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S4第2話【ケイジ・オブ・モータリティ】

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1

 冷たく自転するキンカク・テンプルの光の下、ノイズの風の吹きすさぶ荒野にセトは佇み、六つの特徴的な象徴の出現を待つ。彼の傍らに跪いていたブラックティアーズは、一礼ののち、この超自然空間から離脱した。畏れ多きがゆえである。

 やがて石板の表面に、蜃気楼じみて不定形の影がひとつ、ログインしてきた。捩れた角と荊棘を持つ影。すなわち、ヴァイン。カイデンの名はクロヤギ・ニンジャ。この世に帰還して日は浅いが、既にキエフの地を支配する暗黒メガコーポ、オクダスカヤを傀儡化し、現代文明の先端科学を恣にする。

「アハ! アハハハハ!」耳障りな笑い声が木霊し、邪悪なるアブストラクト女神が隣の石板にログインした。オモイ・ニンジャ。オヒガンに潜むこのニンジャは極めて観念的な存在であるが、哀れなハッカーの自我を用い、敢えて卑近な存在に堕ちてくる事でコミュニケート可能な存在となった。「元気ィ?」

「なにか、その……若干こう、イレギュラーな出来事が起こったようだな?」奥ゆかしくログインしたのは、ギャラルホルン。髪をいじり、思案するさまが、朧なシルエット越しに伝わってくる。そしてその不気味なほくそ笑みの表情も。「クキキィ……!」

「何が起ころうが関係ない。我がメイヘムの勝利だ」さらに隣の石板は映像を繋ぐ事なく、ノイズを発しながら形そのものを変じた。コブラ型の彫像が屹立し、他の石板との不調和を作り出す。アイアンコブラである。彼が喋るたび、コブラ型の彫像の目が点滅するのだった。「結末は自明である」

「……」次なるログイン者は無言である。宙にわだかまる腐肉の塊に、巨大なひとつ目が開く。この禍々しきコトダマイメージの持ち主は……ケイムショ。ロンドンを死の都に変えた帳本人。世界中の暗黒メガコーポにとって大いなる地政学リスクとなった恐るべきリアルニンジャである。

「そして……」セトは腕を組み、最後の石板を見た。荒ぶる多足の影が蠢き、憤怒の眼光を石板越しに投げかけた。ボロブドゥール帝国のシャン・ロア。即ちムカデ・ニンジャのコトダマ・イメージであった。ギャラルホルンが咳払いした。「そのう……何が、あったのかね?」

「グルグルグル……」シャン・ロアが唸った。セトがギャラルホルンを嗜めるように見やり、そして説明した。「シャン・ロア=サンの代理戦士、狩人コンヴァージが倒された。ニンジャスレイヤーにな」「アッハハハハハ!ゴッシュショー!」オモイ・ニンジャが自制せず嘲笑した。「カンワイソー!」

「貴様らの暖かい心配の念、まこと有り難し」シャン・ロアがカチカチと顎を鳴らし、低く答えた。「……その通りだ。我が狩人コンヴァージはニンジャスレイヤーに敗れた」ノイズの風が荒野を吹き抜けた。セトは頷き、言葉を発しようとしたが……「ゆえに我、ここに求むる」シャン・ロアが言った。

「……?」ケイムショの邪悪なるコトダマ・イメージが瞬きのエモートを行った。ギャラルホルンは目を細め、シャン・ロアの主張を予期した。「何、何ィ?」オモイ・ニンジャの輪郭は炎めいて絶えずその形を変え続ける。だが、常に笑っていた。

 シャン・ロアは……「儀式はまだ始まっていない」

「マ!?」オモイ・ニンジャは驚いてみせた。「……マァ~!? ノーカンって事? それ、無くない?」「マでござろうなァ」ギャラルホルンは爪楊枝状のもので歯をせせった。「チチチ……確かに、カリュドーンの儀において、最初の狩人は定められてはいなかった。シャン・ロア=サンとしては不本意よな」

「……然り。規範に則るからこそカリュドーンは儀式となる。規範を無にするならば、そもそも代理戦士の制度自体を余が尊重する必要も無くなろうな」シャン・ロアはギチギチと顎を鳴らした。ギャラルホルンはセトを見た。「最終的な決定はセト=サンの一存」「よく考える事だ」シャン・ロアが言った。

「どのような裁定がくだろうと結果は同じ、我がメイヘムの勝利だ」アイアンコブラが瞳を輝かせた。オモイ・ニンジャはグルグルと定まらない三つの瞳を内包する目でセトを睨んだ。「実際どうする気?」「最初の狩人が定まる以前に場が乱された例は過去にもある。無論……」「……」「……無効とする」

「当然だ……」シャン・ロアは顎を打ち鳴らした。「ハァ!?」オモイ・ニンジャは不服をあらわにした。ギャラルホルンは肩をすくめた。「前例があるならば尊重せねばな……」「無制限のマッタを承服するつもりはない」ヴァインが低く言った。ケイムショが瞬きした。視線がセトに集まった。

 セトは彼らを見渡し、言った。「シャン・ロア=サンは新たな狩人をネオサイタマに送り込む事を認める。但し、挑戦順は自動的に最後……七人目とする。繰り上げ挑戦も不可能だ」「当然だ」ヴァインが頷いた。シャン・ロアは多足を蠢かせた。「……よかろう」

「アッタマ来るからさァ……今すぐ一人目を決めてよ。こんなナメた真似が繰り返されたらアタシも黙っちゃいない」オモイ・ニンジャが気だるげに言った。「星辰の巡りは十分なんでしょ」「然り。今ここで最初の狩人を決定する」セトは杖を頭上に掲げた。超自然の大理石長筒が虚空より現れた。

 長筒はグルグルと回転し……やがて、その底に穿たれた超自然の穴から、一本の陶片が落ちてきた。邪悪なる古代リアルニンジャ達は、固唾を呑んで、そこに書かれた狩人の名を見定めた……!


