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キルゾーン・スモトリ

この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版は、上記リンクから購入できる物理書籍/電子書籍「ニンジャスレイヤー ネオサイタマ炎上1」で読むことができます。

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あらすじ:遺棄された商業地区に作られた危険な殺戮遊戯施設、キルゾーン・スモトリ。そこで余暇を過していたカチグミ・サラリマンのナガム=サンとサトウ=サンは、思いがけず立ち入り禁止区域へと足を踏み入れてしまう……。


ニンジャスレイヤー第1部「ネオサイタマ炎上」より

【キルゾーン・スモトリ】




◆1◆


 廃墟と化した巨大ショッピングモール「コケシ」の暗い立体駐車場を、ケンドー型装甲服に身を包んだ2人の男が、互いの背中を守りながら進んでいた。1人の手にはショットガン、もう1人の手には小型火炎放射器が握られている。銃身に備わったスコープライトで闇を切り裂き、休み無く獲物を探している。

 ブーンブーンブブーン。ブーンブーンブブーン。単調なベース音が特徴的な、コケシ・マートの店内BGMが、立体駐車場のスピーカーからざらついたノイズとともに微かに漏れ出している。

 外からはネオサイタマの無機質な光が僅かに差し込んでくる程度で、この空間に光はほとんど無い。壁や柱に備わった非常ベルの赤い光や、九割がた割れ落ちた天井の蛍光灯が頼りなく明滅し、「27階」「ショウギモール」「実際安い」といった張り紙を照らす。

#KOKESI:NAGAMU:イカ発見。
#KOKESI:SATOU :どこですか?
#KOKESI:NAGAMU:黄色いスクラップカーの横に居ます。
#KOKESI:SATOU :焼きますか?
#KOKESI:NAGAMU:はい、焼いてください。

 これらの文字は、彼らの網膜バイオディスプレイに蛍光グリーンのフォントで映し出されていた。彼らは最新のサイバネティック手術で、脳に無線LAN端末機能とIRCメッセージング・クライアントをインプラントしている。声も発する必要も、キーボードを叩く必要も無く、意思疎通が可能なのである。

#KOKESI:SATOU :イカを発見したので焼きます。
#KOKESI:NAGAMU:はい、焼いてください。

 サトウ=サンと呼ばれる火炎放射器を持った男が引き金を引き、駐車スペースの1つに炎を放った。そこに置かれていた活きの良い大型イカは、猛烈な火炎放射攻撃を受けると、小型バイクほどもある体を丸めて、香ばしい匂いを発し始めた。

#KOKESI:NAGAMU:グッドクッキング、良い匂いですね。  #KOKESI:SATOU :腹を空かせたスモトリが寄ってきますね。

#KOKESI:NAGAMU:今日の成績はいくつでしたっけ?
#KOKESI:SATOU :私が6、ナガム=サンが4です。次はお先にどうぞ。

#KOKESI:NAGAMU:いいんですか?
#KOKESI:SATOU :もちろんです。ユウジョウ!
#KOKESI:NAGAMU:ユウジョウ!

 突如、ガラスの割れる音が立体駐車場内に響いた。それから、苦しそうな呻き声と、荒々しい息遣いが2人の耳に聞こえてきた。二人はイカから離れ、黒いワゴン車の影に身を潜める。ナガムはマグネット式ライトのひとつを銃から取り外し、焼かれたイカのある辺りを照らす。何者かの気配が近づいてきた。

 暗闇の中から、ぬうっと2メートル近い全裸の巨漢が姿を現す。それは野生化したバイオ・スモトリだった。死体のように白くすべすべとした肌が、ライトの灯りに照らし出された。スモトリに残った最後の羞恥心がそうさせているのか、首から上だけはコケシ・マートの茶色い紙袋ですっぽりと覆われていた。

 腹を空かせたバイオ・スモトリは、本能的に罠だと知りつつも、焼けたイカの放つ香ばしい匂いに抗うことができない。スモトリはイカの前にひざまづき、こんがりと焼けた足の一本を紙袋の中に入れて、もぐもぐと咀嚼し始めた。観察者から見れば、嘔吐を催すほど不快な光景である。

#KOKESI:NAGAMU:イヤーッ!

