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S1第1話【トーメント・イーブン・アフター・デス】(試し読み用オープン記事)


「イヤーッ!」

 鋭い叫びを発しながら、斜めに傾いた高層ビル廃墟群を飛び渡る影があった。影は赤黒く、不穏に滲む残像を伴っていた。重金属酸性雨を降らせる灰色の空に、黒い稲妻が閃いた。

 シャッタード・ランド。この地につけられた名は、白亜化石じみた高層ビルの下にひろがる不毛の地の、巨獣の爪痕のように刻まれた裂け目と轍に由来する。汚染度が極めて高く、住む者のない海抜ゼロ地帯の廃墟だ。

 振り返った影の視線の先には黒漆塗りのヘリコプターが2機。彼を追って来ている。「イヤーッ!」連続側転からフリップジャンプを放ち、前方、浮島めいて突き出した転覆タンカーの残骸めがけ、彼は跳んだ。

 彼の着る赤黒の装束が、重金属酸性雨に残像を焼きつける。まるで雨に描く墨絵だった。BRATATATATA! BRRRRTTTTTT! 漆塗りヘリコプターは機銃掃射を行いながら彼を追う。その1機が突然、火を噴いた。爆発に呑まれ、操縦者は声にならない悲鳴をあげて、転覆タンカーの上の赤黒の者を見た……。

「イヤーッ!」

 その者がヘリに向かって投げているのは、鋼鉄の星、スリケンであった! スリケン、即ち、ニンジャが用いる極めて強力な投射暗殺武器だ。赤黒の影はニンジャである! 残る1機はもはや必死で機銃掃射を継続したが、赤黒のニンジャが投げ返すスリケンはガトリング砲を容易く破壊し、次にヘリのローターを砕いた!

 KBAM! KA-DOOOOOM……! 2機目のヘリコプターは斜めに墜落、側面のビル廃墟を削り取り、1機目の残骸に衝突し、さらに巨大な爆発を生じた! 傾いたビル群は瓦礫を崩落させて粉塵と水飛沫を生じ、さらにひどく傾いた。

 追手を全て片付けたか? 否! 赤黒のニンジャは廃船から飛び降り、泥とジャンクにまみれた大地に立った。ジュー・ジツの姿勢で待ち構える彼の眼前に、やがて……霧の中から何者かが歩いて来た。

 その者もまた、ニンジャ。

 彼らは互いに睨みあい、そして直立し、同時にオジギを繰り出した。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」赤黒のニンジャが告げた。追手はアイサツに応じ、名乗り返した。「ドーモ。コーストウインドです」背後で廃墟ビルが横倒しに倒れ、凄まじい破壊音と粉塵が生じた。

 イクサに臨むニンジャにとってアイサツは神聖不可侵の掟だ。古事記にもそう書かれている。「この地に気易く立ち入った者の運命は決まっている」コーストウインドは言った。「シンプルな運命だ。死、あるのみ」

 ニンジャスレイヤーはコーストウインドを睨み返し、威圧的に数歩踏み出した。コーストウインドは訝しんだ。得体のしれぬアトモスフィア。この赤黒のニンジャは、自分を少しも恐れていない……。

「貴様を殺す。特に訊き出す情報もない」ニンジャスレイヤーが言った。コーストウインドは目を剥いた。「ほざけ!」

「イヤーッ!」「イヤーッ!」二者は地を蹴り、たちまち色付きの風と化した! 影と影はX字の軌跡を刻み、互いに衝突した。廃墟の壁を蹴り、飛びわたりながら、幾度も、幾度も! ニンジャ反射神経の持ち主であれば、互いに空中でチョップを打ち合い、互いの身体を蹴った反動で飛び離れる、異常な戦闘者の姿を見て取っただろう!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」彼らは廃墟ビル屋上に跳び戻り、並走しながらスリケンを投げ合う! 並走する二者の間で激しい火花が散る! 不意に赤黒の風は湾曲する軌跡を描き、コーストウインドの眼前に回り込んだ。コーストウインドは呻いた。想定外の速度! 彼は咄嗟にチョップを繰り出す!「イヤーッ!」

 ミシリ、と音が鳴った。チョップはニンジャスレイヤーの左肩をとらえていた。だが悲鳴を上げたのはコーストウインドだった!「グワーッ!?」

 ニンジャスレイヤーはコーストウインドのチョップをものともせず、そのまま両手で腕を掴み、ねじり上げていた!「イヤーッ!」そのまま一息で、へし折る!「グワーッ!?」

 コーストウインドは苦痛に叫び、ニンジャスレイヤーの脇腹を蹴った。だが苦し紛れだ! ニンジャスレイヤーは燃える目を見開き、打撃に耐えた。へし折れた腕を掴んだまま、今度はコーストウインドの顔面をもう一方の手で鷲掴みにした。「バカな……!」

「イヤーッ!」「グワーッ!」サツバツ! 顔面を押さえたまま、ニンジャスレイヤーはコーストウインドの腕を力任せに引きちぎった。コーストウインドは悲鳴を上げ、身をもぎ離して逃れた。背後に飛び移るべきビルは無い。だが彼は跳んだ!「イヤーッ!」

 はるか下、痛めつけられた大地の亀裂と廃車やドラム缶が見える。そしてショッピングモールが。高高度からの跳躍であろうと、熟練のニンジャならば、前転によって落下時のダメージを全て逃がす事が出来る。コーストウインドの視界にショッピングモールの屋上がぐんぐん近づく。

 逃げきれる、と感じた瞬間、空中で首の後ろを掴まれた。ニンジャスレイヤーは一瞬の躊躇もなく、彼を追って跳んでいたのだ。コーストウインドは目を動かし、真後ろの殺戮者を見ようとした。極度緊張した彼のニューロンは、流れる時間を泥めいて鈍化させた。あらためて、わけがわからなかった。不条理だった。五分前に想像もしなかった運命だった。

「イヤーッ!」「グワーッ!」二者が天窓に衝突し、ガラスが砕けた……!



