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【ネオサイタマ・イン・フレイム3:アンド・ユー・ウィル・ノウ・ヒム・バイ・ザ・トレイル・オブ・ニンジャ】

この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版は、上記リンクから購入できる物理書籍/電子書籍「ニンジャスレイヤー ネオサイタマ炎上4」で読むことができます。

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ネオサイタマ・イン・フレイム

アンド・ユー・ウィル・ノウ・ヒム・バイ・ザ・トレイル・オブ・ニンジャ

1

「総会六門」と威圧的なオスモウ・フォントでモールドされたカンバンが、重々しい扉の上に掲げられている。さらに、扉の表面には赤い丸と大きく「一」の文字。ナンシーが掴んだ情報によれば、ここからの6フロアはソウカイ・シックスゲイツの部屋が続く。ニンジャスレイヤーは意を決して扉を開けた。

 タダーン!電子合成されたドラの音が鳴り響く。セレモニーホールと同様、数百畳サイズの薄暗いタタミ部屋が現れる。部屋の中には四本の円柱が立てられ、そこからボンボリが吊り下げられている。部屋の中央には黒い斑点入りの白ニンジャ装束を着た一人のニンジャが、アグラを組んで彼を待ち構えていた。

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン、デビルフィッシュです」「ドーモ、デビルフィッシュ=サン、ニンジャスレイヤーです、イヤーッ!」オジギ終了から僅か0コンマ1秒!ニンジャスレイヤーはその右腕をムチのようにしならせてスリケンを4連発で投擲していた!タツジン!

「俺にその程度のスリケンは効かんぞ、ニンジャスレイヤー=サン!」デビルフィッシュは腕を組み余裕の表情を見せたまま、その場で仁王立ちした。四枚のスリケンが両目、喉、股間を狙って猛スピードで迫る!コワイ!

 シュッシュッシュッシュッ!金属質の物体がデビルフィッシュの前を高速移動する。直後、四枚のスリケンはデビルフィッシュの斜め後方へと逸らされていた!指先でスリケンを逸らすのはニンジャの常套手段だが、デビルフィッシュは腕を組んだままである。ゴウランガ!一体何が起こったというのか?!

「イヤーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは3連続の側転とバク転を決めて仕切りなおしてから、右腕をムチのようにしならせてスリケンを4連発で投擲していた!ほぼ同時に左腕をムチのようにしならせて、さらにスリケンを4連発で投擲!合計8枚!

 シュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッ!金属質の物体がデビルフィッシュの前を高速移動する。直後、8枚のスリケンは斜め後方へと逸らされていた!シュッシュッ!ほぼ同時に、今度は2枚のスリケンがデビルフィッシュ側から投擲される!ニンジャスレイヤーは辛うじてこれを指で逸らした!

「グワーッハッハッハッハ!無駄だ!ニンジャスレイヤー=サン!無駄なのだ!その理由をお見せしよう!」デビルフィッシュは腕組みを解き、ジュー・ジツの構えを取る。すると背中にインプラントされたランドセル状マシーンから、銀色に光る触手状メカアームが十本飛び出し、不気味に蠢いた!コワイ!

 デビルフィッシュはオムラ・インダストリの秘密研究所で改造手術を受け、高級オート・スシアームに使われる握り技術を応用したサイバネアーム十本をその背中にインプラントしたおそるべきニンジャである。これに彼自身が持つ2本の手を加えて……今、合計12枚のスリケンが投擲される!「イヤーッ!」

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは連続側転を打って紙一重でスリケンを回避しながら、柱の陰に隠れる。そこから両腕でガードを固めながら、大砲の砲弾のごとき勢いで一気にデビルフィッシュへと接近!「「イヤーッ」」両者のカラテが激突し、火花が散る!

「「イヤーッ!イヤーッ!」」流石に至近距離でのカラテならば、ニンジャスレイヤーが圧倒的に有利。徐々に押され、ガードを弾かれてゆくデビルフィッシュ。だが背中から生えた十本の触手状メカアームがニンジャスレイヤーの死角である頭上と背後からスリケンを投擲する!「イヤーッ!」「グワーッ!」

「イヤーッ!」スリケンの激痛に耐えながら、ニンジャスレイヤーの右ストレートが繰り出される!だが、インパクトの直前、デビルフィッシュの体がワイヤーアクションめいて後方に飛んでいった!タツジン!彼は触手状メカアームの一本を後方の柱に突き刺し、収縮動作によって自らの体を引っ張ったのだ!

「グワーッハハハハハ!無駄だ!ニンジャスレイヤー=サン!無駄なのだ!この俺の支配する領域で、お前に勝ち目は無い!イカニンジャ・クランの恐ろしさを思い知るがいい!」着地したデビルフィッシュは、合計12本の腕でジュー・ジツの構えを取り、ニンジャスレイヤーを挑発した!

◆◆◆

 一方その頃、ネコソギ・ファンド社のメインオフィスでは社員全員が起立し、軍隊めいた直立不動の姿勢を取りながら、大型ディスプレイに見入っていた。その理由はもちろん、CEOラオモト・カンが生出演しているミッドナイト・オイランニュースを見るためだ。

「次のゲストは、選挙評論家のモタニ=サンです」オイランリポーターが右肩をはだけながらコールする。「ドーモ、モタニです」。タダオ大僧正は消え、続いてグレーのスーツにサイバーサングラスという出で立ちの猫背の学者が、ラオモトの右の席に現れた。

「独自に調査した投票結果予想です。母集団はネオサイタマのIRCネット上で無作為に10万人ほど抽出」モタニは用意してきたボードを起こす。「誰に投票するか」という質問と、棒グラフが並んでいた。「実際8割がラオモト=サンです」モタニはサイバーグラスを得意げにクイッとやる。キャバァーン!

「ムハハハハ!これはチョージョー!大変お世話になっております!ムッハハハハハハ!」ラオモトが肘掛のボタンを叩きながら哄笑する。「聖人認定でラオモト=サンは聖徳太子などと肩を並べることになったわけですが」とレポーター「皆さんはラオモト=サンに投票しますか?答えは今すぐIRC投票!」

 ズッパンズパパンズッパンズパパンズッパンズパパンズッパンズパパンイヨォー!ダンサブルな電子音楽が流れ、オイランレポーターが際どい姿勢でサイバーダンスを踊る。30秒ほどでダンスは終わり、IRC投票受付時間も終了。リアルタイム描画グラフ上の「実際投票したい」は、70%を超えていた。

「ラオモト=サン、バンザイ!」ネコソギファンドのオフィスでは、残業していた社員全員が大型モニタに万雷の拍手を捧げていた。番組はヨロシサン製薬のCMに切り替わる。「さあモドリ社長、ビジネスを再会しようぜ」クルーカットは、重厚なバンブーソード3本をメジャーリーガーのように素振りした。

「無理です、金がありません…」と四つん這い姿勢で拘束されたモドリ。「社員の給料をさらに減らせ、成せば成る!」とクルーカット。「こ、これ以上下げたら、基盤工場で暴動が起こります。それだけは無理です」と怯えた豚のような声でモドリ社長。

「貴様!先週の日刊コレワ経済を読んでないのか?ネオサイタマの給与月額平均は下落しているだろうが!皆頑張ってるんだ!ブルジョワ気取りか?!成せば成る!」バンブーソードがモドリの尻をしたたかに打擲!スパーン!スパーン!スパーン!「ンアーッ!!」コワイ!モドリ社長はもはや失禁寸前だ!

◆◆◆

 スパーン!スパーン!スパーン!ニンジャスレイヤーのシャープな蹴りが、頭を掴まれ強制オジギの姿勢を取らされたデビルフィッシュの顔面に叩き込まれる!「グワーッ!グワーッ!グワーッ!」しかし抵抗はできない。彼の両腕は切断され、火花を散らす十本のメカアームとともに床に転がっているからだ。

 流石はシックスゲイツ、恐ろしい相手だった。だがニンジャスレイヤーは敵の最大の武器である触手状アームを一本ずつカラテで切断し、グラップル技に持ち込んだのだ!「ニンジャ殺すべし!イヤーッ!」容赦ない顔面蹴りから首元へのチョップ!ついにデビルフィッシュは爆発四散を遂げた!「サヨナラ!」

 顔とメンポに飛び散った返り血をぬぐいながら、ニンジャスレイヤーは黙々と上への階段を目指す。まるでツキジだ。あとには、血まみれになったタタミと黒焦げの死体、浜に打ち上げられたマグロめいて痙攣する両腕、そして破壊された十本のサイバネアームだけが残されていた。

 階段を上ると、再び新たな門が彼の前に現れた。「総会六門」と威圧的なオスモウ・フォントでモールドされたカンバンが、重々しい扉の上に掲げられている。さらに、扉の表面には赤い丸と大きく「二」の文字。ソウカイ・シックスゲイツの2人目が、この先で彼を待ち構えているのだ……。

 扉を押し開けようとするニンジャスレイヤー。その瞬間、上下左右から赤漆塗りの見事なヤリが勢い良く突き出してきた!ナムサン!だがこの程度のトラップに引っかかるニンジャスレイヤーではない!余人ならばいざ知らず、彼は回避動作を取ることすらなくカラテで全てのヤリを叩き折った!「イヤーッ!」

 タダーン!電子合成されたドラの音が鳴り響く。セレモニーホールと同様、数百畳サイズの薄暗いタタミ部屋が現れる。部屋の中には四本の円柱が立てられ、そこからボンボリが吊り下げられている。部屋の中央にはスリムフィット黒ニンジャ装束を着た一人のニンジャが、アグラを組んで彼を待ち構えていた。

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン、レイザーエッジです」「ドーモ、レイザーエッジ=サン、ニンジャスレイヤーです、イヤーッ!」オジギ終了から僅か0コンマ1秒!ニンジャスレイヤーはその右腕をムチのようにしならせてスリケンを4連発で投擲していた!タツジン!

「イヤーッ!」レイザーエッジがジュー・ジツを構えると同時に、両腕の骨に沿って左右に展開式のセラミック・カタナが飛び出し、スリケンを切断した!タツジン!だがニンジャスレイヤーも、この程度の防御は予測済みである!スリケン投擲と同時に、すでにタタミを強く蹴って突撃を繰り出していた!

「馬鹿め、ニンジャスレイヤー=サン、貴様の負けだ!」レイザーエッジも真正面から突き進む。ニンジャスレイヤーの構えはカラテチョップ。走り抜けながら一撃で相手の首の骨を切断する構えである。(((あの程度のセラミック・カタナならば、一撃で破壊した上に首をへし折れるはず……!)))

 猛烈なスピードで接近する2人のニンジャ!その距離はタタミ5枚、3枚、1枚!ここでニンジャスレイヤーの本能が危険を察知する!「イヤーッ!」即座に彼はブリッジを決めた!直後、レイザーエッジの腰の両側面からカタナが展開され、紙一重の高さでニンジャスレイヤーの腹の上を通過!ゴウランガ!