 ナガムはワゴン車の上に上ると、スモトリの頭部を狙ってショットガンを発射した。狙いはわずかに頭から外れ、白いすべすべとしたスモトリの肌に、無数の黒い鉛球が突き刺さった。異臭が辺りに立ち込める。緑色のバイオエキスが床に流れ落ちる。

「アイエエエエエ!」スモトリは情けない声をあげた。ナガム=サンはショットガンをコッキングしさらに射撃。紙袋が焼け焦げ、スモトリの顔面に散弾が容赦なく浴びせられた。

「アイエエエエ……」と断末魔の呻きをもらして絶命する。ナガムは慣れた手つきで駆け下り、スモトリの両耳をセラミックナイフで切り落とし、ケンドー型装甲服の腰に吊った保存液タッパーに浸した。これでスコアは6と6。同点である。

#KOKESI:SATOU :ユウジョウ!
#KOKESI:NAGAMU:ユウジョウ! 

 2人は再び、声も無く互いのチームワークを賞賛し合った。

 彼らは所謂「カチグミ」と呼ばれるエリート・サラリマンであり、全人口の約5%未満の人種だ。この辺り一帯の無人エリアは、彼らのために用意された危険な殺戮遊戯場。先程のイカも、主催者側が配置したアイテムのひとつなのである。

「カチグミ」は組織の和を重んじるため、このような場においては、できるだけ均等な成績になるよう互いに気を遣わねばならない。万が一、2人のスコアの差が10:0だったら、10を得たほうは社内やネット上でムラハチにされるのである。ムラハチとは、陰湿な社会的リンチのことだ。

#KOKESI:SATOU :疲れましたよね?
#KOKESI:NAGAMU:そうですね。帰りますか?
#KOKESI:SATOU :そうしましょう。
#KOKESI:NAGAMU:明日は会社ですからね。

 彼らの言葉はつねに過剰なほど丁寧だ。これはなにも、カチグミの社会組織がそのようにできているから、というわけではない。ネオサイタマにおいて、ネットワーク上の発言はすべて監視されているからである。

 不用意に攻撃的な発言をすると、たとえそれがどんなシチュエイションであっても関係なく、サイバー・マッポに告訴されてアカウント停止や罰金、最悪の場合投獄や社会的抹殺などのペナルティを課せられてしまうのだ。

 2人のカチグミはキルゾーン・スモトリのコケシエリアから出るべく、エレベーターへと向かい、スモトリが寄ってこないうちに素早く乗り込む。だが、バリキ・ドリンクのオーバードーズで視界がぶれていたナガム=サンは、1階のボタンを押そうとして、うっかり地下13階のボタンを押してしまったのだ。





◆2◆


 エレベータが地下13階に向かってまっしぐらに下降してゆこうなどとは夢にも思わぬまま、2人は今日の戦果をサイバネティックIRCで賞賛し合っていた。

#KOKESI:SATOU :今日狩った耳を売れば200万円くらいですかね?
#KOKESI:NAGAMU:そうですね。インプラントしたCPUのクロックをさらに上げられますね。

#KOKESI:SATOU :スモトリを殺すのには大分慣れましたね?#KOKESI:NAGAMU:そうですね。慈悲はありません。バイオ・スモトリは増えすぎてしまった害獣ですからね。

 コケシ第七商業地区は、かつて中産階級の市民たちで賑わっていたが、ヨロシサン製薬とオムラ・インダストリが共同開発したバイオ・スモトリの育成プラントが爆発事故を起こしてから、政府の命令により無人地区に指定された。市民は新たな集合住宅をあてがわれ、強制退去させられた。

