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【キョート・ヘル・オン・アース:序:エンタングルメント】

◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正番は、上記リンクから購入できる第2部の物理書籍/電子書籍に収録されています。また、第2部のコミカライズが現在チャンピオンREDで行われています。



ニンジャスレイヤー第2部最終章

【キョート・ヘル・オン・アース:序:エンタングルメント】


1

 キョート城天守閣。フジサン頂上にかかる黄金の雲と飛翔するフェニックスの白金茶室。

「フジサン頂上にかかる黄金の雲と飛翔するフェニックスの白金茶室」に足を踏み入れる事が許されるのは、偉大なるロード・オブ・ザイバツ。そして、自我を物理的に剥奪された、フジサン頂上にかかる黄金の雲と飛翔するフェニックスの白金茶室専従の奴隷。ただ二人ばかりである。

 パラゴンは、フジサン頂上にかかる黄金の雲と飛翔するフェニックスの白金茶室の壁一枚隔てた場所に正座し、専用の提供口へ手だけを差し入れ、ロードを接待する。古木を切り出し磨いた古代茶器にロードの尊い手が延び、これを奥ゆかしく受け取る。パラゴンはいかめしく眉根を寄せ、無表情である。

「長う……長うございました、マイロード」パラゴンは壁越しに低く言った。震え声である。彼は涙を堪えている。「……ムーフォーフォーフォー……」ロードの嗄れた笑いが返った。そして言葉が。「つつがなく執り行うのだ」「力の限りに」パラゴンは即答した。「全ザイバツ・ニンジャの命を賭して」

「ムフゥーン……」ロードは呻いた。「……ニンジャスレイヤー……」「必ずや参ります」パラゴンは答えた。「必ずや」

 

◆◆◆

 

 キョート城の最外周、アウトサイド石畳エリアは、広く一般人に開放されている。雅な松と城壁、石畳の美しさによって、キョート観光ツアーに必ず組み込まれる重要ランドマークだ。市民や観光客が屋台の間を笑顔で行き来し、インペリアルガード職員達は江戸時代そのままの制服でいかめしく直立する。

「ワアアーッ!アーン!」幼児が絶望して泣き叫んでいるのは、並ぶ屋台の一角……サイケデリックなペイントが施されたクレープ屋台バンの前だ。バンには七色の文字で「プーレク宿原」と書かれ、両隣のイカ屋台、リンゴチャン屋台の派手な飾りと競い合っている。「アーン!アアーン!」

「ほら!だから言ったじゃないか……ちゃんと持たないから……」父親がたしなめる。幼児の足元には、ナムサン、地面に落ちて潰れたバナナ・アイスクリーム・クレープ。「アアーン!」幼児は激しく泣き続けた。「アーン!アーン!」「ぼうず、ぼうず。まあ待てよ」声をかけたのはクレープ店員だ。

 大柄な中年の店員はその手に新たなバナナ・アイスクリーム・クレープを持っている。彼の右目は、ものもらいの治療めいてガーゼ眼帯が覆っている。満面の笑顔で、クレープを差し出す。「ほら。泣く事ねえだろ。世界が終わるわけじゃなし」「アー……」幼児は泣き止み、父親と店員を交互に見た。

「そんな……いいのですか」父親はうろたえた。店員は頷いた「可愛いお子さんじゃないですか」彼は身を乗り出した。肘が車体に触れ、その手からクレープが滑り落ちた。クレープは先ほどの残骸の上に重なって潰れた。「アー……アアーン!アーッ!アーアーン!」「オイオイ、ヤバイヤバイ……!」

「アーン!アーン!アーン!アーン!アーン!」「ぼうず、ぼうず、ちょっと待て、大丈夫だから……」「すみません、いいんです本当に」父親が頭を下げる。騒ぎを見守る市民達が言葉をかわす「ダメだこりゃ」「もっと泣かせてやがる」「カッコつけておいて、これだ」

 うろたえる中年店員を尻目に、その隣で別の客にビワ・クレープを手渡し終えたもう一人の若い店員が、いつのまにかバナナ・アイスクリーム・クレープをもう一つ作り終え、優しく幼児に手渡していた。幼児は泣き止んだ。父親がオジギした。「あ…ありがとうございます」「お兄ちゃんありがとう!」

「おう……悪い」中年店員は若い店員に目配せした。若い店員は次のクレープを焼きながら言った。「あまり目立つのもどうかだぞ」「いや、わざとじゃねえんだ……」「あのネェ、アタシらはねェ!」歩いてきた老夫婦が二人の会話を遮った。「アタシらはねェ!ネオサイタマから来たんだけどねぇ!」

「ネオサイタマか」中年店員が応じた。「そりゃよかった。楽しんでくれよ」「アタシらはねェ!観光しに来たんだ!」「そうだろうな」「アタシら、キョート城の次は、どこに行こうかねえ!オススメしてください!」中年店員はしばし考え、「実際、この辺はとりあえず離れたほうがいいんだがなァ」

「離れる?」「アー……例えば、そうだなァ、とにかく外側とかな……オススメだ、外側……」その時、ハンドベルを鳴らしながら、別のガード達が上手から現れ、アナウンスした。「日没とともにここは閉鎖されますので、ご退場をお願い致します。皆様、ご来場ありがとうございます」

 市民、観光客達はさざ波めいて談笑しながら、石畳エリアを離れてゆく。中年店員と若い店員はもう一度目配せした。中年店員はホットプレートの電源を切ると、背後の扉を開けて車内に身を乗り出した。「……だそうだぜ」「うむ」室内のニンジャスレイヤーが、中年店員……ガンドーを見上げた。

「丁度、こっちも一通り設定を済ませたところ」奥のナンシーが金髪をかきあげた。「楽しかった?」「そりゃもう」ガンドーはエプロンを外し、ガーゼ眼帯を毟り取ると、黒革の眼帯を装着し直した。「大繁盛だ。転職しようかね」「よく言う」外から若い店員の声が飛んできた。彼はディプロマットだ。

 外からはいかにもヒッピーの就業めいたクレープ屋台にしか見えぬこの大型バンであるが、一皮剥けばこの通り、秘密めかした電子要塞だ。もっとも、キンギョ屋のおやじが一人で継ぎ接ぎした設備であり、剥き出しのコード類や整頓されていない機材類、神棚など、雑多の限りである。

 当のキンギョ屋は運転席で眠りこけている。今回のミッションにおいて、彼もまた不可欠なクルーなのだ。参加を申し出たのは彼自身である。(「俺がいなけりゃ、誰が面倒見るんだい、こいつを」老人は車体を叩きながら平然と言った「だがな、俺はニンジャとは戦えねえぞ、せいぜい守ってくれや」)

 ナンシーとニンジャスレイヤーは車内に据え付けられた複数のモニタの光に照らされながら、電子的・物理的な下準備を整えていた……突入の……ザイバツ・シャドーギルドへの突入準備を。モニタにはいまだにUNIX文字列が奔流めいて入力され続ける。設定済みの自動コマンドが実行中なのだ。

「オイ、始めるぜ」ガンドーがカールコード・マイクに手を伸ばし、運転席のおやじと通信した。「アイ、アイ」あくび交じりの応答。ディプロマットも中へ入ってくる。何時の間にかニンジャ装束を着込んでいる。そしてメンポを装着。四人を迎え入れると、さすがにこの乱雑な戦略室はやや手狭だ。

 外の空は暮色。サイケデリック・バンは従順に指示に従いつつ、車両通用門へ向かう屋台車両の列の最後尾を確保。徐々に速度を落とし、単独となる……やがて左手の石垣に目当ての入り口が現れる。「保全」の表示を掲げたトンネルが。何もかも事前ブリーフィングの通りだ……少なくともここまでは。

「一応試してみたけど、この車内でロック機構すべてをあしらうってワケにはいかないわね」ナンシーが赤色の小型正12面体ドロイドの接続を切り離し、ガンドーに手渡した。「奥まで潜入して、物理的な解除と並行ね」「つまりプランに変更なし」ガンドーはコートを羽織り、ドロイドを懐にしまった。

「はいよ。出口そのイチ」キンギョ屋のおやじが告げた。トンネル通路が突き当たり、前方に巨大なリフトエレベーター空間が出迎える。キョート城内へ通ずる、業者用の物資搬入リフトだ。しかし今の彼らには用が無い。このエレベーターはビジター区と繋がっている。ビジター区では意味が無い。

 ユカノが拓いた血路がここで活きる。バンが停止し、中からニンジャスレイヤー、ガンドー、ディプロマットが現れた。つまり戦闘者全員だ。この後のハッキングの最中、ビジター区から降りて来る下級ニンジャに見咎められる可能性はゼロではない。その場合、騒がれる前に必ず殺し、速やかに処理する。

 ガンドーはリフトエレベーターの根元のポイントへ屈み、隠蔽されたもう一つのコントロールパネルを速やかに見出す。ドロイドをLAN直結。ニンジャスレイヤーはエレベーターの上を、ディプロマットは通路を警戒する。「ヌンヌンヌン……」初手から躓くわけには行かぬ。永遠とも思える数分間だ。

 

◆◆◆

 

「!?」ストーカーは椅子を跳ね除け、立ち上がった。彼女は首筋の違和感を手で払った。ハエトリグモだ。彼女は舌打ちし、踏み潰して殺した。そして再びUNIXデッキに向かい合った。

 

◆◆◆

 

 キャバァーン!ドロイドがジングルを鳴らし、 ハッキングの完遂を告げる。すると、見よ、一枚壁と思われたエレベーターの奥の突き当たりの壁に正方形の亀裂が入り、蛇腹シャッターめいて巻き上がってゆくではないか!三人のニンジャはバンに駆け戻った。すぐに車両は発進、隠し通路へ突入する。

 背後でシャッターが再び閉じゆく。新たなトンネルはここまでと打って変わり、湿った土と泥と石から成る胡乱な通路だ。この通路の存在そのものがギルド本体から隠匿されている。正体の判然としない高位ザイバツ・ニンジャとヨロシサン製薬の黒いコネクションが築いたバックドアなのだ!

「ムーホンでも、しでかそうッて腹だったのかね、そのニンジャは」ガンドーが言った。「どこのどいつか、心当たりはあるか?」「ムーホン?」ディプロマットは呟いた「ギルドは逆心と猜疑心の巣窟だ。現に、ここに裏切り者のサンプルがいるだろ……」「違いねェ」「だが」と彼は続ける。

「それでもギルドの秩序は保たれた。ロードに対するグランドマスター達の忠誠は……人が、太陽と月の巡りを疑わぬように……当然のものとして……」彼はぼんやりとモニタを見据えた。「少なくとも、数ヶ月前までは」「水面を引っ掻き回す奴が出てきたか?」ガンドーがニンジャスレイヤーを見た。

「……」ニンジャスレイヤーは無言だ。物思いに沈んでいる。ガンドーが尋ねた「邪魔しちまってるか?」「いや。続けてくれ。気が紛れる」とニンジャスレイヤー。ナンシーは自動化されたUNIXコマンドの流れをほとんど瞬きせずに凝視している。

「……で、ロードへの忠誠心ってところだがよ」ガンドーが言った「そのう……根拠というか……イグゾーションのような連中が従う理由ってのがどうも……」「自分は若輩者で、城の外に留め置かれる存在だ。気がつけばロードはそこにあり、権威を疑うなどという発想は持ちようが無い」

「どうも妙なんだよな」ガンドーは腕を組んだ。「よほど高貴な生まれか?だが、サラマンダーのような奴だってロードに喜んで従っていたんだろ……なにか違和感があるんだよ。あのな、俺の探偵のカンなんだが、これッてのは」「キョジツテンカンホー」ニンジャスレイヤーが呟いた。

「……」ガンドーは口を半開きにし、ニンジャスレイヤーを指差した。そして頷いた。ニンジャスレイヤーは続けた。「だが恐らくそれは発端に過ぎぬ」「……と言うと?」ディプロマットが尋ねた。

「体制の維持。欺瞞の維持だ。そのために死力を尽くす。各々が依存している……ギルドというシステムそのものに」ニンジャスレイヤーは言った。「たとえそれが偽りのシステムであろうと、まがりなりにも動き始め、力を持てば、それは群がった者らの欲望の拠り所となる。現実の欲望の拠り所に」

 ナンシーがモニタから顔を上げ、ニンジャスレイヤーを見た。ガンドーが、ディプロマットがニンジャスレイヤーを見た。やがてニンジャスレイヤーは言った。「偽りが築き上げた巨大なシステムとのイクサだ」揺れる車内は、啓示めいた沈黙で満たされた。合意の沈黙で。その数秒間は神聖な時間だった。

 

◆◆◆

 

 八つの水瓶を捧げ持つタコ噴水の水がにわかに途絶え、ゴリゴリという摩擦音とともに回転を始めた。噴水がまるごと地面の下へ落ち込んでゆくと、その十数秒後、かわりに迫り上がって来たのは謎めいた石の祠である。祠の扉が内側から開き、中からニンジャスレイヤーとガンドーの二人が降り立った。

 二者は周囲を見渡した。彼らを囲むのは四角く整えられた緑の生け垣だ。目論み通り、彼らは中庭エリアへの侵入を果たしたのである。「……」耳を澄まし、警戒する。接近者の気配は無い。

 ニンジャスレイヤーはバラのアーチ門から半身を乗り出し、左右を見た。ガンドーを振り返り、顔の横で人差し指と中指をそろえて立て、それを左に倒す。二者はしめやかにアーチ門をくぐりぬけ、左に走り出した。既に日は落ち、夜空に星が散っている。事情を知らねば、平穏そのものの庭園だ。

 先程のヨロシサン・トンネルの突き当たりに設置されていた祠型エレベーターで地上へ上がったのは、彼ら二人。残る三人はヨロシサン・トンネル内に残り、その場でバンを電子基地化、周囲にナリコやセンサーを配置し待機。三人には三人の仕事がある。どちらが欠けてもここから先の計画は立ち行かぬ。

 生け垣の庭園は迷路めいて広大だ。ガンドーはかつて、この庭園を見下ろす幽閉塔までの潜入を成功させた。しかし実際の庭園内に降りる事は叶わなかった。警備が大変に厳重なのだ。見よ、前方の十字路、右から横切ろうとする精鋭クローンヤクザ兵。全部で四人。それだけではない。ニンジャが一人。

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは一切スプリント速度を緩めず、オカメオーメンを被った精鋭クローンヤクザの一人に飛び蹴りを見舞った。「グワーッ!」首骨を折られクローンヤクザは即死!即座に残る三人のオカメヤクザがカタナを抜き放つ。だが、うち二人の顔面にマグナム弾が直撃、死亡!

 銃撃はガンドーだ。下ろしたての新たな49マグナム、2丁拳銃!「ナニヤツ!」ザイバツニンジャはバック転で間合いを取り、カラテを構える。「バンザイ!」オカメヤクザ最後の一人は主が戦闘態勢を整える時間を稼ぐべくニンジャスレイヤーにカタナ特攻!己の命を省みぬ恐るべき攻撃だ!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはジゴクめいたパンチをオカメヤクザのみぞおちに叩き込む!「グワーッ!バンザイ!」オカメヤクザは致命傷を受けながら大上段のカタナを振り下ろす!アブナイ!だが、BLAM!ガンドーの銃撃がカタナの刀身とオカメヤクザの頭部を破壊!ナムアミダブツ!

「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」「ディテクティヴです」二者は不敵なまでに堂々とアイサツした。「何、ニンジャスレイヤー?」銅色のニンジャは狼狽を隠せない。「どうやってここに」「アイサツせよ」ニンジャスレイヤーは言い放った。銅色ニンジャはIRC通信を試みる。……通信確立せず!

「無駄だ」ガンドーはマグナムをリロードした。「俺達が今、隠密しなかったのは、お前が助けを呼べる状態に無いからさ」「バカな……」銅色ニンジャは後ずさった。「アイサツせよ!」ニンジャスレイヤーが威圧した。銅色ニンジャはビリリと震え、アイサツを返した。「ドーモ。レプラコーンです」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは突如背後を振り返り、スリケンを投擲!「グワーッ!」生け垣から上半身をはみ出させた不気味なニンジャが肩にスリケンを受け、手に持っていたクナイ・ダートを取り落とす!「イヤーッ!」不気味なニンジャは生け垣に再び潜り込み、消失!

「イヤーッ!」隙をついて、レプラコーンのニンジャブーツがジェットを噴射!強烈な速度でニンジャスレイヤーに飛び蹴りを繰り出す!BLAM!「イヤーッ!」ガンドーがマグナムを発砲、その反動力を載せた肘打ちでレプラコーンをインターラプトする!「グワーッ!」レプラコーンの膝が砕けた!

「任せたぞ!」ニンジャスレイヤーは言い放ち、駆け出した。彼は生け垣をモコモコと波打たせながら離れてゆく存在を追う!「イヤーッ!」離れてゆく生け垣の膨らみから不気味なニンジャの上半身が再び横向きに生え、クナイ・ダート三本を投げつける!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはブリッジでクナイを躱しながら、片手でフックロープを投げ返していた。フックが不気味なニンジャの腕に絡み付く!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは力を込めてロープを引き、ゴロゴロと地面を転がる!引きずり出される不気味ニンジャ!

「イヤーッ!」ニンジャは片腕をロープで縛られたままクナイをニンジャスレイヤーめがけ投擲!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは片手でクナイを弾き返す!不気味なニンジャは呻いた。「やりおる……ドーモ。モルディスライムです」「ドーモ。モルディスライム=サン。ニンジャスレイヤーです」

「イヤーッ!」その背後から更なるアンブッシュだ!ニンジャスレイヤーは咄嗟に反応しようとしたが、モルディスライムがロープ絡み付く腕を力任せに引いた!重心バランスが崩れる!「ヌウーッ!?」「イヤーッ!」空中から回転しながらの斬撃が襲いかかる!アブナイ!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは身を捻って致命的斬撃を回避!刃がかすめ、切り裂かれた赤黒装束の繊維が散る!「イヤーッ!」襲撃者はバック転で間合いを取り、アイサツ!「ドーモ。ペインキラーです」その顔にはハニワめいた無感情なフルメンポ!

「忌々しい。通信の断絶などと小細工を」ペインキラーが吐き捨て、得物のノダチ・ケン・カタナを構えた。「だが、そもそもワシらが上に救援要請する必要があるという思い込み……それ自体が過信よ。ワシらで十分だ」「その通りじゃ」モルディスライムが笑った。「ぬかせ」とニンジャスレイヤー。

 ペインキラーは両腕を高く差し上げて刃を下向ける独特の構えを取る。「殺してしんぜよう」「……」ニンジャスレイヤーは睨み返した。その目に殺意の火が灯った。


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「イヤーッ!」モルディスライムが腕に絡みつくロープを力任せに引く!だが期待した手応えを全く得られぬ!彼は仰け反り、たたらを踏んだ。ニンジャスレイヤーが己の側でロープを瞬時に切り離したのだ!「え」「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの振り返り投擲スリケンが眉間に命中!

「オボ……オボーッ!?」不気味なニンジャの眉間から鮮血が噴き出す!ナムサン……モルディスライムは確かにニンジャスレイヤーの拘束を逆手に取り、イクサの優位を拾った。そこまでは良かった。その成功に寄りかかり、ロープにこだわりすぎた。イクサは刻一刻と姿形を変える不定形の魔物なのだ!

「キイヤアーッ!」ノロイめいた絶叫を放ち、ペインキラーがカタナを振り抜く!掬い上げるような独特の軌跡!「イヤーッ!」スリケン投擲を終えたニンジャスレイヤーはそのまま回転し、回し蹴りでカタナの側面を蹴る!切っ先が逸れる!ニンジャスレイヤーは回転の勢いでペインキラーめがけ跳ぶ!

「ヌウーッ!」ペインキラーは返す刃を繰り出そうとしたが、キリモミ回転しながら跳ぶニンジャスレイヤーは既に目と鼻の先だ。「イヤーッ!」「グワーッ!」ジャンプ回転裏拳がペインキラーの側頭部を直撃!その余剰回転の勢いを載せ、背後のモルディスライムにスリケンを二枚投擲!「イヤーッ!」

「オボボボ、グワーッ!?」モルディスライムの両目にスリケンが深々と突き刺さる!「オボボボーッ!?」眉間と両目から鮮血を噴出!周囲の生垣を汚しながら奇怪な断末魔のジグを踊る!「キャアアーッ!」裏拳に耐えたペインキラーが地面すれすれまで身を沈め、恐るべきリーチの横斬撃を繰り出す!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは一瞬早く着地、地面を蹴って再び跳んで、恐るべき下段斬撃を回避!ペインキラーは地面を転がって間合いを調節、空中のニンジャスレイヤーに斬りつける!「イヤーッ!」「イヤーッ!」火花散る!斬られたニンジャスレイヤーは回転しながらペインキラーを飛び越す!

