見出し画像

【ドゥームズデイ・ディヴァイス】

【ドゥームズデイ・ディヴァイス】

◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正番は、上記リンクから購入できる第2部の物理書籍/電子書籍に収録されています。また、第2部のコミカライズが現在チャンピオンREDで行われています。



1

咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎

咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎ラ咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎ンペイジ!

 デスドレインは跳ね起き、部屋の隅、壁を背にうずくまって寝るランペイジの顔を蹴った。「……!」ランペイジは目を覚まし、身を起こそうとする。デスドレインはその首を右手で掴み、締め上げた。「テメェ、言ってみろ」「……」ランペイジは睨み返す。口の端から血の筋。ウシミツ・アワーだ。

「テメェ、そろそろ、やめときゃよかったとか考え出してねェか?俺についてきた事を後悔してンじゃねえか?」デスドレインは血走った目でランペイジを凝視した。「それとも飽きてきたンじゃねえだろうな?」ランペイジは目を逸らさない。デスドレインは舌打ちした。部屋の隅で寝るアズールを見る。

「あのガキもテメェもムカつく」デスドレインは絞り出すように言う「俺の事を売るつもりか?それともよォ」ランペイジはまだ答えない。首を締められても、苛立たしげに眉間に皺を寄せるだけだ。殺風景な、コンクリート剥き出しのビルの一室。「テメェのその腕で、この間合いの俺を殺せるか?ア?」

「……やってみるか」ランペイジが掠れ声で言った。デスドレインのニューロンを粘つく殺意が駆けた。彼はもう一度舌打ちした。ランペイジを撥ねつけ、寝ているアズールを蹴った。「うッ」少女の苦しげな呻き。デスドレインは部屋から出てゆく。その背には「咎」のカンジ状に抉られた傷痕の一部。

 やがて、隣室から断末魔の絶叫が、哀願が、声にならない呻きが聞こえる。女と、男だ。解体して殺している。デスドレインの声は無い。彼はたいてい笑いながら殺す。だが、こんな時は彼は無言だ。ランペイジはアズールを見る。「平気か」答えるかわりに、少女は身を起こし、ランペイジを無言で見る。

 隣室で縛られていた男女は「ベントー(弁当)」だ。デスドレインはそう呼ぶ。殺したくなった時にいつでも苛んで殺せるよう、攫ってきて自由を奪った相手をねぐらの側に転がして取っておく事を、彼はそこそこ好む。当然、こういった時、そうした犠牲者たちは憂さ晴らしとして消費される。

 酸鼻な血の臭いが戸口から漂って来る。ランペイジは立ち上がった。そして備えた。やがて隣室は静かになり、デスドレインが戻って来る。「きったねェから、出るぜ、ここをよ」「そうか」ランペイジはデスドレインを見据えた。デスドレインはバツが悪そうに頭を掻いた。「裏切らねえよなあ?テメェら」

 ……デスドレインは当初、ダークニンジャのカンジ・キルによってつけられた傷を「ハクをつけた」程度に楽観して捉えていた。手ひどい傷であったが、彼自身のアンコクトン・ジツ……ヘドロめいた暗黒物質を体内に循環させることで、驚く程に速く治癒させた。少なくとも肉体的には。

 だが、徐々に、澱のような不快感が彼のニューロンを苛むようになった。目覚めている時はいい。眠るたび彼は、それまで彼が己の性的快楽の為だけに理不尽に殺害してきた者たちの呻き声に包まれた。彼は死んで行く罪なき老若男女の声を聞くのが好きだった。だが、その呻き声はただただ重苦しいのだ。

 デスドレインはこの不快感に困惑した。インガオホー。罪の重み。彼の頭は罪悪感を覚えるようにはできていない。だが不快だった。ダークニンジャは彼を殺さなかった。しかし、殺そうと思えば殺せたのではないか。デスドレインはそうした疑念を発作的に抱くことがあった。死よりも不愉快な結果。

 散々に他者を蹂躙し、人生を狂わせた挙句にその者自身が満足して死ぬとすれば、それは身勝手なリセット、逃げ切り、解放、自己満足とも言えよう……カンジ・キルはそれを許さぬ。いずれ収まる病か?それとも、二度と逃れ得ぬものなのか?答えは無い。

 デスドレインは己の幸運について、絶対の自信、確信を持っていた。何をやっても許される。そして実際許されてきた。だが皮肉にも、ニンジャソウル憑依を経て、圧倒的なジツを身につけた後、インガの歓迎を受けることとなったのだ。ダークニンジャ。そして遺跡に現れたニンジャスレイヤー。

 デスドレインの鋭敏な知覚能力は、あの一瞬の邂逅時、ニンジャスレイヤーの揺るがぬ瞳の中に、凄まじい憤怒を感じ取った。正体のわからぬニンジャソウルを。彼は畏れた。それが許せぬ。奴が許せぬ。畏れた己が許せぬのだ。(俺は最強、俺のジツは最強、何もかもうまくいくんだろ?)

「……裏切ると思うのか」ランペイジは言った。「ヘッ!裏切らせるもンかよ。もう始めちまってンだよ、俺たちは!わからねえなら、いつでもわからせてやるよ!」デスドレインは笑った。ランペイジの眉間に血管が浮き上がり、消えた。一瞬のことだった。「そうだ。俺はランペイジだ。わかるか」

「意味わからねぇ事、言ってンじゃねえよ。誤魔化してんじゃねえ」デスドレインは睨んだ。「……証拠を見せろよ。ランペイジ。ランペイジの証拠を見せろ」「……」「わかってンだろうが!マグロアンドドラゴンだよ。アァ?やろうぜ、やるよなァ?やらずにいられねえよな?こうなったらなァ?」

 マグロアンドドラゴン。彼の人生を破滅させ、彼がランペイジとなる原因を作った暗黒メガコーポ。デスドレインはそれを潰すというのだ。だが……「くだらん事を」ランペイジはデスドレインを凝視したまま吐き捨てた。「アァ?」デスドレインの目が血走り、足元に黒いタール状の物質が染み出す。

 両者の間の緊張が高まる。アズールはガラスのような目でそれを眺める。やがてランペイジは言った。「だが、それでお前が満足するなら、よかろう、そこをやる」「……何だ、テメェ?」デスドレインは不満げだった。だが暗黒物質は引っ込めた。「テメェの敵だろうが!ランペイジ」「……」

 彼らにはまだダルマを売り払ったカネがあり、気ままに暮らす事には当分困らない。だがデスドレインは動かずにはいられない。そして、動かずにいるつもりが無いのはランペイジも同じだった。マグロアンドドラゴン。くだらない。だが、そこから始めるなら、そこでいい。ランペイジは淡々と考えた。


2

 ……キョート城、サウザンド・オジゾウズの間!

 決して狭くは無いが、薄暗く息苦しい空間である。長方形の部屋の壁を埋め尽くす不気味なオジゾウを、無数のロウソクが照らし出す。ロウソクは奴隷オイランが定期的に巡回し、火を絶やす事は無い。

 部屋の中央には真鍮の台座が備えられている。台座のこちら側にはフジオ・カタクラ……ダークニンジャ。向こう側には二人。一人はニーズヘグ。もう一人はパーガトリーである。ともにグランドマスター位階の強大なニンジャだ。

 二人のグランドマスターが無言で見守る中、フジオはまず、ブレーサー(手首装甲)を外し、台座に載せた。次に、クナイ・ダートのベルトを外し、同様に台座へ載せる。パーガトリーが手を伸ばし、クナイのひとつひとつをあらためる。そして頷く。

 次にフジオはワキザシ・ニンジャソードの帯をほどき、これも鞘ごと、台座に載せる。そして、最後の武装……フジオと分かち難い凶運の刃、暗黒剣ベッピン。フジオは眉ひとつ動かさず、ためらい無しにこれをも手離した。彼の手が離れる時、微かな金属音の残響が部屋に木霊した。

「不安かね」パーガトリーがうっそりと言った。「いえ」フジオは首を振った。「必要な事です。なにより私自身のカラテがありますれば」「その通り」パーガトリーは頷いた。ニーズヘグがフジオに目配せした。「強制休暇中はこれを所持したまえ」パーガトリーが別のニンジャソードを手渡す。

 フジオは恭しく受け取る。強制休暇。一定以上の位階を所持するザイバツ・ニンジャに等しく課されるシステムだ。休暇期間は六日間。この間、対象とされるニンジャは任を解かれ、己の邸宅に近づく事も許されない。六日間の抜き打ちの休暇期間は、叩いて埃の出るようなニンジャを炙り出すには十分だ。

 偉大なるロードを除き、上位階級者の中でこのシステムから自由なのはパラゴンただ一人である。そしてパラゴンに私邸は無い。ザイバツ・ニンジャには、ロードの目の届かぬプライバシーは存在しない……建前上は、そういう事になっている。おそらく、さまざまな秘匿の抜け道はある事だろう。

 パーガトリーが手渡したニンジャソードには発信機が仕込まれている。強制休暇中の私邸はギルドによってあらためられる(既に私邸の鍵も預けてある)。だがフジオは問題視しなかった。疑いの種となるものなど無い。ニーズヘグの後ろ盾もある。叛意をでっち上げて失脚させるありがちな企みは不可能だ。

「せっかくの休暇だ。もとより貴公はロードの覚えもめでたき者。何も考えず、自由に羽を伸ばすとよい。自由にな」最後にパーガトリーはフジオを空港エントランスめいてあらため、他の余剰装備が無い事を確認したのち、言った。フジオは頷いた。戸口にアデプトのニンジャが現れ、彼を送り出した。

 このまま敢えてキョート城内に待機する事も不可能ではない。推奨はされないが、その程度の事であれば、ニーズヘグが押し通す事はできよう。だがフジオにはガイオン地表で確かめておくべき事があった。ごく個人的な、他愛の無い理由と言ってよい。強制休暇もサイオーホースというものか……。

 

◆◆◆

 

 カフェテリアの窓際で所在なさげにしている男の名はマコ・ツキノミ。他のアッパーガイオン生活者の無造作な優美とは、見るからに異質なナリである。他の客がマコに視線を送ったりする事はない。奥ゆかしくないからだ。しかし店内のアトモスフィア全体が、彼にプレッシャーをかけている。

 目深にかぶった野球帽、革のブルゾン。カップのコブチャ・ラテを一口すすり、皿の上に戻す。すると思いのほか大きい音が出て、彼の肩は震える。通り過ぎるウエイターを見やる。ウエイターは微笑んでいる。それだけでマコはいたたまれない気分になる。窓の外を歩く人々……輝くような街並み……。

 やがて戸口の風鈴が鳴り、店内に新たな来客有り。マコはそれを帽子のつばの陰から目で追った。灰色がかった髪色。シンプルで嫌味のない、黒いコートを着た男。マコのテーブルを通り過ぎ、すぐ後ろの席、マコの背後の席に、背中合わせのように座る。「ドーゾヨロシク」とウエイターが接客に行く。

「……ハイヨロコンデー」ウエイターは去って行く。(無言!メニューを指差してオーダーしたのか)マコは耳をそばだてて聴いてしまう。「知っているか」背後の男は椅子に深くかけると、低く呟く。誰に言った?「……振り向かずに」男は付け加えた。マコは冷や汗をかいた。自分に言っているのだ。

「ビュッフェの横の店員」と灰色髪の男。マコは横目でそちらを見る。男は続ける「腕の付け根のあたりに不自然な膨らみがある。わかるか。あれはオートマチック・ピストルだ」マコは青褪めた。「それから、店内を巡回しているあの白服」「……!」「トレイで片手を隠している。当然、その手に銃」

「あんた……」「こちらを見ず、チャでも飲んでいろ」と男が言う。「それからバーテンダー。カウンターの裏にはショットガンがある。つまり……君は?銃はその紙袋の中か?それとも風変わりに帽子の中か?どちらにせよ、やめておいたほうがいい。返り討ち……犬死にだ」

「なんでそんな、事を?」マコは声を絞り出した。「俺を始末するのか?」「……この前、偶然に君を見かけ、もしやと思って後を尾け、色々と調べさせてもらった」「畜生……!」「インディアンは?」唐突に灰色髪の男が言った。脈絡のない文言を。マコは雷に打たれたようにびくりとした。

「さ、魚の舟」マコは震え声で言った。「夜に網打ち」と灰色髪の男。マコの目に涙が浮かぶ。「太陽に……うう……太陽に、弓撃つ……た、太陽……」マコは嗚咽を始めた。「振り向くな、まだ。マコ=サン」「う……あんたは……あんた……まさかそんな……フジオだっていうのか……?」

「その通りだ」「なんでキョートに……げ、元気だったかよ」フジオは呼び鈴を鳴らし、ウエイターに言った「席を替えていいですか」「ヨロコンデー」彼はマコの向かいに座り直した。「……ドーモ。無事でなりよりだ」「お前こそ」とマコ。涙を拭う。フジオは頷く。「俺に免じて、乱射はやめておけ」

「なあ、他の奴らと連絡をとっていたりするのか?」マコは訊いた。「いや」フジオは首を振った「誰が生き延びたかも知らん。もとより、おれ以外の全員が死んだものと考えるようにしていた」「そうか……そうだよな……そりゃ色々あったよな?あれから」「色々な」フジオは無機質な笑みを浮かべた。

 二者の脳裏には、おそらくそのとき、同一のイメージが去来していた筈だ。バイオピラニアを満載した堀で囲まれた、あの忌まわしいネオン遊戯の伽藍……山羊角を生やした堕落のブッダ・カリカチュア・ネブタと、七色の明かりを投げるボンボリ群の威容。オイラン達の嬌声、湿った廊下の闇。

 冬の雑巾の凍るような冷たさ。料理人ザイゴの、あの下卑た笑い、肉斬り包丁。洗濯屋の老婆。ザゼン中毒のあの美しい娘。痩せこけた鍼灸師。病死した仲間。養子にとられた仲間。ときおり空を横切るマグロツェッペリンのプラズマ広告。届かぬ自由の世界を見せびらかす。計画……脱走……散り散りに。

「お待たせしました」ウエイターの声。マッチャと、オーゾニ。オーゾニの椀は二つ。「今朝なにも食べていないんでな」「随分食べるじゃないか……」とマコ。「ひとつは君のぶんだ、マコ=サン」フジオは言った。「ひどい顔をしている」

「どこまで知っている。おれの事。畜生……」マコは震えた。「フジオ……こんな時にまさかお前が生きて現れるなんてさァ……」「気持ちはわかるさ。驚いたのは、おれも同じだよ」フジオは無感情に言い、オーゾニを一口食べた。「思い出というのは普段、自分が考えているより重いものだな」

「はぐらかさないでくれよ」とマコ。「俺は……」「組織の使い捨て、だろう」フジオが遮った。「君がここで銃を乱射する騒ぎに乗じて、実行部隊が空から屋上へ降下するのだろう?今説明した通り、君は万にひとつも生き残れはしない」彼の目が輝く「……ニンジャでもなければ。だから、やめておけ」

「正直、どうすりゃいいかわからなくなって」マコは腕時計を見た。「まだ実行まで一時間もあるんだ。失敗したらいけないからさ……余裕を持とうと考えて」「とにかくオーゾニを食べればいい」とフジオ。マコが溜息を吐き、箸を取った。二人の会話はすぐに、気のおけない仲間同士のそれになった。

「君ができる事といえば、オーゾニを食べて、静かにここを出る事だ。 そしてガイオンを出て、どこへなりと消える」「できやしないさ」マコは言った。「俺が組織から逃げ仰せたとしても……俺の大切な人達はおしまいさ。……お互い、捨てられないものが色々出来ちまってるだろ……長い間にさ……」

 フジオはマコをじっと見た。「……成る程な」「そうさ……どこで間違っちまったんだか」マコはオーゾニの汁を飲んで、「列車に忍び込んでキョートに来てから、あっという間だな……あっという間に、こんなだ。それこそ色々やってみたが、うまくいかねえんだ。お前は、やっぱり違うよ。フジオ」

 マコはフジオの身なりを見、寂しそうに、だが心から笑った。「あの忌々しい『宮殿』でも、お前は一番頭が良かったからな。信じてたところはあるよ、お世辞じゃないさ……俺は嬉しいぜ。うまくやっているやつがいてよ」「うまくやっている、か」フジオはぎこちなく笑い返した。「そうだな」

 フジオは天井を仰いだ「このビルの三階から上は全て、マグロアンドドラゴンの社屋だ。君の組織は社長の誘拐でもやらかす気か?」「まあ、そんなところだよ」とマコ。「……カネさ。今までにも色々やってきた」「くだらん事を考えたものだ」「ああ」チャを飲みながら世間話めいて話す内容ではない。

「もう一度言う。君の人生には先が無い」フジオは言い切った。マコは無言だ。フジオは続ける「だが、運命に石を投げてみる事はできるかも知れん」「何を言ってる」マコは腕時計を見た。「俺は、おっぱじめるぜ……最後に思いがけない人間と会えた。ブッダに感謝だ。行け」だがフジオは首を振った。

「お前ッ……いい加減にしろよ!」「手伝ってやると言うのさ」フジオは無雑作に言った。そして彼はマコの目をじっと見、微笑した。「さっき『ニンジャでもなければ』と言ったが……幸い、おれはニンジャだ」彼はフォークを手に取った。「始めるか?」「え……」

「おれは保身の男だ」フジオはフォークを弄びながら言った。「保身……?」マコはおうむ返しにしたが、フジオは頷いただけだ。マグロアンドドラゴン社は現在、ギルドの庇護下に無い。この会社は成長に驕り、色々とやらかしたのだ。ゆえにザイバツ・ニンジャの出動はすぐには無い……すぐには。

