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【日報】おれはモータルコンバットを観てフローレス・ビクトリーした(逆噴射聡一郎)


よくきたな。おれは逆噴射聡一郎だ。おれは毎日すごい量のテキストを書いているが、だれにも読ませるつもりはない。だがおれはGAME同様に日本語スルーされると思っていた『モータルコンバット』が日本でも上映されると知り、公開当日の朝イチでこれを観にいった。そしてその判断は・・・完全に正解であったとゆっておこう。エンドロールが終わった時、おれは座席から立ち上がり、深い感謝とともに静かにつぶやいた・・・・・「フrーレス、ビクトリー」と。

逆噴射聡一郎先生プロフィール:社会派コラムニスト。昔からダイハードテイルズ・マガジンに時々寄稿してくださいます。

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おまえがもしまだ映画を見ていない腰抜けならば、いますぐブラウーザーを閉じて映画館に行ってこい。なぜならおれはネタ・バレなど全く容赦しないし、聞く耳も持たない。モータルコンバットを見たことでおれはふたたび鍛え直され、ネタバレ警告みたいな偽りの優しさなどMEXICOの地においては全くもって不要であり、無慈悲なデスバトルのように無慈悲におれの感想記事を書いてゆくのだとゆう真の男本来の大地へと帰ったからだ。


モータルコンバットを観に行かないやつは全員腰抜け

おれは公開前日からモーコン1の映画サントラを聴き、CORONAを2本開けてドリトスを食い、完全な体制で新宿バルトの映画館に望んだ。ゴ=ストオブTSUSHIMAのような拡張高い日本風景から始まり・・・・・・ハサシ・ハンゾウが真田になり・・・真田がSCORPIONになりし瞬間・・・おれは真の男としての魂を刺激されて拳をにぎりしめ、涙ぐんだ。そのあと映画特有のライデンのポンコツぶりに正気に戻り・・・・真田SOCRPIONが完璧にフェイタリティを決めるとまた拳をにぎり・・・・その後も真田であることを執拗にアピールするかのように何度もメンポをつけたりはずしたりするので少しまた正気に戻り・・・・そして最後は・・・エンドロールのメインテーマを聴き・・・・・・モーコン映画1の記憶なども混ざり合い・・・・すべてに対しての完璧な満足とともに映画館を出たのだ。

外はもうかなり暑かった。メキシコ本来のてりつけるような夏の日差しがおれを出迎え、道端にはカサカサに乾いたサソリの死体が転がっていた・・・・。おれは道端で3本目のCORONAを買って飲み干すと、おれをしつこく追ってくるブチョの手下たちにそなえて、拳銃をたしかめた。今ならば路地裏からダニー・トレホやサブゼロが飛び出してきても、かんぺきにフェイタリティしてみせる自身があった。おれはモータルコンバットを見ることで、そうした真の男としての無慈悲な精神をふたたび完全に取り戻したといえるだろう。そしておまえもモータルコンバットを観て・・・・MEXICOに足を踏み入れることになる。


モータルコンバットとは・・・?

魔かいとか地獄とか呼ばれる異世界から狙われる我々のEARTH・・・・世界の運命を決めるモータルコンバットとゆう武術大会が開かれ、人類は9連敗しておりあと1回負けると世界が支配される。だが誰もそんな大会のことは知らない。善のやつや悪のやつ等、沢山のニンジャが集まり、凄まじいバトルを繰り広げる・・・・・おまえはこんなやつらに人類の運命が左右されていたのかと驚愕し、そして最後は・・・・・・熱狂する。モータルコンバットはそんな風なアメ・コミとカンフームービーと格ゲーを融合したようなユニバース世界観の作品である。爬虫類人間やニンジャや腕四本のゴローとかが出てくるが全ての理由は魔かいとか地獄とかで全部説明できるので真面目に考えるだけ時間の無駄だ。そもそもMORTAL KOMBATとゆうつづり自体が間違っていることは小学生でもわかる程度のあほさだ。だがモータルコンバットのえらいところは、そうしたあほの生い立ちを隠したり否定せず、かつ変にB級意識とかをこじらせて売れ線から外したりすることもなく、人類の持つ普遍的な暴力性やフェイタリティと真摯に向き合い、一歩一歩前進し、30年ぐらいかけて本気でリアリティを研ぎ澄まし、モータルコンバット性を追求して行ったことだ。