 空中でカタナを弾き返したのはニンジャスレイヤーのヌンチャクだ。ニンジャスレイヤーはヌンチャクを振り回し、構える。必要な時にのみその力を貸す、神秘の武器を!「来るがいい!」

 ペインキラーとニンジャスレイヤーは同時に踏み込む!「キャッ!」ペインキラーのイアイめいた中段横斬撃!ニンジャスレイヤーのヌンチャクとぶつかり合う!「キャッ!」さらに神速の上段横斬撃!ニンジャスレイヤーは上体を逸らし、流麗なブリッジでこれを回避!だがそこへ迫る第三の下段横斬撃!

 ナムサン、上段横斬撃の勢いで一回転し、身を沈めながら繰り出す渾身の下段斬撃、これが本命だ!「キイイイイヤアーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはブリッジ姿勢から後方ムーンサルト回転ジャンプ!一瞬後、そこを通過する刃!

 ニンジャスレイヤーは空中で上下逆さ状態!そのままキリモミ回転!「イヤーッ!」回転の中から斬撃直後のペインキラーめがけ撃ち出される高速の質量体!「グワーッ!?」ペインキラーのフルメンポの眉間に突き刺さったのは……柄、鎖、柄がピンと伸び真っ直ぐに飛んだヌンチャクだ!投擲したのだ!

「アバーッ!?」のけぞるペインキラーの額に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、フルメンポがバックリと割れ落ちる!両目が飛び出さんばかりに見開かれた断末魔の素顔が露わだ!だがヌンチャクは高速投擲の勢いでピンと張ったまま、依然、額に刺さっている!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは疾駆!

「アバッ……」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヤリめいたサイドキックをヌンチャクの柄に叩き込んだ!ビリヤードのキューめいて後ろから撃たれたヌンチャクはペインキラーの額から後頭部に貫通!そのままロケットめいて飛び出す!「アバーッ!」射出された先には……ナムサン!「オボボボ」

 ヌンチャク弾丸はモルディスライムの額のスリケンに命中!スリケンを杭打ちめいてモルディスライムの頭蓋内に押し込む!「オボアバーッ!」後頭部が爆ぜ割れ、脳漿が噴出!即死!「サヨナラ!」ペインキラーがやや遅れて爆発四散!

 ツカツカと歩み寄ったニンジャスレイヤーがヌンチャクを額から引き抜くと、モルディスライムはべしゃりと地面に倒れ伏した。ナムアミダブツ……なんたる二人のニンジャを同時殺害せしめた無情カラテ!ニンジャスレイヤーはガンスピンめいてヌンチャクを打ち振り、腰に再び吊るした。ポイント倍点!

 ニンジャスレイヤーが後方を振り返る。その視線の先には遠く、うつ伏せに倒れたレプラコーンの背中を踏みしめたガンドーの姿があった。彼はマグナムをレプラコーンの後頭部に定めた。レプラコーンがもがこうとした。BLAM!「サヨナラ!」後頭部を無慈悲に撃ち抜かれたレプラコーンは爆発四散!

「……」ニンジャスレイヤーは片手を差し上げ、駆け寄ってくるガンドーに、ツタの絡まる東の石壁を……庭園の終わりを示した。壁には閉ざされた巨大な門がある。ガンドーのコートの中からモーターチイサイが飛び出し、赤い光の軌跡を翻す。「立ち止まっていられねえな」とガンドー。「その通りだ」

 

◆◆◆

 

 ストーカーはモニタを二度見した。庭園に設置された監視カメラの映像だ。「ん……何かこれ……」彼女は画面に顔を近づけた。何の変哲も無い生垣と通路の俯瞰だ。「どうした!」天井が開き、メガネをかけたニンジャが降り立った。ヴィジランスだ。「二度目だな。君は確かに怪訝に思った。二度だ」

「そう……ですね」ストーカーはモニタを見据えたまま生返事をした。「ご覧の通り、何も起こってはいな……」「違うな!」ヴィジランスは遮った。「二度だ。わかるか?短時間に二度だ。粛々と君が密かにゲームをしながら仕事をこなし、何事も起こらず過ごすべき時間が。二度だ。二度乱れたのだ」

「ゲーム?何のことだか」「ヒヤリ!ハット!」ヴィジランスはまばたきせずストーカーを見つめた。「いいか?その内容は重要ではない。レッサーな非・平常インシデント即ち『ヒヤリ・ハット』がつながって発生する時……それは重大インシデントが身じろぎしているという事を意味する」

「つまり、またこの前のような事が?」ストーカーはほつれ毛を指で弄びながら言った「ファイヤーウォールは倍に増やし、奴隷エンジニアも補充してありますが」彼女は電算室を見渡した。「報告を上げるにも、『勘です』とだけでは……」「何かあってからでは遅いぞ、君!」ヴィジランスが叫んだ。

「私達の監視体制があってこそのザイバツ・シャドーギルドだ。偉大なるロードの御力を支えているのは我々電算室だという絶対事実、絶対光栄を胸に刻みたまえ。誰がやる?我々だ。我々以外に無い。腹をくくれ」彼はストーカーを凝視し、奴隷たちを見渡した。「終わらないマツリだ。素晴らしいよ」

「開きません」クローンヤクザがカーボンフスマに手をかけた。「……開きません」ヴィジランスを振り返り、繰り返した。「イヤーッ!」ヴィジランスはUNIX机を回転ジャンプで飛び越し、フスマ前に着地。センサーを覗き込み、網膜照合を試みた。「権限外ドスエ」マイコ音声。「ロックダウンか」

「外部アクセスアバーッ!」奴隷エンジニアの一人が突如起立し、耳から出血、シェイクしたシャンパンめいて口から泡を吹いた。「イヤーッ!」ヴィジランスは回転ジャンプしてデスクに収まる!「セレモニーは我々が守る!」「女狐……」ストーカーは吐き捨て、恐るべき速度のタイピングを開始!

 

◆◆◆

 

 0100010001000011……黄金立方体は格子模様の星々の向こうでゆっくりと自転する……ナンシーはそこから視線を落とし、八角形の青い石の林立するエリアに注意を向けた。鉄条網じみた光がそれらをドーム状に覆い、封じ込めた。うまくいった。だが、ここからだ。

 ナンシーのロックダウンコマンドは咄嗟で必要最小限のものだった。キョート城電算室を物理的に隔離し、クローンヤクザ等を用いた外部への非通信警告を不可能にした。この措置は急ごしらえで、何分保つかわからない。

 このキョート城システムにまつわるコトダマ空間のデザインは気に入らない。幾何学的に過ぎる、ミニマルに過ぎる。漠然とし過ぎている。ナンシーの左手からはガラス糸が流れ、木の根状の節くれだった集合体を作っているエリアに接続している。庭園エリアの監視システムだ。

 彼女は庭園エリアのシステムは既に掌握していた。無線LANは制限され、監視カメラは数分前の「平和な」光景の録画映像をリアルタイムめかしてループ再生している。ニンジャスレイヤー達がどれだけ激しく戦闘しようが、外部がそれを電子的に察知する事はできない。

 ここまではいい。ヨロシサン・トンネルにまつわる歪なシステムを踏み台に、電算室がそれと気づくよりも速く、仕込みを終えた。だが、既にこちらのハッキングは察知されてしまった。ここからが本番だ。ナンシーは耳の後ろの物理的なLAN接続にいまだ違和感を覚える。まるで首輪と鎖のようだ。

 かつて彼女は短い期間、ネットワーク・コトダマ空間へのエントリーにLAN接続をすら必要としなかった。無限の空を飛翔し、力と秘密に触れた。現実の自分を俯瞰する神秘的な体験をした。暗い海を眺めた。……今の彼女にはその手段も、得た記憶も残っていない。黄金立方体の輝きだけが変わらない。

 ネットワークに挑むたび、彼女はその短い期間の記憶の残滓が引き起こす、楽園放逐の悲しみ、寂しさ、無力感に苛まれる。涙するほど強い感情に。同時に彼女はかりそめの安らぎを覚える。……己のそうした不条理な心の動きを、彼女は秘かにおそれていた。彼女はおそれを振り払う。いつものように。

 電算室を縛る「燃える鎖」をすり抜け、電気の蛇が二匹這い出す。三角錐の飛沫を闇に散らしながら、手探りするように伸びてゆく。「来たわね……」ナンシーは右手から別のガラス糸を放つ。糸は中途で二つに枝分かれし、それぞれが電気の蛇を繭めいて押し包み、封じ込めて粉砕した。

 その時既に、別の三匹の電気の蛇が這い出している。速い。ナンシーはこのリズムに覚えがある。先日の経済攻撃で鍔迫り合いした相手だ。相当のタイピング速度。ナンシーを上回る。燃える鎖を事前に用意できたのは良かった。ぎりぎりの判断だった。彼女はガラス糸をさらに放ち、それら蛇を全て壊す。

 その時既に、別の五匹の電気の蛇が這い出している。だがナンシーはいつまでも単純な力比べに乗り続けるつもりは無い。燃える鎖の周囲に巨大なエナジーダルマが落下し、それがマトリョーシカめいて割れ、入れ子構造で3つに分裂する。エナジーダルマは憤怒の形相で五匹の蛇に攻撃を加え始める。

 ナンシーは電子イクサの光景の背後に巨大な存在の黒い影を感じる。赤外線スコープを切り替えるように視野を変えれば、影は払われ、キョート城に血管めいて張り巡らされたネットワークシステムの全貌が現れるだろう。だが彼女はその視野をまだ入手していない。ハッキングが不十分だ。

 エナジーダルマは電子の蛇の行く手を遮り、頭突き攻撃を加えて滅ぼしてゆく。燃える鎖のせいで、敵ハッカーは十分な数の蛇を外に放てないのだ。ナンシーは庭園エリアを見やる。火星めいた赤い光。モーターチイサイのアカウントだ。ニンジャスレイヤーとガンドーが中庭へ通ずる門に辿り着いたのだ。

 ナンシーの目の前に砂嵐を伴う映像が展開する。ハッキングした定点監視カメラからのものだ。視点は門の前、ニンジャスレイヤーとガンドー。門を開くにはハッキングだけでは不十分だ。二人がモーターチイサイをパネルに直結し、左右のレバーにそれぞれ手をかける。ナンシーは開門許可を出した。

「OK、こっちの蝶番は外した……そのまま同時にレバーを」ナンシーはモーターチイサイを通じ、彼らに呼びかける。「了解だ。チョロいもんだな。さっき、ちょいと運動したが……」ガンドーの音声に、ナンシーは答えようとした。悪寒がした……彼女の背中が花弁めいて裂けた。「ンアーッ!?」

 ナムサン!彼女の背後で電気の蛇が十数匹、螺旋状に集まって、メデューサめいた剣呑な女性像を作り上げている。その手に握った邪悪な形状の刃が、ナンシーのアカウントを後ろから切り裂いたのだ!「ハ!ハ!ハ!」攻撃者が哄笑する!「痛かったか?ウスノロ!」

 ナンシーは背中の傷から脱皮し、蝶めいて羽化した。メデューサめいた存在が一秒前までの彼女の肉体を蹂躙するのを尻目に、上空へ羽ばたき逃れる。羽ばたくたびに蝶の羽根は鱗粉を散らす。鱗粉はその場にとどまり、トゲまみれの地雷アカウントを無数に形成する。「おやおや!悪あがきを!」

 攻撃者は自ら爆発し、無数の紡錘体を形成。多重音声めいて笑った。ナンシーは上昇しながら電算室の方向を見やる。エナジーダルマが蛇を全滅し、燃える鎖も無事……無事?無事と思っていただけ?「そうだ!ナメるなよ、女狐!」ナムサン!偽装!鎖は既に破られていた!その事実が隠されていたのだ!

 ナンシーは螺旋を描いて飛びながら、蝶の姿をより操作し易い形状へ歪める。彼女は蘭の花めいた流線型の飛行体となった。まだだ。まだ所在を掴まれてはいない。紡錘体群の姿をとった敵が跳ね飛び、地雷原に突入した。たちまち花火めいた光が無数に弾け、0と1に還元されて拡散してゆく。

 バイナリ爆発群を切り抜けて来る紡錘体が幾つもある。ナンシーは加速し、隣接チャネルにアカウントをログインさせ直した。闇が晴れ、紫色の海に廃墟のビルが島めいて幾つか浮かぶ光景が広がる。ビルの屋上はマングローブで覆われ、フラミンゴが群れている。ナンシーはそのただ中へ墜落した。

「ping!ping!ping!ハ!ハ!ハ!」後を追って突入して来た紡錘体は数万倍のサイズに膨れ上がって巨大なエイの形を取り、上空を旋回してナンシーを探した。マングローブの木陰、蘭の花めいた飛行体が割れ、中から、裸体を黒いタールにマダラ模様に浸食されたナンシーが這い出す。

「オイ……応答しろ……どうなってる……平気か……」遠くでガンドーの声が反響している。ナンシーはマングローブの幹にもたれかかった。数百羽のフラミンゴはみな一様に片足を上げた姿勢で停止し、微動だにしない。ナンシーは荒い息を吐き、上空を旋回するエイ01見010る00010101 

 010真0っ01白な視1が徐々に晴れ、彼女は薄暗いUNIXモニタの照り返しを受ける自分の身体感覚を取り戻す。ヨロシサン・トンネル。電子バン。「DAMN SHIT!」ナンシーは左耳から流れ出した血を腕で拭った。「ええ、ええ、そりゃ、ベイビーサブミッションてわけにはいかないわよ」

「どうした」ディプロマットが車内に身を乗り出し、声をかけた。ナンシーはつとめて微笑した。「死んだわ」「大丈夫か」「冗談よ。でも、このままじゃ捕捉される。もう一回死んで来るわ」彼女はすぐさまタイピングを再開する……。

 

◆◆◆

 

 重苦しい音と砂埃を立てて巨大門が開き、二者を迎え入れた。中庭エリア。以前にスパイ潜入を試みたガンドーも、ここから先の様相は全くの未知だ。地面には渦巻き模様を無数に描く美しい白砂がどこまでも敷き詰められ、球状に剪定された巨大なバイオパインが迷路めいて視界を遮っている。

 バイオパインの向こう、東の空を突き刺すように、禍々しいホンマルの威容。二者は途方も無い圧力を感じた。錯覚であろうか?ニンジャスレイヤーは片膝をついてニンジャ聴覚を研ぎすませ、護衛ニンジャの存在を推し量ろうとする。「オイ」ガンドーはそれをやめさせた。「無意味だ。何故というに」

 ズシン!「何故というにだな」ズシン!「……何故というに、何だ?」ニンジャスレイヤーは言った。「念のため訊いておく」「ま、答えは後だな」二者は背中合わせに立ち、各々のカラテを構えた。ズシン!彼らは左右から迫り来る敵を見据えた。6メートル、青銅製の巨人……戦闘的ブッダ像!

 ニンジャスレイヤーが対する像は口を開いており、ガンドーの対する像は口を閉じている。どちらも怒りに満ちた目を彼らに向け、カラテは見慣れぬ構えだ。青銅巨人の鎖骨の上には円い穴が穿たれ、その中で、いかなるジツの作用であろう、暗紫色の火が燃えていた。「「……」」巨人は無言だ!

「ドーモ。はじめましてニンジャスレイヤー=サン」声は上から飛んで来た。二者はそちらを見やった。ガンドーは目を見開き、ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。彼らの頭上の空中に、いつの間に現れたか、アグラ姿勢のニンジャが反重力めいて浮かんでいるではないか……!

 暗青紫色の装束を着たニンジャの両目はブッダ像の火と同色に光り輝き、上向けた掌の上にも、やはり同色の炎が燃えている。ただものではない。アイサツの時点でカラテの格が伝わる程のニンジャだ。「よくもこの神聖な白砂を踏み荒らしに参ったことよ。下郎。そしてその太鼓持ちめいたヨタモノめが」

「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」「ディテクティヴです」二者はアイサツを返す。敵ニンジャの周囲に、どこからか飛来してきた複数の武具が、ぴったりと寄り添うように浮かんだ。カタナ、サイ、斧、ジュッテ、メイス、丸盾!「ザイバツ・シャドーギルド……グランドマスター……ケイビインです」


3

 ケイビインは超自然の光を放つ瞳で二人の侵入者を睨み下ろす。庭園を守護していたペインキラー達は彼の手勢であり、いまだ彼らのバイタル信号は「異常なし」を伝えてくる。だが現実は違う……彼らは死んだのだ。これ即ち、キョート城の防衛システムが物理・電子の両面で攻撃を受けているという事だ。

 ザイバツ・ニンジャであってもおいそれと通過する事は許されぬ大門が恭しくこの二名の不埒者を受け入れた時も、警戒システムはオールグリーンを保っていた。ケイビインはそのとき物見ヤグラに居たが、門の内側に配備されていた二体のカラテゴーレムのテレパス反応が、侵入者を明らかにしたのだ。

 青銅の戦闘的ブッダ像にかりそめの命を与えて動かすカラテゴーレムは、ケイビインの……憑依ニンジャソウル「オダ・ニンジャ」に由来するジツ、「カゲムシャ・ジツ」によって造られた超自然存在であり、防衛システムのハッキングで謀る事など、できはしない。

 庭園と中庭を隔てる壁に設置された、外界の喧騒を逆位相の音波で打ち消すシステムを始め、平時の奥ゆかしく雅な様式が逆手に取られた格好だ。ケイビインは彼ら侵入者を打ち滅ぼし、陰で糸を引く電脳者の所在を拷問などによってあらため、すべてのカタをつけたのち、セプクする腹づもりであった。

「ザイバツ・シャドーギルドの久遠の歴史において、貴様らごときビョウキ鼠に白砂を踏ませたためしなど無し。卑しい知性のいじましき努力は褒めてやる」「くだらん」ニンジャスレイヤーが言い捨てた。「たかが古城。たかが砂。たかがニンジャの寄り合い所帯よ。ゴロツキ風情が笑わせるな!」

「貴様のシツレイは、我がカラテと命で雪ぐ」ケイビインはジゴクめいて言った。二体のカラテゴーレムの首の炎が一際強く燃え、左右から襲いかかる!ニンジャスレイヤー、ガンドーは、それぞれの敵めがけ同時に跳躍!「「イヤーッ!」」

 ニンジャスレイヤーは巨大ハンマーめいた青銅巨人の拳を跳んで躱し、その腕を蹴ってさらに跳躍!ケイビインに飛び蹴りを放つ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ケイビインは空中でアグラし両手を腿に沿わせて斜め下に伸ばした姿勢を全く崩さない。反応したのは丸盾だ。蹴りを防御!

 BLAMBLAMBLAMBLAM!別角度からケイビインめがけマグナム弾を連射したのはガンドーだ。カラテゴーレムのケリ・キックを横転回避しながらのローリング射撃!だが、ナムサン!カタナとジュッテが反応し、致命的弾丸を全て弾き返す!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは丸盾を蹴った反動で後ろへ跳躍し、回転しながらスリケン投擲!ケイビインのサイが反応し、スリケンを弾き返す!「イヤーッ!」メイスがニンジャスレイヤーめがけて飛び、打撃を繰り出す!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは蹴り返す!「イヤーッ!」そこへ斧だ!

 ナムサン!なんたる通常の武器カラテでは到底実現不可能なテレキネシス連続攻撃!これがケイビインの誇るアスラ・カラテなのだ!あわや胴体切断!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは身体を強いて捻り、さらに高速キリモミ回転!ヌンチャクを繰り出す!ぶつかり合う斧とヌンチャク!

 読者諸氏は、激しい戦闘を繰り広げる門の前の彼らから、徐々に鳥めいて視点を俯瞰させて頂きたい。複雑な文様めいて渦巻く白砂が敷き詰められた中庭……そこに他のニンジャはいるだろうか?いない。佇むのは要所要所でヤリを持つ数名のエリート・クローンヤクザのみ。

 防御が手薄?そうした見方もあろう。侵入者自体がありえぬ空間だ。しかしながら手薄という言葉は正確ではない。この中庭を護るのはただ一人、ケイビインただ一人で十分なのだ。容赦なきカラテゴーレムと、恐るべきアスラ・カラテの使い手あらば、中途半端なニンジャなど邪魔になるばかりだ!

 BLAMBLAM!ガンドーが放つマグナム弾はカラテゴーレムの喉を狙う。しかし青銅巨人は筋肉めいた滑らかな動きで己を庇い、掌で銃弾を受けた。お返しのケリ・キックが襲う!「グワーッ!」ガンドーは吹き飛んだ。軽くは無い打撃力だ!

 一方のニンジャスレイヤーは、嵐のごとく繰り出されるケイビインのアスラ・カラテをヌンチャクで弾き返し続けている。防戦一方だ!彼の目にはいつしか赤黒い熱がレーザーポインターめいて灯り、ヌンチャクの柄も同様の熱軌跡を描き始めた。彼の中のナラク・ニンジャが共振を始めたのだ。

「……」無言で迫るカラテゴーレムの殴りつけ攻撃がニンジャスレイヤーへ横から襲いかかる。ニンジャスレイヤーは一瞬の判断でヌンチャクをピンと張り、盾めいて受けた。白砂にタタミ数枚分のブレーキ跡めいた線が燃える!「喉だ。喉の火」ガンドーは咳き込みながら体勢を立て直した。「弱点だ!」

 ガンドーの網膜には光る輪のガイドが映っている。それらはカラテゴーレムの喉元の紫の炎の炉に収束し、狙うべき部位である事を知らせた。青銅巨人を動かすケイビインの奇怪なジツの力の源はそれだ!「悪あがきを!」ケイビインは睨みつけた。初めてこのサイドキックに重大な注意を振り向けた。

「……!」カラテゴーレムが両手を握り合わせ、ハンマーめいて頭上へ振り上げ、ニンジャスレイヤーめがけ叩きつけた。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは転がって回避!そこへカタナと斧が襲いかかる!ヌンチャクを炎めいて振り回し弾き返す!さらにもう一撃!カラテゴーレムの踵に打ち込む!