 だが、遅かれ早かれ、ガイオン治安維持の名目で、ザイバツからニンジャが放たれる可能性は十分にある。それをわからぬダークニンジャではない。……もし、そうなれば、どうする?どう切り抜ける?今の彼に確かな考えなど無かった。だが彼は笑っていた。「マコ=サン。思い出さないか、あの時を」

「ああ……ああ、思い出すぜ、畜生」「だろ」「あの脱走も、へへへ、後先考えなかったンだもんな」マコはフジオを見返し、汗を拭った。強いて笑い、紙袋に手を突っ込んだ。中の銃を握った。「お前には参ったよ、急に現れやがってさ……」「おれも同感だよ」フジオは頷いた。そして立ち上がった。


3

 マコが紙袋から拳銃を取り出し、天井へ向ける。「ウオオオーッ!」BLAM!BLAM!BLAM!「アイエエエエ狂人!?」「アイエエエエ!」「ナンデ!?銃撃ナンデ!?」「イヤーッ!」「グワーッ!?」巡回白服の鎖骨のあたりにフォークが深々と突き刺さった。フジオが投げたフォークだ。

 苦悶する巡回白服の手には、見立て通りサブマシンガン!「イヤーッ!」「グワーッ!」稲妻めいて飛びかかったフジオの蹴りが白服のアゴを割る!白服が取り落としたサブマシンガンをフジオはそのまま掴み、カウンターでショットガンを構えたバーテンダーの肩と腕を銃撃した。「グワーッ!」

「ウ、ウオオオー!ウオオオー!」マコがむやみやたらに引き金を引きまくる。花瓶や陶製マネキネコが爆ぜ、「接待」とショドーされた額縁が傾く。ビュッフェ横の店員が隠し持っていたオートマチック拳銃を構えようとしたが、フジオがその腕を捻じりあげ、さらに首筋に一撃入れて昏倒させた。

 店内に警報音が鳴り響き、客はテーブルや椅子を倒しながら逃げ惑う。フジオも天井めがけサブマシンガンを撃ち、「容赦せんぞ!」と叫んだ。「アイエエエ!」「アイエエエ!モウダメダー!」何人かが叫んで気を失い、あるいは床に座り込み失禁した。「畜生、よしッ、畜生」マコが駆け寄ってくる。

「使えるか」フジオはマコにショットガンを投げ渡した。マコは受け止め、「お前、本当にやりやがって……それにしてもお前……お前本当に……」ブルブルと首を振り、フジオを見た。「次はどうしよう?」「『どうしよう?』か」「あいや、まあ、後は適当に逃げろって事にはなってる……んだが……」

 悲鳴と喧騒の向こうから、御用!御用!というケビーシ・ガードのサイレン音が近づいてくる。窓ガラスの向こうでは野次馬めいた市民が店内の様子を伺おうとする。フジオは威嚇的に窓ガラスを銃撃し、割り砕いた。「アイエエエ!」逃げ惑う野次馬!入れ替わるようにガード達が現れ、盾を構え展開!

「アッパーガイオンの治安とはああいうものだ。マコ=サン」フジオは厨房の奥へマコを促し、言った。「何かの幸運で乱射を成功させても、ケビーシ・ガードがすぐに到着し、君を殺す。その覚悟はあったか」「……しょうがねえよ」マコは苦く言った。フジオは先導して奥へ踏み込む。

「アイエエエ……殺さないでェ……」逃げ遅れた厨房のスタッフが数人、自発的にドゲザし、頭の上で手を組んで震えている。「なぁ、どうするんだ」マコは再度訊いた。フジオは振り返らず答える「上だ。組織とやらに合流する。詳細は道すがら聞こう」「合流?」「そうだ。そして、それらを全て殺す」

「何だって?」「それしかなかろう。地上から逃げる事が無理なら、上だ。そして、君を捨て石にした組織が君を今後どう扱うか、可能性を検討する事自体が面倒だ。家族とやらも、心配なのだろう?」「だけど……」「君程度の末端の人間への報復を思いつかぬ程に潰してやればいい。それから逃げろ」

 二人は業務用エレベーターを待つ。「何でここまでしてくれる」マコは訊いた。「おかしいだろ」「おかしい?」フジオは首を傾げた「何が。おれ達は無敵のギャングで、ゲリラで、怒り狂った騎士、その絆は血縁よりも分かち難く、」「……一人の恥は残る全ての報復によって雪ぐ、か」マコは苦笑した。

「やっぱりおかしいぜ、そんな……昔のさ……」「そういう君も、そうやって暗誦できるじゃないか」二人はエレベーターに乗り込む。「そりゃ当たり前だろ」とマコ。「だけど」「おれには、どうという事は無い」フジオは遮った「おれは保身の男だ……思い出とリスクを計りにかけて、よしとした」

 液晶パネルの階数表示カンジ数字が変化し続ける。フジオはマコを見た。「まだ理由が欲しいか」「だってよォ……納得し切れねえさ……」「納得できない行いだから。理不尽だから、やるのさ」「え?」「こちらの話さ」フジオは目を閉じた。


◆◆◆


「ハァーッ……ハァーッ……まて、取引だ」ニンジャは折れていない方の腕を掲げ、後ずさった。後ろは無情にも壁だ。「ユーザー数」と書かれた折れ線グラフ図のポスターが貼られている。「俺は、き、貴様の事を言わぬ。よしなに取り計らう」メンポと頭巾の一部がはね飛び、頬骨が露出している。

「お、俺がお前らに何をした?まだ何も……」「……」対する赤黒のニンジャは無言で一歩踏み出す。その後ろで声。「残念ながら、おあいこってやつだ」発言者は薄汚れたロングコートを着、マフラーで覆面した大柄なニンジャだ。机の上のUNIXデッキを立ってタイピングしながら、瀕死の敵を見る。

「俺はザイバツに何もしちゃいなかった。そこの男もそうだ。そっちが始めた」タイピングを続けながら、「ま、無意味なもんさ……そういう議論は。それに、悪いなァ……お前がザイバツ・ニンジャだから、ニンジャスレイヤーが襲って殺した。今日の『これ』を、そう思わせる必要があるんでな」

「え……な……?」ニンジャは今まさにカイシャクの拳を構える目の前のニンジャスレイヤーと、その後ろの謎のニンジャ……ディテクティヴと名乗ったニンジャのことを、困惑をもって交互に見た。「ハイクを詠め。フロッガー=サン」「待ってくれ……」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーの決断的な拳がフロッガーの顔面を破壊し、爆発四散せしめた。「サヨナラ!」……この出口無きサーバー施設に奴隷エンジニア達を拘束、違法栄養点滴によって酷使していたサディストの死である。エンジニア達は既にこの二者によって逃がされていた。

「……どうだ」フジキドはガンドーを振り返った。ディテクティヴ……つまり死の淵からカラス・ニンジャの力を得て蘇ったガンドー……は、黙々とキーボードをヒットし続ける。幾何学模様がモニタ上を旋回し、やがてそれが線に、点に分解され、散った。そして「ワカリマセン」の文言が浮かんだ。

「ああ。ゼン・ドライブが通ったぜ」ディテクティヴがニンジャスレイヤーを見た。ゼン・ドライブとは、UNIXコンピュータの限界処理能力を超える立て続けのコマンド入力によって、セキュリティシステムをダウンさせる力技だ。モニタから白煙が立ち上り、焦げ臭い臭いがした。

 ガイオン地表に等間隔で建つ五重塔のなかには、こうして表面を奥ゆかしく偽装した違法施設が紛れている。幽閉エンジニアの解放は実際善行であるが、残念ながら、それが今回の彼らの主目的ではない。ディテクティヴはもはや言うなりとなった半壊デッキのスロットに、用意したフロッピーを挿し込む。

「確かに、他のザイバツ施設と比べてセキュリティが随分おざなりだぜ」ディテクティヴが言った。「情報は正確だ……ディプロマット=サンのこと、これで信じる気になったか」「もとより、疑ってはおらん」とニンジャスレイヤー。「彼ら自身に何のメリットも無い行いだ」「だろ」

「重点!」モーターチイサイが飛び出し、UNIXデッキの周囲を飛行する。「つなぐぜ」ディテクティヴがデッキとモーターチイサイを手際よくLAN直結した。「ヌンヌンヌンヌン……」モーターチイサイがシーク音を鳴らし、赤いライトを点滅させる。

「……なあ、こういう下準備が回りくどいと思うかも知れねえが」五重塔の窓から外を見下ろすニンジャスレイヤーに、渋面を作ったディテクティヴが言葉をかける。「正面突破でどうにかなる相手じゃねえんだからな。もう分かってると思うがよ……」「承知している」ニンジャスレイヤーは言った。

「ああそうだ、今頃ナンシー=サンはフジサン上空あたりじゃねえか?」とディテクティヴ。「ちと緊張するぜ、直接の対面は」「今更、何を」ニンジャスレイヤーは苦笑した。彼はガイオン地表の街並みを見下ろす。壮麗な建築物の数々、地域ごとに厳しく高度を制限されたビルディング……。

 ……その目が見開かれる。彼のニンジャ視力は人の流れの乱れを捉えた。「ガンドー=サン」「何だ?」「まだ、かかるか」「ああ、悪いが、もう少しそこでそうやって観光しててくれよ……おい、何だってんだよ?」ニンジャスレイヤーはディテクティヴを促し、その方角を指差した。

「どこだ。あれは」「あれか?やけに……なんだありゃ?」ディテクティヴは目を細め、覆面マフラーを目のすぐ下まで引き上げた。ニンジャ視力は彼のほうが達者だ。「あの建物はマグロアンドドラゴン社屋……煙?いや、オイオイオイ……」「ニンジャだな」「待てよ、待て、ありゃ多分ヤバイ」

「捨て置けぬ」ニンジャスレイヤーは言った。「オヌシのほうが私よりもはっきりと見えよう。あの……虐殺!」ディテクティヴは苦しげに言う「オイオイ、大事の前の小事ってな……」「ああ。そんな言葉もある」ニンジャスレイヤーはディテクティヴをまっすぐ見た。「そんな言葉もある」「ああ……」

 ディテクティヴは額の黒い痕に掌をあてた。「ああ……ああ。仕方ねえ。大事の前の小事。行けよ。ありゃあ……『捨て置け』ってわけにはよ……」「そうだ」ニンジャスレイヤーは頷いた。「ここは任せる」「うまくやれよ」とディテクティヴ。ニンジャスレイヤーの返事は無い。窓から飛んだのだ。

 ……(((フジキド)))色つきの風めいて建物から建物へ跳び移るニンジャスレイヤーは、ニューロンの奥底の身じろぎを感ずる。ナラク!(((またもキンボシ!この運気、まさしくワシの度量の賜物よのう)))「あのジツは何だ?」(((グググ……ダイコク・ニンジャ……)))

「ダイコク?」(((おお、おお、涎が止まらぬわ……フジキド、他にもおるぞ。あからさまにソウルを垂れ流す下郎めが……あれは、あれはアカラ・ニンジャ!キンボシ!所詮この堕落時代のカラテなどたかが知れておる!ジツの持ち腐れぞ!二匹とも必ず狩り仕留めよ!)))「ジツの説明をせよ!」

 (((ダイコク・ニンジャは旧いニンジャ……ケイトー・ニンジャが彼奴を罠に嵌め、熱した鉛のセントーに落として滅ぼした。奴のジツはアンコクトン……大地の精髄を使役する……グググ……光ささぬ闇……ググググ……アカラ・ニンジャは)))……ニンジャスレイヤーは着地した。死の只中に。

 

◆◆◆

 

 数分前!

「おう、おう、おう」デスドレインが猫背になり、前方の人だかりに手をかざした。「なンか、おっぱじまってンの?」「そのようだな」「そのようだな、じゃねェーッての!」デスドレインは首を曲げてランペイジを見た。「つまンねぇじゃねえかよ、これじゃあよ」「……やる、だけだ」

「やる、か」デスドレインが恍惚じみて笑った。「いいじゃねえか、いいじゃねえか。じゃあイイや。お前はどうする!アズール!」少女は無感情な目でデスドレインを見返す。逃げる怖れが無い事がはっきりしたので、今はもう首輪はつけていない。「お前、留守番か?来るかァ?」「行く」「へへへ!」

 アッパーガイオンの街並みに、この三人は異様に過ぎる。フードを目深に被った痩せの男、鉄輪と革のベルトが縦横に交差する拘束着めいた服。隣に立つのは金属の覆面で顔全面を覆い、筋肉質の上半身をさらけ出した男。腕はサイバネティクス……狂ったサイズの。そして少女。袖を毟り取ったドレス。

「オゲェーッ」デスドレインが汚らしくゲップした。人だかりの先には目的のマグロアンドドラゴン社屋ビルだ。三人は排水施設を遡るようにして、アッパーガイオンへ出た。この地域にはランペイジの土地勘がある。すぐに、到着した。「タリィなァー、あれ」やがて銃声。そして窓ガラスが割れる音。

「アイエエエエ!」「アイエエエエ!」人だかりがてんでに悲鳴をあげた。「御用!御用!」三人の前方の脇道からケビーシ・ワゴンが現れ、ハッチバックを開いてケビーシ達を吐き出した。彼らは手に手に武装を構え、人だかりを押しのけるように社屋ビルへ向かって行く。デスドレインは欠伸した。

「御用!御用!」「イヤーッ!」KRAAAASH!デスドレインは振り返り、腹を抱えて爆笑した。「バハハハハハ!」ランペイジが後方から走ってきた別のケビーシ・ワゴンに、いきなり振り向きざまのパンチを叩き込んだのだ。圧縮されたスクラップが軋みながら滑って行く!

 乗り手は悲鳴をあげる間もなく全員死亡!人だかりの何人かがたまたま振り向いてそれを目撃し、悲鳴を上げて失禁した。「アイエエエエエ!?」「やるかァ!」デスドレインが両手を前に突き出す。人だかりが空へ跳ね飛んだ。黒い液体が間欠泉めいて市民の足元から噴き上がったのだ。

「アバーッ!アババーッ!?」宙へ飛ばされた十人弱はそのまま触手めいて地面から生えた暗黒物質に絡め取られ、もがき苦しんだ。最前列で社屋側に盾を構えていたケビーシ・ガード達が悲鳴に後方を振り返り、呆然とした。「……ナンデ?」「何だ……?」「上だ、上!」とデスドレイン。

 ナムサン……それは暗黒の植物めいて、身動きの取れぬ市民の口をこじ開け、体内へ潜り込み、次々に内部から破裂させた!「「「アバーッ!」」」ケビーシ達の頭上から血と肉が降り注ぐ!「イヤーッ!」KRAAAASHHH!ランペイジが飛び出し、前方にあったもう一台のワゴンを殴る!圧縮粉砕!

 ワゴンは潰れながらケビーシ達のもとへ吹き飛び、質量によって彼らを圧殺!「「「アバーッ!?」」」ナムアミダブツ!状況を理解できぬまま散り散りに逃げようとする人々めがけ、頭上の暗黒物質群が重々しい殺戮のフートンと化して覆いかぶさる!「「「アバーッ!?」」」

「たまんねえ!たまんなくなってきたぜ!ヘヘヘハハハハ!」デスドレインが哄笑する。「女ァ!女いねえの?女を犯して殺して犯してェよ!生きてる女いねェの?」彼は死体を蹴飛ばし、フラフラとカフェテリアの中へ歩き進む。ランペイジをふと見た。「なァ、これでイイじゃねえか!やっぱりよォ?」

 鉄仮面がデスドレインを向いた。このストリートに彼ら以外、生きている者が無い。一瞬の静寂。ランペイジのくぐもった声が答える。「行っていろ。先に」隣の建物に向き直る。「ヘッ!壊したがりかァ?つれねえンだ!へへへ!来いアズール!」少女が潰れたスニーカーで死体を踏み分け、駆けてくる。

「イヤーッ!」二人が入ってゆくマグロアンドドラゴン社屋を横目に、ランペイジは赤レンガ作りの銀行建物の角を殴りつけた。KRAAAASH!さらに一撃。KRAAAASH!三階の窓のブラインドが開き、振動に慌てた市民が下を見下ろし、目を剥いて、どうやらガラス越しに悲鳴を上げた様子だ。

「イヤーッ!」KRAAAAAASH!決定的な崩壊!衝撃が建物を這い登り、土煙と共に沈み始める!「ア、アイエエエエ!?」出口近くにいたとおぼしき中年夫婦が路上へ飛び出そうとする。「イヤーッ!」ランペイジは立ちはだかり、拳を叩き込んだ。悲鳴すら無く、二人は消し飛んだ。

 ZGGGGGGGT……粉塵と崩壊を仁王立ちで眺めるランペイジは、背後にニンジャ存在の殺意を感じた。ランペイジは首を巡らせてそれを視認した。向かいの建物の屋上に直立する影を。ランペイジは振り返った。巨大な破壊腕を揺すりながら。

「ドーモ。ランペイジ=サン。ニンジャスレイヤーです」赤黒のニンジャのメンポのレリーフ「忍」「殺」が鈍く光った。「オヌシか」「……何をしに来た。俺達を止めに来たか」「オヌシらを殺しに来た。殺す」ニンジャスレイヤーは即答した。「オヌシらを惨たらしく殺し、首を引きちぎり、晒す」

 ニンジャスレイヤーの目には、静かに澄んだ憤怒が、殺意があった。荒れ狂った嵐が過ぎたのちの凪が。ナラクの怒り、そしてフジキドの激しい怒りが瞳に満ちていた。ランペイジの鉄仮面の奥の表情は窺い知る事ができぬ。巨大な拳を打ち合わせる。「俺がソバシェフ・ランペイジ事件だ」


4

 フジキドの脳裏に、刑務所の人々……リンドウの面々……慰問のフィルム……様々な情景が一瞬流れる。皆、死んだ。囚人達を虫けらのように爆弾に変えたイグゾーションも、死んだ。そして今。生き残ったゼンダはランペイジとなり、市民を虫けらのように虐殺する側に立っている。殺すべき敵として。

 (((アカラ・ニンジャが先か。よいぞ)))ナラクの邪悪な含み笑いがニューロンを汚す。(ナラク)フジキドは白昼夢を一瞬で棄てた。(((かつてのアカラ・ニンジャは他のニンジャの背丈二倍に比するオニであった。名残はあの腕か)))(昔話など要らぬ)

 (((アカラ・ニンジャのカラテをまともに受けるは愚の骨頂。驕るでないぞ)))(オヌシが驕りを語るか)(((グググ……)))嘲るようなナラクの笑いがフェードアウトしてゆく。ニンジャスレイヤーの目は赤い光を帯びる。ナラクとフジキドの殺意が共振し、溶け合った。

 見上げるランペイジの両肘から白い蒸気が吐き出される。ランペイジが踏み込んだ。ニンジャスレイヤーが屋上に立つ不動産業者事務所めがけ。「イヤーッ!」「!」ニンジャスレイヤーは跳んだ。ランペイジは勢いを殺さず、走りながら拳を繰り出し、建物に叩きつける!KRAAAASH!

