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S4第3話【マスター・オブ・パペッツ】

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「ケモコーヒー! カフェイン10倍! カフェイン10倍ですよ! 貴方ギンギンにビンビンだ!」「ケモコーヒーはボンズでもすぐさま恋をします! なぜなら含有量が……スゴイから!」喧しい街頭有人キャンペーンが通行人に無料の商品サンプルを差し出すと、人々は視線を合わせずそれを受け取る。冷たい朝だ。

「ドーゾ! 無料ですよ。ギンギンで仕事ガンバッテネ」「36時間働いても平気というデータがあります! 定量的です」「ワーキング・タイムはしっかり……その後は? お熱いのがお好き? あ、そこのキミも!」キャンペーン・ガイがコーヒー缶を差し出す先に、冷たい目の少年。歳は16前後。

「それは何ですか」まっすぐに目を見て問う少年。キャンペーン・ガイは頬を赤らめた。少年が美しすぎるのだ。「エ、ア……コーヒーですよ」「コーヒー? フン」少年は侮蔑的にガイを見た。ガイはしょんぼりして、一歩下がる。笑顔でミニスカートのケモガールが前へ。「どうしたのかな、ボク? あ……」赤面。

「僕はコーヒーは飲まない。僕は紅茶を飲みます、素敵な方」「ア……」ケモガールもしょんぼりして後退し、道を開けた。少年は美しい。その肌はまるで陶磁器だ。そして装いは異形揃いのネオサイタマ文化においてもくっきりと異質であった。英国装束にキルト。そして腰に二振り佩刀している。

 しかしその手に持つのは杖であり、時折足元の耐え難いゴミを払うようにする。「オイシイ、オイシイなレインボー・チーズ・サンドだよ! 栄養をとってください」屋台の男が声を張り上げる。少年と目が合い、顔を赤らめる。「ア……」「結構です。両面を焼いたトーストは食べません」「ア……」

 裏通り、声をかける者は怪しくなる。「キミ! 朝から、寄ってかない? ママ・クラブが完全に満足させますよ」「キミ! 少年クラブで勤務しない? 絶対トップだよ」「キミ! 俺のプロダクションで天下取ろうや」ポンビキやスカウトを全て回避。並のティーンエイジャーなら即座に堕落する筈だ。奥ゆかしい!

 彼にとってネオサイタマは異邦の地。祖国の者が語るネオサイタマの噂は恐怖伝説だ。

 曰く、「満員電車に呑まれた兵士が圧死した」「個室シアツ・サービスを受けた客が行方不明」「整形手術を受けた女子高生がサイバネ改造され海外に売られた」「旅行客が空港でスモトリに囲まれマグロになっていた」「路上のドラッグを拾い食いした市民がゾンビーになった」「英国人バックパッカーが、泊まった格安ホテルでタタミ誤作動スライドで落とし穴に落ち、死んだ」「タフな英国傭兵が、タクシーからホテルまで僅か数メートル距離を歩行移動中に路上でLAN直結されて気を失い、目覚めるとオイランドロイドに」……。

 ……「なんと厭わしい街か」少年は表情を曇らせ、ひとり呟いた。彼の祖国のロンドンは変わり果てた死都だ。だがネオサイタマはなお醜く、酷かった。生きた市民が混沌の只中で何事もないように生きているからだ。汚れきっている。耐え難い世界である。少年の名は、マークスリー。「狩人」の一人であった。


【マスター・オブ・パペッツ】


 さらに暗い路地へ足を踏み入れたところで、マークスリーは足を止める。「……」前方に影。メンポの呼吸孔から涎を垂らす。「ヘヒッ……ヘヒヒ……」退路を断つように、後方にも気配。「ヘヒヒィ……」一瞥する。どちらも背格好は似ており、どちらもニンジャだ。「ダメだよ……こんなところに独りで」

「そうだよ……俺達みたいな変態双生異常切裂殺人ニンジャの餌食に……なっちゃうんだからネ?」後ろのニンジャが言った。マークスリーは彼らの出方を待った。やがて二人は舌なめずりした。「兄さん、コイツ、ニンジャだヨ」「素敵だ……」「ドーモ。マサクリストです」「マサクレンドです」

「……ドーモ。マークスリーです」マークスリーはアイサツに応えた。勿体ない礼儀正しさだった。「Mk……3?」「お兄さんが二人……いるのかい?」「今日から僕らが歳の離れた長男と次男になってあげるネ……」双生通り魔ニンジャは身を沈め、同時に襲いかかった!「「イヤーッ!」」

「イヤーッ!」前後のニンジャがマークスリーと交差し、着地した。マークスリーは抜き放ったネオンプラズマカタナを鞘に戻した。「弟?」「兄さん?」双子は瞬きした。互いの頭は、切断された互いの首の切断面の上に乗っていた。彼らは互いに訝しみ、爆発四散した。「「サヨナラ!」」