 カラテゴーレムは軸足に無視できぬ衝撃を受けてよろめく。青銅の塊それ自体を破壊する事などナンセンスであるが、要所に打撃を与えることは無駄ではない!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは額めがけ飛んできたサイを飛び越え、カラテゴーレムの背中にしがみついた。ひるむゴーレム!

「ハエめが……」ケイビインは舌打ちし、丸盾でガンドーの銃撃を防御しつつ、ニンジャスレイヤーの周囲を旋回していた五本の武器を頭上に一度引き戻した。そしてガンドーに対していたもう一体のカラテゴーレムに命じた。「ニンジャスレイヤー=サンをやれ!」

 命令を受けたカラテゴーレムは、もう一方のゴーレムの背をよじ登るニンジャスレイヤーめがけショルダータックルで突進!「グワーッ!」もう一方のゴーレム諸共に体当たりを受け、あえなく地面に打ち転がる!巨体にしがみつき喉を攻撃する目論見は失敗!「バカめが!」アスラ武器がガンドーに飛ぶ!

「イヤーッ!」ガンドーは横飛びに銃撃してカタナ、サイ、ジュッテを撃ち返した。紫のアスラ光を帯びた武器はマグナム弾を受けて弾かれつつも破砕せず!大門の陰に飛び込むと、メイスと斧は門扉にぶつかって遮られた。ガンドーはリボルバーを開き、篝火の影からカラスを呼んで弾薬装填!

「ヌウーッ!」ニンジャスレイヤーは頭を振って起き上がった。衝撃で裂けた背中の装束が血で覆われ、再生してゆく。カラテゴーレム達はニンジャスレイヤーを二対一で殺すべく、挟み撃ちの位置関係をとりにゆく。ガンドーはケイビインを見上げる。武器が飛び戻り、まさにアスラめいて頭上に並ぶ!

 

◆◆◆

 

「当然、こちらの優勢です」ストーカーが残像が出るほどの高速タイピングを繰り出しながら呟く。ヴィジランスは戦略机に肘をつき、眉間にシワを寄せた。「完璧な成果を求めろ。油断はならぬ」そして奴隷ハッカーを見た「用意しておいたタラマキ社の偽インサイダー情報は予定通り流せ。粛々とやれ」

「女狐……どこだ……女狐」ストーカーはマントラめいて呟く。ヴィジランスは株価折れ線グラフを高速参照しながら、侵入者に対処するストーカーのどことなく危ういアトモスフィアを並行監視する。タイピング速度は図抜けて速いが、それを必殺の武器たらしめるのはヴィジランスの状況判断力なのだ。

 

◆◆◆

 

 フラミンゴが一斉に飛び立つ!毒々しいまだら模様の空が鳥達の影に覆われて真っ黒い闇が訪れた。「ping!ping!ping!」巨大なエイが空を埋め尽くすフラミンゴの黒雲をバクバクと咀嚼してゆく。ナンシーは巨大なエイを上から見下ろす……フラミンゴの一羽に紛れて、上空に逃れたのだ。

 ナンシーはフラミンゴ状の己の身体を捻じ曲げ、黄金立方体の下で、桃色の翼をもった天使めいたフォルムを形成した。彼女は身をそらし、手足を拡げた。頭上に生じたヘイローが虫メガネめいて黄金立方体の光を吸い込み、彼女の身体はにわかに輝き出した。

「そこか」巨大エイの背中にギョロリと巨大な一つ目が開いた。ナンシーは戦乙女めいた笑みを返した。「貴方の邪魔が間に合うなら、補足させないわよ」「メ!ギ!ツ!ネ」エイのヒレの下から煙の軌跡を残した無数のミサイルが放たれ、うねりながら上昇してくる。ナンシーは長文コマンドを実行した。

 ZAAAP!ナンシーから放たれた巨大な光球は眼下のエイめがけ恐るべき速さで飛んだ!光球の軌跡は螺旋状の光る風を生じ、ミサイル群は渦潮に飲まれる小魚めいて吸い込まれていった。光球はエイの眼球を貫き、爆発した。「AAAARRRR01GG00GHH010%翹1101!!」

 010001011アバーッ!」ストーカーは突然仰け反り、吐血した。「イヤーッ!」ヴィジランスは回転ジャンプし、その傍に着地!彼はジャンプ中に状況判断を終えていた。ストーカーが重篤な精神衝撃が為に押し損ねたエンターキーを彼がヒット!「イヤーッ!」010010010101

 01010001ナンシーは溶け崩れてゆく巨大エイを見下ろし、隣接するキョート城チャネルへ再びjoinした。たちまち紫の海とフラミンゴの光景は影と化し、あの不気味にミニマルで無機質なネットワーク・イメージの世界が戻ってきた。

「……」ナンシーは舌打ちした。エイの死体からウジ虫めいて続々とハエめいた飛行隊が羽化し、彼女を追うようにしてキョート城チャネルに飛び込んで来たのだ。ナンシーは飛行体に姿を変え、追いすがるそれらを振り切るべく、飛翔した。

 多重ログインしてくるハエ群めがけ、ナンシーは後方拡散機雷めいたkickコマンドを実行した。パルス爆発めいた無数の0と1に背後を照らされながら、ナンシーは中庭エリアへ注意を振り向けた。監視カメラから盗んだリアルタイム映像は、いま冒すべき危険、取るべき行動を彼女に自覚させた。

 kickコマンドを生き抜いた敵飛行体群はその一つ一つがハエから急速成長、ピクシーめいた剣呑な人型飛行生命体に姿を変えてゆく。ナンシーは逆に、これから行う攻撃の妨げとなる背中の翼を切り離し、その場に浮遊した。彼女は全身を緊張させ、中庭と電算室をつなぐネットワークへ右手を翳した。35

「SHHHH!」ピクシーの群れがナンシーを包囲し、逆棘のついた投げ槍を一斉に構えた。アブナイ!だがナンシーは危険を冒した。投げ槍が放たれた。彼女は目を見開き、翳した手を握り込んだ。

 KABOOOOM!「アバーッ!」数人の奴隷エンジニアがUNIX爆発に巻き込まれ、黒焦げになって吹き飛んだ。「アバババ、アバババ、アバババ」しかし爆発箇所に隣接する奴隷達は過剰な薬物投与によって高速タイピングを維持している。「チィーッ!」ヴィジランスは爆発を振り返った。

「クソが!」ZBRとザゼンの危険なカクテルを動脈注射されて意識を取り戻したストーカーは血反吐を床へ吐き捨て、高濃度精製バリキドリンクを一気に飲んだ。「まだやれる!」「当然だ。遅れを取り戻せ!」ヴィジランスは叫んだ。そしてニュース配信画面へ視線を戻した。「平常通り進めろ!」

「アバババ中庭に!UNIX爆発IRCフィードバックが……」奴隷エンジニアの一人がモニタ表示を見て涎を垂らした。「中庭?」ヴィジランスは身構えた。「中庭だと!?」

 

◆◆◆

 

 カタナ、ジュッテ、サイ、斧、メイスが渦巻いてガンドーめがけ飛来しかかった、まさにその瞬間である!「ヌウッ!?」ケイビインの集中がコンマ数秒、断絶した。放たれた武器はそのままガンドーめがけ降り注いだが、生じた違和感を見逃すガンドーでは無かった。

 ガンドーの全身をニンジャアドレナリンが駆け巡った。泥のように鈍化した時間感覚の中、彼はマイめいて身を捻った。飛来する武器はアスラ・カラテのコントロールをどういうわけか失ったようだった。ニンジャ反射神経とニンジャ動体視力は五つの武器の飛行軌道を予測した。彼はその軌道線を避けた。

 カタナがガンドーの頬をかすめ、胸先をかすめて、白砂に突き刺さった。ジュッテがガンドーの首筋をかすめ、白砂に突き刺さった。サイがガンドーの腕先をかすめ、白砂に突き刺さった。斧がガンドーの左腿をかすめ、白砂に突き刺さった。メイスがガンドーの右脚をかすめ、白砂に突き刺さった。

 ガンドーは両手の49マグナムの引き金を引く。銃口から黒い弾丸が放たれる。彼の視界には二つの光の輪が焼きついていた。ひとつはケイビインの額。ひとつはカラテゴーレム一体の喉の炉だ。弾丸はある地点までは並行して飛んだ。突如、弾丸それぞれに黒い羽根が生え、羽ばたき、飛行角度を変えた。

 羽ばたいた羽根は一瞬で散り落ちた。ケイビインめがけた弾丸はコントロールを取り戻した丸盾によって阻まれた。もう一方の弾丸。ニンジャスレイヤーは左右から襲い来たカラテ・ラリアットを垂直跳躍で躱した。そのすぐ側を弾丸が通過し、さらに羽ばたいて再び角度を変えた。

 体勢を戻そうとするカラテゴーレムの一体、その喉元の紫の火の炉へ、カラス弾丸は吸い込まれてゆく。ショドー墨をぶちまけたように、弾丸は潰れて黒く飛び散り、紫の火をかき消す。カラテゴーレムは膝をつき、手をついた。ニンジャスレイヤーは体操選手めいてキリモミ回転し、空中で身を捻った。

「……イヤーッ」宙返りしながら落下したニンジャスレイヤーは、命を失い崩れ落ちるカラテゴーレムの頭部を両脚で踏みしめ、勢いを溜めた。もう一体のカラテゴーレムはニンジャスレイヤーめがけカラテパンチを振りかぶった。ニンジャスレイヤーは身を縮めながらそちらを向いた。そして、跳んだ。

 カラテゴーレムがカラテパンチを繰り出す。弾丸めいて跳んだニンジャスレイヤーのスレスレのところを、その致命的な腕が通過する。ニンジャスレイヤーのシルエットは完璧に均整の取れた蹴り姿勢をとっていた……ドラゴン・トビゲリだ!「イヤーッ!」トビゲリが狙う先は、カラテゴーレムの喉!

 かつて師のドラゴン・ゲンドーソーと共にソウカイ・シンジケートの巨星、アースクエイクを滅ぼした恐るべき蹴りは、ナラク共振を経た今、あの時よりも遥かに致命的な一撃と化して、再び巨大な敵を……打ち抜く!KRAAAAAAASH!

「何!」ケイビインが背中にXの字に吊るしたニンジャソードを引き抜き、構えた。カラテゴーレムの喉を蹴り砕いたニンジャスレイヤーは少しもその勢いを減じず、弾丸めいて貫通!カラテゴーレムの首が飛び、衝撃で四肢がくだけて破砕!ニンジャスレイヤーの飛行軌道上に、ケイビイン!

「イイイイイイヤアァァーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクを振り抜き、ケイビインに叩きつける!「イヤーッ!」ケイビインは両手のニンジャソードを水平に構え、アグラ姿勢のままコマめいて反重力空中高速回転!ゴウランガ!二者のデッドリー・カラテが正面衝突!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 ヌンチャクとニンジャソードがぶつかり合い、センコ花火の最重点瞬間めいて火花を散らす!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」二者は打ち合いながら落下し、共に白砂の上に着地!

 一瞬の交錯が、ケイビインを地に引き摺り下ろした!無敵めいたアスラ・カラテを破ったのは、ナンシーであり、ガンドーであり、ニンジャスレイヤーであった。ケイビインはあの瞬間、機能停止していたと思われた己のIRC通信回路へ流れ込んできたアラート信号を無視できなかった。

 ハッキング?電算室本部までが!?……キョート城深奥の警備を司るケイビインのニューロンは、この事実をいかにしてホンマルのニンジャ達に……着々とセレモニーの準備を進めるパラゴンらに伝達すべきか、まず考えざるを得なかった。逡巡がアスラ・カラテの螺旋の軌道を断った!インガオホー!

 武器を打ち合わせる二者の周囲を丸盾が高速旋回し、不可侵の領域を作り出していた。ガンドーは一瞬ケイビインを外から狙おうとし、銃を下ろした。ヌンチャクと二刀流ニンジャソードの撃音が……加速する!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「……イヤーッ!」「グワーッ!?」

 忍!ヌンチャクの柄に火文字が輝き、ニンジャソードの一方を跳ね飛ばした。ニンジャソードは空中で紫の炎を内から発し、爆発四散した。殺!もう一方の柄に火文字が輝き、残るニンジャソードを跳ね飛ばした。空中で紫の炎を内から発し、爆発四散した。「まだだ!」ケイビインはカラテを構えた!

「まだでは無い!終わりだ!」ニンジャスレイヤーの両目が赤黒く燃えた!「ニンジャ!殺すべし!」「イヤーッ!」ケイビインが掌底を繰り出す!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは踏み込み、脇腹に左拳を叩き込んだ!「グワーッ!」

 ケイビインはしかしその瞬間、ニンジャスレイヤーにローキックを命中させていた!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーがひるむ!痛み分けか!?だが、見よ!二者の周囲を旋回していた丸盾が突如水平になり、回転しながらギロチンめいてニンジャスレイヤーの首を狙う!「イヤーッ!」

 ナムサン!その首切断重点!?だがニンジャスレイヤーはブリッジ寸前まで上体をそらすと同時に、右手を天に向けて差し上げていた。そして、おお……ゴウランガ!立てた人差し指の先で、回転する丸盾の中心部を支えたのだ!ゴウランガ!

「イヤーッ!」それを、返す!ニンジャスレイヤーは回転丸盾をケイビインに放つ!「イヤーッ!」ケイビインは己の首に盾が達する寸前にテレキネシスを発動、空中で丸盾を静止した。「イヤーッ!」その足元を、ニンジャスレイヤーの地を這うようなカニ挟みめいた足絡みが襲った。「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーはケイビインを地面に引倒した。「イヤーッ!」「グワーッ!」彼は即座に両脚に力を込め、ケイビインの脚を破壊した。慈悲は無い!ニンジャスレイヤーは跳ね起き、その手にヌンチャクを構えた。一際強く燃える「忍」「殺」の火文字!「お……おのれーッ!」ケイビインが叫ぶ!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは垂直跳躍!落下とともにヌンチャクをケイビインの頭部めがけ振り下ろす!神器は一撃でケイビインの頭部を叩き潰し、周囲の白砂を噴水めいて噴き上げた!「サヨナラ!」ケイビインは爆発四散!

「畜生、終わったかよ……」ガンドーはザンシンするニンジャスレイヤーに近づいた。ニンジャスレイヤーはヌンチャクを振り回し、腰帯に戻した。「終わりだ」そしてホンマルの威容を見やった。「だが、始まってもおらん」「ああ、クソッ」ガンドーもそちらを見た……目指すべき最終目的を。

 今ならまだ……まだ侵入の事実は伏せられている。この激しい戦闘も、ナンシーの映像偽装、電算室封じ込めによって、ザイバツ本体への伝達は阻まれている。今なら苦労無くホンマルへ侵入できる。だが……ダメなのだ、それでは。ニンジャスレイヤーはガンドーを見た。「ホウリュウ・テンプルだ」


4

0100101000010010010010010010
THE VERTIGO_is_speaking_to_YOU
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ホー!ヨー!ヘー!フム。このアーカイヴズ連載も第二部がこうして最終章に来た! 俺も参加ニンジャとして感慨深いぜ。ついにニンジャスレイヤー=サンがケイビインを爆発四散させて、キョート城のイクサも佳境……いや、佳境どころか、ここからが本当のヘルオンアースだぜ。ホンマルに攻め込むのはここからだ。ユカノ=サンが待ってるぞ!

今いるのは中庭エリアだよな。中庭エリア?なんだって?わからない?おさらいが必要なお友達がいるって?よし、じゃあさっそく図解して見ような。はい、どうだ、ニンジャ共感力があれば俺のコトダマ図画が見えるはずだ。見えない?じゃあ今から説明だ。俺の自我もなんだか現代から連載当時の自分と融合してい0100101く感じなんだ0100101……。

キョート城ってのは、外から見ると巨大な一大史跡なんだな!デカイお堀が囲っていて、水の中には……ブルルッ!とにかくその中、一番外側の一部は一般解放区だな。壁の外だ。ここでナンシー=サンが準備している間、ディテクティヴ=サンとディプロマット=サンがクレープを売った。

その壁の向こうは、ビジター地区だ。ザイバツゆかりの業者で、非ニンジャであっても、ここまでなら立ち入り可能だな。ディテクティヴ=サンが個室トイレで通信してたの覚えてるかい?

このビジター地区は敷地の西の端なんだ。キョート城は東にいくほどどんどん高くなるから、北・東・南からの侵入は無理だ。言わば、断崖だからな。西からひとつずつ東へエリアを踏破するんだよ。ワカル?ビジター区の東端には強化ガラスが張られている。この先は余程じゃないと入れない。

強化ガラスの先は踊るモンキーの区、庭園だ。そのあたりに、ユカノ=サンが一時的にラプンツェルめいて幽閉されていた塔があったよな。ディテクティヴ=サンは単独潜入時に塔までは行けたが、下には降りられなかった。

さて。ここで、例のUNIXバンだ。搬入路が繋がっているのはビジター区だが、そこに入っても先には進めないんだな。ニンジャスレイヤー=サン達はどうしたって?搬入路のさらに先に伸びる胡乱なトンネルを使ったんだ。秘密のヨロシサン・トンネルだ。遺棄プラントで情報を得たんだな。内緒だぜ?

ヨロシサン・トンネルの突き当たりから秘密エレベーターで垂直上昇すると、タダーッ!庭園の中に入り込めるんだよな!ショートカットさ!ニンジャスレイヤー=サンとディテイクティヴ=サンはここから侵入、ペインキラー達を容赦なく殺した。ナンシー達はトンネル内で待機。 ハッキングチームだ。

今、サンをつけ忘れたのはdisじゃない、文字数だ。頼むぜ!さて、庭園の東の端には城壁が再びあって、門を開けると、中庭だ。中庭で待ち構えていたのがケイビイン=サンだ。中庭はでっかくて、中庭の東の端には、ホンマルへの入り口があるってわけだな。

ハッキングチームはヨロシサン・トンネルの中で待機しているが、遊んでるわけじゃない。キョート城電算室の連中と激しい電子のイクサを繰り広げてるんだ!この助け無しじゃ、今ごろニンジャスレイヤー=サン達はクローンヤクザやザイバツニンジャに完全包囲されちまう所さ。ギリギリのイクサだ!

そんなわけで、ニンジャ000スレ10100イヤー01000001010100100%廨01001010001

101000101


「アバーッ!」奴隷エンジニアがまた一人、目や耳から血を噴き出し息絶えた。ヴィジランスは舌打ちした「所詮非ニンジャ。頑張りと忠誠が足らん」クローンヤクザがすぐさま死体を片付け、部屋の一角に積み上げる。「雪隠詰めの状況を破る必要がある。衛生面でも問題だ」ヴィジランスは眼鏡を直した。

「もうすぐどうにかします」ストーカーが高速タイピングしながら吐き捨てた。「私だって死体の横で作業するのはまっぴらです」次なる攻撃アルゴリズムを完成させ、エンターキーでネットワークに放つ。ドスン!ヤクザに乱暴に引きずられた死体がUNIX机の足にぶつかった。何かが転がり落ちた。

 一瞬後、ヴィジランスが落下点に滑り込み、身を屈めて小さな12面体を拾い上げていた。焼け焦げたドロイドの残骸!「これは!」ヴィジランスはまじまじとそれを見つめた。「これが元凶か!」「女狐!」コマンド入力を終えたストーカーが駆け寄り、ドロイドを受け取った。「いつこんな小細工を!」

 ストーカーはドロイドから記憶素子を抜き取り、怒りを露わにして、その12面体ボディを床に叩きつけた。「イヤーッ!」ピンヒールで踏み壊す!「クソが!何度コケにすれば気が済む……!」「その素子に痕跡が残っているとは期待できん」とヴィジランス。「でしょうね。そんなヘマをする奴じゃない」

 ストーカーはガムを噛みながら素子を光に翳した。「どうりで、こうも易々、侵入を許した」だが彼女は猛禽めいて微笑んだ。「消しきれないデータの残り香ってのが残る……こういうものにはね!」「よし!どうにかしろ!」ヴィジランスは己の戦略机へ跳び戻った。「そろそろ外気を入れたいだろう!」

 

◆◆◆

 

 ズム!ズム!ズム!電算室の物理遮断プログラムがドミノ倒しめいて連鎖的に光り、0と1に還元され始めた。「まさか……」ナンシーは電子ドワーフアルゴリズムを四体生成し、遮断プログラムの再生にかからせる。阻み切れない!敵が対応プログラムを作成したのだ……毒蛇の毒から血清を作るように!

