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【アポカリプス・インサイド・テインティッド・ソイル】

この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版は、上記リンクから購入できる物理書籍/電子書籍「ニンジャスレイヤー ネオサイタマ炎上1」で読むことができます。

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ニンジャスレイヤー第1部「ネオサイタマ炎上」より

【アポカリプス・インサイド・テインティッド・ソイル】


 暗号「タヌキ」を紐解く過程で、フリージャーナリスト「ナンシー・リー」は危険な陰謀を捉えていた。ヨロシサン製薬が開発したバイオ・マッポをネオサイタマ警察が大量導入しようとしている。ナンシーはニンジャスレイヤーの協力をあおぐ。

 バイオ・マッポの導入を看過すれば、ネオサイタマの治安機構すらもソウカイ・シンジケートの手中に収められてしまうであろう。ニンジャスレイヤーはナンシーとともに、オカキ工場に偽装されたヨロシサン製薬のバイオプラントに潜入する。


「ゆくぞ」背後の声にナンシーは飛び上がるほど驚いた。ニンジャスレイヤーであった。「いつからそこに?」「……地図があると聞いたが。見せてもらおう」ニンジャスレイヤーは無感情な声で言った。ナンシーは色褪せたパンチ紙を取りだす。「一年前のデータだから、不正確かもしれない……」

 ニンジャスレイヤーは十数枚に及ぶパンチ紙を三秒で確認し終えた。「なるほど、あのオカキ工場……」身を乗り出し、崖下の貧相な工場を見下ろす。ひび割れたコンクリート製の瓦屋根と、小さな煙突が一つ。入り口のノレンに書かれた「オカキ」の文字。

「信じがたいかもしれないけど、確かな情報なのよ…」ナンシーが説明しようとするのをニンジャスレイヤーは手で制した。「言わずともわかる。見ろ。あの巡回警備員」ニンジャスレイヤーは二人組でぶらぶらと工場の入り口近くをうろつくツナギ姿の男を指差した。

「NN445で武装している。湾岸警備軍に支給される装備だ。それに、やつらの顔を見ろ。双子のように似ているだろう」ナンシーはうなずいた。「クローン・ヤクザね」「そうだ。あの顔はY12型、最新のクローン・ヤクザだ。ただのオカキ工場に精鋭武装のY12、ツーマンセルを三組。ありえん」

 入り口の二人、裏口にも二人。二階のバルコニーで、同じ姿勢でタバコを吸っている二人。計六人。全員が同じ風貌である。ニンジャスレイヤーにとってはあまりにも見慣れた顔立ちであった。彼のジュー・ジツを持ってすれば、クローン・ヤクザなど百人来ようが勝負にもなるまい。

 しかし、貧相な工場の中に何が待っているかわからぬ以上、力に頼って正面から突っ込んで行くのは愚策である。ニンジャスレイヤーは岩肌にクサビを打ち付け、崖下にザイルを垂らした。「下りられるか」「ええ」ナンシーは頷いた。ニンジャスレイヤーは片手でザイルをつかみ、崖を蹴りながら降りて行く。

 崖下、ナンシーが着地すると、すぐにニンジャスレイヤーはザイルを外した。特殊な力の掛け方をするだけで容易に外す事のできるザイルが、するするとニンジャスレイヤーの手に収まる。ドウグ社の「オナワ」は、マッポーの世に失われつつある職人の技を継承しつづけているのだ。

「ここで待て。片付ける」言うなり、ニンジャスレイヤーは身を屈めて滑る様に工場へ向かう。「オカキ」「水性」とペイントされたコンテナの陰から陰へ身を移し、入り口のクローン・ヤクザへ近づく。

 バルコニーの狙撃ヤクザが入り口付近から視線を外した瞬間を見計らい、ニンジャスレイヤーはコンテナの陰から門番ヤクザの斜め後ろに飛び出す。(イヤーッ!)(グワーッ!)(イヤーッ!)(グワーッ!)