「ニンジャスレイヤー エイジ・オブ・マッポーカリプス」第1話

【トーメント・イーブン・アフター・デス】


 誰か、聞こえてるか。

 オレの名前は、まあ、タキとでも呼んでくれ。ここはネオサイタマの遥か東、クソッタレの99マイルズ・ベイ。今じゃシャッタード・ランドとか気取った名前でも呼ばれる、暗黒港湾地帯だ。少し南に行けば、錆び果てた迷宮みてえな仮設バラック街と、違法漁船だらけの浜辺もある。

 そこで採れるバイオイセエビの殻を剥いて育った。だからオレの指先は黒い。死ぬ思いでカネを稼ぎ、旧式UNIXデッキを手に入れてハッキングを覚えたのは、9歳の時だ。15歳の時、姉貴分だったいっこ上のハッカーが、ニューロンを焼かれてオレの目の前で死んだ。今でもたまに見るんだよ、彼女のユーレイを。昔から霊感が強くてな。

 ……ともかく、そこからオレは犯罪への幻想を捨て、何かマシな生き方を探そうと決めたわけだ。だがロクな考えは思いつかなかった。ニューロンの中まで真っ黒に染まってンのかも知れねえな。犯罪はもう、日常の一部になってたワケだ。

 これきりだと毎回自分に言い聞かせながら、シケたハッキングで小金を稼ぎ、どうにか店を構えた。そう、オレの店だ。ネオサイタマ。薄汚いキタノ・スクエアビル地下街4階9号。不吉なナンバーで安かった。49。4は死(デス)、その後の9は苦(トーメント)。

 つまり、トーメント・イーブン・アフター・デス。

 オレみたいなハーフガイジンでも知ってる。49。日本じゃ最も不吉なナンバーだ。で、店の名前は「ピザタキ」。そこで売ってるのは、ピザと情報。まあメインは情報だ。実際ヤバイにゃ変わりないが、直接ニューロンを焼かれるのは回避できる。そう考えて、49のジンクスを笑い飛ばしてたが、甘かった。

 問題は、なんでオレがまた99マイルズなんかに戻ってきたかだ。有り体に言えば、オレはビズで下手を打って、ヤクザに拉致された。言い忘れたが、99マイルズにゃ、非合法組織のアジトが掃いて捨てるほど転がってる。奴ら、ハッカーの扱いにゃ手馴れてるらしく、オレの生体LANに錠前を掛け、IRC端末と電子通信機器を没収しやがった。

 これでオレはIRC-SNSに自撮り写真をアップすらできない。死んだも同然のデジタル蛮人だ。奴らはそう思い、オレをこの部屋に放置し、後を監視カメラに任せた。壁に貼られた「テンション」「攻撃的」などのネオンショドーが威圧的だ。マジで威圧的だ。もうダメだ。オレは後一日生きてりゃいい方だろう。

 分かってる。インガオホーって奴だ。だがブッダはオレを見捨てなかった。不幸中の幸いにも、30分ほど前に、どっかの命知らずのアホがこの敷地内に侵入した。ヤクザ共は大喜びでそいつを狩りに行きやがった。そして、この部屋の動作監視カメラはミハル・オプティ社の旧式で、あまり解像度が高くない。

 誰か、聞こえるか。ここから助け出してくれ。オレにゃカラテもカンフーも銃も無え。おい、誰か!

 ……ああ、解ってる。無理だろうな。このままじゃ無理だよな。仕方ねえよ。覚悟決めねえとな。これっきりだ。オレはもごもごと口を動かし、奥歯を外す。それを舌の上で転がし、噛み砕いて、肩の上に置いた。

 耳カキ3杯分ほどの、偉大なるかぐわしき黒いコナが、オレの肩の上にこぼれた。合成麻薬ブラックベルト。原料は微量のZBRとシャカリキ、そして爪切りのヤスリで削った黒いエメツ。オレはマジで命懸けだった。吸引した途端に死んでもおかしくない。それでも、ニンジャに拷問されて死ぬよりゃマシだ。

 兄弟、調子はどうだい。ヤク中のお袋さんは元気か?オレは肩の上のブラックベルトに心の中で語りかけた。なあ、もうお前だけが頼りだぜ。正直なところ、オレは今にも失禁しそうなほどビビって混乱してた。意を決し、目を閉じ、肩へと鼻先を近づけた。 