 0100101011ハハハ!無理無理!無理無理無理!それじゃ無理よ!」ストーカーは笑った。「さあ……尻尾が見えてきた」彼女は唇を歪めて笑い、後ろ髪を結い直す!

 

◆◆◆

 

 ゼンめいてモデストなホウリュウ・テンプルの佇まいを、ニンジャスレイヤーとガンドーは数秒間立ち止まり、眺めた。「ちょっとした史跡……ちょっとした、なんてもんじゃねェか」ガンドーは呟いた。ニンジャスレイヤーが言った。「ナンシー=サンとの通信が確立せん……再び断たれたか」

「一筋縄じゃ行かねえな」ガンドーは言った。ナンシーの事はもはや信じるしかない。誰が躓いてもミッションは大幅不利……だが、仮にそんな事態に陥ったとしても、残ったもので先に進むしかないのだ。イクサは既に始まったのだ。

「この下にまだユカノ=サンがいるかも知れねえ」とガンドー。「それなら話は実際早い」「……」ニンジャスレイヤーはガンドーを見た。「そう容易くは行くまい。だが、少なくともアラクニッドは繋がれていよう」彼は銀の鍵を掴んだ。「ロードのキョジツテンカンホーを破らぬ限り、勝ち目は無い」

 ……テンプル内は無人!内部に祭祀の施設は無く、図書館めいた古文書集積施設としての偉容が彼らを出迎えた。ガンドーは微かな光を放つマグライトを点灯した。マキモノや書物の名が浮かび上がる……「ヤギュー写本」「痛みの地」「シ・クランと神話伝承における死神について」「ブル・ヘイケ」

「ウラシマ・タロ」「平安時代の葬儀」「アケチ・ウォリアーの禍」「江戸戦争」「物語構造からタペストリーめいて導き出すニンジャ実在」「失われた魚」「流離したニンジャ」「知恵の実」「欺瞞に対す」「狂気から身を守る」「快癒」「ショドー・パターンに隠されたニンジャ」 「カラテ政治」

「カラテノミコン」「海の民に関する新たな発見」「百人一首」「ワールシュタットの戦い、ある疑念」「貝合わせの遊戯」「魔剣」「パンキドー」「ショーグン」「夢を歩く」「スシ化石」「歪んだ笑い」「疫病とニンジャ」「畏れについて」「蹴り技の源を辿りニンジャを見出した男」「星座の真実」

「竜退治の書」「東インド会社のとある秘匿」「南北戦争に関する覚え書き」「集団無意識」「ポンペイ」「近代アメリカ史の再検討」「ヘレニズムの狭間に失われたそれ」「テンプル騎士団を再び読み解く」「或る修道院の秘密」「鉄仮面について」「切り裂きジャック事件」「さまよえるオランダ人」

「やめろ!」ニンジャスレイヤーがガンドーの首根を掴み、書架から引き離した。「ウ……ウープス。大丈夫だ。本当だよ」ガンドーは力無く微笑んだ。ニンジャスレイヤーは指を三本立てた。「何本だ」「やめてくれよ、からかうのは」「何本だ」ガンドーは深呼吸した。「……ZBRを……」

「もっと深く。深く息を吸え」ニンジャスレイヤーはガンドーを睨んだまま言った。ガンドーは素直に従った。「スゥー……ハァー……」肩を揺すって深呼吸し、額の脂汗を拭った。「……三本だ。悪い。魅入っちまって」「あまり意識せぬ方がいい。なにか……なにか良くない」「ああ、オーケイだ」

 ニンジャスレイヤーは先を指差した。「見ろ。地下への階段だ」然り、そこには手摺り付きの螺旋階段。日本の伝統的テンプルにはおよそそぐわぬ様式の階段で、何らかの増築によるものと思わせたが、古びた木材はこのテンプルの外観同様の年月を経たようにも思わせる。彼らは警戒しながら降りてゆく。

 しばらくは、螺旋階段の壁はテンプル同様の書物棚であった。彼らは冒涜的書物の題名や配列規則に、つとめて注意を払わぬようにした。それら書物がある地点でぷっつりと途絶え、剥き出しの岩壁となる。螺旋を一周するたび、踊り場が彼らを出迎える。踊り場は常に座敷牢と隣接している。物音は無い。

 ニンジャスレイヤーとガンドーは顔を見合わせる。この螺旋階段はどこまで下るのか?この座敷牢のどこかに、ユカノがいるのか?そしてアラクニッド……彼は最深部に居るのだろうか?ニンジャスレイヤーは何か言おうとした……そこにガンドーはいなかった。

 ニンジャスレイヤーは素早く踊り場を見渡した。これはいかなるジツか?ガンドーを呼ぼうとしたが、己のニンジャ第六感がそれを制した。ずるり……ずるり……やがて、座敷牢へ通ずる洞穴から、何かが這い出てきた。「アア……二人で十分……三人この場に立つは……心身を激しく害する……」 

 黒いヘドロめいて見えたのは、黒く長い乱れ髪が、這い寄る身体に被さっているからだ。痩せ衰えたその男は難儀そうに腕で体をささえ、上体を起こした。「ドーモ……ニンジャスレイヤー=サン……彼の名はアラクニッドという……」

「ドーモ。アラクニッド=サン」ニンジャスレイヤーは警戒しつつオジギを返した。「ニンジャスレイヤーです」「アラクニッドはお前のコトダマに触れ易かった」アラクニッドは嬉しそうに言った。「お前は慣れている。アラクニッドは少し楽だ」「慣れている?」「お前はここにこうしてやって来たな」

「ではオヌシがユカノ=サンと接触したアラクニッドであると」「彼女と話したのは私であり、彼ではない。アラクニッドはひどく傷つき、歪んだ」アラクニッドのおかしな話し方にまず調子を合わせねばならない。ニンジャスレイヤーは察した。威嚇や恫喝はただそれだけでこの脆弱な相手を傷つける。

「ニンジャスレイヤーがここに来たのは実際正しい選択であった」アラクニッドは言った。ニンジャ覆面と長い髪がその顔をほとんど覆い隠している。「ニンジャスレイヤーはザイバツの子だ。ザイバツがニンジャスレイヤーを生んだ。ゆえに……COFF!COFF!」

「今、何と言った」「COFF!COFF!知りたいであろう、ゆえにアラクニッドは伝える、なぜならニンジャスレイヤーがロード・オブ・ザイバツを滅ぼさねば、アラクニッドは永遠に利用され続ける。実際ニンジャスレイヤーがあのままホンマルを目指せば、希望は潰えた、アブナイだった」

「今はそれはいい。まず話せ」ニンジャスレイヤーは遮った。「ザイバツが私を生んだと言ったか」「ああ!占いだ、占い……アラクニッドは強いられた。ニンジャスレイヤー誕生の49日前。アラクニッドは探り当てた。ラオモト・カンを殺す者が誕生する、と。ロードと、パラゴンは、占いに沿った」

「占いに沿った?」「ロードと、パラゴンと、アラクニッドだけが知る秘密だ、それは他の誰も知らない、勿論スローハンドもパーガトリーも知らない。抗争、死にゆく多くの人間の怨嗟が、COFF!COFF!憎しみが、ギンカク・テンプルから、力を引き出す、忌まわしき装置、呪われた儀式」

 アラクニッドは身を捩った。「ああ!まぶしい」震えながら乞う。「苦痛が増す。たすけておくれでないか」ニンジャスレイヤーは押し殺した声で問うた。「『その為に』『抗争を起こした』……『起こした』?」「そうだ!」「ラオモト・カンを殺す為に?」「そうだ」アラクニッドは震えた。

「『ラオモトを殺させる』……『そんな事の』『そんなくだらぬ事の』『為に』『抗争を』『起こさせた』?」「そうだ!」アラクニッドは地面に突っ伏した。「占いが示した、ネオサイタマに存在するリアルニンジャ……それを探索する……その障害となるソウカイ・シンジケートを排除する為に……」

「話せ!」「ああ!ああ……アラクニッドを殺してはならぬ!アラクニッドは話す……それはアラクニッドを殺させる為ではない!」アラクニッドはのたうち回った。「ロードとパラゴンは!急いている!ニンジャスレイヤーを作り!ラオモトを!殺させた!早いからだ!イクサよりも!早い!」

「嘘で固めた秘密結社!紛い物のマッポーカリプス!急ごしらえの最終戦争!キョジツテンカンホーがそれを可能にする!ロードはニンジャスレイヤーを問題にしていない。いかなニンジャスレイヤーであろうと、キョジツテンカンホーは破れぬ!そう認識している!ゆえに野に放ち!あ!あ!あ!」

 アラクニッドが痙攣を始めた。ニンジャスレイヤーの目が燃えた。「便利な道具を調達したとでも!」「そう!だ!ニンジャスレイヤー!ラオモトを殺し、リアルニンジャへの道を拓き、さらにそのカラテによって、ああ!アラクニッドは!まぶしい!死んでしまう!」

「チャドー。フーリンカザン。そしてチャドーだ。フジキド」

 その時ニンジャスレイヤーは確かに聴いたのだ。自らを諭す師父の声。ドラゴン・ゲンドーソーの声を。彼は深く、深く息を吸い込んだ。「スゥーッ」そして吐き出した。「ハァーッ」……チャドーの呼吸。全身から溢れかけた凶悪な霧が、再び体内に吸い込まれて行く。

 アラクニッドは仰向けに転がり、ヒューヒューと呼吸した。「アラクニッドを殺してはいけない。それは間違った怒りだ。アラクニッドを殺せばニンジャスレイヤーはロードのキョジツテンカンホーを破る事ができず、死ぬ。さすればアラクニッドは永遠に吊るされ、使役され続ける。それはいけない」

 フジキドは、深く、深くチャドー呼吸を繰り返した。アラクニッドは続けた。「これで、わかったな。紛いのマッポーカリプスを引き起こす。破滅へ至る私欲の為にニンジャスレイヤーを弄んだ。ロードを滅ぼすべき理由がわかったか。ニンジャスレイヤーは、知る必要があった」

 いつしか彼らは屋根の無い茶室に差し向かいで座っていた。アラクニッドの黒髪が風に揺れた。フジキドを見る瞳。琵琶湖の暗い水めいて深いその瞳は、憔悴と悲しみと哀れみと恐怖で満たされた人間のそれだった。「ニンジャスレイヤーはロードを倒せ。それが哀れなアラクニッドを救う事にもなる」

 フジキドは懐から取り出したものを差し出す。「銀の鍵だ。これがキョジ罪罰罪罰罪罰ツテンカ罪罰罪罰罪罰ンホーを破罪罰罪罰罪罰る手段た罪罰罪罰罪罰りうるの罪罰罪罰罪罰か」「そうだ!」アラク罪罰罪罰罪罰ニッドが叫罪罰罪罰罪罰んだ。「急げ!間に罪罰罪罰罪罰合え。走れ!」

 罪罰罪罰罪罰これ罪罰罪罰罪罰は!」ニンジャスレイヤーは周囲に無限に発生する罪・罰の漢字を見渡した。「構うな!間に合え!アラクニ罪罰罪罰罪罰ッドを目指罪罰罪罰罪罰せ。最深部だ。走罪罰罪罰罪罰れ。狂ったアラクニッドか罪罰罪罰罪罰ら直接、答えを受け取る罪罰罪罰罪罰のだ!」

「ニンジャスレイヤー=サン!」現世が戻った!頭上から聴こえて来たのはガンドーの叫び声だ。「どうしたってんだ!」「話は後だ!」ニンジャスレイヤーは螺旋階段を全力で駆け下りる!走る!走る!走る!走る!目指す!最深部!「イイイイヤアアアーッ!」

 而して、ニンジャスレイヤーは円柱状螺旋階段の底へ辿り着いた。「アーッ!アーッ!アーッ!アーッ!アーッ!」最深部に口を開けるアーチ門!その奥から声!叫び声は当然アラクニッドのものだ。「コワイ!コワイ!コワイ!コワイ!コワイ!」ニンジャスレイヤーは走る!

 古代鋼の格子の奥、不気味な影が揺らぐ!鈎を身体に突き刺され、天井から吊り下げられたアラクニッドの痛々しい姿が!「ハハハハハハハハ!ハハハハハハハハハハ!肉体!肉体が!肉体が!肉体が!肉体が!肉体が!肉体が!肉体が!」狂い笑い叫ぶ!ナムサン!これが覚醒時のアラクニッド!

 ニンジャスレイヤーは迷わず銀の鍵をかざす!アラクニッドは銀の鍵を格子越しに見ると涙を流し、意味不明な文言を叫んだ。「赤い波/象牙の浜/黒い雪/紫の松」ハイク?センテンスが一つ余分だ。なんたるイビツかつ無意味な言葉か?だがニンジャスレイヤーはニューロンにその言葉を刻み付けた!

「ハハハハハハ!肉体だ!肉体!肉体!肉体!ハハハハハハハハハ!肉体肉体肉体肉体肉体」吊られた身体が激しく揺れた。これ以上の言葉は得られない。ニンジャスレイヤーは銀の鍵を懐へしまった。そして踵を返した。

 キョジツテンカンホーの秘密に迫るものあらば、容赦無くジツのトリガーは引かれ、記憶は漂白される。赤い波・象牙の浜・黒い雪・紫の松。意味不明であるが故、その何らかの手がかりは、残った。ニンジャスレイヤーは頭上の闇を睨み、駆け上がる。狂った叫びを発する哀れな虜囚を後ろへ残して。


5

 黒のPVCライダースーツに飛天使めいた羽根を生やしたナンシー・リーは、IRCコトダマ空間を高速回転飛翔していた。ピクシーbot攻撃のダメージは大きい。キョート城チャネルから一時退避し、体勢を立て直さねば。「**素早い茶色の狐が怠惰な犬を飛び越す**」彼女はチャントを唱えた。

 パワリオワー!終末喇叭の如きUNIX電子ファンファーレが天界に鳴り響く。視界が一瞬01の海に変わり、次の瞬間には、黒い雷雲と山の上に立つ東欧風古城が視界に広がる。サーバ境界を超えた。彼女のIPは旧ソ連軍がカルパチア山脈に密かに築いた違法プロキシサーバ基地のUNIXに逃げ込む。

 かつて、化石資源枯渇に先立って旧世紀の世界を襲ったのは、Y2Kとそれに伴うIP枯渇問題であった。それから暫くして、限られたIPと違法プロキシサーバ基地を巡り、暗黒メガコーポ群主導による論理物理両面での電子戦争が勃発した。彼女が飛翔している電子領域はいわば、旧世紀の残骸なのだ。

「女狐ッ!ちょこまかと!」キョート城電算機室で高速タイピングを行うストーカーも、一瞬遅れてYCNANに追いすがる。バイオLAN端子によるUNIX直結、高いインテリジェンス、ニンジャゆえの高速精神反応速度などが合わさり、彼女の実際タイピング速度はヤバイ級ハッカーの位階にある。

 しかし、ナンシーとストーカーの決定的戦力差がひとつ。ストーカーはIRCコトダマ空間へのアクセス能力を有さない。コトダマ空間とは、ハッカー達が見る伝説の地平。無限の01と文字列の果てにある、ワンレイヤー上の電脳空間。ナンシーが見る超常的光景はストーカーの目には見えていないのだ。

 ナンシーは後方の雷雲を抜けて飛び来たる黒いメデューサを見た。それは電子的な予兆である。自らが使役するデーモンの一種、フローティングダルマ機雷トラップを気休めに配置すると、ナンシーは頭上の黄金輪を輝かせながらステンドグラスを割り、古城の一室へ突入した。ストーカーを誘い込むべく。

 後方で爆発。後方を振り返る。予想よりも早く、黒髪のメデューサが飛び込んでくる。ナンシーはニューロンに高負荷を与え、敵の動きを見切る。紙一重の回転飛翔でkickを回避し、隣の晩餐室へのドアを潜る。だが無傷とはいかなかった。手足に三匹の蛇が食いついている。ナンシーは顔をしかめる。

「捕えたッ!」ストーカーが勝利を確信しエンターキーを叩く。この違法プロキシサーバ内にあるIRC部屋のうち、YCNANが逃げ込んだ可能性のある部屋は全て把握済みだ。あとは全ての部屋に多重ログインし、Kickするのみ!「イヤーッ!」ヴィジランスが回転ジャンプで彼女の隣の席に座る!

「トドメオサセー!」ヴィジランスがモニタを指差して処刑命令を下す。「既に論理タイプ済みです」ストーカーが返す。だが……不気味な沈黙。電算機室UNIXの反応が鈍い。ストーカーの脳内モニタにも望んだ文字列が帰ってこない。直後、彼女はコマンドのループに気付く。「無限ドアトラップ!」

 電脳コトダマ空間内のナンシーはIRC部屋の物理法則定義を上書きし、城内の壁を透過しながら半透明状態で浮遊していた。敵はナンシーが仕掛けた罠にまんまと引っ掛かり、「田」の形をした四つの部屋を一方通行で回転し続けている。ナンシーは超音速で雷雲を抜け、キョート城IRCに戻った。 


◆◆◆

 

 地下座敷牢でアラクニッドへのインタビューを終えたニンジャスレイヤーとディテクティヴは、テンプル地上階へと姿を現す。ユカノは居らず、銀の鍵の謎は未だに不明のまま。フジキドの左の黒目が堪え切れぬ怒りで忙しなく大きさを変えるのを見ながら、ガンドーは穏やかならざる心地で歩いていた。

「ナンシー=サンの連絡待ちだ」ガンドーがZBR煙草を咥える。「うむ」フジキドが返す。視界内にガンドーが存在してないかのように遠くを見据える。全身から静かに、煮え滾るようなキリング・オーラが発散されている。それは実際、味方であるはずのガンドーにすらシリアスな脅威を感じさせた。

 考えたくもなかったが、ガンドーは久方ぶりに、自分がニンジャスレイヤーの殺忍対象になったらどう覚悟を決めるべきかを反芻した。可能な限り回避や逃走を試みるだろうが、最終的には、実際殺し合うしかないのだ。何かひとつだけ守らねばならぬとしたら、自分はシキベチップを守らねばならない。

 その警戒心がニンジャスレイヤーの殺意との間で無意識にピンポン増幅され、イマジナリー・カラテの戦闘演習が開始される。フジキドもそれに気付いた。チャドー呼吸を行い、盲目的憤怒とナラク・ニンジャを制しにかかる。キョート城への侵入以来、不気味な沈黙を続けているニューロンの同居者を。

 『ハッキョーホー!』不意に、ガンドーのIRC端末が鳴った。オスモウ音声の呼び出し音である。「ウープス!」ガンドーは煙草を噴き出し、泡を食って無音モードに切り替えた。幸いにもホウリュウ・テンプル内に敵はいなかったが、ウカツなことであった。「すまねえ、ナンシー=サンから着信だ」

「待ってくれよ、かなり長いデータが一方的に送られてきた。来い、来い、来い、よし……いい子だ。……オイオイ、こいつは」ガンドーは右手をこめかみに当て目を閉じる。ZBRもいい具合に回ってきた。「ハッハー!流石はナンシー=サンだな!」「……どうした、何があった?」フジキドが問う。

「ユカノ=サンの居所がわかったぜ」ガンドーが痛快そうに言う。電算機室組の攻撃を振り切ってキョート城IRCに復帰したナンシーは、一瞬の隙を突いて敵の防壁をさらに一段階破り、城内の監視カメラ網をハッキングしつつ、同時にモーターチイサイを遠隔操作して、ユカノの居場所を探ったのだ。

「通信はもう切れたか?」とニンジャスレイヤー。「ああ、長時間は危険だからな」とディテクティヴ。「ハッキングの調子は?」「クレープを食いながらでも勝てるそうだ」「彼女の力には恐れ入る。ソウカイヤの時もそうだった。まるで敵は、ブッダの掌の上のマジックモンキーめいて掌握される」

「ツキが回ってきたぜ、ブッダ!ここまでは作戦通りだ。いや、それ以上だな。オスモウTVじみた完璧な筋書きだ」ガンドーは陽気な男だ。ZBRが回っている間は常に。「では作戦通りに行くか」「ああ、俺がナンシー=サンと通信を行いながらユカノ=サン救出に向かう。で……」「私が陽動役だ」

「そういうことだ。……気をつけろよ、何しろ今日は、ブツメツだしな」ガンドーが言った。「奴らにとってブツメツということでもある。それを思い知らせてやろう」フジキドは少々冗談めかして言った。少しシリアスさが抜けたか……いつもの調子に戻ってきたな、とガンドーは思った。

「いいか。無茶するんじゃねえぞ。段階を踏んで。積み木を重ねて行くように繊細に」ガンドーの忠告はマントラめいた調子になっていった。ニンジャスレイヤーを見る。彼は見返し、答えた。「当然だ。敵が我々の手の内で大人しく動き続けるならばの話だが」「……やっぱり大胆にやるしかねえかな」

 二人はもう、言葉を交わさなかった。彼らは互いの目を見ながら何度か頷くと、小さく笑った。どれだけ奇麗事を言おうと、お互いどうしようもない依存者であり、復讐者なのだ。ガンドーは助手とコケシの仇を追う、重度ZBR依存者。フジキドは死せる妻子のため戦う、憎悪と憤怒の依存者であった。

 松の木の影の下で、二者は背中合わせに立ち、互いの行くべき方向を見据える。ディテクティヴはこれよりホンマル内部へ潜入。ニンジャスレイヤーは中庭からホンマル外縁で大立ち回りを演じる。ガンドーは二挺拳銃を、フジキドはヌンチャクを構え、相手の足音を名残惜しむように闇の中へ消えた。

 

◆◆◆

 

「どうした?」アデプト位階のニンジャ、ピラニアバイトが相棒を追ってカワラ屋根の上へと回転ジャンプし、怪訝な顔で相棒に問う。「こんな所で時間を潰している暇は無いぞ。琥珀ニンジャの間へ集合だ」「気のせいならいいんだがな」先行するミラージュが返す。「ナリコが鳴ったような気がする……」

 二人は月明かりの下でホンマルのカワラ屋根を駆けた。遠くのカワラ屋根で、別の三人組アデプトたちが走るシルエットが見える。彼らもナリコに気付いたのか。ピラニアバイトの胸に緊張感が走る。その時!「イヤーッ!」闇を切り裂き飛来するスリケン!「グワーッ!」ミラージュが突如爆発四散!