【ケイジ・オブ・モータリティ】


「ダークカラテエンパイアのニンジャ達は、見定めようとしている……」シナリイは宇宙的な目をフィルギアに向けた。「彼らは平安時代の大いなる禍、ニンジャスレイヤーを知らぬ。ニンジャスレイヤーがアケチ・ニンジャを滅ぼした。それは真なる事」「ああ、そうだ」

「ニンジャスレイヤーを知らねど、知らぬを貫くも、また不粋。そのような思考で彼らは動いた。故にこそ、ストラグル・オブ・カリュドーンの形をとったのです」「遊びのダシにするッて?」フィルギアは息を吐いた。「やれやれ、これだから神代の連中はな……」「遊びなれど、勝者が得るものは絶対」

「ニンジャスレイヤー=サンの首で、何が得られる?」「摂政の座……」シナリイは言った。「ダークカラテエンパイアとは即ち、神祖カツ・ワンソーを帝王に戴く復古の帝国。この世を呑み尽くし、そののち、空なる玉座に神祖を再びお迎えする……それが彼らの望みであり、目的なのです」

「序列を決める内輪の争いッてワケか」フィルギアは眉根を寄せた。「勝手にやってろと言いたいところだな」「そう、貴方は関わらぬが最善」シナリイが頷いた。「何の利益もあるまい……獣が狩られる様を眺め、帝国の摂政が誰になるかを見定め、次の身の処し方を決めるのです、フィルギア=サン」

「そうもいかない」フィルギアは薄く笑った。「奴らも、お前も、ニンジャスレイヤーを、ニンジャスレイヤーが引き起こす事態を、軽く考えすぎてるンだろうな。ほうっておけば、俺は後悔する」「……後悔?」「それに俺、奴個人とも関わりが出来ちまったし」「愚かな」シナリイは表情を曇らせる。

「俺は愚かだよ、一番知ってるのはお前だろ……シナリイ=サン」フィルギアは微笑んだ。「あいにく、ずっと生きてきても、治らなかった」「不用意に人と混じった事が、貴方の酔狂を助長させてしまったのでしょう」「かもしれない」「私は悲しい」シナリイは無感情に言った。「警告は、しましたよ」

「で、お前、ニンジャスレイヤー=サンを助けたのか?」「ブザマと多勢無勢が目に余ったゆえ、猶予を与えました」シナリイは首を振った。「私にも憐憫の情はあります。獣に対しても」「ああ、そう。いまさら起きてきて、何が目的だ? 奴らに使われてるのか……?」「今の貴方に明かす必要はない」


◆◆◆


「……ッてなワケで」アグラするニンジャスレイヤーの目の前に、黒漆塗りの重箱を置いた。手振りで促す。ニンジャスレイヤーは重箱の蓋を開いた。スシがぎっしりと詰まっていた。フィルギアは続けた。「俺は俺で、昔の知った相手と出くわすは、そいつがなにかしら関わっているは、落ち着かない」

「そうか」ニンジャスレイヤーはスシを掴み取り、食べながら、フィルギアの話を聞く。破れ寺の天井はまだらに裂けており、外の明かりが帯になって、埃っぽい堂内に降り注いできていた。天井を衝くようなブッダデーモン像の顔面は削り取られ、オフダが無数に貼られている。

 フィルギアは説明を続けた。「お前を獲物にした今回の儀式に集まった狩人は七人だが……なんにせよ、最初にお前が返り討ちにしたコンヴァージの分は無効扱いになる。別のやつがまた来るさ」「構わない。要するに全員殺って、まだ未練がましい奴がいれば、それも殺る。諦めるまで続ける」

「まあ、そうなるよな。何にせよ、奴らは儀式の縛りがある。イクサのつもりでやってない。噛み付いてやれば……」フィルギアは対面に座り、ヒカリスギ・コーラのプルタブを開けて呷った。「……飲むか?」「もらう」ニンジャスレイヤーは受け取り、スシを流し込み、また次のスシを取った。

 風が吹き込み、破れショウジ戸をガタガタと鳴らした。この寺はすさまじい有様だ。コンヴァージを倒したニンジャスレイヤーは、ネオサイタマの外れの廃寺にこうして潜み、体勢の立て直しをはかっていた。敵の行動を掴みきれない状況でピザタキに戻るのはうまくないと考えたのだ。

「お前は何故おれの居場所がわかった」ニンジャスレイヤーはフィルギアを睨んだ。フィルギアは彼の熱にあたるように手をかざし、答えた。「真新しい傷がアトモスフィアを放ってる。俺ぐらいのニンジャならば、その唸りを感じ取る事ができる。それをシナリイのやつに前もって聞かされていたしな……」

