触れ、目を閉じさせた後、転がる二つのニンジャの生首のもとへ歩いた。そしてそれらを掴み上げた。

「……イヤーッ!」両手に生首を掴んだ復讐者は一声上げて跳躍し、テンプルから姿を消した。


◆◆◆


 ……キョート城、バッファローデーモンの地下広間!

「ヤメロー!ヤメロー!」暑い、なんたる暑さであろうか。広間は異常高温で満たされ、吹き上がる蒸気と陽炎によって、あらゆるものの姿が歪んで見える。巨大な鋼鉄製バッファローデーモン像が厳しく鉄棒を地面に突き立てる禍々しき祭壇には、鉄の大釜が備えられている。

 蒸気のもとはこの危険な装置だ。大釜のたもとではリベット付きの革ベルトとフンドシだけを裸体に身につけた四人のスモトリが忙しく働き、大釜に火を絶やさぬよう腐心している。その側では病的に痩せたニンジャが恐ろしいムチを弄びながら、不備が無いか、虚ろな目で見守っている。

「ヤメロー!ヤメロー!」声の主は大釜の少し上に鎖で吊るされたニンジャであった。宙吊りの彼は激しくもがくが、無論、どうにもならない。大釜に満たされた液体は湯ではない。煮えた油だ。大釜の表面には赤いペンキで「カマユデ」とショドーされている。コワイ!「ヤメロー!ヤメロー!」

 桟敷席には銀色のビヨンボで四方を覆われた恐るべきロード・オブ・ザイバツその人が座り、膝の上でバイオ三毛猫を撫でている。バイオ三毛猫は異常高温の中で緊張し、しきりに毛づくろいを繰り返していた。

 やんごとなきロードの席の下には装飾されたタタミ席。そこには珍しくグランドマスターニンジャのほとんどがおり(彼らにとって、またとない見世物だからだ)、重箱のスシをつまんだり、隣席の者と語らったり、大釜を指差したりしながら、くつろいで座っていた。

「ヤメロー!ヤメロー!」むなしい叫びだ!「ムーフォーフォーフォー……なんと言うたか。あそこの……その、あれは。あのニンジャは」「シーホースにございます、マイロード」何時の間にか傍にいた小柄で陰気なニンジャ、大参謀パラゴンがうっそりと答えた。「……ムフゥーン……愚かな奴……」

「愚かにございます。実に愚かな」パラゴンはしめやかに頷いた。そして、しつらえられた石段を降りてゆき、宣告台に立つと、その外見に似つかわしくない、腹の据わった大音声で告げた。「この者、シーホースは、大敵ニンジャスレイヤーのテロ行為を知りながら、保身のために報告を怠った!」

「ヤメロー!ヤメロー!」……パラゴンは続ける。「この者が独断先行し、内々で解決しようなどと……基本的な報告を渋っておったせいで、ギルドとしての対応は遅きに失した。そして多くの英雄的ニンジャが凶刃に倒れた……まさに万死に値する。セプクでも生ぬるい!」

「そんな事は!そんな事は断じて!断じて無い!断じて無いんだ!ヤメロー!ヤメロー!」宙吊りのシーホースが激しく暴れた。パラゴンはそれを睨む!「ザッケンナコラー!」悪鬼のごとく双眸を見開き叫ぶ!「テメッコラー!証拠固まってんオラー!IRCログがあるぞコラー!チェラッコラー!?」

「アイエエエ!?ログ?ログナンデ?」シーホースは驚愕して叫んだ。「で、でっちあげだ!」「しらばっくれんコラー!」「なんと見苦しい」グランドマスター席のスローハンドが眉を潜めた。パラゴンはそれを一瞥した。そして大釜の側でスモトリを鞭打つ病的なニンジャに親指を逆向けた。「やれ」

「ウーッフフフフ!ウフッ!ウフッ!イヤーッ!」痩せたニンジャはスモトリを激しく鞭打ち、追い立てる!「アイエエエ!」スモトリはヨダレを垂らしながら大釜の脇の回転レバーに取り付き、力を込めた。ギギッ……ギギギギ……レバーが軋み、シーホースを吊るす鎖が無慈悲に降りてゆく!