 この恐るべきアンブッシュ、果たして何者の仕業か!?姿は見えぬが、異常なキリング・オーラは伝わってくる。「クセモノダー!」ピラニアバイトは堪え切れぬ恐怖に目を剥きながら、緊急時の秘密暗号を叫ぶ!次の瞬間、松の枝を蹴って赤黒い影が飛び、カワラ屋根の上に直立不動の姿勢で着地した!

「ドーモ、ニンジャスレイヤーです」「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン、ピラニアバイトです」「ロード・オブ・ザイバツを殺しに来た。どこにいるか、答えてもらおう」赤黒い影は大胆不敵なジュー・ジツを構える。ピラニアバイトは恐怖を理性で抑え、不意に笑い出した。「ロードを殺すだと?」

「いかにも、妻子の仇ゆえ」射竦めるような眼光のまま、ニンジャスレイヤーが不気味ににじり寄る。「バカめが!ここはザイバツの本拠地だぞ、イディオットめ!どれだけニンジャがいると思っている?」「言わずもがな、知っている。全員殺す。先程、ケイビインとかいうサンシタを殺したばかりだ」

 ニンジャスレイヤーの片眼が細く赤くなり、センコめいた不吉な軌跡を描き始める。「何だと……?」ピラニアバイトは一瞬失禁した。左手から駆け込んでくる三人の新手にも、ケイビインが討ち取られたという言葉は聞こえただろう。方々で、異常事態を告げる暗号が叫ばれている。

「竦み上がって答えられぬならば、他の者に訊くとしよう。オヌシを爆発四散させてからな」「狂人め!ザイバツの前に平伏すがいい!」ピラニアバイトは意を決して突撃!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ヌンチャク一閃!ビラニアバイトの首がラグビーボールめいて飛ぶ!「サヨナラ!」爆発四散!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは跳躍し、ピラニアバイトの首を掴むと、それをカワラ屋根のシャチホコ突起の上に突き刺した。「イヤーッ!」そしてヌンチャクを振り回しながら、腰溜め姿勢で敵を威嚇する。三人のアデプトは前の二人より腕が立つようで、散開して三方向から彼を包囲してきた。

 彼は感じ取っていた。ホンマル内で強大なニンジャソウルがいくつも蠢き、接近してきたことを。マスター以上の位階は、一筋縄では行かぬだろう。(((最後までやり遂げる力を…・・・)))「Wasshoi!」ニンジャスレイヤーは自らを鼓舞するがごとく叫ぶと、決断的にヌンチャクを構えた!


6

「イヤーッ!」カワラ屋根を蹴り、カマを持ったサンシタニンジャがニンジャスレイヤーに飛けて大跳躍!「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは正面からのカラテ・スリーパーで別なサンシタの首をへし折りながら、死体の手に握られたドスダガーを奪い、跳躍ニンジャに向けて素早く投擲!

 ヒュポヒュポヒュポ!回転しながら飛ぶドスダガー!「グワーッ!」カマニンジャの喉元に命中!体勢が崩れたところを見計らって迎撃行動に移る。あれは伝説のカラテ技、サマーソルトキック!「イヤーッ!」「グワーッ!」爆発四散!「サヨナラ!」首をへし折られていたサンシタも時間差で爆発四散!

 ニンジャスレイヤーは空中で生首を掴んでから回転着地し、シャチホコ突起に威圧的に突き刺す!「イヤーッ!」さらに足元に転がったサンシタの生首をワールドカップサッカー選手めいた爪先の動きで巧みに蹴り上げ、掴み、またも突き刺す!「イヤーッ!」殺害されたザイバツニンジャ、すでに九人!

「Wasshoi!」ニンジャスレイヤーは左掌を前方に突き出しながら、右手で燃えるようなヌンチャク捌きを見せ、全方位を威嚇する。先端部には炎の軌跡が見え隠れし、剣呑な夜の空気を焼き焦がしていた。チャドーによって理性を保ってはいるが、今宵のフジキドは怒り狂っている……いつになく。

 すでに三十名以上のニンジャが現れ、遠巻きに彼を包囲している。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクを両手で構えて前方に突き出し、改めて宣戦布告の姿勢を取る。「未熟なサンシタから殺戮機械の中に放り込み未来を断つのが、ザイバツの流儀か?ソウカイヤのほうが、まだ骨があったぞ」

 マスター以下のザイバツニンジャたちは、この狂人が放つ圧倒的キリングオーラと、神器ヌンチャクの破壊力を前にして、及び腰になっていた。ニュービーに至っては失禁する者さえいる始末。無理からぬことだ。彼はモータルの怒りを全身に纏い、グランドマスターと同等のニンジャ存在感を放っていた。

 フジキドはチャドー呼吸で息を整えながら、ヌンチャクの鎖が落とす影の下で眉根を寄せる。彼の精神は、強大な敵ニンジャソウルの接近を感じ取った。ようやく大物が釣れたらしい。サンシタニンジャたちが畏まってオジギし、その強者のために道を空ける。オーカー色の装束に身を包んだ男が歩み出る。

 その男の得物は奇妙な形状の刀剣だった。そのヘビめいた瞳はイクサの恍惚がもたらす興奮にぎらぎらと輝いていた。周囲のアトモスフィアが変わった。「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン、ニーズヘグです」男は威風堂々たるアイサツを決めた。「ドーモ、ニーズヘグ=サン、ニンジャスレイヤーです」

 ニンジャスレイヤーは先制スリケンを繰り出さなかった。この強敵の前ではそうした小細工すらも命取りになる恐れがあった。フジキドの額に汗粒が浮かび、頭巾の隙間を流れ、険しく吊り上がった眉に吸い込まれた。「アタマフタツヘビ」ニーズヘグが愉しげに口を開いた。「わしとバジリスクの渾名じゃ」

「バジリスク……」ニンジャスレイヤーはヌンチャクの先を右手と右脇で構えつつ、左手を前に突き出してジュー・ジツの姿勢を取った。ソウカイヤを滅ぼしたあの夜の記憶がフラッシュバックする。「オヌシも戦闘狂のたぐいだな。臭いで解る」「あいつは血気盛んでな、若気の至りで飛び出しおった」

「オヌシは何故飛び出さなかった?」ニンジャスレイヤーは低く油断の無い声で言う。会話から隙を見出すのはニンジャの常套手段だ。もっとも、この男には通用しそうになかったが。「派手なイクサのほうが痛快じゃろが。でかいトノサマの下にいりゃあ、それがある」「オヌシは生まれる時代を間違えたようだな」

 両者はじりじりと前進を続けていた。その間にも、彼らの脳内ではイマジナリー・カラテの応酬が続く。伝説的なショウギ・チャンピオンたちはしばしば、一切手駒に触れずして対局相手をセプクに追い込むことがあるという。この不気味なまでの沈黙こそが、真のカラテ強者たちの前哨戦なのであった。

 不意に、張り詰めた緊張感アトモスフィアに耐えられなくなったかのように、中庭の錦鯉が高く跳ねた。ゴウランガ!その水音を合図代わりに、二者は動く!「「イヤーッ!」」

 

◆◆◆

 

 一方その頃ディテクティヴは、ナンシーからの断続的なナビ支援と、自らの卓越したニンジャソウル感知能力を駆使して、ホンマル内へと潜行していた。ユカノが捕えられているのは、琥珀ニンジャの間に程近い、儀式控えの間。また琥珀ニンジャの間には、かなりの数のニンジャが集結しているらしい。

「いい歳して、何が儀式だよ。まったく……お子様カトゥーンじゃねえんだぞ」ガンドーはぼやきながら、暗い廊下や茶室をぬかりなく移動する。高純度のものを選りすぐったおかげで、ZBRの効きも遥かにいい。花札カードで城を作りつつ、ピアノの上でタップダンスが出来そうなくらいゴキゲンだ。

「重点!」合流したばかりのモーターチイサイが周囲を浮遊し、ナンシーからのIRC着信を告げる。この程度の音は問題にならないほど、現在の城内は騒然としているのだ。『敵さんの動きはどうだい』『流動的。半数は琥珀ニンジャの間に残ってるわ。待機命令かしら』『控えの間は』『今は敵不在』

『ハッキングは?』『失望させてくれるシステム。ソウカイヤの方が手強……INC重点!前方T字路右から!』ガンドーはZBR覚醒した素早い反応速度で無人茶室に飛び込む!「クセモノダー!」間一髪!ニンジャスレイヤーの侵入を触れ回るアデプトが角を曲がって現れ、前の廊下を走り去った!

『冴えてるわね、私が情報を送る前に動いた』『ああ、魚群レーダーみたいにチカチカ光って感じ取れるぜ。ニンジャソウルがな』『ZBR?ほどほどになさいよ』『ハッカーってのは薬物礼讃だと思ったが』『あんなのは子供の補助輪よ。足を引っ張る』『大丈夫さ、この戦いが終わりゃあ、もう、な』

『全部片付いたら、リアル・ザゼンでもやってみる?』『ホウリュウ・テンプルでかい?』『悪くないジョークね。また少し通信が途切れるわ』ナンシーは言った。良からぬ電子兆候をコトダマ空間内で感じ取ったからだ。プーレク宿原バンのエルゴノミクス椅子の上で、ナンシーは不敵に鼻血を拭った。

 IRCコトダマ空間内のナンシーは、キョート城IRCチャネルのサーバ世界を飛翔し、セキュリティ象徴である高さ22キロメートルの巨大な黒いUNIXモノリスに対して、燃え盛る炎の剣を突き立てているところだった。邪悪なヨーカンのように黒く艶々としたその表面に、緑色の01の波が立つ。

 自分を球状に包む城内監視カメラの半透明映像数十枚を確認しつつ、モノリスにコマンド攻撃を繰り出す。だが守りの要だけあって、外殻を破るのは容易ではない。ナンシーの突き立てる刃は何度も弾き返され、緑色の火花を散らした。あと少しで、キョート城の全システムが彼女の前に屈服するのだが。

 それより数秒前。キョート城電算機室では、戦略チャブ上のセキュリティ警報ダルマが両目から赤い光を放ちながら回転していた。ヴィジランスが叫ぶ。「ストーカー=サン、まだ無限ドアトラップから脱し切れていないのか?敵のIP予測は?」「まだです。IPはネオサイタマ……アマクダリ事務所」

「アマクダリだと?馬鹿な!」ヴィジランスは防弾ガラスで覆われた危険なボタンに握り拳を重ねていた。拳は怒りと興奮で激しく震える。「休戦協定が結ばれているのだ!あり得ん!今私がこのボタンを押せば、アマクダリに電子攻撃が始まり、全面戦争が始まるぞ!今、私の拳の下に!世界がある!」

「待って……ください、偽装の可能性が捨て切れません」ストーカーは苦虫を噛み潰すように言った。トラップ脱出のための高速タイピングでニューロンがオーバーヒートを起こし、青白い肌を鼻血が伝う。「イヤーッ!」ヴィジランスは回転ジャンプでストーカーの横へと一瞬で跳躍し、席に座る。

「30秒待つ!」ヴィジランスが叫ぶ!「クセモノダー!」アデプトが不意に電算機室扉を開け非常事態を告げた!「何だと?」ヴィジランスが振り返って叫ぶ!「モーター作戦発動!オムラ重工に通信重点!」「遮断……されています!」ストーカーが歯を食いしばる!「まだか!まだ脱せないのか!」

「やっています!全力で!」ストーカーのヒステリックな絶叫!「クセモノダー!!」『経済攻撃再開ドスエ。敵市場介入まで10秒』電子マイコ音声!「ファンタスティック!やる!」ヴィジランスはエコノミクス・カラテを構える!「アバババーッ!」吐血する奴隷エンジニア!「クセモノダー!!」

 ストーカーの脳内モニタに秒読み数字が出現する。無数の緑色の文字列が洪水のように流れる。ヴィジランスと築き上げた栄光の電算機室セキュリティが崩れ去ろうとしている!「メギツネ!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!」彼女は乱暴に頭を掻きむしる!直結ケーブルを引き千切らんばかりの勢いで!

「イヤーッ!イヤーッ!こちらは凌いでいるぞ、ストーカー=サン!あと5秒だ!」「クセモノダー!」「アイエエエエエエ!アイエエエエエエエ!」極度のストレスから、ストーカーの全身がガタガタと震え始める。デーモンが憑依したかのように、全身が椅子の上で跳ねる!奥歯がバキバキと砕ける!

「ハッ!」ストーカーは目を開く。黒いビジネススーツに身を包んだ彼女は、IRCコトダマ空間内に築かれたメガバイト級定義情報の古城の中に立っていた。ハッカー達が呼ぶ『第四の目』が開かれたのだ。彼女は本能的に定義情報を超高速タイプし、Z軸方向へと飛翔して無限ドアトラップを脱した。

 直後。高さ22kmモノリスに刃を突きたてかけていたナンシーは、何者かの干渉に気付いた。敵のホームに滞在し続けるのは危険だ。直感的にそう悟ったナンシーは、敵を誘い込むべく新たな部屋に退避し、彼方にフジサンを臨む無限の砂浜に降り立った。雲ひとつ無い青空。遥か上空には黄金立方体。

「これで少しは時間が……」ナンシーは光り輝く指先を伸ばして一回転し、論理防壁を張り巡らせる。暫しこの空間に退避し、再アタック機会を窺う腹積もりだ。だが直後、敵は造作も無く定義情報を書き換え、砂浜上にフスマを出現させてこれを開き、侵入を果たしたのだ。「ドーモ、ストーカーです」

「これで少しは時間が……」ナンシーは光り輝く指先を伸ばして一回転し、論理防壁を張り巡らせる。暫しこの空間に退避し、再アタック機会を窺う腹積もりだ。だが直後、敵は造作も無く定義情報を書き換え、砂浜上にフスマを出現させてこれを開き、侵入を果たしたのだ。「ドーモ、ストーカーです」

 アイサツを終えたストーカーは、そのピュア日本的砂浜空間を見渡した。彼方の雄大なるフジサン、遠い波音、運ばれてくる潮風の香りと幽かな味、ヒールが砂に埋まる感触、そういったもの全てを知覚し、確かめる。その仕草から、相手がコトダマ空間アクセス能力を得た事を、ナンシーは静かに悟る。

 二人はタタミ三枚分の距離を保って、睨み合う。「名乗ったらどうなの、メギツネェ……」ストーカーが言うと、無意識のうちにwhoisコマンドが働き、ナンシーの背に聖人の光輪めいて真のハンドルネームが扇形に浮かび上がる。「NANCY LEE」と。この空間内において偽装は通用しない。

「IRCコトダマ空間へようこそ、noob」ナンシーが挑発的な言葉を投げた。しかし彼女の顔には、今までにないほどの緊張が走っている。つい先程まで、ナンシーは敵のタイピング速度を遥かに凌駕していた。しかし、敵ニンジャがコトダマ空間アクセス能力に覚醒したとなれば……非常に厄介だ。

「これがIRCコトダマ空間ねえ」ストーカーは獲物の名前を知った喜びで、歯を剥き出しにして笑っていた。その歯はギザギザと尖り、美しく整った顔立ちや清楚なスーツ姿とは裏腹に、彼女の暗く残忍な内面を反射してもいた「…相変わらずの神秘主義的な名称に、ヘドが出るわ。くたばれハッカー」

 物理論理の両ナンシーの掌に、汗が滲む。敵は強大だ。「ハッカーがお嫌い?」ナンシーが言う。「そりゃあねえ、ゴミ虫の人間風情が、ちょっとタイピング速度が速いからって調子に乗って、エリート気取りされたら、ねえ。……侵入と窃盗と破壊しかできないくせに!システム構築者に抗うクズめ!」

 両者は同時に攻撃体勢を取る!ストーカーが機先を制し空間定義を書き換える!二人の間にサイバー卓球台が、ストーカーの左手に薄緑の光点集合からなる小さなPONG立方体が出現!「PING!イヤーッ!」ストーカーが右手のラケットを振り抜く!ZOOOOOM!超音速で立方体が射出される!

 ナムアミダブツ!恐るべき高速PING攻撃!ハッカー同士がしばしば電脳戦で用いるPONG決闘法が、IRCコトダマ空間内に現出したのだ!その発光するPONG立方体を弾き返せなければ、ナンシーは致命的な電子ダメージを受けてしまうだろう!最悪の場合01還元され、存在自体が消滅する!

 ナンシーは高速タイピングで定義を書き換え、時間をスローモーションにし「PONG!」辛うじてこれを打ち返す!ラケットを握る右腕が痺れる!ZOOOOM!打ち返されたPONG立方体はまたも超音速でストーカーに迫る!「PING!イヤーッ!」「PONG!」激しい死のラリーが始まった!

「PING!」「PONG!」「PING!」「PONG!」「PING!」「PONG!」「PING!」「PONG!」「PING!」「PONG!」「PING!」「PONG!」「PING!」「PONG!」「PING!」「PONG!」「PING!」「PONG!」その胸に汗粒が眩しい!

「PING!」ストーカーは強烈なスマッシュを繰り出す!ナンシーが追う!だが届かない!右手へアウト寸前!ストーカーが勝利を確信!次の瞬間、ナンシーは定義情報を書き換え卓球台の側面に板を出現させアウトを防ぐ!「チート!」ストーカーが叫ぶ!「PONG!」ナンシーが全力で弾き返す!

 ナムサン!複雑な角度でバウンドしたPONG立方体がストーカーのラケットをかいくぐり、腹部にめり込む!「ンアーッ!」ストーカーは後方へと弾き飛ばされ、電算機室の物理本体も激しく全身を痙攣!しかし濁りかけていた彼女の瞳は再び戦意を取り戻し、身を翻して卓球台の前へと回転跳躍した!

「メギツネェ……なんて汚い奴、これだからハッカーは嫌なんだ……」ストーカーは口元から血を流しながら怒りを露にし、キツネサインを作って敵を侮辱する。ナンシーは片手をクイクイとやって挑発する。(((敵はまだコトダマ空間のルールに慣れていない。このまま一気にニューロンを焼く)))

「イヤーッ!」ストーカーは左手に薄緑の光点集合からなる小さなPONG立方体を出現させる。「PING!」ZOOOOM!立方体が打ち出される!そして彼女は続けざま、薄緑の光点集合からなる小さなPONG立方体を追加で2個生み出し、ラケットを振るったのだ!「PING!PING!」

「HOLY SHIT……!」ナンシーは思わず吐き捨てる。全く別の軌道を描く三個のPONG立方体が迫ってきたからだ。立方体を一発でも弾き洩らせば、致命的ダメージとともにハッキング位置のIP身元を晒すことになってしまう!彼女はニューロンにさらに負荷をかけた!時がさらに遅効する!

 

◆◆◆

 

「イヤーッ!」ニーズヘグが横薙ぎにヘビ・ケンを振り抜く!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは紙一重のブリッジでこれを回避してから、岩をも砕くヌンチャクを振り下ろす!炎の軌跡を描きながら、必殺のカラテが迫る!「イヤーッ!」ニーズヘグはこれを読んでいたかのように、横っ飛びで回避!

「前々からお前とは殺し合いたかったんじゃ!イヤーッ!」カワラの上で巧みに回転して立膝状態になったニーズヘグは、懐からアフリカ投げナイフめいた邪悪なスリケンを取り出し、これを五連続で投げ放つ。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは六連続側転を打ち回避を試みる!

