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【ヴェルヴェット・ソニック】#8

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 緑色の電子格子は遥か下方、全方位にどこまでも広がっている。地平線は平らではなく、沖から眺める遠い都市のビル群めいた凸凹のシルエットが見える。それらはたとえばKOLやヨロシサンのサーバーであったり、詳細不明の不気味な闇カネモチの個人資産台帳の類。近づけば脳を焼かれる質量のしるしだ。

 二人が後にしてきたマスラダのローカルコトダマ空間は難破船めいて小さい輝きを残している。グローバルなコトダマ空間に無防備に接続されてしまっているからだ。しかし、その輝きも01ノイズの霧に閉ざされて見えなくなってゆく。ナンシーがサロウを引きずり出せば、全開放の必要も、もはやない。

「なんだよ、あれ。隠してるのは別のハッカーだよな? あンたの他にも、手出ししてる奴がいるな」ナンシーの眼前、サロウはマスラダを見下ろし、顔をしかめた。「俺と獣の一対一の戦いに、卑怯な真似しやがって」「貴方の保護者も中々やってくれたわよ」ナンシーは指摘した。コトダマの地平で超自然の気配が蠢いた。

「だけど、直接的な手出しは、どうやら出来なくなったようね……」ナンシーは謎めいて微笑した。サロウは怒りに目を輝かせた。「あンた、ダーリンに妙な事したんじゃないだろうな?」「わたしは、何もしてないわ。物言いが入ったんじゃない?」「何か知っているよなあ。その様子」「どうかしら」

「かわいそうに。ダーリン」サロウは悲哀に口を歪めた。「彼女、強がっちゃいるけど、俺ナシじゃいられないんだ。俺を甘やかす事で、この世に対してバランスを取っているンだ。この狩りは愛を深める機会だ。そういう哲学的で……高次元の関係なんだ。俺たちはさ」「素敵なのね。多分」

「まあ、いいよ。もうマスラダ=サンには興味ない」サロウは霧に閉ざされたローカルコトダマ空間への継続PINGを切った。彼の肩の上には無数のクリオネじみた光の粒が浮かびあがった。「あンたはどこに”在る”? 紐付いてる身体はどこだい? ……ああ、フジサンね」サロウは速かった。「経由地が多いな」

 ナンシーはサロウに集中しながら、蝶の電子羽根を形成する。彼女の額を電子汗が流れ落ちた。「ビビる事ないじゃん。これぐらい出来て当然だろ。俺はユメミル・ジツのマスターだ。あンたが必死こいてニューロン速度で論理タイピングする間に、俺はいわば"魂の速度"だ」真横。耳元で囁く。

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