 SNIFF! SNIFF! オレはそいつを吸引した。

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 ワーオーオー。オレは偉大なるダライ・ラマみたいにザゼンを組みながら、極彩色のマンデルブロ・マンダラじみたネットワークを飛翔する。ワケが解らないだろ。デッキ無しで精神をIRCに侵入させる。そしてハックする。まだ殆ど知られてない。ユカノとかいう伝説的ハッカーが編み出した禁断の裏技だ。

オレは速い。ヤクザどものセキュリティ・ネットを軽く俯瞰しながら、敷地内をウロウロしているアホの携帯IRC端末に忍びこんだ。『ドーモ』と送る。ずいぶん遅いレスポンス。ビビってんのかタイプが遅いのか。どっちにせよ、オレが拾ったのは、相当トロい野郎だ。よくネオサイタマで生きてこれたな。

オレはじれったくなり、そのアホに向かって続けた。『オイ、デジタル・オーディンの神託を授けて進ぜよう。生き残りたけりゃ、オレの言う通りに動くんだ。さもなきゃ、ヤクザどもにとっ捕まって、99マイルズ・ベイに浮かぶマグロ死体になるぜ』

 地面一面を埋め尽くす瓦礫を踏みしめ、ニンジャスレイヤーは立ち上がった。赤黒の装束から焼けた血がしたたり、かりそめに傷を塞いでゆく。軸足の下のコンクリート片が砕けた。バランスを崩し、たたらを踏み、傷の治癒と激烈な倦怠感に耐える。ジュー・ジツを構えなおし、周囲を見渡した。

 そこは崩壊したショッピングモールの一角。潮風と日光に晒され風化した「こういち君」「Kiefer」「タモ」「икра」といったミンチョ文字看板は、さながらこの人口ゼロ地帯に捧げられた墓標か。ニンジャスレイヤーは頭上を見上げた。砕けた天窓が目に入った。短期記憶が揺り戻される。

 ニンジャアドレナリンが血流に乗ると、彼はほんの数秒の朦朧状態から瞬時に引き戻された。記憶にIRC音声メッセージが混じった。「……デジタル・オーディン? マグロ死体? どこの誰だ」彼は眉根を寄せ、吐き捨てた。やがて離れた地点で瀕死のニンジャが蠢いた。彼はそちらへ決断的に歩を進める……!

 一歩一歩、瓦礫を踏みしめ接近するほどに、墜落衝撃で吹き飛んでいた短期記憶が鮮明に戻って来る。瀕死のニンジャの名はコーストウインド。つい先ほどアイサツし、彼がこの致命傷を与えた。右腕は付け根から失われ、鎖骨と肩甲骨が破壊されている。長くはあるまい。カイシャクし、とどめを刺すべし。

 このニンジャがヤクザクラン「デビルズカインド・キョダイ」の所属である事は間違いないが、目当ての相手ではない。(((殺せ)))「殺す」彼は精神の奥底に湧き出したアブストラクトな殺意に頷き返す。ニンジャを殺していった先にあのサツガイがいる。それが本能でわかる。(((然り)))

 瀕死のコーストウインドは赤黒のニンジャを、そのメンポ(註:面頬)にレリーフされた「忍」「殺」のカンジを見上げ、恐怖した。「狂人……!」這って逃れようとする。その背をニンジャスレイヤーは踏みしめる。「念のため訊いておく」彼はジゴクめいて言った。「サツガイという男を知っているか」

「知らぬ」コーストウインドは血を咳き込んだ。「知っていたとしても教えぬ。その者がお前の目指すものか。ならば望み果たせぬまま野垂れ死ね。狂人に似合いの末路よ」「貴様に用はない」ニンジャスレイヤーは踵を捻じり込んだ。「目的はデビルズカインド・キョダイのオヤブン、ストリングベンドだ」

「オヤブンの名を……貴様……ゲホッ!」コーストウインドは絶望した。どのみち、売るべき情報が既に無い事がはっきりした。「オヤブンが必ず貴様を殺す! 絶対にだ。許さ……」コーストウインドは目を見開いた。敵の眼差しに込められた尋常ならざる憎悪が、彼の怒りを押し流した。彼はただ恐怖した。

「イヤーッ!」カイシャク! ニンジャスレイヤーの踵が頭部を踏み砕いた。「サヨナラ!」コーストウインドは爆発四散した。吹き込む潮風が爆発四散痕の灰をさらい、吹き流した。ニンジャは死ねば肉体すら残さない。半神めいたニンジャの生態を詠んだ「死して屍拾う者無し」のコトワザが示す通りである。

 頭上、砕けた天窓の上では旋回するバイオカモメが影を為し、ゲーゲーという泣き声が重金属酸性雨と共に降り注ぐ。ニンジャスレイヤーの身体が雨に触れて蒸気を発する。燃える血が身体の傷を癒し、装束を再生してゆく。超自然の憎悪が体内を循環し、戦う力を、殺す力を呼び戻す。

「ストリングベンド……どこだ……!」ニンジャスレイヤーは頭に手を当て、呻いた。ニンジャの痕跡を……その息遣いを感じ取るべく。近い筈だ。既に敵のはらわたに近づいている。デビルズカインド・キョダイは小規模のクランだ。ニンジャは今のコーストウインドとオヤブンのストリングベンドのみ。