 鮮やかな、あまりに鮮やかなマークスリーの太刀筋であった。「スウー……」マークスリーは目を閉じ、呼吸した。「ハアー……」英国式チャドー呼吸は彼の戸惑いを流し去り、一瞬にしてヘイキンテキに導いた。ネオサイタマ。噂通りの街である。しかしこの路地を使えば、キタノ・スクエアは近かった。


◆◆◆


 キタノ・スクエア、キタノ・スクエアビルに、ピザタキという店がある。一階のピザ屋が地下四階の情報屋をカモフラージュする闇商売の拠点だ。カタナ・オブ・リバプール(KOL)のネオサイタマ支社がもたらした情報によれば、このピザタキはニンジャスレイヤーとの何らかの関わりがあるという。

 この情報は断片的であり、確証には至っていない。そしてこれは他の狩人に洩らせぬ機密情報でもあった。現地のKOLとおおっぴらに連携を取る事も控えねばならない。あくまでマークスリーはKOLではなくギャラルホルンが立てた狩人という体裁なのである。

 KOLにとって、ニンジャスレイヤーは奇妙で謎めいた存在であった。月を砕き、アマクダリやヨロシサン製薬を破滅させた事が確かめられているが、情報は断片的。昨今、暗黒メガコーポが手を焼いていたネザーキョウのタイクーンを殺したのもニンジャスレイヤーである。しかし、月破砕以前の断片化された記録の者とその者が同一人物であるかも怪しい。

 ネオサイタマと本国のKOLは密に連携が取れているとは言い難かった。エリザベートCEOを始めとする英国のカタナ社員は、貪婪の都ネオサイタマを本能的に畏れているフシがあり、深入りしたがらない。一方、ネオサイタマ支社の者達は、ニンジャスレイヤーに関して何らかの手痛いトラウマを抱えているようだった。

「現地のカタナとあまり接触するな」「他の狩人に知らせるな」「モシモシ? いえ、英国本社と連絡を取らないとわかりません。ところで何故貴殿が小職のIDをご存知に?」

 ……マークスリーは軽蔑的に溜息をつく。まあ、いい。現場が愚かで約立たずならば、自ら動くまで。それも退屈な待機時間を費やす良いレクリエーションとなるだろう。(真相を探り当ててみせます。知能指数の高い、この僕が)

 治安最悪地帯を抜け出し、多少マシだが厭わしい事にかわりのない、薄汚い市街に出る。キタノ・スクエアだ。焼けるチーズと化学物質のニオイが鼻をつく。ピザ屋だ。「ここか?」マークスリーは電飾看板とピザを食べる擬人化されたピザのキャラクターに目を眇めた。屋号には「ピザスキ」とある。

「ピザ! ピザ! ネオサイタマの子ども達はみんなピザがダイスキさ!」「お父さん! 今日もピザスキにしてよ!」広告音声がスピーカーから鳴り響き、ショーウインドウのモニタでは社員一同が一斉にピザを名刺じみて差し出しながらオジギしていた。マークスリーは鼻を鳴らし、踵を返す。ここではない。

 キタノの広場では薄汚い者達がドラム缶に火をくべ、芋を焼いていた。マークスリーを見ると、彼らは顔を赤らめ、串刺しの芋が焦げている事に気づかない。(なんと不衛生な。野焼きの……芋だというのか?)マークスリーは物憂く眉をしかめた。「ぼ、坊っちゃん……お芋ほしいのか?」「食うか?」「結構です」

「ここらへんの奴じゃないだろう」「美少年だなあ」囁きあう彼らの声が後ろに遠ざかる。マークスリーにとって、市民のそうした反応は空気のように当然であった。彼はKOL最高峰のロイヤルニンジャの一人となるべく教育され、民衆のアイドルとなるべく最適にデザインされているからだ。

「ア、アイエエエ、腰、腰が痛くてねえ……」「大丈夫ですか」路上で苦しむ老女にマークスリーは手を貸し、道路脇のベンチにつれてゆく。「ありがとうねえ」「気をつけてくださいね。危険ですから」マークスリーは老女の手を握った。「救急車の手配は要りますか?」「必要ないよ、孫みたいに可愛い」

 彼は下賤な市民をことごとく軽蔑し、見下している。だがその一方で彼はKOLのエリザベートCEOのアイデアに基づき、騎士道精神を遺伝子レベルでエンコードされており、理想的な紳士として振る舞う事ができるのだ。

 その完璧なペルソナは、過去の失敗……マークワン、マークツーの悲劇が礎となっている。KOLの誇る新型バイオ・ホムンクルスは、ネオサイタマ紛争のおりに社が旧ヨロシサン製薬のクローン・テクノロジーを盗掘し、その後独自に洗練を重ねていった果実だ。その過程は平坦な道ではなかった。マークワンは正式リリース前に宿舎を抜け出し、歓楽街で性的スキャンダルを起こして処分された。