 ブラックティアーズに受けたカンジ・キルの呪いだ。ニンジャスレイヤーはスシを咀嚼しながら唸り声をあげる。「狩人はオミクジで選ばれ、イクサは日没に開始だ」フィルギアはシナリイから確認したカリュドーンの規則を共有していった。「狩る側が全て勝手に決める。契約をカンジの呪いが強制してる」

「いつの日没に開始だ」「それも狩る側の勝手。イラつくだろうが」フィルギアはタタミに手をつき、後ろに反った。「だけど、イクサが始まれば、お前にも "わかる" 筈だよ」こめかみを指で押さえる。「順番が来た狩人と、獣、それぞれが、それぞれの居場所をはっきりと知る。それでイクサ開始だ」

「……気に入らない」「事前に俺がレクチャーできただけでも良しとしようぜ」フィルギアは言葉を切り、シナリイの警告に思いを馳せ、その真意を推測しようとしながら、説明を続けた。「日の出になれば狩人は挑戦権を喪失。イクサの真っ最中でも、儀式上そいつは負け」「長引かせるつもりはない」

「だろうよ」フィルギアは自分でもスシをつまんだ。「あと、奴らが引き下がるまでは、ネオサイタマからは出ないほうが身の為。多分、何かの縛りが課されてる」「それを心配するのは奴らだ。逃がしはしない」「……ま、その意気だよ」フィルギアは首を振った。「ピザタキの連中には伝えるのか?」

 無雑作な問いだった。ニンジャスレイヤーはタマゴ・スシを取り、眉間に皺寄せ、長く咀嚼した。フィルギアは答えを急かしはしなかった。やがてニンジャスレイヤーは顔を上げ……「そこまでです!」ターン! 入り口のショウジ戸が勢いよく開け放たれた。二人の視線の先、戸口には逆光となった人影。

 フィルギアは苦笑した。コトブキは砕けた足元に注意しながら、ひょいひょいと破れタタミの上に上がり、彼らのもとへ決断的に向かってきた。「途中から訊かせてもらいました……! そのう、そこの外で!」そしてコトブキは手にした紙パックを差し出した。「配達ピザ、食べますか!」「スシがある」

「俺がもらう」「ドーゾ」コトブキは憮然として、ピザ箱をフィルギアに押しつけた。『ザリザリザリ……オイ! いたのか、ニンジャスレイヤー=サンは!』コトブキは喚き声を発する携帯端末をブルゾンのポケットから取り出し、タタミに置いた。『依頼が詰まってンぞ!』

「タキ=サン、新規依頼は停止重点な」コトブキが屈み込み、ニンジャスレイヤーのかわりに答えた。「今から作戦会議が必要だと思います!」『話が見えねえ』「イヒヒヒ……」フィルギアは笑い、ピザを食べ始めた。ニンジャスレイヤーは空になった重箱に蓋をして、アグラ姿勢で腕を組み、目を閉じた。


2

 ネオサイタマのあちこちで不可解な事件が起こり始めていた。

 ひとつひとつは些細な出来事であり、注意して観察せねば、それぞれの関連性など決して見いだせぬ事件の連なりであった。

 カルト教団絡みの、令嬢連続行方不明事件。ニンジャ連続ツジギリ事件。白昼の市街で突如フリークアウトし、陰惨な殺人を行い、頓死する者達の事件。どれも、ネオサイタマにおいてはチャメシ・インシデントである。それゆえ、気づく者は居なかった。

 キモン、KATANA、マッポ・コーポレーション。治安を司る諸組織は市民や提携メガコーポによる通報に注意を払い、都度、調査を行った。闇カネモチは賞金稼ぎを雇い、或いはピザタキに依頼を持ち込む者もあった。

 ……数多くの未解決事件に紛れ、それらの事件を引き起こした者らの足跡は、ネオサイタマの闇に紛れてしまう。


◆◆◆


「……四つだ」「三つで充分ですよ!」「二つ、二つで、四つだ」「任してくださいよ!」ソバシェフが鍋に向き直り、ソバの湯を切る。白く退色した短い髪の男が割り箸を割ると、コンマ秒の時間差で、隣のヤクザも箸を割った。ヤクザスーツと細長い眼鏡、後ろに撫で付けた髪。それぞれ凶悪な風貌だ。

 ズルッ。ズルズルーッ。すすりの音が街頭広告音に掻き消される。「アカチャン」「ビックリシナイデネ」「ヤメテネー」……湯気につつまれた屋台街。ソバ屋台に並んで立つ二人は機械的な無感情で目の前のソバを食べ終え、それぞれの二つのドンブリを同時に重ねた。二分とかからぬ速度だった。

「「おやじ。勘定」」湿ったカウンターに同時に素子を置き、同時にノレンをかきわける。二人はハンコで捺したような渋面を並べたまま、ストリートを歩き出した。「安い、安い、実際安い」「タケミのキング、アーン!」「他店舗より高いって? それは、安心さです!」広告音声が鈍色の空を埋め尽くす。

「チーッチチチチ、チチチチ」眼鏡のヤクザが歯をせせった。白い髪の男の顔を、延髄側から迫り出してきたクロームの装甲がメンポを形成し、覆う。前方から、市民を威圧し、張り倒しながら、半身サイバネ置換タフガイ五人組が歩いてくる。五人は二人を認めるや、表情を凍らせ、脇に退いてオジギ硬直。