「ヤメロー!ヤメアバッ!アバーッ!アババババゴボッ、ゴボアバッ、ゴボボボボッ……。……。……」煮えた油はシーホースを呑み込み、激しく泡立ったのち、再び不気味に沈黙した。ナムアミダブツ……ナムアミダブツ!なんたる暗黒の処刑儀式!そして平然とスシを口に運ぶグランドマスター達!

「これでミソギは完了」パラゴンは地獄めいて告げた。彼の視線はオチョコを持つパーガトリーの左手小指に注がれていた。正確には、小指のあった場所に。そこにはバイオ包帯が巻かれている。ケジメだ。シーホースはパーガトリーの部下に当たる。彼は自らケジメを申し出、責任を取ってみせた。

 これは実際パラゴンに対し先手を打った形である。パラゴンは今回の被害拡大について、スローハンドとパーガトリーの何らかの隠蔽工作を疑っている。だがグランドマスター位階のパーガトリーが自らケジメし、体裁の整ったシーホースの証拠を揃えたとなれば、これ以上の追求は難しい。

 相手は二人のグランドマスター。パラゴンと言えど専横は許されない。相互に牽制し、鞘を収める……これがキョート的なタテマエ社会にのっとった現実的な落としどころであった。何より、今は身内で争う場合ではない。今回の敵はニンジャスレイヤーなのだから。パラゴンは出席者に向き直る。

「汚点は晴れやかに雪がれた!」パラゴンは叫んだ。「一丸となって、偉大なるロードに楯突く邪悪存在に鉄槌をくだすべし!ガンバルゾー!」両手を高々と上げる!グランドマスター達もそれに和する!「ガンバルゾー!」「ガンバルゾー!」「ガンバルゾー!」

「ガンバルゾー!」「ガンバルゾー!」「ガンバルゾー!」「ガンバルゾー!」「ガンバルゾー!」「ガンバルゾー!」 聴くがいい!地下空間に響き渡る禍々しきチャントを!おお……ナムアミダブツ……ナムアミダブツ! 「ガンバルゾー!」「ガンバルゾー!」「ガンバルゾー!」


◆◆◆


「潮時だなァー」ガンドーがUNIXデッキを離れた。隅でアグラ・メディテーションをしていたニンジャスレイヤーが目を開き、ガンドーを見る。廃ビルの一角だ。ガンドーはゴキゴキと首を鳴らした。「やり方を変えたほうがいいぜ。真新しい情報が乏しい」「……そうか」「印刷所も焼けたしな」

「……」「印刷所のオッサンには、怖い思いさせちまったよな」「……」ニンジャスレイヤーは無言で目を閉じる。ガンドーは言った。「あの14人にこだわるわけじゃ無いんだろ?」「そうだ。どのみち全て殺す」ニンジャスレイヤーは即答した。ガンドーは無言で肩を竦めた。

 ニンジャスレイヤーはメディテーションを解き、立ち上がる。「来週また情報を買いに来る。なんでもいい、集めておいてほしい。次の手は考えて来る」「あンた、本当に全員やるのか?ザイバツを全員?」「……何が?」ニンジャスレイヤーは虚無的な目でガンドーを見た。ガンドーは目を逸らした。

 ……アンダーガイオンの封じられた空の下、トレンチコートとハンチング帽で素性を隠したニンジャスレイヤー=フジキド・ケンジは、俯き加減でひとり、ボンボリ街灯の下を歩いていた。道の角にあるコインランドリーのノレンをくぐり、父母、子、三人の親子連れが路上に出てくる。彼は目で追う。

「モチヤッコの弟だって!」四歳ぐらいの男児が両親の腕を揺さぶった。「おかしいねェ!」父親が笑い、「おかしいね」と答える。母親は無言で微笑んでいた。男児は笑い、「だってモチヤッコってお餅でしょ!」「お餅じゃないかもよ」「なんでェ?」「お餅かも知れない」「なんでェ?」

 他愛の無い会話だ。だが決して裕福で無いであろうこの三人は、満ち足りたアトモスフィアを漂わせて、ゆっくりと遠ざかる。「モチヤッコすごいねェー!」「すごいね」……フジキドは足を止め、しばしその後ろ姿を見送る。それから歩き出す。踵を返し。反対側の方向へ。今来た道へ。


【モータル・ニンジャ・レジスター】終



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