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S4第2話【ケイジ・オブ・モータリティ】分割版 #1

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S4第1話 ←


 冷たく自転するキンカク・テンプルの光の下、ノイズの風の吹きすさぶ荒野にセトは佇み、六つの特徴的な象徴の出現を待つ。彼の傍らに跪いていたブラックティアーズは、一礼ののち、この超自然空間から離脱した。畏れ多きがゆえである。

 やがて石板の表面に、蜃気楼じみて不定形の影がひとつ、ログインしてきた。捩れた角と荊棘を持つ影。すなわち、ヴァイン。カイデンの名はクロヤギ・ニンジャ。この世に帰還して日は浅いが、既にキエフの地を支配する暗黒メガコーポ、オクダスカヤを傀儡化し、現代文明の先端科学を恣にする。

「アハ! アハハハハ!」耳障りな笑い声が木霊し、邪悪なるアブストラクト女神が隣の石板にログインした。オモイ・ニンジャ。オヒガンに潜むこのニンジャは極めて観念的な存在であるが、哀れなハッカーの自我を用い、敢えて卑近な存在に堕ちてくる事でコミュニケート可能な存在となった。「元気ィ?」

「なにか、その……若干こう、イレギュラーな出来事が起こったようだな?」奥ゆかしくログインしたのは、ギャラルホルン。髪をいじり、思案するさまが、朧なシルエット越しに伝わってくる。そしてその不気味なほくそ笑みの表情も。「クキキィ……!」

「何が起ころうが関係ない。我がメイヘムの勝利だ」さらに隣の石板は映像を繋ぐ事なく、ノイズを発しながら形そのものを変じた。コブラ型の彫像が屹立し、他の石板との不調和を作り出す。アイアンコブラである。彼が喋るたび、コブラ型の彫像の目が点滅するのだった。「結末は自明である」

「……」次なるログイン者は無言である。宙にわだかまる腐肉の塊に、巨大なひとつ目が開く。この禍々しきコトダマイメージの持ち主は……ケイムショ。ロンドンを死の都に変えた帳本人。世界中の暗黒メガコーポにとって大いなる地政学リスクとなった恐るべきリアルニンジャである。

「そして……」セトは腕を組み、最後の石板を見た。荒ぶる多足の影が蠢き、憤怒の眼光を石板越しに投げかけた。ボロブドゥール帝国のシャン・ロア。即ちムカデ・ニンジャのコトダマ・イメージであった。ギャラルホルンが咳払いした。「そのう……何が、あったのかね?」

「グルグルグル……」シャン・ロアが唸った。セトがギャラルホルンを嗜めるように見やり、そして説明した。「シャン・ロア=サンの代理戦士、狩人コンヴァージが倒された。ニンジャスレイヤーにな」「アッハハハハハ!ゴッシュショー!」オモイ・ニンジャが自制せず嘲笑した。「カンワイソー!」

「貴様らの暖かい心配の念、まこと有り難し」シャン・ロアがカチカチと顎を鳴らし、低く答えた。「……その通りだ。我が狩人コンヴァージはニンジャスレイヤーに敗れた」ノイズの風が荒野を吹き抜けた。セトは頷き、言葉を発しようとしたが……「ゆえに我、ここに求むる」シャン・ロアが言った。

「……?」ケイムショの邪悪なるコトダマ・イメージが瞬きのエモートを行った。ギャラルホルンは目を細め、シャン・ロアの主張を予期した。「何、何ィ?」オモイ・ニンジャの輪郭は炎めいて絶えずその形を変え続ける。だが、常に笑っていた。

 シャン・ロアは……「儀式はまだ始まっていない」

「マ!?」オモイ・ニンジャは驚いてみせた。「……マァ~!? ノーカンって事? それ、無くない?」「マでござろうなァ」ギャラルホルンは爪楊枝状のもので歯をせせった。「チチチ……確かに、カリュドーンの儀において、最初の狩人は定められてはいなかった。シャン・ロア=サンとしては不本意よな」

「……然り。規範に則るからこそカリュドーンは儀式となる。規範を無にするならば、そもそも代理戦士の制度自体を余が尊重する必要も無くなろうな」シャン・ロアはギチギチと顎を鳴らした。ギャラルホルンはセトを見た。「最終的な決定はセト=サンの一存」「よく考える事だ」シャン・ロアが言った。

「どのような裁定がくだろうと結果は同じ、我がメイヘムの勝利だ」アイアンコブラが瞳を輝かせた。オモイ・ニンジャはグルグルと定まらない三つの瞳を内包する目でセトを睨んだ。「実際どうする気?」「最初の狩人が定まる以前に場が乱された例は過去にもある。無論……」「……」「……無効とする」