 プラントを脱走し野生化した大量のバイオ・スモトリがコケシ第七商業地区全域に放たれ、コメというコメを食い尽くしてしまったからだ。その後、ヨロシサンとオムラ・インダストリは、この地区を富裕層のための巨大殺戮遊戯施設に変えるという斬新なアイディアを思いつき、実行に移した。

 もちろん、これらの計画はすべて秘密裏に実行されたものだ。いくらインターネットを検索しても、ヨロシサンとオムラ・インダストリ、そしてバイオ・スモトリを結びつけるような情報はヒットしない。爆発事故に興味を持ったジャーナリストもいたが、皆ソウカイヤのエージェントに始末されている。

 あまつさえ、現在のコケシ第七地区は「バイオ・スモトリ駆除のボランティアを募り、狩ったスモトリの耳と引き換えに政府から報奨金が支払われる」という名目で運営されているのだ。殺人快楽だけでなく、自らの行動が社会貢献とエコに役立っているという自尊心をも同時に満たせるのである。

 そんなエコロジカル・ヒーロー2人を載せたエレベーターは、コケシマート最深部である地下13階へと、叩きつけられるように到着した。ロープが老朽化していたのだろうか。鋼鉄の箱が激しく揺れると同時に、ボタン部分と階数を示す緑色のディスプレイから火花が散った。

#KOKESI:SATOU :ウープス! 地下13階? 1階を押したのでは?
#KOKESI:NAGAMU:エレベーターが壊れていたのかもしれません。ベースに救援メッセージをIRCで送りましょうか?

#KOKESI:SATOU :しかし救援メッセージのペナルティは大きいですよ?
#KOKESI:NAGAMU:では、途中まで自力でなんとかしてみましょう。

 エレベーターは完全に故障し、ボタンを押しても動こうとしない。半開きの状態で開閉を繰り返している。エレベーターに閉じ込められるのだけは御免だ。そこでナガム=サンとサトウ=サンは、今まで一度も足を踏み入れたことのないスモトリ汚染レベル5地区、地下13階を探索してみることにした。

 ブーンブンブン。ブーンブブ。ブーンブンブン。「安い、安い、実際安い」のフレーズで御馴染み、コケシマートのテーマである単調なベース音が、地下13階にも不気味に鳴り響いていた。スリルは感じても、恐怖はない。いざとなれば救援メッセージを送りさえすればよいのだ。

 ケンドー型装甲服を着た2人がエレベーターから出ると、ひんやりとした冷気の触手が彼らの体を絡め取った。床からはチーズのような黴臭い匂いがした。銃器に備わったマグライトで周囲を照らすと、どうやらこの階はかつて、コケシマートの食肉保存エリアとして使われていたらしい。

 銀色の巨大な冷蔵庫が、さながら整列したハカイシのように際限なく並び、天井からは「国産バイオ和牛100%」「美味しい」などの垂れ幕が下がっている。天井には黄色と黒のストライプが斜めに入った肉吊りウィンチのレールが、ショウギ盤の目のように走る。

 少し進むと、それらの冷蔵庫の間に赤い漆塗りの柵が現れて2人の行く手を遮る。黄ばんだ紙に毛筆で警告文が書かれ、柵に貼られていた。

#KOKESI:SATOU :見てください、これ。
#KOKESI:NAGAMU:関係者以外、立ち入り禁止?

#KOKESI:SATOU :どう思いますか?
#KOKESI:NAGAMU:コケシマート営業時代の名残でしょう。

 2人のヒーローは柵を蹴り飛ばし、非常階段を探すべく冷蔵庫の迷宮へと足を踏み入れた。

 人一人しか通れない狭苦しい冷蔵庫の迷路を、互いの背を守りながら、じりじりと歩く。火炎放射器のサトウ=サンが前、ショットガンのナガム=サンが後ろ。2人のユウジョウは完璧だ。どこから敵が襲い掛かってきても対処できる。…その時。