 ニンジャの魂の音を微かに聞く事で、敵のおおまかな居場所を特定できる。ここは人口ゼロ地帯……ニンジャがいれば、目立つ……「どこだ……!」『ヤッタ! オイ、アンタ! 聞こえるんだな!』ザリザリ。ノイズ交じりの声がニューロンに木霊した。外からの音だ。「誰だ……貴様は」『タキと呼んでくれ!』

 ニンジャスレイヤーは呻いた。先ほど、外から流れ込んできた声。「デジタル・オーディンとかいう……」『それだ! それ、オレだ』「何がオーディンだ、ふざけるな。名前……タキ=サン」『ああそう、その調子!』「何者だ」『アンタこそ何者だ。是非教えてもらいたいもんだ。だけど、それは後回しでいい』

 ニンジャスレイヤーは訝しんだ。タキは言った。『急ぎの取引がしたいんでな』「取引だと?」『シーッ! お前が今居る場所は廃モールだ。店舗「夢のピンクチャン」に入れ。急げ!』ニンジャスレイヤーは瞬時に状況判断し、タキの指示に従った。「イヤーッ!」テナントへ滑り込み、棚を背に息を殺す。

 ギャション! ギャションキュイイーン。ギャションキュイイーン……! 巨大質量が立てる鈍い歩行音と共に、全長10メートルの四脚型大型ロボニンジャがモールの表ゲートから入って来た。複数の走査光を投げながら、両腕のレールガンを構え、ノシノシと瓦礫の上を進んでくる。『あれ、モーターマサシな』

「モーターマサシ?」『ホラ見ろ、やっぱり知らねえ。アンタ、フラフラと、スットロく動いてるから……いや、こっちの話。あれは持ち主不明のまま、ここら一帯で不毛な狩りを続けるAIだ。たとえアンタがニンジャであろうとブッ殺されるぜ。これでオレが信用に足るとわかったろ。アンタ浮浪者?』

「ニンジャだと?」『ハハハ、まさか図星か? まさかだよな』タキは笑い飛ばした。『話進めていいか』「用件を言え」『取引ってのはな。他でもない、オレを救出してほしいワケよ。残念ながら今のオレはニッチもサッチも行かん状況でさ。デッキも無い。椅子に縛られて、処刑時刻を待ってるッてわけで……』

「取引と言ったな」『その通り! 対価がある! 一攫千金したいだろう? どうせ汚染地帯で寿命を気にしながらガラクタ漁りする人生なんだろ? 脱け出せるぜ。オレなら助けてやれる。あのな、』「誰に捕まった」『重要じゃないさ』「誰だ」『大したヤクザじゃない!』「デビルズカインド・キョダイか」

『ンー、ンー……』タキが口籠る。彼は知る由もない。それこそニンジャスレイヤーにとって値千金の情報であった。「いいだろう。案内しろ」そして付け加えた。「ただし相応の代価をもらう」『勿論だ! だが急いでくれ。そこは危険だ。マサシが来る。店の奥の扉の先に進め。地下へ降りられる』

 棚と棚の間を進む。ギャションキュイイーン……モーターマサシの足音が遠ざかり、ニンジャ聴力の可聴範囲からも出ていった。ニンジャスレイヤーは「関係者専用」とかろうじて読み取れる古い金属扉を開けた。部屋の中央、破壊されたソファの付近の床に円形の闇がある。開け放たれたマンホールの竪穴だ。

『穴を下りてくれ。その先にオレはいる。助けてくれ。そしたらアジトにあるものは何でも好きにしていい。金庫の万札でも、クスリでも、権利書でもいい。オレがアンタに正しいルートを教えて導く。で、アンタがオレを救出。シンプル』何がシンプルなものか。「そこにニンジャは居るか?」『……一人、居る』

 ニンジャスレイヤーは沈黙した。タキは違った意味の沈黙に捉えただろう。ニンジャは死と危険の象徴なのだ。『オイ、ビビるな! リスクを冒せよ! じゃなきゃ未来はねえぞ?』彼はまくし立てた。『アンタ実際のニンジャと会った事あるか? 噂だけだろ? 大丈夫だ! 必要以上に恐れるな。だがナメるのもダメ、的確に……』

 ニンジャスレイヤーは梯子を降り切った。「ガイドしろ。タキ=サン」『勿論。そう遠くない。頼むぜ。もうすぐアンタはカート・コベイン似のハンサム・ハーフ・ガイジン・ガイが椅子に縛られてる場所に辿り着くからな。それがオレ』「ニンジャは近いか?」『近いが、一人はさっき出ていった』「"一人は出ていった"? つまり、計二人」

『あ、ああ、初めからそのつもりで言ったんだ。ごまかしたわけじゃない。あの、カート知ってる? 昔の……』タキは話を逸らしにかかる。二人。すなわちコーストウインドとストリングベンド。前者は既に殺した。「知らない。T字通路だ」『左だ』ニンジャスレイヤーは左に向かう。ひび割れたコンクリート壁。ソウルの音に耳を澄ます。ニンジャが近いが、精緻にはわからない。

 そのまま幾度か分岐路を進むに従い、照明はますます乏しくなり、ニンジャ視力の無いものであれば相当に難儀するであろう状況になった。タキはそこらの浮浪者を行き当たりばったりに助けに来させようとしていたのか? 切羽詰まっておかしくなっているか、薬物が残っておかしくなっているか、どちらかだ。

