【ニード・フォー・アナザー・クルセイド】
「知らん顔だな。中身はただのヤクザか、つまらん……」
ニンジャは血を吐き捨ててから、心底残念そうに舌打ちすると、血と汚物まみれのテング・オメーンを男の顔に戻した。そして右腕を振り上げ、オメーンの長い鼻を、情け容赦ないカラテ・チョップの一撃で切断した。カラン、カランと空虚な音を立て、切断された鼻が足元に転がる。既に死んだのか、男は項垂れたまま動かない。
それでもまだこのニンジャ、ディサイプルの怒りは収まらなかった。むしろ、この男がただのヤクザであったという事実により、堪えがたい怒りが腹の底から沸々と湧き上がってくるのだった。
「ただのヤクザが……ヤクザごときが、調子に乗りおって……! イヤーッ!」
ニンジャの拳が、椅子に縛り付けられた男の鳩尾へと叩き込まれた。
「ウッ……」
テング・オメーンの男は項垂れたまま小さく痙攣し、低いうめき声を喉の奥から漏らした。未だ生きている。ぼたり、ぼたりと、オメーンの顎から血と汚物の滴が垂れ落ち、彼のヤクザスーツと、磨き上げられたヤクザシューズを汚した。
いまだ生きている。だが彼は身動きできない。殴られるがままだ。その逞しい両脚は椅子に、雄々しい両腕と胴体は椅子ごと後方の柱に、それぞれ金属製ワイヤーと鎖で拘束されている。インガオホー。これがニンジャに挑みアンブッシュ殺に失敗したニンジャハンターの、哀れな末路なのか。
「……ヤクザ天狗=サン……」
倉庫の隅、薄汚い血だまりの中に這いつくばった瀕死のレッサーヤクザが、祈るように彼の名を呼んだ。
ヤクザ天狗。孤高のニンジャハンター。これまでに数名のニンジャを狩り殺し、生き延びた男。
だがいまや、彼はニンジャの殺人カラテ・コンビネーションによって打ち据えられた。ニンジャハントの切り札である二挺の赤漆塗りオートマチック・ヤクザガン「アブソリューション」と「リデンプション」も、使い込まれたドス・ダガーも、そして背負い式ジェットパックも、全て剥ぎ取られ、倉庫の床に投げ捨てられていた。
武器は無し。身動き不能。孤立無援。
「イヤーッ!」
ニンジャが、さらなるカラテパンチを繰り出した。
「グワーッ……!」
ヤクザ天狗のうめき声は、廃マグロ倉庫の壁で小さく反響し、虚無の中へと吸われていった。
「……ヤクザ天狗=サン……!」
瀕死のレッサーヤクザは、まるで自分が痛めつけられているように歯を食いしばり、涙を流し、震え、目を閉じた。そして嗚咽した。体から、血が流れ出し続けていた。
天井のタングステン灯が、バチバチと火花を散らす。
広い倉庫内。床には大の字に倒れたヤクザの死体が三つ。その横に「メデューサ」と書かれた穴だらけのノボリ。白目を剥いたオイランの死体が二つ。血の海に空薬莢多数。ケンの体から流れ出した血も、それら全てと重なって、床一面に混ざり合い、どこからどこまでが誰の血なのか、もう解らない。血が流れすぎた。
少し離れた場所には、大金の入った血まみれのボストンバッグがひとつ。ケンはそこに這い寄ろうとしていた。ディサイプルは、ケンの動きには目もくれない。ケンは既に、スリケンと銃弾を受けて致命的な出血。仮にボストンバッグを手にしたとて、どこへも逃げられはしない。何の意味も無い足掻き。それでもヤクザはカネに引き寄せられる。ネオンサインの光に引き寄せられる蛾のように。
「泣き喚くがいい、ヤクザ天狗=サン!」
ディサイプルの怒りと嗜虐心は、ただ、目の前のヤクザ天狗にのみ注がれていた。殺そうと思えば、今すぐにでもカラテチョップで首を飛ばせる。だが、しなかった。この男を生きたまま組織に差し出せば、ボスからかなりのインセンティブ報酬を得られるからだ。加えて、ニンジャである自分を傷つけ、あまつさえ恐怖の感情さえも思い出させたこの男を、そう簡単に殺すわけにはいかなかった。
「ブザマに命乞いしろ! イヤーッ!」
みたび、ニンジャの拳がヤクザ天狗に叩き込まれた。それは獲物を痛めつけ、恐怖を刻みつけるための、残忍なカラテであった。
「ゴボーッ……」
ヤクザ天狗はオメーンの奥で嘔吐した。それでも、彼の口から悲鳴や命乞いの言葉が漏れ出すことは、決して無かった。
「……せ……聖戦は、止められぬ……」
ヤクザ天狗はニンジャの力を持たない。彼はチャントで己の魂を守る。彼は魂を鋼鉄のように硬くする。為すべきことを為すために。悲鳴の代わりにヤクザ天狗が漏らすのは、謎めいたモージョーのみ。
「……ニンジャが山の上でカタナを高々と掲げると、そこに雷が落ちて……四方八方にほとばしり……まばゆい……稲妻と雹がエジプト全土を襲った。……カタナを掲げるニンジャの……笑い声が……響き渡った……」
「ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ……狂人めが……!」
ディサイプルは苦しげに顔をしかめ、がくりと片膝をついた。ディサイプル自身もまた、重傷を負っているのだ。先ほどのアンブッシュで重金属弾を何発も喰らい、右足はネズミに食い荒らされたチーズ状。ソウカイヤから支給されたZBRアドレナリン応急キットが、彼に一時間足らずの無痛状態と異常高揚をもたらしていた。
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