「グワーッ!」流れ弾をかわし損ねたニュービーの額にアフリカ投げナイフめいたスリケンが突き刺さる!顔が一瞬で紫色に変わって麻痺し、直立不動のまま後ろに倒れ爆発四散!刃に猛毒が塗られていたのだ!ニンジャスレイヤーは側転の合間にそれを見、予想通りの戦法に舌打ちする。厄介な相手だ。

 ニンジャスレイヤーは身を捻って着地する。アブナイ!その隙を狙い、ニーズヘグが痛烈な低空トビゲリ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは辛うじてこれを両腕ガード。グランドマスターの重いカラテが骨を軋ませる。拭い切れないケイビイン戦のダメージが、じわりと全身に走る。

 続けざま、ニーズヘグはヘビ・ケンで斬りかかる!「「イヤーッ!」」咄嗟にヌンチャクの鎖部分でこれを止めるニンジャスレイヤー!両者は伝統的な力比べの体勢に入る。「……ヌウーッ!」「ハハッ!手負いか!」ニーズヘグは相手の装束の傷跡を間近で見やり、血の匂いを強く嗅ぎ取りながら笑う。

「手負いの竜とて容赦せん!イヤーッ!」得物同士の鍔迫り合いに気を取らせておいて、ニーズヘグの高速ケリ・キックが繰り出された!ニンジャスレイヤーの鳩尾を抉るワザマエ!「グワーッ!」ワイヤーアクションめいた軌道で後方に弾き飛ばされるニンジャスレイヤー!カワラが何枚も剥げ砕ける!

 ニンジャスレイヤーは頭を振って起き上がり、仕切り直しを測るようにカワラ屋根を駆けた。戦場を広く使わねばならない。今はまだ好機ではない。積木を積み上げるように作戦を実行する。ニーズヘグも彼と並行するように駆ける。周囲を包囲していたザイバツニンジャ勢も、魚群めいて彼らを追った。

「イヤーッ!」ニーズヘグは相手の進行方向を正確に予測し、アフリカ投げナイフめいた邪悪なスリケンを投擲!不安定なカワラ足場を高速で駆け抜けながらでも姿勢が崩れない、見事なニンジャ平衡能力が成せる技だ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは紙一重のパルクールめいた側宙でこれを回避!

 ニンジャスレイヤーの着地点を狙って、再びニーズヘグが斬り込む!ヌンチャクとヘビ・ケンが丁々発止の激突!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」鳴り響く金属音!次第に、ニーズヘグの顔に不快の色が見え始める。彼はニンジャスレイヤーの作戦に本能的に気付いたのだ。

「イヤーッ!」再びニースへグは大上段に構えたヘビ・ケンを振り下ろす!「イヤーッ!」両手でヌンチャクを高く構え、金属部分でこれを受け止めようとするニンジャスレイヤー。だが敵はヘビ・ケンに備わった恐るべき分割ギミックを作動させた。インパクトと同時に刀身が複数の蛇腹状に分かれる!

 ニンジャスレイヤーは、刃が鎖を打つ一瞬前に、敵の不穏な動きに気付いていた。相手の手首が、僅かに不自然な動きを見せたからだ。だが、対処のための時間は乏しい。おお……ナムサン!ワイヤで繋がれた蛇腹刀身の先端部が、衝撃で折れたかのように直角にカーブし、彼の心臓目掛けて迫った!

「イヤーッ!」ブリッジ回避!棘だらけの剣先は彼の左肩の僅か上を通過して後方へ。だが隙だらけだ!ニーズヘグは手首を巧みに捻って鞭状のヘビ・ケンを操り、その剣先を曲線的に引き戻す。「イヤーッ!」「グワーッ!」ガラガラヘビが這うような嫌な音が鳴り、鋭利な逆棘が背から肩を引き裂く!

 ニンジャスレイヤーの顔が苦悶に歪む。さらに容赦なく繰り出されるニーズヘグの鞭攻撃を紙一重でかわしながら、そのまま三連続バク転で距離を取る。二度目のバク転を打った時、彼の片方の瞳が不吉なセンコめいて赤く細くなり、背中から流れた血が黒い炎に変わって自らの肉を焼いた。

 三度目のバク転を打った時、ナラクの黒い炎は彼の傷跡を完全に舐め尽くし、麻痺毒もろとも肌と肉の一部を焼き焦がしていた。激痛。肉の焼ける異臭が鼻腔を衝き、麻痺毒の蒸発する白い霧のような煙が、舌を出すヘビめいてSsssと鳴って消える。着地。二者はジュー・ジツを構えて向かい合った。

「目が覚めたか。くだらん策でマスター・ヴォーパルの剣を愚弄するな」ニーズヘグが剣を構え直した瞬間、肩で息をしていたはすのニンジャスレイヤーが、爆発的速度で駆け込んできた。「サツバツ!」赤い眼光が軌跡を描く!「何じゃ」ニーズヘグが言い終わらぬうちにヌンチャクが振り下ろされる!

 

◆◆◆

 

 同時刻。ホウリュウ・テンプル地下座敷牢。

「アイエエエエエ……アイエエエエエエ……」アラクニッドは恐れていた。ニンジャとは思えないブザマな泣き声を上げながら、拘束鎖をキイキイと鳴らしていた。彼の花札タロット占いが、恐るべき運命を示唆していたからだ。

 カツン、カツンと階段の音が鳴る。彼のニンジャ聴力はそれを聞き逃さない。「ケイビインが死んで、随分と風通しが良くなった。鍵すらも必要ない」冷酷な声が土壁に反響する。「アイエエエエ……来るな、哀れなアラクニッドを放っておいてくれ……殺さないで……」

 キィィィィン、という鋭い刃の音が、停滞したホウリュウ・テンプル座敷牢の空気を切り裂く。容赦なく、剃刀のように。そのニンジャは影の中から静かに姿を現した。「ドーモ、アラクニッド=サン、ダークニンジャです」

 

◆◆◆

 

 一方その頃、雄大なるフジサンに見守られたIRCコトダマ空間内では、ストーカーとナンシーの死のPING合戦が続けられていた!「PING!」ストーカーはさらに新たなPONG立方体を生み出す!「PONG!」ナンシーは残像を見せるほどの速度で合計5個のPONG立方体を全て弾き返す!

「ハァーッ!ハァーッ!PING!」「ハァーッ!ハァーッ!PONG!」「ハァーッ!ハァーッ!PING!」「ハァーッ!ハァーッ!PONG!」両者共に、コトダマ空間内の体からも鼻血を流している。サイバー卓球台の上に描かれる緑色の軌跡は、蛍光ソーメンめいた光の奔流へと変わっていた。

 ナンシーがここで賭けに出る。同じIRCチャットルールへの危険極まりない多重ログインを使って、5人のナンシー・リーでスマッシュを決めるつもりだ!「「「「「イヤーッ!」」」」」ナンシーがニューロンに高負荷をかけると、砂の中からタタミが現れて回転し、4人の分身ナンシーが出現した!

「「「「「PONG!」」」」」ナンシーのスマッシュ!だがストーカーはギザギザの歯を剥き出しにしながら陰気に笑うと、自らも指を鳴らして4人の分身を多重ログインさせた!ゴウランガ!何たる適応能力か!「「「「「PING!」」」」」PONG立方体がカラテミサイルめいた軌道で飛翔!

「しまっ……」ナンシーは物理肉体にパルス命令を送り、直結回線切断と引き抜きを試みる。だが肉体の反応速度はあまりにも遅い!5人のナンシー全員にPONG立方体が命中し、弾き飛ばされる!「「「「ンアーッ!」」」」多重ログイン分身は消滅!4度死んだかのような喪失感がナンシーを襲う!

 無論、メインアカウントのナンシーも無傷では済まない!「ンアーッ!」顔面にPONG立方体が命中し、ヘビー級パンチャーの強烈な右フックを喰らったかのように、ナンシーの体はきりもみ回転しながら弾き飛ばされる!指先がチリチリと痛み、01化が始まってゆく!

「捕えたッ!逃がすかッ!」ストーカーはサイバー卓球台を駆け上がり、飛びかかるネコ科動物めいた姿勢でパウンスを仕掛ける!砂丘に叩きつけられるナンシー!IRCコトダマ空間の視界が回転する!ストーカーが覆い被さりマウント姿勢を取った!「イヤーッ!」「ンアーッ!」容赦ないパウンス!

「どうなっている?どうなっているんだ?」電算機室では、ガタガタと痙攣するストーカーの手を握りながら、ヴィジランスがもう片手で高速物理タイピングを行い、電脳空間内の彼女と声なき会話をする。すでに彼女の機転によりアマクダリIP偽装は見抜かれ、全面戦争は回避されていた。

『***左パウンスを私は振り下ろす***捕えました…・・・メギツネを……あと少しで…***顔を掻き毟る手を払う***IPを引き抜いて、あのクソ女のニューロンを焼き切って……***右パウンスを私は振り下ろす***』ヴィジランスの前のUNIXモニタに謎めいた混線文字列が流れる。

「イヤーッ!」右パウンス!「ンアーッ!」「イヤーッ!」左パウンス!「ンアーッ!」ナンシーはついに白目を剥いて砂丘に頭を預ける!「IPを!見せろ!」ストーカーは鼻血を垂らしながら、ナンシーの胸元にあるライダースーツのチャックに手を伸ばし、勢いよく引き下げる!アブナイ!IPが!

「ーッ!」ナンシーの体が仰け反る!PINGを決められた瞬間から、勝負は決していたのだ!光り輝く聖四行詩めいた荘厳さを伴い、IPがホログラフィ状に浮かび上がると同時に、ナンシーの心臓部から鎖が生えて北北西の空へと延びる!

 それがキョート城チャネルのサーバ方角であることを、ストーカーは直感的に悟った。「敵はキョート城内に!?」あとはこの鎖を辿ってゆけば、敵の物理的ロケーションが掴めるはずだ。「だが何故だ!最後の1桁が見えな……」ストーカーが言いかけた瞬間、空中でぶつりと鎖が切断され、消えた。

 ゴウランガ!果たして何が起こったのか!?ストーカーの注意が北北西に向けられた隙をついて、ナンシーは横に転がって体勢を入れ替えにかかる!彼女のバストは豊満であった!いまやナンシーが上!ストーカーが下!「メギツネ!クソ!ウカツ!まだ生きて!」「Heh!今度はこっちの番ね!」

「EAT THIS!」右パウンド!「ンアーッ!」「EAT THIS!」チャックを一瞬で上げ左パウンド!「ンアーッ!」だがここでストーカーがさらに横に転がって体勢を入れ替える!再びストーカーが上、ナンシーが下!「イヤーッ!」右!「ンアーッ!」「イヤーッ!」左!「ンアーッ!」

 さらに入れ替わる!「EAT THIS!」右パウンド!「ンアーッ!」「EAT THIS!」左パウンド!「ンアーッ!」だがここでストーカーがさらに横に転がって体勢を入れ替える!再びストーカーが上、ナンシーが下!「イヤーッ!」右!「ンアーッ!」「イヤーッ!」左!「ンアーッ!」

 さらに横に転がりナンシーが再び上に!だが彼女の視界は覚束ない。IPコトダマ空間内であるというのに、敵の顔が32個に見えているのだ。電脳空間内でこれほどの肉体的危機を味わったことは、一度も無かった。ゆえに策を講じる。「ストーカー=サン、あれ、見える?」人差し指で天頂を差す。

「空……?何を言って……」ストーカーはナンシーの顔を掻き毟ろうと爪を伸ばしながら、雲ひとつ無い空を見た。彼方に、謎めいた物体が浮かび、静かに回転していた。ハッカーたちの伝説に死の予兆とうたわれる、黄金立方体が。初めてそれを凝視したストーカーは、何故か、本能的恐怖に襲われた。

「どこまで行けるか、やってみましょうか」ナンシーは残された力を振り絞り、天頂に向かって高速回転飛翔した。「アイエエエエエエ!?アイエエエエエエエエエ!?」ストーカーのIRC同調が乱れる。指先がチリチリと燃え、緑色の01に変わって、霧のように散り始める。

「イヤーッ!」電算機室のヴィジランスは、ストーカーの心拍数および脳波モニタのトレンド分析を的確に行い、LAN直結ケーブルを引き抜いた。ワザマエ!この損切り介入が遅ければ、ストーカーの精神は完全に破壊されていたであろう!「メ…ギツネ…殺」ストーカーは歯軋りをしながら気絶した。

「……い……おい……おい、大丈夫かい、ナンシー=サン」物理ナンシーの乱れた視界にも、キンギョ屋の顔が映った。「……ええ、なんとか取り残されずに済んだわ……第1ラウンド終了よ。引き分け……」ナンシーもそのままぴくぴくと震えて失神した。


7

「コワイ!コワイ!嫌だ!アラクニッドは恐怖し、拒絶する!拒絶しているのだ!」肉鈎に吊られたアラクニッドが粗末な明かりの中で身をよじる。「アラクニッドはダークニンジャを拒絶する!」「ダメだ」ダークニンジャは構わず、ツカツカと格子の前まで歩み寄った。

 ホウリュウ・テンプル地下牢の格子はいにしえの鉄で作られており、破壊できるかどうか定かで無い。ダークニンジャは自剣ベッピンの斬れ味をあえて試しはしなかった。道中に彼を誰何したザイバツ・ニンジャの血を振り払い、格子の向こうからアラクニッドを見た。

「哀れなアラクニッドに何を求める」アラクニッドはすすり泣いた。「アラクニッドは壊され、捻じ曲げられ、記憶は塵芥だ。ダークニンジャの役には立てぬのに」「そのように占ったのか?戯言だ」ダークニンジャは言った。「記憶の残滓を搾り出せ。役に立つか否かを決めるのはお前ではない。おれだ」

「アイエエエエ!痛い!強いイドをぶつけないでおくれ!アラクニッドは苦しむのだ」「ならば苦しめ」ダークニンジャは取り合わない。「アイエエエエ!」アラクニッドがもがくと、肉鈎の鎖が激しく音を立てた。「助けてほしい!」「ハガネ・ニンジャについて、お前の知る事を話せ」「ハガネ!?」

「ハガネだ。地上の帝国において、彼は何を為そうとした?」ダークニンジャはただアラクニッドを睨むばかり。視線に捉えられたアラクニッドは親指締めの拷問を受ける罪人めいて苦悶する。「ア、アラクニッドは努力する、だから」「ソガによって失伝されたハガネの探索!その秘密だ!」「アナヤ!」

 アラクニッドのヨダレが地に落ち、ボタボタと音を立てた。「アナヤ!アナヤ!ハガネ・ニンジャの探索?……ヤマト……」「ヤマト・ニンジャを遣って何を探させた!」「アラクニッドの研究は不完全だ。う、ウラナイでそれを補う事ができると……でも、アラクニッドは苛まれ……もはや、記憶が……」

 アラクニッドはすすり泣いた。その涙は責め苦への痛みではない。悔し涙だ。彼はかつて研究者であり、逃走を試みて幽閉されるまでは、このホウリュウ・テンプルの書物を自由にしていた。豊富な古文書とウラナイから導いた、深淵に至る考察……それらは人格と共に破壊され、もはや永遠に戻る事はない。

「国を追われるまでのハガネ・ニンジャは、備えようとしていた。ヤマト・ニンジャはハガネの命を受け、探索行に出た」「その通りだ。ダークニンジャの考察は外れていない。本当だ。それはわかる」「……竜退治。聖杯。航海。その先に何を求めていた」「ああ!アラクニッドとて、思い出したいのに!」

 アラクニッドの嗚咽を、ダークニンジャはただ見つめていた。その瞬間の彼の胸中に、何があったろう?自らと同じく、歴史の闇へ踏み込んで行った者の、その成れの果てを前にして?アラクニッドは不意に泣くのをやめた。「……マスターヤリのヤリ、それは知っているか」「ヤマト・ニンジャのヤリか」

「そうだ」アラクニッドは認めた。ヤマト・ニンジャ……ハトリ・ニンジャに率いられてカツ・ワンソーと戦った神話英雄であり、マスターヤリの称号を持つニンジャ六騎士の一人。称号通り、その得物はヤリであった。「ヤリは彼の斃れた地を示す」

 ダークニンジャは今更そのヤリの実在を疑いはしない。「ヤリ・オブ・ザ・ハント(YoTH)」彼は呟いた。複数の神話伝説に語られる神秘的な名を。「そうだ、YoTH……許してくれ……所在などわからぬ……」「十分だ。次の質問だ」「ア、アイエエエ……」

 YoTH。流麗な穂と黒い飾り布、ひとたび投げ放てば必ず獲物の心臓を撃つ。神秘のヤリがヤマトの墓所へ、そして求める秘密へ導くのだろうか。アラクニッドは目に見えて消耗している。だがダークニンジャは続けた。「ナラク・ニンジャについて話せ」

「ナラク!ああ!」アラクニッドは震えた。「なぜお前たちはアラクニッドを苛むのか?あれはアラクニッドのせいではないのに」「その問いに答えよう、アラクニッド=サン」ダークニンジャは素早く言葉を挟んだ。その目が注意深く細まった。「答えるゆえ、おれの問いに答えろ」「……わかった」

「おれがナラク・ニンジャについて問い、お前を苛むのは、それが隠匿された力であるからだ。それが答えだ。なぜ失伝している」最小限の答えだ。だが、アラクニッドは答えねばならぬ。「ナラク・ニンジャ……ああ!アナヤ!COFF!COFF!ギンカクは本来あのように用いるものではない!」

「ギンカクと言ったな」ダークニンジャが言った。「ギンカクで生み出すと!」「アラクニッドは恐ろしく思う。禁忌だ。イケナイ。ギンカクによって集められたモータル怨念、その悪しき利用……」「十分だ」ダークニンジャは言った。「過去の歴史に数度、ニンジャスレイヤーに類似する者が現れた筈」

「それは、それは知らない……」アラクニッドが呟いた。ダークニンジャは頷いた。「当然だろう。かろうじて組み立てた仮説に過ぎない。だがギンカクが装置として存在するのならば、おれの中で辻褄は合った」「ロードとパラゴンのせいだ!アラクニッドは占った……占わされただけで、無実だ……」

「ロードとパラゴン」のくだりで、ダークニンジャの眉は僅かに動いた。だが、残された時間は少ない。最後の質問に入らねばならぬ。その質問がこの哀れな蜘蛛に何をもたらすか、ダークニンジャは予測がついている。おそらくは蜘蛛自身にも。

「助けてほしい。お前はアラクニッドをどうしようというのだ」ダークニンジャの目を見た。「その問いに答えよう。ゆえに、おれの問いに答えよ」ダークニンジャは形式めいて言った「おれはアラクニッドに質問をする。それだけだ」アラクニッドは嗚咽した。ダークニンジャは言った。「では、問う」

「……」「三神器の正体を明かせ!」「アイエエエエ!?」アラクニッドが恐怖に目を見開いた。一瞬にして、その黒髪が真っ白に成り果てた。「アイエエエ!」「答えろ!なぜ運命者のオートマトンは三神器を正しく認識できぬのか!」「アイエエエ!それは!」「『奴』に対する方法を明かせ!」

「知りたくなかった!だから問われたくなかった!」アラクニッドは泣き叫んだ。「アラクニッドの記憶は壊れたのに!」ビリビリと空気が震えた。唸りだ。唸りが現世を外側から揺らしているのだ。「答えよ!」ダークニンジャはベッピンを抜いた。キィィィィ、刃は敵意を鳴らす!

「三神器を琥珀ニンジャ像に戻し、そして、どう用いる!」「アナヤ!」01010111……ダークニンジャの眼前に、超自然存在が急速に実体化を開始する!ダークニンジャは飛び下がった。シシマイの巨大仮面、「ツル」と全面に書かれたニンジャ装束!威圧的長身!

「ドーモ、ダークニンジャ=サン。マスタークレインです」運命者は機械的なオジギを行うと、上半身をぐるりと後ろへ回転させ、いにしえの金属の格子に手をかけた。そして、それをバターのように捻り切った。「イーアアアアー」「アイエエエ!」「惑わされてはなりません。イアー」「アバーッ!?」

 マスタークレインの動きは驚くほどに俊敏であった。格子を破壊し、下半身を後ろへ回転させながら牢の中へ入り込むと、アラクニッドを掴んで、肉鈎からもぎ取った。そして地面に叩きつけ、右腕を振り上げた。ダークニンジャはこうなる事を予期していた。この瞬間だ。この瞬間が好機。

「イアー」「アバーッ!」マスタークレインは左手でアラクニッドの身体を押さえつけ、その喉首に右手のチョップ突きを撃ち込んだ。「カッ、カッ、アバッ」アラクニッドは血泡を噴いた。「イヤーッ!」ダークニンジャは既に跳んでいた。マスタークレインの背中に、斜め上からベッピンを突き刺した。

「バモッ……」マスタークレインの 頭部がぐるりと後ろを向き、ダークニンジャを見た。「ご乱心、何をなさる」「イヤーッ!」「バモオーッ!」マスタークレインはアラクニッドと重なり、うつ伏せに打ち倒された。ダークニンジャはベッピンをさらに深く突き刺し、押し込み、捻り込んだ。

「……イヤーッ!」ヤミ・ウチ!ダークニンジャはさらに刃を押し込む!ベッピンは運命者の身体を貫通し、下のアラクニッドをも串刺しにした。「アバーッ!」「バモッ……バモォー!」マスタークレインが叫ぶ!ダークニンジャはメンポの下で歪んだ笑みを浮かべる!「さらばだ、運命者!」

「イ、ア、ア、ア」マスタークレインが激しく痙攣した。ベッピンの刃を伝い、人ならざるものを動かすエネルギーが駆け登り、ダークニンジャを灼いた。ダークニンジャは苦痛、罪悪感、不安、不浄な快楽に耐えた。さらに流れ込んでくるのは……言葉だ……最後の問いへの、アラクニッドの答え。

 マスタークレインの一撃で既に滅ぼされ、消えかかったアラクニッドの思念の、それは、残滓の中の残滓であった。ダークニンジャは言葉をニューロンに刻み込んだ。三神器、琥珀ニンジャ像、キョート城の……秘密を!