 ニンジャスレイヤーはランペイジの背後に着地!「イヤーッ!」振り向きざまの蹴りを繰り出す!ランペイジは首の後ろに蹴りを受けるが、その時さらに踏み込んでいた為、結果的にダメージを軽減させる形となる。「イヤーッ!」ランペイジは二度目の拳撃を不動産業者事務所に叩き込む!KRAAASH!

 二度の打撃によって建物は銀行同様に崩壊!「ア、アバーッ!?」沈んでゆく建物の中からくぐもった悲鳴が微かに漏れる。最上階非常階段から飛び出した男が転落し、ランペイジのすぐ脇に頭から落ちて死んだ。ランペイジはニンジャスレイヤーへ振り向きざまのフックパンチを繰り出す!「イヤーッ!」

 ニンジャスレイヤーは地面すれすれに回転しながら身を沈め、フックを躱す。そしてそのままランペイジの懐へ潜り込むと、腹部に裏拳を叩き込んだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」ランペイジがひるむ!ニンジャスレイヤーはさらに逆の手で正拳を繰り出す!「イヤーッ!」

 その時だ!BOOM!「グワーッ!?」ニンジャスレイヤーは咄嗟に己の顔面を庇う!ランペイジの両腕の側面から熱蒸気が噴き出し、ニンジャスレイヤーに浴びせかけたのだ!ランペイジは己の胸にも熱を受けるが意に介さぬ。片腕を振り上げ、足元の地面に叩きつける!「イヤーッ!」KRAAASH!

 アスファルトが砕かれ、周囲に破片が跳ね飛ぶ。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは飛び離れながらスリケンを投擲、降りかかる破片を撃ち落とす!ランペイジはニンジャスレイヤーめがけ追撃の準備動作!弓を引き絞るように右腕を下げつつ、突進!肘から噴き出す蒸気!「イイイヤアアァァァーッ!」

 ニンジャスレイヤーのヌンチャクが瞬時に封印を解かれ、展開!空中で彼は神器の鎖をピンと張り、これによってランペイジの破滅的直進質量攻撃を受ける!「イヤーッ!」ヌンチャクの棍棒部に「忍」「殺」の火文字が燃え、インパクトの瞬間、鎖は赤黒い炎を散らす!

「グワーッ!」破滅的機械腕と神器が拮抗し、一瞬後、その質量に押し負けたニンジャスレイヤーが後方へワイヤーで引っ張られたように吹き飛ばされた。崩壊した銀行の瓦礫の山をニンジャスレイヤーは転がった。ランペイジは腕部マニュピレーターを確かめるように開閉したのち、歩いて向かう。

「……?」ランペイジは仮面の下から問う「なんだ、その武器は」「ヌウウ……」ニンジャスレイヤーは深く呼吸し、素早く身を起こした。足元、煉瓦と鉄骨の下に女が見える。幼子を庇い抱いている。どちらも動かない。ニンジャスレイヤーはランペイジを見据えた。ランペイジの接近速度が増す。

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは素早くヌンチャクを収め、スリケンを四枚投擲!ランペイジは機械腕で上体を守りながら突進してくる。スリケンは弾き返される。「イヤーッ!」さらにスリケン投擲!同時に彼は斜めに飛び、「あなたの街」と書かれたネオン看板を蹴った!「イヤーッ!」

 看板を蹴ったニンジャスレイヤーはクルクルと回転しながらランペイジに上から飛びかかる!「イヤーッ!」さらにスリケン投擲!ランペイジの大腿部に一枚突き刺さるが意に介さぬ!「イヤーッ!」ランペイジは下から上へハンマーめいて機械腕を振り上げた!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは高速で縦回転しながらヌンチャクを振り下ろす!巨大な拳と聖なる黒檀の神器がかち合い、再び赤黒い火花が爆ぜた。「グワーッ!」やはり打ち負けたのはニンジャスレイヤー!真上に跳ね飛ばされる!

 ニンジャスレイヤーは垂直に飛びながら、なおもクルクルと回転し続けていた。ランペイジはニンジャスレイヤーの落下タイミングに正面から拳を叩き込むべく、機械腕を後ろに構えた。激しい蒸気が噴き出す!「イイイイ……」裸の胸板に血管が浮き上がる!ニンジャスレイヤーはなおも回転!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの仕掛けが一瞬速い!高速回転するニンジャスレイヤーから放たれたのは……無数のスリケン!ゴウランガ!これはヘルタツマキである!これまでも無数のクローンヤクザ集団を瞬時に殲滅してきたスリケン攻撃を、このタイミングで繰り出したのだ!

「ヌ……ウ……グワーッ!?」構わず拳を叩き込もうとしたランペイジであったが、その腕部関節部が突如スパーク!黒煙を噴いた!セキバハラ荒野を時折襲うあの恐るべき重金属雹めいて、無数のスリケンがランペイジを襲い、その幾つかがクリティカルな稼働機構を損傷せしめたのである!

 ニンジャスレイヤーは降下しつつさらに回転!その威力を載せ、今度はヌンチャクを、勢いの殺されたランペイジの拳めがけ叩きつける!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「グワーッ!?」一度の切り結びで、暴れるヌンチャクは瞬時に三度の打撃を撃ち込み、マニュピレーターを砕き壊す!

 ランペイジの左腕が力を失い、だらりと垂れる!「イヤーッ!」さらに空中で身体をひねったニンジャスレイヤーは雷めいた空中回し蹴りを首元へ叩き込む!「ヌゥーッ!」鈍い衝撃音!サンシタであれば首が千切れ飛ぶ必殺の蹴りだ。だが、ランペイジの首はこれを受けきった。なんたるニンジャ耐久力!

「これが!」ランペイジは仰け反った。ニンジャスレイヤーは熱蒸気攻撃を警戒し、飛び離れながらヌンチャクを構える。「どうかしたか!」ランペイジが上体を捻じった。だらりと垂れた左腕が分銅鞭めいて振られ、ニンジャスレイヤーに横薙ぎに叩きつけられる!右腕に集中していた彼には実際奇襲!

「グワーッ!?」ニンジャスレイヤーが弾かれる!カラテのこもらぬ原始的な打撃であり、軽い。だがランペイジの真打ちは右腕!肘から噴出する蒸気!「イヤーッ!」空中のニンジャスレイヤーへ繰り出す!「イヤーッ!」ヌンチャクでガード!だが、ランペイジはニンジャスレイヤーを殴らない!掴む!

 無骨なマニュピレーターがニンジャスレイヤーを強烈に締め付ける!このまま内蔵を破裂させ殺す腹積もりだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは苦痛に呻いた。「イヤーッ!」「グワーッ!」マンリキめいて増すニンジャサイバネ握力!蒸気の噴出!「イヤーッ!」「……!」

 鉄仮面の下、ランペイジは目を見開く。手の中のニンジャスレイヤーが、衰弱するどころか、うつむいていた顔を上げ、ランペイジを睨み据えたのだ!その目には恐るべき赤黒の炎が閃いた。握り込むマニュピレーターが等比級数的に増加する反発力をランペイジのニューロンに送り込む!「!」

「イヤーッ!」ランペイジの咄嗟の判断が、彼のこの残る拳を救った……彼は思い切り腕を振り、ニンジャスレイヤーを投げ飛ばしたのだ。ここでランペイジが握殺にコンマ一秒でも余分に拘っておれば、ニンジャスレイヤーは縄を引きちぎるが如く、内側からマニュピレーターを破壊していただろう!

「ヌウーッ!」そしてこの投擲は、宇宙植民の夢華やかなりし時代に試みられたマスドライバーめいて、恐るべき勢いでニンジャスレイヤーを真っ直ぐに射出したのである!不気味に静まり返った市街、その道路の突き当たり、到達点には……市庁舎!KRAAAAAAAAAASH!

「グワーッ!」正面玄関の「なんでも相談者が聞けます」と礼儀正しく書かれたノレンとガラスショウジ戸を突き破り、カウンターをバウンドしたニンジャスレイヤーは柱に叩きつけられ、忙しく働く市職員の只中に落下した。「アイエエエエ!?」「ニンジャ!?」「ニンジャナンデ!?アバーッ!?」

 市庁舎内は途端に、ニンジャリアリティショックを発症した人々がクモの子を散らすように走り回り、泣き叫び、失禁する阿鼻叫喚の場と化した。「ヌウ……」ニンジャスレイヤーは起き上がる。その時!ZOOOM……庁舎が震え、傾いだ。地震?違う。地面は揺れていない。ZOOOM……さらに震動!

「これは!」ニンジャスレイヤーは呻いた。当然それは……白昼の無人の市街、庁舎の外から四隅の柱を順に殴りつけているのは、ランペイジ!脱出が……間に合わぬ!KRAAAAAAAAAAAAAAASH!「アイエエエエ!」「アイエエエエエ!」「アイエエエエエ!」「ア……アバーッ!」

 ……「……」破壊を終えたランペイジは市庁舎正面まで戻り、粉塵の中、たった今まで市庁舎であったもの、あっけなく壊されたものを……彼自身の破壊と殺戮の結果を、眺めていた。カワラ、壁材、鉄骨、かつて命あったものたち。動くものはなにも無い。

 

◆◆◆

 

「ハヤイ・ツカイテ団。構成員は約15名。進歩的アナキストを標榜してはいるが、実際のところは企業を脅迫して小金を稼ぐ集団」エレベーターでマコと向かい合い、フジオは淡々と言った。マコは唾を飲んだ。「調べてあるのか?」フジオは頷く「君の事と紐つけて。その程度の基本情報ならば」

 フジオは沈黙を挟み、続けた。「首領のドイツ系移民はニンジャで、ヴァンキッシュと名乗っている」「あ……ああそうだ」マコは頷いた。「そうだよ。ニンジャなんだ。しかし、まさかそこまで……」「おれもニンジャだからな」フジオは言った「災難だな、マコ=サン。サンシタ・ニンジャの手駒とは」

「へへ」マコは苦笑した。「まったくだ。ままならねえ……運の尽きってやつだよ」「ニンジャは来るな?」「ああ。来る。あいつは誰も信頼してねえ……フジオ、お前の話はアタリさ。屋上に部隊がヘリで降下して、役員を拘束するのさ」「当然それを殺す。そろそろ始まっている頃だな?」「ああ」

「10階ドスエ」マイコ音声が告げる。建物の高度規制が徹底されたアッパーガイオンにおいて、この区域のビル群だけが例外めいている。行政機関にカネを積んだのだ。主軸となってロビー活動を行ったのがこのマグロアンドドラゴン社であり、それがザイバツの怒りを買う遠因ともなった。

 金箔塗りの廊下の壁にはマグロとドラゴンの奥ゆかしい水彩画が交互に飾られている。このフロアには一面を強化ガラス窓にしてガイオンを睥睨する巨大な社長室と、専用厨房、専用茶室、専用オイラン檜風呂しか無い。銃声が聴こえてくるという事は、つまりは社長室だ。二人はしめやかに歩みを進める。

 タタタタ、タタタタ。(ザッケンナコラー!)タタタタ、タタタタ。(スッゾオラー!)タタタタ、タタタタ。(アイエエエエ!)フジオは手で制し、マコを立ち止まらせた。前方にガードマンらしき黒服が二人、体中に銃弾を受けて血の海に沈んでいる。「君はとにかく死なないように気をつける事だ」

「ああ、ああ」マコは頷き、ショットガンをかき抱くようにする。「邪魔にならんようにするさ」ニンジャのイクサを身内に見るものならではの謙虚さであった。二人は大仰なカーボンフスマの前に立った。マグロとドラゴンが銀で描かれている。フジオはフスマに手をかけ、開け放った。

 ターン!フジオが踏み込むと、仕切り壁一つ無い社長室の者たちが同時に一瞬凍りつき、彼の方向を見た。フジオの血中をニンジャアドレナリンが駆け巡り、ニューロンが加速。時間感覚が泥のように鈍化する。

 正面、奥に社長デスク。デスクを盾にするように一人、二人、三人。一人はマグロアンドドラゴンCEOで、二人は護衛、アサルトライフルをリロードしている。床には死んだ老若のサラリマンが四人。死んだ護衛が一人。黒い特殊部隊めかした男も二人死んでいる。返り討ちにあった連中だ。

 8人がデスクを取り囲み、アサルトライフルを構えている。右やや後方に、腕組みしているバラクラバの男。ニンジャだ。ヴァンキッシュ。ニンジャ装束の上から弾薬ベルトを複数掛け渡し、右手にカタナ、左手にサブマシンガン。その周辺に4人の構成員。そして全裸にされ後ろ手に縛られたオイラン。

 すべての向こう、強化ガラス越しに、キョートの空。そしてガイオン。五重塔。テンプル。シュライン。キョート城。成る程、この景色を得たいがために、全てを失うか。デスクの陰で震えている小柄なCEO。まだ若い。キョートの秩序を土足で踏み荒らしてしまうほどに無知な。その報い。

 フジオはサブマシンガンを突き出し、デスクを囲む8人を火線で撫でた。反応のいい2人が引き金に指を伸ばす。撃たれながら引き金を引くと、弾丸が3発ずつ、それぞれの銃口から飛び出す。フジオはパーガトリーに渡されたニンジャソードを抜き、マコに当たる恐れのある弾丸を真っ二つに斬る。

 8人のうち3人は死んでいない。だが少なくとも数秒は役立たずだ。弾丸を横薙ぎに切断したニンジャソードをそのまま右手の敵群にかざす。飛来した弾丸二発が切り払われる。フジオの左膝めがけ一発飛んで来る。当たらぬよう、彼は跳躍する。そしてキリモミ回転。空中でほとんど水平になりながら。

 デスクの陰からCEOの護衛たちが銃を突き出し、崩れた8人に撃ち返した。僥倖だ。3人のうち2人はこれでトドメを刺された。フジオは水平回転跳躍しながらニンジャソードを繰り出し、一人を肩から腰にかけて叩き斬る。ヴァンキッシュは武器を構えた両手をクロスしたまま。まだ手を出してこない。

 フジオは回転しながらヴァンキッシュめがけ蹴りを繰り出す。ヴァンキッシュはようやくカタナで応戦。フジオはその鍔を蹴り、反動で跳ぶ。ムーンサルト回転しながら護衛三人とオイランの頭上を越える。着地際にそのうちの一人、首の後ろを切り下ろして殺す。着地。死んだ護衛の肩を掴む。肉の盾。

 まず、8人いたうちの最後の一人の手負いが撃ってきた銃弾。これをまず肉の盾で受ける。次にヴァンキッシュの護衛二人が撃ってくる。やはり肉の盾で受けながら、フジオはこの肉の盾が持ったままのアサルトライフル引き金に後ろから手を添え、引き金を引いて護衛二人に撃ち返す。

 するとその時にはマコが入室してショットガンを8人のうちの一人に浴びせ、これでトドメをさした。護衛二人はアサルトライフル銃撃を近距離から受けて死亡。倒れこむ。フジオは肉の盾を蹴り、ヴァンキッシュに浴びせる。ヴァンキッシュはカタナを横に振り抜く。肉の盾が腰のところで上下に切断。

 吹き飛ぶ切断死体。ヴァンキッシュはもう一方の手でサブマシンガンを構え、撃ち込む。フジオは両手でパーガトリーのニンジャソードを握り込み、7発飛来した弾丸を弾き返す。オイランは流れ弾を肩と鎖骨に受ける。重傷だが、フジオにとっては赤の他人だ。機先を制する形でヴァンキッシュにオジギ。

「……ドーモ、はじめましてヴァンキッシュ=サン。ダークニンジャです」「ドーモ。ヴァンキッシュです……ダークニンジャ=サンだと。チィ……どういう事だ」ヴァンキッシュが眉根を寄せる。「ザイバツが何故。ここはマグロアンドドラゴンだぞ」「気にする事は無い」フジオは踏み込んだ。

「個人的に貴様を殺しに来たのだ」「イ、イヤーッ!」ヴァンキッシュが拒絶じみてサブマシンガンをフジオに向ける!だがフジオのイアイドが先んじている。切っ先から根元までサブマシンガン銃口を上下にスライス!「イヤーッ!」さらにサイドキック!「グワーッ!」

 ヴァンキッシュの身体がくの字に吹き飛ぶ。しかしながら彼とて武装集団を率いるニンジャ。空中で回転、強化ガラスを蹴ってフジオめがけ空中攻撃を仕掛ける!「イヤーッ!」フジオは首を傾げるようにして、頭への横斬撃を回避!「イヤーッ!」前蹴りをヴァンキッシュ腹部に叩き込む!「グワーッ!」

 フジオは突き進みながら、横目でマコを見る。マコはデスクの向こう側まで歩いて行ってCEOの護衛達を武装解除したのち、厳しい顔で何事か話している。大人しくしろであるとか、そういった事を。ヴァンキッシュはカタナを構え直し、フジオを迎え撃つ。フジオもこれを受けて立つ。

「イヤーッ!」ヴァンキッシュの縦斬撃!フジオは半身になって踏み込みこれを回避、裏拳をヴァンキッシュの顔面に叩き込んだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」さらに軸足の膝めがけ斜めに踵を打ち下ろし、砕いた。「イヤーッ!」「グワーッ!」ヴァンキッシュがたまらず膝をつく!