 タツジン!まさに一瞬の出来事である。コブラのように滑り出たニンジャスレイヤーは右手のチョップで右の門番ヤクザのこめかみを粉砕し、そのまま跳躍すると、左の門番ヤクザの首を両脚で挟み込み、へし折った。両脚に勢いをつけ、門番ヤクザの死体を投げ飛ばす。もう片方の死体も投げ飛ばす。

 どさり、どさり。二人の死体は、蓋の空いたコンテナの中に間髪入れず投げ込まれた。コンテナには「燃えない廃棄」とペイントされていた。ニンジャスレイヤーは裏口の二人組を警戒しつつ、バルコニーの真下へ工場の壁伝いに移動した。休む間なく垂直に壁を登り始める。もちろん標的は狙撃ヤクザだ。

 ニンジャスレイヤーはバルコニーに手をかけ、タバコを吸う狙撃ヤクザのすぐ下まで肉迫した。バルコニーの縁につかまったまま、手すりにしつらえられた招き猫タイプの欄干を、手の甲でコンコンと叩く。「なんだ?」「どうしましたか」「音がしました」「何ですか」「わかりません」「わたしが見ます」

 狙撃ヤクザの片方が下を覗き込もうとする。(イヤーッ!)ニンジャスレイヤーはその首根っこを掴み、後ろへ投げ飛ばした。(グワーッ!)宙を飛ぶ狙撃ヤクザを狙ってトドメのスリケンを投げる。スリケンは狙撃ヤクザの眉間に突き刺さった。空中で絶命した狙撃ヤクザは先程のコンテナの中へ墜落した。

 残る一人が反応する時間すら与えず、ニンジャスレイヤーはバルコニー上に侵入した。(イヤーッ!)喉元にチョップを突き刺し、絶命させた。(グワーッ!)ニンジャスレイヤーはその死体も後ろへ放り投げた。死体は先程のコンテナの中へストライクした。

 次に、ニンジャスレイヤーは瓦屋根を伝って、裏口の二人組の頭上へ移動した。何も知らぬ最後の二人は、所在なさげに手持ちのアサルトライフルをもてあそんでいる。ニンジャスレイヤーはそこへ向かって飛び降りた。(イヤーッ!)(グワーッ!)(グワーッ!)

 タツジン!跳び降りながらニンジャスレイヤーは空中で二度蹴りを繰り出し、正確に、それぞれの裏口ヤクザの首を一撃のもとにへし折っていた。ニンジャスレイヤーは二人の死体をまとめて引きずって運ぶと、先程のコンテナの中へ軽々と投げ込んだ。

「片付いたのね……」ナンシーが物陰から現れた。ニンジャスレイヤーの静かなる殺戮をあらためて目のあたりにしたショックか、その整った美貌は心なしか青ざめていた。ニンジャスレイヤーは頷いた。「裏口から侵入する。赤外線モードを使って確かめたが、オカキ工場の中に生体反応は無い」

 二人は「デグチ」「非常識」とネオンで書かれた裏口の小さなドアを開き、侵入した。うちっぱなしの殺風景な廊下である。

「ここだな」二人は「給湯室」と書かれた部屋の前で立ち止まった。先程確認した地図に従えば、この部屋である。ドアは施錠されていたが、ニンジャ握力を持ってすれば障子戸に等しい。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは一息にドアノブをねじり切った。

 そこはまったくもって普通の、標準的な給湯室であった。畳敷きの茶室があり、火鉢とコタツが置かれている。壁には「定時」と毛筆された掛け軸が飾られている。ニンジャスレイヤーは迷わず、土足で茶室に上がって行った。

 掛け軸をずらすと、ドラゴンが刺繍された木製のダイヤルロックが現れた。「情報は今のところ正確だな」「右に回して4,6,4。そのあと左に回して3」ナンシーの言葉に従いニンジャスレイヤーはダイヤルを操作した。がちゃりと音が鳴り、茶室全体が振動し、ゆっくりと降下を始める。エレベーターだ。

 長い長い下降を経て、茶室は不気味な機械音とともに停止する。いま茶室と接しているのは巨大なシャッターである。「もうすぐ開きます」録音されたゲイシャの声が鳴り響いた。ナンシーはニンジャスレイヤーを見た。「生体反応は?」「大量だ」ニンジャスレイヤーは眉一つ動かさず即答した。「備えろ」