「当然だ……」シャン・ロアは顎を打ち鳴らした。「ハァ!?」オモイ・ニンジャは不服をあらわにした。ギャラルホルンは肩をすくめた。「前例があるならば尊重せねばな……」「無制限のマッタを承服するつもりはない」ヴァインが低く言った。ケイムショが瞬きした。視線がセトに集まった。

 セトは彼らを見渡し、言った。「シャン・ロア=サンは新たな狩人をネオサイタマに送り込む事を認める。但し、挑戦順は自動的に最後……七人目とする。繰り上げ挑戦も不可能だ」「当然だ」ヴァインが頷いた。シャン・ロアは多足を蠢かせた。「……よかろう」

「アッタマ来るからさァ……今すぐ一人目を決めてよ。こんなナメた真似が繰り返されたらアタシも黙っちゃいない」オモイ・ニンジャが気だるげに言った。「星辰の巡りは十分なんでしょ」「然り。今ここで最初の狩人を決定する」セトは杖を頭上に掲げた。超自然の大理石長筒が虚空より現れた。

 長筒はグルグルと回転し……やがて、その底に穿たれた超自然の穴から、一本の陶片が落ちてきた。邪悪なる古代リアルニンジャ達は、固唾を呑んで、そこに書かれた狩人の名を見定めた……!


【ケイジ・オブ・モータリティ】


「ダークカラテエンパイアのニンジャ達は、見定めようとしている……」シナリイは宇宙的な目をフィルギアに向けた。「彼らは平安時代の大いなる禍、ニンジャスレイヤーを知らぬ。ニンジャスレイヤーがアケチ・ニンジャを滅ぼした。それは真なる事」「ああ、そうだ」

「ニンジャスレイヤーを知らねど、知らぬを貫くも、また不粋。そのような思考で彼らは動いた。故にこそ、ストラグル・オブ・カリュドーンの形をとったのです」「遊びのダシにするッて?」フィルギアは息を吐いた。「やれやれ、これだから神代の連中はな……」「遊びなれど、勝者が得るものは絶対」

「ニンジャスレイヤー=サンの首で、何が得られる?」「摂政の座……」シナリイは言った。「ダークカラテエンパイアとは即ち、神祖カツ・ワンソーを帝王に戴く復古の帝国。この世を呑み尽くし、そののち、空なる玉座に神祖を再びお迎えする……それが彼らの望みであり、目的なのです」

「序列を決める内輪の争いッてワケか」フィルギアは眉根を寄せた。「勝手にやってろと言いたいところだな」「そう、貴方は関わらぬが最善」シナリイが頷いた。「何の利益もあるまい……獣が狩られる様を眺め、帝国の摂政が誰になるかを見定め、次の身の処し方を決めるのです、フィルギア=サン」

「そうもいかない」フィルギアは薄く笑った。「奴らも、お前も、ニンジャスレイヤーを、ニンジャスレイヤーが引き起こす事態を、軽く考えすぎてるンだろうな。ほうっておけば、俺は後悔する」「……後悔?」「それに俺、奴個人とも関わりが出来ちまったし」「愚かな」シナリイは表情を曇らせる。

「俺は愚かだよ、一番知ってるのはお前だろ……シナリイ=サン」フィルギアは微笑んだ。「あいにく、ずっと生きてきても、治らなかった」「不用意に人と混じった事が、貴方の酔狂を助長させてしまったのでしょう」「かもしれない」「私は悲しい」シナリイは無感情に言った。「警告は、しましたよ」

「で、お前、ニンジャスレイヤー=サンを助けたのか?」「ブザマと多勢無勢が目に余ったゆえ、猶予を与えました」シナリイは首を振った。「私にも憐憫の情はあります。獣に対しても」「ああ、そう。いまさら起きてきて、何が目的だ? 奴らに使われてるのか……?」「今の貴方に明かす必要はない」


◆◆◆


「……ッてなワケで」アグラするニンジャスレイヤーの目の前に、黒漆塗りの重箱を置いた。手振りで促す。ニンジャスレイヤーは重箱の蓋を開いた。スシがぎっしりと詰まっていた。フィルギアは続けた。「俺は俺で、昔の知った相手と出くわすは、そいつがなにかしら関わっているは、落ち着かない」