『待て! そこで止まれ。右の壁に触れ』ニンジャスレイヤーは従った。手がすり抜けた。『そうだ。遮光ノレンになってるわけだ』IRC電子音声に実声が重なり、闇の中から聴こえてきた。遮光ノレンをくぐると、ニンジャスレイヤーは薄明りに照らされた狭い部屋に足を踏み入れていた。

 男が居た。

 椅子にワイヤーケーブルで縛りつけられ、座らされているのは、脂っぽい金髪を肩まで伸ばし、無精髯を生やした薄汚いハーフ・ガイジンだった。男はアッと声をあげ、青い目を見開き、「ドーモ! オレがタキだ! ハジメマ……」歓喜の言葉を唱えかけて凍り付き、口を歪めて悲鳴を上げた。「ニンジャナンデ!」

「通信相手は、おれだ」ニンジャスレイヤーは冷たく言った。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」「アイエ……」タキは全てを察した。繋がったのだ。エマージェントな空気、放置された彼自身、迎撃に出たニンジャとヤクザ達。つまり、デビルズカインド・キョダイのアジトを荒らしに来た外敵そのもの。

「どう……どうりで」NRS(ニンジャ・リアリティ・ショック)症状から回復したタキは、薬物影響下でギラギラ輝く青い目でニンジャスレイヤーを見据えた。「躊躇も無しに向かってきやがると思ったら。てっきりアホなのかと……そういう事かよ。迎撃のヤクザやニンジャは? 撒いたのか?」

「殺した」黒漆塗りヘリコプター。クローンヤクザ達。コーストウインド……。ニンジャスレイヤーはタキを見据えた。「アー……」タキは言葉を探した。「まあ、せっかくだし助けてくれって。この首輪、ちぎって壊してくれ。LANが出来なくてゾッとする。いや、アンタとの通信にはエメツを使ったんだけどね」

 ニンジャスレイヤーは値踏みする目でタキを凝視する。タキが不意に叫んだ。「ヤバイ! 後ろ!」だがニンジャスレイヤーはタキが警告するより早く背後を振り返り、両手にスリケンを掴んでいた。コンマ1秒後、ノレンをくぐって三人のヤクザが飛び込んできた。全員が角刈りで同じ顔。クローンヤクザだ!

「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」「アッコラー!」クローンヤクザは一斉にチャカ・ガンの引き金を引こうとした。それより早くニンジャスレイヤーは人数分のスリケンを投擲し終えていた。「グワーッ!」緑色のバイオ血液を額から噴出し、三人が骸と化して倒れた。

「バカな!」タキが叫んだ。「ヌウッ!」ニンジャスレイヤーも眉間にシワ寄せ、斜め後方45度ワン・インチ地点、バチバチと音を鳴らす火花を伴って姿を現した影に向き直ろうとした。死角の敵に対して驚異的な反応速度だ。だが、それでも足りぬ。この突然の奇襲者の攻撃を防ぐには!

「イヤーッ!」「グワーッ!」電光が迸り、監禁室を白黒に明滅させた。「アイエエエエ!」タキが目を見開き悲鳴を上げた。彼の目に焼き付いたのは、何もない場所から火花と共に出現したニンジャが、激しい光を放つ掌打をニンジャスレイヤーのキドニーに叩きつけた決定的瞬間だった。肉を焦がすにおいと煙が監禁室を満たした。

 ナムアミダブツ! 何たる鋭くかつ鮮やかなステルス装束の機構を用いたアンブッシュ攻撃か! 瞬殺されたクローンヤクザの突入すらも囮に過ぎなかったのだ! 彼はニンジャスレイヤーの注意をそらし、高威力の打撃を背後から決めたのである!「ア、ア…ストリングベンド=サン……!」タキが呻いた!

「イヤーッ!」「グワーッ!」ストリングベンドと呼ばれたニンジャは更なる電熱エネルギーを注ぎ込み、トドメの一撃とした。ニンジャスレイヤーは崩れるように前のめりに倒れた。何たるカラテか。アイサツさせる暇すら与えず、勝負は決していた。「い、いつから隠れて?」タキが震えた。

「……ずっとだ」ストリングベンドは答え、酷薄な眼差しをタキに向けた。タキは首を振った。「違う。オレが雇ったんじゃない」「うむ。ヤクをキメたお前がベラベラ通信をしている間、俺はそこでステルス・アグラし、見守っておった。経緯は全て把握している」

「で、オレ、どうなる?」「楽しくなりそうだ。タキ=サン」「サイコパスめ。ずっと見ていやがったのか。サイコパスめ」「まずは足の指から行くか、タキ=サン」「待ってくれよ、少し……」

 ドクン……ドクン……ぐるぐると回る二者の会話は徐々に遠ざかり、心音がニューロンに木霊する。停止に向かう弱々しい心音が。焼け焦げた身体を包む焼け焦げた装束。闇。

(治れ)ニンジャスレイヤーは唸った。毒づこうとした。(治れ。クソッ。治れ……何故……)痛みすら感じなかった。死だ。死が巨大な骨の爪となって彼を捉える。(まだ戦う……)(((ウカツ……)))(まだだ……!)(((なんたるウカツ……)))(戦わせろ!おれを……おれはニンジャを……!)

