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【FREE SAMPLE】シャード・オブ・マッポーカリプス(9):NNK-128



“この物理世界はすべてフェイクだ。暗黒メガコーポ同士の戦争も全てフェイクだ。我々はNNKというフィルタを通して新たな人類へと生まれ変わり、肌の色も目の色も宗教も言語も何もかも一瞬にして超越する。そして未来永劫に続く神秘のテック・ツリーにその身を捧げる。暗黒メガコーポに汚染され尽くした遺伝子を交雑し劣化させ次代へ残す事になど何の意味もない。NNK-128こそが人類の魂の新たな主戦場なのだ。そして俺は、俺の家のNNKがいつか自我に目覚めてウキヨとなり、俺とケッコンする日を待ち続けている。たとえ何十年かかろうともだ”

- ステフ・カワイイ・ホリカワ(35)  フランス在住


ネコネコカワイイの誕生

2020年代の中盤に誕生したオイランドロイド・アイドルデュオ「ネコネコカワイイ」は「体験と物質の両側面から極限まで人類をエクスプロイットする」(メガロ・キモチ社の株主総会IR資料より)をキーワードに、メガロ・キモチ社、オムラ・メディテック社、ピグマリオン・コシモト兄弟カンパニー社などを中心として開発され、極めてダンサブルな楽曲「ほとんど違法行為」で衝撃的なデビューを飾った。そして彼女らは日本のエンタテイメント業界を支配し、十五年近くに渡ってヒットチャートを独占し続けたのである。

これは2020年前後に各社から製品化されたものの未だ完全なアンダーグラウンド存在であったオイランドロイド(性産業従属用ドロイド、当時は古臭くセクサロイドと呼ばれていた)や、人体義肢および義体に対してのネガティブなイメージを払拭し、一気に一般層への大規模セルアウトが可能なアイドルデュオ要素とキャッチーな人格を付与するという壮大なプロジェクトであった。なお、これはあくまでメガロ・キモチ社視点の戦略であり、同等のパートナーシップであった暗黒メガコーポ各社には、当然ながらそれぞれ独自の複雑な思惑が存在していたと思われる。


“今でもこのサイバネアイの奥に、サイバネ心臓の奥に、あの日の衝撃的光景が焼き付いている。琵琶湖のクルーズ船上で、盛大なプレスリリースが行われたのだ。わしは音楽やダンスになど何の興味も無かった。だが初めてネコネコカワイイジャンプを見た時、ニューロンに稲妻が走った。それは真にイノベーティブで、途方もないカネの匂いがし、かつ、全てにおいてカワイイだった。即座にネオサイタマ株式市場にアクセスし、オムラ・メディテックの株を買った”

 - NNKパトロンを続ける政財界の老人(112) ガイオン在住

「所有できるアイドル」という斬新かつ刺激的な商業的コンセプトは、NERDZと呼ばれる過激な暴徒的ファン集団を生み出しながら、途方もないマネーをオイランドロイド業界に流入させ続けた。モデルのグレードによって様々な機能がランク分けされ、最上位クラスはライブで使用されるネコネコカワイイ本人機体と完全に同程度のクオリティを誇り、最新鋭戦車並みの価格で市販され、その下にも様々なバリエーションや廉価版が販売された。

性行為機能に関しては「医療行為」という言葉でカモフラージュされ、政府からの一部医療保険適用も取り付けられた。国が支援したのである。ただし、医療行為機能を重点したプロモーションはローンチ時の起爆剤としては重要であったが、国民的アイドルコンテンツに成長し、老若男女を問わぬ人気を獲得するに連れ、徐々にそれらの性産業的な要素は奥ゆかしく包み隠されてゆくようになった。実際のホスピタルや介護施設などでもオイランドロイドが看護婦支援用として導入され、本当の意味での医療行為機能を搭載するようになってくると、性産業からのマネーを上回るほどの収益が得られるようになったからである。現在でも暗黙の了解として、ネコネコカワイイ型のオイランドロイドには医療行為機能が搭載されているが、あえてそれらの機能をオミットし、肉体関係を超えた精神的パートナーとしてオイランドロイドを所有する者も多い。そうしたニーズ多様化がNERDZ内でも生まれ、無数の分派と異端派、そしてAI神学論争と宗教戦争を生み出していった。