「ARRGH!」突如、後方の冷蔵庫のひとつが開き、顔を紙袋で隠した真っ白い肉の塊が姿を現した。バイオ・スモトリだ。癲癇を起こしたイアン・カーティスのように手をぐるぐると動かし、自らを頬に平手打ちを入れる。「ARRGH!」知性の低いバイオ・スモトリは、言葉を話すことができないのだ。

#KOKESI:NAGAMU:pop sumotori 1(訳注:スモトリ1体出現)
#KOKESI:SATOU :rgr(訳注:了解)

 後ろを守るナガム=サンがしゃがみ、ショットガンのトリガーを引く。続けざま、背後を振り向いたサトウ=サンが、ナガム=サンの頭越しに火炎放射器で火炎を発射する。「ユウジョウ!」2人はサイバネティックIRCチャットの中で同時に発言した。

「アイエエエエエ!」散弾と火炎を畳み掛けるように喰らったスモトリは、情けない悲鳴をあげ、その場にうずくまる。容赦なく、さらなる散弾と火炎が叩き込まれ、バイオ・スモトリの身体を国産バイオ和牛100%ハンバーグのように変えていった。地下13階を再び単調なベース音が支配した。

 こんがりと焼けた耳を切り取りながら、2人のカチグミ・サラリマンはほとんど同じことを考えていた。もしかしてここは、噂に聞いたバイオ・スモトリのネスト(巣)なのではないか、と。ナガム=サンのサポートを受けながら、サトウ=サンが試みに「牛コマ」と書かれた隣の冷蔵庫のロックを外してみる。

 おお、ナムアミダブツ……! 何たる背徳的な光景だろう。そこには、通勤電車のようにスシ詰めになった何体ものバイオ・スモトリが、皆同じ方向を向いて、背中と腹を合わせながら立っていたのだ。ひんやりとした冷気の中で、スモトリたちは心地良さそうに寝息を立てていた。

 これはボーナス・ステージだ。鉄格子のようなケンドー型ヘルメットの奥で、狩猟獣じみた男たちの目がぎらぎらと燃える。2人のカチグミ・サラリマンたちは意気揚々と、かつ事務的に殺戮行為に取り掛かった。腰に吊った手りゅう弾を何個か冷蔵庫の中に投げ込み、蓋をする。

 スリー、ツー、ワン、ゼロ。くぐもった爆発音。ナイスクッキング。寝込みを襲われたバイオ・スモトリたちの悲鳴が、牛コマの冷蔵庫の中から漏れ出し、すぐに聞こえなくなった。緑色のバイオエキスが蓋の下からどろりと漏れ出し、ホタルのように薄く発光してから、どす黒く変色した。

 2人のカチグミは冷蔵庫を開き、耳を漁る。なんと素晴らしい場所を見つけたのだ。ざっと見渡しただけで1000個以上の大型冷蔵庫がある。それらすべてにスモトリがスシ詰めで入っていたとすると、得られる報奨金はとてつもない金額に昇るだろう。コケシ第七地区の害獣駆除にも大きな貢献を果たせる。

 …その時だ。地下13階全域で、赤いパトランプが作動した。非常事態を告げる不穏なブザー音が、コケシマートのテーマソングを塗りつぶす。もしかして、何かルール違反を犯してしまったのでは? やはり、あの立ち入り禁止の柵か? 2人のカチグミは肉食獣の威勢を失い、小動物のごとく狼狽し始めた。

#KOKESI:NAGAMU:早く非常階段を探して逃げましょう、サトウ=サン。
#KOKESI:SATOU :pop ninja 1
(訳注:ニンジャが1体出現)
#KOKESI:NAGAMU:ninja?

 ナガム=サンは、サトウ=サンが火炎放射器を突きつける方向を見た。確かにニンジャだ。両脇を大型冷蔵庫によって挟まれた無機質な銀色の回廊を、黒装束のニンジャが歩いてくる。サトウ=サンは正しい。ニンジャに間違いない。だが、何故ニンジャがここに?