「ウッシ。ウッシ。ウッシ。ウッシ。ウッシ」歩きながら、眼鏡ヤクザはオジギ硬直後頭部をリズミカルに打楽器じみて殴りつけていった。五人組は硬直継続。二人が雑踏からヨコチョに入ってゆくと、たちまち顔をあげ、「ナニミテッゾコラー!」手当り次第に市民を威圧し、脅し始めた。


◆◆◆


 ヨコチョの明度彩度は表通りの四分の一。道端に座り込んだ編笠老人達が、彼らを目で追う。「……実際……」歩きながら、眼鏡ヤクザが横目で白髪の男を見た。「最近どうスか。稼いでンスか?」白髪の男は答えない。問いが重なる。「俺も忙しい身なンスよ。昔と違うんだよな」「……そうか」

「俺が言いたいのはね。俺は値千金ッて事で、それは実際、秒単位でウチの組織の運営に関わる……アー……問題ッてワケなんで」「……」白髪の男は足を止め、眼鏡ヤクザに顔を向けた。「貴様のジツが適役だ」「ジツ?」「カトン使いが要る」「シックス・ゲイツのカトン使いスか?」「そういう事だ」


◆◆◆


 ガーランドとインシネレイト。ソウカイ・シンジケートの最高威力部門「シックスゲイツ」の二人は、かくして、ボンボリ・ディストリクトに徒歩にて入り込んだ。その名にちなんで、大小多数のボンボリをくくりつけたストリート・ゲートには、「ボンボリ街一同」の赤錆びた看板がかかっている。

 街路は狭く、「チューインガム」「海の風」「ぽまち」等のミンチョ文字が書かれた看板が迫り出して、なお通行を難儀にしている。ヤクザリムジンで乗り付けられない事が、インシネレイトは不満だ。しかしガーランドに言わせれば、目的地以前、この街区に踏み入った時点で警戒モードに入る必要あり。

 ボンボリ・ディストリクト。「サイアク・ウェンズデー」と呼ばれる株価暴落の余波で連鎖的に粉飾決算が明るみとなり倒産、グループ解体となったポンポン・エンタープライズ社のかつての支配地だ。ネオサイタマの一角を治める暗黒メガコーポの突如の消滅は過去に例がなく、後の支配権は揉めた。

 他企業が牽制しあい、手をこまねいている間に、ボンボリの市民は取締役会一斉セプクによって機能喪失したポンポン社敷地を襲撃し、重火器やDJ機材を略奪。殺しが殺しを呼ぶ治安凶悪ディストリクトと化した。やがてコップの嵐が収まるが如く、いびつな秩序が街区内に形成されるに至る。

 ボンボリ・ディストリクトはネオサイタマの外れに位置し、地区面積も狭く、ネットワーク・インフラも貧弱で、パワーゲームの舞台とするにはいかにも魅力が薄い。各社が深入りしなかったのにはそういう理由もある。街区は経済ニュースからは忘れ去られ、治安維持費を支払う主体もない。小さな混沌。

「ヨソモノヤッチマンゾー!」KRASH! 錆びた装甲板を内側から蹴り壊し、ガトリング砲を装備したサイバネ者が飛び出した。既にガトリング・バレルは充分に高速で回転している。問答無用殺戮の構えだ。BRRRTTTT!  ガトリング砲が火を吹き……「イヤーッ!」「アバーッ!?」その者は火柱に変わった。

「いきなり何だコラ……」インシネレイトは握った拳を開き、焦げカスとなった弾丸を撒いて捨てた。「アバババッ!アババーッ!」燃えながら倒れたサイバネ者に、壁の下の穴から這い出してきた他市民が消火器を噴きつけ、ののしった。「ウチに燃え移るだろうが! 死ね!」「もう死んでるぜキャハア!」

 二人の消火市民は、消し炭と化したサイバネ者の身体から、使えるジャンクパーツを剥がしにかかる。「アチッ! 火傷すんだろが」「なんか楽しい事ねえかなあ!」道を塞ぐ彼らに、インシネレイトは容赦のないケリ・キックを喰らわせた。「イヤーッ!」「グワーッ!」「アイエエエ!」

 身悶えしながら、彼らは血走った目を見開き、振り返ってインシネレイトに電磁銃を向けた。「イヤーッ!」「アバババーッ!」インシネレイトが腕を無雑作に振ると、新たに二つの火柱が生じ、新たな消火市民が飛び出してきた。「マジでクソな街だぜ」インシネレイトは吐き捨て、ガーランドの後を追う。

「アレか」追う途中でインシネレイトは足を止め、バラック建築物の隙間、やや離れたブロックの建築物の霞む影を眺めた。スモッグの中に屹立する巨大な柱……ポンポン・ビルディング。かつてのポンポン・エンタープライズ社屋ビルの成れの果てであり、この街区の全て。市街の他の部分は残滓である。

「この場所全体、カビの生えたフートンのニオイだぜ。それから焦げたゴムのニオイがすんだよな」「お前が焦がしたのか?」「なんか面白い事言ったスか」「何がだ」二人のニンジャは足早にバラック建築のあわいを歩き進んだ。(アカチャン……)(オッキクネ……)滲むような広告音声が届く。

 曲がりくねった道を進むこと、しばし。やがて彼らは遠くの印象よりもずっと高い高層ビルディングを前にしていた。周りのバラックとのあまりの落差、高低差。「……このクソビルに、クロスカタナをナメ腐った奴が居るって話ッスよね」インシネレイトの声に凄みが生じる。眼鏡を指で押し上げる。