「アバッ……こんな事が……バカな……」「貴様は幸運だ。まともに死ねるのだからな」フジオは謎めいて呟き、ヴァンキッシュの首の上でニンジャソードを構える。「ハイクを詠め」「ハ……ハイクなど無い。貴様、個人的にと言ったな?我らはザイバツと無関係では無いぞ!犬め、粛清されるがよいわ」

「この程度の行いで揺らぐ足場とでも?」フジオは口の端を歪めて笑った。「舐められたものだ」「やめ……」「イヤーッ!」フジオは刃を打ち下ろし、一撃でカイシャクした。「サヨナラ!」ヴァンキッシュは爆発四散した。

「や……やった、やっちまったな」マコがショットガンを構えたまま、警戒しながら歩いてくる。フジオは彼の肩を叩き、そのまますれ違って、デスク陰のCEO達を見下ろした。「ドーモ、トナシミ=サン。ご機嫌麗しう」「ア……ア……ザイバツ……なのか」トナシミCEOは震えながら見上げた。

「貴方をどうしたものか、考えていなかった」フジオは腕を組んだ。「なにしろ、場の成り行きに任せているのでな」「アイ……エ」CEOは息を呑んだ。「フジオ」マコが何か言おうとした。フジオは顔を上げた。そして、己が入ってきた入り口……開け放たれたカーボンフスマを見やった。

 数秒の後、そこにまがまがしきものが現れた。


5

「全フロア踏破だぞォー」馬鹿にしたような声とともに現れたのは、切断された人体の部位を無数に付着させた、人型の黒ヘドロの塊である。その頭のあたりが開き、中から、黒髪を逆立てた男の顔が現れた。拘束具めいたメンポ、眠たげな眼。血の海となったこの社長室を見渡す。「何してンの、これ?」

「アイ、アーイエー!?」マグロアンドドラゴンCEOは、引きちぎられた人体で飾られた非現実的なエントリー者を目にし、ついに理性を失った。護衛の黒服はどうだったろう?知る由も無い。その時には伸びた黒いヘドロが社長デスクを飛び越え、まずその黒服二人を餌食にしたからだ。

 その瞬間フジオは反射的にバックフリップし、無雑作なアンブッシュから逃れていた。彼はマコのすぐそばに着地した。護衛二人を圧殺したヘドロ塊は当然、マグロアンドドラゴンCEOを呑み込んだ。「アッ……ゴボッ」助かるまい。

「アー……オゲーッ」黒いヘドロがドロドロと滑り落ち、拘束具めいたニンジャ装束を着た男がゲップとともに正体をあらわした。その後ろからもう一人、様子のおかしい少女が入室してきた。男は頭を掻き、フジオを見た。「なァおい、なンで俺らの楽しみを断りもなしに勝手によォ……勝手にアァ?」

 男が目を見開いた。「ア?ア?てめェダークニンジャだろ?おい、俺だよ、デスドレインだよォ。おいこらァ!」「……」フジオはニンジャソードを構え、身を低くした。「なんだ、その、アア?」デスドレインはバリバリと頭を掻いた。血が流れ出す。腕先を黒いヘドロが這い、垂れ落ちる血液を吸う。

 その足元では少女が膝をつき、床に拡がるヘドロを、ぼんやりと指でいじり始めた。誰の事も目に入らないかのようだ。少女は指先で格子模様を描いている。「しかしよォ」デスドレインは一歩踏み出した。「今スゲェムカついたけどよォ、これ、ツイてるなァ?」「フジオ?何だ?」マコが震え声で呟いた。

「知らぬ相手ではない。サンシタの屑だ」フジオは返した。「だが、ヴァンキッシュのようには行かない」フジオはデスドレインの出方を警戒し、同時に、マコの逃走経路を測った。後ろにあるショウジ戸から別室に逃れるか。「……私がくれてやった卑しい命をここで返すか?下郎」フジオは言った。

「おう、見ろ、見てくれよ、なァおい」デスドレインは拘束具めいた装束を掴み、裂くように開いた。痩せた上半身が露出した。巨大な傷痕が顔の傷につながっている。「咎」のカンジだ。「これだ!迷惑してンだよ……ナメた真似しやがって」「フン」フジオは口を歪めて笑った。「呪いの調子はどうだ」

「俺に何しやがった……」「使えると思ってな」フジオは言った。「アァ?」「お前にはどうでもいい話だ」アズールは格子模様を拡げて行く。いくつかの格子の中にはまぶたのない目が描かれている。フジオはマコに目配せした。マコが後ろへ走り出す。黒いヘドロがすかさず襲いかかる!「イヤーッ!」

 フジオがインターラプトした。飛び来たった暗黒物質の舌めがけ、カタナ持たぬほうの素手で裏拳を叩き込んだのだ。「ウォッ?」デスドレインはたたらを踏んだ。暗黒物質はフジオの手を取り込む事かなわず、弾け飛んだ。萎縮したヘドロは床に落ち、主のもとへ這い戻る。「何だ?この野郎!」

「カラテだ」フジオは低く言った。左様、カラテの衝撃力がジツを跳ね散らしたのだ。強力なニンジャは時にこれをやってのける。幸運に恵まれ、たまたまこの反撃方法を味わわずにきたデスドレインにとって、屈辱の体験であった。「何がカラテだクソがァ!」「行け!」フジオはマコの背中に叫んだ。

 

◆◆◆

 

「申し上げます」黄金茶室の廊下に膝まづいたアデプトのニンジャ、ボロゴーヴが厳かに告げた。茶室に向かい合うのはパーガトリー、そしてニーズヘグだ。「アラクサマ市街のニンジャ被害が拡散中と」「ほう?」ニーズヘグが眉を上げる。パーガトリーは茶菓子を手にとった。

「マグロアンドドラゴン・エンタープライズ社屋のみならず、その周辺で破壊行為、市庁舎にも被害が及んだと……」「よいぞ、下がれ」「ハハーッ!」ボロゴーヴはドゲザし、しめやかに走り去って行った。「社屋外?」ニーズヘグは繰り返した。「ふむ」パーガトリーは茶菓子を口にする。

「マグロアンドドラゴン……スローハンド=サンが何か言っておったな」「さて、犯罪組織の撹乱行動の支援だったか……」パーガトリーは欠伸を一つした。「市庁舎とはしかし、スローハンド=サンも何を考えておるやら。ロードもお疲れになられるのう」「……」ニーズヘグはパーガトリーを見た。

 チチチ。ニーズヘグのIRCノーティスが鳴った。彼はやや表情を動かした。アイボリーイーグルからの短いメッセージだ。「奴らか」「はて?」「続報だ。覚えておるか?例のオミヤゲ・ストリート、コフーン遺跡……要警戒の無軌道なニンジャどもよ」「いたな、そんな輩も。またぞろ騒ぎ出したか」

「……」「何だね、さっきから?茶菓子でもついておるかね?」とパーガトリー。ニーズヘグは床几に肘を置き、センスで己を扇いだ。「いや、あるいは貴公、既にもう少し詳しい状況を得ておるかとな……そんな気がしたのだ」「ハ!ハ!ハ!何を買いかぶりを」パーガトリーは笑った。

 ニーズヘグはふと思い立ち、尋ねた。「そういえばダークニンジャ=サンはどこにおるかね?」「……ン?懲罰騎士殿か?休暇中の?ああ、発信器か!そうだ、そうだな」パーガトリーは己のブレーサーに内蔵されたUNIX端末を操作した。「おや、これは!」パーガトリーは驚きの声を上げた。

「アラクサマ地区ではないか!おや、いかんなあ!詳細座標は把握しきれんが、これは休暇中のところを巻き込まれでもしたら……いや、待て!むしろ好都合ではないかね?なにしろ彼のカラテは素晴らしい……」「そうよな」ニーズヘグは頷いた。そしてチャを飲んだ。パーガトリーは目を細めた。

「これは大変だ。アラクサマのニンジャ治安は今や、休暇中の懲罰騎士殿にかかっているのか!」とパーガトリー「だが、強制休暇のルールは絶対神聖の掟!我々と言えど蔑ろにできぬ!ましてや、サンシタ・ニンジャの狼藉に神器や得物を届けに行くなどと……彼への侮辱になってもいけない」

 パーガトリーの視線がある種の殺気を帯びた。「……のう?ニーズヘグ=サン。特に貴公、彼のカラテを買っておった事だ」「ま、そうよな」ニーズヘグは寛いだ視線でそれを受け止めた。パーガトリーは言った「信頼もひとかどよな!万全の装備で無くとも、彼は必ずや困難を切り抜けよう……?」

「問題無かろう」ニーズヘグは言った「一度切り結んだ相手に遅れを取る奴ではあるまい。もし、得物無しで敗れるのなら……」パーガトリーは粘っこい視線でニーズヘグを凝視している。ニーズヘグは続けた。「……敗れるのなら、そこまでの男よ」「左様、左様!」パーガトリーは大きく頷いた。

「では、このままチャを頂きながら、彼の輝かしき忠誠行為の結果を共に見届けるとしよう!シテンノどもは……ほれ、あれよ、別件の……先程の五重塔UNIX施設の襲撃の調査だの、あとはまあ、色々と他でこう、重点しないといかんミッションも出てこようからな!行かれぬから!」「……うむ」

「このあと、特に予定は無いな、ニーズヘグ=サン?」「うむ」「もう少しここでこのままチャを楽しもう」「よかろう」「オイランを呼んでもよい」「いや、結構」「彼に直接、音声IRCで事態収集を命令したまえ。さ、今すぐに」「うむ」ニーズヘグは淡々と端末を展開した。

 

◆◆◆

 

「イヤーッ!」飛びかかった暗黒物質を、ダークニンジャの精密な回し蹴りが弾き飛ばす!「アアア畜生!」ヘドロ腕がもう一つ地面すれすれを滑り、傷ついた全裸のオイランを取り込んだ。「ッたくよォ……まだ生きてっから、取っとこうと思ったのによォ」息も絶え絶えのオイランが吊り上げられる。

「アズール!アズール見てろォ!」格子模様を拡げ続けていたアズールは顔をあげた。暗黒物質はオイランを引きずり寄せた。鞭のようにしなり、そのままオイランを強化ガラスにベシャリと叩きつけた。「ガラス硬ぇなあ」剥がして、また叩きつけた。ガラスが割れ、死んだオイランが外へ放り出された。

「へへへはははは、へへへへへはははは」デスドレインは肩を揺すって笑い、横目でダークニンジャを見た。ダークニンジャはウカツに踏み込みはしない。デスドレインが攻撃を仕掛けて来た瞬間が糸口だ。「社長ってさァ、いいとこ住んでンのな」「……」

「俺、生まれてこの方、親の顔知らなくてさァ、ずっと知らない男に殴られて育ってさァ、社会に復讐しようッて思ったのよ。それがこのチカラだよ。な?社会に反逆するチカラ」「……」ダークニンジャは無感情な目を向けた。デスドレインは首を傾げた。「あれ?全部嘘だってわかる?やっぱダメか!」

 デスドレインの足元の暗黒物質が沸騰した。そして噴き出す!八つの間欠泉が跳ね上がり、複雑な軌道を描いて襲いかかる!「イヤーッ!」ダークニンジャが駆ける!「じゃあさ、変えるわ。俺はこの会社の跡取りだったんだよ。なのに、陰謀でよォ、監禁されてたンだ、ずっと。こうやッて復讐……」

「イヤーッ!」ダークニンジャは回転!斜め後ろから襲いかかった暗黒物質をニンジャソードで切り払い、回し蹴りで破壊!そのままデスドレインにサイドキックを繰り出す!「イヤーッ!」暗黒物質が足元から噴き出し、壁となってこれを受ける!「へへへへ!」「イヤーッ!」ダークニンジャは跳躍!

「信じてくれよォ!俺はヤクザクランに仲間を全員殺されたんだ!そンでデッカーがヤクザとグルでよォ、俺が全部の罪を被せられちまったんだ!だから復讐すんだ社会に!……だめか?なァ?これもダメ?」ヒュンヒュンとアンコクトンが渦巻き、ダークニンジャを追う!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ダークニンジャは振り向きざまにコンパクトな突きを三度繰り出す。残像が残るほどの速度の突きが、到達したアンコクトンをすべて弾き壊した。新たなアンコクトンがデスドレインの足元から湧き出し続ける。それらが壁を伝い、強化ガラスめがけて複数飛んだ。

 さらに天井から床、床から天井!そこに立ち現れたのは縦横に檻めいて張り巡らされたアンコクトンの檻である。「アー、俺ってあンまり才能ねェかなあ?エート、あと、あれだ、俺はこの会社に店を潰されて!家族も商売も無くしちまってさあ!そンで暴れたら逮捕されちまったのさ!で、復讐!」

 チチチ。胸元のハンズフリーIRCのノーティス。『ダークニンジャ=サン。ニーズヘグだ』ダークニンジャの眉が微かに動く。「デスドレインと交戦中だ」『了解した。一味を排除せよ。……救援は無い』「ああ。承知した」コンマ数秒、ニーズヘグは沈黙した。そして言った。『生き残れよ』「当然だ」

「なァ、上か?下か?」黒い檻を隔て、壁を背にしたデスドレインが訊いた。ダークニンジャは檻の性質を検討し、どのようにデスドレインまで到達してこれを殺すか高速思考する。「上か?下か?教えてくれよ。屋上にヘリでもあンのかな?それとも地上から?お前の友達、どっちから逃げンの?」

 ダークニンジャは床を蹴った。デスドレインは少女の腕を掴んで引き寄せる。「アズール!ボサッとしてンじゃねえよ。殺すぞ!もっと近くだ!」少女は抵抗しない。デスドレインが叫ぶ。「来るな!来るなよ!来たらこのガキの命ねェぞ!へへへはははは!ダメか。まあいいや、さっきの話!」

「イヤーッ!」ダークニンジャは目の前の檻をニンジャソードで切り払う。切断面からツタめいた細いアンコクトンがめちゃくちゃに伸び、ダークニンジャを捉えようとする。「イヤーッ!」斬撃の速度を利用し、そのままダークニンジャは高速回転!伸びてくる触手を切断しながら迫る!

「教えてくれよ?上か?下か?ここはひとつカンで決めるぜ!俺の神様に聞いてみるぜ……」「イヤーッ!イヤーッ!」竜巻めいた斬撃の塊と化したダークニンジャが迫る!「へへへへ、上だァー!」デスドレインは口からアンコクトンを吐き出し、真横、強化ガラスの自分のすぐ近くに叩きつけ砕いた。

「イヤーッ!イヤーッ!」黒い檻を次々に切り払い、触手を振り払い、ダークニンジャが到達する!「イヤーッ!」デスドレインは横に飛ぶ!アンコクトンが壁となり斬撃を防御!「時間足りなかったなァー!」アズールをかき抱いたデスドレインはビルの外へ飛び出す!

 デスドレインは空中で上めがけ両腕を突き出す。アズールはデスドレインにしがみついた。デスドレインの爪の間から黒い奔流が迸る!二人は垂れ下がる粘質のアンコクトンに抱かれ、引きずり上げられてゆく。

 ダークニンジャは舌打ちした。即座に踵を返し、屋上への非常階段へ走る。マコは組織の乗り来たヘリを使って逃げる手筈だ。「イヤーッ!」彼は階段を跳び越し、踊り場の壁を蹴ってさらに跳ぶ。「イヤーッ!」そして非常扉を蹴破る!「イヤーッ!」屋上の風がダークニンジャのコートをはためかせる!

 バラバラバラバラ。ヘリのローター音が殺風景なヘリポートに跳ね返る。「……」ダークニンジャは空を見上げた。輸送ヘリが空中で静止している。ヘリのランディングギアに黒いものが結びつき、下へ凧糸めいて伸びている。その操り手は……当然、デスドレインだ。ダークニンジャは走り出した。

「いやァ危なかった!間に合ったぜ!へへへへ!」デスドレインは笑った。「だけどよォ!実際しんどいぜ!飛ばされたらどうすンだよ!風船で旅するカートゥーンあったな?なァ、苦労わかる?」足先がアンコクトンで覆われ、地面に打ち込まれた金具に結びついている。「俺の体!千切れちまうかも!」

 ダークニンジャは走る。ニンジャソードで切断すべし。デスドレインはしかし、嘲笑った。「へへへははは!なんつッてな!お前の友達、なんかよくわかンねえけど、まあ死んどこうや!イヤーッ!」力を込め、ヘリに結ばれたアンコクトンのロープを振る……ダークニンジャめがけ!