#KOKESI:NAGAMU:どうします? 近づいてきますよ。
#KOKESI:SATOU :スモトリ・ニンジャではないですね? #KOKESI:NAGAMU:そうですね。多分殺したらいけないですね。#KOKESI:SATOU :でも怖いです。

 サトウ=サンは、火炎放射器のトリガーを軽く引き絞り、威嚇を行った。それ以上近づくな、という意味を込めて。すると、ニンジャは10メートルほど離れた場所で立ち止まる。2人のカチグミがほっと息をついた直後、ニンジャは腕をムチのようにしならせてスリケンを放った。「イヤーッ!」

 ケンドー型ヘルメットの鉄格子のような隙間を抜け、2枚のスリケンがサトウ=サンの両目に突き刺さった。「アイエエエ!」 火炎放射器の銃口が逸れる。サトウ=サンが激痛のあまり身をのけぞらせたため、すぐ後ろでバックアップの構えを取っていたナガム=サンもショットガンの銃口を逸らしてしまう。

 黒いニンジャ装束をまとったニンジャは、その一瞬の隙を見逃さなかった。10メートルの間合いを一気に詰め、サトウ=サンの両腕を掴む。信じ難い怪力だ。まるで万力に手首を締め上げられているかのよう。特殊耐熱加工と防刃加工が施されたケンドー型ガントレットも、猛烈な圧縮の前では無力だった。

 ケンドー型装甲服の力をフルに活かし、サトウ=サンはニンジャの力に抗おうとした。だがニンジャの握力は、1秒ごとに締め付けの力を増してゆく。ナガム=サンはショットガンで援護しようと試みるも、この狭い場所ではサトウ=サンを巻き添えにしてしまう危険性があり、おいそれと発砲できない。

 そしてついに、ニンジャの両手は完全に握りしめられた。その中にあったケンドー型ガントレットも、サトウ=サンの肉も骨も皮も、トマトのように無残に圧縮されてしまったのだ。「アイエエエエエ!」サトウ=サンの絶叫が響く。火炎放射器と両手首が黴臭い床に転がり、血飛沫が盛大に飛んだ。

 間髪入れず、ニンジャはサトウ=サンの首を掴んで持ち上げ、万力のような力でこれを締め上げた。今度はわずか3秒足らずで、ケンドー型ヘルメットの鉄格子のような隙間から、ねっとりとした血とサトウ=サンの目玉が零れ落ちた。ナガム=サンは恐怖のあまり腰を抜かし、尻餅をつく。

 ダシを取られたマグロのように、ぴくりとも身動きしなくなったサトウ=サンの体を後方に放り投げると、ニンジャは次なる獲物、ナガム=サンを見下ろした。その目は馬の目のように一面が黒目で、ナスビのような不気味な艶を放っていた。

「お前は何者だ。お前はサトウ=サンを殺したな。ウットコ建設グループの副係長、サトウ=サンを。今救援メッセージを送った。ただではすまないぞ。うちの建設グループは腕利きの弁護士集団を抱えてるんだ。ヤクザ・クランとも親密な間柄にあるぞ」ナガム=サンは思いつく限りの脅迫的な言葉を吐いた。

「ドーモ。ナガム=サン、初めまして。アイアンヴァイスです」ニンジャは意外にも礼儀正しく、あるいは無力な相手を嘲笑うかのように一礼をした。「あなた方はルール違反を犯した。ケジメをつけてもらう。ウットコ建設グループなど、我々のバックについている財力に比べれば、ダニかノミにも等しい」

 ナガム=サンは知りえなかったが、アイアンヴァイスと名乗るニンジャの言った事は、まったくもって正しかった。彼の所属するソウカイ・シンジケートは、ヨロシサン製薬とオムラ・インダストリという日本政府をクグツのように操る2つのメガコーポと協調関係にあったからだ。

「イヤーッ!」もう知るものか。こいつを殺せば俺は逃げれるんだ。ナガム=サンは腰を抜かしたまま、ショットガンの引き金を引き絞った。至近距離で無数の鉛球が浴びせられ、さしものニンジャも一撃で絶命する……はずであった。