「そうか」ニンジャスレイヤーはスシを掴み取り、食べながら、フィルギアの話を聞く。破れ寺の天井はまだらに裂けており、外の明かりが帯になって、埃っぽい堂内に降り注いできていた。天井を衝くようなブッダデーモン像の顔面は削り取られ、オフダが無数に貼られている。

 フィルギアは説明を続けた。「お前を獲物にした今回の儀式に集まった狩人は七人だが……なんにせよ、最初にお前が返り討ちにしたコンヴァージの分は無効扱いになる。別のやつがまた来るさ」「構わない。要するに全員殺って、まだ未練がましい奴がいれば、それも殺る。諦めるまで続ける」

「まあ、そうなるよな。何にせよ、奴らは儀式の縛りがある。イクサのつもりでやってない。噛み付いてやれば……」フィルギアは対面に座り、ヒカリスギ・コーラのプルタブを開けて呷った。「……飲むか?」「もらう」ニンジャスレイヤーは受け取り、スシを流し込み、また次のスシを取った。

 風が吹き込み、破れショウジ戸をガタガタと鳴らした。この寺はすさまじい有様だ。コンヴァージを倒したニンジャスレイヤーは、ネオサイタマの外れの廃寺にこうして潜み、体勢の立て直しをはかっていた。敵の行動を掴みきれない状況でピザタキに戻るのはうまくないと考えたのだ。

「お前は何故おれの居場所がわかった」ニンジャスレイヤーはフィルギアを睨んだ。フィルギアは彼の熱にあたるように手をかざし、答えた。「真新しい傷がアトモスフィアを放ってる。俺ぐらいのニンジャならば、その唸りを感じ取る事ができる。それをシナリイのやつに前もって聞かされていたしな……」

 ブラックティアーズに受けたカンジ・キルの呪いだ。ニンジャスレイヤーはスシを咀嚼しながら唸り声をあげる。「狩人はオミクジで選ばれ、イクサは日没に開始だ」フィルギアはシナリイから確認したカリュドーンの規則を共有していった。「狩る側が全て勝手に決める。契約をカンジの呪いが強制してる」

「いつの日没に開始だ」「それも狩る側の勝手。イラつくだろうが」フィルギアはタタミに手をつき、後ろに反った。「だけど、イクサが始まれば、お前にも "わかる" 筈だよ」こめかみを指で押さえる。「順番が来た狩人と、獣、それぞれが、それぞれの居場所をはっきりと知る。それでイクサ開始だ」

「……気に入らない」「事前に俺がレクチャーできただけでも良しとしようぜ」フィルギアは言葉を切り、シナリイの警告に思いを馳せ、その真意を推測しようとしながら、説明を続けた。「日の出になれば狩人は挑戦権を喪失。イクサの真っ最中でも、儀式上そいつは負け」「長引かせるつもりはない」

「だろうよ」フィルギアは自分でもスシをつまんだ。「あと、奴らが引き下がるまでは、ネオサイタマからは出ないほうが身の為。多分、何かの縛りが課されてる」「それを心配するのは奴らだ。逃がしはしない」「……ま、その意気だよ」フィルギアは首を振った。「ピザタキの連中には伝えるのか?」

 無雑作な問いだった。ニンジャスレイヤーはタマゴ・スシを取り、眉間に皺寄せ、長く咀嚼した。フィルギアは答えを急かしはしなかった。やがてニンジャスレイヤーは顔を上げ……「そこまでです!」ターン! 入り口のショウジ戸が勢いよく開け放たれた。二人の視線の先、戸口には逆光となった人影。

 フィルギアは苦笑した。コトブキは砕けた足元に注意しながら、ひょいひょいと破れタタミの上に上がり、彼らのもとへ決断的に向かってきた。「途中から訊かせてもらいました……! そのう、そこの外で!」そしてコトブキは手にした紙パックを差し出した。「配達ピザ、食べますか!」「スシがある」

「俺がもらう」「ドーゾ」コトブキは憮然として、ピザ箱をフィルギアに押しつけた。『ザリザリザリ……オイ! いたのか、ニンジャスレイヤー=サンは!』コトブキは喚き声を発する携帯端末をブルゾンのポケットから取り出し、タタミに置いた。『依頼が詰まってンぞ!』

「タキ=サン、新規依頼は停止重点な」コトブキが屈み込み、ニンジャスレイヤーのかわりに答えた。「今から作戦会議が必要だと思います!」『話が見えねえ』「イヒヒヒ……」フィルギアは笑い、ピザを食べ始めた。ニンジャスレイヤーは空になった重箱に蓋をして、アグラ姿勢で腕を組み、目を閉じた。

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