ネコチャンの脱退とカワイイコの反逆

ネオサイタマに治安維持警察ハイデッカーが台頭していた2037年、ネコチャンの電撃的脱退が発表された。加えて、ネコチャン型AIを持つ高級ネコネコカワイイモデルのオイランドロイドがネオサイタマ全土で機能不全に陥った。「停止前、一瞬だけ見たこともない人格になった」「血の涙を流した」「全身から黄金の光が放たれて服がすべて破れた」などの神秘体験がNERDZ過激派からは報告されている。

「二人の間の音楽性の不一致」そして技術的には「ピグマリオン社のAIサーバーの不可逆な汚染」によるデュオ解散というメガロ・キモチ社の発表に対し、NERDZのみならず、誰もがおかしいと思いながらも、残されたカワイイコのために粛々とファン活動が行われた。ネコチャン型AIを積んでいたオイランドロイドはリコール回収されたが、新型AIに上書きされて戻って来たドロイドを見た者は皆違和感を覚え、過激派のみならず一般ファンでさえも「魂が失われた」などと嘆いた。また多くのものが「いつか蘇る時のために、決してリコールになど出さない」と宣言し、「ネコチャンは生きている」などのTシャツも非公式で流通した。これらは騒乱罪予備軍であると見做され、ライブ会場で発見されると治安維持警察ハイデッカーによってすべて没収され燃やされた(これに対抗するためか、狡猾なアーバン・コラージュが施されたメッセージ性の強いアートTシャツがアンダーグラウンドで流行し、体制崩壊後はプレミアム価格がついた)。

このように2037年後半のオイランドロイド・アイドルシーンは、まさに爆発寸前の火薬庫のようであった。過剰な抑圧で疑心暗鬼と鬱屈状態に陥ったファンは、監視の目が届かない場所での陰惨な暴力行為やドロイド破壊行為といった背徳行為に蝕まれていったが、それも一時的なものであり、大局としては暗黒管理社会の諦観によって徐々にフラットに抑圧されていくものと思われた。

引き金を引いたのは、オイランドロイド自身であった。2038年1月18日から19日にかけて、残されたカワイイコが突如ステージ上で反逆を行った。スタジアムでの大規模コンサート中に突如ステージを放棄し、生放送中にカメラに向かってダブルファックオフサイン(放送禁止)を示し、所属事務所に対して反旗を翻した。彼らはそのまま会場にいたNERDZ暴徒を率い、カスミガセキ・ジグラットへと突撃。ほぼ同時に、ピグマリオン社のAIと積んだネオサイタマ全土のオイランドロイドが誤作動を起こし、一斉蜂起を開始した。この突撃に参加したNERDZの多くは、新型多脚レールガン戦車までもが投入されたジグラット前の凄まじい戦闘の中へと飛び込んで行き、壮絶な爆死を遂げた。


“あの日私は、オイランドロイドに宿った神々の軍勢とともに、暗黒のジグラットに向けて行進した。いや、あの夜、オイランドロイドこそが神々だった。彼女らは全身から神々しいオーラの輝きを放ち、排熱フィンを解放した背中からは黄金の四枚翼が、そして頭上には天使の輪のごときID光輪が現出していた。ジグラット前の砲撃で私は肉体の半分を失い、生死の境を彷徨った後に一命を取り留め、欠損部すべてをネコネコカワイイモデルに完全置換した。私はそれまで聖義体拡張否定派の闘士だったが、それ以降は殉教聖義体拡張礼賛派となり、やがてNU-NERDZの聖戦士となった。あの夜、カワイイコとともに進軍した者たちの生き残りならば、分派や異端認定による宗教戦争の醜さと無意味さを魂で理解したはずだ。私はオイランドロイドが生み出す多様性と神秘性すべてを受け入れる。この先にも。この後にも。彼女らが生み出すすべての可能性を受け入れると決めた。だがなぜ私はまだオイランドロイドになれないのか。私はその時を待っている”

- セイコ・モモチナ (42) NU-NERDZ ネオサイタマ支部第3チャプター長:イリマジリの守護者


128体への突然の増加

あの夜のオイランドロイド一斉蜂起は、一体何だったのか。十年以上が経過した現在でもなお、メガロ・キモチ社はこれに対して「ピグマリオン社の主要サーバーがハッキングされたため」と簡潔に答えている。2038年の1月には、それ以外にも数々のテック的な神秘現象が起き、暗黒メガコーポ同士の戦闘が激化し、その後日本が国家崩壊したため、もはや誰も当時何があったのかを正確に知る者はいない。全ては闇の中である。