 ポンポン・ビルディングは真上から見下ろせば八角形をしている。暗黒メガコーポ他社からのロケット弾攻撃に完全耐久する重装甲の建築物は、そのまま朽ちて、内に正体不明の混沌の煮こごりをはらむ檻と化したのである。「ビルの中は一個の街だ」ガーランドが言った。「支配者は "ザンキ・ギャング"」

「そりゃ抗争ッスね。ザンキ? 聞いた事ねえッス。身の程知らずどもめ。だけどよォ。そんなくだらねえ事に、俺を動員したンスか? 俺、値千金のシックスゲイツですぜ」「ギャングは実際……」ガーランドは答えながら少し考えを巡らせる。「……さほど問題ではない。無論、俺達を攻撃してくるだろうが」

「なら何スか」「それを、これから調べる」ガーランドは淡々と答えた。「下手人はこのビルにいる。捕捉し、尋問する。判っているのは貴様に共有した、殺しの手口だ」「アレね」インシネレイトはビルを見上げ、タバコに超自然の火を灯して、紫煙を吐いた。「胸糞悪いもん見せますよね」「苦手か?」

 ニンジャは爆発四散すれば儚く消え、死体はたいてい残らない。だが、爆発四散に至るまでに散らばった四肢や食いちぎられた部位はその場に残る。ズタズタに喰い荒らされ、穴だらけになった残骸を幾つか、ガーランドは確保し、画像データにも残した。それからニンジャの一人のサイバネアイからサルベージした断末魔動画データ。

 映像の殆どが死のノイズに潰され、下手人の詳細まではわからない。ただ、その用いる武器はよくわかった。蝿だ。「蝿をやるンスか? シックスゲイツのカトンで?」「……侮るな。インシネレイト=サン」ガーランドはインシネレイトの目を見て言った。「ソウカイヤのニンジャが何人も殺られている」

 然り。今月に入って、ソウカイ・シンジケートのニンジャが立て続けに死亡している。死因不明のものも幾つかあるが、幾つかは手がかりを残していた。それが蝿だ。蝿を使うニンジャ。ガーランドは痕跡を執念深く追い続け、最終的に、このボンボリ区のポンポン・ビルディングに的を絞り込んだ。

 当然、まず彼は抗争の火種を疑った。だがすぐにそれは怪しくなった。蝿に殺されたニンジャはソウカイ・シンジケートの所属に留まらず、そのニンジャの所属組織もバラバラで、ソウカイヤとの関係値もまちまちだ。目的が、あるのか、無いのか。異常に力をもった発狂サイコパスの類か。今はまだ判らぬ。

 詳細は下手人を尋問・拷問し、明らかにする。どちらにせよ、ソウカイニンジャ複数名が死亡している以上、ただで終わらせる選択はありえない。真実を掴み、必要に応じて血で贖わせる。そういう事だ。「蝿のニンジャを見つけ出して、殺る……」インシネレイトは言った。「そりゃまあ確かに俺のカトンで上等ッスけど」

「不服そうだな」「だって蝿ッスからね。楽勝過ぎる。俺のカトンは多分、四千兆度はあッからよ。くッだらねえジツは全部焼きますわ。アンタや他の奴らじゃ手も足も出ねえのかも知れませんがね……」「お前が片付けるなら何の問題もない。値千金の話なら、俺が後で幾らでも聞いてやる」「勘弁スね」

 彼らはポンポン・ビルディング正面に接近した。地面にはボール紙やブルーシート、毛布の切れ端が折り重なっている。「ジゴクが待つ!」襤褸をかぶった老女がいきなり身を起こし、杖で二人を指し示した。「ジゴクが待つのじゃぞ!」「何だァ? ゴミかと思ったじゃねえかババア。殺すぞ、どけ!」

「ジゴクなのじゃ!」「チ……」インシネレイトは老女を足で軽く蹴り転がすと、ズカズカと先に進んだ。「アイエエエエ! 骨が折れた! 一千万支払え! 呪われよ! ジゴクじゃ!」老女の罵りを背中に受けながら、二人は正面隔壁に辿り着く。「面倒くせェ」インシネレイトが呟く。ガーランドは腕組みして一歩下がった。「やれるか」「平気スよ」

 インシネレイトは隔壁のロック部に手を当てた。「……イヤーッ!」力が集まり、ロック部が赤橙色に変わり始めた。液晶パネル「来客拒否時間」が乱れ、「熱い温度です」に変わったあと、「01001001」に変わり、消失し、それから、溶け始めた。ガーランドが屈み込み、隔壁と床の間に手を挿し入れた。

「ヌウ……ウウウウ……!」ガーランドの背に縄めいた筋肉が盛り上がった。力を込め、押し上げる……隔壁が……ゆっくりと……持ち上がる。インシネレイトはそのさまを見つめ、言葉を探したが、見つからず、やがてガーランドの横にやってきて、隔壁の持ち上げに力を貸した。

「ジゴクじゃあ! そんな事をしてはバチなのじゃあ!」老女が杖を振り回し、後ろで喚き立てた。「絶対に凶運が待つ! ジゴクじゃぞ! 一千万円支払うのじゃ!」虚しい脅しだった。「「……イヤーッ!」」隔壁が上へ跳ね上がった。二人のニンジャは埃っぽい空気と闇の中へ、ズカズカとエントリーした。


