見出し画像

たけしがサイバーパンクであることをまた証明するオルタード・カーボン(逆噴射聡一郎)


よく来たな。逆噴射聡一郎だ。おれは毎日すごい量のテキストを書いているが、だれにも読ませるつもりはない。今回おれが紹介しようと思ったのはネットフリッコス社から供給されているドラマのオルタード・カーボンだ。

逆噴射聡一郎先生プロフィール:社会派コラムニスト。昔からダイハードテイルズ・マガジンに時々寄稿してくださいます


ネットフリッコス社といえば、おれが以前にストレンジャーシングスの紹介をしたことをおぼえている奴もいるだろう。見たやつは頭の80年代が爆発し、ウィノナライダーや警察署長や超能力少女などがショットガンで異次元のモンスターをぶちのめす話に拳を震わせたはずだ。あれは映画のITのリメックとだいたい似たタイミングでうまいことドロップされたことに気付いている奴もいるかもしれない。80年代・・・・青春・・・・・こども・・・・そうゆう要素がITの後でドラマで摂取できて面白かった。

それをふまえて今回、おれはサイバーパンクの話をしようとしている。おまえはブレードRUNNER2049を見たか? 冷たく閉ざされたLAというメキシコで哀れなライアンゴズリンが自分探しをしていたら親父かと思ったハリソンフォードがとんだアル中でその悲しみが深まりゆく中サイバーパンクする作品であり、それはよくできていて、リドリースコットも関わっていて、ヘッドマウントディスプレイもしていたので、かなりサイバーパンクだった。あとたしか去年は攻殻機動隊の映画もあった。あれにはビートたけしと桃井かおりが出ていたので間違いなくサイバーパンクだったと言える。どっちも売れなかったみたいだがそんなことはどうでもいい。

そんな流れの中、ドラマでオルター度カーボンが出てきたわけだ。上の2つの映画だけでは満足しきれず、もっとサイバーパンクのどぎつさを日常的に求めていたおれは、すぐにこのネットフリッコス社が配布する過激で新たなブツに手を伸ばした。オルタードカボーン・・・・・・主人公の名前は、たけしコバッチ。たけしというからにはサイバーパンクだとおれは初めからわかっていた。ピントきていた。たけし、イクォール、サイバーパンクだ。


ネットフリックス社を信頼しているが油断しない

別にカネを握らされているわけではないが、おれはネットフリッコス社のブツを結構信頼しており、よく紹介する。オリジナルコンテンツに気合の入ったものが多く、良いからだ。だが安心しきって任せるわけにはいかない。口を開けているだけで「ナルコス」みたいな真のドラマが供給されてくると思うな。たとえばおれが面白いと思った「ゲットダウン」は儲からなかったとかで途中で打ち切りになった。面白そうなプロモーションが大々的にされたわりに、実際見たら「Net Flix・・・? What Are You Dooing ?」と思わず言葉が漏れるような腰抜けコンテンツも結構体験している。そんなものを見た事のおめおめした報告に言葉を費やすのはおれにとって無駄なので、単にレビューしていないだけだ。

このようにネットフリックス社は大した器だが、こいつを使いこなすにはかなりの精神力が必要だ。そうしないとおまえは無限に時間とドリトスを搾り取られ、YouTubeザッピングと何ら変わらない罠にはまるだろう。まるでサイバ^パンクの世界だ。だからおれはネットフリッコス社と向き合うときは常にローテーブルの上にドリトスとCORONAだけでなくGUNを置いてTVに向かっているし、ビリビリしたひりつく緊張感を決して忘れはしない。ここはメキシコ・・・・ネットフリックス起動時のあの「ドゥドゥーン」というロゴマーク音はおまえを後ろから撃ち抜く銃弾かもしれない。

だから今回も、おれは慎重に再生ボタンを押した。オルタードカボーン、おまえはどっちだ。そう問いかけながら。・・・・すると、観念的なナレーションとCGによる期待させるオープニングが流れ・・・・たけしが現れた。おれの手はGUNではなくCORONAを選んでいた。主人公のたけしは行きずりのベイブといっしょにビッグブラザーの制圧部隊によってハチの巣にされた。そして蘇った。この世界はテクノロジーがすごい進んでおり、人間の人格とか記憶は脊髄にはめ込むチップとかになっている。肉体が死んでもこのチップを差し替えれば生き返ることができる。そういう事が、自然と最初のシーケンスを通して、チュートリアル的に理解できた。これはうまい入り方だといえる。おれはドリトスをひとつ空け、次のCORONAに手を伸ばしていた。