 ナガム=サンがショットガンの弾を発射する1秒前に、その場ですっくと立ち両腕を胸の前で組んでいたアイアンヴァイスは、恐るべきジュー・ジツを使うための掛け声を発したのだ。「イヤーッ!」

 するとどうだ。アイアンヴァイスの全身は鋼鉄のように硬くなり、ショットガンから発射された弾をひとつ残らず弾き返してしまったのである。これぞ平安時代より伝わるジュー・ジツのひとつ、ムテキ・アティチュードであった。弾丸が金属にぶつかった時の独特の異音が、冷蔵庫の回廊に響く。

 ナガム=サンはショットガンをコッキングし、さらに発射。「イヤーッ!」 アイアンヴァイスは再びムテキ・アティチュード。「イヤーッ!」 散弾が無駄に消費され、ナガム=サンは絶望のあまり失禁した。 「さあ、ゲームオーバーだ」アイアンヴァイスの万力のような腕が迫る。

「Wasshoi!!」不意に、アイアンヴァイスの後方にある冷蔵庫のドアが開き、そこから赤黒いニンジャ装束を纏ったニンジャが砲弾のように飛び出した。そのニンジャは回転しながら向かいの冷蔵庫に飛び乗り、さらに反対側の冷蔵庫の上に飛び移った。最後は床に飛び降り、5回バク転を決めた。

「ドーモ。アイアンヴァイス=サン。はじめまして、ニンジャスレイヤーです」バク転を決め終えたこの新たなニンジャは、直立不動の姿勢を取ってそうアイサツした。「この殺戮遊技場がソウカイ・シンジケートの資金源だという情報は、どうやらクロのようだな。ニンジャ殺すべし。ここで死んでもらおう」

 2人のニンジャは戦闘態勢に入った。思いがけず命拾いをしたのは、ナガム=サンだ。なぜニンジャ同士が戦うのか、彼にはまったくもって理解できなかったが、とりあえず自分が一時的に標的から外れたことだけは理解できた。

 サトウ=サンはもう駄目だろう。サイバネティックIRCにも返答がない。ナガム=サンはショットガンを杖代わりにして腰を起こし、おぼつかない足取りでパトランプに照らされる銀色の迷宮を引き返し、横道に逸れた。ひとまずは、あのニンジャたちの目に付かないところへと逃げ切れた。

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」そう遠くない場所から、ニンジャたちの掛け声が聞こえてくる。どこかに身を隠そう。そう思ったナガム=サンは、祈るような気持ちで「剥きエビ」と書かれた冷蔵庫のドアを開けてみた。

 そこにはやはり、ひんやりと冷えたバイオ・スモトリが詰め込まれていた。だが幸運にも、中央付近にちょうどケンドー型装甲服を着たサラリマンが入れるほどの隙間が空いているではないか。背に腹は変えられない。ナガム=サンは意を決し、スモトリの背と腹の間に身をうずめ、自ら冷蔵庫のドアを閉めた。

 一方、少し離れた場所では、ニンジャスレイヤーとアイアンヴァイスの死闘がなおも続いていた。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが機先を制して2枚のスリケンを立て続けに投げつける。「イヤーッ!」アイアンヴァイスがムテキ・アティチュードで全身を鋼鉄化させ、それを弾き返す。

 では、スリケンではなくチョップで首をへし折ればよい、と思うかもしれない。だが、ニンジャスレイヤーはカチグミとアイアンヴァイスの戦闘を注意深く観察していたため、このソウカイ・ニンジャが危険な握力を隠していることを知っていた。だから、接近については注意深くならざるを得なかったのだ。

「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーのスリケンは、片端から弾き飛ばされてしまう。このままでは埒があかない。そこでフジキド・ケンジは、新たな作戦に出た。

 まずスリケンを投げる。するとアイアンヴァイスが鋼鉄化する。鋼鉄化したアイアンヴァイスは、一瞬の間だけ身動きが取れなくなる。ならば、それを超える速度でスリケンを投げ続ければよいのだ。