3

「アイエエエエ!」天井のダクトカバーが脱落し、その後、そこから人間が床に落下した。「ハアーッ……ハアーッ……ハアーッ、ゲホッ、ハアーッ!」彼、サイダ3は、咳混じりの荒い息を吐き、這いずりながら、周囲の気配を探った。アドレナリンが改造ニューロンを刺激。網膜に「安心」の漢字。

「ハアーッ……クッソ……ハアーッ、チクショ……」サイダ3は罵りながらガスマスクを外し、深呼吸した。「スーハースーハー。い、生きてる空気ジャン……!」だが彼は用心深く再びガスマスクを装着。「もう少しだ……エット」彼は廊下を四つん這いで進み、壁の階数表記を確認した。七階。「フー」

 中腰姿勢になった彼は、そのまま廊下を吹き抜けに向かって進んだ。このポンポン・ビルディングは真上から見れば正八角形で、中央がやはり正八角形型の吹き抜けになっている。彼はまずその吹き抜けに向かっていった。壁には「アソビ」「喧嘩」「性器」などの激しい文字落書きがスプレーされている。

 呼吸を整えながら、壁に手を付き、進む。壁のペイントは極彩色。「星野」。「団結心」。「スラムダンク」……。やがて彼はバルコニー風に一応の落下防止が施された吹き抜け部に到達した。やや危険だ。彼はまず上を見上げてヤバイ奴に見られていないか確かめ、それから再度後ろを見、下を見た。

 ビルは88階建て。空は随分遠い。そして下。7階の高さから落ちれば命が無い。サイダ3の目的は当然、この狂った檻からの脱出だ。だがこのビルは現在、隔壁が降ろされ、出入りは困難。彼はモヒカンヘアを立て直した。「チックショ……こっから……」カゴーン! その時、隔壁に異変。跳ね上がったのだ。

「何……?」サイダ3は目を瞬き、光と、床に伸びた長い影と、跳ね上がった時とさほど変わらぬ速度で無慈悲に再び落下する隔壁に注目した。ブガー! ブガー! ブガー! 警報音が鳴った。何かマズイ! 侵入者!?「ヤバ……!」サイダ3はキョロキョロと見回し、落下防止柵越しに覗った。侵入者は二人入ってきた。

 警報音はすぐに止んだ。罵りとガチャガチャいう物音が下から聞こえた。低層階のザンキ・ギャング達が走り回っているのだ。このフロアは大丈夫か? サイダ3は唾を飲む。この辺の奴らが、上で起きた事など知る筈もないから、サイダ3の腕のバーコードや鬼のエンブレムを見せれば、身内と思ってくれるだろう。堂々としていればいい。

「ザッケンナッテンダヨ」「コマッテンゾ!」「オラッショ!」ギャング・スラングを口々にかわし、2階・3階の吹き抜け沿いにサイバネ者達が並んで、銃を構えた。入ってきた二人は立ち止まり、見渡した。サイダ3はサイバネアイを調節した。「何だ……誰……アイエッ!?」クロスカタナ紋、確認。

 網膜ディスプレイに「総会屋」の漢字が灯った。即ち、ソウカイヤ。ソウカイ・シンジケート構成員。更には「ニンジャです」のアラートが灯る。「マ!?」サイダ3は反射的に一度深くしゃがみこんだ。「ソウカイヤのニンジャ?」……「ナニヤッテンノ?」サイダ3の後ろからキッズがいきなり声をかけてきた。

 このビルにはキッズも住んでいる。ポンポン・ビルディングの下階はもともと、ショッピングモール。ボンボリ市街から流れ込んできた市民家族が、ザンキ・ギャングに税金を支払って、保護してもらい、部屋を充てがわれて暮らしているのだ。サイダ3はキッズにキツネサインを向け、下がらせた。面倒だ。

「出迎えご苦労! 手厚いじゃねえか」侵入者の一人、インテリヤクザ風の男が挑発的に叫んだ。一階ホールを進み出てきたのは……ナムサン……サイダ3も当然知る男。ザンキの皆が恐れるゴッドフレア・タツヤ。両腕に火炎放射サイバネを仕込んだ悪逆非道のタフ・スモトリだ。そしてその取り巻き。

「フレッシュミートども。この俺のゴッドフレアでステーキにされる為に、インタフォンも鳴らさずに来やがったワケだなァ?」ゴウウウ! 威嚇火炎放射! 手首に放射装置増設済!「俺の名はゴッドフレア・タツヤだ」「ドーモ。ガーランドです」「インシネレイトです。こちとらソウカイヤだコラァ!」

「ソウカイヤだってよ!」「ギャハハ!」取り巻き達が笑った。彼らも火炎放射器装備。「ここにはクロスカタナはねえよ。ザンキ・ギャングのオニ印だぜ」「その通りよ!」ゴウウウ! 威嚇火炎放射! 2・3階からは銃火ギャングが地上階に威嚇射撃! BRATATATA!「何だ」「カチコミ?」吹き抜けに集まる市民達!