あらすじは、要するにこうだ。たけしは死んだが、デビッド・ボウイみたいな髪型の白人の男の身体に差し替えられて250年後にサイバーパンクな街で復活させられた。昔のたけしの強さを見込んだバンクロフトという名の金持ちが、たけしにミッションを下したのだ。「おれはバンクロフトだ。おれは自宅で何者かに殺されたがテクノロジーで生き返った。誰がおれを殺したのかわからないし、記憶も残っていない。おれを殺した不届きな奴を見つけ出せ、たけし」。そういう依頼のために、たけしは生き返らせられたのだ・・・・。

画像1


サイバーパンクがドラマで見られる時代だ

オルタードカーボンはサイバーパンクなので、汚い街並みも出てくるし、車が空を飛んだりする。人間の意識と記憶がチップ化されて肉体を交換する事ができる。終盤ではニンジャも出る。そうゆう実にサイバーパンクな事をやっている。だがなにより、雲上人みたいな金持ちが出てくるのがポイントだ。

サイバーパンクは汚い街とか看板のイメージが強いが、同時に、すごい金持ちが貧乏な奴らに一生触れられない安全な場所でのうのうと過ごしている世界でもある事を忘れてはならない。タイレルの野郎とか、テスィエ・アシュプールとか、ザレムの奴らとか、そういう連中・・・この作品においては「メト」どもだ。標高の高いビルの屋上にペントハウスを作ってシリコンバレーでバターコーヒーを飲んで調子に乗っている。依頼者バンクロフトはその頂点というわけだ。

ネオン街の貧乏人とシリコンバレーの金持ちが対比され、それを行き来するアウトローのたけしが衝突してすごい爆発を引き起こす・・・・・・・主人公の行動が、硬直した社会のシステムに亀裂・・KRACK・・・を入れ、揺さぶりをかける。そういう意味でこのオルタードカーボンはサイバーパンクしている。原作の小説があり、おれは読んだことはないが、それも理由の一つだろうということが明らかになっている。

たけしを生き返らせて命令を与えたのは金持ちだ。たけしは生き返りたくなかった。何故なら、たけしには過去、愛した女がいた。それは殺されたときに一緒だったベイブとは違う。もっと昔に失った女だ。その女はゴーストとなってたけしの目の前にたびたび現れる。彼女を失った世界で生きる目的はない。しかし・・・・たけしは、自分でもまだわからない、なにか大切なことを為すために、やっぱりやる事にした。

たとえば、お前がメキシコを生き抜いた真の男だったとする。それが志半ばで命断たれ、何の関係もない世の中・・・・なにしろ250年後だ・・・・に他人の都合で生き返らされたらどうだ? たしかにそれは理不尽の極みと言える。なんかチップで意識や記憶を持ち越すことができる世の中において、もはや死ですらも解放を意味しない。シリコンバレーの金持ち野郎は死なないので何百年も金持ちであり続け、貧乏人は病気とかで死ぬ。すごいバラ色で嬉しいはずの延命技術がBIGGU BROTHERの支配と権力を強化する結果にしか繋がらないのは皮肉なものだ。

だが、そこでメソメソと「どうしてこんな風に生き返らなきゃいけなかったの? ぼく、なんにもいいことないからずっと死んでいたかったよ」と泣き言をいっているようなやつはこの超未来のメキシコでは益々やっていく事はできない。そんな風に泣いていれば、降ってわいた新たな人生はしみったれたものになり、死よりも情けない結果になる。どんなに状況がクソだろうが、すべき事を探し、広がる世界と起こった出来事を認識し、やっていく・・・そうゆう決心をするやつが、最終的にタルサドゥームのうわっつらの騙しを引っぺがして一石を投じ、生きた証を作り出す・・・・。2018年だろうと、すごい未来だろうと、人間が生きている限り、なすべきことは決まっているのだ。そして、たけしはやることにしたのだ。