 感情の制御、特に愛情にまつわるコントロールは非常に難しく、マークワンに関してはそれがグロテスクなまでに強く発現してしまった格好だ。KOLの恥である。マークツーは心のないマシーンとして作られたが……衛星軌道上でのテスト時に何らかのトラブルを起こし、処分された。最大級の秘匿事項だ。

 一方、マークスリーは工芸品じみて破綻なくデザインされ、エリザベートCEOの深い愛情を受けている。価値があるからだ。自分がクズの兄達とは違う存在であるという事を、彼は優秀さによって証明し続ける。今回の「狩り」もその一環だ。誇り高き試練に勝利し、正々堂々、競争相手のケイムショからロンドンを奪還するのだ。

 これから行うピザタキの調査に関しても、その優秀の証明として是非とも必要だ。KOLはピザタキの与信情報を調査し、店主が取るに足らぬ社会不適合者のクズであると結論づけた。ニンジャスレイヤーらしき人物の立ち寄りも、しばらく確認されていない。適度に監視するのが最適。そういう姿勢だった。(ヌルい。その甘さ、僕の高度な知能指数以て是正せん)

 マークスリーは軒先を往復し、最終的に見つけ出した。薄汚れた店舗……ピザタキ。ニンジャスレイヤーとの完全な繋がりを確かめる事ができれば、いかなる非道卑劣手段でも取るつもりだった。カタナ・オブ・リバプールに栄光あれ。彼はドアに手をかけた。

 カララン! 鈴が鳴った。「……」マークスリーは店内を見渡した。カウンターの薄汚い店主と目があった。マークスリーはアイサツを待った。店主が顔をしかめた。「……ア? 何の用だ、ガキ。何ボサっと突っ立ってンだよ。商売の邪魔しに来たのか?」「……今、何と?」「アアッ?」

「その……僕は……」マークスリーは考えをまとめ、咳払いして仕切り直した。「食事を所望します」「食事を所望します、ッてお前……ナメてんのか?」「……?」マークスリーは眉根を寄せ、困り笑顔を浮かべた。店主は顔を赤らめ、舌打ちした。「とにかく……なんだ……客ッて事か? ワケわからねえンだよ」

 彼は薄暗い店内を見渡し、「コトブキ! なんで居ねえンだ!? オイ!」「その……席は?」「ア? お前は指示待ち人間クンか? オレの命令がなきゃ何も出来ねえのかよ? 空いてる席、見てわかりませんかねえ? わからないんですかねえ!?」「……わかりました」マークスリーは窓際の席に座った。

「ギャッハッハッハッハ! アッハッハハハハハハ!」店内にはもう一組、客があった。一方は全身重サイバネらしき装甲姿の者。もう一方は長い黒髪の女で、泥酔していた。マークスリーと店主のやり取りを見て笑ったようだった。その後、テーブルに突っ伏して泣き始めた。「うう……」「いいから。な」

「ッたく最悪だぜ」店主は彼らに迷惑そうな目線を投げてから、カウンターの上に足を乗せ、エッチポルノ雑誌のページをめくった。マークスリーはアルカイックな微笑みを浮かべ、軽蔑を覆い隠した。成る程、ネオサイタマらしい野蛮な店、野蛮な空間か。ラミネート加工されたメニューを見る。コーヒー。紅茶。ケモコーラ。そしてピザ。

「紅茶を」マークスリーは言った。店主はエッチポルノ雑誌のページをめくり、「ああ」と答え、拳銃(拳銃だ!)の先でカウンター横の給湯器を示した。「セルフ」と書いてある。マークスリーは理解し、席を立ってそこに向かった。「取りすぎるなよ」「……?」紅茶は粉末を湯に溶かすシステムだった。

 マークスリーは給湯器の前で少し思案する。そのとき、カララ、と鈴が鳴り、バリスタ姿、明るいオレンジの髪の娘が店に入ってきた。「スミマセン! コーラの在庫を切らしてしまっていたので」「客来てンぞ!」「イラッシャイマセ!」娘はカートンボックスを抱えている。マークスリーはすぐに助けた。

 マークスリーがカートンボックスを支え持つと、娘は驚いた。「まあ!」「……どこに置けばよいですか?」「そんな事大丈夫ですよ! わたし、店員で、力も十二分にありますから。見た目より屈強なのです。お気遣いなく……」「いいですから」「頭クルクルパーのアホなんだ、その客は」

 マークスリーは顔をあげ、間近で彼女の顔を見た。店主の口汚い言葉が彼の耳を通り過ぎた。彼女は笑顔のまま、少し首を傾げた。マークスリーは微かな低音の響きを聞いた。それは彼自身の鼓動の音であった。

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