「コロセー!」「コロセー!」この7階に住む連中も次々吹き抜け周りにやってきた。サイダ3は困惑した。この騒ぎでは、脱出どころではない。「ソウカイヤ野郎、邪魔くさいジャン……とっとと死んでくれよ」彼はどうしたらいいかわからぬまま見守った。ゴウウウ! タツヤは更に威嚇火炎放射。「オラッショ! ソウカイヤ、ビビッテンノ?」

「……少し待っててくださいや」インシネレイトと名乗ったインテリヤクザが白髪の男、ガーランドを見て言った。ゴウウウ! ゴウウウ! タツヤはゴッドフレア威嚇火炎放射を継続!「ビビッテンノ? ビビッテンノ?」凄まじい炎がインシネレイトの顔をかすめる。平然としている。あのソウカイヤ、どうする気だ? サイダ3は戦慄した。銃火器の包囲もある。ニンジャでも死ぬ。

「貢物を持ってきたなら、今すぐ地面に置いてドゲザするがいいぜ!」タツヤは火炎放射しながら笑った。「それとも、」「イヤーッ!」インシネレイトが燃えた。火炎放射に触れたのか。違う。内なる炎が溢れ、迸り、サイバネ火炎放射を押し戻し、塗り潰し、そのままタツヤを飲み込んだ。「アバーッ!?」

「イヤーッ!」「アバババーッ!」インシネレイトがジツにさらなる力を込めると、遡った炎はもはやタツヤを火柱に変えた。「アババババッ!」タツヤはのたうち、隣の取り巻き一人を巻き込んで火柱を二つにした。「アババババババーッ!」「アイエエエエエ!」逃げ惑う上階見物市民たち!

「イヤーッ!」インシネレイトは腕を捻った。二人を焼いた炎がねじ曲がり、横で唖然とするもう一人の火炎放射取り巻きを飲み込んだ。「アバババババーッ!」ナムアミダブツ!「ナメンナヨ……ゴッドつったらよォ、俺インシネレイトがゴッド・オブ・カトン・ファイア・オブ・ソウカイヤなんだよ!」

 インシネレイトは罵りながら、消し炭と化した無惨な焼死体を蹴散らした。彼をめがけ、2・3階の銃火ギャングが十字砲火を開始!「ザッケンナッテンダヨー!」「スッゾー!」BRATATATATATAT!「イヤーッ!」迎撃しようとするインシネレイトを押しのけ、ガーランドが得物の鋼鉄鞭状武器を打ち振る!

「何するンスか、ガーランド=サン!」「ビルは燃やすな」ガーランドは憤慨するインシネレイトを咎め、鋼鉄ワイヤー鞭で銃弾を弾き、切り裂く。BRATATATA! BRATATATA! 十字砲火継続! やがて彼らは吹き抜けから死角となる場所に向かって走り出し、サイダ3の位置から見えなくなった。

「コロスゾ!」「チャメスゾ!」2階ギャングが続々、下へ飛び降り、彼らを追っていった。恐れ知らずだ。ザンキ・ギャングは電子ドラッグ「ザ・トム」を常習する。恐怖を消す薬なのだ。

 BRATATATA! BRATATATA! やがて銃声、破壊音、そして「イヤーッ!」「グワーッ!」「アバーッ!」カラテシャウト、悲鳴、断末魔が、見えない位置を移動してゆく。「アッチダゾ!」「チャメセ!」3階ギャングが罵りながら走り回る。

「アイエエエ!」「アイエエエ!」市民達はザ・トムをやっていないから、突然の焼殺光景と抗争を一瞬で引き起こした侵入者の行いに対してNRS(ニンジャ・リアリティ・ショック)症状を引き起こし、それぞれがピンボールの球のようにぶつかり合いながら走り回った。

「クソ……!」サイダ3は唸った。彼はお抱えハッカーの立場で上層に暮らしていた。だから、ザンキ所属のニンジャも何人か知っており、NRSは免れる。ニンジャは銃弾を指先で掴み取ってしまうし、走って避けたり、今のガーランドのように、異様な武器で防いでしまう事もある。しかしあれ程の包囲攻撃を……やはりニンジャは恐ろしい。

「「アイエエエエ!」」走り回るNRS市民の悲鳴をすかして、BRATATATA! BRATATATA! 断続的な銃声がいまだ下から聞こえてくる。これでは下階から脱出をはかるセンは無しになった。BLAMN! 下の何処かからの跳弾がサイダ3のガスマスクを掠めた。「アイエエエ!」危険過ぎる。彼は廊下に後退した。

「ク……クソッ……上か? 下か?」サイダ3は非常階段の前で逡巡した。ブガー! ブガー! パウー! パウー!「カチコミ! カチコミ!」警報音が再び鳴り響き、赤い照明が点滅し、遅ればせのスプリンクラー噴射音が吹き抜け方向から聞こえた。彼が逡巡している間に、非常階段入口に隔壁が降りた!