もとはゲーム

モータルコンバットは歴史あるタイトルであるが、日本で有名だったのは実写取り込み格闘ゲームだった最初の頃のやつだろう。スーファミとかメガドラ、P.Sでも出ていたとおもう。当時、いわゆる「洋ゲー」といえば、おれはまずこのモータルコンバットを連想していた。

多分だいたいのやつが知ってるモータルコンバットはこのやつだろう。

すごい残虐な技でとどめをさすゲーム

今より30年ぐらい前・・・・当時の洋ゲーというのは昨今のAAA認識とは違い、「大ざっぱで雑な作りでタイトル画面には気合い入ってる」といった感じのニッチな受け止められ方をしていた。そしてモータルコンバットといえば、実写取り込みのキャラクターが血飛沫を上げながらパンチやキックを当て、奇妙な出で立ちのライデンが奇声をあげて敵にサイコクラッシャーみたいな技で突進し、究極・神拳で残虐にフェイタリティーする・・・登場するニンジャが覆面をいいことに色違いの別キャラでめちゃくちゃたくさんいる・・・・ゲーム性よりもまずそうゆう色物っぽい内容として衝撃が伝わってきたものだ。おれが周りのやつらに勧めても、だれも本気で取り合わなかった。そして勧めておきながらおれ自身もゲームのプレイやビリティ自体は圧倒的にカプコンやS・N・K派であったと申し添えておこう。それでも、サブゼロが敵を凍らせて砕いたり、頭を掴んで脊髄ごと引き抜くフェイタリティーは衝撃であり、おれも完璧に度肝を抜かれた。当時のファミ通のコラムも隙あらばモータルコンバットの話ばかりしていたと記憶している。

なおこの「フェイタリティー」要素は、ゲームの戦略に一切関係ない。フェイタリティーは超必殺技ではないからだ。超必殺技自体は別軸で存在するが、フェイタリティはそうゆうものではない。そもそも勝ちが確定してからでないとフェイタリティできないのだ。敵を体力ゼロにすると、ダウンした敵がわざわざ起き上がって、数秒間、何かを待つようにフラフラする。そこで複雑なコマンドを入れると、もうやられてるそいつにトドメの残虐攻撃をしてころす。それがフェイタリティーだ。もちろんフェイタリティーしなくてもそのまま勝ちになるので戦略上の意味はない。要するにフェイタリティーとは超すごい死体蹴りであり、鉄拳で導入されればREAL FIGHT間違いなしの危険なしろものだ。だがおれはその無意味さに夢中になった。脊髄を引っこ抜いたり変な帽子の丸鋸で真っ二つにする・・・そのむちゃくちゃさにおれは惹かれたのだ。


モータルコンバット格差におまえは愕然とする

問題はその後だ。モータルコンバットは残虐ファイトとか内臓とかをやりすぎて問題視されたのか、マーケット的な問題なのか、全く理由はわからないが、初期の実写のやつ以降、日本での展開が・・・・一切なくなった。どうせPTAなどの陰謀だろう。おれも一時期はAKIBAのK.H.A.O.S館などにわざわざ海外版モーコンを探しに行かねばならず、完全にヤバいブツを求めている気分だった。

じつはU.S.A本国では、モータルコンバットのシリーズはその後も普通のペースで出続けていた。実写取り込みだったグラッフィックは、PS1世代の時点で既に普通にポリゴンになって3D格闘になっていった。だが3D以降のやつは日本では一切展開されなかったせいで何十年も何も知られず、既にほろびた古代ローマ文明みたいに思われており、これにより世界と日本においてモータルコンバット格差が生じてしまったとゆう寸法だ。そしてこの格差のせいで発想の次元が遅れ・・・G.A.F.Aに負けた・・・。日本経済はモータルコンバットを軽視した為にデフレが発生し、失われた三十年を過ごすハメになったとゆっても過言ではないだろう。