 ニンジャスレイヤーは……マスラダ・カイは、抗うように片手をかざした。「嘘だ」マスラダがかざした手を、アユミが掴む事はなかった。彼の目の前でアユミが血の海に崩れてゆく。マスラダは己を見下ろす。なぜ生きている。胸に穴があいている。「嘘だ。何故」マスラダは震える。「何故、おれなんだ」

 アユミ。血の海。散らばるオリガミ。マスラダのオリガミだ。血で赤く染まる。マスラダは血の涙を流す。「何故、おれが生きてる」何度も問い直す。「何故、おれだ」何度も問い直す。「何故おれが生きて、アユミが死んでいる」何度も問い直す。マスラダを貫いたスリケンが、アユミの胸に墓標めいて。

 両膝をつく。視界がぐらつく、そして、踵を返す瞬間のあの男の眼差しが焼きつく、「サツガイ」……忘れるな。容赦なく消えてゆく記憶の断片をかろうじて掴み取る。忘れるな。サツガイ。サツガイ。サツガイ。サツガイの眼差し。虚無、いや、侮蔑だ、いや、悦んでいる……(((殺すべし))) 遠い声。

「なぜ生きている」(((殺すべし)))「サツガイを」(((殺すのだ)))「殺す……!」(((ニンジャを殺す!)))「ニンジャを!」マスラダは叫んだ。眼前に不定形の炎が熾った。その者はじろりとマスラダを見た。そしてアイサツした。(((ドーモ。はじめまして。ナラク・ニンジャです)))

「何故生きている」(((ニンジャを殺す為だ))) ナラクが答えた。「何故アユミが死んだ。何故おれが生きている」マスラダは責めた。「おれが死ぬべきだったのに!」(((名乗れ。アイサツせよ))) 怒気がマスラダを打ち据えた。マスラダはアイサツを返した。

「……ドーモ……マスラダ・カイです」

 ゴウ。ニューロンが風を切り、映像記憶が散り散りになった。マスラダとナラクはいまだ対峙していたが、その後ろに見えるのは、椅子に縛られたタキと、彼をさいなむストリングベンドだった。そして、ブザマに倒れ伏した己自身の姿だった。映像はおぼろで、時間はほとんど静止して見えた。

 マスラダは目の前のナラクを見た。そして気づいた。今のアイサツは過去の記憶……彼のもとに初めてナラクが現れた瞬間の記憶の反芻だった。心臓が打つ。再びの反芻。視界一杯に血の中のアユミ。スリケン。「ヤメロ!」(((忘れるなマスラダ。思い出せ。何度でも。火をくべよ。何度でもだ))) 

「苦しい」マスラダは呻いた。(((然り。ニンジャだ。ニンジャがオヌシをこのジゴクの責め苦に落とした。忘れるな。儂が何度でも思い出させてやる)))「サツガイ……サツガイが、アユミを。何故おれが生きて。何故アユミが」(((サツガイというニンジャを殺したいのだろう。させてやる)))

「死ねない」(((然り。ニンジャを殺すのだ)))「治せ……!」(((火をくべるのだ、マスラダ。思い出せ。執着がオヌシに立ち上がる力を与える。忘れるな)))「なぜ、おれが死ななかった!」(((ニンジャ、殺すべし!))) 不浄の炎が焼け焦げた肉体を駆け巡る。血流が蘇る。筋肉が蘇る。

 装束が蘇る。ブレーサー(手甲)が蘇る。メンポが蘇る。火と血が混じりあい、すべてを復元する。「忍」「殺」の文字が燃える。(((あれはコウボウ・ジツ。熱と光を捻じり込み、敵を焼くジツだ。グググ……この程度で死んでおればこのさき千度死んでもサツガイには至らぬぞ。執着せよマスラダ!)))

「何故おれが」マスラダは血の涙を流した。(((ニンジャ、殺すべし! 執着し、力を無限に引き出せ!))) ナラクの哄笑がニューロンを激しく揺らした。マスラダは右腕を掲げた。赤黒い炎が蛇めいて巻き付いた。炎の縄の先端には禍々しい鉤爪が備わっている。鉤爪が手首を噛み、マスラダは拳を握った。

(何故だ!)ナラクは答えない。(何故おれを死なせなかった、ナラク!)ナラクは答えない! マスラダのまわりで現世の時間が流れ始めた。ストリングベンドは驚愕の眼差しを向け、身構えた。マスラダは燃える目で睨み返した。そして……アイサツした。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」

「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン」ストリングベンドはアイサツを返した。「……ストリングベンドです」アイサツされれば、返さねばならない。アイサツの最中に攻撃を仕掛けてはならない。アンブッシュ(奇襲)攻撃を仕掛けた当の相手であろうとそれは同様。極めて重大な掟だ。破る非礼は許されぬ。

 オジギを終えると、あらためて二者はカラテを構え、互いの間合いを測る。ストリングベンドは不可解を感じている。ニンジャスレイヤーは内臓を灼かれ、焼け焦げて沈んだ。立ち上がる事など出来ぬ筈だった。しかし彼は呪われたフェニックスめいて、禍々しい邪気の炎を纏って立ち上がったのである。