 ナンシーは入り口のクローン・ヤクザから調達したNN445アサルトライフルを構えた。手馴れた仕草である。「開きます」ゲイシャ音声が告げる。機構部からスチームを噴出しながら、大仰なシャッターがゆっくりと開いた。

 おお、なんたる光景!あんな貧相なオカキ工場の下にこのような工場設備が隠されていようなどと、誰が予想し得たろうか?二人は今、巨大な地下プラントを天井際の渡り廊下から見下ろしているのだった。縦横に張り渡されたベルトコンベアー、10メートル四方はあろうかという水槽(ヴァット)の数々…。

 工場は今も忙しく稼働している最中であった。白光タイプの電気ボンボリの冷たい明かりが水槽に満たされた怪しげなバイオ液に反射し、地下空間は緑色に照らされている。ヨロシサンの家紋がレリーフされた得体のしれない機械の数々が、コンベアーを流れる怪しげな物体を右へ左へ、やり取りしていく。

 そして、おお、ナムアミダブツ!なんたる禁忌!ナンシーが震える手で指差す先を見よ、水槽の中、等間隔で並んでいるのは、裸の人間たちである。あの水槽は培養装置なのだ。二人は今まさにクローン・ヤクザの製造工場を見下ろしているのだ!

「なんて……なんてこと」「生体反応の正体はこれか」ニンジャスレイヤーは注意深く眼下の警備体制を確認しようとした。広大なプラントであるが、設備は完全に自動化されており、人影は無かった。機密保持の意味もあろうか。警戒しつつも、二人は螺旋状の階段を降りていった。

 階段を降りきったニンジャスレイヤーとナンシー・リーは、地図上に記された別区画へ向けて歩き出す。今いる広大な区画は一年前の地図にも「ヤクザ」と記載がある。二人が目指すのはさらに奥に存在するはずの「マッポ」区画だ。

 緑色に光る水槽の中で、裸体のクローン・ヤクザY12型が、朝礼するサラリマンのように規則正しく列を作り、直列している。目は瞑想のように閉じられ、胸には「ヨロシサン」の文字。二人は水槽を横目で見ながら先を急いだ。「でも、こうも手薄なものなのかしら」ナンシーは訝った。

 やがて、二人は下へ向かって傾斜する通路の入り口に辿り着いた。通路の入り口にはノレンがかかり、仰々しい字体で「マッポ」「大事」と書かれている。地図にはこの先の区画の記載は無い。ナンシーはアサルトライフルを構え直した。

「情報が確かなら、この通路の先にバイオマッポの実験区画がある」早足で歩きながら、ナンシーは手筈を確認する。「モニタ室に入って、そこにあるコンピュータに、このUSBメモリを挿す。それでウイルスプログラムがインストールされる。同時に、『タヌキ』に関する情報を盗み取るってわけ」

 言葉にすれば、なんとも地味な計画である。プラントの水槽を根こそぎ叩き割る事も無ければ、バンザイ・ニュークで施設ごと吹き飛ばすわけでも無い。しかし、ナンシーの目的は、もとよりこの施設の破壊ではない。彼女の目的はもっと深奥の陰謀を捉える事だ。すなわち、タヌキ。

 ニンジャスレイヤーの協力をあおぐにあたりナンシーが提示したのもの。それはアンタイ・ニンジャ・ウイルス「タケウチ」の解毒剤である。ヨロシサンの機密情報を盗み出せば、自ずとアンプルの所在も明らかになる。ナンシーはドラゴン・センセイを気遣うニンジャスレイヤーの切なる願いを把握していた。

 通路の突き当たりに、「とても秘密」と書かれたゲートが現れた。ナンシーはゲート脇の数字キーを素早く叩いた。4、6、4、3、8、9、3。ヨロシサンとソウカイヤのつながりを象徴する恐るべきパスワードだ。「開きます」ゲイシャ音声が響き、ゲートが重苦しい音を立てて開いた。

 ゲートが開くと、そこは円柱状の巨大空間の底であった。天井はあまりに高いため、闇に飲まれて目視することができない。円柱の壁面には、見えなくなる高さまで、びっしりとシリンダー状の細長い水槽が並べられていた。

 ひとつのシリンダーに一体ずつ、クローン・ヤクザとはまた違った体格の、屈強な全裸の男が収まっていた。胸にはすべからく、「ヨロシサン、マッポ」と書かれていた。「これが全部バイオマッポなの!?」ナンシーは虚空を見上げ、呆然と呟いた。

 ナムサン!ここまで計画が進行していたとは。そしてこの数!これだけのバイオマッポがネオサイタマの治安機構に食いこめば、もはやソウカイ・シンジケートをとどめるものは無くなるであろう。待ち受けるのは暗黒の未来である!