かの「ニンジャスレイヤー」も当然モータルコンバットの影響が大きい。これは何も原作者や翻訳チームがモーコン好きとかリスペクトしているとかそうゆう次元の話ではない。SPYものを書くなら007やトムクルーズ、ファンタジーを書くならロードオブザリングやハリッポが基礎教養であるように、最新のグローバルなニンジャ像を掴もうとするなら、そこには当然モータロコンバットが当然の存在として入っているものなのだ。

モータルコンバットを初めて摂取したとき、おまえはここ20年のエンタテイメントを理解するために欠けていた重要なMISSINGU RINKUと、それがモータルコンバット格差によるものだったことを痛感するだろう。それはたとえるならドンタコスしか食べたことがない腰抜けが真の男の食品であるドリトスを食べさらに海外版のでかいドリトスを食べて愕然とした時のカルチャーショックにも似ている。日本で平和ぼけして暮らしている間に、世界のニンジャ像がどんどん先に進んでいって自分たちだけ取り残されていたことを知り、おまえは魂をふるわせるだろう。そのくらいモータルコンバットはいまの日本でめちゃくちゃ過小評価されている。本来はスマブラにもサブゼロやスコーピオンが出て、カービイを凍らして砕いてフェイタリティしていても何もおかしくないくらいの真の男のタイトルなのだ。


おまえのモーコン感がいまアップデートされる

ちなみに現在のGAMEのほうのモータルコンバットはこうゆう感じで、いまやかなりの予算をかけたAAAタイトルとして最前線の売れている格闘ゲーム・フランチャイズのひとつである。しかし・・・日本では出ていない・・・とっつきやすく奥深い技システム、何時間もかかるマジで気合いの入ったとんでもなく凄いストーリーモード、滑らかなモーションや難易度の高いコンボなどのやりこみ等が毎回用意された大作ゲームであるが、フェイタリティーとかがBAD-ASS過ぎて審査するやつがビビったのか、日本で展開されてこなさすぎたせいで売りようがないと考えられているのか・・・・家庭用ハードだと輸入盤の物理ディスクで遊ぶ以外になく、日本ではGAME作品知識がアップデートされてこなかったという状況なのだ。

そんなモータルコンバットだが、今回映画化されて本国でナンバーワンヒットとなり俳優として真田広之や浅野忠信が出ているので、日本のマス・メディアといえどももはや不都合な真実を隠すことができない。モータルコンバット好きな奴が全員あほ扱いされる暗黒の時代が終わり、その辺でサントラが流れまくり、王様のブランチとかで「モータルkンバット」という言葉が発音される世界が到来せし未来・・・・・そんな世の中が来ると誰が考えたであろうか? おれですら半信半疑のまま、自らの目で確かめるべく、さっそく映画館に向かった。そして・・・・フローレスビクトリーした。


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おれは興奮する

本編の感想に入ろう。冒頭から真田広之が出て格調高い世界が展開する。雑な扱いをしておらず日本語の演技も滑らかで、ハサシ・ハンゾウもサブゼロもかっこいい。そして話は現代になる。氷を使うニンジャが現代社会に現れればどんな恐ろしいことになるか知り、おまえは震えるだろう。ソニアは最高にかっこいいベイブでケイノーも完全に期待を裏切らないケイノーでリュウ・カンは何故かすごいアンニュイな美男子で筋肉がすごく目が離せない。他にも主要キャラの肉体がちゃんと鍛えられていてエキストラ以上に全員筋肉ムキムキだったりマーシャツアーツの雰囲気を纏っており、フィジカルな説得力がある。浅野ライデンも目が常時光っており、すごい説得力がある。真田も本来ニンジャなのでそのバックグラウンドを遺憾無く発揮しており、温かみのある演技も無慈悲なアクションも両方すごい説得力がある。冒頭にも書いたが真田SCORPIONは何度もメンポをつけたり外したりする。一応必然性はあるのだが、カットの関係でやたら真田フェイスを見ることになり、おまえは少し困惑するかもしれない。だが真田もSCORPIONも完全に真の男なので特に問題はないだろう。ちなみにこれはアメコミヒーローものの映画に時たま発生し、おれが長年抱いてきた不満・・・・すなわち大物俳優が出るとコミック原作本来の被り物を途中から投げ捨てたりそもそも被り物をしておらず大物俳優の顔だけが執拗にアピールされる問題・・・・に対してすら完全に一石を投じた画期的な内容であるともいえるだろう。つけたりはずしたりすればよかったのだ。