 ストリングベンドはやや腰を低く落とし、攻撃に備える。手の内がわからぬからだ。コオオオ……その右掌が再び超自然の光を帯びた。一方、ニンジャスレイヤーはこの敵を睨み、ジツを睨んだ。コウボウ・ジツ。このニンジャが自ら得たジツではない。サツガイが与えた力。彼にはそれがわかる。

 極めて恐るべきジツ。二度受ければ……。彼は己のニンジャ自律神経によって己が「まだどれだけ戦えるか」を察した。多少の傷であれば、内なるナラク・ニンジャのソウルがマスラダの執着、怒り、憎悪を触媒として超自然の火を熾し、かりそめに傷を塞ぐ。だがその力には限りがある。次は致命傷となろう。

 ストリングベンドの掌が陽炎めいて揺らいだ。二者はじりじりと間合いを維持し動く。椅子に固定されたタキが脂汗を浮かべて呻く。無残にも、サンダルからはみ出した右足親指があらぬ方向にへし折られている。たった今やられた傷だ。これから始まる拷問のプロローグか。

 タキは血走った目で二者を見つめ、ビクリと身体を痙攣させた。それが合図となった。「「イヤーッ!」」二者は同時に床を蹴った。タキを中央に、彼らはワン・インチ間合いを保ち、木人拳めいて打撃を逸らしつつ狭い室内を動き回る。ニンジャスレイヤーは幾度も打撃を受けながら、右掌の回避に集中した。

 ZGGGT! 致命的な掌がオゾンの臭いを散らしながら繰り出され、ニンジャスレイヤーの側頭部を僅かに削り取った。赤黒の血が噴き出し、装束と焼けたこめかみを塞ぐ。浅い。「成る程」ニンジャスレイヤーは呟く。アンブッシュに頼ったのはジツの欠点ゆえか。万全の威力を確保するには一定の充填時間を要するのだ。

 そしてこの傷を代償に、彼はストリングベンドの脇腹にチョップを叩き込む事に成功していた。更に、「イヤーッ!」捻じった腰のバネを戻し、逆の手で顔面に拳を叩き込んだ。「グワーッ!」ストリングベンドはまともにこれを受けた! 床をバウンドし、背中から壁に叩きつけられる!「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーは追撃を畳みかけようとする。だがニンジャ第六感がかろうじて危険を報せた。飛びかかるニンジャスレイヤーにストリングベンドが迎撃の前蹴りを浴びせ、怯ませ、コウボウ・ジツでトドメを刺すビジョンが見えた。ニンジャスレイヤーは踏みとどまり、代わりに、右腕を打ち振った。

「イヤーッ!」蛇めいてしなる右腕先から赤黒い炎の縄が放たれた。それは手甲に巻き付いた奇怪な武器であり、縄の先端は禍々しい鉤爪になっていた。ストリングベンドは不意を突かれ、反射的に右手で打ち払おうとした。黒炎は無慈悲に巻き付き、鉤爪が手首を噛み、炎熱が苛んだ。「グワーッ!」

「イヤーッ!」燃える目を見開き、膂力を込めた。背に縄めいた筋肉が盛り上がり、足下の床に亀裂が生じた。ストリングベンドは一瞬堪えたが、次の瞬間にはその両脚が宙を離れ、ロケットめいた勢いで引き寄せられる!「イヤーッ!」「グワーッ!」回し蹴りがストリングベンドの顔面を捉えた!

 メンポが破砕し、よろめくストリングベンドを前に、ニンジャスレイヤーは間髪入れず襲い掛かった。もはやコウボウ・ジツを絡めたカウンター攻撃を行う余裕はない。黒炎の鉤爪が獲物を離れ、右腕に戻った。「イヤーッ!」「グワーッ!」破砕した顔面に渾身の右拳が叩き込まれた! ナムアミダブツ!

「アイエエエ!」タキが椅子の上で恐怖に叫び、暴れた。ニンジャスレイヤーは致命傷を受けたストリングベンドの首を掴み、床に叩きつけた。「グワーッ!」手を離さず、睨み下ろす!「き、貴様、何故我がヤクザクランを……何故ここまで……どこのテッポダマだ!」

「サツガイという男を知っているか」

「サツガイ……」「イヤーッ!」「グワーッ!」「サツガイという男を知っているか」「待て。取引を」「イヤーッ!」「グワーッ!」「貴様は知っている」「……」「貴様はサツガイを知っている」「……!」彼の目に異質の恐怖がよぎる。「奴がお前に何をしたのか知ら……」「イヤーッ!」「グワーッ!」

「イヤーッ!」「グワーッ!」「おれは生かされた。奴が全ての始まりだ」ニンジャスレイヤーは瞑想じみて呟いた。そして目を見開いた。「サツガイという男を! 知っているか!」「関わりは! 関わりはした!……だが、し、知らぬ……奴の事は……」ストリングベンドの瞳孔が収縮した。嘘は言っていない。

