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シャード・オブ・マッポーカリプス(62):ネオサイタマの耐重金属酸性雨ウェアとAAHMR値


 小高い丘に建つ古風な温泉宿「ニルヴァーナ」の前に、ものものしい雰囲気で3台の車が止まった。見事な松の木の下で、2台の覆面SPパトカーに前後を守られた防弾高級車のドアが開く。思っていたよりも肌寒い風が、暖房の効いた車内に忍び込んできた。「寒いね!」と少女の声が漏れる。

「ありがとうございました」運転席から降りた若い男が、覆面SPパトカーの精鋭デッカーたちに対して、奥ゆかしいオジギを行う「ここまでくれば、私たちだけで大丈夫です」。「お気をつけて」「ごゆっくり骨休めを」私服で正体を隠したネオサイタマ市警のデッカーたちは110度の最敬礼で返した。

 続いて助手席から彼の妻が、左の後部座席からはペットのミニバイオ水牛を抱いた幼いムギコが、最後に右の後部座席からは和服を着てカタナを腰に吊った老人が姿を現す。数々の修羅場を生き抜いた男だけが持つことを許されるタツジンめいたオーラを、老人は静かに発散させていた。

「……ムギコや、はしゃぎすぎて転ばぬようにな」娘を優しく諭す彼こそは、かつてニンジャスレイヤーに命を救われたネオサイタマ市警の重鎮、ノボセ老であった。彼らは日本人ならば誰しもが持つワビサビ的な想いに駆られ、ネオサイタマの喧騒を離れて、一家で温泉宿を訪れていたのだ。

「転ばないよ!」ムギコは少々ムッとしたような調子で言うと、重金属酸性雨避けの厚底ブーツで砂利道を蹴り、フロントへと駆けていった。そしてミニバイオ水牛を両手で高く抱き上げてクルクルと回りながらネコネコカワイイ・ジャンプを繰り返し、楽しげに語りかけるのだった「一緒に温泉に入ろうね!」

  - 【バイオテック・イズ・チュパカブラ】より


ネオサイタマの重金属酸性雨

ネオサイタマとその周辺地域の空はマッポー級大気汚染雲によって包まれており、昼も夜もなく薄暗い。ネオンサインや漢字サーチライトや街頭巨大ディスプレイやマグロツェッペリンの光が黒雲を下から複雑な灰色に照らし、そのさまは薄汚れたビロードの天幕にばらまかれた無数のイミテイション宝石のようだ。

市民らは陰鬱な空を見上げ。いつの日かその輝きを手にすることを、あわよくばそれが労せずして降ってくることを夢見ているが、この黒雲から実際に降り注ぐのは有害な重金属酸性雨だけである。それを全身に浴びたり少量飲んだ程度で直ちに死に至るほどの毒性ではないが、注意深いネオサイタマ市民たちはみな、重金属酸性雨による肉体及び衣服へのダメージを抜かりなく避けている。ただしそのアプローチは、階級や所得によって大きく異なっている。

市街中心部は、立体交差遊歩道やモールやLANケーブル天蓋によって屋根が作られているため、重金属酸性雨がまともに降り注ぐようなエリアは少ない。ストリートを行き交う市民らは、強化PVCで作られたLED傘や強化カラカサなどをさすのが普通であり、両手をフリーにしなければならない労働者たちはサイバーレインコートなどで全身を覆っている。市民全員がこれらの雨具を常に携行しているわけではなく、LED傘などはコケシマートなどで極めて安価に購入できる。これらの透明傘の耐久度は当然ながら弱く、数週間での使い捨てが前提となっている。

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