このように個別要素は完璧だ。どのキャラも(ゴロー以外は)概ね初代よりレベルアップしている。つぎに全体を俯瞰する。格調高い冒頭のハンゾウの悲劇が終わると「さて、現代ではモータルコンバットが始まろうとしていた」みたいな字幕で気分が切り替わり、前半戦がスタートする。何のタメもなくいきなり魔かいが出てる。魔界といえば古来よりなんか高い所に足元の危ない崖道やトゲトゲがあってその先に玉座がある。あのやつが、早速それだ。それでも頭の柔らかい最序盤に投げ込まれるので、何の違和感もなく、おまえは現在の魔かいのありようを受け入れられるだろう。その後もドラゴン型アザのわかりやすい運命ギミックを使い、異様にテンポよく話が進み、主人公が巻き込まれていく。テンションが高く、話が進むだけで小気味よく興奮できる。脚本やカットがとにかくうまい。リープテイルが送り込まれてくるがモータルコンバットを知らないやつはワケがわからないかもしれない、しかし「わかれ」という感じで作られているのとアクション自体のテンポが良いので知らないやつも多分大丈夫だろうし無駄に考えるのをやめて楽しめるだろう。

一方、中盤の修行シーケンスからは若干グダグダし始め、おれにそうとうヤバイ意味での緊張感を与えた。それでもキャラは良く、編集も上手いのでなんとかなったのでよかった。キャラの見たいアクションは全部描かれているし、原作リスペクトあふれるバトル内容で楽しいから完全に満足できる。おれはゲームみたいなバトルが見たいのだからゲームみたいなバトルを延々見せてくれればそれで満足するのだ。そうした需要を完璧に踏まえたのか、余計なシーンはほぼすべて省いてある。苦悩とか葛藤とかのシーケンスは最小限で済ませている。それでいて各キャラクターが抱える問題とその解決・自己実現についてはちゃんとやってありPROの仕事になっていた。カバルの超スピードやクンラオの変な刃の帽子とか完全に原作そのものだから興奮したし、ケイノーやリュウカンは早々にビームや炎を出すし、ファンサービス的なネタ要素も沢山入っている。何度も水面蹴りでダウンさせるところや、ピンチでアッパーカットキメるところなどでおれは懐かしい友達に会ったようにニッコリした。モーコンといえば水面蹴りとアッパーカットだ。「テスト・ユア・マイト」や「フローレス・ビクトリー」や「フェイタリティ」など、ゲームのシステムメッセージをうまく作中キャラのセリフとしてドヤ顔で言わせるとゆう演出も、前より格段に上手くなっていて完璧なバランスだ。そしてフェイタリティーだ。昔の映画版と違い今回はしっかりR-15相当の人体破壊をしており完全に信頼できる。これがモーコンなのだ。不満はゴローの扱いだがおれは許容する。

特筆すべきは、これら全てを綺麗にまとめた構成の勝利だ。かように原作通りの夢とムチャクチャさを強引に詰め込み、無理矢理ながら味方側だけでなく敵側にも充分な頭数を用意してお互いを戦わせることに成功し、さらに話全体の最初とシメを、格調高い真田広之のスコーピオンVSジョー・タスリムのサブゼロの復讐物語で挟んであることで、モータルコンバットの荒唐無稽を楽しむと同時になんかイイもの見た気になり、エンディングテーマのTechno Syndrome2021を聴いて最高になったおれは、まぎれもなくモータルコンバットの奥深さを体験した事を理解した。なおモーコンと音楽の結びつきは昔から強力で、劇中での音楽の使い方は元々最高だったが、今回は特に真田がSCORPIONとなって地獄から蘇る時にメインテーマの変奏曲が一瞬だけかかって寸止めされる演出におれは魂を震わせたとゆっておこう。