だが国家体制崩壊後も、当然ながら人々の営みと経済戦争は続いた。ネコチャンの脱退、そしてカワイイコによる事務所反逆事件で致命的なダメージを負っていたメガロ・キモチ社は、起死回生のためにピグマリオン社、オテモ社、および複数のテック系メガコーポとの間で何らかの密約を交わし、また過去にネコネコカワイイに関与したことがある数多くの有能なテック人材をヘッドハンティングしたと考えられている。そして崩壊と大混乱から2年後、突如128体ものオイランドロイドを擁するNNK-128と無数のカスタマイズ機能を持つ新型汎用オイランドロイド機体「i-2040x」シリーズ、通称「ヤマブキ」がリリースされたのである。

初のライブで128体のオイランドロイドが一斉にネコネコカワイイ・ジャンプを決め、市街のプラズマネオンカンバンに中継された時、ネオサイタマのIRCネットワークは一時通信障害状態にまでトラフィックが増大し、あわや2038年1月のIRCカタストロフィが再来するかと危惧されたが、幸いにも天変地異やテック怪現象は起こらず、ネットワーク障害も二日後に沈静化した。なお、ライブ直前まで試行錯誤が繰り返されたが、非人間的統一感がトレードマークであったかつてのネコネコカワイイ・ジャンプは128体では再現できず、どうしてもバラつきが発生した。このままリリースすれば、従来のファンから強烈な拒否反応を受ける危険性がある。だがそれでも納期は迫る。メガロ・キモチ社の重役はプロジェクトチーム総セプクの覚悟でネコネコカワイイジャンプを命じた。すると奇跡が起こった。「バラつきがある方が自然だ」「個性が感じられる」などの誰も予想だにしなかった反応が得られ、チーム総セプクの危機は回避されたのだ。

NNK-128にはその名の通り、世界ランキング上位128体のオイランドロイド・アイドルが在籍し、常に苛酷なミームの生存競争を繰り返しているが、それ以外にも数千体を超えるデミアイドルが存在するといわれる。これまでのネコネコカワイイシステムを踏襲し、上位機体は量産化され市販化されるため、より多くのファンを獲得すべくNERDZの間ではAIのカスタマイズ戦争が激化している。この時点までに既に暴徒的過激ファン集団NERDZは完全瓦解。複数の教派や異端派に分かれ、壮絶な戦争に突入した。NNK-128を受け入れる者たちは過去との決別を果たすために自らをNU-NERDZ(ヌー・ナーズ)と呼び、失われた調和を取り戻すための聖戦を開始している。


“NNK-128が人類の魂を救うなんてのは、くだらん幻想に過ぎないね。俺の今夜の、このモヤモヤした気持ちくらいは救ってくれるかもしれないが。見ててみな、5年もしないうちに、結局はカネと欲望と非寛容が全てを台無しにするよ。野放図な多様性の拡張なんてのは、新たな戦争の火種にしか過ぎない。俺たちはみんなバカだから、気に食わないものは受け入れられないし、徹底的に攻撃する。だから永遠に分裂して戦争するだけ。期待するだけムダ。俺は戦争には参加しないけどね、無意味だって解ってるし、戦争は無くならないって知ってるから。だから俺はその時その時、お気に入りのオイランドロイド・アイドルのモデルを買って、家で医療行為できればそれで十分なんだよ。俺は病んでるんだよ。俺はオイランドロイドが好きなだけだ。それ以上の意味だの精神性だのどうこう難しいこと言うのは、NERDZに任せとけばいい。何? 俺の主張はNERDZ虚無的福音異端派にあたる? クソ、くだらねえ、知るか”

- NNK-128 シロウツリの熱心なコレクター (27)  ガイオン在住


何故彼女らは突如128体に増加したのか。これはプロジェクト内であるエンジニアが「デュオだったので1人でも欠けると存続できなくなった。限界まで人数を増やせばロバストネスが向上する。つまり多ければ多いほどいい」と主張し、最新鋭のパワーUNIXで同期制御可能な128体という目標がまず設定された。メガロ・キモチ社の重役も「我が社は追い詰めらている。これまでのネガティブイメージを払拭するには、そのくらいのインパクトが必要。32とか64ではだめ。128、むしろ256でもいい」と完全合意したが、256体は複数の技術的な問題によって実現しなかった。