「ナンシー=サン。急げ。あれではないのか」ニンジャスレイヤーが反対側のゲートを示した。ゲートには「モニタ室」「管理」と書かれている。ナンシーは緊張した面持ちで頷き、駆け出した……。

「イヤーッ!」

 一瞬の出来事であった!

 頭上の闇から一直線に落下してきたなにかが、ナンシーの身体をつかみ上げた。ニンジャスレイヤーのニンジャ反射神経は、かろうじてその正体を捉えた。落下してきた存在は、背中にくくりつけたザイルでバンジージャンプのように落下し、ナンシーを抱きかかえたのだ。

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投げつけた。「イヤーッ!」謎の存在は軽やかにザイルを背中から取り外し、ナンシーを抱きかかえたまま、くるくると回りながら着地した。迷彩色のニンジャ装束、そして、異様な円錐形の編笠……。「ハジメマシテ。フォレスト・サワタリです」

「ハジメマシテ、フォレスト=サン。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーはアイサツをかえした。「なるほど、セキュリティが薄いとは思ったが、ニンジャに護らせているわけか。フォレスト=サン。だが、俺と会ったが運の尽きだ」ニンジャスレイヤーは構えた。「ニンジャ殺すべし」

「噂は聴いておるぞ、ニンジャスレイヤー=サン」フォレスト・サワタリはナンシーを床に投げ捨てた。なんと!わずかな時間で彼女の肢体はザイルによってきつく縛り上げられていた。猿轡まで噛ませる念の入りようである。フォレストは笑い、背中の竹槍を取り出した。

「残念ながらすこしガテンが違うぞ、ニンジャスレイヤー=サン。おれはヨロシサンのセキュリティでは無い」「何だと」「むしろ、道中を掃除してやった事を感謝しろ。おれはついさっきヨロシサンを退職したのだ。このバイオ筋力とニンジャソウルがあわされば千人力。サラリマン生活ともオサラバだ」

 ニンジャスレイヤーはフォレストに攻撃を加えるべく、ゆっくりとフットワークする。しかし竹槍を構えたフォレストに、つけいる隙は見当たらなかった。フォレストは続けた。「おれはソウカイヤにも興味はない。だが、この美女は連れ帰っておれのヨメにしようと思う。そこをどけ」「断わる」

「イヤーッ!」フォレストが先制した。竹槍をしごきながらの突進だ。ニンジャスレイヤーの回避方向を巧みに牽制しながら、網笠ニンジャが迫る。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは竹槍をかわしつつ、チョップで叩き折ろうとした。しかし竹はニンジャスレイヤーのチョップを受けてもびくともしない。

「無駄だニンジャスレイヤー=サン。バイオ・バンブーは鋼の四倍の強度を誇る」フォレストの容赦無い連続攻撃は反撃を許さず、ニンジャスレイヤーは壁際へと追い詰められていた。

「ワッショイ!」ニンジャスレイヤーが跳躍した。背後の壁のシリンダーを蹴っての二段ジャンプである。ニンジャスレイヤーはフォレストの頭上高くを飛び越しながら、無数のスリケンを投げつけた。タツジン!フォレストの背中は無数のスリケンを受けてハリネズミのようになるだろう!