もちろんおれのような厳しいPROの目からすると、突っ込みどころも多々ある。魔かいとかに住民が10人くらいしか居ないように見えたり、原作だとS.H.I.E.L.Dみたいなハイテク軍のバックアップを得ているスペシャルフォースのソニアとジャックスの2人がホッタテ小屋を拠点にしてたり、反撃作戦がめちゃくちゃせわしなかったりと、予算の配分なのかコロナのせいなのか若干微妙で苦しそうだったが、たぶん全てコロナのせいだろう。だがこの映画はそうした不利をすべて跳ね除け、浅野ライデンの目を常時光らせるなど、なすべきことをしっかりし、そのうえでちゃんと面白いので大ヒットしたとゆう寸法だ。脚本的に見ても、この映画は「スコーピオンとサブゼロの時代を超えた因縁を冒頭に仕込む」というそうとう力業のずるい伏線によって、大勢のキャラの登場ノルマを強いられがちな格闘ゲーム映画の中盤のタルみを強引にリカバリしており、おれはそこに勇気をもらえた。これはあほのようでいて、一周回って知的なシナリオ構築術といえる。よく考えるとスコーピオンとサブゼロの因縁は大会の本筋にそこまで関係なく、けっきょくスコーピオンも帰るし、完全な入子構成ではなく途中に挿入されているだけなのだが、それでもスコーピオンが蘇るシーンが迫るとワクワクするし、そうゆう力業の構成もバトルと真田とフェイタリティによって確かな説得力とモータルコンバット性を持たせており、その巧みすぎない巧みさにおれは感服したのだ。主人公はスコーピオンが何者かあまり知らないが、断片的にいろいろヒントが出ていたし、そもそも観客のおれたちは過去のゲーム体験とか冒頭10分の真田広之をとおして、スコーピオンがめちゃくちゃかっこいいダークヒーローだと知っている。だから、そいつが助けに来たら、それは問答無用で映画の最大のクライマックスになるのだ。なお、これらはおれのような厳しいPROの眼でのチェックなので、おまえは気にすることなくただアクションを見ればそれだけでも十分楽しめるだろう。なぜなら、そこにモーコン性があるからだ。

小学生が手当たりしだいにカッコいいと思うもの何でも合体させて腕の本数とかも全部合体させたような夢あふれるアッパーな世界観はみているだけで元気になる・・・・・・それがモーコン性だ。なぜ爬虫類が? とか、なぜスーパーパワーが? とか、テレポーテーションとか許したら何でもありでは? とか言われても知らない。実際そうなるのだからそうだ。ゲームでそうなのだから映画でもそうならねばならない。目の前で実際に見えている現実を直視しろ。これがモーコンだ。キャラが死んだり生き返ったりゾンビになったりロボットになったり時間が巻き戻ってロボットにならずに生身になったりロボットで死んで生き返って生身に戻ったりする原作モーコン基準で言えばこれでもまだまだ手加減している。こうゆうのにいちいちイチャモンつけたり必死に理由や設定の生合成を求めるのはただの腰抜けであり、人類が根幹に抱えているあほさや暴力性から目を背け、自分だけは賢くいたいとゆう逃げの姿勢に過ぎない。なんで? と思ったところはおまえが勝手に考えて自分の中で答えを見出せばいい。逐一Wikipediaとか調べてハカセになっても無駄だ。生きた体験がおまえのTruth・真実だ。詰め込み教育に甘えず自分のあたまで考えろ。そして「そんなこと考えるよりフェイタリティを見たい」という自分の内なるブルタリティを受けいれて真の男になれ。

ここまで読んだおまえは、すでに劇場で光る浅野ライデンをその魂に焼き付けてきたことだろう。そして「JONNYケイジ・・・?」「ジョニー誰よ?」などといった疑問符を獲得したかもしれない。おまえは直ちに最新のゲームをやるか、AMAZONなどをチェックし映画の初代モーコン1を見てこなければいけない。


