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S3第9話【タイラント・オブ・マッポーカリプス:前編】全セクション版

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S3第8話【カレイドスコープ・オブ・ケオス】 ←


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 フクロウは空を滑った。異彩の空の下、ネザーキョウ首都ホンノウジは水を打ったように静まり返っていた。五重塔が抱える紫の火も、方々で噴く炎も、どこかしめやかだ。フクロウの視線は、都の中央、ホンノウジ・テンプル城の天守閣の上で、黒ぐろとした影が身じろぎするさまを捉える。

「ハンニャアアアア……!」オオカゲは首をもたげ、空を乱れ舞うパルスに向かって咆哮をあげる。フクロウは注意深く稲妻に紛れて飛び、やがて天守望楼、姫達に酌をさせる威圧的な巨躯の影……四つの腕と黒甲冑の猛々しきネザーキョウ大君、アケチ・ニンジャの姿をみとめた。


【タイラント・オブ・マッポーカリプス:前編】


 第二寵姫キリコがオコトを、第五寵姫オーノがビワを鳴らし、第三寵姫ホオズキが舞う。タイクーンは玉座にもたれ、第四寵姫ミズマルの酌を、オダ・ニンジャの髑髏の酒盃に受けた。「ドーゾドスエ」「クルシュナイ」タイクーンが腕の一つを動かし、ミズマルの髪を撫でると、寵姫達に嫉妬の影がよぎる。

 だがタイクーンの隣に座る第一寵姫ララだけは平然としている。オオクの頂点に立ち、全ての女官を統べる彼女はもはや卑近な感情とは無縁。宴のつつがなきを見守るばかり。ララの胸を満たすのは、神話の存在と生を共にする感慨と誇りだ。而して、天守望楼に全ての寵姫を集めての宴は、いつぶりの事か。

 タイクーンは暫し、盃を満たす美しい琥珀色のサケを見つめた。やがてそれを一口で飲み干した。彼は腹の奥底から熱いカラテが湧き上がるのを感じた。滋味溢れる黄金メイプル・サケ。それはかつて彼がオダ・ニンジャとキョートの古戦場を共に駆け抜け、敵軍の死体山の上で呑み交わした酒でもある。

「……モータルの生、五十年……」タイクーンは目を閉じ、ハイクを諳んじ、今は亡き織田信長に思いを馳せる。己の手で討ち取った男に。


◆◆◆


 アケチ・ニンジャは、いかにして戦国のウォーロード「明智光秀」となり、主君である「織田信長」を討ったのか? それを知るには、まず平安時代から戦国時代へと至る日本の正しい歴史を知らねばならない。二人の出会いは、血煙に覆われたるフジサン裾野の合戦場であった。

 太古の昔、ハトリ・ニンジャはニンジャ六騎士と共に、ニンジャの始祖カツ・ワンソーに反旗を翻した。これがバトル・オブ・ムーホンである。もともと別のドージョーにあったアケチ・ニンジャとオダ・ニンジャは、対ワンソー陣営のハトリ・ニンジャのもとへ馳せ参じた折に、互いの存在を初めて知った。

 アケチ・ニンジャは、五芒星方陣でカラテを強化するキキョウ・ジツ。オダ・ニンジャは、アスラ・ニンジャに授けられし激情のカラテと、生得のサイコキネシスで戦った。ハトリ軍のニンジャが次々倒され爆発四散してゆく中、二人の猛者は自然と互いの背中を守り合うように戦い、見事な連携を見せた。

 大戦の勝利者はハトリ陣営であった。カツ・ワンソーは滅びたが代償は重く、総大将ハトリ・ニンジャも斃れた。後継者争いに勝利したソガ・ニンジャが、キョートに冷徹な中央政権を敷いた。これが平安時代だ。平安時代の日本はニンジャによって支配された。人々はカラテを恐れ、重いネングを納めた。

 上質なマグロやトロはニンジャに独占され、平安時代は何千年も続くと思われた。だが……次第にニンジャは力を失い始める。オヒガンから現世に注ぎ込むエテルが減じ、超常のカラテやジツが次第に弱体化していったのである。この影響は、より強大な力を持つニンジャであればあるほど顕著であった。

 かつての力を失ったニンジャ達は、世界各地で休眠状態に入っていった。ゴダ・ニンジャはミイラと化してバイカル湖の底に沈み、記憶を失ったドラゴン・ニンジャはジャンヌ・ダルクの死とともに何処かへと消え、串刺公ブラド・ニンジャもまた、自らの城の柩で長い眠りについた。

 これを「父祖の滅びの呪い」とみなす者もいれば、文明の発展がニンジャの神秘を毀損した為だとする者、あるいは数万年単位のオヒガン輪廻サイクルに原因を求め、避けがたき宿命と結論づける者もいた。いずれにせよ、黄昏の時代においてソガ・ニンジャの支配には綻びが生じ、修復は困難となった。