「チィーッ!」レイザーエッジは暴走するローマ式チャリオットのごとく走り抜け、柱の一本を深々と切り裂きながらターンした。彼はサイバネ手術により、全身に何百本ものカタナを仕込んでいる。特にこの必殺突撃は、左右に一列に並んだクローンヤクザ20人、合計40人を一度に切断できるほど強力だ!

 ならば正面からとばかりに、ニンジャスレイヤーが鋭角のトビゲリを仕掛ける!レイザーエッジはこれを素早くガードし、激しいカラテの応酬が始まった!「「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」」ここで突如、レイザーエッジの両胸から前方へセラミックカタナが勢い良く展開!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 アンブッシュ的に突き出したセラミック・カタナは、ソバットを繰り出そうとしていたニンジャスレイヤーの左腿を深々と切り裂いた!ナムサン!タタミに落下したニンジャスレイヤーはブレイクダンスめいた動きで隙を消してから、ネックスプリングと5連続バク転、そして3連続側転で仕切り直しをはかる。

「見たか!ニンジャスレイヤー=サン!カクシ・キリの前に敵は無い!」レイザーエッジは両手を広げてのけぞり、肋骨に沿って仕込まれた全セラミック・カタナを一斉に展開して、ガシャガシャと動かし威嚇する!コワイ!だが、体勢を整えたフジキドは臆することなく突き進んだ!「ニンジャ、殺すべし!」

◆◆◆

 一方その頃、ネコソギ・ファンド社のメインオフィスでは、ふたたび社員全員が起立し、軍隊めいた直立不動の姿勢を取りながら、大型ディスプレイに見入っていた。その理由はもちろん、CEOラオモト・カンが生出演しているミッドナイト・オイランニュースを見るためだ。

「次のゲストは、アンタイブディズム・ブラックメタルバンド『カナガワ』のドラマー、ヘルゲート=サンです」リポーターが左肩をはだけながらコールする。「ドーモ、ヘルゲートです」。黒いハカマに上半身裸、ブラックメタルメイクに極細サイバーサングラスという極悪な出で立ちの男が椅子に現れた。

「先日、ギタリストにしてヴォーカリストのアーマゲドン=サンが突如脱退し、メンバーが数人死んだわけですが、今後もその音楽性に変わりはないのですか?」オイランレポーターが的確な質問をする。「無い」と不吉なボイスで答えた。体中の傷跡から時折血がしたたる。「新作のレコーディングも順調だ」

「では、そんなヘルゲート=サンは誰に投票するのでしょう?」「ラオモト=サンだ」「それは何故?彼はブディズムの名誉聖人に認定されたのですよ?」「彼はほとんどブッダ……ゆえに、反ブッダであるからだ……」スタジオの観客席から凄まじい歓声!「ワースゴーイ!!」キャバァーン!キャバァーン!

「ムッハハハハ!いつもお世話になっております!ムッハハハハハ!!」ラオモトはグンバイで顔を扇ぎながら、肘掛に隠された振込ボタンを叩く!キャバァーン!キャバァーン!ヘルゲートの極細サイバーサングラスの内側液晶面で口座の金額が跳ね上がる!ヘルゲートの黒い唇が醜く歪んだ!キャバァーン!

◆◆◆

 スリムフィット黒ニンジャ装束を剥かれ、上半身裸になったレイザーエッジの体は、キリストめいた姿勢で柱に磔にされていた。両掌と両膝にはカタナが釘代わりに突き刺され、身動きが取れない。数百本のカタナは全て叩き折られ、体中には無数の傷が走る。「イヤーッ!」痛烈なストレート!「グワーッ!」

 カタナ・メンポからぼたぼたと血を流しながら、レイザーエッジは呻く。「俺を殺しても、四人のシックスゲイツがお前を……」「イヤーッ!」顔面へと容赦なく叩き込まれる蹴り!あれは伝説のカラテ技、サマーソルトキック!「グワーッ!」レイザーエッジの首が飛び、体が爆発四散する!「サヨナラ!」

 ニンジャスレイヤーは宙をくるりと一回転し、体操選手のような着地を決めた。ボンボリの灯りが揺れ、焼け焦げた十字の死体を照らす。流石はソウカイ・シックスゲイツ、手強い相手であった。両耳からセラミック・カタナが展開された時は死の予感がニューロンをよぎったが、最後はカラテの力量差が出た。

 ニンジャスレイヤーは階段を登る。一年以上に渡ってソウカイ・ニンジャを殺害してきたためか、ここまでの二人は初期のシックスゲイツに比べて明らかに質が低かった。フジキドは、アースクエイクやヒュージシュリケンといった強敵の顔を想起する。彼の行動はソウカイヤに明らかな打撃を与えていたのだ。

 階段の壁に貼られたショドーが、ふとフジキドの目に留まる。「飛んで火に入る夏の虫」平安時代の剣豪にして詩聖ミヤモト・マサシが詠んだ有名なコトワザだ。サツバツとした空気がいっそう張り詰める。この先の敵は、これまでほど容易には倒せまい。ニンジャスレイヤーは静かにメンポの紐を締め直した。



2

 フゥーン。ニンジャスレイヤーは突然、暗闇に包まれた。空調機器が停止する呻き声めいた音。彼はジュー・ジツを構え、ニンジャ聴覚を研ぎ澄ませてアンブッシュに備えた。だが数秒の沈黙を経て、照明・空調ともにすぐに復旧した。ニンジャスレイヤーは淡々と階段をふたたび駆け上がる。

 辿り着いた扉は金庫を思わせる大仰なロック式の隔壁だ。そこに「二重機構」「施錠される」と書かれている。これを破るのは一手間かかるやもしれぬ。ニンジャスレイヤーは岩をも砕く渾身のポン・パンチを構える。……と、その時。

 イヨォー、という認証音が鳴り、「施錠される」の液晶表示が消滅。「権限ドスエ」と合成マイコ音声が告げる。液晶表示にあらためて浮かび上がった文言にニンジャスレイヤーは目を細めた。「進んで。NtoNS」……ナンシー=サンか。

(ドーモ)心中でニンジャスレイヤーは礼をした。表示が再び切り替わった。「この先シックスゲイツ」「なんらかの大掛かりなカラクリ」「こちらからアスセス難」「オフライン可能性」……(十分だ、ナンシー=サン。何とかする)ニンジャスレイヤーはロック扉を開いた。

 扉の先に、さらに扉!二重隔壁である。いかなる理由であろうか。「総会六門」と威圧的なオスモウ・フォントでモールドされたカンバンが、重々しい扉の上に掲げられている。さらに、扉の表面には赤い丸と大きく「三」の文字。ニンジャスレイヤーは意を決して扉を開けた。

 彼を迎えたのはキューブ状の巨大な空間であった。先の二戦と比べると小さいが、異様である。床はタタミではなくむき出しのコンクリートだ。壁も同様である。気になるのは床の複数の排水溝と、壁一面にペイントされたフジサンの絵だ。

 赤と黄色で表現された曙の光を背後に、口にナスをくわえたイーグルが飛び立つ躍動的な絵画……たちの悪い冗談めいている。そして絵でいえばフジサンの火口のあたりに、入ってきたのと同様のロック式ドアがある。当然、歩いて行ける高さではない。まるでトリックアートか設計ミスのようである。

 ビーッ。警告音が鳴り、背後のドアーが強制ロックされた。そして壁の四隅に設置されたライオンの口から、滝のように水が流れ出す!水責めだ!

 水はあっという間に床を満たす。水位はニンジャスレイヤーの膝下まで上がってきた。だが彼はうろたえない。この巨大な玄室のもの言いたげな様子から、ある程度予想はできていた。ニンジャ肺活量の持ち主を水で殺す事など不可能だ。十分な水位を確保して、あの天井近くのドアを通って先に進むのだ。

 ドブン!ライオンの口の中から水とともに落ちてきた影をニンジャスレイヤーは警戒した。当然ながらそれはニンジャだ。シュノーケルめいたメンポとウェットニンジャ装束!すでに水はニンジャスレイヤーの胸のあたりまで来ている。「コーッ。ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ウォーターボードです」

「ドーモ、ウォーターボード=サン。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーはアイサツを返した。水位は首まで来ている。ウォーターボードはニンジャスレイヤーを指差した。「コーッ。トラップ群とゲートをどう破ったか知らんが、うぬぼれるなよ。この水槽が貴様の棺となる」

 水位はすでにニンジャスレイヤーの身長を超えた。立ち泳ぎをしながら、ウォーターボードの出方を窺う。「コーッ。コーッパ。デビルフィッシュ?レイザーエッジ?俺をあの程度のニュービーめいたサンシタと一緒くたにするなよ。シックスゲイツにウォーターボードあり!」

「成る程、つまりオヌシが言うサンシタでもシックスゲイツの六人になれるのか。ソウカイヤも知れたものよな」ニンジャスレイヤーは不敵に指摘した。「コーッ。ああ言えばこう言う!黙れニンジャスレイヤー=サン!貴様などアクアカラテのサンドバッグだ!イヤーッ!」ウォーターボードが水中に潜った!

 ドブン!ニンジャスレイヤーもまたウォーターボードを追って水中に潜行した。ウォーターボードは身をねじり、矢のようにニンジャスレイヤーへ突進する。「イヤーッ!」速い!ウェットニンジャ装束の脚部等になんらかの推進機構があるに違いない。マグロめいた高速突進からの蹴りが襲いかかる!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはチョップを合わせてガードを試みる。「ヌウッ!」蹴りが重い!ウォーターボードの装束から細かく空気が噴き出し、反動をつけた再度の回し蹴りが襲いかかる!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはチョップを合わせてガードを試みる。「ヌウッ!」蹴りが重い!ニンジャスレイヤーはウォーターボードの胸板めがけ前蹴りを放つ。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ウォーターボードの胸から空気が噴き出し、蹴りの間合いの外へ後退!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの両腕がムチのようにしなり、二枚のスリケンを投擲した。だが水の抵抗に阻まれ、その速度はニンジャを仕留めるには不十分!「イヤーッ!」ウォーターボードは両手の人差し指と中指を使って二枚のスリケンを易々と挟み取る!

「コーッ。これがアクアカラテだニンジャスレイヤー=サン」ウォーターボードのメンポにはスピーカーが内蔵されている。彼は笑いながら勝ち誇った。「コーッ。水中にいる限り貴様に勝ち目はない。ここへ来た時点で貴様は負けているのだ。地形を味方につければ無敵。これぞフーリンカザンよ」

 ニンジャスレイヤーは水面を見上げた。水位は天井近くまで上がっている。フジサン絵の火口付近のドアも既に水の中だ。どちらにせよ、あのドアがどんな機構で開閉するのかわからぬ以上、このウォーターボードを排除しない事には話は始まらぬ。

「コーッパ。余所見のヒマは無いぞ!イヤーッ!」ウォーターボードが両腕をニンジャスレイヤーへ向けて突き出す。逆棘のついたハープーン(銛)が二発同時に射出された!ナムサン!

