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【ストライダー:サーチ・アンド・デストロイ】


「オーン! オオーン! オオオーン!」

 遠吠えを繰り返すシバ種の犬のもとへ、重い足取りで歩み寄ったのはジンドウ=サンである。彼はミノト・ストリートの「コンパス橋」を住まいにする浮浪者だ。ここのところ体調の優れない彼は、橋の下のテントのなかで横になり、今日もじっと息を潜めて横たわっていたのだが……。

「どうした、どうしたタロウイチ……おお?」

 ジンドウは空を見上げ、驚きに目を見開いた。黄金に輝く太陽が、タマ・リバーの向こうへ、ゆっくりと沈んでゆこうとしていた。重金属雲とスモッグがなんらかの気候条件のもとで吹き払われ、美しいカキ色の空が現出していた。それはこのサツバツたる貪婪の都にほんのひととき訪れた尊い時間だった。タロウイチはジンドウを静かに見つめ、それから再び、沈む太陽に視線を戻した。

「タロウイチ」の名はジンドウがつけたのではない。この犬が彼のもとへふらりと現れたとき、首に巻かれた飾り紐の金属タグに刻まれていた名である。この犬の犬種はおそらくシバ種であるが、随分と大きく、その毛並みには野生と優雅さが同居していた。

「ありがとうな」ジンドウは尻尾を振るタロウイチの背中を撫でた。「俺ときたら、流れ流れて、こんな有様でよ。運命と世の中を怨んで生きてきた。だけどなあ」

 ジンドウはその目にうっすらと涙を浮かべ、手を合わせた。

「ありがてえもんだよなあ」

 タロウイチはジンドウをもう一度見上げ、「オン!」と鳴いた。

 ……翌日、ジンドウは橋のすぐそばの河川敷で、冷たくなって発見された。

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 現場には「外して保持」と書かれた黄色いテープが張り渡され、アスファルト上にチョークで人型が描かれていた。回転する赤灯ボンボリが陰鬱な重金属酸性雨にコロイド効果の赤い軌跡を描き、マッポ達が流れ作業めいた現場処理を行っていた。

「普通に殺人ですね」「浮浪者が狙われたか」「最近多いですよね」「無軌道青年が街にあふれる時期だからな」現場処理のマッポとデッカーがノリマキを食べながら会話していた。「外して保持テープ」の近くには野次馬的な近隣の人々が集まっては、すでに死体が片付けられた事を知って残念そうに帰っていくのだった。

 立ち去らない者たちもいた。ネオサイタマ市警マニアの写真撮影者が数名と、ジンドウ=サンの知己たちだ。前者はどうでもよい。後者、ジンドウ=サンの知り合いのほとんどは、当然、浮浪者仲間が多かったが、身なりのいいサラリマン風の者もいた。彼らはセンコを立て、献花して、無念そうに手をあわせるのだった。

「オン!」

 タロウイチが吠えると、浮浪者のひとりが悲痛な表情でその頭を撫でた。

「タロウイチ……お前にもそりゃ、わかるよなあ。かわいそうだよなあ」

「ウーッ……」

 タロウイチは牙を剥き、現場処理マッポ達の動きを睨んでいた。

「犯人はわからんらしい」「そりゃ、わからんわなあ」「マッポーの世だからな」

 浮浪者達は穴の空いた傘で重金属酸性雨を避けながら、白い息を吐いて、ぼそぼそと会話した。タロウイチは耳を動かし、その会話に耳を傾けているようでもあった。タロウイチは賢い犬として河川敷の浮浪者の間でよく知られ、大切にされていた。過酷な弱肉強食のネオサイタマにあって、日々、生き抜くだけで精一杯の浮浪者達であったが、彼らはこのシバ種の凛々しい放浪犬に餌を分け与え、話しかけ、ユウジョウめいた心の交わりを結んでいたのだ。

「……」

 やがて、浮浪者が一人去り、二人去り、誰かがしゃがみこんで、「お前の気持ちはわかるさ。だけど、ジンドウ=サンは帰ってこないんだよ」と諭しても、タロウイチがそこを動くことはなかった。

 現場検証を終えると、マッポ達も離れていった。「外して保持」のテープと献花、ジンドウの最後の名残りめいたチョークの輪郭が残された。遠くで爆発音が聞こえた。「安い、安い、実際安い」上空を広告マグロ・ツェッペリンが横切った。「ワンチャン、カワイイ!」子供が親に手を引かれながらタロウイチを指差した。日が暮れ、夜が訪れた。

「……」

 タロウイチは「外して保持」のテープをくぐり、チョークの人型を嗅いだ。周囲の血痕を嗅ぎ、アスファルトに微かに残った土のかけらを嗅いだ。しばしの後、犬は顔を上げ、重金属酸性雨に霞むネオサイタマのネオン雑居ビル街を見た。タロウイチは歩き出し……走り出した。

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