 ヘリが!落ちてくる!ダークニンジャの全身をニンジャアドレナリンが駆け巡った。全ての視覚情報を検討し、マコを救出する選択肢を手繰り寄せる。彼のニンジャ視力は捉えていた。操縦席のマコが、うつろに口を開き、黒いタール状のものが口から垂れ流しているのを。「 ……」デスドレイン。

 ダークニンジャは加速した。デスドレインが笑う。「アレ?何、友達の事、イイの?」「……」「あ、もしかして、ジツを中に滑り込ませて殺しちまってるの、気づいたりした?見えちまったりした?バレちまった?」ダークニンジャの背後のコンクリートに、ヘリが激突した。KABOOOOOM!

「わざわざこれやる為にお前……あのさァ、俺はさァ、めんどくせえのに頑張ったんだぜ!へへへへ!よかッたよな!」デスドレインが叫ぶ。ダークニンジャは走りながら身を沈め、さらに加速する。左右、そして背後に墜ちたヘリの中からアンコクトンが渦巻き、襲いかかる。

 その時ダークニンジャのニューロンに去来したのは、非合法商業施設時代の記憶では無く……なぜか、マルノウチ・スゴイタカイビルの、あの抗争の記憶であった。まだ息のある親子にとどめを刺した、あの瞬間の手応えだった。そして、両腕に炎を纏い向かってくる、赤黒のニンジャの姿だった。

 走りながら彼は、デスドレインを、デスドレインの裸の上半身の巨大な傷痕を見据えていた。カンジ・キルの傷痕を。オミヤゲ・ストリート。ダークニンジャはデスドレインを殺す事ができた。だが殺さなかった。かわりに、カンジ・キルで呪った。

 カンジの呪いは、その対象をインガの重圧で狂わせる。それは裁きだ。だが、人が人を、ニンジャがニンジャを裁けるのか?いかなる清廉潔白の士に、そんな権利がある?無い。そんなものは無い。理不尽で一方的な断罪だ。それは、人を、ニンジャを統べる者……ヌンジャのみわざである。

 ベッピンはヌンジャのみわざを可能にした。カンジの呪いを受けたデスドレインは罪に狂い、運命を乱す。ケオスの種、バタフライ・エフェクトの種となり、ダークニンジャの前途に整然と敷かれたレールを破壊する因子のひとつとなる。運命者マスタートータスが予定外に滅びたように。

 ……だが、ダークニンジャがはじめからそのような行いを選択せず、あの場でデスドレインを殺しておれば……マコの死は引き起こされなかったのではないか?これが、運命に石を投じた報い?より大きなインガオホーであろうか?

 どこかで間違えたか?ベッピンを持とうと、ヌンジャのみわざは、所詮ハガネ・ニンジャの憑依者には過ぎた力であったか?マコは何故フジオの前に現れたのか?何を誤ったのか?それとも、何も誤ってはいないのか?運命に投じた一石がもたらした、粛々と通過すべき小さな試練に過ぎぬのか?

 フジオは刮目した。(全て引き受ける。それだけだ)捻れた思考を引きちぎる。すると目の前にはデスドレイン。その目が驚愕に見開かれている。二秒前からの空白が、ダムの決壊めいてダークニンジャの記憶に押し寄せる。彼は八方向から襲い来たアンコクトンを全て躱し、敵の目の前に到達していた。

「ヤベェ……ヤベェ!何かねェのか畜生……アズール!何かしろ!アズール……ラン……」「イヤーッ!」ダークニンジャはデスドレインの斜め後ろに、振り向きながら着地した。その手のニンジャソードが砕けた。「グワーッ!」デスドレインの肩から腰にかけ、一直線に、裂けた!

「オゴッ……アバーッ!」デスドレインがよろけた。肩の傷の左右がストリングチーズめいて裂けてゆく。「アバーッ!」その傷口から真上へ噴き上がる鮮血!だがやがて、溢れ出す液体はドス黒く変色し、粘るタール状の液体に変わる。それが裂け落ちようとしていた上半身をつなぎ、引き寄せた!

「クソが……畜生……死ぬかよ……俺は死ぬわけがねえ……」「だろうな」ダークニンジャは素手のカラテを叩き込むべく、真っ直ぐに近づく。歩く彼の衣類の繊維質がねじ曲がって織り合わさり、余剰の布が崩れ落ちると、そこにはオブシディアン色のニンジャ装束に身を包んだニンジャの姿があった。

「ア……ア……」デスドレインは振り返り、手を翳した。アンコクトンがボダボダとコンクリートに落ち、黒い水たまりを作った。……「ねえ、あなた死ぬの?」

「死なねえ……死にたくねえ」デスドレインの前に立ったのは、アズールだ。彼女はダークニンジャを無感情に見た。「この人が死んだら、私を誰も連れて行ってくれない。それは許さない」「……」ダークニンジャは拳を握った。不穏な動きがあればカラテを叩き込む。

「助けろ……アズール、俺を助けろ」デスドレインは尻餅をついた。アズールはデスドレインを見た。拡がる黒い水たまりに、足跡が点々と生まれた。成人の頭ほどはある、獣の足跡だ。アズールはデスドレインに言った。「……いいザマだよね、お前」


6

「!」ダークニンジャはニンジャ第六感を働かせ、咄嗟にバック転を繰り出した。黒い水たまりがバシャリと跳ね、巨大な足跡がもう一つついた。ダークニンジャが一瞬前まで居た場所で、ガチンと何かを噛み合わせる音が鳴った。獣の息遣い。ダークニンジャはカラテを構え直す。

 アズールはダークニンジャを一瞥し、「近づかないで」と言った。「近づいたら、そいつが殺す」……ダークニンジャは、己とデスドレイン、少女の間の空間に立ちはだかる不可視の質量を感じ取っていた。気配をよく隠している。ニンジャ?否……人ではない。巨大な四足獣めいた存在だ。

「お前もニンジャか」ダークニンジャは無感情に言った。「名乗れ」「アズール」少女の空色の目が、怖じずにダークニンジャを見返した。「目の色がアズール(空色)だから、その名前なんだって。こいつが言ってた」デスドレインを指差す。ダークニンジャは透明の獣の出方を伺う。

 ダークニンジャは透明の獣と使役者とおぼしき少女について分析した。数分前までと様子が違う。もとから異様なアトモスフィアを漂わせる少女であった。だが、ニンジャソウルの発現はつい今か?「畜生……」デスドレインが黒い血を吐く。アズールはそれを見下ろした。「お前の事を一生ゆるさない」

「テメェ……普通に喋れンのか……裏切る気か?」「裏切る?」アズールは言った「何を?」デスドレインは朦朧として、ダークニンジャから逃れるように地面を這う。「ゴホッ……畜生、糞ッ……ザイバツ!俺を捨てンのか!おいッ!どうせ聴いてンだろォ!」「……」ダークニンジャの眉が動いた。

「ザイバツと言ったか」「アアアーッ!畜生!畜生ッ!ラ、ランペイジ!ランペイジはどこだ!」ダークニンジャは値踏みした。彼らに、何らかの接触者?いつ?どの程度?この襲撃の手引きか?何故?……だが、たとえばこののちデスドレインを拷問したところで、わかりはすまい。何も知るまい。

「近づかないで。近づくな!」踏み込みかけたダークニンジャに、アズールが叫んだ。「イヤーッ!」ダークニンジャは空気の流れを読み、殺到する透明の獣を側転で回避!「こいつは渡さないって言ったでしょう?わ……私」アズールの目に大粒の涙が溜まった。「私はこうするしかないんだ!」

 ダークニンジャに回避された獣は床を蹴ってアズールのもとへ跳び戻る。うつ伏せのデスドレインの身体が持ち上がった。「グワーッ!」その背から血が吹き出す。牙だ。透明の獣が咥えている。アズールは透明の獣を掴み、背中に乗った。二者の身体が宙に浮かんで見える。

「行け!」アズールは涙を拭い、獣に命じた。獣は駆け出した。ダークニンジャは追う!その時、轟音とともに、その足元が大きく揺らいだ!下、遥か下だ!獣もダークニンジャもひるむ事なく屋上の淵めがけ駆ける。さらに轟音、震動! 駆ける!駆ける!

 KRAAAAASH!粉塵を撒き散らして潰れてゆくマグロアンドドラゴン社屋ビルからアズールの獣が跳び、続いてダークニンジャが跳んだ。ダークニンジャは空気抵抗を殺し、まっすぐの姿勢で垂直に落下する。獣にしがみついて落下するアズールが歯を食い縛り、首を巡らせてダークニンジャを見た。

 垂直落下するダークニンジャはアズールの獣の真横に並んだ。アズールは獣により強くしがみついた。「イヤーッ!」ダークニンジャは逆さまに落下しながら回し蹴りを繰り出す!「GRRR!」獣が吠え声を発する。苦痛の声だ!横腹をジゴクめいて蹴られ、吹き飛び、デスドレインを吐き出す!

「GRRR!」獣は崩壊するビルを蹴って跳ね返り、ダークニンジャに襲いかかる!だがダークニンジャは空気の流れと相手の行動パターンを読み、「イヤーッ!」その鼻面に再度の回し蹴りを叩き込む!タツジン! 「GRRRR!」反動でダークニンジャは隣のビルへ跳び、斜め下へ壁を蹴る!

「イヤーッ!」その斜め下の落下軌道上にはデスドレイン!ダークニンジャは瀕死のデスドレインへ到達し……落下!KRAAAAAASH!

「……」ダークニンジャはデスドレインを踏みしめながら着地していた。動かぬデスドレインから退いた。そして、いまだ崩壊を続けるビルを背に、無言で、落下してくるアズールと獣とを見上げた。瓦礫の破片が降り、デスドレインの胴体に突き刺さって、大地に釘付けにした。

 アズールと獣が彼の眼前に着地!「いや……嫌だ!」アズールの叫びは悲痛だった。「死にはすまい」ダークニンジャは地面に縫い付けられたデスドレインを見た「こいつの呪いは、俺の役に立つ。だが手ぶらでザイバツに帰るわけにもいかん」彼はIRC通信機に、仕留めた旨の報告を入れた。

 デスドレインのジツはダイコク・ニンジャの由来だ。ダークニンジャはホウリュウ・テンプルの古文書で、このいにしえのアーチニンジャの伝説を学んでいる。大地の精髄は術者の肉体を侵し、血肉となって傷を埋め合わせる。確実に殺すのなら、頭部か心臓の破壊が必要だ。「せいぜい足掻くがいい」

 デスドレインの身体は痙攣し、瓦礫で貫かれた腹部から泡立つ黒い液体が溢れてくる。ダークニンジャは冷徹に一瞥する。やがてこの場所へザイバツの処理部隊が現れるだろう。死ぬか。生きるか。どちらでもよい。(だが、さらにもう一匹)彼はデスドレインの仲間に思いを巡らす。ビルの破壊者に。

 崩壊するビルの轟音の中、ダークニンジャは死骸や乾いたアンコクトン、車の残骸、降り注いだ瓦礫が散乱するジゴクめいた道路上へ、ゆっくりと歩みを進める。アズールはデスドレインとダークニンジャとを交互に見た。そして、ダークニンジャの肩向こう、通りをこちらへ歩いてくる異形の影を認めた。

「ドーモ。ダークニンジャです」ダークニンジャは接近してくる影へ呼ばわった。「貴様の名を忘れたな。名乗れ」「……ランペイジ……」ダークニンジャのニンジャ聴力が、鉄仮面の奥で発せられたくぐもった名乗り声を捉えた。ダークニンジャはさらに、後方にも一つ、別のニンジャ存在を感じ取った。

 道路の一方からランペイジ。反対側の遠方から歩いてくるもう一人。ダークニンジャのすぐ近くにはアズール。ダークニンジャに得物は無し。救援は無し。どれを殺し、どう切り抜ける。ダークニンジャのニューロンが加速する。

 アズールは獣の背から飛び降りた。透明の獣はいつでも敵に飛びかかれるよう、全身に力を漲らせる。アズールが叫ぶ。「ランペイジ!殺して!そいつ……」アズールの声は徐々に小さくなり、消えた。近づくランペイジは、地に伏したデスドレインを、アズールの姿を認めたはずだ。だが、反応は無い。

 ランペイジは歩きながら右手のマニュピレーターを開閉する。左腕はだらりと垂れ下がっている。その仮面の下の表情は、感情は、もはや何者にも窺い知ることはできない。接近してくるのは、人の形をしたひとつの装置……暴力を行使し、殺し、壊す装置なのだ。

「ダークニンジャ」ランペイジは呟いた。そしてその奥、道路を歩いてくる影を見やった。「生きていたか。ニンジャスレイヤー。戻ってきたか。邪魔をしに来たか」肘から蒸気が噴き上がった。「邪魔だ。俺の邪魔をするな」

 

◆◆◆

 

「おう、これは。通信が入ったぞパーガトリー=サン。ダークニンジャ=サンが例のデスドレインを倒したとな!」ニーズヘグはパーガトリーを見た。「時同じく……監視中の貴公の斥候からも……目撃報告が……入っているかね?ん?」「そのようだ」パーガトリーは低く言った。「目覚しい働きだ」

「しかしこれは実際たいした問題だぞパーガトリー=サン。あれよ、目を覆わんばかりの惨状よ。マグロアンドドラゴンを初めとして、ま、この地域の下賤な成金虫どもがどうなろうと構わんとしても、ここまで大規模にやられては、周辺地域に累が及ぶな!実にまずいのでは?」「……つまり?」

「ここまで被害が拡がれば、さすがに休暇中の懲罰騎士ひとりに任せて事態を棄ておいたとなれば……のう?なかなか聴こえが悪いよな!」「はて……」「残念ながら懲罰騎士預かりのシテンノ達は五重塔でミッションを展開しておるようだ、貴公の判断によって。いや、それ自体は実に適切」「……」

「懲罰騎士殿も優れたカラテを示し、見事に首謀者を仕留めてみせた。これ以上の事態収集を彼一人に押しつけ、周辺地域への被害拡大を前に知らん顔をしておったとなれば、そのう……かえって奥ゆかしくない行いと取られてしまうのではないかね?あくまでこれは老婆心ながらの忠告だが……」「……」

 パーガトリーは茶菓子を取ろうと、手を動かしかけた。一呼吸早く、最後のひとつはニーズヘグの手の中だ。ニーズヘグは眉を動かした。「……?」「……」パーガトリーは無表情でかぶりを振った。ニーズヘグは頷き、菓子を口にした。もぐもぐと咀嚼しながら、「で、どうするね、パーガトリー=サン」

「どうするとは?」「俺は、やらんよ?シテンノも動かれんし」ニーズヘグは言った。「事態の収拾を懲罰騎士殿に任せておっては貴公の名折れの恐れもある。だが、貴公の度量を示すチャンスでもあろうな。まだ遅くないかもしれん!周囲に潜めておるのだろう?貴公のニンジャ達を。よかったな!」

「うむ……早速事態の収拾に当たるとしよう」パーガトリーは言った。「実に……僥倖だ……我が配下が展開しておって、実際チョージョー。懲罰騎士殿は幸運をも身につけておられるようだな」「幸運?」ニーズヘグの目がギラリと光った。「僭越ながらそれは違う。ヤツのカラテよ。カラテあるのみだ」

 

◆◆◆

 

 BLAM!BLAMBLAM!両手の49マグナムが上空で円を描く有翼のニンジャを狙うが、トリッキーな飛行によって平然と回避されてしまう。ガンドーは五重塔の四角錐の屋根のカワラを踏みしめ、襲撃ニンジャを牽制する……だが、いかんせん多勢に無勢。ジリー・プアー(徐々に不利)だ。

 カーン!独特の射出音が唸り、あやうく身を翻したガンドーの目と鼻の先を、奇怪なスリケンが行き過ぎる。数十メートル離れた別の五重塔から別のニンジャが放つスリケンだ。ガンドーの視界に光る輪が焼きつき、遠方のニンジャを示す。ガンドーは撃ち返す。BLAM!「グワーッ!?」

「ブルズアイ!」ガンドーは呟いた。「俺をナメ過ぎたんじゃないかね……」頭上を見上げ、「おっと、こっちもジゴクか!イヤーッ!」急降下してくるアイボリーイーグルめがけ、回し蹴りを繰り出す。蹴りと蹴りがカチ合う!アイボリーイーグルは二度蹴りを撃ち、その反動で再び空へ飛び上がった。

「大人しく降伏せよ、下郎!」空中を旋回しながら、アイボリーイーグルが叫ぶ。「そちらは一人。我々は実際多勢ぞ!」「ヤなこった」ガンドーは叫び返した。「こっちも遊びじゃねェんだよ!だが……」周囲を見渡し、「地面に降りる時間をくれればありがたいんだがなァ」

「おじさま?」すぐそばの、やや高いビル屋上で声。BLAM!ガンドーはそちらへ振り向きざまに銃を撃ち込む。新手のニンジャは艶めかしく身をそらし、これを回避!「ファハハハ!がっついちゃ駄目ヨ、素敵なおじさまァ?」「アー、名乗らんでもいいか?めんどくせえ……」「ファハハハ!」

 ガンドーは眼下の高度基準ギリギリのビルを見下ろす。豊満な胸を自ら揺らし、革の装束を着た女のニンジャがアイサツした。「ドーモ、パープルタコです。ちゃんとアイサツしてェ」「アー、ドーモ、ディテクティヴです」「ファハハハ!素敵ね!アカチャンのおじさま!」

「悪いがエキセントリックなのは趣味じゃねえんだな……」ガンドーは両腕をクロスして銃撃!一方はパープルタコを、もう一方は急降下してきたアイボリーイーグルを狙う!BLAMBLAM!「イヤーッ!」「グワーッ!」どちらも当たらず!アイボリーイーグルの身をひねった蹴りが直撃!