◆◆◆

「ワー!スゴーイ!」「それでは一旦CMに入りましょう。チャンネルはそのまま!ミッドナイト・オイラン……」高級オフィスチェアに腰を下ろすシバタの端正な顔に猥雑なモニタ内の光景が照り返し、深夜のネオンめいた小宇宙を浮かび上がらせる。灰色の瞳は虚無的で、感情を読み取る事は不可能だ……。

◆◆◆

「……だとよ……」深夜立ち飲み囲炉裏バー「不夜城」の囲炉裏カウンターに寄りかかってショチューを飲みながら、無精髭の男は隣の男に暗く呟いた。安モニタに流れるドンブリ・ポン社のヒステリックなCM映像が発するストロボライトが、陰気な横顔を照らす。

「……」ツバ広の帽子を被ったもうひとりの男は、無精髭の男の知り合いと言う事では無いようだ。帽子を目深にかぶっているため、ほとんど顔はわからない。神職めいた黒いカソック衣装が異様である。彼もまたショチューをちびりちびりと飲んでいる。

 CMが明け、数人のコメンテーター……フリー記者や経済学者、辛口で知られる中年大御所芸能人とラオモト・カンがパネリストとなり、パネルディスカッション形式の対談が始まった。無精髭とカソックの二人は会話も無く、安酒を飲み続ける。

「……小さな政府……」「……民間の市場原理に任せれば何もかもうまく……」「……無駄なお金は……」「さすがラオモト=サン!」「ワー!スゴーイ!」

「やっぱりラオモト=サンしかないねえ」「俺ぁ政治の事はわからないがよう、あの決断力!なんでもズバリズバリと決めてくれそうだ!」「無駄をなくす!サスガ!」奥で飲んでいる老人達がにこやかに頷きあう。無精髭の男はそれを見て顔をしかめる。

 老い先短い彼らは、いずれ何らかの介護を要する体となるだろう。その時、彼らを助けるものは何もない。ラオモトは細々と運営を続ける公営の福祉施設全廃を公約している。無駄だからだ。「インガオホーってやつか……」酒を置き、片手でオーデンの皿を取る。もう片方の手はトレンチコートの中だ。

「……規制を緩和……」「……そうです、すべてを成果報酬にして、頑張れば給料アップ……ダメなら無給……ゲーム感覚の楽しい仕事……」「労働者に配慮してカイシャが潰れては……」無精髭の男はバイオイカを噛みちぎった。「ま、あいつが当選するんだろうさ」

 無精髭の男はカソックの男を見て、「アンタ投票どうするんだい」と訊いた。カソックの男は酒臭い声で返す。「政治なんて、なんだって構わねえ。俺にあれこれ指図する奴は全員許さねえ。今までもそうして来た」無精髭の男は肩をすくめた。「……怖いねえ」

◆◆◆

「グワーッ!」

 吹き飛ばされたのはニンジャスレイヤーだ!「コーッ。コーパッ!ニンジャスレイヤー=サン恐るるに足らず!」ウォーターボードはアクアカラテを構え直す。壁のあちこちにハープーンが突き刺さり、展開する戦闘の激しさを物語っている。

 吹き飛んだニンジャスレイヤーの体はコンクリート床に叩きつけられた。「グワーッ!」「コーッ。トドメを喰らえニンジャスレイヤー=サン!イヤーッ!」再びジェット気流を生み出したマグロめいた突進からの蹴りが襲いかかる!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはチョップを合わせてガードを試みる。「ヌウッ!」蹴りが重い!ウォーターボードの装束から細かく空気が噴き出し、反動をつけた再度の回し蹴りが襲いかかる!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは咄嗟に両脚を上げてウォーターボードの蹴り足を受けた!

 壁まで吹き飛ぶニンジャスレイヤー!そこへさらにウォーターボードは追撃する。「イヤーッ!」マグロめいた突進からの蹴りが襲いかかる!

 だが、これはウォーターボードのウカツであった。ニンジャスレイヤーはあえて自らの意思でウォーターボードの蹴りを足で受けた。蹴りの勢いに自らのバネの力を乗せて壁まで吹っ飛んだのだ。突っ込んでくるウォーターボードを迎撃すべく、ニンジャスレイヤーは壁を蹴る!

「イヤーッ!」「グワーッ!?」壁を蹴って十二分な反動力を載せたニンジャスレイヤーのバンザイ・パンチが、ウォーターボードの横面と脇腹に二点同時の激烈な打撃を加える!ウォーターボード自身の突進力もインガオホー的に加わった等比級数的な物理的ダメージ乗算の程度は計り知れない!

「グワッゴボッ……グワッグワー!グワーッ!」螺旋のあぶくを発しながらウォーターボードが吹っ飛んだ!「ゴボババーッ!」これは!シュノーケルメンポがニンジャスレイヤーのバンザイ・パンチによって破損!「ゴボボッ!息ゴボボボッ!」吹き飛ぶウォーターボードが苦しげにもがく。

 ナムアミダブツ!ウォーターボードはシュノーケルメンポの酸素供給に頼り切っていた。突然それが奪われた事により彼はほとんどパニック状態であった。ニンジャ肺活量を生かす水中呼吸法が確保できないのだ!そしてこれを見逃すニンジャスレイヤーではない!

「イイイ……イイイヤァーッ!」ニンジャスレイヤーが再度壁を蹴った!チョップを前方で交差させ、両脚で恐るべき勢いで水をかく。そして一直線にウォーターボードへ突進する!「グワーッ!ゴボーッ!」ウォーターボードの体が壁とニンジャスレイヤーにサンドされた!

「ゴボボボッ!ゴボボボッ!」突進チョップのダメージはしかしさほどでは無い。狙いはこの後にあった。彼はウォーターボードの破損したシュノーケルメンポを掴み、引き剥がす!「イヤーッ!」「グワッゴボッゴボーッ!」さらに後ろからその首を肘の内側でガッチリと固定、締め上げる!「イヤーッ!」

「ゴボボボッ!ゴボボボー!」ウォーターボードが両足の推進機構を働かせ、爆発的に加速!ニンジャスレイヤーを振り落としにかかる。しかしニンジャスレイヤーは締め上げる腕を離さない!「ゴボボボーッ!」反対側の壁へロケット突進!ウォーターボードの脳天が壁に激突!「ゴボボボーッ!」

「ゴボボボッ!ゴボボボー!」ウォーターボードが両足の推進機構を働かせ、再度加速!ニンジャスレイヤーを振り落としにかかる。しかしニンジャスレイヤーは締め上げる腕を離さない!「ゴボボボーッ!」反対側の壁へロケット突進!ウォーターボードの脳天がふたたび壁に激突!「ゴボボボーッ!」

 恐らくウォーターボードの頭蓋骨に損傷!これでは自らを死に追いやるばかりだ!しかし締め上げられてパニック状態の彼にそんな判断はできぬ。両足の推進機構を働かせ、再度加速!ニンジャスレイヤーは離さない!「ゴボボボーッ!」反対側の壁へウォーターボードの脳天がまた激突!「ゴボボボーッ!」

 再度加速!ニンジャスレイヤーは離さない!「ゴボボボーッ!」反対側の壁へウォーターボードの脳天がまた激突!「ゴボボボーッ!」再度加速!ニンジャスレイヤーは離さない!「ゴボボボーッ!」反対側の壁へウォーターボードの脳天がまた激突!「ゴボボボーッ!」

 ナムアミダブツ!なんたる死のドルフィン・ロデオめいた光景!巨大水槽と化した玄室の中を激しく跳ね返り自らを傷つけ続けたウォーターボードは遂にニンジャスレイヤーを振り落とし、そのままひときわ加速して壁に激突!「サヨナラ!」爆発四散した!

 ニンジャスレイヤーは水中で回転しバランスを取った。ニンジャ肺活量を引き出す水中活動も限界に近い。じつに15分近くの時間を彼は無酸素戦闘に費やしたのだ。彼は床に設置された複数の排水口を見やる。水責めの開始に伴い、排水口はカバーで覆われている。これを破壊すべし!

 だが、排水口のシャッターはそのとき一斉に開いたのであった。ウォーターボードの死に伴う悪趣味なカラクリか?いや、ナンシー=サンのハッキング操作と考えるのが自然であろう。水流に引き込まれぬよう注意して、ニンジャスレイヤーは天井近くにわずかにうまれた水面上へ浮上した。

「スゥーッ!ハァーッ!」思い切り空気を吸い込み、全身に酸素を循環させる。ここまでの長時間潜水は当然ニンジャスレイヤーにとって未知であった。だが、ニンジャを殺すと決めれば、殺すのだ。それだけの事だ。水位がちょうど良い高さまで下がった事を見計らい、彼はフジサン近くのドアへ向かう。

 ドアの液晶表示が点滅した。「NtoNS」「排水機能奪取」「ロック機構解除重点」「解除した」(……ドーモ)ニンジャスレイヤーは心中でオジギした。ロック式ドアが開きニンジャスレイヤーを迎え入れる。二重隔壁システムを越えると、再び薄暗い廊下そして階段だ。シックスゲイツは残り三人。

 ニンジャスレイヤーは粛々と階段を昇る。次はいかなるニンジャが立ちはだかるのか?彼は自分の負傷状態をニンジャ自律神経によってつぶさに確認した。軽傷が中心であるが、ラオモトへ至るまでにどれだけ戦闘が残っているか予測できぬ。ニンジャ治癒力を最大限に働かせるべし。敵は速やかに殺すべし!

((ニンジャ……スレイヤー……))

 ニンジャスレイヤーは階段の途上で足を止めた。ニューロンを騒がせる不快なノイズ。ナラク=ニンジャ?いや違う……。

((ニンジャ…………スレイヤー……))

「ヌウッ!」ニンジャスレイヤーは壁に手を突いて己を支えた。吐き気を伴う被侵食の感覚が襲ってくる。((ニンジャ……スレイヤー……私は誰だ……私は誰だ……お前のせいだ……お前のせいで……))震えながらニンジャスレイヤーは足を踏み出す。一歩!二歩!

((ニンジャ……スレイヤー……私は誰だ……お前のせいで……教えろ……私は……))一歩!二歩!

((おお、おお、この寒さ、見える、私には見える、キンカクテンプル、ホホホハ……アッハハハハハ!アッハハハハ!))一歩!二歩!

((早く!早く私のところへ来てくれ!憎い!アハハハハ!この寒さ!アッハハハハ!ホホホハハハハ!))一歩!二歩!