「イヤーッ!」だが、見よ!フォレストは竹槍を捨て、頭の編笠を手に持つと、それを盾のように用いて、飛び来るスリケンをすべて受けてしまった。なんたる鮮やか!フォレストはスリケンが突き刺さった編笠をニンジャスレイヤーに投げつけた。

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは編笠をチョップで叩き落した。だがそれは囮であった!フォレストはその隙に弓矢を取り出し、引き絞っていた。「イヤーッ!」放たれた矢にはもちろんアンタイ・ニンジャ・ウイルスが塗布されている。ニンジャスレイヤーはすんでのところでブリッジし、それを避けた。

「決着がつかんな、フォレスト=サン。次の曲芸を見せてみろ」ニンジャスレイヤーは手招きの仕草で挑発した。「言われんでも見せてやるわ」フォレストは両手にマチェーテ(山刀)を握った。二刀流である。

「サイゴンを知っているか。お前にナムの地獄の一端を見せてやろう」フォレスト・サワタリはぶつぶつと呟きながら両手のマチェーテを振り回す。ニンジャ・ソウルが有する記憶と、フォレストの意識が混濁しているのだ。危険な状態であった。

「イヤーッ!」フォレストがしかけた。めまぐるしいマチェーテの斬撃がニンジャスレイヤーを襲う。ニンジャスレイヤーはチョップで連続攻撃をいなしつづける。皆さんはお気づきだろうか?彼は反撃の機会をほとんど捉えていないのである。このままではいずれスタミナが底をつくのではないか!?

 だが、ニンジャスレイヤーはただいたずらに時間を稼いでいたのでは無かった。耐えに耐えながら、フォレスト・サワタリの攻撃リズムにわずかな瑕疵が生ずる瞬間を待ち構えていたのだ。

 何度ワザアリを取ろうと、最後にイポンを取られれば、死、あるのみ。ジュー・ジツの教えはそのままニンジャの容赦なき闘いの真実でもあった。「イヤーッ!」フォレストが交互に振っていた両手のマチェーテを、同時に振り下ろした。そこに一瞬生じた「溜め」を見過ごすニンジャスレイヤーではない!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの反撃はイナズマのような速度であった。振り下ろしたフォレストのマチェーテがとどくよりも早く、ニンジャスレイヤーは宙返りをしながら、フォレストの顎を蹴り上げていた。「グワーッ!」伝説のカラテ技、サマーソルトキックである。

 空中へ跳ね上げられたフォレストの身体を、斜めに跳んだニンジャスレイヤーの追撃がさらに上へと弾き飛ばす。「イヤーッ!」「グワーッ!」

 追撃は終わらない。フォレストをさらに打ち上げたのち、ニンジャスレイヤーはシリンダーを蹴って、ふたたび斜め上にフォレストを弾き飛ばした。「イヤーッ!」「グワーッ!」

 さらにニンジャスレイヤーはシリンダーを蹴り、より上空へフォレストを打ち上げた。「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ジグザグの軌道を描いて上昇するニンジャスレイヤーが、上へ上へと、フォレストの体を弾きあげていく。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 この円柱状の施設を、一体何メートル上昇していったのだろうか?防御する力すら奪われ力なく宙を泳ぐフォレストの真上で、空中のニンジャスレイヤーが踵を高く振り上げ、叩きつけるように、蹴った。「イヤーッ!」「グワーッ!」

 フォレストは、コンクリートにめり込む程の衝撃とともに床に叩きつけられた。すこし遅れて、ニンジャスレイヤーは猫のように静かに着地した。

 床で呻くナンシーの拘束を素早く解き放つと、ニンジャスレイヤーは促した。「カタは付いた。急げ。何が起こるかわからん」ナンシーがよろめきながらモニター室へ入っていくのを見届けたのち、今度はフォレストを見下ろした。「カイシャクしてやる」うつ伏せの頭部を踏み潰すべく、足を振り上げる。

「ナムサン!」ニンジャスレイヤーは容赦なく踵を振り下ろし、フォレスト・サワタリの頭部を踏み潰そうとした。そのときである!「イヤーッ!」

 どこからか飛んできた紫色の細長い縄のようなものがフォレストの頭に巻きつき、彼の体を床から引き剥がした。トドメを刺しそこなったニンジャスレイヤーは、縄が飛んできた方向へ向き直った。ニンジャスレイヤー達が侵入してきたゲート方向、来た道である。