「ならば一人、ニンジャを売れ」ニンジャスレイヤーはジゴクめいて言った。「サツガイに繋がるニンジャの名を言え。そうすればカイシャクしてやる。さもなくば!」「アバーッ!」熱によってストリングベンドの目が白濁した!「ナハト……ローニン……」瀕死のニンジャは呟いた。「ナハトローニン」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはチョップを振り下ろし、首を刎ねた。「サヨナラ!」ストリングベンドは爆発四散した。「……!」タキは椅子の上で痛みと恐怖に震えながら、そのさまを耳で追った。ニンジャスレイヤーは暫し立ち尽くしていたが、やがて決断的足取りで奥の事務室へ突入した。

 KRAAASH! KRAAAASH! やがて、ニンジャスレイヤーの破壊活動の音が奥から聴こえてきた。ファイル類やデータを収奪しているのだ。「マジか……どうしようもねえ……!」タキは首を動かしてそのさまを見ようと苦闘する。KRAAASH! 破壊音! KRAAASH! 破壊音……!

 やがて喧騒が止み、タキが数度呼吸する間に、ズカズカという足取りが戻って来た。歩きながらニンジャスレイヤーはタキを一瞥し、そのまま去ろうとした。「待てッ!」タキは叫んだ。ニンジャスレイヤーは足を止めた。タキは唾を呑み、乾いた唇を舐めた。「と……取引だ、話が違う。オレ、殺されちまう」

 タキのニューロンは火花が散るほど高速回転していた。生と死の瀬戸際だ。ニンジャスレイヤーはタキを見た。そして言った。「ニンジャは殺した」「だけど、生き残りがいるかもしれねえ。オレはおしまいだ。こんな椅子に縛られたままじゃ逃げられねえ、ドラッグもやれねえ、違う、水も飲めねえ、餓死だ」

 ニンジャスレイヤーは去ろうとした。終わりだ! 人口ゼロ地帯! ヤクザ! 屑漁り! 絶望が待つ!「サツガイ!」タキは叫んだ。足が止まった。「……」「ア……アンタの……探す男はサツガイ」タキは言葉を絞り出した。ニンジャスレイヤーは無言。タキは続けた。「オレはサツガイを知ってるぜ。マジに」

 ニンジャスレイヤーはタキを見た。「本当か」「マジだ。なあ、オレをほったらかして殺したら俺の価値はゼロ。違うか?」「……」「頼む。親指を折られて、脂汗がダラダラ出てる。歩けやしない。独りでここを這って出ろって? ヤクザがいなくてもモーターマサシに殺られる。恨むぜ。夢枕に立ってやる」

 ニンジャスレイヤーが近づく。タキの声がうわずった。「い、今……情報を教えて終わりっていう風にはできねえ。俺が知っているのはな、その……よりクリティカルな情報を辿る方法だ。アンタ、見たところ、ニ、ニンジャを一人一人辿ってるんだろ。手探りなんだろ? 何十年かかるかわからんぞ」

「……」ニンジャスレイヤーはタキを凝視する。タキは目を逸らし、祈るように目を閉じた。「……」ニンジャスレイヤーは拘束具を破壊し、タキを開放した。「すげえ馬鹿力だ。流石ニンジャ。褒めてる。よかったら首の生体LAN錠も頼む。重要なんだ」「……」ニンジャスレイヤーは首輪を引きちぎった。

「その……見ての通り、足をやられた……自力で帰れねえから、アンタの足手まといになっちまうっていうか」「……」ニンジャスレイヤーは苛立たしげに溜息をつき、タキを背負った。タキは口笛を吹いた。「悪いと思ってる。感謝。最初からわかってた。アンタ、話がわかる奴だ」「サツガイについて話せ」

「奴は……いや、待て」タキは声を潜めた。「ここじゃマズイ。マズイ理由があるんだ。それほどヤバイ奴だ。アンタ、よく今まで無事で来れたと思うぜ」「……」「まず、ピザタキに帰らねえと。いや、オレの店の名前だ。ピザと情報を扱っててさ。そこなら安全に情報をやり取り出来る」タキはまくし立てた。

 ニンジャスレイヤーはタキを背に歩き出し、やがて走り出した。タキは舌を噛まぬよう苦心した。「いいぞ! だがモーターマサシにだけは気をつけろ! ……ええと、そう、ピザタキに戻ったら、情報を共有しようじゃねえか。アンタ、言っちゃなんだがオレを助けられて幸運だったと思うぜ。マジでな……!」

 ……つまり、拷問部屋に現れたのは赤黒いニンジャだったのさ。口元のメンポには、恐怖を煽る書体で「忍」「殺」。奴は満身創痍で、全身から血を滴らせていた。オレをさんざビビらせたニンジャを速攻でブチ殺した。その時オレはといえば、ダサい事に恐怖で震え上がって歯をガチガチ鳴らすばかりだった。

 だが、アンタだってもしあそこで同じ目に遭えば、そうなる筈だぜ。失禁しなかっただけでも上出来だと思ってくれ。オレは奴に話を必死で合わせ続けた。生きた心地がしなかった。実際マジで恐ろしかった。どうやら、オレが拾ったのはただのアホじゃなかったらしい。

 オレが拾ったのは、死神だったんだ。


第1話【トーメント・イーブン・アフター・デス】終わり

第2話【マーセナリィ・マージナル】へ続く(ニンジャスレイヤーPLUS内)

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