 ニンジャスレイヤーは苦労して階段の先を見上げた。「な……」ニンジャスレイヤーは目を疑った。階上で振り返りながら見下ろすのは、トチノキ……?「トチノキ!トチノキ!?」ニンジャスレイヤーは階段を駆け上がろうとして、よろめいた。

((0010101001110010101011!!!))「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは頭を抱え、階段上でうずくまった。

((010010100110111110111100!!!))「グワーッ!」

((010111010101110110101010!!!))「グワーッ!」

((0010……))……「……」ニンジャスレイヤーは震えながら立ち上がった。ノイズは去った。唐突に。先を見上げる。トチノキの姿も消え失せた。幻だったのだ。ニンジャスレイヤーはゆっくりと踏み出した。一歩。二歩。

 目の前に第四のゲートが立ち塞がる。「総会六門」と威圧的なオスモウ・フォントでモールドされたカンバンが、重々しい扉の上に掲げられている。さらに、扉の表面には赤い丸と大きく「四」の文字。ニンジャスレイヤーは意を決して扉を開けた。

 タダーン!電子合成されたドラの音が鳴り響く。数百畳サイズの薄暗いタタミ部屋が現れる。部屋の中には四本の円柱が立てられ、そこからボンボリが吊り下げられている。部屋の中央の天井には円い陰陽マークが意味ありげに描かれている。待ち受けるニンジャは……どこだ?

 迷う間も無し!その時だ!陰陽マークがスライドし円い穴が現れた。そこから球体が落下してきた。球体?然り。重量感をもったそれがニンジャスレイヤーめがけて回転してくる。彼の背丈ほどもある巨大球体である。アブナイ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側転して球体を回避!

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!球体はそのままボーリングめいて転がり、ドリフトしながら停止した。そして、おお、なんたることか!その球体が見る間にダンゴムシめいて変態し、装甲ニンジャ装束に身を固めたニンジャが正体をあらわした!「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。アルマジロです」

「ドーモ、アルマジロ=サン。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーはアイサツを返した。「それで?そうやって愚鈍に転がるのがオヌシのカラテか」不敵に挑発する。「やってみるがいい」「ぬかせ!イヤーッ!」ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側転して体当たりを回避しつつ、スリケンを四連続投擲!ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!硬質のアルマジロ装甲は無傷でスリケンを弾き返してしまう。「ニンジャスレイヤー=サン!その程度の攻撃で俺が倒せるものか!」転がる球体の内部から声が轟く!

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!球体は再びニンジャスレイヤーに襲いかかる。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側転して体当たりを回避しつつ、スリケンを16連続投擲!ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!硬質のアルマジロ装甲は四倍のスリケンもやはり跳ね返してしまう!「グッハハハハ!」

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!ドリフトしながら方向転換した球体が再びニンジャスレイヤーに襲いかかる。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側転して体当たりを回避しつつ、スリケンを32連続投擲!ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!ナムサン!やはり無効!「グッハハハハハハハ!」

 アルマジロはそのまま部屋の隅まで転がり、変身を解いてニンジャスレイヤーの立ち位置を再確認した。「ニンジャスレイヤー=サン、口程にも無い奴!スリケンを投げるしか能のないサンシタ・ニンジャがよくもまあこのトコロザワ・ピラー・アッパー・エリアのセキュリティを突破して来られたものよ」

「……」「……貴様、いったい何の用でここまで来た?あのコーカソイド女か!残念だがこの先にあの女はおらん!あの女はな!……しかしつまらん女だったことよ!ハハッハハハ!」「……」

「あの女は我々のもとには既に無い、既にな!ハハハハッ!今頃はラオモト=サンのご子息のもとよ!……悔しいか?悔しんでジゴクへ行くがよい」「……」ニンジャスレイヤーは中腰姿勢を取った。チャドーだ。「……来い」無感情に言った。「望むところよ!イヤーッ!」アルマジロが転がり迫る!

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!突進しながらアルマジロが叫ぶ!「このままノシモチめいて潰れた死体にしてくれる!それを鞣してカーペットにでも」「イヤーッ!」「……え?」

 ニンジャスレイヤーの右腕は肩先まで、アルマジロの球体装甲に埋めこまれていた。踏み込みながらのチョップ突きは冷たい怒りを伴い、アルマジロの装甲を貫通。当然、中の人体にまで届いていた。「……グワーッ……?」

 ニンジャスレイヤーは右腕を引きぬいた。「グ、グ、グワーッ!」アルマジロはたまらず変身を解いた。腹部に穴が開いている!身悶えしてタタミの上を痙攣しながらのたうちまわるアルマジロ。うつ伏せのその体をニンジャスレイヤーは馬乗りになって押さえつける。そして顎先へ後ろから手をかけた。

「内側に丸まるのは得意のようだな、アルマジロ=サン」「グワーッ?」「この際、逆向きに丸まるジツも覚えるがよかろう」「グ、グワーッ!?」ニンジャスレイヤーは顎にかけた両手に力を込め、無理矢理にアルマジロの体をエビ反りにしてゆく!ナムアミダブツ!キャメルクラッチめいた残虐な技だ!

「グワッアバッアバッババババーッ!助けアバーッ!」「……イヤーッ!」メキメキ、ミシミシと嫌な音が鳴る。背骨が逆向きに曲げられてゆく音だ。ニンジャスレイヤーは装甲につつまれたアルマジロの体を淡々と反らせてゆく。「アバババーッ!アバババババーッ!」

 ゴウランガ!ニンジャスレイヤーの無色透明な憤怒の苛烈さを見よ!アルマジロはニンジャスレイヤーの怒りを買ったのだ……まさにこれは……インガオホー!「アババババーッ!許しアバババババーッ!アバババババーッ!」「……イヤーッ!」「アババババババババーッ!」

「許し……許し……」「許しはナンシー=サンに乞うがいい。生き延びることができるのならな……イヤーッ!」「アバグワーッアバッアバババババババーッ!」メキメキ、ミシミシ、アルマジロのメンポから血泡が溢れ出す。ボギン。ついに背骨が音を立てて折れた。だがニンジャスレイヤーは手を止めぬ。

「アバッ……アバッ……」痙攣するアルマジロ体を逆向きに折り曲げ終えると、ニンジャスレイヤーはゆらりと立ち上がった。先へ進むゲートを見出し、そちらへ歩き出す。背後でアルマジロのニンジャソウルが爆発した。

 ふいにニンジャスレイヤーは足を止めた。そして天井の陰陽の穴を振り返った。「イヤーッ!」バク転を繰り出し距離を取る。その直後、陰陽の穴から新手の影が落ちてきて、膝立ちに着地!

「……五人目か」ニンジャスレイヤーはジュー・ジツの構えを取った。「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ニンジャスレイヤーです」落ちてきた赤黒のニンジャがオジギした。「何」「ニンジャスレイヤーです、ニンジャスレイヤー=サン」ゆっくりと進み出る。「……!」

 ニンジャスレイヤーを名乗る敵が一歩踏み出すと、その姿がぼやけ、茶色の忍者装束となった。「バンディットです」さらに一歩。やはり姿がぼやけ、背中に巨大なスリケンを背負ったニンジャとなる。「ヒュージシュリケンです」さらに一歩。「……センチピードです」一歩。「コッカトリスです」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投げた。ザザッ!進み出る姿は砂嵐めいたノイズとなり、スリケンが透過してしまう。「ビホルダーです」さらに一歩。「インターラプターです」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは再度スリケンを投擲!進み出る姿がスリケンに触れ、ノイズとなって散る!

 なんたる妖しのジツ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは警戒し、六連続のバク転で距離を取る。「アースクエイクです」一歩。「バジリスクです」「ドーモ」「ドーモ」「ドーモ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを構える。ザザッ!さらに一歩踏み出す。その姿は……「……フユコ?」

 最愛の妻……ソウカイ・シンジケートの手によってトチノキとともに命を奪われたフユコが、今、彼の目の前に立っている。ニンジャスレイヤーは己の正気を疑った。そして恐れた。「フユコ」フユコは無言のままニンジャスレイヤーに近づいてくる。ニンジャスレイヤーは後ずさった。「フユコ」

「ニンジャスレイヤー=サン、では私は?私は誰だ?」フユコの顔がぼやけ、やがてその姿が不定形の影となった。「私は誰だニンジャスレイヤー=サン?私は誰だ……」「やめろ!」「私は誰だ……お前のせいで……」「やめろ!」「お前のせいで……」「グワーッ!」

 ……しばしの静寂。フジキドの叫び声だけが木霊する。少しして、ぽた、ぽたと血がタタミに滴る音。

 片膝立ちで立つニンジャスレイヤーは、息を荒げながら目を開く。謎の攻撃者は消えていた。周囲には黒焦げになったアルマジロの死体しか見えない。幻覚だったのか?あるいは精神攻撃の類か?いずれにせよ、とっさに左掌にスリケンを突き刺し漢字を書いたことで、彼はどうにか正気を保つことができた。

(((敵だとすれば、恐るべき相手だった……次にふたたび攻撃を仕掛けてくるとしたら、果たして耐えきれるだろうか……)))フジキドは首を左右に振って迷いを振り払い、立ち上がった。そして歩き出す。5人目のシックスゲイツが待つフロアへと向かって。



3

「成せば成る……五十歩百歩……虻蜂取らず……」大きな凧(カイト)を背負ったそのニンジャは、アグラを組み目を閉じてメディテーションを行っていた。口に唱えるのはネンブツではなく、首領ラオモト・カンが好むコトワザの数々である。

 バイオバンブーと強化和紙で作られたその凧には、「キリステ」「ムテキ」「ヤリで刺す」など、彼の決意のほどを表すショドーがしたためられている。彼こそはヘルカイト。現在では、ソウカイ・シックスゲイツの最古参となったニンジャだ。

 ヘルカイトの脳裏では、ソウカイニンジャとなってからこれまでの記憶が、ファンタズマゴリアめいた回転を見せていた。シックスゲイツらに虫扱いされたニュービー時代……その中でも最低の屑であったガーゴイルを任務の中で事故に見せかけて殺し、まんまと自分がシックスゲイツに昇格……

 与えられる任務を忠実に実行……次第に高まる斥候ニンジャとしての評価……シックスゲイツ温泉旅行……ヒュージシュリケンとの確執……生存を確認しながらも任務の中で無慈悲にヒュージシュリケンを見捨て抹殺……やがてシックスゲイツの最古参に……。理想的キャリアアップの道を辿っているはずだった

 だが、ヘルカイトには解っていた。ニンジャスレイヤーを倒さねば、ラオモトから最大の信頼を勝ち取ることはできないことを。また同時に、自分が最古参のシックスゲイツとなれたのは、ニンジャスレイヤーとの直接対決を巧みに回避し続けてきたからでもあることを。