「降ろしてくれとは頼んだがよ!」吹き飛ばされたガンドーはくるくると回転し、「サスマタに一杯刺そう」とショドーされた金物店の屋根瓦にウケミしながら着地した。落下衝撃でカワラが数枚砕け跳んだ。「ちと荒っぽいと思わんか!」起き上がり、埃を払う……「便利なもんだ、ニンジャの身体は」

「お前の運命はここまでだ、ディテクティヴ=サン……」金物店の屋根の上を歩き進む新たなニンジャあり。「ドーモ。シャドウウィーヴです」若いニンジャは敵意を漲らせ、 オジギした。ガンドーは49マグナムを構えた。「オイオイ……俺ごときに随分な大所帯じゃないか。そんなに怖いのかよ」

「復讐するには良い日だ……この手がお前の血を欲している」黒いサイバネアームが音を立てる。「ああ……覚えてる、もちろん覚えてるんだが、もう少しヒントをくれないか」ガンドーは挑発した。「悪いが俺もインガな商売、恨まれたり恨んだりで忙しいんでね、エート……」「貴様!」

「ファハハハ!アカチャン!」背後、屋根のもう一方の縁にパープルタコが降り立ち、ガンドーの肩越しにシャドウウィーヴを嗤った。「ダメよ、そンなにお熱を出して硬くなったら……ね?しっかりやらないと……」「わかっています!」シャドウウィーヴがカラテを構える「ゆくぞ!」

「おい待て!」身体を横向け、両腕を胸の前で交差して、それぞれの銃でシャドウウィーヴとパープルタコを狙う。「あっちはいいのか?ヤバイんじゃねえか?油売ってていいのか?」ガンドーが顎で指す先は、粉塵噴き上がる大破壊の光景だ。二者が一瞬注意を奪われた瞬間、ガンドーは引き金を引いた!

 

◆◆◆

 

「スゥーッ……ハァーッ……」ZGGGGGT……轟音と崩壊を前方に、ニンジャスレイヤーは歩みを進める。歩きながら彼はチャドー呼吸を繰り返す。深く。より深く。「スゥーッ……ハァーッ……」行く手には複数の影。崩壊するビルの側に何人か。どれもニンジャだ。そしてその先にランペイジ。

「スゥーッ……。ハァーッ……」被害は拡大している。己が遅れをとった為に、より多くの人間が死んだ。「スゥーッ……。ハァーッ……」彼は心を殺す。背負い込むな。だが、ランペイジはここで殺し、破壊を止めねばならぬ。他の選択などありえぬ。やがて、新手のニンジャ達の姿がわかる。

 瓦礫で貫かれたニンジャ。ニューロンに溶けるナラクの意識が伝える。あれはダイコク・ニンジャの憑依者だ。傍らに立つのは……血液が逆流するかのような感覚……あれは、ダークニンジャ。ダイコクをやったのはダークニンジャなのか?そしてもう一人……ニンジャスレイヤーは訝しむ。少女。

「スゥーッ!ハァーッ!」この場で何があった?ニンジャスレイヤーはさらにチャドー呼吸を深める。ダークニンジャ!シャドー・コン!ユカノ!フユコ、トチノキ!「スゥーッ!ハァーッ!」「貴様か、ニンジャスレイヤー=サン」ダークニンジャが向き直る。「ドーモ。ダークニンジャです」

「……」ニンジャスレイヤーは立ち止まり、オジギを返した。「……ドーモ、ダークニンジャ=サン。ニンジャスレイヤーです」彼は心を殺した。状況を、次にとるべき行動を見極めようとした。ランペイジは歩いてくる。ニンジャスレイヤーのニンジャ視力・ニンジャ注意力がニューロンをアラートする。

 だらりと下がったランペイジの左の機械腕が、電気ショックを受けたようにビクリと震えた。チャドー呼吸によって極度に尖らされ、一点に集中したニンジャスレイヤーのニンジャ注意力は、そのとき捉えた。血管めいて上腕から機械腕へ流れ下りるランペイジのニンジャソウルの動きを。

 ランペイジの左腕のマニュピレーターが、動いた。握り、開かれた。そして肘が。蒸気が噴き出す。歩きながら、ランペイジは胸の前で両拳を打ち合わせた。三者の視線が交錯した。だが、火蓋を切ったのは……その三者の誰でもない。少女だった。

7

「待って」少女はおぼつかない足取りで進み出、手を延ばしてダークニンジャの装束を掴んだ。平時のイクサであれば、ここでダークニンジャは振り向きざまの回し蹴りを繰り出し、接近者の戦闘能力を奪うところであろう。だが、少女は懐へ踏み込んだ。ほとんどさりげない動作で、敵意の無い仕草だった。

 少女は透明めいて、敵意に身を鎧った三者の拮抗の中に、じわりと染み込んだのだ。少女は彼の目を見上げた。「私を助けてよ」ダークニンジャは己のウカツを呪う。振り払おうとするが、遅い!その斜め上から飛び込んでくる不可視の獣!「あなたが死んで、助けてよ!」「GRRR!」

「イヤーッ!」ダークニンジャは巨獣にフックを叩き込む。だが、重い!彼は地面に打ち倒される!「グワーッ!」「GRRR!」獣がダークニンジャを食いちぎりにかかる!ダークニンジャは透明の上顎と下顎を咄嗟に掴み、こじ開ける!「ヌウーッ!」「ランペイジ!こいつを殺して!」少女は叫んだ!

 ランペイジは少しずつ加速しながら、ダークニンジャとアズールのもとへ接近する。アズールはそのさまを見、気圧される。「ランペイジ?さっきから……返事をしてよ!」ランペイジは答えない。接近する。「ランペイジ!」彼は答えない!

 一方のニンジャスレイヤーもまた、全力でスプリントを開始していた。粉塵の中、巨大な狼めいた透明の輪郭が浮かび上がっている。それがダークニンジャを上から押さえつけ、格闘しているのだ。少女は接近するランペイジを見、後ずさり、ついに悲鳴をあげる!ランペイジは機械腕を振り上げる!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが早い!赤黒の風が回転しながら奇怪な透明の獣の上を飛び越し、今まさに拳を叩きつけようとしていたランペイジの胸に飛び蹴りを当てた!「グワーッ!」直後、ダークニンジャも状況を打開した。獣の下腹を蹴り、顎を掴んだまま、頭上へ 投げたのだ!トモエだ!

 ランペイジは転倒!アズールは悲鳴を噛み殺し、瓦礫で釘付けされたデスドレインのもとへ走る。「ニンジャスレイヤー=サンだと?」ダークニンジャは素早く起き上がり、カラテ警戒する。「面倒な所に現れたものだ……!」「おのれ」ニンジャスレイヤーは憎悪に煮えた呻きを吐いた。「おのれ……!」

 ニンジャスレイヤーはなお暴れる己の感情を、強いて殺した。状況判断せよ!共振を深めニューロンに同化したナラクが、フジキドに言語メッセージを伝える事は無い。だが、意識の片鱗が流れ込む……不可思議な透明の獣は、少女とつながっている。少女はニンジャなのだ。ダークニンジャと敵対している。

 少女はランペイジに助けを求めていた。つまり……虐殺者の一味!では敵対するダークニンジャは?「なぜオヌシがここにいる!ダークニンジャ=サン」ニンジャスレイヤーは問う「何を企んでいる……」「貴様には縁無き事だ」ダークニンジャは言い捨てた。

「ガフッ!ガフッ!」不可視の獣の息遣いが聴こえる。ダークニンジャに投げ飛ばされ、苦しみもがいて起き上がろうとしているのだ。「イヤーッ!」ダークニンジャは通りの反対側の端へひと跳びに跳躍、壊されずにいる建物を背にした。「邪魔だ」ランペイジは再び拳を打ち合わせる。「全部。全部だ」

「貴様の望みはこの俺か?こいつらか?」ダークニンジャはニンジャスレイヤーに問う。「貴様は実際きわめて目障りだ、ニンジャスレイヤー=サン。貴様がいまだに生きて這いずり廻っている、それだけで虫唾が走る。……だが、」「イヤーッ!」ランペイジが首を巡らし、ダークニンジャに殴りかかる!

「フン」ダークニンジャは鼻をならした。跳躍し、背後の壁を蹴って跳んだ。KRAAAAAASH!ランペイジの直線的なカラテが建物を直撃!粉砕崩壊!これにより住人の数十人が死ぬ!にもかかわらずストリートは驚くほどに静まり返っている。避難する者も無い!

 一体なぜ?あまりに不自然!左様、不自然なのだ!実際これは恐るべき規模のジツが地域に重大な影響を及ぼしている為である。奥義の名はキョジツテンカンホー・ジツ……他ならぬロード・オブ・ザイバツのジツだ!市民は今まさに己のごく近くで展開するニンジャ非人道破壊行為を正しく認識できない!

「殺せ!」少女が命じると、透明の獣は着地するダークニンジャへ再び飛びかかった。ダークニンジャはサイドステップを踏み、突撃を回避!横から蹴りを繰り出す!「イヤーッ!」「GRRR!」獣は跳ねてこれを回避!そしてランペイジがダークニンジャを振り返る……肘から噴き出す蒸気!

 ニンジャスレイヤーは駆けた……ランペイジ目掛け!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ヌンチャクと機械腕がかち合う!「ヌウーッ!」赤黒い火花が散り、ランペイジは後方へよろめく!ニンジャスレイヤーはヌンチャクを構える。「オヌシはこやつの次に殺す」背後のダークニンジャに告げる「必ずだ!」

 一方のダークニンジャは透明の獣と対峙し、カラテを構え直す。「では貴様はこいつらの破壊を止めに来たか。貴様にとってそれに何の意味がある」背後のニンジャスレイヤーに呟く。「……善意か?市民への?関わり無き市民など何程の価値も無し。善意とは不便なものだ。弱味にしかならぬ」

「存外よく喋る男だ」ニンジャスレイヤーは返した「オヌシには解るまい。人をゴミのように殺めて省みぬオヌシには」その目が赤く光り、視線はランペイジを射抜く。復讐を傍にのけさせてまで、この破壊に彼を立ち向かわせるもの……それは人間性だ……人間性こそが、彼を彼たらしめる手綱なのだ!

「アズール……!」黒いヘドロを吐きながら、デスドレインは傍のアズールへ呼びかける。少女は細い腕で瓦礫を引き抜こうと苦闘していた。だが、到底無理な話だ。「畜生てめェ……さっきはナメた口ききやがって……ランペイジはどうした」「あいつは」アズールは涙声で言った。「もう何も見てない」

「意味がわからねエんだよ!」デスドレインは咳き込み、頭を動かしてイクサを見ようとした。「クソが!あいつ何やってやがる……まだか?まだかよ!」傷口から沸騰する暗黒物質が染み出すが、アンコクトンの力はいまだ弱々しく、下手をすれば肩の傷が再び開いて死にかねない。「畜生がァー!」

 ……ニンジャスレイヤーはヌンチャクを振り回し、徐々にランペイジとの間合いを詰める。神器は炎の軌跡を描き、やがて、ランペイジは……仕掛ける!「イヤーッ!」踏み込む!正拳!肘から噴き出す蒸気!BOOM!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクの鎖で拳を受ける!KRAAASH!

 赤黒い火輪が爆ぜ、二者は互いに弾かれる。ニンジャスレイヤーは地面を蹴ってすぐさま再び飛び込む!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ランペイジの逆の腕が迎え撃つ!ニンジャスレイヤーは身を捻じりながら跳躍!この致命的打撃をも回避!

 BOOM!機械腕の側面から熱蒸気が噴き出す!「イヤーッ!」だがニンジャスレイヤーは予測している!巨大な腕を一瞬早く蹴りつけ、回転しながら垂直に飛び上がる!ランペイジは大きく右腕を振りかぶり、上空のニンジャスレイヤーめがけ斜め45度角度の正拳を繰り出す!「イヤーッ!」

 空中で振り下ろすニンジャスレイヤーのヌンチャクが拳とぶつかり合う!赤黒い火輪が爆ぜる!ニンジャスレイヤーは衝撃に耐え切る!そしてさらにヌンチャクを振り下ろす!「イヤーッ!」KRAAAASH!ランペイジの右拳が!砕けた!「グワーッ!?」

 ニンジャスレイヤーは空中から蹴りを繰り出す!「イヤーッ!」「ヌウーッ!」ランペイジの顔に蹴りが直撃!だがひるまぬ!ランペイジの左腕が横から殴りつけにくる!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクを張ってこれをも防御!さらにランペイジの胸を蹴る!「イヤーッ!」

「グワーッ!」ランペイジは後ろへよろめくが、踏み留まる!ニンジャスレイヤーは回転しながら後方へ飛び離れ、着地!ランペイジは砕けた右腕を振りかぶる。すると……おお、見よ!破砕した腕部の亀裂から、ケーブル状の金属が筋繊維めいて無数に生え出たではないか!なんたる奇怪!?

 金属の繊維はあっという間に砕けた拳をイビツに修復した……先程と同様の現象だ!ランペイジは前進を開始!鉄仮面の隙間から、同様の無数の金属繊維が生え下り、首を伝い、覆ってゆく!「全部だ!全部だ!全部だ!全部だ!全部だ!全部だ!全部だ!」異形の仮面から吠え声が鳴り響く!

「スゥーッ……!ハァーッ……!」対するニンジャスレイヤーは中腰に身を沈め、左手を前へ突き出し、右手では脇に一方を挟んだヌンチャクを握りしめ、ヒサツの一撃を見舞うべく、チャドー呼吸によって血中のカラテを強靭なシメナワめいて練り上げていた。その肩と腕に縄めいた筋肉が浮かび上がる!

「イヤーッ!」一方、ダークニンジャは数度の切り結びを経たのち、獰猛な不可視の獣を蹴り伏せていた。地面に叩きつけた獣の脇腹を踵で踏みしめ、抉るように捻じる。「GRRRRRR!」見下ろすダークニンジャの目は冷たく、無感情であった。彼はアズールとデスドレインを見やった。

「ラ!ン!ペ!イ!ジ!」デスドレインはのけぞり、叫ぶ!己を貫く瓦礫に手をかけ、力を込める……両手指の先から、腹の傷から、暗黒物質が泡立ちながら溢れ出る!「てめェ!勝手な事を!してンじゃねェよ!」

 デスドレインは苦痛の叫びを絞り出す!瓦礫の根元を暗黒物質が覆い……徐々に……持ち上げる!その時だ!隣接する建物から次々に飛び降りてきた影が、デスドレインとアズールを取り囲むように着地したのだ。その数、5!全てニンジャである!

 ダークニンジャは眉を動かした。新手の五人を吟味する。サイレン。ガラハッド。ヘヴィーメイス。フォールチョン。クロウラー。全てパーガトリー傘下のニンジャだ。この場を監視していた者らが救援に転じた?キョート城でなにかしら方針の変更があったか。ガラハッドがダークニンジャを一瞥した。31

「嫌だ!嫌だ!嫌だ!」アズールが泣き叫んだ。「嫌だァー!」「ドーモ、ダークニンジャ=サン。ガラハッドです」ガラハッドがその場からアイサツした。「グランドマスター・パーガトリー=サンからの賛辞を伝えよう。よくぞ……」ダークニンジャは答えず、無言でデスドレインを指差した。

「畜生ォー!」その瞬間、瓦礫が跳ね飛んだ!「エッ?」アプレンティスに過ぎないクロウラーは呆気に取られて巨大な瓦礫の軌跡を目で追った。そのため、最初に死んだ。暗黒物質がこのニンジャの脚を絡め取り、動きを封じた。そこに瓦礫が落下し、真っ二つに裂けて死んだ。インガオホー!

「ランペイジ!ふざけるな!」デスドレインは跳ね起きた。ヘヴィーメイスは咄嗟に得物でデスドレインを殺そうとした。だが溢れ出る暗黒物質はこのニンジャを、武器を振り上げた姿勢のまま拘束していた。フォールチョンはその時すでにメンポを剥がされ、口の中に暗黒物質を流し込まれて死んでいた。

「こいつ!」サイレンとガラハッドはバック転を繰り出し、暗黒物質の追撃を回避!ダークニンジャは透明の獣を踏みにじり、淡々と言った。「貴公らの手助けを感謝する。そのニンジャは蘇生能力だけが取り柄だが、私では力及ばず。後は貴公らに任せたい」「ランペイジ!」デスドレインが叫ぶ!

 デスドレインは口から黒い血を吐いた。腹の穴からも暗黒物質が流れ続ける。無事では無いのだ。「てめェ!勝手してんじゃねェぞ!」そこへ立ちはだかるザイバツ・ニンジャ!「ドーモ、ガラハッドです」「ドーモ。サイレンです」「うるせェんだよ!」デスドレインは激昂した。黒い触手が渦巻く!

「ランペイジ。ランペイジ」三歩。四歩。ランペイジは地面に亀裂を生みながら、金属の繊維でまだらに覆われた体躯を押し進める。「スゥーッ!ハァーッ!」ニンジャスレイヤーはチャドー呼吸を深める……深める……深める……深める!「イヤーッ!」ランペイジの肘が爆発!推進!拳を繰り出す!