「ア……ヤバ!」サイダ3は慌てた。しかし入るのもダメだ。非常階段に隔壁が降りる場合、踊り場一つ一つが封鎖されてしまい、完全な閉所放置状態となる。サイダ3は後ずさった。……「イヤーッ!」そのとき、締まりかけの隔壁の隙間から、何かが廊下へ転がり出てきた。”何か”? 誰か、だ。人だった。目が合った。

 その女はベリーショートの緑髪で、猫のような、縦長の黒目と青白い虹彩の瞳をインプラントしていた。印象的な目に、サイダ3は吸い込まれそうになった。しかし女の反応はロマンティックなものではなかった。「イヤーッ!」「グワーッ!」肘で体当たりされ、首を押さえられて、壁に押しつけられた。

「カハッ、シュコーッ……」「イヤーッ!」「グワーッ!」女はサイダ3のガスマスクをむしり取り、顔を掴み、後頭部を壁にヒットさせた。「グワーッ!」「……!」「やめ……助けて」「……!」「あ、あんた……誰……ザンキ・ギャングじゃないですよね……?」「……!」「殺さないで……!」

「……殺されそうになった奴は大体そう言う」「助け……」「ニンジャや、薬をキメたここのギャングは反撃してくる」「俺、反撃しません……!」「……」女はサイダ3を床に叩きつけた。サイダ3は嗚咽し、身体を丸めた。女はサイダ3を踏み締めた。「名前、立場、所属を言うといい、お前」

 それはこっちの台詞だ。なんて図々しい奴。サイダ3のニューロンを瞬間的に憤慨の感情が駆け抜け、その後、アドレナリンの震えが生じた。「お、俺は……サイダ3……元……元!(彼は強調した)元、ザンキ・ギャングの……ハッカーです」「サイダ3? 確かにハッカー気取りな名前だな」「ハッカーなんです」

「ハッカー」女は呟いた。サイダ3の網膜サイバネが彼女の目に反応し、「ヨロシサン:バイオインプラント:不明:シャガイ級な?」の表示を返した。「お、俺……上から逃げてきて……いや……逃げようとしたら……ヤバくて……ちょっと、頭が一杯一杯になっちゃって……」「上から」女の目が動いた。

「ふうん……上から来た……」女はしゃがみ込み、サイダ3の襟首を掴んで引き上げ、壁に座らせた。そして顔を近づけた。「役に立つかもしれないな、君」「役?」「案内役だよ」「エ、待ってください。俺、このビルから逃げたい……」「何故?」「それは……色々あって」「ド屑が。ちゃんと喋るんだ」

 サイダ3は失禁をこらえた。「だって、マジで信じてくれるかわからないし……」BRATATATA……「逃げようとしたら、下は下で、カチコミで……」女は不意にサイダ3の頬を張った。そして頬を掴み、揺すった。「落ち着くんだ。呼吸して」「スウー……」「そうだ。さあ、喋るといい。しっかり」

 女の首のあたりからジュニパーベリーのような匂いがした。こいつはニンジャで、いつでも自分を殺せる。彼はそれを理解している。だから、つとめて淀みなく喋った。「す……少し前、ザンキ・ギャングの首領が他所者に殺られて、残った奴らはそのままソイツに従ったんですけど」「ふむ……」

「エット……待遇が露骨にまずくなって。それで、逃げたいなと思った時には……もう大分ヤバくなっちまってたッていうか。すげ変わった奴、まともな人間じゃなかったんですよね。それで上全体がもう、ジゴクになっちゃって」「どんな」「蝿なんです」「……」「発狂マニアックみたいですか? 俺」「全然。蝿。そうか」女は頷いた。「君、いいね」

 瞬間的な照れと、その直後に不審と恐怖が彼のニューロンを満たした。「いいッて?」「案内役だ。上から来たハッカー。最高だよ、サイダ3=サン」「え……案内役……エ……」「私を上に連れて行くんだよ、サイダ3=サン。実際、それが君の唯一の明るい未来だ」「待って……俺、逃げたいんですよ?」

 パパン! 女はサイダ3の頬を往復で張った。「深呼吸」「スウー……」「よく考えるといい。下で銃撃戦……私は詳細を知らないが……君はそこに飛び込んで外に突破する実力もカラテも持たない屑だ。降りれば、死ぬ。犬死にする。そうだね?」「……そうです」「ならば、私と来るしかないだろ」

「でも」「でも、とか、だって、じゃないんだ、世の中は。君の未来は私と共に上に行ったその先にこそ在るんだ」女は一度も瞬きせずに至近でサイダ3を見ている。「ここで君を置いて行くメリットが私に何もない。それもわかるか?」「……ハイ」「決まりだ」「……ハイ……」サイダ3は嗚咽した。

「よし」女は微笑した。そして一歩下がり、懐に手を入れた。「君と信頼関係を築こう、サイダ3=サン」彼女は特徴的な緑の名刺を取り出し、サイダ3に渡した。会社名、ヨロシサン・インターナショナル。この緑は即ち、ヨロシグリーンだ。そこに名前がある。クレッセント。

「クレッセント=サン……」「それが私の名前だ、ニンジャとしての」彼女は頷いた。「今から私に協力してもらう。契約は……」ブレスレット型の端末を操作し、「扱いとしては現地スポット雇用のフリーランスでいいね」「スポット雇用?」「要するに、私の決裁権限の範囲で、カネは払ってやる」

「カネ……俺」「君の仕事は、私を上層に案内し、バイオ蝿の源まで連れていくことだ。やるか? 犬死にか?」「や……」サイダ3は乾いた唇を舐めた。「やります」キャバアーン!端末が契約成立音を鳴らした。「グッド。その他の確認事項は、道すがら」クレッセントは立ち上がり、彼に手を差し伸べた。

 BRATATATATA……TATATATATATATA……下では銃撃音が徐々にまばらになっている。遅かれ早かれ、恐ろしいソウカイヤのヤクザニンジャが場を掌握し、さらなるジゴクが始まる。サイダ3は覚悟を決め、クレッセントの手を取り、立ち上がった。上のジゴクに戻る為に。


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