 ヘルカイトは、かっと目を見開いた。下の階から爆発音が聞こえてくる。「アルマジロまでもが……」胃が鉛の塊になったかのような緊張感。奴がすぐそこまで迫っている。ということは、ダークニンジャが敗れ、さらに四人のシックスゲイツが殺されたのだ。

(((ラオモト=サンは気付いていないのか?ならば天守閣まで飛翔し報せるべきでは?……ノー、ノー、ノーだ。そんな指示は受けていない。あえて選挙放送に集中しているのかもしれん)))苦い失敗の味がこみあげる。狡猾な彼はしばしば、任務以上の仕事をこなそうとし、ラオモトの不興を買ってきた。

「虻蜂取らず……虻蜂取らずになってはならない」ヘルカイトは頭を抱えながら苦悩した。「俺に与えられた任務は、このフロアを守り抜き、ニンジャスレイヤーを始末すること。エグザクトリー!ヘルカイトよ、真のシックゲイツの矜持を奴に見せつけるのだ!」ヘルカイトは腰溜めの姿勢で自らを鼓舞した。

 ヘルカイトは腰に吊ったパウチの中から、違法麻薬シャカリキ・タブレットの粉を人差指に取り出し、鼻で吸い上げる。清涼感と昂揚感。恐れが消えてゆく。遥かに良くなってきた。「思えば、あの頃がシックスゲイツの黄金時代だった。俺の手でニンジャスレイヤーを殺し、シックスゲイツの劣化を止める!」

◆◆◆

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは体重を乗せた前蹴りで、「五」と書かれた扉を破壊する。凄まじい突風が前方から吹きつけた。「……これは……!」ナムアミダブツ!ニンジャスレイヤーの眼前に広がるのは、これまでのどのシックスゲイツ・フロアとも違う、ジゴクめいた光景であった!

 まず目に飛び込んできたのは、部屋の上下左右に多数埋め込まれた、巨大なCPUファンを思わせるマシーナリーだった。床はジゴクの第3ディストリクトめいた針山で埋め尽くされ、コケシじみた立石で作られた小さな足場や、攻撃訓練用モクジンなどが飛び石状に点在する。まるで、巨大なUNIX基盤だ。

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン、ヘルカイトです」部屋の中心部にそびえ立つコケシ状足場の上で、ヘルカイトはオジギを繰り出した。「ドーモ、ヘルカイト=サン、ニンジャスレイヤーです。イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの両腕がムチのようにしなり、二枚のスリケンが投擲された!

「イヤーッ!」ヘルカイトは高く跳躍し、背中に負った凧を大きく展開すると、巨大ファンが巻き起こす上昇気流に乗ってニンジャスレイヤーのスリケンを回避した!タツジン!強化和紙にしたためられた「ムテキ」のショドーがニンジャスレイヤーを嘲笑う!

 一方のニンジャスレイヤーは、ネコの額ほどの足場をリズミカルに飛び渡りながらヘルカイトに接近していった。上半身は少しもブレず、淡々とスリケンを投げ続ける。ヘルカイトは巧みに巨大ファンの回転を遠隔IRC制御し、自由自在に室内を飛び回って、ニンジャスレイヤーの接近とスリケンを回避した!

「イヤーッ!」ヘルカイトも空中からスリケンを投げつけてくるが、ニンジャスレイヤーはこれをアクロバティックな跳躍で巧みに回避する。(((敵の軌道は読めた。あと少し……次の跳躍で奴が乗っていたコケシ足場に飛び渡って、さらに壁へ飛ぶ。そこから壁を走り、奴のカイトに飛びかかる!)))

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがコケシ足場へと跳躍した!おお、ナムサン!その直前にコケシの上空を飛行していったヘルカイトが、秘かに非人道兵器マキビシを足場に仕掛けていたことに、彼は気付かなかったのだ!「グワーッ!」ウカツ!棘が深々と刺さる!さらにバランスを崩し針山に落下する!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは空中回転で体勢を立て直し、足裏から着地することで針山によるダメージを最小限しようと試みる。だがそれを読んでいたヘルカイトは、天井の巨大ファンの回転スピードをMAXにして高速飛来し、上空からヤリでニンジャスレイヤーの左肩を貫いたのだ!「グワーッ!」

「どうだニンジャスレイヤー=サン!これが真のシックスゲイツの力だ!」直後、西側の壁に備わった巨大ファンの回転速度がMAXとなり、ヘルカイトの極悪非道のヒット&アウェイ戦法が完成する!ヘルカイトの凧は、下のバンブー・フレームワークにつけられた細長いショドーをはためかせて飛び去った!

「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは危険な針山へ背中から落下する!全身に無数の激痛が走った!『インガオホー!』感知センサーが作動し、電子ヤクザ音声が落下者を嘲笑う!「グワーッ!グワーッ!」苦悶の絶叫を上げるニンジャスレイヤー!さらに左肩からは血が流れ、彼の体力を容赦なく削ぎ落とす!

(((勝てる、勝てるぞ!奴はここまで昇ってくるのに体力と精神力を消費しきっている!)))赤漆塗りのヤリを構えながら急降下をしかけるヘルカイト!その強化チタン製の穂先は、針山の上で仰向けに倒れているニンジャスレイヤーの心臓に狙いを定めていた!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはとっさに左手でヤリの穂先を掴む。ゴウランガ!刃は心臓の1センチ手前で停止した。「イヤーッ!」さらに右腕から繰り出すカラテで、ヤリの柄を破壊!「イヤーッ!」さらに激痛をこらえながらスプリングキック!両足がヘルカイトの胸板をとらえた!「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーの痛烈なダブルキックを受けたヘルカイトは、糸の切れたタコのように回転しながら、猛スピードで壁に向かって飛んでゆく!ニンジャスレイヤーはスプリングキックの勢いのままジャンプし、三回転ひねりを加えながら、近くの足場に着地した。姿勢がやや乱れる。ダメージが大きいのだ。

#6gates :Hellkite:左3番ファン速度5、右5,6番ファン速度2、下8番ファン速度MAX重点、上17番ファン速度MAX重点

 ここまでのタイプ速度、わずか0コンマ1秒!ヘルカイトは脳内インプラントされたIRCトランスミッター機能を使い、室内ファンの回転を制御する!

 するとどうだ!上下左右から巧妙にコントロールされた突風が吹きつけ、ヘルカイトを空中静止状態にしたのである!ゴウランガ! (((ヒュウ!危うくこの世とサヨナラするところだったな。ウカツだったぜ。ニンジャスレイヤーを殺すには、まだまだ気力と体力を削らなくてはいけないというのか!)))

 下から投げつけられたヤリを回避すると、ヘルカイトは再び上空を旋回し始めた。ホワー!ホワー!ホワー!首から吊るした手巻き式サイレンを鳴らして敵の聴覚と精神を責めさいなみながら、ヘルカイトは卑劣なスリケン攻撃を繰り返す。獲物が力尽きて死ぬのを待つ、砂漠の猛禽類のような無慈悲さで!

 数分ほどして、ニンジャスレイヤーの動きが精彩を欠き始めた。時折、肩の傷を狙ったスリケンが命中し、フジキドの体力を容赦なく奪う。ヘルカイトの見立てどおり、彼の気力と体力は限界に達しつつあったのだ。もしここにフートンがあれば、彼はすぐにでも包まって寝るだろう。それほど過酷な状態だ。

「どうした、ニンジャスレイヤー=サン!センセイがいないと駄目か?!」部屋の中心部にそびえ立つコケシ状足場の上に着地すると、ヘルカイトは両手でキツネサインを作り、相手を挑発した。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの両腕がムチのようにしなり、怒りに満ちた二枚のスリケンが投擲される!

「イヤーッ!」ヘルカイトは高く跳躍し、背中に負った凧を大きく展開すると、巨大ファンが巻き起こす上昇気流に乗ってニンジャスレイヤーのスリケンを回避した!タツジン!強化和紙にしたためられた「アブナイ」のショドーがニンジャスレイヤーを嘲笑う!

 逆にヘルカイトが空中からナパームのごとく投下したクナイは、ニンジャスレイヤーの背に次々と突き刺さる。(((このままでは体力が持たない。チャンスはあと一度きりだ。次の跳躍で奴が乗っていたコケシ足場に飛び渡って、さらに壁へ飛ぶ。そこから壁を走り、奴のカイトに飛びかかる!)))

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがコケシ足場へと跳躍!だが何たるデジャヴか!その直前にコケシの上空を飛行していったヘルカイトが、秘かに非人道兵器マキビシを足場に仕掛けていたことに、彼は気付かなかったのだ!「グワーッ!」ウカツ!棘が深々と刺さる!さらにバランスを崩し針山に落下する!

「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはバランスを崩し、危険な針山へと背中から落下する。そしてインパクト!全身に無数の激痛が走った!『インガオホー!』床に仕込まれた震動感知センサーが作動し、電子スモトリ音声がニンジャスレイヤーに対して精神的ダメージを与える!「グワーッ!」

(((今なら殺せるか?)))一瞬の迷いの後、ヘルカイトは部屋の四隅に仕掛けられた記録カメラに目をやる。(((今ここで劇的なカイシャクを加えれば…)))彼の脳裏に、ラオモトの真の副官へと続く黄金のキャリアパスが浮かぶ!彼は壁に掛けられたサスマタを手に取り、止めを刺すべく急降下した!

 ヘルカイトは遠隔IRCで天井のファン回転速度をMAXにする。猛烈な突風が背中のタコを後押しし、凄まじいGが全身にかかった!赤漆塗りのサスマタに全膂力をこめ、急降下攻撃を繰り出す!だが!サスマタがニンジャスレイヤーの首に命中する直前、彼は微かな違和感を感じた!(((減速?!)))

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは霞む目をかっと見開き、紙一重でサスマタを掴んだ。ゴウランガ!インパクト直前に起こった不可解なファン回転の不具合が、ヘルカイトの突撃速度をわずかに殺し、カイシャク攻撃の直撃を防いだのである。

 ヘルカイトは仰向けに倒れる敵の胸の上に着地し、膂力と体重だけでサスマタを押し込もうとする。一方、ニンジャスレイヤーはサスマタを押し返しながらも、ヘルカイトの顔の向こう、天井に備わった大型ディスプレイのひとつを見た。TV画面が消え、黒いUNIX画面を緑色の文字が超高速で流れていた。

 画面はNetHackじみた図形に代わり、テンサイ級ハッカーでもなければ認識しきれないほどの速度で動き始めた。モニタに繋がるケーブルや大型ファンの一部がバチバチと火花を散らす。やがて画面に現れるUNIX文字だけで作られたナンシーの顔!トコロザワ・ピラーの電脳空間がハックされたのだ!