「情けねえ大将もあったもんだぜ!」毒づきながら姿をあらわしたのは、悪夢的な存在であった。体長2メートルを超す巨大なカエルにまたがったニンジャが、気絶したフォレストを小脇に抱えていた。カエルがクチャクチャと口を開閉する時、紫色の不気味な舌が見え隠れした。縄の正体はこれだ。

「ドーモ、ハジメマシテ。フロッグマンです」そのニンジャはカエルの上からアイサツした。さらに奥の闇から這い出て来るものがあった。床にこぼれた水銀のような質感の、スライム状の液体が滑り出てくる。ニンジャスレイヤーの眼前で液体は盛り上がり、人間のシルエットを形作ってゆく。

 なんたる不可思議!人型に形成されたそれは、いつしか銀色のニンジャ装束を着たニンジャになっていた!「ドーモ、ハジメマシテ。ディスターブドです」銀色のニンジャがアイサツした。

 さらにもう一人、ゲートの奥からのそのそと姿を現した。そのニンジャには腕が四本生えていた。「ドーモ、ハジメマシテ。ノトーリアスです」

 新手の三人はどれも異様な風体であった。生き物の摂理を歪めたようなその佇まいは、このヨロシサン・バイオプラントの何らかの所業を想像させる。「ドーモ、ハジメマシテ。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーはアイサツを返した。

 モニタ室から出て来たナンシーは新手のニンジャを認め、その場に凍りついたように立ち尽くした。「いったいこれは……」フロッグマンがのそりと進み出た。「ニンジャスレイヤー=サン。とりあえず、今日のところはここまでにしねえか。俺たちの大将はこんな有様だ。一方、このままやればお前は三対一」

「オレはやってもいいぜ!」四本腕のノトーリアスが口を挟んだ。「オレのバイオ・イアイドは無敵だからな!」「だまれノトーリアス=サン!」ぴしゃりとフロッグマンが言い放った。「まあとにかく、痛み分けにしねえか。このままやればお互い無事では済まねえ。利害もねえ。俺たちは自由が欲しいのさ」

「何者だ、お前達は。ヨロシサンのニンジャか」ニンジャスレイヤーはカラテの構えを解かずに問うた。「そうでもあり、そうでもない。いや、そうだった、と言うべきか」フロッグマンは小首を傾げた。「俺たちは今日からサヴァイヴァー・ドージョーだ。大将と共にこの施設からオサラバってわけよ」

 フロッグマンは背中のマキモノを広げて見せた。威圧的な筆致で「サヴァイヴァー・ドージョー」と毛筆されている。「俺たちはこのプラントのバイオニンジャ実験体だ。しかし弱者の命令を事を聞くのもバカらしい。だから退職する。自由!」「自由!」ディスターブドが復唱した。

「まあそんなわけで、おれたちはこれからもう一人、地下レベルで眠ってるお仲間を迎えに行かにゃならん。お前には興味がねえのだ、ニンジャスレイヤー=サン。うちの大将は、おおかたアレだろ?そこの姉ちゃんにちょっかいでも出したんだろ。続きは次に会った時でよかろう?」

「オレは今でもいいぜ!オレのバイオ・イアイドは…」「だまれノトーリアス=サン!目的を忘れるな。……ニンジャスレイヤー=サン、その沈黙、同意と見てイイな?それじゃあな。オタッシャデー!」フロッグマンは地面に閃光弾を投げ付けた。

 正視できぬ光の爆発。それが収まると、フォレスト・サワタリと三人の異形ニンジャは影も形も消え失せていた。「…ともかく、仕事は済んだわ」やがてナンシーが言った。「ウイルス・プログラムが、バイオマッポやクローンヤクザの遺伝子設計図を改竄した。これでヨロシサンの計画は当面、めちゃくちゃ」

「それはなによりだ」ニンジャスレイヤーは言った。「約束のデータをよこせ、ナンシー=サン」一瞬の緊張があった。ナンシーは肩をすくめた。「今はデータを頂いただけ。解析はこれからよ、あたしを信用して。さっさと出ましょう、こんな場所」

「……」ニンジャスレイヤーはゲートへ向かって歩き出した。ナンシーはもう一度肩をすくめた後、彼に続いて歩き出した。


【アポカリプス・インサイド・テインティッド・ソイル】終



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