 いつしかニンジャは表舞台を去り、モータル(定命者)を背後から操るようになった。あるいはセンゴク・ネームを名乗り、戦国武将や大名としての「表の顔」を持ってモータルを支配した。アケチ・ニンジャとオダ・ニンジャも、ソガの下で領地を預かるか、世捨人めいた旅に出るかの決断を迫られていた。

 ともに夕暮れの戦場を駆け、モータルの反乱軍を討伐した後、オダはアケチに語った。「モータルの一生はせいぜい五十年。我らに比べ何と哀れで儚きものか。だがそこにはハイクにも似た潔さがある。かつて我らもモータルの身であった。もはやそれが如何なる物であったか、とうに忘れてしまったが」と。

「奥ゆかしく、初心に帰るもまた一興か」聡きアケチ・ニンジャは彼の心を見抜いた。オダは笑った。「左様。またとなき戦乱の世だ。今一度、モータルの如き命のセンコ花火を燃やさぬか。これより俺は織田信長。お前は明智光秀と名乗り、他の武将どもとショーグンの座を争うのだ。共に天下を獲らん」

 オダ・ニンジャは酒をぐびりと呷って、瓢箪を投げ渡した。「乗るか?」アケチ・ニンジャはそれを受け取り、半分残されたメイプル・サケを飲み干した。「よかろう。私とお前で獲る天下だ」アケチ・ニンジャの胸にも、天下統一の野望の火が燃え上がった。この時点では、両者は対等な立場であった。 


◆◆◆


 かくして織田はウォーロードとなって軍事を司り、明智は陰謀や交渉事を引き受けた。気質の違いが二者の役目を決めた。明智が特に腐心したのはソガとの折衝である。激情家かつイノベーティブな性格で知られる織田は、しばしば伝統的ニンジャ作法やドレスコードを逸脱し、ソガ達を苛立たせたからだ。

 明智の京都通いによる橋渡しと、織田の見事な戦果により、ソガは信頼を深め、中部の守りを彼らに一任した。織田信長と明智光秀の領土はナゴヤ・ミッドランド。ソガの本拠地たる京都と、モータル側連合軍の総大将「徳川エドワード家康」の本拠地たる江戸との中間地点であり、最大級の激戦地であった。

 江戸の徳川エドワード家康は、対西軍の旗印に成長していた。銃砲騎馬軍団タケダ・ドラグーンを率いる当代最強のウォーロード武田信玄。神秘的なハイクの力を操る松尾芭蕉。五つの指輪の魔力を受け継いだ剣豪、柳生ウォンジ。さらに東や北へ追放された賤しき流刑ニンジャたちも彼の元へ集い始めた。

 既に、合戦場はニンジャにすら危険な場所へと変わっていた。火縄銃の量産技術が確立され始めたからだ。かつてヤン・ジシュカがピストルカラテを編み出した頃、マスケット銃を恐れるニンジャなど皆無であった。だが今や、千挺の火縄銃あらば、モータルですらニンジャを滅ぼせる時代が来たのである。

 それでも織田信長と明智光秀のカラテの前に敵はなかった。むしろ織田は火縄銃を西軍勢力で最も早く取り入れ、量産体制を築いてすらいた。東軍の猛将武田信玄に肩入れしたマムシ・ニンジャとその一党を、ナゴヤ・ミッドランドの合戦で爆発四散せしめたイクサは、東軍西軍の両陣営に衝撃を与えた。

 半人半蛇の巨大なニンジャを大槍で突き刺し、ミッドランドの崖に掲げた織田と明智は、その影の下で久方ぶりにスシを食い、酒を酌み交わし、伝説の戦闘花魁アキナ・セイコが妖艶に舞い踊るのを見た。だが、これが二人の黄金時代の絶頂期であった。

 二人の絆は、織田の裏切りによって終わったのだ。


◆◆◆


 全ての元凶は、織田信長が独自に建造計画を進めていた新たな城塞「安土城」にあった。織田は異端の銃砲鍛治集団〈御村衆〉を抱き込み、明智やソガに報告していた数の百倍超の火縄銃を量産すると、この安土城内に設置し始めた。さらにその内部を、無数の青銅歯車のカラクリ機構で満たしたのである。

 異端審問衆〈コムソ〉の諜報活動がもたらした事実にソガは戦慄した。安土城は城などではなかった。一万の銃砲と歩行装置を内に隠した巨大決戦兵器であったのだ。蒸気機関もニュークもない時代。如此き巨大機械兵器を操れるのはニンジャのジツ……織田信長のカゲムシャ・ジツをおいて他になかった。

  即ち、裏切りである。

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