『モータルの憤怒を!』ニンジャスレイヤーは後ろ手のヌンチャクを……繰り出す!『受けよ!』ヌンチャクの一方が真っ直ぐに飛ぶ!一方、ランペイジの圧倒的速度の正拳突きはニンジャスレイヤーをかすめていた。触れていない!だがニンジャスレイヤーの「忍」「殺」のメンポは砕け、吹き飛んだ!

 ヌンチャクの先端部はランペイジの鉄仮面の額部に直撃していた。仮面が破砕した。中から、人間の顔が……金属繊維を血管めいて這わせた男の無表情な顔が現れた。逆の腕を振り上げる。狙うは攻撃直後のニンジャスレイヤー。肘が火を噴く!「イヤーッ!」BOOM!

「……」ランペイジは振り上げた己の腕を不思議そうに見た。肘から先が地面に落ちていた。それから、もう一方の腕を見た。赤黒い炎が肉と機械の境から亀裂めいて噴き出した。そちらの腕も地面に落下した。赤黒い炎は金属繊維に侵食された全身から噴き出した。ランペイジは踏み出す。

 ニンジャスレイヤーの破けた頭巾が風化し、フジキドの素顔が完全に現れた。フジキドとランペイジの視線がかち合った。「ゼンダ=サン。終わりだ」ランペイジは答えず、ニンジャスレイヤーを通り過ぎる。その目にはいかなる感情の表出も無い。おぼつかない歩み毎に、その身体を赤黒い火が走る。

 炎はひとたびごとにランペイジの身体の金属繊維を燃焼させ、散らしてゆく。「ランペイジ!」「「イヤーッ!」」サイレンとガラハッドが隙を捉え、左右から蹴りを繰り出す。暗黒物質が両者の脚を受ける。「ランペイジ。何やってやがる」デスドレインは上の空で、彼らをあべこべに捻じり、殺した。

 ランペイジの歩みはデスドレインに向かう。デスドレインは首を傾げ、耳を掻いた。「何、勝手してやがンだよ」ダークニンジャも、ニンジャスレイヤーも、見えておらぬようだ。ダークニンジャは足元の獣の消失を感じる。始終出し続けられるものでも無いという事か。アズールはデスドレインの隣だ。

 ランペイジはデスドレインを見た。「お前は面白い奴だった」ランペイジは低く言った。彼は口の端を、笑うように持ち上げた。「先に行く。すまん」「全くだぜ」デスドレインは言った。「がッかりだぜ、運がねェなお前。ガキはどうすンだ」「……」ランペイジは膝をついた。うつ伏せに倒れ、死んだ。

 デスドレインはニンジャスレイヤーを、ダークニンジャを見た。「分が悪りィなァ。俺は腹に穴空いてるしよォ。ガキもまだ慣れてねェし」アズールの髪を掴み、引き寄せる。ニンジャスレイヤーはカラテを構える。だがダークニンジャはゆっくりと進み出、ニンジャスレイヤーと対した。

「お?何、守ってくれンの?でもよ、そっちの奴は俺とやる気満々じゃねェか。いいのかよ?へへへ!」デスドレインが笑った。「どこなりと行け」ダークニンジャは振り返らずに言った。「アッソ!じゃあまァ、お言葉に甘えるかァ!」デスドレインは身を翻す。アズールが追う。

「……イヤーッ!」ダークニンジャは背後に裏拳を繰り出した。アンブッシュめいて飛んで来たアンコクトンがカラテを受け、弾け飛んだ。「やッぱ無理か!へへへ!そのうちお前が押しつけたノロイの落とし前はつけさせるぜ!」デスドレインはアズールを連れ、角を曲がって消えた。

 そうして、死と破壊の嵐が吹き荒れた跡に残ったのは、対峙する二人のニンジャのみとなった。


8

「スゥーッ……」ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構え直す。ナラクの気配は遠ざかり、ヌンチャクは再び硬く封印された。「ハァーッ……」頼るものは再び己のカラテのみ。ニンジャスレイヤーは無傷では無い。だが以前の対峙……シャドー・コンの直後よりは遥かにいい。

 ダークニンジャの様子を伺う。素手のカラテ。いかなる事情か、得物のニンジャソードは無しだ。それにより、戦力は削がれているか?否……経験が否と告げる。そして恐らくは無傷。周囲のアラクサマ市街。ランペイジのこれまでの破壊行為によってところどころの建物が潰れ、歯抜けめいた惨状だ。

 ヌンチャクの解放はナラクにとっても負担が大きく、使用直後しばらくは休眠に入る。今回の主目的……虐殺者の片割れは仕留めた。だがもう一方を追跡し殺す事をこうしてダークニンジャに阻まれた格好だ。ナラクの意識があれば、何らかの叱責がニューロンに流れた事だろう。

「なぜ逃がした」ニンジャスレイヤーは言った。ダークニンジャは返す「貴様にはおよそ理解できぬ次元の話だ」彼は横へと足運びを始める。ニンジャスレイヤーも同様だ。二者は円を描くように動きながら、攻撃の糸口を探る。「カンジの呪いを受けたあの男は、運命を乱す。それが俺の利益になる」

「この有様はオヌシのその呪いとやらの帰結か」ニンジャスレイヤーは死と破壊に沈黙するアラクサマを示す。ダークニンジャは無感情に答える「誰が知ろう?どうでもよい話だ。一つ一つのインガを吟味する意味など無い。……次はこちらが問う番だ」ダークニンジャは言った。問答の物々交換だ。

「貴様が宿すナラク・ニンジャについて答えよ」ダークニンジャはニンジャスレイヤーを見る。彼は微かに目を見開く。ナラクの名を知るのか?……だが、問いを無視して攻撃を仕掛ける事はできぬ。ダークニンジャの「問い返し」は古の神聖なニンジャ作法であり、本能がその作法に従わせるのだ。

 問い返しの作法はアイサツ同様、古来から伝わる礼儀であるが、失われて久しい。しかし、正しき手順を踏み、それなりの重みがある秘密を明かせば、相手がこのやり取りを拒絶することは極めて難しくなる。ダークニンジャが明かした秘密は彼の問いに釣り合うものであった。

「ナラク・ニンジャは太古の力だ。私も正体を知らぬ。だが、私の力となる。オヌシを……ニンジャを殺す力となる」「やはり知らぬか」ダークニンジャはやや失望したように言った。より詳しく踏み込むには、さらに重大な己の秘密を明かす必要がある。それは本意ではない。「もう一つ。個人的な問いだ」

「……」「復讐の為に俺を殺し。他のニンジャを殺し。ザイバツを滅ぼし。そしてそれから。貴様はどうする」 冷たい瞳がニンジャスレイヤーを見据えた。妻子を奪った当の本人が、淡々と、そう問うたのだ。その声に挑発の響きは無い。フジキドは……己自身も訝しんだが……平静に、問いを聞いた。

「わからぬ」ニンジャスレイヤーはやがて言った。「だが、いずれ答えを出す……オヌシらを滅ぼしたのちに」「答えを?」ダークニンジャは鼻を鳴らす。「我ながらくだらん問いだったな」「オヌシの企みは何だ」ダークニンジャは何かを答えようとした。だがその時、彼の目の前の空間が捻じれたのだ。

「0100101011」ノイズが巨躯を形作り、両者にとって初めてでは無い存在の姿を取る。シシマイめいた巨大な仮面と、全体に「ツル」とテキスタイルされたニンジャ装束……二者の間に出現したそれが、問答をシャットダウンした。「ドーモ。マスタークレインです」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは後方へ回転ジャンプし、身構える。マスタークレイン!ダークニンジャに付き従う超自然の従者。武器は指先から撃ち出すスリケンバルカン……ニンジャスレイヤーは攻撃に備える。異形存在はダークニンジャを振り返った。「なりませぬ」

「下がれ!」ダークニンジャは命じた。「貴様が出る幕ではない」「よからぬ力が働きます」マスタークレインが指先をニンジャスレイヤーへ向けた。「下郎にお構いなされますな」だが……今度は上空だ!爆音が接近し、三機のVTOLが曇天を横切る!それぞれの機体から何かが落ちてくる!

 ダークニンジャとニンジャスレイヤーは、瞬時にそれが新手のニンジャである事を見極めた。真っ直ぐに飛び去ってゆく機影の腹には「罪罰」のエンブレムが描かれている!「イーアアアアー」マスタークレインは頭部を回転させ、新手のニンジャの落下を待たず、0と1のノイズの中に再び消える!

 落下してきた三人はやはり、全てニンジャ!頭目とおぼしき暗銀のニンジャは、ダークニンジャ・ニンジャスレイヤーそれぞれから等距離の位置に音もなく着地、厳かにアイサツした!「ドーモ。ダークニンジャ=サン。そしてニンジャスレイヤー=サン。スローハンドです」

 暗銀装束のニンジャ、スローハンド……ザイバツ・シャドーギルドのグランドマスターだ!さらにその後方に、後続の二人が着地!竜めいた角をあしらったフルメンポを身につけたニンジャがオジギする!「ドーモ、ジャバウォックです」

 もう一人は不気味なマントと一体化した水色の装束を着た大柄なニンジャ!「ドーモ、ブルーオーブです」……ナムサン……彼ら二人はスローハンド直属のマスターニンジャだ!「大義であった。ダークニンジャ=サン」スローハンドが進み出る。「これ以上の被害拡大を看過するわけにはゆかぬ故」

「ドーモ、スローハンド=サン」ダークニンジャはアイサツを返し、このグランドマスターの真意を探ろうとする。だが一瞬後、スローハンドは既に彼のワン・インチ距離に立っていた。ダークニンジャの肩に手を置いた。「貴公は十分に戦った。もはやこの場は私に任せ、帰還して報告を」

「イヤーッ!」同時にジャバウォックがニンジャスレイヤーを飛び蹴りで攻撃!ニンジャスレイヤーはバック転を繰り出し、これを回避!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがスリケンを投げ返す!「イヤーッ!」ジャバウォックが両手を広げると、鉄針が指の股から飛び出し、スリケンを撃ち落とす!

 さらにブルーオーブが側面から回り込む。マントがはためき、奇怪な巨大シャボン玉を作り出す!「ニンジャスレイヤーとは、実際いかほどよーッ!」「成る程」ダークニンジャは否応なく応戦するニンジャスレイヤーを一瞥した後、スローハンドへ奥ゆかしく再度のオジギを行う。「お言葉に甘えます」

「うむ。よしなにな」スローハンドは頷いた。見上げるとVTOLが一機、垂直降下してくる。「使いなさい」さらに道路の向こうから続々と走ってくる車列……ケビーシ・ビークルだ!「御用!御用!」なんたることか……彼ら治安機構を、スローハンドは思うがままに動かすことができるのだ!

「イヤーッ!」ブルーオーブが人一人ほどもある巨大なシャボン玉を放つ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投擲!しかし、シャボン玉はスリケンを粘着質の壁めいて受け止めてしまった。しかも割れないのだ。面妖!「イヤーッ!」シャボン玉が次々に放たれる!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側転を連続で繰り出し、対応!だがジャバウォックもまた側転を繰り返し、ニンジャスレイヤーをピッタリと追う!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」

 二者は互いに睨み合いながらヘル車輪めいて側転併走!しかも側転しながら互いにスリケンと鉄針を投げつけあう!もしもこの応酬の間にバイオスズメが飛び込めば、全身にスリケンと鉄針を受けたカドー・オブジェと化すだろう!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」

 一方スローハンドは腕組みして傍観の体である。彼の最も大きな目的はアラクサマ市街の破滅的事態の収拾にある。ダークニンジャのVTOLが飛び去るのを見届けた彼のもとへ、ケビーシ・ビークルが複数台停車する。「ドーモ、顧問センセイ」エリート・ケビーシが慌ただしく下車し、跪いた。

「ご苦労」スローハンドは見下ろした。普段のスローハンドはニンジャ装束で彼ら治安部隊に接しているわけではない。しかしケビーシ達は平気だ。すぐ近くで戦闘するニンジャスレイヤー達を視界に認めても、ニンジャリアリティショックに陥らない。重点キョジツテンカンホーの影響下にあるからだ。

「メグミ・ビークルが10分以内に火災の現場へ到着し、放水を開始します」「素早くチョージョー」スローハンドは頷いた。「実にいたましい事件だ。あまりに多くの人命が犠牲になった……復興の暁には、より美しく奥ゆかしい街にしたいものよな」「ハハーッ!」エリート・ケビーシはドゲザした。

 スローハンドは側転しながら戦うニンジャスレイヤーとジャバウォック、それへつきまとい、バブル攻撃の機会を伺うブルーオーブを遠くに見た。彼はIRC通信機に呟く「深追いはせずともよい。キューソーは猫を噛んだら殺す。侮るな」

「「ハハーッ!」」二人のマスターニンジャは同時に応えた。彼らと戦闘するニンジャスレイヤーは側転とスリケン投擲を繰り返しながら、ニューロンの一部を状況判断に振り分け、焼き切れる程に高速思考していた。……あれがスローハンド。忘れようものか。マルノウチ抗争に参加したニンジャだ。

 ゆえに、殺す。ASAPで殺す、かならず殺す。だが、今すぐに野犬めいてなりふり構わず襲いかかったところで、状況を無駄に悪化させるばかりだ。彼はガンドーのもとへ戻らねばならない。ザイバツは動いている。ガンドーもニンジャの襲撃にあっている可能性が非常に高い。

「イヤーッ!」ジャバウォックが鉄針を放つ。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投げて相殺!何十回目の応酬か!だがニンジャスレイヤーは側転から身体を捻じって飛び、ジャバウォックめがけ踵落としを繰り出したのだ!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ジャバウォックは踵落としを肩に受けて地面をバウンド!回転してウケミし、跳ねながら鉄針をさらに放つ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは跳躍、交差点を横から走り込んで来たトレーラーの側面を蹴って反対へ跳んだ。ブルーオーブのバブルがニンジャスレイヤーを捉え損ねる!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは跳びながらブルーオーブめがけスリケンを投擲!バブル射出直後のブルーオーブは次のバブルを十分に育てられない。「グワーッ!」肩にスリケンを受けて転倒!そこへ交差点を横から走り込んで来たスクーターが衝突!「グワーッ!」「アバーッ!」

 ニンジャスレイヤーは交差点角の建物の看板「ネギを焼く」を蹴ってふたたび交差点めがけ跳ぶ!先ほどのスクーターはブルーオーブに衝突して空中へ跳ね飛ばされている(乗り手は転げ落ち骨折)!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは空中でこのスクーターを蹴って再ジャンプ!タツジン!

 ニンジャスレイヤーは交差点の対岸へ着地し、追っ手を振り返った。弾丸めいて次々に走り込んで来るトレーラー、あるいはロケットリキシャー!「チイイーッ!」ブルーオーブが起き上がり、腹いせに路上で苦悶する運転者を蹴る!無惨!ニンジャスレイヤーは踵を返し、駆け出した!

 

◆◆◆

 

「グワーッ!」ガンドーは屋根にしたたか叩きつけられた。黒一色、紫の目を持つ不可思議なニンジャがザンシンした。その足元から、身体と同じ色の影が伸び、シャドウウィーヴとつながっている。「オイオイオイ、そいつは……」「ブシュッ!」パープルタコが口の触手を開き、粘液スリケンを射出!

「ウオオーッ!」ガンドーは屋根を転がり、追撃を回避!着弾地点に酸が飛び散る!……そう、触手だ。豊満かつボンデージ装束を着たこの美女ニンジャ、パープルタコのヴェールの下には触手が隠されており、スリケンを放つのだ!当初ガンドーは仰天したが、粘り強く連携攻撃に対処し続けていた。

「イヤーッ!」間髪入れず滑空してくるのはアイボリーイーグルだ。「イヤーッ!」ガンドーは蹴り返すが、威力が足らず、連続蹴りの二撃目を受けて吹き飛ぶ。「グワーッ!」威力!ピストルカラテの起爆剤となる射撃反動が無い。49マグナムに弾薬を込め直す暇を与えられず、一方的に押されている。

「なあ、ちょっと休憩しようや」「断る!」シャドウウィーヴが接近する。「刻はいまだ陽の下……貴様は今宵の月を迎える事なく死ぬのだ」たった今彼が作り出した影の分身体!カラテのワザマエは本体以上で、実際手強い。いよいよもって状況は防戦一方なのだ!

「イヤーッ!」分身体が蹴りを繰り出す!「イヤーッ!」ガンドーはバック転で回避!隣の建物の瓦屋根に飛び移る。「ファハハハハ!」すかさずパープルタコが跳躍、ガンドーの背後に着地!「つれないのダメよォー……」「イヤーッ!」「ファハハハ!」ガンドーの後ろ回し蹴りを、身をそらせて回避!

「イヤーッ!」その隙に乗じ、アイボリーイーグルが背後へ着地!ガンドーを羽交い締めにした!「ヌウーッ」ガンドーは力を込め、振り払おうとする。持ち前の体格とニンジャ筋力によって、その爆発力は実際強力だ。だがアイボリーイーグルは離さぬ!「無駄だ。私のカラテは……強いぞ……クク……」

「アーララ」パープルタコが肩を竦めた。「すっごく頑張ったし、長持ちしたと思うのね、おじさま」羽交い締めのガンドーにしなだれかかり、耳元に触手を這わせる。「でも、もっと気持ちよくしよ?」「やめろッて」ガンドーはもがいた。だがアイボリーイーグルの拘束力は強靭!