「オヌシの負けだ、ヘルカイト=サン!イイイヤアアアァーッ!」ニンジャスレイヤーは渾身の力をこめてサスマタをへし折った。続けざま、激痛をこらえながらスプリングキック!両足がヘルカイトの胸板をとらえた!「グワーッ!」

 再び猛スピードで弾き飛ばされてゆくヘルカイト。「無駄だ!この部屋にいる限り俺は……ワッツ!?」ファンが制御不能だ!ヘルカイトは回転したまま壁に痛烈に叩きつけられる。「グワーッ!」激突による脳震盪の中、ふと天井を見たヘルカイトは、そこに映ったUNIX画面を見て瞬時に全てを悟った。

 そして一瞬後、彼の目の前にはロケットのような勢いで高く跳躍するニンジャスレイヤーの姿が現れた。違法薬物が脳内麻薬の分泌をうながし、世界がスローモーションに変わる。だがヘルカイトの体は反応しない。ニンジャスレイヤーの上昇が止まり、彼の目の前で体をひねり、回転回し蹴りを……放った!

 なんたるカラテ!かろうじて動いたヘルカイトの右腕の骨を粉々に粉砕しながら、右の胸板にニンジャスレイヤーの足裏が命中する。「ハイクを詠め」無慈悲なる言葉が、蒸気のような吐息と共に鋼鉄メンポから吐き出された!直後、衝撃波が走り、トコロザワ・ピラーの壁が砕ける!

「サヨナラ!」ヘルカイトの体が、トコロザワ・ピラーの高層階から落下する。遠ざかってゆくその声を聞きながら、ニンジャスレイヤーはコケシ足場の上に着地し、天井にオジギをした。ナンシーに礼を言うかのように。するとUNIX画面の高速スクロールが一瞬止まり、「ヨロコンデー」とタイプされた。

 ニンジャスレイヤーは足場を素早く飛び渡って針山ジゴクを越え、最後のシックスゲイツが待つフロアへの階段を駆け上った。もはや体力と精神力が限界に近いことを、彼は悟っていたからだ。休息を取る時間も、最終的には命取りになる。今はただひたすら突き進み、ラオモトを仕留めるしかないのである。

 一方、白目を剥いて気絶しながら数十メートルの高さを落下したヘルカイトは、かろうじて正気を取り戻し、傷ついた背負い式カイトを再展開した。「ムテキ」の文字が書かれた部分の強化和紙が、ひどく痛んでいる。右腕と胸骨も破壊されてしまった。「ラオモト=サンに伝えねば……」

 ヘルカイトはうわごとのように繰り返しながら、タコを必死で操り、どうにかビル風を利用して上昇に成功した。風圧で全身が軋む。今にも体が空中分解しそうだ。覚束ないタコの軌道は、片羽をもがれた蚊のように無様だったが、真のシックスゲイツにふさわしい執念深さでもあった。「ラオモト=サン……」

 重金属酸性雨に打たれ、ふらふらと旋回しながら、ヘルカイトはトコロザワ・ピラーの天守閣を目指し舞い上がる。黒雲の隙間からは、天頂に輝くドクロじみた月が顔をのぞかせ、ソウカイ・シックスゲイツの崩壊を暗示するかのように天守閣の黄金シャチホコを青白く照らすのだった。



4

「六」!ひときわ巨大な両開き式のドア……いや、これはもはや門である……をニンジャスレイヤーは前にしていた。シックスゲイツ最後の一人がこの奥に待ち受ける。それは果たしていかなるニンジャであろうか?

 ニンジャスレイヤーが手をかけるまでも無く、巨大な門は音を立てて開いた。まるで誘うように!「よかろう」ニンジャスレイヤーはツカツカと歩を進める。立ち止まり警戒する時間も理由も無い。行く手を阻むニンジャは全て殺し、最後にラオモトの脳天をチョップするだけだ。

 後にしてきたトレーニンググラウンド・アスレチックエリアのように、フロアは断崖めいた吹き抜けとなっていた。フォレスト・サワタリとの戦闘も遠い昔のようだ。ニンジャスレイヤーの足元は崖めいており、トリイがその先の道を示唆している。手すりの無い、人二人がすれ違う事も難しそうな、狭い橋だ。

 手すりの無い橋めいたコンクリートの足場は、そのまま吹き抜けの対岸まで伸びている。そこにもやはりトリイがある。不気味にライトアップされたそのトリイの奥には、おそらくさらに上階へ向かう出口があるはずだ。

 ドオン、ドオン、ドオン。巨大な太鼓音が鳴り響く。ニンジャスレイヤーはジュー・ジツの構えを取った。対岸のトリイの奥から一人のニンジャが姿をあらわし、この一直線の橋めいた足場を進み出てくる。数フィートごとに橋の側面に設置されたボンボリが、ミラーめいたニンジャ装束を照らす。

「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。ゲイトキーパーです」ミラーめいたニンジャ装束のニンジャは自信に満ちたオジギでアイサツした。「ドーモ、ゲイトキーパー=サン。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーはオジギを返した。「オヌシが最後の一人だ。ニンジャ殺すべし」

「……実に残念だ」ゲイトキーパーは言った。「まさか私が手を汚す事態にまでなろうとは。ヘルカイト=サンは抜け目ない男であったが」「……」「私がシックスゲイツの創設者だ。君がシックスゲイツのニンジャを殺すたび、私は心を痛めてきた」

「その心配も今日で終わりだ。私がオヌシをジゴクへ送る」「……ラオモト=サンは完璧な統治者だ」ゲイトキーパーは静かに続けた。ニンジャスレイヤーはゲイトキーパーの殺気を察知している。これまでのニンジャとの格の違いは明白。無闇に襲いかかるべきではない。まずは耳を傾けながら隙を探るべし。

「君には想像できないのだろう。ラオモト=サンの統治力こそ、混迷のネオサイタマが必要とするものだ。弱者は強者の絶対権力の繁栄下にあって、初めて、生きながらえる事ができるのだ。君の想像力の欠如は、完成されつつある正義の統治をいたずらに乱すテロリズムだ」「……」

「私は確固たる理念の元でシックスゲイツを創設した。シックスゲイツは秩序だ。ニンジャに憑依され、ともすれば無軌道な暴力に駆られてしまう者たちに、目的と秩序を与える。そう、ラオモト=サンという、清濁併せ呑む大樹のごとき器のもとで」「……」

「私は哀しくてならない。君のような愚かなイレギュラーが、我が組織を乱し、この私みずからが事態の収束に務めねばならないという、このマッポー的な現実そのものが」「くだらん感傷の垂れ流しはいつまで続くのだ、ゲイトキーパー=サン」ニンジャスレイヤーが遮った。

「……私は長らくシックスゲイツの名誉構成員であった。今こうして再び暴力の現場へ降りる事には大変な抵抗がある。だが、」「オヌシの目は節穴だ。世界を数字でしか見ない愚か者の目だ。オヌシが片付ける無機質な数字の中に、私の妻子の、センセイの死が隠れている。憎き敵。殺すべし」「……狂人め」

 ゲイトキーパーは腰のホルスターから二本の得物を同時に引き抜いた。鋼鉄のトンファーだ!両腕を伝って暗い紫の輝きが流れ込み、不吉なオーラとなってトンファーを包む!「ミヤモト・マサシ曰く、死人に口なし!望み通り君の相手をしてやろう。だが残念ながら死ぬのは君だ!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの両腕がムチのようにしなり、二枚のスリケンが口火を切った。「イヤーッ!」ブゥン!トンファーが回転し空中でスリケンを粉々に砕く。「来い!君のカラテを評価してやろう!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが仕掛ける!槍のごときサイドキックだ!

「フンッ!」鉄骨すらも断ち切る激烈な蹴りを、ゲイトキーパーのトンファーは造作無く受け止める。さらにもう一方の手がトンファーを振り抜きスナップを効かせると、鉄棒が回転してニンジャスレイヤーの頭部を襲撃!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは咄嗟にブリッジ姿勢を取ってトンファーを回避した。タツジン!細い足場でブリッジするのは本来大変に危険だ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはさらにバック転を繰り出し間合いを取る。細い足場をものともしない流麗な着地!

「それだけ全身にダメージを負いながら見事な動きだ」ゲイトキーパーは余裕を見せた。「だが、どこまで保つかな」二本のトンファーを構えたゲイトキーパーの構えには隙が無い。

 トンファーは実際危険な武器である。オキナワ由来のこの武器は攻防一体の性質が重宝され、あっという間に世界中に拡がった。特に江戸時代、モンゴルとの戦争において日本のサムライが使用したトンファー・ジツは一人十殺と敵味方に恐れられ、大英博物館にも当時のウキヨエが残っている……!

 太古のトンファー・ジツは、現代において汚職警官が貧民を痛めつけるやり方とは天と地の開きがある。ゲイトキーパーのカラテは本物だ。油断は死につながる……ニンジャスレイヤーは一度の切り結びで十分にそれを理解していた。

「イヤーッ!」ゲイトキーパーが踏み込み、右手のトンファーをスナップ回転させた。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは身を沈めて回避しつつ、足払いを仕掛ける。転ばせて足場から叩き落としてしまえばジ・エンドだ!しかしゲイトキーパーはその場で軽くジャンプし足払いを回避!

「イヤーッ!」ゲイトキーパーは空中で回し蹴りを繰り出す!ニンジャスレイヤーは身をそらせ蹴りを回避!だが反撃は危険!ゴウランガ!そのまま回転の勢いをつけてトンファーが振り抜かれる!「イヤーッ!」「ヌウッ!」ニンジャスレイヤーは腕を上げてトンファーをガードした。クオーン!鈍い金属音!

 ニンジャスレイヤーは顔をしかめた。なんたる打撃力!ニンジャスレイヤーはニューロンを総動員して己のニンジャ耐久力を働かせ、激痛に耐える。「イヤーッ!」コンパクトな動作でチョップ突きを繰り出しゲイトキーパーの心臓を狙う!

「イヤーッ!」ゲイトキーパーはもう片方のトンファーを腕に添わせてニンジャスレイヤーの手を横から打ち、突きをそらす。「イヤーッ!」そして頭突きだ!「グワーッ!」思いがけぬ攻撃を額に受け、ニンジャスレイヤーがよろめく。ダメージはさほどではない。むしろこれは目くらましだ!