「「「力に力で対抗してはならぬ……速さで行くと決めたならば、あくまでも速さを貫き通すべし。百発のスリケンで倒せぬ相手には、千発のスリケンを投げるのだ……」」」師匠ドラゴン・ゲンドーソーから授かったファースト・インストラクションが、ニンジャスレイヤーの脳裏に響いた。

「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはピッチングマシーンのように両腕を互い違いに回転させ、0コンマ5秒毎の速度でスリケンを投げつけた。「イヤーッ!」「イ、イヤーッ!」アイアンヴァイスは鋼鉄化を解く暇がなく、身動きが取れないことに気付いた。「イヤーッ!」「イヤーッ!?」

 ニンジャスレイヤーはついに、腕組みして直立不動の姿勢を取るアイアンヴァイスの真横まで接近した。最後のスリケンを投げ終わると同時に、右手はカラテチョップの構えを取る。そしてすぐさま、秒間10発の猛烈なチョップを、鋼鉄化したアイアンヴァイスの首に叩き込み始めた。

「イヤーッ!」「グ、グワーッ!」なおも鋼鉄化を続けるアイアンヴァイスだったが、ニンジャスレイヤーのチョップは止まらない。次第に、鋼鉄化した彼の首には、打ち倒される直前のレーニン像のように、致命的な亀裂が走り始めた。

「や、止めてくれニンジャスレイヤー! 貴様の要求に応じよう!」「慈悲はない」ニンジャスレイヤーはさらに早く、残像が発生するほどの速度でチョップをくり出した。「イヤアアアアアーッ!」「グワアアアアアーッ!」金属質の断末魔の叫びとともに、ついにアイアンヴァイスの首はへし折れた。

「サヨナラ!」首の切断とともに、アイアンヴァイスの全身は鋼鉄からただの肉体へと変わり、噴水のように血を噴き出して爆発四散した。血煙が晴れると、もはやニンジャスレイヤーの姿は無い。この決定的情報をナンシー・リーに提供し、師匠の命を救うためのアンプルと交換すべく、行動を開始したのだ。

 後に残されたのは、緑色のバイオエキスの海に眠る無残なサトウ=サンの死体と、ぐちゃぐちゃのミンチ肉になった5~6体のバイオ・スモトリだけだった。明日になれば、ヨロシサンの研究員たちがモップを持ってやってきて、床に染みだけを残してすべての証拠を揉み消すことだろう。

 冷蔵庫の中に隠れたナガム=サンは、ひんやりとしたスモトリの肉に埋もれて、いつしかまどろみの中に落ちていた。少しずつ意識が遠のいてゆく。IRCチャットにメッセージは帰ってこない。非常ブザーの音は止み、単調なベース音だけのコケシマートのBGMが、子守唄の如く冷蔵庫の中に響いてくる。

 ナガム=サンが子供の頃、貧しい母親に連れられてやってきた、別のコケシマートの閉店セールの記憶が、走馬灯のように駆け巡った。「安い、安い、実際安い」と歌う無表情なコケシロボットたちが、重金属酸性雨にさらされながらモールの入り口で虚しく回転していた、あの夜の記憶だ。

 死ぬ思いで貧困から脱し、母親の内臓も売って、ようやくカチグミになったというのに、最後はコケシマートで終わるのか。なんて皮肉だろう。ナガム=サンは薄れ行く意識の中で自嘲的にひとりごちた。ああ、もうどうでもいい。どのみち、社会に戻っても、今回の失態のせいで出世コースからは転落なんだ。

 ケンドー型装甲服に身を包んだ無敵のエコロジカルヒーロー、ナガム=サンの脳裏に、懐かしい母親の歌声が響いた。「安い…安い…実際安い。コケシ、コケシ、コケシマート。今日も明日も、コケシマート。安い……安い………実際………安い………」そこで、ナガム=サンの意識はシャットダウンした。


【キルゾーン・スモトリ】終


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