画像2


ばりばりアクションする

動き出したたけしの周りに、様々な連中があつまる。タフな刑事の女クリスティン・オルテガ。過去にバンクロフトを脅迫したせいで最初に容疑をうたがわれた男エリオットは、破天荒なたけしに振り回されながらもついていく。エドガーアランポーの顔をしたAIのホテル支配人ポーは、人間の役に立ちたいと思っている奇妙なやつだ。あるいは生き返ったばかりのたけしを速攻付け狙うクソ野郎ディミトリ・・・こいつはチップ化した意識はデジタルコピーできるからといって双子になって生きているイカレ頭だ。そうゆうやつらがあちこち動き回る。ミステリーの謎解きと、チップ化した意識や記憶が必然的にもたらすテーマ・・・命とは・・・自我とは・・・・そうゆうのが自然に重なり合って色々考えさせ、ハードボイルドだ。肉体と精神、路地裏の貧乏人と天空の金持ち、現在と過去。様々な対立軸が飛び回る中、たけしは巡礼者のごとく生きてゆく。

謎解きとはいえ、話は毎回趣向をこらしており、サイバーパンク・ハードボイルドの枠内で「今回はこういう感じのエンターテインメントをやる話」というかたちでバラエティに富んでいると感じた。金持ちのところに潜入して退廃的な文化に反吐が出て戦う話だったり、拷問に耐える話だったり、裏路地を捜しまわる話だったりして、最後のほうで毎回血なまぐさいアクションをやって一話をしめ、大きな謎を少し前進させたり、新たな謎でつなぐわけだ。

そして、おれはこのドラマが毎回血なまぐさいアクションを必ずやっているのが偉いと考えた。プロモムービーでは、ジップロックされた人体とか、白い部屋とか、そうゆうビジュアルがメインで押し出されているので、なんかサイエンスなサスペンス人類哲学ミステリーを思わせ「科学ドラマ? そんな腰抜けには興味がない」とだまされる可能性があった。だが実際見てみると、このドラマは痛快にアクションする話だ。

サイバーパンクは肉体を超越しピコピコすると思わせて実はけっこう肉体的なジャンルなので、直感的なアクションをやった方が絶対面白い。そのてん、今回オルタード・カーボンはてらいのないエンタテインメントをやっていて、十段と血飛沫が飛び散り、カンフーファイティングをし、ホットな肉体がさらけだされ、男も女もヌーディティがすごいのでおれは盛り上がった。男のディックにぼかしはなく、オルテガのおっぱいは常にすごく、ヌーディリティしたときは拳を強く握ったが、彼女の胸は髪の毛が不自然なまでに隠していた気もしないでもない。たけしは実際ケンカがそんなに強いと思えなかったが、しぶく立ち回った。

そして、ちゃんと10話で話にケリがついてきれいに〆たことをおれは評価する。最後で回収されていく伏線はダイナミックだった。さりげなく散りばめられすぎていたせいで記憶にとどめておらず狐につままれたような気分になる伏線も幾つかあったが、言われてみれば確かに伏線になっていた。それらが非常によく大団円した。このドラマを作った奴らは最後まで仕事をやりきったし、非常に抒情的で心に染み入るエンドを用意していた。

なにより、こんなふうにちゃんと作られたサイバーパンクのドラマを当然のごとく見られる2.0.1.8.A.D. という時代におれは震撼したと言っていいだろう。おれは昔に心ふるわせた様々なSFとかファンタジーとか・・・・そういうものを、このようにすごい映像とかアクションとかで絶対に見たかったし、実際に、それがかなっているのだ。大変な事だ。この調子だと、エルリック・サーガとかコナンとかデスペラードもネットフリッコス社とかでドラマになり、日常的なブツとして供給されるのもきっとそう遠い話ではなかろう。上機嫌になったおれはT.V.の電源を落として家を出ると、空飛ぶ車に乗り、マンションの屋上から2.0.4.8.A.D.のメキシコへと飛び立った・・・・。

(逆噴射聡一郎)

画像3

画像4

逆噴射聡一郎先生のコラムをもっと読みたい方はこちらのマガジンをどうぞ。「パルプ小説の書き方」のバックナンバーも入っています

続きをみるには

残り 0字

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?