「食らえ!」ゲイトキーパーは両腕を振り上げスナップした。トンファーが回転!同時にニンジャスレイヤーへ振り下ろす!クオーン!「グワーッ!」ガードしてもなおニンジャスレイヤーを痛めつけるこの打撃力!「イヤーッ!」さらにゲイトキーパーは踏み込む。前蹴りだ!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーは前蹴りを受け、たたらを踏んで後退する。足場は細い。アブナイ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは至近距離からスリケンを投げつける。「フンッ!」ゲイトキーパーは風車めいてトンファーを回転させ、スリケンを防御!「苦し紛れだな。いまだ私は無傷だぞ」

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは後退しながらスリケンを激しく連射!「フンッ!フンッ!フンッ!フンッ!」ゲイトキーパーは左手のトンファーを風車めいて振り回す。それは残像によってまるで紫の円盾だ!64発のスリケンを全弾防御!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは後退しながらスリケンを激しく連射!「フンッ!フンッ!フンッ!フンッ!」ゲイトキーパーは左手のトンファーを風車めいて振り回す。それは残像によってまるで紫の円盾だ!累計128発のスリケンを全弾防御!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは後退しながらスリケンを激しく連射!「フンッ!フンッ!フンッ!フンッ!」ゲイトキーパーは左手のトンファーを風車めいて振り回す。それは残像によってまるで紫の円盾だ!累計256発のスリケンを全弾防御!

「イヤーッ!」やがてゲイトキーパーは回転の隙間から右手のトンファーを繰り出した!タツジン!少しでもタイミングがずれれば二本のトンファーはぶつかり合ってしまうところだ!盾と槍で攻め立てるファランクスめいた無敵の攻撃に、ニンジャスレイヤーはスリケンの投擲を断念せざるを得ない!

「イヤーッ!」突き出されるトンファーをニンジャスレイヤーは危うく回避!だが風車めいて回転する左手のトンファーが退路を塞ぎにかかる。ナムサン!トンファーの回転に巻き込まれれば最後!ネギトロめいた運命が待つであろう!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはニンジャ背筋力で無理やりに回避!

「イヤーッ!」さらに右手のトンファーが襲いかかる。今度は振り下ろし攻撃だ!クオーン!「グワーッ!」ついに回避が間に合わず、肩にトンファーを受けたニンジャスレイヤーは膝をついた!「イヤーッ!」つづけて振り下ろされる左手のトンファー!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは後ろへ転がって左手のトンファーを危うく回避!クオーン!トンファーが足場を殴りつける!「イヤーッ!」転がるニンジャスレイヤーめがけ、ゲイトキーパーは容赦無くトンファーを交互に振り下ろす!ナムアミダブツ!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは後ろへ転がって右手のトンファーを危うく回避!クオーン!トンファーが足場を殴りつける!「イヤーッ!」転がるニンジャスレイヤーめがけ、ゲイトキーパーは左手のトンファーを振り下ろす!ニンジャスレイヤーは転がって回避!クオーン!足場を殴るトンファー!

「それでは遅かれ早かれ死ぬことになる」トンファーを交互に振り下ろしながら、ゲイトキーパーは冷徹に言い放つ。実際その通りだ。ギリギリの回避をこの細い足場で繰り返すニンジャスレイヤーのスタミナ消耗速度は計り知れない。どうするニンジャスレイヤー!

「イヤーッ!」転がりながらニンジャスレイヤーはスリケンを投擲。テクニカルな四枚同時投擲だ。「フンッ!」ゲイトキーパーはしかし左手のトンファーを風車めいて回転させ、スリケンをまとめて撃ち落とす。「私のトンファー・ジツはスリケンを受け付けない」

 スリケン投擲によって一瞬の猶予を作り出したニンジャスレイヤーは足場の上に素早く立ち上がり、体勢を立て直した。そして足場を蹴ってゲイトキーパーに襲いかかる!「イヤーッ!」右手でチョップ!「フンッ!」ゲイトキーパーは左手のトンファーを掲げてそれをガード!

 ニンジャスレイヤーは攻撃を休めない!「イヤーッ!」右脚の蹴りだ。だがこれもゲイトキーパーの左手のトンファーがガード!トンファーはそのロッド部分を肘先に添わせることで、小手めいた強靭な防御手段となるのだ。だがニンジャスレイヤーは攻撃を続ける。さらに右手のチョップだ!「イヤーッ!」

 同じ方向からの攻撃を、ゲイトキーパーは左手のトンファーでほとんど無雑作にガードする。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」だがニンジャスレイヤーは右手のチョップをさらに乱打!ゲイトキーパーは当然それら全てを難なくガード!「血迷ったか?無駄だ」ゲイトキーパーが目を細める。

「反対側がお留守だぞ!イヤーッ!」ナムサン!繰り出される右手のトンファー!クオーン!「グワーッ!」左脇腹に鋼のロッドが叩き込まれる。だがニンジャスレイヤーは右手のチョップを休めない!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ゲイトキーパーは左手のトンファーで全てガード!「無駄だ!」

「無駄ではない!」ニンジャスレイヤーは叫んだ。左手の拳をかため、ゲイトキーパーの左手のトンファーを殴りつける!「イヤーッ!」「フンッ!」クオーン!さらに上半身に思い切りねじりを加え、そこから渾身の右手チョップを叩き込む!「イヤーッ!」「無駄だ!」「無駄ではない!」

 ゲイトキーパーは左手のトンファーでチョップを受ける。しかし、おお、刮目せよ!ニンジャスレイヤーのチョップはそのままゲイトキーパーのトンファーロッドを切断した!「グワーッ!?」

 ゲイトキーパーは思わず唖然!奈落へ吸い込まれるトンファーロッドの切れ端を見る。ニンジャスレイヤーはその瞬間を捉え、脇腹へ膝蹴りを叩き込む!「イヤーッ!」「グワーッ!」初の有効打!「イヤーッ!」ゲイトキーパーはもう片方のトンファーを繰り出しニンジャスレイヤーを牽制、間合いを取る!

 ナムアミダブツ!まさにこれはドラゴン・ゲンドーソーの鉄の教えである。10発のスリケンが駄目なら50発。50発が駄目なら100発。100発が駄目ならさらにその倍、その十倍!

 オーラをまとったゲイトキーパーの鋼鉄トンファーは確かにおそるべき防御力を誇っていた。しかしニンジャが投げるスリケンを数百枚弾き飛ばし、なおかつ渾身のカラテ技を受け続け、無傷で済もう筈もない。攻撃者はそこらのサンシタ・ニンジャではない……ニンジャスレイヤーなのだ!

 ゲイトキーパーは使い物にならなくなった左手のトンファーを投げ捨て、片手トンファー・ジツの構えに切り替えた。「ここまで来るカラテとはこれほどのものか。讃えよう」ニンジャソウルの輝きが一本のトンファーに集中し、紫のオーラが一際色濃くなる。「だが二度できる芸当ではない。君は満身創痍だ」

 ニンジャスレイヤー自身もそれを自覚している。ゲイトキーパーのトンファー一本を破壊するのにこれほどのダメージを負ったのだ。同じ事を繰り返す余裕などありはしない。「スゥーッ!ハァーッ!」ニンジャスレイヤーはチャドー呼吸を整える。ゲイトキーパーを凝視する。次の一手で全てを決める!

「次の一手で決めようと思っているな?」ゲイトキーパーはじりじりと前進する。「その判断は適切だ。そして私は君を次の一手で叩き潰すつもりだ」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは踏み込んだ!中腰姿勢から拳を突き出すポン・パンチだ!

「イヤーッ!」ゲイトキーパーは半身になってニンジャスレイヤーの拳を避け、トンファーを繰り出した。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはトンファーを避け……ナ、ナムアミダブツ!足場から足を滑らせた!

「ヌウッ!」ゲイトキーパーは足場の淵から見下ろし、落下して行くニンジャスレイヤーを目視しようとする。いない!

 ゲイトキーパーは背後からの攻撃に備える。警戒が的中!いつのまにか足場の反対側にいたニンジャスレイヤーが至近距離からチョップ突きを繰り出し、背後から心臓を抉りにかかったのだ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」電撃的速度で振り向きながらのトンファーがチョップ突きを弾いた!「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーはいかなる動きをとったのか?足場の淵から滑り落ちた彼はそのまま淵にぶらさがった。そこから足場の下をくぐり、反対側に移動すると、己の身体を引き上げて背後をとったのである!なんたる特異なアンブッシュ!しかしゲイトキーパーには通用せず!

 腕を弾かれてバランスを崩すニンジャスレイヤーの胸を、ゲイトキーパーのサイドキックが捉え、押し出す!「イヤーッ!」「グワーッ!」蹴りを受けたニンジャスレイヤーは思い切り吹っ飛んだ!ナムアミダブツ!そのまま奈落へ真っ逆さまだ!

 ハイウェイでの死闘!ブラックヘイズ!「ラオモトの声」!アスレチックエリアでのフォレストとの闘い!モータードクロ!ダークニンジャ!デビルフィッシュ!レイザーエッジ!ウォーターボード!アルマジロ!ヘルカイト!この連戦は、真っ逆さまに転落する為に積み上げられた虚しい勝利だったのか!?

 違う!断じてそうではない!見よ!吹き飛ばされるニンジャスレイヤーが手にとったそれを!ドウグ社のフック付きロープを!「イヤーッ!」

 まっすぐに飛んだロープのフックは足場下のライトアップボンボリに巻き付き、ガッチリとくわえ込んだ。ニンジャスレイヤーは振り子めいた勢いをつけ、足場の下をターザンめいてくぐり抜ける!円形の軌道を描き、そのまま足場の反対側、上へと跳ね上がる!

 起動する巻き上げ機構!ニンジャスレイヤーは円を描きながら、中心点に位置するゲイトキーパーへ空中突撃!「イイイイイイイヤァーーーーッ!」恐るべき勢いを乗せた飛び蹴りがゲイトキーパーの首を捉える!ゲイトキーパーのニンジャ反射神経を持ってしてもトンファー・ガードは間に合わない!

「グワーッ!?」ゲイトキーパーがメンポ内で血を吐き、よろめく。遠心力とニンジャ筋力を乗算した蹴りは、延髄を切断しかかるほどの衝撃だ!両手にトンファーがあれば、あるいは防げた攻撃であったやも知れぬ。しかし……!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは叫んだ!まだだ!右脚をゲイトキーパーの首に叩き込んだ姿勢のまま、今度は左脚で首の反対側を蹴りつける!「グワーッ!」両脚がカニめいてゲイトキーパーの頭を挟み込む!そこからニンジャスレイヤーは上半身を屈伸させた。そして……

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは己の身体に反動をつけ、ゲイトキーパーの頭を挟んだまま、足場に手をついてバク転!ゲイトキーパーの頭を弧を描いて叩きつけた!「グワァァァーッ!」

 ビシィ!ゲイトキーパーの頭部が叩きつけられた足場に亀裂が走った。ゲイトキーパーの手から力が抜け、トンファーを取り落とす。カラン、カラン。トンファーは細い足場の淵から転がり落ちていく。ニンジャスレイヤーはすぐさま立ち上がり、仰向けに倒れるゲイトキーパーの胸板を容赦無く踏みつける!

「グワーッ!」「オヌシのカラテに敬意を払おう。ゲイトキーパー=サン。オヌシの負けだ。ハイクを詠むがいい!」ニンジャスレイヤーは荒い息を吐きながら宣告する。勝負は一瞬の交錯で決した。長い膠着状態を耐え忍び、わずかな機会を捉え、致命傷を与えてトドメを刺す……これがニンジャのいくさだ!