「イ、ア、ア、ア」マスタークレインが痙攣する。「これでは入って来られまい」ダークニンジャは力を込めた。「入って来られまい」彼は繰り返した。「イ、ア、ア、ア、ア、ア」「……!」「ア、ア……ア……」 「……!」「ア……」痙攣が、止んだ。

「……」そのまま、一分が経過した。ダークニンジャは刃を引き抜いた。その手が震え、ベッピンが地面に零れ落ちた。ダークニンジャは死体の隣に倒れ込んだ。「……!」彼は声にならない悲鳴を上げ、頭を抱えて地面をのたうった。血管を、ニューロンを駆け巡るエネルギーに 独り耐えた。「……!」

 やがて彼は胎児めいた姿勢で地面に丸まり、震え出した。彼はすすり泣いた。

 

◆◆◆

 

「目が覚めたか。くだらん策でマスター・ヴォーパルの剣を愚弄するな」ニーズヘグが剣を構え直した瞬間、肩で息をしていたはすのニンジャスレイヤーが、爆発的速度で駆け込んできた。「サツバツ!」赤い眼光が軌跡を描く!「何じゃ」ニーズヘグが言い終わらぬうちにヌンチャクが振り下ろされる!

 ハヤイ!ニーズヘグはほとんど本能的な防御によって、ヌンチャクをヘビ・ケンで受けた。インパクトの瞬間、赤黒い炎が不吉に爆ぜた。「……グワーッ!?」ハヤイ!脇腹にニンジャスレイヤーの蹴りが叩き込まれたのだ!ニーズヘグは吹き飛びながら体勢を整え、バックフリップして着地!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは赤黒い炎に包まれたスリケンを放つ!「ヌウーッ」ニーズヘグは素早くアフリカ投げナイフめいた邪悪なスリケンを投げ返す!赤黒い火花とともに相殺消滅!ニンジャスレイヤーがワン・インチ距離!「イヤーッ!」ジゴクめいたボディブローが襲いかかる!

「ハハーッ!」ニーズへグは両膝を折り曲げ、身を縮めながら垂直に跳んだ。足の裏でニンジャスレイヤーの拳を受け、蹴って高く跳躍!「イヤーッ!」続けざまに襲いかかったヌンチャクを回避!さらに空中からヘビ・ケンを繰り出す!刀身がバラけ、鋼鉄のムチめいてニンジャスレイヤーを撃つ!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクでヘビ・ケンのセグメントを弾き返した。炎が閃く!「もっとだ!出し惜しみするでない!」ニーズヘグはヘビ・ケンを己の周囲で振り回しながら、間合いを調節する。取り囲むニンジャ達は高次元のイクサに畏怖し、ある者は震え、ある者は失禁を堪えた。

「ワ……ワーアアーッ!」包囲網の一人が緊張に耐えかね、ニンジャスレイヤーめがけスリケンを投げようとした。その首にアフリカ投げナイフめいた邪悪なスリケンが突き刺さった。「無礼者!わしの獲物ぞ」ニーズヘグが叫んだ。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがヌンチャクを 繰り出す!

「イヤーッ!」ヘビ・ケンがこれを弾き返す!「イヤーッ!」さらに打ち合う!「イヤーッ!」さらに打ち合う!「イヤーッ!」さらに打ち合う!「イヤーッ!」さらに打ち合う!「イヤーッ!」さらに打ち合う!「イヤーッ!」さらに打ち合う!「イヤーッ!」さらに打ち合う!

「おう、おう、おう」ニーズヘグは目を細めた。打ち合うほどにヘビ・ケンの刀身を赤黒の炎が洗う。ニンジャスレイヤーが狙ってか狙わずか、刃に塗られた毒が払われてゆく。だが今は打ち合うしか無い!「せこい奴じゃ!いや、わしのドク・ジツがせこいか?ハッハハハ!」

「イヤーッ!」さらに打ち合う!ニーズヘグはヘビ・ケンの刃をソード形態に戻しながら、おもむろにコマめいて回転しつつ接近!ニンジャスレイヤーに斬りつける!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ヌンチャクとぶつかり合う!「イヤーッ!」「グワーッ!?」奇襲!頭突きがニンジャスレイヤーを捉える!

 ニンジャスレイヤーはのけぞった。その手が伸びて、ニーズヘグの首を掴む!「あン?」「イヤーッ!」頭突き返しだ!「グワーッ!」ニーズヘグはついに仰向けに打倒され、カワラを吹き飛ばす!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが飛びかかり、マウントを取ろうとした。「イヤーッ!」「グワーッ!」ナムサン!ニーズヘグはトモエ投げでニンジャスレイヤーを逆にカワラに叩きつけた!「来いニンジャスレイヤー=サン!もっとだ!所詮わしらは卑しき獣ぞ!イクサと殺しが我らが世界よ!」

「ハァーッ……」ニンジャスレイヤーは起き上がり、前傾姿勢の変則的なジュー・ジツを構える。「忍」「殺」のメンポがより禍々しい形状となっているのは錯覚では無い。「ハァーッ……」ニンジャスレイヤーは蒸気を吐いた。「そうだ!」ニーズヘグが笑った。「わしらは獣じゃ!」

「ゴチャゴチャとうるさいヘビ風情めが」収縮した赤黒の瞳がニーズヘグを射る。「そッ首捻り切って、オヌシも儂の妻子の供養の足しにしてくれるわ!」「妻子?」ニーズヘグが馬鹿にしたように笑った「不純な未熟者め!つまらん理由でイクサを汚すでないぞ!……来い!」「イヤーッ!」

 瞬時に二者はワン・インチ距離に殺到!このレンジに最適なのは素手のカラテだ。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが食らいつくかのような右拳を繰り出す!「イヤーッ!」ニーズヘグは左手裏拳でこれを弾き、チョップ突きで喉を狙う!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはブリッジで回避!

「イヤーッ!」ニーズヘグはカカト落としで攻撃!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは横へ転がって回避!起きざまの水面蹴りだ!「イヤーッ!」ハヤイ!「グワーッ!?」ニーズヘグは足首を刈られ、一瞬宙に浮いた。そこへ叩き込む左拳!「イヤーッ!」「グワーッ!」吹き飛ばす!

「イヤーッ!」カワラに片手を突いたニーズヘグは逆立ちになりながら片手でヘビ・ケンの鞭を繰り出す!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは前転ジャンプで飛び越え回避!「イヤーッ!」もう一振り!「イヤーッ!」さらなる前転ジャンプ!ジャンプパンチ!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」ニーズヘグは身を捻じって躱し、側面から蹴りを叩き込む!「イヤーッ!」「グワーッ!」のけぞるニンジャスレイヤーへ、逆手に構えたソード形態のヘビ・ケンを繰り出す!「イヤーッ!」「グワーッ!」肩口を切り裂く刃!だがニンジャスレイヤーは笑った!「グハハ!グハハハ!」

「グワーッ!」ニーズヘグは膝を突いた。ニンジャスレイヤーは斬られながら少しもひるまず、恐るべきチョップをニーズヘグの肩に叩き込んだのだ。さらにその顎へ膝蹴りが繰り出される!「イヤーッ!」「グワーッ!」ニーズヘグは直撃を受け、仰け反る!その顎にニンジャスレイヤーの手が伸びる!

「イヤーッ!」ニーズヘグは咄嗟に蹴りを繰り出し、脇腹に直撃させた。「ハハァーッ……」だがニンジャスレイヤーは笑っていた。「イヤーッ!」そのまま、ニーズヘグの後頭部を力任せにカワラに叩きつけた。「グワーッ!」ニーズヘグはその腕に足を絡める。腕ひしぎだ!

「イヤーッ!」ビキビキと腱が悲鳴をあげる!だがニンジャスレイヤーは腕をニーズヘグごと振り上げると、さらに叩きつける!「イヤーッ!」「グワーッ!」カワラが吹き飛ぶ!「ハハハハ!」ニーズヘグは血を吐きながら笑う!「旨し!死ぬか?わしは!ハハハハ!来い!もっとだ!」

「イヤーッ!」ジゴクめいたストンピング!ニーズヘグは転がってこれを回避!「イヤーッ!」打ち振るはヘビ・ケン!セグメントがニンジャスレイヤーの脚を打ち、その勢いでアナコンダめいて身体に巻きつく!「イヤーッ!」振り抜く!「グワーッ!」巻きついた刃がニンジャスレイヤーを切り裂く!

「ヒィーッ!」包囲網のニンジャの誰かが悲鳴をあげた。ニンジャスレイヤーの螺旋状の裂傷から血が噴き出す。霧状の血!それがその場で赤黒く燃え、装束にまとわりつき、修復してゆく!コワイ!「コワイ!アバーッ!?」アフリカ投げナイフめいた邪悪なスリケンが、悲鳴を上げたニュービーを殺害!

「グハハハハ!グッハハハハ!」ニンジャスレイヤーが哄笑した。ニーズヘグも笑った。「ハハハハ!ハーッハハハハ!こいつぁド当たりじゃ!バジリスク=サン!こいつとやったか!死ぬ前に貴様は何を見た!?これを見たか?」ニンジャスレイヤーは唸った。「ニンジャ……殺すべし!」

「イヤーッ!」ヘビ・ケンが地を這い、ニンジャスレイヤーの足元から跳ね上がる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側転からバックフリップ、さらにバック転を繰り出しニーズヘグを飛び越す!「イヤーッ!」「アバーッ!?」ニュービーの頭頂部を踏みつけ、殺して再跳躍!ニーズヘグへ奇襲!

「イヤーッ!」斜め上から側面回転しながら蹴りかかる暗黒カラテ、カマキリ・トビゲリだ!「イヤーッ!」ニーズヘグは片腕をかざし、これをガード!「ヌゥーッ!」その身体が沈み込む!「グッハハハ!イヤーッ!」止まらぬ!空中でさらに回転!再度のカマキリ・トビゲリだ!「グワーッ!」

 ニーズヘグの肩に蹴りが直撃!だがニーズヘグはダメージと引き換えに攻撃機会を得ていた。ソード形態のヘビ・ケンを突き上げる!「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの右胸に切っ先が突き刺さる!「イヤーッ!」ニーズヘグはヘビ・ケンを打ち振る!

 先端がニンジャスレイヤーの肉体を噛んだまま、ヘビ・ケンはセグメント化!長く伸びて、ニンジャスレイヤーの身体をカワラにしたたか叩きつける!「グワーッ!」「まだだ!イヤーッ!」さらにヘビ・ケンを振り上げ、打ち振る!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの身体が跳ね飛ぶ!

「グワーッ!」反対側へニンジャスレイヤーは叩きつけられる!「もう一丁、空を飛んでみィ!」ニーズヘグが叫んだ。ヘビ・ケンを振り抜き、打ち振る!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの身体が跳ね飛ぶ!「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーは空中で身体を捻り、強引にキリモミ回転!「ヌゥーッ!?」ニーズヘグは不可思議な手応えに困惑する。一瞬後、悟る!ニンジャスレイヤーはコマめいて回転、ヘビ・ケンを巻き取りながらニーズヘグのもとへ「何じゃとーッ!?」「イヤーッ!」裏拳がニーズヘグの顔面を直撃!

「グワーッ!」ニーズヘグは弾き飛ばされ、カワラ上を転がる!メンポは破壊され吹き飛び、40前半の武人の顔があらわだ!彼はヘビ・ケンを手放さざるを得なかった。ニンジャスレイヤーはその身に奇怪な剣を巻きつけたままだ。「ハァー……」ジゴクめいた蒸気が禍々しいメンポの隙間から噴き出す!

「これは!」不穏な気配をニンジャ第六感で察知したニーズヘグは、咄嗟に起き上がり、防御しようとした。ニンジャスレイヤーは……その場でキリモミ回転!「イヤーッ!」巻き取られていたヘビ・ケンが、ほどけながら高速旋回!「「アバーッ!」」近くにいた包囲網のニュービー数人が両足首切断!

「グワーッ!」ニュービーだけではない!ニーズヘグは転倒し、カワラに手を突いた。その左脛から下が……失われている!ヘビ・ケンは回転しながら飛び去って行った。ニンジャスレイヤーは決断的に接近する。包囲網のニンジャは恐怖に打たれ、かつ、決闘を汚す判断もできず、見守るばかりだ。

 接近するニンジャスレイヤーの手にヌンチャクが燃えた。「ハ!実際参ったわい」ニーズヘグは身を起こし、ワキザシを構えた。「せいぜい悪あがきさせてもらうぞ」「グググ」ニンジャスレイヤーがせせら笑った。「オヌシはいつ迄耐えられるかのう」ヌンチャクを振り上げる!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」ナムサン!一撃でワキザシは吹き飛んだ。ニンジャスレイヤーはヌンチャクを振り上げ、振り下ろす。「イヤーッ!」ニーズヘグは腕をかざし、身を守ろうとした。インパクトの瞬間、赤黒の炎が燃えた。「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクを振り上げた。

「イヤーッ!」振り下ろす。「グワーッ!」爆ぜる赤黒の炎。ニンジャスレイヤーはヌンチャクを振り上げた。「イヤーッ!」振り下ろす。「グワーッ!」爆ぜる赤黒の炎。ニンジャスレイヤーはヌンチャクを振り上げた。

「イヤーッ!」振り下ろす。「グワーッ!」爆ぜる赤黒の炎。ニンジャスレイヤーはヌンチャクを振り上げた。「イヤーッ!」振り下ろす。「グワーッ!」爆ぜる赤黒の炎。ニンジャスレイヤーはヌンチャクを振り上げた。

「イヤーッ!」振り下ろす。「グワーッ!」爆ぜる赤黒の炎。ニンジャスレイヤーはヌンチャクを振り上げた。「イヤーッ!」振り下ろす。「グワーッ!」爆ぜる赤黒の炎。ニンジャスレイヤーはヌンチャクを振り上げた。

「イヤーッ!」振り下ろす。「グワーッ!」爆ぜる赤黒の炎。ニンジャスレイヤーはヌンチャクを振り上げた。「イヤーッ!」振り下ろす。「グワーッ!」爆ぜる赤黒の炎。ニンジャスレイヤーはヌンチャクを振り上げた。

「……ハーッ……ハーッ……」ニーズヘグの両腕は無残にへし折れている。不敵な目でニンジャスレイヤーを見上げ、笑おうとした。「ハーッ……どうした。なにを止める。やれ。侮辱するか」「……」ニンジャスレイヤーはヌンチャクを振り上げた。

 ニンジャスレイヤーは……フジキドは、唐突に、光刺さぬ闇の中に己が投げ込まれたような感覚を味わう。フジキドは困惑した。何がいけない?敵はザイバツ。くだらぬ目的のために家族を殺した。くだらぬ目的のために。ゆえに殺す。連なる者は全て殺すべし。だが……この愉悦は何だ?この快楽は?

 彼は味わったことのない感覚に震えた。(何だこれは)後ずさった。(違う。これは。これは違う)彼は抗おうとした。何と?それすらわからぬ。だが、これではダメだ。

 フジキドにとって復讐とは、妻子の死に捧げる厳粛な行為であり、祈りであり、人々を理不尽に虐げるニンジャへの、体制への怒りであった筈。(愉悦?)当然、ニーズヘグも殺すべきニンジャだ。だが、(愉悦だと?)彼はキョート城突入時、自らが口にした言葉を再びニューロンに刻みつけようとした。

(フユコ。トチノキ)「スゥーッ……ハァーッ……」(センセイ)「スゥーッ……ハァーッ……」「……」ニーズヘグが訝しんだ。そして顔を歪めた。「ハッ……何だそのザマは……そのザマは……」目を!見開く!「覚悟も無しか!くだらん!カーッ!」ヘビめいた目が閃光を放つ!イビルアイ!

(力を!成し遂げる力を!)「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクを振り抜いた。ニーズヘグの邪悪な眼光を、神器の一閃があさっての方向へ弾き返した!ニーズヘグの最後の奥の手!敵を石化して殺す必殺の光!ニーズヘグはこの期に及んで温存していたのだ!

 一方的にヌンチャクで打たれながらも、ニーズヘグはその機会を眈々と伺っていたのである。フジキドが踏みとどまらねば、何が起きていただろう?憶測はすまい……イビルアイを跳ね返したフジキドの目は、静かで決断的な復讐意志の光を、再び取り戻していたのだから。

「やれやれ!これまでか」ニーズヘグは苦笑し、仰向けに倒れた。「カイシャクせい!ハイクは要らぬ」「よかろう」ニンジャスレイヤーは頷いた。メンポが不服げに軋みながら、もとの形状へ戻ってゆく。彼は片足を振り上げ、ニーズヘグの頭を踏み砕こうとした。「……!」

「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは咄嗟に側転した。飛び来たったのはクナイ・ダートである。包囲網をどよめきがさざ波めいて広がった。跳ね返ったイビルアイ石化していたニュービーの死体が転倒し、砕け散った。包囲網が割れた。海割り伝説のごとく。

 ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構えた。歩み進んでくる三者の影を睨んだ。左には女ニンジャ。パープルタコだ。右には若い男のニンジャ。シャドウウィーヴ。中央には。

「手前勝手に満足して死んで終わるつもりか、ニーズヘグ=サン。随分小さなイクサだな」中央のニンジャは無感情に言った。「失望させてくれるなよ。お前のイクサはまだ少しは残っていよう」「ハッ!」ニーズヘグが笑った。「死に損なったわい」包囲網が分かれていく。ニンジャスレイヤーは睨んだ。

「ドーモ。ダークニンジャ=サン。……ニンジャスレイヤーです」「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。ダークニンジャです」両者はオジギした。ニンジャスレイヤーのヌンチャクに「忍」「殺」のカンジが。ダークニンジャのブレーサーに「刃」「鉄」のカンジが光った。


8

 ダークニンジャとニンジャスレイヤーは言葉を交わさなかった。敵意が二者の視線を結び合わせた。「ニ……ニンジャスレイヤーッ!」怒りと恐怖で震えながら叫んだのは、シャドウウィーヴである。血走った目を見開き、突き進もうとした。「今こそマスターの仇を!何もかもお前のグワーッ!?」

 包囲網のニンジャがどよめいた。「な……?」シャドウウィーヴは一撃でメンポを跳ね飛ばされ、叩き伏せられて、困惑の目でダークニンジャを見上げた。鼻が折れ、目からも出血。やったのは……ダークニンジャだ。裏拳を叩き込んだ右手は禍々しいガントレットで覆われている。ブレーサーの変形だ。

 パープルタコはシャドウウィーヴとダークニンジャを交互に見、問いただそうとした。「何を……グワーッ!?」腹に左拳を叩き込まれ、回転しながら吹き飛ぶ!不条理な暴力!衝撃と困惑、畏怖で、子鹿めいて震えるシャドウウィーヴとパープルタコを、ダークニンジャは見もせず言った。「邪魔だ」

 ニンジャスレイヤーはこのやり取りの最中もダークニンジャめがけて先制攻撃を繰り出す隙を探り、数十通りのイマジナリー・カラテでシミュレーションを行った。ニーズヘグにスリケンを投げてトドメを刺し、殺す方法も探った。だが、どれもうまく行かぬ。

「ウブ……ウッ」シャドウウィーヴは弱々しく起き上がり、ニーズヘグのもとへ近づくと、無言で抱え上げた。パープルタコがそれを助けた。包囲網が割れた。ダークニンジャは苛立たしげに繰り返した。「邪魔だ。散れ!」ニンジャ達は疑問と安堵の目を見交わし、少しずつ、包囲を崩し始めた。

 ニンジャスレイヤーは摺り足で動きながら、初手を検討する。戦意を喪失したサンシタ・ニンジャをヘルタツマキで出来るだけ殺すか?否。ダークニンジャのデス・キリが来る。その太刀筋は不可視。筋肉の緊張と瞳孔の収縮拡散、呼吸、鼓動音を、ニンジャ洞察力ニンジャ聴力ニンジャ第六感で探るべし。

 潮が引くようにニンジャ達は離れ、散乱する四肢と死体と、ニンジャスレイヤー、ダークニンジャだけが屋根カワラ上に残される。ニンジャスレイヤーのニューロンが加速。この後は?陽動はここまでか?あるいは更なるグランドマスターが現れるか。ガンドーはうまくやっているか……ナンシーは……。

「!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクの鎖を張った。遅れてダークニンジャの声が聴こえた。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは受けた!デス・キリを!振り向き、さらにヌンチャクを構えると、背後からのさらなる斬撃が襲いかかった!「イヤーッ!」赤黒のインパクト火花が散る!