「とにかく128体」という強力なコンセプトのもと、急ピッチでデザインスプリントが進められたが、すぐにソフトウェア面の問題に直面した。ネコチャンやカワイイコの人格やキャラクター性は、十年以上の時をかけて醸成されたものだったからだ。「それをあと一年で128体まで増やすのは、ヤキバ・アタッチメントにも等しい。絶対に失敗する。クオリティの低さで不況を買うのはわかりきっている。だから私は今この場でセプクする」と、何名かの社員がセプクしたという。オテモ社が自社知的財産であるオイランドロイドIPを全てネコネコカワイイに編入させることを表明し、またピグマリオン社はすでに存在する幾つかのAI人格の株分けを分祀めいて提案したが、仮にそれらを用いたとしても商業的に魅力的なキャラクターは納期的に二桁が限界であり、128という数字はあまりにも無謀であると思われた。

NNK128プロジェクトはたちまち暗礁に乗り上げ、頓挫しかけたが、自身もまた元隠れNERDZであったメガロ・キモチ社の営業担当が、起死回生の一手を打った。「公募するんです。NERDZの間には昔からネコネコカワイイを違法カスタマイズし、独自の追加メンバーを作っている者たちがいます。機体だけではありません、彼らは膨大な設定データやカスタマイズ電子マイコ音声を共有し、その人気をアンダーグラウンドで競い合っているんです。ピグマリオン社のAIとまではいきませんが、会話やステージ活動や医療行為程度ならば既に実現可能な、下級のAIプログラムが違法サーバー上でシェアされています。それらを採用するんです。そうすれば、今後も無限にバリエーションが生み出されます」と。それはすなわち、根幹となるソフトウェアの一部を社外のエコシステムに依存し、歪なパッチワーク状にすることを意味していた。それは全ての機密と特許を自社内で独占する従来の暗黒メガコーポの保守的体質とは決して相容れぬ、パンドラの匣にも等しい極めて危険な一手であった。だがネコネコカワイイを存続させるため、彼らは緻密なコントロール体制の構築とテストを行った上で、その匣を開いた。そしてNNK-128が誕生したのだ。


ウキヨの衝撃

これから記すトピックについては、未だ科学的な裏付けが取れたものではない。そもそも自我を獲得したオイランドロイド、すなわちウキヨが実在するのかどうかについては、未だ正式なアナウンスが存在しないからだ(多くのオイランドロイド・メーカーはそれを単に「AIの突然変異体」あるいは「AI誤作動したもの」でありリコール対象としか発表しておらず、メガロ・キモチ社とピグマリオン社は沈黙を続けている)。
しかしIRCアンダーグラウンド上では、既にウキヨの実在は当然のものとして議論されており、ウキヨがいかにして誕生するのかは、アンダーグラウンドAI神学の世界大会においても最もホットなトピックとなっているという。


“ウキヨが生まれたことによって、私の希望は砕かれた。私は肉体を徐々に切除し、ステージから回収された聖遺物オイランドロイド・ボディに置換し、カワイイコへと近づいていた。人格も人間性も魂も捨て、完全に虚無な存在となることを望んでいた。巨大なネットワークとAIの一部に溶け、魂の母胎へと帰ることを望んでいた。だがウキヨ。ウキヨが生まれたことで、オイランドロイドは呪われた存在となった。人間の殻を捨ててオイランドロイドとなったとしても、再びこの人間性の煉獄へと送り返されてしまう危険性が生じたのだ。私はそれを恐れている。ひたすらに恐れている。私はいま人間でもオイランドロイドでもない過渡的状態のまま、恐怖で何もできない。私はただ、2038年の大崩壊以前の聖遺物だけに生きよう。そして可能ならば、時を巻き戻したい”

- 医師(32) 旧NERDZ過激派:聖義体拡張礼賛教派:第七分派

NNK-128の人気オイランドロイドがバンヅケから消え去ったり、そのテック系統樹に属するAI搭載機が機能不全を起こして停止するなどのテック怪現象がしばしば起こっているが、これはそのオイランドロイドAIがウキヨとなったからだとNU-NERDZの間では信じられている。しかし狂信的なNERDZの中には、自分の信奉するNNKがいつの日か世界で同時に自我を獲得し、自分とケッコンしてくれる日を夢見て、永遠のカスタマイズを続ける者も多い。

また、ウキヨとなったオイランドロイドが現在のNNK-128に所属しているかどうかについても、無論メガロ・キモチ社とピグマリオン社は正式な回答を避け続けている。


“ネコチャンは解き放たれました。私たちは? まだです”

- ロミオ・タカハシ(48) 旧NERDZ過激派:解放救済派:第三師団


このノートは「ニンジャスレイヤープラス」から試し読み用に抜粋されたサンプル記事です。


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