「アバッ……見事なり……」ゲイトキーパーが震えた。脳天から血が染み出し、足場にロールシャッハ・テストめいた模様を作る。「だが、君がラオモト=サンに勝てる見込みはない。君はラオモト=サンの偉大さを思い知り、ドゲザして死ぬ事だろう。これは予言ではない……確定した未来だ」

「……ハイクを詠め」「……ラオモト=サン、バンザイ、インガオホー」ゲイトキーパーが震えながらハイクを詠み終えると、ニンジャスレイヤーは身を沈め、「イヤーッ!」電撃的なチョップで彼の首を切断した。「サヨナラ!」首をつかんだニンジャスレイヤーが飛び離れるや否や、その体は爆発四散した。

 トリイをくぐり、上階へ続く出口の前に立ったニンジャスレイヤーは、トリイの脇に設置された定点カメラを睨みつけた。ニンジャスレイヤーはゲイトキーパーの首を定点カメラの前に縛りつけると、出口の奥にあるエレベーターに足を踏み入れた。

「このエレベーターの到達階は天守閣を臨む空中庭園ドスエ」滑らかなマイコ音声が流れ、シリンダーめいたエレベーターは上昇を開始する。リラグゼーション効果のあるオレンジの照明とバンチャ・インセンスが漂う。オコトBGMが単調な調べをリフレインする……

((ニンジャスレイヤー!))

 ザザッ!オレンジの照明が点滅し、闇が降りる。ニンジャスレイヤーは身構えた。これで三度目だ。「来るがいい!まやかしには屈さぬぞ!」ニンジャスレイヤーの叫びがシリンダーめいた狭い闇の中に反響する。

((マヤカシ……マヤカシだと?))

 カッ!ニンジャスレイヤーの眼前に、苦悶するオバケめいた輪郭が浮かび上がる!「マヤカシではないぞニンジャスレイヤー=サン!私の苦しみを知れ!お前のせいだ!お前のせいなのだ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは頭をマンリキめいた力で締め付けられる感覚に悶える!

「あなたのせいよ!あなたの!」カッ!背後に新たな気配!フユコの声だ。ニンジャスレイヤーは振り返らぬよう努めた。「あなたのせいよ!あなたがあの日私たちを……あんな場所に!」「グワーッ!」「パパ……?」ぞっとするほど冷たく柔かい手がニンジャスレイヤーの脚をつかむ。「グワーッ!?」

「パパのせいなの?ここは寒くて怖いよ!パパ?」「トチノキ……トチノキ……」「どうしてパパは生きているの?パパだけどうして!パパのせいだ!」「グワーッ!」

「さよう、オヌシのせいだ!」ニンジャスレイヤーの目の前の顔が老人の形を取る!「セ、センセイ」「ワシもユカノも、オヌシの身勝手な復讐の犠牲となった!オヌシのせいで!」「あなたのせいで私は記憶を!それだけに飽き足らず!あなたのせいで婚約者が死んだ!」ユカノの顔が横に!「グワーッ!」

 落ち着け!落ち着くのだ!ニンジャスレイヤーは己に言い聞かせる。こんなものはマヤカシにすぎない。なぜならユカノは生きているからだ、だからオバケやユーレイなどという超自然存在になるわけがないのだ。わかる、わかる!

 ではフユコは?トチノキは?センセイは?本物のユーレイでは?まさか!そんな!ユーレイ!「グワーッ!」フジキドは血の涙を流し、頭を抱えた。そしてシリンダーめいた狭い闇の中、助けを求める者も無く、力無くしゃがみ込むのだった。「ニンジャスレイヤー……ニンジャスレイヤー……お前のせい……」



5

 今やフジキドの周囲には、フユコ、トチノキ、ドラゴン=センセイばかりでなく、これまで殺したニンジャ、あるいは彼が死を看とっていった善意の人々が際限なく立ち現れ、彼の事をひどく罵り、責めさいなむのであった。

「お前のせいで私は死んだのだ」「お前がいなければ」「ニンジャスレイヤー……」「お前のカラテで私は」「私はむごたらしく殺された」「私は真っ二つにされた」「私はスクラップに」「私は四肢切断」「私は心臓を摘出」「私は首をはねられた」「私は寸刻みに」「お前がいなければ、お前がいなければ」

「黙れ……黙れ……ニンジャ殺すべし……!」フジキドはネンブツめいて呟いた。「オヌシらは死んで当然……憎き敵……」「ニンジャでない我々はどうなのだ」市井の誰かが責める。「お前のその勝手な判断でどれだけの人間が死んだ?お前が勝手なことをしなければ、私達は生きながらえていたに違いない」

「そうだ!」「そうだ!」「そうだ!」「グワーッ!」フジキドはメンポを開き、嘔吐した。だがフジキドを取り囲む影は去らない。「オヌシの行いは無駄なのだ。何も変えられない!ただイタズラに多くの命が奪われた!」ドラゴン・ゲンドーソーの憤怒の形相がフジキドを苛む!

「そうよ、あなた!」フユコ!「そうだよパパ!」トチノキ!「許せない!」ユカノ!「ゲボッ!アバッ、ゲボーッ!」フジキドはさらに嘔吐!胃酸が喉を焼く!やがて、ひときわはっきりとした輪郭が一人、膝まづくフジキドの前に立ち、冷酷に見下ろすのだった。「……さあ、私は誰?私は誰ですか?」

 フジキドは声の主を見上げる。「……」「知るまい、なにせあなたは私の姿を見ていないのだから。あなたはインターラプター=サンを殺し、それにより私はボスの怒りを買った。私のクーデター計画をめちゃくちゃにした。バジリスクを殺した。私はそのせいで……私は……私は誰だ……アハハホホホホホ!」

 ナムアミダブツ!フジキドは実際この男を知らぬ!この男は常に己のザゼン空間に身を置き、影から糸を引いていた……フジキド、ダークニンジャ、そしてこの男の辿った運命は、偶然と必然が複雑に絡み合うタペストリーである。この男はフジキドによって死んだのか?一概にそうとは言い切れぬ……。

「さあ!私は誰だ?私に教えてくれ……私はそれだけが思い出せぬ……お前のせいなのだ……!」「グワーッ!」フジキドは嘔吐しながら思い出そうとした……だが、踏みとどまった。この敵のペースに乗るべからず!

 フジキドはダークニンジャとの戦いの中で見たサンズ・リバーの光景を思い浮かべた。あの時、死の淵に追いやられた彼を導いた存在こそ、ドラゴン・ゲンドーソーではなかったか。今のフジキドを取り囲む忌まわしい幻を恐怖のままに受け入れる事は、師を汚すことでもあるのだ。

「フ……フーリンカザン……チャドー……そして……フーリンカザン……!」ニンジャスレイヤーは口を拭い、震えながら立ち上がる。「私はなんと愚かだった事か。己の不明を恥じよ!」「何だと?」フジキドの前に立つ姿がぼやけた。その顔が憤怒のドラゴン・ゲンドーソーとなる。「わからぬか!」

 老人は口汚く罵った。「オヌシのせいでどれだけ多くの……」「黙れ!マヤカシめ!」ニンジャスレイヤーは撥ねつけた。「私は私のセンセイを知っている。このイクサは確かに私怨が発端だ。だがセンセイはそんな私にインストラクションを託し、導いてくれた。私はそれに応える!」「グワーッ!?」

「私のこの殺戮がどこへ行き着くか、それが正しき事か、わかりはしない。だが今は進むのみ!ましてやそれは、どこの誰とも知れぬオヌシが断ずる事では無い!オバケめ!」「グワーッ!」ドラゴン・ゲンドーソーの顔が吹き飛び、目の前の姿はフユコとトチノキになった。「あなたのせい……」「パパ……」

「スゥーッ!ハァーッ!」ニンジャスレイヤーは祈るような気持ちでチャドー呼吸を繰り返した。フユコとトチノキは目の前でみるみるうちに腐敗した死体となり、ぼろぼろと肉が崩れて骨となる。コワイ!だがニンジャスレイヤーはもはや嘔吐はしない!「スゥーッ!ハァーッ!スゥーッ!ハァーッ!」

「あなた……」隣で声がした。美しい鈴のような、安らぎを誘う声だった。「パパ」その隣で幼い子どもの声。ニンジャスレイヤーは新たな声の方向を振り返った。そこには、穏やかな笑みをたたえたフユコとトチノキがいた。「フユコ……トチノキ……?」母子は微笑み、うなずいた。そして消えた。

「到着ドスエ」ふいにマイコ音声が鳴り響いた。エレベーター内の照明が復帰し、音を立ててドアが開く。夜の清冽な空気が、淀んだエレベーター内に入り込んでくる。まるで邪気を洗い流すかのように。

 どこかで微かに((グワーッ!))という断末魔が聞こえたようだった。もはや彼を煩わせるユーレイの気配は無い。「……フユコ。トチノキ」ニンジャスレイヤーはメンポを閉じ、エレベーターの外へ確かな歩みを踏み出した。

 彼が立つのはトコロザワ・ピラー、ビル部の屋上階。マイコ音声によれば「空中庭園」である。たしかにここは空中庭園と呼ぶにふさわしい。バビロンめいた厳かな水路や広場、ツバキの植え込み、生垣、無数のシシオドシ、トリイ。奥にはさらに天高く聳えるキョートめいた瓦屋根の塔がある。……天守閣!

 ニンジャスレイヤーは天守閣の威容を、そして、上空の曇天に威圧的な光を投げかけ旋回する漢字サーチライトを見上げた。「成長」「繁栄」「大手腕」「制空権」というオスモウ・フォントをしばし凝視した彼は、ある種のインスピレーションに動かされ、そのサーチライトの根本へ走った。

 空中庭園の端の高台に、サーチライト装置は集められていた。グイングインと音を立てて動く邪悪なサーチライト装置はいわばラオモトの権力の象徴といえた。ニンジャスレイヤーはまっすぐにその装置へ向けてダッシュすると、チョップを振り上げた。

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「ピガガー!」チョップを振り下ろし、振り上げ、振り下ろし、彼はあっという間に漢字サーチライトのランプ部を根こそぎに破壊した。もはや曇天を照らし出しネオサイタマを脅かす不吉なメッセージは存在しない。

「ラオモト=サン」ニンジャスレイヤーは天守閣を睨んだ。「待っておれ」

 もうすぐラオモトは知ることになるだろう。ただ一人のニンジャがあらゆる障害を突破し、己のもとへいよいよ迫ろうとしているということを。ニンジャの死骸が連なるサツバツたる道筋によって。


【アンド・ユー・ウィル・ノウ・ヒム・バイ・ザ・トレイル・オブ・ニンジャ】終わり


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