「イヤーッ!」繰り出されるダークニンジャのガントレット左拳!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクでこれをガード!飛び散るのは琥珀色の超自然の電光!「イヤーッ!」ベッピンを鞘へ戻し、右拳!ヌンチャクでガード!琥珀色の電光!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは膝を砕く斜め下の蹴りを繰り出す!「イヤーッ!」ダークニンジャは瞬間跳躍でこのケリを回避、ニンジャスレイヤーの腿、そして胸を蹴り上がる!「イヤーッ!」「グワーッ!?」そのまま垂直に飛び上がると、宙返りを打ちながらクナイ投擲!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーのヌンチャクが炎の軌跡と共に閃き、クナイを撃ち落とす。ナムサン!そこへ落ちながら抜刀し斬りかかるダークニンジャ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは高速旋回して上体を屈め、後ろ足回し蹴りでベッピンの鍔を蹴り、止める!メイアルーアジコンパッソ!

「イヤーッ!」ダークニンジャは鍔を横から蹴られた反動を利用し回転!空中後ろ回し蹴りだ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはメイアルーアジコンパッソからさらに回転!回し蹴りを躱し、側宙しながら蹴る!「イヤーッ!」「グワーッ!」ダークニンジャは吹き飛び、カワラに手を突いて復帰!

「イヤーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは追い撃ちのスリケンを二連続投擲!ダークニンジャはクナイを二本投げ返し、これを相殺!ニンジャスレイヤーは急速接近しヌンチャクを繰り出す!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ダークニンジャはベッピンをイアイ!両者の得物がぶつかり合い、競り合う!

「「ヌゥーッ……!」」二者は競り合いながら、真っ向睨み合った。「ソウカイヤ……ザイバツ……根無しの犬……妻子の仇……!」「おれの根はおれだ、狂犬!お前に神器は過ぎた玩具……そしてそのソウルだ……ナラク・ニンジャ……!」「オヌシは何を企む……!」

「お前にはわかるまい。聖なるヌンチャクは三神器のひとつ……お前は扱いを知らぬ……神器、ソウル、何もかも……おれが奪う」「果たさせぬぞ」ニンジャスレイヤーは力を込めた。「オヌシのインガはここで返す……ザイバツともども、滅ぼす……次の朝日は見せぬ」

「「ヌゥーッ!」」一進!一退!両者の上半身に縄めいた筋肉が浮き上がる!ニンジャスレイヤーは殺意の純度を高めた。ニーズヘグのイクサはおぞましき体験であった。獣に堕せば復讐は永劫に失われる。恐るべき事にあの時ニンジャスレイヤーの意識はナラクではなく、あくまでフジキドであったのだ。

 ナラクの声はいまだ無い。フジキドは、ガンドーら殺すべきでない他者の存在が周囲に在る事で、己が無意識の内にナラクを抑制しているものと推察していた。だが、敵地で独り戦う今この時も、やはり同様にナラクの存在は無い。(否。無いのではない)……人は、己自身の顔を見ることはできぬ。

 妻子の仇。復讐。ニンジャを殺す。裏を返せばそれは、システムとのイクサ、抑圧とのイクサ、理不尽とのイクサだ。その大義を失えば、すべては灰燼に帰する。(それを忘れるなフジキド。チャドー。フーリンカザン。そしてチャドーだ)フジキドは己に命じた。ドラゴン・ゲンドーソーめいて。

 

◆◆◆

 

「システム総じ緑な」「谷」「弾薬」「殴り薬」「沈痛」……HUD表示が次々に浮かんでは消え、目の前の光景が徐々に解像度を増してゆく。ネブカドネザルは適切に注入される人工ニンジャアドレナリンが血管を巡る感覚を捉える。カタパルトデッキの地面には雷神の意匠が白く描かれている。

『やっつけろ。いっぱいやっつけて殺せ』モーティマー社長のIRC通信をネブカドネザルは粛々と聴いた。『わかっていると思うが、プレゼンテーションが必要だ。子供の遣いみたいに依頼だけ終えて帰るな!たくさん壊して殺せばオムラの凄さが伝わりV字回復する。簡単なんだ、経営なんてものは!』

「イエスボス」ネブカドネザルは答えた。「前回の対ニンジャスレイヤー戦闘時のデータ解析精度は高く、白兵戦時に遅れを取る可能性は極めて低いです」『絶対やっつけろ』とモーティマー『パパは間違っていた。僕が正しい。そうだな?』「イエスボス」『オムラは大丈夫だ。だろ?』「イエスボス」

「モーターツヨシ、デバイス接続シーケンス。MAAA(モーター・アブナイ・アットー・アグリゲイト)システム、連結成功な」合成マイコ音声が告げた。ネブカドネザルに背部脊髄接続したモーターツヨシに、さらに連結されたのは、神話モンスターめいたロケットエンジンの集合物である。

『そのMAAAが、お前を一気にネオサイタマからキョート・リパブリックまで運ぶぞ。あっという間だ。くだらない安全保障上の物議を醸すから、当然、実地テストは行っていない。今回、ぶっつけ本番だ』「イエスボス」『データ上は100%問題ない。お前はニンジャだしな』「イエスボス」

『お前の論理操作で若干の軌道調整が可能だ。飛行軌道上に旅客機があれば回避しろ。問題になるからな。マグロツェッペリン程度なら撃墜しろ。こっちは社運がかかってるんだ』「イエスボス」『ザイバツ・シャドーギルドとWINWINすればキョート政府も全入札案件完全掌握だ!』「イエスボス」

 ルルルルルル、多種多様なシステム起動音がテクノ・トラックめいて次々に重なり、カタパルト前方に設置された巨大めくりショドー台の「五」の文字をスタッフがめくった。「四」カウントダウン開始だ。「三」ネブカドネザルは無感情に待った。「二」陽炎が前方の夜景を歪める。「一」

「炎」ドウ!カタパルト射出!ネブカドネザルはニンジャ耐久力で射出Gに耐えた。そしてMAAA点火!『モ……モーターヤッター!飛んだァ!』モーティマーの通信音声をロケット音とノイズがかき消す。ネブカドネザルは飛んだ。西へ。キョート城へ。殺害目標はニンジャスレイヤーだ。

 

◆◆◆

 

 廊下をしめやかに歩き、キツネガーゴイルとカドマツ・バンブーが両脇に飾られたショウジ戸に近づいて来るニンジャあり。小柄で、猫背ぎみだ。

 俯瞰映像であるが、その背格好と、なにより、この区域に立ち入りを許される位階のニンジャの希少さから、パラゴンとわかる。……モーターチイサイ再生の映像の照り返しを受けるガンドーのしかめ面は、青白い。ナンシーからの応答が無いのだ。

 ガンドーが目指す儀式控室の前の監視カメラ映像をハッキングしたこのデータは、ナンシーからの応答が途絶える少し前に送られて来たものだ。パラゴンらしきニンジャはショウジ戸の前に膝をつき、ノックしたあと、レーザー認証を用いて戸を開け、室内へ入り込んだ。

「……」ガンドーはモーターチイサイの映像をOFFした。覆面に手を当て、沈思した。(……参ったぜ)今この時も、ニンジャスレイヤーは激しいイクサの中に敢えて身を置いている。決断が一分遅れれば、ニンジャスレイヤーの死ぬ確率はそれだけ増すだろう。

 ナンシーは儀式控室のハッキングを行えていない。ショウジ戸を無理に破ろうとし、下手を踏めば、様々なトラップとアラームを作動させる事になろう。ガンドーは身を引いた。見よ。まさに今この時も、少し先の廊下をニンジャが通過する。アデプトやアプレンティスではない。マスター位階だ。

 この区域は少なくともマスター位階のニンジャでなければ進入が許されない。ガンドーは既にかなりの深みに潜り込んでいる。ニンジャ達は琥珀ニンジャ像の広間のセレモニーへ集合中であるが、当然、警備は置かれている。何人いるかもわからぬマスターニンジャに、この狭い回廊で包囲でもされてみよ。

(元気が出ねえもんなァ……仕方ねえよ)ガンドーはコートの内ポケットを探り、小さな強化タッパーを取り出す。使い捨て小型注射器がまだある。(ボンヤリしたまま、仕事はできねえしさ……)肘の裏側に突き刺し、押し込んだ。……遥かに良い!ガンドーは震え、覆面マフラーの下で笑顔になった。

「キタゼ!キタゼ!」ガンドーは小声で快哉した。意識が晴れ渡り、勇気が湧いてきた。(最高じゃねえか!これでうまくやれる。だから、わかってほしい。しかもこのゴタゴタを済ませたら、もう絶対やめるし、何も問題ないんだぜ、ナンシー=サン。本当さ。カラスの旦那。任せとけって!)

 ニンジャの気配が遠のく。ガンドーは立ち上がり、素早く動き出した。(さて……依然ナンシー=サンは応答無しときてる……)彼は最悪の想定へ思いを巡らせた。(もしアレなら……電算室へ突入して、エンジニアどもをまとめてブッ殺すしかねえか?あっちのが敵は弱い。物理ハッキングってなもんで)

 ガンドーはピョンと飛び、ガン・スピンして、虚空へ照準した。「……」彼は銃を下ろした。「信じるしかねえだろ、ここまで来たら」儀式控室は実際近い。もう、目と鼻の先と言っていい。ここから電算室へ行って、控室のロック機構を壊して戻る、オイオイオイ、えらい非合理だ。ヤメだ。

「何とかしてみないか?お前」ガンドーはモーターチイサイを取り出し、話しかけた。チカチカと瞬いた。彼はすぐに戻した。儀式控室にはユカノがいる。最重点。そしてパラゴン。パラゴン一人。奴は体格に優れず、カラテやジツに長けてもいない。頭脳と猜疑心であの地位だ。奴一人なら殺せる。

 彼は決断的に歩き出す。「うまくやろうぜ、なぁ」前方の闇を睨む。額の黒い印を押さえる。「うまくやろうぜ。どうにかうまくやるからよ……だからよ……」

 

◆◆◆

 

「グワーッ!」ダークニンジャの斬撃がニンジャスレイヤーの背中を切り裂く。浅い。だが、刃を受けたのはこれで二度目だ。一方のニンジャスレイヤーはダークニンジャから重いダメージを取ることができていない。

 チャドー呼吸をもつニンジャスレイヤーのニンジャ回復力は非凡だ。さらにニーズヘグとのイクサでは、なんらかの邪悪な力を由来とする超自然的回復力をも発揮、ヘビ・ケンの傷を軽減させる事ができた。だが物事には限度というものがある。続けざまの激しいイクサ、ジリー・プアー(徐々に不利)か?

「イヤーッ!」「イヤーッ!」更に振り下ろされるベッピンを、振り向きざまのヌンチャクで受ける!二連撃……否、三度!稲妻めいた軌跡を描き、さらなる斬撃が襲う!「ヌゥーッ!」打ち返しが間に合わぬ!ニンジャスレイヤーは己の左腕のブレーサーで咄嗟に受ける。KRASH!ブレーサーは破砕!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは左脚でミドルキックを繰り出す!「イヤーッ!」ダークニンジャは右膝を上げてガード、チョップを繰り出す!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの右鎖骨を打つ!「グワーッ!」ダークニンジャの右脇腹にニンジャスレイヤーの左ショートフックが食い込む!

「「ヌゥーッ!」」二者は同時にポン・パンチを繰り出す!ニンジャスレイヤーが一瞬速い!「イヤーッ!」「グワーッ!」ダークニンジャは吹き飛び、バック転を打ってネコめいて着地!ニンジャスレイヤーはスプリントを開始した。追撃だ!ダークニンジャは身を沈めた。デス・キリの構え!

「……イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは全ニンジャ感覚を注ぎ込み、不可視の斬撃を飛び越す!そして、見よ!ドラゴン・トビゲリだ!「イヤーッ!」

「まだだ!」ダークニンジャが叫ぶ!ナムサン……ナムサン!デス・キリのリバース斬撃だと!?「グワーッ!?」ニンジャスレイヤーはしかし見事!ドラゴン・トビゲリを瞬時に断念、空中で身を捻り、ヌンチャクと回避動作とで、致死攻撃を最小限のダメージで抑えたのだ!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは振り返りながらケリ・キックを繰り出す!アラシノケン初撃動作!だがダークニンジャがハヤイ!「イヤーッ!」ベッピンが閃く!ニンジャスレイヤーは身をそらす!「グワーッ!」胸の付近の装束が裂ける!さらに!「カンジ・キル!イヤーッ!」

 二画!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは渾身のニンジャ筋力で残るドウグ社ブレーサーを叩きつける!KRASH!破砕!三画!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ブレーサーは失われたが、体勢は回復した。ヌンチャクを振り抜く!「イヤーッ!」相殺!四画!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクの鎖を張り、刃を受ける!六画!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側転して回避!さらにバックフリップ!「死」のカンジを逃れ、カワラ上に着地!

「ヌ……グワーッ!」胸板にさらに斜めに裂傷が開き、血が噴き出す!最後の斬撃を躱しきれなかったのだ。だが……だが見よ!ニンジャスレイヤーの目の闘志は衰えておらぬ!ヌンチャクを振り回し、構え直す!ダークニンジャはベッピンを納刀して休ませ、ガントレットのカラテを構える!

 ……キィ……キィ……。

 二者はカラテを構えたまま、その異音に微かな注意を向けた。……キィ……。キィ……。音は車輪の軋み音だ。

 カワラの上を接近して来るのは車椅子だ。病的に痩せたニンジャがそれを押して来る。車椅子には、ヴェールつき王族帽を被った白手袋のニンジャが座る。……キィ……。キィ……。

 ダークニンジャは車椅子を押すニンジャを当然、知っている。異常に痩せて、錆塗れのメンポを着けたそのニンジャの名は、ジェスター。ワッチドッグ、レッドクリーヴァー同様、虐げられたニンジャであり、脳の一部を切除されている。

 ジェスターはキョート城の後ろ暗い区画で労働するスモトリ奴隷の使役者であり、踊り手であり、そして……おお……思考能力を破壊されているがゆえ……ロードの側へ侍る事を許される。車椅子を押す事も。

「ムーフォーフォーフォー……大義であった。ダークニンジャ=サン。そしてニンジャスレイヤー=サン」車椅子のニンジャは肩を揺らせて笑った。その顔はノーレンめいたヴェールゆえに窺い知れない。ニンジャスレイヤーはドゲザした。

 同時に、ダークニンジャもドゲザした。たった今まで神話めいたイクサを繰り広げていた二者は、車椅子のニンジャに向かい、カワラに額を擦り付けた。「ムーフォーフォーフォー。クルシュナイ。クルシュナイ。クルシュナイ」

 二者は額を上げ、車椅子のニンジャを見た。「ウフッ……ウフフーッ!」ジェスターが笑い、四つん這いになって車椅子のストッパーを作動させると、スキップしながら二者へ近づいた。「ウフッ!ウフッ!ウフッ!」「ムーフォーフォーフォー……ムーフォーフォーフォー……」

「踊るがよい。ジェスター=サン。余は踊りが見たい」「ウフッ!ウフフーッ!」ジェスターは痩身を病的にくねらせ、痙攣し、禍々しい、狂気じみた踊りを踊った。車椅子のニンジャは手を叩いて拍子を取った。「ヒートリ、コマキタネー……ミスージノー、イトニー……。ムーフォーフォー……」

 手拍子をすぐに止めた。「ああ楽しかった。ジェスター=サン、やめよ」「ウフフーッ!」ジェスターはピタリと直立姿勢を取り、軍隊じみて敬礼した。「ニンジャスレイヤー=サンとダークニンジャ=サンの大義なクエストを労い、ありがたく神器を受け取るべし」「ウフーッ!」

 ニンジャスレイヤーとダークニンジャ、二者は競い合うように、己が神器を恭しく捧げ上げた。U字に収納されたヌンチャク。元の形に戻り、腕から外したブレーサー。ジェスターは二人の頭を愛おしそうに撫で、神器を受け取って、難儀そうに抱えた。そして車椅子のニンジャのもとへスキップした。

「ムフゥーン……」車椅子のニンジャはブレーサーをジェスターから受け取り、装着した。次にヌンチャクを受け取り、腰に吊るした。「麗しき心地ゆえ、アイサツいたす」ニンジャは車椅子からオジギした。「ドーモ。ロード・オブ・ザイバツです」

 一陣の風がヴェールを揺らし、ロードのメンポを垣間見せた。最後の神器を。「罪」「罰」。「今宵はめでたい。ドラゴン・ニンジャと三神器が還って来た。祝ってたもれ」「「ヨロコンデー!」」ニンジャスレイヤーとダークニンジャは競って大声を張り上げた。「「オメデトゴザイマス!」」

「ムーフォーフォーフォー……クルシュナイ。クルシュナイ。クルシュナイ」「「ハイ!」」二者は素早く立ち上がった。そして角度120度のオジギをした。「「幸せです!」」「クルシュナイ。クルシュナイ。クルシュナイ」

 ロードはジェスターに手振りした。ジェスターは車椅子を旋回させ、押し始めた。「だが、かようなおぼつかぬ足場への旅、実際難儀であった……ヤンナルネ……」キィ……。キィ……。……キィ……。「「……」」二者はオジギしたまま、見送った。

 ……やがて彼らは顔を上げ、向かい合った。互いのカラテを構えた。じりじりと、円を描くように動き、間合いを測り始めた。ともに恐るべき使い手。不用意な先制攻撃は致命的なカウンターを招くであろう。

 倒す……必ず勝つ!妻子の仇……あの日のマルノウチ・スゴイタカイビル……!ニンジャスレイヤーの目に憎悪と怒りが灯る!「イヤーッ!」最初に仕掛けたのはダークニンジャだ!ニンジャスレイヤーはハイキックを側転で回避!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーのヤリめいたサイドキックがダークニンジャの胸を狙う!「イヤーッ!」ダークニンジャはギリギリで上体を反らし、これを回避!「イヤーッ!」至近距離からクナイ投擲!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはブリッジでこれを躱す!

 ダークニンジャはベッピンを抜かない。彼のカンジ・キルは恐るべきヒサツ・ワザであったが、恐らく何らかの機能的制約から、繰り出した後、しばらくベッピンを納刀せねばならぬ時間があるのだろう。制約はどれほどの時間であろう?数分か?数十分か?数時間か?この機に畳み掛けるべし!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 

◆◆◆

 

「な!」ディプロマットは驚愕のあまり一瞬カラテ警戒を怠りかけた。「イヤーッ!」もうコンマ数秒、側転で回避するのが遅れれば、彼は鉄針を両目に受けて倒れていた事だろう。「シューッ」鉄針を放ったニンジャは竜めいた角つきのフルメンポの下から、嘲りの視線を向けた。「よそ見はダメだぜ」

「お前一人か?見張り番は」不気味なマントと一体化した水色の装束を着た大柄なニンジャが暗がりから進み出る。「オウ、オウ、オウ、ディプロマット=サンかよ。何だァ?どういうこった?兄弟はどうした?」「裏切りだな」竜メンポのニンジャは言った。「もとより怪しからん奴だったわ」

 ディプロマットの視線を釘付けにしていたのは、ジャバウォックとブルーオーブではない。その奥に立つニンジャ……暗銀のニンジャ装束……老いた目元……!「バカな……貴方……自ら……」「当然、私自らだ」スローハンドは低く言った。「私は困惑し、怖れ、最善を尽くさねばならぬと感じている」

「ドーモ。スローハンド=サン。ジャバウォック=サン。ブルーオーブ=サン」ディプロマットは絶望的にオジギした。このヨロシサン・トンネル、彼の後ろの闇の奥にはUNIXバンがある。キンギョ屋が。気絶したナンシーが。護らねばならぬ。護らねば。「……ディプロマットです」

 読者の皆さんは覚えておいでであろうか?ナンシー・リーとストーカーの電子イクサ、あの熾烈な応酬の果て、なぜ電算室はナンシーのIPアドレスを掴み損ねたのか?なぜ、伸びていった情報のチェインは、虚空へ消えたのか?……虚空など無い。電算室すら知らぬ穴を通り、その情報は伝えられた。

 ヨロシサン・トンネルを作り上げた主のもとへ。スローハンドのもとへだ。ディプロマットは攻性ポータルを繰り出そうとした。スローハンドのワン・インチ・パンチがディプロマットの腹を捉えた。「イヤーッ!」「グワーッ!」ディプロマットは吹き飛ぶ。パンチは一瞬で二発。速すぎて遅く見える拳。

「ゆけ」スローハンドが命じた。「一切の痕跡を残すべからず」「「ヨロコンデー!」」ジャバウォックとブルーオーブが駆け出した。

 

◆◆◆

 

 ……儀式控え室のショウジ戸の前でガンドーは立ち尽くし、深く息を吸い、吐いた。アタマは、冴えている。ショウジ戸の向こうに、ニンジャ存在の輝きを感じる事ができる。遥かに良い。遥かに良い。「重点!」モーターチイサイが懐から飛び出し、認証装置にLAN直結した。

 ショウジ戸の奥にニンジャは二人。それぞれを判別できるほどに、冴えている。最高だ。一人の存在アトモスフィアは良く覚えている。ユカノだ。となれば、もう一人がパラゴン。「うまくやるさ」ガンドーは目を閉じた。「うまくやる。やらなきゃいけねえんだ」銃を構える。「何があっても」


【エンタングルメント】終


N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)

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