「モータル🐉コンバット」も今すぐ見てこい

1995年に作られた初代モーコン映画。そこに答えがある。開始5秒でアゲアゲになるメインテーマ・・・やけに豪華な美術とドラゴン船と筋肉モリモリのエキストラ・・・・・森の中の腰抜けすぎるSCORPIONのハープーンと、一転、その後の完全に最高なステージとカラテアクション・・・・突然出てくるくせにやたらアクションが盛り上がるリ=プテイル・・・・・参加アーティストがやたら豪華なサントラ・・・・・などなど、すべてが懐かしくいとおしい。ゴローに関しては初代映画のほうが扱いがいいしかっこいい。こうして並べてみると、出てくるキャラと筋書きは最新版とほぼ同じだ。ライデンはあほだし、敵の大将はシャンツンだし、人間界はたぶんあほのライデンのせいでまた9連敗している。

最新作の基本は昔の第1作と概ね同じ筋書きだ。しかし当時から年月を経る中、当時ゲームからリストラされかかった色変えニンジャたちがファンの要請によって戻ってきて以後それぞれのキャラが深まって作品を背負ったことを反映し、2021ではニンジャ2人が前面に出ており、脚本が近代的にうまくなったりしており、確実なクオリティ進化も理解できるので、2作を見比べる価値もじゅうぶんある。ライデンも昔は何故かチャラくて若いガンダルフみたいな俳優だったが、2021では正しく浅野本来の姿へと立ち返って常に目が光り、真田がSCORPION本来の姿となった。それでも・・・・1は1で既にすごく、フロンティアスピリッツにあふれ、真の男の映画であったことが何度でも証明されるのだ。

日本経済はいま失われた20年とか30年とかゆっているが、その理由は完全に明白で、日本経済が腰抜けでモーコンから目を逸らし続けてきたからに他ならない。おれが当時どれだけアクションシーンだけの継ぎ接ぎダビングビデオを作りうったえても誰もモーコンをみなかたし本気で最新作をプレイしなかった。ドリトスのことを訴えてもまわりのやつらは全員ドンタコスしか食わなかった。

だが・・・・最後に生き残って勝利するのはいつも本物であり、真の男だ。モーコンも本物だから最後まで生き残る。時間がそれを証明する。腰抜けがどれだけ目を背け続けても、本物はずっとMEXICOの地を歩み続けているから、今までP・T・Aとかのせいで知らなかったキッズたちがいつかは必ずそれを目にし、真の男に目覚めてゆくのだ。そしていつかモータルkンバット大会に出てシャンツンを倒し、フェイタリティを決めて世界を救うだろう。暗黒の時代がいよいよ終わりを告げようとしている。なぜなら今回の真田モーコンは完全にうむをいわさぬパワーがあってめちゃくちゃ面白く、そのおかげでこのセールスの勢いならば2が出せてシャオカーンも出せそうだし、魔かいの人口も10人ではなく1000人ぐらいになるから、いままでフェイタリティから目を背け続けてきた日本経済やキッズも、ついにそのあらがいきれぬ魅力の虜となるのだ。

さらにこの最新映画が日本でもヒットすれば、ゲームの日本語版もついに解禁されるかもしれない。そのとき禁断の扉が押し開けられ、渋谷にはでかいスコーピオンとかサブゼロの顔面広告が吊るされ、メインテーマをガンガンに鳴らした大型トレーラーがその辺を走りまわるだろう。子供たちは小学生なのにモーコンをやり、小学校でモーコンやフィニッシュヒムが禁止されるだろう。おまえはそうした時代の節目を目撃するのだ。まだ映画館に行っていないのなら、今すぐいき、フローレスビクトリーしろ。おまえがもし経団連とか内閣とかならば、全員でモータルコンバットを見に行って反省し、失われた30年を今すぐとりもどせ。おれから言いたいことは以上だ。

(逆噴射聡一郎)

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