 パープルタコはガンドーの正面に回り、頭を掴んだ。そして豊満な胸を押しつけながら、上目遣いにガンドーの目を覗き込む。パープルタコの目が妖しく輝く。対象を骨抜きにするヒュプノ・ジツである!「ファックしたあと、髄液も欲しいのォ……」「殺すのはダメだ」とアイボリーイーグル。

「仇を早く!早く討ちましょう!」シャドウウィーヴが進言する。「バカめ!命令のなんたるかを理解せよ!」アイボリーイーグルが叱責した「此奴はなるべく生かして捕獲したほうがよい。拷問……して、聞き出すのだ。色々と。私情を挟むな」「ファハハハハ!」

 パープルタコの瞳が光る……光る……ガンドーは……ガンドーは瞬きした。パープルタコは息を呑んだ。「こいつ?」「どうしたッ」アイボリーイーグルが力を込めた。「なにか……プロテクトが……!ヒュプノされない……」パープルタコは後ずさり、震え出した。「こ……殺して。ダメよ」

「効かんか?」ガンドーがとぼけた声を出した。パープルタコは自分自身の二の腕を抱き、身を硬くして後ずさる。「こンなの……ナンデ……嫌」シャドウウィーヴが駆け寄るが、押し退ける。「チィッ」アイボリーイーグルは舌打ちした。ガンドーを抱えたまま、ロケットめいた速度で垂直跳躍!

「ならば、やむなし。生かして捕獲……それができぬのなら、殺すだけだ!」背中の翼で力強く羽ばたき、恐るべき加速と共に上昇してゆく!「オイオイオイ、まさかじゃねえよな」「高高度アラバマ落とし……死ね!イヤーッ!」「グワーッ!」天地が逆さに!キリモミ回転しながら、両者は垂直落下!

「これは……気張らねえとな!」ガンドーは落ちながら獰猛に笑った。死にはしない。根拠は無い。だが、何かが彼にそう確信させていた。……あっという間の出来事だった。シャドウウィーヴが作り出した影の分身体から、細かい影の塊が千切れた。それらは次々に、影のカラスとなって羽ばたいた。

 影のカラスは落下するガンドーとアイボリーイーグルの周囲を舞い、そして、ガンドーの両手の49マグナムの弾倉へ滑り込んだ。ガンドーは装填した。カラスの弾丸を。彼は腕を曲げた。アイボリーイーグルの側頭部に、左右それぞれ銃口を当てた。そして引き金を引いた。

 BBLLAAMM!!拘束がほどけた!ガンドーはパープルタコとシャドウウィーヴの隣の建物の屋根に落下した。「グワーッ!」背中から落ち、カワラが吹き飛ぶ。空気が吐き出されて空っぽになる。ガンドーは苦悶しながら起き上がり、すぐ近くに落下した敵を見た。首無しのアイボリーイーグルを。

「オタッシャデ」ガンドーはザンシンした。頭部を吹き飛ばされたアイボリーイーグルの身体が膨れあがり、爆発四散した。「アイボリー……イーグル……サン」シャドウウィーヴは呆然とシテンノの名を呼んだ。「悪りィな兄ちゃん」ガンドーは銃を向けた「影、使わせてもらったぜ。必死だったんでな」

「う……あ」シャドウウィーヴはガンドーと、傍で放心するパープルタコとを交互に見た。「まだ……まだやれる!」シャドウウィーヴは力を込める!影の分身体が飛びかかる!「イヤーッ!」ガンドーは両腕を交差し、迎え撃つ。ピストルカラテ!「イヤーッ!」

 分身体が襲いかかる。ガンドーは銃撃!BLAM!「イヤーッ!」分身体は横跳びにこれを回避。ガンドーは銃撃の反動を利用して回転、勢いを乗せた肘打ちを繰り出す!「イヤーッ!」「イヤーッ!」分身体が蹴りで肘打ちを相殺!BLAM!ガンドーは銃撃し、反動で後方へ跳び離れて間合いを取る!

 ガンドーはぎこちなく理解しようとする。影からカラスの弾丸を作り、呼び寄せて装填する。そういうことだ。(成る程この兄ちゃん、よくよく運が無かったな)……分身体が油断ないカラテで徐々に間合いを詰める。ガンドーは応じた。(てェ事は、結局俺の武器はピストルカラテか?ニンポは無しかよ)

(威力はどうだ?実弾と比べて……ゼロ距離は、そりゃ効いたがよ)ガンドーはX字に銃を構え、引き金を引く。BLAM!「イヤーッ!」分身体が側転、弾丸をかわしながら接近!側転からの蹴りを繰り出す!「イヤーッ!」ガンドーは横跳びに回避、手をついてバックフリップ!そして銃撃!

「グワーッ!」分身体が銃撃を受け、よろめく。カラス弾丸が命中すると影が爆ぜる。だが分身体は突き進んでくる!(実弾のようにはいかねえか?まあ贅沢は言えねえ……カラテのための反動は……バッチリだ)再度ガンドーはピストルカラテの構えを取る!

「いける……いける、いけるんだ、クソッ……」シャドウウィーヴは眉間から血が吹き出さんばかりに集中した。「やらないと……俺が……」「ダメよ」パープルタコが言った。彼女は深呼吸を繰り返し、怖れを振り払った。「無理はダメ……ゴメンね。もう平気だからね」

「イヤーッ!」分身体が仕掛けた。サイドキック!ガンドーは銃撃反動で稲妻めいて上体をそらし、回避!さらに撃って推進力とし、反動の回し蹴りを繰り出す!「イヤーッ!」「イヤーッ!」分身体が中腰姿勢で踏み込む!ポン・パンチ!「グワーッ!?」ガンドーは腹部に打撃を受けて吹き飛ぶ!

 ガンドーはウケミし、起き上がる。弾倉をオープンすると、足元から数匹の影のカラスが羽ばたき、ガンドーの周囲を飛びながら、弾丸に姿を変えて装填されてゆく!「ブシュッ!」パープルタコが八枚の粘液スリケンを射出!ガンドーはカラス弾丸を連射し、当たる軌道を飛んでくるものを破壊!

「イヤーッ!」空中踵落としを繰り出しながら分身体が攻め来る!ガンドーは頭部を狙い銃撃!分身体は素早く回避!ガンドーは反動で身を反らし、逆立ちして蹴る!「イヤーッ!」「グワーッ!」分身体が吹き飛ぶ!バネじかけめいて跳ね起きたガンドーはカラス弾丸を撃ち込む!分身体は転がって回避!

「ブシュッ!」そこへパープルタコが再び粘液スリケンを八枚射出!ガンドーは側転で咄嗟に回避!「オイオイ、一人減らしても実際しんどい……」「シテンノ!」分身体が叫び、身を仰け反らせたのち、竜めいた口を開く!「何!」SPLAASH!霧めいた影がガンドーを襲う!「グワーッ!?」

「どうだッ!」シャドウウィーヴは叫んだ。極度の集中により、彼は両目から血を流している。「坊や……そのジツ?」「グワーッ!」ガンドーは黒い霧にまといつかれ、苦痛に叫んだ。呼吸を奪われる!「行けます!こいつを殺す」とウィーヴ。だがパープルタコは逡巡する。撤退命令が入った!

(ダークニンジャ……帰還……そちらへ……ニンジャスレイヤー……向かった可能性……戻るべし)インプラントが非音声振動でメッセージを伝える。アイボリーイーグルのバイタルサイン消失は既に伝わっていよう。パープルタコはシャドウウィーヴの肩を掴む。彼は叫んだ。「死ね!仇をうつ!」

「グワーッ!」カワラ屋根を転がり苦悶するガンドーをカイシャクすべく、分身体が片脚を高く上げて狙いを定める。そして、振り下ろす!「イヤーッ!」「Wasshoi!」ギロチンめいたクーデグラをインターラプトしたのは、下の路上から屋根へ跳躍してきた赤黒のニンジャであった!

「イヤーッ!」「グワーッ!?」跳躍しながらの回し蹴りアンブッシュを、分身体の延髄に叩き込む!吹き飛ばす!「イヤーッ!」さらにニンジャスレイヤーはスリケンをシャドウウィーヴとパープルタコめがけ四枚投擲!「イヤーッ!」パープルタコはカラテでこれらを弾き飛ばす!

「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーは苦悶するガンドーの前に立ちはだかり、アイサツした。「人数頼みの増上慢の時間は終わりだ、ザイバツ。先に死にたいのはどちらだ。言え!」「す、すまねえな、世話かけるぜ」ガンドーは呻いた。「ニンポがありゃあな……」「ニンポ?」

「負けるかーッ!」シャドウウィーヴが叫ぶ!「シテンノ!」分身体が上体を反らす。影のブレスだ!だが、「イヤーッ!」「グワーッ!」ハヤイ!ニンジャスレイヤーは素早く踏み込み、肩から背中にかけてを壁めいて叩きつけたのだ!暗黒カラテ、ボディチェックだ!

「ウオオオーッ!死ねーッ!」シャドウウィーヴは己の右腕を掴み、吠えた。吹き飛んだ分身体が跳ね起きる!「イヤーッ!」「グワーッ!?」シャドウウィーヴは身体をくの字に折り曲げ、悶絶した。パープルタコだ!彼女がいきなりシャドウウィーヴの鳩尾にショートフックを叩き込んだのである。

 すると影で作られた分身体が突如輪郭を失い、瓦解した。「……」パープルタコは咳き込むシャドウウィーヴを抱え上げ、跳んだ。隣の屋根、そしてさらに隣へ。全速で撤退してゆく。ニンジャスレイヤーはガンドーを振り返った。「立てるか」「しんどいぜ……」彼は咳き込むガンドーに手を貸した。

「……どうだッたよ」ガンドーはしかめ面で訊いた。ニンジャスレイヤーは答えた。「一人は逃した。もう一人は殺した。虐殺は……止めた。だが、沢山死んだ。ザイバツの事は、後で話す」「お前のせいじゃねェさ」ガンドーは言った「お前の働きで死を免れた連中の事を考えろ。それでいいさ」

「……」やがてニンジャスレイヤーは頷いた。「行こう。次だ」「ああ、次のミッションだぜ」ガンドーは頭を掻いた。「ナンシー=サンも来るしな」「……」ニンジャスレイヤーはもう一度、己のイクサの舞台を振り返った。粉塵に霞むアラクサマ市街を。

 そして、あの荒廃の運び手……破壊の限りを尽くし、ニンジャスレイヤーの手によって滅ぼされた男の事を思った。それから、ダークニンジャの問いを。いずれ答えを出す……「終わらせよう」「あン?」「とにかく終わらせよう」「ああ、そりゃそうさ。いつまでもこんな事はよ」

「セキバハラの事を考えていた」ニンジャスレイヤーは言った。ガンドーは瞬きした。「セキバハラ?例の死んだイグゾーションの野郎かね」「あの日の他愛無い話だ」「ああ、カートゥーンだの何だの、取り留めも無い話な」ニンジャスレイヤーは頷いた。二人はそれきり黙った。やがて、そこを去った。


エピローグ

 キョート城、紫銀の茶室!

 黒塗りの壁に四方を囲われた、さほど大きくない茶室であった。火鉢を挟み、正座して向かい合うのはパーガトリー、そして、ダークニンジャである。壁には「不如帰」の掛軸がかかり、スズランが生けられている。陶製のボンズヘアー・フクスケが、二人のチャの作法を無表情に見守る。

 ダークニンジャは今回のインシデントに伴い、特例めいて休暇を切り上げ、こうして呼び戻された格好だ。既にベッピンは彼の手へ戻り、正装した彼の腕には神器ブレーサーがある。パーガトリーは寛いだ様子で床机に肘を置いた。「いや……実に恐るべき事態を招くところであった」

 メンポの奥、パーガトリーの表情は窺い知れぬ。チャを飲む時だけ、口元が開くのだ。「貴公の休暇中にも関わらずの適切な対処が、反ザイバツ的事態への発展を未然に防いだのだ。素晴らしい働きであったぞ」「いえ」ダークニンジャは首を振った。「御身の迅速な救援手配が全てです」「ふむ……」

 ダークニンジャは奥ゆかしく相手を立てた。パーガトリーは最速最善でマスターニンジャのガラハッドを含むニンジャ集団を放ち、反キョート・反ザイバツ行為を行ったニンジャと戦闘させた。さらにスローハンドを説得、ケビーシをも動かして、事態を目覚ましく速やかに収拾した……のだ。

 直属のニンジャを五人も失ってまで、身を投げ打っての秩序回復行為。ロードの覚えも……めでたい。「許すまじきはデスドレイン。我が力不足で、おめおめと逃がす事に」「気に病むでない、ダークニンジャ=サン。素晴らしき働きをしたのだ。労わねばと思うてな」「ありがたき幸せ」彼は頭を下げた。

「神聖な休暇を中断する事になり、心苦しいのう」「滅相もございません」ダークニンジャはパーガトリーの目をじっと見た。「いかなるインガか……まずあり得ないほどの偶然……あり得ないほどの偶然を拾いました。かつての友と思いがけず再会を」ダークニンジャは瞬きせず、パーガトリーを見据える。

「ほう!」パーガトリーは感嘆の声を上げた。「あり得ない程の偶然とな」「あり得ない程の偶然です。いわば、御身の寛大なお計らいが巡り巡って、偶然に、まこと偶然にもたらされた僥倖……」ダークニンジャは決して目を離さず、低く言った。パーガトリーは視線を受け止めた。「それは良かった」

「会えた事は、とても、良かった」ダークニンジャは目を細めた。「しかしながら、まこと残念な事ですが……今回の被害に巻き込まれる形で、命を落としました」「何と」パーガトリーは悲しそうに首を振った。「なんたる悲劇か」「これも私の不徳が招いたインガかと」「そう言うでない、懲罰騎士殿」

「私には色々と……聞かずともよい話が入ってきます」「それは貴公にとって厄介よの」パーガトリーは言った「敵を増やすことにもなりかねん。後ろ盾になってやりたいところだな」「慎重に立ち回っております」「そうか」「デスドレインらのアラクサマ市街への侵入を、手引きしたものがあるとか」

「なんと!おそろしき陰謀だ」パーガトリーは眉をしかめた。「全くです。」ダークニンジャは一切の瞬きをせず、パーガトリーを睨み続けている。「しかしながら、御身のご尽力もあった事で……無事。無傷で。一切の痛手無く。帰還できましてございます」頭を下げた。「ありがとうございます」

 ダークニンジャは顔を上げた。ここで彼は、あからさまな侮蔑と嘲笑の色を、その目にあらわした。パーガトリーの眉間に血管が浮き上がった。「チャを飲みたまえ」彼は身を乗り出し、茶器を差し出す。……茶器が真っ二つに割れ、チャがタタミに染みた。ダークニンジャは鼻を鳴らす「これは不吉な」

「……」「ご覧なさい。おかしなフクスケですな」ダークニンジャは唐突に言った。「何?」「あんなフクスケは初めて見ます」彼は笑った。「お陰様で、私のカラテは、胸にスリケンを刺されるよりも早く、不如帰の掛軸の裏から様子を伺う下賤なゲン・ジツ使いのニンジャを真っ二つにできます」

「……それは……なかなかのワザマエ」「有難うございます。さらにカタナを返し、もしも他の余分な敵がおれば……首を刎ねる」ダークニンジャの殺意がパーガトリーを撃った。「おわかりですか?」「それは素晴らしきカラテ。クセモノも出てこられまい」「ほう。出てこられませぬか」

 ダークニンジャは立ち上がった。「茶器も割れ不吉だ。中座をお許しください。パーガトリー=サン。私はどちらでもよい」「何の事かね?」「下郎!」ダークニンジャがドスの効いた声で、掛け軸めがけ叫んだ。「俺の影を踏むならば、貴様自身の命を賭す事になると知れ!俺のカタナは貴様に届くぞ!」

「……」パーガトリーは平静を装った。ダークニンジャの声は当然、誰よりもパーガトリーに向けられたものだ。二者は再度睨み合った。ダークニンジャは微笑み、退出した。

 ……渡り廊下をしめやかに歩き進むダークニンジャは、ニーズヘグの姿を認めた。「おう。よい月だぞ」ニーズヘグは言った。「ピンピンしておるな。では茶室でも暗殺失敗か。パーガトリーは往生際の悪い事よな」ダークニンジャは頷いた。「次は殺すと伝えた」「ははは!」

 さらに彼は、進行方向で恨めしげに跪くニンジャを見た。シャドウウィーヴ。ダークニンジャは通り過ぎる。「なぜ撤退命令を」シャドウウィーヴが言った。ダークニンジャは振り返らず、「お前にニンジャスレイヤーは倒せん。くだらん犬死にだ」「……!」シャドウウィーヴは悔しさを噛み殺した。

 ダークニンジャは一人、暗い廊下を歩き進んだ。彼はマグロアンドドラゴン社屋のエレベーターで、マコと交わした会話を思い出していた。

(なあ、正直、俺はダメなんじゃないかな)彼はフジオに言った。(だから、先に言っておこうと思ってさ)(何をバカな)(いいから)その時のマコは、どこか底しれぬ顔をしていた。悟ったような、厳粛な眼差しだった。(……ありがとうな。フジオ)

「……ありがとう」ダークニンジャは呟いた。彼のその言葉を聴いた者は無い。ベッピンの鞘が微かに鳴った。彼の後ろ姿が、闇の奥に消えた。


【ドゥームズデイ・ディヴァイス】終


N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)

画像2

続きをみるには

残り 4,800字 / 1画像

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?