【アクセス・ディナイド・666】#1
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オノマチ・ツルゴは曇った表情で三名の名前を入力し、推定死亡時刻を追記する。
「AM01:22……ぐらい、か……」ぶつぶつと呟きながら、監視カメラ映像を送ってゆく。灰色の、ザラザラとおぼつかない映像。複数のカメラを切り替えてゆく。地下サーバールームだ。
ここトクボ・ファイナンス本社ビルの地下2階は、地下駐車場めいて広大なフロア空間となっている。カメラが映すフロアには、四角い柱が等間隔に配置されている。シメナワが巻かれた柱……それら全てが、トクボ・ファイナンスを支える屋台骨のサーバーシステムだ。
オノマチはこの設備を取り仕切る部署のカカリチョであった。モニタに反射する彼の顔は疲労で弛み、眼鏡のレンズはぺたぺたと白い。
監視カメラは多数あり、なるべく死角がないようになっている。天井視点の映像だと、サーバー空間はまるでクォータービューのアドベンチャーゲームめいている。炎の勇者が剣と盾を構えて進み、棺桶から蘇るマミーを倒せば1000経験点。魔法の宝石を探す。オノマチが学生時代にハマったゲームの記憶が重なる。
だが今、彼が見ているのは、指揮する勇者の一団ではなく、部下の保守社員たちの足取りであった。3人はメンテナンス信号を発信している機器を特定し、しめやかに進む。普段なら対応社員はせいぜい2人だ。だがその夜は3人だった。もしもの為にだ。
この時点で既に、部署の人間、警備の人間、あわせて8人が死亡していた。単なるメンテ作業でも気が抜けない。それゆえの3名だ。オノマチは手元のホイールを動かし、時間の流れを速めた。画面のノイズが増し、彼らの動きが加速する。AM…01:20…21…22。3人は苦しみもがき、倒れ、動かなくなっていた。
「うう……」オノマチは呻いた。手塩にかけて育てた部下の惨たらしい死のさまを、何度も確認したい上司など居るだろうか。しかも、何度巻き戻しても、何度カメラを切り替えても、決定的瞬間の数秒前後はひときわノイズが濃かった。ノイズが晴れると、その時もはや「何か」は終わり、彼らは苦しみ、死体となる。
オノマチは沈痛に首を振り、「死因不明:情報取得できず」と入力した。……これで、今月に入っての殉職者は11名。彼らの死体は無菌状態の低温空間で、眠るように放置されたままだ。回収もままならぬ状況である。
「……」オノマチは椅子にもたれ、部署内を見渡した。目があった部下は皆、目を伏せた。「大丈夫だよ」オノマチは口の端を歪めて笑い、低く呟いた。
これ以上、部下を失えば、カイシャの業務が立ち行かなくなる。営業社員達は保守部門の業務を侮っているが、サーバーはトクボの心臓であり脳なのだ。どれだけ華々しく仕事を振り回そうが、その肝心の仕事が出来なくなれば、全てが終わりだ。
何故、こんな状況になっている? あらためてオノマチは自問した。先月まではルーチンワークめいた業務をこなす日々だった。トクボ・ファイナンスの取引、他社へのソリューション提供、それらを担う巨大なサーバー設備の保守管理。明智光秀が侵攻しても止まらなかったサーバーだ。ずっと順調だった。
それが今や、事態はジゴクめいている。サーバールームで、人が死ぬ。原因は不明。調査・解決しようと立ち入った者は、同様に死ぬ。月が変わり一週間が経過した時点で、死者は11人を数えた。何が起きている? それすらわからない。機器は無慈悲なメンテナンス要求信号を発し続けている……!
オノマチは報告書をまとめると、深呼吸。意を決して立ち上がった。残り少ない部下達が、カカリチョであるオノマチの挙動を目で追っている。オノマチは彼らに頷き、決然と、ガラスで区切られた課長室に向かった。
【アクセス・ディナイド・666】
1時間後。オノマチは独り、地下2階サーバールームの入り口に居た。彼の表情は絶望そのものであった。
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